(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-18
(45)【発行日】2023-07-26
(54)【発明の名称】燃料電池の運転方法
(51)【国際特許分類】
H01M 8/04 20160101AFI20230719BHJP
H01M 8/04701 20160101ALI20230719BHJP
H01M 8/04828 20160101ALI20230719BHJP
H01M 8/04746 20160101ALI20230719BHJP
H01M 8/1018 20160101ALI20230719BHJP
H01M 8/1067 20160101ALI20230719BHJP
H01M 4/90 20060101ALI20230719BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20230719BHJP
【FI】
H01M8/04 J
H01M8/04701
H01M8/04828
H01M8/04746
H01M8/1018
H01M8/1067
H01M4/90 X
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2021531510
(86)(22)【出願日】2021-06-01
(86)【国際出願番号】 JP2021020789
(87)【国際公開番号】W WO2021251207
(87)【国際公開日】2021-12-16
【審査請求日】2022-07-25
(31)【優先権主張番号】P 2020099761
(32)【優先日】2020-06-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坂上 智洋
(72)【発明者】
【氏名】出原 大輔
(72)【発明者】
【氏名】橋本 勝
【審査官】橋本 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-276979(JP,A)
【文献】国際公開第2020/075777(WO,A1)
【文献】特開2018-116781(JP,A)
【文献】国際公開第2013/099480(WO,A1)
【文献】特開2017-208299(JP,A)
【文献】特開2013-044032(JP,A)
【文献】特開2012-164492(JP,A)
【文献】特許第4815666(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00-8/2495
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質膜と触媒層とガス拡散層を有する膜電極複合体を
含むセルユニットを備えた燃料電池の運転方法であって、前記燃料電池
が備えるセルユニットの温度を100℃以上に設定する工程を含み、前記工程において燃料電池に供給される供給ガスの相対湿度を70%以上とし、且つ、前記供給ガスの背圧を330kPa以上とすることを特徴とする燃料電池の運転方法。
【請求項2】
前記供給ガスが、燃料電池のカソード側に供給される空気若しくは酸素ガス、及び/又は、燃料電池のアノード側に供給される水素ガスである請求項1記載の燃料電池の運転方法。
【請求項3】
前記供給ガスが、燃料電池のカソード側に供給される空気である請求項2記載の燃料電池の運転方法。
【請求項4】
前記電解質膜が固体高分子型電解質を含む請求項1~3のいずれか1項に記載の燃料電池の運転方法。
【請求項5】
前記固体高分子型電解質がプロトン伝導性ポリマーを含む請求項4記載の燃料電池の運転方法。
【請求項6】
前記プロトン伝導性ポリマーが炭化水素系ポリマーである請求項5記載の燃料電池の運転方法。
【請求項7】
前記電解質膜の軟化点が120℃以上である請求項1~6のいずれか1項に記載の燃料電池の運転方法。
【請求項8】
前記電解質膜の90℃80%RHにおける酸素ガス透過係数が1.0×10
-9cm
3・cm/cm
2・sec・cmHg以下である請求項1~7のいずれか1項に記載の燃料電池の運転方法。
【請求項9】
前記電解質膜の90℃80%RHにおける水素ガス透過係数が5.0×10
-9cm
3・cm/cm
2・sec・cmHg以下である請求項1~8のいずれか1項に記載の燃料電池の運転方法。
【請求項10】
前記触媒層が酸化物担体を含む請求項1~9のいずれか1項に記載の燃料電池の運転方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか1項に記載の燃料電池の運転方法において使用する燃料電池システムであって、電解質膜と触媒層とガス拡散層を有する膜電極複合体を
含むセルユニットを備えた燃料電池と、燃料電池に供給される供給ガスを加湿するための加湿器と、前記供給ガスの背圧を高めるためのコンプレッサを備えた燃料電池システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解質膜と触媒層とガス拡散層を有する膜電極複合体を備えた燃料電池の運転方法であって、高温運転時の供給ガスの湿度及び背圧を高めることで、高温条件下においても優れた発電性能を得ることができる燃料電池の運転方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、水素、メタノールなどの燃料を電気化学的に酸化することによって、電気エネルギーを取り出す一種の発電装置であり、近年、クリーンなエネルギー供給源として注目されている。なかでも固体高分子型燃料電池は、標準的な作動温度が100℃前後と低く、かつ、エネルギー密度が高いことから、比較的小規模の分散型発電施設、自動車や船舶など移動体の発電装置として幅広い応用が期待されている。また、小型移動機器、携帯機器の電源としても注目されており、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池などの二次電池に替わり、携帯電話やパソコンなどへの搭載が期待されている。
【0003】
固体高分子型燃料電池は通常、燃料ガスおよび酸化ガスを触媒層へ供給するガス拡散層と、発電を担う反応の起こるアノードとカソードの触媒層と、アノード触媒層とカソード触媒層間のプロトン伝導体となる高分子電解質膜とが、膜電極複合体(以降、MEAと略称することがある。)を構成し、このMEAがセパレータによって挟まれたセルをユニットとして構成されている。
【0004】
上記高分子電解質膜への要求特性としては、第一に高いプロトン伝導性が挙げられ、特に高温低加湿条件でも高いプロトン伝導性を有する必要がある。従来、パーフルオロスルホン酸系ポリマーであるナフィオン(登録商標)(デュポン社製)が高分子電解質膜に広く用いられてきた。ナフィオン(登録商標)はクラスター構造に起因するプロトン伝導チャネルを通じて高いプロトン伝導性を示す一方で、低加湿条件におけるプロトン伝導性に課題があった。
