(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-30
(45)【発行日】2024-06-07
(54)【発明の名称】シス型キサントフィルの抽出方法
(51)【国際特許分類】
C07C 403/02 20060101AFI20240531BHJP
C12P 7/02 20060101ALI20240531BHJP
C12P 7/24 20060101ALI20240531BHJP
B01J 31/02 20060101ALI20240531BHJP
B01J 27/128 20060101ALI20240531BHJP
B01J 27/122 20060101ALI20240531BHJP
B01J 27/08 20060101ALI20240531BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20240531BHJP
【FI】
C07C403/02
C12P7/02 ZNA
C12P7/24
B01J31/02 103Z
B01J27/128 Z
B01J27/122 Z
B01J27/08 Z
C07B61/00 300
(21)【出願番号】P 2020150294
(22)【出願日】2020-09-08
【審査請求日】2023-02-22
(31)【優先権主張番号】P 2019163742
(32)【優先日】2019-09-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004444
【氏名又は名称】ENEOS株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】川嶋 祐貴
(72)【発明者】
【氏名】平澤 和明
(72)【発明者】
【氏名】林 雅浩
(72)【発明者】
【氏名】岨 稔康
(72)【発明者】
【氏名】本田 真己
【審査官】前田 憲彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-050237(JP,A)
【文献】特開2012-158569(JP,A)
【文献】Acta Chemica Scandinavica,1999年,53,P.114-123
【文献】Journal of Agricultural and Food Chemistry,2005年,53,P.9620-9623
【文献】Journal of Agricultural and Food Chemistry,2017年,65,P.818-826
【文献】European Food Research and Technology,2008年,227,P.1307-1313
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 403/
C12P 7/
B01J 31/
B01J 27/
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トランス型キサントフィルを含有する原料を異性化触媒で処理することにより、前記トランス型キサントフィルをシス型キサントフィルに異性化する
異性化方法
であって、前記キサントフィルが、アスタキサンチン、アドニルビンおよびアドニキサンチンからなる群から選ばれる少なくとも1つであり、前記異性化触媒が、イソチオシアネートおよびポリスルフィドからなる群から選択される少なくとも1つである、前記異性化方法。
【請求項2】
トランス型キサントフィルを含有する原料を異性化触媒で処理することにより、前記トランス型キサントフィルをシス型キサントフィルに異性化することを特徴とする、キサントフィルの抽出方法
であって、前記キサントフィルが、アスタキサンチン、アドニルビン及びアドニキサンチンからなる群から選ばれる少なくとも1つであり、前記異性化触媒が、イソチオシアネートおよびポリスルフィドからなる群から選択される少なくとも1つである、前記抽出方法。
【請求項3】
トランス型キサントフィルが、細菌、酵母、藻類または植物由来のものである請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
細菌がパラコッカス属に属するものである請求項3に記載の方法。
【請求項5】
イソチオシアネートが、メチルイソチオシアネート、エチルイソチオシアネート、アリルイソチオシアネート、およびベンジルイソチオシアネートからなる群から選択される少なくとも1つである請求項
1または2に記載の方法。
【請求項6】
ポリスルフィドが、ジアリルジスルフィドおよびジメチルトリスルフィドからなる群から選択される少なくとも1つである請求項
1または2に記載の方法。
【請求項7】
前記異性化触媒で処理する工程による異性化効率が1.1倍以上である、請求項1~
6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
イソチオシアネート
