(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-13
(45)【発行日】2024-06-21
(54)【発明の名称】イオン選択性電極およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/333 20060101AFI20240614BHJP
【FI】
G01N27/333 331C
G01N27/333 331A
G01N27/333 331F
(21)【出願番号】P 2020195433
(22)【出願日】2020-11-25
【審査請求日】2023-08-30
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(72)【発明者】
【氏名】豊田 慶
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】特表平11-514750(JP,A)
【文献】特表2017-512310(JP,A)
【文献】特開2000-121602(JP,A)
【文献】特開昭61-170645(JP,A)
【文献】米国特許第05958201(US,A)
【文献】特開昭54-119483(JP,A)
【文献】国際公開第2016/035752(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0028396(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/36
G01N 27/333
G01N 27/414
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン感応物質を含むイオン感応層と固体とを含んでおり、前記固体の表面の少なくとも一部が前記イオン感応層によって被覆されてなるイオン選択性電極であって、
前記イオン感応物質は、下記式(a):
-CR
1R
2-CR
3X-O- ・・・(a)
(式中、Xは、末端にアルコキシシリル基を有する有機基であり、R
1、R
2およびR
3は、水素または炭化水素基であり、R
1またはR
2とXとは結合していてもよい)
で表される少なくとも2以上の繰り返し単位からなるクラウンエーテル構造を含み、
前記クラウンエーテル構造の前記アルコキシシリル基の少なくとも一部が反応して前記固体の表面の少なくとも一部と結合しているイオン選択性電極。
【請求項2】
前記クラウンエーテル構造が、エポキシ基と末端に前記アルコキシシリル基とを有する第1化合物に由来する部分を含む重合体であり、
前記重合体は、前記エポキシ基がアルカリ金属塩または第2族元素の塩により開環して環状に重合したものである、請求項1に記載のイオン選択性電極。
【請求項3】
前記アルカリ金属塩または第2族元素の塩の陽イオンが、リチウムイオン、ナトリウムイオンおよびカリウムイオンのいずれかである、請求項2に記載のイオン選択性電極。
【請求項4】
前記式(a)において、R
1、R
2およびR
3が水素であり、且つXが下記式(b):
-CH
2O-Y ・・・(b)
(式中、Yは、末端に前記アルコキシシリル基を有する一価の有機基である)
で表される、請求項1~3のいずれか一項に記載のイオン選択性電極。
【請求項5】
前記式(a)の繰り返し数が10以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載のイオン選択性電極。
【請求項6】
前記クラウンエーテル構造の前記アルコキシシリル基の少なくとも一部が反応してシロキサン結合を形成している、請求項1~5のいずれか一項に記載のイオン選択性電極。
【請求項7】
前記イオン感応層は、下記式(c):
R
4-Z ・・・(c)
(式中、R
4は一価の炭化水素基であり、Zは末端にアルコキシシリル基を有する一価の有機基である)
で表される第2化合物に由来する部分を含む、請求項1~6のいずれか一項に記載のイオン選択性電極。
【請求項8】
前記クラウンエーテル構造中のアルコキシシリル基に由来する部分と、前記第2化合物のアルコキシシリル基に由来する部分とでシロキサン結合を形成している、請求項7に記載のイオン選択性電極。
【請求項9】
前記式(a)で表される部分に由来する部分のモル数および前記第2化合物に由来する部分のモル数の和に対する、前記第2化合物に由来する部分のモル数の比が0.9以下である請求項7または8に記載のイオン選択性電極。
【請求項10】
前記式(a)で表される部分に由来する部分のモル数と、前記第2化合物に由来する部分のモル数との和に対する、
前記式(a)のX中のアルコキシ基数が3である、前記式(a)で表される部分に由来する部分のモル数と、前記式(c)のZ中のアルコキシ基数が3である前記第2化合物に由来する部分のモル数との和の比が、0.9以下である請求項7~9のいずれか一項に記載のイオン選択性電極。
【請求項11】
前記固体が導電性材料を含む請求項1~10のいずれか一項に記載のイオン選択性電極。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、イオン選択性電極およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、人の健康状態および生体情報を常時モニタリングし、その情報に基づいた新たな医療システムが構築されようとしている。すなわち、健康状態に問題の生じる兆候を日々の生活の中でより早く検知し、それを例えば情報端末などに表示させることにより、疾病を未然に防ぐ、あるいは早期発見につなげる医療システムである。医療システムへの利用以外でも、五感に関する人の生体情報および快・不快をモニタリングすることは、その人がより快適に過ごすために有用な情報提供を可能にすることができるため、人々の生活および社会全体にとって有益である。
【0003】
このような健康状態を始めとする生体情報のモニタリング対象として、人体液中のイオンが挙げられる。体内には様々なイオンが含有されるが、健康状態によりイオン濃度が変化することが知られている。汗中のイオンを常時モニタリングするためには、常に人の肌に接触させることが可能なイオン選択性電極が必要である。イオン選択性電極の性能を決定する重要な構成部材として、イオン感応膜があり、これは特定のイオンのみを通過させる機能を有する。従来のイオン感応膜としてはイオノフォアともよばれるイオン感応物質を可塑剤と共に膜支持体に混合させ製膜したものが一般に使用されている。
【0004】
特許文献1では、クラウンエーテル誘導体構造を含むイオン感応物質が結合されてなるイオン感応膜が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしこのようなイオン感応膜では、イオン選択性電極として繰り返し使用した際の耐久性が不十分となるおそれがあることがわかった。
