(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-13
(45)【発行日】2023-07-24
(54)【発明の名称】動摩擦係数を測定するための方法、装置及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 19/02 20060101AFI20230714BHJP
G01P 15/16 20130101ALI20230714BHJP
【FI】
G01N19/02
G01P15/16
(21)【出願番号】P 2019197395
(22)【出願日】2019-10-30
【審査請求日】2022-07-12
(73)【特許権者】
【識別番号】300071579
【氏名又は名称】学校法人立教学院
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【氏名又は名称】中西 基晴
(72)【発明者】
【氏名】村田 次郎
【審査官】前田 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-228187(JP,A)
【文献】特開2014-081252(JP,A)
【文献】特開2011-247811(JP,A)
【文献】特開平06-004566(JP,A)
【文献】特開2016-158702(JP,A)
【文献】小林 他,テストスケートによるリンク氷の動摩擦係数の測定,低温科学,1971年
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 19/02
G01P 15/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
動摩擦係数を測定するための方法であって、
面上を滑走する物体の時系列的に並べられた静止画のフレームを取得し、
前記フレームの各々において前記物体を同定し、
同定された前記物体の画像を解析してフレーム毎に前記物体の位置を計算し、
フレーム毎の前記物体の位置の時間変化率から前記物体の速さを計算し、
前記速さの時間変化率から前記物体の加速度を計算し、
前記物体の加速度と重力加速度とに基づいて、前記物体の前記面上における動摩擦係数を計算する、各工程を備
え、
前記物体の加速度を計算する工程では、前記物体の速さの時系列データに二次関数による最小二乗法を適用し、該二次関数の二次の係数として加速度を計算することを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記物体の位置を計算する工程
では、前記フレームの各々の静止画から前記物体の領域を各々抽出し、該領域の重心の位置を前記物体の位置として各々計算する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記物体を同定する工程は、前記物体の特徴を認識する工程を備える、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記物体の特徴は、該物体の色及び形状の少なくともいずれかである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記物体の速さを計算する工程では、フレーム間の時間に対する該フレーム間で生じた前記物体の位置の変化の比に基づいて前記物体の速さを計算する、請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記静止画のフレームは、一定のフレームレートで撮像されたものである、請求項1から5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記静止画のフレームを取得する工程は、ビデオカメラで前記物体を動画撮影する工程を備える、請求項1から
6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
動摩擦係数を測定するための装置であって、
面上を滑走する物体の時系列的に並べられた静止画のフレームを格納するメモリと、
前記フレームの各々において前記物体を同定する画像認識部と、
