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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-15
(45)【発行日】2024-03-26
(54)【発明の名称】肌評価方法、及び肌評価装置
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/00 20060101AFI20240318BHJP
【FI】
A61B5/00 M
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020553064
(86)(22)【出願日】2019-10-04
(86)【国際出願番号】 JP2019039278
(87)【国際公開番号】W WO2020080137
(87)【国際公開日】2020-04-23
【審査請求日】2022-08-04
(31)【優先権主張番号】P 2018195132
(32)【優先日】2018-10-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 直輝
(72)【発明者】
【氏名】森 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】松森 孝平
(72)【発明者】
【氏名】関野 めぐみ
【審査官】北島 拓馬
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-151258(JP,A)
【文献】特開2012-130580(JP,A)
【文献】特開2011-240086(JP,A)
【文献】特開2017-113140(JP,A)
【文献】特開2015-024044(JP,A)
【文献】特開2013-116216(JP,A)
【文献】田中真美等,皮膚性状計測用センサの開発研究,日本機械学会論文集(C編),2003年,69巻685号,第2381頁-第2388頁
【文献】田中由浩等,手触り感計測用センサシステムを用いた触覚感性計測,日本機械学会論文集(C編),2007年,73巻727号,第817頁-第824頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00 - 5/03
A61B 5/06 - 5/22
A61N 1/00 - 1/44
A61H 19/00 -31/02
B06B 1/00 - 3/04
G01N 33/48 -33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生する振動を検出し、
前記振動を周波数解析して周波数スペクトルを取得し、
前記周波数スペクトルの所定の周波数帯域におけるスペクトル強度に基づき、予め求めておいた、前記所定の周波数帯域におけるスペクトル強度と肌の粗さの総合的な触感の官能評価との関係に照らして、前記肌の粗さの総合的な触感を評価することを含み、
前記関係が、
複数の被験者の肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生した振動をそれぞれ周波数解析して、周波数スペクトルを取得し、
前記複数の被験者に対しそれぞれ、肌の粗さの触感及び肌の乾湿の触感を含む複数の肌触感の評価項目について官能評価のデータを得て、
前記官能評価のデータについて主成分分析を行い、肌の粗さの総合的な触感の官能評価に対応する主成分スコアを取得し、
前記周波数スペクトルのスペクトル強度と前記主成分スコアとの相関をそれぞれ、周波数ごとに求め、
前記相関の高い周波数帯域を求め、
前記周波数帯域におけるスペクトル強度と前記肌の粗さの総合的な触感の官能評価との関係を得ることにより、求められる、肌評価方法(但し、医療行為を除く)
【請求項2】
前記所定の周波数帯域が160~290Hzである、請求項1に記載の肌評価方法。
【請求項3】
肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生する振動を検出し、
前記振動を周波数解析して周波数スペクトルを取得し、
前記周波数スペクトルの所定の周波数帯域におけるスペクトル強度に基づき、予め求めておいた、前記所定の周波数帯域におけるスペクトル強度と肌の乾湿の総合的な触感の官能評価との関係に照らして、前記肌の乾湿の総合的な触感を評価することを含み、