【0007】
本発明の目的の1つは、十分な耐久性を示すイオン選択性電極およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の態様1は、
イオン感応物質を含むイオン感応層と固体とを含んでおり、前記固体の表面の少なくとも一部が前記イオン感応層によって被覆されてなるイオン選択性電極であって、
前記イオン感応物質は、下記式(a):
-CR1R2-CR3X-O- ・・・(a)
(式中、Xは、末端にアルコキシシリル基を有する有機基であり、R1、R2およびR3は、水素または炭化水素基であり、R1またはR2とXとは結合していてもよい)
で表される少なくとも2以上の繰り返し単位からなるクラウンエーテル構造を含み、
前記クラウンエーテル構造の前記アルコキシシリル基の少なくとも一部が反応して前記固体の表面の少なくとも一部と結合しているイオン選択性電極である。
【0009】
本発明の態様2は、
前記クラウンエーテル構造が、エポキシ基と末端に前記アルコキシシリル基とを有する第1化合物に由来する部分を含む重合体であり、
前記重合体は、前記エポキシ基がアルカリ金属塩または第2族元素の塩により開環して環状に重合したものである、態様1に記載のイオン選択性電極である。
【0010】
本発明の態様3は、
前記アルカリ金属塩または第2族元素の塩の陽イオンが、リチウムイオン、ナトリウムイオンおよびカリウムイオンのいずれかである、態様2に記載のイオン選択性電極である。
【0011】
本発明の態様4は、
前記式(a)において、R1、R2およびR3が水素であり、且つXが下記式(b):
-CH2O-Y ・・・(b)
(式中、Yは、末端に前記アルコキシシリル基を有する一価の有機基である)
で表される、態様1~3のいずれか1つに記載のイオン選択性電極である。
【0012】
本発明の態様5は、
前記式(a)の繰り返し数が10以下である、態様1~4のいずれか1つに記載のイオン選択性電極である。
【0013】
本発明の態様6は、
前記クラウンエーテル構造の前記アルコキシシリル基の少なくとも一部が反応してシロキサン結合を形成している、態様1~5のいずれか1つに記載のイオン選択性電極である。
【0014】
本発明の態様7は、
前記イオン感応層が、下記式(c):
R4-Z ・・・(c)
(式中、R4は一価の炭化水素基であり、Zは末端にアルコキシシリル基を有する一価の有機基である)
で表される第2化合物に由来する部分を含む、態様1~6のいずれか1つに記載のイオン選択性電極である。
【0015】
本発明の態様8は、
前記クラウンエーテル構造中のアルコキシシリル基に由来する部分と、前記第2化合物のアルコキシシリル基に由来する部分とでシロキサン結合を形成している、態様7に記載のイオン選択性電極である。
【0016】
本発明の態様9は、
前記式(a)で表される部分に由来する部分のモル数および前記第2化合物に由来する部分のモル数の和に対する、前記第2化合物に由来する部分のモル数の比が0.9以下である態様7または8に記載のイオン選択性電極である。
【0017】
本発明の態様10は、
前記式(a)で表される部分に由来する部分のモル数と、前記第2化合物に由来する部分のモル数との和に対する、
前記式(a)のX中のアルコキシ基数が3である、前記式(a)で表される部分に由来する部分のモル数と、前記式(c)のZ中のアルコキシ基数が3である前記第2化合物に由来する部分のモル数との和の比が、0.9以下である態様7~9のいずれか1つに記載のイオン選択性電極である。
【0018】
本発明の態様11は、
前記固体が導電性材料を含む態様1~10のいずれか1つに記載のイオン選択性電極である。
【0019】
本発明の態様12は、
前記固体がガラス容器であり、前記固体の前記表面が前記ガラス容器の外側表面であり、前記ガラス容器内に電解液を充填したときに前記電解液と接触するように導電性部材を更に含んでいる、態様1~10のいずれか1つに記載のイオン選択性電極である。
【0020】
本発明の態様13は、
エポキシ基と末端にアルコキシシリル基とを有する第1化合物を含む液体に、アルカリ金属塩または第2族元素の塩を溶解させてなる溶解液を用意する工程と、
前記溶解液を固体の表面の少なくとも一部に塗布し、静置または加熱して、前記固体の表面の少なくとも一部を被覆する工程と、
表面の少なくとも一部が被覆された前記固体を水に浸漬し、前記水を除去した後乾燥させる工程と、を含むイオン選択性電極の製造方法である。
【0021】
本発明の態様14は、
前記溶解液を、固体の表面の少なくとも一部に塗布する前に、静置または加熱することをさらに含む、態様13に記載の製造方法である。
【0022】
本発明の態様15は、
前記溶解液が、下記式(c):
R4-Z ・・・(c)
(式中、R4は一価の炭化水素基であり、Zは末端にアルコキシシリル基を有する一価の有機基である)
で表される第2化合物をさらに含む、態様13または14に記載の製造方法である。
【発明の効果】
【0023】
本発明の実施形態によれば、十分な耐久性を示すイオン選択性電極およびその製造方法を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1は固体がガラス容器である場合のイオン選択性電極の概略断面図である。
【
図2A】
図2Aは、実施例1の、第1の静置または加熱前の溶解液の全反射FTIRスペクトルである。
【
図2B】
図2Bは、実施例1のイオン感応層の全反射FTIRスペクトルである。
【
図3】
図3は、実施例1の、第1の静置または加熱後の溶解液のMALDI-MSスペクトルである。
【
図4】
図4は、実施例21のイオン感応層の全反射FTIRスペクトルである。
【
図5】
図5は、実施例17で用いた電位応答測定装置の概略断面図である。
【
図6】
図6は、実施例1~16および18~21で用いた電位応答測定装置の概略断面図である。
【
図7】
図7は、比較例1のイオン選択性電極の概略断面図である。
【
図8】
図8は、実施例1~11の結果をまとめた表である。
【
図9】
図9は、実施例12~21および比較例1の結果をまとめた表である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0026】
本発明の実施形態に係るイオン選択性電極は、イオン感応物質を含むイオン感応層と固体とを含んでおり、前記固体の表面の少なくとも一部が前記イオン感応層によって被覆されてなるイオン選択性電極であって、
前記イオン感応物質は、下記式(a):
-CR1R2-CR3X-O- ・・・(a)
(式中、Xは、末端にアルコキシシリル基を有する有機基であり、R1、R2およびR3は、水素または炭化水素基であり、R1またはR2とXとは結合していてもよい)