およびポリスルフィドからなる群から選択される少なくとも1つを含む、トランス型キサントフィルのシス型キサントフィルへの異性化触媒
であって、前記キサントフィルが、アスタキサンチン、アドニルビンおよびアドニキサンチンからなる群から選ばれる少なくとも1つである、前記異性化触媒。
【請求項9】
イソチオシアネート
またはポリスルフィドが、メチルイソチオシアネート、エチルイソチオシアネート、アリルイソチオシアネート、ベンジルイソチオシアネート、ジアリルジスルフィド、
およびジメチルトリスルフィドからなる群から選択される少なくとも1つである請求項
8に記載の異性化触媒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キサントフィルを豊富に含む微生物等から、異性化触媒を用いてキサントフィルを効率良く抽出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キサントフィルは、黄色から赤色または紫色に及ぶ自然界に広く存在するポリエン色素であり、8個のイソプレン単位が結合して構成された炭素数40の基本骨格を持つ化合物群である。キサントフィルはカロテノイドの一種であり、分子内にアルコール、ケトン、エポキシなどの酸素原子を有する官能基を含む極性化合物である。カロテノイドにはキサントフィルの他にカロテンも含まれるが、カロテンは炭素原子と水素原子からなる炭化水素系化合物(酸素原子は含まない非極性化合物)であり、キサントフィルとは性質が異なることが知られている。
【0003】
キサントフィルは、魚類、鶏卵の色揚げ剤、食品添加物、油脂加工食品、タンパク質性食品、水性液状食品などに幅広く使用されており、さらに、フリーラジカルによって誘起される脂質の過酸化に対する抗酸化活性、α-トコフェロールの数百倍に達する一重項酸素消去作用などから、その強力な抗酸化活性を生かした機能性食品、化粧品、または医薬品としての用途が期待されている。
【0004】
こうした背景から、藻類や微生物を用いてキサントフィルを抽出する方法が報告されている。例えば、キサントフィルを産生する微生物の培養物を、80℃以上の低級アルコール類、または80℃以上の水と低級アルコール類との組み合わせで抽出する方法(特許第4969370号:特許文献1)などが知られている。
【0005】
また、キサントフィルには幾何異性体としてシス型異性体やトランス型異性体が存在し、シス型キサントフィルはトランス型キサントフィルより溶媒への溶解度が高い傾向があることが知られている。キサントフィルをシス体に異性化する方法に関し、アスタキサンチンを熱処理によりシス体に異性化することが報告されている(Honda et al., Eur. J. Lipid Sci. Technol., 2018, 120, 1800191(1-8):非特許文献1)。しかしながら、アスタキサンチン等のキサントフィルは熱に弱く、加熱により一部分解し回収率が低下することから、熱処理以外の工程によりシス型キサントフィルを得る方法が求められていた。
【0006】
熱処理以外でカロテノイドをシス体に異性化する方法として、リコピンを異性化触媒によりシス体に異性化させること(Honda et al., Sci. Rep., 2019, 9, 7979(1-7):非特許文献2)が報告されているが、非極性化合物であるリコピン(カロテン)は極性化合物であるキサントフィルとは性質が異なる。また、極性や立体構造から、リコピンはキサントフィルよりシス異性化しやすい。上記背景から当該手法では、キサントフィルを効率よくシス体に異性化できるか不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Honda et al., Eur. J. Lipid Sci. Technol., 2018, 120, 1800191(1-8)
【文献】Honda et al., Sci. Rep., 2019, 9, 7979(1-7)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の解決しようとする課題は、キサントフィルを温和な条件下で効率良くシス体に異性化し、抽出率を高めることで、微生物等の原料からキサントフィルを効率良く製造することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、キサントフィルを含む原料を異性化触媒で処理することにより、原料に含まれるトランス型キサントフィルを温和な条件下で効率良くシス型キサントフィルに異性化し、抽出率を高めることに成功し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)トランス型キサントフィルを含有する原料を異性化触媒で処理することにより、前記トランス型キサントフィルをシス型キサントフィルに異性化する方法。
(2)トランス型キサントフィルを含有する原料を異性化触媒で処理することにより、前記トランス型キサントフィルをシス型キサントフィルに異性化することを特徴とする、キサントフィルの抽出方法。
