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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-21
(45)【発行日】2023-08-29
(54)【発明の名称】電子放出素子及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 1/312 20060101AFI20230822BHJP
   H01J 9/02 20060101ALI20230822BHJP
【FI】
H01J1/312
H01J9/02 M
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019222302
(22)【出願日】2019-12-09
(65)【公開番号】P2021093265
(43)【公開日】2021-06-17
【審査請求日】2022-09-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000005049
【氏名又は名称】シャープ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 雅己
(72)【発明者】
【氏名】新川 幸治
(72)【発明者】
【氏名】岩松 正
(72)【発明者】
【氏名】辻埜 和也
(72)【発明者】
【氏名】アベシンゲ レシヤン
(72)【発明者】
【氏名】小坂 知裕
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-136485(JP,A)
【文献】特開平02-257542(JP,A)
【文献】特開平10-312738(JP,A)
【文献】特開平01-298623(JP,A)
【文献】特開平03-122938(JP,A)
【文献】米国特許第06166487(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 1/30-1/316
H01J 9/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極との間に配置されたシリコーン樹脂層とを備え、
前記シリコーン樹脂層は、導電性微粒子を実質的に含まないように設けられ、
前記表面電極は、銀層を含み、
前記銀層は、前記シリコーン樹脂層と接触することを特徴とする電子放出素子。
【請求項2】
前記銀層は、銀スパッタ層又は銀蒸着膜である請求項1に記載の電子放出素子。
【請求項3】
前記シリコーン樹脂層の厚さは、0.5μm以上1.25μm以下であり、
前記銀層の厚さは、5nmより大きく30nm以下である請求項1又は2に記載の電子放出素子。
【請求項4】
前記表面電極は、前記銀層と、金層又は白金層とが積層された積層電極である請求項1~3のいずれか1つに記載の電子放出素子。
【請求項5】
前記金層の厚さ又は前記白金層の厚さは、10nm以上20nm以下である請求項4に記載の電子放出素子。
【請求項6】
基板をさらに備え、
前記下部電極は、前記基板上に配置され、
前記シリコーン樹脂層は、前記下部電極上に配置され、
前記表面電極は、前記シリコーン樹脂層上に配置された請求項1~5のいずれか1つに記載の電子放出素子。
【請求項7】
下部電極上にシリコーン樹脂層を形成する工程と、
前記シリコーン樹脂層上に前記シリコーン樹脂層と接触するように銀層を形成する工程とを備え、
前記シリコーン樹脂層を形成する工程は、実質的に銀粒子を含まないシリコーン樹脂コーティング剤を前記下部電極上にコーティングする工程を含む電子放出素子の製造方法。
【請求項8】
前記銀層を形成する工程は、スパッタリング法又は蒸着法を用いて前記銀層を形成する工程である請求項7に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子放出素子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電極基板と表面電極との間に中間層を設けた電子放出素子が知られている(例えば、特許文献1参照)。中間層には、銀ナノ粒子を含むシリコーン樹脂層が用いられている。
