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特許7315514ガスシールド治具、及びガスシールド溶接装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-18
(45)【発行日】2023-07-26
(54)【発明の名称】ガスシールド治具、及びガスシールド溶接装置
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/16 20060101AFI20230719BHJP
   B23K 9/04 20060101ALN20230719BHJP
   B23K 9/032 20060101ALN20230719BHJP
【FI】
B23K9/16 M
B23K9/04 G
B23K9/04 Z
B23K9/032 Z
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020100910
(22)【出願日】2020-06-10
(65)【公開番号】P2021194657
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2022-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 瑛介
【審査官】山下 浩平
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-291049(JP,A)
【文献】特開2016-30285(JP,A)
【文献】特開2006-326661(JP,A)
【文献】特開2011-16153(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/16
B23K 9/04
B23K 9/032
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シールドガス雰囲気で溶接するガスシールド溶接用のトーチに設けられ、溶接部の周囲を大気から遮断するガスシールド治具であって、
前記トーチに固定される支持部と、
前記支持部に弾性変形自在に保持されて、前記トーチを囲んで配置される骨格部材と、
前記骨格部材を覆って設けられ、前記トーチの周囲を囲むシート部材と、
を備え、
前記骨格部材は、前記トーチの軸線に沿ってトーチ基端側からトーチ先端側に向かうに従って裾広がりになる形状を有し、
前記シート部材は、前記トーチ基端側に開口部を有する
ガスシールド治具。
【請求項2】
前記支持部は、前記骨格部材及び前記シート部材を前記トーチの軸線に沿って移動させるスライド機構を備える請求項1に記載のガスシールド治具。
【請求項3】
前記シート部材の内側空間にシールドガスを供給するガス供給部を備える請求項1又は2に記載のガスシールド治具。
【請求項4】
前記ガス供給部は、前記トーチの側方に配置され、溶接終了部を覆うアフターシールド部と、前記アフターシールド部にシールドガスを供給するガス供給管と、を備える請求項3に記載のガスシールド治具。
【請求項5】
前記骨格部材は、外力によって撓んだ形状が、前記外力が解除されると自身の弾性によって元の形状に復帰する弾性復元力を有する請求項1~4のいずれか1項に記載のガスシールド治具。
【請求項6】
前記骨格部材は、前記支持部に基端側が保持される少なくとも1つの支持片と、前記支持片の先端側に接続される第1環状部と、前記第1環状部よりも前記トーチ先端側に配置され前記第1環状部より大径の第2環状部と、前記第1環状部と前記第2環状部とを連結する複数の支柱部と、を有する請求項1~5のいずれか1項に記載のガスシールド治具。
【請求項7】
前記シート部材は、前記骨格部材の裾広がりした先端縁から更に延びる延出部を有する請求項1~6のいずれか1項に記載のガスシールド治具。
【請求項8】
前記シート部材は、透光性を有する請求項1~7のいずれか1項に記載のガスシールド治具。
【請求項9】
前記シート部材は、耐火シート又は防炎シートである請求項1~8のいずれか1項に記載のガスシールド治具。
【請求項10】
