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特許7272347耐炎化熱処理炉、耐炎化繊維束および炭素繊維束の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-01
(45)【発行日】2023-05-12
(54)【発明の名称】耐炎化熱処理炉、耐炎化繊維束および炭素繊維束の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/12 20060101AFI20230502BHJP
   D01F 9/22 20060101ALI20230502BHJP
   D01F 9/32 20060101ALI20230502BHJP
【FI】
D01F9/12
D01F9/22
D01F9/32
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020506836
(86)(22)【出願日】2020-01-29
(86)【国際出願番号】 JP2020003057
(87)【国際公開番号】W WO2020189029
(87)【国際公開日】2020-09-24
【審査請求日】2022-08-08
(31)【優先権主張番号】P 2019050792
(32)【優先日】2019-03-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】細谷 直人
(72)【発明者】
【氏名】山本 拓
(72)【発明者】
【氏名】権藤 和之
(72)【発明者】
【氏名】千枝 繁樹
(72)【発明者】
【氏名】西川 徹
(72)【発明者】
【氏名】野村 文保
【審査官】清水 晋治
(56)【参考文献】
【文献】特許第5812205(JP,B2)
【文献】特許第5682626(JP,B2)
【文献】特開2004-124310(JP,A)
【文献】国際公開第02/077337(WO,A1)
【文献】特開2004-027414(JP,A)
【文献】国際公開第2020/100714(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/110632(WO,A1)
【文献】特開平10-237723(JP,A)
【文献】特開2000-088464(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 9/12-9/32
F27B 9/36
F27D 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
引き揃えられたアクリル系繊維束を酸化性雰囲気中で熱処理して耐炎化繊維束とするための熱処理室と、繊維束を熱処理室に出し入れするためのスリット状の開口部と、熱処理室の両端に設置され繊維束を折り返すガイドローラーと、走行する繊維束の幅方向に長手方向を有し、熱処理室内を走行する繊維束の上方および/または下方に繊維束の走行方向に対して略平行方向へ熱風を吹出す熱風供給ノズルと、熱風供給ノズルから吹出された熱風を吸込む吸引ノズルとを備えた耐炎化熱処理炉であって、熱風供給ノズルが以下の条件(1)~(3)を満足する耐炎化熱処理炉。
(1)熱風供給ノズルは、熱風供給ノズルの長手方向に沿って熱風を供給するための熱風導入口と、繊維束の走行方向に対して略平行方向へ熱風を吹出す熱風供給口と、熱風導入口から熱風供給口までの間に位置する1以上の安定室を有し、熱風導入口と熱風供給口とは、1以上の安定室を介して連通している。
(2)少なくとも1つの安定室では、熱風流路の下流側に仕切り板が設けられており、仕切り板の、熱風流路の上流側の面に、両端に開口を有する複数の筒状体が、各筒状体の軸方向が熱風供給ノズルの長手方向に直交するように連接されており、各筒状体の仕切り板に接する面には、気体流通孔が仕切り板を含めて貫通するように設けられている。
(3)筒状体において、仕切り板から立ち上がる壁面のうち、熱風導入口に近い側の壁面と仕切り板とがなす角θが、筒状体の断面形状における内角として60°以上110°以下の範囲にある。
【請求項2】
前記角θが75°以上95°以下の範囲にある、請求項1に記載の耐炎化熱処理炉。
【請求項3】
複数の筒状体が配置される安定室が、熱風導入口と直接連接している、請求項1または2に記載の耐炎化熱処理炉。
【請求項4】
熱風供給ノズルの長手方向の全長をW、繊維束の走行方向のノズル長をYとしたとき、Y/Wが0.25以下となる、請求項1~3のいずれかに記載の耐炎化熱処理炉。
【請求項5】
気体流通孔の等価直径が20mm以上である、請求項1~4のいずれかに記載の耐炎化熱処理炉。
【請求項6】
すべての筒状体が相互に接するように仕切り板に連接されている、請求項1~5のいずれかに記載の耐炎化熱処理炉。
【請求項7】
熱風供給ノズルが、熱処理炉において繊維束の走行経路の中央に配置されている、請求項1~6のいずれかに記載の耐炎化熱処理炉。
【請求項8】
筒状体の開口の各々が形成する面は、熱風供給ノズルの長手方向に略平行、かつ、仕切り板に略垂直な面である、請求項1~7のいずれかに記載の耐炎化熱処理炉。
【請求項9】
請求項1~8のいずれかに記載の耐炎化熱処理炉を用いて耐炎化繊維束を製造する耐炎化繊維束の製造方法であって、引き揃えられたアクリル系繊維束を熱処理室の両端に設置されたガイドローラーで折り返しながら走行させ、熱処理室内を走行する繊維束の上方および/または下方に繊維束の走行方向に対して略平行方向へ熱風供給ノズルから熱風を吹出しつつ吸引ノズルから吸込むようにして、熱処理室内で繊維束を酸化性雰囲気中で熱処理する耐炎化繊維束の製造方法。
【請求項10】
熱風供給ノズルから吹出される熱風の風速を1.0m/s以上15.0m/s以下の範囲とする請求項9に記載の耐炎化繊維束の製造方法。
【請求項11】
