(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-11
(45)【発行日】2023-05-19
(54)【発明の名称】ニンヒドリン反応速度を用いたアミノ酸の定量方法
(51)【国際特許分類】
G01N 31/22 20060101AFI20230512BHJP
【FI】
G01N31/22 122
(21)【出願番号】P 2023015678
(22)【出願日】2023-01-18
【審査請求日】2023-01-18
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、権利譲渡・実施許諾の用意がある。
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】523038665
【氏名又は名称】福永 愛心
(72)【発明者】
【氏名】福永 愛心
(72)【発明者】
【氏名】古城 敬之
【審査官】中村 直子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭55-087030(JP,A)
【文献】特開平2-167446(JP,A)
【文献】特開昭57-187654(JP,A)
【文献】末継淳、倉橋健介,理科実習教育に適した遊離アミノ酸の定量分析法について,大阪府立大学高専研究紀要,第50巻,2016年,p49-58
【文献】須山三千三、鴻巣章二,ニンヒドリンによるアミノ酸の定量法,Bulletin of Japanese Society of Scientific Fischeries,1958年,Vol.23,No.9
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N31/00-31/22
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度条件T
0に保った濃度既知のニンヒドリン溶液及び、前記温度条件における1種類のアミノ酸(Glyまたは、Trpまたは、Ala)溶液を混合すると同時に、温度条件T
mまで加温する過程において、前記混合溶液の加温直後から、ニンヒドリン反応で生じるルーエマン紫に起因する呈色を視認できる瞬間までの時間xを測定し、予め、前記混合溶液と同体積の蒸留水を上記記載の加温方法と同様に、温度条件T
0からT
mに変化させ、1秒間を上限とする単位時間を定め、前記単位時間で区切られる時間帯における最大時刻で前記蒸留水の液温を加温直後から連続して測定しておき、ニンヒドリン反応速度に比例する吸光度(570nm)の上昇速度から算出した前記単位時間でのルーエマン紫生成量が示す前記吸光度の加温直後から前記時間xまでの累積量が、ニンヒドリン反応の呈色を視認できる吸光度の最小値である0.010に達した時に成り立つ関係式から、加温時間tに対応するアミノ酸濃度からなる対応表に基づいてアミノ酸濃度を算出するアミノ酸の定量方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミノ酸とニンヒドリンからなる混合溶液を加温してニンヒドリン反応を起こし、その呈色を視認できる瞬間までの呈色時間に着目し、アミノ酸の種類と濃度に起因するニンヒドリン反応速度に基づいて、前記呈色時間からアミノ酸濃度を算出することを特徴とする、アミノ酸の定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アミノ酸にニンヒドリン溶液を加えて加温すると、色素ルーエマン紫が生じ青紫色を呈する。この反応はニンヒドリン反応と呼ばれ、アミノ酸及び、タンパク質や各種ペプチドの検出に利用される。また、アミノ酸濃度が高いほど、ニンヒドリン反応で生じるルーエマン紫の生成量が増えて濃い発色を示すため、この発色の度合いからアミノ酸を定量できる。現在この原理を用いたアミノ酸定量装置も広く活用されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】マクマリー有機化学概説 第4版 JOHN MCMURRY 著 p.471~478
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ニンヒドリン反応で見られる紫色の呈色の度合いは、ルーエマン紫の生成量で決まるためアミノ酸濃度に依存する。つまり、ニンヒドリン反応に用いたアミノ酸を全て反応させ、生じるルーエマン紫が示す呈色の度合いからアミノ酸を定量できる。この時、前記呈色の度合いは可視分光光度計など高価な機器を用いて吸光度を指標とする必要があり、この呈色の度合いをアミノ酸の定量法に用いることが簡易な測定を考えた時の課題である。
