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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-24
(45)【発行日】2023-08-01
(54)【発明の名称】慢性腎臓病のネコの治療方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/343 20060101AFI20230725BHJP
   A61K 31/5585 20060101ALI20230725BHJP
   A61P 13/12 20060101ALI20230725BHJP
【FI】
A61K31/343
A61K31/5585
A61P13/12
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2022542656
(86)(22)【出願日】2022-06-15
(86)【国際出願番号】 JP2022023876
(87)【国際公開番号】W WO2022265031
(87)【国際公開日】2022-12-22
【審査請求日】2023-03-08
(31)【優先権主張番号】P 2021100475
(32)【優先日】2021-06-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松浦 巧
(72)【発明者】
【氏名】車谷 元
【審査官】篭島 福太郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/132302(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/031949(WO,A1)
【文献】Journal of Veterinary Internal Medicine,2018年,Vol.32, Issue 1,p.236-248
【文献】IRIS Staging of CKD (modified 2019),2019年,p.1-5
【文献】Journal of Veterinary Internal Medicine,2008年,Vol.22, Issue 5,p.1111-1117
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/343
A61K 31/5585
A61P 13/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I):
【化1】

[式中、Rは、水素または薬理学的に許容される陽イオンを表す。]
で示される化合物を有効成分として含有する製剤を、国際獣医腎臓病研究グループの重症度分類(IRISステージ分類)の、ステージ4の慢性腎臓病のネコに、前記一般式(I)で示される化合物を1日あたり90~130μgとなるように投与し、慢性腎臓病のネコの腎死を抑制するための、慢性腎臓病のネコの治療方法。
【請求項2】
下記一般式(I):
【化2】

[式中、Rは、水素または薬理学的に許容される陽イオンを表す。]
で示される化合物を有効成分として含有する製剤を、国際獣医腎臓病研究グループの重症度分類(IRISステージ分類)の、ステージ4の慢性腎臓病のネコに、前記一般式(I)で示される化合物を1日あたり90~130μgとなるように投与し、慢性腎臓病のネコの全生存率または実測生存率を改善するための、慢性腎臓病のネコの治療方法。
【請求項3】
下記一般式(I):
【化3】

[式中、Rは、水素または薬理学的に許容される陽イオンを表す。]
で示される化合物を有効成分として含有する製剤を、国際獣医腎臓病研究グループの重症度分類(IRISステージ分類)の、ステージ3の慢性腎臓病のネコに、前記一般式(I)で示される化合物を1日あたり90~130μgとなるように投与し、慢性腎臓病のネコの全生存率または実測生存率を改善するための、慢性腎臓病のネコの治療方法。
【請求項4】
下記一般式(I):
【化4】

[式中、Rは、水素または薬理学的に許容される陽イオンを表す。]
で示される化合物を有効成分として含有する製剤を、慢性心不全、糖尿病、膵炎、悪性腫瘍、甲状腺機能亢進症、高血圧症、蛋白尿症、低カリウム血症、高リン血症、または貧血症を併発している国際獣医腎臓病研究グループの重症度分類(IRISステージ分類)の、ステージ3の慢性腎臓病のネコに、前記一般式(I)で示される化合物を1日あたり90~130μgとなるように投与し、慢性腎臓病のネコの全生存率または実測生存率を改善するための、慢性腎臓病のネコの治療方法。
【請求項5】
下記一般式(I):
【化5】

[式中、Rは、水素または薬理学的に許容される陽イオンを表す。]
で示される化合物を有効成分として含有する製剤を、国際獣医腎臓病研究グループの重症度分類(IRISステージ分類)の、体重4.2kg未満の体重減少を示すステージ3またはステージ4の慢性腎臓病のネコに、前記一般式(I)で示される化合物を1日あたり90~130μgとなるように投与し、慢性腎臓病のネコの全生存率または実測生存率を改善するための、慢性腎臓病のネコの治療方法。
【請求項6】
前記一般式(I)で示される化合物は、ベラプロストナトリウムである、請求項1~のいずれか一項記載の治療方法。
【請求項7】
前記IRISステージ分類のステージ3またはステージ4の慢性腎臓病のネコが、体重4.2kg未満の体重減少を示すネコである、請求項1~いずれか一項記載の治療方法。
【請求項8】
前記IRISステージ分類のステージ3の慢性腎臓病のネコは、血清クレアチニン値2.9mg/dL以上5.0mg/dL以下かつ血清SDMA値が9.0μg/dL以上である、請求項3~のいずれか一項記載の治療方法。
【請求項9】
前記IRISステージ分類のステージ4の慢性腎臓病のネコは、血清クレアチニン値が5.0mg/dL超過かつ血清SDMA値が9.0μg/dL以上である、請求項1、2およびのいずれか一項記載の治療方法。
【請求項10】
前記IRISステージ分類のステージ3の慢性腎臓病のネコに前記製剤を投与する、請求項記載の治療方法。
【請求項11】
前記IRISステージ分類のステージ3またはステージ4の慢性腎臓病のネコが、IRISステージの分類基準のうちの、血清クレアチニン値による基準を満たすネコである、請求項1~10のいずれか一項記載の治療方法。
【請求項12】
前記慢性腎臓病のネコへの投与量が、前記一般式(I)で示される化合物を14.1~52.4μg/kg体重/日となるように投与する、請求項1~11のいずれか一項記載の治療方法。
【請求項13】
前記慢性腎臓病のネコへの投与が、1日2回の投与により行われる、請求項1~12のいずれか一項記載の治療方法。
【請求項14】
前記慢性腎臓病のネコへの投与が、食事中投与または食後投与により行われる、請求項1~13のいずれか一項記載の治療方法。
【請求項15】
前記慢性腎臓病のネコへの投与が、ネコの慢性腎臓病に対する標準療法に上乗せした投与により行われる、請求項1~14のいずれか一項記載の治療方法。
【請求項16】
前記標準療法が、国際ネコ医学会または国際獣医腎臓病研究グループのガイドラインに定められた治療法である、請求項15記載の治療方法。
【請求項17】
前記慢性腎臓病のネコが、慢性心不全、糖尿病、膵炎、悪性腫瘍、甲状腺機能亢進症、高血圧症、蛋白尿症、低カリウム血症、高リン血症、または貧血症を併発している、請求項1~および5~16のいずれか一項記載の治療方法。
【請求項18】
請求項1~17のいずれか一項記載の治療方法のための製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、慢性腎臓病のネコのIRISステージ4への進行もしくは腎死を抑制する、または全生存率もしくは実測生存率を改善するための、慢性腎臓病のネコの治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ネコの慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)は、5歳以上の最も多い死因であると共に、加齢に伴って増加して10歳以上における有病率が約30~40%と多く(非特許文献1)、伴侶動物の重要な健康問題になっている。
【0003】
ネコの慢性腎臓病は腎機能障害が長期にわたって進行する病態であり、その末期は不可逆性の腎臓の構造的病変を特徴とする末期慢性腎臓病である。末期慢性腎臓病の治療には、腎臓移植と血液透析がある(非特許文献2)。しかしながら、腎臓移植はヒト患者の腎臓バンクのような機関がなくドナー動物の確保が課題となることから、あまり進んでいない。また、血液透析も、技術的な煩雑さと高額な治療費用、慢性衰弱がネコの慢性腎不全への適用の障壁とされることから(非特許文献3)、ごく限られた例でしか実施されていない。したがって、ネコの慢性腎臓病は、末期の治療の選択肢が限られることから、病態ステージの進行を確実に遅らせることができ、また生存率を改善する新たな治療法が切望されている。
【0004】
ネコの慢性腎臓病では、腎機能の低下と共に心血管機能も障害されることが知られており、心腎連関症候群と呼ばれている(非特許文献4)。それゆえ、慢性腎臓病のネコの中には、慢性腎臓病ではなく心不全が死因となるものが多く含まれている。さらに、国際ネコ医学会は、ネコの慢性腎臓病の治療管理に関するガイドラインにおいて、ネコの慢性腎臓病の悪化に関わる合併症として、高血圧症と蛋白尿、低カリウム血症、高リン血症、尿路感染症、貧血症、慢性腎臓病関連性ミネラル骨異常を挙げており(非特許文献1)、これらもまた、ネコの慢性腎臓病の死因となることが知られている。したがって、ネコの慢性腎臓病の治療法を評価する上で、慢性腎臓病で死亡した以外に、前記の合併症などの他の要因によるすべての死亡を含んだ全生存率もしくは実測生存率が最も重視される指標といえる。
【0005】
しかしながら、国際ネコ医学会ガイドラインにおいて、ネコの慢性腎臓病の治療薬として、リン吸着薬と活性型ビタミンD3薬、カルシウム拮抗薬、β遮断薬、赤血球造血刺激因子製剤、アンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬、ニューロキニン1受容体拮抗薬、ノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ薬、セロトニン4受容体作動薬、セロトニン3受容体拮抗薬、ヒスタミン2受容体拮抗薬、およびプロトンポンプ阻害薬を挙げているものの、前記の薬剤はすべて、ネコの慢性腎臓病の国際獣医腎臓病研究グループ(International Renal Interest Society、以下IRISと略す)ステージや、全生存率もしくは実測生存率の改善に対しての効果は、全く示されていない(非特許文献1)。
【0006】
IRISは、以下の表1に示すネコの慢性腎臓病の診断とステージングからなる重症度分類(以下IRISステージ分類と略す)を提唱しており(非特許文献5)、国際的にも広く受け入れられている(非特許文献6)。IRISステージ分類において、ネコの慢性腎臓病は以下のとおり診断することができる。すなわち、安定した状態の患者動物において、病歴および身体検査、臨床検査、画像診断検査、病理組織学的検査の結果に基づいて、血清クレアチニン値または血清対称性ジメチルアルギニン(symmetric dimethylarginine、以下SDMAと略す)値の上昇と、持続的な血清SDMA値の>14μg/dLへの上昇、持続的な尿蛋白クレアチニン(UPC)比>0.4を伴う腎性蛋白尿、尿比重<1.035、カリウムまたは重炭酸塩、グルコース、アミノ酸の尿中への不適切な喪失、腎嚢胞、尿路結石、腎臓腫瘍のうち一つ以上を満たし、持続的に認められる場合である。続いて、IRISステージ分類において、血清クレアチニン値または血清SDMA値または好ましくは両方を少なくとも2回以上の来院で検討することで以下のとおりステージングを行うことができる。血清クレアチニン値<1.6mg/dLまたは血清SDMA値<18μg/dLまたは好ましくは両方を満たす場合をステージ1、血清クレアチニン値1.6-2.8mg/dLまたは血清SDMA値18-25μg/dLまたは好ましくは両方を満たす場合をステージ2、血清クレアチニン値2.9-5.0mg/dLまたは血清SDMA値26-38μg/dLまたは好ましくは両方を満たす場合をステージ3、血清クレアチニン値>5.0mg/dLまたは血清SDMA値>38μg/dLまたは好ましくは両方を満たす場合をステージ4に分類する(非特許文献5)。以上のように、IRISステージ分類は、ネコの慢性腎臓病の重症度の評価指標として単なる血清クレアチニン値とは異なる重要な位置を占めると考えられている。
