(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-08
(45)【発行日】2023-08-17
(54)【発明の名称】乳幼児アトピー性皮膚炎の検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20230809BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20230809BHJP
C12Q 1/00 20060101ALI20230809BHJP
C07K 14/47 20060101ALN20230809BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20230809BHJP
【FI】
G01N33/53 D
G01N33/50 Q
C12Q1/00 Z
C07K14/47
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2020193411
(22)【出願日】2020-11-20
【審査請求日】2022-03-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】深川 聡子
(72)【発明者】
【氏名】志摩 恭子
(72)【発明者】
【氏名】高田 直人
(72)【発明者】
【氏名】井上 高良
(72)【発明者】
【氏名】石川 准子
【審査官】西村 亜希子
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-175958(JP,A)
【文献】Journal of Dermatological Science,2019年,Vol.95,pp.70-75
【文献】Journal of Allergy and Clinical Immunology,2018年,Vol.141, No.5,pp.1934-1936
【文献】"<皮脂RNAモニタリング技術> 乳幼児のアトピー性皮膚炎で皮脂RNA分子の変化を確認",ニュースリリース, 花王グループ, [online], 2020年10月16日掲載, [2021年7月1日検索], インターネット,https://www.kao.com/jp/corporate/news/rd/2020/20201016-001/
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/53
G01N 33/50
C12Q 1/00
C07K 14/47
C12N 15/09
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳幼児被験者
の皮膚の皮疹を含まない部位から採取された皮膚表上脂質におけるSerpinB4タンパク質の発現レベルを測定する工程を含む、該被験者における乳幼児アトピー性皮膚炎の検出
のためにタンパク質を測定する方法
であって、
該乳幼児が0~5歳の乳幼児である、
方法。
【請求項2】
前記方法が、乳幼児アトピー性皮膚炎の存在若しくは不存在、又はその進行の程度を検出する
ためにタンパク質を測定する方法であり、かつ該方法は、前記SerpinB4タンパク質の発現レベルの測定値を参照値と比較することをさらに含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記乳幼児アトピー性皮膚炎の進行の程度の検出が、軽症又は中等症アトピー性皮膚炎の検出である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
SerpinB4タンパク質を認識する抗体を含有する、請求項1~
3のいずれか1項記載の方法に用いられる乳幼児アトピー性皮膚炎を検出するための検査用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳幼児アトピー性皮膚炎の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アトピー性皮膚炎(以下、「AD」とも称する)は、アトピー素因を有する者に主に発症する湿疹性皮膚疾患である。アトピー性皮膚炎の典型的な症状は、左右対側性に発生する、慢性及び反復性の痒み、皮疹、紅斑等、ならびに角化不全、バリア能低下、乾燥肌などである。ADの多くは乳幼児に発症し、成長と共に軽快傾向を示すが、近年では成人型や難治性のADも増加している。
【0003】
アレルギーやアトピーになりやすい遺伝的素因を持っている新生児又は乳児は、アトピー性皮膚炎、食物アレルギー、さらには気管支喘息、アレルギー性鼻炎など年齢とともに様々なアレルギー疾患を発症すること(アレルギーマーチ)が知られている。このようにアレルギー疾患は、1つの疾患を発症すると別のアレルギー疾患に罹患する可能性が高くなり、その治療も長期にわたることが多いことから、乳幼児の段階でアレルギー疾患の発症を抑えることが必要とされている。
【0004】
バイオマーカーを用いてADを検出する方法として、血液の末梢血好酸球数、血清総IgE値、LDH(乳酸デヒドロゲナーゼ)値、血清中のThymus and Activation-Regulated Chemokine(TARC)やSquamous cell carcinoma antigen 1(SCCA1、又はSerpinB3)及び2(SCCA2、又はSerpinB4)を検出することが提案されている(非特許文献1、2、3)。バイオマーカーによるAD検出は、症状の訴えが困難な乳幼児において特に有効である。
【0005】
一方で、アトピー性皮膚炎のバイオマーカーは、患者の年代、例えば小児か成人かに依存して有効性が異なる場合がある。例えば、上記の血清TARCは、2歳以上の小児と比較すると、2歳未満の小児では判定の感度・特異度が低下することが報告されている(非特許文献4)。乳幼児ADの検出に有効なマーカーとして、血中IL-18(非特許文献5)が報告されている。また、血中SerpinB4が小児及び成人ADの検出に有効であることが報告されている(非特許文献6、7)。また、AD患児から採取した角層でSerpinB12の減少やSerpinB3の増加がみられたことが報告されている(非特許文献8)が、ただしこの報告では、角層SerpinB4はAD関連タンパク質として検出されていない。
【0006】