この電子放出素子では、2つの電極間に電圧を印加することにより発生させた電界により中間層に電流を流す。この際に電子の一部が表面電極を通過し大気中などに放出される。このような電子放出素子は、感光体を帯電する帯電装置、発光デバイスなどとして利用することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-136485号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来の電子放出素子では、中間層内において銀ナノ粒子が凝集し凝集体となる場合がある。この凝集体は、素子内電流のリークパスとなり、電子放出素子の突発的な機能停止や電子放出素子の低寿命化の原因となる場合がある。また、従来の電子放出素子では、銀ナノ粒子が中間層に均一に分散されないため、表面電極の電子放出領域において、電子放出量の多い領域と少ない領域とが生じていた。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、優れた電子放出特性及び優れた寿命特性を有する電子放出素子を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極との間に配置されたシリコーン樹脂層とを備え、前記表面電極は銀層を含み、前記銀層は前記シリコーン樹脂層と接触することを特徴とする電子放出素子を提供する。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、銀層がシリコーン樹脂層に接触するため、シリコーン樹脂層が導電性微粒子を含まない場合でも電子放出素子から電子を放出させることができる。このことは、本願発明者等が行った実験により明らかになった。
本発明の電子放出素子ではシリコーン樹脂層に導電性微粒子を分散させる必要がないため、シリコーン樹脂層において導電性微粒子が凝集したり偏析したりしない。このため、素子が突発的に機能停止することを抑制することができる、さらに電子放出面を均一に有効利用することができ、電子放出素子をロングライフ化することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本発明の一実施形態の電子放出素子の概略上面図である。
図2図1の破線A-Aにおける電子放出素子の概略断面図である。
図3】本発明の一実施形態の電子放出装置の概略断面図である。
図4】素子1のフォーミング処理中の電流Ieの変化を示したグラフである。
図5】素子4のフォーミング処理中の電流Ieの変化を示したグラフである。
図6】素子5のフォーミング処理中の電流Ieの変化を示したグラフである。
図7】素子6のフォーミング処理中の電流Ieの変化を示したグラフである。
図8】素子7のフォーミング処理中の電流Ieの変化を示したグラフである。
図9】素子8のフォーミング処理中の電流Ieの変化を示したグラフである。
図10】素子9のフォーミング処理中の電流Ieの変化を示したグラフである。
図11】素子10のフォーミング処理中の電流Ieの変化を示したグラフである。
図12】素子4についてのエージング実験の測定結果を示すグラフである。
図13】素子10についてのエージング実験の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の電子放出素子は、下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極との間に配置されたシリコーン樹脂層とを備え、前記表面電極は銀層を含み、前記銀層は前記シリコーン樹脂層と接触する。
【0009】
前記銀層は銀スパッタ層又は銀蒸着膜であることが好ましい。このことにより、銀層の厚さをナノレベルで制御することが可能になる。
前記シリコーン樹脂層の厚さは0.5μm以上1.25μm以下であることが好ましく、前記銀層の厚さは、5nmより大きく30nm以下であることが好ましい。このことにより、電子放出素子が優れた電子放出特性及び優れた寿命特性を有することができる。
前記表面電極は、銀層と、金層又は白金層とが積層された積層電極であることが好ましい。このことにより、電子放出素子の電子放出特性及び寿命特性を向上させることができる。
【0010】
前記金層の厚さ又は前記白金層の厚さは、10nm以上20nm以下であることが好ましい。このことにより、電子放出素子の電子放出特性及び寿命特性を向上させることができる。
前記下部電極は基板上に配置され、前記シリコーン樹脂層は下部電極上に配置され、前記表面電極はシリコーン樹脂層上に配置されることが好ましい。このことにより、電子放出素子の電子放出面の表面粗さを小さくすることができ、電子放出素子の寿命特性を向上させることができる。
【0011】
本発明は、下部電極上にシリコーン樹脂層を形成する工程と、前記シリコーン樹脂層上にシリコーン樹脂層と接触するように銀層を形成する工程とを備える電子放出素子の製造方法も提供する。前記シリコーン樹脂層を形成する工程は、実質的に銀粒子を含まないシリコーン樹脂コーティング剤を下部電極上にコーティングする工程を含む。