(3)トランス型キサントフィルが、細菌、酵母、藻類または植物由来のものである(1)または(2)に記載の方法。
(4)細菌がパラコッカス属に属するものである(3)に記載の方法。
(5)異性化触媒が、イソチオシアネート、ポリスルフィド、金属塩化物およびヨウ素からなる群から選択される少なくとも1つである、(1)~(4)のいずれか1項に記載の方法。
(6)イソチオシアネートが、メチルイソチオシアネート、エチルイソチオシアネート、アリルイソチオシアネート、およびベンジルイソチオシアネートからなる群から選択される少なくとも1つである(5)に記載の方法。
(7)ポリスルフィドが、ジアリルジスルフィドおよびジメチルトリスルフィドからなる群から選択される少なくとも1つである(5)に記載の方法。
(8)金属塩化物が、塩化銅および塩化鉄からなる群から選択される少なくとも1つである(5)に記載の方法。
(9)前記異性化触媒で処理する工程による異性化効率が1.1倍以上である、(1)~(8)のいずれか1項に記載の方法。
(10)イソチオシアネート、ポリスルフィド、金属塩化物およびヨウ素からなる群から選択される少なくとも1つを含む、トランス型キサントフィルのシス型キサントフィルへの異性化触媒。
(11)イソチオシアネート、ポリスルフィド、または金属塩化物が、メチルイソチオシアネート、エチルイソチオシアネート、アリルイソチオシアネート、ベンジルイソチオシアネート、ジアリルジスルフィド、ジメチルトリスルフィド、塩化銅、および塩化鉄からなる群から選択される少なくとも1つである(10)に記載の異性化触媒。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、高効率かつ温和な条件下で原料中のトランス型キサントフィルをシス型キサントフィルに異性化することでキサントフィルの抽出率を高め、キサントフィルを効率的に抽出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】乾燥菌体原料と抽出液のシス型キサントフィル比率を示す図である。
【
図2】100℃加熱(1時間または3時間)によるアスタキサンチンのシス異性化(n=2)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施し得る。
本発明は、キサントフィルを含有する原料からキサントフィルを溶媒抽出する際、ポリスルフィドやイソチオシアネートなどを異性化触媒として加えることで、温和な条件下で効率よくトランス型キサントフィルを異性化し、高効率でキサントフィルを抽出することが可能となる。
【0015】
本発明の対象となるキサントフィルとしては、アスタキサンチン、カンタキサンチン、アドニルビン、アドニキサンチン、βクリプトキサンチン、ゼアキサンチン、ルテイン、エキネノン、3-ヒドロキシエキネノン、アステロイデノン、β-アポ-8’-カロテナール、ラクツカキサンチン、ツナキサンチン、カプサンチン、カプソルビン、ビオラキサンチン、ネオキサンチン、フコキサンチン、シフォナキサンチン、アンテラキサンチン、シトラナキサンチン、フコキサンチノール、アマロウシアキサンチンA、ハロシンチアキサンチン、ジアトキサンチン、ペリジニン、スピリロキサンチン、ルビキサンチン、ロドキサンチン、アロキサンチン等が挙げられる。本発明においては、アスタキサンチン、アドニルビン、アドニキサンチン、βクリプトキサンチン、ゼアキサンチン、ルテイン、エキネノン、3-ヒドロキシエキネノンおよびアステロイデノンなどが好ましく用いられる。上記キサントフィルのうち、カンタキサンチン、ルテイン、β-クリプトキサンチン、およびゼアキサンチンの構造を以下に示す。
【0016】
【0017】
アスタキサンチン、アドニルビン、およびアドニキサンチンについて、シス体およびトランス体の構造を以下に示す。
【化2】
【0018】
上記構造式(A)~(E)の化合物のうち、(A)~(C)がトランス体であり、(D)~(E)がシス体である。具体的には、(A)はトランス型のアスタキサンチンであり、(B)はトランス型のアドニルビンであり、(C)はトランス型のアドニキサンチンである。また、(D)および(E)はシス型のアスタキサンチンである。上記構造式のように、キサントフィルは分子の末端にケト基や水酸基などの極性基を有するため、極性基を持たないカロテンに比べ、立体的障害および静電相互作用の点から、シス型キサントフィルに異性化しにくい。また、シス型キサントフィルは折れ曲がった構造をしていることから、熱や光等により分解しやすく、最終的な製造効率が低下することが知られている。本発明において、異性化触媒を用いることにより、トランス型キサントフィルを温和な条件下で効率良くシス体に異性化することが可能となり、抽出率の向上に成功した。
【0019】
本発明において、キサントフィルを含有する原料は特に限定されるものではなく、任意のものを使用することができる。例えば、細菌、酵母、藻類、動植物由来のものが挙げられる(下記)。
