(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-22
(45)【発行日】2023-05-30
(54)【発明の名称】エタノールアミンリン酸リアーゼ組成物
(51)【国際特許分類】
C12N 15/60 20060101AFI20230523BHJP
C12Q 1/527 20060101ALI20230523BHJP
C12N 9/88 20060101ALI20230523BHJP
【FI】
C12N15/60
C12Q1/527
C12N9/88 ZNA
(21)【出願番号】P 2020510370
(86)(22)【出願日】2019-02-08
(86)【国際出願番号】 JP2019004568
(87)【国際公開番号】W WO2019187695
(87)【国際公開日】2019-10-03
【審査請求日】2022-01-14
(31)【優先権主張番号】P 2018058293
(32)【優先日】2018-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 晋平
【審査官】松井 一泰
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/069645(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/021678(WO,A1)
【文献】特開平07-227282(JP,A)
【文献】特開2014-041131(JP,A)
【文献】特開2008-266212(JP,A)
【文献】特開2011-120500(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 9/00- 9/99
C12Q 1/00- 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)エタノールアミンリン酸リアーゼ、並びに(b)
クエン酸およびHSP70サブユニットDnaKを含有する
、エタノールアミンリン酸リアーゼ組成物。
【請求項2】
(b)の化合物として、さらにトレハロースを含有する、請求項1に記載のエタノールアミンリン酸リアーゼ組成物。
【請求項3】
(a)エタノールアミンリン酸リアーゼ、並びに(b)
α-シクロデキストリン、イノシトール、牛血清アルブミン(BSA)、およびセリシンよりなる群から選ばれるいずれか1つ以上の化合物を含有する、エタノールアミンリン酸リアーゼ組成物。
【請求項4】
(b)の化合物がエタノールアミンリン酸リアーゼのタンパク質量に対し、50~100重量%含まれる請求項1~3のいずれかに記載のエタノールアミンリン酸リアーゼ組成物。
【請求項5】
エタノールアミンリン酸リアーゼが下記(a)~(c)のいずれかのタンパク質である請求項1~4のいずれかに記載のエタノールアミンリン酸リアーゼ組成物。
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が欠失、挿入、付加もしくは置換されているアミノ酸配列を有するタンパク質であって、PEAリアーゼ活性を有するタンパク質
(c)配列番号1に示されるアミノ酸配列との同一性が90%以上であるアミノ酸配列からなり、エタノールアミンリン酸リアーゼ活性を有するポリペプチド
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の組成物を含むうつ病診断薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エタノールアミンリン酸(PEA)リアーゼを含む組成物及びPEAリアーゼを安定化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
PEAリアーゼ[Ethanolamine-phosphate phospho-lyase(EC 4.2.3.2)]は、エタノールアミンリン酸(PEA)からアセトアルデヒド、リン酸およびアンモニアを生成する反応を触媒する酵素である。PEAは、近年うつ病のバイオマーカーとして注目され、PEAリアーゼを用いたPEAの測定方法が提供されている(特許文献1及び2)。今後、酵素法による短時間かつ簡便な測定方法が、例えば地方の病院や診療所でも使用可能な診断薬やセンサーといった形態で確立・普及することが期待できる。
【0003】
一方、試薬やセンサに用いられる原料酵素はそのほとんどが乾燥状態(例えば粉末)の製品(乾燥品)として流通している。その理由としては、製品が軽く体積が小さいため、保管や輸送といった取り扱いが容易であり、乾燥しているため微生物汚染による腐敗の心配のないことが挙げられる。また、酵素の溶解濃度を使用目的に応じて自由に調整でき、溶解するための緩衝液の種類も任意に選定できるため、様々な用途に展開できる。さらに、一般的に乾燥状態である方が、溶液状態であるよりも酵素活性が安定的に長期間保持できる。
