(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-10
(45)【発行日】2023-11-20
(54)【発明の名称】レール破断の検知装置及びレール破断の検知方法
(51)【国際特許分類】
B61K 9/10 20060101AFI20231113BHJP
【FI】
B61K9/10
(21)【出願番号】P 2021015912
(22)【出願日】2021-02-03
【審査請求日】2023-02-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】240000327
【氏名又は名称】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】相澤 宏行
(72)【発明者】
【氏名】細田 充
【審査官】山本 賢明
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/131151(WO,A1)
【文献】特表2002-541448(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0086364(US,A1)
【文献】米国特許第6668239(US,B1)
【文献】国際公開第2007/074980(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0051792(US,A1)
【文献】特開2012-21790(JP,A)
【文献】特開2011-225188(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B61K 9/10
B61L 23/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レール破断を車両側から検知させるレール破断の検知装置であって、
車両に取り付けられる加速度センサと、
前記加速度センサによって測定された加速度データを記録する記憶部と、
前記加速度データに低周波バンドパスフィルタ処理を施す低周波フィルタ処理部と、
前記レール破断を他の類似する低周波成分を発生させる類似状態から区別するための閾値を設定する閾値設定部と、
前記閾値を基準にして前記レール破断の有無を判定する破断判定部とを備え、
前記閾値設定部では、前記閾値を前記レール破断の低周波成分より小さく、かつ前記類似状態の低周波成分よりも大きい値に確率に基づいて設定することを特徴とするレール破断の検知装置。
【請求項2】
前記加速度センサは、前記車両の軸箱支持装置に取り付けられて上下加速度を測定することを特徴とする請求項1に記載のレール破断の検知装置。
【請求項3】
前記類似状態は、レールの継目であることを特徴とする請求項1又は2に記載のレール破断の検知装置。
【請求項4】
レール破断を車両側から検知させるレール破断の検知方法であって、
加速度センサを備えた車両をレールに沿って走行させることで加速度データを取得するステップと、
前記加速度データに低周波バンドパスフィルタ処理を施すステップと、
前記レール破断の低周波成分より小さく、かつ他の類似する低周波成分を発生させる類似状態の低周波成分よりも大きい値に確率に基づいて設定された閾値を基準にして、前記レール破断の有無を判定するステップとを備えたことを特徴とするレール破断の検知方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レール破断を車両側から検知させるレール破断の検知装置及びレール破断の検知方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄道におけるレール破断は、繰り返しの車両走行によってレールが損傷することで発生し、車両の走行安全性を著しく低下させる。そのため、特許文献1に開示されているように、鉄道事業者は軌道回路と呼ばれる車両の位置検知を目的としたレールに流している信号電流によって、レール破断を検知している。
【0003】
軌道回路を利用した検知方法は、レールが破断した際に、破断したレールが開口して電流が短絡することで検知する方法である。軌道回路は、レールに信号電流を流すことで実現しているシステムであるため、その信号電流をき電する装置や、電車線から車両へ電力を供給し、その下のレールを使って変電所に返す電流等の軌道回路の信号電流と異なる電流を回路で分ける役割があるインピーダンスボンド等の地上設備のメンテナンスに、多大なコストを要している。