【0005】
一方、ナフィオン(登録商標)に替わり得る、炭化水素系高分子電解質膜の開発が近年活発化しており、中でも特に、プロトン伝導性向上に向け、疎水性セグメントと親水性セグメントからなるブロック共重合体を用いて、ミクロ相分離構造を形成させる試みがいくつかなされているが、依然として低加湿条件下におけるプロトン伝導性は課題であった。こうした状況から、燃料電池において、膜電極複合体中の水(特に電解質膜の含水量)を管理することが重要になる。
【0006】
一方で、固体高分子型燃料電池の更なる高性能化に向けて、100℃を超えるような運転温度の高温化が求められている。運転温度の上昇により触媒活性が向上し、発電性能が高まるとともに、ラジエータによる排熱効率が上昇することで燃料電池システムの小型化が実現できる。また、燃料ガス中に含まれる一酸化炭素などの被毒種による触媒被毒を低減し、不純物による性能低下を抑制することができる。しかし、運転温度の上昇は膜電極複合体、特に電解質膜からの脱水を引き起こし、プロトン伝導性を低下させるため、十分な性能が得られないという課題があった。そのため、高温、特に100℃を超える温度域で使用可能な電解質膜材料ならびに運転可能な燃料電池システムの開発が行われてきた。
【0007】
特許文献1には、作動温度100℃以上の高温で作動する固体高分子型燃料電池の電池構造として、ガスの圧損やアノード/カソード間圧力差の増大を抑制するセパレータ構造が記載されている。ここではカソードセパレータのガス流れ方向下流側の流路の断面積を、上流側の断面積より大きくすることで、カソードセパレータの圧損を低減し、エネルギー効率を高める構成が開示されている。
【0008】
また、特許文献2には、高いプロトン伝導性を有しつつ、高温高湿条件下でも膨潤し難く、優れた寸法安定性を有するプロトン伝導膜を備える固体高分子型燃料電池用膜-電極構造体が記載されている。ここでは電解質膜を特定の構成単位を有する分岐状ポリアリーレン系共重合体とすることで、高いスルホン酸当量においても寸法変化の小さい膜-電極構造体を提供する構成が開示されている。
【0009】
さらに、特許文献3では、燃料電池内の水分にほぼ無関係に動作する高温型高分子電解質膜燃料電池ならびにその運転方法が記載されている。ここでは、水分にほぼ無関係な状態で動作を行うためリン酸などの自己解離性化合物を膜中に保持した電解質を用いており、動作温度を80~300℃、動作圧力を0.3bar~5barとすることで、プロセスガス中のCO濃度やセル内に存在する水分量の影響を軽減する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2007-115413号公報
【文献】特開2009-238468号公報
【文献】特表2003-504805号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、本発明者らは、特許文献1,2に記載されたような固体高分子型電解質膜を用いた膜電極複合体に対して、高温運転下においてプロトン伝導性を維持するために加湿量を増加すると、供給ガス中の水分量が増加することで、反応ガス、特に酸化ガスの濃度が低下し、物質拡散抵抗が増大することで性能低下を引き起こすことを見出した。この点については、いずれの文献においても言及されていない。
【0012】
また、特許文献3に記載の電解質は、その強い酸性度のために触媒を強く被毒し、高温域での発電性能が低下する懸念がある。また、その使用に伴ってプロトン伝導性が低下する点も課題である。したがって、高温域において高い発電性能を維持するためには、リン酸などの自己解離性化合物を膜中に含まない固体高分子型ポリマーを用いた電解質を適切に加湿しつつ、電極近傍における反応ガスの濃度低下を抑制する必要がある。
【0013】
本発明は、かかる従来技術の背景に鑑み、高温条件下においても高分子電解質膜が十分に加湿され、優れた発電性能を得ることができる燃料電池の運転方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、かかる課題を解決するために、次のような手段を採用するものである。
すなわち、本発明の燃料電池の運転方法は、電解質膜と触媒層とガス拡散層を有する膜電極複合体(MEA)を含むセルユニットを備えた燃料電池の運転方法であって、前記燃料電池が備えるセルユニットの温度を100℃以上に設定する工程を含み、前記工程において燃料電池に供給される供給ガスの相対湿度を70%以上とし、且つ、前記供給ガスの背圧を330kPa以上とすることを特徴とするものである。
【0015】
また、本発明の燃料電池システムは、上記本発明の燃料電池の運転方法において使用する燃料電池システムであって、電解質膜と触媒層とガス拡散層を有する膜電極複合体を含むセルユニットを備えた燃料電池と、燃料電池に供給される供給ガスを加湿するための加湿器と、前記供給ガスの背圧を高めるためのコンプレッサを備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、高温条件下において高い発電性能を有する燃料電池の運転方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施例1で作製した膜電極複合体の作製方法を説明するための模式断面図である。
【
図2】本発明の実施例2で作製した膜電極複合体の作製方法を説明するための模式断面図である。
【
図3】本発明における燃料電池セルユニットの構造を説明するための斜視図である。
【
図4】本発明における燃料電池システムを説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0019】
〔膜電極複合体〕
本発明の膜電極複合体(MEA)は、電解質膜と、前記電解質膜の両側に設けられた触媒層と、前記触媒層の前記電解質膜とは逆側に接するように設けられたガス拡散層とを有している。
【0020】
(電解質膜)
本発明の膜電極複合体に含まれる電解質膜は特に限定されないが、固体高分子型電解質を含む電解質膜であることが好ましく、固体高分子型電解質としてはプロトン伝導性ポリマーを含む電解質であることが好ましい。
【0021】
本発明においては、プロトン伝導性ポリマーとしては、従来高分子電解質膜として広く用いられてきたパーフルオロスルホン酸系ポリマーを使用することができるが、近年開発が活発化している炭化水素系ポリマーを含む高分子電解質膜を用いることが好ましい。炭化水素系ポリマーを含む高分子電解質膜は、安価で、燃料クロスオーバーを抑制し、機械強度に優れ、軟化点が高く高温での使用に耐えるという点で、パーフルオロスルホン酸系ポリマーに替わり得る電解質膜である。
【0022】
