(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-27
(45)【発行日】2023-10-05
(54)【発明の名称】車両の乗員保護装置
(51)【国際特許分類】
B60R 21/207 20060101AFI20230928BHJP
B60R 21/261 20110101ALI20230928BHJP
B60R 21/231 20110101ALI20230928BHJP
B60N 2/42 20060101ALI20230928BHJP
【FI】
B60R21/207
B60R21/261
B60R21/231
B60N2/42
(21)【出願番号】P 2020081573
(22)【出願日】2020-05-01
【審査請求日】2023-04-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】100099793
【氏名又は名称】川北 喜十郎
(74)【代理人】
【識別番号】100154586
【氏名又は名称】藤田 正広
(74)【代理人】
【識別番号】100182051
【氏名又は名称】松川 直宏
(74)【代理人】
【識別番号】100179280
【氏名又は名称】河村 育郎
(74)【代理人】
【識別番号】100180747
【氏名又は名称】小森 剛彦
(72)【発明者】
【氏名】長澤 勇
【審査官】上谷 公治
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-178148(JP,A)
【文献】特開2015-071317(JP,A)
【文献】特開2009-166569(JP,A)
【文献】特開2007-190988(JP,A)
【文献】国際公開第2019/107053(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60R 21/207
B60R 21/261
B60R 21/231
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のシートに設けられ、前記シートの背部の上部から前記シートに着座する乗員の前へ展開可能な袋体と、
前記袋体を高圧ガスにより展開するために接続されるインフレータと、
前記袋体の上端を前記シートの背部の上部において前記車両の左右方向に沿ってスライド可能に支持するスライド機構と、
を有し、
前記スライド機構は、前記インフレータが高圧ガスを発生して前記袋体の展開を開始した後に、前記袋体の上端を前記シートの背部の上部において前記シートの左右方向の中央へ向かってスライドする、
車両の乗員保護装置。
【請求項2】
前記袋体は、前記シートの背部の上部から前記シートに着座する乗員の前へ展開可能な右袋体および左袋体であり、
前記スライド機構は、前記右袋体および前記左袋体のそれぞれについて個別に設けられ、前記インフレータが高圧ガスを発生して前記袋体の展開を開始した後に、前記右袋体の上端および前記左袋体の上端を前記シートの背部の上部において前記シートの左右方向の中央へ向かってスライドする、
請求項1記載の、車両の乗員保護装置。
【請求項3】
前記インフレータは、前記袋体の上端とともに前記スライド機構に支持され、高圧ガスを発生して前記袋体の展開を開始した後に、前記袋体の上端とともに前記シートの左右方向の中央へ向かってスライドする、
請求項1または2記載の、車両の乗員保護装置。
【請求項4】
前記インフレータは、
発生している高圧ガスの圧力が所定値より高くなると開くバルブ、を有し、
前記バルブから高圧ガスを噴き出すことにより前記スライド機構を前記シートの背部の上部において前記シートの左右方向の中央へ向かってスライドさせる、
請求項1から3のいずれか一項記載の、車両の乗員保護装置。
【請求項5】
前記インフレータは、自身の前記バルブから高圧ガスを噴き出すことにより、前記スライド機構とともに前記シートの背部の上部において前記シートの左右方向の中央へ向かってスライドする、
請求項1から4のいずれか一項記載の、車両の乗員保護装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の乗員保護装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車といった車両では、乗車している乗員を保護するために、シートベルト装置や、エアバッグ装置が使用されている(特許文献1)。
