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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-03
(45)【発行日】2023-04-11
(54)【発明の名称】玉軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/38 20060101AFI20230404BHJP
   F16C 33/66 20060101ALI20230404BHJP
   F16C 19/16 20060101ALI20230404BHJP
【FI】
F16C33/38
F16C33/66 Z
F16C19/16
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021137480
(22)【出願日】2021-08-25
(62)【分割の表示】P 2018549068の分割
【原出願日】2017-11-01
(65)【公開番号】P2021181835
(43)【公開日】2021-11-25
【審査請求日】2021-08-25
(31)【優先権主張番号】P 2016216734
(32)【優先日】2016-11-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017092524
(32)【優先日】2017-05-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】杉田 芳史
【審査官】日下部 由泰
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-90010(JP,A)
【文献】特開2013-11353(JP,A)
【文献】特開2005-90657(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56,33/30-33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、外輪と、前記外輪及び前記内輪の間に配置される複数の玉と、前記玉が収容される複数のポケットを有する外輪案内方式の保持器とを備える玉軸受であって、
前記保持器の保持器外径面における少なくとも一方の軸方向端部に設けられ、前記外輪に案内される保持器案内面と、
前記保持器外径面の前記保持器案内面よりも軸方向中央側に、前記保持器案内面よりも小さな外径で円周方向に沿って形成され、且つ円周方向の複数箇所で前記ポケットにより途切れて形成された逃し面と、
前記保持器外径面の当該保持器外形面側の軸方向外側端から、軸方向中央側の前記ポケットで途切れる位置まで軸方向に延設され軸方向溝と、
を備え、
前記軸方向溝は、前記保持器案内面を軸方向に横断して形成される軸方向段部及び前記逃し面により区分され、少なくとも一方の軸方向端部の前記保持器案内面に、前記逃し面よりも溝底が径方向内側に形成されている、
玉軸受。
【請求項2】
前記保持器案内面を前記逃し面が円周方向に横断して形成される周方向段部は、前記軸方向段部が前記ポケットで途切れる軸方向位置よりも当該周方向段部側の軸方向外側に配置されるとともに、当該周方向段部側の前記ポケットの端部よりも軸方向内側に配置されている、
請求項1に記載の玉軸受。
【請求項3】
前記保持器案内面の外径をD1、前記逃し面の外径をD2としたとき、
D1×0.999≧D2
である請求項1又は2に記載の玉軸受。
【請求項4】
前記保持器案内面は、前記一方の軸方向端部と、前記一方の軸方向端部とは反対側の他方の軸方向端部とに設けられた請求項1~のいずれか一項に記載の玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、工作機械の主軸用軸受には、円筒ころ軸受やアンギュラ玉軸受等の転がり軸受が使用されている。これらの転がり軸受の保持器としては、合成樹脂製のプラスチック保持器が用いられる。プラスチック保持器は、軽量なので回転時の遠心力が小さく、高速回転に有利である。
このような転がり軸受の潤滑法としては、グリース潤滑、オイルエア潤滑、ジェット潤滑等が適宜、選択されており、一般的には、低コストでメンテナンスも容易なことから初期封入によるグリース封入潤滑が利用されることが多い(例えば特許文献1参照)。
【0003】