細菌:パラコッカス(Paracoccus)属、アグロバクテリウム(Agrobacterium)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、ブレバンディモナス(Brevundimonas)属、またはエリスロバクター(Erythrobacter)属に属する細菌等。
酵母:ファフィア(Phaffia)属、ヤロウィア属(Yarrowia)属、ロドスポリデウム(Rhodosporidium)属、スポリデオボルス(Sporidiobolus)属、またはキサントフィロミセス(Xanthophyllomyces)属に属する酵母等。
【0020】
藻類:ヘマトコッカス(Haematococcus)属、アオサ(Ulva)属、クロレラ(Chlorella)属、ドナリエラ(Dunaliella)属、オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属、ピンギオクリシス(Pinguiochrysis)属、オクロモナス(Ochromonas)属、ファエオダクチラム(Phaeoductylum)属、プレウロクリシス(Pleurochrysis)属、キートセロス(Chaetoceros)属、パブロバ(Pavlova)属、オキナワモズク(Cladosiphon)属、ホンダワラ(Sargassum)属、ワカメ(Undaria)属、クラミドモナス(Chlamydomonas)属、スピルリナ(Spirulina)属、アルスロスピラ(Arthrospira)属、ミル(Codium)属、ミドリムシ(Euglena)属またはシンビオディウム(Symbiodinium)属に属する藻類等。
【0021】
動植物:緑黄色野菜 (カボチャ、ニンジン、アシタバ、コマツナ、シソ、ホウレンソウ、トウモロコシ、パプリカ等)、果実(マンゴー、パパイヤ、柿、あんず、柑橘類、クコ、ローズヒップ等)、花(マリーゴールド、アドニス等)、エビ、カニ、いくら、オキアミ、卵等。
【0022】
上記のような原料からキサントフィルを抽出する際に用いる溶媒としては、低級アルコール類、ケトン系溶媒、炭化水素系溶媒が用いられ、低級アルコール類、ケトン系溶媒が好ましく用いられる。低級アルコール類としては、エタノール、メタノール、およびイソプロパノールが好ましく用いられ、エタノールが特に好ましく用いられる。ケトン系溶媒としては、アセトン、酢酸エチルが好ましく用いられる。炭化水素系溶媒としてはn-ヘキサン、シクロヘキサンが好ましく用いられる。また、超臨界二酸化炭素等を使用することもできる。
【0023】
本発明においては、トランス型キサントフィルを含有する原料を上記溶媒に分散させ、さらに異性化触媒を加えることでシス体へ異性化し、キサントフィル、すなわちシス体からなるキサントフィル、又はシス体とトランス体との混合物を含むキサントフィルを溶媒中に抽出する。抽出時の溶媒の温度は、使用する溶媒の沸点にもよるが、下限値は、10℃、20℃、30℃、40℃または50℃であり、上限値は、70℃、80℃、90℃、100℃、110℃、120℃または130℃である。これらの温度範囲から、抽出時の溶媒の温度を適宜設定することができる。例えば、抽出時の溶媒の温度は、10℃~150℃、30℃~130℃、40℃~100℃、50℃~70℃である。
【0024】
異性化触媒としては、イソチオシアネート、ポリスルフィド、金属塩化物、およびヨウ素からなる群から選択される少なくとも1つが挙げられる。イソチオシアネートとしては、例えばメチルイソチオシアネート、エチルイソチオシアネート、アリルイソチオシアネート、ベンジルイソチオシアネート、ブチルイソチオシアネート、スルフォラファンが用いられ、メチルイソチオシアネート、エチルイソチオシアネート、アリルイソチオシアネート、ベンジルイソチオシアネート、スルフォラファンが好ましく、アリルイソチオシアネート、ベンジルイソチオシアネート、スルフォラファンがさらに好ましく用いられる。ポリスルフィドとしては、例えばジアリルジスルフィド、ジメチルトリスルフィド、ジアリルトリスルフィド、ジアリルテトラスルフィドが用いられ、ジアリルジスルフィド、ジメチルトリスルフィドが好ましく用いられる。
【0025】
金属塩化物としては、塩化銅(II)、塩化鉄(III)が好ましく用いられる。これらの異性化触媒は、抽出溶媒中に添加して使用することができる。異性化触媒の添加量(濃度)は特に限定されるものではないが、下限値は、0.1mM、0.5mM、1mM、5mM、10mM、20mM、30mM、40mMまたは50mMであり、上限値は、100mM、200mM、300mM、400mM、500mM、600mM、700mM、800mM、900mMまたは1000mMである。これらの範囲から、異性化触媒の添加量を適宜設定することができる。例えば0.1mM~1000mM、1mM~800mM、10mM~600mM、20mM~500mM、30mM~400mM、50mM~400mMである。
