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  • 特許-摺動機構 図1
  • 特許-摺動機構 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-05
(45)【発行日】2023-09-13
(54)【発明の名称】摺動機構
(51)【国際特許分類】
   F16J 10/00 20060101AFI20230906BHJP
   F16J 9/26 20060101ALI20230906BHJP
   F02F 1/00 20060101ALI20230906BHJP
   C23C 4/06 20160101ALI20230906BHJP
   C23C 4/11 20160101ALI20230906BHJP
   B24B 33/02 20060101ALN20230906BHJP
【FI】
F16J10/00 Z
F16J9/26 C
F02F1/00 R
C23C4/06
C23C4/11
B24B33/02
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2020011452
(22)【出願日】2020-01-28
(65)【公開番号】P2021116880
(43)【公開日】2021-08-10
【審査請求日】2022-11-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102141
【弁理士】
【氏名又は名称】的場 基憲
(74)【代理人】
【識別番号】100137316
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 宏
(72)【発明者】
【氏名】平山 勇人
(72)【発明者】
【氏名】樋口 毅
(72)【発明者】
【氏名】田井中 直也
(72)【発明者】
【氏名】星川 裕聡
【審査官】久米 伸一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/004993(WO,A1)
【文献】特開昭61-144469(JP,A)
【文献】国際公開第2013/137060(WO,A1)
【文献】特開昭52-085617(JP,A)
【文献】独国特許出願公開第19825860(DE,A1)
【文献】独国特許出願公開第19627926(DE,A1)
【文献】米国特許出願公開第2007/0234994(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 10/00
F16J 9/26
F02F 1/00
C23C 4/06
C23C 4/11
B24B 33/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄系の溶射被膜を有するシリンダーボアと、
炭素を主成分とする硬質被膜を有するピストンリングを有するピストンと、を備える摺動機構であって、
上記溶射被膜がセラミック砥粒を含み、
上記溶射被膜表面に対する上記セラミック砥粒の面積率が0.4~3.5%であることを特徴とする摺動機構。
【請求項2】
上記セラミック砥粒は、その硬度が1000~3000(HV)であり、かつ最大粒径が20μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の摺動機構。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動機構に係り、更に詳細には、内燃機関のシリンダーボアと、ピストンリングを有するピストンと、を備える摺動機構に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの内燃機関の摺動機構は、耐摩耗性や低摩擦性が要求される。
このような摺動機構としては、シリンダーブロック本体を構成する金属材料よりも硬度が高い鉄系の溶射被膜を有するシリンダーボアと、炭素を主成分とする硬質被膜を被覆したピストンリングを有するピストンとの組み合わせが知られている。
【0003】
上記溶射被膜は、ボア内表面を下地加工したシリンダーブロックを予熱し、鉄系金属材料の液滴を上記ボアに吹き付けることで形成する。この溶射被膜は、その表面に付着した溶射液滴の形状が残るため表面凹凸が大きい。このため上記溶射被膜を形成した後、シリンダーボアの真円度、円筒度、および表面粗さを精密に仕上げるためにホーニング加工が施される。
【0004】
上記溶射被膜のホーニング加工には、特許文献1に開示されるように、ダイヤモンド砥粒を含む砥石が使用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2004-18908号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記炭素を主成分とする硬質被膜を形成したピストンリングは、硬度が高く耐摩耗性に優れるものであるが、期待した耐摩耗性を発揮できない場合がある。この原因について、本発明者らが鋭意検討した結果、相手材である溶射被膜中に埋収したダイヤモンド砥粒がその一因となっていることをつきとめた。
【0007】
