(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-18
(45)【発行日】2023-08-28
(54)【発明の名称】ミミズ細胞の保存方法及びミミズ培養細胞の形質転換方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/07 20100101AFI20230821BHJP
C12N 15/87 20060101ALI20230821BHJP
【FI】
C12N5/07
C12N15/87 Z
(21)【出願番号】P 2019000700
(22)【出願日】2019-01-07
【審査請求日】2021-11-29
(73)【特許権者】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(74)【代理人】
【識別番号】100091373
【氏名又は名称】吉井 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100097065
【氏名又は名称】吉井 雅栄
(74)【代理人】
【氏名又は名称】吉井 将太郎
(72)【発明者】
【氏名】赤澤 真一
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-217764(JP,A)
【文献】特開平07-255469(JP,A)
【文献】特表2017-534581(JP,A)
【文献】特表2012-532604(JP,A)
【文献】特開2011-024493(JP,A)
【文献】特開2018-074984(JP,A)
【文献】特表2014-533516(JP,A)
【文献】Journal of the pennsylvania academy of scicence,2015年,Vol.89, No.2,pp.57-68
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Eisenia fetida、Eisenia andrei、Lumbricus rubellus、Perionyx excavatus及びEnchytraeus japonensisのいずれかのミミズから得られたミミズ細胞の保存方法であって、前記ミミズ
の体腔液から回収されるミミズ体腔細胞に、濃度7%~20%のジメチルスルホキシド(Dimethyl sulfoxide)溶液のみからなる凍害保護液を添加し、-80℃以下の温度環境下で冷凍保存することを特徴とするミミズ細胞の保存方法。
【請求項2】
Eisenia fetida、Eisenia andrei、Lumbricus rubellus、Perionyx excavatus及びEnchytraeus japonensisのいずれかのミミズから得られたミミズ培養細胞を形質転換させる方法であって、カチオン性ポリマーを用いて
前記ミミズの体腔液から回収されるミミズ体腔細胞に遺伝子を導入し、この遺伝子導入したミミズ
体腔細胞を培養し、
この培養したミミズ体腔細胞を形質転換させることを特徴とするミミズ培養細胞の形質転換方法。
【請求項3】
請求項
2記載のミミズ培養細胞の形質転換方法において、前記カチオン性ポリマーはポリエチレンイミン(Polyethylenimine)であることを特徴とするミミズ培養細胞の形質転換方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミミズ細胞の保存方法及びミミズ培養細胞の形質転換方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、遺伝子組換え生物を用いて治療薬を生産するバイオ医薬品生産が注目されており、中でも動植物個体を宿主として用いる生産方法は次世代型として特に注目されている。
【0003】
上記に関し、本発明者は、糖鎖修飾が可能で低コスト化に貢献するタンパク質分泌生産も可能なミミズ、特にシマミミズ(Eisenia fetida)に着目し、特許文献1に開示されるミミズを形質転換する方法、この形質転換ミミズを用いて組み換えタンパク質を生産する方法及びその回収方法について提案し、ミミズを活用したバイオ医薬品生産工場の開発を行ってきた。
【0004】
このミミズ等の動植物個体は、どちらかといえば希少医薬品を生産する場合の宿主に適したものであり、大量生産する場合の宿主には適していない。そのため、バイオ医薬品を大量生産する場合、従来は動物細胞を宿主とする生産方法が一般的に用いられているが、これら動物細胞の多くは嫌気培養を必要とすることから、コストが掛かると共に作業が煩雑であり、簡便且つ低コストで培養を行うことができる新規な生産細胞が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