【0026】
本発明において原料として微生物を用いる場合は、培養液を遠心分離などの一般的に知られている濾過方法に供することによって得られた湿菌体を用いることができる。この湿菌体を噴霧乾燥、流動乾燥、回転ドラム式乾燥または凍結乾燥など一般的に知られる乾燥方法によって乾燥させることによって、乾燥菌体を得、原料として使用することも可能である。
【0027】
溶媒の量としては、原料中に含まれるキサントフィル量を溶解できる量であれば良い。例えば、原料が乾燥菌体であり、低級アルコール類を用いて抽出する場合、溶媒量は、乾燥菌体内に含まれるキサントフィル1g に対して、下限値は100g、200g、300g、400gまたは500gであり、上限値は1000g、2000g、2500g、3000g、3200g、3400g、3500g、3600g、3800g、4000g、4500g、5000g、5500gまたは6000gである。これらの範囲から、溶媒量を適宜設定することができる。例えば、100g~6000g 、200g~4000g、300g~3200g、400g~2500gである。
【0028】
本発明においては、特に、増殖速度の速さ、キサントフィルの生産性から、16SリボソームRNAに対応するDNAの塩基配列が配列番号1に記載の塩基配列と実質的に相同である細菌が好ましく用いられる。「実質的に相同である」とは、DNAの塩基配列決定のエラー頻度等を考慮し、配列が、例えば94%以上、96%以上、98%以上の相同性を有することを意味する。このような細菌としては、特にE-396株(FERM BP-4283)が好ましい。また、E-396株を変異処理してキサントフィル生産性を向上させるために選択したキサントフィル高生産株を用いることもできる。なお、E-396菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)、特許生物寄託センター(IPOD)に国際寄託されている(旧寄託先名称:通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所)。
【0029】
キサントフィルを上記工程によって抽出した後、濃縮、晶析、クロマトグラフィー、ろ過、乾燥等によってキサントフィルを回収することができる。
【0030】
本発明において、異性化効率は少なくとも1.1倍~1.6倍に向上させることができる。例えば1.1倍以上、1.2倍以上、1.3倍以上、1.4倍以上、1.5倍以上、あるいは1.6倍以上向上させることができる。異性化効率は、異性化触媒を加えた系にて得られたシス型カロテノイド量を、異性化触媒を加えない系にて得られたシス型カロテノイド量にて除することで算出される。
【0031】
本発明において、抽出率は少なくとも1.1倍~1.6倍に向上させることができる。例えば1.1倍以上、1.2倍以上、1.3倍以上、1.4倍以上、1.5倍以上、あるいは2倍以上向上させることができる。抽出率は、抽出試験に用いた乾燥菌体に含まれるキサントフィルのうち、溶媒抽出によって抽出されたキサントフィルの割合を示す。
【実施例】
【0032】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0033】
[実施例1]
特開2012-158569号公報に記載の方法に準じて、パラコッカス属E-396株を培養し、乾燥することで乾燥菌体(乾燥菌体中にアスタキサンチン3%、アドニルビン0.5%、アドニキサンチン0.5%、総カロテノイド4%含有)を得た。得られた乾燥菌体1gに、抽出溶媒としてエタノール(シグマアルドリッチ社製)30mL、異性化触媒としてメチルイソチオシアネート(東京化成工業社製)を100mM加え、60℃条件下、バイオシェーカー(タイテック社製、型番BR―180LF)にて200rpmで一時間攪拌し、トランス型キサントフィルの異性化およびキサントフィルの抽出を行った。得られた分散液をPTFEフィルター(大阪化学薬品社製、目開き0.22μm)でろ過することで、乾燥菌体が除去された抽出液を得た。得られた抽出液をHPLCを用いて下記分析条件にて分析し、異性化効率および抽出率を確認した。
【0034】
結果を表1に示す。異性化効率は、異性化触媒を加えた系にて得られたシス型カロテノイド量を、異性化触媒を加えない系にて得られたシス型カロテノイド量にて除することで算出した。抽出率は、抽出試験に用いた乾燥菌体に含まれるキサントフィルの内、溶媒抽出によって抽出されたキサントフィルの割合を示す。
【0035】
<HPLCによるキサントフィルの分析条件>
装置名:島津製作所社製、型番LC-20AD、SPD-M20A
使用カラム:Luna, 5μm, Silica(2), 150 mm x 4.6 mm 2本連結
移動相:n-ヘキサン(関東化学社製)/酢酸エチル(関東化学社製)/アセトン(関東化学社製)(70:20:10, v/v/v)
カラム温度:40℃
流速:1.2 mL/min
検出波長:470 nm