前記関係が、
複数の被験者の肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生した振動をそれぞれ周波数解析して、周波数スペクトルを取得し、
前記複数の被験者に対しそれぞれ、肌の粗さの触感及び肌の乾湿の触感を含む複数の肌触感の評価項目について官能評価のデータを得て、
前記官能評価のデータについて主成分分析を行い、肌の乾湿の総合的な触感の官能評価に対応する主成分スコアを取得し、
前記周波数スペクトルのスペクトル強度と前記主成分スコアとの相関をそれぞれ、周波数ごとに求め、
前記相関の高い周波数帯域を求め、
前記周波数帯域におけるスペクトル強度と前記肌の乾湿の総合的な触感の官能評価との関係を得ることにより、求められる、肌評価方法(但し、医療行為を除く)
【請求項4】
前記所定の周波数帯域が60~200Hzである、請求項3に記載の肌評価方法。
【請求項5】
前記スペクトル強度は、前記所定の周波数帯域におけるパワースペクトル密度の積分値、重心値、平均値、中央値、及び最大値の1以上から得られる指標値として表される、請求項1又は3に記載の肌評価方法。
【請求項6】
肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生する振動を検出する検出手段と、
前記振動を周波数解析して周波数スペクトルを取得する解析手段と、
前記周波数スペクトルの所定の周波数帯域におけるスペクトル強度に基づき、
め求めておいた、前記所定の周波数帯域におけるスペクトル強度と肌の粗さの総合的な触感の官能評価との関係に照らして、前記肌の粗さの総合的な触感を評価する評価手段と
を備え
前記関係が、
複数の被験者の肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生した振動をそれぞれ周波数解析して、周波数スペクトルを取得し、
前記複数の被験者に対しそれぞれ、肌の粗さの触感及び肌の乾湿の触感を含む複数の肌触感の評価項目について官能評価のデータを得て、
前記官能評価のデータについて主成分分析を行い、肌の粗さの総合的な触感の官能評価に対応する主成分スコアを取得し、
前記周波数スペクトルのスペクトル強度と前記主成分スコアとの相関をそれぞれ、周波数ごとに求め、
前記相関の高い周波数帯域を求め、
前記周波数帯域におけるスペクトル強度と前記肌の粗さの総合的な触感の官能評価との関係を得ることにより、求められる、肌評価装置。
【請求項7】
肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生する振動を検出する検出手段と、
前記振動を周波数解析して周波数スペクトルを取得する解析手段と、
前記周波数スペクトルの所定の周波数帯域におけるスペクトル強度に基づき、
め求めておいた、前記所定の周波数帯域におけるスペクトル強度と肌の乾湿の総合的な触感の官能評価との関係に照らして、前記肌の乾湿の総合的な触感を評価する評価手段と
を備え
前記関係が、
複数の被験者の肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生した振動をそれぞれ周波数解析して、周波数スペクトルを取得し、
前記複数の被験者に対しそれぞれ、肌の粗さの触感及び肌の乾湿の触感を含む複数の肌触感の評価項目について官能評価のデータを得て、
前記官能評価のデータについて主成分分析を行い、肌の乾湿の総合的な触感の官能評価に対応する主成分スコアを取得し、
前記周波数スペクトルのスペクトル強度と前記主成分スコアとの相関をそれぞれ、周波数ごとに求め、
前記相関の高い周波数帯域を求め、
前記周波数帯域におけるスペクトル強度と前記肌の乾湿の総合的な触感の官能評価との関係を得ることにより、求められる、肌評価装置。
【請求項8】
肌触感の評価のために用いられる関係を求める方法であって、
複数の被験者の肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生した振動をそれぞれ周波数解析して周波数スペクトルを取得し、
前記複数の被験者に対しそれぞれ、肌の粗さの触感及び肌の乾湿の触感を含む複数の肌触感の評価項目について官能評価のデータを得て、