シールドガス雰囲気で溶接するガスシールド溶接用の前記トーチに、請求項1~9のいずれか1項に記載のガスシールド治具が設けられたガスシールド溶接装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールド治具、及びガスシールド溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接部にシールドガス(不活性ガス)を供給して、溶接部を空気から遮蔽して酸化を防止するガスシールドアーク溶接が知られている。このようなガスシールドアーク溶接に用いるガスシールド溶接用ノズルが、例えば特許文献1に記載されている。
特許文献1のガスシールド溶接用ノズルは、ノズル本体に取り付けられてシールドガスを囲繞するとともに、空気を遮蔽するシールド部材を具備する。シールド部材は、径方向に変形および復元可能な弾力性を持ったシールド芯材と、シールド芯材の外周を包む面状で電気絶縁性を有する絶縁耐熱シートとを備えている。
【0003】
ところで、チタン等の活性金属からなる母材、溶接ワイヤを用いる溶接においては、活性金属が、特に高温時において大気との親和力が強いため、空気中の酸素、窒素と反応して酸化物、窒化物を形成しやすい。溶接後の酸化物、窒化物の形成部分は、硬化及び脆弱化する。そのため、活性金属の溶接時には、大気と活性金属との接触を避けるため、一般的にアフターシールド・バックシールド用の治具を用いて、トーチ付近の局部的なガスシールドを実施している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-144066号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、生産手段として3Dプリンタを用いた造形のニーズが高まっており、金属材料を用いた造形の実用化に向けて研究開発が進められている。金属材料を造形する3Dプリンタは、レーザや電子ビーム、さらにはアーク等の熱源を用いて、金属粉体や金属ワイヤを溶融させ、溶融金属を積層させることで造形物を作製する。しかし、上記のような活性金属をガスシールド溶接する場合、積層した構造物に治具等が干渉するおそれがあり、トーチ移動の軌道計画に制約を生じさせる。
【0006】
積層造形物の他の製造方法として、電子ビーム(EB)溶接、粉末LMD(Laser Metal Deposition)、TIG/MIGによる溶接が挙げられる。しかし、電子ビーム積層溶接では、真空チャンバー内での溶接となり、粉末LMD,TIG/MIG方式では、造形物全体を密封した簡易チャンバーで囲い、シールドガス雰囲気下で積層することになる。そのため、いずれの場合も積層造形物の形状、サイズ、軌道計画に制約があり、設計自由度の低下は免れなかった。
【0007】
そこで本発明は、トーチの軌道に障害物が生じやすい積層造形時であっても、トーチ周囲を確実にシールドガスで覆いながら溶接でき、積層造形物の設計自由度の低下を抑制
できるガスシールド治具、及びガスシールド溶接装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は下記の構成からなる。
(1) シールドガス雰囲気で溶接するガスシールド溶接用のトーチに設けられ、溶接部の周囲を大気から遮断するガスシールド治具であって、
前記トーチに固定される支持部と、
前記支持部に弾性変形自在に保持されて、前記トーチを囲んで配置される骨格部材と、
前記骨格部材を覆って設けられ、前記トーチの周囲を囲むシート部材と、
を備え、
前記骨格部材は、前記トーチの軸線に沿ってトーチ基端側からトーチ先端側に向かうに従って裾広がりになる形状を有し、
前記シート部材は、前記トーチ基端側に開口部を有する
ガスシールド治具。
(2) シールドガス雰囲気で溶接するガスシールド溶接用の前記トーチに、(1)のガスシールド治具が設けられたガスシールド溶接装置。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、トーチの軌道に障害物が生じやすい積層造形時であっても、トーチ周囲を確実にシールドガスで覆いながら溶接でき、積層造形物の設計自由度の低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、ガスシールド溶接装置の概略構成図である。
