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<図1>
  • 特許-抗がん剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-20
(45)【発行日】2023-09-28
(54)【発明の名称】抗がん剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/045 20060101AFI20230921BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230921BHJP
   A61P 35/04 20060101ALI20230921BHJP
【FI】
A61K31/045
A61P35/00
A61P35/04
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023050674
(22)【出願日】2023-03-27
【審査請求日】2023-03-28
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000125381
【氏名又は名称】学校法人藤田学園
(73)【特許権者】
【識別番号】511045475
【氏名又は名称】株式会社農
(73)【特許権者】
【識別番号】000118578
【氏名又は名称】伊藤忠製糖株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100167689
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 征二
(72)【発明者】
【氏名】廣岡 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】舩坂 好平
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 彩子
(72)【発明者】
【氏名】藤井 匡
(72)【発明者】
【氏名】栃尾 巧
(72)【発明者】
【氏名】朝比奈 学之
(72)【発明者】
【氏名】原 和志
(72)【発明者】
【氏名】近藤 修啓
(72)【発明者】
【氏名】平林 克樹
【審査官】金子 亜希
(56)【参考文献】
【文献】Cancer Res,2021年,13 Supplement Abdtract LB183
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/045
A61P 35/00
A61P 35/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エリスリトールを有効成分とし、
非経口投与により投与することを特徴とする抗がん剤。
【請求項2】
がんの増殖を抑制するものであることを特徴とする請求項1記載の抗がん剤。
【請求項3】
がんの転移を抑制するものである請求項1、又は2記載の抗がん剤。
【請求項4】
他の抗がん剤と併用することを特徴とする請求項3記載の抗がん剤。
【請求項5】
他の抗がん剤が細胞傷害性抗がん剤であることを特徴とする請求項4記載の抗がん剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はがんの増殖や転移を抑制する医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
がんとは、生体内の自律的制御をうけず増殖を行う細胞の総称である。正常な細胞に遺伝子の変異が生じることによる疾患であり、上皮細胞から発生する癌腫や非上皮性細胞から発生する肉腫を含む固形がんと、血球に由来する血液がんに大別される。日本では一生のうちにがんに罹患する累積罹患リスクは、男性では65.5%、女性では51.2%であり、2人に1人が一生のうちに何らかのがんにかかると言われている(国立がん研究センターがん情報サービス、2019年データ)。
【0003】
がんは、発見が遅れ進行が進んだ場合には、死亡につながるため、治療方法の確立は重要な疾病であるといえる。がんの治療法には主として、手術(外科治療)、薬物療法(化学療法)、放射線治療があり、さらに、これら治療法を組み合わせて治療する集学的治療がある。薬物療法は、細胞の増殖を防ぐ抗がん剤を用いた治療法で、がんの増殖を抑制したり、転移や再発を防ぐために使用する薬剤である。手術や放射線治療が、がんに対する局所的な治療であるのに対し、抗がん剤は、より広い範囲に治療の効果が及ぶことから、転移の可能性があるときや、血液がんのように広い範囲での治療が必要である場合に有効な治療法である。