【0005】
ニンヒドリン反応に用いたアミノ酸を全て反応させるためには、一定時間の反応時間が必要となる。この間、ニンヒドリン反応における中間生成物である還元型ニンヒドリンは空気中で酸化されやすい状態にあり、生じるルーエマン紫の呈色の度合いをアミノ酸濃度に置き換えることに正確性を欠くことが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
アミノ酸とニンヒドリンからなる混合溶液の加温直後から、ニンヒドリン反応の呈色を視認できる瞬間までの時間が、同一濃度のアミノ酸溶液でもその種類(Gly、Trp、Ala、Val、Leu、Ile、Asp、Met、His、Phe)によって、また、アミノ酸濃度に対しても異なることを見出した。
【0007】
本発明は、温度条件T0に保った濃度既知のニンヒドリン溶液及び、前記温度条件における1種類のアミノ酸(Glyまたは、Trpまたは、Ala)溶液を混合すると同時に、温度条件Tmまで加温する過程において、前記混合溶液の加温直後から、ニンヒドリン反応で生じるルーエマン紫に起因する呈色を視認できる瞬間までの時間xを測定し、予め、前記混合溶液と同体積の蒸留水を上記記載の加温方法と同様に、温度条件T0からTmに変化させ、1秒間を上限とする単位時間を定め、前記単位時間で区切られる時間帯における最大時刻で前記蒸留水の液温を加温直後から連続して測定しておき、ニンヒドリン反応速度に比例する吸光度(570nm)の上昇速度から算出した前記単位時間でのルーエマン紫生成量が示す前記吸光度の加温直後から前記時間xまでの累積量が、ニンヒドリン反応の呈色を視認できる吸光度の最小値である0.010に達した時に成り立つ関係式から、加温時間tに対応するアミノ酸濃度からなる対応表に基づいてアミノ酸濃度を算出するアミノ酸の定量方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、ニンヒドリン反応における、アミノ酸とニンヒドリンからなる混合溶液の加温直後から呈色を視認できる瞬間までの時間を測定してアミノ酸を定量するもので、呈色の度合いを指標とする必要がない。つまり、高価な機器が不要で、中和滴定法、酸化還元滴定法、ヨウ素滴定法などと同様に目視による測定だけで簡易にアミノ酸を定量できる効果がある。
【0009】
さらに、本発明は反応初期における反応速度と呈色の視認を組合わせた定量法で、反応生成物が呈色するような反応において、同様に反応物の濃度測定ができるようになる効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】ニンヒドリン反応の反応機構を示す図である。
【
図3】ニンヒドリン反応の経時変化及び、呈色を視認できる瞬間までの呈色時間の定義を示す図である。
【
図4】ニンヒドリン溶液濃度に対する呈色時間の関係を示す図である。
【
図5】アミノ酸(Gly)溶液濃度に対する呈色時間の関係を示す図である。
【
図7】各アミノ酸溶液を用いたニンヒドリン反応溶液の420~720nmの吸光度を示す図である。
【
図8】Gly溶液各濃度でのニンヒドリン反応溶液の420~720nmの吸光度を示す図である。
【
図9】ニンヒドリン反応の呈色を視認した瞬間のニンヒドリン反応溶液の吸光度(570nm)を示す図である。
【
図10】ルーエマン紫の生成速度を吸光度(570nm)の上昇速度に置き換え、呈色時間までの積分値が、呈色を視認できる吸光度(570nm)の基準値と等しくなることを示す図である。
【
図11】ニンヒドリン反応時間(加温時間)に対する吸光度(570nm)の変化を示す図である。
【
図12】アレニウス・プロット(Gly、Trp、Ala)示す図である。
【
図13】各アミノ酸(Gly、Trp、Ala)のニンヒドリン反応における反応速度定数を決める活性化エネルギーと頻度因子(頻度係数)を示す図である。
【
図14】ニンヒドリン反応における加温直後から、単位時間のルーエマン紫生成量が示す吸光度(570nm)の呈色時間までの累積量が、呈色視認の吸光度の基準値と等しくなる関係式を示す図である。
【
図15】ニンヒドリン反応速度を用いたアミノ酸の定量方法を示す図である。
【
図17】呈色時間とアミノ酸溶液濃度の対応表の一例を示す図である。
【
図18】濃度既知のGly標準溶液を用い、その呈色時間の測定値から対応表を基に算出したGly溶液濃度を比較した検証結果を示す図である。
【