【0036】
[実施例2]
異性化触媒としてエチルイソチオシアネート(東京化成工業社製)を100mM加えたこと以外は実施例1と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率、および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0037】
[実施例3]
異性化触媒としてアリルイソチオシアネート(東京化成工業社製)を100mM加えたこと以外は実施例1と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率、および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0038】
[実施例4]
異性化触媒としてベンジルイソチオシアネート(富士フイルム和光純薬社製)を100mM加えたこと以外は実施例1と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率、および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0039】
[実施例5]
異性化触媒としてジアリルジスルフィド(東京化成工業社製)を100mM加えたこと以外は実施例1と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0040】
[実施例6]
異性化触媒としてジメチルトリスルフィド(東京化成工業社製)を100mM加えたこと以外は実施例1と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0041】
[実施例7]
抽出温度を50℃としたこと以外は実施例3と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0042】
[実施例8]
抽出温度を70℃としたこと以外は実施例3と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0043】
[実施例9]
アリルイソチオシアネートを25mM加えたこと以外は実施例3と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0044】
[実施例10]
アリルイソチオシアネートを50mM加えたこと以外は実施例3と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0045】
[実施例11]
アリルイソチオシアネートを200mM加えたこと以外は実施例3と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0046】
[実施例12]
アリルイソチオシアネートを400mM加えたこと以外は実施例3と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。また、実施例12における乾燥菌体原料及び抽出液のシス型キサントフィル比率を
図1に示す。
【0047】
[実施例13]
抽出溶媒としてエタノールの代わりにn-ヘキサン(関東化学社製)を用いたこと以外は実施例3と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0048】
[実施例14]
抽出溶媒としてエタノールの代わりにアセトン(シグマアルドリッチ社製)を用いたこと以外は実施例3と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0049】
[実施例15]
抽出溶媒としてエタノールの代わりに酢酸エチル(関東化学社製)を用いたこと以外は実施例3と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0050】
[実施例16]
異性化触媒としてメチルイソチオシアネートの代わりに塩化鉄(III)(関東化学社製)を10mM添加したこと以外は実施例1と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0051】
[実施例17]
異性化触媒としてメチルイソチオシアネートの代わりに塩化銅(II)(関東化学社製)を10mM添加したこと以外は実施例1と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0052】
[実施例18]
異性化触媒としてメチルイソチオシアネートの代わりにヨウ素(東京化成工業社製)を10mM添加したこと以外は実施例1と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0053】
[比較例1]
異性化触媒を加えないこと以外は実施例1と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0054】
[比較例2]
