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特許7486026燃料電池用セパレータおよびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-09
(45)【発行日】2024-05-17
(54)【発明の名称】燃料電池用セパレータおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/0228 20160101AFI20240510BHJP
   H01M 8/0206 20160101ALI20240510BHJP
   H01M 8/021 20160101ALI20240510BHJP
   H01M 8/0215 20160101ALI20240510BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20240510BHJP
【FI】
H01M8/0228
H01M8/0206
H01M8/021
H01M8/0215
H01M8/10 101
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021020375
(22)【出願日】2021-02-12
(65)【公開番号】P2022061933
(43)【公開日】2022-04-19
【審査請求日】2023-03-13
(31)【優先権主張番号】P 2020169468
(32)【優先日】2020-10-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】トウ ジュシン
(72)【発明者】
【氏名】小澤 康弘
(72)【発明者】
【氏名】中西 和之
(72)【発明者】
【氏名】堀江 俊男
【審査官】山本 雄一
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-242257(JP,A)
【文献】特開2006-140010(JP,A)
【文献】特開2013-178914(JP,A)
【文献】特開2009-064589(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86- 4/98
H01M 8/00- 8/0297
H01M 8/08- 8/2495
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と該基板上にあり燃料電池の電極に接し得る耐食導電層とを有する燃料電池用セパレータであって、
該耐食導電層はFeからなり、
さらに、該基板と該耐食導電層の間にFeよりも貴な金属からなるバリア層を有し
該基板は、Fe基材、Ti基材またはAl基材のいずれかからなり、
該バリア層は、Ni基材、Sn基材、Cu基材またはAg基材のいずれか一種以上からなる燃料電池用セパレータ。
【請求項2】
前記バリア層は、少なくともNi層を含む請求項1記載の燃料電池用セパレータ。
【請求項3】
前記基板は、ステンレス鋼からなる請求項1または2に記載の燃料電池用セパレータ。
【請求項4】
前記燃料電池は、固体高分子型燃料電池である請求項1~のいずれかに記載の燃料電池用セパレータ。
【請求項5】
基板の表面にFeよりも貴な金属からなるバリア層を形成するバリア層形成工程と、
該バリア層上にFeからなる耐食導電層を形成する耐食導電層形成工程とを備え、
請求項1~のいずれかに記載の燃料電池用セパレータが得られる製造方法。
【請求項6】
前記バリア層形成工程および/または前記耐食導電層形成工程は、めっきによりなされる請求項に記載の燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項7】
前記バリア層形成工程は、Cl-濃度が0.1mol/L以上であるめっき液中でなされる請求項に記載の燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項8】
前記耐食導電層形成工程は、Fe2+を含みpH8以上のめっき液を用いてなされる請求項またはに記載の燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項9】
前記めっき液は、Fe(OH)を含む請求項に記載の燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項10】
前記バリア層形成工程前に、前記基板の表面に形成された酸化膜を除去する前処理工程を有する請求項のいずれかに記載の燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項11】