最近、皮膚表上脂質(skin surface lipids;SSL)に含まれるRNAを生体解析用の試料として用いること、SSLから表皮、汗腺、毛包及び皮脂腺のマーカー遺伝子が検出できることが報告されている(特許文献1)。SSLからアトピー性皮膚炎のマーカー遺伝子が検出できることも報告されている(特許文献2)。一方で、SSLに含まれるタンパク質についての知見はほとんどなく、血液や角層におけるタンパク質マーカーがSSLにおいても同等に発現し得、同等の精度を有するマーカーとなり得るかは全く不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開公報第2018/008319号
【文献】特開2020-074769号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Sugawara et al., Allergy (2002) 57:180-181
【文献】Ohta et al., Ann Clin Biochem (2012) 49:277-84
【文献】加藤ら、日皮会誌(2018)128: 2431-2502
【文献】藤澤ら、日本小児アレルギー学会誌(2005)19(5):744-757
【文献】Ohnishi et al., Allergology International (2003) 52:123-130
【文献】Nagao et al., J Allergy Clin Immunol (2018) 141(5):1934-1936
【文献】Okawa et al., Allergology International (2018) 67:124-130
【文献】Goleva et.al., J Allergy Clin Immunol (2020) S0091-6749(20):30571-6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、皮膚表上脂質(SSL)由来の乳幼児アトピー性皮膚炎検出用タンパク質マーカーを用いて、乳幼児アトピー性皮膚炎を検出する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、アトピー性皮膚炎を有する乳幼児から採取したSSLにおいてSerpinB4タンパク質の発現レベルが上昇していること、これを指標として乳幼児アトピー性皮膚炎を検出することができることを見出した。
【0011】
したがって、本発明は、乳幼児被験者から採取された皮膚表上脂質におけるSerpinB4タンパク質の発現レベルを測定する工程を含む、該被験者における乳幼児アトピー性皮膚炎の検出方法を提供する。
また本発明は、SerpinB4タンパク質を認識する抗体を含有する、前記乳幼児アトピー性皮膚炎の検出方法に用いられる乳幼児アトピー性皮膚炎を検出するための検査用キットを提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、簡便且つ非侵襲的な手法で、乳幼児アトピー性皮膚炎を検出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】乳幼児の健常群(HL)の健常部(顔)とAD群(AD)の皮疹部(顔)由来SSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルを示す箱ひげ図である。図中には各データのプロットを示し、ひげの最下端及び最上端は、データの最小値及び最大値、箱の下端より第1四分位数、第2四分位数(中央値)、第3四分位数を表示した(以下の
図2~4、7~11も同様)。***:P<0.001(Student’s t-test)。
【
図2】乳幼児の健常群(HL)の健常部(顔)、ならびに軽症AD群(Mild)及び中等症AD群(Moderate)の皮疹部(顔)由来SSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルを示す箱ひげ図である。*:P<0.05、***:P<0.001(Tukey’s test)。
【
図3】乳幼児の健常群(HL)の健常部(背中)とAD群(AD)の無疹部(背中)由来SSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルを示す箱ひげ図である。**:P<0.01(Student’s t-test)。
【
図4】乳幼児の健常群(HL)の健常部(背中)、ならびに軽症AD群(Mild)及び中等症AD群(Moderate)の無疹部(背中)由来SSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルを示す箱ひげ図である。*:P<0.05(Tukey’s test)。
【
図5】乳幼児の健常群(HL)の健常部(顔)とAD群(AD)の皮疹部(顔)由来SSL中SerpinB4タンパク質発現レベルのROC曲線。
【
図6】乳幼児の健常群(HL)の健常部(背中)とAD群(AD)の無疹部(背中)由来SSL中SerpinB4タンパク質発現レベルのROC曲線。
【
図7】乳幼児の健常群(HL)の健常部(顔)とAD群(AD)の皮疹部(顔)由来SSL中SerpinB4 RNAの発現レベルを示す箱ひげ図である。n.s.:有意差なし(Student’s t-test)。
【
図8】成人の健常群(HL)の健常部(顔)とAD群(AD)の皮疹部(顔)由来SSL中SerpinB4タンパク質発現レベルを示す箱ひげ図である。n.s.:有意差なし(Student’s t-test)。
【
図9】乳幼児の健常群(HL)の健常部(背中)とAD群(AD)の無疹部(背中)由来SSL中IL-18タンパク質の発現レベルを示す箱ひげ図である。n.s.:有意差なし(Student’s t-test)。
【
図10】乳幼児の健常群(HL)の健常部(顔)とAD群(AD)の皮疹部(顔)由来SSL中SerpinB12タンパク質の発現レベルを示す箱ひげ図である。n.s.:有意差なし(Student’s t-test)。
【
図11】乳幼児の健常群(HL)の健常部(背中)とAD群(AD)の無疹部(背中)由来SSL中SerpinB12タンパク質の発現レベルを示す箱ひげ図である。n.s.:有意差なし(Student’s t-test)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本明細書中で引用された全ての特許文献、非特許文献、及びその他の刊行物は、その全体が本明細書中において参考として援用される。
【0015】
本明細書中に開示されるタンパク質の名称は、UniProt([www.uniprot.org/])に記載のあるGene Name或いはProtein Nameに従う。
【0016】