なかでも特に、低加湿プロトン伝導性向上に向け、疎水性セグメントと親水性セグメントからなる、ブロック共重合体を用いて、ミクロ相分離構造を形成させる試みがいくつかなされている。このような構造のポリマーを用いることで、疎水性セグメント同士の疎水性相互作用や凝集等により機械強度が向上し、親水性セグメントのイオン性基同士の静電相互作用等によりクラスター化が進行し、イオン伝導チャネルを形成することでプロトン伝導性が向上する。
【0023】
これらの電解質膜中をプロトンが移動するメカニズムとして、プロトンが水和したヒドロニウムイオン自体が移動するビークル機構、ならびに基質と結合したプロトンが別の基質へとホッピングするグロータス機構が提唱されている。水分子の少ない低加湿条件下においては、グロータス機構に基づくスルホン酸基のホッピングによる移動が支配的となる。
【0024】
こうした状況下において、フッ素系電解質膜等の場合、分子構造の中に含まれるスルホン酸基の酸解離定数が小さく、プロトンが解離しやすいため、ホッピングによるプロトン伝導が進行しやすい。一方、炭化水素系ポリマーを含む高分子電解質膜では、分子中のスルホン酸基の酸解離定数が、フッ素系電解質膜と比較して大きく、プロトンの解離が生じにくいため、低加湿条件下におけるプロトン伝導度の低下がフッ素系電解質膜と比較して大きくなる。ここでいう酸解離定数とはある物質の酸強度を表すための指標の一つであり、酸からプロトンが放出される解離反応における平衡定数の負の常用対数pKaによって表される。
【0025】
本発明において、炭化水素系ポリマーとしては芳香族炭化水素系ポリマーが好ましい。芳香族炭化水素系ポリマーの具体例としては、主鎖に芳香環を有するポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンオキシド、ポリアリーレンエーテル系ポリマー、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリパラフェニレン、ポリアリーレン系ポリマー、ポリアリーレンケトン、ポリエーテルケトン、ポリアリーレンホスフィンホキシド、ポリエーテルホスフィンホキシド、ポリベンズオキサゾール、ポリベンズチアゾール、ポリベンズイミダゾール、芳香族ポリアミド、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミドスルホン等のポリマーが挙げられる。
【0026】
なお、ポリエーテルスルホンとはその分子鎖にエーテル結合およびスルホン結合を有しているポリマーの総称である。また、ポリエーテルケトンとはその分子鎖にエーテル結合およびケトン結合を有しているポリマーの総称であり、ポリエーテルケトンケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトンスルホンなどを含むものであり、特定のポリマー構造を限定するものではない。
【0027】
これらの芳香族炭化水素系ポリマーのなかでも、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンオキシド、ポリアリーレンエーテル系ポリマー、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリアリーレンケトン、ポリエーテルケトン、ポリアリーレンホスフィンホキシド、ポリエーテルホスフィンホキシド等のポリマーが、機械強度、物理的耐久性、加工性および耐加水分解性の面から好ましく、ポリエーテルケトンがより好ましい。ポリエーテルケトンとしては、イオン性基を有するベンゾフェノン構造を有するセグメントと、ジオキソラン構造を有するセグメントからなるブロック共重合体が更に好ましい。
【0028】
芳香族炭化水素系ポリマーの合成方法は、前記した特性や要件を満足できれば特に限定されるものではない。かかる方法としては、例えばジャーナル オブ メンブレン サイエンス(Journal of Membrane Science),197,2002,p.231-242に記載された方法を用いることができる。
【0029】
一例として、重縮合反応により芳香族炭化水素系ポリマーを合成する場合の好ましい重合条件を以下に示す。重合は、0~350℃の温度範囲で行うことができるが、50~250℃の温度であることが好ましい。0℃より低い場合には、十分に反応が進まない傾向にあり、350℃より高い場合には、ポリマーの分解も起こり始める傾向がある。反応は、溶媒中で行うことが好ましい。使用できる溶媒としては、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、N-メチル-2-ピロリドン、ジメチルスルホキシド、スルホラン、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン、ヘキサメチルホスホントリアミド等の非プロトン性極性溶媒などを挙げることができるが、これらに限定されることはなく、芳香族求核置換反応において安定な溶媒として使用できるものであればよい。これらの有機溶媒は、単独でも2種以上の混合物として使用されても良い。
【0030】
縮合反応を溶媒中で行う場合、得られるポリマー濃度が5~50重量%となるようにモノマーを配合することが好ましい。ポリマー濃度が5重量%よりも少ない場合は、重合度が上がりにくい傾向がある。一方、ポリマー濃度が50重量%よりも多い場合には、反応系の粘性が高くなりすぎ、反応物の後処理が困難になる傾向がある。
【0031】
本発明において、芳香族炭化水素系ポリマーはイオン性基を有していてもよい。芳香族炭化水素系ポリマーに対してイオン性基を導入する方法は、イオン性基を有するモノマーを用いて重合する方法と、高分子反応でイオン性基を導入する方法が挙げられる。イオン性基を有するモノマーを用いて重合する方法としては、繰り返し単位中にイオン性基を有したモノマーを用いれば良く、必要により適当な保護基を導入して重合した後に脱保護基を行ってもよい。
【0032】
イオン性基を導入する方法について例を挙げて説明すると、芳香環をスルホン化する方法、すなわちスルホン酸基を導入する方法としては、たとえば特開平2-16126号公報あるいは特開平2-208322号公報等に記載の方法がある。
【0033】
具体的には、例えば、芳香環をクロロホルム等の溶媒中でクロロスルホン酸のようなスルホン化剤と反応させたり、濃硫酸や発煙硫酸中で反応させたりすることによりスルホン化することができる。スルホン化剤には芳香環をスルホン化するものであれば特に制限はなく、上記以外にも三酸化硫黄等を使用することができる。この方法により芳香環をスルホン化する場合には、スルホン化の度合いはスルホン化剤の使用量、反応温度および反応時間により、容易に制御できる。芳香族系高分子へのスルホンイミド基の導入は、例えばスルホン酸基とスルホンアミド基を反応させる方法によって可能である。
【0034】