同定された前記物体の画像を解析してフレーム毎に前記物体の位置を計算する位置計算部と、
フレーム毎の前記物体の位置の時間変化率から前記物体の速さを計算する速さ計算部と、
前記速さの時間変化率から前記物体の加速度を計算する加速度計算部と、
前記物体の加速度と重力加速度とに基づいて、前記物体の前記面上における動摩擦係数を計算する、動摩擦係数計算部と、
を備
え、
前記加速度計算部は、前記物体の速さの時系列データに二次関数による最小二乗法を適用し、該二次関数の二次の係数として加速度を計算することを特徴とする、装置。
【請求項9】
前記位置計算部は、前記フレームの各々の静止画から前記物体の領域を各々抽出し、該領域の重心の位置を前記物体の位置として各々計算する、請求項
8に記載の装置。
【請求項10】
前記画像認識部は、前記物体の特徴を認識して該物体の領域を抽出する、請求項
8又は
9に記載の装置。
【請求項11】
前記物体の特徴は、該物体の色及び形状の少なくともいずれかである、請求項
10に記載の装置。
【請求項12】
前記速さ計算部は、フレーム間の時間に対する該フレーム間で生じた前記物体の位置の変化の比に基づいて前記物体の速さを計算する、請求項
8から
11のいずれか1項に記載の装置。
【請求項13】
前記静止画のフレームは、一定のフレームレートで撮像されたものである、請求項
8から
12のいずれか1項に記載の装置。
【請求項14】
前記メモリに格納された前記静止画のフレームは、ビデオカメラで前記物体を動画撮影することによって順次生成されたものである、請求項
8から
13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
請求項1から
7のいずれか1項に記載の動摩擦係数を測定するための方法を情報処理装置に実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動摩擦係数を測定するための方法、装置及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
動摩擦係数は物体が面上を滑っている場合に進行方向に対して逆向きにはたらく抵抗力の指標である。この値が得られることで、物体の質量がわかれば抵抗力が予測可能になる。
【0003】
F=μN
抵抗力の大きさFは重さNと動摩擦係数μとの積で表される。動摩擦係数が一定であれば、抵抗力は一定である。そこで、動摩擦係数を実測するには重さのわかっている物体に実際に力を加えて滑走させ、一定の速さになっている状態でかけている力の大きさを実測すればよい。引っ張っている力と摩擦力とが釣り合った状態で一定の速さになるため、引っ張っている力を測れば摩擦力がわかるからである。
【0004】
そこで、従来では、以下の方法により動摩擦係数μを測定する技術が開発されていた。
(従来技術1)
物体を面上に載せてその面を正弦波的に1次元方向に動かし、それに追随して動く物体の最大の速さを計測することにより動摩擦係数を求める。この技術は、建築業界での建築物の免震装置の性能評価の為に用いられる動摩擦係数の実測方法である。従来技術1では、物体を実際に引っ張ってその際の力を実測しているのではなく、物体を面上の載せてその面を正弦波的に1次元方向に動かし、それに追随して動く物体の最大の速さを計測している。
(従来技術2)
氷上のカーリング石をバネばかりで一定速度で引っ張り、その際の摩擦力を直接実測することにより動摩擦係数を求める。
【0005】
しかし、従来技術1は、最も単純な、バネばかりなどで物体を一定速度で引っ張る方式に比べると大型の物体を扱う事が出来る利点がある一方で、速度依存性の取得という意味では設定を変える必要があり、非常に手間がかかると共に、停止寸前の低速のデータの取得は難しい。
【0006】
また、従来技術2では、氷上のカーリング石の摩擦力をバネばかり方式で直接、実測するが、一定の速さを保つ測定条件を整えることが難しく、特に低速領域のデータを取得することが困難である。
【0007】
この様に、動摩擦係数の計測方法は地道な方法を多数行う事で実現されているのが実情である。