ところで、外輪案内方式の保持器を有する転がり軸受では、転がり接触部近傍の過剰なグリースを排出するために案内面である保持器外径面に軸方向の溝を設けることがある。保持器外径面に軸方向に溝がある場合は、溝の段部近傍にグリースが掻き出されることにより排出される。一方、保持器外径面に軸方向溝がない場合は、外輪内径面と保持器外径面で形成される案内すきまが一定であるため、保持器と外輪内径面の間にグリースが入ると、保持器の回転により、グリースがせん断されながら案内面から排出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国特開2014-95469号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
外輪案内方式のアンギュラ玉軸受では、外輪軌道面と外輪案内面の交差部位でできる軌道面エッジと保持器とが接触することにより、保持器が他の接触部分と比較して、非常に摩耗し易い。特に、射出成形により作られる樹脂保持器では、表面の非晶質層が摩耗し、そこが起点となり、保持器案内面全体が早期に摩耗する。また、金属保持器においても同様に摩耗し易く、摩耗粉が発生し、潤滑状態が悪くなることで軸受全体の性能が低下する。この摩耗を防止することを目的として、エッジ逃し溝を保持器外径面に円周方向に沿って設けることがある。
しかしながら、グリースが保持器案内面を通り、保持器の軸方向外側へ移動するためには、保持器案内面と外輪案内面がグリースと接することによる上記のせん断、若しくは軸方向溝の段部による上記の掻き出しが必要となる。ところが、保持器外径面にエッジ逃し溝等が形成された場合、エッジ逃し溝に対面する外輪案内面の位置に溜まったグリースに、排出するための力が働かない場合がある。このグリースは、再び転動体に付着し、軸受内を循環して保持器内径面に戻る。このようなグリースの挙動は、攪拌抵抗を大きくし、通常よりも発熱量を増大させ、軸受の寿命低下や焼付きの原因となる虞がある。これは、特にグリース潤滑でdmn値が80万(PCD(玉ピッチ円直径)×回転数)以上で使用するような工作機械主軸用軸受について顕著となる。
【0006】
そこで本発明は、グリースの攪拌抵抗による発熱量を低減し、転がり軸受の寿命低下を抑制できる玉軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は下記構成からなる。
(1) 内輪と、外輪と、前記外輪及び前記内輪の間に配置される複数の玉と、前記玉が収容される複数のポケットを有する外輪案内方式の保持器とを備える玉軸受であって、
前記保持器の保持器外径面における少なくとも一方の軸方向端部に設けられ、前記外輪に案内される保持器案内面と、
前記保持器外径面の前記保持器案内面よりも軸方向中央側に、前記保持器案内面よりも小さな外径で円周方向に沿って形成された逃し面と、
前記保持器外径面の前記ポケットから軸方向端まで延設され、前記保持器案内面を軸方向に横断して軸方向段部を形成し、前記逃し面よりも溝底が径方向内側に形成された軸方向溝と、
を備える玉軸受。
本構成の玉軸受によれば、保持器外径面のポケットから保持器外径側へ移動したグリースが、軸方向溝へ入り込む。この軸方向溝に入り込んだグリースは、回転方向上流側の軸方向段部との間に堆積され、軸方向段部に押し付けられる。これにより、グリースが軸方向外側へ移動する。また、ポケットから逃し面に付着したグリースは、周方向に移動して、逃し面よりも溝底が径方向内側に形成された軸方向溝に入り込み、軸方向段部に突き当たって堆積される。堆積されたグリースは、上記したグリースの流れと合流して、軸方向段部によって一方の軸方向端部から軸方向外側へ排出される流れと、再び転動体に付着して保持器内径部に戻って軸受内を循環する流れとなって流動する。これにより、グリースによる攪拌抵抗を低減し、発熱量の増大を抑制することが可能となる。
【0008】
(2) 前記保持器案内面を前記逃し面が円周方向に横断して形成される周方向段部は、前記軸方向段部が前記ポケットと接続される軸方向位置よりも前記一方の軸方向端部側に配置された(1)に記載の玉軸受。
本構成の玉軸受によれば、逃し溝に付着したグリースが保持器案内面と転動体との間の隙間から軸方向溝に入り込むグリース進入口が広くなり、逃し面のグリースを、より円滑に軸方向溝に入り込ませることができる。
【0009】
(3) 前記周方向段部は、前記ポケットの前記一方の軸方向端部側におけるポケット端部よりも軸方向中央側に配置された(2)に記載の玉軸受。
