(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-21
(45)【発行日】2023-05-01
(54)【発明の名称】サブマージアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 35/362 20060101AFI20230424BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20230424BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230424BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230424BHJP
【FI】
B23K35/362 310C
B23K35/30 320C
C22C38/00 302A
C22C38/58
B23K35/30 A
B23K35/362 310Z
(21)【出願番号】P 2023504451
(86)(22)【出願日】2022-08-29
(86)【国際出願番号】 JP2022032458
【審査請求日】2023-01-20
(31)【優先権主張番号】P 2021140869
(32)【優先日】2021-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】安藤 彰芳
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 充志
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 一史
(72)【発明者】
【氏名】岡部 能知
(72)【発明者】
【氏名】植田 圭治
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 正道
(72)【発明者】
【氏名】韓 鵬
【審査官】川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/075777(WO,A1)
【文献】特許第6621572(JP,B1)
【文献】特表2017-502842(JP,A)
【文献】国際公開第2020/203335(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/00-35/40
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.20~0.80%、Si:0.15~0.90%、Mn:17.0~28.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Ni:0.01~10.00%、Cr:0.4~4.0%、Mo:0.01~3.50%、N:0.120%以下を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有するサブマージアーク溶接用ワイヤと下記式(1)で定義される塩基度〔BL〕:1.5~2.4のフラックスとを組み合わせて、下記式(2)を満足する溶接入熱量〔Q〕で溶接することを特徴とする、サブマージアーク溶接方法。
BL=(%CaO+%MgO+%BaO+%SrO+%Na
2O+%K
2O+%Li
2O+%CaF
2+0.5%MnO+0.5%FeO)/(%SiO
2+0.5%Al
2O
3+0.5%TiO
2+0.5%ZrO
2) ・・・・・ (1)
ここで、式(1)中における各成分量は、質量%表示での成分量である。
S[mm
2]/Q[J/mm]≧0.028 ・・・・・ (2)
ここで、Q[J/mm]=I[A]×E[V]×60/V[mm/min]であり、
I≧300[A]、E≧15[V]、V≧100[mm/min]である。
なお、S:開先断面積、Q:溶接入熱量、I:溶接電流、E:アーク電圧、V:溶接速度である。
【請求項2】
前記組成が、さらに、質量%で、V:0.040%以下、Ti:0.040%以下およびNb:0.040%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、請求項1に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項3】
前記組成が、さらに、質量%で、Cu:1.00%以下、Ca:0.010%以下およびREM:0.020%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、請求項1または2に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項4】
3層以上の溶接を行う、請求項1
または2に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項5】
3層以上の溶接を行う、請求項3に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項6】
溶接の対象となる鋼材が、質量%で、C:0.20~0.80%、Si:0.15~0.90%、Mn:15.0~30.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Ni:3.00%以下、Cr:1.0~8.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する極低温用高強度高Mn鋼材である、請求項1
または2に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項7】
溶接の対象となる鋼材が、質量%で、C:0.20~0.80%、Si:0.15~0.90%、Mn:15.0~30.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Ni:3.00%以下、Cr:1.0~8.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する極低温用高強度高Mn鋼材である、請求項3に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項8】
溶接の対象となる鋼材が、質量%で、C:0.20~0.80%、Si:0.15~0.90%、Mn:15.0~30.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Ni:3.00%以下、Cr:1.0~8.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する極低温用高強度高Mn鋼材である、請求項4に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項9】