請求項9または10に記載の耐炎化繊維束の製造方法により製造された耐炎化繊維束を、不活性雰囲気中最高温度300~1,000℃で前炭素化処理して前炭素化繊維束を得た後、前炭素化繊維束を不活性雰囲気中最高温度1,000~2,000℃で炭素化処理する炭素繊維束の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐炎化繊維束の製造装置に関するものである。更に詳しくは、物性が均質で高品質な耐炎化繊維束を操業トラブルなく効率よく生産することのできる耐炎化繊維束の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は比強度、比弾性率、耐熱性、および耐薬品性に優れていることから、各種素材の強化材として有用であり、航空宇宙用途、レジャー用途、一般産業用途等の幅広い分野で使用されている。
【0003】
一般に、アクリル系繊維束から炭素繊維束を製造する方法としては、(i)アクリル系重合体の単繊維を数千から数万本束ねた繊維束を耐炎化炉に送入し、炉内に設置された熱風供給ノズルより供給される200~300℃に熱せられた空気等の酸化性雰囲気の熱風に晒すことにより加熱処理(耐炎化処理)した後、(ii)得られた耐炎化繊維束を炭素化炉に送入し、300~1,000℃の不活性ガス雰囲気中で加熱処理(前炭素化処理)した後に、(iii)さらに1,000℃以上の不活性ガス雰囲気で満たされた炭素化炉で加熱処理(炭素化処理)する方法、が知られている。また、中間材料である耐炎化繊維束は、その燃え難い性能を活かして、難燃性織布向けの素材としても広く用いられている。
【0004】
炭素繊維束製造工程中において処理時間が最も長く、消費されるエネルギー量が最も多くなるのは前記(i)の耐炎化工程である。このため、耐炎化工程での生産性向上を図りつつ、得られる耐炎化繊維束の品質を均一に保つことが、炭素繊維束の製造において最も重要となる。
【0005】
耐炎化工程では、長時間の熱処理を可能とするため、耐炎化を行うための装置(以下、耐炎化炉という)は、耐炎化炉外部に配設した折り返しローラーによって、アクリル系繊維を水平方向に多数回往復させながら炉内に供給される熱風によって耐炎化処理するのが一般的である。このとき、繊維束の耐炎化反応により生じる反応熱は炉内に供給される熱風により除熱を行うことで反応を制御している。繊維束の走行方向に対して略平行方向に熱風を供給する方式を平行流方式と呼び、繊維束の走行方向に対して直交方向に熱風を供給する方式を直交流方式と一般的に呼ぶ。平行流方式には、熱風の供給ノズルを平行流炉(耐炎化炉)の端部に設置し、その反対側の端部に吸引ノズルを設置するエンドトゥエンド熱風方式と、熱風の供給ノズルを平行流炉の中心部に設置し、その両端部に吸引ノズルを設置するセンタートゥエンド熱風方式がある。
【0006】
この耐炎化工程での生産性向上の手段としては、繊維束の通過経路の幅を広くし、耐炎化炉内を通過する繊維束の量を増やすことと、繊維束の通過経路の幅は同じでも同時に多数の繊維束を搬送することで耐炎化炉内の繊維束の密度を上げることが有効である。これにより、単位時間当たりの処理量を増加させることができる。
【0007】
しかしながら、繊維束の通過経路の幅を広くする場合、熱風供給ノズルの幅が必然的に広くなるため、単純な整流方法では熱風供給口における幅方向の風速分布均一性を保つことが難しくなる。これにより熱風による除熱性能に斑が生じるため、耐炎化反応にも斑が生じ、最終的には製品の品質斑が発生する。
【0008】
また、耐炎化炉内の繊維束の密度を上げる場合では、隣り合う繊維束間の距離が近くなる。そのため、熱風の風速分布が不均一であると、熱風から受ける抗力のバラツキなどの外乱影響により炉内を走行する繊維束の揺れが生じ、隣接する繊維束間の接触頻度が増す。その結果、繊維束の混繊や単繊維切れ等が頻繁に発生することによる耐炎化繊維の品質の低下等を招く。
【0009】
従って、耐炎化工程で生産性向上を図りつつ、得られる耐炎化繊維束の品質を均一に保つためには、熱風供給口における幅方向の風速分布均一性を保つことが必要であるという課題があった。
【0010】
これらの問題を解決するために、特許文献1では、熱風導入域が案内羽根、多孔板、整流板により構成された熱処理炉において、該熱処理炉内の各部の寸法が所定の関係に規定された場合、熱処理室の平均風速3.0m/sに対し、ノズル吹出し面から1m下流の位置における幅方向の風速斑が±7%になると記載されている。また、特許文献2では、気体の導入口から整流板部の間に設けられた空間である気体案内部に、導入口から供給された気体を2以上の流れに分割して整流板部へと導く案内板を設けた気体供給ノズルにおいて、案内板間の流路幅を所定の関係に規定することで、熱処理室の平均風速3.0m/sに対し、ノズル吹出し面から2m下流の位置における幅方向の風速斑が±5%になると記載されている。さらに特許文献3では、多孔板、整流部材で構成された熱風吹出しノズルの各所の寸法の関係だけでなく、多孔板の開口率や直径を規定することにより、熱処理室の平均風速3.0m/sに対し、ノズル吹出し面から2m下流の位置における幅方向の風速斑が±5%になると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2002-194627号公報
【文献】特許第5812205号公報
【文献】特許第5682626号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1および2では、風速斑を低減するために案内羽根や案内板といった気流の方向を制御する部材を用いており、所望の風速分布を得るためには繊維束の走行方向に沿ったノズル長さを一定以上大きくする必要がある。そのため、繊維束が走行する、ノズルとノズルの間に挟まれた空間において、熱風の流れない空間が大きくなり、発熱反応が生じている繊維束の除熱が不足することに起因する暴走反応発生の危険性が大きくなる。
【0013】
また、特許文献3では、熱処理室の平均風速3.0m/sに対し風速斑が±5%になると記載されているが、これは、ノズル吹出し面より2m離れた位置、つまり吹出された気体がある程度均された位置での測定結果である。本発明者らの知見によると、前述の風速斑に起因して生じる繊維束の揺れに対して最も重要であるのはノズル吹出し面近傍の風速分布であり、先行文献においてはこの点における検討が十分に成されていない。
【0014】