簡便且つ低コストでの培養(生産)を可能とするには、好気培養が可能な動物細胞が必須要件である。この好気培養が可能な動物細胞としては、従来、シマミミズの細胞が知られている(Fuller-Espie, S.L. et al. J. Pa. Acad. Sci., 89(2): 57-68 (2015).)。
【0007】
しかしながら、シマミミズに限らず、ミミズの細胞培養に関する知見はこれまで殆どなく、継代培養、細胞の保存方法、形質転換方法等の技術が確立されていないのが現状である。
【0008】
本発明は、このような現状に鑑みなされたものであり、ミミズの細胞を宿主細胞として簡便且つ低コストでの大量生産を実現可能とすべく、ミミズ細胞の保存方法及びミミズ培養細胞の形質転換方法を新規に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
添付図面を参照して本発明の要旨を説明する。
【0010】
Eisenia fetida、Eisenia andrei、Lumbricus rubellus、Perionyx excavatus及びEnchytraeus japonensisのいずれかのミミズから得られたミミズ細胞の保存方法であって、前記ミミズの体腔液から回収されるミミズ体腔細胞に、濃度7%~20%のジメチルスルホキシド(Dimethyl sulfoxide)溶液のみからなる凍害保護液を添加し、-80℃以下の温度環境下で冷凍保存することを特徴とするミミズ細胞の保存方法に係るものである。
【0011】
また、Eisenia fetida、Eisenia andrei、Lumbricus rubellus、Perionyx excavatus及びEnchytraeus japonensisのいずれかのミミズから得られたミミズ培養細胞を形質転換させる方法であって、カチオン性ポリマーを用いて前記ミミズの体腔液から回収されるミミズ体腔細胞に遺伝子を導入し、この遺伝子導入したミミズ体腔細胞を培養し、この培養したミミズ体腔細胞を形質転換させることを特徴とするミミズ培養細胞の形質転換方法に係るものである。
【0012】
また、請求項2記載のミミズ培養細胞の形質転換方法において、前記カチオン性ポリマーはポリエチレンイミン(Polyethylenimine)であることを特徴とするミミズ培養細胞の形質転換方法に係るものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、ミミズ細胞の保存方法及びミミズ培養細胞の形質転換方法が確立され、ミミズ細胞を宿主細胞とした組み換えタンパク質の生産が可能となり、これにより、例えばバイオ医薬品を簡便且つ低コストで大量生産することが可能となる。また、Eisenia fetidaとEisenia andreiは土壌毒性試験のモデル生物としてOECD(経済協力開発機構)により認定されていることから、簡便な土壌毒性試験にも活用出来る。さらに、ミミズは重金属を吸着することが知られているが、本発明はこれらのメカニズムの解明にも役立てることができる等、様々な分野で幅広く活用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本実施例におけるDMSO溶液の濃度別のシマミミズの細胞の生存率の経時変化を示す図である。
【
図2】本実施例におけるDMSO溶液の濃度別のアンドレイミミズの細胞の生存率の経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
好適と考える本発明の実施形態を、図面に基づいて本発明の作用を示して簡単に説明する。
【0016】
本発明のミミズ細胞の保存方法は、公知の手法により得られたミミズ細胞(例えば超音波、有機溶媒、酸若しくはアルカリ等の刺激を与えて体腔液を分泌させ、この体腔液から回収されたミミズ体腔細胞)に、所定濃度、例えば5%~25%程度、好ましくは7%~20%の濃度に設定した凍害保護液(例えばジメチルスルホキシド(Dimethyl sulfoxide、通称:DMSO))を添加し、所定温度、例えば-80℃以下で冷凍保存する。
【0017】
上記操作により、ミミズ細胞を高い生存率(例えば生存率80%以上)で長期間(例えば一年程度)保存することができる。
【0018】
また、本発明のミミズ培養細胞の形質転換方法は、上記同様、公知の手法により得られたミミズ細胞に、例えば市販の抗生物質含有培地若しくは昆虫培地とトランスフェクション試薬であるカチオン性ポリマー(例えばポリエチレンイミン(Polyethylenimine))を混合し、インキュベート後にプラスミド溶液と混合培養する。
【0019】
上記操作により、コスト安にミミズ細胞に遺伝子を導入してこのミミズ培養細胞を形質転換させることができる。
【0020】