【0007】
【表1】
【0008】
また、国際ネコ医学会は、ネコの慢性腎臓病の治療管理に関するガイドラインにおいて、IRISステージ分類は慢性腎臓病ネコの生存率と関連することを提唱しており、腎機能評価の指標としての血清クレアチニン値だけでは不十分としている(非特許文献1)。また、ネコの慢性腎臓病において、血清クレアチニン値からヒト患者の推定糸球体濾過率に類似した腎機能指標を計算するための公式を検討したが、失敗に終わったと報告されている(非特許文献7)。したがって、ネコの慢性腎臓病の生存率は、IRISステージ分類によって予測すべきであり、単なる血清クレアチニン値からは予測が困難と考えられている。
【0009】
ネコの慢性腎臓病において、蛋白尿は有病率が16%と報告されており(非特許文献8)、その重症度が生存率の悪化と関連することが知られている(非特許文献9および10)。蛋白尿の治療薬として、アンジオテンシン変換酵素阻害薬のベナゼプリル塩酸塩とアンジオテンシン受容体拮抗薬のテルミサルタンが用いられている。ベナゼプリル塩酸塩は、ネコの慢性腎臓病に対しての臨床上の有効性が検討されており、蛋白尿の重症度を減少させることと(非特許文献11および12)、腎のろ過機能の指標になる血清クレアチニンの上昇を抑制することが報告されている(非特許文献13)。しかしながら、ネコの慢性腎臓病の病態ステージの進行を抑制しないことが示されているほか、全生存率もしくは実測生存率に対する影響も報告されていない(非特許文献11および12)。また、テルミサルタンも同様に、ネコの慢性腎臓病の蛋白尿を改善することが報告されているが、IRISステージの進行や全生存率もしくは実測生存率の改善については検討されていない(非特許文献14および15)。また、ネコの慢性腎臓病において、体重減少は有病率が42~82%と報告されており(非特許文献16)、生存率の悪化と関連することが知られている(非特許文献17)。体重減少の治療薬として、グレリン様作用薬のカプロモレリンが用いられている。ネコの慢性腎臓病に対しての臨床上の有効性が検討されており、体重減少を抑制することが報告されている。しかしながら、ネコの慢性腎臓病の全生存率もしくは実測生存率の改善については全く示されていない(非特許文献18)。以上のように、ネコの慢性腎臓病の予後不良因子である、尿蛋白、血清クレアチニンや体重減少に対して改善や悪化の抑制の効果が報告されている治療薬であってもIRISステージの進行や全生存率もしくは実測生存率を改善するとはいえなかった。
【0010】
ネコの慢性腎臓病において、IRISステージ2では19%がステージの悪化をせずに死亡することと、IRISステージ3では27%がステージの悪化をせずに死亡することが報告されており(非特許文献19)、生存率にはIRISステージの変化以外の要素も関係することが想定されている。
【0011】
ベラプロストナトリウム(以下BPSと略す)は、プロスタサイクリン(PGIともいう)誘導体であり、BPSを有効成分として含有するネコの慢性腎不全の尿毒症状改善のための治療剤が報告されている(特許文献1)。特許文献1には、慢性腎不全による尿毒症のネコに対してBPSを投与すると、尿毒症状は改善したことと、さらに、血清クレアチニン値1.4mg/dL以上2.0mg/dL以下の軽い慢性腎不全ネコ2頭では、BPSを一回あたり150μg、1日2回、6ヶ月間投与することで、尿毒症の臨床症状の改善だけでなく、血清クレアチニン値、BUN値も減少、正常化し、しかもこの正常化状態が長期に亘って持続するという慢性腎不全自体からの回復効果が見られたことが報告されている。しかしながら、その後、本文献で改善効果の指標とした血清クレアチニン値等だけでは、腎機能指標として不十分であることが報告されており(非特許文献1)、ネコの慢性腎臓病の生存率はクレアチニン値等からは予測できないとされている。また、特許文献1では、生存期間の解析が行われていない上に、全生存率もしくは実測生存率が算出されていない。また、対照群が設けられていないため、生存期間の評価は不可能である。さらに、IRISステージの評価が行われておらず、ステージ維持率が算出されていないことから、IRISステージの進行抑制については何ら記載も示唆もされていない。
【0012】
非特許文献20には、慢性腎臓病のネコに対してBPSを一回あたり150μg、1日2回、6ヶ月間投与すると、血清クレアチニン値、BUN値等を評価指標とした腎機能の改善と臨床症状の改善がみられた、と報告されている。しかしながら、本文献では、生存期間の解析が行われていない上に、全生存率もしくは実測生存率が算出されていない。また、対照群が設けられていないため、生存期間の評価は不可能である。さらに、IRISステージの評価が行われておらず、ステージ維持率が算出されていないことから、IRISステージの進行抑制については何ら記載も示唆もされていない。
【0013】
その後、動物用のBPS薬剤が開発され、飼い主に飼育されている自然発症の慢性腎臓病のネコを対象とした臨床試験が実施された。これは、BPSの慢性腎臓病のネコの治療法としての臨床上の有効性・安全性を評価するために、慢性腎臓病のネコに対してBPSを一回あたり55μg、1日2回、6ヶ月間投与して、プラセボ投与との比較が行われた。有効性は、血清クレアチニン値、血清リン・カルシウム比または尿比重を主要エンドポイントとして評価された。BPSが投与されて有効性の評価対象となった31頭のネコは、試験開始時点で血清クレアチニン値1.6mg/dL以上4.1mg/dL以下の慢性腎臓病を罹患していた。ネコの慢性腎臓病において、BPS治療はよく耐容されて安全であること、プラセボ群でみられた血清クレアチニン値上昇を抑制したことが示されている(非特許文献21)。しかしながら、非特許文献21では、生存期間の解析が行われていない上に、全生存率もしくは実測生存率が算出されていない。さらに、IRISステージの評価が行われておらず、ステージ維持率が算出されていないことから、IRISステージの進行抑制については何ら記載も示唆もされていない。
【0014】
本試験を実施例としたBPSを有効成分として含有するネコの慢性腎不全の治療薬が報告されている(特許文献2)。特許文献2には、慢性腎不全のネコに対してBPSを一回あたり55μg投与するか、または一回あたり6~26.4μg/kg投与し、好ましくは1日2回、30日間以上連日投与することで、有害な副作用を生じさせることなく、血清クレアチニン値、BUN値等の腎機能マーカーの数値の上昇を抑制し、安定化をもたらすことができると報告されている。しかしながら、本文献では、生存期間の解析が行われていない上に、全生存率もしくは実測生存率が算出されていない。さらに、IRISステージの評価が行われておらず、ステージ維持率が算出されていないことから、IRISステージの進行抑制については何ら記載も示唆もされていない。
【0015】
本試験結果に基づき、動物用BPS薬剤は、ネコのIRISステージ2~3の慢性腎臓病における腎機能低下の抑制および臨床症状の改善を適応として日本での製造販売承認が得られ、ラプロス(商標)(東レ株式会社)として、臨床応用されている。その用法は、BPS55μgを有効成分として含有するラプロス1錠を1日2回、朝晩の食後に経口投与とされている。
【0016】
他にも、ラプロス(商標)を用いた、幾つかの使用成績や観察研究の結果が報告されている。
【0017】
非特許文献22には、慢性腎臓病のネコに対してBPSを一回あたり20~55μg、1日2回、投与した使用成績が報告されている。対象の6頭のネコは、BPSの投与を開始した時点の血清クレアチニン値が2.0mg/dL以上4.4mg/dL以下で、BPSの投与量は、一回あたり20~55μg、1日2回、投与期間は2ヶ月間から3年3ヶ月間であった。各症例の観察期間中の血清クレアチニン値、一部の症例のSDMA値の推移が示され、BPSの使用が臨床症状の安定と腎機能の維持をもたらしている、との考察が述べられている。しかしながら、本文献では、生存期間の解析が行われていない上に、全生存率もしくは実測生存率が算出されていない。また、対照群が設けられていないため、生存期間の評価は不可能である。さらに、IRISステージの評価が行われておらず、ステージ維持率が算出されていないことから、IRISステージの進行抑制については何ら記載も示唆もされていない。
【0018】
非特許文献23には、動物病院14施設で診察を受けた慢性腎臓病のネコに対してBPSを一回あたり55μg、1日2回、3ヶ月間から13ヶ月間投与した使用成績が報告されている。対象の14頭のネコは、BPSの投与を開始した時点の血清クレアチニン値が2.3mg/dL以上12.1mg/dL以下であった。使用成績として、それぞれの症例の観察期間中の血清クレアチニン値(すべての症例)と一部の症例のSDMA値、IRISステージの変化(症例7~12)が示されている。しかしながら、本文献では、生存期間の解析が行われていない上に、全生存率もしくは実測生存率が算出されていない。また、対照群が設けられていないため、生存期間の評価は不可能である。また、一部の症例でIRISステージ評価が行われているが、ステージ維持率が算出されていない上に、対照群が設けられていないことから、ステージ進行までの期間の評価は不可能であり、IRISステージの進行抑制効果は何ら記載も示唆もされていない。
【0019】
非特許文献24には、慢性腎臓病のネコに対して一回あたり55μg、1日2回、最大で1年5ヶ月間投与した使用成績が報告されている。対象の5頭のネコは、BPSの投与を開始した時点でIRIS分類のステージ2とステージ3の慢性腎臓病であった。それぞれの症例の観察期間中の血清クレアチニン値とBUN値、リン値、体重の変化が記載されている。しかしながら、本文献では、生存期間の解析が行われていない上に、全生存率もしくは実測生存率が算出されていない。また、対照群が設けられていないため、生存期間の評価は不可能である。さらに、本文献では、IRISステージの評価が行われておらず、ステージ維持率が算出されていないことから、IRISステージの進行抑制については何ら記載も示唆もされていない。
【0020】
非特許文献25には、動物病院2施設で診察を受けた慢性腎臓病のネコに対してBPSを一回あたり55μg、1日2回、投与した使用成績が報告されている。第一の施設の対象の6頭のネコは、BPSの投与を開始した時点でIRIS分類のステージ2とステージ3の慢性腎臓病を罹患していた。BPSの投与期間は6ヶ月間であった。使用成績として、それぞれの症例の観察期間中の血清クレアチニン値とBUN値、リン値、カルシウム値、体重、食欲・活動性スコア・脱水に関する臨床症状スコアを示した上で、第二の施設の対象の8頭のネコは、BPSの投与を開始した時点でIRIS分類のステージ2とステージ3の慢性腎臓病を罹患していた。BPSの投与期間は最大で5ヶ月間であった。使用成績として、それぞれの症例の観察期間中の血清クレアチニン値とBUN値、リン値、体重を示している。しかしながら、本文献では、生存期間の解析が行われていない上に、全生存率もしくは実測生存率が算出されていない。また、対照群が設けられていないことから、生存期間の評価は不可能である。さらに、本文献では、IRISステージの評価が行われておらず、ステージ維持率が算出されていないことから、IRISステージの進行抑制については何ら記載も示唆もされていない。
【0021】
