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特許7582357アルカリ脱脂浴およびその調整方法と絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-05
(45)【発行日】2024-11-13
(54)【発明の名称】アルカリ脱脂浴およびその調整方法と絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23G 1/19 20060101AFI20241106BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20241106BHJP
   C23C 22/00 20060101ALI20241106BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20241106BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20241106BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20241106BHJP
【FI】
C23G1/19
C21D8/12 B
C23C22/00 A
H01F1/147 183
C22C38/00 303U
C22C38/60
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2023020318
(22)【出願日】2023-02-13
(65)【公開番号】P2023119584
(43)【公開日】2023-08-28
【審査請求日】2023-09-26
(31)【優先権主張番号】P 2022022397
(32)【優先日】2022-02-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】白▲柳▼ 花梨
(72)【発明者】
【氏名】寺島 敬
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-240922(JP,A)
【文献】特開昭58-093877(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第109136490(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104962938(CN,A)
【文献】特開平09-143496(JP,A)
【文献】国際公開第2023/139847(WO,A1)
【文献】特開平7-62574(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2022/0180329(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12
C21D 9/46
C22C 38/00
C22C 38/60
C23C 22/00
C23G 1/00-5/06
H01F 1/12-1/38
H01F 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
方向性電磁鋼の冷延板を脱脂する際に用いる、ケイ酸を含む浴組成を有するアルカリ脱脂浴であって、
前記ケイ酸濃度をSiO換算でA質量%とするとき、前記浴の屈折率Rが次式(1)を満たす、アルカリ脱脂浴。
4.6×10-3×A+1.3340≦R≦1.4209 ・・・(1)
【請求項2】
前記屈折率Rが、1.4200以下である、請求項1に記載のアルカリ脱脂浴。
【請求項3】
前記ケイ酸濃度が、SiO換算で、0.2質量%以上10.0質量%以下である、請求項1又は2に記載のアルカリ脱脂浴。
【請求項4】
アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオンおよび第16族のイオンのいずれか1種以上を含む、請求項1又は2に記載のアルカリ脱脂浴。
【請求項5】