本構成の玉軸受によれば、ポケットから保持器外径側に移動するグリースが軸方向溝内に入りやすくなる。その結果、グリースが逃し面のみで円周方向に沿って移動することが抑制される。
【0010】
(4) 前記保持器案内面の外径をD1、前記逃し面の外径をD2としたとき、
D1×0.999≧D2
である(1)~(3)のいずれか一つに記載の玉軸受。
本構成の玉軸受によれば、転動体と、外輪案内面との間に、適切な隙間が設定され、グリースの円滑な流れが得られる。
【0011】
(5) 前記保持器案内面は、前記一方の軸方向端部と、前記一方の軸方向端部とは反対側の他方の軸方向端部とに設けられた(1)~(4)のいずれか一つに記載の玉軸受。
本構成の玉軸受によれば、保持器の向きを意識することなく、軸受に組み込むことができ、保持器の組立作業性を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施形態を説明するための図で、第1構成例の保持器を備える転がり軸受の一部断面図である。
図2図1の要部拡大断面図である。
図3図2に示した保持器全体の外観斜視図である。
図4A図3に示す保持器の断面図である。
図4B図4Aに示す保持器の要部正面図である。
図5】保持器の保持器外径面の拡大斜視図である。
図6】外輪にグリースが付着するまでのグリース移動の様子を示す作用説明図である。
図7A】外輪に付着したグリースが軸方向外側に排出されるまでの作用を説明する図で、転がり軸受の一部断面図である。
図7B】外輪に付着したグリースが軸方向外側に排出されるまでの作用を説明する図で、外輪に接するグリースが付着した保持器の要部正面図である。
図8A】第2構成例の保持器の一部断面図である。
図8B図8Aに示す保持器の要部正面図である。
図9】第3構成例の保持器の外観斜視図である。
図10】第3構成例の保持器の側面図である。
図11】第3構成例の保持器の正面図である。
図12】第3構成例の保持器の端面部の拡大図である。
図13】第3構成例の保持器のポケットを内径側から見た拡大図である。
図14】第3構成例の保持器のポケットを外径側から見た拡大図である。
図15】第4構成例の保持器の外観斜視図である。
図16】第4構成例の保持器の正面図である。
図17】第4構成例の保持器の側面図である。
図18】第4構成例の保持器の端面部の拡大図である。
図19】第4構成例の保持器のポケットを内径側から見た拡大図である。
図20】第4構成例の保持器のポケットを外径側から見た拡大図である。
図21】グリースの排出性と保持器の耐摩耗性を試験した各保持器とその試験結果を示す説明図である。
図22】試験に用いた軸受のグリース封入状態を示す一部断面図である。
図23】試験に用いた軸受のグリース封入状態を示す一部側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
<第1構成例>
図1は本発明の実施形態を説明するための図で、保持器を備える転がり軸受の一部断面図である。ここでは、転がり軸受として工作機械の主軸等、高速回転する装置に用いられるアンギュラ玉軸受を用いて説明するが、これに限らず、他の構成の転がり軸受であってもよい。
【0014】
アンギュラ玉軸受100は、内周面に外輪軌道面11を有する外輪13と、外周面に内輪軌道面15を有する内輪17と、複数の玉(転動体)19と、複数のポケット21を有する保持器200と、を備える。
【0015】
図2図1の要部拡大断面図である。
複数の玉19は、外輪軌道面11及び内輪軌道面15との間に接触角αを有して転動自在に配置される。保持器200は、内輪17と外輪13との間に配置され、保持器外径面には周方向に間隔を有して複数のポケット21が形成される。それぞれのポケット21には、玉19が転動自在に保持される。
【0016】
保持器200は、保持器外径面の軸方向両端に、径方向外側へ突出する環状の被案内部23,25が形成される。被案内部23,25は、それぞれ周方向に沿って等間隔で(図3参照)、しかも双方が同じ周位置に配置される。ここで、被案内部23,25とは、外輪案内面29によって案内され得る保持器200側の案内面を意味する。
【0017】
本構成のアンギュラ玉軸受100は、保持器200の軸方向一端側(図2における左側)の被案内部23における保持器案内面27が、外輪13の反カウンタボア側の外輪案内面29に摺接して案内される外輪案内方式である。なお、本構成ではアンギュラ型の軸受であるため、実際に保持器200が外輪13に案内されるのは、片側の被案内部23のみとなる。しかし、図示例の保持器200は軸対象形状であり、被案内部23,25は互いに等価であるため、ここでは、いずれの被案内部23,25も「被案内部」と呼称する。