非特許文献26には、ネコの慢性腎臓病に対するレニン・アンジオテンシン系阻害薬とBPSの臨床効果を比較するために実施された観察研究の結果が報告されている。対象のネコは、慢性腎臓病と診断されて治療介入が必要だった288頭のうち、設定基準に該当する26頭であった。薬剤の処方記録をもとにしてレニン・アンジオテンシン系阻害薬群として15頭、BPS群として11頭の2群に分けて、背景要因の分析と生存期間、体重推移を後ろ向きに比較検討している。BPS群に両剤を併用していた症例は除外されている。BPS群のネコは、BPSを一回あたり55μg、1日2回、観察期間のうち5ヶ月間以上継続して投与されていた。カルテ記録から、評価は、レニン・アンジオテンシン系阻害薬群とBPS群の死亡日と体重を記録し、アウトカムを死亡と10%体重減少としてカプランマイヤー解析により群間比較している。BPSが投与されて評価の対象となった11頭のネコは、観察開始時点で血清クレアチニン値は2.5mg/dL以上4.9mg/dL以下の慢性腎臓病を罹患していた。BPSの投与期間は6ヶ月間から2年間であった。両群に背景要因の違いは認められず、レニン・アンジオテンシン系阻害薬群と比べてBPS群は、生存率の改善と10%体重減少のリスクの低減の効果があることが示されている。また、続報の非特許文献27および28では、非特許文献26の観察研究と同一の著者によって同様の研究デザインで、ネコの慢性腎臓病に対するレニン・アンジオテンシン系阻害薬とBPSの臨床効果を比較するために実施された観察研究の結果が報告されている。本観察研究でも両剤の併用例は含まれない。対象のネコは、慢性腎臓病と診断されて治療介入が必要だった549頭のうち、設定基準に該当する29頭であった。薬剤の処方記録をもとにしてレニン・アンジオテンシン系阻害薬群として14頭、BPS群として15頭の2群に分けて、背景要因の分析と生存期間、体重推移を後ろ向きに比較検討している。BPS群のネコは、BPSを一回あたり55μg、1日2回、観察期間のうち5ヶ月間以上継続して投与されていた。カルテ記録から、評価は、レニン・アンジオテンシン系阻害薬群とBPS群の死亡日と体重を記録し、アウトカムを死亡と10%体重減少とし、カプランマイヤー解析により群間比較している。BPSが投与されて評価の対象となった15頭のネコは、観察開始時点で血清クレアチニン値は平均値3.1mg/dL、平均値-標準偏差2.4mg/dL、平均値+標準偏差3.8mg/dLの慢性腎臓病を罹患していた。BPSの投与期間は最大で2年6ヶ月間であった。両群の背景要因は近似しており、レニン・アンジオテンシン系阻害薬群と比べてBPS群は、非特許文献26とは異なり、生存率を改善する効果はないが、10%体重減少のリスクを低減する効果があることが示されている。
【0022】
非特許文献26、27および28では、以下の理由により、BPSの投与による慢性腎臓病のネコの全生存率もしくは実測生存率の改善やIRISステージ4への進行の抑制効果は何ら示唆されていない。すなわち、これらの文献では、生存期間が解析されているが、研究の対象から、合併症をもつ症例などが除外されており、全生存率が算出されていない。また、レニン・アンジオテンシン系阻害薬は、IRISや国際ネコ医学会のネコの慢性腎臓病の治療管理に関するガイドラインにおいて、蛋白尿や高血圧を呈さない慢性腎臓病のネコに対しての使用は推奨されていない(非特許文献1および5)。日本においても、レニン・アンジオテンシン系阻害薬は、ネコの慢性腎臓病において、脱水や心不全などの循環血液量が低下した状態では、むしろ腎機能を低下させる可能性があり、蛋白尿と高血圧症があるときにだけ使用すべきである、と報告されている(非特許文献29)。しかしながら、非特許文献26、27および28には、レニン・アンジオテンシン系阻害薬群のネコのうち、蛋白尿や高血圧を呈さない85%以上のネコに対し、レニン・アンジオテンシン系阻害薬が推奨外に投与されていたことが示されている。これらの研究では、BPSの有効性を、レニン・アンジオテンシン系阻害薬の推奨外使用の影響を加味して評価すべきであると考えられている。事実、非特許文献26、27および28が発表された後に、腎臓病学の専門家から、レニン・アンジオテンシン系阻害薬の使用目的である蛋白尿の抑制効果を指標とせずに、血清クレアチニン値の変動を主体とした腎機能を指標とした場合、レニン・アンジオテンシン系阻害剤はむしろ腎機能の低下をもたらすことから、レニン・アンジオテンシン系阻害薬とBPSとの比較では、相対的にBPSの有効性が高くみえると指摘されている(非特許文献30)。このように、非特許文献26、27および28で報告された知見から、BPSの投与によるネコの慢性腎臓病に対する有効性を予測すべきではないと考えられている。さらに、非特許文献26、27および28では、IRISステージの評価が行われておらず、ステージ維持率が算出されていないことから、IRISステージの進行抑制については何ら記載も示唆もされていない。
【0023】
以上のように、従来の知見では、BPSの投与によって、慢性腎臓病のネコのIRISステージの進行を抑制できるか、または全生存率もしくは実測生存率を改善できるかについては、何ら記載も、示唆もされていなかった。
【0024】
また、ネコの慢性腎臓病において、蛋白尿や血清クレアチニンの上昇、体重減少といった予後不良因子に対して改善や悪化の抑制効果が報告されている治療薬であっても、IRISステージの進行に無効であったことが報告されており、全生存率もしくは実測生存率を改善することも全く示されていない(非特許文献11、12および18)。このため、BPSの投与によってネコの慢性腎臓病の腎機能低下の抑制および臨床症状の改善効果が報告されていても、IRISステージの進行を抑制できるか、または全生存率もしくは実測生存率を改善できるかは全く予期できないと考えられてきた。
【0025】
また、ネコの慢性腎臓病において、IRISステージは悪化するにつれて病状の進行が早くなって生存率が悪化することが知られている(非特許文献1、10および17)。非特許文献17には、IRISステージ2の慢性腎臓病のネコの中央生存期間は、1151日間、IRISステージ3では778日間、IRISステージ4では103日間であることが報告されている。
【0026】
さらに、IRISステージが悪化するにつれて、ネコの腎臓組織では尿細管委縮や尿細管間質炎症・線維化といった病理変化が重症化することが知られている(非特許文献31および32)。慢性腎臓病のネコの腎臓では、傍尿細管毛細血管の喪失によって誘発される慢性低酸素症は、線維化促進因子のアップレギュレーションを通じて尿細管間質性線維症を刺激し、炎症を悪化させる。また、間質性線維症が尿細管を傍尿細管毛細血管から分離させることで、結果として生じる尿細管低酸素症が、線維症を増加させるといった、負のフィードバックを作り出すと予想されている(非特許文献33)。さらに、非特許文献34には、BPSには腎臓組織の微小血管網の障害を改善する薬理作用があることが報告されていることを踏まえると、従来、BPSのネコの慢性腎臓病に対する効果は腎臓組織中の尿細管委縮や尿細管間質炎症・線維化といった病理変化が軽度な段階にある、より早いIRISステージのネコの慢性腎臓病に対して効果が高いことが想定されていた。
【0027】
非特許文献20には、軽度と中等度、重度の慢性腎臓病の12頭のネコに対してBPSを一回あたり150μg、1日2回、6ヶ月間投与した使用成績が報告されている。対象のネコは、BPS投与開始時の血清クレアチニン値が1.6mg/dL以上2.4mg/dL以下(軽度)のものが4頭、2.4mg/dL以上4.0mg/dL以下(中等度)のものが4頭、4.0mg/dL超過(重度)のものが4頭であった。結果として、BPS投与開始時の血清クレアチニン値が1.6mg/dL以上2.4mg/dL以下(軽度)のものは、4頭すべてに腎機能の改善が認められ、2.4mg/dL以上4.0mg/dL以下(中等度)のものは、4頭のうち2頭は腎機能の改善が、残りの2頭は腎機能の現状維持が認められ、4.0mg/dL超過(重度)のものは、4頭のうち1頭は腎機能の改善が、残りの3頭は腎機能の一時的な改善の後に悪化が認められた、と報告されている。本文献では、軽度なネコの慢性腎臓病ほど、BPSによる腎機能の改善効果が高いことが示唆されている。このように、臨床医学の観点からも、BPSがより早いIRISステージのネコの慢性腎臓病に対して効果が高いと考えられていた。また、ヒトの慢性腎臓病においても、軽症例でしかBPSの効果が十分には認められていないことが報告されている。一例をあげると、慢性腎不全患者にラプロスと同様のBPS速放錠を投与した場合には、血清クレアチニン値が2.2mg/dl以上になると、BPSの効果が認められなくなることが報告されている(非特許文献35)。
【0028】
以上より、従来の知見からは、BPSの投与によって、慢性腎臓病のネコのIRISステージ4への進行もしくは腎死を抑制する、または全生存率もしくは実測生存率を改善することは何ら予測できなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0029】
【文献】国際公開第2007/007668号
【文献】国際公開第2016/031949号
【非特許文献】
【0030】
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【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0031】
本発明は、特定の慢性腎臓病ネコに対し、式(I)で示される化合物を有効成分として含有する製剤を投与することにより、慢性腎臓病のネコのIRISステージ4への進行もしくは腎死を抑制する、または全生存率もしくは実測生存率を改善するための、慢性腎臓病のネコの治療方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0032】
すなわち本発明は以下のとおりである。
(1)下記一般式(I):
【化1】
[式中、Rは、水素または薬理学的に許容される陽イオンを表す。]
で示される化合物を有効成分として含有する製剤を、国際獣医腎臓病研究グループの重症度分類(IRISステージ分類)の、ステージ3またはステージ4の慢性腎臓病のネコに、前記一般式(I)で示される化合物を1日あたり90~130μgとなるように投与し、慢性腎臓病のネコのIRISステージ4への進行を抑制する、または腎死を抑制する、慢性腎臓病のネコの治療方法。
(2)下記一般式(I):
【化2】
[式中、Rは、水素または薬理学的に許容される陽イオンを表す。]
で示される化合物を有効成分として含有する製剤を、国際獣医腎臓病研究グループの重症度分類(IRISステージ分類)の、ステージ3またはステージ4の慢性腎臓病のネコに、前記一般式(I)で示される化合物を1日あたり90~130μgとなるように投与し、慢性腎臓病のネコの全生存率または実測生存率を改善する、慢性腎臓病のネコの治療方法。
(3)前記一般式(I)で示される化合物は、ベラプロストナトリウムである、前記(1)または(2)記載の治療方法。
(4)前記IRISステージ分類のステージ3またはステージ4の慢性腎臓病のネコが、体重4.2kg未満の体重減少を示すネコである、前記(1)~(3)のいずれか記載の治療方法。
(5)前記IRISステージ分類のステージ3の慢性腎臓病のネコは、血清クレアチニン値2.9mg/dL以上5.0mg/dL以下かつ血清SDMA値が9.0μg/dL以上である、前記(1)~(4)のいずれか記載の治療方法。
(6)前記IRISステージ分類のステージ4の慢性腎臓病のネコは、血清クレアチニン値が5.0mg/dL超過かつ血清SDMA値が9.0μg/dL以上である、前記(1)~(4)のいずれか記載の治療方法。
(7)前記IRISステージ分類のステージ3の慢性腎臓病のネコに前記製剤を投与する、前記(1)~(5)のいずれか記載の治療方法。
(8)前記IRISステージ分類のステージ3またはステージ4の慢性腎臓病のネコが、IRISステージの分類基準のうちの、血清クレアチニン値による基準を満たすネコである、前記(1)~(7)のいずれか記載の治療方法。
(9)前記慢性腎臓病のネコへの投与量が、前記一般式(I)で示される化合物を14.1~52.4μg/kg体重/日となるように投与する、前記(1)~(8)のいずれか記載の治療方法。
(10)前記慢性腎臓病のネコへの投与が、1日2回の投与により行われる、前記(1)~(9)のいずれか記載の治療方法。