動摩擦係数は摩擦のはたらく状況下で物体の移動に必要な力を算出する最も基礎的な情報である一方で、基礎法則からの予測が難しい複雑な現象であり実測に頼らざるを得ない情報である。一般的な物理学の枠組みでは動摩擦係数は一定値であるとして取り扱うが、実際には荷重や速度に依存して変化する事実も知られている。それらを統一的に予言しうる理論が存在せず、工学的な応用の際に実際の状況下での摩擦力を個別に実測する必要がある。摩擦力を実測する事は原理的には容易であり、一定の速度で物体を動かすための力をバネばかり等で実測すればよい。しかし、その実験の状況設定は必ずしも容易ではない。
【0008】
一方、下記特許文献1には、動画を用いて物体に働く力を簡便に測定する技術が記載されている。特許文献1に記載の技術によれば、物体が取り付けられたねじれ秤を構成するアームのビデオフレームの画像を生成し、ビデオフレームのアーム画像の重心点を決定し、該重心点のデータから回転角度を求めて物体に働く力を決定する。
【0009】
しかし、特許文献1には、動画を用いて動摩擦係数を測定することが開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記事実に鑑みなされたもので、摩擦力を直接的に測定することなく動画を用いてきわめて簡単に動摩擦係数を測定するための方法、装置及びプログラムを提供することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本発明の動摩擦係数を測定するための方法は、面上を滑走する物体の時系列的に並べられた静止画のフレームを取得し、前記フレームの各々において前記物体を同定し、同定された前記物体の画像を解析してフレーム毎に前記物体の位置を計算し、フレーム毎の前記物体の位置の時間変化率から前記物体の速さを計算し、前記速さの時間変化率から前記物体の加速度を計算し、前記物体の加速度と重力加速度とに基づいて、前記物体の前記面上における動摩擦係数を計算する、各工程を備えて構成したものである。
【0013】
好ましくは、前記物体の位置を計算する工程は、前記フレームの各々の静止画から前記物体の領域を各々抽出し、該領域の重心の位置を前記物体の位置として各々計算する。
好ましくは、前記物体を同定する工程は、前記物体の特徴を認識する工程を備える。例えば、前記物体の特徴は、該物体の色及び形状の少なくともいずれかである。
【0014】
また好ましくは、前記物体の速さを計算する工程では、フレーム間の時間に対する該フレーム間で生じた前記物体の位置の変化の比に基づいて前記物体の速さを計算する。
例えば、前記静止画のフレームは、一定のフレームレートで撮像されたものである。
【0015】
さらに好ましくは、前記物体の加速度を計算する工程は、前記物体の速さの時系列データに二次関数による最小二乗法を適用し、該二次関数の二次の係数として加速度を計算することを特徴とする。
【0016】
例えば、前記静止画のフレームを取得する工程は、ビデオカメラで前記物体を動画撮影する工程を備える。
本発明の別の態様に係る動摩擦係数を測定するための装置は、面上を滑走する物体の時系列的に並べられた静止画のフレームを格納するメモリと、前記フレームの各々において前記物体を同定する画像認識部と、同定された前記物体の画像を解析してフレーム毎に前記物体の位置を計算する位置計算部と、フレーム毎の前記物体の位置の時間変化率から前記物体の速さを計算する速さ計算部と、前記速さの時間変化率から前記物体の加速度を計算する加速度計算部と、前記物体の加速度と重力加速度とに基づいて、前記物体の前記面上における動摩擦係数を計算する、動摩擦係数計算部と、を備えて構成したものである。
【0017】
本発明のさらに別の態様に係るプログラムは、上述した動摩擦係数を測定するための方法を情報処理装置に実行させるように構成されたものである。
(本発明の作用効果)
本発明は、主として円滑な面上を滑走する物体の動摩擦係数を実測する技術的手段として、ただ物体を初速度を持って面上を滑らせ、それが摩擦力によって停止に至る様子をビデオ撮影し、そのビデオ解析によって動摩擦係数を速さの関数として得る手法である。物体を実際に能動的に低速で動かして摩擦力を実測する際に必要となるハードウェアが全て不要で、かつ、一度の測定で速度依存性が計測可能である。繰り返し計測により精度を向上させることも容易である。
