(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-13
(45)【発行日】2023-04-21
(54)【発明の名称】有機白金錯体、その製造方法、及び有機白金錯体を用いた色素センサ、並びに揮発性有機化合物の検出方法
(51)【国際特許分類】
C07F 15/00 20060101AFI20230414BHJP
C09K 9/02 20060101ALI20230414BHJP
G01N 21/77 20060101ALI20230414BHJP
G01N 21/78 20060101ALI20230414BHJP
G01N 31/00 20060101ALI20230414BHJP
G01N 31/22 20060101ALI20230414BHJP
【FI】
C07F15/00 F CSP
C09K9/02 Z
G01N21/77 A
G01N21/78 C
G01N21/78 Z
G01N31/00 V
G01N31/22 122
(21)【出願番号】P 2019195001
(22)【出願日】2019-10-28
【審査請求日】2022-08-02
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 有機白金(II)錯体のウェブサイトでの発表 刊行物:錯体化学会第69回討論会 要旨集 URL:http://www.chembio.nagoya-u.ac.jp/cjscc69/ 発表日:令和1年9月5日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 有機白金(II)錯体の集会での発表 集会名:錯体化学会第69回討論会 ポスター発表 開催場所:名古屋大学東山キャンパス 豊田講堂ホワイエ 発表日:令和1年9月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100162156
【氏名又は名称】村雨 圭介
(74)【代理人】
【識別番号】100201606
【氏名又は名称】田岡 洋
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 一英
(72)【発明者】
【氏名】服部 伸吾
(72)【発明者】
【氏名】小林 奈那子
(72)【発明者】
【氏名】中野 匠
【審査官】安藤 倫世
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-064091(JP,A)
【文献】特開2006-076972(JP,A)
【文献】特開平1-221484(JP,A)
【文献】Acta Cryst.,2007年,C63,m456-458,DOI: 10.1107/S0108270107044009
【文献】NATURE COMMUNICATIONS,2017年,8: 1800 ,1-9,DOI: 10.1038/s41467-017-01941-2
【文献】第30回配位化合物の光化学討論会講演要旨集,2018年,P-15,88-89
【文献】Chem Eur J,2014年,20,16583-16589,DOI: 10.1002/chem.201403789
【文献】J Lumin,2019年11月29日,207,482-490,DOI: 10.1016/j.jlumin.2018.11.042
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F
C09K
G01N
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の化学式(1)で表される有機白金(II)錯体。
【化1】
【請求項2】
メタジボロン酸ベンゼンフッ化物、又はメタジボロン酸エステルベンゼンフッ化物1当量と、2-ブロモ,5-メチルピリジン2当量とを用い、パラジウム系触媒の存在下で、カップリング反応によりジピリジルベンゼン型配位子(dpb)を合成し、
ジピリジルベンゼン型配位子(dpb)と、塩化白金酸塩とを、酸性溶液中で加熱還流してPt(dpb)Clを合成し、
Pt(dpb)Clにトリフルオロメタンスルホン酸銀を加え、Pt(dpb)Clとトリフルオロメタンスルホン酸銀の複分解を利用してPt(dpb)OTfを合成し(ここでOTfはトリフルオロメタンスルホン酸イオンを示す)、
有機溶媒中で、Pt(dpb)OTfにクラウンエーテル及びシアン化物を加えることにより、