前記官能評価のデータについて主成分分析を行い、肌の粗さの総合的な肌触感の官能評価に対応する主成分スコアを取得し、
前記周波数スペクトルのスペクトル強度と前記主成分スコアとの相関をそれぞれ、周波数ごとに求め、
前記相関の高い周波数帯域を求め、
前記周波数帯域におけるスペクトル強度と前記肌の粗さの総合的な肌触感の官能評価との関係を得ることを含む、方法。
【請求項9】
肌触感の評価のために用いられる関係を求める方法であって、
複数の被験者の肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生した振動をそれぞれ周波数解析して周波数スペクトルを取得し、
前記複数の被験者に対しそれぞれ、肌の粗さの触感及び肌の乾湿の触感を含む複数の肌触感の評価項目について官能評価のデータを得て、
前記官能評価のデータについて主成分分析を行い、肌の乾湿の総合的な肌触感の官能評価に対応する主成分スコアを取得し、
前記周波数スペクトルのスペクトル強度と前記主成分スコアとの相関をそれぞれ、周波数ごとに求め、
前記相関の高い周波数帯域を求め、
前記周波数帯域におけるスペクトル強度と前記肌の乾湿の総合的な肌触感との関係を得ることを含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肌評価方法、及び肌評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
肌の触感、すなわち肌に触れた時に生じる感覚としては、肌の乾燥・湿潤に関連する触感(例えば、肌がしっとりしているか)、及び肌表面の粗さに関連する触感(例えば、肌がなめらかであるか、ざらついているか)等がある。
【0003】
このような肌の触感は、従来、官能評価によって評価されることが多かった。しかし、近年、官能評価以外の方法による触感の評価方法も提案されている。例えば、特許文献1には、表面粗さの異なる複数の平板上における皮膚の摩擦係数をそれぞれ測定し、測定された複数の摩擦係数相互の関係を指標とすることにより、皮膚の乾燥状態等を評価することが開示されている。引用文献1では、皮膚状態と、表面粗さと摩擦係数の変化との相関関係との相関性を予め求めておき、その相関性に基づき評価対象の皮膚状態を評価することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-225583号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示されているような方法では、評価対象の皮膚からデータを取得するために異なる平板を用いて複数回の試験を行う必要があり、手間がかかる。また、特許文献1における皮膚状態の評価は、複数の摩擦係数相互の関係を指標としているが、人の実際の感覚は、摩擦係数のような物理的な特性に反映されていないこともある。すなわち、物理的な特性が変化した分だけ官能評価のスコアが変化するとは限らない。そのため、従来の方法では、皮膚の状態の評価を的確に行うことができない場合があった。
【0006】
上記の点に鑑みて、本発明の一態様は、肌の触感を、より簡便に且つ的確に評価できる方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生する振動を検出し、前記振動を周波数解析して周波数スペクトルを取得し、前記周波数スペクトルの所定の周波数帯域におけるスペクトル強度に基づき、予め求めておいた、前記所定の周波数帯域におけるスペクトル強度と触感の官能評価との関係に照らして、前記肌の触感を評価する、肌触感評価方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、肌の触感を、より簡便に且つ的確に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の一形態による肌評価方法のフロー図である。
図2】本発明の一形態による肌評価装置の概略図である。
図3A】振動から得られる信号データの例である。
図3B図3Aから得られる周波数スペクトルの例である。
図4A】単独評価項目(すべすべ)の官能評価値とパワースペクトル密度との相関係数を周波数ごとに示す図である。
