(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-15
(45)【発行日】2024-10-23
(54)【発明の名称】高分子材料のシミュレーション方法
(51)【国際特許分類】
G16C 60/00 20190101AFI20241016BHJP
G16Z 99/00 20190101ALI20241016BHJP
【FI】
G16C60/00
G16Z99/00
(21)【出願番号】P 2020215291
(22)【出願日】2020-12-24
【審査請求日】2023-10-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104134
【氏名又は名称】住友 慎太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100156225
【氏名又は名称】浦 重剛
(74)【代理人】
【識別番号】100168549
【氏名又は名称】苗村 潤
(74)【代理人】
【識別番号】100200403
【氏名又は名称】石原 幸信
(74)【代理人】
【識別番号】100206586
【氏名又は名称】市田 哲
(72)【発明者】
【氏名】上野 真一
【審査官】鈴木 和樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-81297(JP,A)
【文献】特開2016-118501(JP,A)
【文献】特開2019-36253(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2006-0054142(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16C 10/00 - 99/00
G16Z 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子材料のシミュレーション方法であって、
前記高分子材料に基づく数値計算用の分子鎖モデルを、コンピュータに入力する工程と、
前記コンピュータが、前記分子鎖モデルを用いて、予め定められた第1温度及び第1変形周期を含む第1変形条件での前記高分子材料の物理量を計算するシミュレーション工程とを含み、
前記シミュレーション工程は、
前記高分子材料の前記物理量における変形周期と温度との関係を示す時間温度換算則に基づいて、前記第1変形条件を、前記第1変形周期よりも短い変形周期で前記物理量を計算可能な第2温度及び第2変形周期を含む第2変形条件に変更する工程と、
前記第1変形条件での前記物理量を、前記第2変形条件に基づいた前記物理量として計算する工程とを含む、
高分子材料のシミュレーション方法。
【請求項2】
前記シミュレーション工程に先立ち、前記コンピュータが、前記時間温度換算則を求める換算則計算工程をさらに含む、請求項1に記載の高分子材料のシミュレーション方法。
【請求項3】
前記換算則計算工程は、予め定められた複数の変形条件に基づいて、第1の適用範囲で前記時間温度換算則を求める工程と、
前記複数の変形条件とは異なる変形条件を用いて、前記時間温度換算則を第2の適用範囲に拡張する工程とを含む、請求項2に記載の高分子材料のシミュレーション方法。
【請求項4】
前記物理量は、粘弾性特性を含む、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の高分子材料のシミュレーション方法。
【請求項5】
前記粘弾性特性は、損失正接を含む、請求項4に記載の高分子材料のシミュレーション方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子材料のシミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1には、高分子材料のシミュレーション方法が記載されている。この方法には、コンピュータに、高分子材料をモデリングした高分子材料モデルを設定する工程と、高分子材料モデルを変形させる変形工程とが含まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