で表される少なくとも2以上の繰り返し単位からなるクラウンエーテル構造を含み、
前記クラウンエーテル構造の前記アルコキシシリル基の少なくとも一部が反応して前記固体の表面と結合している。
上記のようなイオン選択性電極は、表面に結合されたイオン感応物質によってイオン選択性を示す、固体膜型イオン選択性電極である。
【0027】
固体表面に結合されるイオン感応物質は、2つの炭素原子と1つの酸素原子とがこの順で繰り返し環状に結合している部分(以下、単に「環状構造」ともいう)により、イオン選択性を示す。さらに、環状構造から延在する側鎖として、末端にアルコキシシリル基を有する有機基が複数存在し、当該アルコキシシリル基の少なくとも一部が反応して、固体表面と結合(例えば化学吸着)する。具体的には、例えば、末端のアルコキシシリル基が加水分解してシラノール基となり得るため、固体表面のOH基と脱水縮合反応により結合し得る。上記イオン選択性電極は、環状構造が脱落しにくく、イオン選択性を維持するのに適している。
【0028】
上記イオン感応物質中のR1、R2およびR3は、水素または炭素数1以上3以下のアルキル基であってもよい。あるいは、R1またはR2とXとは結合していてもよく、例えば、R2およびR3が水素であり、上記式(a)中の2つのCと、R1およびXとが共にシクロヘキサン環を形成していてもよい。
【0029】
好ましい実施形態としては、上記クラウンエーテル構造が、エポキシ基と末端にアルコキシシリル基とを有する第1化合物に由来する部分を含む重合体であり、その重合体は、エポキシ基がアルカリ金属塩または第2族元素の塩により開環して環状に重合したものである。これにより、エポキシ基の開環に用いたアルカリ金属塩または第2族元素の塩の陽イオンの検出に適したイオン感応物質が得られる。好ましくは、アルカリ金属塩または第2族元素の塩の陽イオンが、リチウムイオン、ナトリウムイオンおよびカリウムイオンのいずれかであることである。これにより、リチウムイオン、ナトリウムイオンおよびカリウムイオンのいずれかの検出に適したイオン感応物質が得られる。
【0030】
エポキシ基および末端にアルコキシシリル基を有する第1化合物は、下記式(d):
G-Y ・・・(d)
で表される。
ここで、Gはエポキシ基を有する官能基であり得、エポキシ基を有する官能基の例としては、グリシドキシ基、エポキシシクロヘキシル基などが挙げられるが、開環重合した際に環状構造を得やすいという観点から、グリシドキシ基が好適に使用される。
Yは、末端に前記アルコキシシリル基を有する一価の有機基であり、下記式(e):
CnH2n-2m-4fSiR5
3-g(OR6)g ・・・(e)
でさらに具体化される。
【0031】
R5およびR6は、各出現において独立して、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、イソプロピル基、ペンチル基、イソブチル基、ヘキシル基、フェニル基、シクロヘキシル基のいずれかであり得、R5とR6が同一であっても異なっていてもよい。中でも、アルコキシシリル基が加水分解し易く、固体表面と結合しやすい点で、メチル基およびエチル基を好適に使用できる。
【0032】
nは、0以上8以下の整数であり得る。nを8以下にしておくことで、エポキシ基および末端にアルコキシシリル基を有する化合物の疎水性が過度に高まることを抑制し、当該化合物の液体への、アルカリ金属塩または第2族元素の塩の溶解性を確保でき好ましい。また、エポキシ基同士の開環重合の際、Si(シリコン)原子との距離を確保することにより、Si原子に結合しているアルコキシ基(OR3)による立体障害を抑制できるという観点で、nは3以上であることが好ましい。CnH2n-2m-4fで表される炭化水素において、mは、当該炭化水素中の、2重結合の数と環構造の数の合計であり、fは、当該炭化水素中の3重結合の数である。gは、1以上3以下の整数である。第1化合物は、上記式(d)で表されるような化合物を少なくとも1種以上を含んでいてもよく、2種以上の混合物であってもよい。
【0033】
第1化合物の例として、3―グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3―グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、3―グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、3―グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)トリメトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)メチルジメトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)トリエトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)メチルジエトキシシランなどが挙げられる。
【0034】
好ましい形態としては、上記式(a)において、R1、R2およびR3が水素であり、且つXが下記式(b):
-CH2O-Y ・・・(b)
(式中、Yは、末端に前記アルコキシシリル基を有する一価の有機基である)
で表されるものが挙げられる。このような構造にすることにより、環状構造が安定に形成されやすい。なお、上記式(b)におけるYは、上記式(d)におけるYと同じものとしてよい。
【0035】
上記式(a)の繰り返しの数としては、4以上とすることが好ましい。これにより、末端のアルコキシ基を多く(少なくとも4つ以上)確保することができ、環状構造の脱落をより抑制することができる。一方で、繰り返しの数は10以下とすることが好ましく、より好ましくは6以下である。これにより、形成されるクラウンエーテル構造のサイズが、ナトリウムイオン、カリウムイオンおよびカルシウムイオンなどの、自然界おいて多く存在するイオンを検出するのに好適なサイズとすることができる。さらに6以下の場合は、特にカリウムイオン、ナトリウムイオンなどの生体において重要なイオンの検出に適しており、より好ましい。
【0036】
上記クラウンエーテル構造の一例としては、下記化学式1および化学式2の化合物が挙げられる。
【0037】
【0038】
【0039】
上記イオン感応物質を含むイオン感応層において、クラウンエーテル構造のアルコキシシリル基(すなわち上記式(a)中のX)の少なくとも一部が反応して(例えば、アルコキシシリル基の少なくとも一部が加水分解してシラノール基を形成し、且つ1つのクラウンエーテル構造中のシラノール基と、別のクラウンエーテル構造中のシラノール基とが脱水縮合反応して)シロキサン結合を形成していることが好ましい。これにより、環状構造がより脱落しにくくなり、イオン選択性をより維持することができる。
