(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-20
(45)【発行日】2023-03-29
(54)【発明の名称】軸受装置の状態の検出方法、検出装置、およびプログラム
(51)【国際特許分類】
G01M 13/04 20190101AFI20230322BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20230322BHJP
F16C 33/66 20060101ALI20230322BHJP
【FI】
G01M13/04
F16C19/06
F16C33/66 Z
(21)【出願番号】P 2022547401
(86)(22)【出願日】2021-05-31
(86)【国際出願番号】 JP2021020755
(87)【国際公開番号】W WO2022054352
(87)【国際公開日】2022-03-17
【審査請求日】2022-10-12
(31)【優先権主張番号】P 2020153845
(32)【優先日】2020-09-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】丸山 泰右
(72)【発明者】
【氏名】菅原 克
(72)【発明者】
【氏名】前田 成志
【審査官】森口 正治
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-180004(JP,A)
【文献】特開2019-211317(JP,A)
【文献】特開2008-185339(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 13/00-99/00
F16C 19/06
F16C 33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外方部材、内方部材、および複数の転動体を含んで構成される軸受装置の状態を検出する検出方法であって、
前記軸受装置に
、少なくともラジアル荷重を含む所定の荷重を付与した状態で、前記外方部材、前記内方部材、および前記複数の転動体から構成される電気回路に交流電圧を印加し、
前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を測定し、
前記インピーダンスおよび前記位相角に基づき、前記内方部材と前記複数の転動体の間、または、前記内方部材と前記複数の転動体の間の少なくとも一つにおける油膜厚さおよび金属接触割合を導出
し、
前記所定の荷重により特定される前記軸受装置内の負荷圏と非負荷圏それぞれにおいて構成される電気回路に対応する第1の算出式を用いて前記油膜厚さおよび前記金属接触割合を導出する、ことを特徴とする検出方法。
【請求項2】
前記油膜厚さhおよび前記金属接触割合αを導出するための前記第1の算出式は、
【数1】
h:油膜厚さ
α:金属接触割合
δ:定数
ω:交流電圧の角周波数
W:ランベルトW関数
ζ:定数
θ
0
:静的接触状態における位相
θ:動的接触状態における位相
Z
0
:静的接触状態におけるインピーダンス
Z:動的接触状態におけるインピーダンス
r
h
 ̄:定数
k:軸受の数
l:接触領域の数
m:非負荷圏に位置する転動体を示す自然数
n:全転動体数
n
1
:負荷圏に位置する転動体数
C
3
(m):転動体mのHertzian接触域における静電容量
であることを特徴とする請求項
1に記載の検出方法。
【請求項3】
外方部材、内方部材、複数の転動体、および周辺部材を含んで構成される軸受装置の状態を検出する検出方法であって、
前記軸受装置に、少なくともラジアル荷重を含む所定の荷重を付与した状態で、前記外方部材、前記内方部材、および前記複数の転動体から構成される電気回路に交流電圧を印加し、
前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を測定し、
前記インピーダンスおよび前記位相角に基づき、前記内方部材と前記複数の転動体の間、または、前記内方部材と前記複数の転動体の間の少なくとも一つにおける油膜厚さおよび金属接触割合を導出し、
前記所定の荷重により特定される前記軸受装置内の負荷圏と非負荷圏それぞれにおいて構成される電気回路、および、前記周辺部材から構成される電気回路に対応する第2の算出式を用いて前記油膜厚さおよび前記金属接触割合を導出する
、ことを特徴とする
検出方法。
【請求項4】
前記油膜厚さhおよび前記金属接触割合αを導出するための前記第2の算出式は、
【数2】
h:油膜厚さ
α:金属接触割合
δ:定数
ω:交流電圧の角周波数
W:ランベルトW関数
ζ:定数
θ
0
:静的接触状態における位相
θ:動的接触状態における位相
Z
0
:静的接触状態におけるインピーダンス
Z:動的接触状態におけるインピーダンス
r
h
 ̄:定数
k:軸受の数
l:接触領域の数
m:非負荷圏に位置する転動体を示す自然数
n:全転動体数
n
1
:負荷圏に位置する転動体数
C
3
(m):転動体mのHertzian接触域における静電容量
C
4
:外輪と内輪との間および周辺部材と内輪との間に生じる静電容量
であることを特徴とする請求項
3に記載の検出方法。
【請求項5】
前記周辺部材は、シールであることを特徴とする請求項
3または4に記載の検出方法。
【請求項6】
更に、前記油膜厚さおよび前記金属接触割合を用いて前記軸受装置を診断することを特徴とする請求項1
から5のいずれか一項に記載の検出方法。
【請求項7】
外方部材、内方部材、および複数の転動体を含んで構成される軸受装置の状態を検出する検出装置であって、
前記軸受装置に
、少なくともラジアル荷重を含む所定の荷重を付与した状態で、前記外方部材、前記内方部材、および前記複数の転動体から構成される電気回路に交流電圧を印加させた際に得られる前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得手段と、
前記インピーダンスおよび前記位相角に基づき、前記内方部材と前記複数の転動体の間、または、前記内方部材と前記複数の転動体の間の少なくとも一つにおける油膜厚さおよび金属接触割合を導出する導出手段と
、
を有
し、
前記導出手段は、前記所定の荷重により特定される前記軸受装置内の負荷圏と非負荷圏それぞれにおいて構成される電気回路に対応する第1の算出式を用いて前記油膜厚さおよび前記金属接触割合を導出する、ことを特徴とする検出装置。
【請求項8】
外方部材、内方部材、複数の転動体、および周辺部材を含んで構成される軸受装置の状態を検出する検出装置であって、
前記軸受装置に、少なくともラジアル荷重を含む所定の荷重を付与した状態で、前記外方部材、前記内方部材、および前記複数の転動体から構成される電気回路に交流電圧を印加させた際に得られる前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得手段と、