下記式(1)によって表される化合物
【化2】
を製造することを特徴とする有機白金(II)錯体の製造方法。
【請求項3】
揮発性有機化合物を検出する色素センサであって、以下の化学式(1)で表される有機白金(II)錯体
【化3】
からなる結晶を含有することを特徴とする色素センサ。
【請求項4】
前記揮発性有機化合物が、ハロメタン、アセトンのいずれかであることを特徴とする請求項3に記載の色素センサ。
【請求項5】
前記揮発性有機化合物が、クロロホルムあることを特徴とする請求項3又は4に記載の色素センサ。
【請求項6】
以下の化学式(1)で表される有機白金(II)錯体
【化4】
からなる結晶の吸光度の変化を利用して、環境中の揮発性有機化合物を検出する方法。
【請求項7】
以下の化学式(1)で表される有機白金(II)錯体
【化5】
からなる結晶の発光の変化を利用して、環境中の揮発性有機化合物を検出する方法。
【請求項8】
前記揮発性有機化合物が、ハロメタン、アセトンのいずれかであることを特徴とする請求項6又は7に記載の揮発性有機化合物検出方法。
【請求項9】
前記揮発性有機化合物がクロロホルムであることを特徴とする請求項6乃至8のいずれかに記載の揮発性有機化合物検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な有機白金錯体、その製造方法、及び有機白金錯体を用いた色素センサ、並びにそれを用いた揮発性有機化合物の検出方法に関し、特に、クロロホルム等のハロメタンを特異的に検出することができるセンサの材料となりうる新規有機白金錯体、その製造方法、それを用いた色素センサ、及び揮発性有機化合物の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
揮発性有機化合物(VOC)に感応して色および発光変化を示すベイポクロミックな性質を有する化合物は以前から知られており、そのような化合物は色素センサ、ガスモニター等への利用が期待されている。
【0003】
特定の構造を有する有機白金錯体もベイポクロミックな性質を有するひとつとして知られており、例えば以下に示す特許文献及び非特許文献等には複核白金(II)錯体が開示されている。特許文献1及び非特許文献1に開示の複核白金(II)錯体は、アセトニトリルやエタノール等の有機分子を特異的及び可逆的に吸着、脱着をして、暗赤色と橙赤色の色変化を起こすことが開示されている。しかしながら、その複核白金(II)錯体は、水やクロロホルムに対しては色の変化を示さない。
また、非特許文献2には、ターピリジンの配位子を有する白金(II)錯体が開示されている。ここに開示の錯体は、クロロホルム、エタノール、ベンゼン、アセトニトリル、2-プロパノール、及び水に対して、一様に黄色から赤色への色変化を示すものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】M. Kato, et al.: Angew. Chem. Int. Ed. 41, 3183 (2002) “Vapor-Induced Luminescence Switching in Crystals of the Syn Isomer of a Dinuclear (Bipyridine) Platinum (II) Complex Bridged with Pyridine-2-Thiolate Ions.”
【文献】Levi J. Grove, et al.:J. AM. CHEM. SOC., 2004, 126, PP1594-1595 "A new class of platinum (II) vapochromic salts"
【0006】
ところで、クロロホルム、ジクロロメタン等のハロメタンは人体への毒性(又は発がん性の疑い)があることが知られており、それら物質の環境中での存在、濃度等は常にモニタリングされるべきものである。発がん性が疑われているクロロホルムは、水道水中にフミン質の有機物質が存在する場合には水の塩素処理の過程で生成されることが分かっており、水中のクロロホルムの存在の有無の検出は重要な課題の1つとなっている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に、クロロホルム等の揮発性有機化合物の検出には、GC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析)機器等の大型機材を使用するため、装置の手配、検出コスト、検出時間等において何かと制限が多い。従って、クロロホルム等の揮発性有機化合物の検出においては、大型機材を使用せず、簡便で、オンサイトで容易に行うことができ、且つ、短時間で検出することができるような手法の確立が望まれている。
