(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-25
(45)【発行日】2023-08-02
(54)【発明の名称】皮下または粘膜下用膨張剤
(51)【国際特許分類】
A61L 31/04 20060101AFI20230726BHJP
【FI】
A61L31/04 120
(21)【出願番号】P 2019039431
(22)【出願日】2019-03-05
【審査請求日】2022-02-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000003506
【氏名又は名称】第一工業製薬株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】519077403
【氏名又は名称】森澤 利之
(74)【代理人】
【識別番号】110002734
【氏名又は名称】弁理士法人藤本パートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】森澤 利之
(72)【発明者】
【氏名】林 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】後居 洋介
(72)【発明者】
【氏名】田和 貴純
【審査官】井上 能宏
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/109282(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/109281(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/132669(WO,A1)
【文献】特開昭54-131394(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L、A61K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮下または粘膜下に注入されて該皮下または粘膜下を膨張させるものであり、
アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)と、水(B)とを含有
し、
前記セルロース繊維(A)は、前記セルロースのC6位の水酸基の少なくとも一部がカルボキシル基に酸化されたものであり、前記カルボキシル基の含量が1.5~2.5mmol/gであり、数平均繊維径が2~150nmであり、セルロースI型結晶構造を有する、皮下または粘膜下用膨張剤。
【請求項2】
前記セルロースが、N-オキシル化合物の存在下、共酸化剤を用いて酸化されたものである、請求項
1に記載の皮下または粘膜下用膨張剤。
【請求項3】
前記セルロース繊維(A)が、針葉樹由来のクラフトパルプから得られたものである、請求項1
または2に記載の皮下または粘膜下用膨張剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮下または粘膜下用膨張剤に関する。
【背景技術】
【0002】
消化管ポリープや癌に対する治療法として、低侵襲な内視鏡的粘膜切除術(以下、EMRと省略)および内視鏡的粘膜下層剥離術(以下、ESDと省略)は、内視鏡技術の進歩に伴い、手術における第一選択となっている。
EMRあるいはESDを行うにあたり、病変部を含めた粘膜下層内に食塩水やヒアルロン酸を含有する注射剤を、局所注射用の注射針(以下、局注針という場合がある)を介して注入することによって、病変下の粘膜を膨隆・挙上させ、隆起した部分を高周波治療機器にて切除・剥離することが行われている(特許文献1参照)。
粘膜下に注入する物質には、高い安全性、高い透明性、優れた粘膜膨隆能、長時間にわたる隆起維持効果、低い医療コスト等が望まれる。
【0003】
また、例えば、皮膚のシワ取り(伸ばし)といった美容整形術や美容形成術において、ヒアルロン酸を含有する注射剤を、皮下に局注針を介して注入することによって、皮下組織を膨張させ、この膨張によって皮膚に張りを付与してシワを取ることが行われている(特許文献2参照)。
【0004】
これらの施術においては、注射筒に収容されたヒアルロン酸含有注射剤が、0.5mm以下といった細い注射針を介して皮下に注入される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2007-130508号公報
【文献】特表2011-505362号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1、2に示されるようなヒアルロン酸を含有する膨張剤は、皮下または粘膜下を膨張させるための膨張性、及び、膨張させた状態の持続時間に関して十分に優れているとはいい難い。また、医療コストが比較的高くなるという問題点も指摘されている。
【0007】
また、かかるヒアルロン酸を含有する膨張剤を、上記のように細い注射針を介して注入するためには、大きな圧力を加えなければならず、投与性に優れるとはいい難い。
【0008】
一方、かかるヒアルロン酸を含有する膨張剤の、投与時の圧力を低くすべく、ヒアルロン酸の濃度を低下させて膨張剤の粘度を低くすると、皮下または粘膜下での膨張性が低下し、また、膨張させた状態が十分に長い時間維持されないおそれがある。
【0009】
上記事情に鑑み、本発明は、従来よりも膨張性に優れ且つ膨張させた状態が比較的長時間にわたって持続するのみならず、投与性も十分に確保し得る皮下または粘膜下用の膨張剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る皮下または粘膜下用膨張剤は、
皮下または粘膜下に注入されて該皮下または粘膜下を膨張させるものであり、アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)と、水(B)とを含有する。
【0011】
