IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ジェイテクトの特許一覧

<>
  • 特許-モータの制御装置 図1
  • 特許-モータの制御装置 図2
  • 特許-モータの制御装置 図3
  • 特許-モータの制御装置 図4
  • 特許-モータの制御装置 図5
  • 特許-モータの制御装置 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】モータの制御装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20231003BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20231003BHJP
   B62D 101/00 20060101ALN20231003BHJP
   B62D 113/00 20060101ALN20231003BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20231003BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
B62D101:00
B62D113:00
B62D119:00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020039938
(22)【出願日】2020-03-09
(65)【公開番号】P2021138336
(43)【公開日】2021-09-16
【審査請求日】2023-02-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】位田 祐基
(72)【発明者】
【氏名】玉泉 晴天
【審査官】田邉 学
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-183046(JP,A)
【文献】特開2018-111460(JP,A)
【文献】特開2002-104210(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 5/04
H02P 23/12
B62D 101/00
B62D 113/00
B62D 119/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の転舵輪を転舵させるモータの制御装置であって、
前記転舵輪の転舵角に換算可能な角度を目標角度に追従させるフィードバック制御の実行を通じて前記モータに発生させるフィードバック制御トルクを演算する第1の処理部と、
前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルク、およびセンサを通じて検出される前記転舵角に換算可能な角度に基づき、前記モータが発生するトルク以外に前記転舵角に換算可能な角度に影響するトルクである外乱トルクを演算する第2の処理部と、
前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクを前記第2の処理部により演算される前記外乱トルクによって補正する第3の処理部と、
前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクと前記センサを通じて検出される前記転舵角に換算可能な角度との前記第2の処理部に対する伝達誤差を補償する第4の処理部と、を有しているモータの制御装置。
【請求項2】
前記第4の処理部は、前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクに対して前記センサを通じて検出される前記転舵角に換算可能な角度が遅れる分だけ、前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクを遅延させる請求項1に記載のモータの制御装置。
【請求項3】
前記目標角度の2階時間微分値に基づくフィードフォワード制御トルクを演算する第5の処理部を有し、