また、先に述べた先行技術文献に開示の有機白金錯体を含むこれまでの白金錯体は、揮発性有機化合物分子を吸収した際に、揮発性有機化合物分子の種類によらず黄色又は暗赤色から赤色に変化するか、発光においても黄色発光から赤色発光に変化をするものがほとんどであり、色の変化、発光色又は発光色の変化からは揮発性有機化合物種の特定をすることは難しかった。
【0008】
本発明は、上記状況に鑑みてなされたものであって、クロロホルム等のハロメタンやアセトン等の揮発性有機化合物に対して特異的に反応し、吸光度の変化(色変化)、発光を呈する新規化合物を提供するとともに、その化合物の製造方法、及びそれを用いた色素センサ、並びに簡便で且つ短時間で揮発性有機化合物を検出する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、有機白金錯体として、ジピリジルベンゼン(dpb)型配位子を用い、その配位子の特定の部位をフルオロ(F)基とメチル(CH3)基とにより化学修飾するとともに、シアノ基(CN)を白金に結合させた構造の新規な有機白金(II)錯体としてやれば、その錯体からなる結晶は、クロロホルム、ジクロロメタン等のハロメタンや、アセトンに対して特有の発色、及び発光を示すことを見出し、本発明を完成させた。
具体的には、本発明は以下のとおりである。
【0010】
〔1〕以下の化学式(1)で表される有機白金(II)錯体。
【化1】
〔2〕メタジボロン酸ベンゼンフッ化物、又はメタジボロン酸エステルベンゼンフッ化物1当量と、2-ブロモ,5-メチルピリジン2当量とを用い、パラジウム系触媒の存在下で、カップリング反応によりジピリジルベンゼン型配位子(dpb)を合成し、
ジピリジルベンゼン型配位子(dpb)と、塩化白金酸塩とを、酸性溶液中で加熱還流してPt(dpb)Clを合成し、
Pt(dpb)Clにトリフルオロメタンスルホン酸銀を加え、Pt(dpb)Clとトリフルオロメタンスルホン酸銀の複分解を利用してPt(dpb)OTfを合成し(ここでOTfはトリフルオロメタンスルホン酸イオンを示す)、
有機溶媒中で、Pt(dpb)OTfにクラウンエーテル及びシアン化物を加えることにより、
下記式(1)によって表される化合物
【化2】
を製造することを特徴とする有機白金(II)錯体の製造方法。
〔3〕揮発性有機化合物を検出する色素センサであって、以下の化学式(1)で表される有機白金(II)錯体
【化3】
からなる結晶を含有することを特徴とする色素センサ。
〔4〕前記揮発性有機化合物が、ハロメタン、アセトンのいずれかであることを特徴とする〔3〕に記載の色素センサ。
〔5〕前記揮発性有機化合物が、クロロホルムあることを特徴とする〔3〕又は〔4〕に記載の色素センサ。
〔6〕以下の化学式(1)で表される有機白金(II)錯体
【化4】
からなる結晶の吸光度の変化を利用して、環境中の揮発性有機化合物を検出する方法。
〔7〕以下の化学式(1)で表される有機白金(II)錯体
【化5】
からなる結晶の発光の変化を利用して、環境中の揮発性有機化合物を検出する方法。
〔8〕前記揮発性有機化合物が、ハロメタン、アセトンのいずれかであることを特徴とする〔6〕又は〔7〕に記載の揮発性有機化合物検出方法。
〔9〕前記揮発性有機化合物がクロロホルムであることを特徴とする〔6〕乃至〔8〕のいずれかに記載の揮発性有機化合物検出方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明による新規有機白金錯体は、クロロホルムを吸収したときに赤色を示すとともに、目視可能な赤色発光を示す。従って、この有機白金錯体の結晶を含有する色素センサを用いれば、目視により簡便にクロロホルムの検出が可能となる。また、ジクロロメタン等の(クロロホルム以外の)ハロメタンやアセトンなどの揮発性有機化合物を吸収した場合には、本発明による有機白金錯体の結晶は、吸収した揮発性有機化合物の種類により、紫色から、青色、深緑色、青紫色、又は深紫色に変化する。この色の変化により、環境中のハロメタンやアセトンの存在を容易に知ることができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施形態における白金錯体の結晶が、ジクロロメタン、又はクロロホルムを吸着した時の、若しくは何も吸着していない時の紫外線-可視光領域での光吸収スペクトルを示すグラフである。