そこで、本発明では、物性が均質で高品質な耐炎化繊維束ならびに炭素繊維束を操業トラブルなく効率よく生産する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するための本発明の耐炎化熱処理炉は、引き揃えられたアクリル系繊維束を酸化性雰囲気中で熱処理して耐炎化繊維束とするための熱処理室と、繊維束を熱処理室に出し入れするためのスリット状の開口部と、熱処理室の両端に設置され繊維束を折り返すガイドローラーと、走行する繊維束の幅方向に長手方向を有し、熱処理室内を走行する繊維束の上方および/または下方に繊維束の走行方向に対して略平行方向へ熱風を吹出す熱風供給ノズルと、熱風供給ノズルから吹出された熱風を吸込む吸引ノズルとを備えた耐炎化熱処理炉であって、熱風供給ノズルが以下の条件(1)~(3)を満足する耐炎化熱処理炉、である。
(1)熱風供給ノズルは、熱風供給ノズルの長手方向に沿って熱風を供給するための熱風導入口と、繊維束の走行方向に対して略平行方向へ熱風を吹出す熱風供給口と、熱風導入口から熱風供給口までの間に位置する1以上の安定室を有し、熱風導入口と熱風供給口とは、1以上の安定室を介して連通している。
(2)少なくとも1つの安定室では、熱風流路の下流側に仕切り板が設けられており、仕切り板の、熱風流路の上流側の面に、両端に開口を有する複数の筒状体が、各筒状体の軸方向が熱風供給ノズルの長手方向に直交するように連接されており、各筒状体の仕切り板に接する面には、気体流通孔が仕切り板を含めて貫通するように設けられている。
(3)筒状体において、仕切り板から立ち上がる壁面のうち、熱風導入口に近い側の壁面と仕切り板とがなす角θが、筒状体の断面形状における内角として60°以上110°以下の範囲にある。
【0016】
ここで、本発明における「繊維束の走行方向に対して略平行方向」とは、熱処理室の両端に配置された対向する一組の折り返しローラー(すなわちガイドローラー)の頂点間の水平線を基準として±0.7°の範囲内の方向を指す。
【0017】
そして、本発明における「熱処理室の両端に設置され繊維束を折り返すガイドローラー」とは、繊維束を折り返しながら熱処理室内を多段に走行せしめることができるガイドローラーを意味し、その回転軸が熱処理室の内部で支持されていても外部で支持されていても構わない。
【0018】
また、本発明の耐炎化繊維束の製造方法は、上記の耐炎化熱処理炉を用いて耐炎化繊維束を製造する耐炎化繊維束の製造方法であって、引き揃えられたアクリル系繊維束を熱処理室の両端に設置されたガイドローラーで折り返しながら走行させ、熱処理室内を走行する繊維束の上方および/または下方に繊維束の走行方向に対して略平行方向へ熱風供給ノズルから熱風を吹出しつつ吸引ノズルから吸込むようにして、熱処理室内で繊維束を酸化性雰囲気中で熱処理する耐炎化繊維束の製造方法、である。
【0019】
また、本発明の炭素繊維束の製造方法は、上記の耐炎化繊維束の製造方法により製造された耐炎化繊維束を、不活性雰囲気中最高温度300~1,000℃で前炭素化処理して前炭素化繊維束を得た後、前炭素化繊維束を不活性雰囲気中最高温度1,000~2,000℃で炭素化処理する炭素繊維束の製造方法、である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、熱風供給ノズルの吹出し面近傍における熱風の流速分布を均一化することにより、物性が均質で高品質な耐炎化繊維束を、操業トラブルなく効率よく生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の実施の一形態に用いられる耐炎化熱処理炉の概略断面図である。
図2】従来の熱風供給ノズルの構成および流路を示した断面図である。
図3図1に示す熱風供給ノズルの概略透視斜視図である。
図4図3に示す熱風供給ノズルの断面図である。
図5】筒状体の構成と配置の例を示す斜視図である。
図6】熱風供給ノズルの別の例を示す断面図である。
図7】筒状体の構成と配置の別の例を示す斜視図である。
図8】筒状体の構成と配置のさらに別の例を示す斜視図である。
図9】熱風供給ノズルのさらに別の例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態について詳細に説明する。図1は、本発明の第一の実施形態に用いられる耐炎化熱処理炉(以下、耐炎化炉と称する場合もある)の概略断面図である。なお、本明細書における図面は、本発明の要点を正確に伝えるための概念図であり、簡略化した図である。そのため、本発明に用いられる耐炎化炉は、図面に示される態様に特に制限されるものでなく、例えばその寸法などは実施の形態に合わせて変更できる。
【0023】
本発明は、アクリル系繊維束を酸化性雰囲気中で熱処理する、耐炎化を行うための装置(耐炎化炉)である。図1に示す耐炎化炉1は、多段の走行域を折り返しながら走行するアクリル系繊維束2に熱風を吹つけて耐炎化処理する熱処理室3を有する。アクリル系繊維束2は、耐炎化炉1の熱処理室3側壁に設けた、スリット状の開口部(不図示)から熱処理室3内に送入され、熱処理室3内を略直線的に走行した後、対面の側壁に設けた、スリット状の開口部から熱処理室3外に一旦送出される。その後、熱処理室3外の側壁に設けられたガイドローラー4によって折り返され、再び熱処理室3内に送入される。このように、アクリル系繊維束2は、複数のガイドローラー4によって走行方向が複数回折り返されることで、熱処理室3内への送入送出を複数回繰り返して、熱処理室3内を多段で、全体として図1の上から下に向けて移動する。なお、移動方向は下から上でもよく、熱処理室3内でのアクリル系繊維束2の折り返し回数も特に限定されず、耐炎化炉1の規模等によって適宜設計される。また、ガイドローラー4は、熱処理室3の内部に設けてもよい。
【0024】
アクリル系繊維束2は、折り返されながら熱処理室3内を走行している間に、熱風供給ノズル5から熱風排出口7に向かって流れる熱風によって耐炎化処理されて、耐炎化繊維束となる。図1に記載された耐炎化炉は、前述の通り平行流方式のセンタートゥエンド熱風方式の耐炎化炉となるが、エンドトゥエンド熱風方式においても本発明は好ましく適用できる。なお、アクリル系繊維束2は、図1の紙面に対して垂直な方向に複数本並行に引き揃えられた幅広のシート状の形態を有している。
【0025】