前記第3の処理部は、前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクに前記フィードフォワード制御トルクを加算した値から前記外乱トルクを減算する請求項1または請求項2に記載のモータの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動運転システム、運転支援システム、ステアバイワイヤシステムなどのステアリングシステムの制御に使用されるモータへの給電を制御する制御装置が知られている。たとえば特許文献1の制御装置は、自動運転制御用の制御装置によって設定される目標舵角に基づいて目標モータトルク(目標自動操舵トルク)を演算し、この演算される目標モータトルクをモータのトルク定数で徐算することにより目標モータ電流を演算する。モータの制御装置は、電流検出回路を通じて検出されるモータ電流を目標モータ電流に一致させるべくモータへ供給する電流をフィードバック制御する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2018-183046号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の制御装置は、外乱オブザーバを有している。外乱オブザーバは、回転角センサを通じて検出されるモータのロータ回転角と、目標舵角に基づき演算される目標モータトルクとに基づいて外乱トルクを推定する。制御装置は、外乱オブザーバにより演算される外乱トルクを考慮して目標モータトルクを演算する。外乱トルクが補償されることにより、より精度の高いモータ制御が実現される。
【0005】
ところが、回転角センサを通じて検出されるモータのロータ回転角は、目標モータトルクに比べて、回転角センサの遅延時間あるいは操舵機構で発生する無駄時間の分だけ遅延する。遅延時間とは、回転角センサがロータ回転角を検出してからセンサ出力として確定するまでの時間をいう。無駄時間とは、たとえばモータに対する操作を行っても応答がない時間をいう。このような外乱オブザーバに対する2入力の時間的な差に起因して、外乱トルクの演算精度が低下することが懸念される。
【0006】
本発明の目的は、外乱トルクの演算精度をより高めることができるモータの制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成し得るモータの制御装置は、車両の転舵輪を転舵させるモータの制御装置である。この制御装置は、第1の処理部、第2の処理部、第3の処理部および第4の処理部を有している。第1の処理部は、前記転舵輪の転舵角に換算可能な角度を目標角度に追従させるフィードバック制御の実行を通じて前記モータに発生させるフィードバック制御トルクを演算する。第2の処理部は、前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルク、およびセンサを通じて検出される前記転舵角に換算可能な角度に基づき、前記モータが発生するトルク以外に前記転舵角に換算可能な角度に影響するトルクである外乱トルクを演算する。第3の処理部は、前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクを前記第2の処理部により演算される前記外乱トルクによって補正する。第4の処理部は、前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクと前記センサを通じて検出される前記転舵角に換算可能な角度との前記第2の処理部に対する伝達誤差を補償する。
【0008】
この構成によれば、第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクと、センサを通じて検出される転舵角に換算可能な角度との第2の処理部に対する伝達誤差が補償される。このため、第2の処理部による外乱トルクの演算精度をより高めることができる。また、外乱トルクがより適切に補償されることにより、モータをより高い精度で制御することが可能となる。
【0009】
上記のモータの制御装置において、前記第4の処理部は、前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクに対して前記センサを通じて検出される前記転舵角に換算可能な角度が遅れる分だけ、前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクを遅延させることが好ましい。
【0010】
この構成によれば、第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクと、センサを通じて検出される転舵角に換算可能な角度との第3の処理部に対する伝達誤差を解消することが可能となる。このため、第2の処理部による外乱トルクの演算精度をより高めることができる。
【0011】
上記のモータの制御装置において、前記目標角度の2階時間微分値に基づくフィードフォワード制御トルクを演算する第5の処理部を有していてもよい。この場合、前記第3の処理部は、前記第1の処理部により演算されるフィードバック制御トルクに前記フィードフォワード制御トルクを加算した値から前記外乱トルクを減算することが好ましい。
【0012】
この構成によれば、フィードフォワード制御トルクを使用することにより、フィードフォワード制御トルクを使用することなくモータを制御する場合と比較して、モータ制御の応答性をより高めることが可能である。
【発明の効果】
【0013】