【
図2】本発明の一実施形態における白金錯体の結晶が、クロロホルムや他のクロロメタンを吸着した時の、又は何も吸着していない時の発光スペクトルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について説明する。
〔有機白金(II)錯体〕
本発明の一実施形態に係る有機白金(II)錯体は、下記式(1)で表される。下記式(1)で表される有機白金(II)錯体(以下化合物(1)と呼ぶことがある)は新規である。
【化6】
【0014】
化合物(1)において、配位子は、1,3-ジ(2-ピリジル)ベンゼンをフッ化物とメチル基で修飾したものである。ここで、配位子の骨格となる1,3-ジ(2-ピリジル)ベンゼンは以下に示す式(2)で表される。
【化7】
本明細書において、上記式(2)で示される1,3-ジ(2-ピリジル)ベンゼンを以下dpbと表すことがある。
【0015】
本実施形態においては、上に示した1,3-ジ(2-ピリジル)ベンゼン(dpb)のベンゼン環部位に2つのフッ化物イオンを、そして2つあるピリジン環のそれぞれに1つずつメチル基を導入するが、2つのフッ化物イオンと2つのメチル基とがdpbに結合する部位は、以下の式(3)に示す通りである。
【化8】
上述した式(3)の化合物はdpb型の骨格を有する化合物であるが、本明細書において、特に、式(3)で示されたようにフッ化物イオンとメチル基とで化学修飾されたdpbを、以下FF-5,5’-mdpbと表すことがある。
式(3)で示すFF-5,5’-mdpbにおいて、左右2つのピリジン環のそれぞれに存在する窒素原子と、中央上部に位置するベンゼン環の1つの炭素原子と、シアノ基(式(3)には表示されない)とが白金の配位子となり、上述した式(1)に示す構造の白金錯体を形成する。
【0016】
式(1)に示した有機白金(II)錯体は、平面四配位型の白金錯体と同様に平面形状を有し、容易に集積(層状に重なり)、配列することができる。また、dpb骨格に化学修飾するそれぞれ2つのフルオロ(F)基とメチル(CH
3)基とが、式(1)及び式(3)に示す部位でdpb錯体骨格に結合していることにより、特にクロロホルムに対する色変化、発光変化が特異的に発現するようになる。
ちなみに、本発明者らの研究によれば、例えば、メチル基の結合部位を下記式(4)のように選定した有機白金(II)錯体では、クロロホルムに対する色変化、及び発光の変化は殆ど見られない。
【化9】
この理由は必ずしも明らかではないが、式(1)に示した錯体と、式(4)に示した錯体とでは、HOMO,LUMOにおけるπ軌道、及びπ
*軌道の局在位置及び局在化の度合いが、化学修飾するメチル基及びフルオロ基の位置の違いにより変化することに起因すると考えられる。
【0017】
〔有機白金(II)錯体の製造方法〕
式(1)で示される有機白金(II)錯体は以下の工程(a)~(d)により製造することができる。即ち、
(a)メタジボロン酸ベンゼンフッ化物、又はメタジボロン酸エステルベンゼンフッ化物1当量と、2-ブロモ,5-メチルピリジン2当量とを用い、パラジウム系触媒の存在下で鈴木-宮浦カップリング反応によりジピリジルベンゼン型配位子(dpb)を合成する。
以下にジピリジルベンゼン型配位子(dpb)の好ましい合成例を示す。本実施形態における合成例においては、出発物質としてメタジボロン酸ベンゼンフッ化物と、2-ブロモ,5-メチルピリジンとを用い、Pd(PPh
3)
4を触媒とし、炭酸ナトリウム水溶液と1,2-ジメトキシエタンとの混合溶液中でカップリング反応を行う。この反応は、不活性ガス雰囲気下にて、溶液温度85~95°Cで44~72時間の加熱還流で行うことが好ましい。
【化10】
【0018】
上記の反応の後、定法により溶液を濃縮し、得られた固体を回収する。この固体が上述した式(3)で示されるもの(FF-5,5’-mdpb)であり、本発明の有機白金(II)錯体における配位子となるものである。
【0019】
次のステップとして、