上記セルロース繊維(A)が水(B)に分散されてなる水分散体は、せん断力が小さいときには、ヒアルロン酸の水溶液よりも粘度が高いゲル状であるのにもかかわらず、せん断力が大きくなると、ヒアルロン酸の水溶液と同程度まで粘度が低下し、流動性が高くなる。
このように、上記セルロース繊維(A)の水分散体は、高い粘度と優れたチキソトロピー性を有する。
よって、上記膨張剤は、皮下または粘膜下に局注針を介して注入される際、ヒアルロン酸を含有する膨張剤よりも高い粘度を有するにもかかわらず、ヒアルロン酸を含有する膨張剤と同程度の圧力しかかからない(抵抗が少ない)ため、投与性を十分に確保できる。
従って、かかるセルロース繊維(A)と水(B)とを含有する膨張剤は、従来よりも膨張性に優れ且つ膨張させた状態が比較的長時間にわたって持続するのみならず、投与性も十分に確保し得る。
【0012】
上記構成の皮下または粘膜下膨張剤においては、
前記セルロース繊維(A)が、アニオン基としてカルボキシル基を含有していてもよい。
【0013】
かかる構成によれば、セルロース繊維(A)に、アニオン基としてカルボキシル基が存在することによって、セルロース繊維(A)が微細化されたものとなり得るため、膨張剤中にセルロース繊維(A)がより均一に分散される。よって、膨張剤における膨張性の偏りが抑制される。
【0014】
上記構成の皮下または粘膜下用膨張剤においては、
前記セルロースが、N-オキシル化合物の存在下、共酸化剤を用いて酸化されたものであってもよい。
【0015】
かかる構成によれば、セルロース繊維(A)に、N-オキシル化合物を触媒とし、共酸化剤を用いた酸化法によりアニオン変性されたセルロースが存在することによって、セルロース繊維(A)が微細化されたものとなり得るため、膨張剤中にセルロース繊維(A)がより均一に分散される。よって、膨張剤における膨張性の偏りが抑制される。
【0016】
上記構成の皮下または粘膜下膨張剤においては、
前記セルロース繊維(A)が、針葉樹由来のクラフトパルプから得られたものであってもよい。
【0017】
かかる構成によれば、針葉樹由来のクラフトパルプから得られたセルロース繊維(A)は、微細化され易いという特性を有するため、セルロース繊維(A)がより均一に分散した、比較的高い粘度を有する膨張剤が得られる。よって、膨張剤の粘度を向上させることができ、膨張性により優れる。
【発明の効果】
【0018】
以上の通り、本発明によれば、従来よりも膨張性に優れ且つ膨張させた状態が比較的長時間にわたって持続するのみならず、投与性も十分に確保し得る皮下または粘膜下用の膨張剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は、注射針における各膨張剤の通過性を評価した図である。
【
図3】
図3は、膨張剤注入後の経過時間と粘膜隆起高との関係を示す図である。
【
図4】
図4は、各膨張剤が注入された直後の粘膜の撮影画像である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施形態について説明する。
【0021】
本実施形態の皮下または粘膜下用の膨張剤(以下、単に膨張剤という場合がある)は、皮下または粘膜下に注入されて該皮下または粘膜下を膨張させるものであり、アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)と、水(B)とを含有する。
【0022】
前記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)は、アニオン変性されたセルロースによって形成されたものである。アニオン変性されたセルロースとしては、アニオン基を有するセルロースであれば、特に限定されない。該セルロースとしては、硝酸セルロース、硫酸化セルロース、リン酸化セルロース、カルボキシメチルセルロースなどが好ましいが、N-オキシル化合物を触媒とする酸化法によってアニオン変性されたカルボキシル基を含有することが最も好ましい。すなわち、セルロース繊維(A)は、N-オキシル化合物の存在下、共酸化剤を用いて酸化されたことによる、アニオン変性されたカルボキシル基を含有することが、最も好ましい。
このように、N-オキシル化合物を触媒とする酸化法によってアニオン変性されたカルボキシル基を含有するセルロースを含むセルロース繊維(A)としては、数平均繊維径が2~150nmのセルロース繊維であって、セルロースI型結晶構造を有すると共に、セルロース分子における各グルコースユニットのC6位が選択的にアルデヒド基、ケトン基またはカルボキシル基のいずれかとなったものであり、カルボキシル基の含量が1.2~2.5mmol/g、セミカルバジド法による測定でのアルデヒド基とケトン基の合計含量が0.3mmol/g以下であり、フェーリング試薬によりアルデヒド基の検出が認められない、セルロース繊維が挙げられる。なお、該セルロースは、少なくとも該カルボキシル基を有しており、該カルボキシル基に加えて、該アルデヒド基及びケトン基の少なくとも1つを有していてもよい。
かかるアニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)は、I型結晶構造を有する天然由来のセルロース固体原料を表面酸化し、微細化して形成された繊維である。
すなわち、天然セルロースの生合成の過程においては、ほぼ例外なくミクロフィブリルと呼ばれるナノファイバーがまず形成され、これらが多束化して高次な固体構造を構成するが、上記ミクロフィブリル間の強い凝集力の原動となっている表面間の水素結合を弱めるために、その水酸基(セルロース分子における各グルコースユニットのC6位の水酸基)の一部が酸化され、カルボキシル基やアルデヒド基やケトン基に変換されている。
【0023】
ここで、上記セルロース繊維(A)を構成する、アニオン変性されたセルロースがI型結晶構造を有することは、例えば、広角X線回折像測定によって得られる回折プロファイルにおいて、2θ=14~17°付近と、2θ=22~23°付近の2つの位置に典型的なピークが検出されることによって同定される。
【0024】
