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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-24
(45)【発行日】2024-07-02
(54)【発明の名称】電子顕微鏡
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/153 20060101AFI20240625BHJP
   H01J 37/143 20060101ALI20240625BHJP
   H01J 37/141 20060101ALI20240625BHJP
【FI】
H01J37/153 A
H01J37/143
H01J37/141 Z
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2023520684
(86)(22)【出願日】2021-05-13
(86)【国際出願番号】 JP2021018214
(87)【国際公開番号】W WO2022239187
(87)【国際公開日】2022-11-17
【審査請求日】2023-11-02
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 美智子
(72)【発明者】
【氏名】久保 雄大
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-87460(JP,A)
【文献】特開2007-128656(JP,A)
【文献】特開2012-160454(JP,A)
【文献】国際公開第2012/014870(WO,A1)
【文献】特開2008-124001(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/00-37/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子線を用いて試料を観察する電子顕微鏡であって、
前記電子線を照射する対物レンズを有する電子光学系、
前記電子光学系のレンズが有する収差を補正する収差補正器、
前記収差補正器を制御する制御部、
を備え、
前記収差補正器は、
前記レンズが有する球面収差を補正する磁場を発生させる第1および第2多極子レンズ、
前記対物レンズに対して前記電子線を伝搬する転送レンズ、
前記転送レンズと前記対物レンズとの間に配置された調整レンズ、
を備え、
前記転送レンズは、前記転送レンズに対して印加する転送レンズ電流によって5次球面収差を補正できるように構成されており、
前記第1多極子レンズは、前記第1多極子レンズに対して印加する多極子レンズ電流によって3次球面収差を補正できるように構成されており、
前記制御部は、前記調整レンズに対して印加する調整レンズ電流を変化させながら、前記転送レンズ電流を調整して前記5次球面収差を補正することにより、前記3次球面収差を補正する
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項2】
前記制御部は、前記多極子レンズ電流を調整することなく、かつ前記転送レンズ電流を調整して前記5次球面収差を補正することにより、前記3次球面収差を補正する
ことを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡。
【請求項3】
前記制御部は、前記調整レンズ電流の下で、前記5次球面収差が閾値以下になるまで前記転送レンズ電流を変化させることにより前記5次球面収差を補正し、
前記制御部は、前記5次球面収差を補正した後の前記転送レンズ電流の下で、前記3次球面収差が閾値以内ではない場合は、前記調整レンズ電流を変動させることにより前記調整レンズ電流を再決定するとともに、前記再決定した調整レンズ電流の下で前記5次球面収差が閾値以下になるまで前記転送レンズ電流を変化させる
ことを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡。
【請求項4】
前記制御部は、前記多極子レンズ電流と前記調整レンズ電流との間の相関関係にしたがって、前記調整レンズ電流を決定し、
前記制御部は、前記決定した調整レンズ電流の下で、前記5次球面収差が閾値以下になるまで前記転送レンズ電流を変化させることにより前記5次球面収差を補正する
ことを特徴とする請求項3記載の電子顕微鏡。