(b)上記で得られたdpb型骨格を有するFF-5,5’-mdpbと、塩化白金酸塩とを、酸性溶液中で加熱還流してPt(FF-5,5’-mdpb)Clを合成する。本明細書において、Pt(FF-5,5’-mdpb)Clとは、以下に式(5)で示す構造の白金錯体を指す。
【化11】
このステップにおける好ましい反応例としては、塩化白金酸塩として塩化白金酸カリウムを用い、酢酸中で加熱還流を行う。この加熱還流においては、まず原料を入れた反応容器を数十分間加熱して容器内を脱気した後、不活性ガス雰囲気下で(例えばアルゴンガス雰囲気下で)100~110°Cで72~90時間の加熱還流を行う。
【化12】
【0020】
加熱還流後、放冷した後に酢酸を除去し、Pt(FF-5,5’-mdpb)Cl(上式の右辺)を得る。
【0021】
さらに次のステップでは、
(c)上記ステップ(b)で得られたPt(FF-5,5’-mdpb)Clに、トリフルオロメタンスルホン酸銀を加え、Pt(FF-5,5’-mdpb)OTfを合成する(ここでOTfはトリフルオロメタンスルホン酸イオンを示す)。
この合成工程は、Pt(FF-5,5’-mdpb)ClにおけるPtとClとの結合が強いためPtに結合しているClをすぐにCNに置換することが難しいので、Pt(FF-5,5’-mdpb)Clとトリフルオロメタンスルホン酸銀の複分解を利用して、まずはPtに結合しているClをOTfに置換する。具体的には、Pt(FF-5,5’-mdpb)Clをアセトニトリルに加え、これを遮光条件下で撹拌しながらさらにトリフルオロメタンスルホン酸銀を少量のアセトンに溶かしたものを滴下し、3~4時間撹拌し続けて反応を進行させる。撹拌時の溶液温度は22~28°Cとするのが好ましい。
撹拌の後、溶液をろ過し、得られたろ液を濃縮する。その後、アセトニトリルとジエチルエーテルとの混合液を用いて沈殿を生じさせ、吸引ろ過により固体を得る。得られた固体がPt(FF-5,5’-mdpb)OTfである。以下に、この反応の式を示す。以下の反応式の右辺がPt(FF-5,5’-mdpb)OTfである。
【化13】
【0022】
次に、
(d)有機溶媒中で、Pt(FF-5,5’-mdpb)OTfにクラウンエーテル及びシアン化物を加えることにより化合物(1)を得る。
具体的には、前工程(c)で得られたPt(FF-5,5’-mdpb)OTfと、シアン化カリウムとクラウンエーテル(18-クラウン-6)とを有機溶媒(好ましくはジクロロメタン)に加え、室温で4~5時間撹拌し反応を進行させる。その後、溶液を定法により濃縮して固体を得る。得られた固体(下記式の右側の化合物)が本発明による有機白金(II)錯体(化合物(1))である。
【化14】
【0023】
〔色素センサ〕
本発明の一実施形態に係る色素センサは、上述した式(1)で示される錯体の固体結晶を含有する。上述したように、式(1)で示される錯体は平面四配位型の白金錯体と同様に平面形状を有し、容易に集積し(層状に重なり)、結晶化する。本実施形態においては、式(1)で示される錯体の結晶(固体状物質)を含有又は担持するものを色素センサとして用いる。
【0024】
具体的には、上述した式(1)で示される錯体の固体結晶(粉末)を、例えば、多孔質基材、表面の粗いシート材(紙基材やプラスチックフィルム基材)等に担持させて色素センサ(のプローブ)として用いることができる。多孔質基材としては、金属酸化物又は金属硫化物からなる多孔質材料を用いることができる。これらの多孔質基材、又は表面の粗いシート材等に錯体の固体結晶(粉末)を担持させる方法には特に限定はなく、物理的に基材に粉末を保持させれば良い。
もちろん、色素センサとしては、必ずしも多孔質基材や表面の粗いシート材を用いる必要はなく、式(1)で示される錯体の結晶(固体状物質)をきちんと保持できる部位を有し、その部位が外気又は溶液と良好にコンタクトできる構造の色素センサであれば良い。
【0025】
本実施形態に係る色素センサとして用いる結晶は(上述した式(1)で示された錯体からなる結晶は)、通常の大気下では紫色を呈するが(紫色の補色を吸収するが)、この色素センサが、各種ハロメタン及びアセトン分子と接触すると、吸光度の変化を示す。具体的には、目視での色の変化を呈する。
(A)アセトンに晒す・・・青色に変化する。
(B)CH3Cl(クロロメタン)/THFに晒す・・・青紫色に変化する。
(C)CH2Cl2(ジクロロメタン)に晒す・・・青色に変化する。
(D)CHCl3(クロロホルム)に晒す・・・赤色に変化する。