(11)前記慢性腎臓病のネコへの投与が、食事中投与または食後投与により行われる、前記(1)~(10)のいずれか記載の治療方法。
(12)前記慢性腎臓病のネコへの投与が、ネコの慢性腎臓病に対する標準療法に上乗せした投与により行われる、前記(1)~(11)のいずれか記載の治療方法。
(13)前記標準療法が、国際ネコ医学会または国際獣医腎臓病研究グループのガイドラインに定められた治療法である、前記(12)記載の治療方法。
(14)前記慢性腎臓病のネコが、慢性心不全、糖尿病、膵炎、悪性腫瘍、甲状腺機能亢進症、高血圧症、蛋白尿症、低カリウム血症、高リン血症、または貧血症を併発している、前記(1)~(13)のいずれか記載の治療方法。
(15)前記(1)~(14)のいずれか記載の治療方法のための製剤。
(16)前記(1)~(14)のいずれか記載の治療方法に使用するための前記一般式(I)で示される化合物。
【発明の効果】
【0033】
本発明の治療方法によって、国際獣医腎臓病研究グループの重症度分類(IRISステージ分類)の、ステージ3またはステージ4の慢性腎臓病のネコの、IRISステージ4への進行を抑制する、または腎死を抑制することができる。
【0034】
また、本発明の治療方法によって、IRISステージ分類のステージ3またはステージ4の慢性腎臓病のネコの全生存率または実測生存率を改善することができる。
【0035】
IRISステージ分類のステージ3またはステージ4の慢性腎臓病のネコが、体重4.2kg未満の体重減少を示すネコの場合、より有効にステージ移行を抑制する、あるいは全生存率または実測生存率を改善することができる。
【0036】
IRISステージ分類のステージ3またはステージ4の慢性腎臓病のネコが、血清クレアチニン値2.9mg/dL以上5.0mg/dL以下かつ血清SDMA値が9.0μg/dL以上の場合、より有効にステージ移行を抑制する、あるいは全生存率または実測生存率を改善することができる。
【0037】
さらに、本発明は、前記の治療方法のための製剤を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1図1は、対象のネコのデータセットの抽出方法を示す試験フロー図である。
図2図2は、対象のネコの合併症および併存症の内訳を示す図である。
図3図3は、IRISステージ3の慢性腎臓病のネコにおける、BPS治療群とBPS無治療群のステージ維持率の推移を示す図である。
図4図4は、IRISステージ2の慢性腎臓病のネコにおける、BPS治療群とBPS無治療群のステージ維持率の推移を示す図である。
図5図5は、IRISステージ3または4の慢性腎臓病のネコにおける、BPS治療群とBPS無治療群の腎生存率の推移を示す図である。
図6図6は、IRISステージ2の慢性腎臓病のネコにおける、BPS治療群とBPS無治療群の腎生存率の推移を示す図である。
図7図7は、IRISステージ3の慢性腎臓病のネコにおける、BPS治療群とBPS無治療群の全生存率の推移を示す図である。
図8図8は、IRISステージ4の慢性腎臓病のネコにおける、BPS治療群とBPS無治療群の全生存率の推移を示す図である。
図9図9は、IRISステージ2の慢性腎臓病のネコにおける、BPS治療群とBPS無治療群の全生存率の推移を示す図である。
図10図10は、IRISステージ3かつ体重が4.2kg未満の慢性腎臓病のネコにおける、BPS治療群とBPS無治療群の全生存率の推移を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
本発明に用いることのできる製剤は、下記一般式(I)で示される化合物を含有する。
【0040】
【化3】
[式中、Rは、水素または薬理学的に許容される陽イオンを表す。]
【0041】
薬理学的に許容できる陽イオンとしては、ナトリウム、カリウムおよびカルシウム等のアルカリ金属、アルカリ土類金属、モノ-,ジ-,トリメチルアミン、メチルピペリジン、モノ-,ジ-,トリエタノールアミンおよびリジンに代表されるアミン類並びに塩基性アミノ酸等が挙げられ、この中でも特に、ナトリウムとカリウムが好ましく用いられる。
【0042】
また、式(I)で示される化合物の中で、ベラプロストまたはその薬理学的に許容される塩は好ましく用いられる。中でもベラプロストに加え、ベラプロストのナトリウム塩であるBPSあるいはベラプロストのカリウム塩は特に好ましく用いられる。ただし、これらはあくまでも具体例を示したに過ぎず、これらに限られるものではない。
【0043】
本発明に用いられる式(I)で示される化合物は公知であり、例えば特公平1-53672号公報、特公平7-5582公報、特開平3-7275号公報、特公平6-62599号公報等に記載された公知の方法で製造することができる。
【0044】
また、式(I)で示される化合物は単独でも2種以上を組み合わせて用いることも可能である。
【0045】
(用量・用法)
本発明の治療方法における、式(I)の化合物ないしはベラプロストナトリウムの投与量は、1日あたり90~130μg、好ましくは110μgである。式(I)の化合物がベラプロストカリウムの場合も好適に用いることができる。この場合の投与量は1日あたり93~135μg、好ましくは114μgである。
【0046】
慢性腎臓病のネコでは、個体によって体重が変化するため、体重あたりの投与量とすることも好ましく実施できる。この場合の投与量は、式(I)で示される化合物がベラプロストナトリウムの場合には、12.6~57.7μg/kg体重/日、好ましくは14.1~52.4μg/kg体重/日となるように投与することも可能である。式(I)に示される化合物がベラプロストカリウムの場合、13.1~59.9μg/kg体重/日、好ましくは14.6~54.5μg/kg体重/日である。
【0047】
ネコへの1日あたりの投与回数は特に制限されないが、通常1日あたり1~4回、好ましく1日2回の投与で実施される。ただし、副作用に特に問題がなければ1日1回の投与でもかまわない。また食事に合せての投与を想定し、さらに多くの回数を設定してもよい。
【0048】
1日のうちでいつ投与するかは特に制限されないが、朝夕の食後あるいは食事と同時での投与が好ましい。さらに、医師あるいは獣医師の指導のもとに慢性腎臓病用のネコ処方食に本発明の製剤を予め添加して投与することもできるが、この場合は、1日の食事の回数と同じになるように分割して投与することも可能である。
【0049】
BPSは4つの立体異性体からなり、その薬効は主にBPS-314d(Sodium(+)-(1R,2R,3aS,8bS)-2,3,3a,8b-tetrahydro-2-hydroxy-1-[(E)-(3S,4S)-3-hydroxy-4-methyl-1-octen-6-ynyl]-1H-cyclopenta[b]benzofuran-5-butyrate)が担っている(非特許文献11)。このため、BPSの活性成分である、BPS-314dのみを含む製剤も好ましく用いられる。BPSを投与した場合の、BPS-314dの血漿中濃度は、AUC(area under the blood concentration time curve;血中濃度の時間経過を表した曲線(薬物血中濃度-時間曲線)と、横軸(時間軸)によって囲まれた部分の面積)、Cmax(最高血中濃度)ともほぼ1/4であることがヒト(Shimamura et al. J Clin Pharmacol. (2017) 57, 524-535)あるいはラット(松本ら, 薬物動態 (1989), 4(6), 713-725)で示されており、この傾向はネコでも同様と考えられる。このため、BPSの活性体(例えば、BPS-314d)を単独で含む製剤を投与する場合には、有効な1日あたりのBPS-314dの投与量は、BPSの投与量の1/4となり、22.5~32.5μg、好ましくは27.5μgである。さらにベラプロストカリウムの活性体(Potassium(+)-(1R,2R,3aS,8bS)-2,3,3a,8b-tetrahydro-2-hydroxy-1-[(E)-(3S,4S)-3-hydroxy-4-methyl-1-octen-6-ynyl]-1H-cyclopenta[b]benzofuran-5-butyrate)単独での投与も特に好ましく用いられるが、この場合の1日投与量は、23~34μg、好ましくは28~29μgである。
【0050】
本発明の治療方法に用いる薬剤の投与形態としては、各種剤形を使用できる。具体的には経口投与の場合、錠剤、チュアブル錠、散剤、細粒剤、顆粒剤、液剤、シロップ剤、カプセル剤、丸剤、スプレー剤とすることができる。さらに成形品をフィルムコーティングしたり、糖衣掛けしたり、カプセル充填したりすることもできる。好ましくは液剤、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、液剤、シロップ剤、カプセル剤が挙げられる。また、殺菌溶液等の形で非経口的に投与してもよく、また他の溶質、例えば液を等張にするに十分な塩化ナトリウムまたはグルコース等を用いることもできる。
【0051】
本発明の製剤としては前記製剤の他、各種注射剤、点鼻剤、点耳剤、点眼剤、経皮剤、軟膏剤、坐剤として用いることができる。また、各薬剤の特性によっては、個別に徐放化、放出遅延化等の放出制御させることも可能である。例えば、本薬剤は既存の方法で徐放化機能を付与することも可能であり体内埋め込み型の徐放性ポンプ(例えばアルザミニポンプ)など非経口的にも幅広い投与法を応用できる。
【0052】
(経口速放錠)
本発明に用いるネコ用の製剤としては、ラプロス(商標)として、日本において製造販売承認されている製剤に加え、「後発動物用医薬品の生物学的同等性試験ガイドライン」、「動物用医薬品の生物学同等性試験の実施に関するガイドライン(EMA/CVMP/016/2000)」、「後発医薬品の生物学的同等性試験ガイドライン」等に記載された方法に従って、溶出挙動や臨床での薬物動態試験等によって、ラプロス(商標)として生物学的同等性が示された製剤も特に好ましく用いられる。例えば以下の方法で作製可能である。
【0053】
賦形剤として、乳糖およびデンプンを攪拌造粒機に投入し、予め調製したBPSと結合剤(ヒプロメロース)の溶液を加えながら攪拌造粒する。造粒物を破砕、乾燥、整粒した乾燥顆粒に滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム)を添加し、混合機で混合後、ロータリー型打錠機にて素錠を得る。得られた素錠をコーティング装置に投入し、予め調製したコーティング液(ポリエチレングリコール、ヒプロメロース)を噴霧しながらコーティングを行った後、カルナウバロウを添加して、フィルムコーティング錠を作製する。
【0054】
本発明で用いる製剤には、賦形剤、滑沢剤、結合剤の他にも、安定化剤、可溶化剤等の添加剤を加えてもよい。添加剤としては薬理学的に許容されるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、賦形剤としては乳糖、白糖(ショ糖)、D-マンニトール、ソルビトール、キシリトール、結晶セルロース、トウモロコシデンプン、ゼラチン、ポリビニルピロリドン、デキストラン、ポリエチレングリコール(以下PEGと略す、別名:マクロゴール)1500、PEG4000、PEG6000、PEG20000、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール(PEP101(商標)、プルロニック(商標))等が挙げられる。また、滑沢剤としてはステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク等が、結合剤としてはヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、メチルセルロース、ステアリン酸、プロピレングリコール等が、安定化剤としてはブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、アスコルビン酸、没食子酸プロピル、ジブチルメチルフェノール、チオ硫酸ナトリウム等が、可溶化剤としてはポリエチレン硬化ヒマシ油、モノステアリン酸ポリエチレングレコール等が挙げられる。これらの添加剤の配合量は、その種類、目的等により適宜選択される。