図2図2は、ガスシールド治具の概略構成を示す正面図である。
図3図3は、アフターシールド部の構成を模式的に示す断面図である。
図4図4は、溶接中のガスシールド治具によるシールドガスの流れを模式的に示す説明図である。
図5図5の(A)は、ガスシールド治具を下降位置で保持した状態、(B)は、ガスシールド治具を上昇位置で保持した状態を模式的に示す説明図である。
図6図6の(A),(B)は、ガスシールド治具の骨格部材の変形の様子を示す説明図である。
図7図7は、トーチの軌道に沿って、ガスシールド治具が撓みながら移動する様子を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係るガスシールド治具を備えるガスシールド溶接装置の一実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。ここでは、アークガスシールド溶接の場合を例に説明するが、本発明はこれに限らず、レーザ溶接等の他の溶接方式を用いた場合にも適用できる。
【0012】
<ガスシールド溶接装置>
図1は、ガスシールド溶接装置の概略構成図である。
ガスシールド溶接装置100は、溶接ロボット11と、ロボットコントローラ13と、溶加材供給部15と、シールドガス供給部17と、溶接電源19と、制御部21と、を備える。
【0013】
溶接ロボット11は、多関節ロボットであり、先端軸にトーチ23が支持される。トーチ23の位置及び姿勢は、ロボットアームの自由度の範囲で3次元的に任意に設定可能となっている。トーチ23は、溶加材供給部15から連続供給される溶加材Mをトーチ先端から突出した状態に保持する。
【0014】
トーチ23は、不図示のシールドノズルを有し、シールドノズルからシールドガスが溶接部に供給される。アーク溶接法としては、被覆アーク溶接や炭酸ガスアーク溶接等の消耗電極式、TIG溶接やプラズマアーク溶接等の非消耗電極式のいずれであってもよく、作製する積層造形物に応じて適宜選定される。
【0015】
例えば、消耗電極式の場合、シールドノズルの内部にはコンタクトチップが配置され、溶融電流が給電される溶加材Mがコンタクトチップに保持される。トーチ23は、溶加材Mを保持しつつ、シールドガス雰囲気で溶加材Mの先端からアークを発生する。溶加材Mは、ロボットアーム等に取り付けた不図示の繰り出し機構によりトーチ23に送給される。そして、トーチ23を移動しつつ、連続送給される溶加材Mを溶融及び凝固させると、ベースプレート25上に溶加材Mの溶融凝固体である溶着ビード29が形成される。
【0016】
溶加材Mを溶融させる熱源としては、上記したアークに限らない。例えば、アークとレーザとを併用した加熱方式、プラズマを用いる加熱方式、電子ビームやレーザを用いる加熱方式等、他の方式による熱源を採用してもよい。電子ビームやレーザにより加熱する場合、加熱量をさらに細かく制御でき、溶着ビードの状態をより適正に維持して、積層造形物の更なる品質向上に寄与できる。
【0017】
溶加材Mは、あらゆる市販の溶接ワイヤを用いることができる。例えば、軟鋼,高張力鋼及び低温用鋼用のマグ(MAG)溶接及びミグ(MIG)溶接ソリッドワイヤ(JIS Z 3312)、軟鋼,高張力鋼及び低温用鋼用アーク溶接フラックス入りワイヤ(JIS Z 3313)等で規定されるワイヤを用いることができる。
【0018】
溶加材Mとしてチタンのような活性金属を用いることもできる。その場合、溶接時に大気との反応による酸化、窒化を回避するため、溶接部をシールドガス雰囲気にすることが必要となる。
【0019】
シールドガス供給部は、不活性ガスを溶接部に供給する。MIG溶接ではアルゴン、ヘリウム(又はこれらの混合ガス)、あるいは、これに酸素、炭酸ガスのような活性ガスを少量添加したガスをシールドガスとして用いる。一方、MAG溶接では炭酸ガス、アルゴンと炭酸ガスの混合ガスをシールドガスとし、TIG溶接ではアルゴンガスを用いる。さらに、レーザ溶接では、窒素、アルゴン、ヘリウム等をシールドガスとする。