シートベルトは、乗員の上体の前に掛け渡されるシートベルトにより、シートに着座している乗員がシートから変位しないように拘束する。エアバッグ装置は、シートに着座する乗員の周囲で展開し、シートの着座位置から変位した乗員に作用する可能性がある大きな衝撃を吸収する。これらの乗員保護装置を使用することにより、車両は、乗車している乗員を保護することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、たとえばシートベルトは、乗員を局所的に拘束する。このため、大きな衝撃から乗員を保護することができても、乗員に局所的な負担がかかる可能性がないとは言えない。
また、袋体は、それが想定している衝突形態については適切な衝撃吸収をすることができるが、想定したものとは異なる衝突形態については適切な衝撃吸収をすることができるとは限らない。たとえばシートに着座する乗員の前で展開する袋体は、側面衝突によりシートの横方向へ倒れる乗員についてのシートの着座位置からの変位について、適切に衝撃を吸収することは難しい。このため、車両では、シートの周りに、それぞれの衝突形態に対応する複数のエアバッグ装置を設けている。
また、袋体は、様々な乗員の体形に対応するなどのために、シートの着座位置にいる乗員のたとえば上体から少し離れた位置において展開する。展開した袋体は、乗員のたとえば上体が明らかに動いてから、その衝撃を吸収するように機能し始める。この場合、展開した袋体は、既に動き始めている乗員のたとえば上体についての大きな衝撃を吸収する必要がある。
【0005】
このように車両に設けられる乗員保護装置には、改善の余地がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る車両の乗員保護装置は、車両のシートに設けられ、前記シートの背部の上部から前記シートに着座する乗員の前へ展開可能な袋体と、前記袋体を高圧ガスにより展開するために接続されるインフレータと、前記袋体の上端を前記シートの背部の上部において前記車両の左右方向に沿ってスライド可能に支持するスライド機構と、を有し、前記スライド機構は、前記インフレータが高圧ガスを発生して前記袋体の展開を開始した後に、前記袋体の上端を前記シートの背部の上部において前記シートの左右方向の中央へ向かってスライドする。
【0007】
好適には、前記袋体は、前記シートの背部の上部から前記シートに着座する乗員の前へ展開可能な右袋体および左袋体であり、前記スライド機構は、前記右袋体および前記左袋体のそれぞれについて個別に設けられ、前記インフレータが高圧ガスを発生して前記袋体の展開を開始した後に、前記右袋体の上端および前記左袋体の上端を前記シートの背部の上部において前記シートの左右方向の中央へ向かってスライドする、とよい。
【0008】
好適には、前記インフレータは、前記袋体の上端とともに前記スライド機構に支持され、高圧ガスを発生して前記袋体の展開を開始した後に、前記袋体の上端とともに前記シートの左右方向の中央へ向かってスライドする、とよい。
【0009】
好適には、前記インフレータは、発生している高圧ガスの圧力が所定値より高くなると開くバルブ、を有し、前記バルブから高圧ガスを噴き出すことにより前記スライド機構を前記シートの背部の上部において前記シートの左右方向の中央へ向かってスライドさせる、とよい。
【0010】
好適には、前記インフレータは、自身の前記バルブから高圧ガスを噴き出すことにより、前記スライド機構とともに前記シートの背部の上部において前記シートの左右方向の中央へ向かってスライドする、とよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明では、車両のシートに、シートの背部の上部からシートに着座する乗員の前へ展開可能な袋体が設けられる。そして、袋体は、インフレータの高圧ガスにより展開する。袋体がこのように展開することにより、シートに着座している乗員は、その状態に維持され得る。たとえば、車両に対して前方向から衝撃が入力される場合だけでなく、斜前方向から入力される場合でも、乗員をシートに着座している状態に維持するように拘束し得る。また、乗員の上体の前面は、袋体により抑えられる。シートベルトにより乗員を保護しようとする場合には、乗員を拘束する力が上体の前面についてのシートベルトが当たる部位に局所的に強い力が作用する可能性があるが、本発明ではそのような可能性を低減できる。
しかも、本発明では、袋体の上端は、シートの背部の上部において車両の左右方向に沿ってスライド可能なスライド機構により支持される。そして、スライド機構は、インフレータが高圧ガスを発生して袋体の展開を開始した後に、袋体の上端をシートの背部の上部において、シートの左右方向の中央へ向かってスライドする。これにより、袋体は、シートに着座している乗員の肩の上へ移動して、乗員の肩の上から前面に至るように展開することができる。したがって、シートに着座する乗員の上体は、肩から前面にかけて袋体により抑えられ、その着座している状態から動き難くなる。