イオン性基は、負電荷を有する官能基が好ましく、特にプロトン交換能を有する官能基が好ましい。このような官能基としては、スルホン酸基、スルホンイミド基、硫酸基、ホスホン酸基、リン酸基、カルボン酸基が好ましく用いられる。ここで、スルホン酸基は下記一般式(f1)で表される基、スルホンイミド基は下記一般式(f2)で表される基[一般式(f2)中、Rは任意の有機基を表す。]、硫酸基は下記一般式(f3)で表される基、ホスホン酸基は下記一般式(f4)で表される基、リン酸基は下記一般式(f5)または(f6)で表される基、カルボン酸基は下記一般式(f7)で表される基を意味する。
【0035】
【0036】
かかるイオン性基は、前記官能基(f1)~(f7)が塩となっている場合を含むものとする。前記塩を形成するカチオンとしては、任意の金属カチオン、NR4+(Rは任意の有機基)を例として挙げることができる。金属カチオンの場合、その価数は特に限定されない。好ましい金属イオンの具体例としては、Li、Na、K、Rh、Mg、Ca、Sr、Ti、Al、Fe、Pt、Rh、Ru、Ir、Pdのイオンが挙げられる。中でも、本発明に用いるブロック共重合体には、安価で、容易にプロトン置換可能なNa、K、Liのイオンが好ましく使用される。
【0037】
これらのイオン性基はポリマー中に2種類以上含むことができ、組み合わせはポリマーの構造などにより適宜決定することができる。中でも、高プロトン伝導度の点からスルホン酸基、スルホンイミド基または硫酸基を用いることがより好ましく、原料コストの点からはスルホン酸基を有することが最も好ましい。
【0038】
本発明の電解質膜としては、その軟化点が120℃以上であることが望ましい。軟化点が120℃未満であると、100℃を超える運転温度において電解質膜の機械的強度が低下し、クリープや膜破れといった劣化を引き起こす場合がある。高温条件下での耐久性を維持するために、120℃以上の軟化点を有する電解質膜を適用することが好ましい。本発明において軟化点は、電解質膜の動的粘弾性測定における貯蔵弾性率の傾きが変曲点を示す温度とする。
【0039】
そのような高い軟化点を有する高分子電解質膜として、前述の炭化水素系ポリマーを含む高分子電解質膜を用いることが好ましい。一般的なパーフルオロスルホン酸系ポリマーの軟化点は80℃付近であり、100℃を超える運転温度では十分な機械強度を有しない場合がある。一方で炭化水素系ポリマーの軟化点はより高く、120℃以上の軟化点を有する電解質膜を作製することが容易である。これにより、高温条件下で運転する燃料電池に含まれる電解質膜として、炭化水素系ポリマーからなる高分子電解質膜をより好適に用いることができる。
【0040】
本発明の電解質膜としては、その90℃80%RHにおける酸素ガス透過係数が1.0×10-9cm3・cm/cm2・sec・cmHg以下であることが好ましく、5.0×10-10cm3・cm/cm2・sec・cmHg以下であることがより好ましく、1.0×10-10cm3・cm/cm2・sec・cmHg以下であることが更に好ましい。電解質膜の酸素ガス透過性が高いことで、膜を透過した酸素と対極に供給される水素の化学反応によって生じる、膜の化学的劣化を引き起こす過酸化水素の生成量が増大する。特に高温条件においては、通常、電解質膜へのガスの飽和溶解度は低下傾向にあるものの電解質膜中におけるガスの拡散速度が大幅に増加することから、結果としてガス透過係数は増加することが多い。100℃を超える運転温度において十分な化学的耐久性を維持するために、90℃80%RHにおける酸素ガス透過係数が1.0×10-9cm3・cm/cm2・sec・cmHg以下であれば、過酸化水素の生成に伴う化学的耐久性の低下を抑制することができる。
【0041】
本発明の電解質膜としては、その90℃80%RHにおける水素ガス透過係数が5.0×10-9cm3・cm/cm2・sec・cmHg以下であることが好ましく、1.0×10-9cm3・cm/cm2・sec・cmHg以下であることがより好ましい。電解質膜の水素ガス透過性が高いことで、膜を透過した水素と対極に供給される酸素の化学反応によって生じる、膜の化学的劣化を引き起こす過酸化水素の生成量が増大する。特に高温条件においては、通常、電解質膜へのガスの飽和溶解度は低下傾向にあるものの電解質膜中におけるガスの拡散速度が大幅に増加することから、結果としてガス透過係数は増加することが多い。100℃を超える運転温度において十分な化学的耐久性を維持するために、90℃80%RHにおける水素ガス透過係数が5.0×10-9cm3・cm/cm2・sec・cmHg以下であれば、過酸化水素の生成に伴う化学的耐久性の低下を抑制することができる。
【0042】
本発明において、90℃80%RHにおける電解質膜の酸素、水素それぞれのガス透過係数は、下記条件に従い測定した。ガス透過係数は試験回数3回の平均値で算出した。
装置:差圧式ガス透過率測定システムGTR-30AX(GTRテック(株)製)
温度×相対湿度:90℃×80%RH
試験ガス:酸素、水素
試験ガス圧力:水蒸気を含む全圧は101.3kPa(大気圧)
90℃80%RH測定時、各測定ガスの分圧は45.2kPa
ガス透過面積:3.14cm2 (直径2.0cmの円形サンプル) *マスキングを実施
測定n数:3(同一サンプルを用いて測定)
【0043】
電解質膜のガス透過係数を低下させやすいことから、本発明で使用する高分子電解質は炭化水素系ポリマーであることが好ましい。また、十分な機械強度、ガス遮断性を得るためには、高分子電解質が結晶性を有する芳香族炭化水素系ポリマーであることが好ましい。ここで、「結晶性を有する」とは昇温すると結晶化されうる結晶化可能な性質を有しているか、あるいは既に結晶化していることを意味する。
結晶性の有無の確認は、示差走査熱量分析法(DSC)あるいは広角X線回折によって実施される。本発明においては、製膜後に示差走査熱量分析法によって測定される結晶化熱量が0.1J/g以上であるか、もしくは、広角X線回折によって測定される結晶化度が0.5%以上であることが好ましい。すなわち、示差走査熱量分析法において結晶化ピークが認められない場合は、既に結晶化している場合と、高分子電解質が非晶性である場合が考えられるが、既に結晶化している場合は広角X線回折によって結晶化度が0.5%以上となる。
【0044】
電解質膜の膜厚は、特に限定されるものではないが、20μmより厚いと発電性能が低下する傾向があり、5μm未満であると耐久性や取り扱い性が低下する傾向にあるため、5μm以上20μm以下が好ましい。電解質膜の膜厚が5μm未満の場合、膜中に保持される水分量が少なく、高温条件下において膜の乾燥が早期に進み、発電性能の低下が起こる場合がある。
【0045】
(触媒層)
本発明の触媒層は、イオン伝導体と、触媒を担体上に担持した触媒担持粒子から構成される。触媒には、酸化及び還元反応に高い活性を示す白金、金、ルテニウム、イリジウムといった貴金属種が好ましく使用されるが、これに限定されるものではない。担体としては導電性を有し化学的安定性が高く、かつ高い表面積を有する炭素粒子や酸化物粒子が好ましく、特に金属酸化物粒子が好ましい。炭素粒子としてはアセチレンブラック、ケッチェンブラック、バルカンカーボンなどが挙げられ、金属酸化物粒子としては酸化スズ、酸化チタンなどが挙げられる。