【0055】
さらに、錠剤へのコーティング剤として、アクリル酸高分子、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、市販の各種プレミックスコーティング剤などが用いることも可能である。
【0056】
また、前記のプロセス以外の経口製剤の調製方法として、連続生産のようなプロセスを用いることも可能であり、その製造プロセスは特に制約を受けない。
【0057】
(錠剤径)
本発明に用いることのできる、化合物(I)を含む製剤の形態は、特に限定されないが、好ましくは錠剤が挙げられる。錠剤径はネコの服薬に大きく影響するため重要であり、その直径が4.5~10.5mm、好ましくは4.5~7.5mm、より好ましくは5.5~6.5mmである。また、食事に混ぜやすいように、直径が10~1000μmの粒子あるいは微粒子をカプセルに充填する場合にも、そのままでも投与可能なように、カプセルの大きさは、内径×充填後全長で4.5~6.0×11.0~17.5mmが好ましい。
【0058】
(経口徐放性製剤)
徐放性製剤は、日本薬学会の薬学用語解説にも記載されているとおり、「製剤からの有効成分の放出を遅くすることにより、服用回数を減らし、血中の有効成分濃度を一定に長時間保つことにより、副作用を回避するもの」と規定することができる。
【0059】
(徐放性製剤)
本発明におけるネコの治療に用いるBPS製剤としては、徐放性製剤、特に経口徐放性製剤を用いることも可能である。
【0060】
経口投与の徐放性製剤として、シングルユニット型とマルチプルユニット型の徐放性製剤が挙げられる。シングルユニット型の多くは、消化管内で投与剤形が保たれたまま徐々に薬物を放出する。シングルユニット型としては、ワックスマトリックス型、グラデュメット型、レペタブ型、ロンタブ型、スパンタブ型等がある。マルチプルユニット型では、投与された錠剤やカプセル剤が速やかに崩壊して顆粒を放出し、放出された顆粒が徐放性を示す。マルチプルユニット型としては、スパスタブ型、スパンスル型、顆粒型等がある。また、放出制御機構からは、リザーバー型とマトリックス型に分けられる。リザーバー型は薬物を含有する錠剤または顆粒を高分子皮膜でコーティングしたものであり、薬物の放出速度はこの皮膜の性質や厚さで決まる。レペタブ型、スパスタブ型、スパンスル型、顆粒型がリザーバー型に属する。マトリックス型は、薬物を高分子やワックス等の基剤中に分散させたもので、薬物分子のマトリックス内の拡散速度により放出速度は決まる。ワックスマトリックス型、グラデュメット型、ロンタブ型、スパンタブ型等がマトリックス型に属する。前記の放出特性を有するものであれば、その徐放化方法は問わず、種々の徐放性製剤を用いることができる。
【0061】
前記のなかで、本発明で用いることのできる徐放性製剤は特に限定されないが、一例を挙げると、WO98/41210、WO2004/103350には、BPSの放出制御成分としてハイドロゲル基剤を配合したBPS徐放性製剤が記載されており、本法で作製されたBPS徐放性製剤を用いることも可能である。
【0062】
また、BPSを含有する徐放性製剤の別形態として、粒子径1000μm以下の複数の顆粒を含む経口徐放性医薬組成物がWO2004/103350に記載されており、本製剤を用いることも可能である。
【0063】
(フレーバー錠)
慢性腎臓病のネコは、食欲が低下することが知られているため、ネコが好む香り(フレーバー)や味を、製剤に付加することで食欲を増進させることが可能である。
【0064】
本発明では、前記のように様々な剤形や投与法をとることができるが、経口製剤であるラプロス(商標)(東レ株式会社)と異なる剤形や投与法の場合、ネコの薬物の暴露量を同等にすることが好ましく、この場合は主にAUCによってその同等性を判断すればよい。また、慢性腎臓病によって血中動態が異なる場合には、この点も考慮して同等性を判断するのが好ましい。
【0065】
式(I)で示される化合物を有効成分として含む製剤は、BPSを含む製剤については、ラプロス(商標)(東レ株式会社)(1錠中BPS55μg含有)を1回1錠、1日2回(計2錠)投与すれば、BPSとして1日あたり110μg投与することになる。
【0066】
(対象となるネコ慢性腎臓病について)
本発明の対象となるネコの慢性腎臓病の診断方法およびステージ分類は、背景技術に記述した、IRISによる診断方法およびステージ分類を用いることができる。
【0067】
すなわち、安定した状態の患者動物において、病歴および身体検査、臨床検査、画像診断検査、病理組織学的検査の結果に基づいて、血清クレアチニン値または血清SDMA値の上昇と、持続的な血清SDMA値の>14μg/dLへの上昇、持続的なUPC>0.4を伴う腎性蛋白尿、尿比重<1.035、カリウムまたは重炭酸塩、グルコース、アミノ酸の尿中への不適切な喪失、腎嚢胞、尿路結石、腎臓腫瘍のうち一つ以上を満たし、持続的に認められる場合である。続いて、IRISステージ分類において、血清クレアチニン値または血清SDMA値または好ましくは両方を少なくとも2回以上の来院で検討することで以下のとおりステージングを行うことができる。血清クレアチニン値<1.6mg/dLまたは血清SDMA値<18μg/dLまたは好ましくは両方を満たす場合をステージ1、血清クレアチニン値1.6-2.8mg/dLまたは血清SDMA値18-25μg/dLまたは好ましくは両方を満たす場合をステージ2、血清クレアチニン値2.9-5.0mg/dLまたは血清SDMA値26-38μg/dLまたは好ましくは両方を満たす場合をステージ3、血清クレアチニン値>5.0mg/dLまたは血清SDMA値>38μg/dLまたは好ましくは両方を満たす場合をステージ4に分類する。
【0068】
本明細書において、血清クレアチニン値、血清SDMA値および体重は、有効数字2桁として、四捨五入で丸めた値を示す。
【0069】
前記のIRISによる診断方法では、診断基準を持続的に満たす必要性が示されているが、実臨床においては1回の来院での判断を求められることも多いことから、本発明においては、診断基準を初めて満たした場合でも慢性腎臓病と判断することができる。また、前記のIRISによるステージ分類では、血清クレアチニン値または血清SDMA値、好ましくは両方を少なくとも2回以上の来院で検討する必要性が示されているが、本発明においては実臨床での運用を考慮し、1回の来院で前記の基準を満たす場合も、2回の来院で判定した場合と同様に取り扱うことが可能である。
【0070】
さらに本発明においては、血清クレアチニン値のみで対象となるネコの慢性腎臓病のステージを判断することも可能であり、前記のIRISステージとは厳密に一致しなくともよい。この場合においても、IRIS分類と血清クレアチニン値の範囲は同一であり、血清クレアチニン値1.6-2.8mg/dLを満たす場合ステージ2、血清クレアチニン値2.9-5.0mg/dL満たす場合をステージ3、血清クレアチニン値>5.0mg/dL場合をステージ4と判断する。
【0071】
この血清クレアチニン値だけでのステージ分類に従った慢性腎臓病ネコにおいても、本発明の方法によって、ステージ3からステージ4への進行や、ステージ3またはステージ4から腎死への進行を抑制できる。さらには、ステージ3またはステージ4の慢性腎臓病ネコの全生存率または実測生存率を改善することが可能である。
【0072】
さらに本発明においては、IRISステージ分類のステージ3の慢性腎臓病のネコが、血清クレアチニン値2.9mg/dL以上5.0mg/dL以下かつ血清SDMA値が9.0μg/dL以上を満たす場合、ステージ4への進行の抑制ないしは、全生存率または実測生存率の改善に、より好ましく用いられる。
【0073】
また、IRISステージ分類のステージ4の慢性腎臓病のネコが、血清クレアチニン値が5.0mg/dL超過かつ血清SDMA値が9.0μg/dL以上の場合、腎死の抑制ないしは、全生存率または実測生存率の改善のために、本発明の方法はより好ましく用いられる。
【0074】
本発明の治療方法は、ステージ3およびステージ4において有効であるが、ステージ2の慢性腎臓病のネコにおいては、ステージ4への進行の抑制や、全生存率または実測生存率の改善は認められない。
【0075】
背景技術に示したように、従来のネコの慢性腎臓病におけるBPS投与の知見からは慢性腎障害の軽症例より重症例でより効果が高いことは予見できず、本発明の重要な特徴であると考えられる。
【0076】
さらに、ヒト慢性腎臓病患者においても、BPS徐放性製剤が、原発性糸球体疾患や腎硬化症患者の透析移行や、透析移行または移植からなる腎死を遅延させるが、投与開始時の血清クレアチニン値が2.0mg以上、3.0mg/dL未満の、実施された中で最も軽症例に限られ、3.0mg/dl以上の症例では効果が全く認められていない。
【0077】
このことからも、本発明のネコにおいては、より重症例において、IRISステージの進行や腎死の抑制、および生存率の改善において、特に顕著な効果を認めることは予見できなかった。
【0078】
(栄養障害)
本発明の治療方法は、栄養障害をもつ慢性腎臓病ネコに特に有効に用いられる。慢性腎臓病にネコにおける栄養障害として、体重減少、体格、筋肉量、栄養摂取量および血清蛋白質量の低下等が挙げられる。
【0079】
このうち体重減少は、栄養障害をもつ慢性腎臓病のネコの指標として、特に有効である。すなわち、体重が4.2kg未満の慢性腎臓病ネコの生命予後は、それ以上のネコよりも悪いことから(非特許文献16)、栄養障害の判断基準として体重が4.2kg未満であることが重要である。本発明において、IRISステージが3または4の症例のうち、体重が4.2kg未満の症例では、さらに顕著なステージの進行、腎死の抑制、さらには生存率の改善が認められる。さらに、栄養障害が進み、体重が3.5kg未満の症例においては、本発明の効果がさらに顕著に示される。
【0080】
また体重が6ヶ月間に5%以上低下する場合も、体重減少ないしは栄養障害をもつことの判断基準として有用であり、特に体重が元々4.2kg未満ないしは3.5kg未満で、慢性腎臓病による体重減少かどうかの判断が難しいとき、特に有用である。
【0081】
栄養障害を表す他の指標として、体格ないしは筋肉量の低下の指標となる9段階のボディコンディションスコア(BCS)のスコア3以下への低下、または4段階のマッスルコンディションスコア(MCS)の軽度の筋肉消耗以下への低下を用いることも可能である。また、栄養障害の指標として、血清蛋白質量や血清アルブミン量の基準値未満への低下、リンパ球数の基準値未満への低下を用いることも可能であり、これらの指標を組み合わせて判断することも、もちろん可能である。
【0082】
(原疾患について)
ネコ慢性腎臓病の原因は現在に至ってもなお十分解明されていないが、加齢がその要因のひとつであることが知られている。その他にも、例えば次のような疾患が原因となることが知られているが、原因が特定できないことも多い。
【0083】
すなわち、慢性腎臓病の原因あるいは原因疾患として、例えば慢性尿細管間質性腎炎、慢性糸球体腎炎、若年性腎異形成症、多発性嚢胞腎疾患、腎結石症、尿管結石症、尿路閉塞疾患、急性腎障害、糖尿病性腎症、高カルシウム血症性腎症、腎リンパ腫、アミロイド腎症、慢性腎盂腎炎、慢性ウイルス感染症、全身性炎症性疾患、中毒性傷害、慢性栄養失調が挙げられる。また、慢性糸球体腎炎の病型には、膜性腎症、メサンギウム増殖性糸球体腎炎、膜性増殖性糸球体腎炎などが挙げられる。
【0084】
IRISのネコの慢性腎臓病の診断が、血清クレアチニン値、血清SDMA値、尿比重等で診断されることからも明らかなように、慢性腎臓病はこうした原疾患に関わらない共通の病態として定義されており、本発明においても、原因疾患が前記のいずれであっても、本発明の方法は有効である。
【0085】
(腎死の判定)