また、クラウンエーテル構造中に含まれるアルコキシ基のうち少なくとも一部が反応してシロキサン結合を形成しており、当該シロキサン結合を形成していないアルコキシ基の少なくとも一部が反応して、固体の表面と結合していることが好ましい。これにより、環状構造がより脱落しにくくなり、イオン選択性をより維持することができる。
【0040】
上記イオン感応層は、下記式(c):
R4-Z ・・・(c)
(式中、R4は一価の炭化水素基であり、Zは末端にアルコキシシリル基を有する一価の有機基である)
で表される第2化合物に由来する部分を含むことが好ましい。これにより、第2化合物を含まない場合と比較して、上記炭化水素基R4が反応性を示さないことに起因して化学的に安定で長寿命であるイオン選択性電極とすることができる。また、イオン感応層中の環状構造の密度を制御することができ、所望の電位応答に制御することが可能となる。さらに、第2化合物中のアルコキシ基数および/または炭化水素基を調整することにより、イオン感応層の弾性率を調整することも可能となる。
ここで、「第2化合物に由来する部分」とは、第2化合物、及び/又は第2化合物のアルコキシシリル基が一部反応したものを指す。アルコキシシリル基が一部反応したものとして、例えば、アルコキシシリル基の少なくとも一部が加水分解してシラノール基を形成したものであってもよく、さらに当該シラノール基が別のシラノール基またはヒドロキシル(OH)基等と脱水縮合反応したものであってもよい。第2化合物は、上記式(c)で表される化合物を少なくとも1種以上含んでいてもよく、2種以上の混合物であってもよい。
【0041】
上記式(c)は、より具体的には、下記式(f):
R41
pR42
qR43
rSi(OR7)a(OR8)b(OR9)c ・・・(f)
で表すこともできる。
【0042】
R41、R42およびR43は、特に限定されないが、例えば一般式CsH2s+1-2t-4uで表される炭素水素基とすることができる。sは1以上20以下とすることができる。sを20以下とすることにより、過度に立体障害が大きくなることを防ぎ、シロキサン結合の形成を比較的容易にできる。tは炭化水素基中の2重結合と環構造の数の合計であり、uは3重結合の数である。R41、R42およびR43は、全て同一でも異なっていてもよい。
【0043】
R41、R42およびR43の具体例として、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ヘキシル基、フェニル基、シクロヘキシル基、オクチル基、デシル基、アリル基などが挙げられる。
【0044】
R7、R8およびR9は炭化水素基であり得、炭素数1以上5以下のアルキル基であることが好ましい。
【0045】
p、q、r、a、bおよびcは、1≦p+q+r≦3、1≦a+b+c≦3およびp+q+r+a+b+c=4を満たすような0以上の整数である。
【0046】
上記イオン感応層において、第2化合物のアルコキシシリル基の少なくとも一部が反応して固体の表面と結合していることが好ましい。具体的には、例えば、第2化合物の末端のアルコキシシリル基が加水分解してシラノール基となり得るため、固体表面のOH基と脱水縮合反応により結合し得る。これにより、より長寿命なイオン選択性電極とすることができる。
【0047】
上記イオン感応層において、クラウンエーテル構造中のアルコキシシリル基に由来する部分と、第2化合物のアルコキシシリル基に由来する部分とでシロキサン結合を形成していることが好ましい。これにより、より長寿命なイオン選択性電極とすることができる。
【0048】
第2化合物に由来する部分の好ましい比率としては、上記式(a)で表される部分に由来する部分のモル数および前記第2化合物に由来する部分のモル数の和に対する、前記第2化合物に由来する部分のモル数の比(以下「R1」と称することがある)が0.9以下である。R1を0.9以下とすることにより、イオン感応層中の環状構造の密度を高く保つことができ、電位応答を高くすることができる。より好ましくは、0.5以下である。一方でR1を大きくすることにより、安定的に環状構造を形成できる。R1は0以上であり、好ましくは0超であり、より好ましくは0.2以上である。ここで、「上記式(a)で表される部分に由来する部分」とは、上記式(a)で表される部分及び/又は上記式(a)中のアルコキシシリル基が一部反応したものを指す。アルコキシシリル基が一部反応したものとして、例えば、アルコキシシリル基の少なくとも一部が加水分解してシラノール基を形成したものであってもよく、さらに当該シラノール基が別のシラノール基またはヒドロキシル(OH)基等と脱水縮合反応したものであってもよい。上記式(a)で表される部分は、上記第1化合物のエポキシ基が開環してなるものであってもよい。
【0049】
さらに上記式(a)で表される部分に由来する部分のモル数と、上記第2化合物に由来する部分のモル数との和に対する、上記式(a)のX中のアルコキシ基数が3である、上記式(a)で表される部分に由来する部分のモル数と、上記式(c)のZ中のアルコキシ基数(すなわち上記式(f)におけるa+b+c)が3である上記第2化合物に由来する部分のモル数との和の比(以下「R2」と称することがある)が、0以上0.9以下であることが好ましい。これにより、シロキサン結合に伴う体積収縮に起因するクラックを抑制しつつ、固体表面への結合性(例えば化学吸着性)を高めることができる。より好ましくはR2が0.2以上0.5以下であることである。
また、上記式(a)のX中のアルコキシ基数は2または3であることが好ましく、また、上記式(c)のZ中のアルコキシ基数は2または3であることが好ましい。これらにより、シロキサン結合に伴う体積収縮に起因するクラックを抑制しつつ、固体表面との結合性(例えば化学吸着性)を高めることができる。
【0050】
上記イオン感応層の厚さは、適宜調整し得る。
【0051】
固体としては、導電性材料を含むことが好ましい。これにより固体の少なくとも一部を上記イオン感応層により被覆するだけで、イオン選択性電極を構成できる。導電性材料としては、金属材料または炭素材料などが挙げられる。導電性材料の含有量としては、固体の総重量に対し50質量%以上含むことが好ましい。より好ましくは固体が導電性材料からなることであり、さらに好ましくは、固体が金属材料または炭素材料からなることである。
【0052】
金属材料としては限定するものではなく、汎用的に使用できるという観点から、銅、銀、金、白金、鉄、アルミニウム、亜鉛およびニッケルなどを好適に選択することができ、またステンレス鋼などの合金であってもよい。炭素材料としては、グラッシーカーボン、グラファイト、ダイヤモンドおよびアモルファスカーボンなどを使用することができる。中でも、カチオン検出の際、マイナス電位を検出する必要があるという観点からグラッシーカーボンを好適に使用することができる。
