(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-17
(45)【発行日】2023-08-25
(54)【発明の名称】電動車両の制振装置
(51)【国際特許分類】
B60L 15/20 20060101AFI20230818BHJP
B60K 17/04 20060101ALI20230818BHJP
B60K 6/48 20071001ALI20230818BHJP
B60K 6/543 20071001ALI20230818BHJP
B60W 10/08 20060101ALI20230818BHJP
B60W 20/15 20160101ALI20230818BHJP
B60W 30/20 20060101ALI20230818BHJP
B60L 50/16 20190101ALN20230818BHJP
B60L 50/60 20190101ALN20230818BHJP
【FI】
B60L15/20 J ZHV
B60L15/20 K
B60K17/04 G
B60K6/48
B60K6/543
B60W10/08 900
B60W20/15
B60W30/20
B60L50/16
B60L50/60
(21)【出願番号】P 2019106039
(22)【出願日】2019-06-06
【審査請求日】2022-03-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】100100354
【氏名又は名称】江藤 聡明
(72)【発明者】
【氏名】山田 圭悟
(72)【発明者】
【氏名】町田 彰吾
【審査官】井古田 裕昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-110952(JP,A)
【文献】特開2011-098709(JP,A)
【文献】特開2014-108732(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 15/20
B60K 17/04
B60K 6/48
B60K 6/543
B60W 10/08
B60W 20/15
B60W 30/20
B60L 50/16
B60L 50/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両駆動源としてモータを備え、前記モータから駆動輪までの駆動系に変速機を介装する電動車両の制振装置において、
前記モータの回転数を検出するモータ回転数検出手段と、
前記検出されたモータ回転数に含まれる前記駆動系の共振周波数帯域の振動成分を通過させるバンドパスフィルタと、
前記バンドパスフィルタを通過した振動成分から駆動系の共振をモータトルクで制振するための制振トルクを算出する制振トルク算出手段と、
前記算出された制振トルクの予め設定された所定時間分の平均値を制振トルクオフセット値として算出する制振トルクオフセット値算出手段と、
前記算出された制振トルクから前記算出された制振トルクオフセット値を減じた値を前記モータトルクに対する目標制振トルクとして算出する目標制振トルク算出手段と、
前記算出された目標制振トルクを加えた目標モータトルクが達成されるように前記モータの駆動状態を制御する制御手段と、
を備え
、
前記共振周波数帯域には、前記変速機の変速比に応じて変化する前記駆動系の共振周波数を含む帯域を使用することを特徴とする電動車両の制振装置。
【請求項2】
前記所定時間は、
前記共振周波数帯域に含まれる共振周波数の周期の1/2より大きい時間であることを特徴とする請求項1に記載の電動車両の制 振装置。
【請求項3】
前記算出された制振トルクオフセット値を、予め設定された上下限値で制限することを特 徴とする請求項1又は2に記載の電動車両の制振装置。
【請求項4】
前記所定時間は、前記共振周波数帯域に含まれる共振周波数のうち最も小さい周波数の周期の1/2より大きい時間であることを特徴とする請求項2に記載の電動車両の制振装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動車両の制振装置、特に、モータから駆動輪までの駆動系に変速機を備えた電動車両の制振装置に関する。
【背景技術】
【0002】