キレート剤、界面活性剤および有機酸金属塩のいずれか1種以上を含む、請求項1又は2に記載のアルカリ脱脂浴。
【請求項6】
方向性電磁鋼用素材に熱間圧延、そして冷間圧延を施して冷延板とし、請求項1又は2に記載のアルカリ脱脂浴を用いて、前記冷延板に脱脂を行い、次いで、脱炭焼鈍を施した後、該脱炭焼鈍板の表面に焼鈍分離剤を塗布してから仕上焼鈍を施す、絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記アルカリ脱脂浴の温度が30℃以上95℃以下および、前記アルカリ脱脂浴中での脱脂時間が1秒以上40秒以下である、請求項6に記載の絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記冷延板に電解脱脂を行う、請求項6に記載の絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項9】
方向性電磁鋼の冷延板を脱脂する際に用いる、ケイ酸を含む浴組成を有するアルカリ脱 脂浴の調整方法であって、
前記ケイ酸濃度をSiO換算でA質量%とするとき、前記浴の屈折率Rが次式(1)を満たす調整を行う、アルカリ脱脂浴の調整方法。
4.6×10-3×A+1.3340≦R≦1.4209 ・・・(1)
【請求項10】
前記屈折率Rが、1.4200以下である、請求項9に記載のアルカリ脱脂浴の調整方法。
【請求項11】
前記ケイ酸濃度が、SiO換算で、0.2質量%以上10.0質量%以下である、請求項9又は10に記載のアルカリ脱脂浴の調整方法。
【請求項12】
前記アルカリ脱脂浴に、さらに、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオンおよび第16族のイオンのいずれか1種以上を含める、請求項9又は10に記載のアルカリ脱脂浴の調整方法。
【請求項13】
前記アルカリ脱脂浴に、さらに、キレート剤、界面活性剤および有機酸金属塩のいずれか1種以上を含める、請求項9又は10に記載のアルカリ脱脂浴の調整方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板の製造に供するアルカリ脱脂浴およびその調整方法と、このアルカリ脱脂浴を用いる絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、方向性電磁鋼板は、Si:4%以下を含有する素材を熱間圧延し、焼鈍と1回又は中間焼鈍をはさむ2回以上の冷間圧延により最終板厚とされる。次いで脱炭焼鈍を行い、脱炭とSiOを主成分とする酸化膜の形成を行う。その後、MgOを主成分とする焼鈍分離剤をスラリー状としてコーティングロール等で塗布し、乾燥後、コイルに巻き取り最終仕上げ焼鈍を行い、二次再結晶、純化、フォルステライト被膜形成を行い、更に必要に応じて絶縁被膜処理とヒートフラットニングを行って最終製品とされる。
【0003】
上記のフォルステライト被膜形成過程において、MgOを主とする焼鈍分離剤が鋼板に塗布される場合には、粒子のスラリー中の分散状態、水和の進行度合いとともに、乾燥後の鋼板表面への接触状態や密着状態が重要である。通常、主成分のMgOは、必要に応じて反応促進剤として配合する少量の添加剤と共に攪拌装置を用いて水に懸濁させ、スラリー状としてから鋼板に塗布される。
【0004】
この焼鈍分離剤の鋼板表面への密着性改善のため、焼鈍分離剤改善のための種々の技術が提案されている。例えば、特許文献1~3では、MgOの活性度や比表面積、不純物量を調整する技術が提案されている。特許文献4では、焼鈍分離剤スラリー解砕での活性度調整技術が、特許文献5では、焼鈍分離剤へ金属硫酸塩や金属塩化物等を添加する技術が提案されている。しかし、いずれの技術においても、MgOを水和させるための水分がコイル内の鋼板間へ持ち込まれて該水分の過多による被膜欠陥や磁性劣化が生じるのを回避するために、低水和側に調整した際に、焼鈍分離剤の鋼板密着性が十分に得られない場合のある、ことが問題であった。
【0005】