溶接の対象となる鋼材が、質量%で、C:0.20~0.80%、Si:0.15~0.90%、Mn:15.0~30.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Ni:3.00%以下、Cr:1.0~8.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する極低温用高強度高Mn鋼材である、請求項5に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項10】
前記鋼材が、前記組成に加えて、さらに、質量%で、V:2.00%以下、Ti:1.00%以下、Nb:1.00%以下、Al:0.100%以下、Cu:1.00%以下、N:0.120%以下、O(酸素):0.0050%以下、B:0.0030%以下およびREM:0.0200%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、請求項
6に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項11】
前記鋼材が、前記組成に加えて、さらに、質量%で、V:2.00%以下、Ti:1.00%以下、Nb:1.00%以下、Al:0.100%以下、Cu:1.00%以下、N:0.120%以下、O(酸素):0.0050%以下、B:0.0030%以下およびREM:0.0200%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、請求項7に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項12】
前記鋼材が、前記組成に加えて、さらに、質量%で、V:2.00%以下、Ti:1.00%以下、Nb:1.00%以下、Al:0.100%以下、Cu:1.00%以下、N:0.120%以下、O(酸素):0.0050%以下、B:0.0030%以下およびREM:0.0200%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、請求項8に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項13】
前記鋼材が、前記組成に加えて、さらに、質量%で、V:2.00%以下、Ti:1.00%以下、Nb:1.00%以下、Al:0.100%以下、Cu:1.00%以下、N:0.120%以下、O(酸素):0.0050%以下、B:0.0030%以下およびREM:0.0200%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、請求項9に記載のサブマージアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サブマージアーク溶接方法に関し、特に、極低温環境下で使用される高Mn含有鋼材の溶接に好適な溶接材料およびそれを用いたサブマージアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境に対する規制が厳しくなっており、液化天然ガス(以下、「LNG」ともいう。)は、硫黄を含まないため、硫化物、酸化物等の大気汚染物質を発生させないクリーンな燃料と言われ、その需要が増加している。LNGの輸送または保管のために、LNGを輸送または貯蔵する容器(タンク)は、LNGの液化温度である-162℃以下の温度で、優れた極低温衝撃靭性を保持することが求められている。そこで、優れた極低温衝撃靭性を保持することの必要性から、容器等の材料用として、従来、アルミニウム合金、9%Ni鋼、オーステナイト系ステンレス鋼等が用いられてきた。
【0003】
しかしながら、アルミニウム合金は、引張強さが低いため、構造物として用いるときは、板厚を大きく設計する必要があり、また溶接作業性が低いという問題がある。また、9%Ni鋼は、溶接材料として高価なNi基材料を用いることが必要なため、経済的に不利となる。また、オーステナイト系ステンレス鋼は、高価であり、母材強度も低いという問題がある。
【0004】
このような問題から、LNGを輸送または貯蔵する容器用の材料として、最近では、Mnを10~35質量%の範囲で含有する高Mn含有鋼材(以下、「高Mn鋼」ともいう。)の適用が検討されている。高Mn鋼は、極低温においても、金属組織がオーステナイト相であり、脆性破壊が発生せず、またオーステナイト系ステンレス鋼と比較して、高い強度を有するという特徴がある。そこで、このような高Mn鋼の安定した溶接方法の開発が要望されていた。
【0005】
このような要望に対して、例えば、特許文献1には、質量%で、C:0.2~0.8%、Si:0.15~0.90%、Mn:17.0~28.0%、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Ni:0.01~10.00%、Cr:0.4~4.0%、Mo:0.01~3.50%、B:0.0010%未満、N:0.12%以下を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる基本組成を有し、必要に応じて、V、TiおよびNbのうちから選ばれた1種または2種以上、さらに、Cu、Al、CaおよびREMのうちから選ばれた1種または2種以上を含有するガスメタルアーク溶接用ソリッドワイヤが開示されている。ここに開示されたガスメタルアーク溶接用ソリッドワイヤを用いて溶接すれば、ヒューム発生量が少なく、しかも、常温降伏強さ(0.2%耐力)が400MPa以上の高強度で、試験温度:-196℃でのシャルピー衝撃試験の吸収エネルギー(vE-196)が28J以上となる高強度で極低温衝撃靭性に優れた溶接継手部を製造できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、本発明者らの検討によれば、特許文献1に記載された技術では、溶接時にヒュームの発生量を1200mg/min以下に抑えることができるが、溶接効率を上げるために溶接入熱量を増加させるとヒューム発生量もそれに比例するという問題があった。この問題を解決するため、ヒュームの発生が少ないサブマージアーク溶接方法を用いると、ヒューム発生量は抑えられる一方で、ビード形状の不整、スラグ剥離性の不良、降伏強さや低温靭性の低下などが問題となることがわかった。
【0008】
本発明は、上記した従来技術の問題を解決し、高入熱量(3kJ/mm以上)の溶接条件においても溶接時には極めてヒューム発生量が少なく、ビード形状やスラグ剥離性などの溶接性が良好で、かつ極低温環境下で使用される高Mn含有鋼材用の溶接材料として好適な、高強度と優れた極低温靭性とを兼備した溶接金属が得られるサブマージアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【0009】
なお、ここでいう「溶接時のヒューム発生量が少ない」とは、JIS Z 3930-2013に準拠して、サブマージアーク溶接を行ったときのヒューム発生量が1200mg/min以下である場合を指す。
【0010】