【0004】
抗がん剤には、DNA合成阻害剤、微小管阻害薬、抗生物質等の細胞傷害性抗がん剤、がん細胞の増殖に関与するキナーゼ等、特定の分子を標的とする分子標的薬、ホルモンを利用してホルモンの分泌や作用を阻害する内分泌療法薬などがある。しかし、いずれの薬剤も、がん細胞と同様に正常細胞にも作用するため副作用が少なからず生じる。正常細胞の受ける影響は、使用する薬剤により様々であるが、例えば、脱毛、汎血球減少、吐き気・嘔吐などがある。汎血球減少に対しては、骨髄幹細胞に血球の増産を働きかける薬剤(G-CSF:顆粒球コロニー刺激因子)の投与など、副作用を軽減する治療法が開発されてきているものの、すべての副作用に対応できるわけではない。そこで、副作用を軽減する方法、治療薬が提案されている(特許文献1、2)。特許文献1には、特定のアミノ酸及びアミノ酸誘導体に抗がん剤の副作用を軽減し、化学療法の治療完遂率を改善する副作用軽減剤が開示されている。特許文献2には、個々の患者の副作用の症状や発生時期を生体情報として取得し、次回の治療薬投与時の副作用の発生時期等を予測し、副作用の治療に役立てようとする投与計画支援装置が開示されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の発明は、治療完遂率を上げるものの、口内炎、食欲不振、悪心等、特定の副作用の発症を抑えるものであり、その効果は限定的である。特許文献2に記載の発明は、初回治療時の副作用から、次回治療時における副作用を予測し、副作用の少ない投与計画を提案する支援装置であるため、初回治療には対応できず、根本的な副作用の軽減につながるものではない。そのため、副作用自体が少なく、抗がん効果を有する医薬組成物の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2019-203025号公報
【文献】特開2022-062827号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、副作用を伴わず、効果的にがん細胞の増殖と転移を抑制することができる医薬組成物を提供することを課題とする。エリスリトールは、天然の野菜や果物にも含有されている糖アルコールの一種であり、工業的にはブドウ糖から酵母を用いて発酵させることにより製造されるゼロカロリーの甘味料であり、広くカロリー低減を訴求した食品に配合される安全性の高い成分である。エリスリトールは、一般流通している化粧品や健康食品や一般食品においても配合されている成分であり、安全性が高いことはすでに証明されている化合物である。本発明者らは、エリスリトールに抗がん作用があることを見出し、本発明を完成させた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下の医薬組成物に関する。
(1)エリスリトール、キシリトール、又はメソ酒石酸を有効成分とする抗がん剤。
糖アルコールであるエリスリトール、キシリトール、また有機酸であるメソ酒石酸に、細胞増殖効果が認められた。エリスリトール、キシリトールは、従来から食品や化粧品に用いられている糖アルコールである。これら化合物は、安全性が担保されていることから、副作用の少ない抗がん剤として使用が期待できる。
【0009】
(2)がんの増殖を抑制するものであることを特徴とする(1)記載の抗がん剤。
以下の実施例で示すが、in vitroの実験からこれら化合物はがん細胞の増殖抑制効果あることが示された。
【0010】
(3)エリスリトールを有効成分とするものであることを特徴とする(2)記載の抗がん剤。
これら化合物のうち、特に、エリスリトールはin vitroだけではなく、in vivoでの効果も確認されていることから、有用な抗がん剤として機能するものと考えられる。
【0011】
(4)がんの転移を抑制するものである(3)記載の抗がん剤。
また、エリスリトールは細胞の遊走能も抑制することから、がんの転移を抑制するものと推認される。
【0012】
(5)非経口投与であることを特徴とする(3)記載の抗がん剤。
非経口投与、特に血中投与で有効であることが確認された。
【0013】
(6)他の抗がん剤と併用することを特徴とする(3)記載の抗がん剤。
従来から用いられている抗がん剤はその副作用が問題となっているが、エリスリトールは、抗がん剤と併用することによって、他の抗がん剤のIC50を減少させる効果があった。すなわち、副作用の高い抗がん剤を減らして治療することが可能となる。
【0014】