【0018】
直接的な応用として、カーリング競技におけるカーリング石と氷面との間の動摩擦係数を、カーリング石の投石の様子をビデオ撮影し、動画をコンピュータを用いた解析計算を行うだけで、速度依存性と共に極めて簡便に瞬時に求める事が出来るようになる。カーリング競技において動摩擦係数は日々変動するものであると同時に勝敗を決する最重要な量であり、軌道の飛距離と偏向を予測する為に非常に有効な技術的手段の提供が可能になる。
【0019】
また、車のブレーキ性能においては、タイヤの動摩擦係数が安全性能に直結する量である。これも、試験車両がスリップした際の様子をビデオ撮影するだけで、速度依存性と共に停止能力である動摩擦係数を簡便に実測可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る、動摩擦係数測定装置の機能ブロック図である。
【
図2】
図2は、
図1の動摩擦係数測定装置を用いた、動摩擦係数測定方法のフローチャートである。
【
図3】
図3は、カーリング石が滑走する面の画像であって、(a)は、フレームの静止画、(b)は、着目するカーリング石を同定してその位置を計算する際のフレームの静止画である。
【
図4】
図4は、カーリング石の重心位置の軌跡を示すグラフである。
【
図5】
図5は、
図4のカーリング石の重心位置から計算されたカーリング石の速さの時間変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態を説明する。
図1には、本発明の本発明の一実施形態に係る、動摩擦係数測定装置1の機能ブロック図が示されている。同図に示されるように、動摩擦係数測定装置1は、面20上を滑走する物体Oを所定のフレームレートでビデオ撮影するビデオカメラ2と、ビデオカメラ2からのデータを入力するための入力部3と、入力部3を通して入力されたビデオカメラ2のデジタル信号(或いはアナログ信号)をキャプチャーして動画データに変換するビデオキャプチャー部4と、動画データを時系列順に並べられた2次元の静止画のフレームに変換する動画/静止画変換部5と、2次元の静止画のフレームF
1,F
2,F
3,……F
k……を格納するメモリ6と、を備えている。
【0022】
ビデオカメラ2は、デジタルビデオカメラやアナログビデオカメラの他、ビデオモードで使用されたデジタルカメラ、ミラーレスカメラ及び一眼カメラ等を用いることができる。また、スマートフォンやタブレット等の情報処理装置に備えられたビデオカメラをビデオカメラ2として使用することもできる。
【0023】
入力部3は、ビデオカメラ2と接続可能であり、ビデオカメラ2からの信号を入力するためのインターフェースデバイス(例えば、USB等)として実現することができる。或いは、入力部3は、ビデオカメラ2で撮影した動画データを保存したメモリ(USBメモリやSDカード)から動画データを読み取る読み取りデバイスで構成することもできる(この場合、ビデオキャプチャー部4を省略することができる)。すなわち、動摩擦係数測定装置1の構成2、3、4、5及び6は、ビデオカメラ2で撮影した動画データから静止画のフレームF1,F2,F3,……Fk……を動摩擦係数測定装置1に提供する任意の構成とすることができる。
【0024】
各フレームの静止画は、例えば、横辺(x方向)がmピクセル、縦辺(y方向)がnピクセルの総計m×nピクセルからなる矩形領域の位置(x,y)の各々における静止2次元光強度I(x,y,t)によって与えられる。ここで、x座標値及びy座標値は各々ピクセル単位の離散値で表される。また、時刻tは、フレーム単位の離散値t=t1,t2,t3,……tk……で表され、各時刻での静止画がフレームF1,F2,F3,……Fk……に各々対応する。フレームレートは、ビデオカメラ2の仕様若しくは設定により決定され、例えば30フレーム/秒であるが、本発明は、この例に限定されない。
【0025】
フレームの静止画がカラー画像の場合、静止2次元光強度画像Iは、RGB各色毎の輝度情報IR(x,y,t),IG(x,y,t),IB(x,y,t)によって表すことができる。
【0026】