これらの作用により、本発明では、各種の衝突において高い乗員保護を実現可能である。たとえば前面衝突や斜め衝突やオフセット衝突だけでなく、側面衝突などにおいても、袋体により、乗員がシートの着座位置から変位し難くなるように拘束できる。しかも、袋体により乗員を拘束するので、シートベルトのように局所的に強く力を乗員に対して作用させ難くし得る。また、袋体は、シートの着座位置にいる乗員の上体の近くにおいて好適には密着するように展開するので、乗員の上体が明らかに動いてしまう前に、その衝撃を吸収し始めるように機能し得る。乗員の上体の振れそのものを好適に抑制し得る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明の実施形態に係る自動車の説明図である。
【
図2】
図2は、
図1の自動車に設けることが可能な乗員保護装置の基本的な右袋体および左袋体の展開状態の説明図である。
【
図3】
図3は、
図1の自動車に設けられる乗員保護装置の制御系の説明図である。
【
図4】
図4は、
図3の制御部による乗員保護処理の流れを示すフローチャートである。
【
図5】
図5は、本発明の実施形態に係る乗員保護装置の右袋体および左袋体についてのシートでの収容状態の説明図である。
【
図6】
図6は、
図5の右袋体および左袋体の展開状態の説明図である。
【
図7】
図7は、スライド機構による右袋体の上端および左袋体の上端についてのスライド動作の説明図である。
【
図8】
図8は、
図7のスライド後の右袋体および左袋体の展開状態の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を、図面に基づいて説明する。
【0014】
図1は、本発明の実施形態に係る自動車1の説明図である。自動車1は、車両の一例である。車両には、この他にもたとえば、公共交通用のバス、電車、個人用のパーソナルモビリティ、パーソナルモビリティを乗せる架台装置、がある。自動車1は、手動運転または自動運転できるものでもよい。
図1(A)は、自動車1の模式的な側面図である。
図1(B)は、
図1(A)の自動車1の上面図である。
図1には、自動車1とともに、自動車1に乗車している乗員が図示されている。
自動車1は、車体2、を有する。車体2は、複数のシート4が前向きで配置される乗員室3を有する。シート4は、座部5と、座部5の後縁から上へ立設する背部6と、を有する。乗員は、その腰部および腿を座部5に載せ、その上体の背中を背部6に当ててシート4に着座する。
【0015】
このような自動車1では、乗車している乗員を保護するために、シートベルト装置や、エアバッグ装置が使用される。
シートベルト装置は、シート4に着座している乗員の上体の前に掛け渡されるシートベルトを有する。シートベルトは、衝突の際にシート4に着座している乗員がシート4からずれて変位しないように乗員をシート4に拘束する。
エアバッグ装置は、シート4に着座する乗員の周囲で展開する袋体を有する。袋体は、たとえばシート4の前側において展開する。乗員の上体は、衝突の際にシート4に背をつけている着座位置からたとえば前へ倒れるが、展開している袋体に当たることにより衝撃が吸収される。乗員に作用する衝撃を吸収できる。
これらのシートベルト装置や、エアバッグ装置により、自動車1は、乗車している乗員を保護することができる。
しかしながら、たとえばシートベルトは、乗員の胸部を局所的に拘束する。このため、大きな衝撃が入力された際に、乗員の胸部に局所的な負担がかかる可能性がないとは言えない。
また、袋体は、それが想定している衝突形態については適切な位置およびタイミングに展開して衝撃吸収をすることができるが、想定したものとは異なる衝突形態については適切に衝撃を吸収できるとは限らない。たとえばシート4に着座する乗員の前で展開する袋体は、側面衝突によりシート4の横方向へ倒れる乗員についてのシート4の着座位置からの車幅方向への変位について、衝撃を吸収することは難しい。このため、自動車1では、シート4の周りに、複数の衝突形態に対応する複数のエアバッグ装置を設けることになる。シート4の周りには、衝突形態に対応する数の多数のエアバッグ装置が設けられることになる。この場合、乗員を保護するための装置の構造および制御は、複雑化する。
このように乗員保護装置には、さらなる改善が求められている。