多くの高分子材料の物理量(例えば、粘弾性特性)は、温度や変形周期に対して依存性を有する。したがって、上記の変形工程では、通常、予め定められた温度及び変形周期を含む変形条件で、高分子材料モデルの物理量が計算される。しかしながら、変形条件の変形周期が大きくなると、計算時間がかかるという問題があった。
【0005】
本発明は、以上のような実状に鑑み案出されたもので、高分子材料の物理量の計算時間を短縮することが可能なシミュレーション方法を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、高分子材料のシミュレーション方法であって、前記高分子材料に基づく数値計算用の分子鎖モデルを、コンピュータに入力する工程と、前記コンピュータが、前記分子鎖モデルを用いて、予め定められた第1温度及び第1変形周期を含む第1変形条件での前記高分子材料の物理量を計算するシミュレーション工程とを含み、前記シミュレーション工程は、前記高分子材料の前記物理量における変形周期と温度との関係を示す時間温度換算則に基づいて、前記第1変形条件を、前記第1変形周期よりも短い変形周期で前記物理量を計算可能な第2温度及び第2変形周期を含む第2変形条件に変更する工程と、前記第1変形条件での前記物理量を、前記第2変形条件に基づいた前記物理量として計算する工程とを含むことを特徴とする。
【0007】
本発明に係る前記高分子材料のシミュレーション方法において、前記シミュレーション工程に先立ち、前記コンピュータが、前記時間温度換算則を求める換算則計算工程をさらに含んでもよい。
【0008】
本発明に係る前記高分子材料のシミュレーション方法において、前記換算則計算工程は、予め定められた複数の変形条件に基づいて、第1の適用範囲で前記時間温度換算則を求める工程と、前記複数の変形条件とは異なる変形条件を用いて、前記時間温度換算則を第2の適用範囲に拡張する工程とを含んでもよい。
【0009】
本発明に係る前記高分子材料のシミュレーション方法において、前記物理量は、粘弾性特性を含んでもよい。
【0010】
本発明に係る前記高分子材料のシミュレーション方法において、前記粘弾性特性は、損失正接を含んでもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の高分子材料のシミュレーション方法では、上記の工程を採用することにより、高分子材料の物理量の計算時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】高分子材料のシミュレーション方法を実行するためのコンピュータの一例を示す斜視図である。
【
図2】高分子材料のシミュレーション方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図4】分子鎖モデルが配置されたセルの一例を示す概念図である。
【
図5】時間温度換算則について、温度と、変形周期の換算因子との関係の一例を示すグラフである。
【
図6】シミュレーション工程の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図7】本発明の他の実施形態のシミュレーション方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図8】換算則計算工程の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図9】複数の物理量曲線の一例を示すグラフである。
【
図11】本発明の他の実施形態の換算則計算工程の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図12】時間温度換算則が拡張された温度と変形周期の換算因子との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の一形態が図面に基づき説明される。なお、各図面は、発明の内容の理解を高めるためのものであり、誇張された表示が含まれる他、各図面間において、縮尺等は厳密に一致していない点が予め指摘される。
【0014】
本実施形態の高分子材料のシミュレーション方法(以下、単に「シミュレーション方法」ということがある。)では、高分子材料の物理量が計算される。物理量は、特に限定されないが、高分子材料の性能の評価に用いられるものが望ましい。物理量の一例としては、高分子材料の粘弾性特性が挙げられる。本実施形態の粘弾性特性は、損失正接tanδである場合が例示されるが、例えば、貯蔵弾性率G’、損失弾性率G”又は複素弾性率E*であってもよいし、これらの全てが計算されてもよい。