モータ(電動機)を駆動源とする電動車両では、モータから駆動輪までの駆動系の弾性(捩り)に伴って共振が発生する。こうした電動車両の制振装置としては、例えば下記特許文献1に記載されるものがある。この制振装置は、モータから駆動輪までの駆動系を実プラントとし、この実プラントの伝達関数に近似した伝達関数のプラントモデルと、実プラント及びプラントモデルへの入力モータトルクを設定するフィードフォワード制御手段と、実プラントの出力値(例えば回転数)とプラントモデルの出力値(例えば回転数)の差分に基づいて外乱トルクを推定し、その外乱トルクに基づいて実プラントへの上記入力モータトルクを補正するフィードバック補正手段とを備えた構成とされる。この制振装置では、プラントモデルの伝達関数の逆関数で上記フィードバック制御手段を構成することにより、上記入力モータトルクは駆動系の共振成分が除去されたものとなる。したがって、プラントモデルの出力値と実プラントの出力値の差分から外乱を求めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記特許文献1のフィードフォワード制御手段を構成するプラントモデルの伝達関数の逆関数には、駆動系に介装された変速機の変速比が含まれる。しかしながら、この変速機が、例えば、ベルト(チェーンなどを含む)で駆動力を伝達し、変速比が無段階に変更されるものである場合、変速比に応じて駆動系の共振周波数が変化する。したがって、駆動系にベルト駆動力伝達型変速機を介装する電動車両に上記特許文献1の制振装置を適用すると、無段階に変更される変速比の全てで異なる伝達関数のプラントモデルを構築する必要が生じることから、こうした電動車両に対しては実用的でない。また、変速機が多段変速機である場合にも、各変速比ごとに異なる伝達関数のプラントモデルを構築する必要がある。
【0005】
また、駆動系に質量の大きなエンジンが接続されている場合には、そのエンジンで駆動系の共振を吸収することができるが、エンジンが駆動系に接続されず、質量の小さなモータのみが駆動系に接続されている場合には、モータで駆動系の共振を吸収することが困難であることから、駆動系の共振が車両の乗り心地に影響しやすいという問題もある。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、駆動系に変速機を介装する電動車両であっても駆動系の共振を適正に低減することが可能な電動車両の制振装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため本発明の電動車両の制振装置は、車両駆動源としてモータを備え、前記モータから駆動輪までの駆動系に変速機を介装する電動車両の制振装置において、前記モータの回転数を検出するモータ回転数検出手段と、前記検出されたモータ回転数に含まれる前記駆動系の共振周波数帯域の振動成分を通過させるバンドパスフィルタと、前記バンドパスフィルタを通過した振動成分から駆動系の共振をモータトルクで制振するための制振トルクを算出する制振トルク算出手段と、前記算出された制振トルクの予め設定された所定時間分の平均値を制振トルクオフセット値として算出する制振トルクオフセット値算出手段と、前記算出された制振トルクから前記算出された制振トルクオフセット値を減じた値を前記モータトルクに対する目標制振トルクとして算出する目標制振トルク算出手段と、前記算出された目標制振トルクを加えた目標モータトルクが達成されるように前記モータの駆動状態を制御する制御手段と、を備え、前記共振周波数帯域には、前記変速機の変速比に応じて変化する前記駆動系の共振周波数を含む帯域を使用することを特徴とする。
【0008】
この構成によれば、変速機を駆動系に介装する電動車両では、変速比に応じて駆動系の共振周波数が変化するので、この共振周波数の変化帯域を通過周波数帯域とするバンドパスフィルタでモータ回転数から駆動系に生じている共振成分を抽出することができ、この共振成分の逆相のモータトルクをデフォルト制振トルクとして算出・設定することができる(制振トルク算出手段)。一方、上記バンドパスフィルタを通過した振動成分には、車両の加減速成分が含まれているのに対し、駆動系の共振は弾性要素の捩りと捩り戻りによるものであるから、駆動系の共振成分を平均すると0又は0近傍となる。したがって、駆動系の共振成分を制振するためだけのデフォルト制振トルクの所定時間分の平均値もまた0又は0近傍であることから、その所定時間分のデフォルト制振トルクの平均値として得られた制振トルクオフセット値は、その時点での車両の加減速を抑制する成分となる(制振トルクオフセット値算出手段)。したがって、この制振トルクオフセット値を制振トルクから減じた値が駆動系の共振を低減する目標制振トルクとなり(目標制振トルク算出手段)、この目標制振トルクを加えた目標モータトルクが達成されることで、車両の加減速を抑制することなく、駆動系の共振が制振される(制御手段)。
【0009】
また、本発明の他の構成は、前記所定時間は、前記共振周波数帯域に含まれる共振周波数の周期の1/2より大きい時間であることを特徴とする。
また、本発明の他の構成は、前記所定時間は、前記共振周波数帯域に含まれる共振周波数のうち最も小さい周波数の周 期の1/2より大きい時間であることを特徴とする。