前記銀層を形成する工程は、スパッタリング法又は蒸着法を用いて前記銀層を形成する工程であることが好ましい。
【0012】
以下、複数の実施形態を参照して本発明をより詳細に説明する。図面や以下の記述中で示す構成は、例示であって、本発明の範囲は、図面や以下の記述中で示すものに限定されない。
【0013】
第1実施形態
図1は本実施形態の電子放出素子の概略上面図であり、図2図1の破線A-Aにおける電子放出素子の概略断面図である。
本実施形態の電子放出素子20は、下部電極3と、表面電極5と、下部電極3と表面電極5との間に配置されたシリコーン樹脂層4とを備え、表面電極5は銀層6を含み、銀層6はシリコーン樹脂層4と接触する。
本実施形態の電子放出素子20は、電子放出素子20の電子放出領域を定める開口を有する絶縁層8を有することができる。
【0014】
電子放出素子20は、表面電極5の電子放出領域から空気中、気体中、減圧雰囲気中などに電子を放出する素子である。電子放出領域から放出された電子は空気中、気体中、減圧雰囲気中などにおいて気体を帯電させ陰イオンを発生させる。電子放出素子20は、イオン生成装置、イオン移動度分析装置、細胞刺激装置、被対象物をマイナスに帯電させる帯電装置、被硬化物を硬化させる電子線硬化装置、送風装置、冷却装置、発光体を発光させる自発光デバイスなどに用いることができる。
【0015】
下部電極3は、シリコーン樹脂層4の下側に位置する電極である。下部電極3は、金属板であってもよく、基板2上に設けられた金属層又は導電体層であってもよい。
下部電極3が金属板からなる場合、この金属板は電子放出素子20の基板であってもよい。下部電極3は、例えば、アルミニウム板、ステンレス鋼板、ニッケル板などである。下部電極の厚さは、例えば200μm以上2mm以下である。
【0016】
下部電極3が基板2上に設けられる場合、基板2は、例えば、ガラス基板、セラミックス基板などである。基板2の厚さは、例えば200μm以上2mm以下である。
下部電極3は、例えば、スパッタリング法、蒸着法、めっき、CVD法などにより基板2上に形成することができる。下部電極3は、単層電極であってもよく、積層電極であってもよい。下部電極3は、例えば、アルミニウム層、金層、銅層などを含むことができる。また、下部電極3は、MoN/Al/MoN積層電極であってもよい。下部電極3の厚さは、例えば200nm以上1μm以下である。
【0017】
絶縁層8は、下部電極3上又は基板2上に設けられる絶縁体からなる層である。また、絶縁層8は省略することも可能である。
絶縁層8は、電子放出素子20の電子放出領域を定める開口を有する。開口は、円形であってもよく、方形であってもよい。例えば、下部電極3がアルミニウム基板である場合、絶縁層8は、アルミニウム基板の酸化皮膜であってもよい。
【0018】
例えば、基板2上に下部電極3を設けている場合、絶縁層8は、例えば、窒化シリコン層、酸化シリコン層、シリコン酸窒化膜、酸化アルミニウム層などである。絶縁層8の厚さは、例えば、0.5μm以上2μm以下である。電子放出領域を定める開口が円形である場合、開口の直径は例えば、1mm以上50mm以下とすることができる。開口が方形である場合、開口の一辺の長さは、例えば1mm以上50mm以下とすることができる。絶縁層8は、例えば、CVD法及びフォトリソグラフィ法を用いて形成することができる。このことにより、絶縁層8の厚さのばらつきを抑制することができ(算術平均粗さRa:0.01未満)、電子放出素子20の電子放出特性及び寿命特性を向上させることができる。
【0019】
シリコーン樹脂層4は、下部電極3上に設けられる。また、シリコーン樹脂層4は、下部電極3と接触するように設けることができる。シリコーン樹脂層4は、表面電極5と下部電極3との電位差により形成される電界により電流が流れる層である。
シリコーン樹脂層4は、絶縁層8の開口中に設けることができる。このことにより、絶縁層8の開口と重なるシリコーン樹脂層4の領域にだけ電流が流れることができ、絶縁層8の開口と重なる表面電極5の領域から電子を放出させることができる。従って、絶縁層8の開口により表面電極5の電子放出領域を定めることができる。
【0020】
シリコーン樹脂層4は、導電性微粒子を実質的に含まないように設けることができる。このことにより、シリコーン樹脂層4において導電性微粒子が凝集したり偏析したりしない。このため、電子放出素子20が突発的に機能停止することを抑制することができる、さらに表面電極5の電子放出面を均一に有効利用することができ、電子放出素子20をロングライフ化することが可能である。