前記インピーダンスおよび前記位相角に基づき、前記内方部材と前記複数の転動体の間、または、前記内方部材と前記複数の転動体の間の少なくとも一つにおける油膜厚さおよび金属接触割合を導出する導出手段と、
を有し、
前記導出手段は、前記所定の荷重により特定される前記軸受装置内の負荷圏と非負荷圏それぞれにおいて構成される電気回路、および、前記周辺部材から構成される電気回路に対応する第2の算出式を用いて前記油膜厚さおよび前記金属接触割合を導出する、ことを特徴とする検出装置。
【請求項9】
コンピュータを、
外方部材、内方部材、および複数の転動体を含んで構成される軸受装置に
、少なくともラジアル荷重を含む所定の荷重を付与した状態で、前記外方部材、前記内方部材、および前記複数の転動体から構成される電気回路に交流電圧を印加させた際に得られる前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得手段、
前記インピーダンスおよび前記位相角に基づき、前記内方部材と前記複数の転動体の間、または、前記内方部材と前記複数の転動体の間の少なくとも一つにおける油膜厚さおよび金属接触割合を導出する導出手段、
として機能させ
、
前記導出手段は、前記所定の荷重により特定される前記軸受装置内の負荷圏と非負荷圏それぞれにおいて構成される電気回路に対応する第1の算出式を用いて前記油膜厚さおよび前記金属接触割合を導出する、プログラム。
【請求項10】
コンピュータを、
外方部材、内方部材、複数の転動体、および周辺部材を含んで構成される軸受装置に、少なくともラジアル荷重を含む所定の荷重を付与した状態で、前記外方部材、前記内方部材、および前記複数の転動体から構成される電気回路に交流電圧を印加させた際に得られる前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得手段、
前記インピーダンスおよび前記位相角に基づき、前記内方部材と前記複数の転動体の間、または、前記内方部材と前記複数の転動体の間の少なくとも一つにおける油膜厚さおよび金属接触割合を導出する導出手段、
として機能させ、
前記導出手段は、前記所定の荷重により特定される前記軸受装置内の負荷圏と非負荷圏それぞれにおいて構成される電気回路、および、前記周辺部材から構成される電気回路に対応する第2の算出式を用いて前記油膜厚さおよび前記金属接触割合を導出する、プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、軸受装置の状態の検出方法、検出装置、およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、軸受装置では、潤滑剤(例えば、潤滑油やグリース)を用いて、その回転を潤滑する構成が広く普及している。一方、軸受装置などの回転部品に対しては、定期的に状態診断を行うことで、損傷や摩耗を早期に検知して回転部品の故障などの発生を抑制することが行われている。
【0003】
潤滑剤を用いた軸受装置では、その動作状態を診断するために、潤滑剤に関する状態を適切に検知することが求められる。例えば、特許文献1では、直流の低電圧を軸受に印加し、測定した電圧から軸受における油膜状態を診断する手法が開示されている。また、特許文献2では、油膜をコンデンサとしてモデル化し、交流電圧を軸受の回転輪に対して非接触な状態で印加し、測定した静電容量に基づいて軸受装置の油膜状態を推定する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国実公平05-003685号公報
【文献】日本国特許第4942496号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、転がり軸受における更なる低トルク化が求められている。この低トルク化に対応して、転がり軸受にて用いられる潤滑剤の低粘度化や低油量化が進んでいる。このような状況では、転がり軸受内部における油膜が破断する可能性や、部品間の接触割合が高まることとなる。そのため、油膜厚さに加え、転がり軸受内部での部品間の接触状態を適切に検知することが求められる。特許文献2の手法では、油膜厚さのみの測定を行い、金属接触割合について把握することが困難である。また、接触領域外の静電容量については考慮していないため、測定精度が高いものでは無かった。更には、荷重方向に着目して測定することは行われていなかった。
【0006】
上記課題を鑑み、本願発明は、荷重方向を考慮して、軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の金属接触割合の検出を同時に行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本願発明は以下の構成を有する。すなわち、外方部材、内方部材、および複数の転動体を含んで構成される軸受装置の状態を検出する検出方法であって、
前記軸受装置に所定の荷重を付与した状態で、前記外方部材、前記内方部材、および前記複数の転動体から構成される電気回路に交流電圧を印加し、
前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を測定し、
前記インピーダンスおよび前記位相角に基づき、前記内方部材と前記複数の転動体の間、または、前記内方部材と前記複数の転動体の間の少なくとも一つにおける油膜厚さおよび金属接触割合を導出する、ことを特徴とする検出方法。
【0008】
また、本願発明の別の形態は以下の構成を有する。すなわち、外方部材、内方部材、および複数の転動体を含んで構成される軸受装置の状態を検出する検出装置であって、
前記軸受装置に所定の荷重を付与した状態で、前記外方部材、前記内方部材、および前記複数の転動体から構成される電気回路に交流電圧を印加させた際に得られる前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得手段と、
前記インピーダンスおよび前記位相角に基づき、前記内方部材と前記複数の転動体の間、または、前記内方部材と前記複数の転動体の間の少なくとも一つにおける油膜厚さおよび金属接触割合を導出する導出手段とを有することを特徴とする検出装置。
【0009】
また、本願発明の別の形態は以下の構成を有する。すなわち、コンピュータを、
外方部材、内方部材、および複数の転動体を含んで構成される軸受装置に所定の荷重を付与した状態で、前記外方部材、前記内方部材、および前記複数の転動体から構成される電気回路に交流電圧を印加させた際に得られる前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得手段、