【0010】
この構成によれば、駆動系の共振を確実に低減することが可能な目標制振トルクを設定することができる。すなわち、制振トルクオフセット値を算出するためのデフォルト制振トルク平均値の所定時間が駆動系共振周期の1/2以下であると、上記弾性要素の捩り側又は捩り戻り側だけの共振成分から制振トルクオフセット値を算出してしまうおそれがあり、そのようになると、その制振トルクオフセット値をデフォルト制振トルクから減じた目標制振トルクは、むしろ駆動系を加振してしまうおそれがある。これに対し、制振トルクオフセット値を算出するためのデフォルト制振トルク平均値の所定時間を駆動系共振周期の少なくとも1/2より大きく設定することで、上記駆動系の共振成分を制振するためだけの制振トルクの平均値を0に近づけることが可能となることから、駆動系の共振を確実に低減することが可能な目標制振トルクを設定することができる。
【0011】
また、更なる本発明の構成は、前記算出された制振トルクオフセット値を、予め設定された上下限値で制限することを特徴とする。
【0012】
この構成によれば、目標制振トルクの急変を防止することができる。すなわち、算出された制振トルクオフセット値の絶対値が大きすぎると、デフォルト制振トルクから制振トルクオフセット値を減じた目標制振トルクが急変するおそれがあるが、制振トルクオフセット値を上下限値で制限することにより、目標制振トルクの急変を防止することができる。
【発明の効果】
【0013】
以上説明したように、本発明によれば、変速機を駆動系に介装する電動車両にあっても、変速比ごとにプラントモデルの伝達関数を求める必要がなく、また質量の大きなエンジンと比べて、質量の小さいモータでは吸収することが困難な駆動系の共振を効果的に制振することができ、これにより電動車両の加減速を抑制することなく、乗り心地を向上することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の電動車両の制振装置が適用されたハイブリッド車両の一実施の形態を示す概略構成図である。
【
図2】
図1のパワーコントロールユニットで実行される演算処理のフローチャートである。
【
図3】
図1のハイブリッド車両における駆動系の共振周波数の説明図である。
【
図4】
図2に演算処理の作用を示すタイミングチャートである。
【
図5】
図2の演算処理の作用を示すタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の電動車両の制振装置の一実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
図1は、この実施の形態の制振装置が適用された電動車両の概略構成図である。この電動車両は、ハイブリッド車両であり、
図1は、このハイブリッド車両のパワートレーン(駆動系)の概略を示している。このハイブリッド車両は、既存のハイブリッド車両と同様に、車両駆動用にエンジン21とモータ1を併載している。この実施の形態のハイブリッド車両は、後述する出力クラッチ9を切断しない限り、モータ1が駆動系を介して駆動輪5に接続され、その駆動系とエンジン21が接断される構成となっている。なお、周知のように、モータ1は、モータ(電動機)として使用されるだけでなく、図示しない駆動用バッテリへの電力回収のためのジェネレータ(発電機)としても使用されるが、ここでは単にモータと称する。また、図では、駆動輪5は1輪しか示していないが、駆動輪5の数は2輪でも、4輪でもよい。
【0016】
モータ1の出力軸はベルト駆動力伝達型の変速機(以下、CVT(Continuously Variable Transmission))2に接続され、CVT2の出力軸が出力クラッチ9を介して駆動輪5に接続されている。モータ1は、図示しない駆動用バッテリから供給される電力で駆動されると共に、駆動輪5の回転を回生して駆動用バッテリに蓄電する。図では、インバータなどの駆動回路の図示を省略している。また、CVT2は、ベルト(チェーンなどを含む)4とプーリ3の接触半径を変更することで、入出力軸間の変速比を無段階に変更することができる。図では、ベルト4及びプーリ3(これらのセットをバリエータという)のみを示しており、プーリ3の可動シーブを作動するためのステップモータや油圧機構は図示を省略している。なお、モータ1には、出力軸の回転数(回転速度)を検出するためのモータ回転数センサ6が取付けられている。
【0017】