図19】濃度既知のGly標準溶液を用い、呈色視認の吸光度(570nm)の基準値を変化させて算出したGly溶液濃度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
ニンヒドリン反応とは、ニンヒドリンとアミノ酸からなる混合溶液を加温すると、紫色を呈色する反応で(
図1)、アミノ酸の検出法として知られる。この反応機構は、まず、ニンヒドリンの酸化作用でアミノ酸がNH
3などに分解され、ニンヒドリン自身は還元型ニンヒドリンへ変化する。次に、未反応のニンヒドリンと還元型ニンヒドリンがNH
3を介して縮合反応を起こし、ルーエマン紫が生成して呈色する(
図2)。
【0012】
25℃でそれぞれ調製した0.02mol/Lニンヒドリン溶液10mLと0.02mol/LGly溶液10mLを混合すると同時に70℃で湯煎したニンヒドリン反応の経時変化の一例を
図3に示す。51sで呈色の瞬間を視認できる。この加温直後から呈色を視認できるまでの時間を呈色時間xと定義する。
【0013】
アミノ酸に0.02mol/LGly溶液10mLを用い、濃度を変化させたニンヒドリン溶液10mLをそれぞれ混合し25℃から75℃に加温し、呈色時間との関係を調べると、ニンヒドリン溶液濃度が高いほど呈色時間は短く(
図4)、同条件でグリシン溶液濃度を変化させると、アミノ酸溶液濃度が高いほど呈色時間は短くなった(
図5)。つまり、呈色時間はニンヒドリン反応速度によって決まると考えられる。
【0014】
また、25℃でそれぞれ調製した各濃度のニンヒドリン溶液10mLと0.02mol/L各種アミノ酸溶液10mLを混合すると同時に75℃で湯煎したニンヒドリン反応の呈色時間は、アミノ酸の種類によって異なる値を示した(
図6)。この呈色時間の違いはニンヒドリン反応速度の違いによるためと考えられる。
【0015】
この呈色時間に基づいて、アミノ酸の定量法を考える。はじめに、ニンヒドリン反応の呈色を視認した瞬間の吸光度を定義する。25℃でそれぞれ調製した0.01mol/Lニンヒドリン溶液10mLと0.02mol/L各アミノ酸溶液10mLを混合すると同時に70℃で5~10分間湯煎したニンヒドリン反応溶液の可視領域420~720nmの吸収スペクトルを調べると、どのアミノ酸も570nmにルーエマン紫に由来するピークが見られた(
図7)。
【0016】
また、25℃でそれぞれ調製した0.01mol/Lニンヒドリン溶液10mLと各濃度のグリシン溶液10mLを混合すると同時に70℃で10分間湯煎したニンヒドリン反応溶液の可視領域420~720nmの吸収スペクトルを調べると、570nmの強度はアミノ酸濃度に応じて変化した(
図8)。この570nmの吸光度をルーエマン紫の生成量を示す指標とした。
【0017】
さらに、ニンヒドリン反応の呈色を視認できる570nmの吸光度の基準値を以下で定めた。常温でもニンヒドリン反応を起こすヒスチジンをアミノ酸に用い、常温において、0.01mol/Lニンヒドリン溶液10mLと0.02mol/Lヒスチジン溶液10mLを混合すると同時に、その一部を570nmの吸光度測定に用い、同時に目視による呈色の観察を行い、呈色を視認した瞬間の570nmの吸光度を50回測定して調べた(
図9)。吸光度0.010が最も多く得られた。平均値が0.0102であることと、度数分布を考慮すると、ニンヒドリン反応における呈色は、570nmの吸光度が0.010を基準値として視認できる。後述するが、吸光度0.009、吸光度0.011でも算出したアミノ酸濃度に大きな違いはみられないことがわかった(
図19)。
【0018】
ルーエマン紫の生成速度vは
図10の式1で表せる。
図2の反応式から2分子のニンヒドリンと1分子のアミノ酸からルーエマン紫が生成すること及び、実験から経験的にも
図10の式1の次数で示すことが出来る。ここで、vを吸光度の上昇速度Vに置き換える。Vはvに比例するため
図10の式2に、また、呈色の瞬間までの短い反応時間において、ニンヒドリン及び、アミノ酸溶液濃度は反応前の初期濃度に近似し、
図10の式3が成り立つ。加温時間tに対し、液温も変化する。この液温の変化でVも変化するため、Vは液温Tの関数V(T)となる。ただし、液温Tは加温時間tの関数である。ここで、Vを加温時間tで積分すると、
図10の式4の関係が得られ、左辺は呈色の基準値0.010となる。つまり、ckを求め反応速度式を完成させればアミノ酸を定量できる。
【0019】
アミノ酸にGlyを用いたニンヒドリン反応において、反応時間(加温時間)に対する吸光度(570nm)の変化を示す(
図11)。この関数の傾きが吸光度の上昇速度Vを表し、
図10の式3を用い各反応温度に対するckが求まりアレニウス・プロットが得られる(