(E)CCl4(四塩化炭素)に晒す・・・深紫色に変化する。
ここで、晒すというのは、各種揮発性有機化合物を含む検査対象の液体又は気体中にセンサを静置するという意味である。
【0026】
ちなみに、上記(B)においては、CH
3Clは常温では気体のため、テトラヒドロフラン(THF)にCH
3Clを溶解させた溶液を用いた。その際、コントロールとしてTHFのみについての実験も行い、色が変化しないことを確認した。
図1に、式(1)で示す錯体の結晶(紫色固体)と、上記(C)で得られた青色固体と、上記(D)で得られた赤色固体の紫外-可視光吸収スペクトルのグラフを示す。このスペクトルからわかるように、紫色固体では547nmに、青色固体では634nmに、また赤色固体では515nmにそれぞれ吸収のピークがみられる。これらの吸収はMMLCT遷移(白金―白金間相互作用によって生じた白金のd軌道のエネルギーが分裂し、その新たに生成した軌道から配位子へのチャージトランスファが観測されること)によるピークと考えられる。
【0027】
本実施形態に係る色素センサは、上記した各種揮発性有機化合物に晒された場合に紫色から上述の色へと変化するが、揮発性有機化合物が色素センサから脱着(逃散)した場合には、また元の紫色に戻る。即ち、揮発性有機化合物の吸脱着に応じて何度でも上記した各色と紫色との間の色変化を繰り返す。
【0028】
特に、本実施形態に係る色素センサは、クロロホルムに晒された場合、鮮やかな赤色発光を呈する。従って、本実施形態に係る色素センサを用いれば、目視で簡単にクロロホルムの検出が可能となる。クロロホルムが色素センサから脱着(逃散)した場合には、色素センサの赤色発光は消失する。クロロホルムの吸脱着に応じて、赤色発光及びその消失が繰り返される。
【0029】
クロロホルムを検出する感度は、きわめて高く、例えば、本実施形態によって得られた色素センサ(上記(1)式で示した錯体の結晶を1mg含有するセンサ)を用いれば、狭い空間に1滴未満(10mg未満)の量のクロロホルムを滴下した場合に発生するクロロホルムの蒸気をも確実に検知(赤色発光を感知)することができる。
【0030】
クロロホルム以外のハロメタン、及びアセトンの場合には、目視では発光を検知することはできない。しかしながら、本発明者等の研究によれば、本実施形態に係る色素センサが、アセトン、クロロメタン、ジクロロメタン、又は四塩化炭素を吸着した場合には、近赤外領域での発光がみられる。クロロメタン、ジクロロメタン、クロロホルム、又は四塩化炭素を吸着した固体(色素センサのプローブとして用いた固体)、及び式(1)で示される錯体の紫色の結晶(いずれのハロメタンも吸着していない固体)の発光スペクトルのグラフを
図2に示す。
図2からわかるように、クロロメタン又はジクロロメタンを吸着した固体の場合には発光スペクトルのピークは長波長側に大きくシフトしている。また、四塩化炭素を吸着しているものは、紫色固体(いずれのハロメタンも吸着していないもの)における発光ピーク位置よりも短波長側に発光ピーク(712nm)を有するが、上記した固体(クロロメタン、ジクロロメタン、又は四塩化炭素を吸着した固体、若しくはいずれのハロメタンも吸着していない固体)のピーク位置はいずれも近赤外領域(710nm以上)である。
一方、クロロホルムを吸着した赤色の固体の発光スペクトルは、紫色固体のピーク(735nm)から大きく短波長側にシフトしたピークとなっており、そのピーク位置は700nmである。従って、クロロホルムを吸着した固体は赤色の発光(可視領域での発光)を呈する。
【0031】
〔揮発性有機化合物の検出方法〕
本実施形態における揮発性有機化合物の検出は、上述した色素センサを検出対象の液体、又は気体中に静置することで行うことができる。
揮発性有機化合物を吸着していない場合には、色素センサは紫色を呈している。一方、色素センサがクロロメタン、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、又はアセトンに暴露されると(これらの分子が色素センサに吸着すると)色素センサは吸着した分子種に応じて上述した色に変化する。
【0032】
本実施形態における色素センサにクロロホルムが吸着すると、色素センサ(に担持されている結晶)は、鮮やかな赤色の発光を呈する。上記した赤色への変化に加え、鮮やかな赤色の発光の感知により、クロロホルムの存在が確実に確認される。