また、「高強度」とは、JIS Z 3111の規定に準拠して製造した溶着金属の常温降伏強さ(0.2%耐力)が400MPa以上である場合を指す。「優れた極低温靭性」とは、JIS Z 3111の規定に準拠して製造した溶着金属の、試験温度:-196℃でのシャルピー衝撃試験の吸収エネルギー(vE-196)が28J以上である場合を指す。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上述の目的を達成するために、まず、サブマージアーク溶接で適正なビード形状、良好なスラグ剥離性、および良好な溶接金属特性を得るためには、フラックスの成分についてコントロールすることが有効であることを見出した。そのフラックス成分について検討を重ねた結果、塩基度〔BL〕が1.5~2.4のフラックスを用いて溶接すると、スラグ剥離不良、ビード形状不整、および低温靭性の劣化を抑制できることを知見した。
【0012】
さらに、前述の溶接ワイヤと上記フラックスを用いても、被溶接材の板厚、開先形状や溶接条件によっては、降伏強さが低下する場合があることがわかった。そこで、本発明者らは、さらに検討を進め、開先断面積に対する溶接入熱量を適切な範囲に制御して溶接条件を決定することが降伏強さの低下防止に効果的であることを知見した。
【0013】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものであり、本発明の要旨は、次のとおりである。
〔1〕質量%で、C:0.20~0.80%、Si:0.15~0.90%、Mn:17.0~28.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Ni:0.01~10.00%、Cr:0.4~4.0%、Mo:0.01~3.50%、N:0.120%以下を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有するサブマージアーク溶接用ワイヤと下記式(1)で定義される塩基度〔BL〕:1.5~2.4のフラックスとを組み合わせて、下記式(2)を満足する溶接入熱量〔Q〕で溶接することを特徴とする、サブマージアーク溶接方法。
BL=(%CaO+%MgO+%BaO+%SrO+%Na2O+%K2O+%Li2O+%CaF2+0.5%MnO+0.5%FeO)/(%SiO2+0.5%Al2O3+0.5%TiO2+0.5%ZrO2) ・・・・・ (1)
ここで、式(1)中における各成分量は、質量%表示での成分量である。
S[mm2]/Q[J/mm]≧0.028 ・・・・・ (2)
ここで、Q[J/mm]=I[A]×E[V]×60/V[mm/min]であり、
I≧300[A]、E≧15[V]、V≧100[mm/min]である。
なお、S:開先断面積、Q:溶接入熱量、I:溶接電流、E:アーク電圧、V:溶接速度である。
〔2〕〔1〕において、前記組成が、さらに、質量%で、V:0.040%以下、Ti:0.040%以下およびNb:0.040%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、サブマージアーク溶接方法。
〔3〕〔1〕または〔2〕において、前記組成が、さらに、質量%で、Cu:1.00%以下、Ca:0.010%以下およびREM:0.020%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、サブマージアーク溶接方法。
〔4〕〔1〕~〔3〕のいずれか一つにおいて、3層以上の溶接を行う、サブマージアーク溶接方法。
〔5〕〔1〕~〔4〕のいずれか一つにおいて、溶接の対象となる鋼材が、質量%で、C:0.20~0.80%、Si:0.15~0.90%、Mn:15.0~30.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Ni:3.00%以下、Cr:1.0~8.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する極低温用高強度高Mn鋼材である、サブマージアーク溶接方法。
〔6〕〔5〕において、前記鋼材が、前記組成に加えて、さらに、質量%で、V:2.00%以下、Ti:1.00%以下、Nb:1.00%以下、Al:0.100%以下、Cu:1.00%以下、N:0.120%以下、O(酸素):0.0050%以下、B:0.0030%以下およびREM:0.0200%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、サブマージアーク溶接方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、サブマージアーク溶接時にヒューム発生量を顕著に抑制でき、ビード形状およびスラグ剥離性が良好である、高Mn含有鋼材用の溶接材料を提供することができる。該溶接材料を用いて高Mn含有鋼材をサブマージアーク溶接すると、常温降伏強さ(0.2%耐力)が400MPa以上で、試験温度:-196℃でのシャルピー衝撃試験の吸収エネルギー(vE-196)が28J以上となる、高強度でかつ極低温靭性に優れた溶接金属を容易に得ることができる。本発明は、該溶接材料とそれを用いたサブマージアーク溶接方法を提供することができ、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】サブマージアーク溶接の開先断面積と溶接入熱量との関係を示す相関図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る実施形態について具体的に説明する。
本発明は、特に高Mn含有鋼材を対象とする特定の溶接材料を用いたサブマージアーク溶接方法に関する。まず、サブマージアーク溶接(以下、「SAW」ともいう。)について説明する。
【0017】
[サブマージアーク溶接]
SAWは、母材上に予め散布した粉粒状のフラックス中に電極ワイヤを連続的に供給し、この電極ワイヤの先端と母材との間でアークを発生させて溶接を連続的に行う溶接法である。このSAWは、大電流を適用してワイヤの溶着速度を高めることによって、能率よく溶接できるという利点を有している。
【0018】
電極ワイヤとしては、ソリッドワイヤまたはワイヤの内部にワイヤ用フラックスを内包したフラックスコアードワイヤがあり、本発明においては、そのいずれをも用いることができる。フラックスコアードワイヤを用いる場合には、使用する鋼製外皮、金属粉末、およびワイヤ用フラックス粉末の成分組成を調整した上でフラックスコアードワイヤを製造する。
【0019】
本発明に係るサブマージアーク溶接の例として、次のようなものが挙げられる。溶接接合させる2枚の鋼材を突き合わせて、45°V開先を形成し、形成した開先を覆うようにフラックスを予め散布する。用意したソリッドワイヤ(直径4.0mmφ)またはフラックスコアードワイヤ(直径3.2mmφ)を用いて、下向き姿勢で、電流:350~650A(DCEP)、電圧:28~36V、溶接速度:20~80cm/min、溶接入熱量:0.7~8.0kJ/mmで、パス間温度:100~150℃の条件でサブマージアーク溶接を実施する。
【0020】
上記のサブマージアーク溶接条件により、母材となる高Mn鋼を突き合わせ、後述する溶接用フラックスおよびサブマージアーク溶接用ワイヤを用いて溶接継手部を形成する溶接金属を製造するものである。