本明細書中において、「SerpinB4」とは、扁平上皮がん抗原2(Squamous cell carcinoma antigen 2;SCCA-2)又はleupinとも呼ばれる、セリンプロテアーゼインヒビター(Serpin)ファミリーに属するタンパク質をいう。SerpinB4タンパク質は、UniProtにP48594として登録されている。
【0017】
本明細書において、「皮膚表上脂質(skin surface lipids;SSL)」とは、皮膚の表上に存在する脂溶性画分をいい、皮脂と呼ばれることもある。一般に、SSLは、皮膚にある皮脂腺等の外分泌腺から分泌された分泌物を主に含み、皮膚表面を覆う薄い層の形で皮膚表上に存在している。
【0018】
本明細書において、「皮膚」とは、特に限定しない限り、体表の表皮、真皮、毛包、ならびに汗腺、皮脂腺及びその他の腺などの組織を含む領域の総称である。
【0019】
本明細書において、「アトピー性皮膚炎」(AD)とは、増悪・寛解を繰り返す、そう痒のある湿疹を主病原とする疾患を指し、その患者の多くは、アトピー素因を持つとされている。アトピー素因としては、i)家族歴・既往歴(気管支喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーのうちいずれか、あるいは複数の疾患)、又はii)IgE抗体を産生し易い素因、が挙げられる。
【0020】
本明細書において、「乳幼児」とは、広義には第2次性徴が開始する前の「小児」、具体的には12歳以下の小児を含めた概念であり、好ましくは0歳から学童に入るまでの年齢、具体的には0歳から5歳までの乳幼児を指す。乳幼児に発症するアトピー性皮膚炎における皮疹は、乳児期では頭又顔にはじまりしばしば体幹又四肢に下降し、1歳以降の幼児期には顔面の皮疹は減少し、頸部又は四肢関節部を中心に出現するという特徴がある。乳幼児アトピー性皮膚炎と成人アトピー性皮膚炎の違いについては、近年、成人アトピー性皮膚炎が乳幼児アトピー性皮膚炎に比べて、慢性的な炎症異常に伴う表皮角化異常が認められることが報告されているが(Journal of allergy and clinical immunology, 141(6):2094-2106 (2018))、報告数が少なく明確になっていない。
【0021】
アトピー性皮膚炎の進行の程度(重症度)は、例えば症状なし、軽微、軽症(軽度)、中等症(中等度)、重症(重度)のように分類される。重症度は、例えばアトピー性皮膚炎診療ガイドライン(日本皮膚科学会刊行、日皮会誌,128(12):2431-2502,2018(平成30))に記載の重症度評価法に基づいて分類することができる。アトピー性皮膚炎診療ガイドラインにはいくつかの重症度評価法が記載されており、例えば全体の重症度を評価法するための、統計学的信頼性と妥当性が検証されている重症度分類法として、日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎重症度分類検討委員会によるアトピー性皮膚炎重症度分類(日皮会誌,111:2023-2033(2001)、日皮会誌,108:1491-1496(1998))、Severity Scoring of Atopic Dermatitis(「SCORAD」;Dermatology, 186:23-31(1993)、Eczema Area and Severity Index(「EASI」;Exp Dermatol, 10:11-18 (2001))などがあることが記載されている。アトピー性皮膚炎診療ガイドラインに記載されているこのほかの重症度分類法として、皮疹の重症度評価、痒みの評価、患者による評価、QOL評価法がある。例えば、EASIは、頭頚部、体幹、上肢、下肢を評価部位とし、それぞれの評価部位における紅斑、浮腫/浸潤/丘疹、掻破痕、苔癬化の4つの症状別スコアと、評価部位全体に占める上の4つの症状の面積のパーセンテージ(%)に基づいて算出される、0~72の値である。EASIスコアが0より大きく6未満であれば「軽症」、EASIスコアが6以上23未満であれば「中等症」、EASIスコアが23以上72以下であれば「重症」に分類される。
【0022】
本明細書において、「乳幼児アトピー性皮膚炎の検出」には、乳幼児アトピー性皮膚炎の存在(症状あり)又は不存在(症状なし)を明らかにすることの他に、乳幼児アトピー性皮膚炎の進行の程度、すなわち、「軽症(軽度)」、「中等症(中等度)」及び「重症(重度)」を明らかにすることが包含される。好ましくは、「症状なし」、「軽症」及び「中等症」のそれぞれを検出することが挙げられる。
【0023】
本明細書において、「検出」という用語は、検査、測定、判定、評価又は評価支援という用語で言い換えることもできる。なお、本明細書において「判定」又は「評価」という用語は、医師による判定や評価を含むものではない。
【0024】
後述する実施例に示すように、健常な乳幼児(健常児)及びADに罹患した乳幼児(AD患児)について、顔(健常児では健常部、AD患児では皮疹部(皮疹を含む))から採取したSSL中のタンパク質の発現解析を行ったところ、AD患児でSerpinB4タンパク質の発現レベルが有意に上昇していた。また、健常児、AD軽症児及びAD中等症児の顔から採取したSSL中のSerpinB4タンパク質の発現を調べたところ、ADの重症度依存的にSerpinB4タンパク質の発現レベルが上昇していた。さらに、健常児及びAD患児の背中(健常児では健常部、AD患児では無疹部(皮疹を含まない))から採取したSSL中のSerpinB4タンパク質の発現を調べたところ、AD患児では皮疹部だけでなく無疹部においても、SSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルが上昇していた。
一方で、SSL中のSerpinB4のRNAは、健常児とAD患児の間で発現レベルに差が見られなかった。
また成人においては、健常者とAD患者との間でSSL中のSerpinB4タンパク質の発現レベルに差は見られなかった。
【0025】
血中IL-18タンパク質や、角層中SerpinB12タンパク質はADマーカーとして知られていることから(非特許文献5、8)、AD患児のSSL中におけるIL-18タンパク質及びSerpinB12タンパク質の発現を調べた。その結果、後述する実施例に示すように、SSL中IL-18タンパク質及びSerpinB12タンパク質は、健常児とAD患児との間で発現レベルの差が見られなかった。
【0026】