上記CVT2の入力軸には、入力クラッチ22を介してトルクコンバータ23が接続され、このトルクコンバータ23の入力軸にエンジン21の出力軸が接続されている。したがって、入力クラッチ22を切断すれば、エンジン21は駆動系から切断される。トルクコンバータ23は、ロックアップ機構付きのものである。また、エンジン21は、ハイブリッド車両用の統合されたスタータ24で始動される。また、CVT2の入力軸には機械式オイルポンプ12が接続されている他、図示しない電動オイルポンプも車両に搭載されている。
【0018】
この実施の形態のハイブリッド車両では、近年の車両と同様に、エンジン21の運転状態はエンジンコントロールユニット11で制御され、モータ1の運転状態、例えば力行運転や回生運転はパワーコントロールユニット7で制御され、CVT2の作動状態、例えば変速比制御はCVTコントロールユニット8で制御される。また、これらを統括して車両を制御する統合コントロールユニットを備える場合もある。更に、図示しない駆動用バッテリを制御するためのバッテリコントロールユニットを備える場合もある。なお、このハイブリッド車両では、エンジン21が駆動系に接続されている状態では、周知のように、エンジン21とモータ1は協調制御される。
【0019】
例えば、運転者によるアクセルペダルの踏込量と車両の走行速度に応じて目標駆動トルクを設定すると共に、例えば駆動用バッテリの充電状態(SOC:State of Charge)に応じた目標モータトルクを設定し、目標駆動トルクから目標モータトルクを減じた値を目標エンジントルクとして、その目標エンジントルクが達成されるようにエンジンコントロールユニット11がエンジン21の運転状態を制御する。同様に、パワーコントロールユニット7は、目標モータトルクが達成されるようにモータ1の運転状態を制御するが、この実施の形態では、後述する目標制振トルクを目標モータトルクに加味し、その加味された目標モータトルクが達成されるようにモータ1の運転状態を制御する。
【0020】
パワーコントロールユニット7やエンジンコントロールユニット11などのコントロールユニットは、マイクロコンピュータのようなコンピュータシステムを搭載して構成される。このコンピュータシステムは、周知のコンピュータシステムと同様に、高度な演算処理機能を有する演算処理装置に加え、例えばプログラムを記憶する記憶装置や、センサ信号を読込んだり、他のコントロールユニットと相互通信を行ったりするための入出力装置を備えて構成される。
【0021】
図2は、パワーコントロールユニット7で実行される上記目標制振トルク算出・設定のための演算処理を示すフローチャートである。この演算処理は、例えば所定サンプリング周期で実行されるタイマ割込み処理であり、フローチャート中の制御フラグFは、例えば、車両が所定時間以上停止すると0にリセットされる。この演算処理では、まずステップS1で、上記モータ回転数センサ6で検出されたモータ回転数を読込む。
【0022】
次にステップS2に移行して、ステップS1で読込まれたモータ回転数に対し、予め設定された通過周波数帯域でバンドパスフィルタ処理を施して、モータ回転数に含まれている振動成分を帯域通過モータ回転数として取得する。このバンドパスフィルタ処理は、例えば、周知のデジタルバンドパスフィルタで構成される。また、バンドパスフィルタの予め設定された通過周波数帯域は、上記駆動系の共振周波数帯域である。この実施形態のように、駆動系にCVT(ベルト駆動力伝達型変速機)2を介装したハイブリッド車両では、後述するように、CVT2の変速比に応じて駆動系の共振周波数が変化するので、その変動幅分の周波数帯域を通過周波数帯域とする。なお、モータ回転数センサ6の出力信号を、同等のバンドパスフィルタに送給して駆動系の共振周波数帯域の帯域通過モータ回転数を取得するようにしてもよい。
【0023】
次にステップS3に移行して、ステップS2で得られた帯域通過モータ回転数に所定のゲインを乗じてデフォルト制振トルクを算出し、それを上記記憶装置の所定記憶領域に記憶する。後段に詳述するように、帯域通過モータ回転数は、包含される車両加減速成分を除き、駆動系の共振成分であるから、その逆相の振動成分が駆動系の共振を低減する制振振動であり、それをモータトルクに変換したものがデフォルト制振トルクとなる。
【0024】
次にステップS4に移行して、ステップS3で算出・記憶されたデフォルト制振トルクの数が予め設定された所定時間相当分の所定数に達したか否かを判定し、記憶されたデフォルト制振トルクが所定時間分記憶(蓄積)された場合にはステップS5に移行し、そうでない場合にはステップS8に移行する。なお、この所定時間は、上記駆動系の共振周期のうち、上記バンドパスフィルタの通過周波数帯域の最も小さい周波数に相当する最大周期(最大共振周期)の1/2より大きい時間に設定され、望ましくは、その最大共振周期より大きい時間とする。
【0025】