一方、クロロメタン、ジクロロメタン、四塩化炭素、又はアセトンが存在する場合には、発光自体は近赤外領域に観測されるので目視では発光は観測されないが、色素センサ(に担持された結晶)における色の変化は(可視光領域での吸光度変化は)確認することができる。即ち、
(i)アセトンが存在:色素センサは紫色から青色に変化。
(ii)CH3Clが存在:色素センサは紫色から青紫色に変化。
(iii)CH2Cl2が存在:色素センサは紫色から青色に変化。
(iv)CCl4が存在:色素センサは紫色から深紫色に変化。
【0033】
色素センサの項で説明したように、各クロロメタン分子が色素センサから脱着(逃散)した場合には、色素センサはまた元の紫色に戻る。
【0034】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするために記載されたものであって、本発明を限定するために記載されたものではない。したがって、上記実施形態に開示された各要素は、本発明の技術的範囲に属する全ての設計変更や均等物をも含む趣旨である。
【実施例】
【0035】
以下、実施例等を示すことにより本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は下記の実施例等に何ら限定されるものではない。
【0036】
〔有機白金(II)錯体の製造〕
(1)配位子FF-5,5’-mdpbの合成
1,3-difluoro-4,6-benzenediboronic acid bis(pinacol)esterを589mgと、2-bromo-5-methylpyridineを554mgと、1,2-dimethoxyethaneを3mlと、2NのNa2CO3水溶液を8mlと、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム56mgとを50mlのナスフラスコに入れ、ナスフラスコ内を20分間かけてアルゴンガスを用いて脱気し、その後はアルゴン雰囲気下で、90℃で72時間の加熱還流を行った。
上記の還流後、得られた溶液を濃縮し、酢酸エチル・水の混合液を加えて混合し、混合液を静置後、褐色の有機層を回収した。
得られた有機層に硫酸ナトリウムを加えて撹拌し、その後その溶液をろ過し、ろ液を濃縮した。
得られた濃縮液を、充てん剤としてシリカゲルを用い、展開溶媒としては酢酸エチルとヘキサンの1:1混合物を用いてカラムクロマトグラフィーを用い、定法に従って小分けして得られた液体をその都度薄層クロマトグラフィーにより内容物を確認しながら、目的とするFF-5,5’-mdpbを得た。
【0037】
(2)Pt(FF-5,5’-mdpb)Clの合成
FF-5,5’-mdpbを134mgと、K2[PtCl4]を187.7mgと酢酸22mlとを50mlのナスフラスコに入れ、ナスフラスコ内を20分間かけてアルゴンガスを用いて脱気し、その後はアルゴン雰囲気下で、105℃で72時間の加熱還流を行った。
加熱還流後、ナスフラスコを放冷し、エバポレーターにより酢酸を除去した。次に、クロロホルムと水の混合液を加えて撹拌後、得られた黄色の有機層を回収し、濃縮した。なお、濃縮時に黄色の固体が得られたことを確認した。
上記で得られた濃縮液に対し、シリカゲルを充てん剤として用い、クロロホルム100%の展開溶媒を用いてカラムクロマトグラフィーを行い、黄緑発光を示す層を回収した。この回収液に、Pt(dpb)Clが含まれていることを確認した。
【0038】
(3)Pt(FF-5,5’-mdpb)OTfの合成
Pt(FF-5,5’-mdpb)Clを58mgと、アセトニトリル15mlとを50mlのナスフラスコに入れ、これに、150mgのAgOTfを1mlのアセトンに溶かしたものを滴下した。この内容物を遮光条件下で、室温で4時間撹拌した。
次に、得られた溶液をろ過し、黄色の粉末を得た。この黄色の粉末をアセトニトリルで洗いながら、洗浄に使った黄色のアセトニトリル溶液をセライトろ過に供した。ちなみに、上記した黄色の粉末をアセトニトリルで3回ほど洗浄すると、その粉末は黄色から白く変化したが、得られた白い粉末はAgClであることを確認した。
セライトろ過で得られた溶液はオレンジ色を呈していた。このろ液を濃縮し、それにアセトニトリルとジエチルエーテルの混合液を加えることによって沈殿を生じさせ、吸引ろ過によりオレンジ色の固体(粉末)を得た。
【0039】
(4)Pt(FF-5,5’-mdpb)CNの合成