また、動摩擦係数測定装置1は、物体Oの特徴を示す情報を格納するメモリ7と、メモリ7に格納された物体Oの特徴に基づいて、メモリ6に格納されている静止画のフレームF1,F2,F3,……Fk……の各々で物体Oを同定する画像認識部8と、各フレームで同定された物体Oの画像を解析して物体Oの位置pを各々計算する位置計算部9と、各フレームでの物体Oの位置pとビデオカメラ2のフレームレートとに基づいて物体Oの速さvを計算する速さ計算部10と、物体Oの速さvとフレームレートとに基づいて物体Oの加速度aを計算する加速度計算部11と、加速度aと重力加速度gとに基づいて、位置pと速さvとの関数としての動摩擦係数μ(p,v)を計算する動摩擦係数計算部12と、計算された動摩擦係数μを出力する出力部13とを備えている。
【0027】
メモリ7に格納されている物体Oの特徴を示す情報は、例えば、物体Oの色、形状、模様、或いは、それらの少なくとも2つの組み合わせである。静止画のフレームF1,F2,F3,……Fk……は、前述の通り多数のピクセルから構成され、画像認識部8は、これらの静止画の各々から物体Oの特徴色を示すピクセルのまとまった領域をサーチすることにより、各フレーム毎に物体Oの領域を同定してもよい。また、機械学習により形状や模様等の特徴を学習させたり、デジタルカメラで用いられているような顔認識や瞳認識等と同様の技術を用いて静止画から物体Oの特徴を示す領域Dの抽出を行ってもよい。さらに、静止画から物体候補の輪郭抽出を行い、閉じた輪郭を有する形状と、メモリ7に格納されている物体Oの形状との照合を行い、類似度の高い輪郭形状を物体Oと同定してもよい。
【0028】
物体Oの例として、面20上を滑走するカーリング石の例が
図3(a)に示されている。図示のように、カーリング石O
1、O
2、O
3は、黄色、もしくは赤色が着色されており、色抽出によってカーリング石の領域Dを同定することができる。
【0029】
位置計算部9は、各フレームの2次元静止画において同定された物体Oの領域Dを画像解析して、領域Dの代表点を物体Oの位置p(x,y)として座標計算する。このときの座標の原点は、例えば、物体Oが面20上を滑走開始したときの位置を選択することができるが、これに限定する必要はなく、静止画フレーム内の面20上の任意の位置を選択してもよい。
【0030】
物体Oの領域Dの代表点としては、静止画上で物体Oを構成するピクセルのうち物体O上で固定された点であればいずれの点でもよい。最も好ましくは、当該代表点は、物体Oの領域の重心である。物体Oの代表位置としての重心の位置rg(xg,yg)は、次式に示すとおり、領域D内の任意位置(x,y)に亘って光強度I(x,y,t)を重み付け係数として加重平均した位置として、位置計算部9によって決定される。
【0031】
【0032】
或いは、位置計算部9は、(1)式のように領域Dの内部のピクセル輝度情報ではなく、領域Dの輪郭を構成するピクセルの輝度情報から重心位置を計算してもよい。また、物体Oがある特徴色、例えば赤色で着色されている場合、(1)式においてI(x,y,t)の代わりに赤に関する輝度情報IR(x,y,t)を用いることによって赤色物体Oの重心位置を導出することができる。他の色、或いはRGBの混合色についても同様に導出することができる。
【0033】
位置計算部9は、(1)式を満足する重心位置rg(xg,yg)を次式の通り物体Oの位置pとする。
【0034】
【0035】
図3(a)のカーリング石への適用例の場合、位置計算部9は、
図3(b)に示されるように、左下の黄色のカーリング石O
1を、画像認識で選択し、その黄色の輝度重心の位置を自動的に算出する。なお、位置計算部9は、静止画のフレーム上での物体Oの位置pを、面20上での実際の位置に換算する。この換算は、例えば、ビデオカメラ2により合焦された物体Oまでの距離と、ビデオカメラ2のレンズの焦点距離に応じて、静止画上での原点から物体Oまでの距離を実際の面20上での原点から物体Oまでの距離に換算する。或いは、位置計算部9は、静止画に撮像されている所定の大きさを有する尺度(例えば、物体Oの直径等)から物体Oの実際の位置を計算してもよい。
【0036】