【0021】
[サブマージアーク溶接用ワイヤの基本組成]
つぎに、本発明の特徴である高Mn用鋼材のサブマージアーク溶接に適した溶接用ワイヤの基本組成について説明する。なお、以下、組成に関する「%」は、「質量%」であることを意味する。
【0022】
[C:0.20~0.80%]
Cは、固溶強化により、溶接金属の強度を上昇させる作用を有する元素であり、また、Cは、オーステナイト相を安定化させ、溶接金属の極低温衝撃靭性を向上させる。このような効果を得るためには、0.20%以上の含有を必要とする。しかし、0.80%を超えて含有すると、炭化物が析出し、極低温靭性が低下し、さらに、溶接時の高温割れが生じやすくなる。そのため、Cは、0.20~0.80%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.30%以上、0.70%以下であり、より好ましくは、0.40%以上、0.60%以下である。更に好ましくは、0.45%以上、0.55%以下である。
【0023】
[Si:0.15~0.90%]
Siは、脱酸剤として作用し、Mnの歩留りを高めるとともに、溶融金属の粘性を高め、ビード形状を安定的に保持し、スパッタの発生を低減する効果がある。そのような効果を得るためには、0.15%以上の含有を必要とする。しかし、0.90%を超えて含有すると、溶接金属の極低温靭性を低下させる。また、Siは、凝固時に偏析し、凝固セル界面に液相を生成して、耐高温割れ性を低下させる。そのため、Siは、0.15~0.90%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.20%以上、0.80%以下であり、より好ましくは0.25%以上、0.70%以下である。更に好ましくは、0.30%以上、0.65%以下であり、より更に好ましくは0.40%以上であり、0.60%以下である。
【0024】
[Mn:17.0~28.0%]
Mnは、安価に、オーステナイト相を安定化する元素であり、本発明では17.0%以上の含有を必要とする。Mnが17.0%未満では、溶接金属中にフェライト相が生成し、極低温での靭性が著しく低下する。一方、Mnが28.0%を超えると、凝固時に過度のMn偏析が発生し、高温割れを誘発する。そのため、Mnは、17.0~28.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは18.0%以上、27.0%以下であり、より好ましくは、19.0%以上、26.0%以下である。更に好ましくは、20.0%以上、24.0%以下である。
【0025】
[P:0.030%以下]
Pは、結晶粒界に偏析し、高温割れを誘発する元素であり、本発明では、できるだけ低減することが好ましいが、0.030%以下であれば、許容できる。そのため、Pは、0.030%以下に限定した。なお、過度の低減は、精練コストの高騰を招く。そのため、Pは、0.003%以上に調整することが好ましい。より好ましくは、0.005%以上、0.020%以下であり、更に好ましくは、0.009%以上、0.016%以下である。
【0026】
[S:0.030%以下]
Sは、溶接金属中では、硫化物系介在物MnSとして存在する。MnSは、破壊の発生起点となるため、極低温靭性を低下させる。そのため、Sは、0.030%以下に限定した。なお、過度の低減は、精練コストの高騰を招く。そのため、Sは、0.001%以上に調整することが好ましい。より好ましくは、0.008%以上、0.025%以下であり、更に好ましくは、0.013%以上、0.020%以下である。
【0027】
[Ni:0.01~10.00%]
Niは、オーステナイト粒界を強化する元素であり、粒界に偏析し、極低温衝撃靱性を向上させる。このような効果を得るためには、0.01%以上の含有を必要とする。また、Niは、オーステナイト相を安定化する効果もあるため、さらに含有量を増加すれば、オーステナイト相を安定化させて、溶接金属の極低温衝撃靭性を向上させる。しかし、Niは、高価な元素であり、10.00%を超える含有は、経済的に不利となる。そのため、Niは、0.01~10.00%に限定した。なお、好ましくは、0.05%以上、7.5%以下であり、より好ましくは、1.00%以上、4.00%以下である。更に好ましくは、1.50%以上、2.50%以下である。
【0028】
[Cr:0.4~4.0%]
Crは、極低温ではオーステナイト相を安定化させる元素として働き、溶接金属の極低温衝撃靭性を向上させる。また、Crは、溶接金属の強度を向上させる作用も有する。また、Crは、溶融金属の液相線を高めて、高温割れの発生を抑制するのに有効に作用する。さらに、Crは、溶接金属の耐食性を高めるのにも有効に作用する。このような効果を得るためには、0.4%以上の含有を必要とする。Crが0.4%未満では、上記した効果を確保できない。一方、4.0%を超えて含有すると、Cr炭化物が生成し、極低温靭性の低下を招く。またさらに、炭化物の生成により、ワイヤ伸線時の加工性が低下する。そのため、Crは、0.4~4.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.5%以上、3.5%以下であり、より好ましくは、0.8%以上、3.0%以下である。更に好ましくは、1.0%以上、2.0%以下である。
【0029】
[Mo:0.01~3.50%]
Moは、オーステナイト粒界を強化する元素であり、粒界に偏析し、溶接金属の強度を向上させる。このような効果は0.01%以上の含有で顕著となる。なお、0.01%を超える含有では、固溶強化により溶接金属の強度を向上させる作用も有する。一方、3.50%を超えて含有すると、炭化物として析出し、熱間加工性が低下し、また、ワイヤの伸線時に割れを誘発させるなど、ワイヤの製造性が低下する。そのため、Moは、0.01~3.50%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.50%以上、3.00%以下である。より好ましくは、1.00%以上、2.80%以下であり、更に好ましくは1.50%以上、2.20%以下である。
【0030】
[N:0.120%以下]
Nは、不可避的に混入する元素であるが、Cと同様に、溶接金属の強度向上に有効に寄与するとともに、オーステナイト相を安定化し、極低温靱性を安定的に向上させる元素である。このような効果は、0.030%以上の含有で顕著となるため、0.030%以上含有することが好ましい。しかし、0.120%を超えて含有すると、窒化物を形成し、低温靱性が低下する。そのため、Nは、0.120%以下に限定した。好ましくは、0.030~0.120%である。より好ましくは、0.060%以上、0.100%以下である。
【0031】
[サブマージアーク溶接用ワイヤの任意的選択組成]