ステップS5では、上記所定時間分に相当する所定数のデフォルト制振トルクの平均値を制振トルクオフセット値として算出し、上記記憶装置の所定の記憶領域に更新してからステップS6に移行する。この制振トルクオフセット量の算出には、制振トルクオフセット量を所定の上下限値で制限するリミッタ処理を含む。
【0026】
ステップS6では、上記記憶装置の所定の記憶領域に規則されているデフォルト制振トルクを全て消去(リセット)してからステップS7に移行する。
【0027】
ステップS7では、上記制御フラグFを1にセットしてから上記ステップS8に移行する。
【0028】
ステップS8では、制御フラグFが1のセット状態であるか否かを判定し、制御フラグFがセットされている場合にはステップS9に移行し、そうでない場合にはステップS10に移行する。
【0029】
ステップS9では、ステップS5で更新された制振トルクオフセット値をステップS3で算出されたデフォルト制振トルクから減じ、その値を目標制振トルクとして出力してから復帰する。
【0030】
また、ステップS10では、ステップS3で算出されたデフォルト制振トルクを目標制振トルクとして出力してから復帰する。
【0031】
この演算処理によれば、モータ回転数(回転速度)の駆動系共振周波数成分が抽出され、その逆相の振動成分からなるデフォルト制振トルクが設定されて記憶される。このデフォルト制振トルクが予め設定された所定時間分蓄積されたら、その平均値から制振トルクオフセット値が設定され、それ以後、例えば車両が停止するまで、所定時間毎に、制振トルクオフセット値が更新される。そして、この演算処理の所定サンプリング周期毎に算出されるデフォルト制振トルクから制振トルクオフセット値を減じた値が目標制振トルクとして設定され、パワーコントロールユニット7では、この目標制振トルクを加味した上記目標モータトルクが達成されるようにモータ1の運転状態を制御する。
【0032】
図3は、CVT2の変速比と駆動系の共振周波数の関係を示す説明図である。同図から明らかなように、CVT2の変速比が大きいほど、駆動系の共振周波数は小さく、変速比が小さくなるに従って駆動系の共振周波数が大きくなる。これは、例えば、CVT2の変速に伴って、入出力軸のイナーシャが変化するからである。したがって、上記バンドパスフィルタ(処理)の通過周波数帯域を、この共振周波数の変動範囲の周波数帯域とすることで、駆動系の共振周波数帯域相当の振動成分のモータ回転数の変動を帯域通過モータ回転数として抽出することができる。また、上記制振トルクオフセット値を算出・設定する所定時間は、後述する理由から、この共振周波数帯域における最大共振周期(=1/最小共振周波数)の1/2より大きい時間、好ましくは最大共振周期より大きい時間とする。
【0033】
駆動系の共振は、駆動系内の弾性要素の捩りとその捩り戻りによるものであり、振幅0まわりの波動であるから、その所定時間当たりの平均値は0か又は0近傍である。また、駆動系の共振とそれに伴うモータ回転数の変動は位相差がない。一方、バンドパスフィルタを通過した通過帯域モータ回転数には、車両の加減速成分が含まれていることから、この通過帯域モータ回転数の逆相成分からなるデフォルト制振トルクには、車両の加減速を抑制する成分が含まれている。そこで、所定時間分のデフォルト制振トルクを平均化して、駆動系の共振を制振する成分を0又は0近傍とすると、その平均値からなる制振トルクオフセット値は、その時点における車両の加減速抑制成分となる。したがって、この制振トルクオフセット値をデフォルト制振トルクから減じた目標制振トルクは、車両の加減速を抑制することなく、駆動系の共振だけを制振するモータトルク成分となる。
【0034】
ここで、上記制振トルクオフセット値を算出・設定する所定時間が上記最大共振周期の1/2以下であると、例えば、デフォルト制振トルクが車両の加減速抑制成分を含まない場合には、駆動系の捩り成分だけ又は捩り戻り成分だけのデフォルト制振トルクの平均値を算出するおそれがあり、そうして求めた制振トルクオフセット値をデフォルト制振トルクから減じた目標制振トルクは、むしろ駆動系を加振してしまうおそれがある。これに対し、制振トルクオフセット値を算出するための所定時間を駆動系共振周期の少なくとも1/2より大きく設定することで、上記駆動系の共振成分を制振するためだけの制振トルクの平均値を0に近づけることが可能となることから、駆動系の共振を確実に低減することが可能な目標制振トルクを設定することができる。また、上記より想到されるように、制振トルクオフセット値を算出するための所定時間は、駆動系の最大共振周期より大きく設定することがより一層好ましい。
【0035】
図4は、
図2の演算処理で算出される目標制振トルク(デフォルト制振トルク)及び制振トルクオフセット値を説明するためのタイミングチャートである。このタイミングチャートでは、