本発明のモータの制御装置によれば、外乱トルクの演算精度をより高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】モータの制御装置の第1の実施の形態が搭載される電動パワーステアリング装置の構成図。
図2】モータの制御装置の第1の実施の形態の制御ブロック図。
図3】第1の実施の形態における指令値演算部の制御ブロック図。
図4】第1の実施の形態における舵角フィードバック制御部の制御ブロック図。
図5】モータの制御装置の第2の実施の形態が搭載されるステアバイワイヤ方式の操舵装置の構成図。
図6】モータの制御装置の第2の実施の形態の制御ブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、モータの制御装置をEPS(電動パワーステアリング装置)の制御装置に具体化した第1の実施の形態を説明する。
図1に示すように、EPS10は、ステアリングホイール11と転舵輪12,12との間の動力伝達経路として機能するステアリングシャフト13、ピニオンシャフト14および転舵シャフト15を有している。転舵シャフト15は車幅方向(図1中の左右方向)に沿って延びている。転舵シャフト15の両端にはタイロッド16,16を介して転舵輪12,12が連結されている。ピニオンシャフト14は、転舵シャフト15に対して交わるように設けられている。ピニオンシャフト14のピニオン歯14aは、転舵シャフト15のラック歯15aに噛み合わされている。ステアリングホイール11の回転操作に連動して転舵シャフト15が直線運動する。転舵シャフト15の直線運動がタイロッド16を介して左右の転舵輪12,12に伝達されることにより、転舵輪12,12の転舵角θが変更される。
【0016】
また、EPS10は、運転者による操舵を補助するための力であるアシスト力を生成する構成として、モータ21および減速機構22を有している。モータ21は、アシスト力の発生源であるアシストモータとして機能する。モータ21としては、たとえば三相のブラシレスモータが採用される。モータ21は、減速機構22を介してピニオンシャフト23に連結されている。ピニオンシャフト23のピニオン歯23aは、転舵シャフト15のラック歯15bに噛み合わされている。モータ21の回転は減速機構22によって減速されて、当該減速された回転力がアシスト力としてピニオンシャフト23を介して転舵シャフト15に伝達される。モータ21の回転に応じて、転舵シャフト15は車幅方向に沿って移動する。
【0017】
また、EPS10は、制御装置50を有している。制御装置50は、各種のセンサの検出結果に基づきモータ21を制御する。センサには、トルクセンサ51、車速センサ52および回転角センサ53が含まれている。トルクセンサ51は、ステアリングホイール11の回転操作を通じてステアリングシャフト13に加わる操舵トルクTを検出する。車速センサ52は、車速Vを検出する。回転角センサ53はモータ21に設けられている。回転角センサ53はモータ21の回転角θを検出する。制御装置50は、モータ21に対する通電制御を通じて操舵トルクTに応じたアシスト力を発生させるアシスト制御を実行する。制御装置50は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクT、車速センサ52を通じて検出される車速V、および回転角センサ53を通じて検出される回転角θに基づき、モータ21に対する給電を制御する。
【0018】
つぎに、制御装置50について詳細に説明する。
図2に示すように、制御装置50は、ピニオン角演算部61、指令値演算部62、および通電制御部63を有している。
【0019】
ピニオン角演算部61は、回転角センサ53を通じて検出されるモータ21の回転角θに基づき、ピニオンシャフト23の回転角であるピニオン角θを演算する。ピニオン角演算部61は、たとえばモータ21の回転角θを減速機構22の減速比で徐算することによりピニオン角θを演算する。
【0020】
ちなみに、ピニオン角演算部61は、ピニオンシャフト14の回転角をピニオン角θとして演算してもよい。この場合、ピニオン角演算部61は、たとえばモータ21の回転角θをモータ21からピニオンシャフト14までの間の減速比で徐算することによりピニオンシャフト14の回転角であるピニオン角θを演算する。
【0021】
指令値演算部62は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクTおよび車速センサ52を通じて検出される車速Vに基づき、アシスト指令値Tを演算する。アシスト指令値Tは、モータ21に発生させるべき回転力であるアシストトルクを示す。指令値演算部62は、操舵トルクTの絶対値が大きいほど、また車速Vが遅いほど、より大きな絶対値のアシスト指令値Tを演算する。
【0022】