【0004】
一方、車両の位置検知を無線で行う技術の開発が進んでおり、軌道回路を維持する必要性が低下している。そして、特許文献2,3に開示されているように、軌道回路を利用しないレール破断の検知方法が開発されつつある。
【0005】
例えば特許文献2には、地上側にレールを伝搬する超音波を受信する超音波トランスデューサを設け、レール破断が発生した際に生じる衝撃振動を超音波トランスデューサが受信した場合に警報信号を出力する鉄道レール破断検出装置が開示されている。また、特許文献3にも、地上側に設けるレール破断検知装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2017/175439号公報
【文献】特開2014-80133号公報
【文献】特開2012-91671号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、延長が長大となるレールに対して、地上側にレール破断の検知装置を設けるとなれば、特許文献2,3に開示されているような様々な工夫がなされたとしても、大幅なコスト削減は難しいという現実がある。
【0008】
一方、鉄道の軌道には、継目やまくらぎの浮きや締結装置の不良箇所などが存在し、車両にレール破断を検知させるためのセンサを取り付けて測定を行った場合、レール破断だけでなく、継目などにおいても類似する検出値が出力されることがある。
【0009】
こうした類似状態とレール破断とを区別するために、閾値を基準に区別する方法が知られているが、検出漏れをなくそうと検出感度が高くなる閾値に設定するとレール破断以外の類似状態がたくさん検出されることになり、反対に検出感度が低くなる閾値に設定すれば、レール破断のみが検出されることになるが、検出漏れも増えてしまうという事態になりかねない。
【0010】
そこで、本発明は、検査を行う運用者が望む合理的な基準によって、レール破断を車両側から検知させることが可能なレール破断の検知装置及びレール破断の検知方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記目的を達成するために、本発明のレール破断の検知装置は、レール破断を車両側から検知させるレール破断の検知装置であって、車両に取り付けられる加速度センサと、前記加速度センサによって測定された加速度データを記録する記憶部と、前記加速度データに低周波バンドパスフィルタ処理を施す低周波フィルタ処理部と、前記レール破断を他の類似する低周波成分を発生させる類似状態から区別するための閾値を設定する閾値設定部と、前記閾値を基準にして前記レール破断の有無を判定する破断判定部とを備え、前記閾値設定部では、前記閾値を前記レール破断の低周波成分より小さく、かつ前記類似状態の低周波成分よりも大きい値に確率に基づいて設定することを特徴とする。
【0012】
ここで、前記加速度センサは、前記車両の軸箱支持装置に取り付けられて上下加速度を測定する構成とすることができる。また、前記類似状態は、例えばレールの継目が該当する。
【0013】
また、レール破断の検知方法の発明は、レール破断を車両側から検知させるレール破断の検知方法であって、加速度センサを備えた車両をレールに沿って走行させることで加速度データを取得するステップと、前記加速度データに低周波バンドパスフィルタ処理を施すステップと、前記レール破断の低周波成分より小さく、かつ他の類似する低周波成分を発生させる類似状態の低周波成分よりも大きい値に確率に基づいて設定された閾値を基準にして、前記レール破断の有無を判定するステップとを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
このように構成された本発明のレール破断の検知装置は、車両に取り付けられた加速度センサによって測定された加速度データに低周波バンドパスフィルタ処理を施し、その結果を閾値設定部で設定された閾値と比較することで、レール破断の有無を判定する。
【0015】