また、均質なフォルステライト被膜を得るための技術として、脱炭焼鈍前の冷延板に電解脱脂処理する技術が種々提案されている。例えば、特許文献6には、アルカリ脱脂浴中にキレート剤を添加する技術が、特許文献7には、アルカリ脱脂浴中の鉄分濃度を制御する技術が、特許文献8には、アルカリ脱脂浴中にキレート剤を添加し、有機酸鉄を添加することで鉄イオン濃度を調整する技術が、それぞれ提案されている。しかしながら、これらの技術であっても、焼鈍分離剤の鋼板への密着性が不十分な場合には、フォルステライト被膜の欠陥が多発する場合のある、ことが問題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平1-177376号公報
【文献】特開平3-75219号公報
【文献】特開2003-27251号公報
【文献】特開平6-212249号公報
【文献】特開平11-36018号公報
【文献】特開平2-243771号公報
【文献】特開平3-240922号公報
【文献】特開平6-192898号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、フォルステライト被膜を典型例とする絶縁被膜付き方向性電磁鋼板は、冷間圧延後の方向性電磁鋼板を脱炭焼鈍した後に、MgOを主成分とする焼鈍分離剤スラリーを塗布してから、仕上げ焼鈍を行うことにより、フォルステライト被膜を形成することで得られる。
【0008】
このとき、脱炭焼鈍後の電磁鋼板に対する焼鈍分離剤の密着性が不十分であると、形成されるフォルステライト被膜の膜厚が不均一となり、被膜欠陥が生じやすくなる。この不均一なフォルステライト被膜により、その上に形成される絶縁被膜も不均一となる場合がある。電磁鋼板は、複数枚が積層されて鉄心として使用されることが多いため、電磁鋼板には、均一美麗で良好な外観が強く求められる。
【0009】
本発明は、以上の点を鑑みてなされたものであり、焼鈍分離剤の鋼板密着性を向上するための前処理である脱脂処理に用いて好適な、アルカリ脱脂浴およびその調整方法を提供することを目的とする。さらに、本発明は、該アルカリ脱脂浴を用いて脱脂処理を施すことによって、均質なフォルステライト被膜を形成する、方向性電磁鋼板の製造方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、脱炭焼鈍前に、特定のアルカリ脱脂浴を用いて脱脂をすることにより、焼鈍分離剤の脱炭焼鈍後の冷延板に対する密着性が向上することを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明の要旨は、次の通りである。
【0011】
1.方向性電磁鋼の冷延板を脱脂する際に用いる、ケイ酸を含む浴組成を有するアルカリ脱脂浴であって、
前記ケイ酸濃度をSiO換算でA質量%とするとき、前記浴の屈折率Rが次式(1)を満たす、アルカリ脱脂浴。
4.6×10-3×A+1.3340≦R ・・・(1)
【0012】
2.前記屈折率Rが、1.4200以下である、前記1に記載のアルカリ脱脂浴。
【0013】
3.前記ケイ酸濃度が、SiO換算で、0.2質量%以上10.0質量%以下である、前記1又は2に記載のアルカリ脱脂浴。
【0014】
4.アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオンおよび第16族のイオンのいずれか1種以上を含む、前記1から3のいずれか1項に記載のアルカリ脱脂浴。
【0015】
5.キレート剤、界面活性剤および有機酸金属塩のいずれか1種以上を含む、前記1から4のいずれか1項に記載のアルカリ脱脂浴。
【0016】
6.方向性電磁鋼用素材に熱間圧延、そして冷間圧延を施して冷延板とし、前記1から5のいずれか1項に記載のアルカリ脱脂浴を用いて、前記冷延板に脱脂を行い、次いで、脱炭焼鈍を施した後、該脱炭焼鈍板の表面に焼鈍分離剤を塗布してから仕上焼鈍を施す、絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の製造方法。
【0017】