【0004】
酵素を乾燥状態にする手段は様々である。例えば、酵素タンパク質を含む溶液中からアセトンやアルコール等の有機溶媒によって目的酵素を析出させ、これを回収して乾燥粉末とする方法、酵素を含む溶液を噴霧し熱風を当てて乾燥させるスプレードライ法、酵素を含む溶液を凍結させ、減圧して乾燥するフリーズドライ法などがある。
【0005】
いずれの条件にしても、酵素を不用意に乾燥させた場合、タンパク質変性による活性の損失や再溶解時の濁質生成等の問題が発生することが多いため、酵素タンパク質を保護し変性失活を防ぐための安定化剤の添加が不可欠である。実際、PEAリアーゼを粉末化すると活性損失と再溶解時の濁質生成が確認されており、対策が必要であった。酵素製品に添加する安定化剤は、単に製品化時、乾燥による酵素タンパク質の変性失活を防止するだけでなく、保存中や流通過程での活性損失を防止する能力も具備する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第5688163号
【文献】WO2011/019072
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、PEAリアーゼの安定化剤として、入手が容易で、品質が均一であり、酵素製品や酵素を含む組成物の外観や性能、品質に影響を与えない安定化剤を使用したPEAリアーゼ組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、PEAリアーゼ組成物、特には乾燥状態のPEAリアーゼ組成物の保存安定性を向上させるべく、種々の物質を検討した。その結果、糖、糖アルコール、有機酸およびポリペプチドのいずれか1つ以上の化合物を共存させることによってPEAリアーゼの安定性が大きく向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下に関する。
項1.(a)エタノールアミンリン酸リアーゼ、並びに(b)糖、糖アルコール、有機酸およびポリペプチドよりなる群から選ばれるいずれか1つ以上の化合物を含有するエタノールアミンリン酸リアーゼ組成物。
項2.(b)の化合物がα-シクロデキストリン、トレハロース、イノシトール、クエン酸牛血清アルブミン(BSA)、HSP70サブユニットDnaKフラグメントおよびセリシンよりなる群から選ばれるいずれか1つ以上である、項1に記載のエタノールアミンリン酸リアーゼ組成物。
項3.(b)の化合物がトレハロース、クエン酸およびHSP70サブユニットDnaKよりなる群から選ばれるいずれか1つ以上である、項2に記載のエタノールアミンリン酸リアーゼ組成物。
項4.(b)の化合物がエタノールアミンリン酸リアーゼのタンパク質量に対し、50~100重量%含まれる項1~3のいずれかに記載のエタノールアミンリン酸リアーゼ組成物。
項5.エタノールアミンリン酸リアーゼが下記(a)~(c)のいずれかのタンパク質である項1~4のいずれかに記載のエタノールアミンリン酸リアーゼ組成物。
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が欠失、挿入、付加もしくは置換されているアミノ酸配列を有するタンパク質であって、PEAリアーゼ活性を有するタンパク質
(c)配列番号1に示されるアミノ酸配列との同一性が90%以上であるアミノ酸配列からなり、エタノールアミンリン酸リアーゼ活性を有するポリペプチド
項6.項1~5のいずれかに記載の組成物を含むうつ病診断薬。
項7.エタノールアミンリン酸リアーゼに、糖、糖アルコール、有機酸およびポリペプチドよりなる群から選ばれるいずれか1つ以上の化合物を共存させることによりエタノールアミンリン酸リアーゼを安定化する方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、PEAリアーゼの乾燥品、特に凍結乾燥製品の安定性を確保し、長期間の保存においても酵素の失活を防止することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.PEAリアーゼ
1-1.PEAリアーゼ活性
「PEAリアーゼ(Ethanolamine-phosphate phospho-lyase)」は、エタノールアミンリン酸(PEA)からアセトアルデヒド、リン酸およびアンモニアを生成する反応を触媒する活性(即ち、PEAリアーゼ活性)を持つ酵素であり、微生物から哺乳類動物まで広く同定されている。
【0012】