【請求項5】
前記電子顕微鏡はさらに、前記相関関係を記述したデータを格納する記憶部を備え、
前記相関関係は、前記3次球面収差を補正することができる、前記多極子レンズ電流と前記調整レンズ電流との間の関係を記述しており、
前記制御部は、前記相関関係にしたがって前記調整レンズ電流を決定することにより、前記3次球面収差を補正することができる前記調整レンズ電流の下で、前記5次球面収差を補正する
ことを特徴とする請求項4記載の電子顕微鏡。
【請求項6】
前記制御部は、第1加速電圧の下で各前記収差を補正し、
前記制御部は、前記第1加速電圧の下において各前記収差を補正するように調整した前記多極子レンズ電流を再調整することなく、前記第1加速電圧とは異なる第2加速電圧の下において、前記5次球面収差と前記3次球面収差を補正する
ことを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡。
【請求項7】
前記第2加速電圧は前記第1加速電圧よりも小さい
ことを特徴とする請求項6記載の電子顕微鏡。
【請求項8】
前記電子顕微鏡はさらに、前記多極子レンズ電流と前記調整レンズ電流との間の相関関係を記述したデータを格納する記憶部を備え、
前記相関関係は、前記3次球面収差を補正することができる、前記多極子レンズ電流と前記調整レンズ電流との間の関係を記述しており、
前記制御部は、前記第1加速電圧の下において各前記収差を補正するように調整した前記多極子レンズ電流に対応する前記調整レンズ電流を前記相関関係にしたがって決定することにより、前記3次球面収差を補正することができる前記調整レンズ電流の下でかつ前記多極子レンズ電流を再調整することなく、前記5次球面収差を補正する
ことを特徴とする請求項6記載の電子顕微鏡。
【請求項9】
前記第1多極子レンズと前記第2多極子レンズは、磁場によって前記電子線を収束させる磁場レンズとして構成されており、
前記第1多極子レンズまたは前記第2多極子レンズのうち少なくともいずれかは、永久磁石のみを用いて前記磁場を発生させる
ことを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡。
【請求項10】
前記第1および第2多極子レンズは、6極子場を生成するように構成された磁界レンズである
ことを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線を用いて試料を観察する電子顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
透過電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscopy)、走査透過電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy)、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscopy)などの電子顕微鏡は、試料を走査する電子線(プローブ)の径が細いほど高い分解能が得られる。プローブ径は電子光学系の収差により制限されるが、近年ではこの収差を補正するために収差補正器を搭載した装置が実用化されている。プローブ電流を増加させるために開き角αを増大させると、低次収差の中でも特に3次球面収差が支配的となる。さらに開き角を増大させると5次球面収差などの高次収差が支配的となる。開き角αとは光源から出たビームがレンズを通り試料に収束する際の最大角度の電子線が光軸となす角度のことである。3次球面収差はCαで表され、5次球面収差はC5αで表される。Cは3次球面収差係数であり、C5は5次球面収差係数である。
【0003】
一般的に6極子レンズの副次的な効果として発生する負の3次球面収差を用いて、対物レンズの正の3次球面収差を補正する。5次球面収差については収差補正器と対物レンズの間を適切な転写条件で結ぶことにより補正可能であることが知られている。一般に収差補正器は、複数の多極子レンズと複数の転送レンズ、調整レンズにより構成される。
【0004】