【0018】
保持器200は、合成樹脂を含む材料を用いた射出成形品である。保持器200に使用可能な合成樹脂としては、例えば、PPS(ポリフェニレンサルファイド)、PPS-CF(カーボン繊維強化ポリフェニレンサルファイド)等が挙げられる。その他にも、母材として、PA(ポリアミド)、PAI(ポリアミドイミド)、熱可塑性ポリイミド、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)が利用可能で、強化繊維として、カーボン繊維、ガラス繊維、アラミド繊維等の有機繊維が利用可能である。
【0019】
図3図2に示した保持器全体の外観斜視図である。
周方向に隣接する被案内部23と被案内部23との間、及び、周方向に隣接する被案内部25と被案内部25との間は、保持器案内面27より径方向高さが低い軸方向溝31とされている。軸方向溝31は、後述するように潤滑剤(グリ-ス)の排出溝として機能する。
【0020】
なお、本構成において、軸方向溝31は、周方向で隣接する被案内部23と被案内部23との間に形成される軸方向溝31が必須の構成となり、周方向で隣接する被案内部25と被案内部25との間に形成される軸方向溝31は後述する構成例のように被案内部25と共に省略されていてもよい。
【0021】
図4A図3に示した保持器の断面図、図4B図3に示す保持器の要部正面図である。なお、図4A図4BのIV-IV断面図を示している。
一般に、軸受内に配置された保持器は、保持器案内面27と外輪案内面29(図2参照)との間の案内すきまと、ポケットすきまとの範囲で移動自在となる。そのため、外輪案内方式のアンギュラ玉軸受においては、外輪13の外輪案内面29と外輪軌道面11との境界の軌道面エッジ33(図2参照)に、保持器案内面27が接触することがある。保持器案内面27が軌道面エッジ33に接触すると、保持器案内面27は軌道面エッジ33との接触部分から摩耗が進行する。そこで、本構成の保持器200は、軌道面エッジ33と接触しないように、外輪13の軌道面エッジ33との対面領域に、径方向内側に窪む逃し面(本構成例ではエッジ逃し溝35)を設けてある。
【0022】
エッジ逃し溝35は、保持器外径面において、保持器案内面27よりも軸方向中央側で円周方向に形成される。このエッジ逃し溝35は、保持器案内面27よりも小さな外径となって環状に形成される。エッジ逃し溝35は、被案内部23と被案内部25との間の軸方向領域に相当し、保持器案内面27の径方向高さから一段低く形成される。この段差によって、保持器200が傾斜した場合でも、軌道面エッジ33が保持器200に接触することがなくなり、軌道面エッジ33との接触による保持器200の摩耗を未然に防止できる。本構成において、保持器200は、エッジ逃し溝35を溝幅方向(図4Bの左右方向)に二等分する仮想線37を境に、図4Bにおいて左右対称形状となる。
【0023】
図5は軸受用保持器の保持器外径面の拡大斜視図である。
保持器200は、保持器外径面において、保持器案内面27を軸方向に横断する軸方向溝31が形成される。軸方向溝31は、ポケット21から軸方向端面30まで形成される。本構成の軸方向溝31は、被案内部23と被案内部25との双方を横断して形成される。即ち、被案内部23,25に形成されるそれぞれの軸方向溝31は、周方向の位相が一致しており、エッジ逃し溝35よりも溝底が径方向内側に形成される。つまり、軸方向溝31は、エッジ逃し溝35よりも低い位置に形成される。
【0024】
図4Bに示すように、保持器200は、保持器案内面27の外径をD1、エッジ逃し溝35の外径をD2、軸方向溝31の溝底の外径をD3としたとき、
D1>D2>D3>PCD・・・(式1)
である。但し、PCDは、玉ピッチ円直径とする。
【0025】
より望ましくは、保持器200は、
D1×0.999≧D2・・・(式2)
である。
【0026】
保持器200は、上記の(式1)を満たすことにより、図5に示す軸方向溝31の溝底とエッジ逃し溝35との間に高さHの段差が生じ、且つ、エッジ逃し溝35と保持器案内面27との間に高さhの段差が生じる。これにより、軸方向溝31は、円周方向の両端において、エッジ逃し溝35との間では段差H、保持器案内面27との間では段差(H+h)となる軸方向段部39を形成する。