異性化触媒を加えないこと以外は実施例7と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0055】
[比較例3]
異性化触媒を加えないこと以外は実施例8と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0056】
[比較例4]
異性化触媒を加えないこと以外は実施例13と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0057】
[比較例5]
異性化触媒を加えないこと以外は実施例14と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0058】
[比較例6]
異性化触媒を加えないこと以外は実施例15と同様に異性化および抽出を行い、異性化効率および抽出率を確認した。結果を表1に示す。
【0059】
【0060】
実施例1において、異性化触媒としてメチルイソチオシアネートを用いたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例1と比べて、アスタキサンチンについて2.1倍向上し、アドニルビンについて1.3倍向上し、アドニキサンチンについて2.3倍向上した。また、抽出率は、アスタキサンチンについて1.3倍向上し、アドニルビンについて1.2倍向上した。
【0061】
実施例2において、異性化触媒としてエチルイソチオシアネートを用いたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例1と比べて、アスタキサンチンについて1.7倍向上し、アドニルビンについて1.1倍向上し、アドニキサンチンについて1.8倍向上した。また、抽出率は、アスタキサンチンについて1.3倍向上し、アドニルビンについて1.2倍向上した。
【0062】
実施例3において、異性化触媒としてアリルイソチオシアネートを用いたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例1と比べて、アスタキサンチンについて2.3倍向上し、アドニルビンについて1.4倍向上し、アドニキサンチンについて2.4倍向上した。また、抽出率は、アスタキサンチンについて1.3倍向上し、アドニルビンについて1.2倍向上した。
【0063】
実施例4において、異性化触媒としてベンジルイソチオシアネートを用いたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例1と比べて、アスタキサンチンについて2.3倍向上し、アドニルビンについて1.4倍向上し、アドニキサンチンについて2.4倍向上した。また、抽出率は、アスタキサンチンについて1.4倍向上し、アドニルビンについて1.3倍向上した。
【0064】
実施例5において、異性化触媒としてジアリルジスルフィドを用いたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例1と比べて、アスタキサンチンについて2.0倍向上し、アドニルビンについて1.3倍向上し、アドニキサンチンについて2.0倍向上した。また、抽出率は、アスタキサンチンについて1.2倍向上し、アドニルビンについて1.1倍向上した。
【0065】
実施例6において、異性化触媒としてジメチルトリスルフィドを用いたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例1と比べて、アスタキサンチンについて1.9倍向上し、アドニルビンについて1.2倍向上し、アドニキサンチンについて2.1倍向上した。また、抽出率は、アスタキサンチンについて1.3倍向上し、アドニルビンについて1.2倍向上した。
【0066】
実施例7において、抽出温度を50℃としたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例2と比べて、アスタキサンチンについて2.2倍向上し、アドニルビンについて1.3倍向上し、アドニキサンチンについて2.5倍向上した。また、抽出率は、アスタキサンチン、アドニルビンともに1.2倍向上した。
【0067】
実施例8において、抽出温度を70℃としたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例3と比べて、アスタキサンチンについて1.5倍向上し、アドニルビンについて1.2倍向上し、アドニキサンチンについて1.8倍向上した。また、抽出率は、アスタキサンチン、アドニルビンともに1.2倍向上した。
【0068】
実施例9において、異性化触媒量を25mMとしたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例1と比べて、アスタキサンチンについて1.4倍向上し、アドニルビンについて1.1倍向上し、アドニキサンチンについて1.6倍向上した。
【0069】