特許文献1には、基本的な収差補正方法として、『この発明はレンズ、特に電子顕微鏡の対物レンズの3次の開口収差を補正する装置であって、対物レンズとそれ自体周知の補正装置とから成り、その補正装置は2個のセクスターポールと、その間に配置する2個の焦点距離の等しい球面レンズとから成り、対物レンズ(2)と補正装置(1)との間に1個の球面レンズ(3)を配設し、その球面レンズ(3)を一方の側で光路が補正装置(1)について平行に入射し、他方の側で対物レンズのコマ収差のない面(16)に結像するようにするか、あるいは対物レンズと補正装置との間に2個の球面レンズを配設し、その対物レンズに近接する側の球面レンズ(14)と対物レンズのコマ収差のない面(16)との間隔を球面レンズの焦点距離に等しくし、2個の球面レンズ(14,15)の間隔をその焦点距離の和に等しくしてある。』という技術が記載されている(要約参照)。
【0005】
特許文献2には、収差補正器の構成と3次までの寄生収差補正方法が記載されている。同文献は、『球面収差補正器を備えることにより副次的に生じる2回対称3次スター収差(S3)と4回対称3次非点収差(A3)とを独立して補正することのできる荷電粒子線装置を提供する。』ことを課題として、『第1と第2の多極子レンズ9、13と、その間に伝達レンズ10、12を含む球面収差補正装置を備えた荷電粒子線装置において、第1の多極子レンズ9へ入射する荷電粒子線31の光軸1に対する傾斜角θ1に対し、第2の多極子レンズ13へ入射する荷電粒子線31の光軸1に対する傾斜角θ2が連動して変化するように、第1の偏向手段8と第2の偏向手段11とを制御する。』という技術を記載している(要約参照)。
【0006】
特許文献3には、『5次球面収差C5の補正を簡単かつ高精度に行う機能を備えた走査透過電子顕微鏡、および収差補正方法を提供する。』ことを課題として、『電子光学系と、前記電子光学系の収束レンズと対物レンズの間に配置され、該対物レンズの球面収差を補償するための6極子場を発生させる多極子レンズを複数備えた球面収差補正器と、前記球面収差補正器と前記対物レンズの間に配置された少なくとも一枚の調整レンズと、試料のロンチグラムを観察するロンチグラム検出手段と、情報処理装置とを備え、前記情報処理装置は、前記調整レンズの焦点距離を変化させて前記試料のロンチグラムを検出し、該焦点距離の変化に伴い前記ロンチグラムに現れる六角形状パターンの変化を検出し、5次球面収差C5の補正条件を判定する。』という技術が記載されている(要約参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特表2002-510431号公報
【文献】特開2012-234755号公報
【文献】特開2010-170940号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
現行の収差補正器においては、加速電圧を変更した際、多極子レンズの励磁量を大きく変更しないと3次球面収差と5次球面収差を同時に補正することができない。したがって、磁場除去処理や収差の経時変化が発生し、装置を安定的に使用できるまでの待ち時間が発生する。磁場除去(デガウス)処理は通常20秒程度かかり、収差補正器を調整する際に何度も実施する必要があるので、多大な時間がかかる。
【0009】
本発明は、上記のような課題に鑑みてなされたものであり、多極子レンズを用いて収差を補正する収差補正器を備えた電子顕微鏡において、収差補正を効率的に実施することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る電子顕微鏡は、第1および第2多極子レンズと転送レンズと調整レンズを有する収差補正器を備え、前記第1多極子レンズはレンズ電流を調整することによって3次球面収差を補正できるように構成されており、調整レンズ電流を変化させながら転送レンズ電流を調整することにより、3次球面収差と5次球面収差をまとめて補正する。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る電子顕微鏡によれば、調整レンズと転送レンズを併用して3次球面収差と5次球面収差をまとめて補正することにより、収差補正を効率的に実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施形態1に係る走査透過電子顕微鏡100の装置構成の1例を示す図である。
図2】収差補正器115の構成例を表す図である。
図3】第1多極子レンズ203と第2多極子レンズ207の構成例を示す平面図である。
図4】第1多極子レンズ203と第2多極子レンズ207の構成例を示す平面図である。
図5A】収差補正手順の1例を比較例として示す。