ネコの慢性腎臓病のIRISステージ分類では、腎機能がほとんど廃絶し、透析や腎移植といった、腎代替療法なしでは、数日で死にいたるような病態ステージが定義されていない。しかしながら、IRISの急性腎障害に関するガイドラインには、「血清クレアチニン値が10.0mg/dL超過になった時点で、適切な保存的治療を行っても腎代替療法を受けない限り、5~10日以内に死亡する可能性がある」との見解が示されており、本見解に従い、血清クレアチニン値>10.0mg/dLになった場合を腎死と規定することが可能である。本発明においては、ステージ3またはステージ4の慢性腎臓病ネコの腎死を抑制することが可能である。
【0086】
(全生存率または実測生存率について)
全生存率は、実測生存率と同義であり、腎機能の低下に伴って上昇する合併症および併存症による死亡も含んだ死因の如何を問わない生存率を意味し、本発明では、全生存率あるいは実測生存率を改善することが可能である。
【0087】
ネコの慢性腎臓病、特にステージ2以降の症例では、腎の低分子濾過機能低下が不可逆的に進行する。血清クレアチニンや血清SDMAは、腎の低分子濾過機能の低下とともに血液中に蓄積し次第に上昇することから、これらの値は腎の低分子濾過機能低下の指標とすることができる。
【0088】
他方、腎の低分子濾過機能をはじめとする各種機能の低下と共に、心血管機能が障害されることから(非特許文献4)、慢性腎臓病のネコの中には、慢性腎臓病の悪化ではなく心不全が死因となるものが多く含まれている。さらに、国際ネコ医学会は、ネコの慢性腎臓病の治療管理に関するガイドラインにおいて、ネコの慢性腎臓病の悪化に関係する合併症として、高血圧症、蛋白尿、低カリウム血症、高リン血症、尿路感染症、貧血症、慢性腎臓病関連性ミネラル骨異常を挙げており(非特許文献1)、これらもまた、ネコの慢性腎臓病の死因となることが知られている。
【0089】
実臨床においては、慢性腎臓病の悪化による腎機能低下と前記合併症の併発が多く認められ、死亡症例において、この中で何が死亡の原因となったかを特定できないことも多い。このため、ネコの慢性腎臓病の治療法を評価する上で、慢性腎臓病の悪化で死亡した以外に、前記の合併症などの他の要因によるすべての死亡を含んだ全生存率もしくは実測生存率が最も重視すべき指標といえる。本発明の治療方法によって、IRISステージ3および4のネコの全生存率または実測生存率を改善することが可能である。
【0090】
(対象となる慢性腎臓病ネコの合併症および併存症)
上述したように、ネコの慢性腎臓病においては、高血圧症、蛋白尿、低カリウム血症、高リン血症、尿路感染症、貧血症、慢性腎臓病関連性ミネラル骨異常等の合併症を併発することが多いが、本発明においては、こうした慢性腎臓病に関係するような合併症を併発しているネコも対象とすることができる。合併症は、血圧検査で収縮期血圧が160mmHg以上を満たす場合に高血圧症、尿試験紙検査で尿蛋白が100mg/dL以上を満たす場合に蛋白尿症、血液化学検査でカリウム値が3.5mEq/L未満を満たす場合に低カリウム血症、血液化学検査でリン値が6.0mg/dL以上を満たす場合に高リン血症、血球検査でヘマトクリット値が30%未満を満たす場合に貧血症であると診断される。
【0091】
さらに腎疾患以外にネコで多くみられる疾患の、甲状腺機能亢進症、膵炎、悪性腫瘍、慢性心不全を併発しても治療可能であり、慢性腎臓病に糖尿病の併発がある、糖尿病性腎症をもつ個体にも有効に用いることが可能である。
【0092】
(組み合わせることのできる既存治療)
本発明の治療方法は、既存のネコの慢性腎臓病治療法や標準療法と組み合わせることも可能である。このうち、慢性腎臓病の標準療法として一般的に用いられる、国際ネコ医学会及び国際獣医腎臓病研究グループのガイドラインに定められた治療法との組み合わせは特に有効である。
【0093】
国際ネコ医学会ガイドラインにおいて、ネコの慢性腎臓病の治療薬として、リン吸着薬と活性型ビタミンD3薬、カルシウム拮抗薬、β遮断薬、赤血球造血刺激因子製剤、アンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬、ニューロキニン1受容体拮抗薬、ノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ薬、セロトニン4受容体作動薬、セロトニン3受容体拮抗薬、ヒスタミン2受容体拮抗薬、およびプロトンポンプ阻害薬が記載されており、これらの薬剤を用いることができる。
【0094】
このうち、アンジオテンシン変換酵素阻害薬のベナゼプリル塩酸塩とアンジオテンシン受容体拮抗薬のテルミサルタンが、ネコ慢性腎臓病における蛋白尿の治療薬として広く用いられている。また、エナラプリル、リシノプリル、ロサルタン、スピロノラクトン、オメガ3脂肪酸、アムロジピンも同様に、ネコの蛋白尿の治療薬として報告されている(非特許文献36)。
【0095】
しかしながら、これらの薬剤はいずれも慢性腎臓病のネコの病態を正常化したり、生存率を改善したりするものではなく、あくまで慢性腎臓病ネコに特徴的にあらわれる症状や、検査値の異常の改善を目的として使用される。例えば慢性腎臓病ネコに多く認められる貧血症の治療のために赤血球造血刺激因子製剤が用いられたり、腎疾患に合併する高血圧の治療として、アンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬、カルシウム拮抗薬ないしはβ遮断薬が用いられたりする。このように、本ガイドラインにおいては、慢性腎臓病ネコの病態に応じて、適切な治療法や使用される薬剤が定められており、症状がない症例への薬剤の使用などは、かえって腎臓病の増悪につがる場合があることが指摘されている。
【0096】
本発明で使用できるアンジオテンシン変換酵素阻害薬としては、前記ベナゼプリル塩酸塩以外にも例えばカプトプリル、エナラプリル、イミダプリル、リシノプリル、ペリンドプリル、ラミプリル、アラセプリル、モエキシプリル、ホシノプリル及びキナプリルおよびその薬理学的に許容できる塩が挙げられる。
【0097】
またアンジオテンシン受容体拮抗薬としては、前記テルミサルタン以外にも例えばロサルタン、エプロサルタン、カンデサルタン シレキセチル、バルサルタン、イルベサルタン、タソサルタン、オルメサルタン、ゾラサルタン、ミファサルタン、フォラサルタンおよび、場合によってはこれらの代謝活性物質(カンデサルタンなど)およびその薬理学的に許容できる塩が挙げられる。
【0098】
また、アンジオテンシン変換酵素阻害薬とアンジオテンシン受容体拮抗薬の両薬の併用や、アンジオテンシン変換酵素阻害薬またはアンジオテンシン受容体拮抗薬以外にアルドステロン拮抗薬、カルシウム拮抗薬、β遮断薬、各種利尿剤との合剤であっても差し支えない。
【0099】
さらに、国際ネコ医学会及び国際獣医腎臓病研究グループのガイドラインに定められた治療法以外にも、ネコ腎臓病治療に汎用される以下の薬剤との併用も可能である。
【0100】
例えば本邦においては、ネコの尿毒症治療を目的として、消化管中から尿毒症の原因となる物質を除去する炭素系吸着薬が動物薬として承認され、広く臨床応用されている。本発明の治療方法は、炭素系吸着薬による治療を受けている症例にも有効である。具体的には、球形吸着炭薬のネコ用のコバルジン(商標)や、ヒト用のクレメジン(商標)のほか、動物用の健康補助食品や療法食として販売されている活性炭が挙げられる。
【0101】
また、ネコの慢性腎臓病において、体重減少が生存率の悪化と関連することから、体重減少の治療薬として、グレリン様作用薬のカプロモレリンが広く用いられているが、他にもアナモレリン、イパモレリン、タビモレリンおよびその薬理学的に許容できる塩が挙げられる。
【0102】
また、慢性腎臓病の療法食や、皮下輸液療法を併用することももちろん可能である。
【0103】
(各パラメーターの測定方法)
(血清クレアチニン値の測定法)
本発明の血清クレアチニン値の測定法は特に限定されないが、通常、酵素法ないしはJaffe法によって実施される。具体的には、動物用の血液分析装置として販売されている富士ドライケムNX700V(富士フィルムVETシステムズ)、カタリストOne(アイデックスラボラトリーズ)、スポットケムDコンセプト(アークレイ)、ベットスキャンVS2(アバクシス)、エレメントDC5X(ヘスカ)等のほか、アイデックスラボラトリーズ社、富士フィルムVETシステムズ社、アンテックダイアグノスティックス社、アバクシス社、ヘスカ社、アボットラボラトリーズ社等の臨床検査センターによって測定される。
【0104】
またヒトの血清クレアチニン値の測定法を用いることも可能である。この場合、測定には酵素法を用いることが好ましい。具体的には、臨床検査薬として販売されている、シグナスオートCRE(シノテスト)のほか、LタイプワコーCRE・M(富士フィルム和光純薬)、ピュアオート S CRE-N(積水メディカル)、セロテック CRE-N(セロテック)、アクアオートカイノス CRE-III plus(カイノス)、シカリキッド-N CRE(関東化学)等が用いられるが、酵素法を用いるものであれば、特に制限されない。
【0105】
(血清SDMAの測定法)
本発明におけるSDMAの測定法は特に限定されないが、通常、酵素法、または液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)ないしは高速液体クロマトグラフ法(HPLC)によって実施される。具体的には、動物用の血液分析装置として販売されているカタリストOne(アイデックスラボラトリーズ)等のほか、アイデックスラボラトリーズ社、富士フィルムVETシステムズ社、アンテックダイアグノスティックス社、アバクシス社、ヘスカ社、アボットラボラトリーズ社等の臨床検査センターによって測定される。
【0106】
(尿比重測定法)
本発明の尿比重の測定法は特に限定されないが、通常、屈折率法によって実施される。具体的には、動物用の尿比重屈折計として販売されているポケット猫尿比重屈折計PAL-CAT(アタゴ)、ポケット犬猫尿比重屈折計PAL-DOG&CAT(アタゴ)、MASTER-犬猫尿比重屈折計(アタゴ)、ベットスキャンUA(アバクシス)等のほか、アイデックスラボラトリーズ社、富士フィルムVETシステムズ社、アンテックダイアグノスティックス社、アバクシス社、ヘスカ社、アボットラボラトリーズ社等の臨床検査センターによって測定される。
【0107】
またヒト用の尿比重屈折計を用いることも可能である。この場合、補正式として、ネコの尿比重値=(0.846×測定値)+0.154を用いることが好ましい。具体的には、ポケット尿比重屈折計PAL-09S(アタゴ)、MASTER-SUR/Jα(アタゴ)等が用いられるが、屈折率法を用いるものであれば、特に制限されない。
【実施例
【0108】
次に本発明について実施例および比較例を示してさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0109】
(実施例1)ベラプロストナトリウム錠の作製
本願実施例及び比較例における猫への投与薬物は、一般式(I)で示される化合物として、いずれもベラプロストナトリウム(BPS)を用いて、55μg/錠のフィルムコーティング錠を以下の方法で作製した。
【0110】
賦形剤の乳糖およびデンプンを攪拌造粒機に投入し、予め調製したBPSと結合剤(ヒプロメロース)の溶液を加えながら攪拌造粒した。造粒物を破砕、乾燥、整粒した乾燥顆粒に滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム)を添加し、混合機で混合後、ロータリー型打錠機にて6mm、8Rの杵臼を用いて素錠を得た。得られた素錠をコーティング装置に投入し、予め調製したコーティング液(ポリエチレングリコール、ヒプロメロース)を噴霧しながらコーティングを行った後、カルナウバロウを添加して、フィルムコーティング錠を得た。
【0111】
(実施例2)