実施例10において、異性化触媒量を50mMとしたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例1と比べて、アスタキサンチンについて1.8倍向上し、アドニルビンについて1.3倍向上し、アドニキサンチンについて2.0倍向上した。
【0070】
実施例11において、異性化触媒量を200mMとしたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例1と比べて、アスタキサンチンについて2.6倍向上し、アドニルビンについて1.5倍向上し、アドニキサンチンについて2.8倍向上した。また、抽出率は、アスタキサンチンについて1.4倍向上し、アドニルビンについて1.4倍向上した。
【0071】
実施例12において、異性化触媒量を400mMとしたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例1と比べて、アスタキサンチンについて2.7倍向上し、アドニルビンについて1.5倍向上し、アドニキサンチンについて2.8倍向上した。また、抽出率は、アスタキサンチン、アドニルビンともに1.7倍向上した。
【0072】
実施例13において、抽出溶媒をn-ヘキサンとしたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例4と比べて、アスタキサンチンについて1.7倍向上し、アドニルビンについて1.1倍向上し、アドニキサンチンについて1.5倍向上した。また、抽出率は、アスタキサンチン、アドニルビンともに1.3倍向上した。
【0073】
実施例14において、抽出溶媒をアセトンとしたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例5と比べて、アスタキサンチンについて1.4倍向上し、アドニルビンについて1.1倍向上し、アドニキサンチンについて1.6倍向上した。また、抽出率は、アスタキサンチン、アドニルビンともに1.2倍向上した。
【0074】
実施例15において、抽出溶媒を酢酸エチルとしたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例5と比べて、アスタキサンチンについて1.6倍向上し、アドニルビンについて1.4倍向上し、アドニキサンチンについて1.5倍向上した。
【0075】
実施例16において、異性化触媒を塩化鉄(III)としたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例1と比べて、アスタキサンチンについて1.4倍向上し、アドニルビンについて1.9倍向上し、アドニキサンチンについて2.3倍向上した。
【0076】
実施例17において、異性化触媒を塩化銅(II)としたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例1と比べて、アスタキサンチンについて2.5倍向上し、アドニルビンについて1.4倍向上し、アドニキサンチンについて2.9倍向上した。
【0077】
実施例18において、異性化触媒をヨウ素としたときの異性化効率は、異性化触媒を用いなかった比較例1と比べて、アスタキサンチンについて3.0倍向上し、アドニルビンについて1.5倍向上し、アドニキサンチンについて2.8倍向上した。
【0078】
[実施例19]
パラコッカス菌の培養液を遠心濃縮後、区分に応じて以下の処理を行った。処理条件の詳細を表2に示す。
【0079】
【0080】
アリルイソチオシアネートおよびオイル(大豆油)を添加せず、加熱もしなかったときのアスタキサンチンシス体比率は3.9%であった。
区分1~4は、アリルイソチオシアネートを添加せず、オイル(大豆油)を添加して100℃に加熱したときの処理区分である。
区分5~12は、オイル(大豆油)、及び100または300mMのアリルイソチオシアネートの両者を添加し、100℃に加熱したときの処理区分である。
区分13~20は、オイル(大豆油)を添加せず、3~10% のアリルイソチオシアネートを添加して100℃に加熱したときの処理区分である。
【0081】
結果を表3及び
図2に示す。
オイル(大豆油)及び100または300mMのアリルイソチオシアネートを添加した区分(区分5~12)では、アスタキサンチンのシス化率は15%程度向上し、オイルを添加せず3~10%のアリルイソチオシアネートを添加した区分(区分13~20)では、アスタキサンチンシス化率は最大約40%まで向上した。
オイル(大豆油)のみを添加した区分(区分1~4)はほとんど異性化しなかった。
【0082】
【0083】
表3において、「All-E」はトランス体を表す。「Total Z」はシス体全体を表す。9Z、13Z、15Zは、それぞれ、9位、13位、15位の位置がシス構造のシス体を表す。「Other Z」は9Z、13Z、15Z以外のシス体を表す。
【配列表フリーテキスト】
【0084】
配列番号1:nはa,c,gまたはtを表す(存在位置:1350)。
【配列表】