7.前記アルカリ脱脂浴の温度が30℃以上95℃以下および、前記アルカリ脱脂浴中での脱脂時間が1秒以上40秒以下である、前記6に記載の絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の製造方法。
【0018】
8.前記冷延板に電解脱脂を行う、前記6又は7に記載の絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の製造方法。
【0019】
9.方向性電磁鋼の冷延板を脱脂する際に用いる、ケイ酸を含む浴組成を有するアルカリ脱脂浴の調整方法であって、
前記ケイ酸濃度をSiO換算でA質量%とするとき、前記浴の屈折率Rが次式(1)を満たす調整を行う、アルカリ脱脂浴の調整方法。
4.6×10-3×A+1.3340≦R ・・・(1)
【0020】
10.前記屈折率Rが、1.4200以下である、前記9に記載のアルカリ脱脂浴の調整方法。
【0021】
11.前記ケイ酸濃度が、SiO換算で、0.2質量%以上10.0質量%以下である、前記9又は10に記載のアルカリ脱脂浴の調整方法。
【0022】
12.前記アルカリ脱脂浴に、さらに、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオンおよび第16族のイオンのいずれか1種以上を含める、前記9から11のいずれか1項に記載のアルカリ脱脂浴の調整方法。
【0023】
13.前記アルカリ脱脂浴に、さらに、キレート剤、界面活性剤および有機酸金属塩のいずれか1種以上を含める、前記9から12のいずれか1項に記載のアルカリ脱脂浴の調整方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明のアルカリ脱脂浴を用いることによって、焼鈍分離剤の鋼板への密着性に優れ、かつ外観にも優れるフォルステライト被膜を有する方向性電磁鋼板の製造が実現する。
【発明を実施するための形態】
【0025】
〈本発明に至った経緯〉
本発明者らは、焼鈍分離剤の鋼板への密着性に影響を及ぼす要因を見つけるために各種調査を実施したところ、脱炭焼鈍前にアルカリ脱脂浴中にて脱脂した方向性電磁鋼板は、その表面への焼鈍分離剤の密着性が著しく良好であることを新たに見出すに到った。
【0026】
そこで、本発明者らは、脱炭焼鈍前の脱脂の条件を検討した。具体的には、アルカリ脱脂に用いるケイ酸塩水溶液に、更に各種イオンや化合物、溶媒を添加し、それらの添加量を調整した。そして、添加量を調整したケイ酸塩水溶液をアルカリ脱脂浴とし、冷延板を脱脂した後、脱炭焼鈍を行い、その後焼鈍分離剤スラリーを塗布したところ、鋼板表面への密着性を向上できる場合があることを見出した。
【0027】
このような知見に基づいて成された本発明について、以下、より詳細に説明する。
<アルカリ脱脂浴>
まず、本発明のアルカリ脱脂浴を説明する。なお、以下の説明では、本発明のアルカリ脱脂浴を用いた脱脂の説明も兼ねる。
上述したように、冷間圧延後の方向性電磁鋼板を脱炭焼鈍した後に、MgOを主成分とする焼鈍分離剤のスラリーを塗布してから、仕上げ焼鈍を行うことにより、フォルステライト被膜を形成する。こうして、フォルステライト被膜付き電磁鋼板を得る。
【0028】
本発明においては、脱炭焼鈍前に、本発明のアルカリ脱脂浴を用いて脱脂を実施する。
ここで、本発明のアルカリ脱脂浴のケイ酸濃度(SiO換算)をA(単位:質量%)とするとき、本発明のアルカリ脱脂浴の屈折率Rは、下記式(1)を満たすことが肝要である。
4.6×10-3×A+1.3340≦R・・・(1)
【0029】
上記のアルカリ脱脂浴を用いて脱脂を行うことにより、続く脱炭焼鈍を経た脱炭焼鈍板は、焼鈍分離剤の密着性に優れたものとなり、その後、MgOを主成分とする焼鈍分離剤のスラリーを塗布してから仕上げ焼鈍を行って均質なフォルステライト被膜付き電磁鋼板が得られる。
【0030】
ここで、上記のアルカリ脱脂浴の屈折率Rを制御して焼鈍分離剤の密着性を制御できる理由は明らかとなってはいないが、屈折率Rが上記式(1)を満たすことで焼鈍分離剤の吸着状態が安定化される結果、焼鈍分離剤の鋼板への密着を制御できる、と考えられる。
【0031】