熱処理室3内を流れる酸化性気体は、空気等でよく、熱処理室3内に入る前に加熱器8によって所望の温度に加熱され、送風器9によって風速が制御された上で、熱風供給ノズル5の長手方向に対して側面となる位置に形成された熱風供給口6から熱処理室3内に吹込まれる。熱風排出ノズルの熱風排出口7から熱処理室3外に排出される酸化性気体は、排ガス処理炉(不図示)で有毒物質が処理された後に大気放出されるが、必ずしも全ての酸化性気体が処理される必要はなく、一部の酸化性気体が未処理のまま循環経路を通って再び熱風供給ノズル5から熱処理室3内に吹込まれてもよい。
【0026】
なお、耐炎化炉1に用いられる加熱器8としては、所望の加熱機能を有していれば特に限定されず、例えば電気ヒーター等の公知の加熱器を用いればよい。送風器9に関しても、所望の送風機能を有していれば特に限定されず、例えば軸流ファン等の公知の送風器を用いればよい。
【0027】
また、ガイドローラー4のそれぞれの回転速度を変更することで、アクリル系繊維束2の走行速度、張力を制御することができる。ガイドローラー4の回転速度は必要とする耐炎化繊維束の物性や単位時間あたりの処理量に応じて固定される。
【0028】
さらに、ガイドローラー4の表層に所定の間隔、数の溝を彫り込む、あるいは所定の間隔、数のコームガイド(不図示)をガイドローラー4直近に配置することで、複数本並行して走行するアクリル系繊維束2の間隔や束数を制御することができる。
【0029】
生産量を拡大するためには、繊維束の通過経路の幅を広くし、耐炎化炉内を通過する繊維束の量を増やせばよい。または、繊維束の通過経路の幅は同じでも同時に多数の繊維束を搬送することで耐炎化炉内の繊維束の密度を上げてもよい。これらにより、単位時間当たりの処理量を増加させることができる。
【0030】
しかしその一方で、繊維束の通過経路の幅を広くすると、熱風供給ノズルの幅が必然的に広くなる。そのため、単純な整流方法では熱風供給口における幅方向の風速分布均一性を保つことが難しくなり、上述の通り、熱風による除熱性能に斑が生じ、その結果、耐炎化反応にも斑が生じ、最終的には製品の品質斑が発生する。
【0031】
また、炉内の繊維束の密度を上げる場合では、隣り合う繊維束間の距離が近くなる。そのため、熱風の風速分布が不均一になりやすく、その場合、熱風から受ける抗力のバラツキなどの外乱影響により炉内を走行する繊維束の揺れが生じ、隣接する繊維束間の接触頻度が増す。その結果、繊維束の混繊や、単繊維切れ等が頻繁に発生することによる耐炎化繊維の品質の低下等を招く。
【0032】
従って、耐炎化繊維の品質を均一に保ちつつ生産量を拡大するためには熱処理室3内を流れる熱風の風速を均一にすることが一般的であり、例えば、従来の熱風供給ノズル5では図2(a)および(b)に示すような構成となる。図2において矢印は、熱風導入口10から供給された気体の流れ方向を示している。図2において、循環経路を通って熱風導入口10から繊維束の走行方向に対して直交するように熱風供給ノズル5に導入された気体は、案内羽根11や整流板12といった部材によって流れる方向を制御しつつ、多孔板13によって圧力損失を生じさせることで、ノズルの長手方向(すなわち走行する繊維束の幅方向)の風速分布が均一にされる。圧力損失を生じさせる部材としては多孔板に限らず、ハニカム等を配してもよい。
【0033】
しかしながら、案内羽根11を整流部材として採用する場合、所望の風速分布を得るためには繊維束の走行方向に沿った熱風導入口10の幅Xを一定以上大きくする必要がある。その理由は、熱風導入口10の幅Xを小さくすると案内羽根11によって分割した流路幅X’が小さくなるため、同じ風量を流入させた場合で比較すると、分割した流路幅X’が小さいほど風速が大きくなり、気体の導入方向、つまり繊維束の走行方向に対して直交方向の慣性力が強くなる。その結果、気体の流れに偏りが生じ、図2(b)において矢印の大きさで示すような、ノズルの長手方向において不均一な風速分布となるからである。
【0034】
この不均一な風速分布を制御するための方法として、多孔板13の開口率や開口径を小さくすることが考えられるが、圧力損失の増加に伴うファンの大型化といった設備費増大に繋がる。また、耐炎化繊維の融着を回避するためには、例えば前駆体繊維束に油剤を付与する方法が知られており、その中でも、高い耐熱性を有し、かつ融着を効果的に抑えることから、シリコーン系油剤がよく用いられている。このシリコーン系油剤は、耐炎化処理の高熱によってその一部が揮発し、熱風中に粉塵が滞留するため、小孔径の多孔板では目詰まりを起こして閉塞し熱風の循環を滞らせてしまう。熱処理室内の熱風の循環が滞ると、前駆体繊維束の除熱が円滑に行われず、前駆体繊維束の糸切れを誘発してしまう。糸切れした前駆体繊維束は、さらに他の前駆体繊維束に絡むなどして他の走行域を走行する前駆体繊維束の糸切れを誘発し、最悪の場合は火災に至るなど、耐炎化炉の安定運転を妨げる原因ともなる。
【0035】
従って、従来構成の整流方式では、必然的にノズル長Yが長くなる。ノズル長Yが長くなると、多段に走行する繊維束それぞれに熱風を付与するノズルとノズルの間に挟まれた空間において熱風の流れない空間が大きくなり、発熱反応が生じている繊維束の除熱が不足することに起因する暴走反応発生の危険性が大きくなる。
【0036】
そこで、これらの課題に対して鋭意検討を重ねた結果、ノズル長Yを短くしつつも高い風速均一性を有する耐炎化炉を本発明者らは見出した。
【0037】
以下、図3を用いて本発明の耐炎化炉内に配される熱風供給ノズルについて説明する。図3は本発明における熱風供給ノズルの構成を説明するための概略透視斜視図であり、図4はこの熱風供給ノズル5の断面図である。図3および図4に示す熱風供給ノズルは、熱風導入口10から熱風供給口6(図3および4の構成では多孔板13そのもの)までの間の熱風流路が仕切り板14や多孔板13によって区切られた複数の安定室15によって構成される。ここで、本発明における「安定室」とは、熱風導入口10から熱風供給口6までの間の流路で気流を安定させるために設けられた空間のことである。具体的には、例えば、熱風導入口10と仕切り板14との間の空間、熱風導入口10と多孔板13との間の空間、仕切り板14と多孔板13との間の空間、もしくは多孔板13どうしの間の空間のことを指す。その中でも熱風導入口10に直接連接している安定室を第1安定室20とする。図3および図4に示す熱風供給ノズルは、複数枚の多孔板を配置するところは図2に示すものと同様あるが、図2に示したものとは異なる仕切り板14が使用され、さらに、仕切り板14の熱風流路の上流側の第1安定室20の面に複数の筒状体16が連接される点で、図2に示すものとは異なっている。以下、仕切り板14及び筒状体16について、詳しく説明する。
