(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-12
(45)【発行日】2024-06-20
(54)【発明の名称】X線を用いた物質評価方法及び物質評価装置
(51)【国際特許分類】
G01N 23/083 20180101AFI20240613BHJP
【FI】
G01N23/083
(21)【出願番号】P 2020122717
(22)【出願日】2020-07-17
【審査請求日】2023-05-11
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】三尾 和弘
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 裕次
(72)【発明者】
【氏名】倉持 昌弘
【審査官】井上 徹
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-84447(JP,A)
【文献】特開2019-56587(JP,A)
【文献】特開2015-102332(JP,A)
【文献】佐々木 裕次,X線を用いた1分子計測法,熱測定,2005年,32巻, 3号,PP.148-152,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscta1974/32/3/32_3_148/_pdf/-char/ja
【文献】佐々木 裕次,7.X線1分子追跡法の技術開発とその広域利用,電気化学,2020年09月05日,88巻, 3号,PP.246-253,https://www.jstage.jst.go.jp/article/denkikagaku/88/3/88_20-FE0025/_pdf/-char/ja
【文献】佐々木裕次,単色X線を用いた1分子動態追跡の実現とその波及性,Isotope News,2019年,No.764, 2019年8月号,PP.28-31,https://www.jrias.or.jp/books/pdf/201908_TRACER_SASAKI.pdf
【文献】SEKIGUCHI, H., et al.,Diffracted X-ray Blinking Tracks Single Protein Motions,Scientific Reports,2018年11月30日,Vol.8, No.17090,PP.1-8,https://www.nature.com/articles/s41598-018-35468-3.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00-G01N 23/2276
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線の物質を透過する際の吸収を計測して該物質を評価する物質評価方法であって、
X線の照射箇所での透過強度の時間変動解析において、原子又は分子の熱揺らぎに対応する動態を
反映する所定時間で撮像された回折像について、回折リングの中央を含む所定領域の強度解析を行って時分割評価することを特徴とするX線を用いた物質評価方法。
【請求項2】
前記動態はオングストロームオーダー以下の原子又は分子の移動を与えるものであることを特徴とする請求項1記載のX線を用いた物質評価方法。
【請求項3】
前記強度解析は前記所定領域を構成するピクセル毎の光強度分布を収集しガウシアンフィッティングして指標を得ることを特徴とする請求項
1又は2に記載のX線を用いた物質評価方法。
【請求項4】
前記照射箇所を走査し前記指標に対応させて二次元画像を得ることを特徴とする請求項
3記載のX線を用いた物質評価方法。
【請求項5】
X線の物質を透過する際の吸収を計測して該物質を評価する装置であって、
X線の照射箇所での透過強度の時間変動解析において、原子又は分子の熱揺らぎに対応する動態を
反映する所定時間で撮像された回折像について、回折リングの中央を含む所定領域の強度解析を行って時分割評価することを特徴とする物質評価装置。
【請求項6】
前記動態はオングストロームオーダー以下の原子又は分子の移動を与えるものであることを特徴とする請求項
5記載の物質評価装置。
【請求項7】
前記強度解析は前記所定領域を構成するピクセル毎の光強度分布を収集しガウシアンフィッティングして指標を得ることを特徴とする請求項
5又は6に記載の物質評価装置。
【請求項8】
前記照射箇所を走査し前記指標に対応させて二次元画像を得ることを特徴とする請求項
7記載の物質評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線を用いた物質評価方法及びこれを用いた物質評価装置に関し、特に、X線の物質を透過する際の吸収から該物質を評価する物質評価方法及びこれを用いた物質評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