本発明のアルカリ脱脂浴の屈折率Rは、下記式(2)を満たすことが好ましく、下記式(3)を満たすことがより好ましい。これにより、焼鈍分離剤の脱炭焼鈍板への鋼板密着性がより良好になり、均質なフォルステライト被膜を形成できる。
4.6×10-3×A+1.3350≦R・・・(2)
4.6×10-3×A+1.3360≦R・・・(3)
【0032】
さらに、本発明のアルカリ脱脂浴は、ケイ酸塩を含有することが好ましい。すなわち、オルトケイ酸ナトリウム(NaSiO)、メタケイ酸ナトリウム(NaSiO)、あるいは種々のケイ酸ナトリウムの液体混合物であるいわゆる水ガラス等が適当である。また、ナトリウムの代わりにカリウムまたはリチウムなどのアルカリ金属ケイ酸塩を用いることも可能である。
なお、純粋なケイ酸塩水溶液の屈折率Rは、ケイ酸濃度(SiO換算)をA(単位:質量%)とするとき、下記式(X)を満たす。
R=4.6×10-4×A+1.330・・・(X)
【0033】
一方、アルカリ脱脂浴の屈折率Rが高すぎると、ケイ酸濃度が高くなりすぎてアルカリ脱脂浴の粘度が増加し、脱脂効率が低減したり、鋼板表面にケイ酸が過剰に残留したりする場合がある。この場合、脱炭焼鈍板表面に本来形成されない化合物が形成されることがあり、焼鈍分離剤の脱炭焼鈍板への密着が不十分となりやすい。このため、焼鈍分離剤の脱炭焼鈍板への密着性に優れるという理由から、本発明のアルカリ脱脂浴の屈折率Rは、1.4200以下が好ましく、1.4150以下がより好ましい。
【0034】
ここで、アルカリ脱脂浴の屈折率Rは、液温20℃の条件下で、アタゴ社製デジタル屈折計RX-5000iを用いて求める。
【0035】
本発明のアルカリ脱脂浴のケイ酸濃度A(SiO換算)は、0.2質量%以上が好ましく、0.5質量%以上がより好ましい。一方、ケイ酸濃度が高くなりすぎると、屈折率Rは高くなるが、焼鈍分離剤の鋼板密着性を改善する効果が得られにくい場合がある。このため、本発明のアルカリ脱脂浴のケイ酸濃度(SiO換算)は、10.0質量%以下が好ましく、8.0質量%以下がより好ましい。
【0036】
ここで、アルカリ脱脂浴のSiO換算のケイ酸濃度A(単位:質量%)は、例えば、誘導結合プラズマ(ICP)発光分析装置により測定し、算出される。
【0037】
本発明のアルカリ脱脂浴は、ケイ酸とNaのほか、更に、Kなどのアルカリ金属のイオン;Mg、Ca、Srなどのアルカリ土類金属のイオン;Fe、Al、Mn、Cu、Ti、Ni、Sn、Se、Crなどのカチオン;S2-、Se2-などのアニオン;等のイオンを含有することが好ましい。これにより、焼鈍分離剤と脱炭焼鈍板との密着性がより良好になる。
その理由は明らかではないが、これらのイオンが、脱炭焼鈍板の表面性状制御をより安定化させる効果があるためと考えられる。
【0038】
本発明のアルカリ脱脂浴における、上記したイオンの含有量は、所望とする屈折率Rに応じて適宜調整する。すなわち、これらのイオンの含有量を調整することにより、屈折率Rの値を制御する。
【0039】
さらに、本発明のアルカリ脱脂浴は、キレート剤や界面活性剤、有機酸金属塩等の水溶性の有機化合物を含有させても良い。キレート剤としては、クエン酸ナトリウムやグルコン酸ナトリウムなどのオキシカルボン酸型の物質や、エチレンジアミン四酢酸やジエチレントリアミン五酢酸ナトリウムなどのアミノカルボン酸型の物質、エチドロン酸などのホスホン酸型の物質などを含有しても良い。界面活性剤としては、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩やアルキル硫酸エステル塩などのイオン界面活性剤や、ポリオキシレンアルキルエーテルや多価アルコール型など非イオン界面活性剤を含有しても良い。
【0040】
本発明のアルカリ脱脂浴における、上記した水溶性有機化合物の含有量は、所望とする屈折率Rに応じて適宜調整する。すなわち、これらの水溶性有機化合物の含有量を調整することによっても、屈折率Rの値を制御することができる。
【0041】
本発明のアルカリ脱脂浴の溶媒としては、水が好ましいが、それに限るものではない。その他溶媒として、エタノールやアセトニトリル、エチレンジアミンといった溶媒を用いても良い。