ネコの慢性腎臓病に対するBPS治療とBPS無治療のステージ4への進行までの期間を比較するために次の後ろ向き観察研究を実施した。実施施設は、2017年以前から動物病院向け電子カルテのAhmics(商標)(ペットコミュニケーションズ社)が導入されていて、紙カルテを完全に廃止している株式会社苅谷動物病院グループの市川総合病院とした。本施設では、すべての患者動物の検査データや死亡記録、薬剤の処方記録など診療に関わるあらゆる情報が本システムによって管理されている。対象のネコのデータセットは、図1に示すように抽出した。具体的には、2017年4月1日から2020年12月10日の間に血清クレアチニン検査を受けたネコの1681頭分、尿検査を受けたネコの1399頭分のデータセットをそれぞれ抽出した。そのうち、記録の欠如していたネコの951頭分を除外したことで、少なくとも2回の血清クレアチニン検査を受け、尿検査および他の臨床検査所見によって慢性腎臓病が診断されたネコの730頭分のデータセットを抽出した。そのうち、IRISステージ分類で定義された方法で血清クレアチニン値が2.9mg/dL以上5.0mg/dL以下(ステージ3)の慢性腎臓病が診断されたネコの134頭分のデータを抽出して、すべてを解析対象とした。血清SDMA値の測定がされたものは、全てが9μg/dL以上であり、慢性心不全、糖尿病、甲状腺機能亢進症、膵炎、悪性腫瘍、高血圧症、蛋白尿症、低カリウム血症、高リン血症、または貧血症を併発している個体もみられた(図2)。
【0112】
薬剤の処方記録をもとにしてBPS治療群として57頭、BPS無治療群として77頭の2群に分けて、背景要因とステージ4への進行までの期間を後ろ向きに比較検討した。BPS治療群のネコは、動物用BPS薬剤のラプロス(商標)(東レ株式会社)をBPSとして14.1~52.4μg/kg体重/日、中央値は29.1μg/kg体重/日になるよう、朝夕2回に分けて、食事中投与または食後投与されていた。BPSの投与以外はネコ慢性腎障害の一般的な治療が行われており、その内容は両群で特に大きな差を認めなかった。ステージ4への進行は、IRISステージ分類で定義された方法で検討した。具体的には、血清クレアチニン検査または血清SDMA値の記録をもとにして、少なくとも2回以上の来院で、血清クレアチニン値>5.0mg/dLまたは血清SDMA値>38μg/dLが記録された場合をステージ4への進行とした。アウトカムをステージ4への進行とし、BPS治療群のネコは治療開始日、BPS無治療群は観察開始日を起点とし、アウトカムが観察されるまでの期間(月)を記録した。解析は、BPS治療群とBPS無治療群の3年ステージ維持率(%)とその標準誤差、95%信頼区間、3年ステージ維持率(%)の対比を算出した。また、BPS治療群とBPS無治療群のステージ4への進行までの期間(月)とアウトカムをカプランマイヤー解析によって、観察期間(月)に対するステージ維持率の変化を示す曲線を示し、ケースの要約として、ステージ4への進行、打切り、全体数を示した上で、ステージ4への進行までの期間(月)の平均値とその標準誤差、95%信頼区間と、中央値とその標準誤差、95%信頼区間、平均ステージ維持期間の対比を示し、ステージ維持率の違いをログランク検定のCochran-Mantel-Haenszel法によって、有意水準を両側検定でP値0.05未満として検証した。
【0113】
BPS治療群とBPS無治療群の背景要因には、解析結果に影響する差は認められなかった。一方、BPS治療群の3年ステージ維持率(%)は32.7、その標準誤差は13.5、95%信頼区間6.3~59.1であるのに対して、BPS無治療群の3年ステージ維持率(%)は26.2、その標準誤差は12.0、95%信頼区間2.7~49.7であり、3年ステージ維持率(%)の対比はBPS治療群/BPS無治療群が1.25倍であった。また、カプランマイヤー解析によって、BPS治療群のステージ4への進行までの期間(月)の平均値は26.5、その標準誤差3.0、95%信頼区間20.6~32.3、中央値は31.6、その標準誤差9.4、95%信頼区間13.1~50.1であるのに対して、BPS無治療群のステージ4への進行まで期間(月)の平均値は17.8、その標準誤差2.3、95%信頼区間13.3~22.3、中央値は12.1、その標準誤差5.2、95%信頼区間1.9~22.4、平均ステージ維持期間の対比はBPS治療群/BPS無治療群が1.49倍であった。両群のステージ維持率の違いはP値0.0119であり、投与開始前の血清クレアチニン値が2.9mg/dL以上5.0mg/dL以下(ステージ3)の慢性腎臓病のネコにおいて、BPSの投与によってステージ4への進行を抑制する効果が確認できた(図3)。
【0114】
(比較例1)
実施例2に記載の研究において、図1に示すように、IRSステージ分類で定義された方法で血清クレアチニン値1.6mg/dL以上2.8mg/dL以下(ステージ2)の慢性腎臓病が診断されたネコの369頭分のデータを抽出して、すべてを解析対象とした。
【0115】
薬剤の処方記録をもとにしてBPS治療群として37頭、BPS無治療群として332頭の2群に分けて、背景要因とステージ4への進行までの期間を後ろ向きに比較検討した。BPS治療群のネコは、動物用BPS薬剤のラプロス(商標)(東レ株式会社)をBPSとして18.5~42.3μg/kg体重/日、中央値は26.5μg/kg体重/日になるよう、朝夕2回に分けて、食事中投与または食後投与されていた。ステージ4への進行は、IRISステージ分類で定義された方法で検討した。具体的には、血清クレアチニン検査または血清SDMA値の記録をもとにして、少なくとも2回以上の来院で、血清クレアチニン値>5.0mg/dLまたは血清SDMA値>38μg/dLが記録された場合をステージ4への進行とした。アウトカムをステージ4への進行とし、BPS治療群のネコは治療開始日、BPS無治療群は観察開始日を起点とし、アウトカムが観察されるまでの期間(月)を記録した。解析は、BPS治療群とBPS無治療群の3年ステージ維持率(%)とその標準誤差、95%信頼区間、3年ステージ維持率(%)の対比を算出した。また、BPS治療群とBPS無治療群のステージ4への進行までの期間(月)とアウトカムをカプランマイヤー解析によって、ケースの要約として、ステージ4への進行、打切り、全体数を示した上で、ステージ4への進行までの期間(月)の平均値とその標準誤差、95%信頼区間と、中央値とその標準誤差、95%信頼区間、平均ステージ維持期間の対比を示し、ステージ維持率の違いをログランク検定のCochran-Mantel-Haenszel法によって、有意水準を両側検定でP値0.05未満として検証した。
【0116】
BPS治療群とBPS無治療群の背景要因には、解析結果に影響する差は認められなかった。一方、BPS治療群の3年ステージ維持率(%)は74.7、その標準誤差は12.9、95%信頼区間49.4~99.9であるのに対して、BPS無治療群の3年ステージ維持率(%)は89.6、その標準誤差は2.9、95%信頼区間83.9~95.4であり、3年ステージ維持率(%)の対比はBPS治療群/BPS無治療群が0.83倍であった。また、カプランマイヤー解析によって、BPS治療群のステージ4への進行までの期間(月)の平均値は38.0、その標準誤差2.1、95%信頼区間33.9~42.1であるのに対して、BPS無治療群のステージ4への進行まで期間(月)の平均値は40.9、その標準誤差0.5、95%信頼区間39.9~42.0、平均ステージ維持期間の対比はBPS治療群/BPS無治療群が0.93倍であった。両群のステージ維持率の違いはP値0.3159であり、投与開始前の血清クレアチニン値1.6mg/dL以上2.8mg/dL以下(ステージ2)の慢性腎臓病のネコにおいて、BPSの投与によってステージ4への進行の抑制は全く認められなかった(図4)。
【0117】
(実施例3)
実施例2に記載の研究と同様に、IRISステージ分類で定義された方法で血清クレアチニン値が2.9mg/dL以上5.0mg/dL以下(ステージ3)または5.0mg/dL超過(ステージ4)の慢性腎臓病が診断されたネコの218頭分のデータを抽出し、そのうち血清クレアチニン値が10.0mg/dL以下の199頭分のデータを解析対象とした。薬剤の処方記録をもとにしてBPS治療群として73頭、BPS無治療群として126頭の2群に分けた。
【0118】
本例では、腎死までの期間を後ろ向きに比較検討した。腎死時期の判断は、国際獣医腎臓病研究グループの急性腎障害に関するガイドラインを参考とした。すなわち、「血清クレアチニン値が10.0mg/dL超過になった時点で、適切な保存的治療を行っても腎代替療法を受けない限り、5~10日以内に死亡する可能性がある」との見解に従い、血清クレアチニン検査の記録をもとにして、血清クレアチニン値>10.0mg/dLが記録された場合を腎死とした。アウトカムを腎死とし、BPS治療群のネコは治療開始日、BPS無治療群は観察開始日を起点とし、アウトカムが観察されるまでの期間(月)を記録した。解析は、BPS治療群とBPS無治療群の3年腎生存率(%)とその標準誤差、95%信頼区間、3年腎生存率(%)の対比を算出した。また、BPS治療群とBPS無治療群の腎死までの期間(月)とアウトカムをカプランマイヤー解析によって、観察期間(月)に対する腎生存率の変化を示す曲線を示し、ケースの要約として、腎死、打切り、全体数を示した上で、腎死までの期間(月)の平均値とその標準誤差、95%信頼区間と、平均腎生存期間の対比を示し、腎生存率の違いをログランク検定のCochran-Mantel-Haenszel法によって、有意水準を両側検定でP値0.05未満として検証した。
【0119】
BPS治療群の3年腎生存率(%)は77.1、その標準誤差は13.1、95%信頼区間51.4~100.0であるのに対して、BPS無治療群の3年腎生存率(%)は64.2、その標準誤差は7.1、95%信頼区間50.4~78.1であり、3年腎生存率(%)の対比はBPS治療群/BPS無治療群が1.20倍であった。また、カプランマイヤー解析によって、BPS治療群の腎死までの期間(月)の平均値は39.2、その標準誤差2.2、95%信頼区間35.0~43.5であるのに対して、BPS無治療群の腎死まで期間(月)の平均値は26.5、その標準誤差1.9、95%信頼区間22.8~30.3、平均腎生存期間の対比はBPS治療群/BPS無治療群が1.48倍であった。両群の腎生存率の違いはP値0.0003であり、投与開始前の血清クレアチニン値が2.9mg/dL以上5.0mg/dL以下(ステージ3)または5.0mg/dL超過(ステージ4)の慢性腎臓病のネコにおいて、BPSの投与によって腎死を抑制する効果が確認できた(図5)。
【0120】
(比較例2)
比較例1に記載の研究と同様に、図1に示すように、IRSステージ分類で定義された方法で血清クレアチニン値1.6mg/dL以上2.8mg/dL以下(ステージ2)の慢性腎臓病が診断されたネコの369頭分のデータを抽出して、すべてを解析対象とした。薬剤の処方記録をもとにしてBPS治療群として37頭、BPS無治療群として332頭の2群に分けた。
【0121】
本例では、腎死までの期間を後ろ向きに比較検討した。腎死時期の判断は、国際獣医腎臓病研究グループの急性腎障害に関するガイドラインを参考とした。すなわち、「血清クレアチニン値が10.0mg/dL超過になった時点で、適切な保存的治療を行っても腎代替療法を受けない限り、5~10日以内に死亡する可能性がある」との見解に従い、血清クレアチニン検査の記録をもとにして、血清クレアチニン値>10.0mg/dLが記録された場合を腎死とした。アウトカムを腎死とし、BPS治療群のネコは治療開始日、BPS無治療群は観察開始日を起点とし、アウトカムが観察されるまでの期間(月)を記録した。解析は、BPS治療群とBPS無治療群の3年腎生存率(%)とその標準誤差、95%信頼区間、3年腎生存率(%)の対比を算出した。また、BPS治療群とBPS無治療群の腎死までの期間(月)とアウトカムをカプランマイヤー解析によって、観察期間(月)に対する腎生存率の変化を示す曲線を示し、ケースの要約として、腎死、打切り、全体数を示した上で、腎死までの期間(月)の平均値とその標準誤差、95%信頼区間と、平均腎生存期間の対比を示し、腎生存率の違いをログランク検定のCochran-Mantel-Haenszel法によって、有意水準を両側検定でP値0.05未満として検証した。
【0122】