上述した組成が本発明のワイヤに関する基本組成である。本発明では、この基本組成に加えてさらに、任意成分として、必要に応じて、V:0.040%以下、Ti:0.040%以下、およびNb:0.040%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する任意的選択組成としてもよい。前記基本組成および前記任意的選択組成は、さらに必要に応じて、Cu:1.00%以下、Ca:0.010%以下およびREM:0.020%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することができる。
【0032】
V、Ti、Nbはいずれも、炭化物の形成を促進し、溶接金属の強度向上に寄与する元素であり、必要に応じて選択して1種または2種以上を含有できる。
【0033】
[V:0.040%以下]
Vは、炭化物形成元素であり、微細な炭化物を析出させて、溶接金属の強度向上に寄与する。このような効果を得るためには、0.001%以上含有することが好ましい。しかし、0.040%を超えて含有すると、炭化物が粗大化して、極低温靭性の低下を招く。そのため、含有する場合、Vは、0.040%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.001~0.040%である。さらに好ましくは、0.020%以上である。
【0034】
[Ti:0.040%以下]
Tiも、同様に炭化物形成元素であり、微細な炭化物を析出させて、溶接金属の強度向上に寄与する。また、Tiは、溶接金属の凝固セル界面に炭化物を析出させて、高温割れの発生抑制に寄与する。このような効果を得るためには、0.001%以上含有することが好ましい。しかし、0.040%を超えて含有すると、Vと同様に炭化物が粗大化して、極低温靭性の低下を招く。そのため、含有する場合には、Tiは、0.040%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.001~0.040%である。さらに好ましくは、0.020%以上である。
【0035】
[Nb:0.040%以下]
Nbも、同様に炭化物形成元素であり、微細な炭化物を析出させて、溶接金属の強度向上に寄与する。また、Nbは、溶接金属の凝固セル界面に炭化物を析出させて、高温割れの発生抑制に寄与する。このような効果を得るためには、0.001%以上含有することが好ましい。しかし、0.040%を超えて含有すると、V、Tiと同様に炭化物が粗大化して、極低温靭性の低下を招く。そのため、含有する場合には、Nbは、0.040%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.001~0.040%である。さらに好ましくは、0.005%以上である。
【0036】
いっぽう、Cuは、オーステナイト安定化に寄与する元素であり、CaおよびREMは、加工性向上に寄与する元素であり、必要に応じて選択して1種または2種以上を含有できる。以下、限定理由を述べる。
【0037】
[Cu:1.00%以下]
Cuは、オーステナイト相を安定化する元素であり、極低温でもオーステナイト相を安定化させて、溶接金属の極低温衝撃靭性を向上させる。このような効果を得るためには、0.01%以上含有することが好ましい。しかし、1.00%を超えて多量に含有すると、熱間延性が低下する。そのため、含有する場合には、Cuは、1.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.01~1.00%である。さらに好ましくは、0.05%以上、0.60%以下である。
【0038】
[Ca:0.010%以下]
Caは、溶融金属中でSと結合し、高融点の硫化物CaSを形成する。CaSは、MnSよりも高融点であるため、ワイヤの熱間加工時に圧延方向に進展せずに球形を維持し、ワイヤの加工性向上に有利に働く。このような効果は、0.001%以上の含有で顕著となる。一方、0.010%を超えて含有すると、溶接時にアークに乱れが生じ、安定な溶接が困難となる。そのため、含有する場合には、Caは、0.010%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.001%以上、0.008%以下である。さらに好ましくは、0.003%以上、0.006%以下である。
【0039】
[REM:0.020%以下]
REMは、Sc、Y、La、Ceなどの希土類元素をいう。強力な脱酸剤であり、溶接金属中でREM酸化物の形態で存在する。REM酸化物は、凝固時の核生成サイトとなることで、結晶粒を微細化し、溶接金属の強度の向上に寄与する。このような効果は、0.001%以上の含有で顕著となる。しかし、0.020%を超えて含有すると、アークの安定性が低下する。そのため、含有する場合には、REMは、0.020%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.001%以上である。さらに好ましくは、0.005%以上、0.015%以下である。
【0040】
[残部組成]
上記した組成以外の残部組成は、Feおよび不可避的不純物からなる。不可避的不純物としては、例えば、O(酸素)、B、Al、Sn、Sb、As、Pb、Biなどが挙げられる。ワイヤ中のO(酸素)量は、0.15%以下とし、B量は、0.001%以下とし、Al量は、0.100%以下とし、Sn量、Sb量およびAs量は、それぞれ0.005%以下とし、Pb量およびBi量は、それぞれ0.0001%以下としておくことが好ましい。また、前述の基本組成または任意的選択組成を満足する限り、これら以外の不可避的不純物元素が含有することを妨げるものではなく、そのような実施態様も本発明の技術的範囲に含まれる。
【0041】
[ワイヤの製造方法]
つづいて、本発明のSAW用ワイヤ(ソリッドワイヤおよびフラックスコアードワイヤ)の製造方法について説明する。
【0042】
本発明のSAW用ワイヤの製造は、常用の溶接用ワイヤの製造方法がいずれも適用できる。
例えば、本発明のソリッドワイヤは、前述した組成を有する溶鋼を、電気炉、真空溶解炉等の常用の溶製炉で溶製し所定形状の鋳型等に鋳造する鋳造工程と、得られた鋼塊を所定温度に加熱する加熱工程と、加熱された鋼塊に熱間圧延を施し所定形状の鋼素材(棒状)とする熱延工程と、を順次行う。得られた鋼素材(棒状)を複数回の冷間圧延(冷間伸線加工)と、必要に応じて焼鈍温度:900~1200℃とする焼鈍工程と、を施して所望寸法のワイヤとする冷延工程を行う、ことが好ましい。
【0043】
また、本発明のフラックスコアードワイヤは、例えば、0.05~0.20%C-0.15~0.30%Si-0.2~1.2%Mn-残部Feからなる組成を有する薄鋼板(板厚0.5mm)を鋼製外皮素材として、幅方向に冷間曲げ加工を施し、U字形状とする。そして、得られた鋼製外皮に、目標とするワイヤ組成となるように、成分調整した金属粉末およびワイヤ用フラックス粉末を封入し、冷間で伸線加工して、SAW用フラックスコアードワイヤとすることが好ましい。
【0044】
上記の金属粉末は、鋼製外皮素材の成分組成と合計して、本発明の溶接用ワイヤ組成とするために補充される金属成分を含む成分組成を有する金属粉末または合金粉末である。また、ワイヤ用フラックス粉末の成分も、後述する溶接用フラックスと同等あるいは類似の成分を有するフラックス粉末であることが好ましい。