図4B】単独評価項目(サラサラ)の官能評価値とパワースペクトル密度との相関係数を周波数ごとに示す図である。
図4C】単独評価項目(でこぼこ)の官能評価値とパワースペクトル密度との相関係数を周波数ごとに示す図である。
図4D】単独評価項目(ざらつき)の官能評価値とパワースペクトル密度との相関係数を周波数ごとに示す図である。
図5】複数の評価項目について得られたデータを主成分分析した結果を示す図である。
図6A図5に示す主成分分析における第1主成分についての、各評価項目の主成分負荷量を示す図である。
図6B図5に示す主成分分析における第2主成分についての、各評価項目の主成分負荷量を示す図である。
図7A】総合的な触感としての粗さ触感についての主成分スコアとパワースペクトル密度との相関関係を周波数ごとに示す図である。
図7B】総合的な触感としての乾湿触感についての主成分スコアとパワースペクトル密度との相関関係を周波数ごとに示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
美容分野を含む様々な技術分野において、肌の触感、すなわち肌に触れた時に生じる感覚(手触り又は触り心地ともいう)を、簡便に、的確に評価することが求められている。本発明者らは、肌の触感が、肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって生じる振動の周波数スペクトルにおける所定の周波数帯域でのスペクトル強度と相関があることを見出し、その相関に基づき、肌の触感、特に、肌の粗さ触感及び/又は乾湿触感を良好に評価できることを見出した。
【0011】
上記の知見に鑑みてなされた本発明の一形態は、図1に示すように、肌の評価方法であって、肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生する振動を検出し(S1)、振動を周波数解析して周波数スペクトルを取得し(S2)、周波数スペクトルの所定の周波数帯域におけるスペクトル強度に基づき、予め求めておいた、前記所定の周波数帯域におけるスペクトル強度と触感の官能評価との関係に照らして、肌の触感(肌触感)を評価する(S3)方法である。
【0012】
また、本発明の一形態は、図2に示すような評価装置10であって、肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生する振動を検出する検出手段20と、振動を周波数解析して周波数スペクトルを取得する解析手段30と、周波数スペクトルの所定の周波数帯域におけるスペクトル強度に基づき、予め求めておいた、前記所定の周波数帯域におけるスペクトル強度と触感の官能評価との関係に照らして、肌の触感を評価する評価手段40とを備えた装置である。
【0013】
本明細書において、「触感」とは、評価対象である肌に指の腹や掌等を接触させた時、又は指の腹や掌等を接触させつつ動かした時、すなわち肌を撫でたり擦ったりした時に生じる感覚である。この「触感」は、ある単独の評価項目の触感であってもよいし、複数の評価項目の総合的な触感であってもよい。すなわち、本形態で評価される触感は、一般に肌の触感の一評価項目として掲げられる触感であってもよいし、そのような触感が複数含まれる、より上位の概念としての触感であってもよい。
【0014】
単独の評価項目の触感でなく、2以上の評価項目の総合的な触感を評価した場合は、肌の状態(性状)を総合的に評価することができ、肌質の傾向の判定等に利用することができる。
【0015】
上記触感のうち、本形態は、特に肌の粗さ触感及び/又は乾湿触感を好適に評価することができる。「粗さ触感」とは、肌の表面の凹凸の粗さ又は細かさに関連する触感であり、例えば、でこぼこ、ざらつき、かさつき、すべすべ、なめらか、肌理が細かい(粗い)といった用語で表される評価項目の触感を1以上含むことができる。また、「乾湿触感」とは、肌の乾燥又は湿潤の度合いに関連する、或いは肌の水分量に関連する触感であり、例えば、しっとり、サラサラ、乾いた、湿っぽいといった用語で表される評価項目の触感を1以上含むことができる。
【0016】