前記バリア層は、前記基板表面に形成される下地層と、該下地層上に形成される上層とを少なくとも有し、
前記バリア層形成工程は、該下地層の形成工程と、該上層の形成工程とを少なくとも有する請求項10のいずれかに記載の燃料電池用セパレータの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用セパレータ等に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、発電効率が高く、環境負荷が小さいため、電力供給源として注目されている。燃料電池には複数のタイプあるが、電解質と、その両側に設けられる電極(燃料極と空気(酸素)極/アノードとカソード)と、各電極の外側(電解質の反対側)に設けられるセパレータ(集電体、構造体)とを備える点で共通している。
【0003】
電解質や電極は、燃料電池のタイプに応じて選択される。これに対してセパレータは、燃料電池のタイプの他、成形性、強度、コスト等も考慮して選択される。いずれのセパレータも、優れた耐食性と導電性が要求される点では共通している。このようなセパレータに関する提案は多くなされており、例えば、下記の特許文献に関連する記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-242257号公報
【文献】特開2006-140010号公報
【文献】特開2006-156386号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1は、FeNi合金基板に形成したガス流路の表面(溝内壁面)に、Feからなる耐腐食層を形成したセパレータを提案している。但し、特許文献1のセパレータでは、電極との接触面に形成された耐腐食層をわざわざ除去している。すなわち、そのセパレータは、電極に接触する表面に、その耐腐食層(Fe)がない。
【0006】
特許文献2、3は、金属基材と最表層との間に中間層を設けたセパレータを提案している。但し、その中間層は、金属基材に対して炭化物からなる最表層の接着力・密着力を確保するために設けられているに過ぎない。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、安定した高耐食性と高導電性を有する新たな燃料電池用セパレータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し試行錯誤を重ねた結果、基板上に、Feよりも貴な金属層(バリア層)とその上方(基板と反対側)にFe層(耐食導電層)を設けることにより、安定した高耐食性と高導電性が得られることを見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明が完成されるに至った。
【0009】
《燃料電池用セパレータ》
本発明は、基板と該基板上にあり燃料電池の電極に接し得る耐食導電層とを有する燃料電池用セパレータであって、該耐食導電層はFeからなり、さらに、該基板と該耐食導電層の間にFeよりも貴な金属からなるバリア層を有する燃料電池用セパレータである。
【0010】
本発明の燃料電池用セパレータ(単に「セパレータ」という。)は、安定した高耐食性と高導電性を発揮し得る。この理由は次のように考えられる。Feは、高電位下や高温酸性溶液中等において、腐食され難く(腐食電流が低く)、難溶性であり、耐食性に優れる。また、Feは導電性にも優れ、燃料電池の電極と接触したときに生じる抵抗(接触抵抗)を低減させ得る。このためFeは、燃料電池の電極に接するセパレータの耐食導電層として適している。
【0011】
但し、Feは、Feより卑な金属元素と接すると還元され得る。このため、Feからなる耐食導電層を基板表面にそのまま形成すると、Feは基板等に含まれる卑な金属元素と反応して、基板と耐食導電層の間に酸化物を生成する要因となる。このような酸化物は、集電体でもあるセパレータの表面近傍における抵抗値を増加させる要因となる。なお、本明細書では、このようなセパレータ表面近傍における抵抗も含めて、適宜、「接触抵抗」という。
【0012】
本発明のセパレータでは、耐食導電層と基板の間に、Feより貴な金属からなるバリア層が形成されている。このバリア層により、耐食導電層のFeは、基板等との酸化還元反応(新たな酸化物生成)が抑止される。こうして、Feからなる耐食導電層を有するセパレータは、高耐食性に加えて、安定した高導電性も発揮し得る。
【0013】
《燃料電池用セパレータの製造方法》