【0042】
本発明のアルカリ脱脂浴におけるこれらの溶媒の含有量は、所望する屈折率Rに応じて適宜調整する。すなわち、これらの溶媒の含有量を調製することによっても、屈折率Rの値を制御することができる。
【0043】
また、脱脂による効果を十分に得るためには、脱脂温度(アルカリ脱脂浴の温度)は、30℃以上が好ましく、40℃以上がより好ましい。
一方、脱脂温度が高すぎると、溶媒の揮発による液体のpH変化で沈殿が生じ、屈折率Rの制御が困難になる場合があり、不経済となる。このため、アルカリ脱脂浴の温度は、95℃以下が好ましく、90℃以下がより好ましい。
【0044】
同様に、脱脂による効果を十分に得るためには、脱脂時間は、1秒以上が好ましく、2秒以上がより好ましい。
一方、処理時間が長すぎると、該処理に用いる装置が長大となる場合があり、不経済となる。このため、脱脂の処理時間は、50秒以下が好ましく、40秒以下がより好ましい。
【0045】
また、脱脂処理は、電解脱脂処理とすることが好ましい。電解脱脂の方法としては、本発明のアルカリ脱脂浴に冷延板を接触させて通電できれば、特に限定されない。例えば、方向性電磁鋼板の冷延板を、本発明のアルカリ脱脂浴に浸漬させ、間接通電させる方法が挙げられる。このとき、上述した脱脂温度および脱脂時間を満たすことが好ましい。
【0046】
《鋼の成分組成》
まず、好ましい鋼の成分組成を説明する。以下、特に断らない限り、各元素の含有量の単位「%」は、「質量%」を意味する。
【0047】
(C:0.001~0.10%)
Cは、ゴス方位結晶粒の発生に有用である。この作用を有効に発揮させるためには、C含有量は、0.001%以上が好ましい。
一方、C含有量が多すぎると、脱炭焼鈍によっても脱炭不良を起こす場合がある。このため、C含有量は、0.10%以下が好ましい。
【0048】
(Si:1.0~5.0%)
Siは、電気抵抗を高めて鉄損を低下させるとともに、鉄のBCC組織を安定化させて高温の熱処理を可能とする。このため、Si含有量は、1.0%以上が好ましく、2.0%以上がより好ましい。
一方、Si含有量が多すぎると冷間圧延が困難となる。このため、Si含有量は、5.0%以下が好ましい。
【0049】
(Mn:0.01~1.0%)
Mnは、鋼の熱間脆性の改善に有効に寄与する。更に、Mnは、SやSeが混在している場合には、MnSやMnSe等の析出物を形成して、結晶粒成長の抑制剤(インヒビター)として機能する。このため、Mn含有量は、0.01%以上が好ましい。
一方、Mn含有量が多すぎると、MnSe等の析出物の粒径が粗大化して、インヒビターとしての機能が失われる場合がある。このため、Mn含有量は、1.0%以下が好ましい。
【0050】
(sol.Al:0.003~0.050%)
Alは、鋼中でAlNを形成して、分散第二相となり、インヒビターとして機能する。このため、Al含有量は、sol.Alとして、0.003%以上が好ましい。
一方、Al含有量が多すぎると、AlNが粗大に析出して、インヒビターとしての機能が失われる場合がある。このため、Al含有量は、sol.Alとして、0.050%以下が好ましい。
【0051】
(N:0.001~0.020%)
Nは、Alと同様に、AlNを形成する。このため、N含有量は、0.001%以上が好ましい。
一方、N含有量が多すぎると、スラブ加熱時にふくれ等を生じる場合がある。このため、N含有量は、0.020%以下が好ましい。
【0052】
(SおよびSeの少なくとも1種:0.001~0.05%)
SおよびSeは、MnやCuと結合して、MnSe、MnS、Cu-xSe、Cu-xSを形成し、鋼中の分散第二相となり、インヒビターとして機能する。このため、SおよびSeの少なくとも1種の合計含有量は、0.001%以上が好ましい。
一方、SおよびSeの含有量が多すぎると、スラブ加熱時の固溶が不完全となるだけでなく、製品表面の欠陥が発生する場合もある。このため、SおよびSeの少なくとも1種の合計含有量は、0.05%以下が好ましい。
【0053】
(その他の元素)