【0020】
トーチ23には、詳細は後述するが、トーチ23の周囲を囲むガスシールド治具31が取り付けられる。
【0021】
ロボットコントローラ13は、制御部21からの指示を受けて、溶接ロボット11の各部を駆動し、必要に応じて溶接電源の出力を制御する。
【0022】
制御部21は、CPU、メモリ、ストレージ等を備えるコンピュータ装置により構成され、予め用意された駆動プログラム、又は所望の条件で作成した駆動プログラムを実行して、溶接ロボット11等の各部を駆動する。これにより、駆動プログラムに応じてトーチ23が移動して、ベースプレート25上に複数層の溶着ビード29を積層することで、多層構造の積層造形物Wが造形される。
【0023】
<ガスシールド治具>
図2は、ガスシールド治具31の概略構成を示す正面図である。
ガスシールド治具31は、トーチ23に固定される支持部33と、支持部33に弾性変形自在に保持され、トーチ23を囲んで配置される骨格部材35と、骨格部材35を覆って設けられ、トーチ23の周囲空間を画成するシート部材37と、を備える。本構成では、シート部材37により画成されたトーチ23の周囲空間にシールドガスを供給するガス供給部39を更に備える。
【0024】
支持部33は、トーチ23に固定される固定金具41と、固定金具41と一体に設けられ、トーチ23の軸方向に延びる支持軸43と、支持軸43のトーチ先端側と反対側に配置されたスライダ45とを有する。
【0025】
スライダ45は、骨格部材35を支持し、骨格部材35と共に支持軸43の軸方向へスライド可能に、且つ軸方向に位置決め可能に支持軸43に固定される。スライダ45は、骨格部材35及びシート部材37をトーチ23の軸線に沿って移動させるスライド機構として機能する。このスライド機構としては、例えば、スライダ45に設けた雌ねじと、支持軸43に設けた雄ねじとの螺合によってスライドさせる構成であってもよく、不図示のエアシリンダ等のアクチュエータによってスライドさせる構成であってもよい。
【0026】
骨格部材35は、スライダ45に支持される少なくとも1つの支持片35aと、第1環状部35bと、第2環状部35cと、複数の支柱部35dとを有する。第1環状部35bは、支持片35aに接続されてトーチ基端側に配置される。第2環状部35cは、第1環状部35bと離隔してトーチ先端側に配置される。支柱部35dは、第1環状部35bと第2環状部35cとを連結して設けられる。第1環状部35bと第2環状部35cは略円形であり、第2環状部35cは第1環状部35bよりも大径にされる。これにより、骨格部材35は、トーチ23の軸線に沿ってトーチ基端側からトーチ先端側に向かうに従って裾広がりになる形状を有する。
【0027】
シート部材37は、骨格部材35を覆って設けられ、トーチ23の周囲がシールドガスによって満たされるように、大気を遮断する。このシート部材37のトーチ基端側となる上方には開口部37aが設けられ、トーチ23の周囲空間を大気に解放している。つまり、シート部材37は、上面及び底面が貫通された円錐台形状(円錐台の周面形状)を有し、骨格部材35の裾広がりした先端縁(第2環状部35c)から更に延びて設けられる。シート部材37は、骨格部材35に接する部分の少なくとも一部が骨格部材35と接着されるか、係止されることで骨格部材35と一体にされる。
【0028】
シート部材37は、トーチ23近くに配置されるため、耐火シート又は防炎シートであることが好ましい。また、シート部材27の全体又は少なくとも一部が透光性を有する材料であれば、シート部材37の内側となる溶接部の様子を視認でき、溶接状態を簡単に監視できる。
【0029】
防炎シート又は不燃シートとしては、例えば、JIS A 8952 「建築用工事シート」に定められた防炎性を備えるシート、JIS A 1323-1995 「建築工事用シートの溶接及び溶断火花に対する難燃性試験方法」に定められたA種、B種、C種のシート等が一例として挙げられる。また、透光性を有するシートとしては、例えば、ガラス繊維クロスの基布に光硬化樹脂をコーティングした透明不燃シート等が一例として挙げられる。
【0030】