【0045】
[溶接用フラックス]
次に、上述の組成を有する溶接用ワイヤに適合するフラックスについて検討を重ねた。その結果、本発明者らは、溶接金属の靭性を損なわないためには、フラックス組成をカルシア-マグネシア塩基性酸化物系とし、塩基度〔BL〕を1.5~2.4の高塩基性に設計することが有効であることを見出した。
【0046】
フラックスの塩基度〔BL〕とは、フラックスの反応性を示す指標であり、フラックスの塩基性成分と酸性成分の比で表わされるもので、下記の式(1)から求められる。なお、式(1)中における各成分量は、質量%表示での成分量である。
【0047】
BL=(%CaO+%MgO+%BaO+%SrO+%Na2O+%K2O+%Li2O+%CaF2+0.5%MnO+0.5%FeO)/(%SiO2+0.5%Al2O3+0.5%TiO2+0.5%ZrO2) ・・・・・ (1)
塩基度〔BL〕が1.5未満では、溶接金属中の酸素量が高くなり低温靭性が不足し、2.4を超えるとビード外観およびスラグ剥離性が劣化するため、塩基度〔BL〕は、1.5~2.4とする。好ましくは、1.8以上であり、2.2以下である。
【0048】
フラックスには、溶融タイプ、焼結タイプおよびボンドタイプがあるが、いずれのタイプでも用いることができる。使用可能な成分組成としては、前述したカルシア-マグネシア塩基性酸化物系フラックスの他には、カルシア-マグネシア系フラックスなどが挙げられる。これらの中から、配合される各種の酸化物成分を調整して塩基度〔BL〕が1.5~2.4となるようなフラックスを採用することが必要である。
【0049】
[溶接入熱量と開先断面積との関係]
さらに、本発明において、溶接入熱量を適切な範囲で制御すると良好な機械的特性が得られるという知見を得た。すなわち、溶接部の開先断面積に対し、下記式(2)により導出される最大溶接入熱量以下の溶接条件で溶接を行うことで、適正な冷却速度が得られ、結晶粒の粗大化が抑制されることにより、規定の機械的特性が得られることを見出した。溶接入熱量がこの値より大きくなると、冷却速度の低下により結晶粒が粗大化し、特に降伏強さが顕著に劣化する。しかし、下記式(2)で導かれる入熱条件の範囲内で溶接を行えば、400MPa以上の常温降伏強さが得られる。
【0050】
S[mm2]/Q[J/mm]≧0.028 ・・・・・ (2)
ここで、Q[J/mm]=I[A]×E[V]×60/V[mm/min]であり、I≧300[A]、E≧15[V]、V≧100[mm/min]である。なお、S:開先断面積、Q:溶接入熱量、I:溶接電流、E:アーク電圧、V:溶接速度である。
上記の式(2)は、次の式(3)へ変換することができ、式(3)で開先断面積(S)に対する溶接入熱量(Q)を求めることができる。
Q[J/mm]≦S[mm2]/0.028 ・・・・・ (3)
【0051】
[その他の溶接条件]
溶接する鋼材同士が所定の開先形状を形成するように、開先加工を行う。形成する開先形状は、特に限定する必要はなく、溶接鋼構造物用として通常のV開先、レ開先、X開先、K開先等を例示することができる。
【0052】
また、サブマージアーク溶接では、1パスでのサブマージアーク溶接が適用される場合もあるが、溶接入熱量を制御する場合や板厚が大きい鋼材の場合には、2パス以上の多層溶接が適用されている。本発明の高Mn含有鋼材においては、溶接金属の強度を高めるために、適宜多層溶接とすることができ、3層以上の溶接を行うことが好ましい。
【0053】
[鋼材]
母材となる鋼材は、特には高Mn含有鋼材を対象とする。高Mn含有鋼材の製造方法としては、常法の製鋼工程および鋳造工程を経て得た鋼素材を、加熱条件や圧下率などを調整して熱間圧延した後、冷却して鋼材(鋼板)を得る方法などがある。圧延後の鋼板の板厚は、例えば、6~100mmである。
【0054】
高Mn含有鋼材とは、極低温用の高強度鋼材であって、Mn含有量が15.0~30.0%であることが好ましい。具体的には、C:0.20~0.80%、Si:0.15~0.90%、Mn:15.0~30.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Ni:3.00%以下、Cr:1.0~8.0%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を基本組成とする鋼材である。この基本組成に加えてさらに、任意成分として必要に応じて、V:2.00%以下、Ti:1.00%以下、Nb:1.00%以下、Al:0.100%以下、Cu:1.00%以下、N:0.120%以下、O(酸素):0.0050%以下、B:0.0030%以下およびREM:0.0200%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することができる。
【0055】
[鋼材の基本組成]
本発明の溶接の対象となる高Mn用鋼材の基本組成について説明する。
【0056】
[C:0.20~0.80%]
Cは、オーステナイト相を安定化させる作用を有する、安価で、重要な元素である。このような効果を得るためには、0.20%以上の含有を必要とする。一方、0.80%を超えて含有すると、Cr炭化物が過度に生成され、極低温衝撃靱性が低下する。このため、Cは、0.20~0.80%の範囲が好ましい。より好ましくは、0.30%以上、0.70%以下であり、更に好ましくは、0.40%以上、0.60%以下である。
【0057】
[Si:0.15~0.90%]
Siは、脱酸剤として作用するとともに、鋼中に固溶して固溶強化により鋼材の高強度化に寄与する元素である。このような効果を得るためには、0.15%以上の含有を必要とする。一方、0.90%を超えて含有すると、溶接作業性が低下する。このため、Siは、0.15~0.90%の範囲が好ましい。より好ましくは、0.20%以上、0.75%以下であり、更に好ましくは、0.30%以上、0.60%以下である。
【0058】
[Mn:15.0~30.0%]
Mnは、オーステナイト相を安定化させる作用を有する、比較的安価な元素であり、本発明では、高強度と優れた極低温靱性を両立するために重要な元素である。このような効果を得るためには、15.0%以上の含有を必要とする。一方、30.0%を超えて含有しても、極低温靱性を向上させる効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できなくなり、経済的に不利となる。また、30.0%を超えて多量に含有すると、溶接作業性、切断性の低下を招くとともに、偏析を助長し、応力腐食割れの発生を助長する。このため、Mnは、15.0~30.0%の範囲が好ましい。より好ましくは、17.5%以上、28.0%以下であり、更に好ましくは、20.0%以上、26.0%以下である。
【0059】
[P:0.030%以下]
Pは、不純物として、粒界に偏析し、応力腐食割れの発生起点となる元素であり、本発明では、可能なかぎり低減することが望ましいが、0.030%以下であれば許容できる。このため、Pは、0.030%以下の範囲が好ましい。より好ましくは、0.028%以下であり、さらに好ましくは、0.024%以下である。一方、Pを0.002%未満と極端に低減するには、長時間の精錬を必要とし、精錬コストが高騰する。このため、経済的な観点からは、Pは、0.002%以上とすることが好ましい。