前記インピーダンスおよび前記位相角に基づき、前記内方部材と前記複数の転動体の間、または、前記内方部材と前記複数の転動体の間の少なくとも一つにおける油膜厚さおよび金属接触割合を導出する導出手段、
として機能させるためのプログラム。
【発明の効果】
【0010】
本願発明により、荷重方向を考慮して、軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の接触割合の検出を同時に行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本願発明の第1の実施形態に係る診断時の装置構成の例を示す概略図。
【
図2】本願発明の第1の実施形態に係る軸受装置の物理モデルを示すグラフ図。
【
図3】本願発明の第1の実施形態に係る幾何学モデルを示すグラフ図。
【
図4】本願発明の第1の実施形態に係る軸受装置の等価回路を説明するための回路図。
【
図5】本願発明の第1の実施形態に係る軸受装置の等価回路を説明するための回路図。
【
図6】本願発明の第1の実施形態に係る負荷圏および非負荷圏を説明するための図。
【
図7A】本願発明の第1の実施形態に係る負荷圏の静電容量を説明するための図。
【
図7B】本願発明の第1の実施形態に係る負荷圏の静電容量を説明するための図。
【
図8】本願発明の第1の実施形態に係る等価回路を説明するための回路図。
【
図9】本願発明の第1の実施形態に係る静電容量を説明するためのグラフ図。
【
図10】本願発明の第1の実施形態に係る測定時の処理のフローチャート。
【
図11A】本願発明の第1の実施形態に係る測定結果を示すグラフ図。
【
図11B】本願発明の第1の実施形態に係る測定結果を示すグラフ図。
【
図12A】本願発明の第2の実施形態に係るシールの影響を説明するためのグラフ図。
【
図12B】本願発明の第2の実施形態に係るシールの影響を説明するためのグラフ図。
【
図13】本願発明の第2の実施形態に係る等価回路を説明するための図。
【
図14】本願発明の第2の実施形態に係る静電容量を説明するためのグラフ図。
【
図15A】本願発明の第2の実施形態に係る測定結果を示すグラフ図。
【
図15B】本願発明の第2の実施形態に係る測定結果を示すグラフ図。
【
図16A】本願発明の第2の実施形態に係る測定精度を説明するためのグラフ図。
【
図16B】本願発明の第2の実施形態に係る測定精度を説明するためのグラフ図。
【
図17A】本願発明の第2の実施形態に係る測定精度を説明するためのグラフ図。
【
図17B】本願発明の第2の実施形態に係る測定精度を説明するためのグラフ図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本願発明を実施するための形態について図面などを参照して説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本願発明を説明するための一実施形態であり、本願発明を限定して解釈されることを意図するものではなく、また、各実施形態で説明されている全ての構成が本願発明の課題を解決するために必須の構成であるとは限らない。また、各図面において、同じ構成要素については、同じ参照番号を付すことにより対応関係を示す。
【0013】
<第1の実施形態>
以下、本願発明の第1の実施形態について説明を行う。なお、以下の説明においては、転がり軸受として玉軸受を例に挙げて説明するが、これに限定するものではなく、本願発明は他の構成の転がり軸受にも適用可能である。例えば、本願発明が適用可能な転がり軸受の種類としては、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、円錐ころ軸受、円筒ころ軸受、自動調心ころ軸受などが挙げられる。
【0014】
[装置構成]
図1は、本実施形態に係る診断装置1にて診断を行う際の全体構成の一例を示す概略構成図である。
図1には、本実施形態に係る診断方法が適用される軸受装置2と、診断を行う診断装置1が設けられる。なお、
図1に示す構成は一例であり、軸受装置2の構成などに応じて、異なる構成が用いられてよい。また、
図1においては、軸受装置2は、1の転がり軸受を備える構成を示したが、これに限定するものではなく、1の軸受装置2に複数の転がり軸受が備えられてもよい。
【0015】
軸受装置2において、転がり軸受は、回転軸7を回転自在に支持する。回転軸7は、回転部品である転がり軸受を介して、回転軸7の外側を覆うハウジング(不図示)に支持される。転がり軸受は、ハウジングに内嵌される固定輪である外輪(外方部材)3、回転軸7に外嵌される回転輪である内輪(内方部材)4、内輪4及び外輪3との間に配置された複数の転動体5である複数の玉(ころ)、および転動体5を転動自在に保持する保持器(不図示)を備える。ここでは、外輪3を固定する構成としたが、内輪4が固定され、外輪3が回転するような構成であってもよい。また、転動体5周辺へのごみの侵入や潤滑油の漏れを防止するための周辺部材であるシール6が設けられる。転がり軸受内部において、所定の潤滑方式により、内輪4と転動体5の間、および、外輪3と転動体5の間の摩擦が軽減される。潤滑方式は特に限定するものではないが、例えば、グリース潤滑や油潤滑などが用いられ、転がり軸受内部に供給されている。潤滑剤の種類についても特に限定するものではない。
【0016】
モータ10は、駆動用のモータであり、回転軸7に対して回転による動力を供給する。回転軸7は、回転コネクタ9を介してLCRメータ8に接続される。回転コネクタ9は、例えば、カーボンブラシを用いて構成されてよく、これに限定するものではない。また、軸受装置2もLCRメータ8に電気的に接続され、このとき、LCRメータ8は、軸受装置2に対する交流電源としても機能する。
【0017】
診断装置1は、本実施形態に係る検出方法を実行可能な検出装置として動作する。診断装置1は、診断の際に、LCRメータ8に対して交流電源の角周波数ω、および交流電圧Vを入力として指示し、それに対する出力としてLCRメータ8から軸受装置2のインピーダンス|Z|(|Z|は、Zの絶対値を示す)、および位相角θを取得する。そして、診断装置1はこれらの値を用いて軸受装置2における油膜厚さや金属接触割合の検出を行う。検出方法の詳細については、後述する。
【0018】