そして、「粗さ触感」は、上に例示列記した肌の粗さに関連する触感のうち1つであってもよいし、2以上の評価項目の総合的な触感であってもよい。同様に「乾湿触感」も、上に例示列記した肌の乾湿に関連する触感のうち1つであってもよいし、2以上の評価項目の総合的な触感であってもよい。なお、「粗さ触感」又は「乾湿触感」の評価が、2以上の評価項目の触感についての評価を含む総合的な評価である場合、含まれる評価項目の数及び種類は特に限定されない。例えば、上記にて「粗さ触感」の例として挙げられた触感についての個々の評価項目が、「乾湿触感」の総合的な評価のために利用されることもあり得るし、またその逆の場合もあり得る。
【0017】
なお、本形態により評価される肌は、何も処置をしていない状態の肌(素肌)であってもよいし、表面に何等かの処置、例えば化粧料(特にローション、クリーム等の基礎化粧料)の塗布、洗浄、剃毛や脱毛、マッサージや刺激の付与等の美容的処置を行った後の肌であってもよい。本形態によって、処置前及び処置後の肌の評価を比較することで、処置自体を評価することもできる。
【0018】
<振動の検出(S1)>
本形態では、評価対象である肌と、接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生する振動を検出する(S1)。図2に、振動の発生及び検出の例を示す。図2に示すように、振動は、例えば人の頬の部分と指の腹とを接触させながら、両方向矢印に示すように往復運動させることによって発生させることができる。
【0019】
図示の例では、評価対象である肌は人の頬であるが、評価対象は、額、顎、鼻等の顔の別の部分の肌であってもよいし、顔以外の身体の一部、例えば、首、デコルテ(首元から胸元の部分)、背中、腕、脚等の肌(皮膚)であってもよい。
【0020】
図示の例では、接触体は指であり、指の第1関節の腹側で評価対象である肌表面に接触させているが、接触体は、掌であってもよいし、腕や顔等であってもよい。さらに、接触体は身体の一部でなくてもよく、人の肌の表面形状を模した表面を有した物体、例えば人工皮膚等を被覆した物体等であってもよい。また、接触体は、金属製や樹脂製のプローブであってよく、後述の振動検出手段20と一体化されたものであってもよい。但し、肌に実際に触れる場合、通常は指の腹側又は掌で触れる場合が多いことから、接触体を身体の一部、特に指の腹又は掌とすることで、実際に人が肌の触感を感じる状態に近い状態で振動を発生させることができる。
【0021】
振動の発生は、肌と接触体とを接触させながら相対運動させること(以下、接触相対運動ともいう)、すなわち、接触体で肌を撫でること又は擦ること(接触体を肌の表面上で滑らせること)によって行う。この相対運動は、接触体を肌に押し付けて多少の圧力をかけながら行うこともできる。多少の圧力をかけることで、実際に人が肌の触感を感じる状態に近い状態で振動を発生させることができ、好ましい。また、図示の例では、相対運動は、所定の長さ範囲での接触体の往復運動であるが、その運動の方向等は特に限定されない。例えば、接触体を、肌の表面の所定の長さを一方向で繰り返し撫でるように動かしてもよいし、円や楕円等の任意の図形を書くように動かしてもよい。
【0022】
発生させた振動は、振動検出手段20によって検出する。その際、振動の大きさを、変位、速度、加速度の1以上の変化として測定することができる。振動の大きさは、加速度の変化として測定することが好ましい。振動検出手段20としては、例えば、3軸加速度センサ等の加速度センサ、角速度センサ、角加速度センサ、PVDFフィルムセンサ、ひずみゲージ、ピエゾセンサ、レーザー変位計、フォトリフレクタ、マイク等を用いることができる。
【0023】
図示の例では、振動検出手段20を、接触体(指)の、肌と接触させる側と反対の側(指の爪の側)に配設しているが、評価に用いることができる振動を検出することができれば、振動検出手段20を配置する場所は特に限られない。振動検出手段20は、接触体の任意の場所に配置することもできるし、また評価対象である肌に配置してもよい。
【0024】
また、検出される振動は、評価対象(肌)及び/又は接触体の振動を直接検出したものであってもよいし、肌及び/又は接触体の表面から周囲の媒質(空気)を介して伝播してきたもの(音)であってもよい。但し、肌及び/又は接触体の振動を直接検出する場合は、振動の発生箇所に近い場所での信号の検出が可能となり、また肌と接触体との接触相対運動以外に起因して発生する振動が混ざることを低減できる。そのため、図示のように、接触体(指)に振動検出手段20を設けて、振動を検出することは、検出精度を向上させる観点から好ましい。
