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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-28
(45)【発行日】2023-04-05
(54)【発明の名称】析出硬化鋼およびその製造
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230329BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20230329BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20230329BHJP
   C22C 38/52 20060101ALI20230329BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/00 301A
C21D1/06 A
C21D6/00 101L
C22C38/52
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2018563563
(86)(22)【出願日】2017-05-31
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2019-08-08
(86)【国際出願番号】 EP2017063192
(87)【国際公開番号】W WO2017207651
(87)【国際公開日】2017-12-07
【審査請求日】2020-04-02
【審判番号】
【審判請求日】2022-02-28
(31)【優先権主張番号】1650764-2
(32)【優先日】2016-06-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】SE
(73)【特許権者】
【識別番号】518424017
【氏名又は名称】オヴァコ スウェーデン アーベー
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100108903
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 和広
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100114018
【弁理士】
【氏名又は名称】南山 知広
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(72)【発明者】
【氏名】アンデション ヤン-エリク
【合議体】
【審判長】井上 猛
【審判官】佐藤 陽一
【審判官】羽鳥 友哉
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第3619179号明細書
【文献】特開平3-75333号公報
【文献】特開平4-63261号公報
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 6/00
C21D 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
析出硬化鋼であって、以下の組成:
C:0.05~0.30重量%
Ni:3~9重量%
Mo:0.5~1.5重量%
Al:1~3重量%
Cr:2~14重量%
V:0.25~1.5重量%
Co:0~0.03重量%
Mn:0~0.3重量%
Si:0~0.3重量%
を有し、
100重量%までの残りの部分がFeおよび不純物元素であり、
さらに、AlおよびNiの量が、式(Ni/3)-0.5≦Al≦(Ni/3)+0.5を満たし、ただしAlの量は、式の結果1重量%より低いAlの量がもたらされる場合には1重量%であり、Alの量は、式の結果3重量%を超えるAlの量がもたらされる場合には3重量%であり
記析出硬化鋼がAlおよびNiを含む第1のタイプの析出物ならびにCr、MoおよびVからなる群から選択された少なくとも1種の炭化物を含む第2のタイプの析出物を含み、
250℃でのASTM 468-90による疲労限界が700MPaを超える
析出硬化鋼。
【請求項2】
Coの量が0.01重量%未満である、請求項1に記載の析出硬化鋼。
【請求項3】
Crの量が2~10重量%である、請求項1または2に記載の析出硬化鋼。
【請求項4】
前記析出硬化鋼が窒化される、請求項1~のいずれか一項に記載の析出硬化鋼。
【請求項5】
請求項1~のいずれか一項に記載の析出硬化鋼の製造方法であって、前記析出硬化鋼を510~530℃で1~8時間焼き戻してNiおよびAlを含む析出物を得ることを特徴とする、前記方法。