【0027】
軸方向溝31は、軸方向中央寄りの一端が、ポケット21に接続され、反対側の軸方向外側の他端が排出開口となって開放されている。つまり、軸方向溝31は、グリ-スを軸方向外側に排出する排出溝として機能する。軸方向溝31は、段差Hの部分が、軸方向(図5の左右方向)でポケット21とオーバーラップしている。また、ポケット21は、被案内部23と接していない。そのため、ポケット21に収容された玉19と、被案内部23の内側壁との間には、エッジ逃し溝35から軸方向溝31の溝底に入り込むグリース進入口41が確保される。
【0028】
このグリース進入口41には、保持器200が図5のM方向で回転した場合、グリースが矢印43で示す方向で進入可能となる。グリース進入口41に進入したグリースは、エッジ逃し溝35よりも低い軸方向溝31に入り込むことになる。本構成において、軸方向一方の端部の保持器案内面27をエッジ逃し溝35が円周方向に横断することで、周方向段部57が形成される。周方向段部57は、軸方向段部39がポケット21と接続される軸方向位置よりも、軸方向一方の端部側に配置される。そのため、グリース進入口41の開口が広くなり、エッジ逃し溝35に付着するグリースを、より円滑に軸方向溝31に入り込ませることができる。
【0029】
また、保持器200は、上記の(式2)を満たすことにより、玉19、外輪案内面29との間に、適切な隙間が設定される。外輪案内方式の保持器200では、ポケット21と玉19との間、外輪案内面29と保持器案内面27との間にそれぞれ適切な隙間が設定されている。保持器200は、軸受の回転に伴いこの隙間の範囲で外輪13に対して傾きを持って回転する。そのため、エッジ逃し溝35の深さは、保持器案内面27の外径D1の0.1%以上とすることが望ましい。
【0030】
また、保持器200は、
(軸方向溝の深さH)>(3×エッジ逃し溝の深さh)・・・(式3)
とすることが望ましい。保持器200は、(式3)を満たすことにより、ポケット21から軸受端面側に延在する軸方向段部39の面積(S1+S2)を大きく確保できる。軸方向段部39の面積(S1+S2)を大きくすることにより、軸方向段部39によりグリースを押し出す力を増大させることができ、グリースの排出効果を高められる。更には、(式3)を満足することで、S2の面積と軸方向段部39の段差が確保されるので、ポケット21と玉19とのすきま部分から径方向外側に掻き出されたグリースが円周方向に移動した際、グリースを軸方向段部39の部分にスクープすることが可能となる。
【0031】
一方、保持器200は、玉19を保持することを目的としており、玉19の最大直径部で接触するため、軸方向溝31及びエッジ逃し溝35は、玉PCDより外側にある必要がある。これらの軸方向溝31や軸方向段部39が玉PCDよりも内側にある場合は、玉19が保持器200の角と接触して摩耗したり、保持器200に乗り上げたりするなどの不具合が生じるおそれがある。
【0032】
次に、上記した構成の作用を説明する。
図6は外輪13にグリースが付着するまでのグリース移動の様子を示す作用説明図である。
アンギュラ玉軸受100をグリース潤滑で使用する際には、初期に慣らし運転を実施する。慣らし運転は、初期に封入したグリースが軸受内部から排出される所定の位置へ移動することによって完了する。
【0033】
この慣らし運転では、まず、矢印45に示すように、保持器内径部のグリースが保持器200の軸方向端部から直接外部へ排出される。また、グリースは、矢印47に示すように、玉19に接触、若しくはポケット内径面に沿って保持器外径側へ移動し、遠心力で外輪内径面に付着する。軸受内のグリースは玉19を中心として、カウンタボア側と反カウンタボア側でほとんど交わらない。
カウンタボア側のグリースは、滞留位置53へ留まる。一方、反カウンタボア側のグリースは、滞留位置49に付着するが、従来構造の場合、滞留位置49のグリースは軸方向外側へ移動する力が働かず、矢印47から矢印51の流れを繰り返す。
【0034】
図7A図7Bは外輪13に付着したグリースが軸方向外側に排出されるまでの作用を説明する図で、図7Aは転がり軸受の一部断面図、図7Bは外輪13に接するグリースが付着した保持器の要部正面図である。
ここで、外輪案内面29の、保持器200の軸方向溝31が存在しない部位に対面する対面位置においては、滞留位置49のグリースが、外輪案内面29と保持器案内面27の間の狭い隙間(案内隙間)に入り、保持器200と外輪13との相対運動によるせん断により、案内隙間から押し出されるように、軸方向外側へ排出される。