本構成のガスシールド治具31は、支持軸43のトーチ先端側の端部にアフターシールド部47と、アフターシールド部47にシールドガスを供給するガス供給管49とを更に備える。アフターシールド部47は、図2に矢印で示す溶接方向TDの後方に向けて延びて設けられる。つまり、アフターシールド部47は、溶接後の領域を覆うように配置される。
【0031】
図3は、アフターシールド部47の構成を模式的に示す断面図である。
アフターシールド部47は、開口部51aを有する箱形の筐体51と、開口部51aを覆う銅又はステンレス材からなる金網53と、筐体51の内部に配置される整流体55と、を有する。筐体51の底面51b(図3の上面)にガス供給管49が接続され、筐体51内にシールドガスGが供給される。整流体55は、ガス供給管49の接続部57との間に空間59を設けて配置され、スチールウール又はメッシュの積層材からなる。筐体51内に供給されたシールドガスGは、整流体55によってガスの流れを層流化された後、金網53を通じて排出される。上記のアフターシールド部47は一例であって、筐体51内を空洞としてもよい。
【0032】
前述したように、トーチ23は、シールドガスを溶接部に供給する不図示のシールドノズルを有し、シールドノズルからシート部材37の内側のトーチ周囲にシールドガスを供給するガス供給ラインを有する。このガス供給ラインとは別に、上記したガス供給管49を通じてアフターシールド部47にシールドガスを供給することが好ましい。
【0033】
本構成においては、ガスシールド治具31により溶接後の領域が覆われる。そのため、アフターシールド部47とガス供給管49は、溶接条件によってはトーチ23からのシールドガスの供給を調整することで、省略することもできる。
【0034】
<ガスシールド治具の作用>
次に、ガスシールド治具31の作用について説明する。
図4は、溶接中のガスシールド治具31によるシールドガスの流れを模式的に示す説明図である。
【0035】
トーチ23からアークを発生させてベースプレート25上に積層造形物Wを造形する場合、トーチ23からシールドガスが溶接部に供給されるとともに、ガス供給管49を通してアフターシールド部47からシールドガスGが供給される。供給されたシールドガスGは、シート部材37で囲まれたトーチ周囲空間61を対流する。具体的には、アルゴンや炭酸ガス等のシールドガスGは、比重が空気より大きいため、トーチ周囲空間61の下方に溜まる。一方、シート部材37のトーチ基端側(図4の上方)には開口部37aが設けられており、溶接時のヒューム、及び余剰となったシールドガスGがトーチ周囲空間61から排出される。
【0036】
一方、シート部材37の裾広がりした先端縁37bは、ベースプレート25又は床面63と接するか、近い位置まで延びて配置されるため、先端縁37bからベースプレート25又は床面63までの隙間面積は、開口部37aの開口面積と比較して小さい。そのため、シールドガスGは、シート部材37の先端縁37bからの漏出が抑制され、トーチ周囲空間61の下側で滞留し続ける。これにより、溶接部、及び溶接終了部は、常時シールドガスGで覆われて、大気との遮断性が向上する。
【0037】
図5の(A)は、ガスシールド治具31を下降位置で保持した状態、(B)は、ガスシールド治具31を上昇位置で保持した状態を模式的に示す説明図である。
図5の(A)に示すように、ガスシールド治具31のシート部材37の先端縁37bと床面63(又はベースプレート)との間の隙間が狭い場合(隙間距離H1)、供給されたシールドガスGは、シート部材37で囲まれたトーチ周囲空間61の下部で一度滞留した後に、上方の開口部37aから排出される。
【0038】
一方、図5の(B)に示すように、ガスシールド治具31のシート部材37の先端縁37bと床面63(又はベースプレート)との間の隙間が広い場合(隙間距離H2)、供給されたシールドガスGは、下方の隙間からも排出されて、トーチ周囲空間61での滞留時間が短くなる。したがって、ガスシールド治具31をトーチ軸方向にスライドさせて、床面63(又はベースプレート)との隙間を調整することで、トーチ周囲空間61におけるシールドガスGの濃度、圧力、入れ替わり頻度等の溶接環境条件を変更できる。これによれば、溶接対象に応じた溶接条件の適正化が図れ、溶接品質を向上できる。