通電制御部63は、アシスト指令値Tに応じた電力をモータ21へ供給する。具体的には、つぎの通りである。すなわち、通電制御部63は、アシスト指令値Tに基づきモータ21へ供給すべき電流の目標値である電流指令値を演算する。また、通電制御部63は、モータ21に対する給電経路に設けられた電流センサ64を通じて、モータ21へ供給される電流Iを検出する。そして通電制御部63は、電流指令値と実際の電流Iの値との偏差を求め、当該偏差を無くすようにモータ21に対する給電を制御する(電流Iのフィードバック制御)。これにより、モータ21はアシスト指令値Tに応じたトルクを発生する。
【0023】
つぎに、指令値演算部62について詳細に説明する。
図3に示すように、指令値演算部62は、加算器70、目標操舵トルク演算部71、トルクフィードバック制御部72、目標角度演算部73、角度フィードバック制御部74、および加算器75を有している。
【0024】
加算器70は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクTとトルクフィードバック制御部72により演算される第1のアシストトルクT とを加算することにより、ステアリングシャフト13に印加されるトルクとしての入力トルクTin を演算する。
【0025】
目標操舵トルク演算部71は、加算器70により演算される入力トルクTin に基づき目標操舵トルクT を演算する。目標操舵トルクT とは、ステアリングホイール11に印加すべき操舵トルクTの目標値をいう。目標操舵トルク演算部71は、入力トルクTin の絶対値が大きいほど、より大きな絶対値の目標操舵トルクT を演算する。
【0026】
トルクフィードバック制御部72は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクT、および目標操舵トルク演算部71により演算される目標操舵トルクT を取り込む。トルクフィードバック制御部72は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクTを目標操舵トルクT に追従させるべく操舵トルクTのフィードバック制御を実行することにより第1のアシストトルクT を演算する。
【0027】
目標角度演算部73は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクT、トルクフィードバック制御部72により演算される第1のアシストトルクT 、および車速センサ52を通じて検出される車速Vを取り込む。目標角度演算部73は、これら取り込まれる操舵トルクT、第1のアシストトルクT 、および車速Vに基づき、ピニオンシャフト23の回転角の目標値である目標ピニオン角θ を演算する。
【0028】
角度フィードバック制御部74は、目標角度演算部73により演算される目標ピニオン角θ およびピニオン角演算部61により演算される実際のピニオン角θをそれぞれ取り込む。角度フィードバック制御部74は、実際のピニオン角θを目標ピニオン角θ に追従させるべくピニオン角θのフィードバック制御を実行することにより第2のアシストトルクT を演算する。
【0029】
加算器75は、トルクフィードバック制御部72により演算される第1のアシストトルクT と、角度フィードバック制御部74により演算される第2のアシストトルクT とを合算することによりアシスト指令値Tを演算する。アシスト指令値Tに基づく電流がモータ21へ供給されることにより、モータ21はアシスト指令値Tに応じたトルクを発生する。
【0030】
つぎに、角度フィードバック制御部74について詳細に説明する。
図4に示すように、角度フィードバック制御部74は、フィードバック制御部81、フィードフォワード制御部82、外乱オブザーバ83、および加算器84を有している。
【0031】
フィードバック制御部81は、外乱オブザーバ83によって演算されるピニオン角θの推定値であるピニオン角推定値θpeを目標ピニオン角θ に近づけるために設けられている。フィードバック制御部81は、減算器81AおよびPD制御部(比例微分制御部)81Bを有している。減算器81Aは、目標ピニオン角θ と、外乱オブザーバ83により演算されるピニオン角推定値θpeとの偏差Δθ(=θ -θpe)を演算する。PD制御部81Bは、減算器81Aによって演算される偏差Δθに対して比例微分演算を実行することにより、フィードバック制御トルクTfbを演算する。すなわち、フィードバック制御トルクTfbは、偏差Δθを入力とする比例要素の出力値と微分要素の出力値との和である。
【0032】
フィードフォワード制御部82は、EPS10の慣性による応答性の遅れを補償して、制御の応答性を向上させるために設けられている。フィードフォワード制御部82は、角加速度演算部82Aおよび乗算部82Bを有している。角加速度演算部82Aは、目標ピニオン角θ を2階微分することにより、目標ピニオン角加速度α(=dθ /dt)を演算する。乗算部82Bは、角加速度演算部82Aにより演算される目標ピニオン角加速度αにEPS10の慣性Jを乗算することにより、慣性補償値としてのフィードフォワード制御トルクTff(=J・α)を演算する。慣性Jは、たとえばEPS10の物理モデルから求められる。