PEAリアーゼ活性は、例えば特許文献1に記載される方法に基づき測定することができる。すなわち、第1反応にてPEAを加水分解してアセトアルデヒド、リン酸、およびアンモニアを生成した後、第2反応にてアセトアルデヒドデヒドロゲナーゼ(ALDH)と酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)を添加し、第1反応で生成したアセトアルデヒドを酸化して酢酸とする。この第2反応でNAD+は還元されて還元型ニコチンアミドジヌクレオチド(NADH)となるが、NADHのみが340nmの紫外線を強く吸収するため、反応前後における340nmの波長における試料の吸光度の変化を指標に、活性を測定することができる。より具体的には、下記の試薬及び測定条件を用いて活性を測定することができる。
【0013】
PEAリアーゼ活性の測定方法
<試薬>
反応液(1)
25mM Tris-HCl緩衝液(pH8.5)
100mM KCl水溶液
0.8mM エチレングリコールビス(2-アミノエチルエーテル)‐N,N,N’,N'-四酢酸(EGTA)溶液
5.0μM ピリドキサール-5’-リン酸(PLP)溶液
20U/mL ALDH溶液
反応液(2)
20mM NADH溶液
反応液(3)
600mM PEA溶液
酵素希釈溶液
50mM Tris-HCl緩衝液(pH7.0)
300mM NaCl溶液
<手順1>
PEAリアーゼ溶液を、予め氷冷した上記酵素希釈溶液で0.6~1.2U/mlに希釈し、氷冷保存したものを酵素溶液とする。
<手順2>
予め調製した反応液(1)10mLに対し、反応液(2)0.1mL、反応液(3)0.1mLを混合し、37℃にて5分間予備加温したものを反応混液とする。
【0014】
<測定条件>
反応混液2.9mLに酵素溶液0.1mLを添加し、ゆるやかに混和後、水を対照に37℃に制御された分光光度計(光路長1.0cm)で、340nmの吸光度変化を2~3分間記録し、その後直線部分から(即ち、反応速度が一定になってから)1分間あたりの吸光度変化(ΔODTEST)を測定する。盲検は酵素溶液の代わりにPEAリアーゼを溶解する酵素希釈溶液を反応混液に加えて、同様に1分間あたりの吸光度変化(ΔODBLANK)を測定する。これらの値から次の式に従ってPEAリアーゼ活性を求める。ここでPEAリアーゼ活性における1単位(U)とは、上記の測定条件で1分間に1μmоlのNADHを減少させる酵素量である。
【0015】
【0016】
なお、式中の3.0は反応混液の液量(mL)を、6.22はNADHのミリモル分子吸光係数(cm2/μmоl)を、1.0は光路長(cm)を、0.1は酵素溶液の液量(mL)を示す。本発明においては、別段の表示をしない限り、酵素活性は上記の測定方法に従って測定される。
【0017】
本発明に適用されるPEAリアーゼは、単離されたPEAリアーゼ又は精製されたPEAリアーゼであることが好ましい。また、本発明に適用されるPEAリアーゼは、保存に適した溶液中に溶解した状態又は凍結乾燥された状態(例えば、粉末状)で存在してもよい。本発明に適用される酵素(PEAリアーゼ)に関して使用する場合の「単離された」とは、当該酵素以外の成分(例えば、宿主細胞に由来する夾雑タンパク質、他の成分、培養液等)を実質的に含まない)状態をいう。具体的には例えば、本発明に適用される単離された酵素は、夾雑タンパク質の含有量が重量換算で全体の約20%未満、好ましくは約10%未満、更に好ましくは約5%未満、より一層好ましくは約1%未満である。一方で、本発明に適用されるPEAリアーゼは、保存又は酵素活性の測定に適した溶液(例えば、バッファー)中に存在してもよい。
【0018】
1-2.ポリペプチド
本発明に適用されるPEAリアーゼは、下記(a)~(c)のいずれかのポリペプチドで構成されることが好ましい。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド;
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入、付加および/または逆位したアミノ酸配列からなり、PEAリアーゼ活性を有するポリペプチド;
(c)配列番号1に示されるアミノ酸配列との同一性が80%以上であるアミノ酸配列からなり、PEAリアーゼ活性を有するポリペプチド。
配列番号1で示されるアミノ酸配列は、ヒト由来のPEAリアーゼのアミノ酸配列である。
【0019】