【0039】
また、図5の(B)に示すように、ガスシールド治具31をトーチ23の軸線方向に移動することで、トーチ23の移動経路に障害物が存在する場合でも、障害物との干渉を軽減又は防止できる。よって、溶接パスの軌道設計に制約を生じさせることがなく、積層造形物の形状の自由度を向上できる。また、ガスシールド治具31を上側に移動させ、トーチ23がガスシールド治具31から表出させることで、トーチ23のメンテナンスがしやすくなる利点もある。その場合、トーチ23の表面に溜まるスパッタ等の異物を簡単に除去できる。
【0040】
さらに、ガスシールド治具31は、柔軟に変形できる構造である。つまり、骨格部材35は、外力によって撓んだ形状が、その外力が解除されると自身の弾性によって元の形状に復帰する弾性復元力を有する。
【0041】
骨格部材35は、シート部材37の形状を維持できる程度の強度があればよく、スチール線、ピアノ線、硬鋼線、ステレス線等の金属製の線材、樹脂製の線材で構成される。更に線材に限らず、帯材、板材等を単独、又は組み合わせて構成してもよい。
【0042】
図6の(A),(B)は、ガスシールド治具31の骨格部材35の変形の様子を示す説明図である。
図6の(A)に示すように、支持片35aの一部にばね64を設けてもよい。その場合、骨格部材35は、図6の(B)に示すように外力Fが負荷されても柔軟に変形できる。ばね64は、支持片35aに限らず、第1環状部35b、第2環状部35c、支柱部35dに設けてもよい。また、ばね64の他に、ダンパや他の弾性変形自在な機構を設けてもよい。
【0043】
図7は、トーチの軌道に沿って、ガスシールド治具31が撓みながら移動する様子を模式的に示す説明図である。
ガスシールド治具31は、図6に示す骨格部材35が柔軟に変形自在であることで、溶接方向TDに沿って障害物65,67が存在する場合でも、シート部材37でトーチ周囲空間を覆いながら移動できる。そのため、障害物65,67が存在する場合でも、安定してシールドガス雰囲気で溶接を続行できる。また、骨格部材35が環状(略円形)に形成されているため、障害物がどの方向に存在していても、トーチ周囲空間を確実に確保してガスシールド性を維持できる。
【0044】
さらに、ガスシールド治具31をトーチ23の軸線方向に沿ってスライドさせることで、障害物65,67との干渉をより軽減できる。ガスシールド治具31のスライド動作は、予め作成された積層計画に基づくトーチ軌道の情報から、スライドさせるタイミング、位置、スライド量を特定して実施できる。また、溶接時にトーチ23周囲の様子をカメラで撮像し、得られた撮像情報から認識される障害物を避けるように、上記したスライドさせるタイミング、位置、スライド量をリアルタイムで決定してもよい。
【0045】
本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、実施形態の各構成を相互に組み合わせることや、明細書の記載、並びに周知の技術に基づいて、当業者が変更、応用することも本発明の予定するところであり、保護を求める範囲に含まれる。
【0046】
以上の通り、本明細書には次の事項が開示されている。
(1) シールドガス雰囲気で溶接するガスシールド溶接用のトーチに設けられ、溶接部の周囲を大気から遮断するガスシールド治具であって、
前記トーチに固定される支持部と、
前記支持部に弾性変形自在に保持されて、前記トーチを囲んで配置される骨格部材と、
前記骨格部材を覆って設けられ、前記トーチの周囲を囲むシート部材と、
を備え、
前記骨格部材は、前記トーチの軸線に沿ってトーチ基端側からトーチ先端側に向かうに従って裾広がりになる形状を有し、
前記シート部材は、前記トーチ基端側に開口部を有する
ガスシールド治具。
このガスシールド治具によれば、安価でかつ簡易な構造でありながら、シート部材の内側空間にシールドガスを滞留させることでき、トーチの移動経路に障害物が存在しても、骨格部材が障害物に応じて弾性変形することで、溶接部を確実にシールドガスで覆いながら溶接できる。これにより、溶接品質が向上し、トーチ移動経路の制約が少ないため、軌道計画の自由度を高められる。