上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)の数平均繊維径は、2~150nmの範囲であることが必要であるが、分散安定性の点から、好ましくは2~100nmであり、特に好ましくは3~80nmである。上記数平均繊維径が小さすぎると、セルロース繊維(A)が本質的に分散媒体に溶解してしまい、上記数平均繊維径が大きすぎると、セルロース繊維(A)が沈降してしまい、セルロース繊維(A)を配合することによる機能性を発現することができなくなる。
【0025】
上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)の最大繊維径は、1000nm以下であることが好ましく、特に好ましくは500nm以下である。上記セルロース繊維(A)の最大繊維径が大きすぎると、セルロース繊維(A)が沈降してしまい、セルロース繊維(A)の機能性の発現が低下する傾向がみられる。
【0026】
上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)の数平均繊維径および最大繊維径は、以下のようにして測定される値である。
すなわち、固形分濃度0.05~0.1質量%のセルロース繊維(A)の水分散体を調製し、該水分散体を、親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストして、透過型電子顕微鏡(TEM)の観察用試料とする。なお、大きな繊維径の繊維を含む場合には、ガラス上へキャストした表面の走査型電子顕微鏡(SEM)像を観察してもよい。そして、構成する繊維の大きさに応じて5,000倍、10,000倍、50,000倍または100,000倍いずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。その際に、得られた画像内に縦横任意の画像幅の軸を想定し、その軸に対し、20本以上の繊維が交差するように、試料および観察条件(倍率等)を調節する。そして、この条件を満たす観察画像を得た後、この画像に対し、1枚の画像当たり縦横2本ずつの無作為な軸を引き、軸に交錯する繊維の繊維径を目視で読み取っていく。このようにして、最低3枚の重複しない表面部分の画像を、電子顕微鏡で撮影し、各々2つの軸に交錯する繊維の繊維径の値を読み取る(したがって、最低20本×2×3=120本の繊維径のデータが得られる)。このようにして得られた繊維径のデータにより、数平均繊維径および最大繊維径が算出される。
【0027】
上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)においては、該セルロースは、該セルロース分子における各グルコースユニットのC6位の水酸基の少なくとも一部がアルデヒド基、ケトン基またはカルボキシル基のいずれかに選択的に酸化されたものである。
カルボキシル基の含量(カルボキシル基量)は、1.2~2.5mmol/gの範囲であり、好ましくは1.5~2.0mmol/gの範囲である。
カルボキシル基量が小さ過ぎると、セルロース繊維(A)の沈降や凝集を生じる場合があり、カルボキシル基量が大き過ぎると、水溶性が高くなり過ぎるおそれがある。
これに対し、カルボキシル基の含量(カルボキシル基量)が、1.2~2.5mmol/gの範囲であることによって、セルロース繊維(A)の沈降や凝集を抑制することができ、また、水溶性が高くなり過ぎることを抑制し得る。
【0028】
上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)のカルボキシル基量の測定は、例えば、乾燥質量を精秤したセルロース繊維を水に分散させて0.4~1質量%スラリーを60mL調製し、0.1M塩酸水溶液によってpHを約2.5とした後、0.05M水酸化ナトリウム水溶液を滴下して、電気伝導度測定を行う。測定はpHが約11になるまで続ける。電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(V)から、下記の式(1)に従いカルボキシル基量を求めることができる。
カルボキシル基量(mmol/g)=V(mL)×〔0.05/セルロース質量(g)〕・・・(1)
【0029】
なお、カルボキシル基量の調整は、後述するように、セルロース繊維(A)の酸化工程で用いる共酸化剤の添加量や反応時間を制御することにより行うことができる。
【0030】
上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)においては、上記酸化変性後、還元剤により還元されることが好ましい。これにより、アルデヒド基およびケトン基の一部または全部が還元され、水酸基に戻る。なお、カルボキシル基は、通常還元されない。そして、上記還元により、セルロース繊維(A)の、セミカルバジド法による測定でのアルデヒド基およびケトン基の合計含量を、0.3mmol/g以下とすることが好ましく、特に好ましくは0~0.1mmol/gの範囲、最も好ましくは実質的に0mmol/gである。これにより、単に酸化変性させたものよりも、分散安定性が向上し、特に気温等に左右されず長期にわたり分散安定性に優れるようになる。また、上記のように、セミカルバジド法による測定でのアルデヒド基およびケトン基の合計含量が0.3mmol/g以下であるセルロース繊維を、セルロース繊維(A)として本実施形態の無機材料含有組成物に用いると、長期保存による凝集物の発生がより抑えられ得る。
【0031】
ここで、N-オキシル化合物の存在下、共酸化剤を用いる酸化について述べる。N-オキシル化合物の存在下、共酸化剤を用いる酸化は、針葉樹由来のクラフトパルプ等の天然セルロースを、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)等のN-オキシル化合物の存在下、共酸化剤を用いて酸化する方法である。