上記(b)のポリペプチドは、PEAリアーゼ活性を保持する限度で、配列番号1に示されるアミノ酸において、1若しくは数個のアミノ酸配残基が置換、欠失、挿入及び/又は付加(以下、これらを纏めて「変異」とする場合がある。)されたアミノ酸配列からなるポリペプチドである。ここで「数個」とは、PEAリアーゼ活性が維持される限り制限されないが、例えば、全アミノ酸の約20%未満に相当する数であり、好ましくは約15%未満に相当する数であり、さらに好ましくは約10%未満に相当する数であり、より一層好ましくは約5%未満に相当する数であり、最も好ましくは約1%未満に相当する数である。より具体的には、変異されるアミノ酸残基の個数は、例えば、2~127個、好ましくは2~96個、より好ましくは2~64個、更に好ましくは2~32個であり、一層好ましくは2~20個、より一層好ましくは2~15個、特に好ましくは2~10個、最も好ましくは2~5個である。
【0020】
一又は数個の変異は、制限酵素処理、エキソヌクレアーゼやDNAリガーゼ等による処理、位置指定突然変異導入法やランダム突然変異導入法など公知の手法を利用して本発明のPEAリアーゼをコードするDNAに変異を導入することによって実施することが可能である。また、紫外線照射など他の方法によってもバリアントPEAリアーゼを得ることができる。バリアントPEAリアーゼには、PEAリアーゼを保持する微生物の個体差、種や属の違いに基づく場合などの天然に生じるバリアント(例えば、一塩基多型も含まれる。)
【0021】
また、PEAリアーゼの活性を維持するという観点からは、PEAリアーゼの活性部位又は基質結合部位に影響を与えない部位において上記変異が存在することが好ましい。
【0022】
上記(c)のポリペプチドは、PEAリアーゼ活性を保持することを限度で、配列番号1に示されるアミノ酸配列と比較した同一性が80%以上であるアミノ酸配列からなるポリペプチドである。好ましくは、本発明のPEAリアーゼが有するアミノ酸配列と配列番号1に示されるアミノ酸配列との同一性は85%以上であり、より好ましくは88%以上、更に好ましくは90%以上、より更に好ましくは93%以上、一層好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上である。このような一定以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドは、上述するような公知の遺伝子工学的手法に基づいて作製することができる。
【0023】
アミノ酸配列の同一性は、市販の又は電気通信回線(インターネット)を通じて利用可能な解析ツールを用いて算出することができる。例えば、全米バイオテクノロジー情報センター(NCBI)の相同性アルゴリズムBLAST(Basic local alignment search tool)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/ においてデフォルト(初期設定)のパラメーターを用いることにより、算出することができる。本発明ではアミノ酸配列の同一性の計算にこの方法を用いる。
【0024】
本発明に適用されるPEAリアーゼの別の由来として、例えば、土壌や河川・湖沼などの水系又は海洋に存在する微生物や各種動植物の表面または内部に常在する微生物等を挙げることができる。低温環境、火山などの高温環境、深海などの無酸素・高圧・無光環境、油田など特殊な環境に生育する微生物に由来するものを単離源としてもよい。
【0025】
本発明に適用されるPEAリアーゼには、微生物から直接単離されるPEAリアーゼだけでなく、単離されたPEAリアーゼをタンパク質工学的な方法によりアミノ酸配列等を改変したものや、遺伝子工学的手法により改変したものも含まれる。例えば、パントエア(Pantoea)属、ストレプトマイセス(Streptmyces)属、アルスロバクター(Arthrоbactor)属に分類される微生物等から取得した酵素を改変したものであってもよい。
【0026】
1-3.PEAリアーゼの製造方法
本発明に適用されるPEAリアーゼを製造する方法は特に限定されないが、例えば、PEAリアーゼを発現する微生物を培養し、得られた培養液を精製することによって製造することができる。
一般に、目的のタンパク質を、該タンパク質を発現する微生物を培養し、得られた培養液を精製することによって製造する方法は既に当該技術分野において確立されている。よって、当業者はその知見を適用してPEAリアーゼを製造することができ、その態様は特に制限されない。
【0027】
本発明に適用されるPEAリアーゼの製造方法において、PEAリアーゼの発現系を構築する方法は特に限定されない。例えば、PEAリアーゼの生産能を有する微生物をそのまま発現系として用いればよい。あるいは、PEAリアーゼをコードするDNAを適当な宿主ベクター系に導入して作製した遺伝子組み換え体(以下「形質転換体」とも言う)を発現系としてもよい。産業上は、制御がしやすい、安全性がより高い等の理由で遺伝子組み換え体を用いることが好ましい。
【0028】