【0038】
仕切り板14には、パンチングメタルやハニカムなどの多孔性の材料ではなく、素材として多孔性でない板部材が使用される。筒状体16は、筒としての軸方向が熱風供給ノズルの長手方向に直交する方向(耐炎化炉の高さ方向)である部材である。筒としての軸方向に直交する面で筒状体16を切断したときの形状を筒状体16の断面形状とすると、筒状体16の断面形状は、例えば、三角形あるは四角形などの多角形形状である。図4に示したものでは、筒状体16の断面形状は、四角形となっている。筒状体16の筒としての両端は開口17となっている。筒状体16の長さ(耐炎化炉の高さ方向での長さ)は、熱風供給ノズル5のノズル高さ方向での高さに比べて小さく、これにより、安定室15におけるノズル高さ方向の両端側の壁と筒状体16の開口17との間には空間が形成され、熱風導入口10から供給された熱風は、この空間から開口17を介して筒状体16の内部に流れることができるようになっている。そして、複数の筒状体16が仕切り板14上においてノズル長手方向に連接している。筒状体16において、開口17による開口面には、パンチングメタルや網(メッシュ)といった多孔性かつ通気性の部材を配置してもよい。また、開口17が形成する面の向きは特に限定されるものではないが、ノズル長手方向に略平行、かつ仕切り板14に対して略垂直な面とすることが好ましい。なお、「ノズル長手方向に略平行」とはノズルの長手方向を基準として±5.0°の範囲内の向きのことを指し、「仕切り板14に対して略垂直」とは、仕切り板14に対して垂直な方向を基準として±5.0°の範囲内の向きのことを指す。
【0039】
図5は、筒状体16の内部構成を説明するための図であり、仕切り板14と筒状体16を示している。図5では、熱風導入口10に直接連接する第1安定室20に筒状体16が設けられている。図5において矢印は、熱風導入口10から第1安定室20に供給される気体の流れ方向を示している。筒状体16の内部を示す都合上、図5における筒状体16は、図4に示すものよりも高さが大きいものとして描かれている。もっとも第1安定室20やその他の安定室15内に収容できるものであれば筒状体16の高さは適宜に設定することができるので、図4に示すような筒状体16を用いても図5に示すような高さの筒状体16を用いても本発明の効果が発揮できることには変わりはない。筒状体16の内部であって、熱風供給ノズル5の長手方向中心線に沿う位置には、筒状体16と仕切り板14が接する面、すなわち筒状体16の底面と仕切り板14の両方を貫通するように気体流通孔18が形成されている。また、筒状体16が設けられていない位置には、仕切り板14には流通孔は形成されていない。その結果、熱風供給ノズル5では、熱風導入口10から第1安定室20に供給された熱風が、各筒状体16の開口17を介して筒状体16の内部に流れ、気体流通孔18を介して次の安定室に流れ込み、最終的に熱風供給口6から熱風供給ノズル5の外に熱風が吹出ることになる。
【0040】
筒状体16ごとに気体流通孔18が設けられるので、仕切り板14の全体としてみれば、複数の気体流通孔18がノズル長手方向に沿って開口することになる。このとき、気体流通孔18はノズル長手方向に沿って均一に開口していることが好ましく、そのため、仕切り板14上で筒状体16は、相互に接触しながら連続に配置するか、ノズル長手方向に相互に等間隔で配置することが好ましい。
【0041】
本実施形態の熱風供給ノズル5では、各筒状体16は仕切り板14から立ち上がる2つの壁面を有する。このうち、熱風導入口10に近い側の壁面19について、筒状体16の断面形状における内角として、壁面19と仕切り板14とがなす角θが60°以上110°以下の範囲にあることが必要であり、75°以上95°以下であることが好ましい。ただし、この角θについて、筒状体16の断面が曲面である場合など、熱風導入口10に近い側の壁面19が仕切り板14に対して直線状に接していないときは、図6に示すように熱風導入口10に近い側の壁面19と仕切り板14との接点Pにおける接線(図6では1点鎖線で示す)の角度で定義する。本発明者らの検討によれば、後述の実施例からも明らかになるように、壁面19と仕切り板14とのなす角θがこの角度範囲内にあれば、熱風供給口6から吹出される熱風の速度分布が、ノズル長手方向の全長にわたって均一なものとなる。これにより、耐炎化炉内の熱風による除熱性能が均一となるため物性が均質な耐炎化繊維束を得られるだけでなく、不均一な風速分布によって生じる繊維束の揺れも小さくすることができるため、より高品質な耐炎化繊維束を得ることができる。特に、図1に示すようなセンタートゥエンド熱風方式では、熱処理炉における繊維束の走行経路の中央、すなわちガイドローラー4間の中央に熱風供給ノズル5を配置することから、アクリル系繊維束2の懸垂量が最大となる。そのため、耐炎化炉長の中で、最も繊維束の揺れが大きくなることが予想されるが、角θを前述の範囲内とすることで、この位置でのアクリル系繊維束2の揺れを小さくすることが可能となる。
【0042】
上述した例では、第1安定室20の下流側に筒状体16を設けているが、筒状体16を設ける安定室は必ずしも第1安定室に限定されるわけではない。しかしながら、筒状体16を設けることによる整流効果が最も期待されるのは、第1安定室に仕切り板14およびそれに連接する筒状体16を設ける場合である。第1安定室に仕切り板14および筒状体16を設けた場合、熱風供給ノズル5においてその他の安定室は必ずしも設ける必要はなく、仕切り板14そのものを熱風供給口6として、気体流通孔18から流れ出る熱風をそのまま耐炎化炉内に供給する構成とすることも可能である。しかしながら、熱風供給口6から吹出る熱風の制御性の観点からは、筒状体16を設けた安定室を含めて2つ以上の安定室を設けることが好ましい。
【0043】