(7)他の抗がん剤が細胞傷害性抗がん剤であることを特徴とする(6)記載の抗がん剤。
特に、副作用が強くでる細胞傷害性抗がん剤で相乗効果が認められたことは、既存の医薬と併用するうえで非常に意味がある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】エリスリトール添加による細胞増殖抑制効果を示す図。
図2】エリスリトール添加による細胞のATP産生能を解析した結果を示す図。
図3】エリスリトール添加による遺伝子発現変化をRNAseqにより解析した結果を示す図。
図4】パスウェイ解析により遺伝子発現の変化を解析した結果を示す図。
図5】癌モデルマウスにエリスリトールを投与し、がん細胞増殖抑制効果を解析した結果を示す図。
図6】エリスリトール添加によるがん細胞の遊走能を解析した結果を示す図。
図7】細胞骨格であるアクチンに対するエリスリトールの効果を解析した結果を示す顕微鏡像。
図8】種々の糖アルコールによる細胞増殖抑制効果を解析した結果を示す図。
図9】解析した化合物の構造を示す図。
図10】L-トレイトール、メソ酒石酸による細胞増殖抑制効果を解析した結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の抗がん剤は、がんの種類によらず使用することができる。例えば、がんは以下に限定されるものではないが、肉腫、白血病、胆道がん、乳がん、子宮がん、結腸直腸がん、喉頭がん、食道がん、胃がん、大腸がん、扁桃がん、舌がん、首のがん、リンパ腫、肺がん、甲状腺がん、卵巣がん、腎がん、すい臓がん、脳腫瘍、骨髄腫、神経膠腫、メラノーマ、肝がん、前立腺がん及び膀胱がんが例示される。また、以下で説明するが、がん細胞の遊走能を抑制することから、がんの増殖抑制だけではなく、転移抑制にも作用するものと考える。
【0017】
本発明の医薬は、経口投与では効果がなく、非経口的に投与することによって効果を生じる。したがって、注射剤、あるいは点滴剤として非経口的、例えば静脈内、筋肉内、皮下、脊髄内又は皮内的に投与することができ、静脈内投与であることが好ましい。また、投与回数も限定されるものではないが、1日に1回または数回、あるいは投与間隔をあけて投与できる。
【0018】
本発明の抗がん剤は、上述のように注射剤として用いることから、液剤で提供される場合には、水、生理食塩水等に溶解した形態で、あるいは、賦形剤とともに凍結乾燥した凍結乾燥注射剤、あるいは晶析等により得た粉末製剤として提供される。また、防腐剤、可溶化剤、安定剤、湿潤剤、乳化剤、浸透圧を変える塩、緩衝剤又は酸化防止剤などを含んでよい。また、本発明の抗がん剤は、他の抗がん剤、特に細胞傷害性の抗がん剤と併用すると、他の抗がん剤のIC50を低下させることが示された。したがって、他の抗がん剤を含む態様で提供することができる。
【0019】
本発明の化合物の有効量または投与量は、投与形態、年齢、体重、症状に応じて適宜選択すればよく、特に制限されないが、以下の実施例で示しているように、8.2mMから245.7mMまでの濃度で投与することができる。
【0020】
以下実施例により、本発明について説明する。
[実施例1]
[がん細胞に対するエリスリトールの増殖抑制]
マウス肺がん細胞、Lewis lung carcinoma(LLC)細胞(RIKEN BRC CELL BANK)は、96ウェルプレート(ビーエム機器株式会社)に5×10細胞/ウェルにて播種し、10%fetal bovine serum(FBS)(Sigma-Aldrich)を含む、90μLのDMEM培地(Thermo Fisher Scientific)にエリスリトールを添加し、24時間及び48時間培養した。培地中に添加したエリスリトール(伊藤忠食糧株式会社)は、Phosphate buffered saline(PBS)にそれぞれ0.082、0.819、2.457Mにて溶解し、0.2mm(ADVANTEC)フィルターを使用して滅菌した後、培地に添加した。すなわち、最終濃度は8.2mM、81.9mM、245.7mMとなっている。
【0021】
細胞増殖はcell counting kit-8(Dojindo Molecular Technologies)を用いて評価した。24時間、48時間培養の後、10μLのテトラゾリウム塩WST-8を添加し、37℃で1時間静置し、450nmの吸光度で測定した。算出された数値は、各吸光度の平均値をとった後、コントロール(control)の値を1.0として相対値を算出した(図1)。
【0022】