【0015】
本実施形態の高分子材料には、少なくとも1種類の分子鎖(ポリマー)が含まれている。なお、高分子材料は、フィラーやカップリング剤等がさらに含まれるものでもよい。本実施形態の分子鎖は、スチレンブタジエンゴムである場合が例示されるが、特に限定されるわけではない。
【0016】
多くの高分子材料の物理量(例えば、粘弾性特性)は、温度や変形周期に対して依存性を有している。このため、予め定められた温度及び変形周期(周波数)を一定に保持した状態で、物理量を計算することが重要である。本実施形態のシミュレーション方法では、予め定められた第1温度及び第1変形周期を含む第1変形条件での物理量が計算される。
【0017】
第1温度及び第1変形周期は、特に限定されないが、評価される性能に応じて設定されるのが望ましい。本実施形態の第1温度及び第1変形周期は、後述の分子動力学計算での尺度(本例では、温度は「T」、変形周期(時間)は「τ」)に基づいて設定される。本実施形態では、例えば、第1温度が1.0(T)に設定され、第1変形周期が10000(τ)に設定されるが、このような態様に限定されない。
【0018】
本実施形態のシミュレーション方法には、コンピュータが用いられる。
図1は、高分子材料のシミュレーション方法を実行するためのコンピュータの一例を示す斜視図である。
【0019】
[コンピュータ]
本実施形態のコンピュータ1は、本体1a、キーボード1b、マウス1c及びディスプレイ装置1dを含んで構成されている。本体1aには、例えば、演算処理装置(CPU)、ROM、作業用メモリ、磁気ディスクなどの記憶装置、及び、ディスクドライブ装置1a1、1a2が設けられている。記憶装置には、本実施形態のシミュレーション方法を実行するためのソフトウェア等が予め記憶されている。
【0020】
[高分子材料のシミュレーション方法(第1実施形態)]
次に、本実施形態のシミュレーション方法が説明される。
図2は、高分子材料のシミュレーション方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0021】
[分子鎖モデル入力工程]
本実施形態のシミュレーション方法では、先ず、高分子材料の分子鎖に基づいて、数値計算用の分子鎖モデルが、コンピュータ1に入力される(工程S1)。
図3は、分子鎖モデル2の一例を示す概念図である。
【0022】
本実施形態の分子鎖モデル2は、高分子材料の分子鎖(本例では、スチレンブタジエンゴム)に基づく粗視化モデル(本実施形態では、Kremer-Grestモデル)として定義されている。なお、分子鎖モデル2は、例えば、図示しない全原子モデルやユナイテッドアトムモデルであってもよい。
【0023】
本実施形態の分子鎖モデル2は、複数の粗視化粒子3と、隣接する粗視化粒子3、3間を結合する結合鎖モデル4とを含んで構成されている。
【0024】
本実施形態の粗視化粒子3は、高分子材料の分子鎖のモノマー(図示省略)又はモノマーの一部分をなす構造単位を置換したものである。これにより、分子鎖モデル2には、複数個(例えば、10~5000個)の粗視化粒子3が設定される。粗視化粒子3は、後述の分子動力学計算において、運動方程式の質点として取り扱われる。このため、粗視化粒子3には、例えば、質量、体積、粒子径、又は、電荷などのパラメータが定義される。
【0025】
本実施形態の結合鎖モデル4は、粗視化粒子3、3間に、伸びきり長が設定された相互作用ポテンシャルP1によって定義される。本実施形態の相互作用ポテンシャルP1は、例えば、特許文献(特開2020-086835号公報)に記載の非調和ポテンシャルに基づいて定義されうる。分子鎖モデル2は、コンピュータ1に記憶される。
【0026】
[セル定義工程]
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、高分子材料の一部に対応する仮想空間であるセルが、コンピュータ1に入力される(工程S2)。
図4は、分子鎖モデル2が配置されたセル5の一例を示す概念図である。
図4では、一部の分子鎖モデル2のみが代表して示されている。
【0027】