図5B】収差補正手順の1例を比較例として示す。
図5C】収差補正手順の1例を比較例として示す。
図6】本実施形態1における収差補正手順の1例を示す。
図7】実機評価によって得られた加速電圧80kVにおける第2調整レンズ電流と第1多極子レンズ電流との間の関係を示す。
図8】永久磁石で構成された6極子レンズの1例を示している。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<実施の形態1:装置構成>
図1は、本発明の実施形態1に係る走査透過電子顕微鏡100(STEM100)の装置構成の1例を示す図である。STEM100は、鏡筒101と制御ユニット102を備える。
【0014】
鏡筒101は、電子ビームを発生するための電子源111、第1収束レンズ113、第2収束レンズ114、収差補正器115、対物レンズ118、試料ステージ124、照射系絞り125、偏向器126、制限視野絞り127、第1結像レンズ119、第2結像レンズ120、第3結像レンズ121、第4結像レンズ122、撮像カメラ123を有する。鏡筒101には、制御ユニット102、インターフェース103、記憶部130が接続される。対物レンズ118を含むレンズ群は、試料に対して電子線を照射する電子光学系を形成している。
【0015】
制御ユニット102は、第2調整レンズ電流演算装置104、第2調整レンズ印加装置106の他に、図示は省略したが電子銃制御回路、照射レンズ制御回路、コンデンサ絞り制御回路、収差補正器制御回路、偏向器制御回路、対物レンズ制御回路、カメラ制御回路などを含む。
【0016】
制御ユニット102は、制御回路を介して対象デバイスの値を取得し、制御回路を介して対象デバイスに値を入力することによって任意の電子光学条件を作り出す。制御ユニット102は、鏡筒101の制御を実現する制御機構の1例である。制御ユニット102は、プロセッサ、主記憶装置、補助記憶装置、入力装置、出力装置、を有する計算機によって構成することができる。
【0017】
記憶部130は、制御ユニット102が用いるデータを記憶する記憶装置である。例えば後述する図7において説明するデータを格納することができる。記憶部130は、制御ユニット102の内部に備える記憶デバイスとして構成することもできるし、制御ユニット102の外部に配置することもできる。
【0018】
<実施の形態1:収差補正器の構成>
図2は、収差補正器115の構成例を表す図である。図中の光線図は、第2収束レンズを通過後の光線図を示している。収差補正器115は、第1偏向コイル201、第1調整レンズ202、第1多極子レンズ203、第1転送レンズ204、第2偏向コイル205、第2多極子レンズ207、第2転送レンズ206、第3偏向コイル208、第3転送レンズ209、第2調整レンズ210、を含む。説明のため対物レンズ118を併記した。図2に示す収差補正器115の構成は1例であってこれに限定されない。少なくとも1つの転送光学系および少なくとも2つの多極子を含めばよい。
【0019】
収差補正器115において、第1多極子レンズ203と第1転送レンズ204との間の距離L1、第2多極子レンズ207と第2転送レンズ206との間の距離L3が形成されており、これらはそれぞれ等しい長さとなっている。第1転送レンズ204と第2転送レンズ206との間の距離L2は、距離L1の2倍となるように構成されている。この構成により、第1多極子レンズ203と第2多極子レンズ207との間では倍率1倍の結像関係が成り立っている。荷電粒子線は第1多極子レンズ203においてその軌道が平行(傾きが0)となるように調整されており、さらに第1多極子レンズ203と第2多極子レンズ207が結像関係にあることにより、第2多極子レンズ207においても当該荷電粒子線が形成する軌道はその傾きが第1多極子レンズ203と同じく0となっている。収差補正器115は、ラウンドレンズおよび複数の多極子レンズから構成される。
【0020】
図3図4は、第1多極子レンズ203と第2多極子レンズ207の構成例を示す平面図である。多極子レンズとしては、3回対称性を持つ磁場(6極子場)を形成する6極子レンズおよび12極子レンズ等を用いることができる。図3は6極子レンズの構成の1例を示し、図4は12極子レンズの構造の1例を示す。第1多極子レンズ203によって生じる6極子場を反転させて第2多極子レンズ207による6極子場と打ち消すが、実際は両者に微小な回転誤差が生じる。この回転誤差を補正するため、12極子レンズでは2つの6極子場を足し合わせることによって任意の方向の6極子場を生成することが可能である。