Pt(FF-5,5’-mdpb)OTfを38mgと、KCNを11.6mgと、18-crown-6-etherを15.7mgと、ジクロロメタン30mlとを50mlのナスフラスコに入れ、室温で4時間半の撹拌を行った。なお、撹拌を始める際には、まず、ナスフラスコに入れた内容物全体が均一になるように超音波振動を与えた。
4時間半の撹拌後、溶液を濃縮し、青色の固体を得た。ちなみに、この青色の固体をクロロホルム溶液に溶かすと、黄色の溶液が得られた。
【0040】
次に、充てん剤としてアルミナを用い、展開溶媒としてクロロホルム100%を用いて、上記で得られた黄色の溶液に対してカラムクロマトグラフィーを行い、展開されて光る部分の層を回収し、それを濃縮した。濃縮直後の固体は赤い色を呈していたが、クロロホルムとヘキサンの混合液を用いて再結晶化させて乾燥させた後には紫色を呈する固体となった。
得られた紫色固体が先に述べた式(1)で示される白金錯体であることをNMR,及びIRにより確認した。
以下に説明する光吸収スペクトル及び発光スペクトルの試料の作成において、「紫色固体」というのは、ここで得られた式(1)で示される白金錯体の結晶を指す。
【0041】
〔光吸収スペクトルの測定〕
上記した製造方法により得られた式(1)で示される白金錯体の結晶をジクロロメタンに高濃度(約10-3M)で溶解させた溶液を作成して2面透明石英製セルに入れた。ジクロロメタン溶液を入れたセル全体を40℃に設定した乾燥機内に40分間静置し、溶媒であるジクロロメタンを蒸発除去した。これにより、紫色固体が内面に塗布されたセルを得た。これを「紫色固体」として吸収スペクトルの計測に用いた。
【0042】
上記で得られた紫色固体が塗布されたセルをジクロロメタンの蒸気が充満したサンプル瓶に入れた。セル内面が青色に変化したら、それをポリ塩化ビニリデン製のフィルムで密封して「青色固体」として吸収スペクトルの計測に用いた。
【0043】
紫色固体が塗布されたセルをクロロホルムの蒸気が充満したサンプル瓶に入れた。セル内面が赤色に変化したら、それをポリ塩化ビニリデン製のフィルムで密封して「赤色固体」として吸収スペクトルの計測に用いた。
【0044】
紫色固体が塗布されたセルをクロロメタン/THFの蒸気が充満したサンプル瓶に入れた。セル内面が青紫色に変化したら、それをポリ塩化ビニリデン製のフィルムで密封して「青紫色固体」として吸収スペクトルの計測に用いた。
【0045】
紫色固体が塗布されたセルを四塩化炭素の蒸気が充満したサンプル瓶に入れた。セル内面が深紫色に変化したら、それをポリ塩化ビニリデン製のフィルムで密封して「深紫色固体」として吸収スペクトルの計測に用いた。
【0046】
上述のようにして得た「紫色固体」、「青色固体」、「青紫色固体」、「深紫色固体」及び「赤色固体」の各サンプルを、日本分光株式会社製(型番V-530ST)吸光度計を用いて吸光度を測定した。結果を
図1に示す。
【0047】
〔発光スペクトルの測定〕
小型の石英試験管の内壁面に塗布した紫色固体に対して、同じ空間中にそれぞれ以下の物質を数滴入れ密封したもの、および何も入れない紫色固体のみについて、日本分光株式会社製(型番FP―6500)を用いて発光のスペクトルを計測した。
(1)紫色固体にクロロホルムを入れたもの:クロロホルム蒸気により赤色固体に変化
(2)紫色固体にジクロロメタンを入れたもの:ジクロロメタン蒸気により青色固体に変化
(3)紫色固体にクロロメタン/THF混合液を入れたもの:クロロメタン蒸気により青紫色固体に変化
(4)紫色固体に四塩化炭素を入れたもの:四塩化炭素蒸気により深紫色固体に変化
(5)紫色固体そのまま(何も滴下しないもの):紫色のまま
日本分光株式会社製(型番FP―6500)蛍光光度計を用いて測定した発光スペクトルの計測結果を
図2に示す。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明によれば、環境中のクロロホルムを吸光度、及び目視による発光で容易に感知することができる。また、クロロメタン、ジクロロメタン、四塩化炭素や、アセトンについては、色の変化(吸光度の変化)の観察によりそれらの検出が可能となる。本発明による錯体、その結晶を用いた色素センサ、及び揮発性有機化合物の検出方法によれば、簡単に当該揮発性有機化合物の検出を行うことができるようになる。従って、クロロホルムをはじめとした各種ハロメタン、及びアセトンの様々な環境下におけるモニタリングが容易となる。