以上の結果は、SSL中SerpinB4タンパク質は、乳幼児ADを検出するための乳幼児ADマーカーとして有用であることを示す。また、非侵襲で採取できるSSLは乳幼児にとって重要な生体試料源であること、及び、生体試料としてSSLを利用する場合にはSerpinB4のRNAや、IL-18及びSerpinB12のような公知のマーカータンパク質が乳幼児ADマーカーとして使用できないことを考えると、SSL中SerpinB4タンパク質が乳幼児ADマーカーとして使用できることは予想外であり、かつ極めて有用である。
【0027】
したがって、本発明は、乳幼児ADの検出方法を提供する。本発明による乳幼児ADの検出方法は、乳幼児被験者から採取されたSSLにおけるSerpinB4タンパク質の発現レベルを測定する工程を含む。
【0028】
本発明において、SSLを採取する被験者は、乳幼児であれば性別や人種など特に限定されない。該被験者の好ましい例としては、アトピー性皮膚炎の検出を必要とする乳幼児、及びアトピー性皮膚炎の発症が疑われる乳幼児が挙げられる。
【0029】
被験者からSSLを採取する皮膚の部位は、頭、顔、頸部、体幹、四肢などの皮膚を含み得、特に限定されない。SSLを採取する部位は、皮膚のAD症状の発現がみられる部位であっても、そうでなくともよく、例えば皮疹部であっても無疹部であってもよい。
【0030】
被験者の皮膚からのSSLの採取には、皮膚からのSSLの回収又は除去に用いられているあらゆる手段を採用することができる。好ましくは、後述するSSL吸収性素材、SSL接着性素材、又は皮膚からSSLをこすり落とす器具を使用することができる。SSL吸収性素材又はSSL接着性素材としては、SSLに親和性を有する素材であれば特に限定されず、例えばポリプロピレン、パルプ等が挙げられる。皮膚からのSSLの採取手順のより詳細な例としては、あぶら取り紙、あぶら取りフィルム等のシート状素材へSSLを吸収させる方法、ガラス板、テープ等へSSLを接着させる方法、スパーテル、スクレイパー等によりSSLをこすり落として回収する方法、などが挙げられる。SSLの吸着性を向上させるため、脂溶性の高い溶媒を予め含ませたSSL吸収性素材を用いてもよい。一方、SSL吸収性素材は、水溶性の高い溶媒や水分を含んでいるとSSLの吸着が阻害されるため、水溶性の高い溶媒や水分の含有量が少ないことが好ましい。SSL吸収性素材は、乾燥した状態で用いることが好ましい。
【0031】
被験者から採取されたSSLは、直ちに後述のタンパク質抽出工程に用いられてもよいが、該タンパク質抽出工程に用いるまで保存されてもよい。保存する場合、SSLは採取後できるだけ速やかに低温条件で保存することが好ましい。SSLの保存の温度条件は、0℃以下であればよく、好ましくは-20±20℃~-80±20℃、より好ましくは-20±10℃~-80±10℃、さらに好ましくは-20±20℃~-40±20℃、さらに好ましくは-20±10℃~-40±10℃、さらに好ましくは-20±10℃、さらに好ましくは-20±5℃である。SSLの保存の期間は、特に限定されないが、好ましくは12か月以下、例えば6時間以上12ヶ月以下、より好ましくは6ヶ月以下、例えば1日間以上6ヶ月以下、さらに好ましくは3ヶ月以下、例えば3日間以上3ヶ月以下である。
【0032】
採取したSSLからのタンパク質の抽出には、生体試料からのタンパク質の抽出又は精製に通常使用される方法、例えば水、phosphate-buffered saline溶液、又は界面活性剤としてTriton X-100、Tween20等を含む溶液による抽出方法、あるいはM-PER buffer(Thermo Fisher Scientific)、MPEX PTS Reagent(GL science)、QIAzol Lysis Reagent(Qiagen)、EasyPepTM Mini MS Sample Prep Kit(ThermoFisher Scientific)等の市販のタンパク質抽出試薬やキットによる抽出方法を用いることができる。
【0033】
本発明の方法によるSerpinB4タンパク質の発現レベルの測定では、SerpinB4タンパク質それ自体の量や活性を測定しても、SerpinB4に対する抗体を用いて測定してもよい。あるいは、SerpinB4タンパク質と相互作用をする分子、例えば、別のタンパク質、糖、脂質、脂肪酸、及びこれらのリン酸化物、アルキル化物、糖付加物等、及び上記いずれかの複合体の量又は活性を測定してもよい。算出されるSerpinB4タンパク質の発現レベルは、SSL中のSerpinB4タンパク質の絶対量に基づく値であっても、SSL中の他の標準物質や総タンパク質に対する相対値であってもよく、好ましくはヒト由来の総タンパク質に対する相対値である。
【0034】
本発明の方法においてSerpinB4タンパク質の発現レベルを測定する手法としては、ウェスタンブロット、プロテインチップ解析、免疫測定法(例えば、ELISA等)、クロマトグラフィー、質量分析(例えば、LC-MS/MS、MALDI-TOF/MS)、1-ハイブリッド法(PNAS, 100:12271-12276 (2003))、2-ハイブリッド法(Biol Reprod, 58:302-311 (1998))などの通常のタンパク質の検出又は定量法を用いることができる。例えば、SerpinB4タンパク質に対する抗体をSSL由来のタンパク質試料と接触させ、当該抗体に結合した試料中のタンパク質を検出することで、SerpinB4タンパク質の発現レベルを測定することができる。例えば、ウェスタンブロット法によれば、一次抗体として上記の抗体を用いた後、二次抗体として放射性同位元素、蛍光物質又は酵素等で標識した一次抗体に結合する抗体を用いて、その一次抗体を標識し、これら標識物質由来のシグナルを放射線測定器、蛍光検出器等で測定することが行われる。上記の一次抗体は、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよい。これらの抗体は、市販品を使用することができる。または公知の方法に従って製造することができる。具体的には、ポリクローナル抗体は、常法に従って大腸菌等で発現し精製したタンパク質を用いて、あるいは常法に従って当該タンパク質の部分ポリペプチドを合成して、家兎等の非ヒト動物に免疫し、該免疫動物の血清から常法に従って得ることが可能である。一方、モノクローナル抗体は、常法に従って大腸菌等で発現し精製したタンパク質又は該タンパク質の部分ポリペプチドをマウス等の非ヒト動物に免疫し、得られた脾臓細胞と骨髄腫細胞とを細胞融合させて調製したハイブリドーマ細胞から得ることができる。また、モノクローナル抗体は、ファージディスプレイを用いて作製してもよい(Current Opinion in Biotechnology, 9(1):102-108 (1998))。