図12)。Trp、Alaも同様に実験から得られたアレニウス・プロットを示す。このアレニウス・プロットの傾きと切片から算出したEa,cAを表にまとめる(
図13)。これによって、反応速度式が決定できる。
【0020】
ここで、加温時間を0.1秒単位に、呈色時間までをn項に区切り、液温もT
0からT
nに変化すると仮定する(
図14)。ただし、単位時間は1秒を上限に液温の変化はあまり見られないことから、前記範囲内では単位時間を任意に定めることが出来る。単位時間に生成するルーエマン紫が示す吸光度(570nm)は、例えば、加温直後から0.1sまでは
図14の式6で、同様に、各区間に生成したルーエマン紫が示す吸光度(570nm)が定まる。この各単位時間におけるルーエマン紫生成量が示す吸光度(570nm)の呈色時間までの累積量は、呈色を視認できる吸光度(570nm)の基準値0.010に等しく、
図14の式7を変形して、
図14の式8を用いてアミノ酸濃度を算出できる。
図14の式8は、請求項1に記載の関係式を示す。
【0021】
30℃で調製したニンヒドリン溶液10mL及び、アミノ酸溶液10mLを混合すると同時に60℃で加温し、ニンヒドリン反応の呈色時間の測定値と、予め同様の測定方法及び、加温条件における前記混合溶液と同体積の蒸留水の単位時間0.1秒の最大時刻における前記蒸留水の液温の変化を示すデータを用い、濃度既知のGly標準溶液の濃度と、本発明で見出した方法で算出した濃度と比較して検証した(
図15)。0.1mol/LGly標準溶液を検証に用いた実施例について、その計算方法を
図16に示す。予め求めておいた各アミノ酸に固有のニンヒドリン反応速度式の定数及び、測定に用いたニンヒドリン溶液濃度を用い、加温時間tにおける液温から、
図14の式8の関係式によって、加温時間tに対するアミノ酸濃度がそれぞれ算出できる。前記実施例における加温時間tに対するアミノ酸濃度からなる対応表を
図17に示す。この対応表は、請求項1に記載の対応表の一例を示している。検証実験から26.5sの呈色時間が測定され、対応表からアミノ酸濃度は0.104mol/Lと算出できる。
【0022】
同様に様々な濃度のGly標準溶液を用いて検証した。検証に用いたGly標準溶液の濃度と、算出した濃度は近い値を示した(
図18)。0.05mol/LのTrp、Ala標準溶液も同様に算出した濃度は近い値を示した。本発明で見出したアミノ酸の定量方法によって、呈色時間の測定だけでアミノ酸を定量できる。最後に、呈色の基準値を0.010に定めたが、
図9の度数分布から目視による吸光度の基準値にばらつきはあるが、
図19から妥当な測定が得られ、目視による呈色の視認は十分信頼性がある。
【産業上の利用可能性】
【0023】
アミノ酸の定量分析は、食品分野など様々な分野で活用されている。特に、タンパク質のアミノ酸組成分析においても重要な位置を占める。既存の方法に対し、本発明で見出したアミノ酸の定量法は、溶液を加温して呈色時間を測定するだけで、短時間でアミノ酸を定量でき、様々な分野で活用できる期待が持てる。
【要約】
【課題】ニンヒドリン反応で見られる紫色の呈色の度合いは、ルーエマン紫の生成量で決まるためアミノ酸濃度に依存する。つまり、ニンヒドリン反応に用いたアミノ酸を全て反応させ、生じるルーエマン紫が示す呈色の度合いからアミノ酸を定量できる。この時、前記呈色の度合いは可視分光光度計など高価な機器を用い吸光度を指標とする必要があり、この呈色の度合いをアミノ酸の定量法に用いることが、簡易な測定を考えた時の課題である。
【解決手段】温度条件T
0に保った濃度既知のニンヒドリン溶液及び、前記温度条件における1種類のアミノ酸(Glyまたは、Trpまたは、Ala)溶液を混合すると同時に、温度条件T
mまで加温する過程において、前記混合溶液の加温直後から、ニンヒドリン反応で生じるルーエマン紫に起因する呈色を視認できる瞬間までの時間xを測定し、予め、前記混合溶液と同体積の蒸留水を上記記載の加温方法と同様に、温度条件T
0からT
mに変化させ、1秒間を上限とする単位時間を定め、前記単位時間で区切られる時間帯における最大時刻で前記蒸留水の液温を加温直後から連続して測定しておき、ニンヒドリン反応速度に比例する吸光度(570nm)の上昇速度から算出した前記単位時間でのルーエマン紫生成量が示す前記吸光度の加温直後から前記時間xまでの累積量が、ニンヒドリン反応の呈色を視認できる吸光度の最小値である0.010に達した時に成り立つ関係式から、加温時間tに対応するアミノ酸濃度からなる対応表に基づいてアミノ酸濃度を算出するアミノ酸の定量方法。
【選択図】
図14