上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)においては、上記酸化反応によって生じたアルデヒド基およびケトン基が、還元剤により還元されたものであることが好ましい。これによって、上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)を容易に得ることができるようになり、皮下または粘膜下用膨張剤として、より良好な結果を得ることができるようになる。また、かかる観点から、上記還元剤が、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)であると、より好ましい。
【0032】
セミカルバジド法による、アルデヒド基およびケトン基の合計含量の測定は、例えば、次のようにして行われる。すなわち、乾燥させた試料に、リン酸緩衝液によりpH=5に調整したセミカルバジド塩酸塩3g/L水溶液を正確に50mL加え、密栓し、二日間振とうする。つぎに、この溶液10mLを正確に100mLビーカーに採取し、5N硫酸25mL、0.05Nヨウ素酸カリウム水溶液5mLを加え、10分間撹拌する。その後、5%ヨウ化カリウム水溶液10mLを加えて、直ちに自動滴定装置を用いて、0.1Nチオ硫酸ナトリウム溶液にて滴定し、その滴定量等から、下記の式(2)に従って、試料中のカルボニル基量(アルデヒド基およびケトン基の合計含量)を求めることができる。なお、セミカルバジドは、アルデヒド基およびケトン基と反応しシッフ塩基(イミン)を形成するが、カルボキシル基とは反応しないことから、上記測定により、アルデヒド基およびケトン基のみを定量できると考えられる。
【0033】
カルボニル基量(mmol/g)=(D-B)×f×〔0.125/w〕・・・(2)
D:サンプルの滴定量(mL)
B:空試験の滴定量(mL)
f:0.1Nチオ硫酸ナトリウム溶液のファクター(-)
w:試料量(g)
【0034】
上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)においては、繊維表面上のセルロース分子における各グルコースユニットのC6位の水酸基のみが、アルデヒド基、ケトン基またはカルボキシル基のいずれかに選択的に酸化されている。このセルロース繊維(A)表面上におけるグルコースユニットのC6位の水酸基のみが選択的に酸化されているか否かは、例えば、13C-NMRチャートによって確認することができる。すなわち、酸化前のセルロースの13C-NMRチャートによって確認できるグルコース単位の1級水酸基のC6位に相当する62ppmのピークが、酸化反応後は消失し、代わりにカルボキシル基等に由来するピーク(178ppmのピークはカルボキシル基に由来するピーク)が現れる。このようにして、グルコース単位のC6位水酸基のみがカルボキシル基等に酸化されていることを確認することができる。
【0035】
また、上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)におけるアルデヒド基の検出は、例えば、フェーリング試薬により行うこともできる。すなわち、例えば、乾燥させた試料に、フェーリング試薬(酒石酸ナトリウムカリウムと水酸化ナトリウムとの混合溶液および硫酸銅五水和物水溶液)を加えた後、80℃で1時間加熱したとき、上澄みが青色、セルロース繊維部分が紺色を呈するものは、アルデヒド基は検出されなかったと判断することができ、上澄みが黄色、セルロース繊維部分が赤色を呈するものは、アルデヒド基が検出されたと判断することができる。
【0036】
上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)は、例えば、(1)酸化反応工程、(2)還元工程、(3)精製工程、(4)分散工程(微細化処理工程)等により製造することができる。以下、各工程を順に説明する。
【0037】
(1)酸化反応工程
天然セルロースとN-オキシル化合物とを水(分散媒体)に分散させた後、共酸化剤を添加して、反応を開始する。反応中は0.5M水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHを10~11に保ち、pHに変化が見られなくなった時点で反応終了とみなす。ここで、共酸化剤とは、直接的にセルロースの水酸基を酸化する物質ではなく、酸化触媒として用いられるN-オキシル化合物を酸化する物質のことである。
【0038】
上記天然セルロースは、植物、動物、バクテリア産生ゲル等のセルロースの生合成系から単離した精製セルロースを意味する。より具体的には、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ、コットンリンター、コットンリント等の綿系パルプ、麦わらパルプ、バガスパルプ等の非木材系パルプ、バクテリアセルロース(BC)、ホヤから単離されるセルロース、海草から単離されるセルロース等を挙げることができる。これらは単独でもしくは二種以上併せて用いることができる。これらのなかでも、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ、コットンリンター、コットンリント等の綿系パルプ、麦わらパルプ、バガスパルプ等の非木材系パルプから単離されたセルロースが好ましく、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプから単離されたセルロースが、叩解等の表面積を高める処理が施されることにより、反応効率を高めることができ、生産性を高めることができるため、より好ましい。また、単離、精製の後、乾燥させない(ネバードライ)で保存していたものを使用すると、ミクロフィブリルの集束体が膨潤し易い状態であるため、反応効率を高め、微細化処理後の数平均繊維径を小さくすることができるため、より好ましい。
【0039】
上記反応における天然セルロースの分散媒体は水であり、反応水溶液中の天然セルロース濃度は、試薬(天然セルロース)の充分な拡散が可能な任意の濃度に設定される。反応水溶液中の天然セルロース濃度は、通常、反応水溶液の質量に対して約5質量%以下であるが、機械的撹拌力の強い装置を使用することによって濃度を高めることができる。
【0040】