【0035】
斯くして、被験者から採取されたSSL中のSerpinB4の発現レベルが測定され、当該発現レベルに基づいて乳幼児ADが検出される。一例において、該検出は、測定されたSerpinB4の発現レベルを参照値と比較することによって行われる。より詳細には、被験者におけるSSL中SerpinB4の発現レベルを参照値と比較することで、該被験者における乳幼児ADの存在若しくは不存在、又はその進行の程度を検出することができる。
【0036】
「参照値」は、検出の目的などに応じて任意に設定することができる。「参照値」の例としては、健常児におけるSSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルが挙げられる。例えば、健常児の発現レベルとして、健常児集団から測定したSSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルの統計値(例えば平均値等)を用いることができる。検出の目的によっては、軽症AD患児又は中等症AD患児におけるSSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルを「参照値」としてもよい。
【0037】
一実施形態においては、被験者におけるSSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルを、上述した健常児集団に基づく参照値と比較することで、乳幼児ADの存在若しくは不存在が検出される。一例においては、被験者におけるSSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルが上述した健常児集団に基づく参照値よりも高いか否かが検出される。ここで被験者の発現レベルが参照値よりも高い場合、該被験者は乳幼児ADとして検出され得る。
【0038】
別の一実施形態においては、被験者におけるSSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルを、上述した健常児集団に基づく参照値、ならびに軽症又は中等症AD患児の集団に基づく参照値と比較することで、乳幼児ADの進行の程度が検出される。一例においては、被験者におけるSSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルが各々の参照値よりも高いか否かが検出される。例えば、被験者におけるSSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルが、健常児集団に基づく参照値よりも高く、かつ中等症AD患児集団に基づく参照値と同等以上である場合、該被験者は中等症ADとして検出され得る。あるいは、被験者におけるSSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルが、健常児集団に基づく参照値よりも高いが、中等症AD患児集団に基づく参照値より低い場合、該被験者は軽症ADとして検出され得る。
【0039】
上記の実施形態においては、例えば、被験者におけるSSL中SerpinB4タンパク質発現レベルが参照値に対して、好ましくは110%以上、より好ましくは120%以上、さらに好ましくは150%以上であれば、該被験者におけるSSL中SerpinB4タンパク質発現レベルが参照値よりも「高い」と判断することができる。あるいは、健常児集団、又はAD(例えば軽症、中等症など)患児集団のSSL中SerpinB4タンパク質発現レベルの平均値+2SD、平均値+SD、平均値+1/2SD、又は平均値+1/3SDなどを参照値として、被験者におけるSSL中SerpinB4タンパク質発現レベルが参照値よりも高いか否かを判断することができる。
【0040】
「参照値」の別の例としては、健常児及びAD患児を含む乳幼児集団から測定したSSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルに基づいて決定されたカットオフ値が挙げられる。カットオフ値は、種々の統計解析手法により求めることができる。例えば、ROC曲線(Receiver Operatorating Characteristic curve、受信者動作特性曲線)解析に基づくカットオフ値が例示される。ROC曲線は、乳幼児集団から測定したSSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルで、陽性患者において陽性の結果がでる確率(%)(真陽性率(TPF:True Position Fraction)、感度)と、陰性患者において陰性の結果がでる確率(%)(特異度)を求め、[100-特異度](偽陽性率(FPF:False Position Fraction))に対して感度をプロットすることで作成することができる。ROC曲線のどのポイントをカットオフ値として採用するかは、疾患の重症度や検査の位置づけ、その他種々の条件より決定すればよい。一般的には、感度、特異度をともに高める(100%に近づける)ために、カットオフ値は、真陽性率(感度)を縦軸(Y軸)、偽陽性率を横軸(X軸)とするROC曲線上の点で、(0,100)に最も近い点での発現レベル、又は[「真陽性(感度)」-「偽陽性(100-特異度)」]が最大となる点(Youden index)での発現レベルに設定される。
したがって、本発明のさらに別の一実施形態においては、被験者におけるSSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルを、上述したカットオフ値に基づく参照値と比較することで、乳幼児ADの進行の程度が検出される。一例においては、被験者におけるSSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルが上述したカットオフ値に基づく参照値よりも高いか否かが検出される。ここで被験者の発現レベルが参照値よりも高い場合、該被験者は乳幼児ADとして検出され得る。
【0041】