本実施形態のセル5は、少なくとも互いに向き合う一対の面6、6(本実施形態では、互いに向き合う三対の面6、6)を有している。本実施形態のセル5は、直方体又は立方体(本実施形態では、立方体)として定義されている。
【0028】
セル5の各面6、6には、周期境界条件が定義されている。セル5の一辺の各長さL1は、例えば、特許文献(特開2020-086835号公報)の記載に基づいて、適宜設定されうる。セル5は、コンピュータ1に記憶される。
【0029】
[分子鎖モデル配置工程]
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、コンピュータ1が、セル5の内部に、複数の分子鎖モデル2を配置する(工程S3)。本実施形態の工程S3では、複数の分子鎖モデル2がランダムに配置される。分子鎖モデル2の個数は、例えば、コンピュータ1の計算能力、セル5の大きさ、及び、分子鎖モデル2の大きさ等に基づいて、適宜設定されうる。
【0030】
分子鎖モデル2を配置する手順は、特に限定されない。本実施形態の工程S3では、例えば、DBMC法(Density Biased Monte Carlo)に基づいて、セル5の内部に、分子鎖モデル2がランダムに配置される。このような分子鎖モデル2の初期配置には、例えば、市販ソフト(例えば、(株)JSOL社製のソフトマテリアル総合シミュレーター(J-OCTA)に含まれるCOGNAC)が用いられうる。分子鎖モデル2が配置されたセル5は、コンピュータ1に記憶される。
【0031】
[ポテンシャル定義工程]
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、セル5内に配置された分子鎖モデル2、2間に、引力及び斥力が作用する相互作用ポテンシャルP2が定義される(工程S4)。本実施形態の相互作用ポテンシャルP2は、一対の分子鎖モデル2、2の粗視化粒子3、3間に定義されている。相互作用ポテンシャルP2は、例えば、特許文献(特開2020-086835号公報)に記載のLJポテンシャルで定義することができる。これらの相互作用ポテンシャルP2は、コンピュータ1に記憶される。
【0032】
[構造緩和計算工程]
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、コンピュータ1が、分子動力学計算に基づいて、分子鎖モデル2を対象に構造緩和を計算する(工程S5)。本実施形態の分子動力学計算では、例えば、セル5について所定の時間、分子鎖モデル2の粗視化粒子3が古典力学に従うものとして、ニュートンの運動方程式が適用される。そして、各時刻での粗視化粒子3の動きが、単位時間ステップ毎に追跡される。
【0033】
分子動力学計算では、セル5において、圧力及び温度が一定、又は、体積及び温度が一定に保たれる。これにより、工程S5では、実際の高分子材料の分子運動に近似させて、分子鎖モデル2の初期配置が緩和される。本実施形態では、分子鎖モデル2の初期配置が十分に緩和されるまで行われる。これにより、高分子材料をモデリングした高分子材料モデル7が作成される。
【0034】
構造緩和の計算には、例えば、上記の市販ソフトが用いられうる。高分子材料モデル7は、コンピュータ1に記憶される。
【0035】
[シミュレーション工程]
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、コンピュータ1が、分子鎖モデル2(高分子材料モデル7)を用いて、第1温度及び第1変形周期を含む第1変形条件での高分子材料の物理量を計算する(シミュレーション工程S6)。
【0036】
物理量の計算は、分子鎖モデル2(高分子材料モデル7)を用いて適宜実施されうる。本実施形態では、予め定められた温度及び歪(初期歪)が設定された高分子材料モデル7に、予め定められた変形周期でせん断変形が印加される。そして、分子動力学計算に基づいて、分子鎖モデル2の熱運動が計算される。これにより、所定の温度及び変形周期に基づいて、高分子材料の物理量が計算される。このような物理量の計算には、上記の市販ソフトが用いられうる。
【0037】
ところで、上記の物理量の計算では、変形周期の大きさに比例して、物理量の計算時間が長くなる。このため、第1変形条件の第1変形周期が大きい場合、計算時間がかかる場合がある。
【0038】