本発明は、セパレータの製造方法としても把握される。例えば、本発明は、基板の表面にFeよりも貴な金属からなるバリア層を形成するバリア層形成工程と、該バリア層上にFeからなる耐食導電層を形成する耐食導電層形成工程と、を備える燃料電池用セパレータの製造方法でもよい。なお、バリア層形成工程前に、適宜、基板の表面に形成された酸化膜を除去する前処理工程等がなされてもよい。
【0014】
なお、バリア層形成工程および/または耐食導電層形成工程は、めっき(処理)してなされると、セパレータの生産性を向上させ得る。なお、各工程でなされるめっきは、当然、その種類(めっき浴等)や条件が異なってよく、各工程は多段工程でもよい。また、バリア層は多層でもよい。このとき、少なくとも2層は、実質的に同組成の金属からなってもよい。
【0015】
《燃料電池》
本発明は、上述したセパレータを備えた燃料電池としても把握できる。例えば、本発明は、電解質と、電解質の各面側にある電極と、各電極に接するセパレータとを備え、そのセパレータが上述した被覆層(耐食導電層とバリア層)を備える燃料電池でもよい。
【0016】
《その他》
(1)本明細書でいう金属の「貴・卑」は、標準電極電位に基づいて定める。標準電極電位が高い金属が貴な金属であり、標準電極電位が低い金属が卑な金属である。ちなみに、イオン化傾向が小さい金属ほど貴な金属であり、イオン化傾向が大きい金属ほど卑な金属とも換言できる。
【0017】
代表的な金属(単体)について、貴な金属から順に序列を示すと次のようになる。なお、()内の数値は標準電極電位(V)を示す。
Au(+1.5)>Ag(+0.8)>Cu(+0.34)>(H)>Sn(-0.14)>Ni(-0.25)>Co(-0.28)>Fe(-0.44)>Cr(-0.74)>Ti(-1.63)>Al(-1.66)
【0018】
なお、標準電極電位が既知でない金属(合金等)については、当該金属の電極電位を周知な方法で測定して求めればよい。例えば、その金属(測定対象)からなる電極と標準水素電極(基準電極)とを組み合わせた電池の標準状態における起電力として、各金属の標準電極電位が求まる。なお、標準状態は、反応に関与する全ての化学種の活量が1で、平衡状態となっているときである。
【0019】
本明細書でいう「X基材」は、X単体の他、Xを主成分とするX合金(金属間化合物を含む)、X複合材等である。なお、主成分は、敢えていうと、基材全体に対してXを50原子%以上(または50原子%超)さらには60原子%以上含むことを意味する。
【0020】
(2)本明細書でいう「x~y」は、特に断らない限り、下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。また、本明細書でいう「x~yμm」はxμm~yμmを意味する。他の単位系(mΩ・cm等)についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】セパレータの製造過程の一例を示す模式図である。
図2】試料1に係る被覆層(バリア層と耐食導電層)のX線回折パターンである。
図3】各試料の接触抵抗の経時変化を示すグラフである。
図4】試料1(被覆層あり)と基板(被覆層なし)の分極曲線である。
図5】接触抵抗の測定方法を示す模式図である。
図6】固体高分子型燃料電池のセル要部を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、方法的な構成要素であっても物(例えばセパレータや燃料電池)に関する構成要素ともなり得る。
【0023】
《耐食導電層》
耐食導電層はFeからなる。耐食導電層には、Feの他に不純物(Fe以外の酸化鉄も不純物に含まれる。)が含まれてもよい。なお、Fe(マグネタイト)の一部は、FeがNi、Co、Mn、Zn、Cu等で置換された他の(正・逆)スピネル型フェライト(AB/AB:金属元素)でもよい。
【0024】
耐食導電層(単に「Fe層」ともいう。)は、めっき(主に湿式めっき)、蒸着(PVD、CVD等)、焼結等により形成され得る。めっきや蒸着に依れば、厚さ制御をして、薄膜状(例えば、厚さが0.03~10μmさらには0.05~3μm)のFe層を均一的に形成できる。
【0025】
逆に、厚膜状(例えば、厚さが10~200μmさらには25~100μm)のFe層なら、例えば、基板表面に圧着、スラリー塗布等した原料粉末を焼結させて形成してもよい。その原料粉末には、Fe粉末自体を用いてもよいし、焼結によりFeを形成する鉄源粉末と酸素源粉末の混合粉末を用いてもよい。
【0026】