また本発明は、上記で説明した本発明による乳幼児ADの検出方法に用いることができる、乳幼児ADを検出するための検査用キットを提供する。一実施形態において、本発明のキットは、SerpinB4タンパク質の発現レベルを測定するための試薬又は器具を備える。例えば、本発明のキットは、SerpinB4タンパク質を定量するための試薬(例えば、免疫学的測定のための試薬など)を備え得る。好ましくは、本発明のキットは、SerpinB4タンパク質を認識する抗体を含有する。当該キットに包含される抗体は、上述したとおり、市販品又は公知の方法により得ることができる。また、当該キットは、上記抗体の他、標識試薬、緩衝液、発色基質、二次抗体、ブロッキング剤や、試験に必要な器具やポジティブコントロールやネガティブコントロールとして使用するコントロール試薬を含有していてもよい。
好ましくは、本発明のキットはさらに、SerpinB4タンパク質の発現レベルを評価するための指標又はガイダンスを備える。例えば、本発明のキットは、AD検出のためのSerpinB4タンパク質の発現レベルの参照値を説明するガイダンスを備え得る。
さらに本発明のキットは、SSL採取デバイス(例えば、上記のSSL吸収性素材又はSSL接着性素材)、生体試料からタンパク質を抽出するための試薬、生体試料採取後の試料採取デバイスの保存剤や保存用容器などをさらに備えていてもよい。
【0042】
本発明の例示的実施形態として、以下の物質、製造方法、用途、方法等をさらに本明細書に開示する。但し、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
【0043】
〔1〕乳幼児被験者から採取された皮膚表上脂質におけるSerpinB4タンパク質の発現レベルを測定する工程を含む、該被験者における乳幼児アトピー性皮膚炎の検出方法。
〔2〕好ましくは、前記SerpinB4タンパク質の発現レベルの測定値を参照値と比較し、乳幼児アトピー性皮膚炎の存在若しくは不存在、又はその進行の程度を検出することをさらに含む、〔1〕記載の方法。
〔3〕好ましくは、前記乳幼児アトピー性皮膚炎の進行の程度の検出が、軽症又は中等症アトピー性皮膚炎の検出である、〔2〕記載の方法。
〔4〕好ましくは、前記乳幼児が0~5歳の乳幼児である、〔1〕~〔3〕のいずれか1項記載の方法。
〔5〕好ましくは、前記被験者から皮膚表上脂質を採取することをさらに含む、〔1〕~〔4〕のいずれか1項記載の方法。
〔6〕SerpinB4タンパク質を認識する抗体を含有する、〔1〕~〔5〕のいずれか1項記載の方法に用いられる乳幼児アトピー性皮膚炎を検出するための検査用キット。
〔7〕乳幼児アトピー性皮膚炎の検出のための、乳幼児被験者から採取された皮膚表上脂質におけるSerpinB4タンパク質の使用。
〔8〕好ましくは、乳幼児アトピー性皮膚炎の存在若しくは不存在、又はその進行の程度の検出のための、〔7〕記載の使用。
〔9〕好ましくは、前記乳幼児アトピー性皮膚炎の進行の程度の検出が、軽症又は中等症アトピー性皮膚炎の検出である、〔8〕記載の使用。
〔10〕好ましくは、前記乳幼児が0~5歳の乳幼児である、〔7〕~〔9〕のいずれか1項記載の使用。
【実施例】
【0044】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0045】
実施例1 乳幼児SSLにおけるAD関連タンパク質の同定及びSerpinB4タンパク質の発現解析
1)被験者及びSSL採取
健常児(6ヵ月~5歳男女)23名(健常群)、及びアトピー性皮膚炎罹患児(AD患児)(6ヵ月~5歳男女)16名(AD群)を被験者とした。AD患児のリクルートでは、保護者による判定でUKWP基準(The UK Working Party;Br J Dermatol, 131:406-416 (1994))を満たしたAD患児を集め、インフォームドコンセントにより保護者の同意の得られた患者を選抜した。選抜したAD患児について、皮膚科医が全身の皮膚の観察及び問診をし、アトピー性皮膚炎診療ガイドライン(日皮会誌,128(12):2431-2502,2018参照)に基づきADの診断をした。ADと診断されたAD患児のなかから、Eczema Area and Severity Index(EASI;Exp Dermatol, 10:11-18 (2001))に基づき、顔に軽症度以上のAD様の湿疹や乾燥等の症状を呈する乳幼児を選定し、被験者とした。選定されたAD群16名には、EASIスコアに基づく、軽症9名(軽症AD群)及び中等症7名(中等症AD群)が含まれていた。
【0046】
各被験者の全顔(AD患児は皮疹部を含む)及び背中全体(AD患児は皮疹部を含まない)の各部位からそれぞれ、あぶら取りフィルム(5×8cm、ポリプロピレン製、3M社)を用いて皮脂を回収した。該あぶら取りフィルムをガラスバイアルに移し、タンパク質抽出に使用するまで-80℃で約1ヶ月間保存した。
【0047】
2)タンパク質調製
上記1)のあぶら取りフィルムを適当な大きさに切断し、QIAzol Lysis Reagent(Qiagen)を用いて、付属のプロトコルに準じてタンパク質沈殿物を得た。得られたタンパク質沈殿物より、MPEX PTS Reagent(GL science)を用いて、付属のプロトコルに準じてタンパク質を可溶化液で溶解後、トリプシン消化した。得られた消化液を減圧乾燥(35℃)した後、0.1%(v/v)formic acid、2%(v/v)acetonitrileを含む水溶液にて溶解させ、ペプチド溶液を調製した。PierceTM Quantitative Fluorometric Peptide Assay(ThermoFisher Scientific)のプロトコルに従い、マイクロプレートリーダー(Corona Electric)を用いて溶液中のペプチド濃度を測定した。ペプチド溶液の濃度を一定に調整して、LC-MS/MS分析によりタンパク定量値を算出した。健常児のうち背中の1検体及びAD患児のうち顔の1検体からのペプチド溶液は、必要なペプチド量が得られなかったため、LC-MS/MS分析から除外した。
【0048】
3)LC-MS/MS分析及びデータ解析
上記2)で得られたサンプルペプチド溶液を下記表1の条件にてLC-MS/MS分析に供した。
【0049】
【0050】