【0053】
また、固体としては、例えば二酸化ケイ素などを含むガラス材料を含むことが、イオン感応層と結合しやすく好ましい。ガラス材料としては、パイレックス(登録商標)、BK7、合成石英、無水合成石英、ソーダ石灰ガラス、結晶化ガラス等があげられる。
【0054】
固体としてガラス材料を用いる場合、
図1に示すようなイオン選択性電極を構成することができる。
図1に示すイオン選択性電極1は、固体としてガラス容器2を含み、ガラス容器2の底部2aの外側表面が上記イオン感応層3で被覆されており、ガラス容器2内に電解液4を充填したときに電解液4と接触するように導電性部材5(例えば導電性の電極)をさらに含んでいる。導電性部材5のガラス容器2内への挿入深さとしては、特に制限されないが、ガラス容器2の深さに対して、例えば0.1倍以上1.0倍未満であることが好ましい。これにより、導電性部材5が電解液4と接触しやすくなる。また、ガラス容器2の上部には、電解液4が外に漏れないように蓋部を設けることが好ましく、導電性部材5がガラス容器2内に蓋部を通して挿入されていることが好ましい。なお、
図1ではガラス容器2の底部2aの外側表面をイオン感応層3が被覆しているが、底部2aの外側表面に限られず、ガラス容器2の外側表面の少なくとも一部がイオン感応層3により被覆されていればよい。また
図1ではガラス容器2の底部2aは球状であるが、他の形状であってもよい。
【0055】
ガラス容器2におけるイオン感応層3により被覆される部分(
図1では底部2a)の厚さとしては、100μm以上1000μm以下とすることができる。100μm以上にすることにより、ガラス容器2の強度を確保でき、破損を防止できる。一方で1000μm以下にすることにより、測定対象イオンをイオン感応物質で補足した際の電位変化をガラス容器2内の電解液4に伝搬しやすくなり、電位計測の精度を向上させることができる。より好ましいイオン感応層3により被覆される部分の厚さは、150μm以上300μm以下である。
【0056】
イオン感応層は、固体の表面の少なくとも一部を被覆していればよく、イオン選択性電極の構成にもよるが固体の全面を被覆していてもよい。
【0057】
本発明の実施形態の目的が達成される範囲内で、本発明の実施形態に係るイオン選択性電極には他の成分が含まれていてもよい。
【0058】
<イオン選択性電極の製造方法>
本発明の実施形態に係るイオン選択性電極の製造方法は、
(A)エポキシ基と、末端にアルコキシシリル基とを有する第1化合物を含む液体に、アルカリ金属塩または第2族元素の塩を溶解させてなる溶解液を用意する工程と、
(B)前記溶解液を固体の表面の少なくとも一部に塗布し、静置または加熱して、前記固体の表面の少なくとも一部を被覆する工程と、
(C)表面の少なくとも一部が被覆された前記固体を水に浸漬し、前記水を除去した後乾燥させる工程と、を含む。
以下各工程について説明する。
【0059】
[(A)溶解液を用意する工程]
エポキシ基と末端にアルコキシシリル基とを有する第1化合物(すなわち、上記式(d)で表される化合物)を含む液体に、アルカリ金属塩または第2族元素の塩を溶解させてなる溶解液を用意する。なお、第1化合物は、上記式(d)で表される化合物を少なくとも1種以上含むことができ、2種以上の混合物であってもよい。
【0060】
工程(A)におけるアルカリ金属塩または第2族元素の塩は、特に限定されないが、アルカリ金属または第2族元素の陽イオンと、陰イオンとの組み合わせからなる。上記陽イオンとしては、例えばリチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオンおよびストロンチウムイオンなどが挙げられる。陰イオンとしては、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、過塩素酸イオン、チオシアン酸イオン、テトラフルオロホウ酸イオン、トリフルオロ酢酸イオン、硝酸イオン、硫酸イオン、ヘキサフルオロヒ酸イオン(AsF6
-)およびヘキサフルオロリン酸イオン(PF6
-)などが挙げられる。中でも、電子吸引性が高く、エポキシ基の開環重合を誘起し易いという観点から、リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩が好ましく、さらに第1化合物への溶解性が高いという観点から、過塩素酸リチウム、トリフルオロ酢酸ナトリウム、よう化カリウムが好ましい。
【0061】
工程(A)におけるアルカリ金属塩または第2族元素の塩の添加量は、第1化合物のモル数に対するアルカリ金属塩または第2族元素の塩のモル数の比(以下「R3」と称することがある)を0.05以上とすることが好ましい。これにより、第1化合物の、エポキシ基の開環を十分促進することができる。また第1化合物のモル数と後述する第2化合物のモル数との和に対する、アルカリ金属塩または第2族元素の塩のモル数の比(以下「R4」と称することがある)を0.25以下とすることが好ましい。R4を0.25以下とすることにより、アルカリ金属塩または第2族元素の塩が、第1化合物および第2化合物の混合液体に沈殿することなどを抑制し、溶解液を均一な液にすることができる。
【0062】
工程(A)において、溶解液にアニオン排除剤を添加してもよい。アニオン排除剤としては、Tetraphenylborate,sodium salt((株)同仁化学研究所 Kalibor(登録商標)(Na-TPB))やTetrakis[3,5―bis(trifluoromethyl)phenyl]borate,sodium salt((株)同仁化学研究所 T037 TFPB)などの公知のものを使用できる。
【0063】
[(B)溶解液を固体の表面の少なくとも一部に塗布し、静置または加熱して、固体の表面の少なくとも一部を被覆する工程]
上記溶解液を、固体表面の少なくとも一部に塗布し、静置または加熱して、固体表面の少なくとも一部を被覆する。上記溶解液を静置または加熱することで、アルカリ金属塩または第2族元素の塩の金属陽イオンにより第1化合物のエポキシ基が開環し、環状に重合してクラウンエーテル構造が形成される。また、当該溶解液中において、クラウンエーテル構造中の酸素原子からの配位結合により、アルカリ金属イオンまたは第2族元素イオンが担持され得る。また、クラウンエーテル構造のアルコキシシリル基の少なくとも一部が反応して固体表面と結合し、また、後述する第2化合物のアルコキシシリル基の少なくとも一部が反応して固体表面と結合し得る。具体的には、例えば、当該アルコキシシリル基が加水分解してシラノール基となり得るため、固体表面のヒドロキシル基(OH基)と脱水縮合反応により結合し得る。また、第1化合物及び/又は第2化合物の末端のアルコキシシリル基の加水分解が進み得、さらに脱水縮合反応が進むことでシロキサン結合の形成が進み得る。