【請求項6】
前記析出硬化鋼を6~8時間焼き戻す、請求項に記載の方法。
【請求項7】
前記析出硬化鋼を前記焼き戻しの前に機械加工する、請求項またはに記載の方法。
【請求項8】
溶体化処理を前記焼き戻しの前に行う、請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記溶体化処理を900~1000℃の温度範囲において0.2~3時間実施する、請求項に記載の方法。
【請求項10】
窒化を行う、請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記析出硬化鋼を使用中250~500℃の温度に曝露する用途のための、請求項1~のいずれか1項に記載の析出硬化鋼の使用。
【請求項12】
前記析出硬化鋼を使用中250~300℃の温度に曝露する用途のための、請求項11に記載の析出硬化鋼の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に、高温での使用に適した高強度析出硬化鋼に関する。析出硬化鋼組成物は、炭化物での析出硬化、それと共に焼き戻し後に存在するNi-Alの金属間析出を共に付与するように最適化される。新たな析出硬化鋼は、低いミクロおよびマクロ偏析を有するように設計される。本質的にコバルト非含有である析出硬化鋼を提供することが、可能である。
【背景技術】
【0002】
一次硬化は、鋼がオーステナイト相場からマルテンサイトまたはベイナイト微細構造に急冷される場合である。一般に、炭化物を含む鋼が、知られている。低合金炭素鋼は、焼き戻し中に炭化鉄を発生する。これらの炭化物は、高温で粗雑化し、それによって鋼の強度が低下する。鋼が強い炭化物形成元素、例えばモリブデン、バナジウムおよびクロムを含有する場合、強度を、高温での長時間の焼き戻しによって増加させることができる。これは、合金炭化物がある温度で析出するためである。通常、これらの鋼によって、100℃~450℃に焼き戻した際に、それらの一次硬化強度が低下する。450℃~550℃で、これらの合金炭化物は析出し、強度が一次硬度まで、またはさらにそれより高く増大し、これは、二次硬化と称される。それは、合金元素(例えばモリブデン、バナジウムおよびクロム)が長時間の焼きなまし中に拡散して、微細に分散した合金炭化物を析出し得るために起こる。二次硬化鋼において見出される合金炭化物は、炭化鉄よりも熱力学的に安定であり、粗雑化する傾向をほとんど示さない。種々の鋼についての焼き戻し特徴は、図1において見られる。
【0003】
金属間析出硬化鋼もまた、知られている。炭化物析出および金属間析出硬化は共に、温度に伴う固溶度の変化に依存して、不純物相の微粒子を生成し、それによって転位の移動、または結晶格子中の欠陥が妨げられる。転位はしばしば可塑性の支配的な担体であるので、これは、材料を硬化させる役割を果たす。析出硬化鋼は、例えばアルミニウムおよびニッケルを含み、不純物相を生成し得る。
【0004】
第2相粒子の存在によって、しばしば格子歪みが引き起こされる。これらの格子歪みは、析出物粒子がサイズおよび結晶学的構造においてホスト原子と異なる場合に生じる。ホスト格子中のより小さい析出物粒子によって、引張応力がもたらされ、一方より大きい析出物粒子によって、圧縮応力がもたらされる。転位欠陥によってもまた、応力場が作り出される。転位の上方に圧縮応力があり、下方に引張応力がある。その結果、転位と析出物との間に負の相互作用エネルギーがあり、それによって、各々それぞれ圧縮および引張応力が引き起こされ、またはその逆も同様である。換言すれば、転位は、析出物に引き付けられる。さらに、転位と析出物との間に正の相互作用エネルギーがあり、それは、同一のタイプの応力場を有する。これは、転位が析出物によって撃退されることを意味する。
【0005】
析出物粒子はまた、材料の剛性を局所的に変化させることによって役割を果たす。転位は、より高い剛性の領域によって撃退される。逆に、析出物によって材料が局所的により柔軟になる場合、転位は当該領域に引き付けられる。
【0006】
合金炭化物および金属間析出物の両方を含む鋼は稀であるが、それらは知られている。これらの鋼は、しかしながら低い偏析または焼き戻し後の最適化された硬度については最適化されていない。例えば、特許文献1には、金属間析出物および合金炭化物の両方を有する二重の硬化機構を有する鋼が開示されている。この鋼は、以下のものを含む。
C:0.30重量%まで
Ni:10~18重量%
Mo:1~5重量%
Al:0.5~1.3重量%
Cr:1~3重量%
Co:8~16重量%