【0021】
6極子レンズは、リング型の磁路301に対して、コイル303が取り付けられた6本の磁極302が配置された構成である。12極子レンズは、リング型の磁路304に対して、コイル306が取り付けられた12本の磁極305が配置された構成である。コイル306に電流を流すと磁場が発生する。各磁極305の磁場が組み合わさることによって多極子の中心領域に6極子場が形成される。制御ユニット102は、荷電粒子線が多極子の中央領域に形成された6極子場を通過するように制御する。
【0022】
<実施の形態1:収差補正方法>
図5A図5Cは、収差補正手順の1例を比較例として示す。以下の手順は、例えば加速電圧200kVで収差補正の調整が完了し、続いて80kVで収差補正を行う場合の1例である。本フローチャートは、制御ユニット102によって実施される。加速電圧の値はこれに限るものではないが、最初に高い加速電圧で収差を補正した後に、低い加速電圧で本フローチャートを実施することが望ましい。
【0023】
以下に記す各収差について説明する。A1収差は1次2回対称の非点収差、A2収差は2次3回対称の非点収差、A3収差は3次4回対称非点収差である。B2収差は2次1回対称のコマ収差、S3収差は3次2回対称のスター収差である。
【0024】
S501において、加速電圧を200kVから80kVへ変更し収差補正を開始する。S502において、低次収差であるA1収差係数を測定する。S503において、A1収差係数が閾値以内か否かを判定する。
【0025】
判定方法としては、例えばまず複数のロンチグラムを取得し、ロンチグラムを各セグメントに分ける。各セグメントには、入射した時の収差の情報が含まれている。光源の強度分布として2次元ガウス分布を仮定すると、セグメントの相互相関関数の強度は2次元ガウス分布に比例する。セグメントの相互相関関数の等高線を、楕円方程式でフィッテイングすることにより、各セグメントにおける収差に関する情報を含んだ式の解が求まる。以上の方法により収差係数を測定し、あらかじめ設定した収差係数と比較することにより、収差係数が閾値以内か否かを判定する。
【0026】
S503において、A1収差係数が閾値以内ならばS506へスキップする。閾値以内ではない場合はS504に進み、A1収差を変化させる。A1収差の制御方法としては、例えば以下を挙げることができる。第2偏向コイル205により第2多極子レンズ207に入射する電子線を光軸と平行にシフトさせ、第3偏向コイル208により光軸に振り戻す。以上によってA1収差を変化させることができる。
【0027】
S505において、A1収差係数を測定し閾値以内か否かを判定する。閾値以内の場合はS506へ進み、閾値以内ではない場合はS504へ戻る。これをA1収差係数が閾値以内になるまで繰り返す。
【0028】
S506において、B2収差係数を測定する。S507において、B2収差係数が閾値以内か否かを判定する。閾値以内ならばS510へスキップする。閾値以内ではない場合はS508に進み、B2収差を変化させる。B2収差の制御方法としては、例えば以下が挙げられる。第1偏向コイル201により第1多極子レンズ203に入射する電子線を光軸と平行にシフトさせ、第3偏向コイル208により光軸に振り戻す。以上によってB2収差を変化させることができる。
【0029】
S509において、B2収差係数を測定し閾値以内か否かを判定する。閾値以内の場合はS510へ進み、B2収差係数が閾値以内ではない場合はS508へ戻る。これをB2収差係数が閾値以内になるまで繰り返す。
【0030】
S510において、A2収差係数を測定する。S511において、A2収差係数が閾値以内か否かを判定する。閾値以内ならばS514へスキップする。閾値以内でない場合はS512に進み、第2多極子レンズ207の電流値を変化させて、生成する6極子場強度を変更することにより、A2収差を補正する。多極子レンズの電流値を変化させた場合、ヒステリシスの影響が大きいので、S532においてデガウス処理を実施することが望ましい。ヒステリシスの影響を完全に除去するにはデガウス処理におよそ20秒程度かかるので、S532を実施する度に相応の時間がかかる。
【0031】
S513において、A2収差係数を測定し閾値以内か否かを判定する。閾値以内の場合はS514へ進み、A2収差係数が閾値以内ではない場合はS512へ戻る。これをA2収差係数が閾値以内になるまで繰り返す。