【0046】
本発明においては特に、100℃以上の酸化雰囲気下においても化学的に安定な金属酸化物担体を適用することが好ましい。炭素粒子は100℃以上の酸化雰囲気において酸化が促進され、炭素粒子上に担持された触媒粒子の脱離やシンタリングによる劣化を加速する場合がある。金属酸化物担体の適用により高温運転条件における触媒担体の劣化を抑制し、高い発電性能を維持することができる。
【0047】
(ガス拡散層)
本発明のガス拡散層は、炭素シートならびにマイクロポーラス層を含んでいる。すなわち、炭素シート上にマイクロポーラス層を形成することにより作製することができる。
【0048】
マイクロポーラス層はPTFEなどの撥水性樹脂と導電性フィラーから構成される。導電性フィラーとしては、炭素粉末が好ましい。炭素粉末としては、ファーネスブラック、アセチレンブラック、ランプブラックおよびサーマルブラックなどのカーボンブラックや、鱗片状黒鉛、鱗状黒鉛、土状黒鉛、人造黒鉛、膨張黒鉛、および薄片グラファイトなどのグラファイト、カーボンナノチューブ、線状カーボン、炭素繊維のミルドファイバーなどが挙げられる。それらの中でもフィラーである炭素粉末としては、カーボンブラックがより好ましく用いられ、不純物が少ないことからアセチレンブラックが好ましく用いられる。
【0049】
本発明において、保水性を高めるとの観点から、マイクロポーラス層に用いられる撥水性樹脂量を低減することが好ましい。また、撥水性樹脂に代わり結着性を有する親水性樹脂を用いることでも、膜電極複合体としての保水性をさらに高めることができる。
【0050】
炭素シートは、セパレータから供給されるガスを触媒層へと拡散するための高いガス拡散性と、電気化学反応に伴って生成する水をセパレータへ排出するための高い排水性のため、多孔質であることが重要である。さらに本発明の炭素シートは、発生した電流を取り出すために高い導電性を有することが好ましい。このため炭素シートを得るためには、導電性を有する多孔体を用いることが好ましい。より具体的には、炭素シートを得るために用いる多孔体は、例えば、炭素繊維織物、カーボンペーパーおよび炭素繊維不織布などの炭素繊維を含む多孔体、および炭素繊維を含む炭素質の発泡多孔体を用いることが好ましい。
【0051】
中でも、耐腐食性が優れていることから、炭素シートを得るためには炭素繊維を含む多孔体を用いることが好ましく、さらには、電解質膜の面に垂直な方向(厚さ方向)の寸法変化を吸収する特性、すなわち「ばね性」に優れていることから、炭素繊維の抄紙体を炭化物(結着材)で結着してなるカーボンペーパーを用いることが好ましい。
【0052】
(膜電極複合体の作製方法)
上述した電解質膜と触媒層とガス拡散層とを有する膜電極複合体(MEA)の作製方法は、(I)ガス拡散層の一方の面に触媒層が形成されたガス拡散電極(GDE)を作製し、作製したガス拡散電極(GDE)を電解質膜と積層する方法、(II)触媒層つき電解質膜(CCM)を作製し、作製した電解質膜(CCM)をガス拡散層と積層する方法とに大別される。
【0053】
図2は、上記(I)の方法(後述する実施例2の方法)を説明するための模式断面図である。
(I)の方法の場合、まず、ガス拡散層であるアノードガス拡散層1a及びカソードガス拡散層1bのマイクロポーラス層形成面に、アノード触媒層2a及びカソード触媒層2bをそれぞれ形成した2枚のガス拡散電極(GDE)を作製する。次いで、電解質膜がアノード及びカソードガス拡散電極の触媒層形成面と直接接するように配置され、接合される。
【0054】
図1は、上記(II)の方法(後述する実施例1の方法)を説明するための模式断面図である。
(II)の方法の場合、まず、電解質膜3の両面にアノード触媒層2a及びカソード触媒層2bが積層した触媒層つき電解質膜(CCM)を作製する。次いで、アノード及びカソード電極基材(アノードガス拡散層1a及びカソードガス拡散層1b)がCCMの触媒層形成面と直接接するように配置され、接合される。
【0055】
電解質膜と触媒層とガス拡散層の接合法は特に制限されず、公知の方法(例えば、電気化学,1985, 53, p.269.記載の化学メッキ法、電気化学協会編(J. Electrochem. Soc.)、エレクトロケミカル サイエンス アンド テクノロジー(Electrochemical Science and Technology),1988, 135, 9, p.2209. 記載のガス拡散電極の加熱プレス接合法など)を適用することが可能である。
【0056】
電解質膜と触媒層とガス拡散層をプレスにより一体化する場合は、その温度や圧力は、電解質膜の厚さ、水分率、触媒層や電極基材により適宜選択すればよい。具体的なプレス方法としては、圧力やクリアランスを規定したロールプレスや、圧力を規定した平板プレスなどが挙げられ、これらは工業的生産性やイオン性基を有する高分子材料の熱分解抑制などの観点から0℃~250℃の範囲で行うことが好ましい。加圧は電解質膜や電極の保護の観点からできる限り弱い方が好ましく、平板プレスの場合、10MPa以下の圧力が好ましい。プレス工程による複合化を実施せずに電極と電解質膜を重ね合わせて燃料電池セル化することも、アノード電極とカソード電極の短絡防止の観点から好ましい選択肢の一つである。この方法の場合、燃料電池として発電を繰り返した場合、短絡箇所が原因と推測される電解質膜の劣化が抑制される傾向があり、燃料電池として耐久性が良好となる。
【0057】
具体的には、前述のように電解質膜、ガス拡散層、触媒層を
図1および
図2に示されるように積層し、一定温度・圧力でプレスすることにより、MEAを製造することが好ましい。このような積層およびプレスは両面同時に行っても、片面ずつ行ってもよい。
【0058】
連続的に膜電極複合体を製造する方法としては、ロール状電解質膜を製造した後、触媒層及び/又はガス拡散層と積層し、一定温度・圧力でプレスを行う方法が挙げられる。基材、電解質膜、または基材付き電解質膜などのフィルム状部材を積層する際には、それぞれのフィルム状部材に張力をかけながら実施するのが好ましく、各工程の間にテンションカットを設ける方法などによって、変化させることができる。テンションカットは、例えばロールにモーター、クラッチ、ブレーキ等を設置したものが挙げられ、フィルムに与えられる張力を検知する検知手段を備えることが好ましい。テンションカットに用いられるローラーとして、例えば、ニップローラー、サクションローラー、または複数のローラーの組み合わせ等が挙げられる。ニップローラーは、フィルムをローラーで挟み込み、挟み込み圧力により生じる摩擦力によってフィルムの送り速度を制御し、その結果、フィルムにかかる圧力をローラーの前後で変化させることができる。サクションローラーは、表面に多くの穴の開いたローラー、またはワイヤーを巻き付けて網状または簀の子状にしたローラーの内部を吸引し、負圧にすることによって、フィルム状部材を吸い付け、その吸引力によって生じる摩擦力によってフィルム状部材の送り速度を制御し、その結果、フィルム状部材にかかる圧力をローラーの前後で変化させることができる。