【0007】
コバルトは負の健康的影響ならびに負の環境的影響を有することが、知られている。同時に、一般に所望の特性および特に高温での強度を増加させることが、望ましい。
【0008】
各鋼階級は、鋼組成に依存して多かれ少なかれ分離する。多数の鋼階級が、化学的組成の変化量について試験されてきた。通常の製鋼における種々の元素および偏析する傾向は、図2に見られる。偏析指数の値が高くなるに伴って、より多大に偏析する。炭素は、各種炭化物形成元素、例えばMo、CrおよびVの分配に対して莫大な影響を与える。炭素含有量が高くなるに伴って、より多大な偏析が生じる。マイクロスケールおよびマクロスケールの両方においてである。各種鋼の偏析が、図3に見られる。Cr、MoまたはVの絶対値は、鋼の名目上の含有量を乗じた偏析指数である。クロムは低い偏析する傾向を有するので、量の緩い制限を設定することができる。MoおよびVの量は、それらの偏析する傾向のために、他方で1.0~1.5重量%まで制御するべきである。
【0009】
M-50鋼は、しばしば真空誘導溶解(VIM)および真空アーク再溶解(VAR)プロセスを使用して精錬され、それは、多軸応力に対する優れた耐性および高い使用温度での軟化ならびに良好な耐酸化性を示す。しかしながら、それは、図3に見られるように偏析に苦しみ、それは、回避するのが望ましい。さらに、それは、製造するのがかなり高価である。
【0010】
これに鑑みて、当該分野における問題は、高温においても低い偏析および改善された機械的特性の両方を同時に有する無視できる量のコバルトを有することが可能である鋼をいかにして提供するかである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】米国特許第5,393,488号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、従来技術における欠点の少なくともいくつかを未然に防止し、改良された析出硬化鋼を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
第1の態様において、以下の組成:
C:0.05~0.30重量%
Ni:3~9重量%
Mo:0.5~1.5重量%
Al:1~3重量%
Cr:2~14重量%
V:0.25~1.5重量%
Co:0~0.03重量%
Mn:0~0.5重量%
Si:0~0.3重量%
を有し、
100重量%までの残りの部分がFeおよび不純物元素であり、
さらにただしAlおよびNiの量がまた式Al=(Ni/3)±0.5を重量%において満たし、ただしAlの量は、式の結果1重量%より低いAlの量がもたらされる場合には1重量%であり、Alの量は、式の結果3重量%を超えるAlの量がもたらされる場合には3重量%である
析出硬化鋼を、提供する。
【0014】
AlおよびNiの関係を、NiおよびAlの最適な使用量がNiおよびAlの析出物が生成する際のそれらの原子質量に従うので、選択する。
【0015】
第2の態様において、上に記載した析出硬化鋼の一部の製造方法であって、析出硬化鋼を510~530℃で焼き戻して、NiおよびAlを含む析出物を得ることを特徴とする前記方法を、提供する。
【0016】
第3の態様において、析出硬化鋼を250~300℃の使用中の温度に曝露する用途のための上に記載した析出硬化鋼の使用を、提供する。代替の実施形態において、析出硬化鋼を300~500℃の使用中の温度に曝露する用途のための上に記載した析出硬化鋼の使用を、提供する。尚別の実施形態において、析出硬化鋼を250~500℃の使用中の温度に曝露する用途のための上に記載した析出硬化鋼の使用を、提供する。
【0017】
さらなる態様および実施形態を、添付した特許請求の範囲において定義する。
【0018】
1つの利点は、析出硬化鋼に微量の所望されないコバルトを供給することができるに過ぎないことである。0.01重量%より十分に低いコバルトレベルを使用することが、可能である。当該量は、いかなる所望されない効果をも回避する程度に低い。少量のコバルトが、コバルトと関連する環境的および健康的問題のために好ましい。
【0019】
別の利点は、高温での強度が増加することである。強度が増加する高温は、典型的には250~300℃またはさらに500℃までである。一実施形態において、析出硬化鋼の好適な使用のための上方の温度限界は、450℃である。
【0020】
析出硬化鋼は、高温で同一の強度を有する現在の析出硬化鋼と比較して、製造するのががより経済的である。本発明による析出硬化鋼は、図4における析出硬化鋼4と250℃で同一の強度を有し、析出硬化鋼4は、M50であり、それは、異なる、およびより高価なプロセス、例えばESRまたはVARを使用する再溶解が必要とされるので、製造するのがより高価である。