めっきにより耐食導電層を形成すると、セパレータの生産性を向上させ得る。めっきは、Fe層の形成が可能なら、その種類を問わないが、例えば、湿式めっき、さらには電気めっきを用いるとよい。電気めっきは、例えば、基板側を陽極とする陽極電気めっき法によりなされるとよい。耐食導電層の形成に使用されるめっき液(浴)は、例えば、Fe2+を含み、pHが8~13、9~12さらには9.5~11である。さらにいうと、そのめっき液は、例えば、Fe(OH)を含むとよい。このようなめっき液を用いて耐食導電層を形成すると、理由は定かではないが、セパレータの接触抵抗がより低減され得る。
【0027】
《バリア層》
バリア層は、少なくともFeよりも貴な金属からなるとよい。バリア層を構成する金属(単に「バリア金属」ともいう。)は、純金属でも、合金(金属間化合物を含む)でもよい。なお、バリア層にも不純物は含まれ得る。
【0028】
バリア金属は、例えば、Ni基材、Sn基材、Cu基材またはAg基材のいずれか一種以上からなるとよい。Ni、Sn、CuおよびAgはいずれもFeよりも貴な金属元素である。バリア金属の種類または成分組成は、基板を構成する金属(単に「基板金属」という。)の種類や成分組成に応じて選択されるとよい。
【0029】
バリア層も耐食導電層と同様に、めっき、蒸着等により形成され得る。その厚さは、例えば、0.05~10μmさらには0.1~5μmである。なお、バリア層と耐食導電層は、厚さが同じでも異なっていてもよい。セパレータの仕様に応じて、適宜、調整されるとよい。めっきによりバリア層を形成する場合、例えば、基板側を陰極とする陰極電気めっき法によりなされるとよい。バリア層の形成に使用されるめっき液(浴)は、例えば、Cl-を含み、Cl-濃度が0.1~15mol/L、0.5~10mol/Lさらには1~5mol/Lであるとよい。このようなめっき液を用いると、理由は定かではないが、密着性に優れるバリア層が形成させ得る。
【0030】
バリア層は、単層でもよいし、複層でもよい。複層は、例えば、基板表面に下地層を形成する下地層形成工程と、その下地層に上層を形成する上層形成工程とにより得られる。複層は、種類、組成または厚さ等が同じ金属層の組合せでもよいし、それらのいずれかが異なる金属層の組合せ(例えば、Ni層、Sn層、Cu層およびAg層から選択される2種以上)でもよい。複層が同種な金属層の組合せからなる場合、例えば、ストライクめっき等により薄い下地層(例えばNi層)を形成した後、異なるめっき法(めっき浴)により同種金属からなる厚い上層(例えばNi層)を形成してもよい。
【0031】
下地層は、例えば、Ni層である。Ni層は、基板表面に対する密着性や平滑化(表面粗さ低減等)に優れる。下地層となるNi層は薄くてもよい(例えば、厚さ0.01~1μmさらには0.05~0.5μm程度)。このようなNi層は、例えば、ストライクめっきまたはフラッシュめっきとして形成され得る。なお、バリア層は、基板表面に接する下地層と、耐食導電層に接する最上層との間に、中間層(介在層)があってもよい。
【0032】
ちなみに、バリア層(またはそれを構成する少なくとも一層)は、上述したバリア金属からなる他、十分な導電性を有し、Feと実質的に反応しない限り、化合物(セラミックス等)や非金属元素からなってもよい。
【0033】
《基板》
基板は、導電材からなり、少なくともバリア層の形成が可能であれば、その具体的な材質を問わない。基板は、例えば、金属基材の他、炭素基材、セラミック基材、樹脂基材等からなってもよい。もっとも、基板は、導電性、成形性(加工性)、強度等に優れる金属基材からなるとよい。具体的にいうと、基板は、例えば、Fe基材、Ti基材またはAl基材のいずれかからなるとよい。Fe基材は、例えば、ステンレス鋼(基材全体に対してCrを10.5質量%以上含む鉄合金)であるとよい。ステンレス鋼は、オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系、二相系、析出硬化系等のいずれでもよい。通常、ステンレス鋼に含まれるCは1.2質量%以下である。
【0034】
基板がオーステナイト系ステンレス鋼からなる場合、例えば、バリア層はNi基材からなるとよい。オーステナイト系ステンレス鋼は、Crに加えてNiも多く含むため、耐食性に優れると共に、Ni基材からなるバリア層との密着性にも優れる。
【0035】
セパレータと電極の間には、通常、ガス(燃料ガス、空気等の酸化ガス)を電極内へ均一的に供給するために、ガス流路(溝等)が設けられる。ガス流路は、電極側にあっても、セパレータ側(基板)にあってもよい。セパレータ側に設けるガス流路は、基板の電極面側を塑性加工(金属基板のプレス成形等)、切削加工等して形成される。
【0036】
《燃料電池/セパレータ》