本発明のミミズ細胞の保存方法及びミミズ培養細胞の形質転換方法は、全てのミミズに適応可能であるが、OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)から土壌毒性試験のモデル生物に指定され、また、入手が容易でコンポスト用として広く用いられ、更に、個体レベルで形質転換の実績があるツリミミズ科、特にシマミミズ(Eisenia fetida)やその類縁種であるアンドレイミミズ(Eisenia andrei)を用いることが好ましく、また、これらの近縁種、例えばアカミミズ(Lumbricus rubellus)、ハラメノウミミズ(Perionyx excavatus)若しくはヤマトヒメミミズ(Enchytraeus japonensis)等でも良い。
【実施例】
【0021】
本発明の具体的な実施例について説明する。
【0022】
本実施例は、ミミズから得られたミミズ細胞を長期保存することができるミミズ細胞の保存方法及びミミズから得られたミミズ細胞を形質転換させる方法に関するものである。
【0023】
以下、本実施例について詳細に説明する。尚、本実施例は、ミミズ細胞を回収・保存及び形質転換する対象のミミズとして、ツリミミズ科(Lumbricidae)のシマミミズ(Eisenia fetida)及びこのシマミミズの類縁種であるアンドレイミミズ(Eisenia andrei)を用いた場合について説明するが、対象のミミズは、前記ミミズに限定されるものではなく、全てのミミズに適応可能であり、また、入手のし易さや個体レベルでの形質転換実績等を考慮すると、ツリミミズ科(Lumbricidae)、フトミミズ科(Megascolecidae)若しくはヒメミミズ科(Enchytraeidae)のいずれかに属するミミズ、例えばアカミミズ(Lumbricus rubellus)、ハラメノウミミズ(Perionyx excavatus)若しくはヤマトヒメミミズ(Enchytraeus japonensis)等が好ましい。
【0024】
[ミミズ細胞の回収・保存方法]
ミミズ細胞を回収するため、シマミミズと、このシマミミズの類縁種であるアンドレイミミズを準備した。尚、シマミミズはワキ製薬株式会社から分与されたものであり、また、アンドレイミミズは有限会社相模浄化サービスから購入したものである。
【0025】
先ず、前記の各ミミズを抗生物質含有濾紙で絶食飼育した後、抗生物質含有緩衝液で洗浄し、超音波法によりミミズ細胞を回収した。
【0026】
具体的には、滅菌した2.5μg/ml Amphotericin B (4ml)で湿らせた濾紙を敷いたガラスシャーレ内に前記ミミズを入れ、20℃で48時間絶食飼育してミミズ体内の土を排出させ、次いで、各ミミズを一匹ずつ0.3mlの抗生物質(1% PenStrep , 10μg/ml Kanamycin , 2.5μg/ml Amphotericin B , 10μg/ml Tetracycline , 5μg/ml Chloramphenicol , 100μg/ml Ampicillin)含有LBSS(71.5mM NaCl , 4.8mM KCl , 1.1mM MgSO4・7H2O , 0.4mM KH2PO4 , 0.3mM Na2PO4・H2O , 4.2mM NaHCO3 , 3.8mM CaCl2)の入ったマイクロチューブに入れ、40kHzの超音波浴で1分間処理し、その後ミミズを除去し、残ったミミズ細胞含有液を前記抗生物質含有LBSSに懸濁し、遠心分離機(200×g 8min)による洗浄を行い、ミミズ体腔細胞を回収した。
【0027】
次に、この回収したミミズ細胞(ミミズ体腔細胞)の保存方法について説明する。
【0028】
本実施例では、この回収したミミズ細胞を、凍害保護液を用いて冷凍保存した。
【0029】
具体的には、本実施例では、ジメチルスルホキシド(Dimethyl sulfoxide)溶液(以下、DMSO溶液と称す。)を用いて-80℃で冷凍保存した。尚、保存温度は適宜変更可能なものとする。
【0030】
また、今回、DMSO溶液の濃度とミミズ細胞の生存率との関係について調査を行い、保存条件の最適化の検討も行ったので、以下にその調査方法及び調査結果について説明する。尚、調査には、シマミミズ及びアンドレイミミズを用いた。
【0031】
前述の回収方法で得た各ミミズのミミズ体腔細胞(生細胞)を、濃度5%、7%、10%、15%、20%、25%及び30%の7条件の濃度のDMSO溶液400μlに各々懸濁してサンプルを作成し、その各サンプルを各々2mlスクリューチューブに分注した後、-80℃に設定した保冷庫に保管し、保管日数による生存率の経時変化を調べた。尚、解凍は37℃湯浴中で急速に行った。
【0032】
また、ミミズ細胞の生存率の測定は、保存開始0日目、1日目、3日目、5日目及び7日目に各々、生細胞染色試薬(本実施例ではCalcein AMを使用)で染色し測定を行った。
【0033】
各条件における生存率の結果を
図1及び
図2に示す。尚、生存率は保存開始0日目の生細胞数を100%とした。
【0034】
図1は各濃度でのシマミミズのミミズ体腔細胞の細胞生存率(生存細胞数)の経時変化を示したものであり、この図に示されるように、シマミミズにおいては、10%DMSO溶液で保存した場合、80%以上の生存率が維持されることが確認された。