【0016】
図2は、
図1の自動車1に設けることが可能な乗員保護装置の基本的な右袋体21および左袋体22の展開状態の説明図である。
図2は、右袋体21および左袋体22による乗員保護の基本的な原理を説明するものである。
【0017】
図2の右袋体21は、インフレータからの高圧ガスの流入により、シート4の背部6の右上部から前方へ突出し、さらに下方へ突出するように展開する。この場合、右袋体21は、シート4の背部6の右上部からシート4に着座する乗員の右肩の上側を通って乗員の上体の前へ至る状態に展開することになる。
【0018】
左袋体22は、インフレータからの高圧ガスの流入により、シート4の背部6の左上部から前方へ突出し、さらに下方へ突出するように展開する。この場合、左袋体22は、シート4の背部6の左上部からシート4に着座する乗員の左肩の上側を通って乗員の上体の前へ至る状態に展開することになる。
【0019】
このように自動車1のシート4に設けられる右袋体21および左袋体22は、インフレータにより、シート4の背部6の左右それぞれの上部からシート4に着座する乗員の左右それぞれの肩の上側を通って乗員の上体の前へ至る状態に別々に展開する。シート4に着座している乗員の上体は、その全面に密着している右袋体21および左袋体22により抑えられ、衝突の際にその状態に維持され得る。展開した右袋体21および左袋体22は、自動車1に対して前方向から衝撃が入力される場合だけでなく、斜前方向から入力される場合でも、乗員をシート4に着座している状態に維持するように拘束できる。また、乗員の上体の前面には、展開した右袋体21および左袋体22により抑えられる。展開した右袋体21および左袋体22は、シートベルトが乗員の上体の前面を拘束する場合と比べて、乗員を拘束する力が上体の前面の一部に局所的に強く作用し難くなる。
本実施形態では、このような効果を実用的に期待することができる乗員保護装置10について説明する。
【0020】
図3は、
図1の自動車1に設けられる乗員保護装置10の制御系の説明図である。
図3の乗員保護装置10は、ステレオカメラ11、赤外線カメラ12、LiDAR13、加速度センサ14、通信装置15、GPS受信機16、および、エアバッグ装置17、を有する。エアバッグ装置17は、右袋体21、左袋体22、右インフレータ23、左インフレータ24、および、これらが接続される制御部27、を有する。これら乗員保護装置10の各センサおよび各装置は、自動車1に設けられる不図示の車ネットワークにより、制御部27に接続されてよい。
【0021】
ステレオカメラ11は、たとえば乗員室3の前部において前向きに配置される。ステレオカメラ11は、車幅方向に並ぶ複数の撮像デバイスを有する。ステレオカメラ11は、複数の撮像デバイスにより撮像される車外の人などを撮像する。ステレオカメラ11は、撮像した車外の人についての車体2を基準とした方向および距離を演算してよい。ステレオカメラ11は、複数の撮像デバイスの撮像画像における被写体である車外の人の位置に基づいて、たとえば三角法などにより、被写体の方向および距離を演算してよい。ステレオカメラ11は、また、時間をずらして撮像した画像中での位置の変化により、被写体の移動の有無、移動方向、移動速度などを演算してよい。
赤外線カメラ12は、たとえばステレオカメラ11と同様に乗員室3の前部において前向きに配置される。赤外線カメラ12は、車外の人や他の移動体などを撮像した赤外線画像を撮像する。
LiDAR13は、たとえば車体2の前部において前向きに配置される。LiDAR13は、前方へ向かって光を照射し、車体2の前方の車外の人による反射光に基づいて、被写体の方向、距離、速度などを取得する。
加速度センサ14は、車体2に設けられる。加速度センサ14に作用する加速度を検出する。車体2が人などの移動体に当たると、加速度センサ14は、通常の走行では生じないような大きな加速度を検出する。この場合、加速度センサ14は、衝突検出を出力してよい。この場合、加速度センサ14は、車体2と他の動体との接触を予測または検出する衝突検出部として機能する。
通信装置15は、無線通信により他の移動体、たとえば他の自動車1や歩行者の他の通信装置、道路沿いに配置される基地局、などと通信する。通信装置15は、他の通信装置から、他の移動体の現在位置、移動方向、移動速度などを取得してよい。
GPS受信機16は、GPS衛星などから電波を受信し、自車の現在位置、移動速度、などを取得する。
【0022】
エアバッグ装置17の右袋体21および左袋体22は、たとえばナイロンその他の樹脂繊維により滑らかな表面に形成されてよい。右袋体21および左袋体22は、後述するように折れ曲がった棒形状の袋体でよい。