【0059】
〔燃料電池セルユニット〕
図3は、本発明における燃料電池セルユニット10の構造を説明するための斜視図である。
前述のようにして作製した膜電極複合体4はアノードセパレータ5a及びカソードセパレータ5bと接合されて燃料電池セルユニット10を構成する。アノードセパレータ5aのアノードガス拡散層1aと接合する面には水素ガス6が通過する流路となる複数の溝が形成されている。アノードセパレータ5aの溝に供給された水素ガス6は、アノードガス拡散層1aを通過してアノード触媒層2aに到達し、酸化反応に使用される。また、カソードセパレータ5bのカソードガス拡散層1bと接合する面には空気又は酸素ガス7が通過する流路となる複数の溝が形成されている。アノードセパレータ5bの溝に供給された空気又は酸素ガス7は、カソードガス拡散層1bを通過してカソード触媒層2bに到達し、還元反応に使用される。
【0060】
〔燃料電池システム〕
図4は、本発明における燃料電池システム20を説明するための模式図である。
燃料電池システム20は、燃料電池スタック11、加湿器12a,12b、コンプレッサ13a,13b、背圧弁14a,14b、及びこれらを接続する配管、並びに各種のセンサーから主に構成されている。前述のようにして作製した燃料電池セルユニット10(
図3)は冷却板(不図示)と交互に接続され一体化されて燃料電池スタック11を構成する。
【0061】
(加湿器)
加湿器は燃料電池セルへの供給ガスを加湿する目的で用いられる。加湿器は燃料電池スタック11へのガス供給口より上流側に配置される。このとき、燃料電池の運転温度に応じて加湿器から供給される水分量を制御することで、どのような運転温度であっても適切に電解質膜を加湿することができる。加湿方法としては、加熱した水を含む水層の中に供給ガスを通す方法(バブラー方式)や、水蒸気を供給ガスに直接添加して混入させる方法(水蒸気添加方式)などが用いられる。本発明の運転方法では燃料電池の運転温度が100℃を超えるため、加湿器に供給されるガスも同等以上の高温になることから、100℃以上の温度域においても供給ガスの加湿が十分に実施でき、かつ高温耐久性を有する加湿器が好ましい。
【0062】
(コンプレッサ)
コンプレッサは燃料電池セルへの供給ガスを高圧化する目的で用いられる。コンプレッサは供給ガス、特にカソードガス(空気又は酸素ガス)を圧縮し、燃料電池に高圧化したガスを供給する。カソードガスを圧縮するコンプレッサは、カソードガスとして空気を用い、常に燃料電池システム外から空気を吸入する場合は、空気吸気口と燃料電池スタックのガス供給口との間に配置され、供給ガスを燃料電池システム内で循環させる構成においては、ガス排出口からガス供給口に向かう経路の間に配置される。
【0063】
(冷却液)
冷却液は燃料電池セルの運転温度を制御する目的で用いられる。冷却液は冷却液循環ポンプを介して冷却板へと供給され、燃料電池スタックで発電時に発生する熱を吸熱し、ラジエータ(不図示)にて放熱する。本発明の運転方法では燃料電池の運転温度が100℃を超えるため、冷却液も同等の高温になることから、100℃以上の温度域においても燃料電池スタックの冷却が十分に実施でき、かつ低い蒸気圧を有する冷却液が好ましい。
【0064】
〔燃料電池の運転方法〕
本発明の燃料電池の運転方法は、上述した燃料電池システムを用い、燃料電池の運転温度を100℃以上に設定する工程を含み、この工程において、燃料電池に供給される供給ガスの相対湿度を70%以上となるよう設定し、且つ、前記供給ガスの背圧を330kPa以上となるよう設定することを特徴とする。
本発明において、相対湿度(%RH)とはある温度における飽和水蒸気圧に対する水蒸気圧を意味し、背圧とは燃料電池スタックの出口における供給ガスの圧力を意味する。また、本発明における圧力は絶対圧を意味する。
【0065】
本発明の燃料電池の具体的な運転方法を、
図4(燃料電池システム20)を用いて以下に説明する。
【0066】
本発明において、燃料電池スタック11内の各燃料電池セルユニット10(
図3)の運転温度は、例えば、ヒーター等を用いて燃料電池スタック11の外部から加熱することにより100℃以上に加熱される。燃料電池セルユニット10の温度は、セル内に埋め込んだ熱電対を用いる方法や、サーモグラフィー(赤外線温度画像装置)を用いる方法などにより測定しつつ、ヒーター等の加熱温度を調節することにより、100℃以上に設定することができる。燃料電池スタック11内では温度分布が生じていてもよいが、燃料電池スタック11内の全てのセルユニット10が100℃以上となるよう設定する必要がある。本発明においては、燃料電池セルユニット10の運転温度は100℃以上であればよいが、好ましくは105℃以上、より好ましくは110℃以上、更に好ましくは115℃以上に設定される。また、燃料電池セルユニット10の運転温度の上限は、通常150℃以下であり、好ましくは140℃以下、更に好ましくは130℃以下に設定される。運転温度の上記上限値と上記下限値はいずれの温度を組み合わせてもよい。
【0067】
燃料ガスである水素ガスは水素タンク18に貯留されている。水素ガスは水素タンク18から水素ガス供給管6cを経てコンプレッサ13aに供給される。コンプレッサ13aにおいて水素ガスは圧縮され高圧化される。高圧化された水素ガスは加湿器12aに供給される。このとき、水素ガスは燃料電池セルユニット10の温度に対する相対湿度が70%以上となるよう加湿され、水素ガスの温度は加湿量に相当する露点と同じもしくは露点より高い温度に加熱されるよう設定される。また、水素ガスの湿度は、湿度センサー16により所定の加湿量に設定されていることが確認される。次いで、加湿された水素ガスは燃料電池スタック11の水素ガス供給口から燃料電池スタック11の内部に供給され、各燃料電池セルユニットのアノードセパレータ5a(
図3)に供給される。
【0068】
燃料電池セルユニットで使用されなかった水素ガス6は、燃料電池スタック11の水素ガス排出口から水素ガス排出管6dを経て排出される。このとき、燃料電池セルスタックの出口において測定される水素ガスの背圧は330kPa以上となるよう設定される。水素ガスの背圧は、水素ガス排出管6dに設けられた圧力センサー17により測定することができ、コンプレッサ13aと背圧弁14aにより所定の背圧となるよう調節することができる。
【0069】