遺伝子組み換え体を作製する場合、PEAリアーゼをコードするDNAは、標準的な遺伝子工学的手法を用いて容易に調製することができる(Molecular Cloning 2d Ed, Cold Spring Harbor Lab. Press (1989);続生化学実験講座「遺伝子研究法I、II、III」、日本生化学会編(1986)等参照)。具体的には、上述の、本発明に適用されるPEAリアーゼが発現される適当な起源微生物より、cDNAライブラリーを調製し、該cDNAライブラリーから、前記PEAリアーゼのDNA配列に特有の適当なプローブや抗体を用いて所望クローンを選択することにより実施できる。
【0029】
上記の微生物からの全RNAの分離、mRNAの分離や精製、cDNAの取得とそのクローニング、塩基配列の決定等は、いずれも常法に従って実施することができる。PEAリアーゼのDNAをcDNAライブラリーからスクリーニングする方法も、特に制限されず、通常の方法に従うことができる。例えば、cDNAによって産生されるポリペプチドに対して、該ポリペプチド特異抗体を使用した免疫的スクリーニングにより対応するcDNAクローンを選択する方法、目的のヌクレオチド配列に選択的に結合するプローブを用いたプラークハイブリダイゼーション、コロニーハイブリダイゼーション等、あるいはこれらの組合せ等を適宜選択して実施することができる。
【0030】
DNAの取得に際しては、PCR法またはその変法によるDNA若しくはRNA増幅法が好適に利用できる。PCR法に使用されるプライマーも上記で決定した塩基配列に基づいて適宜設計し合成することができる。尚、増幅させたDNA若しくはRNA断片の単離精製は、例えばゲル電気泳動法、ハイブリダイゼーション法等によることができる。
【0031】
PEAリアーゼをコードするDNAは、適当な発現ベクターに組み込むことができる。発現ベクターは、適当な宿主細胞内で該DNAを複製可能であり、且つ、その発現が可能である限り、その種類や構造は特に限定されない。ベクターの種類は、宿主細胞の種類を考慮して適当に選択される。このようなベクターの具体例としては、プラスミドベクター、コスミドベクター、ファージベクター、ウイルスベクター(アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター等)等を挙げることができる。
【0032】
PEAリアーゼをコードするDNAが組み込まれた発現ベクターは、適当な宿主細胞に導入され、該PEAリアーゼを産生する能力を有する形質転換体とすることができる。宿主細胞は、そのDNAを発現してPEAリアーゼを生産することが可能である限り、特に制限されない。具体的には、大腸菌、枯草菌等の原核細胞や、酵母、糸状菌などのカビ、昆虫細胞、植物培養細胞、哺乳動物細胞等の真核細胞等を使用することができる。中でも大腸菌、枯草菌、糸状菌が好ましい。大腸菌が特に好ましい。
【0033】
また、形質転換体においては、通常、外来性のDNAが宿主細胞中に存在するが、DNAが由来する微生物を宿主とする、いわゆるセルフクローニングによって得られる形質転換体も好適な実施形態である。
【0034】
上記の形質転換体は、好ましくは、上記に示される発現ベクターを用いたトランスフェクション乃至はトランスフォーメーションによって調製される。形質転換は、一過性であっても安定的な形質転換であってもよい。トランスフェクション及びトランスフォーメーションはリン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポーレーション、リポフェクション、マイクロインジェクション、Hanahanの方法、酢酸リチウム法、プロトプラスト-ポリエチレングリコール法等を利用して実施することができる。
【0035】
本発明に適用されるPEAリアーゼは、PEAリアーゼを発現する遺伝子組換え体を培養し、得られた培養液を精製することにより製造することができる。培養方法及び培養条件は、PEAリアーゼが生産される限り特に限定されない。即ち、PEAリアーゼが生産されることを条件として、使用する微生物の生育に適合した方法及び条件を適宜設定できる。
【0036】
得られた培養液を回収する方法としては、PEAリアーゼを菌体外に分泌する微生物を用いる場合は、例えば培養上清をろ過、遠心処理等することによって不溶物を除去した後、限外ろ過膜による濃縮、硫安沈殿等の塩析、透析、各種クロマトグラフィーなどを適宜組み合わせて分離、精製を行うことによりPEAリアーゼを得ることができる。
【0037】
他方、菌体内から回収する場合には、例えば菌体を加圧処理、超音波処理、機械的手法、又はリゾチーム等の酵素を利用した手法等によって破砕した後、必要に応じて、EDTA等のキレート剤及び界面活性剤を添加してPEAリアーゼを可溶化し、水溶液として分離採取し、分離、精製を行うことにより本酵素を得ることができる。ろ過、遠心処理などによって予め培養液から菌体を回収した後、上記一連の工程(菌体の破砕、分離、精製)を行ってもよい。