シリコーン樹脂層4の厚さは、例えば、0.5μm以上1.25μm以下とすることができる。このことにより、下部電極3と表面電極5との間に比較的低い電圧を印加して電子放出素子20から電子を放出させることができ、かつ、電子放出素子20の寿命特性を向上させることができる。
【0021】
シリコーン樹脂層4は、例えば、導電性微粒子を実質的に含まないシリコーン樹脂コーティング剤を下部電極3上に塗布し(例えば、スピンコーティング)、コーティング剤を硬化させることにより形成することができる。例えばメチル系シリコーン樹脂を含むコーティング剤をシリコーン樹脂層の形成に用いることができる。
【0022】
表面電極5は、電子放出素子20の表面に位置する電極であり、シリコーン樹脂層4上に配置される。表面電極5は銀層6を含む。表面電極5は、銀層6からなる単層電極であってもよく、銀層6と金属層7とを含む積層電極であってもよい。
表面電極5は、10nm以上100nm以下の厚さを有することができる。表面電極5は、複数の開口、すき間などを有してもよい。シリコーン樹脂層4を流れた電子がこの開口、すき間などを通過することができ、表面電極5の電子放出領域から電子を放出することができる。このような開口、すき間などは、下部電極3と表面電極5との間に電圧を印加すること(フォーミング処理、初期電圧印加)により形成することができる。
【0023】
表面電極5に含まれる銀層6は、シリコーン樹脂層4と接触する。このため、電子放出素子20から電子を放出させることが可能になる。このことは、本発明者等が行った実験により明らかになった。
シリコーン樹脂層4が導電性微粒子を含まない場合であっても、銀層6をシリコーン樹脂層4と接触するように設けることにより、電子放出素子20から電子が放出される電子放出メカニズムは明らかになっていない。
【0024】
銀層6は、銀スパッタ層又は銀蒸着膜であることが好ましい。このことにより、銀層6の厚さをナノレベルで制御することができる。銀スパッタ層はスパッタリングにより成膜された銀層であり、銀蒸着膜は蒸着により成膜された銀層である。スパッタリング又は蒸着により銀層6を形成する際、銀層6がシリコーン樹脂層4に接触するように銀層6が形成される。
銀層6の厚さは、5nmより大きく30nm以下であることが好ましい。このことにより、電子放出素子20の電子放出量を多くすることができる。
【0025】
表面電極5は、銀層6と、金属層7とが積層された積層電極であることが好ましい。金属層7は金層又は白金層とすることができる。また、金層の厚さ又は白金層の厚さは、10nm以上20nm以下であることが好ましい。このことにより、電子放出素子20の電子放出量を多くすることができ、かつ、電子放出素子20の寿命特性を向上させることができる。
【0026】
第2実施形態
図3は、本実施形態の電子放出装置の概略断面図である。図3には電子放出装置の電気的構成を示す回路図も示している。
本実施形態の電子放出装置25は、電子放出素子20と、電界形成用電極13と、電源部14a、14bとを備える。電源部14aは下部電極3と表面電極5との間に電圧を印加するように設けられ、電源部14bは電子放出素子20と電界形成用電極13との間に電圧を印加するように設けられる。
また、電子放出装置25は、下部電極3と表面電極5との間に流れる電流を計測するように設けられた電流計15a、又は電子放出素子20から放出された電子又はこの電子から生成されたイオンが電界形成用電極13へ到達することにより流れる電流を計測するように設けられた電流計15bを備えることができる。
【0027】
電子放出素子20については第1実施形態で説明したため、ここでは省略する。
電界形成用電極13は、電子放出素子20の表面電極5と電界形成用電極13との間に電界を形成するための電極である。電界形成用電極13及び電源部14bは、表面電極5から放出された電子又はこの電子により生成されたイオンが電界形成用電極13の方向へ移動するような電界を形成するように設けられる。また、電流計15bは、表面電極5から放出された電子又はこの電子により生成されたイオンが電界形成用電極13に到達することにより生じる電流を計測するように設けられる。
【0028】
電子放出装置25の動作の一例について説明する。
電源部14aにより下部電極3と表面電極5との間に電圧を印加すると、下部電極3と表面電極5との間のシリコーン樹脂層4に電界が形成され、この電界により下部電極3の電子が表面電極5へ向かってシリコーン樹脂層4を流れる(電流Id)。そして、表面電極5に到達した電子の一部が表面電極5の開口などを通過し、電子放出素子20の外部へと放出される。表面電極5から放出された電子は、電界形成用電極13により形成される電界により電界形成用電極13に向かって移動する。また、放出された電子は、大気中の酸素分子などをイオン化し、酸素イオンを生成する。この酸素イオンは電界により電界形成用電極13にまで到達し、電荷を電界形成用電極13へ受け渡す。このためで電界形成用電極13の電位が変化し、電流Ieが流れる。電流Ieは、電子放出素子20から放出された電子の量を表す。