燃料電池には複数のタイプがある。例えば、固体高分子型燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)、リン酸型燃料電池(PAFC:Phosphoric Acid Fuel Cel)、溶融炭酸塩型燃料電池(MCFC:Molten Carbonate Fuel Cell)、固体酸化物型燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)等がある。本発明のセパレータは、いずれの燃料電池にも利用可能である。
【0037】
なかでも、PEFCは、小型軽量化が可能で、可搬性があり、低温で作動させ得るため、自動車等に適する。PEFCは、電荷担体が水素イオン(H+) であり、反応ガスは水素ガスと酸化ガス(通常は空気)である。
【0038】
燃料電池は、複数のセルが積層されたスタックからなる。一例として、PEFCのセルPの要部を図6に模式的に示した。セルPは、固体高分子電解質膜3と、その一方側の電極である燃料極(アノード)21と、その他方側の電極である空気極(カソード)22と、燃料極21の外側にあるセパレータ11と、空気極22の外側にあるセパレータ12とを備える。
【0039】
固体高分子電解質膜(単に「電解質膜」ともいう。)3は、H+のみを移動させる。燃料極21は、供給されたガスg1(水素)を透過すると共に導電性を備えるガス拡散層(GDL)211と、金属触媒を担持した電極触媒層(CL)212とを有する。空気極22は、供給されたガスg2(空気、特に酸素)を透過すると共に導電性を備えるガス拡散層(GDL)221と、金属触媒を担持した電極触媒層(CL)222とを有する。
【0040】
ガス拡散層211はセパレータ11(被覆層112)に接しており、ガス拡散層221はセパレータ12(被覆層122)に接している。電極触媒層212はガス拡散層211と電解質膜3に接しており、電極触媒層222はガス拡散層221と電解質膜3に接している。本発明に係るセパレータ11、12は、さらに、ガス拡散層211、221に接触する被覆層112、122を備える。被覆層112、122の少なくとも一方は、Feからなる耐食導電層とFeよりも貴な金属からなるバリア層が積層されてなるとよい。なお、被覆層112、122の少なくとも一方は、バリア層および耐食導電層以外に、別な層を有していてもよい。
【0041】
ガス拡散層211、221は、例えば、ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維を焼結させた多孔質状の炭素基材からなる。なお、ガス拡散層211、221の一面(電解質の反対側にある面)が、被覆層112、122に接触する電極面となる。電極触媒層212、222は、例えば、触媒(Pt、Pt-Ru合金等)の微粒子をカーボンブラック等に担持させてなる。
【実施例
【0042】
セパレータに用いられる金属基板の表面に被覆層を形成し、その被覆層の構造と特性(導電性と耐食性)を評価した。このような具体例に基づいて、本発明をより詳しく説明する。
【0043】
[第1実施例]
《試料の製造》
図1に示すように、金属製の基板上に被覆層を形成した試料1を製作した。以下、各工程について、具体的に説明する。
【0044】
(1)基板
ステンレス鋼板(JIS SUS304)からなる基板(150mm×200mm×t0.1mm)を用意した。
【0045】
(2)前処理(酸化膜除去)
基板を塩酸水溶液(35%:100g/L)に浸漬して、基板を陰極として、5分間通電(陰極電解)した(電流密度:1A/dm)。これにより、基板表面に形成されていた不動態皮膜(主にクロム酸化膜)を除去した。
【0046】
(3)バリア層形成(Niめっき)
前処理後に水洗した基板を素早くニッケルめっき浴に浸漬し、基板を陰極として、150秒間通電した(電流密度:1A/dm)。めっき浴にはスルファミン酸ニッケル浴(濃度:280g/L)を用いた。この処理(フラッシュめっき)により、厚さが約0.8μmのNi層を基板表面に形成した。なお、厚さは、走査型電子顕微鏡(SEM)で試料断面の最薄部を観察して求めた(Fe層の厚さについても同様とした)。
【0047】
(4)耐食導電層形成(Feめっき)
Niめっき後に水洗した基板をめっき浴に浸漬し、基板を陽極として通電した。めっき浴には、Fe(OH)懸濁液(濃度:0.5M/L、pH=8.6)を用いた。通電は、基板の電位を一定(―0.35V v.s. SHE)にして1時間行った(定電位陽極めっき)。こうして、基板のNi層上に、厚さが約0.5μmのFe層を形成した。基板上にNi層とFe層を形成した試料を「試料1」という。