回折点の運動から分子運動を測定するDXT(Diffracted X-ray Tracking:X線1分子追跡法)において、目的とするタンパク質分子の特定部位に金ナノ結晶を標識した上で、該ナノ結晶からの回折X線スポットの位置変化を計測して、マイクロ秒以下の高時間分解能且つピコメートルの精度でタンパク質1分子の内部運動を捉え得ることが知られている。
【0003】
ここで、非特許文献1では、大型の特殊光源ではなく、実験室用の汎用X線光源を用いたAChBP(アセチルコリン結合タンパク質)のDXT観察において、標識した金ナノ結晶の運動のために回折X線強度が明滅する現象であるX線ブリンキングを観察できたことを報告している。併せて、AChBPにACh(アセチルコリン)を結合させると、AChBPの上部構造が大きく左右に揺らぐが、これを100ミリ秒オーダーの非常に短い時分割で評価できることも報告している。つまり、極めて短時間且つ低いX線の露光量でも分子運動の計測ができ得ることを述べている。
【0004】
一方、特許文献1では、上記したような、標識からのX線を検出するセンサーに検出窓を設けて回折点に対応する信号を抽出し、該信号の検出強度の経時的な変化から指標値を決定して、標識の運動状態を評価する回折X線装置を開示している。広範囲に亘る回折点の運動や軌跡を捉えるのではなく、単色又は狭い波長域のX線源を用いて照射フラックスを抑えた、低いX線の露光量での計測を可能とする回折X線装置について述べている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Hiroshi Sekiguchi, Masahiro Kuramochi, Keigo Ikezaki, Yu Okamura, Kazuki Yoshimura, Ken Matsubara, Jae-Won Chang, Noboru Ohta, Tai Kubo, Kazuhiro Mio, Yoshio Suzuki, Leonard M. G. Chavas, and Yuji C. Sasaki, "Diffracted X-ray blinking tracks single protein motions". Scientific Reports Vol. 8, Article number: 17090 (2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、X線が透過する際の強度変化を利用して、物質の内部構造や材質などを評価するX線CT(Computed Tomography)装置が医療分野や各種の産業分野などで広く利用されている。このような装置では、ある程度のX線の露光量を確保しようとするため、透過したX線を所定時間だけ積算的に計測して強度計測を行っている。換言すれば、所定の時間範囲における物質の平均的な状態を計測し評価していることとなる。他方、上記したように、低いX線の露光量でも可能な計測方法を利用すれば、より短時間の時間範囲における物質の状態を評価でき、新たな物質の一側面の評価を与え得ることが期待される。一般的に、透過X線は回折X線と比べて100~1000倍程度の強度を得られるから、より装置をコンパクトにしつつ前記したような新たな評価ができ得る。
【0008】
本発明は、上記したような実情を鑑みてなされたものであって、X線の物質を透過する際の吸収を非常に短い時分割で計測し該物質を評価する物質評価方法及びこれを用いた物質評価装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、X線(量子線)の吸収(散乱)現象を用いた新しい物質の評価方法を提案する。すなわち、従来のX線の吸収計測は、積算型であって、その積算時間を変えたとしても、X線の吸収量が直線的に増加するだけであった。一方、本発明では、極めて短時間で低いX線の露光量での吸収計測を行うことで、時間軸に対する物質のX線吸収量の変化を計測でき、かかるX線吸収量の変化が該物質の原子や分子の熱揺らぎに対応することを見いだした。これを物質の同定、また、X線CTの如き三次元での物質情報を得るなどの評価に用い得るのである。かかる方法は、結晶による回折現象を利用していないため、物質の結晶性の制限も受けない。
【0010】
すなわち、本発明による方法は、X線の物質を透過する際の吸収を計測して該物質を評価する物質評価方法であって、X線の照射箇所での透過強度の時間変動解析において、原子又は分子の熱揺らぎに対応する動態を時分割評価することを特徴とする。
【0011】
かかる方法によれば、コンパクトなX線源及び検出器を用いて、結晶性を問わず、全ての物質の原子又は分子の熱揺らぎに対応する動態からの評価が可能となるのである。
【0012】
上記した発明において、前記動態はオングストロームオーダー以下の原子又は分子の移動を与えるものであることを特徴としてもよい。かかる方法によれば、物質の原子又は分子の熱揺らぎに対応する動態からの評価が可能となるのである。
【0013】
上記した発明において、前記動態を反映する所定時間で撮像された回折像について、回折リングの中央を含む所定領域の強度解析を行うことを特徴としてもよい。また、前記強度解析は前記所定領域を構成するピクセル毎の光強度分布を収集しガウシアンフィッティングして指標を得ることを特徴としてもよい。かかる方法によれば、簡便な処理で物質の原子又は分子の熱揺らぎに対応する動態からの評価が具体的に可能となるのである。