【0038】
精製は、例えば、減圧濃縮、膜濃縮、さらに硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウムなどの塩析処理、あるいは親水性有機溶媒、例えばメタノール、エタノール、アセトンなどによる分別沈殿法により沈殿処理、加熱処理や等電点処理、吸着剤あるいはゲルろ過剤などによるゲルろ過、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等を適宜組み合わせて実施することができる。
【0039】
該精製酵素標品は、電気泳動(SDS-PAGE)的に単一のバンドを示す程度に純化されていることが好ましい。
【0040】
なお、培養液からのPEAリアーゼ活性を有するタンパク質の採取(抽出、精製など)にあたっては、PEAリアーゼ活性及び熱安定性のうちいずれか1つ以上を指標に行うのが好ましい。
【0041】
組換えタンパク質として本酵素を得ることにすれば種々の修飾が可能である。例えば、本酵素をコードするDNAと他の適当なDNAとを同じベクターに挿入し、当該ベクターを用いて組換えタンパク質の生産を行うことで、任意のペプチドないしタンパク質が連結された組換えタンパク質からなるPEAリアーゼを得ることができる。また、糖鎖及び/又は脂質の付加や、あるいはN末端若しくはC末端のプロセッシングが生ずるような修飾を施してもよい。上記のような修飾により、組換えタンパク質の抽出、精製の簡便化、又は生物学的機能の付加等が可能である。
【0042】
なお、上記1-3に記載の方法で製造するまでもなく、市販品として適当なものがあれば、それを本発明に適用しても差し支えない。
【0043】
2.糖、糖アルコール、有機酸およびポリペプチドよりなる群から選ばれるいずれか1つ以上の化合物
本発明に適用される糖、糖アルコール、有機酸およびポリペプチドから選ばれる化合物は特に限定されないが、好ましい例として、糖ではシュークロース、ガラクトース、アラビノース、リボース、メリビオース、メレジトース、デキストリン、α-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、γ-シクロデキストリン、糖アルコールではイノシトール、ソルビトール、アラビトール、キシリトール、グルシトール、リビトール、D-マンニトール、有機酸ではクエン酸3ナトリウム二水和物、グルコン酸ナトリウム、グルタミン酸ナトリウム、ポリペプチドでは牛血清アルブミン(BSA)、大腸菌由来HSP70のメジャーサブユニットであるDnaKのATPase領域を欠損させたフラグメント(例えばBPF-301;東洋紡製)、セリシンなどが例示される。より好ましくは、トレハロース、クエン酸、BPF-301等を挙げることができる。
【0044】
これらの化合物は、安定化剤として、酵素の乾燥製品化の工程で酵素タンパク質を保護し工程での回収率を向上させ、乾燥製品の保存期間中の失活を防止する目的であるから、その目的を達成し得る範囲で適宜添加量を設定できる。したがってこれらの共存させる各化合物の濃度は特に限定されるものではないが、好ましい下限は30重量%、更に好ましくは40重量%、更に好ましくは50重量%である。夾雑物の持込の危険性の観点からは、好ましい上限は300重量%、更に好ましくは200重量%、更に好ましくは100重量%である。なお、これらの添加濃度は、PEAリアーゼ酵素タンパク質に対する重量%で表している。例えば、40mg/mlのPEAリアーゼに対して100重量%の安定化剤を添加したとすると、1mlあたり40mg安定化剤を溶解したことになる。また、添加された化合物は酵素が溶液の状態であっても保護作用を有し、溶液中酵素活性の安定的な保持に寄与する。
【0045】
上記に示すPEAリアーゼの抽出・精製・乾燥化、および安定性試験に用いる緩衝液の組成は特に限定しないが、好ましくはpH4~9の範囲で緩衝能を有するものであればよく、例えばホウ酸、トリス塩酸、リン酸カリウム等の緩衝剤や、ACES、BES、Bicine、Bis-Tris,CHES、EPPS、HEPES、HEPPSO、MES、MOPS、MOPSO、PIPES、POPSO、TAPS、TAPSO、TES、Tricineといったグッド緩衝剤が挙げられる。また、フタル酸、マレイン酸、グルタル酸などのような、ジカルボン酸をベースとした緩衝剤も挙げることができる。これらのうち1種のみを適用してもよいし、2種以上を併せて用いてもよい。更には上記以外を含む1種以上の複合組成であってもよい。また、必要に応じて緩衝液中にEDTA等のキレート剤、および/または、界面活性剤を含んでいてもよい。
【0046】