一方、高分子材料は、温度の変化を変形周期の変化に換算して、等価の物理量を計算することができるという性質(時間温度換算則)を有している。時間温度換算則は、高分子材料の物理量における変形周期と温度との関係を示すものである。
図5は、時間温度換算則について、温度と、変形周期の換算因子との関係の一例を示すグラフである。
【0039】
時間温度換算則は、予め定められた複数の変形条件(温度及び変形周期)に基づく物理量の測定結果や計算結果を用いて、適宜求められる。複数の変形条件には、時間温度換算則の基準となる一つの基準変形条件(基準温度及び基準変形周期)が含まれる。
【0040】
図5において、横軸は、温度(T)を示しており、縦軸は、換算因子(シフトファクター)aTの対数log(aT)を示している。換算因子aTは、任意の温度での変形周期について、基準変形周期に対する倍率を表している。したがって、基準変形周期に、任意の温度での換算因子aTが乗じられることにより、任意の温度での変形周期が求められる。
【0041】
図5において、温度が高くなるほど、換算因子aT(対数log(aT))が小さくなっている。したがって、基準温度よりも大きな温度では、基準変形周期よりも小さい変形周期(基準変形周期を換算因子aTで乗じた変形周期)で、基準変形条件と等価の物理量を計算することができる。
【0042】
このような時間温度換算則に基づいて、本実施形態のシミュレーション工程S6では、第1温度を異なる温度に変更して、第1変形周期よりも短い変形周期で、第1変形条件と等価の物理量が計算される。時間温度換算則は、シミュレーション工程S6に先立って、コンピュータ1に入力されているのが望ましい。
図6は、シミュレーション工程S6の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0043】
[シミュレーション工程(変形条件変更工程)]
本実施形態のシミュレーション工程S6では、先ず、時間温度換算則に基づいて、第1変形条件が、第1変形周期よりも短い変形周期で物理量を計算可能な第2温度及び第2変形周期を含む第2変形条件に変更される(工程S61)。
【0044】
第2変形条件は、第1変形周期よりも短い変形周期で物理量を計算可能なものであれば、第1変形条件から適宜変更される。工程S61では、先ず、
図5に示したグラフにおいて、第1温度a1(1.0(T))での換算因子f1の対数log(f1)よりも小さい換算因子f2の対数log(f2)の温度が、第2変形条件の第2温度a2(1.2(T))として特定される。なお、換算因子f2の対数log(f2)は、計算時間を最大限に短縮するために、
図5に示したグラフにおいて、最も小さい換算因子の対数が選択されてもよい。
【0045】
次に、本実施形態の工程S61では、第1温度a1での換算因子f1と、第2温度a2での換算因子f2との比f2/f1が求められる。比f2/f1(本例では、0.5/1.0)は、第2温度a2での第2変形周期の大きさについて、第1温度a1での第1変形周期の大きさに対する倍率を示している。
【0046】
次に、本実施形態の工程S61では、第1変形周波数(本例では、10000(τ))に、比f2/f1(本例では、0.5/1.0)が乗じられることにより、第2変形周波数(本例では、5000(τ))が求められる。この第2変形周期は、第1変形周期よりも短い。したがって、工程S61では、第1変形条件を、第1変形周期よりも短い変形周期で物理量を計算可能な第2変形条件に変更することができる。第2変形条件は、コンピュータ1に記憶される。
【0047】
[シミュレーション工程(物理量計算工程)]
次に、本実施形態のシミュレーション工程S6では、第1変形条件での物理量が、第2変形条件に基づいた物理量として計算される(工程S62)。本実施形態の工程S62では、先ず、高分子材料モデル7(
図4に示す)に、第2温度と、歪(初期歪)とが設定される。歪には、例えば、物理量の実測時に設定される歪(例えば10%の初期歪)が設定される。次に、工程S62では、高分子材料モデル7に、第2変形周期でせん断変形が印加される。
【0048】
本実施形態の工程S62では、分子動力学計算に基づいて、分子鎖モデル2の熱運動が計算される。このような熱運動は、第2変形条件、相互作用ポテンシャルP1、P2(
図3及び