【0033】
外乱オブザーバ83は、外乱トルクを推定して補償するために設けられている。外乱トルクは、制御対象であるプラント(EPS10)に外乱として発生する非線形のトルクであって、モータ21が発生するトルク以外のピニオン角θに影響を及ぼすトルクである。外乱オブザーバ83は、プラントの目標値である第2のアシストトルクT とプラントの出力である実際のピニオン角θとに基づいて、外乱トルク補償値としての外乱トルク推定値Tld、およびピニオン角推定値θpeを演算する。ちなみに、外乱オブザーバ83は、第2のアシストトルクT に代えてアシスト指令値Tを使用して外乱トルク推定値Tld、およびピニオン角推定値θpeを演算するようにしてもよい。
【0034】
加算器84は、フィードバック制御トルクTfbにフィードフォワード制御トルクTffを加算した値から外乱トルク推定値Tldを減算することにより第2のアシストトルクT (=Tfb+Tff-Tld)を演算する。これにより、慣性および外乱トルクが補償された第2のアシストトルクT が得られる。この第2のアシストトルクT に基づくアシスト指令値Tが使用されることにより、より精度の高いモータ制御を実行することが可能となる。
【0035】
ここで、ピニオン角θは、回転角センサ53を通じて検出されるモータ21の回転角θに基づき演算される。このため、ピニオン角θは、アシスト指令値Tに比べて、回転角センサ53の遅延時間あるいはEPS10で発生する無駄時間の分だけ遅延するおそれがある。回転角センサ53の遅延時間とは、回転角センサ53が回転角θを検出してからセンサ出力として確定するまでの時間をいう。EPS10の無駄時間とは、モータ21に対する操作を行っても応答がない時間をいう。そして、この外乱オブザーバ83に対する2つの入力、すなわちアシスト指令値Tとピニオン角θとの時間的な差に起因して、外乱トルク推定値Tldの演算精度が低下することが懸念される。
【0036】
そこで、本実施の形態においては、角度フィードバック制御部74には、遅延処理部85が設けられている。
遅延処理部85は、外乱オブザーバ83に対する2つの入力の時間差をなくすために設けられている。遅延処理部85は、外乱オブザーバ83に対する2つの入力のうちの1つである第2のアシストトルクT を定められた遅延時間だけ遅延させる。設定時間は、プラントの無駄時間および回転角センサ53の遅延時間に基づき設定される。より具体的には、シミュレーションによってピニオン角θが第2のアシストトルクT に対してどの程度の時間だけ遅れるのかを計測し、その計測される時間を基準として第2のアシストトルクT の遅延時間が設定される。
【0037】
たとえば、ピニオン角θが第2のアシストトルクT の1演算周期だけ遅延する場合、遅延処理部85は第2のアシストトルクT の1演算周期の分だけ第2のアシストトルクT を遅延させる。遅延処理部85は、加算器84により演算される第2のアシストトルクT を取り込み、この取り込まれる第2のアシストトルクT を保持する。加算器84は、所定の演算周期で第2のアシストトルクT を演算するところ、遅延処理部85に保持される第2のアシストトルクT は加算器84により第2のアシストトルクT が演算される度に更新される。すなわち、遅延処理部85に保持されている第2のアシストトルクT は、加算器84により演算される今回値としての第2のアシストトルクT に対する前回値(1演算周期前の第2のアシストトルクT )である。
【0038】
このように、第2のアシストトルクT に対してピニオン角θが遅延する時間の分だけ第2のアシストトルクT を遅延させることにより、外乱オブザーバ83に入力されるピニオン角θと第2のアシストトルクT との時間的な誤差が解消される。
【0039】
<第1の実施の形態の効果>
したがって、第1の実施の形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(1)外乱オブザーバ83に入力されるピニオン角θと第2のアシストトルクT との時間的な誤差である伝達誤差が解消される。このため、外乱オブザーバ83における外乱トルクの演算精度をより高めることができる。また、外乱トルクがより適切に補償されることにより、モータ21をより高い精度で制御することが可能となる。
【0040】
<第2の実施の形態>
つぎに、モータの制御装置をステアバイワイヤ方式の操舵装置に適用した第2の実施の形態を説明する。なお、第1の実施の形態と同一の部材および構成については同一の符号を付し、その詳細な説明を割愛する。
【0041】