【0021】
尚別の利点は、析出硬化鋼が窒化に適していることである。
【0022】
本発明を、ここで添付の図面を参照して例によって説明し、ここで:
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は、520℃で焼き戻した後の焼き戻し硬度を焼き戻し時間の関数として示す。本発明による析出硬化鋼を、2種の他の鋼と比較する。硬度HV10を、較正硬度テスターKB30Sを用いて決定する。表中の種々の鋼中の元素の量を、重量%において示す。
図2図2は、通常の製鋼における種々の元素(Cr、Mo、およびV)ならびに種々の範囲の炭素についてのそれらの偏析する傾向を示す。図2における表中に開示した鋼組成1~8は、偏析指数を図2において測定し、算出した鋼組成である。
図3図3は、本発明の析出硬化鋼および通常高温で使用する2種の鋼の偏析の比較を示す。297Aは、本発明によるものである。後者の2種は、本発明によるものではない(AISI M50およびOvako 827Q)。
図4図4は、様々なタイプの鋼の試験温度の関数としての、ASTM 468-90による高温での回転曲げについてのMPaにおける疲労限界のプロットを示す。組成を、本発明の析出硬化鋼について、および試験した鋼について示す。本発明の析出硬化鋼は、250℃で鋼4(AISI M50)と同一の疲労限界(約725MPa)を有する。
図5図5は、本発明による析出硬化鋼およびEN 100Cr6(鋼1)およびEN 42CrMo4(鋼2)についてSS-EN ISO 6892-2:2011に従って測定した、温度の関数としてのMPaにおける降伏強度Rp02のグラフを示し、後者の2種は、本発明によるものではない。
図6図6は、VDA 233-102による腐食試験の試験結果を示す。鋼1 100Cr6および本発明による析出硬化鋼についての3および6週でのg/mにおける質量損失を、それぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明を詳細に開示し、説明する前に、本発明は、特定の化合物、構成、方法ステップ、基材、および材料がいくぶん変化し得るので、本明細書中に開示した特定の化合物、構成、方法ステップ、基材、および材料に限定されるものではないことを、理解されたい。また、本発明の範囲は、添付した特許請求の範囲およびそれと同等のものによってのみ限定されるので、本明細書で使用する用語を、特定の実施形態のみを説明する目的のために使用し、限定することを意図しないことを、理解されたい。
【0025】
本明細書および添付した特許請求の範囲において使用する単数形「1つの(a)」、「1つの(an)」および「その(the)」は、文脈が明確に別段指示しない限り複数の指示対象を含むことに留意しなければならない。
【0026】
他に何も定義しない場合、本明細書中で使用する任意の条件および科学的専門用語は、本発明が関係する当業者によって一般に理解される意味を有することを意図する。
【0027】
本質的にコバルト非含有の、および同様の表現は、微量のコバルトのみが存在することを意味する。一実施形態において、本質的にコバルト非含有は、0.01重量%のコバルトについて示唆されたしきい値未満の量である。
【0028】
すべての百分率を、別段明確に示さない限り重量によって計算する。鋼の組成を、重量%において示す。すべての比を、別段明確に示さない限り重量によって計算する。
【0029】
第1の態様において、以下の組成:
C:0.05~0.30重量%
Ni:3~9重量%
Mo:0.5~1.5重量%
Al:1~3重量%
Cr:2~14重量%
V:0.25~1.5重量%
Co:0~0.03重量%
Mn:0~0.5重量%
Si:0~0.3重量%
を有し、
100重量%までの残りの部分がFeおよび不純物元素であり、
さらにただしAlおよびNiの量がまた式Al=(Ni/3)±0.5を重量%において満たし、ただしAlの量は、式の結果1重量%より低いAlの量がもたらされる場合には1重量%であり、Alの量は、式の結果3重量%を超えるAlの量がもたらされる場合には3重量%である
析出硬化鋼を、提供する。
【0030】
すべての元素の量は、重量%においてである。
【0031】
炭素(C):0.05~0.3重量%。Cは、強オーステナイト相安定化合金元素である。Cは、析出硬化鋼のために必要であり、したがって前記析出硬化鋼は、熱処理により硬化され、強化される能力を有する。過剰のCによって、炭化クロムを生成する危険性が増大し、それによって、したがって種々の機械的特性および他の特性、例えば延性、衝撃靭性および耐食性が低下する。機械的特性はまた、硬化後の保持されたオーステナイト相の量によって影響を受け、この量は、C含有量に依存する。したがって、C含有量を、最大で0.3重量%であるように設定する。