本発明は、このような知見に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、炭素を主成分とする硬質被膜を被覆したピストンリングの摩耗を抑制できる、シリンダーボアとピストンリングを有するピストンとを備える摺動機構を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、シリンダーボアをホーニング加工する際の砥石を、ダイヤモンド砥石に替えてセラミック砥石とし、鉄系の溶射被膜中に埋収したセラミック砥粒の面積率を所定の範囲内にすることにより、上記目的が達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明の摺動機構は、鉄系の溶射被膜を有するシリンダーボアと、炭素を主成分とする硬質被膜を有するピストンリングを有するピストンと、を備える。
そして、上記溶射被膜がセラミック砥粒を含み、
上記溶射被膜表面に対する上記セラミック砥粒の面積率が0.4~3.5%であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、シリンダーボアの鉄系の溶射被膜中に埋収した砥粒をセラミック砥粒とし、上記溶射被膜表面に対する上記砥粒の面積率を所定の範囲内にすることとしたため、炭素を主成分とする硬質被膜を備えるピストンリングの摩耗を抑制した摺動機構を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】ホーニング加工前の溶射被膜の表面SEM像である。
図2】ホーニング加工後の溶射被膜の表面SEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の摺動機構について詳細に説明する。
上記摺動機構は、鉄系の溶射被膜を有するシリンダーボアと、炭素を主成分とする硬質被膜を有するピストンリングを有するピストンと、を備える。
【0013】
<シリンダーボア>
上記シリンダーボアは、その内周面に鉄系の溶射被膜(以下、単に「溶射被膜」ということがある。)を有し、該溶射被膜はセラミック製の砥石でホーニング加工されて、上記セラミック製の砥石に由来するセラミック砥粒を埋収したものであり、溶射被膜表面に上記セラミック砥粒を0.4~3.5面積%で含む。
【0014】
ホーニング加工は、溶射被膜を形成したシリンダーボアの内周面に、砥石を一定の圧力で押し付け、ホーニング油を注ぎながらシリンダーボアとの間に回転運動と往復運動とを連続して与え、目的とする表面粗さ、寸法、真円度、円筒度を精密に仕上げる加工である。
【0015】
しかし、このような従来の加工方法ではシリンダーボアの上端部や下端部で研削方向が変化し、大きなストレスを受けるためセラミック砥粒が埋収し易い。
【0016】
上記シリンダーボアの上端部は、ピストンの上死点に位置し供給される潤滑油が少ない箇所であるため、シリンダーボアの上端部に多くの砥粒が埋収しているとピストンリングの耐摩耗性が低下してしまう。特に、上死点の位置が変化する可変圧縮比エンジンにおいては、上死点の上昇時に潤滑油が供給され難くピストンリングの耐摩耗性の低下が顕著である。
【0017】
図1にホーニング加工前の溶射被膜の表面SEM像、図2にホーニング加工後の表面SEM像を示す。図2中、中央の黒点が埋収したセラミック砥粒である。
【0018】
本発明においては、ダイヤモンド砥石よりも軟質なセラミック砥石を用いてホーニング加工を行うと共に、回転させた砥石を連続して往復させて研削するのではなく、回転する砥石を一端側から他端側に一方向に引き抜いて研削し、シリンダーボアの上端部や下端部への砥粒の埋収を抑制することとしたため、ピストンリングの摩耗が低減されて耐摩耗性が向上する。
【0019】
上記セラミック砥粒の面積率が3.5%を超えると耐摩耗性が低下し、0.4%未満にするには、極めて穏やかな条件でホーニング加工を行う必要があり作業効率が低下する。
【0020】
ホーニング加工において、セラミック砥石を溶射被膜に押し付ける力としては、2200(N)以下であることが好ましい。押し付ける力が2200(N)を超えるとセラミック砥石が欠けやすくなってセラミック砥粒の面積率が増加する。
【0021】
また、押し付ける力の下限は特に制限はないが、作業効率の観点から500(N)以上であることが好ましい。
【0022】
ホーニング加工の取り代、すなわち、ホーニング加工による溶射被膜を研磨する厚さが厚くなると、セラミック砥粒の面積率が増加するため、取り代は10μm以下であることが好ましい。また、取り代が5μm未満であると、溶射液滴に由来する溶射被膜表面の凹凸を取り去ることが困難であり、シリンダーボアの鏡面仕上げ(表面粗さRaが0.1μm以下)が困難になることがある。
【0023】
さらに、ホーニング加工を行う際に砥石を上下方向に引き抜くストローク回数は、特に制限はない。溶射被膜に埋収するセラミック砥粒の面積率は、砥石を押し付ける力や溶射被膜の硬度などによっても異なるが、ストローク回数が多くなると増加する傾向がある。
【0024】
上記溶射被膜に埋収したセラミック砥粒は、硬度が1000~3000(HV)であり、かつ最大粒径が20μm以下であることが好ましい。
【0025】
ホーニング加工に使用するセラミック砥石の硬度が3000(HV)以下であるとピストンリングの耐摩耗性を向上させることができるが、1000(HV)未満では作業効率が低下する。
【0026】
また、埋収したセラミック砥粒の最大粒径が20μmを超えると、相手攻撃性が高くなり、ピストンリングの耐摩耗性が低下する。
溶射被膜に埋収するセラミック砥粒の最大粒径は、セラミック砥石を溶射被膜に押し付ける力などにより調節できる。
【0027】