図3図4及び図5に示したものでは、断面が四角形である複数の筒状体16を相互に離隔して仕切り板14上に連接しているが、筒状体16の構成や配置はこれに限られるものではない。図7は、筒状体16の構成や配置の別の例を示している。図7に示した構成では、断面形状が四角形である複数の筒状体16を相互に接するようにして仕切り板14上にノズル長手方向に連接したものである。気体流通孔18は、筒状体16の底面のほぼ中心部において円形に形成されており、気体流通孔18の直径は、筒状体16の底面のノズル長手方向に沿う長さよりも小さくなっている。図7に示す筒状体16においても、その壁面のうち熱風導入口10の側にあって仕切り板14から立ち上がる壁面19と仕切り板14とがなす角θ(筒状体16の断面が曲面である場合など、熱風導入口10に近い側の壁面19が仕切り板14に対して直線状に接していないときは、熱風導入口10に近い側の壁面19と仕切り板14との接点Pにおける接線の角度)は、60°以上110°以下であることが必要であり、75°以上95°以下であることが好ましい。
【0044】
図8は、筒状体16の構成や配置のさらに別の例を示している。図8に示した構成は、図5に示した構成において、筒状体16の断面形状を四角形から三角形に変更したものである。図8に示す筒状体16においても、その壁面のうち熱風導入口10の側にあって仕切り板14から立ち上がる壁面19と仕切り板14とがなす角θ(筒状体16の断面が曲面である場合など、熱風導入口10に近い側の壁面19が仕切り板14に対して直線状に接していないときは、熱風導入口10に近い側の壁面19と仕切り板14との接点における接線の角度)は、60°以上110°以下であることが必要であり、75°以上95°以下であることが好ましい。
【0045】
次に、本発明の別の実施形態における熱風供給ノズルについて説明する。上述した実施形態の熱風供給ノズル5では、熱風導入口10に直接連接する第1安定室20が、熱風導入口10側からみてノズル長手方向に沿って流路幅が減少するテーパ状に形成されている。しかしながら、本発明において第1安定室20の形状はテーパ状のものに限定されるものではない。図9に示す熱風供給ノズル5は、図3及び図4に示した熱風供給ノズル5と実質的に同様の構成を有するが、ノズル長手方向に沿って熱風導入口10側からみた流路幅が一定である第1安定室を備える点で、図3及び図4に示す熱風供給ノズル5と異なっている。また、図7に示したものと同様に、隣接する複数の筒状体16が相互に接するように設けられている。
【0046】
以上説明した本発明に基づく熱風供給ノズルにおいて、図4に示すように熱風供給ノズルの長手方向の全長をW、繊維束の走行方向のノズル長をYとしたとき、Y/Wが0.25以下とすることが好ましい。ノズルの長手方向の全長Wが長ければ長いほど、より多くの安定室を配置して整流化を行う必要があるが、これによりノズル長Yが長くなると、多段に走行する繊維束それぞれに対して設けるノズルとノズルの間に挟まれた空間において熱風の流れない空間が大きくなり、発熱反応が生じている繊維束の除熱が不足することに起因する暴走反応発生の危険性が大きくなる。しかしながら、本発明においては、上述したような安定室、仕切り板、および筒状体を設けることで、Y/Wを0.25以下とすることが可能となる。
【0047】
また筒状体16の底面と仕切り板14の両方を貫通するように設ける気体流通孔18の形状は、上流側の安定室と下流側の安定室あるいは熱風供給口6とを連通するものであれば特に限定されるものではないが、気体流通孔18の等価直径Deが20mm以上であることが好ましい。さらに、該形状は、ノズル長手方向に延びるスリット状のものであることが好ましく、筒状体一つあたりにおける、気体流通孔18の開口面積をS1、筒状体16の仕切り板14に接する面の面積をS2としたときの、開口率S1/S2が0.85以下であることがより好ましい。
【0048】
ここで「等価直径」とは矩形流路が直径いくらの円形流路と等価であるかを示すものであり、以下の式で定義される。
【0049】
【数1】
【0050】
ただし、図5に示すようにaおよびbはそれぞれ矩形の気体流通孔18の長辺と短辺の長さ(正方形の場合はa=b)である。
【0051】
図5の例ではノズルの長手方向を長辺a、高さ方向を短辺bとしているが、この場合に限らず、反対にノズルの長手方向を短辺b、高さ方向を長辺aとして適宜設計してもよい。また、この場合の気体流通孔の開口面積S1はa×bであり、筒状体の仕切り板に接する面の面積S2はA×Bである。
【0052】
この等価直径Deを20mm以上とすることで、シリコーン系油剤が耐炎化処理の高熱により揮発して発生する粉塵が気体流通孔18に目詰まりを起こして閉塞することを防ぎ、耐炎化炉の長期安定運転を可能とし、さらに開口率S1/S2を0.85以下とすることでより高い整流効果が期待できる。
【0053】
本発明の耐炎化炉では、発熱する繊維束の反応をノズルから供給される熱風で除熱し制御するため、熱風供給ノズルからの熱風の吹出し速度は、1.0m/s以上15.0m/s以下の範囲内であることが好ましく、1.0m/s以上9.0m/s以下の範囲内であることがより好ましい。
【0054】
上述の熱風供給ノズルを具備した耐炎化炉で製造した耐炎化繊維束は、例えば、不活性雰囲気中最高温度300~1,000℃で前炭素化処理される。そうすることで前炭素化繊維束が製造され、さらに、不活性雰囲気中最高温度1,000~2,000℃で炭素化処理されることで、炭素繊維束が製造される。
【0055】
前炭素化処理における不活性雰囲気の最高温度は550~800℃が好ましい。前炭素化炉内を満たす不活性雰囲気としては、窒素、アルゴン、ヘリウム等の公知の不活性雰囲気を採用できるが、経済性の面から窒素が好ましい。
【0056】
前炭素化処理によって得られた前炭素化繊維は、次いで炭素化炉に送入されて炭素化処理される。炭素繊維の機械的特性を向上させるためには、不活性雰囲気中最高温度1,200~2,000℃で、炭素化処理するのが好ましい。
【0057】
炭素化炉内を満たす不活性雰囲気については、窒素、アルゴン、ヘリウム等の公知の不活性雰囲気を採用できるが、経済性の面から窒素が好ましい。
【0058】