図4にそれぞれ示す)及び運動方程式に基づいて計算される。これにより、工程S62では、第2変形条件(第2温度及び第2変形条件)に基づいた高分子材料の物理量が計算される。
【0049】
上述したように、第2変形条件は、時間温度換算則に基づいて、第1変形条件から変更されたものである。第2変形条件に基づいた物理量は、第1変形条件での物理量と等価なものとして計算される。さらに、第2変形条件の第2変形周期は、第1変形条件の第1変形周期よりも短い。このため、本実施形態のシミュレーション方法は、第1変形条件での高分子材料の物理量の計算時間を短縮することができる。
【0050】
工程S62では、高分子材料に設定される初期歪の大きさや、セル5内の分子鎖モデル2の配置条件等を異ならせた複数の条件(パラメータ)において、第1変形条件での物理量が、第2変形条件に基づいた物理量としてそれぞれ計算されてもよい。これにより、各条件において、第1変形条件での物理量が短時間でそれぞれ計算されるため、例えば、これらの計算結果を用いたパラメータスタディを効率よく行うことが可能となる。
【0051】
[評価工程]
次に、本実施形態のシミュレーション方法では、コンピュータ1が、高分子材料の物理量が良好か否かを判断する(工程S7)。物理量が良好か否かの判断は、適宜行われうる。本実施形態では、物理量に対して設定された閾値に基づいて、その物理量が、良好か否かが判断される。
【0052】
工程S7において、物理量が良好であると判断された場合(工程S7で、「Yes」)、高分子材料(図示省略)が製造される(工程S8)。一方、工程S7において、物理量が良好でないと判断された場合(工程S7で、「No」)、高分子材料の諸条件が変更されて(工程S9)、工程S1~工程S7が再度実施される。これにより、本実施形態のシミュレーション方法では、良好な物性を有する高分子材料を、効率よく設計及び製造することができる。
【0053】
[高分子材料のシミュレーション方法(第2実施形態)]
これまでの実施形態のシミュレーション方法では、予め定められた時間温度換算則に基づいて、第1変形条件が第2変形条件に変更されたが、このような態様に限定されない。例えば、シミュレーション工程S6に先立ち、時間温度換算則が求められてもよい。
図7は、本発明の他の実施形態のシミュレーション方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。この実施形態において、これまでの実施形態と同一の構成については、同一の符号が付され、説明が省略されることがある。
【0054】
[換算則計算工程]
本実施形態のシミュレーション方法では、シミュレーション工程S6に先立ち、コンピュータ1が、時間温度換算則を求める(換算則計算工程S10)。この実施形態では、
図4に示した分子鎖モデル2(高分子材料モデル7)を用いて、予め定められた複数の変形条件(温度及び変形周期)に基づく物理量が計算される。そして、それらの計算結果に基づいて、時間温度換算則が求められる。
図8は、換算則計算工程S10の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0055】
[換算則計算工程(物理量曲線取得工程)]
この実施形態の換算則計算工程S10では、先ず、複数の変形条件の温度ごとに、物理量と変形周期との関係を示す物理量曲線が求められる(工程S21)。複数の変形条件は、適宜設定されうる。本実施形態の変形条件には、時間温度換算則の基準となる一つの基準変形条件として、第1変形条件(本例では、第1温度:1.0(T)、変形周期:10000(τ))が含まれるのが望ましい。これにより、第1変形条件から第2変形条件に、精度良く変更することができる。
【0056】
複数の変形条件の温度には、第1温度(基準温度)、第1温度よりも小さな温度、及び、第1温度よりも大きな温度が含まれるのが望ましい。これにより、第1温度を中間とする複数の温度での物理量曲線が求められるため、第1温度を含む時間温度換算則を、精度よく求めることができる。本実施形態の温度には、第1温度(本例では1.0(T))、第1温度よりも低い温度(本例では0.5(T)、0.8(T))、及び、第1温度よりも高い温度(本例では1.2(T))が含まれている。
【0057】