このような構成であれば、地上側に何の設備を設けなくても、レール破断を車両側から検知させることができる。また、判定基準とする閾値は、検査を行う運用者が望む検知率や誤判定率などから確率に基づいて閾値設定部で合理的に設定することができる。
【0016】
また、加速度センサは、車両の軸箱支持装置に検査用に取り付けることも、もともと取り付けられている加速度センサを利用することもできる。類似状態がレールの継目である場合は、レール破断とレールの継目とを合理的に区別して、効率的にレール破断を検知させることができる。
【0017】
また、レール破断の検知方法の発明は、加速度センサを備えた車両をレールに沿って走行させて加速度データを取得し、測定された加速度データに低周波バンドパスフィルタ処理を施した結果を利用することで、レール破断の有無を判定する。この際、レール破断を類似状態から区別する閾値は、確率に基づいて合理的に設定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本実施の形態のレール破断の検知装置の構成を模式的に示した説明図である。
【
図2】異常のないレールを走行させたときの加速度波形を説明するための図で、(a)はレールの状態とその上を走行する車両の台車の構成を示した説明図、(b)は加速度センサによって測定された加速度データを例示した図である。
【
図3】レール破断が起きているときの加速度波形を説明するための図で、(a)はレール破断によって沈み込みが起きている状態を示した説明図、(b)は加速度センサによって測定された加速度データを例示した図である。
【
図4】レール破断の開口量を変えたときの輪重の時刻歴波形を比較して示した説明図である。
【
図5】閾値と測定値と継目のフィッティング値との関係を、加速度と開口量と車両の走行速度との関係で例示した説明図である。
【
図6】本実施の形態のレール破断の検知方法の処理の流れを説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
図1は、本実施の形態のレール破断の検知装置の構成を模式的に示した説明図である。
【0020】
軌道を構成するレール2は、レール2に沿って走行する車両1の車輪12との接触が繰り返されることで、レール破断が起きることがある。レール破断箇所21として開口が生じると、状態によっては
図3(a)に示すような沈み込み箇所211となる場合もある。要するにレール2は、まくらぎ22上に差し渡されて締結装置23で固定されているが、まくらぎ22,22間にレール破断が起きると、片持ち梁状となったレール2が沈み込み箇所211となることがある。
【0021】
一方、車両1は、保守用車両であっても、列車などを構成する一般的な鉄道車両であってもよい。以下では、直方体状の箱型の車体に、前後方向に間隔を置いて台車11が配置される車両1を例に説明する。
【0022】
台車11は、平面視長方形状の台車枠111を備え、一対のレール2のそれぞれを走行する車輪12が車軸によって連結されている。また、1台の台車11には、前後方向に2組の車輪12及び車軸の組み合わせ(輪軸)が設けられる。さらに、車軸の端部には、軸箱112及び軸箱支持装置が設けられる。
【0023】
このように構成された台車11の台車枠111及び軸箱支持装置などの少なくとも1箇所には、加速度センサ3が取り付けられる。この加速度センサ3は、上下方向の加速度(上下加速度)が測定できるように取り付けられる。
【0024】
加速度センサ3は、有線又は無線によって車両1に搭載されたデータレコーダ4に接続される。データレコーダ4は、加速度センサ3によって測定された加速度データを記録する記憶部となる。
【0025】
そして、データレコーダ4に記録された加速度データは、演算処理部を備えたパーソナルコンピュータなどのPC部5によって解析される。このPC部5は、車両1に搭載されていてもよいし、車両1とは別の管理棟などに設置されていてもよい。また、PC部5が車両1以外にある場合は、データレコーダ4からリアルタイム又は定期的にデータが転送される構成であってもよいし、データレコーダ4又はそれに挿し込まれたフラッシュメモリ等の記憶媒体を接続したときにデータが転送される構成であってもよい。
【0026】
PC部5は、加速度データに低周波バンドパスフィルタ処理を施す低周波フィルタ処理部と、閾値を設定する閾値設定部と、レール破断の有無を判定する破断判定部とを備えている。