一方、酸化ガスである空気は空気吸気口から導入され、空気供給管7cを経てコンプレッサ13bに供給される。コンプレッサ13bにおいて空気は圧縮され高圧化される。高圧化された空気は加湿器12bに供給される。このとき、空気は燃料電池セルユニット10の温度に対する相対湿度が70%以上となるよう加湿され、空気の温度は加湿量に相当する露点と同じもしくは露点より高い温度に加熱されるよう設定される。また、空気の湿度は、湿度センサー16により所定の加湿量に設定されていることが確認される。次いで、加湿された空気は燃料電池スタック11の空気供給口から燃料電池スタック11の内部に供給され、各燃料電池セルユニットのカソードセパレータ5b(
図3)に供給される。
【0070】
燃料電池セルユニットで使用されなかった空気7は、燃料電池スタック11の空気排出口から空気排出管7dを経て排出される。このとき、燃料電池セルスタックの出口において測定される空気の背圧は330kPa以上となるよう設定される。空気の背圧は、空気排出管7dに設けられた圧力センサー17により測定することができ、コンプレッサ13bと背圧弁14bにより所定の背圧となるよう調節することができる。
【0071】
燃料電池スタック20内では燃料電池による発電により熱が発生する。この熱を回収するために、冷却液が冷却液循環ポンプ19により燃料電池スタック20内に供給される。燃料電池スタック20内に供給された冷却水は、各燃料電池セルユニット10の間に配設された冷却板(不図示)などを経由して、熱を回収し温水として燃料電池スタック20の外部に排出される。回収された排熱はさらに有効活用することができる。
【0072】
すなわち、本発明においては、運転中の燃料電池が100℃以上の高温になるときに、供給ガスの相対湿度を70%以上となるよう設定することで、膜電極複合体、特に電解質膜を適切に加湿できる量の水蒸気を供給することができる。さらに、それによって水蒸気圧が上昇したときにも、供給ガスの背圧を特定値以上に高めることで膜電極複合体の電極に十分な量の反応ガスを供給することができる。これにより、触媒活性および排熱効率を高めつつ、電解質膜のプロトン伝導抵抗ならびに電極反応における物質拡散抵抗の上昇を抑制することができ、燃料電池の高性能化が実現できる。
【0073】
燃料電池の運転時には、燃料電池セルユニット10(
図3)において、アノード側に水素ガス6、カソード側に空気もしくは酸素ガス7が供給される。アノード電極では水素が還元されてプロトンと電子が生成し、電解質膜中を伝導したプロトンと外部回路を伝導した電子がカソード電極にて酸素と反応し、水が生成する。アノード電極およびカソード電極での水素ならびに酸素の消費量は、外部回路に流れる電流量と比例関係にあり、電極近傍に供給される水素ならびに酸素が不足すると、物質拡散抵抗として性能低下の要因となる。
【0074】
前述の通り、固体高分子電解質中のプロトン伝導には膜中の水が寄与しており、その伝導度は膜の含水率に依存する。供給ガス中の湿度低下や運転温度の上昇により膜中の水分量が減少すると、プロトン伝導抵抗が増大し、性能低下を引き起こす。したがって、高性能な燃料電池を得るためには供給ガス中の水素ならびに酸素量と水分量を適切に管理する必要がある。
【0075】
100℃以上の高温域では電解質膜からの脱水速度が大きく、膜中の含水量を維持するためには高湿度のガスを供給する必要がある。本発明においては、具体的には、カソード側に供給される空気又は酸素ガスと、燃料電池のアノード側に供給される水素ガスの少なくともいずれか一方の相対湿度を70%以上、好ましくは75%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは85%以上とすることで、プロトン伝導抵抗の増大を抑制することができる。
【0076】
一方、100℃以上の高温域では100℃以下の温度域と比較して飽和水蒸気圧が非常に大きくなるため、ガス中の湿度を100℃以下の温度域と同等に保つためには水蒸気分圧が非常に大きくなる。そうした条件下においても、電極反応に必要な水素ならびに酸素を供給するために、供給ガスの背圧を所定値以上に設定することが必要である。本発明においては、具体的には、330kPa以上、好ましくは350kPa以上、より好ましくは370kPa以上、更に好ましくは390kPa以上の背圧とすることで、高電流密度域においてもアノードおよびカソード電極での物質拡散抵抗の増大を抑制することができる。
【0077】
特に本発明の運転方法は、カソード側への供給ガスが空気である場合に有効である。カソード側への供給ガスが空気である場合、供給ガス中の酸素濃度が約1/5に低下するため、電極近傍での酸素量が少なくなりやすい。このような状況においても、ガスの供給圧力を330kPa以上に高めることで、十分な量の酸素がカソード電極に供給され、高性能な燃料電池を得ることができる。
【実施例】
【0078】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0079】
〔電解質膜の合成〕
[合成例1]
下記一般式(G1)で表される2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-1,3-ジオキソラン(K-DHBP)の合成
【0080】
【0081】
攪拌器、温度計及び留出管を備えた500mlフラスコに、4,4’-ジヒドロキシベンゾフェノン49.5g、エチレングリコール134g、オルトギ酸トリメチル96.9g及びp-トルエンスルホン酸1水和物0.50gを仕込み溶解する。その後、得られた溶液を78~82℃で2時間保温攪拌した。更に、内温を120℃まで徐々に昇温し、ギ酸メチル、メタノール、オルトギ酸トリメチルの留出が完全に止まるまで加熱した。この反応液を室温まで冷却後、反応液を酢酸エチルで希釈し、有機層を5%炭酸カリウム水溶液100mlで洗浄し分液後、溶媒を留去した。残留物にジクロロメタン80mlを加え結晶を析出させ、濾過し、乾燥して2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-1,3-ジオキソラン52.0gを得た。この結晶をGC分析したところ99.8%の2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-1,3-ジオキソランと0.2%の4,4′-ジヒドロキシベンゾフェノンであった。
【0082】
[合成例2]
下記一般式(G2)で表されるジソジウム 3,3’-ジスルホネート-4,4’-ジフルオロベンゾフェノンの合成
【0083】
【0084】
4,4’-ジフルオロベンゾフェノン109.1g(アルドリッチ試薬)を発煙硫酸(50%SO3)150mL(和光純薬試薬)中、100℃で10h反応させた。その後、反応物を多量の水中に少しずつ投入し、NaOHで中和した後、食塩200gを加え合成物を沈殿させた。得られた沈殿を濾別し、エタノール水溶液で再結晶し、上記一般式(G2)で示されるジソジウム 3,3’-ジスルホネート-4,4’-ジフルオロベンゾフェノンを得た。純度は99.3%であった。構造は1H-NMRで確認した。不純物はキャピラリー電気泳動(有機物)およびイオンクロマトグラフィー(無機物)で定量分析を行った。