【0029】
下部電極3と表面電極5との間に印加する電圧は、25V以下であることが好ましい。このことにより、オゾンやNOxが生成することを抑制することができる。また、下部電極3と表面電極5との間に流す電流はPWM回路を用いて調節することができる。
【0030】
第1電子放出実験
表面電極5が銀層単層である素子1、表面電極5が金層単層である素子2及び表面電極5がPt層単層である素子3を作製した。素子構造は、表面電極5を単層としたこと以外は図1図2に示した電子放出素子20と同様である。
基板2には、厚さ0.7mmのガラス基板(20mm×24mm)を用いた。下部電極3は、MoN層(100nm)/Al層(200nm)/MoN層(50nm)で表される積層電極とした。下部電極3はスパッタリング法又はCVD法により形成した。絶縁層8はSiN層とした。また、絶縁層8の開口の直径は16mmとした。SiN層はCVD法により形成した。また、下部電極3及び絶縁層8のパターン形成にはフォトリソグラフィ法を用いた。
シリコーン樹脂層4は、メチル系シリコーン樹脂を含むコーティング剤(導電性微粒子を含まない)を絶縁層8の開口中(下部電極3の上)にスピンコーティング法により塗布し、塗布層を硬化させることにより形成した。表面電極5はスパッタリングにより形成した。
【0031】
作製した素子1、2又は3を用いて図3に示したような電子放出装置25を形成し、素子1~3にフォーミング処理を施した。また、フォーミング処理中に電子放出素子から電子が放出されることにより生じる電流Ieを計測した。フォーミング処理は室温環境(R/R環境、気温20℃~25℃、相対湿度25%~45%)下で行った。
フォーミング処理では、下部電極3と表面電極5との間に印加する電圧Vdを0Vから25Vまで昇圧速度0.1V/secで変化させ、25Vに達すると、電圧Vdを0Vにした。このような印加電圧Vdの変化を3回繰り返した。
【0032】
作製した素子1~3のシリコーン樹脂の厚さ、表面電極の種類、表面電極の厚さ、電子放出の有無を表1に示す。また、素子1のフォーミング処理中の電流Ieの変化を示したグラフを図4に示す。
素子1では、電流Ieの増加が計測され、電子放出が確認された。しかし、素子2、3では、電流Ieの増加が計測されず、電子放出は確認されなかった。
【0033】
【表1】
【0034】
これらの結果から、シリコーン樹脂層4が導電性微粒子を含まない場合であっても、銀層をシリコーン樹脂層に接触するように設けることにより、電子放出素子から電子を放出させることができることがわかった。
素子1では表面電極から電子が放出され、素子2、3では表面電極から電子が放出されない理由は明らかになっていない。
【0035】
第2電子放出実験
第2電子放出実験では、表面電極5を銀層6と金属層7の積層電極とした素子4~10を作製した。銀層6はシリコーン樹脂層4上に配置し、金属層7を銀層6上に配置した。
素子4の金属層は金層であり、素子5の金属層はチタン層であり、素子6の金属層はタングステン層であり、素子7の金属層はアルミニウム層であり、素子8の金属層は銅層であり、素子9の金属層はクロム層であり、素子10の金属層は白金層である。
素子4~10において、シリコーン樹脂層4の厚さは0.5μmであり、銀層の厚さは10nmであり、金属層の厚さは10nmである。銀層及び金属層はスパッタリング法により形成した。また、素子構造は、図1図2に示した電子放出素子20と同様である。その他の素子構成及び製造方法は第1電子放出実験と同様である。
【0036】
作製した素子4~10を用いて図3に示したような電子放出装置25を作製し、素子4~10にフォーミング処理を施した。また、フォーミング処理中に電子放出素子から電子が放出されることにより生じる電流Ieを計測した。フォーミング処理の方法は第1電子放出実験と同様である。
また、素子4、10を長時間駆動させるエージング実験を行った。エージング実験では、電子放出素子から電子が放出されることにより生じる電流Ieが目標値1.2×10-6Aとなるように、下部電極3と表面電極5との間に印加する電圧Vdを変化させた。また、下部電極3と表面電極5との間に流す電流はPWM制御により調節した(デューティ比:50%一定)。エージング実験は室温環境(R/R環境、気温20℃~25℃、相対湿度25%~45%)下で行った。
【0037】