このようにして得られた炭素繊維束には、取り扱い性や、マトリックス樹脂との親和性を向上させるため、サイジング剤を付与してもよい。サイジング剤の種類としては、所望の特性を得ることができれば特に限定されないが、例えば、エポキシ樹脂、ポリエーテル樹脂、エポキシ変性ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂を主成分としたサイジング剤が挙げられる。サイジング剤の付与には公知の方法を用いることができる。
【0059】
さらに炭素繊維束には、必要に応じて、繊維強化複合材料マトリックス樹脂との親和性および接着性の向上を目的とした電解酸化処理や酸化処理を行ってもよい。
【0060】
本発明の耐炎化繊維束の製造装置において被熱処理繊維束として使用するアクリル系繊維束は、アクリロニトリル100%のアクリル繊維、又はアクリロニトリルを90モル%以上含有するアクリル共重合繊維からなるものが好適である。アクリル共重合繊維における共重合成分としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、およびこれらのアルカリ金属塩、アンモニウム金属塩、アクリルアミド、アクリル酸メチル等が好ましいが、アクリル系繊維束の化学的性状、物理的性状、寸法等は特に制限されるものではない。
【実施例
【0061】
以下に、実施例によって図面を参照しながら本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらによって限定されない。なお、各実施例、比較例での風速は、カノマックス製アネモマスター高温用風速計 Model 6162を用い、熱処理室3の側面の測定孔(不図示)から測定プローブを挿入して測定した。測定点は、熱風供給口6から200mm下流の位置における、ノズル長手方向中央を含む長手方向に7点とし、各測定点において、1秒毎の測定値計30の値の平均値を算出し、それを風速として用いた。また、風速ばらつきについては、各測定点で測定・算出した7つの風速値の最大値Vmax、最小値Vmin、平均値Vaveを用いて下記式より算出した。
(風速ばらつき)=[{(Vmax-Vmin)×0.5}/Vave ]×100
【0062】
表1、表2には、それぞれの実施例、比較例における操業性、品質の評価結果を下記基準にて示す。
【0063】
(操業性)
A:混繊や繊維束切れ等のトラブルが1日あたり平均ゼロ回であり、極めて良好なレベル。
B:混繊や繊維束切れ等のトラブルが1日あたり平均数回程度で、十分に連続運転を継続できるレベル。
F:混繊や繊維束切れ等のトラブルが、1日あたり平均数十回起こり、連続運転を継続できないレベル。
【0064】
(品質)
A:耐炎化工程を出た後に目視で確認できる繊維束上の10mm以上の毛羽の数が平均数個/m以下であり、毛羽品位が工程での通過性や製品としての高次加工性に全く影響しないレベル。
B:耐炎化工程を出た後に目視で確認できる繊維束上の10mm以上の毛羽の数が平均十個/m以下であり、毛羽品位が工程での通過性や製品としての高次加工性にほとんど影響しないレベル。
F:耐炎化工程を出た後に目視で確認できる繊維束上の10mm以上の毛羽の数が平均数十個/m超であり、毛羽品位が工程での通過性や製品としての高次加工性に悪影響を与えるレベル。
【0065】
[実施例1]
図1は本発明の熱処理炉を、炭素繊維製造用の耐炎化炉として使用する場合の一例を示す概略構成図である。耐炎化炉1の両側のガイドローラー4の中央に熱風供給ノズル5が耐炎化炉1内を走行するアクリル系繊維束2を挟んで上下に設置されている。熱風供給ノズル5には繊維束の走行方向もしくは繊維束の走行方向と反対の方向とに、熱風供給口6を設けた。
【0066】
炉内を走行するアクリル系繊維束2については単繊維繊度0.11texである単繊維20,000本からなる繊維束を100本引き揃え、耐炎化炉1で熱処理することにより耐炎化繊維束を得た。耐炎化炉1の熱処理室3両側のガイドローラー4間の水平距離L’は15mとし、ガイドローラー4は溝ローラーとし、ピッチ間隔は8mmとした。この時の耐炎化炉1の熱処理室3内の酸化性気体の温度は240~280℃とし、熱風供給口6から供給される酸化性気体の水平方向の風速を3.0m/sとした。繊維束の走行速度は、耐炎化処理時間が十分に取れるよう、耐炎化炉長Lに合わせて1~15m/分の範囲で調整し、工程張力は0.5~2.5gf/tex(5.0×10-3~2.5×10-2N/tex)の範囲で調整した。
【0067】
得られた耐炎化繊維束を、その後、前炭素化炉において最高温度700℃で焼成した後、炭素化炉において最高温度1,400℃で焼成し、電解表面処理後サイジング剤を塗布して、炭素繊維束を得た。
【0068】
なお、耐炎化炉1内の熱風供給ノズル5の構成は、図3、4および5に示すとおりであり、繊維束の走行方向のノズル長Yは450mm、ノズル長手方向の全長Wは3000mmであった。ノズル長とノズル長手方向の長さの比Y/Wは0.15となる。安定室は合計3つ設け、第1安定室20に筒状体16および仕切り板14を配設し、その後の安定室には孔径20mm、開口率30%の多孔板を1枚ずつ、合計2枚設けた。筒状体16は、仕切り板14上にノズルの長手方向に沿って連接させ、隣り合う筒状体の間隔Sを10mmとした。また、仕切り板14から立ち上がる2つの側壁のうち、熱風導入口10側の壁面19と仕切り板14とのなす内角をθ、もう一方の熱風導入口側でない方の壁面と仕切り板とのなす内角は90°とした。また、気体流通孔18は矩形とし、等価直径は24mmとした。そして、前記内角θを変化させ、熱風供給口6から200mm下流の位置での風速ばらつきを評価した。結果を表1に示す。
【0069】
【表1】
【0070】
表1より内角θが60°以上110°以下のとき、風速ばらつきが±15%以上±25%以下となっており、品質、操業性ともに満足できるレベルであった。さらに好ましくは内角θが75°以上95°以下のとき、風速ばらつきが±15%未満となり、高品質で操業性についてもより高いレベルで耐炎化繊維束ならびに炭素繊維束を得られることが分かった。
【0071】
[実施例2]