【0023】
右インフレータ23は、右袋体21に接続される。右インフレータ23は、点火信号により高圧ガスを発生し、右袋体21へ供給する。
【0024】
左インフレータ24は、左袋体22に接続される。左インフレータ24は、点火信号により高圧ガスを発生し、左袋体22へ供給する。
【0025】
制御部27は、たとえばCPU(Central Processing Unit)、ECU(Electric Control Unit)である。制御部27は、たとえば、エアバッグ装置17に専用のCPUとして自動車1に設けられても、自動車1に設けられる各種の保護装置に共通するCPUとして自動車1に設けられてもよい。CPUは、ROM(Read Only Memory)などのストレージからプログラムを読み込んで実行する。これにより、CPUは、エアバッグ装置17の制御部27として機能する。エアバッグ装置17の制御部27は、ステレオカメラ11、赤外線カメラ12、LiDAR13、加速度センサ14、通信装置15といった衝突検出部からの検出情報に基づいて、自動車1についての衝突の可能性を判断し、衝突を検出する。CPUは、判断または検出した衝突に基づいて、右インフレータ23および左インフレータ24へ点火信号を出力する。これにより、エアバッグ装置17は、展開した右袋体21および左袋体22による乗員保護を実行する。
【0026】
図4は、
図3の制御部27による乗員保護処理の流れを示すフローチャートである。
制御部27としてのCPUは、たとえば自動車1の走行中の場合に、または自動車1に乗員が乗車している場合に、
図4の処理を繰返し実行する。
【0027】
ステップST1において、CPUは、衝突の検出を判断する。CPUは、車体2と他の動体との接触が予測または検出されていない場合、本処理を繰り返す。車体2と他の動体との接触が予測または検出されると、CPUは、衝突が検出されたとして、処理をステップST2へ進める。
【0028】
ステップST2において、CPUは、エアバッグ装置17を展開する。CPUは、右インフレータ23および左インフレータ24へ点火信号を出力する。これによりエアバッグ装置17の右袋体21および左袋体22は、展開を開始する。
これにより、制御部27としてのCPUは、自動車1の衝突が検出または予測された場合に、乗員保護装置10の右袋体21および左袋体22を展開できる。
【0029】
図5は、本発明の実施形態に係る乗員保護装置の右袋体21および左袋体22についてのシート4での収容状態の説明図である。
図5(A)は、シート4の前面図である。
図5(B)は、シート4の側面図である。
図5(C)は、シート4の上面図である。
【0030】
図5に示すように、本実施形態の右袋体21は、略棒形状に展開可能な長尺形状の袋体である。長尺形状の右袋体21の一端は、シート4の背部6の右上部において後述する右スライド機構31に固定され、他端は、シート4の座部5の右前部分に固定される。右袋体21は、シート4の右縁部分に沿って、シート4の背部6から座部5にかけて埋設される。左袋体22は、略棒形状に展開可能な長尺形状の袋体である。長尺形状の左袋体22の一端は、シート4の背部6の左上部において後述する左スライド機構32に固定され、他端は、シート4の座部5の左前部分に固定される。左袋体22は、シート4の左縁部分に沿って、シート4の背部6から座部5にかけて埋設される。
【0031】
図6は、
図5の右袋体21および左袋体22の展開状態の説明図である。
図6(A)は、シート4の前面図である。
図6(B)は、シート4の側面図である。
図6(C)は、シート4の上面図である。
【0032】
シート4の背部6および座部5の左右両側に沿って収容されている右袋体21および左袋体22は、右インフレータ23および左インフレータ24から供給される高圧ガスにより、展開を開始する。展開を開始した右袋体21および左袋体22は、展開時の圧力によりシート4の表面を形成するシートカバーを破り、シート4の外へ突出する。シート4の外へ突出する右袋体21および左袋体22は、シート4から前へ展開することができる。シート4の右側から前へ展開した右袋体21は、シート4の背部6の右上部からシート4の座部5の右側部分にかけて延在するように展開する。シート4から左側から前へ展開した左袋体22は、シート4の背部6の左上部からシート4の座部5の左側部分にかけて延在するように展開する。
このように右袋体21と左袋体22とは、
図6に示すように、シート4に着座する乗員の上体についての左右両側において、シート4の背部6の上部から座部5の前部にかけて延在するように展開できる。