【0032】
S514において、S3収差係数を測定する。S515において、S3収差係数が閾値以内か否かを判定する。閾値以内ならばS518へスキップする。閾値以内でない場合はS516に進み、S3収差を変化させる。S3収差の制御方法としては、例えば以下が挙げられる。第1偏向コイル201により第1多極子レンズ203に入射する電子線を光軸に対してチルト(傾斜)させ、第3偏向コイル208により光軸に振り戻す。以上によりS3収差を変化させることができる。
【0033】
S517において、S3収差係数を測定し閾値以内か否かを判定する。閾値以内の場合はS518へ進み、S3収差係数が閾値以内ではない場合はS516へ戻る。これをS3収差係数が閾値以内になるまで繰り返す。
【0034】
S518において、A3収差係数を測定する。S519において、A3収差係数が閾値以内か否かを判定する。閾値以内ならばS522へスキップする。閾値以内でない場合はS520に進み、A3収差を変化させる。A3収差の制御方法としては、例えば以下が挙げられる。第1偏向コイル201により第1多極子レンズ203に入射する電子線を光軸に対してチルトさせ、第2偏向コイル205により光軸に振り戻す。以上によってA3収差を変化させることができる。
【0035】
S521において、A3収差係数を測定し閾値以内か否かを判定する。閾値以内ならばS522へ進み、A3収差係数が閾値以内ではない場合はS520へ戻る。これをA3収差係数が閾値以内になるまで繰り返す。
【0036】
S522において、5次球面収差係数を測定する。S523において、5次球面収差係数が閾値以内か否かを判定する。閾値以内ならばS526へスキップする。閾値以内でない場合はS524に進み、第3転送レンズの電流値を変化させることにより5次球面収差を補正する。
【0037】
S525において、5次球面収差係数が閾値以内か否かを判定する。閾値以内ならばS526へ進み、閾値以内ではない場合はS524に戻る。これを5次球面収差係数が閾値以内になるまで繰り返す。
【0038】
S526において、3次球面収差を測定する。S527において、3次球面収差係数が閾値以内かどうかを判定する。閾値以内ならばS531にスキップする。閾値以内でない場合はS528に進み、第1多極子レンズ203の電流値を変化させることにより3次球面収差を補正する。多極子レンズの電流値を変化させた場合、ヒステリシスの影響が大きいので、S529においてデガウス処理を実施することが望ましい。ヒステリシスの影響を完全に除去するにはデガウス処理におよそ20秒程度かかるので、S529を実施する度に相応の時間がかかる。
【0039】
S530において、3次球面収差係数が閾値以内か否かを判定する。閾値以内の場合はS531へ進み、閾値以内でない場合はS528へ戻る。これを3次球面収差係数が閾値以内になるまで繰り返す。以上により収差補正処理が完了する(S531)。
【0040】
図6は、本実施形態1における収差補正手順の1例を示す。S501~S521は図5A図5Cと同様であるので、説明を省略する。記載の便宜上、図6はS518以降(すなわち図5Cに対応する部分)のみ示す。以下では図5Cとは異なるステップについて主に説明する。
【0041】
S521とS522との間において、新たにS601~S602を追加する。S601において、加速電圧変更前(今回の例では200kVの時)に補正した第1多極子レンズ203の電流値から、第2調整レンズ210の電流値を算出する。第1多極子レンズ203のレンズ電流値と第2調整レンズ210のレンズ電流値との間の関係は、後述する図7のようにあらかじめ特定しておくことができる。この関係にしたがって、第1多極子レンズ電流値から第2調整レンズ電流値を計算することができる。本ステップにおける第2調整レンズ電流値は、初期値としての役割を有する。
【0042】
S602において、第2調整レンズ210に対して、計算した電流値を印加する。本ステップを実施する2回目以降においては、前回の第2調整レンズ電流値を所定のステップ間隔で変化させることにより、第2調整レンズ電流値を走査する。
【0043】
後述の図7において説明するように、第2調整レンズ電流の初期値は、3次球面収差を補正できるようにセットされる。そのようにセットされた第2調整レンズ電流の下で、さらに5次球面収差を補正するために、S523~S525を実施する。これらのステップは図5Cと同様である。