【0032】
ニッケル(Ni) 3-9重量%。Niは、オーステナイト相安定化合金元素であり、それによって硬化熱処理後のオーステナイト相が安定化される。また、Niが、保持されたオーステナイト相によって提供される一般的な靭性の寄与に加えて、はるかに改善された衝撃靭性を提供することが、発見された。本開示において、NiおよびAlの量を均衡させることによってAlおよびNiを含む第1のタイプの析出物が得られることが、見出された。したがって、Niの量を、Alの量と均衡させて、特許請求の範囲中の式を満たすべきである。
【0033】
モリブデン(Mo):0.5~1.5重量%。Moは、強力なフェライト相安定化合金元素であり、したがって焼きなましまたは熱間加工中にフェライト相の形成を促進する。Moの1つの主な利点は、Moが耐食性に寄与することである。Moはまた、マルテンサイト鋼における焼き戻し脆化を低減し、それによって機械的特性を改善することが知られている。しかしながら、Moは高価な元素であり、耐食性に対する効果は少量においてさえも得られる。Moの最低含有量は、したがって0.5重量%である。さらに、過剰量のMoによって、硬化中のオーステナイトからマルテンサイトへの変化に影響が及び、最終的には保持されたオーステナイト相含有量に影響が及ぶ。したがって、Moの上限を、1.5wt%に設定する。
【0034】
アルミニウム(Al) 1~3重量%。Alは、それが製鋼中の酸素含有量を低減するのに有効であるため、脱酸剤として一般に使用される元素である。鋼において、アルミニウムは、Niと一緒に第1のタイプの析出を形成して、機械的特性を改善する。AlとNiとの間の関係を、式Al=Ni/3によって決定し、限界±0.5重量%を加える。式Al=Ni/3±0.5を、重量パーセントにおいて表すAlおよびNiの量で使用するべきである。当該式によって、すべての他の条件と一緒に満たされるべき追加的な条件が付与される。Ni=9重量%と仮定すると、この式によって、Al=3±0.5重量%、すなわち2.5~3.5重量%の間隔におけるものが付与される。しかしながら、Alの量が1~3重量%であるという条件もまたある。後者の条件は、本開示において、第1の式によって3重量%以上のAlの量が付与される場合、3重量%のAlを使用するべきであるように解釈されるものとする。第1の式によって1重量%以下であるAl量が付与される場合、1重量%のAlを使用するべきである。したがって、当該式によって、AlおよびNiの量に関する他の条件と一緒に適用するべきである追加的な条件が付与される。両方の条件を、適用するものとする。この特定の例において、Alの量は、式3.5によって付与される値が3.0によって置き換えられるので2.5~3.0重量%になる。Ni=3重量%と仮定すると、この式によって、Al=1±0.5重量%が付与される。しかしながら、Alの量が1~3重量%であるという条件もまたある。これらの条件によって、一緒にAlが1~1.5であるべきであることが付与される。NiおよびAlの最適な使用がN:Alの析出物が生成する場合のそれらの原子質量に従うので、AlおよびNiの比を選択する。
【0035】
クロム(Cr) 2~14重量%は、鋼の基本的な合金元素の1種であり、表面上に酸化クロムの保護層を形成することによって鋼に耐食性を提供する元素である。Crはまた、フェライト相安定化合金元素である。しかしながら、Crが過剰量において存在する場合、衝撃靭性が低下し得、さらにフェライト相および炭化クロムが硬化時に生成し得る。炭化クロムの生成によって、析出硬化鋼の機械的特性が低下する。一実施形態において、Crの量は、2~10重量%の間である。このクロムレベルは、ステンレス鋼の限界をわずかに下回る。
【0036】
バナジウム(V):0.25~1.5重量%。Vは、CおよびNに対して高い親和性を有するフェライト相安定化合金元素である。Vは、析出硬化元素であり、析出硬化鋼中の微細合金(micro-alloying)元素とみなされ、結晶粒微細化に用いられ得る。結晶粒微細化は、小析出物を微細構造中に導入することによって結晶粒径を高温で制御する方法を指し、それによって粒界の移動度が制限され、それによって熱間加工または熱処理中のオーステナイト結晶粒成長が低減される。小さいオーステナイト粒径は、硬化時に形成するマルテンサイト微細構造の機械的特性を改善することが知られている。鋼は、Cr、MoおよびVからなる群から選択された少なくとも1種の炭化物を含む第2のタイプの析出物を含む。これらの析出物によって、AlおよびNiを含む第1のタイプの析出物と一緒に、改善された機械的特性が付与される。