【0027】
低周波フィルタ処理部では、加速度センサ3で測定された加速度データに、低周波バンドパスフィルタ処理を施す。低周波バンドパスフィルタは、輪軸の質量と軸ばね及び軌道ばねとに起因して発生する応答(加速度)を抽出するためのフィルタである。低周波バンドパスフィルタとしては、0.001Hz - 30Hzの範囲の周波数帯のものが使用できる。
【0028】
低周波バンドパスフィルタ処理の周波数帯を設定するためには、レール破断を検査する線区を走行する車両1及び軌道に基づいて解析を行うことができる。輪軸と軌道をモデル化するにあたって、軌道のたわみ等を簡単に把握するために、軌道を無限長の弾性床梁に近似する方法がある。例えば、「佐藤裕、「軌道構造の構築振動におよぼす影響」、土木学会論文報告集、第240号、pp.63-70、1975」などに詳細が記載されている。
【0029】
このモデル化手法により、軌道を単純に1つの質点と1つのばねとに置き換えることができる。軌道が質点とばねとに置き換えられれば、軌道のばね、軌道の質量、車輪とレールの接触ばね、車輪及び軸ばねからなる振動モデルを考えることができる。
【0030】
そして、この振動モデルの固有値を計算することで、軌道と車輪と車体との連成振動の固有振動数を簡易的に算出できる。そこで、計算に必要となる各種パラメータを設定し、軌道に開口部があるとみなした場合の連成振動を算出する。設定すべきパラメータは、まくらぎ間隔、単位長さあたりのレール質量、まくらぎの質量、軌道パッドばね定数、まくらぎ下のばね定数、レールの長手方向ヤング係数、レールの水平軸回りの断面二次モーメント、車輪の質量、車輪とレールの接触ばね、車輪上載荷重に相当する質量、軸ばねのばね定数などである。
【0031】
こうした解析によって算出された固有振動数は、1次の固有振動数が2Hz程度、2次の固有振動数が26Hz程度、3次の固有振動数が1000Hz程度となった。例えば2次の振動モードについて考察すると、軌道が不連続な場合に固有振動数が30Hz弱の値となったが、軌道が連続な場合と比較すると、振動に寄与する質量の有効長さとばねの有効長さとが変化したことで、2次モードの固有振動数が下がったものと考えられる。すなわち、車輪の支持剛性が開口によって局所的に変化し、開口部では特有の30Hz弱の共振周波数による振動が励起されていることがわかる。そこで低周波バンドパスフィルタを、上述したように0.001Hz - 30Hzの周波数帯に設定することができる。
【0032】
一方、加速度データに、高周波バンドパスフィルタ処理を施すこともできる。高周波バンドパスフィルタは、車輪12がレール2に接触することで衝撃的に発生する応答(加速度)を抽出するためのフィルタである。
【0033】
この応答は、車輪12とレール接触ばねに起因するもので、2000Hz以下の周波数とされている。また、これまでの測定結果では、100Hz程度以上でもこのような応答がみられている。そこで、高周波バンドパスフィルタとしては、100Hz - 2000Hzの範囲の周波数帯のものが使用できる。
【0034】
ここで、
図2は、異常のないレール(健全部)に沿って車両1を走行させたときの加速度波形を説明するための図である。
図2(a)は、健全部のレールの状態と、その上を走行する車両1の加速度センサ3が取り付けられた台車11を示している。
【0035】
そして、
図2(b)は、レール2の健全部を走行した車両1の加速度センサ3によって測定された加速度データを例示した図である。この図には、加速度データによって作成される加速度波形RDと振幅中心RD1とを示している。
【0036】
鉄道の軌道には、継目、まくらぎ22の浮き、締結装置23の不良箇所、欠線部又は分岐器がある箇所などが存在する。このような箇所を車両1が走行した際に、健全部と異なる応答を軸箱支持装置や台車枠111の上下加速度として示すことになる。
【0037】
図3は、レール破断が起きているときの加速度波形を説明するための図である。
図3(a)は、レール破断によって沈み込み箇所211が発生している状態を示している。また、
図3(b)は、沈み込み箇所211を走行した車両1の加速度センサ3によって測定された加速度データを例示した図である。
【0038】