【0025】
<振動の解析(S2)>
上述のように振動検出手段20によって検出された振動は電気的な信号に変換され、振動検出手段20に接続された解析手段30に送られ、解析される(図2)。より具体的には、解析手段30は、取得した信号を周波数スペクトル解析し、周波数スペクトルを生成することができる。
【0026】
より具体的には、振動検出手段20によって検出されるデータは、図3Aに示すような加速度の信号波形として得られる。そして、解析手段30が上記データをフーリエ変換、ウェーブレット変換等の処理を行うことにより、図3Bに示すような周波数スペクトルを得ることができる。
【0027】
周波数スペクトルは、振動の検出信号に含まれる様々な周波数成分の大きさを、周波数ごとに表したものである。図3Bに示すように、周波数スペクトルは、例えば、横軸に周波数(単位はHz)を、縦軸にパワースペクトル密度(1Hz幅当たりのパワー値、単位はdB/Hz)を表したグラフとして表示することができる。
【0028】
よって、振動の解析(S2)においては、得られた周波数スペクトルから、所定の周波数帯域におけるスペクトル強度を求めることができる。このような所定の周波数帯域におけるスペクトル強度は、具体的には、所定の周波数帯域におけるパワースペクトル密度の面積分値、単位周波数当たりの面積分値、重心値、平均値、中央値、及び最大値の1以上から得られる指標値として表すことができる。
【0029】
なお、上記の振動の解析及び肌の評価における処理の少なくとも一部は、Matlab(登録商標)(MathWorks社製)等のソフトウェアを用いることもできる。
【0030】
<肌の評価(S3)>
本形態では、上述のようにして取得された周波数スペクトルの、所定の周波数帯域におけるスペクトル強度に基づき、肌触感を評価することができる。より具体的には、所定の肌触感は、予め求めておいた、所定の周波数帯域におけるスペクトル強度とその所定の肌触感の官能評価との関係に照らして評価することができる。その場合、所定の周波数帯域におけるスペクトル強度は、上述のように、所定の周波数帯域におけるパワースペクトル密度の面積分値、単位周波数当たりの面積分値、重心値、平均値、中央値、及び最大値の1以上から得られる指標値として表すことができる。よって、そのような指標値と、例えば官能評価値との関係を予め求めておいて、その関係をデータベースとして保存しておくことが好ましい。また、その関係についてモデル式を構築して保存しておいてもよい。
【0031】
(1.単独の評価項目の触感の評価)
本形態により評価される、単独の評価項目の触感とは、例えば、「すべすべ」、「ざらつき」、「なめらか」、「サラサラ」、「かさつき」、「しっとり」、「でこぼこ」といった評価項目のうち一の触感である。
【0032】
評価を行うには、上述の「振動の検出(S1)」及び「振動の解析(S2)」で説明したように、肌と接触体とを接触させながら相対運動させて発生する振動を検出して解析し、周波数スペクトルを得る。この工程を、複数の対象(異なる肌)について行い、各周波数スペクトルを記録する。
【0033】
一方、評価したい具体的な一の項目(触感)について、専門パネルによる官能評価を複数の対象(肌)について行い、各対象についての官能評価値を記録しておく。すなわち、複数の対象について、それぞれの周波数スペクトルと官能評価値とを、データベースとして記録しておく。
【0034】
そして、周波数スペクトルにおいて、スペクトル強度と官能評価値との間に高い相関が示される周波数帯域を求める。その場合、例えば、10Hz毎にパワースペクトル密度の平均値を求め、この平均値と上記の官能評価値との相関分析を行う。そして、得られた相関係数が5%の有位水準で有位な値を抽出する。
【0035】
振動の周波数スペクトルにおけるスペクトル強度と、触感の官能評価値との間で高い相関を示す所定の周波数帯域は、5~500Hzとなり得、10~400Hzとなり得る。触感が「粗さ触感」である場合、高い相関を示す所定の周波数帯域は、20~350Hzとなり得る。触感が「乾湿触感」である場合、高い相関を示す所定の周波数帯域は、50~400Hzとなり得る。