【0037】
コバルト(Co):0~0.03重量%。一実施形態において、Coの量は、0.03重量%未満である。一実施形態において、Coの量は、0.02重量%未満である。別の実施形態において、Coの量は、0.01重量%未満である。コバルトは、発がん性カテゴリー1B H350として0.01重量%の固有の濃度限界(SCL)で標識すべきであり、すなわち0.01重量%を超えるコバルト含有量が潜在的に有害であり得ることが、提案されている。低いコバルト含有量が所望され、尚別の実施形態において、Coの量は、0.005重量%未満である。一実施形態において、0.0001重量%のCoの下限がある。本発明の利点は、極めて少量のコバルトを有し、一方所望の特性を維持することが可能であることである。コバルトの量は、鋼をコバルト非含有と称することができる程度に低くするか、または少なくとも低くすることができる。低い量のコバルトによっては、損なわれた性質が、他の点、例えば機械的特性または高温での強度において付与されない。
【0038】
マンガン(Mn):0~0.5重量%。Mnは、オーステナイト相安定化合金元素である。しかしながら、Mn含有量が過剰である場合、残留したオーステナイト相の量が過度に大きくなり得、各種機械的特性ならびに硬度および耐食性が低下し得る。また、Mnの過度に高い含有量によって、熱間加工特性が低下し、また表面品質が損なわれる。一実施形態において、Mnは、0~0.3重量%である。一実施形態において、Mnの下限は、0.001重量%である。Mnの述べた濃度によって、析出硬化鋼の特性に顕著な程度まで悪影響は及ばない。Mnは、鋼中の低濃度における一般的な元素である。Mnに関して、当業者は、それがNieqの総量に影響を及ぼすことを考慮しなければならず、当業者は、次に他のニッケル当量の濃度を適合させなければならない場合がある。同一のことが、すべての他のニッケル当量に該当する。
【0039】
ケイ素(Si):0~0.3重量%。Siは、強力なフェライト相安定化合金元素であり、したがってその含有量はまた、他のフェライト形成元素、例えばCrおよびMoの量に依存する。Siは、主に溶融精錬中の脱酸剤として使用される。Si含有量が過剰である場合、フェライト相ならびに金属間析出物が微細構造中に生成し得、それによって種々の機械的特性が低下する。したがって、Si含有量を、最大0.3重量%に設定する。一実施形態において、Siの量は、0~0.15重量%である。一実施形態において、Siの下限は、0.001重量%である。
【0040】
任意に、少量の他の合金元素を、例えば機械加工性または熱間加工特性、例えば熱間延性を改善するために、上記または以下で定義する析出硬化鋼に添加してもよい。かかる元素の例は、しかし限定せずに、Ca、Mg、B、PbおよびCeである。これらの元素の1種以上の量は、最大0.05重量%である。
【0041】
用語「最大」または「より小さいかまたはそれに等しい」を使用する場合、当業者は、範囲の下限が別の数を特定的に述べない限り0重量%であることを知っている。
【0042】
上記または以下で定義する析出硬化鋼の元素の残りは、鉄(Fe)および通常存在する不純物である。不純物の例は、意図的に添加していない元素および化合物であるが、それらが例えば析出硬化鋼の製造に使用する原料または追加的な合金元素中の不純物として通常存在するので、完全に回避することはできない。
【0043】
用語「不純物元素」を、合金の残余中の鉄に加えて少量の不純物および付随的な元素を含むために使用し、それは、特徴および/または量において析出硬化鋼合金の有利な態様に悪影響を与えない。合金のバルクは、ある種の通常のレベルの不純物を含んでもよく、例には、各々約30ppmまでの窒素、酸素および硫黄が含まれるが、これらに限定されない。
【0044】
一実施形態において、析出硬化鋼は、AlおよびNiを含む第1のタイプの析出物ならびにCr、MoおよびVからなる群から選択される少なくとも1種の炭化物を含む第2のタイプの析出物を含む。この2種のタイプの析出物によって、改善された機械的特性が付与される。
【0045】
第2の態様において、析出硬化鋼の一部を上に記載したように製造する方法を提供し、ここで析出硬化鋼を、510~530℃で焼き戻して、NiおよびAlを含む析出物を得る。これにより、AlおよびNiを含む析出物が得られる。一実施形態において、析出硬化鋼を、520℃で焼き戻す。別の実施形態において、析出硬化鋼を、520℃±2%で焼き戻す。一実施形態において、析出硬化鋼を、1~8時間焼き戻す。一実施形態において、析出硬化鋼を、6~8時間焼き戻す。尚別の実施形態において、析出硬化鋼を、6時間±0.5時間で焼き戻す。