BPS治療群の3年腎生存率(%)は90.0、その標準誤差は9.5、95%信頼区間71.4~100.0であるのに対して、BPS無治療群の3年腎生存率(%)は95.2、その標準誤差は1.9、95%信頼区間91.5~98.9であり、3年腎生存率(%)の対比はBPS治療群/BPS無治療群が0.95倍であった。また、カプランマイヤー解析によって、BPS治療群の腎死までの期間(月)の平均値は40.8、その標準誤差1.3、95%信頼区間38.3~43.3であるのに対して、BPS無治療群の腎死まで期間(月)の平均値は41.9、その標準誤差0.4、95%信頼区間41.1~42.7、平均腎生存期間の対比はBPS治療群/BPS無治療群が0.97倍であった。両群の腎生存率の違いはP値0.9049であり、投与開始前の血清クレアチニン値1.6mg/dL以上2.8mg/dL以下(ステージ2)の慢性腎臓病のネコにおいて、BPSの投与によって腎死の抑制は全く認められなかった(図6)。
【0123】
(実施例4)
実施例2に記載の研究と同様に、IRISステージ分類で定義された方法で血清クレアチニン値が2.9mg/dL以上5.0mg/dL以下(ステージ3)の慢性腎臓病が診断されたネコの134頭分のデータを抽出して、すべてを解析対象とした。薬剤の処方記録をもとにしてBPS治療群として57頭、BPS無治療群として77頭の2群に分けた。
【0124】
本例では、生存期間を後ろ向きに比較検討した。死亡記録をもとにして、アウトカムを死因に関係なくすべての死亡とし、BPS治療群のネコは治療開始日、BPS無治療群は観察開始日を起点とし、アウトカムが観察されるまでの期間(月)を記録した。解析は、BPS治療群とBPS無治療群の3年全生存率(%)とその標準誤差、95%信頼区間、3年全生存率(%)の対比を算出した。また、BPS治療群とBPS無治療群の生存期間(月)とアウトカムをカプランマイヤー解析によって、観察期間(月)に対する全生存率もしくは実測生存率の変化を示す生存曲線を示し、ケースの要約として、死亡、打切り、全体数を示した上で、生存期間(月)の平均値とその標準誤差、95%信頼区間と、中央値とその標準誤差、95%信頼区間、平均生存期間の対比を示し、全生存率の違いをログランク検定のCochran-Mantel-Haenszel法によって、有意水準を両側検定でP値0.05未満として検証した。
【0125】
BPS治療群の3年全生存率(%)は33.5、その標準誤差は10.1、95%信頼区間13.8~53.2であるのに対して、BPS無治療群の3年全生存率(%)は18.1、その標準誤差は6.6、95%信頼区間5.3~31.0であり、3年全生存率(%)の対比はBPS治療群/BPS無治療群が1.85倍であった。また、カプランマイヤー解析によって、BPS治療群の生存期間(月)の平均値は25.3、その標準誤差2.5、95%信頼区間20.3~30.2、中央値は23.4、その標準誤差6.6、95%信頼区間10.4~36.4であるのに対して、BPS無治療群の生存期間(月)の平均値は16.4、その標準誤差1.9、95%信頼区間12.6~20.1、中央値は9.5、その標準誤差2.3、95%信頼区間5.1~13.9、平均生存期間の対比はBPS治療群/BPS無治療群が1.54倍であった。両群の全生存率の違いはP値0.0040であり、投与開始前の血清クレアチニン値が2.9mg/dL以上5.0mg/dL以下(ステージ3)の慢性腎臓病のネコにおいて、BPSの投与によって全生存率もしくは実測生存率を改善する効果が確認できた(図7)。
【0126】
(実施例5)
実施例2に記載の研究において、図1に示すように、IRSステージ分類で定義された方法で血清クレアチニン値が5.0mg/dL超過(ステージ4)の慢性腎臓病が診断されたネコの84頭分のデータを抽出して、すべてを解析対象とした。
【0127】
薬剤の処方記録をもとにしてBPS治療群として17頭、BPS無治療群として67頭の2群に分けて、背景要因と生存期間を後ろ向きに比較検討した。BPS治療群のネコは、動物用BPS薬剤のラプロス(商標)(東レ株式会社)をBPSとして20.0~49.1μg/kg体重/日、中央値は31.4μg/kg体重/日になるよう、朝夕2回に分けて、食事中投与または食後投与されていた。死亡記録をもとにして、アウトカムを死因に関係なくすべての死亡とし、BPS治療群のネコは治療開始日、BPS無治療群は観察開始日を起点とし、アウトカムが観察されるまでの期間(月)を記録した。解析は、BPS治療群とBPS無治療群の2年全生存率(%)とその標準誤差、95%信頼区間、2年全生存率(%)の対比を算出した。また、BPS治療群とBPS無治療群の生存期間(月)とアウトカムをカプランマイヤー解析によって、観察期間(月)に対する全生存率もしくは実測生存率の変化を示す生存曲線を示し、ケースの要約として、死亡、打切り、全体数を示した上で、生存期間(月)の平均値とその標準誤差、95%信頼区間と、中央値とその標準誤差、95%信頼区間、平均生存期間の対比を示し、全生存率の違いをログランク検定のCochran-Mantel-Haenszel法によって、有意水準を両側検定でP値0.05未満として検証した。
【0128】
BPS治療群とBPS無治療群の背景要因には、解析結果に影響する差は認められなかった。一方、BPS治療群の2年全生存率(%)は25.9、その標準誤差は11.9、95%信頼区間2.6~49.3であるのに対して、BPS無治療群の2年全生存率(%)は5.4、その標準誤差は3.4、95%信頼区間0~12.1であり、2年全生存率(%)の対比はBPS治療群/BPS無治療群が4.80倍であった。また、カプランマイヤー解析によって、BPS治療群の生存期間(月)の平均値は14.1、その標準誤差3.3、95%信頼区間7.7~20.5、中央値は10.2、その標準誤差1.4、95%信頼区間7.5~12.9であるのに対して、BPS無治療群の生存期間(月)の平均値は5.8、その標準誤差1.0、95%信頼区間3.8~7.8、中央値は3.0、その標準誤差1.1、95%信頼区間0.9~5.1、平均生存期間の対比はBPS治療群/BPS無治療群が2.43倍であった。両群の全生存率の違いはP値0.0235であり、投与開始前の血清クレアチニン値が5.0mg/dL超過(ステージ4)の慢性腎臓病のネコにおいて、BPSの投与によって全生存率もしくは実測生存率を改善する効果が確認できた(図8)。
【0129】
(比較例3)
比較例1に記載の研究と同様に、図1に示すように、IRSステージ分類で定義された方法で血清クレアチニン値1.6mg/dL以上2.8mg/dL以下(ステージ2)の慢性腎臓病が診断されたネコの369頭分のデータを抽出して、すべてを解析対象とした。薬剤の処方記録をもとにしてBPS治療群として37頭、BPS無治療群として332頭の2群に分けた。
【0130】
本例では、生存期間を後ろ向きに比較検討した。死亡記録をもとにして、アウトカムを死因に関係なくすべての死亡とし、BPS治療群のネコは治療開始日、BPS無治療群は観察開始日を起点とし、アウトカムが観察されるまでの期間(月)を記録した。解析は、BPS治療群とBPS無治療群の3年全生存率(%)とその標準誤差、95%信頼区間、3年全生存率(%)の対比を算出した。また、BPS治療群とBPS無治療群の生存期間(月)とアウトカムをカプランマイヤー解析によって、ケースの要約として、死亡、打切り、全体数を示した上で、生存期間(月)の平均値とその標準誤差、95%信頼区間と、中央値とその標準誤差、95%信頼区間、平均生存期間の対比を示し、全生存率の違いをログランク検定のCochran-Mantel-Haenszel法によって、有意水準を両側検定でP値0.05未満として検証した。
【0131】
BPS治療群の3年全生存率(%)は52.2、その標準誤差は11.8、95%信頼区間29.1~75.3であるのに対して、BPS無治療群の3年全生存率(%)は72.4、その標準誤差は3.3、95%信頼区間65.8~78.9であり、3年全生存率(%)の対比はBPS治療群/BPS無治療群が0.72倍であった。また、カプランマイヤー解析によって、BPS治療群の生存期間(月)の平均値は31.5、その標準誤差2.6、95%信頼区間26.3~36.7であるのに対して、BPS無治療群の生存期間(月)の平均値は35.1、その標準誤差0.9、95%信頼区間33.4~36.9、平均生存期間の対比はBPS治療群/BPS無治療群が0.90倍であった。両群の全生存率の違いはP値0.2637であり、投与開始前の血清クレアチニン値1.6mg/dL以上2.8mg/dL以下(ステージ2)の慢性腎臓病のネコにおいて、BPSの投与によって全生存率もしくは実測生存率の改善は全く認められなかった(図9)。
【0132】
(実施例6)
体重減少を示す慢性腎臓病のネコの指標として、非特許文献16において生命予後を悪化させることが示されている体重が4.2kg未満であることを用いた。実施例2に記載の研究と同様に、IRISステージ分類で定義された方法で血清クレアチニン値が2.9mg/dL以上5.0mg/dL以下(ステージ3)の慢性腎臓病が診断されたネコの134頭分のデータを抽出し、そのうち体重が4.2kg未満の89頭分のデータを抽出して、すべてを解析対象とした。薬剤の処方記録をもとにしてBPS治療群として35頭、BPS無治療群として54頭の2群に分けた。
【0133】
本例では、生存期間を後ろ向きに比較検討した。死亡記録をもとにして、アウトカムを死因に関係なくすべての死亡とし、BPS治療群のネコは治療開始日、BPS無治療群は観察開始日を起点とし、アウトカムが観察されるまでの期間(月)を記録した。BPS治療群とBPS無治療群の3年全生存率(%)とその標準誤差、95%信頼区間、3年全生存率(%)の対比を算出した。また、BPS治療群とBPS無治療群の生存期間(月)とアウトカムをカプランマイヤー解析によって、観察期間(月)に対する全生存率もしくは実測生存率の変化を示す生存曲線を示し、ケースの要約として、死亡、打切り、全体数を示した上で、生存期間(月)の平均値とその標準誤差、95%信頼区間と、中央値とその標準誤差、95%信頼区間、平均生存期間の対比を示し、全生存率の違いをログランク検定のCochran-Mantel-Haenszel法によって、有意水準を両側検定でP値0.05未満として検証した。
【0134】
BPS治療群の3年全生存率(%)は28.0、その標準誤差は11.1、95%信頼区間6.2~49.8であるのに対して、BPS無治療群の3年全生存率(%)は10.1、その標準誤差は5.9、95%信頼区間0~21.7であり、3年全生存率(%)の対比はBPS治療群/BPS無治療群が2.77倍であった。また、カプランマイヤー解析によって、BPS治療群の生存期間(月)の平均値は22.4、その標準誤差3.1、95%信頼区間16.3~28.5、中央値は19.8、その標準誤差4.6、95%信頼区間10.7~28.9であるのに対して、BPS無治療群の生存期間(月)の平均値は14.5、その標準誤差2.0、95%信頼区間10.5~18.4、中央値は9.0、その標準誤差1.5、95%信頼区間6.1~11.9、平均生存期間の対比はBPS治療群/BPS無治療群が1.54倍であった。両群の全生存率の違いはP値0.0257であり、投与開始前の血清クレアチニン値が2.9mg/dL以上5.0mg/dL以下(ステージ3)かつ体重が4.2kg未満の慢性腎臓病のネコにおいて、BPSの投与によって全生存率もしくは実測生存率を改善する効果が確認できた(図10)。3年全生存率(%)の対比は、実施例4ではBPS治療群/BPS無治療群が1.85倍であったのに対し、本例では2.77倍であり、体重4.2kg未満の体重減少を示す慢性腎臓病のネコにおいて、本剤の特に優れた有効性が示された。
【0135】
前記慢性腎臓病のネコのうち、さらに体重が3.5kg未満の69頭分のデータを抽出し、BPS治療群として19頭、BPS無治療群として40頭の2群に分けて、前記と同様の方法で、3年全生存率(%)の対比と平均生存期間の対比を算出した。結果として、3年全生存率(%)の対比はBPS治療群/BPS無治療群が2.90倍であり、平均生存期間の対比はBPS治療群/BPS無治療群が1.66倍であり、本剤のさらに顕著な有効性が示された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10