最終濃度8.2mMから245.7mMまでの濃度でエリスリトール(図1中、ERTと記載)を培地に添加し、24時間後、48時間後の細胞増殖を測定した。その結果、24時間後には81.9mM濃度以上のエリスリトール添加で有意に(p<0.05)、48時間後には、8.2mMでも有意に(p<0.01)細胞増殖抑制効果が認められた。また、エリスリトールによる細胞の増殖抑制は濃度依存的であることが示された。なお、以下の図で*はp<0.05、**はp<0.01、***はp<0.001を示す。
【0023】
細胞増殖抑制効果が生じる作用機序を検討した。がん細胞の増殖に必要なATPの供給が、エリスリトールにより抑制されている可能性があることから、細胞内ATP濃度の解析を行った(図2)。細胞増殖抑制効果を検討したエリスリトール濃度と同濃度である8.2mMから245.7mMになるようにエリスリトールを培地に添加し、24時間後、48時間後のATP量をATP Assay Kit-Luminescence(Dojindo Molecular Technologies)により解析を行った。エリスリトース添加48時間後に、245.7mMのエリスリトールを添加した細胞で、ATP濃度が低下した(p<0.001)ことから、がん細胞の増殖に必要なATPの供給が、エリスリトールにより抑制されていることが示唆される。
【0024】
[実施例2]
[エリスリトールによるがん細胞増殖に関する遺伝子発現への影響]
エリスリトール添加後の遺伝子発現の変化の解析を行った。LLC細胞の培地に、エリスリトール245.7mM、コントロールとしては等量のPBSを添加し、48時間後に細胞をmiRNeasy Kits(QIAGEN)を用いて抽出し、Bioengineering Lab株式会社にて、RNA-seqを実施した。得られたデータは、CLC Genomics Workbench(CLC bio)とGene Set Enrichment Analysis (GSEA)(UC San Diego and Broad Institute)用いて解析を実施した。
【0025】
図3に示すように、エリスリトール添加により多数の遺伝子発現が変化していた。これら発現に変化のあった遺伝子のパスウェイ解析を行った(図4)。解糖系に関連する遺伝子aldoa(aldolase)とがん浸潤・転移に関連する遺伝子vim(vimentin)、snail、cdh(cadherin)の発現が下がり、細胞骨格関連の遺伝子rhof(Ras Homolog Family Member F)、actn(actin)、actg2(actin gamma 2、actb(actin beta)の発現が上昇していた。
【0026】
[実施例3]
[マウスモデルにおけるがん細胞の増殖抑制効果]
7週齢のC57BL/6J mice(日本エスエルシー株式会社)は、1週間23℃±2℃、12時間ごとの明暗サイクル、実験食(CE-2 30kGy照射済み、日本クレア株式会社)で1週間馴化飼育した(n=8)。その後、DMEMで培養したLLC細胞(7継代培養)1×10cellsを0.2mL生理食塩水で希釈し、針付き注射筒(マイショット、27Gx13mm、NIPRO)を用いてマウスの右鼠蹊部皮下に注射した。同時に、エリスリトールを2.5Mで生理食塩水に溶解し、針付き注射筒(マイショット、30Gx13mm、NIPRO)を用いて、尾静脈より0.2mL投与した(1回投与量、60mg、ヒト等価用量162.6mg/kg)。エリスリトールの尾静脈注射は、1回/1日にて実施した。実験期間中、がんの定着をゲージを使って計測し、2週間後に解剖した。癌の大きさ(mm)は、0.4(係数)×(最小直径mmx最大直径mm)で計算し、平均値を算出した(図5)。なお、副作用がないと考えられることから、投与量の上限は特に規定するものではない。
【0027】
エリスリトールの投与はがんの拡大を抑制する傾向にあり、コントロール(PBS)と比べて、エリスリトールを投与したマウスでは、がんの拡大が遅れる傾向にあった。平均体重は投与開始時はコントロール群18.9g、エリスリトール投与群19.1g、解剖前はコントロール群19.5g、エリスリトール投与群20.3gであった。実験終了時において、両群のマウス間では体重の差は認められず、重篤な副作用はないことが確認された。
【0028】
[実施例4]
[がん細胞の遊走能に対するエリスリトールの効果]