LC-MS/MS分析にて得られたスペクトルデータの解析には、Proteome Discoverer ver.2.2(ThermoFisher Scientific)を用いた。ヒト由来のタンパク質同定には参照データベースをSwiss Prot、TaxonomyをHomo sapiensと設定し、Mascot database search(Matrix Science)を用いて検索した。検索では、EnzymeをTrypsinとし、Missed cleavageを2、Dynamic modificationsをOxidation(M)、Acetyl(N-term)、Acetyl(Protein N-term)、Static Modificationsを Carbamidomethyl(C)に設定した。False discovery rate(FDR)p<0.01を満たすペプチドを検索の対象とした。同定したタンパク質についてプリカーサーイオンをベースとしたラベルフリー定量解析(LFQ,Label Free Quantification)を行った。ペプチド由来のプリカーサーイオンのピーク強度によりタンパク質存在量を算出し、ピーク強度が検出限界以下であれば欠損値とした。実験的な偏りを補正するためタンパク質存在量をTotal peptide amount法にてノーマライズし、Summed Abundance Based法にてタンパク質存在比を算出した。群間の存在差異の有意性を示すp値の算出には、ANOVA(Individual Based,t検定)を用いた。同定されたヒト由来タンパク質のうち、False discovery rate(FDR)が0.1以上であるタンパク質は解析から除外した。以下に示す図の作成及び統計学的処理には、Prism8 ver.3.0を用いた。ノーマライズ前のタンパク質存在量を全ヒト由来検出タンパク質存在量の総和で除した値を底2の対数値に変換したLog2(Abundance+1)値を算出し、各タンパク質定量値とした。
【0051】
4)発現解析(皮疹部)
まず、顔(AD群では皮疹部を含む)より採取したSSLに含まれるヒト由来タンパク質の解析から、健常群及びAD群のいずれかで被験者の75%以上で欠損値でないタンパク質存在量が算出された533種類のタンパク質を解析対象として抽出した。健常群と比較してAD群で存在比が1.5倍以上(p<0.05)に上昇した116種のタンパク質を同定し、その中にはSerpinB4タンパク質が含まれていた。健常群及びAD群の各被験者の顔由来SSL中SerpinB4タンパク質の定量値(Log
2(Abundance+1))のプロットを
図1に示した。AD群の皮疹部(顔)より採取したSSL中のSerpinB4タンパク質の発現レベルは、健常群(顔)に比して統計学的に有意に上昇していることが示された(Student’s t-test、P<0.001)。
【0052】
LC-MS/MS分析から除外した1名を除く15名のAD患者を、軽症AD群(9名)と中等症AD群(6名)に分けた。健常群、軽症AD群、及び中等症AD群の各被験者の顔由来SSL中SerpinB4タンパク質の定量値(Log
2(Abundance+1))のプロットを
図2に示した。軽症AD群及び中等症AD群の皮疹部(顔)より採取したSSL中のSerpinB4タンパク質の発現レベルは、健常群(顔)に比して統計学的に有意に上昇したこと、かつ重症度に伴い段階的に上昇したことが示された(Tukey’s test、P<0.05又はP<0.001)。
【0053】
5)発現解析(無疹部)
次に、皮疹を含まない背中より採取したSSL由来タンパク質の解析から、健常群及びAD群のいずれかで被験者の75%以上で欠損値でないタンパク質存在量が算出された894種類のタンパク質を解析対象として抽出した。健常群と比較してAD群で存在比が1.5倍以上(p<0.05)に上昇した135種のタンパク質を同定し、その中にはSerpinB4タンパク質が含まれていた。健常群及びAD群の各被験者の背中由来SSL中SerpinB4タンパク質の定量値(Log
2(Abundance+1))のプロットを
図3に示した。AD群の無疹部(背中)より採取したSSL中のSerpinB4タンパク質の発現レベルは、健常群(背中)に比して統計学的に有意に上昇していることが示された(Student’s t-test、P<0.01)。
【0054】
16名のAD患者を、軽症AD群(9名)と中等症AD群(7名)に分け、健常群、軽症AD群、及び中等症AD群の各被験者の背中由来SSL中SerpinB4タンパク質の定量値(Log
2(Abundance+1))のプロットを
図4に示した。軽症AD群並びに中等症AD群の無疹部(背中)より採取したSSL中のserpinB4タンパク質の発現レベルは、健常群(背中)に比して統計学的に有意に上昇していることが示された(Tukey’s test、P<0.05)。
【0055】
6)ROC解析
健常群及びAD群の各被験者の顔(AD群は皮疹部)及び背中(AD群は無疹部)より採取したSSL中のSerpinB4タンパク質定量値(Log
2(Abundance+1))を用いて、それぞれROC曲線を作成した(
図5及び
図6)。顔(AD群は皮疹部)より採取したSSL中のSerpinB4タンパク質では、ROC曲線下面積は0.86、P値は0.0002と有意であり、SSL中のSerpinB4タンパク質発現レベルを指標とする乳幼児アトピー性皮膚炎の検出の有効性が示された。Youden indexによるカットオフ値7.76によるADの検出精度は、感度93.33%、特異度65.22%であった(
図5)。一方、背中(AD群は無疹部)より採取したSSL中のSerpinB4タンパク質では、ROC曲線下面積は0.80、P値は0.0016と有意であり、無疹部のSSL中のSerpinB4タンパク質発現レベルを指標とした場合でも乳幼児アトピー性皮膚炎の検出の有効性が示された。Youden indexによるカットオフ値8.05によるADの検出精度は、感度87.50%、特異度72.73%であった(
図6)。
【0056】
比較例1 乳幼児SSLにおけるAD関連RNAの発現解析
1)RNA調製及びシーケンシング
実施例1で顔(AD群は皮疹部)より採取したSSL含有あぶら取りフィルムからタンパク質を抽出する過程で得られた、核酸を含む画分から、被験者のSSL由来RNAを抽出した。抽出されたRNAを元に、SuperScript VILO cDNA Synthesis kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて42℃、90分間逆転写を行いcDNAの合成を行った。逆転写反応のプライマーには、キットに付属しているランダムプライマーを使用した。得られたcDNAから、マルチプレックスPCRにより20802遺伝子に由来するDNAを含むライブラリーを調製した。マルチプレックスPCRは、Ion AmpliSeqTranscriptome Human Gene Expression Kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて、[99℃、2分→(99℃、15秒→62℃、16分)×20サイクル→4℃、Hold]の条件で行った。得られたPCR産物は、Ampure XP(ベックマン・コールター株式会社)で精製した後に、バッファーの再構成、プライマー配列の消化、アダプターライゲーションと精製、増幅を行い、ライブラリーを調製した。調製したライブラリーをIon 540 Chipにローディングし、Ion S5/XLシステム(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いてシーケンシングした。