なお、本発明において砥粒の最大粒径とは、埋収したセラミック砥粒のうち、最も大きい砥粒をシリンダ表面の法線方向から観察した時に最も長い箇所の長さをいう。
【0028】
本発明においては、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いてホーニング加工を行ったシリンダーボアの上端部(上端から1cmまで)の内周面を5000倍の観察倍率で撮影し、画像処理により2値化して溶射被膜に埋収した砥粒の形状、面積率、最大粒径を計測した。なお、0.1μm以下の大きさの砥粒は、面積率に算入しなかった。
【0029】
本発明において、溶射被膜の平均硬度(HV)は、300~500の範囲内にあることが好ましい。
【0030】
平均硬度(HV)が300未満では、溶射被膜の摩耗が大きくなり、クリアランスが増加して油(オイル)消費が増加することがある。一方、平均硬度(HV)が500を超えると、相手材であるピストンリングへの攻撃性が高くなり、ピストンリングの摩耗が大きくなることがある。
【0031】
以上に説明した本発明の溶射被膜は、鉄(Fe)を主成分としているが、0.05~0.25質量%の炭素(C)を含むことが好ましい。
【0032】
溶射被膜の炭素量が0.05質量%未満では、硬度が低くなって溶射被膜の強度が低下し、被膜剥離が発生することがある。一方、炭素量が0.25質量%を超えると、硬度が高くなって相手攻撃性が高くなる。
【0033】
ここで、溶射被膜は、ボアの内面全体に被覆されていてもよいが、使用するピストンのストロークに応じてピストンと摺動するボア内面部分に被覆されていてもよい。
【0034】
シリンダーブロック本体は、鋳鉄製などであってもよいが、アルミニウム合金又はマグネシウム合金から成ることが好ましい。これにより内燃機関の軽量化を図ることができる。
【0035】
なお、この内燃機関用シリンダーブロックでは、ボアに他の金属製のライナー、例えば鋳鉄製やアルミニウム合金製のライナーを配置し、このライナー内表面を上記溶射被膜で被覆することも可能である。
【0036】
<ピストンリング>
本発明のピストンリングは、母材の少なくとも外周面に炭素を主成分とする硬質被膜(以下、単に「硬質被膜」ということがある。)を有する。
【0037】
本発明における硬質被膜は、炭素(C)を主成分とする結晶質又は非晶質の被膜である。結晶質の硬質被膜としては、ダイヤモンドからなる被膜を挙げることができ、非晶質の硬質被膜としては、炭素同士の結合形態がダイヤモンド構造(SP結合)とグラファイト構造(SP結合)との両方を含む、所謂ダイヤモンドライクカーボン(DLC)を使用できる。
【0038】
ダイヤモンドライクカーボンとしては、水素を含まないアモルファスカーボン(amorphous Carbon(a-C))や、水素を含有する水素アモルファスカーボン(a-C:H)を挙げることができ、これらは、チタン(Ti)やモリブデン(Mo)等の金属元素を一部に含んでいてもよい。
【0039】
上記硬質被膜は、CVD法やPVD法などにより形成できる。一般に、熱CVD法、プラズマCVD法等のCVD法で形成した硬質被膜中には原料の有機化合物(例えば、炭化水素ガス)に由来する水素が含まれ、硬質被膜の水素濃度は典型的には15~40原子%となる。
【0040】
上記硬質被膜の平均硬度(HV)は、1600~5000であることが好ましく、1600~2100であることがより好ましい。
【0041】
ピストンリングの母材としては、Cr-V鋼やMn-Cr鋼など、従来からピストンリングに使用されている公知の金属材料を使用できる。
【実施例
【0042】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0043】
アルミニウム合金(ADC12Z)製ガソリンエンジン用シリンダーブロックのシリンダア内周面に、深さが約85μmの溝を形成して下地加工を行った。
【0044】
炭素を含む鉄系の溶射ワイヤに対して、銅(Cu)電気メッキ処理を用い、アーク溶射方式により、溝底部からの膜厚が270μmの溶射被膜を形成した。
【0045】
溶射は、上記シリンダーブロックを120℃に予熱した後、室温中でシリンダーボア内部にノズルを挿入して、溶射液滴の飛散用として窒素ガスを用い、1200L/minで溶射液滴を吹き付け、シールドガスとして窒素ガスを500L/minで流して大気中で行い、内径が約80mm全長約120mmのシリンダーボアを作製した。
【0046】
次に、上記シリンダーボアの中にセラミック砥石を挿入し、表1に示す条件でシリンダーボアに押し付け、上方向への砥石の引き抜きと下方向への砥石の引き抜きとを交互に繰り返してホーニング加工を行い、シリンダーボアの内表面を鏡面仕上げ(表面粗さRaが0.1μm以下)した。
【0047】
<評価>
鏡面仕上げしたシリンダーボアと、炭素を主成分とする硬質被膜を有するピストンリングとを下記の条件で振動摩擦摩耗試験(SRV試験)を行い、ピストンリングの耐摩耗性(摩耗量)を評価した。また、溶射被膜に埋収したセラミック砥粒の硬度は2500(HV)であった。表1に評価結果を示す。
【0048】
シリンダーボア試験片サイズ:15mm×20mm
試験片温度 :測温なし
オイル :100℃動粘度4cStのPAO(ポリα-オレフィン)
荷重 :300N
ストローク :3mm
周波数 :25Hz
試験時間 :1hr
【0049】
【表1】
【0050】
表1に示す結果から、セラミック砥粒の面積率が0.4~3.5%である実施例は、比較例の摺動機構に比して耐摩耗性が優れることがわかる。
図1
図2