【0060】
[S:0.030%以下]
Sは、鋼中では硫化物系介在物として存在し、鋼材、溶接金属の延性、極低温靭性を低下させる。このため、Sは、可能なかぎり低減することが好ましいが、0.030%以下であれば許容できる。より好ましくは、0.010%以下である。一方、Sを0.0005%未満と極端に低減するには、長時間の精錬を必要とし、精錬コストが高騰する。このため、経済性の観点から、Sは、0.0005%以上とすることが好ましい。
【0061】
[Ni:3.00%以下]
Niは、オーステナイト粒界を強化する元素であり、粒界に偏析し、極低温衝撃靱性を向上させる元素である。このような効果を得るためには、0.01%以上の含有を必要とする。また、Niは、オーステナイト相を安定化する効果もあるため、さらに含有量を増加すれば、オーステナイト相を安定化させて、溶接金属の極低温衝撃靭性を向上させる。しかし、Niは、高価な元素であり、3.00%を超える含有は、経済的に不利となる。このため、Niは、0.01%以上、3.00%以下が好ましい。より好ましくは、1.00%以上、2.00%以下である。
【0062】
[Cr:1.0~8.0%]
Crは、極低温ではオーステナイト相を安定化させ、極低温靱性の向上および鋼材強度の向上に有効に寄与する元素である。また、微細結晶域を形成させるために効果的な元素である。このような効果を得るためには、Crを1.0%以上含有することを必要とする。一方、8.0%を超えて含有すると、Cr炭化物が生成し、極低温靭性および耐応力腐食割れ性が低下する。このため、Crは、1.0~8.0%の範囲が好ましい。より好ましくは、2.5%以上、7.0%以下であり、更に好ましくは3.5%以上、6.5%以下である。
【0063】
[鋼材の任意的選択組成]
上記した成分が鋼材の基本組成であるが、この基本組成に加えてさらに任意成分として、V:2.00%以下、Ti:1.00%以下、Nb:1.00%以下、Al:0.100%以下、Cu:1.00%以下、N:0.120%以下、O(酸素):0.0050%以下、B:0.0030%以下およびREM:0.0200%以下のうちから選ばれた1種または2種を含有する鋼材組成としてもよい。
【0064】
[V:2.00%以下]
Vは、オーステナイト相の安定化に寄与するとともに、鋼材の強度向上、極低温靭性の向上にも寄与する元素である。このような効果を得るためには、Vを0.001%以上含有するのが好ましい。一方、Vが2.00%を超えて含有すると、粗大な炭窒化物が増加し、破壊の起点となり、極低温衝撃靭性が低下する。このため、含有する場合には、Vは、2.00%以下とするのが好ましい。より好ましくは、0.003%以上、1.70%以下である。さらに好ましくは、1.50%以下である。
【0065】
[Ti:1.00%以下]
Tiは、1.00%を超えて含有すると、炭化物が粗大化し、破壊の発生起点となるだけでなく、結晶粒の粗大化も抑制され、極低温靭性が低下するため、1.00%以下含有するのが好ましい。より好ましくは、0.50%以下である。さらに好ましくは、0.30%以下である。
【0066】
[Nb:1.00%以下]
Nbは、1.00%を超えて含有すると、炭化物が粗大化し、破壊の発生起点となるだけでなく、結晶粒の粗大化も抑制され、極低温靭性が低下するため、1.00%以下含有するのが好ましい。より好ましくは、0.50%以下である。さらに好ましくは、0.30%以下である。
【0067】
[Al:0.100%以下]
Alは、脱酸剤として作用し、鋼材の溶鋼脱酸プロセスにおいて、もっとも汎用的に使われる元素である。このような効果を得るためには、0.001%以上を含有するのが好ましい。一方、0.100%を超えて含有すると、溶接時にAlが溶接金属部に混入して、溶接金属の靭性を低下させる。このため、Alは、0.100%以下の範囲が好ましい。より好ましくは、0.020%以上、0.060%以下である。さらに好ましくは、0.030%以上、0.040%以下である。
【0068】
[Cu:1.00%以下]
Cuは、焼入れ性増加や固溶強化を通して、鋼材の強度増加に寄与する元素である。このような効果を確保するには0.001%以上含有することが好ましい。一方、1.00%を超える含有は、溶接性が低下するとともに、鋼材製造時に疵が生じやすくなる。このため、含有する場合には、Cuは、0.001~1.00%の範囲が好ましい。より好ましくは、0.10%以上、0.70%以下である。さらに好ましくは、0.25%以上、0.60%以下である。
【0069】
[N:0.120%以下]
Nは、オーステナイト相を安定化する作用を有する元素であり、極低温靱性の向上に有効に寄与する。このような効果を得るためには、Nは、0.005%以上を含有するのが好ましい。一方、0.120%を超えて含有すると、窒化物または炭窒化物が粗大化し、極低温靭性が低下する。このため、Nは、0.005~0.120%の範囲が好ましい。より好ましくは0.006%以上、0.040%以下である。さらに好ましくは、0.020%以上である。
【0070】
[O(酸素):0.0050%以下]
O(酸素)は、鋼中では酸化物系介在物として存在し、鋼材の極低温靱性を低下させる。このため、O(酸素)はできるだけ低減することが好ましいが、0.0050%以下であれば許容できる。このため、O(酸素)は、0.0050%以下の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、0.0045%以下である。一方、O(酸素)を0.0005%未満と極端に低減するには、長時間の精錬を必要とし、精錬コストが高騰する。このため、経済性の観点から、O(酸素)は、0.0005%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは、0.0010%以上、0.0040%以下である。
【0071】
[B:0.0030%以下]
Bは、粒界に偏析し、鋼材の靭性向上に寄与する作用を有する元素である。このような効果を得るためには、Bは、0.0005%以上を含有するのが好ましい。一方、Bが0.0030%を超えて含有すると、粗大な窒化物や炭化物が増加し、靭性が低下する。このため、含有する場合には、Bは、0.0005~0.0030%の範囲にすることが好ましい。より好ましくは、0.0015%以下である。さらに好ましくは、0.0010%以下である。
【0072】
[REM:0.0200%以下]
REMは、介在物の形態制御を介し、鋼材の靭性向上、さらには延性、耐硫化物応力腐食割れ性を向上させる作用を有する元素である。REMは、上記した効果を得るためには、0.0010%以上を含有するのが好ましい。一方、0.0200%を超えて含有すると、非金属介在物量が増加し、靭性、さらには延性、耐硫化物応力割れ性が低下する。このため、含有する場合には、REMは、0.0010~0.0200%の範囲にすることが好ましい。より好ましくは、0.0015%以上、0.015%以下である。さらに好ましくは、0.0050%以上、0.010%以下である。