【0046】
一実施形態において、析出硬化鋼を、焼き戻し前に機械加工する。これは、析出硬化鋼が、焼き戻し前に焼き戻し後と比較して低い強度を有し、それにより焼き戻し前に焼き戻し後と比較して機械加工するのが容易であるという利点を有する。520℃での焼き戻し中の硬度の増加を、図1において見ることができる。Alを除いて本質的に同一の含有量を有する鋼(鋼1)については、硬度の増加は事実上なく、一方本発明による鋼については、硬度の増加が最大約6時間に達することを見ることができる。硬度の増加は、NiおよびAlを含む析出物の形成に起因する。二次硬化元素またはNi-Al添加のいずれかを有する鋼は、520℃で焼き戻した後の限定された硬度を有する(鋼2)。
【0047】
一実施形態において、溶液処理を、焼き戻しの前に実行する。一実施形態において、溶液処理を、900~1000℃の温度間隔において0.2~3時間実施する。組成物を、溶液処理がオーステナイト相場において可能であるように選択するべきである。Cr、AlおよびMoはフェライトを安定化し、一方MnおよびNiはオーステナイトを安定化する。本発明の鋼によって、硬化に適したオーステナイト相場が確保される。
【0048】
一実施形態において、250℃でのASTM 468-90による疲労限界は、700MPaを超える。図4から、本発明による鋼は250℃でAISIM50(鋼4)と同一の疲労限界を有することが、明らかである。しかしながら、AISA M50鋼は高い偏析を有し、一方本発明の鋼は図3に見られるように低い偏析を有する。
【0049】
第3の態様において、鋼が使用中に250~300℃の温度に曝露される用途のための上記の使用を、提供する。代替の実施形態において、鋼が使用中に300~500℃の温度に曝露される用途のための上記の鋼の使用を、提供する。尚別の実施形態において、鋼が使用中に250~500℃の温度に曝露される用途のための上記の鋼の使用を、提供する。さらなる実施形態において、鋼が使用中に250~450℃の温度に曝露される用途のための上記の鋼の使用を、提供する。図4および5から、疲労限界および降伏強度がまた高温で高いことが、明らかである。
【0050】
式Al=Ni/3に関して、Ni=9重量%と仮定すると、3重量%のAlを使用するべきである。2つの条件によって、合わせて、Alの量は、この特定の例において2.5~3重量%でなければならないことが示される。Al間隔の終点(すなわち3重量%)に達する場合、当該元素の最大値を、選択するべきである(すなわち3重量%のAl)。本発明の鋼によって、硬化に適したオーステナイト相場が確保される。
【0051】
Ni=6.5重量%と仮定すると、この式によって、Al=2.1666...±0.5重量%、すなわち1.666...~2.666...重量%であることが示される。すなわち、1.7~2.7重量%の10進数を伴う。Ni=3重量%であると仮定すると、Al=1±0.5重量%である。すなわち、すべての条件を考慮して1~1.5重量%である。
【0052】
析出-硬化プロセスを、溶液処理または溶液化(solutionizing)によって進行させることができ、合金を均一な固溶体が生成するまで固相線温度より高温に加熱する析出-硬化プロセスにおける第1のステップである。
【0053】
腐食特性が、改善される。VDA233-102に従って実施した腐食試験によれば、腐食特性は、100Cr6(鋼1)と比較して本発明の鋼について良好である。データを、図6に示す。
【0054】
窒化は、熱処理プロセスであり、それによって、窒素が金属の表面中に拡散して、焼きを入れた表面を作り出す。Cr、MoおよびAlの含有量によって、鋼が窒化に適したものになる。窒化を、機械的性質をさらに向上させるために好適に用いる。一実施形態において、鋼の窒化を行う。
【0055】
上の記載した代替の実施形態のすべてまたは実施形態の一部を、組み合わせが矛盾しない限り、本発明の概念から逸脱せずに自由に組み合わせることができる。
【0056】
本発明の他の特徴および使用、ならびにそれらに関連する利点は、説明および実施例を読むことで当業者に明らかであろう。
【0057】
本発明がここに示す特定の実施形態に限定されないことを、理解するべきである。実施形態を、本発明の範囲が添付した特許請求の範囲およびその同等なものによってのみ限定されるので、例示的目的で提供し、本発明の範囲を限定することを意図しない。

図1
図2
図3
図4
図5
図6