素子4~10のフォーミング処理中の電流Ieの変化を示したグラフを図5図11に示す。図5図11において、forming01~forming03で示した曲線は、フォーミング処理の各昇圧における電流Ieの変化を示している。また、素子4、10のエージング実験の結果を図12図13に示す。図12、13において、Idで示した曲線は下部電極3と表面電極5との間に流れた電流の変化を示す曲線であり、Ieで示した曲線は電子放出素子から電子が放出されることにより生じる電流の変化を示す曲線であり、ηで示した曲線は電子放出効率の変化を示す曲線であり、Vdで示した曲線は下部電極3と表面電極5との間に印加する電圧の変化を示す曲線である。
【0038】
図5図11に示した計測結果から素子4~10のすべての素子で電流Ieの上昇が計測されることがわかった。このことから、シリコーン樹脂層4が導電性微粒子を含まず表面電極5を積層電極とした場合であっても、銀層をシリコーン樹脂層に接触するように設けることにより、電子放出素子から電子を放出させることができることがわかった。さらに、素子4(銀層+金層)の電子放出量及び素子10(銀層+白金層)の電子放出量が多くなることがわかった。また、素子1(銀層単層)に比べて、素子4、10は優れた電子放出特性を有することがわかった。
また、図12図13に示したエージング実験の測定結果から、素子4の目標放出量維持時間は約16時間であり、素子10の目標放出量維持時間は約180時間であることがわかった。このことから、素子4及び素子10は、すぐれた寿命特性を有することがわかった。
【0039】
第3電子放出実験
第3電子放出実験では、表面電極5に銀層6と金層の積層電極とした素子11~19を作製した。銀層6はシリコーン樹脂層4上に配置し、金層を銀層6上に配置した。
素子11~19についてのシリコーン樹脂層4の厚さ、銀層の厚さおよび金層の厚さを表2に示す。また、素子構造は、図1図2に示した電子放出素子20と同様である。その他の素子構成及び製造方法は第1又は第2電子放出実験と同様である。
【0040】
作製した素子11~19を用いて図3に示したような電子放出装置25を作製し、素子11~19を長時間駆動させるエージング実験を行った。エージング実験の方法は第2電子放出実験と同様である。実験結果を表2に示す。表2には素子4のエージング実験の結果も合わせて示している。
【0041】
【表2】
【0042】
これらの結果から素子4、11~14、16~18では、目標放出量維持時間が10時間以上となることがわかった。特に、素子11、12では目標放出量維持時間が400時間を超えた。従って、表面電極5を銀層と金層の積層電極とすることにより電子放出素子が優れた電子放出特性を有することがわかった。
また、これらの結果からシリコーン樹脂層4の厚さは0.5μm以上1.25μm以下であることが好ましく、銀層6の厚さは5nmより大きく30nm以下であることが好ましく、金層の厚さは、10nm以上20nm以下であることが好ましいことがわかった。また、シリコーン樹脂層4の厚さを0.5μm以下としたとき銀層6の厚さを30nmより小さくすることが好ましいことがわかった。
【0043】
第4電子放出実験
第4電子放出実験では、表面電極5に銀層6と白金層の積層電極とした素子20~22を作製した。銀層6はシリコーン樹脂層4上に配置し、白金層を銀層6上に配置した。
素子20~22についてのシリコーン樹脂層4の厚さ、銀層の厚さおよび白金層の厚さを表3に示す。また、素子構造は、図1図2に示した電子放出素子20と同様である。その他の素子構成及び製造方法は第1、第2又は第3電子放出実験と同様である。
【0044】
作製した素子20~22を用いて図3に示したような電子放出装置25を作製し、素子20~22を長時間駆動させるエージング実験を行った。エージング実験の方法は第2又は第3電子放出実験と同様である。実験結果を表3に示す。表3には素子10のエージング実験の結果も合わせて示している。
これらの結果から素子10、20~22では、目標放出量維持時間が90時間以上となることがわかった。特に、素子21、22では目標放出量維持時間が200時間を超えた。従って、表面電極5を銀層と白金層の積層電極とすることにより電子放出素子が優れた電子放出特性を有することがわかった。
【0045】
【表3】
【符号の説明】
【0046】
2:基板 3:下部電極 4:シリコーン樹脂層 5:表面電極 6:銀層 7:金属層 8:絶縁層 9:表面電極端子 10:下部電極端子 13:電界形成用電極 14a、14b:電源部 15a、15b:電流計 20:電子放出素子 25:電子放出装置
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