塗布方法としては、固体表面の溶解液への浸漬、固体表面への溶解液の滴下、スピンコーティング、ダイコーティング、スプレー噴霧などの方法により適宜塗布することができる。
【0064】
また、上記溶解液を固体表面の少なくとも一部に塗布する前に、静置または加熱しておくこと(以下「第1の静置または加熱」と称することがある)が好ましい。すなわち、固体表面の少なくとも一部に塗布した後の静置又は加熱(以下、「第2の静置または加熱」と称することがある)とは別に、第1の静置または加熱をさらに含むことが好ましい。これにより、塗布前に、アルカリ金属塩または第2族元素の塩の金属陽イオンにより第1化合物のエポキシ基が開環し、環状に重合してクラウンエーテル構造が形成され、さらに、当該溶解液中において、第1化合物等の末端のアルコキシシリル基の加水分解が進み得、さらに脱水縮合反応が進むことでシロキサン結合が形成され得るため、溶解液が高粘度化し、塗布しやすくなる。
【0065】
第1の静置または加熱する時間としては、20分以上とするのが好ましい。より好ましくは30分以上、1時間以上、24時間以上、100時間以上、500時間以上、および720時間以上である。第2の静置または加熱する時間としては、8時間以上とするのが好ましく、より好ましくは24時間以上である。これらにより、エポキシ基の開環重合反応が進むため、イオン感応物質をより多く得ることができる。さらに、エポキシ基の開環重合反応に続く、末端のアルコキシシリル基の加水分解および脱水縮合反応を促進することができる。
【0066】
第1の静置または加熱する温度、および第2の静置または加熱する温度は、20℃以上とするのが好ましい。また、高温とすることでエポキシ基の開環重合反応、ならびにそれに続く末端のアルコキシシリル基の加水分解および脱水縮合反応をより短時間で進めることができ、より好ましくは23℃以上、40℃以上である。工程(B)の湿度は特に限定されず、加水分解を進行させるために、大気雰囲気中など水分がある環境下(すなわち0%RH超)であることが好ましい。
【0067】
上記溶解液に、上記式(c)で表される第2化合物を添加することが好ましい。これにより、後述するイオン感応層およびイオン選択性電極を化学的に安定かつ長寿命にすることが可能である。なお、第2化合物は、上記式(c)で表される化合物を少なくとも1種以上含むことができ、2種以上の混合物であってもよい。
【0068】
第2化合物の添加量としては、第1化合物のモル数と第2化合物のモル数の和に対する、第2化合物のモル数の比(すなわちR1)を0.9以下にすることが好ましい。0.9以下とすることで、イオン感応層中の環状構造の密度を高く保つことができ、電位応答を高くすることができる。より好ましくは0.5以下である。一方で、R1を大きくすることにより、エポキシ基が開環して重合する際に、直線状に重合するのを抑制することができる。R1は0以上であり、好ましくは0超であり、より好ましくは0.2以上である。
【0069】
さらに、第1化合物および第2化合物は、それぞれ、末端にアルコキシ基を1~3個有し得る。このとき、好ましいアルコキシ基の比率として、第1化合物および第2化合物のモル数の和に対する、アルコキシ基が3である第1化合物のモル数と、アルコキシ基が3である第2化合物中のモル数との和の比(すなわちR2)が0以上0.9以下であることが好ましい。これにより、シロキサン結合に伴う体積収縮に起因するクラックを抑制しつつ、固体表面との結合性(例えば化学吸着性)を高めることができる。より好ましくはR2が0.2以上0.5以下であることである。
また、第1化合物のアルコキシ基数は2または3であることが好ましく、また、第2化合物のアルコキシ基数は2または3であることが好ましい。これらにより、シロキサン結合に伴う体積収縮に起因するクラックを抑制しつつ、固体表面との結合性(例えば化学吸着性)を高めることができる。
【0070】
[(C)表面の少なくとも一部が被覆された固体を水に浸漬し、前記水を除去した後乾燥させる工程]
工程(B)後において、クラウンエーテル構造中の酸素原子からの配位結合により、アルカリ金属イオンまたは第2族元素イオンが担持され得る。そのため固体を、例えば水などの極性溶媒に浸漬した後、その水などの極性溶媒を除去し、その後例えば風乾などにより乾燥させる。これにより、アルカリ金属イオンまたは第2族元素イオンが、水などの極性溶媒中に溶出し除去される。水としては特に限定されず、例えば、イオン交換水、限外ろ過水又は蒸留水であってもよい。
浸漬時間としては24時間以上がイオン成分を十分に溶出させることができ好ましい。
【0071】
固体としてガラス材料を用いる場合、
図1に示すようなイオン選択性電極を構成するための工程(すなわち、導電性部材5を配置する工程など)をさらに含み得る。
【0072】
本発明の実施形態の目的が達成される範囲内で、本発明の実施形態に係るイオン選択性電極の製造方法には他の工程が含まれていてもよい。
【実施例】
【0073】
以下、実施例を挙げて本発明の実施形態をより具体的に説明する。本発明の実施形態は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の実施形態の技術的範囲に包含される。
【実施例1】
【0074】
エポキシ基および末端にアルコキシシリル基を有する第1化合物の液体として3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン(信越化学工業製、KBM402、アルコキシ基の数:2)22.0質量部を用意した。さらにアルカリ金属塩としてトリフルオロ酢酸ナトリウム1.4質量部を、3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシランに添加し、溶解させることで溶解液を用意した。
【0075】
上記溶解液入り容器を、第1の静置または加熱として、80℃の恒温槽内に入れて24時間加熱した。当該溶解液を、銅板(長さ:50mm、幅:5mm、厚さ:0.3mm)の長さ方向における一方の端部から40mmまでの部分全面に塗布されるように滴下した。長さ方向のもう一方の端部から5mmの部分(すなわち塗布されていない部分)をクリップで挟み、第2の静置または加熱として、80℃の恒温槽内につるすことで24時間加熱した。その後銅板をイオン交換水に24時間浸漬した。その後、イオン交換水を除去し、風乾させて実施例1のイオン選択性電極を得た。
【0076】
実施例1の、第1の静置または加熱前の溶解液および固体表面に形成されたイオン感応層の構造を解析するために、全反射FTIRスペクトルを測定した(島津製作所、IRPrestige-21)。