実施例2の結果から、エリスリトール添加により、がんの浸潤、転移に関する遺伝子発現が変化していたことから、細胞の遊走能に与える影響の解析を行った。インサート(カルチャーインサート24ウェル用、0.4μm PET透明メンブレン、Falcon)に0.1%FBSを含むDMEM培地を400μL入れ、LLC細胞を1×10個の細胞数でインサートに播種した。24ウェルセルカルチャーインサートコンパニオンプレート(Corning)に、エリスリトールを245.7mMになるように添加した無血清DMEM培地を1000μL入れ、24時間培養を行った。インサートを取り出し、アスピレーションで培地を吸引し、さらに綿棒でインサート内を拭き取った。1mLの70%エタノールが入っているウェルにインサート移し、インサート内に0.5mLの70%エタノールを加えた。30分放置したのち、アスピレーションでインサート内の70%エタノールを除き、1mLのPBSが入った新しい24ウェルに、インサートを移した。インサート内に、PBSを0.5mL加え、インサートを洗浄した。洗浄操作を2回行ったのち、インサート内のPBSをアスピレーションで除いた。
【0029】
ギムザ(Giemsa、Sigma-Aldrich)を純水で10倍希釈しギムザ染色液とした。1mLのギムザ染色液が入った24ウェルを用意し、インサートを置き、インサート内にさらにギムザ染色液0.5mLを加えた。30分放置し、インサート内のギムザ染色液を吸引して除いた。純水1mLずつを入れた新しい24ウェルを用意し、そこへインサートを置いた。インサート内に純水0.5mL加え、インサートを洗浄した。洗浄操作を2回行ったのち、顕微鏡下(オールインワン蛍光顕微鏡、Keyence)で撮影を行った。画像より細胞数を数え、コントロールとの相対比較を行った(図6)。
【0030】
エリスリトールを添加した群では、細胞の遊走能が有意に抑制されていた(p<0.01)。この結果は、エリスリトールによって、細胞が移動する能力が抑制されること、すなわち、がん細胞の浸潤、転移が抑制される可能性を示唆している。
【0031】
[実施例5]
[エリスリトールの細胞骨格にあたえる影響]
3.5cm細胞培養ディッシュに滅菌されたカバーガラス(Matsunami)を置き、245.7mMになるようにエリスリトールを添加したDMEM培地、または、コントロールとしてPBSを等量添加したDMEM培地を入れ、2.5×10個のLLC細胞を播種した。48時間後、アスピレーションで培地を除いたのち、3.7%ホルマリン2mLを加えて、5分間放置し、細胞を固定した。アスピレーションでホルマリンを除き、2mL PBS+0.1% tritonを加えた。アスピレーションでPBS+0.1% tritonを除き、2mL PBSでカバーガラスを洗浄した。アスピレーションでPBSを除き、再度洗浄を行った。アクチン染色は、Alexa Fluor 488で標識化されたPhalloidn(1:100、Thermo Fisher)、核染色はDAPI(1:35000、abcam)を、1% bovine serum albmin(BSA)で希釈し、1時間染色した。カバーガラスを0.1% Tweenを含む1mL PBSで3回洗浄し、さらに1mL PBSで3回洗浄した。10μL fluromount(Diagnostic Biosystems)でマウントし、1時間放置したのち、顕微鏡下(Keyence)で撮影した(図7)。
【0032】
エリスリトールを添加した細胞では、細胞骨格であるアクチンが核周辺に凝集している像が見られた。一方、コントロールでは多くの細胞でそのような像は見られず、エリスリトールは細胞骨格に対しても影響を与えることが示唆された。
【0033】
[実施例6]
[各種糖アルコールのがん細胞への効果と抗がん剤の併用]
96ウェルマイクロタイタープレート(ビーエム機器株式会社)に、10% FBSを含むDMEM培地を用い、5×10細胞でLLC細胞を播種し、24時間前培養を行った。前培養ののち、エリスリトール(ERT)、キシリトール(XRT)、ソルビトール(SRT)を、PBSにそれぞれ最終濃度が8.2mM、81.9mM、245.7mMになるように溶解し、0.2mm(ADVANTEC)フィルターを使用して滅菌した後、培地に添加した。液量は9μl/ウェルとした。
【0034】
抗がん剤との併用効果を検討するために、抗がん剤としてシスプラチンをジメチルスルホシキド(Wako)に溶解し、0から40μMの濃度で添加した。添加する液量は1μl/ウェルとした。評価には、cell counting kit-8を使用した。10μLの水溶性テトラゾリウム塩WST-8を添加し、37℃で1時間静置し、吸光度450nm波長で測定した。算出された数値は、各吸光度の平均値をとった後、コントロールの値を1.0として相対値を求めた。また、24時間、48時間培養をしたのち、各時間で細胞数が半分になるシスプラチンの濃度(IC50)を評価した(図8)。
【0035】