複数の変形条件の変形周期には、第1変形周期と、第1変形周期よりも短い変形周期とが含まれるのが望ましい。これにより、第1変形周期よりも短い変形周期を確実に選択することが可能となる。本実施形態の変形周期には、第1変形周期(本例では10000(τ))と、第1変形周期よりも小さな変形周期(本例では1000(τ)、100(τ)及び10(τ))とが含まれる。
【0058】
この実施形態の工程S21では、先ず、上記の温度と変形周期とを組み合わせた複数の変形条件に基づいて、高分子材料の物理量が計算される。工程S21で求められる物理量は、損失正接tanδである場合が例示されるが、このような態様に限定されない。各変形条件での物理量の計算は、上述した第2変形条件に基づく物理量を計算する工程S62と同一の手順で計算される。
【0059】
次に、この実施形態の工程S21では、複数の変形条件ごとに計算された物理量を用いて、複数の変形条件の温度ごとに、物理量と変形周期との関係を示す物理量曲線がそれぞれ求められる。
図9は、複数の物理量曲線の一例を示すグラフである。物理量曲線は、コンピュータ1に記憶される。
【0060】
[換算則計算工程(移動量取得工程)]
次に、この実施形態の換算則計算工程S10では、各物理量曲線から一つの合成曲線(マスターカーブ)が得られるように、各物理量曲線の変形周期上での移動量が取得される(工程S22)。
図10は、合成曲線の一例を示すグラフである。
【0061】
工程S22では、
図9に示した基準温度である第1温度(本例では1.0(T))での物理量曲線の少なくとも一部に重なるように、その他の温度の物理量曲線が、変形周期の軸上で平行移動される。この実施形態では、第1温度よりも低い温度(本例では0.5(T)、0.8(T))での物理量曲線を、変形周期が長くなる方向(図において右側)に平行移動させている。さらに、この実施形態では、第1温度よりも高い温度(本例では1.2(T))の物理量曲線を、変形周期が短くなる方向(図において左側)に平行移動させる。これにより、工程S22では、
図10に示した一つの合成曲線(マスターカーブ)が得られる。
【0062】
この実施形態の工程S22では、上述の平行移動により、各物理量曲線の移動量が取得される。移動量は、移動後の物理量曲線の変形周期について、移動前の物理量曲線の変形周期に対する倍率を示している。この移動量が、時間温度換算則の換算因子(シフトファクター)aTとなる。この実施形態において、例えば、温度が1.2(T)の物理量曲線の移動量(換算因子)aTは、0.5となる。なお、基準温度である第1温度の物理量曲線は、平行移動しないため、その移動量(換算因子)aTは1.0となる。各物理量曲線の移動量は、コンピュータ1に記憶される。
【0063】
[換算則計算工程(時間温度換算則取得工程)]
次に、この実施形態の換算則計算工程S10では、各物理量曲線の移動量と、各物理量曲線の温度との関係に基づいて、時間温度換算則が求められる(工程S23)。
図5に示されるように、各物理量曲線の温度(本例では、0.5、0.8、1.0及び1.2(T))ごとに、物理量曲線の移動量(換算因子)aTの対数log(aT)がプロットされる。これにより、工程S23では、時間温度換算則について、温度と、変形周期の換算因子との関係を示すグラフが求められる。時間温度換算則は、コンピュータ1に記憶される。
【0064】
このように、この実施形態のシミュレーション方法では、高分子材料が実在するか否かを問わず、時間温度換算則が計算によって求められるため、現実には存在しない未知の高分子材料の性能評価及び開発を効率よく行うことができる。
【0065】
[高分子材料のシミュレーション方法(第3実施形態)]
[換算則計算工程]
これまでの実施形態の換算則計算工程S10では、予め定められた複数の変形条件に基づいて、時間温度換算則が求められたが、このような態様に限定されない。例えば、複数の変形条件とは異なる変形条件を用いて、時間温度換算則が拡張されてもよい。
図11は、本発明の他の実施形態の換算則計算工程S10の処理手順の一例を示すフローチャートである。この実施形態において、これまでの実施形態と同一の構成については、同一の符号が付され、説明が省略されることがある。
【0066】
[換算則計算工程(第1換算則計算工程)]