図2Aは実施例1の溶解液の全反射FTIRスペクトルであり、
図2Bは実施例1のイオン感応層の全反射FTIRスペクトルである。
図2Aでは、エポキシ基に特徴的な908.5cm
-1のピークおよびメトキシ基に特徴的な2835.4cm
-1のピークが観察されるのに対し、
図2Bではそれらのピークが確認されないか、または大きく減少している。さらに
図2Aでは、シロキサン結合に由来する1012.6cm
-1のピークが観測されないのに対して、
図2Bでは、1012.6cm
-1にショルダーピークが確認される。これらのことから、イオン感応層では、エポキシ基の開環反応、およびメトキシ基の少なくとも加水分解が進んでいることがわかり、加水分解に続く脱水縮合反応によるシロキサン結合形成も進んでいると考えられる。
【0077】
実施例1の、第1の静置または加熱後の溶解液について、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(以下、MALDI-MS)スペクトルを測定した(JEOL、JMS-S3000)。結果を
図3に示す。
図3において、m/z=1123のピークが検出された。これは上記化学式2に示す重合物に、ナトリウムイオンが担持された構造に起因するものと考えられる。
【0078】
実施例2~21では、実施例1から第1化合物の種類および添加量、第2化合物の種類および添加量、アルカリ金属塩の種類および添加量ならびに固体の種類を変更してイオン選択性電極を作製した。なお、実施例2~21において、第1化合物としては、3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシランに加え、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業製、KBM-403、アルコキシ基の数:3)、3-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン(アルコキシ基の数:2)および8-グリシドキシオクチルトリメトキシシラン(信越化学工業製、KBM-4803、アルコキシ基の数:3)を用いた。第2化合物としては、メチルトリメトキシシラン(信越化学工業製、KBM-13、アルコキシ基の数:3)、ジメチルジメトキシシラン(信越化学工業製、KBM22、アルコキシ基の数:2)およびシクロヘキシルメチルジメトキシシラン(アルコキシ基の数:2)を用いた。アルカリ金属塩としては、過塩素酸リチウムに加え、トリフルオロ酢酸ナトリウム(関東化学製)およびヨウ化カリウム(関東化学製)等を用いた。第2化合物を含むものについては、第1の静置または加熱後、塗布前に第2化合物を添加し、手作業で容器を軽くふることで攪拌、混合した。固体として銅板およびグラッシーカーボン板を用いた実施例2~16および18~21については、実施例1と同様にして溶解液を固体に塗布し、固体としてガラス容器(底部の厚さ300μm)を用いた実施例17については、ガラス容器の底部に溶解液を滴下し、界面張力を利用してガラス容器の動かしながら略均一に手作業で塗り広げた。そして、ガラス容器の塗布されていない部分をクリップで挟み、80℃の恒温槽内につるすことで24時間加熱し、その他は実施例1と同様にした。
【0079】
比較例1は、Bis[(12-crown-4)methyl]2-dodecyl-2-methylmalonateをイオン感応物質とし、支持体PVCとを混合させたもの(以下「比較例1のイオン感応膜」と称することがある)とした。比較例1のイオン感応膜の作製方法としては、平均重合度1100のPVC101質量部を、3mlのテトラヒドロフラン(関東化学製)に溶解させ、さらに可塑剤として2-ニトロフェニルオクチルエーテル(富士フイルム和光純薬製)を200質量部添加して、Bis[(12-crown-4)methyl]2-dodecyl-2-methylmalonate(富士フイルム和光純薬製)10質量部とともに溶解させた。この溶解液をシャーレ上に滴下、室温で24時間乾燥させた。
【0080】
図4に実施例21におけるイオン感応層の全反射FTIRスペクトルを示す。実施例21では、第2化合物としてシクロヘキシルメチルジメトキシシラン(アルコキシ基の数:2)を添加しているが、実施例1におけるイオン感応層の全反射FTIRと同様に、エポキシ基に特徴的な908.5cm
-1のピークおよびメトキシ基に特徴的な2835.4cm
-1のピークが確認されないか、または大きく減少している。さらに1012.6cm
-1にシロキサン結合に特徴的な明瞭なピークが確認される。これらの結果から、実施例21のイオン感応層において、クラウンエーテル構造中のアルコキシシリル基に由来する部分と、第2化合物のアルコキシシリル基に由来する部分とでシロキサン結合を形成していると考えられる。
【0081】
実施例2~21の、第1の静置または加熱後の溶解液において、実施例1と同様にMALDI―MS測定を行った。アルカリ金属塩として、過塩素酸リチウムを用いたもの(実施例13、21)については、第1化合物のエポキシ基が開環して4つ環状に重合し、かつリチウムイオンが担持された構造に起因するピークが検出された。アルカリ金属塩として、トリフルオロ酢酸ナトリウムを用いたもの(実施例1~12、15~20)については、第1化合物のエポキシ基が開環して5つ環状に重合し、かつナトリウムイオンが担持された構造に起因するピークが検出された。アルカリ金属塩として、ヨウ化カリウムを用いたもの(実施例14)については、第1化合物のエポキシ基が開環して6つ環状に重合し、かつカリウムイオンが担持された構造に起因するピークが検出された。
【0082】
各実施例および比較例により得られたイオン選択性電極の電位応答、繰り返し使用に対する耐久性(以下、「維持率」と称する)、および弾性率を評価した。
【0083】
(電位応答および維持率)
固体としてガラス容器を用いた実施例17については、
図5に示す電位応答測定装置10を用いて、電位応答および維持率を測定した。イオン選択性電極1は
図1に示すものと同じ構成である。すなわち、イオン選択性電極1は、固体としてガラス容器2を含み、ガラス容器2の底部2aの外側表面がイオン感応層3で被覆されており、ガラス容器2内に電解液4が充填され、電解液4と導電性部材5(銀/塩化銀電極)とが接触している。参照電極11は、液絡部13を含むガラス製電極ボディ12と、導電性部材5(銀/塩化銀電極)とを含み、ガラス製電極ボディ12内に電解液4が充填され、電解液4と導電性部材5とが接触している。実施例17で作製したイオン選択性電極1および参照電極11を、電位差計14を介して接続するとともに、イオン計測対象となる試料溶液15に浸し(このとき、底部2aが試料溶液15に浸されるようにしている)、イオン選択性電極1と参照電極11との間の電位差を電位差計14によって測定した。