【0048】
(5)比較例として、上述したNiめっき(Ni層の形成)を行わずに、前処理後の基板表面に、Fe層を直接形成した試料C1も用意した。
【0049】
《測定》
(1)構造解析
試料1の被覆層をX線回折法(XRD)により解析した。そのX線回折パターンを図2に示した。図2から明らかなように、被覆層は、NiとFeからなることが確認された。
【0050】
(2)接触抵抗
各試料の被覆層について、接触抵抗の経時変化を測定した。具体的にいうと、図5に示すように、先ず、各試料の被覆層とガス拡散層(GDL)を模したカーボンペーパー(東レ株式会社製TGP型)との間に所定の面圧(1.5MPa)を印加して、両者を密着させる。その状態のまま、両者間の接触抵抗を4端子法により所定時間測定した。得られた結果を図3にまとめて示した。なお、被覆層とカーボンペーパーの接触面積は1cm(10mm×10mm)として、上記の面圧および接触抵抗を算出した。
【0051】
(3)分極試験
試料1と、未処理の基板そのものとを分極試験に供した。それぞれについて得られた分極曲線を図4にまとめて示した。試験溶液には、NaFとNaClをあわせて40ppm(質量割合)含有する硫酸(HSO)水溶液(pH3)を用いた。
【0052】
《評価》
(1)導電性
図3から明らかなように、基板表面にNi層とFe層が形成された試料1では、接触抵抗が小さく、その状態が長期間にわたり安定して維持されることがわかった。一方、そのNi層が形成されていない試料C1では、初期の接触抵抗は小さくても、極短時間内に接触抵抗が急増し、時間の経過と共に接触抵抗が増加し続けることもわかった。従って、基板とFe層の間にNi層を設けることにより、安定した低接触抵抗(高導電性)を実現できることがわかった。
【0053】
(2)耐食性
図4から明らかなように、基板の表面にFe層(さらにはNi層)を設けた試料1は、電位が1V(v.s. SHE)になっても、腐食電流密度は5μA/cm以下であった。従って試料1は、高電圧下において、ステンレス鋼からなる基板単体よりも、耐食性に優れることがわかった。
【0054】
[第2実施例]
《試料の製造》
第1実施例と異なる条件下でバリア層形成工程と耐食導電層形成工程を行い、表1に示す試料21~23を製作した。各工程の詳細は次の通りである。
【0055】
(1)バリア層形成(Niめっき)
第1実施例と同じ基板(SUS304/厚さ:0.1mm)を用いて、前処理せずに、Niめっきを行った。めっき浴として、塩酸(35%):120ml/LとNiCl:240g/Lを含む水溶液(25℃)を用いた。このめっき浴中のCl-濃度は5.1mol/Lである。
【0056】
そのめっき浴に浸漬した基板を陰極として、電流密度:5A/dmを通電した。なお、各試料毎の通電時間(めっき時間)と形成されたNi層の厚さ(既述した方法により測定した。)は、併せて表1に示した。
【0057】
(2)耐食導電層形成(Feめっき)
Niめっき後に水洗した基板を、別なめっき浴に浸漬して、基板を陽極として通電した。ここでは、Fe(OH)懸濁液(濃度:1M/L)からなるめっき浴を用いた。通電は、基板の電位を一定(―0.35V v.s. SHE)にして1時間行った(定電位陽極めっき)。こうして、基板のNi層上に、厚さが約0.5μmのFe層を形成した。なお、表1に示すように、めっき浴のpHは各試料毎に変えた。
【0058】
《測定》
各試料を用いて、第1実施例と同様に、接触抵抗の経時変化の測定と、分極試験を行った。その結果得られた初期の接触抵抗と300時間経過後の接触抵抗、および電位が1V(v.s. SHE)のときの腐食電流密度を表1に併せて示した。
【0059】
《評価》
表1から明らかなように、試料21~23のいずれも、接触抵抗が小さく、その状態が長期間にわたって安定していることがわかった。また、耐食導電層(Fe層)の形成で使用しためっき浴のpHが高くなるほど、得られる試料の接触抵抗が小さくなることもわかった。
【0060】
さらに、いずれの試料でも、電位:1V(v.s. SHE)のときの腐食電流密度が1μA/cm以下となり、優れた耐食性を示すこともわかった。
【0061】
以上のことから、耐食導電層(Fe層)とバリア層(例えばNi層)で被覆された基板(セパレータ)は、耐食性に優れ、高導電性を安定して発揮し得ることが確認された。
【0062】
【表1】
【符号の説明】
【0063】
P 固体高分子型燃料電池のセル
11、12 セパレータ
111、121 金属基板
112、122 被覆層
21 燃料極
22 空気極
3 固体高分子電解質膜
図1
図2
図3
図4
図5
図6