【0073】
[残部組成]
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。この不可避的不純物としては、Ca、Mg、Moなどが例示でき、合計で0.05%以下であれば許容できる。
【実施例】
【0074】
〔溶接条件〕
以下、実施例に基づき、さらに本発明について説明する。ただし、下記の実施例は、本発明を例示してより詳細に説明するためのものにすぎず、本発明の権利範囲を限定するものではない。
【0075】
表1に示すソリッドワイヤは、ワイヤ組成を有する溶鋼を、真空溶解炉で溶製し、鋳造して鋼塊1000kgとした。得られた鋼塊を、1200℃に加熱したのち、熱間圧延と、その後の冷間圧延とにより、4.0mmφのサブマージアーク溶接用ワイヤを作製した。
また、フラックスコアードワイヤは、表1のワイヤ組成となるように、金属粉末およびフラックスの成分を調整した。なお、外皮としては、質量%で0.1%C-0.2%Si-0.5%Mn-残部Feからなる組成を有する薄鋼板を用いた。成分を調整した金属粉末およびフラックスを上記した外皮で封入し、直径4.0mmまで伸線した。なお表1に示す成分は、外皮、金属粉末およびフラックスの合計値である。
【0076】
溶接は、表1に示す組成の溶接用ワイヤ(直径4.0mm)および表2に示す各種組成の極低温用高Mn鋼材を用いて、予熱なし、下向き姿勢で、電流:500~700A(AC)、電圧:30~33V、溶接速度:140~300mm/min、パス間温度:100~150℃、2~5層の条件で実施した。使用した溶接用フラックスは、市販の溶融フラックスおよびボンドフラックスで塩基度が異なる0.5~2.8のものを選定した。
【0077】
【0078】
【0079】
得られた溶接金属について、ビード外観およびスラグ剥離性の評価、並びに引張試験および衝撃試験を行った。
【0080】
〔ビード外観とスラグ剥離性〕
ビード外観については、製造した溶接継手の定常部のビード幅を測定し、ビード幅の最大値と最小値の差で評価した。ビード幅の差が3.0mm以下のものを「良好」と判定した。
スラグ剥離性については、溶接後、チッピングハンマーの打撃のみでスラグが完全に除去できるものを「良好」と評価し、それ以外のものを「不良」と評価した。
【0081】
〔溶接金属の機械的特性〕
得られた溶接金属から、JIS Z 3111の規定に準拠して、引張試験片(平行部径6mmφ)および10×10×55mmフルサイズまたは7.5×10×55mmサブサイズシャルピー衝撃試験片(Vノッチ)を採取し、引張試験および衝撃試験を実施した。
【0082】
引張試験は、室温で、各3本実施し、得られた値(0.2%耐力)の平均値を、当該ワイヤを用いた溶接金属の引張特性とした。
【0083】
また、シャルピー衝撃試験は、各3本実施し、試験温度:-196℃における吸収エネルギー(vE-196)を求め、その平均値を、当該ワイヤを用いた溶接金属の極低温衝撃靭性とした。なお、シャルピー衝撃試験片のVノッチ位置は、板厚1/2tの溶接金属中央とした。
【0084】
以上の結果を表3に示す。吸収エネルギー(vE-196)の数値の右上のアスタリスク(*)は、7.5mmサブサイズ試験片でシャルピー衝撃試験を行って得られた数値であることを意味する。7.5mmサブサイズ試験片の吸収エネルギー(vE-196)に6/5を乗ずる値が、フルサイズ試験片について所望する吸収エネルギー(vE-196)28J未満の場合は、所望の極低温靭性が得られていない、とした。
【0085】
【0086】
表中の下線は、本発明の範囲外であることを示す。
本発明例はいずれも、常温における降伏強さ(0.2%耐力)が400MPa以上で、さらに試験温度:-196℃におけるシャルピー衝撃試験の吸収エネルギー(vE-196)が28J以上と、高強度と優れた極低温靭性とを兼備する溶接金属を得ることができた。また、本発明例では、スラグ剥離性が良好であり、ビード幅の最大値と最小値の差が3mm以下の良好な形状のビードが得られた。
【0087】
いっぽう、本発明の範囲を外れる比較例では、溶接ビード形状が不良であるか、吸収エネルギー(vE-196)が28J未満であるかして、所望の良好なビード形状、高強度と優れた極低温靭性を兼備する溶接金属が得られなかった。
【0088】
試験番号11および12は、フラックスの塩基度が本発明の範囲を低く外れているため、溶接金属の酸素含有量が高くなり、-196℃での吸収エネルギー(vE-196)が27J未満と所望の極低温靭性を確保できていない。また、試験番号13は、フラックス塩基度が本発明の範囲より高いため、ビード表面に強固なスラグが形成し、スラグ剥離性が悪く、良好なビード外観が得られなかった。しかも、鋼材のC、Siの含有量が本発明の好適範囲より低く、既定の引張強さ、降伏強さが得られていない。試験番号14および15は、ワイヤのMn量が低いため、オーステナイトが不安定となり所望の衝撃特性が得られていない。
【0089】
試験番号16から23は、開先断面積と溶接入熱量の関係が前述した式(2)を満たしていないため、溶接入熱量が過大であり、降伏強さが規定値に達していない。
【0090】
ここで、表3の結果に基づき開先断面積と溶接入熱量との関係を
図1に示す。この
図1は、本試験で実施した溶接条件について溶接入熱量と開先断面積で整理したものである。常温における降伏強さ(0.2%耐力)が400MPaを超えたものを「〇」、それ以外のものを「×」とした。図中の直線の上側が、開先断面積〔S〕/溶接入熱量〔Q〕の値が0.028以上となる本発明の範囲を表しており、本発明例の溶接条件で溶接した溶接金属は、いずれも400MPa以上の良好な降伏強さを示している。
【0091】
いっぽう、本発明の範囲を外れる比較例では、それぞれの板厚、開先に対する溶接入熱量が大きすぎて、結晶粒が過大になり、いずれも降伏強さが400MPaを下回り、必要とされる降伏強さが得られなかった。
【要約】
ヒューム発生量が少なく、ビード形状やスラグ剥離性などの溶接性が良好で、かつ極低温環境下で使用される高Mn含有鋼材の溶接に適したサブマージアーク溶接方法を提供する。
前記サブマージアーク溶接方法は、質量%で、C:0.20~0.80%、Si:0.15~0.90%、Mn:17.0~28.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Ni:0.01~10.00%、Cr:0.4~4.0%、Mo:0.01~3.50%、N:0.120%以下を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有するワイヤと塩基度〔BL〕:1.5~2.4のフラックスを組み合わせて、溶接入熱量を開先断面積に応じて調整して溶接することを特徴とする。これにより、常温における0.2%耐力が400MPa以上で、シャルピー衝撃試験の吸収エネルギー(vE-196)が28J以上となる高強度で極低温衝撃靭性に優れた溶接金属を容易に製造できる。