【0036】
このように所定の触感の官能評価値とパワースペクトル密度との間の相関が高い周波数帯域を予め求めておけば、触感が未知の肌について、周波数スペクトルを取得して、その相関の高い周波数帯域のパワースペクトル密度をデータベースと比較することで、官能評価値の推定を行うことができる。
【0037】
(2.複数の評価項目の総合的な触感の評価)
2以上の評価項目を総合した総合的な触感を評価する場合、従来の方法では、多数の評価項目を評価する必要があり、さらにそれらの複数の評価から得られる評価値に対して演算処理を行う等、手間がかかるものであった。これに対し、本発明者は、総合的な触感としての「粗さ触感」及び「乾湿触感」が、肌と接触体とによって発生させた振動の所定の周波数帯域における大きさと相関があることを見出し、しかも、「粗さ触感」の官能評価と相関の高い周波数帯域と、「乾湿触感」の官能評価と相関の高い周波数帯域とが異なることを見出した。
【0038】
総合的な触感としての「粗さ触感」及び/又は「乾湿触感」は、例えば、肌の状態(性状)を評価するための一般的な複数の評価項目についてそれぞれ官能評価を行い、複数のデータを集約して得られる新たな評価項目であるということができる。このようなデータの集約には、主成分分析、因子分析等を利用することができる。
【0039】
例えば、データを主成分分析した場合、総合的な触感としての「粗さ触感」、及び総合的な触感としての「乾湿触感」はそれぞれ、第1主成分、及び第2主成分となり得る。よって、上述のようにして取得した周波数スペクトルのスペクトル強度と主成分のスコアとの相関が高い周波数帯域を予め求めておき、触感が未知の肌について少なくとも1つの周波数スペクトルを取得すれば、その相関の高い周波数帯域におけるスペクトル強度をデータベースと比較することで、主成分スコアの推定を行うことができる。そして、触感が未知の肌の状態について、粗さに関する傾向及び乾湿に関する傾向の少なくとも一方を評価することができる。
【0040】
振動の周波数スペクトルにおけるスペクトル強度と、総合的な触感としての「粗さ触感」の官能評価値との間で高い相関を示す所定の周波数帯域は、160~290Hzとなり得る。また、振動の周波数スペクトルにおけるスペクトル強度と、総合的な触感としての「乾湿触感」の官能評価値との間で高い相関を示す所定の周波数帯域は60~200Hzとなり得る。
【実施例
【0041】
図2に示すような評価装置を用いて、振動の検出及び解析、並びに肌の触感の評価を行った。
【0042】
(1.振動の検出及び解析)
被験者の一方の手の中指の爪側に、3軸加速度センサ(株式会社テック技販製、型式:A3AX)を装着し、その中指の腹側を、被験者の一方の頬の表面に接触させながら、一定の圧力を加えつつ、顔の左右方向に往復運動させた。往復運動は、顔の左右方向に6cmの範囲で、60往復/1分の速度で行った。この運動により生じた振動を上記の加速度センサで検出した。
【0043】
検出された振動は電気的な信号に変換され、解析手段30(図2)に送られた。解析手段30は、振動の信号を解析し、図3Bに示したような周波数スペクトルを取得した。
【0044】
計27名の被験者の肌の各々について、上記の振動の検出及び解析を行い、周波数スペクトルをそれぞれ取得した。
【0045】
(2.官能評価)
上記27名の被験者の肌のそれぞれについて、「すべすべ」、「ざらつき」、「なめらか」、「サラサラ」、「かさつき」、「しっとり」、「でこぼこ」、「表面のやわらかさ」、「奥のやわらかさ」、及び「弾力」という10の評価項目の触感について、専門パネルによる官能評価を行った。官能評価値は1~5の5段階とした。
【0046】
(3.パワースペクトル密度と触感との相関)
【0047】
(3-1.単独評価項目の触感)
上記のようにして取得した周波数スペクトルを用いて、パワースペクトル密度(単位:dB/Hz)と、所定の単独評価項目の官能評価値(単位:-)との相関について検討した。各周波数スペクトルにおいて、10Hz毎にパワースペクトル密度の平均値を求め、その平均値と上記の官能評価値との相関分析を行った。
【0048】
「すべすべ」、「ざらつき」、「なめらか」、「サラサラ」、「かさつき」、「しっとり」、「でこぼこ」、及び「表面のやわらかさ」という評価項目については、パワースペクトル密度と官能評価値との間には比較的高い相関があることが分かった。