図3、4および5に示す熱風供給ノズル5において内角θを90°とし、隣り合う筒状体の間隔Sを5mmまで小さくした以外は実施例1と同様にした。このとき、風速ばらつきは8.6%であった。上記の条件において、アクリル繊維束の耐炎化処理中には、繊維束間の接触による混繊や繊維束切れ等は一切発生せず、極めて良好な操業性で耐炎化繊維束を取得した。また、得られた耐炎化繊維束ならびに炭素繊維束を目視確認した結果、毛羽等が無い極めて良好な品質であった。
【0072】
[実施例3]
隣り合う筒状体の間隔Sを0mmとした以外は実施例2と同様にした。すなわち、この構成においてはすべての筒状体が相互に接するように仕切り板に連接されており、気体流通孔18はノズルの長手方向に延びるスリットとなる。このとき、風速ばらつきは8.2%であった。上記の条件において、アクリル繊維束の耐炎化処理中には、繊維束間の接触による混繊や繊維束切れ等は一切発生せず、極めて良好な操業性で耐炎化繊維束を取得した。また、得られた耐炎化繊維束ならびに炭素繊維束を目視確認した結果、毛羽等が無い極めて良好な品質であった。
【0073】
[実施例4]
熱風供給ノズル5において内角θを90°とし、熱風供給口6から供給される酸化性気体の水平方向の風速を9.0m/sとした以外は実施例1と同様にした。このとき、風速ばらつきは16.5%であった。上記の条件において、アクリル繊維束の耐炎化処理中には、繊維束間の接触による混繊や繊維束切れ等は少なく、良好な操業性で耐炎化繊維束を取得した。また、得られた耐炎化繊維束ならびに炭素繊維束を目視確認した結果、毛羽等が少ない良好な品質であった。
【0074】
[実施例5]
気体流通孔18の等価直径を6mmとした以外は実施例1と同様にした。このとき、風速ばらつきは10.1%であった。上記の条件において、運転初期には、耐炎化処理中の繊維束間の接触による混繊や繊維束切れ等は発生しなかったが、連続運転を行っていくうちに糸切れ頻度が1日あたり平均数回程度まで増加した。運転後ノズルの多孔板を確認したところ、シリコーン系油剤が揮発して発生する粉塵が気体流通孔18に目詰まりを起こしていることを確認した。また、得られた耐炎化繊維束ならびに炭素繊維束を目視確認した結果、毛羽等が少ない良好な品質であった。
【0075】
[実施例6]
ノズル長Yを900mmとし、それ以外は実施例1と同様にした。このとき、風速ばらつきは12.2%と良好であった。上記の条件において、アクリル繊維束の耐炎化処理中には、繊維束が走行するノズルとノズルの間に挟まれた空間における繊維束の温度上昇に起因すると考えられる繊維束切れが1日あたり平均数回発生したが、良好な操業性で耐炎化繊維束を取得した。また、得られた耐炎化繊維束ならびに炭素繊維束を目視確認した結果、毛羽等が少ない良好な品質であった。
【0076】
[比較例1]
熱風供給ノズル5において内角θを55°とした以外は実施例1と同様にした。このとき、風速ばらつきは29.2%であった。上記の条件において、アクリル系繊維束の耐炎化処理中には、繊維束間の接触による混繊や繊維束切れ等は少なく、良好な操業性で耐炎化繊維束を取得した。しかし、得られた耐炎化繊維束ならびに炭素繊維束を目視確認した結果、毛羽等が多く劣悪な品質であった。
【0077】
[比較例2]
熱風供給ノズル5において内角θを45°とした以外は実施例1と同様にした。このとき、測定した風速ばらつきは32.7%であった。上記の条件において、アクリル繊維束の耐炎化処理中に、繊維束間の接触による混繊や繊維束切れ等が多発し、操業継続が困難となった。また、得られた耐炎化繊維束ならびに炭素繊維束を目視確認した結果、毛羽等が多く劣悪な品質であった。
【0078】
[比較例3]
熱風供給ノズル5において内角θを120°とした以外は実施例1と同様にした。このとき、測定した風速ばらつきは26.4%であった。上記の条件において、アクリル系繊維束の耐炎化処理中には、繊維束間の接触による混繊や繊維束切れ等は少なく、良好な操業性で耐炎化繊維束を取得した。しかし、得られた耐炎化繊維束ならびに炭素繊維束を目視確認した結果、毛羽等が多く劣悪な品質であった。
【0079】
[比較例4]
比較例として従来技術である図2に示す構成の熱風供給ノズル5を備える耐炎化炉1で耐炎化繊維束を取得した。熱風導入口10に連接した第1の領域(図3における第1安定室20に相当)には仕切り板14ではなく、孔径20mm、開口率30%多孔板13を設け、また、筒状体16ではなく案内羽根11を2枚配置した。さらに熱風供給口6となる熱風流路の最も下流側の多孔板13に整流板12を配置した。これらの点以外は実施例1と同様にした。このとき、風速ばらつきは30.1%であった。上記の条件において、アクリル繊維束の耐炎化処理中に、繊維束間の接触による混繊や繊維束切れ等が多発し、操業継続が困難となった。また、得られた耐炎化繊維束ならびに炭素繊維束を目視確認した結果、毛羽等が多く劣悪な品質であった。
【0080】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明は、耐炎化繊維束ならびに炭素繊維束の製造に好適に用いることができるもので、本発明によって得られた耐炎化繊維束や炭素繊維束は、航空機用途、圧力容器・風車等の産業用途、ゴルフシャフト等のスポーツ用途等に好適に応用できるが、その応用範囲がこれらに限られるものではない。
【符号の説明】
【0082】
1 耐炎化炉
2 アクリル系繊維束
3 熱処理室
4 ガイドローラー
5 熱風供給ノズル
6 熱風供給口
7 熱風排出口
8 加熱器
9 送風器
10 熱風導入口
11 案内羽根
12 整流板
13 多孔板
14 仕切り板
15 安定室
16 筒状体
17 開口
18 気体流通孔
19 壁面
20 第1安定室
L 耐炎化炉長(1パスの耐炎化有効長)
L’ガイドローラー間の水平距離
X 熱風導入口の幅
X’案内羽根によって分割された流路幅
Y 繊維束の走行方向のノズル長
W ノズルの長手方向の全長
De 気体流通孔の等価直径
S 隣り合う筒状体間の距離
θ 筒状体の内角
a 気体流通孔の長辺
b 気体流通孔の短辺
A 筒状体の仕切り板に接する面の長辺
B 筒状体の仕切り板に接する面の短辺
P 熱風導入口に近い側の壁面と仕切り板との接点
S1 気体流通孔の開口面積
S2 筒状体の仕切り板に接する面の面積
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9