診断装置1は、例えば、不図示の制御装置、記憶装置、および出力装置を含んで構成される情報処理装置にて実現されてよい。制御装置は、CPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processing Unit)、DSP(Digital Single Processor)、または専用回路などから構成されてよい。記憶装置は、HDD(Hard Disk Drive)、ROM(Read Only Memory)やRAM(Random Access Memory)等の揮発性および不揮発性の記憶媒体により構成され、制御装置からの指示により各種情報の入出力が可能である。出力装置は、スピーカやライト、或いは液晶ディスプレイ等の表示デバイス等から構成され、制御装置からの指示により、作業者への報知を行う。出力装置による報知方法は特に限定するものではないが、例えば、音声による聴覚的な報知であってもよいし、画面出力による視覚的な報知であってもよい。また、出力装置は、通信機能を備えたネットワークインターフェースであってもよく、ネットワーク(不図示)を介した外部装置(不図示)へのデータ送信により報知動作を行ってもよい。ここでの報知内容は、例えば、検出結果に基づいて、異常診断を行った場合、異常が検出された際の報知に限定するものではなく、軸受装置2が正常である旨の報知を含んでもよい。
【0019】
[物理モデル]
図2を用いて軸受装置2における転動体5と外輪3(または、内輪4)の接触状態について説明する。
図2は、ボール片とディスク片とが接触した際の物理モデルを示すグラフである。ボール片が転動体に対応し、ディスク片が外輪3(または、内輪4)に対応する。h軸は、油膜厚さ方向を示し、y軸は油膜厚さ方向と直交する方向を示す。また、
図2に示す各変数はそれぞれ以下の通りである。
S
1:Hertzian接触面積(Hertzian接触域)
c:Hertzian接触円半径(=√(S
1/π)
α:油膜の破断率(金属接触割合)(0≦α<1)
r
b:ボール片の半径
αS
1:実接触領域(油膜の破断領域)
h:油膜厚さ
h
1:Hertzian接触域における油膜厚さ
【0020】
Hertzian接触域において、金属が接触している面積と接触していない面積の割合はα:(1-α)となる。また、ボール片とディスク片とが接触していない理想状態ではα=0であり、y=0の場合にh>0となる。
【0021】
図2に示す油膜厚さhは以下の式にて表される。
h=0 (-αS
1/2≦y≦αS
1/2)
h=h
1 (-c≦y<-αS
1/2、または、αS
1/2<y≦c)
h=h
1+√(r
b
2-c
2)-√(r
b
2-y
2) (-r
b≦y<-c、または、c<y≦r
b) …(1)
【0022】
なお、実際の転がり軸受において転動体5は荷重を受ける際に弾性変形が生じるため、厳密には球体とはならないが、本実施形態では、球体であるものとして上記の式(1)を用いている。したがって、油膜厚さを求める際に用いられる式は式(1)に限定するものではなく、他の算出式を用いてもよい。
【0023】
図3は、転がり軸受における幾何学モデルを示す図である。x軸は、y軸およびh軸それぞれに直交する軸方向を示す。
図3に示す各変数はそれぞれ以下の通りである。また、
図2と同じ記号は対応しているものとする。
R
x:有効半径(x軸)
R
y:有効半径(y軸)
h
1:Hertzian接触域における油膜厚さ
r
b:ボール片の半径
【0024】
図3に示すように、y軸周りに転動体5が回転するものとし、h軸方向に荷重(ラジアル荷重)が加わるものとして説明する。
【0025】
[等価電気回路]
図4は、
図2に示した物理モデルを電気的に等価な電気回路(等価回路)にて示した図である。等価回路E1は、抵抗R
1、コンデンサC
1、およびコンデンサC
2から構成される。抵抗R
1は、破断領域(=αS
1)における抵抗に相当する。コンデンサC
1は、Hertzian接触域における油膜により形成されるコンデンサに相当し、静電容量C
1とする。コンデンサC
2は、Hertzian接触域の周辺(
図2の-r
b≦y<-c、および、c<y≦r
b)における油膜により形成されるコンデンサに相当し、静電容量C
2とする。Hertzian接触域(=S
1)が、
図4の等価回路E1における抵抗R
1とコンデンサC
1の並列回路を形成する。更に、この抵抗R
1とコンデンサC
1から構成される電気回路に対して、コンデンサC
2が並列に接続される。このとき、Hertzian接触域の周辺(
図2の-r
b≦y<-c、および、c<y≦r
b)では、潤滑剤が充填されているものとする。
【0026】
等価回路E1のインピーダンスをZにて示す。ここで、等価回路E1に印加される交流電圧V、等価回路E1を流れる電流I、および、等価回路E1全体の複素数インピーダンスZは以下の式(2)~(4)にて示される。
V=|V|exp(jωt) …(2)
I=|I|exp(jωt) …(3)
Z=V/I=|V/I|exp(jθ)=|Z|exp(jθ) …(4)
j:虚数
ω:交流電圧の角周波数
t:時間
θ:位相角(電圧と電流の位相のずれ)
【0027】
図5は、
図4にて示した等価回路E1に基づいて、1の転動体5周りにおける電気的に等価な電気回路を示した図である。1の転動体5に着目すると、外輪3と転動体5の間、および、内輪4と転動体5の間において等価回路E2が形成される。ここでは、上側を外輪3と転動体5にて形成される電気回路とし、下側を内輪4と転動体5にて形成される電気回路として説明するが、逆であってもよい。1の転動体5の周りにおいて、これらの電気回路が直列に接続されて等価回路E2が形成されることとなる。
【0028】
[ラジアル荷重による静電容量]
図6は、転がり軸受に対してラジアル荷重が加えられた場合の負荷圏および非負荷圏を説明するための図である。ここでは、転がり軸受において、ラジアル荷重F
rが回転軸7を介して加えられているものとする。この場合、複数の転動体5において、
図2に示すようなHertzian接触域が生じる範囲を負荷圏と称し、それ以外の範囲を非負荷圏と称する。なお、負荷圏の範囲は、ラジアル荷重の大きさや転がり軸受の構成等に応じて変動し得る。
【0029】
まず、負荷圏におけるコンデンサC
1の静電容量ついて説明する。
図7Aおよび
図7Bは、負荷圏に位置する転動体5により形成されるコンデンサC
1の概念を説明するための図である。ここでは、負荷圏に5つの転動体が含まれ、各転動体により、コンデンサC
1(1)~C
1(5)が形成された例を用いて説明する。負荷圏では、転動体の位置に応じて、Hertzian接触域の大きさが異なる。この場合、
図7Aに示すように、負荷圏では中央から離れるほど静電容量は小さくなるとも想定される。
【0030】
しかしながら、
図2や
図3にて示すように、Hertzian接触域における油膜厚さh
1はラジアル荷重の影響を受けにくいものとし、本実施形態では、負荷圏内の油膜厚さは一定であるものと仮定する。これを踏まえ、
図7Bに示すように、ヘルツ接触面積S
1を平均化し、負荷圏内の複数の転動体5それぞれにより形成されるコンデンサC
1の静電容量を均一として扱う。したがって、負荷圏に位置する複数の転動体5により形成されるコンデンサC
1の静電容量は以下の式(5)にて導出することができる。
【0031】
【0032】
m:負荷圏に位置する転動体を示す自然数(1≦m≦n1)
n1:負荷圏に位置する転動体数
C1(m):転動体mのHertzian接触域における静電容量