【0057】
2)データ解析
i)使用データ
上記1)で測定した被験者由来のRNAの発現レベルのデータ(リードカウント値)を、DESeq2を用いて補正した。補正されたカウント値(Normalized count値)からLog
2(Normalized count+1)を算出し、RNA発現解析に用いた。
ii)RNA発現解析
健常群及びAD群の各被験者のSerpinB4 RNAの発現レベル(Log
2(Normalized count+1))のプロットを
図7に示した。SerpinB4 RNA発現レベルは、健常群と比較してAD群で有意な上昇は認められなかった。すなわち、実施例1及び本例からは、SSL中のSerpinB4のRNA発現レベルはAD群で有意な上昇は認められない一方で、SerpinB4タンパク質発現レベルはAD群で有意に上昇することが見出され、SSL中SerpinB4の発現はタンパク質とRNAで一致しないことが示された。
【0058】
比較例2 成人SSLにおけるSerpinB4タンパク質の発現解析
1)被験者及びSSL採取
健常者(20~59歳、男性)18名(健常群)、及びアトピー性皮膚炎患者(AD患者)(20~59歳、男性)26名(AD群)を被験者とした。被験者には、インフォームドコンセントにより同意を取得した。AD群の被験者は、顔について試験当日に皮膚科専門医が包括的に重症度を「軽微」、「軽症」、「中等症」、「重症」及び「最重症」の5段階で評価したときに、軽症及び中等症のアトピー性皮膚炎であるとの診断を受けたAD患者であった。各被験者の全顔(AD患者は皮疹部を含む)からあぶら取りフィルム(5×8cm、ポリプロピレン製、3M社)を用いて皮脂を回収した。該あぶら取りフィルムをバイアルに移し、タンパク質抽出に使用するまで-80℃で、約1ヶ月間保存した。
【0059】
2)タンパク質調製
MPEX PTS Reagent(GL science)に替え、EasyPepTM Mini MS Sample Prep Kit(ThermoFisher Scientific)を用いて、付属のプロトコルに準じてペプチド溶液を得たほかは、実施例1と同様の手順にてペプチド溶液を調製し、そのペプチド濃度を測定した。
【0060】
3)LC-MS/MS分析及びデータ解析
実施例1と同様の条件及び手順にてタンパク質の分析とデータ解析を行った。
【0061】
4)結果
同定されたタンパク質のうち、False discovery rate(FDR)が0.1以上であるタンパク質は解析から除外した。健常群及びAD群いずれかで被験者の75%以上で欠損値でないタンパク質存在量が算出された1075種類のタンパク質を解析対象として抽出した。タンパク質存在量に欠損値が多く認められたAD患者1名は解析から除外した。健常群と比較してAD群で存在比が1.5倍以上(p<0.05)に上昇した205種のタンパク質が得られたが、その中にSerpinB4タンパク質は含まれなかった。健常群及びAD群の各被験者のSerpinB4タンパク質の定量値(Log
2(Abundance+1))のプロットを
図8に示した。既報において、血中のSerpinB4タンパク質濃度は小児及び成人AD患者で上昇することが報告されている(非特許文献7)。一方、実施例1及び本例の結果からは、SSL中SerpinB4タンパク質の発現レベルは、乳幼児ADでは上昇するが成人ADでは上昇せず、血中の変動とは必ずしも一致しないことが明らかになった。
【0062】
比較例3 乳幼児SSLにおける既知のAD関連タンパク質の発現解析
既報において、乳幼児AD患児の血液中のインターロイキン-18(IL-18)タンパク質は健常児に比較し増加すること、及び、乳幼児AD患児の角層中のSerpinB12タンパク質は健常児に比較し減少することが報告されている(非特許文献5、非特許文献8)。本例では、実施例1で採取した乳幼児SSLにおけるIL-18タンパク質及びSerpinB12タンパク質の発現を解析した。
健常群及びAD群の各被験者の背中(AD群は無疹部)から採取したSSL中のIL-18タンパク質の定量値(Log
2(Abundance+1))のプロットを
図9に示した。健常群とAD群とでIL-18タンパク質の発現レベルに有意な差は認められなかった。なお顔(AD群は皮疹部)ではIL-18タンパク質は同定されなかった。
また、健常群及びAD群の各被験者の顔(AD群は皮疹部)及び背中(AD群は無疹部)から採取したSSL中のSerpinB12タンパク質の定量値(Log
2(Abundance+1))のプロットを
図10及び11に示した。いずれの部位においても、健常群とAD群とで有意な差は認められなかった。
【0063】
SSL中における各種タンパク質の発現の有無及び発現挙動は未だ十分には解明されていない。例えば比較例1に示したように、SSL中に含まれるタンパク質の発現レベルは、必ずしもそれをコードするRNAの発現レベルと一致しない。これらの事実は、SSL中における各種タンパク質の発現挙動を推測することが困難であることを意味する。しかも本実験の結果からは、SSL中タンパク質の発現挙動は、血液中又は角層中のそれとは必ずしも一致しないことが明らかになった。
図9~11に示すとおり、ADとの関係性が報告されているIL-18タンパク質及びSerpinB12タンパク質は、血中又は角層中と異なり、SSL中ではADとの関係性を示さない。既報でも、乳幼児の角層中SerpinB4タンパク質がADとの関係性があるかどうかは明確に示されていない(非特許文献8)。また従来、血中SerpinB4タンパク質は小児及び成人ADのマーカーとして報告されているが(非特許文献6)、比較例2に示したとおり、SSL中SerpinB4タンパク質は成人ADとの関係性を示さない。これらの本実験の結果は、従来の知見からは、SSL中SerpinB4タンパク質の発現やそのADとの関係性を推測することができないことを表す。
以上の従来のSSL中タンパク質に関する知見、及び以上の本実験の結果は、SSL中SerpinB4タンパク質を乳幼児ADマーカーとして使用するという本発明が提供する技術は、全く予想外であり容易に見出し難いものであることを示している。