位置計算部9は、上記のような画像解析を全ての静止画フレームに対して実行し、それらを順番に並べる事で、各フレームの物体Oの位置pの時系列データp
1, p
2, p
3,……p
k……を得る。時系列データp
k(k=1,....)の各々は、位置p
kのX座標p
kxとY座標p
kyとの組み合わせからなり、二次元面上の動きである為、その水平面内の軌跡が
図4の様に得られる。
図4は、
図3(b)に示されるカーリング石O
1の重心位置の軌跡を示している。
図3(b)では、右側から回転して投げられたカーリング石が軌道を曲げながら静止する様子が自動的に計測できた。
【0037】
速さ計算部10は、位置計算部9により算出された位置pの時系列データp
1, p
2, p
3,……p
k……から物体Oの速さvを計算する。一例としてのビデオカメラ2のフレームレートが30フレーム/秒であるため、
図4に示される点の一つ一つは1/30秒毎の位置を示している。従って、
図4で示される、隣接する点の間の間隔は速さを反映している。位置の時間変化率が速度であり、この軌跡の情報から時々刻々の速度が求められる。そこで、速さ計算部10は、ビデオカメラ2のフレームレートで決定される隣接するフレーム間の時間に対する該フレーム間で生じた物体Oの位置の変化の比に基づいて、物体Oの速さを計算することができる。
【0038】
すなわち、速さ計算部10は、次式により、各位置pkにおける物体Oの速さvkを算出することができる。
【0039】
【0040】
ここで、Frはフレームレート(フレーム毎秒)である。
(3)式より、位置pの時系列データp1, p2, p3,……pk……から速さvの時系列データv1, v2, v3,……vk……を計算できることが分かる。
【0041】
加速度計算部11は、位置pkにおける物体Oの速さv1, v2, v3,……vk……の時間変化として物体Oの加速度a1, a2, a3,……ak……を計算する。
すなわち、加速度計算部11は、次式により、各位置pkにおける物体Oの加速度akを算出することができる。
【0042】
【0043】
(4)式より、速さvの時系列データv
1, v
2, v
3,……v
k……から加速度aの時系列データa
1, a
2, a
3,……a
k……を計算できることが分かる。
図5は
図4のカーリング石O
1の位置の軌跡に対して、速度の大きさの時間変化を求めたものである。すなわち、
図5は、カーリング石O
1の速さの時間変化を示しており、カーリング石O
1が減速してやがて静止する様子を表している。速さの変化率が加速度であるので、このデータから、傾きを求める事で加速度を求めることが出来る。
【0044】
(4)式の微分の定義通りに加速度を求める解析を行うと加速度aの時系列データが得られるが、求める加速度は通常、等加速度運動と見なした際の平均的な加速度だけである。この為、データ解析としては位置の時系列データpk(k=1,....)を時間の二次関数と見なし、ゼロ次、一次、二次の係数を最小二乗法で求める方法が最も有効であり、この方法では、二次の係数が加速度を与える。
【0045】
最小二乗法では、次の(5)式の様に定義されたχ2の値を最小にする、理論式中のパラメータを最適値として決定する。この場合、パラメータは、理論式中のゼロ次、一次、二次の係数に相当する。
【0046】
【0047】
また、この解析では誤差も評価出来る為、信頼性、不確かさを明記した情報が得られる。最小二乗法における誤差はχ2の値を最小値より1だけ増加させるパラメータの範囲として得られる。二次関数においてはこれらの最適値、誤差は解析的に解が厳密に求められており、特別な数値計算を行う必要はない。最小二乗法に使用するデータ範囲は目的に応じて最低3点から、全ての点まで選択できる。全ての点を用いる場合が等加速度運動に相当し、動摩擦係数の速度依存性に興味がない場合はこれで十分であり、最も精度が出る。
【0048】
動摩擦係数計算部12は、加速度計算部11により計算された加速度aから、物体Oの面20上での動摩擦係数μを計算する。なお、動摩擦係数μは、位置pと速さvとの関数であり得るため、μ(p,v)と表示することができる。
【0049】