【0035】
一方、図5に示す軸方向溝31においては、保持器200がM方向に回転すると、エッジ逃し溝35を円周方向に移動したグリースが、矢印43で示すように、グリース進入口41からエッジ逃し溝35よりも窪んだ軸方向溝31に入り込む。軸方向溝31に入り込んだグリースは、回転方向上流側の軸方向段部39(特に面積S1の部位)との間に堆積されて厚みを増し、対面する外輪案内面29(図2参照)に付着する。これにより、堆積されたグリースが、軸方向段部39により押し付けられて、また、外輪案内面29との接触によってせん断を生じながら軸方向外側へ移動する。したがって、グリースは、軸方向溝31において、軸方向中央に位置する玉19と反対側となる外輪案内面29側の軸方向端部から、軸方向外側への排出が促される。
【0036】
また、保持器200のポケット21から、玉19の回転に伴って径方向外側に移動したグリースは、矢印44で示すように軸方向溝31へ入り込む。この軸方向溝31に入り込んだグリースは、回転方向上流側の軸方向段部39(特に面積S2の部位)との間に堆積され、軸方向段部39に押し付けられる。これにより、上記した矢印43のグリースの流れと合流して、軸方向外側へ移動する。
【0037】
このように、本構成のアンギュラ玉軸受100では、エッジ逃し溝35が保持器外径面に形成されている場合であっても、軸方向溝31の軸方向段部39へのグリースの付着、及び外輪案内面29へのグリースの付着により、グリースを軸方向端へ排出するための力が働く。このため、グリースが軸方向端に向けて円滑に移動して排出される。これにより、グリースによる攪拌抵抗を低減し、発熱量の増大を抑制することが可能となる。
【0038】
なお、保持器200に軸方向溝31が存在しても、軸方向溝31とエッジ逃し溝35の深さが略同一(即ち、H=0)である場合、ポケット21から排出されたグリースは、外輪案内面29と保持器案内面27との相対運動により、主に円周方向に移動し、軸方向段部39により押し出す力が働きにくくなる。その場合、移動したグリースは、案内面側から軸方向外側へ排出されず、軸受内部で循環し続ける。
【0039】
しかし、本構成の保持器200は、保持器案内面27を有し、互いに隣接する被案内部23と被案内部23の間に、軸方向溝31が設けられている。そのため、グリースの、軸方向段部39への押し付けによる軸方向への移動と、軸方向溝31と外輪案内面29との相対運動によるグリースのせん断とが相俟って、グリースの排出性が促進される。
【0040】
更に、保持器200の形状では、ポケット21の軸方向の端部から軸方向中央に近い位置まで軸方向溝31が達しているので、大きなグリース進入口41を確保でき、グリースを排出させる効果をより促進させることができる。
【0041】
したがって、本構成のアンギュラ玉軸受100及び保持器200によれば、グリースの案内面側からの排出性と、保持器外径面の耐摩耗性を向上させ、しかも、グリースの攪拌抵抗による発熱を低減し、軸受の寿命低下を抑制することができる。特にグリース潤滑でdmn値が80万(PCD(玉ピッチ円直径)×回転数)以上で使用される場合には、上記効果が顕著に得られる。
【0042】
<第2構成例>
図8Aは第2構成例の保持器の一部断面図、図8B図8Aに示す保持器の要部正面図である。
上記の保持器200は、エッジ逃し溝35を二分する仮想線37を境に左右対称形状であったが、保持器は非対称であってもよい。本構成の保持器200Aは、保持器外径面の軸方向一端のみに半径方向外側へ突出する被案内部23を有する。保持器外径面には、被案内部23に対し軸方向の反対側に、保持器案内面27より小外径のエッジ逃し面55が形成される。したがって、保持器案内面27とエッジ逃し面55との間は、周方向段部57となる。保持器200Aのこれ以外の構成は、前述の保持器200と同様である。
【0043】
本構成例の保持器200Aによれば、保持器200Aをシンプルな構造にでき、保持器200Aの耐久性と生産性とを共に高めることができる。また、エッジ逃し面55の周方向段部57の軸方向位置は、図8Bに示すように、周方向段部57を保持器案内面27側のポケット端部Pよりも軸方向内側に位置させている(L>0)。このようにすることで、S2(図5参照)の面積が大きくなり、玉とポケット21とのすきま部分から掻き出されたグリースを、軸方向外側へより排出しやすくできる。
【0044】
<第3構成例>