これらの添加濃度としては、緩衝能を持つ範囲であれば特に限定されないが、好ましい上限は100mM以下、より好ましくは50mM以下である。また、好ましい下限は5mM以上である。
乾燥粉末あるいは凍結乾燥物などの中においては緩衝剤の含有量は、特に限定されるものではないが、好ましくは0.1%(重量比)以上、特に好ましくは0.1~80%(重量比)の範囲で使用される。
これらは、種々の市販の試薬を用いることができる。
【0047】
乾燥工程に供する酵素液は、好ましくはタンパク質濃度として5g/L以上、より好ましくは10g/L以上であるように濃度を調整する。乾燥工程に供する酵素があまりに希薄な場合、乾燥工程で回収率が低下することが多く、得られた乾燥製品が取り扱いにくい形状となることが多い。また、過度に高濃度である場合、乾燥に時間がかかることがある。
【0048】
3.組成物
本発明の組成物は、上記1で示したPEAリアーゼ、並びに上記2で説明した糖、糖アルコール、有機酸、およびポリペプチドよりなる群から選ばれるいずれか1つ以上の化合物を含むことを特徴とする組成物である。
本発明の組成物の形態は特に限定されない。凍結乾燥や粉末などの乾燥状態および液体状態のどちらでもよい。
【0049】
4.安定化方法
本発明のPEAリアーゼの安定化方法は、(a)PEAリアーゼ、並びに(b)糖、糖アルコール、有機酸およびポリペプチドよりなる群から選ばれるいずれか1つ以上の化合物を共存させることを特徴とする。
上記(a)、(b)以外に他の成分が共存していても良く、その組成は特に限定されない。PEAリアーゼの用途に応じて、特に制限を受けることなく適宜選択することが出来る。
【0050】
本発明におけるPEAリアーゼの安定性とは、PEAリアーゼを37℃で3週間保存した後、維持されているPEAリアーゼの残存率(%)が安定化剤を添加しない場合に比して増大するか、あるいは少なくともPEAリアーゼ活性が維持されることを意味する。
【0051】
具体的には、安定性が向上しているかどうかの判断は、以下のようにして行った。
後述のPEAリアーゼ酵素活性の測定方法に記載の活性測定法において、乾燥化を行った後の乾燥品重量あたりのPEAリアーゼ活性値(a)と、一定温度で一定期間保存した後の乾燥品重量あたりのPEAリアーゼ活性値(b)を測定し、測定値(a)を100とした場合に対する相対値((b)/(a)×100)を求めた。この相対値を残存率とした。そして、該化合物の添加の有無を比較して、添加により残存率が増大した場合、安定性が向上したものと判断した。
【0052】
5.PEAリアーゼを含むうつ病診断薬
本発明の別の態様は、上記の3で説明したPEAリアーゼ組成物を含むうつ病診断薬である。具体的には、測定サンプルに、PEAリアーゼを添加し、アセトアルデヒド、リン酸、およびアンモニアを生成させる第1の酵素反応を行う第1の工程と、生成した前記アセトアルデヒド、前記リン酸、前記アンモニアの少なくともいずれかを定量して、前記測定サンプル中のPEA量を決定する第2の工程とを含む、PEAの測定方法を利用した、うつ病診断薬である。
【実施例】
【0053】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0054】
実施例1 形質転換体の取得
配列番号1のポリペプチドをコードする構造遺伝子をEurofin社により合成した。合成遺伝子から制限酵素処理によりpET28b(+)ベクターへ導入し、これを組換え発現プラスミドpET-EPLと命名した。この発現プラスミドをエシェリヒア・コリー(Escherichia coli)BL21(DE3)株コンピテントセルに形質転換し、SOC培地中で1hr、37℃で前培養後、LB-amp寒天培地に展開し、コロニーである該形質転換体を取得した。得られた形質転換体を、エシェリヒア・コリーBL21(DE3)(pET-EPL)と命名した。
【0055】
実施例2 酵素の準備
実施例1にて取得した形質転換体、エシェリヒア・コリーL21(DE3)(pET-EPL)のコロニーを一白金耳試験管5mlのLB-amp液体培地に植菌し、30℃で16時間培養した。これを種培養とした。
次に、TB液体培地(トリプトン1.2%、イーストイクストラクト2.4%、グリセロール0.4%、KH2PO4 0.23%、K2HPO4 1.25%、pH7.0)を試験管に入れ、オートクレーブで滅菌し、本培養培地の培地とした。
TB培地500mLを2L坂口フラスコに入れ、オートクレーブで滅菌し、本培養培地とした。5mLの種培養液を本培養培地に植菌し、培養温度37℃、180rpmでおよそ3時間振とう培養した。OD660がおよそ3.0に到達したことを確認した後、終濃度が1mMになるようIPTGを添加し、PEAリアーゼ発現を誘導して、さらに培養温度20℃、180rpmでおよそ21時間培養した。その後、菌体を遠心分離により集菌し、菌体を回収した。得られた菌体を300mM NaCl、40μM PLP、5%Glycerolを含む50mM Tris-HCl緩衝液(pH7.0)に懸濁した。