C1 ̄:C1(m)の平均値
【0033】
次に非負荷圏におけるコンデンサC
3の静電容量ついて説明する。非負荷圏において、転動体5と外輪3と隙間、および、転動体5と内輪4の隙間が生じる。
図6に示すように、非負荷圏に位置する転動体5のうち、中央に位置する転動体5aと外輪3および転動体5aと内輪4との隙間をラジアル隙間h
gapとした場合、非負荷圏に位置する複数の転動体5それぞれと外輪3との隙間は以下の式(6)から導出することができる。なお、転動体5aと外輪3との隙間、および、転動体5aと内輪4との隙間は同じ(h
gap/2)であるとして説明する。なお、ラジアル隙間h
gapは、ラジアル荷重F
rと、転がり軸受の仕様などから導出することができる。
【0034】
【0035】
m:非負荷圏に位置する転動体を示す自然数(1≦m≦(n-n1))
n:全転動体数
n1:負荷圏に位置する転動体数
【0036】
そして、式(6)に基づき、非負荷圏全体の静電容量C3は、以下の式(7)から導出することができる。
【0037】
【0038】
m:非負荷圏に位置する転動体を示す自然数(1≦m≦(n-n1))
n:全転動体数
n1:負荷圏に位置する転動体数
ε:潤滑剤の誘電率
C3(m):転動体mのHertzian接触域における静電容量
S1:Hertzian接触面積
π:円周率
rx ̄:有効半径(x軸)の平均値
ry ̄:有効半径(y軸)の平均値
rh ̄:定数(=(rx ̄+ry ̄)/2)
hgap:ラジアル隙間
ln:対数関数
【0039】
図8は、上述した負荷圏および非負荷圏にて形成されるコンデンサを考慮した、軸受装置2全体における電気的に等価な等価回路を示す図である。負荷圏に位置するn個の転動体5に対応して、n個の等価回路E2が並列に接続される。このとき、
図7を用いて説明したように、Hertzian接触域における静電容量は、C
1 ̄が用いられる。
【0040】
また、非負荷圏に位置する(n-n
1)個の転動体5に対応して、(n-n
1)個の等価回路E3が並列に接続される。なお、負荷圏と同様に外輪3と転動体5の間、および、内輪4と転動体5の間それぞれにおいてコンデンサが形成されるため、等価回路E3は、2つのコンデンサC
3が直列に接続された構成となる。ここでは、上側を外輪3と転動体5にて形成される電気回路とし、下側を内輪4と転動体5にて形成される電気回路とするが、逆であってもよい。そして、
図8に示す軸受装置2全体により構成される等価回路E4に対して、診断時にはLCRメータ8による交流電源が供給される。
【0041】
図9は、
図8に示した電気回路に含まれるコンデンサC
1 ̄、C
2、C
3の、油膜厚さhと静電容量Cの関係の例を示す図である。横軸は油膜厚さh[m]を示し、縦軸は静電容量C[F]を示す。また、
図9は、以下の条件下における関係を示す。
軸受:深溝玉軸受(銘番:6306)
転動体数(n):8
負荷圏に位置する転動体数(n
1):3
ラジアル荷重(F
r):147[N]
【0042】
図9に示すように、コンデンサC
1 ̄、C
2は、油膜厚さhが増加するに伴い、静電容量は低下(単調減少)する。コンデンサC
1 ̄の傾きがC
2よりも大きい。C
3は、油膜厚さhに関わらず、一定である。コンデンサC
1 ̄、C
2、C
3の組み合わせ(=C
1 ̄+C
2+C
3)では、油膜厚さhが増加するに伴い、静電容量は低下するが、油膜厚さhが増加するに伴ってその変化の程度が緩やかとなる。
【0043】
[油膜厚さおよび油膜の破断率の導出]
本実施形態では、上述したようなラジアル荷重下における潤滑剤の油膜厚さhおよび油膜の破断率αを用いて潤滑状態を検出する。まず、アキシアル荷重下における潤滑剤の油膜厚さhおよび油膜の破断率αは、以下の式(8)を用いて導出することができる。
【0044】
【0045】
h:油膜厚さ
α:油膜の破断率(金属接触割合)
δ:定数(=(1-α)rh ̄S1/2πrx ̄ry ̄)
ω:交流電圧の角周波数
W:ランベルトW関数
ζ:定数(=lrh ̄/2πεkn1rx ̄ry ̄)
θ0:静的接触状態における位相
θ:動的接触状態における位相
|Z0|:静的接触状態におけるインピーダンス
|Z|:動的接触状態におけるインピーダンス
rx ̄:有効半径(x軸)の平均値
ry ̄:有効半径(y軸)の平均値
rh ̄:定数(=(rx ̄+ry ̄)/2)
k:転がり軸受の数
l:接触領域の数
m:非負荷圏に位置する転動体を示す自然数(1≦m≦(n-n1))
n:全転動体数
n1:負荷圏に位置する転動体数
C3(m):転動体mのHertzian接触域における静電容量
【0046】
式(8)は、
図5を用いて説明した等価回路E2に基づいて構成された式である。つまり、式(8)は、コンデンサC
1 ̄、C
2の影響を考慮したものである。本実施形態では、ラジアル荷重下における潤滑剤の油膜厚さhおよび油膜の破断率αを導出するために、式(8)に式(5)~(7)の構成を組み合わせた以下の式(9)を用いる。
【0047】
【0048】
C3(m):転動体(m)のHertzian接触域における静電容量
【0049】
[処理フロー]
図10は、本実施形態に係る診断処理のフローチャートである。本処理は、診断装置1により実行され、例えば、診断装置1が備える制御装置(不図示)が本実施形態に係る処理を実現するためのプログラムを記憶装置(不図示)から読み出して実行することにより実現されてよい。
【0050】
S1001にて、診断装置1は、軸受装置2に対して、所定の荷重方向にラジアル荷重Frが与えられるように制御する。ここでは、内輪4に対して、ラジアル荷重Frが与えられる。なお、ラジアル荷重Frを与える制御は、診断装置1とは別の装置により行われてもよい。この時、静的接触状態における位相とインピーダンスを測定する。
【0051】
S1002にて、診断装置1は、モータ10により回転軸7の回転を開始させる。これにより回転軸7に接続された内輪4の回転が開始される。なお、モータ10の制御は、診断装置1とは別の装置により行われてもよい。
【0052】
S1003にて、診断装置1は、LCRメータ8に対し、LCRメータ8が備える交流電源(不図示)を用いて角周波数ωの交流電圧を軸受装置2に与えるように制御する。これにより、軸受装置2には、角周波数ωの交流電圧が印加されることとなる。
【0053】
S1004にて、診断装置1は、S1003の入力に対する出力として、LCRメータ8からインピーダンス|Z|および位相角θを取得する。つまり、LCRメータ8は、入力である交流電圧Vおよび交流電圧の角周波数ωに対する軸受装置2の検出結果として、
インピーダンス|Z|および位相角θを診断装置1に出力する。
【0054】
S1005にて、診断装置1は、S1004にて取得したインピーダンス|Z|および位相角θ、S1003にて用いた交流電圧の角周波数ωを、式(9)に適用することで油膜厚さhおよび破断率αを導出する。