図5に示すように、車両の操舵装置90では、ステアリングシャフト13とピニオンシャフト14との間が機械的に分離されている。操舵装置90は、操舵反力を生成するための構成として、反力モータ91および減速機構92を有している。操舵反力とは、運転者によるステアリングホイール11の操作方向と反対方向へ向けて作用する力をいう。操舵反力をステアリングホイール11に付与することにより、運転者に適度な手応え感を与えることが可能である。
【0042】
反力モータ91は、操舵反力の発生源である。反力モータ91としてはたとえば三相のブラシレスモータが採用される。反力モータ91の回転軸は、減速機構92を介して、ステアリングシャフト13に連結されている。反力モータ91のトルクは、操舵反力としてステアリングシャフト13に付与される。反力モータ91には回転角センサ93が設けられている。回転角センサ93は、反力モータ91の回転角θmrを検出する。
【0043】
なお、トルクセンサ51は、ステアリングシャフト13における減速機構92とステアリングホイール11との間の部分に設けられている。また、モータ21は、転舵力の発生源である転舵モータとして機能する。転舵力とは、転舵輪12,12を転舵させるための駆動力をいう。
【0044】
つぎに、操舵装置90の制御装置100について詳細に説明する。
図6に示すように、制御装置100は、操舵角演算部101、指令値演算部102、および通電制御部103を有している。
【0045】
操舵角演算部101は、回転角センサ93を通じて検出される反力モータ91の回転角θmrに基づきステアリングホイール11の回転角である操舵角θを演算する。
指令値演算部102は、操舵トルクT、車速Vおよび操舵角θに基づき操舵反力指令値T を演算する。指令値演算部102は、操舵トルクTの絶対値が大きいほど、また車速Vが遅いほど、より大きな絶対値の操舵反力指令値T を演算する。指令値演算部102は、操舵反力指令値T を演算する過程でステアリングホイール11の目標操舵角θ を演算する。
【0046】
通電制御部103は、操舵反力指令値T に応じた電力を反力モータ91へ供給する。具体的には、通電制御部103は、操舵反力指令値T に基づき反力モータ91に対する電流指令値を演算する。また、通電制御部103は、反力モータ91に対する給電経路に設けられた電流センサ104を通じて、当該給電経路に生じる電流Imrを検出する。そして通電制御部103は、電流指令値と実際の電流Imrの値との偏差を求め、当該偏差を無くすように反力モータ91に対する給電を制御する。これにより、反力モータ91は操舵反力指令値T に応じたトルクを発生する。
【0047】
また、制御装置100は、ピニオン角演算部61および通電制御部63の他、角度フィードバック制御部105を有している。
角度フィードバック制御部105は、先の図4に示される第1の実施の形態の角度フィードバック制御部74と同様の処理機能を有している。角度フィードバック制御部105は、指令値演算部102により演算される目標操舵角θ を目標ピニオン角θ として取り込む。また、角度フィードバック制御部105は、ピニオン角演算部61により演算されるピニオン角θを取り込む。角度フィードバック制御部105は、実際のピニオン角θを目標ピニオン角θ (ここでは、目標操舵角θ に等しい。)に追従させるべくピニオン角θのフィードバック制御を通じてピニオン角指令値T を演算する。通電制御部63は、ピニオン角指令値T に応じた電力を転舵モータ41へ供給する。これにより、転舵モータ41はピニオン角指令値T に応じた角度だけ回転する。
【0048】
つぎに、指令値演算部102について詳細に説明する。
図3に括弧書きの符号を付して示すように、指令値演算部102は、基本的には第1の実施の形態の指令値演算部62と同様の処理機能を有している。ただし、指令値演算部102は、下記の点において第1の実施の形態の指令値演算部62と異なる。
【0049】
トルクフィードバック制御部72は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクT、および目標操舵トルク演算部71により演算される目標操舵トルクT を取り込む。トルクフィードバック制御部72は、操舵トルクTを目標操舵トルクT に追従させるべく操舵トルクTのフィードバック制御を通じて第1の操舵反力指令値Tr1 を演算する。
【0050】
目標角度演算部73は、トルクセンサ51を通じて検出される操舵トルクT、トルクフィードバック制御部72により演算される第1の操舵反力指令値Tr1 、および車速センサ52を取り込む。目標角度演算部73は、操舵トルクT、第1の操舵反力指令値Tr1 、および車速Vに基づき、ステアリングホイール11の目標操舵角θ を演算する。
【0051】