上述した成分組成は、更に、Cu:0.01~0.2%、Ni:0.01~0.5%、Cr:0.01~0.5%、Sb:0.01~0.1%、Sn:0.01~0.5%、Mo:0.01~0.5%、および、Bi:0.001~0.1%からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素(便宜的に「元素A」と呼ぶ)を含有してもよい。
補助的なインヒビターとして機能する元素を含有させることで、更に磁性を向上できる。このような元素として、結晶粒径や表面に偏析しやすい元素Aが挙げられる。
元素Aの含有量を上記範囲の下限値以上とすることにより、有用な効果が得られる。また、元素Aが多すぎると二次再結晶不良が発生しやすくなる場合があることから、元素Aの含有量は、上記範囲の上限値以下が好ましい。
【0054】
上述した成分組成は、更に、B:0.001~0.01%、Ge:0.001~0.1%、As:0.005~0.1%、P:0.005~0.1%、Te:0.005~0.1%、Nb:0.005~0.1%、Ti:0.005~0.1%、および、V:0.005~0.1%からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有してもよい。
これにより、結晶粒成長の抑制力が更に強化されて、より高い磁束密度が安定的に得られる。
【0055】
(残部)
上述した成分組成の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
【0056】
《製造方法》
次に、電磁鋼の冷延板を製造する方法の一例を説明する。
まず、例えば上述した成分組成を有する鋼を、従来公知の精錬プロセスによって溶製し、連続鋳造法または造塊-分塊圧延法を用いて、鋼スラブを得る。
次いで、得られた鋼スラブに熱間圧延を施して熱延板とし、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。その後、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を実施して、最終板厚の冷延板を得る。次いで、以下に示す、手順に従ってフォルステライト被膜付き電磁鋼板を製造する。
【0057】
〈フォルステライト被膜付き電磁鋼板の製造方法〉
電磁鋼板の冷延板に対して、本発明のアルカリ脱脂浴を用いて脱脂を実施する。次いで、一次再結晶焼鈍および脱炭焼鈍を施し、その後、MgOを含有する焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕上げ焼鈍を実施する。こうして、フォルステライトを含有する被膜(フォルステライト被膜)が表面に形成された電磁鋼板が得られる。焼鈍分離剤には、必要に応じて化合物を添加する。添加される化合物としては、Sb,Mn,Sn,Zr,Ti,Al,アルカリ金属、アルカリ土類金属などの酸化物、水酸化物、硫化物、硫酸塩、塩化物、オキシ塩化物、ホウ酸塩などがあげられる。
【0058】
以下に、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施例に限定されない。
【実施例1】
【0059】
上記した好適範囲内の成分組成を有する鋼から作製した鋼スラブに、熱間圧延および冷間圧延を施して、0.20mm厚の冷延板を作製した。次いで、方向性電磁鋼冷延板を、表1に示す脱脂条件(脱脂温度と脱脂時間)にて浸漬脱脂し、しかるのち脱炭焼鈍を施し、次いでMgOを主体とする焼鈍分離剤(MgO:100質量%に対しTiO:6質量%)を乾燥後の付着量が鋼板両面の合計で13.0g/mとなるようにロールコーターを用いて塗布し、高温仕上焼鈍することにより、絶縁被膜(フォルステライト被膜)を形成した。この処理を施すにあたって、表1に示すアルカリ脱脂浴を準備した。具体的には、表1に示す溶媒(水、アセトニトリル)に、オルトケイ酸ナトリウムを適量添加し、必要に応じて表1に示すメタケイ酸ナトリウムやケイ酸リチウム、キレート剤としてクエン酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸ナトリウム、界面活性剤として花王株式会社製のホメザリン(製品名)などの化合物、またその他金属イオンを添加して、ケイ酸濃度Aおよび屈折率Rを調製した。