【0033】
ただし、このように右袋体21がシート4の背部6から座部5にかけてシート4の右縁部分に沿って埋設されている場合、シートカバーを破ってシート4の外へ突出した後の右袋体21の長さは、右袋体21の両端が固定されているシート4の背部6の右上部から座部5の右前部分までの直線距離より長くなる。右袋体21は、2つの固定点の直線距離より長い長さで展開することになる。このため、右袋体21は、単に展開しただけでは、撓んで展開するようになり、
図2のように乗員に密着して拘束するようにはなり難い。
同様に、左袋体22はシート4の背部6から座部5にかけてシート4の左縁部分に沿って埋設されている場合、シートカバーを破ってシート4の外へ突出した後の左袋体22の長さは、左袋体22の両端が固定されているシート4の背部6の左上部から座部5の左前部分までの直線距離より長くなる。左袋体22は、2つの固定点の直線距離より長い長さで展開することになる。このため、左袋体22は、単に展開しただけでは、撓んで展開するようになり、
図2のように乗員に密着して拘束するようにはなり難い。
そして、乗員の左右で撓んだままに展開される右袋体21および左袋体22は、シート4に着座している乗員の前面や左右の両肩に対して密着するようには展開し難い。
【0034】
図7は、スライド機構による右袋体21の上端および左袋体22の上端についてのスライド動作の説明図である。
図7(A)から
図7(C)は、シート4の上面図である。
【0035】
図7(A)では、右袋体21と左袋体22とは、
図6と同様に、シート4に着座する乗員の上体についての左右両側において、シート4の背部6の上部から座部5の前部にかけて延在するように展開している。
シート4の背部6の上部には、右スライド機構31と、左スライド機構32とが設けられる。右スライド機構31と、左スライド機構32とは、シート4の背部6の左右方向に沿って延在するレール37と、レール37と擦接して移動可能に設けられるスライダ36と、を有する。
【0036】
右スライド機構31のスライダ36には、右袋体21の上端と、右インフレータ23とが固定される。右スライド機構31は、右袋体21の上端をシート4の背部6の上部において、自動車1の左右方向に沿ってスライド可能に支持する。右インフレータ23には、その右端から右向きに、ワンウェイバルブ33が設けられる。ワンウェイバルブ33は、右インフレータ23で発生している高圧ガスの圧力が、右袋体21を開くために必要とされる所定値より高くなると開く。
【0037】
左スライド機構32のスライダ36には、左袋体22の上端と、左インフレータ24とが固定される。左スライド機構32は、左袋体22の上端をシート4の背部6の上部において、自動車1の左右方向に沿ってスライド可能に支持する。左インフレータ24には、その左端から左向きに、ワンウェイバルブ33が設けられる。ワンウェイバルブ33は、左インフレータ24で発生している高圧ガスの圧力が、左袋体22を開くために必要とされる所定値より高くなると開く。スライド機構は、右袋体21および左袋体22のそれぞれについて個別に設けられる。
【0038】
そして、
図7(A)では、右スライド機構31のスライダ36と、左スライド機構32のスライダ36とは、それぞれのレール37についての左右方向での外端に位置している。この状態で、右袋体21と左袋体22とは、右インフレータ23および左インフレータ24で発生する高圧ガスにより、展開を開始する。右インフレータ23および左インフレータ24で発生する高圧ガスにより右袋体21と左袋体22とが
図6に示すように展開すると、それ以降において右インフレータ23および左インフレータ24で発生する高圧ガスは、右インフレータ23および左インフレータ24において滞留する。
【0039】
右インフレータ23および左インフレータ24では、
図7(B)に示すように、右袋体21および左袋体22を展開した後に滞留している高圧ガスにより、ワンウェイバルブ33が開く。右インフレータ23は、ワンウェイバルブ33から高圧ガスを右へ排気する。これにより、右インフレータ23には、左方向へ向かう力が作用する。右スライド機構31のスライダ36は、右インフレータ23および右袋体21の上端とともに、レール37に沿って左方向へ移動する。左インフレータ24は、ワンウェイバルブ33から高圧ガスを左へ排気する。これにより、左インフレータ24には、右方向へ向かう力が作用する。左スライド機構32のスライダ36は、左インフレータ24および左袋体22の上端とともに、レール37に沿って右方向へ移動する。ワンウェイバルブ33から高圧ガスを噴き出すことにより、スライド機構は、シート4の背部6の上部において、シート4の左右方向の中央へ向かってスライドする。インフレータは、自身のバルブから高圧ガスを噴き出すことにより、スライド機構とともにシート4の背部6の上部においてシート4の左右方向の中央へ向かってスライドする。