【0055】
S1006にて、診断装置1は、S1005にて導出した油膜厚さhおよび破断率αを用いて軸受装置2の潤滑状態を診断する。なお、ここでの診断方法は、例えば、油膜厚さhや破断率αに対して閾値を設け、その閾値との比較により潤滑状態を判断してよい。そして、本処理フローを終了する。
【0056】
[試験]
上述した診断方法に基づいて行った試験の結果について説明する。試験時の構成は、
図1に示した構成と同等とし、試験条件は以下の通りとする。
(試験条件)
軸受:深溝玉軸受(銘番:6306)
転動体数(n):8
回転速度:50~1581[min
-1]
アキシアル荷重:0[N]
ラジアル荷重(F
r):147[N]
温度:25[℃]
最大接触圧:0.89[GPa]
潤滑剤の基油:ポリアルファオレフィン
潤滑剤の増ちょう剤:ウレア
混和ちょう度:300
動粘度:74[mm
2/s, 40℃]
圧力粘性係数:13.8[GPa
-1, 25℃]
比誘電率:2.3
交流電圧:0.2[V]
交流電源の周波数:1.0[MHz]
【0057】
図11Aおよび
図11Bは、上記試験条件下において試験を行った結果から得られる回転速度Nと油膜厚さhおよび破断率αとの関係を示す図である。
図11Aにおいて、横軸は回転速度N[min
-1]を示し、縦軸は油膜厚さh[m]を示す。
図11Bにおいて、横軸は回転速度N[min
-1]を示し、縦軸は破断率αを示す。上記の試験条件に示すように、回転速度は50~1581[min
-1]の範囲内で得られた結果をプロットしている。
【0058】
図11Aにおいて破線は、理論値として導出される油膜厚さを示す。●は、式(8)を用いて油膜厚さhを導出した結果を示している。〇は、式(9)を用いて油膜厚さhを導出した結果を示している。つまり、〇は、ラジアル荷重下における非負荷圏にて構成されるコンデンサC
3を考慮した導出結果である。
図11Aに示すように、〇にて示した結果は、いずれの回転速度においても●にて示す結果よりも理論値に近いものとなり、より精度よく油膜厚さhを導出することが可能となっている。また、
図11Bに示すように、いずれの回転速度においても、油膜厚さhと併せて、破断率αを導出できる。
【0059】
以上、本実施形態により、ラジアル荷重下において、軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の接触割合の検出を同時に行うことが可能となる。
【0060】
なお、本実施形態にて用いた式(9)は、アキシアル荷重を考慮した式(8)に基づいて構成されているため、アキシアル荷重下においても適用可能である。そのため、アキシアル荷重およびラジアル荷重のいずれの条件下においても汎用的に用いることが可能である。
【0061】
<第2の実施形態>
第1の実施形態では、ラジアル荷重下において、軸受装置2の非負荷圏の構成を考慮して軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の接触割合の検出を同時に行う構成について説明した。本願発明の第2の実施形態では、更に測定精度を向上させるための構成について説明する。なお、第1の実施形態と重複する構成については説明を省略し、差分に着目して説明を行う。
【0062】
[事前検証]
図11Aおよび
図11Bを用いて説明したような測定精度を向上させるために、発明者は、軸受装置2を構成する転動体5周り以外の構成(周辺部材)に着目した。まず、転動体5周り以外の構成の影響を検証するために、転動体により構成されるC
1 ̄、C
2、C
3の影響を無視することが可能な試験用の軸受装置を用意して試験を行った。具体的には、軸受装置が備える複数の転動体を、交流電圧を通さない絶縁性を有するセラミック製の転動体にて構成する。また、シール6がある軸受装置とシール6が無い軸受装置を用意した。これらの軸受装置に対してラジアル荷重F
rを付与した上で、LCRメータ8による測定を行った。
【0063】
図12Aおよび
図12Bは、試験用の軸受装置に対して行った試験において、LCRメータ8から得られるラジアル荷重F
rとインピーダンス|Z|および位相角θの関係を示す。
図12Aにおいて、横軸はラジアル荷重F
r[N]を示し、縦軸はインピーダンス|Z|[Ω]を示す。
図12Bにおいて、横軸はラジアル荷重F
r[N]を示し、縦軸は位相角θを示す。
【0064】
図12Aを参照すると、シール6の有無に応じて、インピーダンス|Z|に差分が生じている。このとき、ラジアル荷重F
rが変化してもその差分はほぼ一定であるため、インピーダンス|Z|は、ラジアル荷重F
rへの依存性は無い。また、
図12Bを参照すると、シール6の有無に応じて位相角θにわずかな差分が生じているが、どちらもほぼ-90degである。セラミック製の転動体には交流電圧は流れていないため、外輪3と内輪4との間およびシール6にて静電容量が生じていることがわかる。本実施形態では、外輪3と内輪4との間およびシール6に起因して構成されるコンデンサをコンデンサC
4(静電容量C
4)として扱う。
【0065】
[等価回路]
図13は、第1の実施形態にて
図8を用いて説明した等価回路E4に対して、更に上述したコンデンサC
4を含めた軸受装置2全体における電気的に等価な等価回路E5を示す図である。等価回路E5は、等価回路E4とコンデンサC
4とが並列に接続された構成である。そして、
図13に示す軸受装置2全体により構成される等価回路E5に対して、診断時にはLCRメータ8による交流電源が供給される。
【0066】
図14は、
図13に示した等価回路に含まれるコンデンサC
1 ̄、C
2、C
3、C
4の、油膜厚さhと静電容量Cの関係を示す図である。横軸は油膜厚さh[m]を示し、縦軸は静電容量C[F]を示す。また、
図13は、以下の条件下における関係を示す。
軸受:深溝玉軸受(銘番:6306)
転動体数(n):8
負荷圏に位置する転動体数(n
1):3
ラジアル荷重(F
r):147[N]
【0067】
図14に示すように、コンデンサC
1 ̄、C
2、C
3は
図9に示したものと同様である。また、コンデンサC
4については、油膜厚さhに関わらずほぼ一定となるが、シール6を有する場合の方が、シール6が無い場合に比べて静電容量は高くなる。コンデンサC
1 ̄、C
2、C
3、C
4の組み合わせ(=C
1 ̄+C
2+C
3+C
4)では、油膜厚さhが増加するに伴い、静電容量は低下するが、油膜厚さhが増加するに伴ってその変化の程度が緩やかとなる。なお、
図14には示していないが、コンデンサC
1 ̄、C
2、C
3、C
4の組み合わせ(=C
1 ̄+C
2+C
3+C
4)と、
図9にて示したコンデンサC
1 ̄、C
2、C
3の組み合わせ(=C
1 ̄+C
2+C
3)とを比較すると、コンデンサC
1 ̄、C