【0014】
上記した発明において、前記照射箇所を走査し前記指標に対応させて二次元画像を得ることを特徴としてもよい。かかる方法によれば、断層像を得られこれらを再構成して三次元での物質の評価が可能となるのである。
【0015】
また、本発明による装置は、X線の物質を透過する際の吸収を計測して該物質を評価する物質評価装置であって、X線の照射箇所での透過強度の時間変動解析において、原子又は分子の熱揺らぎに対応する動態を時分割評価することを特徴とする。
【0016】
かかる装置によれば、コンパクトなX線源及び検出器を用いて、結晶性を問わず、全ての物質の原子又は分子の熱揺らぎに対応する動態からの評価が可能となるのである。
【0017】
上記した発明において、前記動態はオングストロームオーダー以下の原子又は分子の移動を与えるものであることを特徴としてもよい。かかる装置によれば、物質の原子又は分子の熱揺らぎに対応する動態からの評価が可能となるのである。
【0018】
上記した発明において、前記動態を反映する所定時間で撮像された回折像について、回折リングの中央を含む所定領域の強度解析を行うことを特徴としてもよい。また、前記強度解析は前記所定領域を構成するピクセル毎の光強度分布を収集しガウシアンフィッティングして指標を得ることを特徴としてもよい。かかる装置によれば、簡便な処理で物質の原子又は分子の熱揺らぎに対応する動態からの評価が具体的に可能となるのである。
【0019】
上記した発明において、前記照射箇所を走査し前記指標に対応させて二次元画像を得ることを特徴としてもよい。かかる装置によれば、1つの断層像を得られこれらを複数得てから再構成して三次元での物質の評価が可能となるのである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明による物質評価装置のブロック図である。
【
図2】PEEK及びPEIの透過X線による回折像と所定領域内の透過X線強度の度数分布である。
【
図3】度数分布のガウシアンフィッティングの図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、本発明における物質評価装置及び物質評価方法の1つの実施形態について、
図1を用いて説明する。
【0022】
図1に示すように、X線による物質評価に用いる装置10は、試料を収容した試料容器9を支持する試料台2と、試料容器9内の試料に向けてX線を照射できるX線照射部1と、X線の回折像を撮影するX線撮像部3と、これらの動作を制御する制御部5と、を含む。
【0023】
X線照射部1は、ビーム状に絞った単一波長のX線L1を試料容器9に向けて照射できるコンパクトな装置である。発生させるX線としては、MoKα線などの特性X線を適宜用い得る。また、X線照射部1は、光源駆動部4に接続されて駆動制御される。かかる駆動制御により、少なくともX線の照射及び停止を制御される。また、照射X線L1を試料上で走査可能とできるようにすることが好ましい。このようなX線照射部1としては、汎用X線光源を使用し得る。
【0024】
試料台2は、試料容器9を保持して照射X線L1を試料に照射させるように配置される。試料は、照射されたX線を吸収(散乱)する物質であれば特に制限はなく、予め標識等を付与しておく必要もない。さらに、後述するようにX線の吸収量を計測するため回折斑点を得る必要もなく、試料の結晶性は不問である。そして、試料容器9は必ずしも用いる必要はないが、試料を保持しつつ照射されるX線の透過を阻害しないものであればよく、これによって照射X線L1を試料に照射させ、試料の照射箇所から透過した透過X線L2をX線撮像部3に向けて出射することができる。試料容器9としては、例えば、セル状の容器を用い得る。なお、試料台2は、試料容器9の位置や姿勢を調整する調整機構を含んでもよい。
【0025】
X線撮像部3は、二次元のイメージセンサ31によって試料を透過した透過X線L2を受光してその強度をピクセル毎に計測するコンパクトな二次元X線検出器である。例えば、X線光子計数型の二次元検出器を用い得る。後述するように、装置10では、試料の原子又は分子の熱揺らぎに対応する動態を時分割評価するため、イメージセンサ31は制御部5によって短時間でX線画像を抽出することのできるものが好ましい。ここでは、イメージセンサ31の全面に対応する198,209ピクセルのX線の強度を7msで取得する二次元X線検出器(株式会社リガク製、PILATUS3R 200K-A)を用いた。
【0026】