【0040】
その結果、
図7(C)に示すように、右袋体21の上端および左袋体22の上端は、シート4の背部6の左右方向の中央へ向かって移動する。右袋体21は、その上端がシート4の背部6の左右方向の中央へ向かって移動することにより、シート4に着座する乗員の右肩の上に乗り上げるように移動する。左袋体22は、その上端がシート4の背部6の左右方向の中央へ向かって移動することにより、シート4に着座する乗員の左肩の上に乗り上げるように移動する。
このように右袋体21の上端および左袋体22の上端は、右インフレータ23および左インフレータ24が高圧ガスを発生して袋体の展開が開始された後に、シート4の背部6の上部においてシート4の左右方向の中央へ向かってスライドする。
そして、右袋体21の上端および左袋体22の上端は、スライダ36およびスライダ37とともに、シート4の背部6の左右方向の中央へ向かって近接する。これにより、右袋体21の両端の距離は、収容時より増加し、撓んだ状態に展開している右袋体21の撓みは削減される。左袋体22の両端の距離は、収容時より増加し、撓んだ状態に展開している左袋体22の撓みは削減される。これらの結果、右袋体21および左袋体22は、シート4に着座している乗員の前面および左右の両肩に密着することができる。
【0041】
図8は、
図7のスライド後の右袋体21および左袋体22の展開状態の説明図である。
図8は、シート4の前面図である。
【0042】
スライド後の右袋体21は、シート4の背部6の上部からシート4に着座する乗員の両肩の上から前面の前に至るように、これらに密着して展開する。左袋体22は、シート4の背部6の上部からシート4に着座する乗員の両肩の上から前面の前に至るように、これらに密着して展開する。展開した右袋体21および左袋体22は、シート4に着座する乗員の左右両肩の上から前面の前に至るように、これらに密着して展開する。両端の2つの固定点の直線距離より長い長さで展開を開始することに起因して撓んだ状態で展開を開始する右袋体21と左袋体22とは、
図6から
図7に示すように撓んだままにシート4の着座する乗員の前側へ移動でき、最終的には
図9に示すようにシート4に着座している乗員の上体の前面および両肩の上に密着するように展開できる。右袋体21と左袋体22とは、最終的にはそれらの撓みを残さないように展開して、シート4に着座している乗員の上体の前面および両肩の上に密着するように展開できる。
その結果、シート4に着座している乗員の上体は、それに密着するように展開している右袋体21と左袋体22により抑えられ、前後上下左右へずれたり移動したりし難くなる。右袋体21と左袋体22とにより拘束される乗員の上体は、中央へ向けて寄った右袋体21と左袋体22とによりしっかりとホールドされて、それらの間からたとえば前へ抜け出し難くなる。
しかも、側突時に
図9の状態となることにより、乗員の首の側方近傍に右袋体21と左袋体22とが存在することになり、乗員の上体が左右の側方へ移動してしまうことを効果的に抑制し得る。
【0043】
以上のように、本実施形態では、自動車1のシート4に、シート4の背部6の上部からシート4に着座する乗員の前へ展開可能な右袋体21および左袋体22が設けられる。そして、右袋体21および左袋体22は、右インフレータ23および左インフレータ24の高圧ガスにより展開する。右袋体21および左袋体22がこのように展開することにより、シート4に着座している乗員は、その状態に維持され得る。たとえば、自動車1に対して前方向から衝撃が入力される場合だけでなく、斜前方向から入力される場合でも、乗員をシート4に着座している状態に維持するように拘束し得る。また、乗員の上体の前面は、右袋体21および左袋体22により抑えられる。シートベルトにより乗員を保護しようとする場合には、乗員を拘束する力が上体の前面についてのシートベルトが当たる部位に局所的に強い力が作用する可能性があるが、本実施形態ではそのような可能性を低減できる。