【0049】
図4A図4Dに、「すべすべ」、「サラサラ」、「でこぼこ」、及び「ざらつき」という単独評価項目についての、パワースペクトル密度と官能評価値との相関係数を、周波数ごとに表したグラフを示す。本例においては、有意性の検定を行い,5%の有意水準で有意な相関係数を表示している。
【0050】
図4A図4Dより、各評価項目の触感において、それぞれ所定の周波数帯域におけるパワースペクトル密度と官能評価値との間に、相関があることが分かった。例えば、図4Aに示すように、パワースペクトル密度と官能評価値との間での相関は、「すべすべ」(肌の粗さに関する単独評価項目)の触感については、100~370Hzの周波数帯域において高かった。また、図4Bに示すように、「サラサラ」(肌の乾湿に関する単独評価項目)という評価項目の触感については、60~250Hzの周波数帯域において高かった。
【0051】
よって、複数の被験者の肌についての周波数スペクトルと官能評価値との関係を、データベースとして保存しておき、官能評価が未知である肌について同じ条件で周波数スペクトルを得て、データベースに照らし合せて、所定の周波数帯域におけるパワースペクトル密度を比較することで、未知の肌の触感、特に肌の粗さ又は乾湿に関する触感を的確に評価することができる。
【0052】
(3-2.総合的な触感)
「2.官能評価」において行った計27の肌についての官能評価値のデータに対して、主成分分析を行った。その結果を図5に示す。図5において、横軸は第1主成分スコアであり、縦軸は第2主成分スコアである。
【0053】
図6Aには、第1主成分スコア(粗さ触感スコア)を求めた際の各評価項目の係数(主成分負荷量)を、図6Bには、第2主成分スコア(乾湿触感スコア)を求めた際の各評価項目の係数(主成分負荷量)を示す。図6Aに示すように、第1主成分との相関の大きい評価項目は「すべすべ」、「ざらつき」、「なめらか」、「かさつき」及び「でこぼこ」であることから、第1主成分は粗さ触感を総合的に表す主成分であることが分かる。また、図6Bに示すように、第2主成分との相関の大きい評価項目は「サラサラ」及び「しっとり」であることから、第2主成分は乾湿触感を総合的に表す主成分であることが分かる。
【0054】
続いて、上記のようにして取得した27の周波数スペクトルを用いて、パワースペクトル密度(単位:dB/Hz)と、複数の評価項目を考慮した総合的な触感としての「粗さ触感」の主成分スコア(単位:-)との相関について検討した。
【0055】
図7Aに、粗さ触感(第1主成分)のスコアと、パワースペクトル密度との相関係数を、周波数ごとに表したグラフを示す。図7Aに示すように、「粗さ触感」については、パワースペクトル密度とスコアとの間での相関が、160~290Hzの周波数帯域において特に高いことが分かった。
【0056】
同様に、パワースペクトル密度(単位:dB/Hz)と、複数の評価項目を考慮した総合的な触感としての「乾湿触感」の主成分スコア(単位:-)との相関について検討した。
【0057】
図7Bに、乾湿触感(第2主成分)のスコアと、パワースペクトル密度との相関係数を、周波数ごとに表したグラフを示す。図7Bに示すように、「粗さ触感」については、パワースペクトル密度とスコアとの間での相関が、60~200Hzの周波数帯域において特に高いことが分かった。
【0058】
このように、多数の評価項目を集約させた総合的な触感についても、肌と接触体とを接触させながら相対運動させることによって発生する振動を少なくとも一度検出して周波数スペクトルを取得することができれば、予め取得しておいたデータベースに照らして、所定の周波数帯域における振動の大きさを比較することで、未知の肌の触感を評価することができる。
【0059】
本出願は、2018年10月16日に日本国特許庁に出願された特願2018-195132号に基づく優先権を主張するものであり、その全内容は参照をもってここに援用される。
【符号の説明】
【0060】
10 肌評価装置
20 振動検出手段
30 解析手段
40 評価手段
S 被験者
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図4C
図4D
図5
図6A
図6B
図7A
図7B