【0056】
懸濁液をフレンチプレス(Niro Soavi製、NS1001L2K型)に流速160mL/分で送液し、700~1000barで破砕した。破砕液を遠心除濁したのち、合成時にあらかじめPEAリアーゼのN末に導入していたHisタグに対するアフィニティー精製を行った。この精製はHPLCにより実施し、Imidazolのグラジエント溶出で得られたフラクションのPEAリアーゼ活性を測定して活性が確認されたフラクションをプール液とした。このプール液はさらに、中空糸フィルター(Spectrum製、ポリエーテルスルホンまたはポリスルホン素材)を用いた加水濃縮によりImidazolを除きつつ、300mM NaCl、4μM PLPを含む50mM Tris-HCl緩衝液(pH7.0)へ置換され、粉末化に適当な濃度まで濃縮して精製酵素を得た。
【0057】
実施例3 PEAリアーゼ粉末の安定化効果を有する化合物のスクリーニング
エシェリヒア・コリーL21(DE3)(pET-EPL)由来の精製酵素を用いて、α-シクロデキストリン、イノシトール(myo-イノシトール)、グリシン、グルコン酸ナトリウム、クエン酸3ナトリウム二水和物、BSA、セリシン、BPF-301(東洋紡製)が安定化効果を奏するか否かを検討した。表1にPEAリアーゼと安定化剤の影響を示す。
【0058】
【0059】
実施例2で取得した標品は、50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.0)中に約10mg/mlのPEAリアーゼタンパク質を含んでいる。100%濃度の安定化剤の検討は、10mgのPEAリアーゼを含有する酵素液に対して、10mgの安定化剤を溶解して100%濃度とし、活性測定を行った。各種安定化剤を添加した酵素溶液から正確に2mlずつ、風袋重量を測定済みのバイアルに分取した。また、コントロールには、安定化剤を添加しないものを用意した。これを凍結真空乾燥(FDR)して、水分を完全に蒸発させた後、バイアルの重量を測定し、風袋重量を差し引いて得られた粉末重量を算出した。その後に約10mgの粉末をスピッツロールに正確に計量し、(1)直ちに活性測定、(2)37℃で3週間保存してから活性測定、を行い粉末重量あたりの活性を計算した。活性残存率は、FDR直後の粉末重量あたりの活性を100%として、37℃処理後の各サンプルの粉末重量あたりの活性の割合を算出した。その結果、糖類、糖アルコール類、タンパク質類で何も添加しない場合と比較して安定性の向上が見られた(表1)。
【0060】
具体的には安定化剤が無添加の場合、37℃で3週間保存すると残存活性が20%であった。いずれの安定化剤を加えても、37℃で3週間保存後の残存活性が20%を上回り、安定化効果を確認することができた。中でもイノシトール、グルコン酸ナトリウム、クエン酸3ナトリウム二水和物、BSA、BPF-301を添加した場合には高い安定化効果を示した。
【0061】
実施例4
次に、実施例3で安定化効果が見られた化合物に対して、エシェリヒア・コリーL21(DE3)(pET-EPL)由来の精製酵素を用いて、2種類以上の化合物を添加した場合の安定化効果を検証した。表2に、PEAリアーゼと安定化剤の影響を示す。
【0062】
【0063】
具体的には、安定化剤を無添加の場合、37℃で4週間保存すると残存活性が10%であった。安定化剤としてクエン酸3ナトリウム二水和物とBPF-301を同時に加えると、37℃で3週間保存したときの残存活性が69%となり、安定化効果を確認することができた。
【0064】
実施例5
さらに、実施例3において、3種類の化合物を同時に添加することにより、相乗効果を検討した。安定化効果が見られたクエン酸3ナトリウム二水和物とBPF-301の組み合わせに対し、エシェリヒア・コリーL21(DE3)(pET-EPL)由来の精製酵素を用いて、3種類目の化合物を同時に添加した場合の安定化効果を検証した。表3に、PEAリアーゼと安定化剤の影響を示す。
【0065】
【0066】
具体的には、安定化剤を無添加の場合、37℃で4週間保存すると残存活性が27%であった。安定化剤としてクエン酸3ナトリウム二水和物とBPF-301及びトレハロースを同時に加えると、37℃で3週間保存したときの残存活性が79%となり、最も高い安定化効果を確認することができた。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明により製造した組成物は、PEA濃度定量キットの原料としての供給が可能である。
【配列表】