また、上記N-オキシル化合物としては、例えば、一般に酸化触媒として用いられるニトロキシラジカルを有する化合物が挙げられる。上記N-オキシル化合物は、水溶性の化合物が好ましく、なかでもピペリジンニトロキシオキシラジカルが好ましく、特に2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)または4-アセトアミド-TEMPOが好ましい。上記N-オキシル化合物の添加量は、触媒量で充分であり、好ましくは0.1~4mmol/L、さらに好ましくは0.2~2mmol/Lである。
【0041】
上記共酸化剤としては、例えば、次亜ハロゲン酸またはその塩、亜ハロゲン酸またはその塩、過ハロゲン酸またはその塩、過酸化水素、過有機酸等が挙げられる。これらは単独でもしくは二種以上併せて用いられる。なかでも、次亜塩素酸ナトリウム、次亜臭素酸ナトリウム等のアルカリ金属次亜ハロゲン酸塩が好ましい。そして、上記次亜塩素酸ナトリウムを使用する場合は、反応速度の点から、臭化ナトリウム等の臭化アルカリ金属の存在下で反応を進めることが好ましい。上記臭化アルカリ金属の添加量は、上記N-オキシル化合物に対して約1~40倍モル量、好ましくは約10~20倍モル量である。
【0042】
上記反応水溶液のpHは約8~11の範囲で維持されることが好ましい。反応水溶液の温度は約4~40℃において任意であるが、反応は室温(25℃)で行うことが可能であり、通常は温度制御を必要としない。所望のカルボキシル基量等を得るためには、共酸化剤の添加量及び反応時間により、酸化の程度を制御すればよい。反応時間は、通常約5~120分であり、長い場合であっても240分以内である。
【0043】
(2)還元工程
上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)の製造においては、上記酸化反応後に、さらに還元反応を行うことが好ましい。具体的には、酸化反応後の酸化セルロースを精製水に分散し、該水分散体のpHを水酸化ナトリウム水溶液等によって約10に調整し、各種還元剤により還元反応を行い、アルデヒド基およびケトン基が還元された反応物繊維を得る。本実施形態に使用する還元剤としては、一般的なものを使用することが可能であるが、好ましくは、LiBH4、NaBH3CN、NaBH4等があげられる。なかでも、コストや利用可能性の点から、NaBH4が好ましい。
【0044】
還元剤の添加量は、酸化セルロースの質量を基準として、0.1~4質量%の範囲が好ましく、特に好ましくは1~3質量%の範囲である。反応温度は、通常室温または室温より若干高い温度である。また、反応時間は、通常10分~10時間、好ましくは30分~2時間である。
【0045】
上記の反応終了後、塩酸水容液等の各種酸によって反応混合物のpHを約2に調整し、精製水をふりかけながら遠心分離機で固液分離を行い、ケーキ状の反応物繊維を得る。固液分離は濾液の電気伝導度が5mS/m以下となるまで行う。
【0046】
(3)精製工程
つぎに、未反応の共酸化剤(次亜塩素酸等)や、各種副生成物等を除く目的で精製を行う。反応物繊維は通常、この段階ではナノファイバー単位までばらばらに分散しているわけではないため、通常の精製法、すなわち水洗とろ過とを繰り返すことで高純度(99質量%以上)の反応物繊維と水との分散体とする。
【0047】
上記精製工程における精製方法は、遠心脱水を利用する方法(例えば、連続式デカンタ)のように、上述した目的を達成できる装置であればどのような装置を利用しても差し支えない。このようにして得られる反応物繊維の水分散体は、絞った状態で固形分(セルロース)濃度としておよそ10質量%~50質量%の範囲にある。この後の分散工程を考慮すると、50質量%よりも高い固形分濃度とすると、分散に極めて高いエネルギーが必要となるため好ましくない。
【0048】
(4)分散工程(微細化処理工程)
上記精製工程にて得られた、水を含浸した反応物繊維(水分散体)を、分散媒体中に分散させて、分散処理を行う。処理に伴って粘度が上昇し、微細化処理されたセルロース繊維の分散体を得ることができる。その後、上記セルロース繊維の分散体を乾燥することによって、上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)を得ることができる。なお、上記セルロース繊維の分散体を乾燥することなく、分散体の状態で皮下または粘膜下用膨張剤に用いても差し支えない。
【0049】
本実施形態の膨張剤においては、上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)の分散媒体として、水(B)や、水(B)と有機溶媒との混合溶液等が用いられる。
【0050】
上記分散工程で使用する分散機としては、高速回転下でのホモミキサー、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザー、超音波分散処理機、ビーター、ディスク型レファイナー、コニカル型レファイナー、ダブルディスク型レファイナー、グラインダー等の強力で叩解能力のある装置を使用することにより、より効率的かつ高度なダウンサイジングが可能となり、経済的に有利に無機微粒子含有組成物を得ることができる点で好ましい。なお、上記分散機としては、例えば、スクリュー型ミキサー、パドルミキサー、ディスパー型ミキサー、タービン型ミキサー、ディスパー、プロペラミキサー、ニーダー、ブレンダー、ホモジナイザー、超音波ホモジナイザー、コロイドミル、ペブルミル、ビーズミル粉砕機等を用いても差し支えない。また、2種類以上の分散機を組み合わせて用いても差し支えない。
【0051】
必要に応じて上記アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)を乾燥してもよく、上記セルロース繊維(A)の分散体の乾燥法としては、例えば、分散媒体が水である場合は、スプレードライ、凍結乾燥法、真空乾燥法等が用いられ、分散媒体が水と有機溶媒との混合溶液である場合は、ドラムドライヤーによる乾燥法、スプレードライヤーによる噴霧乾燥法等が用いられる。
なお、上記セルロース繊維(A)が乾燥されない場合には、用いられた水は、水(B)として使用され得る。
【0052】