上述した継目やまくらぎ22の浮きなどだけでなく、レール破断箇所21や沈み込み箇所211を車両1が走行した際にも、健全部と異なる応答が軸箱支持装置や台車枠111の上下加速度として示されることになる。レール破断を検知するためには、こういった様々な応答からレール破断部の応答を区別する必要がある。
【0039】
図4は、レール破断部の開口量を70mm,100mm,150mmと変えて車両1を走行させたときの輪重の時刻歴波形を示している。ここで輪重とは、車輪12がレール2を下方向に押す力を指す。
【0040】
輪重と軸箱支持装置の上下加速度は、近い関係にあるとされている。この輪重の波形を見ると、いずれの開口量のケースにおいても、特徴的な高周波領域HFと低周波領域LFとが発生していることがわかる。
【0041】
高周波領域HFの波形は、レール破断部を車両1が走行した場合に、車輪12がレール2に接触することで衝撃的に発生する応答である。この波形は、レール破断部だけでなく、継目等を走行した際にも同様な類似する波形が表れる。
【0042】
低周波領域LFの波形は、高周波領域HFの波長の後に、その後数秒変動している波形を意味している。健全部では、連続梁のようにレール2がまくらぎ22で連続的に支持されるのに対し、レール破断部においては、レール2が不連続になることでレール2が片持ち梁のように支持されることになる。その結果、レール破断部の走行時には輪軸の上下方向の変位が大きくなることや、軌道も異なる支持モードとなることから、このような応答になるものと考えられる。
【0043】
このような挙動には、輪軸のばねや質量及び軌道ばねが関係している。そして、この周波数帯の応答は、軌道に継目やまくらぎ22の浮きや締結装置23の不良がある際にも、近いモード(類似する低周波成分)として表れる。
【0044】
このため、低周波フィルタ処理部で低周波バンドパスフィルタ処理が施された加速度データの低周波成分を、レール破断を示すものと、他のレール破断の低周波成分に類似する低周波成分を発生させる類似状態を示すものとに区別する必要がある。要するに「類似状態」とは、レール2の継目、まくらぎ22の浮き、締結装置23の不良箇所、欠線部又は分岐器がある箇所などが該当する。
【0045】
本実施の形態では、レール破断と区別する類似状態がレール2の継目(レール継目部)である場合について詳細に説明する。また、加速度データについては、軸箱支持装置に取り付けられた加速度センサ3によって測定された上下方向の加速度データ(軸箱加速度)を使用する場合について説明する。
【0046】
加速度データの低周波成分からレール破断部とレール継目部とを区別するためには、閾値設定部で設定された閾値を使用する。閾値を設定する際には、実験や数値解析などによって得られるレール破断部の低周波成分の値と、レール継目部の低周波成分の値とが参照される。レール破断部を効果的に検出するための閾値は、レール破断部で観測される値よりも小さく、レール継目部で観測される値よりも大きい値に設定されることが理想的である。
【0047】
レール破断部を通過した際には、大きな軸箱加速度の低周波成分が得られるが、一方でレール2の頭頂面が不連続となるレール継目部においても、レール破断部に匹敵するような大きい値が観測される可能性が否定できない。
【0048】
レール破断部を通過した際に得られる軸箱加速度の低周波成分の値は、実験や数値解析等によって予め取得することができる。この値は、速度及び開口量(レール破断部の上手側レールと下手側レールとの間の遊間量)とともに大きくなる傾向にある。したがって、レール破断部を通過した際に得られる軸箱加速度の値は、速度と開口量を変数とする関数によりフィッティングすることができる。
【0049】
一方、レール継目部を通過した際に得られる軸箱加速度の低周波成分の値も、レール破断部と同様に予め実験等によって取得することができる。レール継目部は、開口量が一定であり、低周波成分の値は速度とともに大きくなる傾向がある。したがって、レール継目部を通過した際に得られる軸箱加速度の値は、速度を変数とする関数によりフィッティングすることができる。
【0050】
上述したように、レール破断部を通過した際に得られる軸箱加速度の値及びレール継目部を通過した際に得られる軸箱加速度の値は、フィッティングによって推定することができるようになるが、検査中に実際に測定される値は、当然のことながらフィッティングされた値に対してばらつきを持つことになる。