2、C
3、C
4の組み合わせ(=C
1 ̄+C
2+C
3+C
4)の方が、変化(減少)が緩やかな曲線となる。
【0068】
[油膜厚さおよび油膜の破断率の導出]
本実施形態では、
図13を用いて説明した等価回路E5に基づいて、以下の式(10)を用いてラジアル荷重下における潤滑剤の油膜厚さhおよび油膜の破断率αを導出する。つまり、式(10)は、上述した式(9)に対して更にコンデンサC
4の影響を考慮したものである。式(10)に示されるC
4の値は、
図14に示すように、軸受装置2の構成に応じて予め特定することができる。
【0069】
【0070】
C4:外輪と内輪との間およびシールと内輪との間に生じる静電容量
【0071】
[試験]
上述した診断方法に基づいて行った試験の結果について説明する。試験時の構成や試験条件は、第1の実施形態に示した構成と同等とする。
【0072】
図15Aおよび
図15Bは、上記試験条件下において試験を行った結果から得られる回転速度Nと油膜厚さhおよび破断率αとの関係を示す図である。
図15Aにおいて、横軸は回転速度N[min
-1]を示し、縦軸は油膜厚さh[m]を示す。
図15Bにおいて、横軸は回転速度N[min
-1]を示し、縦軸は破断率αを示す。上記の試験条件に示すように、回転速度は50~1581[min
-1]の範囲内で得られた結果をプロットしている。
【0073】
図15(a)において破線、●、〇は、
図11と同様である。△は、式(10)を用いて油膜厚さhを導出した結果を示している。つまり、△は、コンデンサC
4を考慮した導出結果である。
図15Aに示すように、△にて示した結果は、いずれの回転速度においても●や〇にて示す結果よりも理論値に近いものとなり、より精度よく油膜厚さhを導出することが可能となっている。また、
図15Bに示すように、いずれの回転速度においても、油膜厚さhと併せて、破断率αを導出できる。
【0074】
次に、本実施形態に係る油膜厚さの検出精度について説明する。本実施形態に係る負荷圏および非負荷圏における油膜厚さhと破断率αを特定するために、発明者は、試験用の軸受装置として、複数の転動体において、1個の鋼製の転動体とそれ以外のセラミック製の転動体から構成される軸受装置を用意した。鋼製の転動体は、導電体として機能し、交流電源による電流が流れる。一方、セラミック製の転動体は、絶縁体として機能し、交流電源による電流が流れない。この構成の軸受装置に対し、鋼製の転動体にラジアル荷重を付与して交流電圧を印加した場合、第1の実施形態にて述べたコンデンサC3(すなわち、非負荷圏の静電容量C3)の影響は無視できることとなる。
【0075】
上記試験用の軸受装置を用い、以下の条件下にて試験を行った。
(試験条件)
軸受:深溝玉軸受(銘番:6306、なお、転動体の構成は上記の通り)
ラジアル荷重(Fr):147[N]
回転速度:50[min-1]
潤滑剤:ウレアグリース
動粘度:74[mm2/s, 40℃]
【0076】
図16A、
図16B、
図17A、および
図17Bは、上記試験条件下において試験を行った結果から得られる位置φと、油膜厚さhおよび破断率αとの関係を示す図である。
図16Aおよび
図16Bでは、油膜厚さhおよび破断率αは、従来の手法である式(8)にて算出された結果に基づいてプロットされている。
図17Aおよび
図17Bでは、油膜厚さhおよび破断率αは、本実施形態に係る式(10)にて算出された結果に基づいてプロットされている。
図16Aおよび
図17Aにおいて、横軸は位置φ[deg]を示し、縦軸は油膜厚さh[m]を示す。
図16Bおよび
図17Bにおいて、横軸は位置φ[deg]を示し、縦軸は破断率αを示す。ここでの位置φは、ラジアル荷重F
rが付与される方向の位置(負荷圏の中心位置)を基準(φ=0)として、内輪4(もしくは、外輪3)の回転方向に沿って反時計回りに+の値をとるものとする。
図16Aおよび
図16Bの例では、位置φは0~1080の範囲を示し、これは軸受装置の3周分の範囲に位置する。また、φ=0、360、720、1080の位置周辺が負荷圏に対応し、それ以外の範囲が非負荷圏となる。
【0077】
図16Aおよび
図17Aにおいて、破線はhの理論値を示し、ピーク部分は非負荷圏の中央に位置する転動体5と外輪3(または、内輪4)との隙間(h=h
gap/2)に相当する(
図6参照)。
図16Aを参照すると、負荷圏では油膜厚さhは理論値に近い値を測定できている反面、非負荷圏では油膜厚さhの正確な測定ができていない。つまり、
図16Aに示すように、従来の方法では、非負荷圏においても油膜厚さhが薄いものとして検出されており、理論値であるとは大きく異なる結果となっている。
図16Bを参照すると、いずれの位置φにおいても破断率αは測定できている。一方、
図17Aを参照すると、負荷圏および非負荷圏のいずれにおいても、油膜厚さhは理論値に近い値を測定できている。また、
図17Bを参照すると、いずれの位置φにおいても破断率αは測定できている。
【0078】
なお、本実施形態では、軸受装置2を構成する周辺部材として、シール6を例に挙げて説明した。しかし、軸受装置2を構成する他の周辺部材を考慮して、コンデンサC
4(式(10)のC
4の静電容量)を設定してもよい。また、
図14に示すように、シール6の有無に応じて、式(10)のC
4の値を調整するような構成であってもよい。
【0079】
以上、本実施形態により、第1の実施形態よりも更に、ラジアル荷重下において、軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の接触割合の検出を同時に行いつつ、測定精度を向上させることが可能となる。また、ラジアル荷重下における負荷圏および非負荷圏のいずれにおいても、油膜厚さおよび接触割合を精度よく測定することが可能である。
【0080】
なお、本実施形態にて用いた式(10)は、アキシアル荷重を考慮した式(8)に基づいて構成されているため、アキシアル荷重下においても適用可能である。そのため、アキシアル荷重およびラジアル荷重のいずれの条件下においても汎用的に用いることが可能である。
【0081】
<その他の実施形態>
また、本願発明において、上述した1以上の実施形態の機能を実現するためのプログラムやアプリケーションを、ネットワーク又は記憶媒体等を用いてシステム又は装置に供給し、そのシステム又は装置のコンピュータにおける1つ以上のプロセッサがプログラムを読出し実行する処理でも実現可能である。
【0082】
また、1以上の機能を実現する回路(例えば、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やFPGA(Field Programmable Gate Array))によって実現してもよい。
【0083】