【0044】
S526において、3次球面収差を測定する。S527において、3次球面収差係数が閾値以内かどうかを判定する。閾値以内ならばS531にスキップする。閾値以内でない場合はS602へ戻り、新たな第2調整レンズ電流値の下でS522~S524を実施する。
【0045】
S602においてセットした第2調整レンズ電流の初期値は、3次球面収差を補正できるようにセットされている。ただしその後にS522~S524によって5次球面収差を補正するので、その影響によって新たに3次球面収差が発生する可能性がある。そこでS526~S527において3次球面収差を閾値以内に抑制できているか否かを確認することとした。
【0046】
換言すると、図6のフローチャートにおいては、第2調整レンズ電流を調整することによって3次球面収差を調整しつつ、第3転送レンズ電流を調整することによって5次球面収差をさらに補正することを繰り返すことにより、3次球面収差と5次球面収差をこれら2つのレンズによって補正する。これにより、第1多極子レンズ電流を変更することなくこれらの収差を補正することができるので、S528~S530を省略することができる。すなわち第1多極子レンズ電流を変更することにともなうデガウス処理を省略することができる。
【0047】
S601において第2調整レンズ電流を計算する処理は、第2調整レンズ電流演算装置104によって実施する。第2調整レンズ電流演算装置104は、加速電圧を変更した際に、第1多極子レンズ電流値と第2調整レンズ電流値との間の関係(後述の図7で説明)から第2調整レンズ電流値を算出する。第2調整レンズ電流演算装置104は、S602を2回目以降実施する際には、第2調整レンズ電流値を所定のステップで変化させる。例えば初期値の前後の所定範囲内において網羅的に探索するように電流値を変化させることが考えられる。その他適当な方法で変化させてもよい。
【0048】
5次球面収差が補正されるための最適なビームクロス位置が存在する。第3転送レンズ209のみでクロス位置を合わせた場合、収差補正器115と対物レンズ118の結合倍率が一定になるので、加速電圧を変更することによって対物レンズ118の持つ球面収差が変化すると、球面収差を補正するための多極子レンズの励磁条件が変化する。第2調整レンズ210を併用することにより、5次球面収差が補正されるクロス位置を保ちつつ収差補正器115と対物レンズ118の結合倍率を変更することが可能になり、加速電圧によらず第1多極子レンズ203と第2多極子レンズ207の励磁量を一定にできる。これにより多極子レンズ電流を変更することなく、3次球面収差と5次球面収差を補正できると考えられる。
【0049】
図7は、実機評価によって得られた加速電圧80kVにおける第2調整レンズ電流と第1多極子レンズ電流との間の関係を示す。対応する第3転送レンズ電流値についても併記した。
【0050】
点線701は、実機評価によって得られた加速電圧200kVにおいて収差を補正することができる第1多極子レンズ電流値を示す。この時の第1多極子レンズ電流値は例えば0.06Aである。この第1多極子レンズ電流値を固定したまま、加速電圧を80kVに変更して図6のフローチャートを開始する。
【0051】
実線702は、実機評価より得られた加速電圧80kVにおいて3次球面収差を補正することができる第1多極子レンズ電流値と第2調整レンズ電流値との間の関係を示す。数式704は、実線702を数式で近似したものである。S601においては、数式704にしたがって、加速電圧を変更する前の第1多極子レンズ電流値から第2調整レンズ電流値の初期値を算出する。
【0052】
実線703は、実機評価より得られた加速電圧80kVにおいて5次球面収差を補正することができる第3転送レンズ電流値と第2調整レンズ電流値との間の関係を示す。この第3転送レンズ電流値は、S524~S525において調整した電流値の実機評価結果を示している。
【0053】
<実施の形態1:まとめ>
本実施形態1に係る走査透過電子顕微鏡100は、第1多極子レンズ203と第2多極子レンズ207と第3転送レンズ209と第2調整レンズ210を有する収差補正器115を備え、第1多極子レンズ203はレンズ電流を調整することによって3次球面収差を補正できるように構成されており、第2調整レンズ電流を変化させながら第3転送レンズ電流を調整することにより、3次球面収差と5次球面収差をまとめて補正する。これにより、高い加速電圧(例えば200kV)の下で収差補正できるように調整した第1多極子レンズ電流を低い加速電圧(例えば80kV)において変更することなく、3次球面収差と5次球面収差を補正することができる。したがって、第1多極子レンズ電流を変更することにともなうデガウス処理を省略することができる。