【0051】
そこで閾値設定部では、このようなばらつきを合理的に考慮するために、確率に基づいて閾値を設定する。例えば、レール破断部についてのみばらつきを考慮することとする。詳細には、レール破断部についてのフィッティング値に対する信頼区間の下限値を閾値として設定する。
【0052】
この信頼区間は、レール破断部の検知率に相当することになる。こうした閾値の設定では、閾値がレール継目部のフィッティング値を下回る場合があり、その速度及び開口量の範囲が誤判定領域となる。要するに、レール破断部として検出されても、実際はレール継目部であったという誤判定が起きる領域である。
【0053】
フィッティングする関数の種類とばらつきの分布の選択方法は任意であるが、例として、フィッティングする関数を二次関数、ばらつきを正規分布に従うとして、95%の信頼区間を用いた場合の模式図を
図5に示す。
【0054】
この図は、走行速度が10km/h-30km/h、開口量が0mm,30mm,70mmの走行試験の結果に基づいている。縦軸は、30Hzのローパスフィルタ(LPF)により濾波された軸箱加速度(ABA)の低周波成分の値、横軸は走行速度(v)、奥行き軸は開口量(gap)である。
【0055】
一方、図の白抜きの丸点は、レール破断部の走行試験の結果である測定値MPを示している。そして、ワイヤーフレームの面が、レール破断部の95%信頼区間の下限値であり、これを閾値BLとして設定する。
【0056】
これに対して、薄い灰色の面は、レール継目部についてのフィッティング値FTである。レール継目部については、走行速度(v)のみが変数となっているため、開口量(gap)による変化はない。
【0057】
そして、黒太線で囲まれた濃い灰色の領域が、誤判定領域ERとなる。この場合、レール破断部の検知率は95%であるが、走行速度(v)がおおよそ30km/h以上で、約0mmの開口量(gap)など小さい開口のレール破断部は、検出されてもレール継目部との区別ができない。
【0058】
このようにして決定される閾値は、レール破断部の検知率を高くする(より敏感にレール破断部を検知できるようにする)ほど、誤判定領域が大きくなる。要するに、開口量の小さなレール破断部も漏れなく検出できるが、レール継目部を検出している場合もあり、誤判定が生じることになる。
【0059】
しかしながらこのような検知率と誤判定率とのバランスは、検査を行う運用者が望む方針で決定されればよい。例えば、微小な開口のレール破断部も検査漏れなく検出したければ、検知率が高くなるように閾値を設定すればよい。ただし、誤判定率が高くなる。
【0060】
次に、本実施の形態のレール破断の検知方法について、
図6に示したフローチャートを参照しながら説明する。
【0061】
まず上述したように、加速度センサ3を車両1の台車11の台車枠111の側面や軸箱112まわりの軸箱支持装置に取り付ける。加速度センサ3は、少なくとも1箇所に、上下加速度が測定できるように取り付けられていればよい。加速度センサ3は、車両1に搭載されたデータレコーダ4に接続される。
【0062】
ステップS1では、鉄道会社や検査対象となる検査区間の検査を行う運用者の検査方針に基づいて、PC部5を操作して、閾値設定部によって閾値の設定を行う。例えば閾値の設定は、運用者が望む検知率に基づいて設定される。
【0063】
ステップS2では、車両1をレール2に沿って走行させることで、軸箱支持装置の上下加速度である軸箱加速度、台車11(台車枠111)の上下加速度である台車加速度などの加速度データを検出させる。
【0064】
加速度センサ3によって検出された加速度データは、距離程などの位置情報に換算できる情報とともにデータレコーダ4に記録される(ステップS3)。例えば一定速度で車両1を走行させる場合は、加速度データに測定時刻を紐付けておくことで、位置情報に変換することができる。また、GPS(Global Positioning System)に基づく位置情報を、測定された加速度データに紐付けることもできる。
【0065】
データレコーダ4に記録された加速度データは、PC部5に転送される(ステップS3)。PC部5の低周波フィルタ処理部では、加速度データに低周波バンドパスフィルタ処理が施される(ステップS4)。
【0066】