【0035】
また、
図2はアンドレイミミズのミミズ体腔細胞の細胞生存率(生存細胞数)の経時変化を示したものであり、この図に示されるように、アンドレイミミズにおいては、7~10%及び20%DMSO溶液で保存した場合、70%以上の高い生存率が維持されることが確認された。
【0036】
以上より、ミミズ細胞も他の動物細胞と同様、DMSO溶液での保存が可能であることが確認され、また、ミミズの種類により多少の差はあるものの、ミミズ細胞を保存する場合は、DMSO溶液の濃度は、7%~20%程度が適正濃度であり、この濃度に設定したDMSO溶液中に保存することで高い生存率が維持され長期保存が可能となる。
【0037】
[ミミズ細胞の形質転換方法]
形質転換するミミズ細胞は、前述の回収方法により得たミミズ細胞を用いた。
【0038】
本実施例では、ミミズ細胞に抗生物質含有培地や昆虫培地等の培地とトランスフェクション試薬とを混ぜ、インキュベート後にプラスミド溶液と混合培養することで、ミミズ細胞に遺伝子を導入し形質転換させた。
【0039】
具体的には、マイクロチューブに抗生物質含有培地(本実施例ではHansen S-301培地(22 vol% Schnei-der’s Drosophila Medium,1.3wt% D-Galactose,0.45wt% Lactalbumin hydrolysate,13vol% Fetal bovine serum、100U/ml Penicillin、100μg/ml Streptomycin、10μg/ml Kanamycin、2.5μg/ml Amphotericin B、10μg/ml Tetracycline、5μg/ml Chloramphenicol、100μg/ml Ampicillin)を使用した。以下、抗生物質含有Hansen S-301培地と称す。)と、カチオン性ポリマーのトランスフェクション試薬(本実施例ではPEI(Polyethylenimine )-MAX(Polysciences社製)、以下、PEI-MAXと称す。)を使用)とを混合し、25℃で5分間インキュベートしてPEI-MAX含有培地を作製すると共に、マイクロチューブに抗生物質含有Hansen S-301培地と、pGL4.50[luc2/CMV/Hygro]vector(Promega社製)含有溶液とを混合してプラスミド含有培地を作製した。
【0040】
次いで、このPEI-MAX含有培地とプラスミド含有培地とを混合し25℃で20分インキュベートし、その後、ミミズ細胞を添加し、25℃、好気条件下で0~72時間、遺伝子導入を行った(final conc. 2-16ng/μl PEI-MAX)。
【0041】
そして、インキュベート後、抗生物質含有Hansen S-301培地に置換し、更に0~72時間培養してミミズ細胞を形質転換させた。
【0042】
より具体的には、本実施例においては、ミミズ細胞に形質転換溶液(8ng/μl PEI-MAX,4ng/μl プラスミド溶液)を添加し、24時間インキュベートした後、抗生物質含有Hansen S-301培地に置換し、更に24~72時間培養した。その結果、表1に示すように、遺伝子導入時間を24時間とし、48時間誘導培養を行ったときに、形質転換率は33.3%と最も高くなった。
【0043】
【0044】
尚、本実施例では、このミミズ細胞の形質転換の確認にルシフェラーゼ活性測定を用いた。
【0045】
具体的には、遺伝子導入し培養したミミズ細胞を遠心分離(200×g,8min,4℃)で回収し、PBS 500μlで懸濁、洗浄後、Cell culture Lysis Reagent (Promega社製)を加え、ボルテックスして細胞溶解物を取得し、この得られた細胞溶解物を12,000rpm,4℃で2分間遠心し、上清をマイクロチューブに回収し、この回収した上清に対し、Luciferase assay regent(promega社製)を加え、ルミノメーターで発光強度を測定した。
【0046】
以上のように、本実施例で示したミミズ細胞の保存方法及びミミズ細胞の形質転換方法を用いることで、簡便にミミズ細胞を回収・保存することができると共に、簡便に且つ低コストでミミズ細胞を形質転換させることができ、これにより、高等生物の遺伝子を発現させ、組み換えタンパク質を簡便且つ低コストで大量生産することが可能となる。
【0047】
また、本実施例に示したようにミミズ細胞の長期保存方法の確立及びミミズ細胞の形質転換方法の確立により、上記の組み換えタンパク質の大量生産の実現のみならず、土壌毒性試験等のバイオアッセイや遺伝子の機能調査にも活用することができ、分子生物学的研究の加速にも貢献することができる等、様々な効果を生み出すことができる画期的なものとなる。
【0048】
尚、本発明は、本実施例に限られるものではなく、各構成要件の具体的構成は適宜設計し得るものである。