【0054】
<実施の形態2>
図8は、永久磁石で構成された6極子レンズの1例を示している。実施形態1で説明した手法により、加速電圧によらず多極子レンズの励磁量を変更せずに収差を補正することができる。したがって、第1多極子レンズ203と第2多極子レンズ207を構成するコイルを永久磁石に置き換えることが可能である。この場合の多極子レンズは、主に永久磁石801、極子802で構成される。極子802は永久磁石でもよいし、純鉄、パーマロイ、パーメンジュール等の磁性体であってもよい。多極子レンズの構成以外は実施形態1と同様である。
【0055】
第1多極子レンズ203と第2多極子レンズ207の両方を永久磁石で置き換えた場合、両者で発生するA2収差を完全にキャンセルするために第1多極子レンズ203で生じた6極子場を微小に回転させることが必要である。これは第1転送レンズ204または第2転送レンズ206の励磁条件を微調整するか、あるいは第1多極子レンズ203と第2多極子レンズ207の間に追加のラウンドレンズを設けることにより、第1多極子レンズ203で発生した6極子場を回転させることができる。
【0056】
永久磁石で6極子場を生成した際に極子のずれや材料の磁場特性のばらつきが起因で発生する偏向場については、例えば第1偏向コイル201、第2偏向コイル205、第3偏向コイル208を用いて軸合わせすることによって調整してもよいし、追加の偏向コイルを設けて調整してもよい。極子のずれや材料の磁場特性のばらつきが起因で発生する4極子場(A1)については例えば、第2偏向コイル205により第2多極子レンズ207に入射する電子線を光軸と平行にシフトさせ、第3偏向コイル208により光軸に振り戻すと、補正することができる。
【0057】
第1多極子レンズ203と第2多極子レンズ207どちらか一方のみを永久磁石のみで構成された多極子レンズに置き換えてもよい。例えば第1多極子レンズ203は永久磁石で構成し、第2多極子レンズ207はコイルを用いた12極子レンズとしてもよい。
【0058】
<実施の形態2:まとめ>
本実施形態2に係る走査透過電子顕微鏡100において、第1多極子レンズ203または第2多極子レンズ207のうち少なくともいずれかは、永久磁石のみを用いてレンズ磁場を発生させる。永久磁石で構成された多極子レンズを用いることにより、高安定度が要求される電源を不要とすることができる。
【0059】
<本発明の変形例について>
本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施形態は本開示を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、各実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0060】
本明細書等における「第1」、「第2」、「第3」等の表記は、構成要素を識別するために付するものであり、必ずしも数または順序を限定するものではない。図面等において示す各構成の位置、大きさ、形状、および範囲等は、発明の理解を容易にするため、実際の位置、大きさ、形状、および範囲等を表していない場合がある。したがって本発明は、図面等に開示された位置、大きさ、形状、および範囲等に限定されない。
【0061】
以上の実施形態において、本発明を適用することができる電子顕微鏡の例としてSTEM100を説明したが、その他タイプの電子顕微鏡においても本発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0062】
100:走査透過電子顕微鏡
102:制御ユニット
115:収差補正器
118:対物レンズ
201:第1偏向コイル
202:第1調整レンズ
203:第1多極子レンズ
204:第1転送レンズ
205:第2偏向コイル
206:第2転送レンズ
207:第2多極子レンズ
208:第3偏向コイル
209:第3転送レンズ
210:第2調整レンズ
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6
図7
図8