図1のエンジン21が駆動系から切断された車両が停止からほぼ一定の加速度で加速した状態をシミュレートしており、中段の破線がデフォルト制振トルク、実線が目標制振トルクを示している。前述のように、車両の加減速抑制成分が含まれているデフォルト制振トルクは、このシミュレーションでは車両の加速を抑制するように、正方向にバイアスがかかっているが、制振トルクオフセット値を減じた目標制振トルクは、0Nmのまわりで振動しており、この目標制振トルクによって駆動系の捩り振動による共振が制振されるであろうと予測される。
【0036】
図5は、
図4のシミュレーションによる走行速度の経時変化を示すものである。図中の二点鎖線は駆動系の共振を制振していない場合の走行速度、実線が目標制振トルクを加味した目標モータトルクによる走行速度を示している。駆動系の共振を制振しない場合に表れる走行速度の脈動が駆動系の共振であり、走行速度が略一定の周期で変動していることが分かる。これに対し、目標制振トルクを加味した目標モータトルクで走行した走行速度は、走行開始後、制振トルクオフセット値が定常化するまでは走行速度に脈動があるものの、次第に脈動、すなわち駆動系の共振が制振されていることが分かる。また、図の破線は、
図4のデフォルト制振トルクを加味した目標モータトルクで走行した場合を想定しており、前述した加速抑制成分により、到達走行速度が小さくなってしまっている。以上は、車両加速走行時の目標制振トルクの作用の説明であるが、車両減速走行時には、上記と逆の作用が生じることは容易に想到される。
【0037】
このように、この実施の形態の電動車両の制振装置では、CVT2を駆動系に介装するハイブリッド車両では、変速比に応じて駆動系の共振周波数が変化するので、この共振周波数の帯域を通過周波数帯域とするバンドパスフィルタでモータ回転数から駆動系に生じている共振成分を抽出することができ、この共振成分の逆相のモータトルクをデフォルト制振トルクとして算出・設定することができる。一方、上記帯域通過モータ回転数には、車両の加減速成分が含まれているのに対し、駆動系の共振成分を制振するためだけのデフォルト制振トルクの所定時間分の平均値は0又は0近傍であることから、その所定時間分のデフォルト制振トルクの平均値として得られた制振トルクオフセット値は、その時点での車両の加減速を抑制する成分となる。したがって、この制振トルクオフセット値を制振トルクから減じた値が駆動系の共振を低減する目標制振トルクとなり、この目標制振トルクを加えた目標モータトルクが達成されることで、車両の加減速を抑制することなく、駆動系の共振が制振される。
【0038】
また、制振トルクオフセット値を算出するための制振トルク平均値の所定時間が駆動系共振周期の1/2以下であると、駆動系弾性要素の捩り側又は捩り戻り側だけの共振成分から制振トルクオフセット値を算出してしまうおそれがあり、そのようになると、その制振トルクオフセット値を制振トルクから減じた目標制振トルクは、むしろ駆動系を加振してしまうおそれがある。これに対し、制振トルクオフセット値を算出するための制振トルク平均値の所定時間を駆動系共振周期の少なくとも1/2より大きく設定することで、駆動系の共振成分を制振するためだけのデフォルト制振トルクの平均値を0に近づけることが可能となることから、駆動系の共振を確実に低減することが可能な目標制振トルクを設定することができる。
【0039】
また、算出・設定された制振トルクオフセット値の絶対値が大きすぎると、デフォルト制振トルクから制振トルクオフセット値を減じた目標制振トルクが急変するおそれがあるが、制振トルクオフセット値を上下限値で制限することにより、目標制振トルクの急変を防止することができる。
【0040】
以上、実施の形態に係る電動車両の制振装置について説明したが、本件発明は、上記実施の形態で述べた構成に限定されるものではなく、本件発明の要旨の範囲内で種々変更が可能である。例えば、
図1のハイブリッド車両では、質量の大きいエンジン21が駆動系に接続されると、そのエンジン21が例えばマスダンパとして機能して駆動系の共振の多くはエンジン21で吸収されるが、上記目標制振トルクを目標モータトルクに加味し続けることで、モータ-駆動系間の共振を低減することができ、結果として、駆動系の共振による車両の振動をより確実に制振することができる。
【0041】
また、エンジンを搭載しない電動車両においても同様に適用可能であるのは勿論、燃料電池で得た電力でモータを駆動する燃料電池車両にも適用可能である。
また、手動・自動に関わらず、あらゆる形式の多段変速機を駆動系に介装する電動車両にも同様に適用することができる。
【符号の説明】
【0042】
1 モータ
2 CVT(ベルト駆動力伝達型変速機)
5 駆動輪
7 パワーコントロールユニット(制御手段)