制御部5は、X線撮像部3によって得られた二次元画像を抽出しX線の強度解析をすることができる。具体的には、制御部5は、パーソナルコンピュータと同様の構造を有し、少なくともイメージセンサ31から受光したX線についての信号を抽出する信号抽出部5aと、得られた信号から試料を透過した透過X線L2の試料の透過強度の時間変動解析を行う信号処理部5bとを含む。かかる時間変動解析では、試料の動態を時分割評価でき、時分割を細かくすることで、原子又は分子の熱揺らぎに対応する評価が可能となる。つまり、信号処理部5bでは、かかる熱揺らぎに対応する程度に短い所定時間でのX線吸収量の変化を解析することで、試料の評価を与えることができる。このような動態を反映した所定時間としては、例えば50ms~100μs程度とすることが好ましい。そして、この所定時間を露光時間として回折像を撮像することで、熱揺らぎに対応する動態を回折像から得ることができるのである。
【0027】
ここで、従来のX線の吸収量の計測においては、一定量の露光量を得るため、所定の時間に亘って積算した吸収量を計測している。つまり、上記した短周期の熱揺らぎを観察しようとしても、露光時間の方が長く、その動態をとらえることができない。そのため、所定の時間を増減させても吸収量は時間に比例して直線的に変化するだけであった。これに対し、本実施例においては、極めて短時間でのX線の露光によって試料のX線の照射箇所から透過する際のX線の吸収量を計測することで、原子や分子の熱揺らぎに対応して時間軸で変化する吸収量を検出することができる。つまり、これらの原子や分子の熱揺らぎに対応する動態を時分割評価することができる。このような動態は、オングストロームオーダー以下の原子又は分子の移動によるものであり、絶対零度の状態を除いて全ての物質に存在する。また、吸収量の計測によるため、試料の結晶性は不問であり、X線を吸収する全ての物質について評価できる。例えば、予め上記した動態を評価した結果を有する物質についての同定を可能とする。
【0028】
次に、
図2及び
図3を用いて、X線の吸収を計測した結果について説明する。
【0029】
図2に示すように、ここではPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)及びPEI(ポリエーテルイミド)のそれぞれについて、透過X線L2による回折像のうち回折リングの中央ピークを含む、例えば、ここでは28423ピクセル(217×140、検出素子間の1957ピクセルは除く)を所定領域として、同領域のピクセル毎のX線強度を計測した。回折像を得るための照射X線L1への露光時間は20msとした。時分割を細かくするほど、熱ゆらぎに対応する動態変化を正確に検出できるが、短時間ではX線吸収量の信号強度が微弱となり、時間変動解析による評価精度が低下する。そこで、露光時間に依存したX線吸収量の信号強度値に基づき、PEEK及びPEIのX線吸収量の時間変動解析から、それら分子又は原子の熱揺らぎに対応する動態変化を検出できると考えられる程度に時分割した露光時間を用いた。それぞれの回折像の所定領域において、全てのピクセルについてのX線の光強度分布を収集し、その度数分布を作成したところ、PEEKとPEIとで分布に明瞭な差異が得られ、物質を区別することができた。
【0030】
図3に示すように、この分布の差を指標として表示するために、PEEK及びPEIのそれぞれについてガウシアンフィッティングを行った。かかる指標として、得られたガウス曲線の半値全幅を算出したところ、PEEKでは30.027、PEIでは14.739であった。このような指標を得ると、PEEKとPEIとで明確な差を得られた。つまり、このような簡便な処理で、試料を構成する物質の原子又は分子の熱揺らぎに対応する動態からの評価が具体的に可能となり、物質を区別できるのである。
【0031】
分子又は原子の熱揺らぎに対応する動態を時分割評価することで、少なくともPEEKとPEIとの間に明確な差を指標として得ることができた。そして、このような指標を予め物質毎に得ておいて、物質を同定することも可能となる。
【0032】
以上のように、試料を透過した透過X線の強度の時間変動解析において、原子又は分子の熱揺らぎに対応する動態を時分割評価することができる。
【0033】
更に、上記した照射X線L1の照射箇所を試料上で走査させて、それぞれの箇所で上記したような指標を得て、かかる指標の二次元画像を得ると、試料上の物質の分布に対応する画像を得ることもできる。また、このような二次元画像を複数の方向から得て、コンピュータ断層撮影法(CT)と同様に三次元に再構成することで断層像を得られ、三次元での物質の評価も可能になる。
【0034】
また、露光時間を適宜設定し、これを走査することで、より複雑な物質の同定が可能となる。例えば、露光時間をマイクロ秒から秒レベルで変化させ、得られた全ての画像を再構成することで、例えば、厚い金属の後方にある高分子のような物質の同定も可能とし得る。
【0035】
ここまで本発明による代表的実施例及びこれに基づく改変例について説明したが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではない。当業者であれば、添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例を見出すことができるだろう。
【符号の説明】
【0036】
1 X線照射部
2 試料台
3 X線撮像部
5 制御部
5a 信号抽出部
5b 信号処理部
9 試料容器
L1 照射X線
L2 透過X線