上記セルロース繊維(A)は、透明性に優れるため、膨張剤も透明性に優れるものとなる。これによって、例えば、ESDにおいて粘膜下に注入された際、剥離すべき粘膜下層が視認し易く、より安全な内視鏡治療が可能となる。また、透明性が高いため、美容整形術や美容形成術において皮下に注入されたとき、術後の痕跡が残りにくいという利点がある。
【0053】
本実施形態の膨張剤における、セルロース繊維(A)の濃度は、0.1~5質量%の範囲が好ましく、0.2~2質量%の範囲がより好ましい。
セルロース繊維(A)の濃度が0.1質量%以上であることによって、十分な膨張性を発揮させることができる。
一方、セルロース繊維(A)の濃度が2質量%以下であることによって、粘度が高すぎることに起因する投与性が低下することを抑制できる。
【0054】
本実施形態の膨張剤における、水(B)の濃度は、セルロース繊維(A)が上記濃度となるように適宜設定される。
【0055】
本実施形態の膨張剤は、セルロース繊維(A)及び水(B)以外に、他の添加剤を含有してもよい。
このような添加剤として、例えば、インジゴカルミンのような色素が挙げられる。本実施形態の膨張剤が色素を含有することによって、ESDにおいて剥離すべき粘膜下層がより視認され易くなる。
この他、上記添加剤として、例えば、塩化ナトリウムやブドウ糖等の糖類といった、浸透圧調整剤が挙げられる。本実施形態の膨張剤が浸透圧調整剤を含有することによって、皮下または粘膜下層内の体液の浸透圧に合わせて、膨張剤の浸透圧を調整することができる。
【0056】
本実施形態の膨張剤の粘度は、100~100,000mPa・sが好ましく、1,000~50,000mPa・sがより好ましい。
上記粘度が100mPa・s以上であることによって、皮下または粘膜下内においてより十分な膨張性を発揮できる。
なお、上記粘度は、BM型粘度計を用い、3rpm、20℃、3分間の条件下で測定される。
【0057】
本実施形態の膨張剤は、注入によって皮下または粘膜下に投与されるという点で、注射剤に相当する。
本実施形態の膨張剤は、使用時に注射剤に充填されるものであっても、予め注射剤に充填されたもの(プレフィルドシリンジの形態)であってもよい。
【0058】
次いで、本実施形態の膨張剤の皮下または粘膜下への適用例について説明する。
【0059】
本実施形態の膨張剤が皮下に適用される場合には、例えば、該膨張剤は、注射筒に充填され、該注射筒から内径0.35~0.5mm程度の局注針を介して皮下に注入される。これによって、膨張剤が皮下組織内に滞留し、皮下組織が膨張する。また、これによって、皮膚表面のシワが伸ばされる。この場合、本実施形態の膨張剤は、皮下隆起剤として機能する。
このとき、本実施形態の膨張剤は、従来と同程度の力で皮下に注入させることができ、しかも、従来よりも皮下組織を大きく(すなわち皮膚表面に向かって高く)、且つ、長時間にわたって膨張させることができる。
【0060】
本実施形態の膨張剤が粘膜に適用される場合には、例えば、該膨張剤は、注射筒に充填され、該注射筒から内径0.35~0.5mm程度の局注針を介して、ポリープが形成された消化管の粘膜内、例えば、ポリープ直下の粘膜下層(すなわち、消化管の壁の最表面側の層である筋層の直上の層)に注入される。これによって、粘膜下層が膨張し、これに伴って粘膜上層をポリープと共に隆起させることができる。この状態で、膨張剤が注入されている部分をスネア等によって切除・剥離すると、ポリープが切除される。この場合、本実施形態の膨張剤は、粘膜隆起剤として機能する。
このとき、本実施形態の膨張剤は、従来と同程度の力で粘膜下層内に注入させることができる。しかも、従来よりも粘膜を大きく(すなわち、粘膜表面に向かって高く)、且つ、長時間にわたって膨張させることができる。
【0061】
本実施形態の膨張剤は、EMR・ESD等の内視鏡手術や、シワ取り等の形成手術等の用途に好適に使用することができる。
【0062】
上記の通り、本実施形態の皮下または粘膜下用膨張剤は、
皮下または粘膜下に注入されて該皮下または粘膜下を膨張させるものであり、
アニオン変性されたセルロースを含有するセルロース繊維(A)と、水(B)とを含有する。
【0063】
上記セルロース繊維(A)が水(B)に分散されてなる水分散体は、せん断力が小さいときには、ヒアルロン酸の水溶液よりも粘度が高いゲル状であるのにもかかわらず、せん断力が大きくなると、ヒアルロン酸の水溶液と同程度まで粘度が低下し、流動性が高くなる。
このように、上記セルロース繊維(A)の水分散体は、高い粘度と優れたチキソトロピー性を有する。
よって、本実施形態の膨張剤は、皮下または粘膜下層内に注入されたとき、ヒアルロン酸を含有する膨張剤よりも高い粘度を有するのにもかかわらず、局注針を介して皮下または粘膜下層内に注入されるときには、その優れたチクソ性から流動性が向上し、ヒアルロン酸を含有する膨張剤と同程度の圧力しかからない(抵抗が少ない)ため、投与性を十分に確保できる。
従って、かかるセルロース繊維(A)と水(B)とを含有する本実施形態の膨張剤は、従来よりも膨張性に優れ且つ膨張させた状態が比較的長時間にわたって持続するのみならず、投与性も十分に確保し得る。
【0064】
本実施形態の皮下または粘膜下用膨張剤においては、
前記セルロース繊維(A)が、アニオン基としてカルボキシル基を含有していてもよい。
かかる構成によれば、セルロース繊維(A)に、アニオン基としてカルボキシル基が存在することによって、セルロース繊維(A)が微細化されたものとなり得るため、膨張剤中にセルロース繊維(A)がより均一に分散される。よって、膨張剤における膨張性の偏りが抑制される。膨張性の偏りがなくなることで、より治療効果の高い、皮下あるいは粘膜下膨隆の形成が可能となる。
【0065】
本実施形態の皮下または粘膜下用膨張剤においては、
前記セルロースが、N-オキシル化合物の存在下、共酸化剤を用いて酸化されたものであってもよい。
かかる構成によれば、セルロース繊維(A)に、N-オキシル化合物を触媒とし、共酸化剤を用いた酸化法によってアニオン変性されたセルロースが存在することによって、セルロース繊維(A)が微細化されたものとなり得るため、膨張剤中にセルロース繊維(A)がより均一に分散される。よって、膨張剤における膨張性の偏りがさらに抑制される。膨張性の偏りがなくなることで、さらに治療効果の高い、皮下あるいは粘膜下膨隆の形成が可能となる。