本実施形態の換算則計算工程S10では、先ず、予め定められた複数の変形条件に基づいて、第1の適用範囲で時間温度換算則が求められる(第1換算則計算工程S31)。複数の変形条件は、時間温度換算則を求めることができれば、適宜設定することができる。この実施形態の変形条件には、これまでの実施形態(第2実施形態)の時間温度換算則の取得に用いられた変形条件(本例では、4つの温度と4つの変形周期を組み合わせた変形条件)が採用される。したがって、この実施形態の第1換算則計算工程S31では、
図5に示されるように、0.5~1.2(T)の温度範囲を第1の適用範囲R1とした時間温度換算則が求められる。
【0067】
第1の適用範囲での時間温度換算則は、
図8に示した換算則計算工程S10の処理手順に基づいて取得される。第1の適用範囲での時間温度換算則は、コンピュータ1に記憶される。
【0068】
[換算則計算工程(第2換算則計算工程)]
次に、この実施形態の換算則計算工程S10では、複数の変形条件とは異なる変形条件を用いて、時間温度換算則が第2の適用範囲R2に拡張される(第2換算則計算工程S32)。
図12は、時間温度換算則が拡張された温度と変形周期の換算因子との関係を示すグラフである。
【0069】
時間温度換算則の拡張に用いられる変形条件は、第1の適用範囲R1(本例では、0.5~1.2(T)の温度範囲)の範囲外のものであれば、適宜採用される。この実施形態では、第1の適用範囲での時間温度換算則の傾向に基づいて、第1の適用範囲R1よりも変形周期が小さくなる(すなわち、換算因子aTが小さくなる)と予想される温度(例えば、1.5(T))が採用される。
【0070】
この実施形態の第2換算則計算工程S32では、第1の適用範囲での時間温度換算則の直線近似(指数近似)に基づいて、上記の変形条件の温度(1.5(T))が外挿されることにより、その温度での換算因子aTの対数log(aT)が求められる。このような温度及び対数log(aT)が、第1の適用範囲で求められた時間温度換算則に含まれることにより、その時間温度換算則が第2の適用範囲(本例では、0.5~1.5(T)の温度範囲)に拡張されうる。第2の適用範囲R2に拡張された時間温度換算則は、コンピュータ1に記憶される。
【0071】
このように、この実施形態の換算則計算工程S10では、時間温度換算則を第2の適用範囲R2に拡張することができるため、第1の適用範囲R1のみの時間温度換算則(
図5に示す)に比べて、より短い変形周期で物理量を計算可能な第2変形条件に変更できる。したがって、この実施形態のシミュレーション方法では、第1変形条件での高分子材料の物理量の計算時間を、さらに短縮することができる。
【0072】
以上、本発明の特に好ましい実施形態について詳述したが、本発明は図示の実施形態に限定されることなく、種々の態様に変形して実施しうる。
【実施例】
【0073】
図2の処理手順に基づいて、第1温度及び第1変形周期を含む第1変形条件での高分子材料の物理量が計算された(実施例及び比較例)。実施例及び比較例では、高分子材料に設定される初期歪の大きさや、セル内の分子鎖モデルの配置条件等を異ならせた複数の条件(20ケース)において、第1変形条件での物理量がそれぞれ計算された。
【0074】
実施例では、
図6の処理手順にしたがい、時間温度換算則に基づいて、第1変形条件が、第1変形周期よりも短い変形周期で物理量を計算可能な第2変形条件に変更された。そして、実施例では、上記20ケースにおいて、第1変形条件での物理量が、第2変形条件に基づいた物理量としてそれぞれ計算された。一方、比較例では、上記20ケースにおいて、第1変形条件に基づいて、物理量が計算された。共通仕様は、次のとおりである。
第1変形条件:
第1温度:1.0(T)
第1変形周期:10000(τ)
第2変形条件:
第2温度:1.2(T)
第2変形周期:5000(τ)
単位時間ステップΔt:0.01(τ)
【0075】
テストの結果、上記20ケース分の第1変形条件に基づいた物理量を計算するのに要した計算時間は、実施例で10,000,000ステップであったのに対し、比較例では、実施例の倍となる20,000,000ステップであった。したがって、実施例では、高分子材料の物理量の計算時間を短縮することができた。なお、実施例と比較例とで、略同一の物理量が計算された。したがって、実施例では、物理量の計算精度が維持された。
【符号の説明】
【0076】
S61 第1変形条件を第2変形条件に変更する工程
S62 第1変形条件での物理量を第2変形条件に基づいた物理量として計算