【0047】
(2) 前記支持部は、前記骨格部材及び前記シート部材を前記トーチの軸線に沿って移動させるスライド機構を備える(1)に記載のガスシールド治具。
このガスシールド治具によれば、ガスシールド治具を、周囲の障害物に応じてトーチの軸線に沿ってスライドさせることで、障害物との干渉を簡単に回避して溶接を進められる。また、シート部材の内側空間におけるシールドガスの半密閉環境を、簡単に調整できる。
【0048】
(3) 前記シート部材の内側空間にシールドガスを供給するガス供給部を備える(1)又は(2)に記載のガスシールド治具。
このガスシールド治具によれば、トーチからの供給されるシールドガスと合わせて、効率よくシート部材の内側空間にシールドガスを供給できる。
【0049】
(4) 前記ガス供給部は、前記トーチの側方に配置され、溶接終了部を覆うアフターシールド部と、前記アフターシールド部にシールドガスを供給するガス供給管と、を備える(3)に記載のガスシールド治具。
このガスシールド治具によれば、溶接終了部を確実にシールドガスで覆うことができ、溶接品質をより確実に向上できる。
【0050】
(5) 前記骨格部材は、外力によって撓んだ形状が、前記外力が解除されると自身の弾性によって元の形状に復帰する弾性復元力を有する(1)~(4)のいずれか1つに記載のガスシールド治具。
このガスシールド治具によれば、骨格部材が変形しても弾性復帰できるため、トーチの移動に伴い、障害物を柔軟に回避してスムーズな溶接が可能となる。
【0051】
(6) 前記骨格部材は、前記支持部に基端側が保持される少なくとも1つの支持片と、前記支持片の先端側に接続される第1環状部と、前記第1環状部よりも前記トーチ先端側に配置され前記第1環状部より大径の第2環状部と、前記第1環状部と前記第2環状部とを連結する複数の支柱部と、を有する(1)~(5)のいずれか1つに記載のガスシールド治具。
このガスシールド治具によれば、骨格部材を錐台状にすることで、シート部材の内側空間を大きく確保できる。
【0052】
(7) 前記シート部材は、前記骨格部材の裾広がりした先端縁から更に延びる延出部を有する(1)~(6)のいずれか1つに記載のガスシールド治具。
このガスシールド治具によれば、延出部が骨格部材から先に延びて配置されるため、床面等との間の隙間が小さくなり、シールドガスの漏れが抑えられる。
【0053】
(8) 前記シート部材は、透光性を有する(1)~(7)のいずれか1つに記載のガスシールド治具。
このガスシールド治具によれば、シート部材の内側となる溶接部の様子を視認でき、溶接状態を簡単に監視できる。
【0054】
(9) 前記シート部材は、耐火シート又は防炎シートである(1)~(8)のいずれか1つに記載のガスシールド治具。
このガスシールド治具によれば、トーチからの熱による損傷を抑制できる。
【0055】
(10) シールドガス雰囲気で溶接するガスシールド溶接用の前記トーチに、(1)~(9)のいずれか1つに記載のガスシールド治具が設けられたガスシールド溶接装置。
このガスシールド溶接装置によれば、トーチの任意の移動にガスシールド治具が追従して移動する際、ガスシールド治具が変形自在であることで、トーチ移動を制限させることなく確実に、トーチ周囲をシールドガスで覆うことができる。
【符号の説明】
【0056】
11 溶接ロボット
13 ロボットコントローラ
15 溶加材供給部
17 シールドガス供給部
19 溶接電源
21 制御部
23 トーチ
25 ベースプレート
29 溶着ビード
31 ガスシールド治具
33 支持部
35 骨格部材
35a 支持片
35b 第1環状部
35c 第2環状部
35d 支柱部
37 シート部材
37a 開口部
37b 先端縁
39 ガス供給部
41 固定金具
43 支持軸
45 スライダ
47 アフターシールド部
49 ガス供給管
51 筐体
51a 開口部
51b 底面
53 金網
55 整流体
57 接続部
59 空間
61 トーチ周囲空間
64 ばね
100 ガスシールド溶接装置
W 積層造形物
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7