【0060】
かくして得られた絶縁被膜付き方向性電磁鋼板について、焼鈍分離剤塗布後の脱炭焼鈍板における焼鈍分離剤の鋼板密着性および、絶縁被膜の外観均質性を、それぞれ表1に示す。なお、焼鈍分離剤の鋼板密着性および絶縁被膜の外観均質性の評価手法は、次のとおりである。
【0061】
《焼鈍分離剤の鋼板密着性の評価》
焼鈍分離剤の鋼板密着性は、以下に説明する手順で求めた剥離率にて評価し、この剥離率が20%以下の場合を焼鈍分離剤の鋼板密着性が良好であると評価した。
【0062】
(a)0.20mm厚の脱脂後の冷延板から、圧延方向(L方向)300mm×圧延直角方向(C方向)100mmの試験片を採取し、該試験片の重量を測定する。
(b)(a)の試験片の片面に、焼鈍分離剤スラリーを乾燥後の目付量13.0±0.5g/mとなるように塗布する。
(c)乾燥後の試験片の重量を測定し、焼鈍分離剤の塗布量を算出する。
(d)(c)の試験片を、焼鈍分離剤塗布面が上になるようにプラスチックコンテナの底に置き、東ソー株式会社製ジルコニアボールYTZ(平均粒子径2mm)300gを試験片の片側に寄せて入れる。
(e)コンテナを5秒かけて45度傾ける動作を往復し、ジルコニアボールを試験片表面上で滑らせる。往復15回後の試験片重量を測定し、重量減少量を算出する。
(f)(e)の重量減少量を(c)の焼鈍分離剤の塗布量で割ることで、剥離率(%)を算出する。
【0063】
《絶縁被膜の外観均質性の評価》
絶縁被膜の外観均質性は、その外周やエッジ部に色ムラがある、被膜が一部薄い、金属面が透けて見える、欠陥がある、といった不均一な外観を示す場合には×、前記以外の均一な被膜を形成している場合には○とする。
【0064】
【表1】
【0065】
〈評価結果まとめ〉
上記表1に示すように、式(1)を満たすアルカリ脱脂浴を用いて前処理を実施した発明例は、これを満たさない比較例と比べて、焼鈍分離剤の鋼板密着性が優れ、フォルステライト被膜外観が良好であった。また、式(1)を満たす発明例どうしを対比すると、屈折率Rが1.4200以下である発明例は、これを満たさない発明例よりも、鋼板密着性がより良好であった。特に、ケイ酸濃度Aが0.5~8質量%、脱脂浴温度が35℃~90℃、脱脂時間が40秒以下である場合に、焼鈍分離剤の鋼板密着性が優れていた。
【実施例2】
【0066】
上記した好適範囲内の成分組成の鋼から作製した鋼スラブに熱間圧延および冷間圧延を施して、0.20mm厚の冷延板を作製した。次いで、方向性電磁鋼冷延板を、表2に示す電解脱脂条件(電解脱脂温度と電解脱脂時間)にて電気量密度12C/dmで電解脱脂し、しかるのち脱炭焼鈍を施し、次いでMgOを主体とする焼鈍分離剤(MgO:100質量%に対しTiO:6質量%とホウ酸Na:0.5質量%)を乾燥後の付着量が鋼板両面の合計で13.0g/mとなるようにロールコーターを用いて塗布し、高温仕上焼鈍することにより、フォルステライト被膜を形成した。この処理を施すにあたって、表2に示すアルカリ脱脂浴を準備した。具体的には10Lの溶媒に、オルトケイ酸ナトリウムを適量添加し、必要に応じて表2に示すケイ酸リチウムや、キレート剤としてクエン酸、エチドロン酸、ジエチレントリアミン五酢酸ナトリウム、界面活性剤としてポリ(オキシエチレン)=アルキルエーテル、花王株式会社製のホメザリン(製品名)などの化合物、またその他金属イオンを添加して、ケイ酸濃度Aおよび屈折率Rを調製した。
【0067】
【表2】
【0068】
〈評価結果まとめ〉
上記表2に示すように、式(1)を満たすアルカリ脱脂浴を用いて電解脱脂前処理を実施した発明例は、焼鈍分離剤の鋼板密着性が優れ、フォルステライト被膜外観が良好であった。浸漬脱脂した場合よりも、焼鈍分離剤の剥離率が減少した。また、式(1)を満たす発明例どうしを対比すると、屈折率Rが1.4200以下である発明例は、これを満たさない発明例よりも、鋼板密着性がより良好であった。