図9は第3構成例の保持器200Bの外観斜視図、図10は保持器200Bの側面図、図11は保持器200Bの正面図である。
本構成の保持器200Bは、図3に示す保持器200の被案内部23,25に、軸方向に沿って凹溝61が形成されたこと以外は、保持器200と同様の構成である。
【0045】
図12は保持器200Bの端面部の拡大図、図13は保持器200Bのポケット21を内径側から見た拡大図、図14は保持器200Bのポケット21の拡大図を外径側から見た拡大図である。
【0046】
保持器200Bは、被案内部23,25の保持器案内面27と、エッジ逃し溝35の一部に凹溝61が形成される。凹溝61は、エッジ逃し溝35よりも溝深さが深く、周方向の溝断面が円弧状である。凹溝61は、最大の外径を有する保持器案内面27を軸方向に貫通させ、エッジ逃し溝35の途中まで形成される。凹溝61の溝底の外径は、保持器案内面27側とエッジ逃し溝35側とで等しく、双方の凹溝61の内面は滑らかに連続している。なお、凹溝61は、周方向の溝断面がV字状であってもよい。
【0047】
被案内部23の凹溝61と被案内部25の凹溝61は、いずれも一つの保持器案内面27の周方向中央に形成され、互いに周方向に関して同位相に形成されている。
【0048】
軸方向に一直線上に配置される凹溝61は、グリースの軸方向外側への排出性をより促進できる。また、凹溝61は、例えば保持器200Bを射出成形する際の金型同士のパーティングラインの位置にすることができる。凹溝61内にパーティングラインを設けることにより、成形時にパーティングラインにバリが生じても、保持器200Bの最大外径となる保持器案内面27から径方向外側に突出することがない。これにより、保持器200Bを軸受に組み込んだ際に、バリが削れてグリース内に混入することがない。
【0049】
<第4構成例>
更に、第3構成例の保持器200Bは、第2構成例と同様に非対称な形状であってもよい。
図15は第4構成例の保持器200Cの外観斜視図、図16は保持器200Cの側面図、図17は保持器200Cの正面図である。また、図18は保持器200Cの端面部の拡大図、図19は保持器200Cのポケット21を内径側から見た拡大図、図20は保持器200Cのポケット21を外径側から見た拡大図である。
【0050】
本構成の保持器200Cは、保持器外径面の軸方向一端のみに半径方向外側へ突出する被案内部23を有する。保持器200Cのこれ以外の構成は、前述の保持器200Bの構成と同様である。
【0051】
本構成の保持器200Cによれば、保持器200Cをシンプルな構造にでき、保持器200Cの耐久性と生産性とを共に高めることができ、第2構成例の場合と同様の作用効果が得られる。
【実施例
【0052】
内径70mmのアンギュラ玉軸受(日本精工製 型番70BNR10H)において、グリース(日本精工製 MTEグリース)を軸受の空間容積の15%封入し、アンデロン測定機にて4000min-1で2分間回転させた。その後、軸受を分解して保持器へのグリースの付着を観察することでグリースの排出性を確認した。試験に用いた保持器とその試験結果については、図21に纏めて示している。また、試験実施前のグリース封入状態を図22図23に示す。図22は試験に用いた軸受の一部断面図で、図23図22に示す軸受の一部側面図である。試験実施前に、シリンジ71の先端を内輪17の外周面と保持器200の内周面との間に向けて、シリンジ71からグリース73を吐出する。グリース73は、軸受の周方向に沿った玉19同士の間にそれぞれ供給され、保持器200の内径側のみに封入された状態となる。
【0053】
比較例1の保持器は、エッジ逃し溝がなく、深さ0.5mmの軸方向溝のみが設けられている。
実施例1の保持器は、外径部に円周方向に沿ったエッジ逃し溝と、軸方向に沿った軸方向溝とを共に有し、エッジ逃し溝の幅が、ポケット径と等しくされている。溝の深さは、エッジ逃し溝よりも軸方向溝の方が深い。この保持器の軸方向溝は、径方向に貫通するポケットを跨いで2つに分断して形成され、保持器端部でそれぞれ開口する。軸方向溝は、ポケットと軸方向に沿ってオーバーラップし、オーバーラップしたポケットの軸方向端部が、分断して形成される軸方向溝の内側端部となる。
比較例2の保持器は、実施例1の保持器におけるエッジ逃し溝を深くして、軸方向溝と同じ深さにされている。
比較例3の保持器は、比較例2の保持器におけるエッジ逃し溝の軸方向幅を広げ、ポケット径より大きい幅にされている。