固体として銅板およびグラッシーカーボン板を用いた実施例1~16および18~21については、
図6に示す電位応答測定装置20を用いて、電位応答および維持率を測定した。
図6に示すように、イオン選択性電極21は、固体22の表面がイオン感応層23によって表面被覆されてなる。参照電極11は、
図5に示すものと同じである。実施例1~16および18~21で作製したイオン選択性電極21および参照電極11を、電位差計14を介して接続するとともに、イオン計測対象となる試料溶液15に浸し(このとき、イオン選択性電極21のイオン感応層23で被覆されていない部分(すなわち銅板またはグラッシーカーボン板が露出している部分)は、試料溶液15に浸されないようにしている)、イオン選択性電極21と参照電極11との間の電位差を電位差計14によって測定した。
比較例1については、
図5のイオン選択性電極1を
図7に示すイオン選択性電極31に変更したものを用いた。
図7に示すように、イオン選択性電極31は、ガラス製電極ボディ12と、ガラス製電極ボディ12の底部に配置された比較例1のイオン感応膜32と、導電性部材5(銀/塩化銀電極)とを含み、ガラス製電極ボディ2内には電解液4が充填され、電解液4と導電性部材5とが接触している。なお、この場合、支持体PVC中に可塑剤として、2-ニトロフェニルオクチルエーテルを含み、可塑剤中をイオン感応物質であるBis[(12-crown-4)methyl]2-dodecyl-2-methylmalonateが、ナトリウムイオンを捕捉後、拡散移動するという点において、比較例1のイオン選択性電極31は、液膜型イオン選択性電極であると言える(一方で、実施例1~21のイオン選択性電極1、21は、固体膜型イオン選択性電極であると言える)。
【0084】
測定対象となるイオンに応じて、電解液4を変更した。すなわち、実施例1~12および15~20ならびに比較例1では飽和塩化ナトリウム水溶液とし、実施例13および21では飽和塩化リチウム水溶液とし、実施例14では飽和塩化カリウム水溶液とした。測定対象イオンの濃度が既知である試料溶液15を用いて、試料溶液15の測定対象イオンの濃度を変更しながら、イオン選択性電極と参照電極との間の電位差を電位差計6で測定し、電位応答を得た。さらに、各実施例および比較例ごとに電位応答測定を30回、繰り返し行い、初期の電位応答に対する30回目の電位応答の割合(百分率)を維持率(%)とした。
維持率の判定基準として、維持率が特に優れた範囲として90%以上のものを「◎」、維持率が優れた範囲として87%以上90%未満のものを「〇」、維持率が許容である範囲として85%以上87%未満のものを「△」、維持率が不十分である範囲として85%未満のものを「×」とした。
【0085】
電位応答は高い方が好ましい。判定基準として、電位応答に特に優れている範囲として50mV/decade以上のものを「◎」とし、電位応答に優れている範囲として、40mV/decade以上50mV/decade未満のものを「〇」とし、電位応答が許容である範囲として35mV/decade以上40mV/decade未満のものを「△」とし、電位応答が不十分である範囲として35mV/decade未満のものを「×」とした。
【0086】
(弾性率)
各実施例において、作製した第1の静置または加熱後の溶解液を、ポリテトラフルオロエチレン製の円筒状の鋳型に流し込み、80℃で24時間加熱した。鋳型のサイズは直径40mm、深さ0.5mmとした。24時間加熱後に得られたフイルム状固体から5mm×30mmの短冊形状のサンプルを切り出し、公知の引張強度測定装置を使用して、弾性率を測定した。高い弾性率を示すものは、イオン感応層中でよりシロキサン結合が形成されていると考えられ、強度が高いといえる。また、高い弾性率を示した実施例の溶解液中には、シロキサン結合に寄与する結合種(アルコキシ基)が多く含まれていると考えられ、固体表面とも結合(化学吸着)しやすく、密着性を確保しやすいと考えられる。一方で、弾性率が高すぎると、イオン感応層中にクラックが発生するおそれがある。
イオン感応層の強度およびイオン感応層と固体表面との密着性を確保しつつ、クラック発生を抑制するために、特に好ましい弾性率範囲として110MPa以上350MPa以下のものを◎とし、好ましい弾性率範囲として95MPa以上110MPa未満または350MPa超500MPa以下のものを〇とし、許容範囲として70MPa以上95MPa未満または500MPa超650MPa以下を「△」とし、不良である弾性率範囲として70MPa未満または650MPa超を「×」とした。
【0087】
図8および
図9に結果を示す。
図8および
図9の結果より、次のように考察できる。実施例1~21は、いずれも本発明の実施形態で規定する要件の全てを満足する例であり、十分な維持率(すなわち
図8及び
図9の維持率の判定欄において「△」、「〇」または「◎」)を示した。特に実施例1~19および21は、R2が好ましい範囲(0.9以下)を満たしていたため、特に優れた維持率を示した。
【0088】
実施例1~18、20および21は、R1が好ましい範囲(0.9以下)にあったため、電位応答が優れていた。実施例2、3、10~16および21は、実施例1、4~9、17、18および20とは異なり、R1がより好ましい範囲(0.2以上0.5以下)にあったため、電位応答が特に優れていた。
【0089】
実施例1~19および21は、R2が好ましい範囲(0.9以下)にあったため、弾性率が好ましい範囲となった。実施例2、3、7および10~16は、実施例1、4~6、8~9、17~19および21とは異なり、R2がより好ましい範囲(0.2以上0.5以下)にあったため、弾性率が特に好ましい範囲となった。
【0090】
一方、比較例1は、本発明の実施形態で規定する要件を満たしていない例であり、維持率が不十分であった。比較例1は、イオン感応物質が環状構造を含むイオン選択性電極であるものの、おそらく繰り返し測定中にイオン感応物質が脱落してしまい、維持率が低下したものと思われる。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明の実施形態に係るイオン選択性電極は、例えば液中に溶存するイオン活量測定用に利用でき、少なくとも繰り返し測定に対して十分な耐久性を示すため、産業上の利用価値は高い。
【符号の説明】
【0092】
1 イオン選択性電極
2 ガラス容器
2a ガラス容器の底部
3 イオン感応層
4 電解液
5 導電性部材
10 電位応答測定装置
11 参照電極
12 ガラス製電極ボディ
13 液絡部
14 電位差計
15 試料溶液
20 電位応答測定装置
21 イオン選択性電極
22 固体
23 イオン感応層
31 イオン選択性電極
32 イオン感応膜