角度フィードバック制御部74は、操舵角演算部101により演算される操舵角θ、および目標角度演算部73により演算される目標操舵角θ を取り込む。角度フィードバック制御部74は、操舵角演算部101により演算される操舵角θを目標操舵角θ に追従させるべく操舵角θのフィードバック制御を通じて第2の操舵反力指令値Tr2 を演算する。
【0052】
加算器75は、トルクフィードバック制御部72により演算される第1の操舵反力指令値Tr1 と、角度フィードバック制御部74により演算される第2の操舵反力指令値Tr2 とを合算することにより操舵反力指令値T を演算する。
【0053】
<第2の実施の形態の効果>
したがって、第2の実施の形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(2)角度フィードバック制御部74の外乱オブザーバ83に入力される操舵角θと第2の操舵反力指令値Tr2 との時間的な誤差である伝達誤差が解消される。また、角度フィードバック制御部105の外乱オブザーバ83に入力されるピニオン角θと第2の操舵反力指令値Tr2 との時間的な誤差が解消される。このため、外乱オブザーバ83における外乱トルクの演算精度をより高めることができる。また、外乱トルクがより適切に補償されることにより、反力モータ91および転舵モータとしてのモータ21をより高い精度で制御することが可能となる。
【0054】
<他の実施の形態>
なお、第1および第2の実施の形態は、つぎのように変更して実施してもよい。
・第1の実施の形態では、制御装置50の適用先として、転舵シャフト15にアシスト力を付与するタイプのEPS10を例に挙げたが、ステアリングシャフト13にアシスト力を付与するタイプのEPSであってもよい。図1に二点鎖線で示すように、モータ21は、たとえば減速機構22を介してステアリングシャフト13に連結される。ピニオンシャフト23は割愛することができる。
【0055】
・第2の実施の形態において、操舵装置90にクラッチを設けてもよい。この場合、先の図5に二点鎖線で示すように、ステアリングシャフト13とピニオンシャフト14とをクラッチ94を介して連結する。クラッチ94としては、励磁コイルに対する通電の断続を通じて動力の断続を行う電磁クラッチが採用される。制御装置100は、クラッチ94の断続を切り替える断続制御を実行する。クラッチ94が切断されるとき、ステアリングホイール11と転舵輪12,12との間の動力伝達が機械的に切断される。クラッチ94が接続されるとき、ステアリングホイール11と転舵輪12,12との間の動力伝達が機械的に連結される。
【0056】
・第1および第2の実施の形態において、外乱オブザーバ83がピニオン角推定値θpeを演算する際に積分演算を使用する場合、たとえば高周波領域においては離散化誤差に起因して外乱オブザーバ83の外乱推定性能が低下するおそれがある。この場合、離散系の積分演算には双一次変換の関係式を利用してもよい。
【0057】
・車両には、車両の安全性あるいは利便性をより向上させるための様々な運転支援機能あるいはシステムが運転を代替する自動運転機能を実現する自動運転システムが搭載されることがある。この場合、図1および図5に二点鎖線で示すように、車両には、各種の車載システムの制御装置を統括制御する上位制御装置500が搭載される。上位制御装置500は、その時々の車両の状態に基づき最適な制御方法を求め、その求められる制御方法に応じて各種の車載制御装置に対して個別の制御を指令する。
【0058】
上位制御装置500は、制御装置50,100による操舵制御に介入する。上位制御装置500は、たとえば車両に目標車線上を走行させるための指令値θとして付加角度指令値を演算する。付加角度指令値は、その時々の車両の走行状態に応じて車両を車線に沿って走行させるために必要とされるピニオン角θあるいは操舵角θの目標値(現在のピニオン角θあるいは操舵角θに付加すべき角度)である。図3に二点鎖線で示すように、指令値θは、目標角度演算部73により演算される目標ピニオン角θ あるいは目標操舵角θ に加算される。
【0059】
・第1および第2の実施の形態において、角度フィードバック制御部74,105として、フィードフォワード制御部82を割愛した構成を採用してもよい。
<他の技術的思想>
つぎに、第1および第2の実施の形態から把握できる技術的思想を以下に追記する。
【0060】
(イ)前記モータは、アシスト力の発生源であるアシストモータ、転舵力の発生源である転舵モータ、または操舵反力の発生源である反力モータであること。
【符号の説明】
【0061】
21…モータ(アシストモータ、転舵モータ)
50,100…制御装置
91…反力モータ
81…フィードバック制御部(第1の処理部)
82…フィードフォワード制御部(第5の処理部)
83…外乱オブザーバ(第2の処理部)
84…加算器(第3の処理部)
85…遅延処理部(第4の処理部)
図1
図2
図3
図4
図5
図6