【0085】
[合成例3]
下記一般式(G5)で表されるポリマーからなるポリエーテルケトン系高分子電解質膜の合成
【0086】
【0087】
炭酸カリウム6.91g、前記合成例2で得たイオン性基を有するジソジウム 3,3’-ジスルホネート-4,4’-ジフルオロベンゾフェノン(G2)7.30g、前記合成例1で得た加水分解性基を有する2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-1,3-ジオキソラン(G1)10.3g、4,4’-ジフルオロベンゾフェノン5.24gを用いて、N-メチルピロリドン(NMP)中、210℃で重合を行った。
【0088】
得られたブロック共重合ポリマーを溶解させた25重量%N-メチルピロリドン(NMP)溶液をガラス繊維フィルターを用いて加圧ろ過後、ガラス基板上に流延塗布し、100℃にて4h乾燥後、窒素下150℃で10分間熱処理し、ポリケタールケトン膜を得た。ポリマーの溶解性は極めて良好であった。95℃で10重量%硫酸水溶液に24時間浸漬してプロトン置換、脱保護反応した後に、大過剰量の純水に24時間浸漬して充分洗浄し、高分子電解質膜を得た。得られた高分子電解質膜の軟化点を、動的粘弾性測定により測定したところ、160℃であった。得られた高分子電解質膜の90℃80%RHにおける酸素ガス透過係数が4.5×10-11cm3・cm/cm2・sec・cmHg、水素ガス透過係数が5.6×10-10cm3・cm/cm2・sec・cmHgであった。
【0089】
〔膜電極複合体の作製〕
[実施例1]
上記合成例3で作製したポリエーテルケトン系高分子電解質膜(膜厚:10μm,サイズ:70mm×70mm)の両側に、アノード触媒付き転写シート(サイズ:50×50mm)、カソード触媒付き転写シート(サイズ:50×50mm)を配置し、160℃、4.5MPa、5minで加熱プレスし触媒層被覆電解質膜(CCM)を作製した。アノード触媒及びカソード触媒としては、カーボン担体に担持した白金系の触媒を用いた。
【0090】
図1(断面図)に示すように、上記で作製したCCMの両側にアノードガス拡散層1a(サイズ:50mm×50mm)及びカソードガス拡散層1b(サイズ:50mm×50mm)を配置した。アノードガス拡散層1a及びカソードガス拡散層1bとしては、多孔質炭素シート(東レ社製“TGP-H-060”)上にPTFEとカーボンブラックを含むマイクロポーラス層が形成された層を用いた。160℃、5分、4.5Maの条件で、ホットプレスを行い、膜電極複合体を作製した。
【0091】
[実施例2]
アノードガス拡散層1aのマイクロポーラス層が形成された面にアノード触媒層2aを形成してガス拡散電極(GDE)であるアノード電極を作製した。また、カソードガス拡散層1bのマイクロポーラス層が形成された面にカソード触媒層2bを形成してガス拡散電極(GDE)であるカソード電極を作製した。アノードガス拡散層1a、カソードガス拡散層1b、アノード触媒及びカソード触媒としては実施例1と同じものを使用した。
図2(断面図)に示すように、上記合成例3で作製したポリエーテルケトン系高分子電解質膜(膜厚:10μm、サイズ:70mm×70mm)の両側に、上記アノード電極(サイズ:50mm×50mm)及び上記カソード電極(サイズ:50mm×50mm)を配置した。160℃、5分、4.5Maの条件で、ホットプレスを行い、膜電極複合体を作製した。
【0092】
〔高温発電評価(発電性能)〕
実施例1および2に記載の方法で作製した膜電極複合体を英和(株)製 JARI標準セル“Ex-1”(電極面積25cm2)にセットして発電評価用モジュールとした。一方のアノード電極に燃料ガスとして水素ガスを供給し、他方のカソード電極に酸化ガスとして空気を供給した。下記条件で発電評価を行い、電圧が0.2V以下になるまで0A/cm2から1.2A/cm2まで電流を掃引した。本発明では電流密度1A/cm2時の電圧を比較した。なお、膜電極複合体を上記セルにセットする際に、0.7GPaの圧力を負荷した。
【0093】
電子負荷装置;菊水電子工業社製 電子負荷装置“PLZ664WA”
セル温度;65℃、120℃
ガス加湿条件(水素ガス及び空気);60%RH、90%RH
ガス背圧(水素ガス及び空気):200kPa、330kPa
ガス利用率;アノードは量論の70%、カソードは量論の40%。
測定結果を下記表1に示す。
【0094】
【0095】
表から解るように、実施例1および実施例2の膜電極複合体は、運転温度が65℃から120℃に上昇した場合、相対湿度60%の条件ではガス背圧が200kPaと330kPaのいずれの場合でも電圧低下が生じた。一方、相対湿度90%の条件では、運転温度が65℃から120℃に上昇した場合でも電圧低下は起こらず、背圧330kPaの条件においては、65℃における発電性能を上回る良好な性能が得られた。
【0096】
〔高温発電評価(湿度依存性)〕
実施例1に記載の方法で作製した膜電極複合体を英和(株)製 JARI標準セル“Ex-1”(電極面積25cm2)にセットして発電評価用モジュールとした。一方のアノード電極に燃料ガスとして水素ガスを供給し、他方のカソード電極に酸化ガスとして空気を供給した。下記条件で発電評価を行い、電流密度1A/cm2を維持しながら、湿度を30%RHから95%RHまで変更した時の電圧を比較した。なお、膜電極複合体を上記セルにセットする際に、0.7GPaの圧力を負荷した。
【0097】
電子負荷装置;菊水電子工業社製 電子負荷装置“PLZ664WA”
セル温度;120℃
ガス加湿条件(水素ガス及び空気);30%RH~95%RH
ガス背圧(水素ガス及び空気):330kPa
ガス利用率;アノードは量論の70%、カソードは量論の40%。
測定結果を下記表2に示す。
【0098】
【0099】
表から解るように、実施例1の膜電極複合体は、運転温度120℃、背圧330kPaの条件において、相対湿度が上昇するにつれて1A/cm2における電圧が上昇する結果が得られた。30%RH~60%RHにおいては電圧の湿度依存性が大きいのに対し、70%RH以上の湿度においては電圧の湿度依存性は小さく、70%RH以上の湿度とすることで、安定して高い発電性能を実現することができる。
【符号の説明】
【0100】
1a:アノードガス拡散層
1b:カソードガス拡散層
2a:アノード触媒層
2b:カソード触媒層
3:電解質膜
4:膜電極複合体(MEA)
5a:アノードセパレータ
5b:カソードセパレータ
6:水素ガス
6c:水素ガス供給管
6d:水素ガス排出管
7:空気
7c:空気供給管
7d:空気排出管
10:燃料電池セルユニット
11:燃料電池スタック
12a,12b:加湿器
13a,13b:コンプレッサ
14a,14b:背圧弁
15:温度センサー
16:湿度センサー
17:圧力センサー
18:水素タンク
19:冷却液循環ポンプ
20:燃料電池システム