各保持器の材質は、カーボン繊維強化ポリフェニレンサルファイド(PPS-CF)である。
【0054】
比較例1の保持器では、外輪案内面側のポケットから排出されたグリースが、外輪案内面と保持器案内面の相対運動により円周方向へ移動し、そのグリースがポケットに続く軸方向溝の軸方向段部に押し付けられて軸方向に移動することで排出された。しかし、保持器が外輪の軌道面エッジと接触する構成であるため、軌道面のエッジ位置を発生起点とする摩耗は発生する可能性がある。
【0055】
実施例1の保持器では、ポケットから排出された外輪案内面側のグリースが外輪案内面と保持器案内面の相対運動により円周方向へ移動する。この円周方向に移動したグリースが、エッジ逃し溝に連通される軸方向溝の軸方向段部に押し付けられ、軸方向へ移動することで、軸受内部から排出された。更に、本形状では、ポケットの軸方向端部から保持器の軸方向中心側に近い位置まで、ポケットの周縁に沿って軸方向溝が延設されている。そのため、エッジ逃し溝と軸方向溝とを連通する流路の断面積が増え、軸方向溝へのグリースの進入が円滑となった。また、軸方向溝は、外輪の軌道面エッジより保持器の中心に近いところまで達しており、これによっても、エッジ逃し溝に付着したグリースを軸方向溝に排出する効果が高められた。更に、この構成ではエッジ部の接触がなく、案内面にグリースが到達し、潤滑状態も良好であることから、十分な耐摩耗性があると考えられる。
【0056】
比較例2の保持器では、エッジ逃し溝の幅とポケット径とが等しく、ポケットの端を円周方向へ投影した位置にエッジ逃し溝の軸方向端部における周方向断部がある。そのため、ポケットから排出されたグリースは、保持器案内面側に付着した極一部のグリースのみ保持器案内面に広がって排出されるが、大部分は軸受内部で循環した。よって、本形状では、グリースの排出性が実施例1と比較して低下した。また、案内面に付着したグリースが非常に少なく、一部ではグリースが付着していない部分も見られることから、案内面の潤滑不良と摩耗が発生することが考えられる。
更に、軸受内部に過剰なグリースが残存するので、攪拌抵抗による発熱が生じ、軸受の早期損傷の恐れがある。
【0057】
比較例3の保持器では、保持器案内面側のポケットから排出されたグリースが外輪案内面と保持器案内面との相対運動により円周方向へ移動したが、軸方向外側へ押し出す力が働かず、円周方向に移動したグリースが再び転動体に接触するようになった。そのため、保持器案内面側から軸方向外側へグリースが排出されなかった。また、軌道面エッジによる保持器外径面の耐摩耗性は、グリースの潤滑不良のため比較例2よりも低下した。
【0058】
実施例1と比較例1~3の各保持器は、いずれも軸方向に関して左右対称であるが、図8に示すような非対称の段付きの保持器でも同様の結果が得られた。
なお、図21に示す○印は良品レベル、×印は通常の使用条件では問題ないが、使用条件が過酷になる場合に不良品となり得るレベル、△印は良品ではないが使用状態によっては適用可能なレベルを表す。
【0059】
このように、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、実施形態の各構成を相互に組み合わせることや、明細書の記載、並びに周知の技術に基づいて、当業者が変更、応用することも本発明の予定するところであり、保護を求める範囲に含まれる。
【0060】
例えば、転がり軸受としては、アンギュラ玉軸受に限定されるものではなく、円筒ころ軸受等、他の種類の転がり軸受であってもよい。なお、本作用は、グリース潤滑のみならず、オイルエア潤滑やジェット潤滑等でも同様の効果が見込まれる。
【0061】
本出願は2016年11月4日出願の日本国特許出願(特願2016-216734)、及び2017年5月8日出願の日本国特許出願(特願2017-92524)に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。
【符号の説明】
【0062】
13 外輪
17 内輪
19 玉(転動体)
21 ポケット
27 保持器案内面
31 軸方向溝
35 エッジ逃し溝(逃し面)
100 アンギュラ玉軸受
200,200A,200B,200C 保持器
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
図6
図7A
図7B
図8A
図8B
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23