このように、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、実施形態の各構成を相互に組み合わせることや、明細書の記載、並びに周知の技術に基づいて、当業者が変更、応用することも本発明の予定するところであり、保護を求める範囲に含まれる。
【0084】
以上の通り、本明細書には次の事項が開示されている。
(1) 外方部材、内方部材、および複数の転動体を含んで構成される軸受装置の状態を検出する検出方法であって、
前記軸受装置に所定の荷重を付与した状態で、前記外方部材、前記内方部材、および前記複数の転動体から構成される電気回路に交流電圧を印加し、
前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を測定し、
前記インピーダンスおよび前記位相角に基づき、前記内方部材と前記複数の転動体の間、または、前記内方部材と前記複数の転動体の間の少なくとも一つにおける油膜厚さおよび金属接触割合を導出する、ことを特徴とする検出方法。
この構成によれば、荷重方向を考慮して、軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の金属接触割合の検出を同時に行うことが可能となる。
【0085】
(2) 前記所定の荷重は少なくともラジアル荷重を含み、
前記所定の荷重により特定される前記軸受装置内の負荷圏と非負荷圏それぞれにおいて構成される電気回路に対応する第1の算出式を用いて前記油膜厚さおよび前記金属接触割合を導出することを特徴とする請求項1に記載の検出方法。
この構成によれば、ラジアル荷重を考慮して、軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の金属接触割合の検出を同時に行いつつ、測定精度を向上させることが可能となる。
【0086】
(3) 前記油膜厚さhおよび前記金属接触割合αを導出するための前記第1の算出式は、
【0087】
【0088】
であることを特徴とする(2)に記載の検出方法。
この構成によれば、ラジアル荷重を考慮して、軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の金属接触割合の検出を同時に行いつつ、測定精度を向上させることが可能となる。特に、
転がり軸受の負荷圏および非負荷圏に応じた静電容量を考慮した軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の金属接触割合の検出が可能となる。
【0089】
(4) 前記軸受装置は更に、周辺部材を含み、
前記所定の荷重は少なくともラジアル荷重を含み、
前記所定の荷重により特定される前記軸受装置内の負荷圏と非負荷圏それぞれにおいて構成される電気回路、および、前記周辺部材から構成される電気回路に対応する第2の算出式を用いて前記油膜厚さおよび前記金属接触割合を導出することを特徴とする(1)に記載の検出方法。
この構成によれば、ラジアル荷重およびアキシアル荷重を考慮して、軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の金属接触割合の検出を同時に行いつつ、測定精度を向上させることが可能となる。
【0090】
(5) 前記油膜厚さhおよび前記金属接触割合αを導出するための前記第2の算出式は、
【数8】
【0091】
であることを特徴とする(4)に記載の検出方法。
この構成によれば、この構成によれば、ラジアル荷重およびアキシアル荷重を考慮して、軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の接触割合の検出を同時に行いつつ、測定精度を向上させることが可能となる。特に、転がり軸受の部材に応じた静電容量を考慮した軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の金属接触割合の検出が可能となる。
【0092】
(6) 前記周辺部材は、シールであることを特徴とする(4)または(5)に記載の検出方法。
この構成によれば、シールの影響を考慮して、油膜厚さおよび金属接触割合の検出が可能となる。
【0093】
(7) 更に、前記油膜厚さおよび前記金属接触割合を用いて前記軸受装置を診断することを特徴とする(1)~(6)のいずれか一項に記載の検出方法。
この構成によれば、荷重に応じて特定される油膜厚さおよび金属接触割合に基づいて、
転がり軸受の潤滑剤に関する状態を診断することができる。
【0094】
(8) 外方部材、内方部材、および複数の転動体を含んで構成される軸受装置の状態を検出する検出装置であって、
前記軸受装置に所定の荷重を付与した状態で、前記外方部材、前記内方部材、および前記複数の転動体から構成される電気回路に交流電圧を印加させた際に得られる前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得手段と、
前記インピーダンスおよび前記位相角に基づき、前記内方部材と前記複数の転動体の間、または、前記内方部材と前記複数の転動体の間の少なくとも一つにおける油膜厚さおよび金属接触割合を導出する導出手段とを有することを特徴とする検出装置。
この構成によれば、荷重方向を考慮して、軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の金属接触割合の検出を同時に行うことが可能となる。
【0095】
(9) コンピュータを、
外方部材、内方部材、および複数の転動体を含んで構成される軸受装置に所定の荷重を付与した状態で、前記外方部材、前記内方部材、および前記複数の転動体から構成される電気回路に交流電圧を印加させた際に得られる前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得手段、
前記インピーダンスおよび前記位相角に基づき、前記内方部材と前記複数の転動体の間、または、前記内方部材と前記複数の転動体の間の少なくとも一つにおける油膜厚さおよび金属接触割合を導出する導出手段、
として機能させるためのプログラム。
この構成によれば、荷重方向を考慮して、軸受装置内部の油膜厚さおよび部品間の金属接触割合の検出を同時に行うことが可能となる。
【0096】
以上、図面を参照しながら各種の実施の形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。また、発明の趣旨を逸脱しない範囲において、上記実施の形態における各構成要素を任意に組み合わせてもよい。
【0097】
なお、本出願は、2020年9月14日出願の日本特許出願(特願2020-153845)に基づくものであり、その内容は本出願の中に参照として援用される。
【符号の説明】
【0098】
1…診断装置
2…軸受装置
3…外輪(外方部材)
4…内輪(内方部材)
5…転動体
6…シール
7…回転軸
8…LCRメータ
9…回転コネクタ
10…モータ