しかも、本実施形態では、右袋体21および左袋体22の上端は、シート4の背部6の上部において自動車1の左右方向に沿ってスライド可能なスライド機構により支持される。スライド機構は、右インフレータ23および左インフレータ24が高圧ガスを発生して右袋体21および左袋体22の展開を開始した後に、右袋体21の上端および左袋体22の上端をシート4の背部6の上部においてシート4の左右方向の中央へ向かってスライドする。これにより、右袋体21および左袋体22は、シート4に着座している乗員の左右両肩の上へ移動して、乗員の両肩の上から前面に至るように展開することができる。したがって、シート4に着座する乗員の上体は、両肩から前面にかけての範囲が右袋体21および左袋体22により抑えられ、その着座している状態から動き難くなる。
特に、本実施形態では、袋体は、シート4の背部6の上部からシート4に着座する乗員の前へ展開可能な右袋体21および左袋体22であり、スライド機構は、右袋体21および左袋体22のそれぞれについて個別に設けられる。そして、左右のスライド機構は、右インフレータ23および左インフレータ24が高圧ガスを発生して右袋体21および左袋体22の展開を開始した後に、右袋体21の上端および左袋体22の上端をシート4の背部6の上部においてシート4の左右方向の中央へ向かってスライドする。
これらの作用により、本実施形態では、各種の衝突において高い乗員保護を実現可能である。たとえば前面衝突や斜め衝突やオフセット衝突だけでなく、側面衝突などにおいても、右袋体21および左袋体22により、乗員がシート4の着座位置から変位し難くなるように拘束できる。しかも、右袋体21および左袋体22により乗員を拘束するので、シートベルトのように局所的に強く力を乗員に対して作用させ難くし得る。また、右袋体21および左袋体22は、シート4の着座位置にいる乗員の上体の近くにおいて好適には密着するように展開するので、乗員の上体が明らかに動いてしまう前に、その衝撃を吸収し始めるように機能し得る。乗員の上体の振れそのものを好適に抑制し得る。
【0044】
本実施形態では、右インフレータ23および左インフレータ24は、右袋体21の上端および左袋体22の上端とともにスライド機構に固定して支持され、高圧ガスを発生してこれらの袋体の展開を開始した後に、右袋体21の上端および左袋体22の上端とともにシート4の左右方向の中央へ向かってスライドする。具体的には、右インフレータ23および左インフレータ24は、発生している高圧ガスの圧力がこれらの袋体を開くために必要とされる所定値より高くなると開くバルブ、を有し、バルブから高圧ガスを噴き出すことによりスライド機構をシート4の背部6の上部においてシート4の左右方向の中央へ向かってスライドさせる。右インフレータ23および左インフレータ24は、自身のバルブから高圧ガスを噴き出すことにより、スライド機構とともにシート4の背部6の上部においてシート4の左右方向の中央へ向かってスライドする。これにより、スライド機構は、右袋体21および左袋体22の展開が開始された後に、これらの袋体が所定の状態に展開する前に、右袋体21の上端および左袋体22の上端をシート4の左右方向の中央へ向かってスライドさせることができる。スライド機構をスライドさせるタイミングを、右袋体21および左袋体22の展開開始などのタイミングを基準として制御することなく、スライド機構を適切なタイミングでスライドさせることができる。
【0045】
以上の実施形態は、本発明の好適な実施形態の例であるが、本発明は、これに限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の変形または変更が可能である。
【0046】
たとえば上述した実施形態では、右袋体21および左袋体22は、それぞれの両端がシート4の背部6の上部とシート4の座部5の左右の側部分とに固定されている。
この他にもたとえば、右袋体21および左袋体22は、それぞれの両端がシート4の背部6の上部とシート4の左右のアームレスト部とに固定されてよい。
【0047】
上述した実施形態では、右袋体21および左袋体22が展開した後に滞留する高圧ガスにより右インフレータ23および左インフレータ24の内圧が高くなることにより、ワンウェイバルブ33が開く。
この他にもたとえば、ワンウェイバルブ33は、右袋体21および左袋体22が展開を開始する際の右インフレータ23および左インフレータ24の内圧において開いても、これらの間の内圧において開いてもよい。
【符号の説明】
【0048】
1…自動車(車両)、2…車体、3…乗員室、4…シート、5…座部、6…背部、10…乗員保護装置、11…ステレオカメラ、12…赤外線カメラ、13…LiDAR、14…加速度センサ、15…通信装置、16…GPS受信機、17…エアバッグ装置、21…右袋体、22…左袋体、23…右インフレータ、24…左インフレータ、27…制御部、31…右スライド機構、32…左スライド機構、33…ワンウェイバルブ、36…スライダ、37…レール