面20上を滑走する物体Oにかかる力は、基本的に摩擦力だけであるから、減速は摩擦による。物体の運動方程式は、
ma=-μmg (6)
であり、加速度は物体の進行方向の逆を向く。つまり、減速である。ここで、mは物体の質量、μは動摩擦係数、aは加速度、gは重力加速度である。従って、未知の量である動摩擦係数は、加速度aを実測する事で
μ=-a/g (7)
と直接求められる。
【0050】
出力部13は、動摩擦係数計算部12により計算された動摩擦係数μ(p,v)を出力する。例えば、出力部13がディスプレイの場合、該ディスプレイ上で、面20の画像と、各位置p毎に、速さvと、動摩擦係数μとを表示するようにしてもよい。勿論、この例に限定されるものではなく、動摩擦係数の計算結果をプリンターで印刷するようにしてもよい。
【0051】
動摩擦係数測定装置1は、上述した動摩擦係数測定を実行させるプログラムをインストールしたコンピュータで実現するようにしてもよい。当該プログラムは、コンピュータにインストールされて実行されることにより、少なくとも、コンピュータのメモリ6に格納されている静止画のフレームに対して、画像認識部8、位置計算部9、速さ計算部10、加速度計算部11及び動摩擦係数計算部12の各機能を順次コンピュータに実行させる。勿論、当該プログラムは、入力部3の制御、ビデオキャプチャー部4、動画/静止画変換部5、出力部13等の一連の機能をさらに有していてもよい。
【0052】
また、動摩擦係数測定装置1を実現するコンピュータは、所謂ノートパソコンやデスクトップパソコン等のパーソナルコンピュータのみならず、スマートフォンやタブレット端末等の情報処理装置でも実現することができる。スマートフォンやタブレット端末等がビデオカメラを備えている場合、動摩擦係数測定装置1及びビデオカメラ2を一つの装置で実現することができる。
【0053】
次に、本発明の一実施形態に係る動摩擦係数測定装置1による動摩擦係数の計算の流れを
図2のフローチャートを用いて説明する。
図2に示されるように、最初に物体Oを面20上で滑走させる(ステップ100)。ステップ100では、例えば、物体Oに初速を与えて自由に滑走させてもよい。また、物体Oが車両のタイヤの場合、当該タイヤを装着した試験車両をスリップさせてもよい。或いは、物体Oが重量物で水平面での初速度を与える打ち出しが難しければ、面20を傾けて重力で滑らせてもよい。最大静止摩擦力を超える力を加えて滑り始めたのち、静止するまでの様子をビデオ撮影すればよい。最大静止摩擦力は動摩擦力よりも大きい為、止まらずに加速していく事がない面20の傾斜角が設定できる。
【0054】
次に、面20上を滑走する物体Oをビデオカメラ2でビデオ撮影する(ステップ102)。ビデオ撮影によって、静止画のフレームF
1,F
2,F
3,……F
k……が順次生成され、
図1の動摩擦係数測定装置1のメモリ6に格納される。
【0055】
次に、動摩擦係数測定装置1の画像認識部8が、メモリ7に格納された物体Oの情報に基づいて、フレームF1,F2,F3,……Fk……の各々の静止画において物体Oを認識し、物体Oの領域を同定する(ステップ104)。
【0056】
次に、動摩擦係数測定装置1の位置計算部9が、フレームF1,F2,F3,……Fk……の各々において同定された物体Oの領域を解析して物体Oの重心の位置p1, p2, p3,……pk……を計算する(ステップ106)。
【0057】
次に、動摩擦係数測定装置1の速さ計算部10が、フレームF1,F2,F3,……Fk……において、隣接する2つのフレーム毎の時間(1/フレームレート)に対する物体Oの位置p1, p2, p3,……pk……の変化の比を物体Oの速さvとして各々計算する(ステップ108)。これによって、位置p毎に、速さvの時系列データv1, v2, v3,……vk……が得られる。
【0058】
次に、動摩擦係数測定装置1の加速度計算部11が、物体Oの速さvの時間変化から、物体Oの加速度aを計算する(ステップ110)。このとき速さvの時系列データv1, v2, v3,……vk……から二次関数による最小二乗法を行い、各位置p毎に加速度の時系列データa1, a2, a3,……ak……を計算してもよい。
【0059】