【0066】
本実施形態の皮下または粘膜下用膨張剤においては、
前記セルロース繊維(A)が、針葉樹由来のクラフトパルプから得られたものであってもよい。
かかる構成によれば、針葉樹由来のクラフトパルプから得られたセルロース繊維(A)は、微細化され易いという特性を有するため、セルロース繊維(A)がより均一に分散した、比較的高い粘度を有する膨張剤が得られる。よって、膨張剤の粘度を向上させることができ、膨張性により優れる。
【実施例】
【0067】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り以下の実施例に限定されるものではない。なお、例中、「%」とあるのは、特に限定のない限り質量基準による値を意味する。
【0068】
[実施例1]実施例1の膨張剤に用いるセルロース繊維を製造した。
【0069】
〔セルロース水分散体B1の製造〕
(1)酸化工程
TEMPO0.5g(3.2mmol、パルプ1g当たり0.08mmol)と、臭化ナトリウム5.0g(48.6mmol、パルプ1g当たり1.215mmol)とを、精製水1600gに溶解させ、10℃に冷却した。この溶液に、乾燥重量で40g相当分の漂白針葉樹クラフトパルプ(NBKP)(主に1000nmを超える繊維径の繊維からなる)を分散させた後、12%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、固形分換算で15.0g(パルプ1g当たり5mmol)加えて反応を開始した。反応の進行に伴いpHが低下するので、24%水酸化ナトリウム水溶液を加えながらpH=10~10.5となるように適宜調整し2.0時間反応させて、酸化セルロースを得た。
【0070】
(2)還元工程
上記酸化セルロースを遠心分離機で固液分離、精製した後、酸化セルロースの固形分量(質量%)を加熱水分計によって測定した。その後、精製水を加えて固形分濃度4%に調整した。その後、24%水酸化ナトリウム水溶液にてスラリーのpHを10に調整した。スラリーの温度を30℃としてNaBH40.3g(0.2mmol/g)を加え2時間反応させて、反応物繊維を得た。
【0071】
(3)精製工程
上記反応物繊維に1M塩酸水溶液を添加してpHを2に調整した後、ガラスフィルターにてろ過した。その後、充分な量のイオン交換水による水洗、ろ過を行い、得られたろ液の電気伝導度を測定した。水洗を繰り返すことにより、ろ液の電気伝導度に変化がなくなった時点で精製工程を終了した。このようにして、水を含んだ固形分濃度20%の反応物繊維を得た。
【0072】
(4)分散工程
上記反応物繊維に水と水酸化ナトリウムとを適量加えて2%のスラリーとし、高圧ホモジナイザーを用い、150MPaで2パスの微細化処理を行って、セルロース水分散体B1を得た。
後述する方法で測定したところ、得られたセルロース水分散体B1のカルボキシル基の含有量は1.97mmol/g、カルボニル基の含有量は0.10mmolであり、一方、アルデヒド基は検出されなかった。セルロース水分散体B1の粘度は65110mPa・sであった。セルロース水分散体B1が含有するセルロース繊維の数平均繊維径は4nmであった。該セルロース繊維が含有するセルロースの結晶構造は、I型結晶構造が「あり」であった。
【0073】
〔カルボキシル基量の測定〕
セルロース水分散体B1を用いて、セルロース繊維0.25gを水に分散させたセルロース水分散体60mLを調製し、0.1M塩酸水溶液によってpHを約2.5とした後、0.05M水酸化ナトリウム水溶液を滴下して、電気伝導度測定を行った。測定はpHが約11になるまで続けた。電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(V)から、下記の式(1)に従いカルボキシル基量を求めた。
カルボキシル基量(mmol/g)=V(mL)×〔0.05/セルロース質量(g)〕・・・(1)
【0074】
〔カルボニル基量の測定(セミカルバジド法)〕
セルロース水分散体B1を乾燥させた試料を約0.2g精秤し、これに、リン酸緩衝液によってpH=5に調整したセミカルバジド塩酸塩3g/L水溶液を正確に50mL加え、密栓し、二日間振とうした。次いで、この溶液10mLを正確に100mLビーカーに採取し、5N硫酸25mLおよび0.05Nヨウ素酸カリウム水溶液5mLを加え、10分間撹拌した。その後、5%ヨウ化カリウム水溶液10mLを加えて、直ちに自動滴定装置を用いて、0.1Nチオ硫酸ナトリウム溶液にて滴定し、その滴定量等から、下記の式(2)に従い、試料中のカルボニル基量(アルデヒド基およびケトン基の合計含量)を求めた。
カルボニル基量(mmol/g)=(D-B)×f×〔0.125/w〕 ・・・(2)
D:サンプルの滴定量(mL)
B:空試験の滴定量(mL)
f:0.1Nチオ硫酸ナトリウム溶液のファクター(-)
w:試料量(g)
【0075】
〔アルデヒド基の検出〕
セルロース水分散体B1におけるセルロース繊維を0.4g精秤し、日本薬局方に従って調製したフェーリング試薬(酒石酸ナトリウムカリウムと水酸化ナトリウムとの混合溶液5mLおよび硫酸銅五水和物水溶液5mL)を加えた後、80℃で1時間加熱した。そして、上澄みが青色、セルロース繊維部分が紺色を呈するものは、アルデヒド基が検出されなかったと判断し、「なし」と評価した。また、上澄みが黄色、セルロース繊維部分が赤色を呈するものは、アルデヒド基が検出されたと判断し、「あり」と評価した。
【0076】
〔数平均繊維径〕
セルロース水分散体B1におけるセルロース繊維の数平均繊維径を、透過型電子顕微鏡(TEM)(日本電子社製、JEM-1400)を用いて観察した。すなわち、各セルロース繊維を親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストした後、2%ウラニルアセテート水溶液でネガティブ染色したTEM像(倍率:10000倍)から、先に述べた方法に従い、数平均繊維径を算出した。