ステップS5では、低周波バンドパスフィルタ処理が施された加速度波形から得られる値を、ステップS1で設定した閾値BL(
図5参照)と比較して、閾値BLを超えているか否かの比較を行う。
【0067】
閾値BLと比較した結果、閾値BLを超える箇所がなければ、「異常なし」という判定結果となる(ステップS7)。この判定結果は、PC部5に接続されたモニタなどに出力させることができる。
【0068】
これに対して、閾値BLを超えた値は、レール破断箇所21や沈み込み箇所211などの「レール破断あり」という判定結果となる(ステップS6)。ただし、この「レール破断あり」には、誤判定が含まれている可能性があるので、比較した値が誤判定領域ERに含まれるものであるか否かの確認も行うことになる。
【0069】
すなわち、「異常なし」の場合は、レール継目部だけが検出された異常がまったくない検査結果となる。一方、「レール破断あり」の場合は、レール破断箇所21や沈み込み箇所211などのレール破断部がある場合と、レール継目部が誤検出された場合がある。レール継目部が誤検出されていても、紐付けられた位置情報を基に確認すれば、レール継目部であることはすぐに判明する。
【0070】
次に、本実施の形態のレール破断の検知装置及びレール破断の検知方法の作用について説明する。
このように構成された本実施の形態のレール破断の検知装置は、車両1に取り付けられた加速度センサ3によって測定された加速度データに低周波バンドパスフィルタ処理を施し、その結果を閾値設定部で設定された閾値と比較することで、レール破断の有無を判定する。
【0071】
このような構成であれば、地上側に何の設備を設けなくても、レール破断を車両1側から検知させることができる。また、判定基準とする閾値は、検査を行う運用者が望む検知率や誤判定率などから確率に基づいて閾値設定部で合理的に設定することができる。
【0072】
例えば、運用者がレール破断の検知率が95%になるようにしたいと検査方針を決めた場合、レール破断部の実験値などに基づいて生成されたフィッティング値の95%信頼区間の下限値が閾値BLとなり、
図5に示したレール継目部との誤判定領域ERが発生することになる。
【0073】
これに対してレール破断の検知率を98%にすると、閾値BLが95%の場合と比べて全体的に下方に移行し、レール継目部との誤判定領域ERが広がることになる。このような検知率と誤判定領域のバランスは、検査を行う運用者が望む検査効率や検査の確実性などに応じて決めることができる。
【0074】
また、加速度センサ3は、車両1の軸箱支持装置に取り付けることができるが、レール破断検知以外の目的で予め取り付けられている加速度センサ3があれば、それを利用することもできる。
【0075】
さらに、加速度データが位置情報に関するデータとともにデータレコーダ4に記録されていれば、車両走行後にデータレコーダ4に記録された加速度データを検証してレール破断が検知された場合でも、距離程などで軌道の位置を特定することができ、補修などの対応を迅速にとることができる。
【0076】
また、レール破断の検知方法の発明は、加速度センサ3を備えた車両1をレール2に沿って走行させて加速度データを取得し、測定された加速度データに低周波バンドパスフィルタ処理を施した結果を利用することで、レール破断の有無を判定する。この際、レール破断を継目などの類似状態から区別する閾値は、確率に基づいて合理的に検査を行う運用者が設定することができる。
【0077】
以上、図面を参照して、本発明の実施の形態を詳述してきたが、具体的な構成は、この実施の形態に限らず、本発明の要旨を逸脱しない程度の設計的変更は、本発明に含まれる。
【0078】
例えば前記実施の形態では、軸箱支持装置と台車枠111の両方に加速度センサ3を取り付ける場合について説明したが、これに限定されるものではなく、いずれか一方であっても、3箇所以上から得られた測定結果を統計処理して使用するものであってもよい。また、例示した箇所とは別の位置に取り付けて加速度データを測定させてもよい。
【符号の説明】
【0079】
1 :車両
2 :レール
21 :レール破断箇所(レール破断)
211 :沈み込み箇所(レール破断)
3 :加速度センサ
4 :データレコーダ(記憶部)
BL :閾値
MP :測定値(加速度データの低周波成分)
ER :誤判定領域