最後に、物体Oの加速度aと重力加速度gとに基づいて(4)式により各位置p、速さvの関数として動摩擦係数μ(p、v)を計算する(ステップ112)。
本発明は、能動的に物体の運動を継続させる手続きが一切不要であり、初速を与えて自由に滑走する様子をビデオ撮影するだけで、停止直前に至る超低速領域まで動摩擦係数を一度に実測できてしまうものである。測定作業の時間とコストを桁違いに圧縮できると共に、従来の方法では取得が出来ない低速領域のデータの取得も可能となる。さらには、動摩擦係数は広い面上の場合等、面上の場所によって一定とも限らない。本発明はかような動摩擦係数の滑走経路依存性も一度に取得することが出来る。
【0060】
カーリングを例に取って説明する。得たい情報は、石によって底面の粗さが異なり、氷上で個体差のある動摩擦係数であり、その速度依存性である。競技者に必要な情報はまず当日の条件での動摩擦係数の平均値であり、次いで、氷上の位置によるその違い、石による違い、そして速さ、つまり停止に至るまでの位置による違いである。氷上の状態は日によって、更には時々刻々と変化しており、その正確な把握が重要である。
【0061】
そこで、事前、競技中を問わず、カーリング石の滑走する様子をビデオ撮影する。次いで、そのカーリング石の位置を画像解析によりフレームごとに計算する。この際、カーリング石は黄色、もしくは赤色が着色されており、色抽出によってカーリング石の位置の概算が出来、その周辺から輝度を画像ピクセル毎に求めてその重心を算出する。機械学習により特徴を学習させて位置を概算してから重心を正確に求めてもよい。ビデオ情報は通常、毎秒30フレームの静止画の連続した情報となっており、毎秒30個の精度でカーリング石位置を求めることが出来る。原理的には肉眼で位置を追う事も可能であるが、精度が出ない事と、作業量が膨大になるため実用化は現実的ではない。本発明では先行発明である特許文献1(特許第5578667号)で用いている画像処理による位置決定の高精度化を利用し、高精度かつ手間のかからない方法で物体位置を計測する。
【0062】
この発明で用いるのはデジタル動画撮影の可能なビデオカメラ2と、解析用のスマートフォンやパソコン等だけである。実験は専用の測定をする必要もなく、競技中のカーリング石のビデオ撮影をするだけでもよい。
【0063】
物体を自由に滑走させることが出来る対象であれば、動画撮影さえ出来ればパソコンだけで動摩擦係数を正確に求めることが出来る。大規模な設備投入も不要であり、迅速に評価が可能である。工場などの用途では大幅なコストダウンにつながるだけでなく信頼性が向上し、かつ、評価期間を短縮できる。カーリング競技支援という面では競技場で即時、データ取得から結果を得ることが出来る為、スポーツのIT支援技術として効果的である。
【0064】
本発明の応用範囲は広く、前述のブレーキ性能評価、スキーなどのスポーツ用品性能評価、免震構造評価の他、摩擦による熱発生の評価にも使用することができる。例えば、鉄道のパンダグラフの評価などにも本発明を用いることができる。また、ハードディスクの記録媒体である磁気ディスクの摩擦係数は重要な性能である一方で現在は測定のバネなどの装置を用いているため、本発明を応用することにより、その効果を享受することができる。
【0065】
さらに、本発明では、画像認識部8の画像解析技術と位置計算部9の高精度位置測定技術とを組み合わせることにより、動いている物体の位置を静止画フレームのピクセルの分解能を超えて測定可能となる。よって、本発明によれば、各フレームの物体の位置から求められた物体の加速度に基づいて物体が滑走する面の動摩擦係数を極めて高精度で求めることが可能となる。
【0066】
以上が、本発明の一実施形態であるが、本発明は上記例にのみ限定されるものではなく、本発明の範囲内で任意好適に変更可能である。
例えば(1)~(5)式は、任意好適に変更可能である。
【符号の説明】
【0067】
1 動摩擦係数測定装置
2 ビデオカメラ
3 入力部
4 ビデオキャプチャー部
5 動画/静止画変換部
6 静止画のフレームのためのメモリ
7 物体Oの情報を格納したメモリ
8 画像認識部
9 位置計算部
10 速さ計算部
11 加速度計算部
12 動摩擦係数計算部
13 出力部