【0077】
〔結晶構造〕
X線回折装置(リガク社製、RINT-Ultima3)を用いて、セルロース繊維の回折プロファイルを測定し、2θ=14~17°付近と、2θ=22~23°付近の2つの位置に典型的なピークが検出される場合は結晶構造(I型結晶構造)が「あり」と評価し、ピークが検出されない場合は「なし」と評価した。
【0078】
また、セルロース水分散体B1に関し、セルロース繊維表面上におけるグルコースユニットのC6位の水酸基のみがカルボキシル基等に選択的に酸化されているかどうかについて、13C-NMRチャートで確認した結果、酸化前のセルロースの13C-NMRチャートで確認できるグルコース単位の1級水酸基のC6位に相当する62ppmのピークが、酸化反応後は消失し、代わりに178ppmにカルボキシル基に由来するピークが認められた。このことから、セルロース水分散体B1は、グルコース単位のC6位水酸基のみがアルデヒド基等に酸化されていることが確認された。
【0079】
[実施例1の膨張剤の調製]
上記のように製造されたセルロース水分散体B1として、市販品である商品名レオクリスタ(登録商標、第一工業製薬株式会社製、セルロース繊維濃度2.0質量%)を、セルロース繊維の濃度が0.4質量%となるように希釈して、実施例1の膨張剤として用いた。
【0080】
[比較例1の膨張剤]
塩化ナトリウムの0.9%(g/mL)水溶液である日本薬局方・生理食塩液(注射剤)を、比較例1の膨張剤として用いた。
【0081】
[比較例2の膨張剤]
ヒアルロン酸ナトリウムの0.4%(g/mL)水溶液である、商品名ムコアップ(生化学工業株式会社製)を、比較例2の膨張剤として用いた。
【0082】
〔評価〕
実施例1、比較例1及び2の各膨張剤を用いて、下記の方法に従って、その粘度を測定し、注射針の通過性を評価した。また、実施例1、比較例1及び2の膨張剤を用いて、下記の方法に従って、粘膜隆起性を評価した。
【0083】
〔粘度の測定〕
BM型粘度計を用い、3rpm、20℃、3分間の条件下で、実施例1、比較例1及び2の各膨張剤の粘度を測定した。結果を表1に示す。
【0084】
【0085】
〔異なるせん断速度領域での連続的な粘度測定〕
コーンプレート型冶具を取り付けたレオメーターを用い、20℃で高せん断領域(6,000S-1)における粘度を2分間測定した後、せん断速度を0.01S-1に変更し、低せん断領域における粘度をさらに2分間測定した。各せん断速度における粘度を表2に示す。
【0086】
【0087】
〔注射針の通過性の評価〕
10mLの注射筒(テルモシリンジ(登録商標)、テルモ株式会社製)に一端が接続され、他端に25G(内径0.25mm)の内視鏡用穿刺針(注射針)を備えた局所注射用カテーテル(トップ内視鏡用穿刺針スーパーグリップ(登録商標)、株式会社トップ製)を用い、注射筒に実施例1、比較例1及び2の各膨張剤を10mL充填し、穿刺針から押し出すことによって、穿刺針の通過性を評価した。評価にあたっては、評価スケールとしてNumerical Rating Scale(NRS)を用い、試験者が膨張剤の押し出しを行ったとき、全く抵抗なく膨張剤を押し出すことができる状態をスコア「0」、全く押し出すことができない状態をスコア「100」とし、0~100のうち、どのスコアに相当するかを数値(NRS)で表した。試験者として、無作為に選ばれた成人男女各5名、合計10名により、ブラインドにて行った。
そして、10名によるNRSの平均値を、各膨張剤間で比較した。
結果を
図1に示す。
【0088】
〔粘膜隆起性の評価〕
粘膜内注入を行う対象として、約3×3cmに切断されたブタ摘出胃切片を用いた。
23G(内径0.35mm)の注射針(テルモカラン針(登録商標)、テルモ株式会社製)が装着された2.5mLの注射筒(テルモシリンジ(登録商標)、テルモ株式会社製)に、実施例1、比較例1及び2の各膨張剤を、2.5mL充填し、ブタ摘出胃切片の切断端辺縁から粘膜下層に注射針を水平に刺し、中央付近に2mLずつ注入した。
各膨張剤を注入した後、直ぐに、注入されたブタ摘出胃切片とデジタルカメラとを、撮影距離及び撮影角度(ステージと平行)が一定になるようにステージに固定し、この状態で、5分毎に撮影を行い、得られた各画像から、各時点での粘膜が隆起した高さ(粘膜隆起高)を測定した。
粘膜隆起高は、
図2に示すように、各膨張剤が注入されていない部位(非投与部位)の粘膜表面を基準として、この表面から隆起頂点(最高点)までの高さとした。
これを、各膨張剤につきそれぞれ6回繰り返し(n=6)、注入開始直後、5分後、10分後、20分後、30分後、60分後、90分後、120分後時点での、粘膜隆起高の平均値を、各膨張剤間で比較した。結果を
図3に示す。また、各膨張剤における注入直後の撮影結果を、
図4に示す。
【0089】
表1に示すように、実施例1の膨張剤は、比較例1及び2の膨張剤よりも、遥かに高い粘度を有するものであった。
表2に示すように、実施例1の膨張剤は、高せん断領域では比較例2と同程度の粘度を示すのに対し、低せん断領域では比較例2よりも約1000倍高い粘度を示した。このことから、実施例1の膨張剤は、粘膜下などに注入する際の高せん断領域下では粘度が低く、抵抗なく注入され得、さらに、注入後の静置時などにおける低せん断領域下では非常に高粘度になるために、高い膨張性を有するものと推察される。
図2に示すように、実施例1の膨張剤は、比較例2の膨張剤よりも、統計学的有意差はないものの、やや内視鏡用穿刺針の通過性に優れていた。
図3に示すように、実施例1の膨張剤は、比較例1及び2の膨張剤よりも、有意に粘膜隆起高が大きかった。また、この粘膜隆起高が大きい状態が、長時間にわたって維持された。
図4に示すように、実施例1の膨張剤は、比較例1及び2の膨張剤よりも、粘膜隆起の立ち上がりが鋭く、非常に急峻であった。
なお、粘膜下だけでなく、皮下に注入した際にも、同様の傾向が得られると十分に推察される。
【0090】
以上の結果、実施例1の膨張剤は、比較例1及び2の膨張剤よりも、優れた膨張性を有するのみならず、投与性も十分に確保し得ることが示された。