24時間後はいずれも変化が見られなかったが、48時間培養を行うと、エリスリトール、キシリトールは細胞増殖を抑制することが示された。エリスリトール254.7mMを添加した場合には、シスプラチンを添加して得られたIC50は6.9μMであり、キシリトールを添加した場合には、82mMでシスプラチンIC50は13.8μM、245.7mMではシスプラチンIC50は、11.5μMだった。これらの結果から、キシリトールにも、がん細胞増殖抑制効果があるものの、キシリトールよりもエリスリトールの方が、がんの細胞の増殖抑制は顕著と言える。
【0036】
一方、ソルビトールは、8.2mM、82mMではコントロールと変わらず、シスプラチンの効果のみが見られた。エリスリトールとキシリトールはシスプラチンと併用することにより、82mM、245.7mM濃度で相加的に細胞増殖を抑制することが示された。この結果は、シスプラチンのような細胞傷害性の抗がん剤と併用投与する場合に、他の抗がん剤が低濃度であっても効果を奏する可能性を示している。そうすると、副作用の強い細胞傷害性の抗がん剤が低濃度で作用することから、副作用を抑えて治療を行えることを示唆している。
【0037】
[実施例7]
[エリスリトール類縁体の細胞増殖抑制効果]
エリスリトールだけではなく、キシリトールにも細胞増殖抑制効果が認められ、ソルビトールには細胞増殖抑制効果が認められなかったことから、他の低分子の類縁化合物にがん細胞増殖抑制効果があるか検討を行った。エリスリトールの立体異性体であるL-トレイトール、及びエリスリトールの1位及び4位のヒドロキシ基がカルボキシル基に置き換えられたメソ酒石酸について、細胞の増殖抑制効果を検討した。検討した化合物の構造をエリスリトールや実施例6で効果が認められたキシリトールと合わせて図9に示す。
【0038】
実施例1と同様にして、LLC細胞を、96ウェルプレートに5×10細胞/ウェルにて播種し、PBSに8.2、81.9、245.7mMに溶解したL-トレイトール(Sigma-Aldrich)、またはメソ酒石酸(Fujifilm Wako)を1/10量培地に添加し、24時間及び48時間培養した。コントロールとしては、溶媒であるPBSを等量添加した。細胞増殖をcell counting kit-8を用いて評価した。結果を図10に示す。
【0039】
メソ酒石酸は、高濃度では培地が酸性になることから、NaOHを添加して培地が中性付近となるような条件(Tartaric acid_NaOH+)、あるいは、pHを調整しない条件で(Tartaric acid_NaOH-)解析を行った。245.7mMのメソ酒石酸を添加した場合には、24時間後から有意に細胞増殖抑制が認められた。pH調整を行った場合でも24時間後から細胞増殖抑制効果が認められることから、メソ酒石酸に細胞増殖抑制効果があるものと認められる。しかしながら、エリスリトールで見られたような濃度依存的な細胞増殖抑制効果ではなかった。
【0040】
一方、L-トレイトール(L-Threitol)は、245.7mMで添加し、48時間後であっても細胞増殖抑制効果が認められなかった。L-トレイトールは、エリスリトールと化学組成は同一であるが、細胞増殖抑制効果は認められなかったことから、立体構造が重要であると考えられる。
【0041】
以上、見てきたように、エリスリトール、キシリトール、メソ酒石酸には細胞増殖抑制効果があり、その中でもエリスリトールは濃度依存的に細胞増殖抑制効果があった。さらに解析を重ねたところ、エリスリトールには細胞増殖抑制効果だけではなく、遊走能を抑制する効果もあることから、がんの転移も抑制する効果があるものと認められる。エリスリトールは従来から食品や化粧品として使用されているものであり、これを有効成分とする抗がん剤は、安全性も高く、副作用もないものと考えられる。
【要約】      (修正有)
【課題】副作用の低い抗がん剤を提供することを課題とする。
【解決手段】エリスリトール、キシリトール、メソ酒石酸に細胞増殖抑制効果があることを見出した。特にエリスリトールは細胞増殖抑制効果だけではなく、遊走能を抑制することも確認されており、がんの増殖だけではなく、転移も抑制するものと考えられる。したがって、エリスリトールを有効成分とする抗がん剤は、副作用がない抗がん剤となると考えられる。さらに、他の抗がん剤、特に副作用の強い細胞傷害性の抗がん剤を併用した場合には、細胞傷害性の抗がん剤が低濃度で効果が認められることから、他の抗がん剤との併用にも有効な薬剤である。
【選択図】図5
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10