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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-12
(45)【発行日】2024-11-20
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
   C22C 29/08 20060101AFI20241113BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20241113BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20241113BHJP
【FI】
C22C29/08
B22F3/24 102A
B23B27/14 A
B23B27/14 B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021003953
(22)【出願日】2021-01-14
(65)【公開番号】P2022108807
(43)【公開日】2022-07-27
【審査請求日】2023-12-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 誠
(72)【発明者】
【氏名】河原 佳祐
(72)【発明者】
【氏名】市川 龍
(72)【発明者】
【氏名】岡田 一樹
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-252579(JP,A)
【文献】特開2009-035802(JP,A)
【文献】特開2010-222650(JP,A)
【文献】特開2017-171971(JP,A)
【文献】特開2020-110891(JP,A)
【文献】特開2020-132935(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 3/24,7/00
B23B 27/14,51/00
B23C 5/16
C22C 1/05,1/051,29/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
WC基超硬合金を基体とするWC基超硬合金製切削工具において、
前記WC基超硬合金の成分組成は、結合相形成成分としてのCoを6.0~14.0質量%とCrを0.1~1.4質量%含有し、残部はWC及び不可避不純物からなり、
前記WC基超硬合金基体の断面について結合相の粒度分布を解析し、累積10%粒子面積のときの結合相粒子一つが占める面積をA10(μm)とし、また、累積90%粒子面積のときの結合相粒子一つが占める面積をA90(μm)としたとき、A10が0.15μm以上、0.30μm以下であり、かつ、A90/A10が15.0以上、50.0以下であることを特徴とするWC基超硬合金製切削工具。
【請求項2】
前記WC基超硬合金は、TaC、NbC、TiC及びZrCのうちから選ばれる少なくとも1種以上を合計量で4.0質量%以下にて、さらに含有することを特徴とする請求項1に記載のWC基超硬合金製切削工具。
【請求項3】
前記WC基超硬合金におけるWCの平均粒径は、0.2μm以上、4.0μm以下であり、WCのΣ2対応粒界の、全WC/WC粒界に占める存在比率(Σ2対応粒界比率)が、15%以上であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載されたWC基超硬合金製切削工具。
【請求項4】
請求項1~請求項3のいずれか一項に記載のWC基超硬合金製切削工具の少なくとも切れ刃には、硬質被覆層が形成されていることを特徴とする表面被覆WC基超硬合金製切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合金鋼等(鋼、ステンレス鋼、Ni基合金等)の連続切削加工(例えば、連続旋削加工等)において、すぐれた耐塑性変形性を発揮するWC基超硬合金製切削工具(「WC基超硬工具」ともいう)および表面被覆WC基超硬合金切削工具(「表面被覆WC基超硬工具」ともいう)に関する。
【背景技術】
【0002】
WC基超硬合金は硬さが高く、また、靱性を備えることから、これを基体とするWC基超硬工具および表面被覆WC基超硬工具は、すぐれた耐摩耗性を発揮し、また、長期の使用にわたって長寿命を有する切削工具として知られている。
しかし、近年、被削材の種類、切削加工条件等に応じて、WC基超硬工具の切削性能、工具寿命をより一段と向上させるべく、各種の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1では、炭化タングステンを主成分とする硬質相と、鉄族元素(コバルトを含み、コバルトの含有量は超硬合金中において8質量%以上であることが好ましい)を主成分とする結合相とを備える超硬合金において、炭化タングステンの粒子数をA、他の炭化タングステン粒子との接触点の点数が1点以下の炭化タングステン粒子の粒子数をBとするとき、B/A≦0.05を満たすようにすることで、超硬合金の耐塑性変形性を向上させ、その結果として、炭素鋼、ステンレス鋼の湿式連続切削加工において、WC基超硬工具の長寿命化を図ることが提案されている。
【0004】
特許文献2では、Co量が10~13質量%、Co量に対するCr量の比が2~8%、TaCとNbCの少なくとも1種をTaCとNbCの総量が0.2~0.5質量%となる範囲で含有し、残部がWCから成り、硬さが88.6HRA~89.5HRAであるWC基超硬工具において、研磨面上の面積比におけるWC積算粒度80%径D80と積算粒度20%径D20の比D80/D20を2.0≦D80/D20≦4.0の範囲とし、また、D80を4.0~7.0μmの範囲とし、かつWC接着度cを0.36≦c≦0.43とすることにより、ステンレス鋼に代表される難削材の切削加工において、被削材の凝着を防止し耐欠損性を向上させることが提案されている。
【0005】
特許文献3では、WC基超硬工具において、WC基超硬合金の成分組成を、WC-x質量%Co-y質量%Cr-z質量%VCで表したとき、6≦x≦14、0.4≦y≦0.8、0≦z≦0.6、(y+z)≦0.1xを満足し、また、WC基超硬合金のWC接着度Cを、C=1-V α・exp(0.391・L)で表したとき、この式におけるWC基超硬合金の結合相体積率の値Vは0.11≦V≦0.25、また、(WC粒子の粒度分布の標準偏差)/(平均WC粒度)の値Lは0.3≦L≦0.7の範囲内であって、さらに、係数αが0.3≦α≦0.55の値を満足するWC接着度Cを有するWC基超硬合金とすることにより、Al合金、炭素鋼等の切削加工において、硬さと剛性を低下させることなく靱性を向上させ、耐欠損性を高めたWC基超硬工具が提案されている。
【0006】
特許文献4では、WC基超硬工具において、WC-WC接着界面長さをL1とし、WC-Co接着界面長さをL2とした時、
R>(0.82-0.086×D)×(10/V)
の式を満足させることにより、Ni基耐熱合金の切削加工において、WC基超硬工具の耐熱塑性変形性と靱性を向上させることが提案されている。
なお、R=(L1)/((L1)+(L2))
D:WC面積平均粒径(μm)であって、0.6≦D≦1.7の範囲である。
ここで、前記Dは、WCの面積率が50%となるときのWCの粒径をいう。
V:結合相体積(vol%)であって、9≦V≦14の範囲である。
【0007】
特許文献5では、重量%で、Crまたは/およびCr化合物:0~4%(Cr換算で)、Vまたは/およびV化合物:0~4%(V換算で)、TaC:0~2%、TiC:0~2%、Nまたは/およびN化合物:0~1%(N換算で)、Co:0.1~10%、WCおよび不可避不純物:残からなる組成を有し、かつ、0.06~30ナノメータのCo平均厚み(CFP)を有し、焼結に際し、昇温途中900度C~1600度Cの温度範囲の一部または全範囲において、気体を圧力媒体として3気圧~200気圧の圧力を負荷して高密度化を図った切削加工工具用WC-Co系超硬部品が提案されており、このWC-Co系超硬部品、望ましくは、WCの平均粒径が1μm以下、CFPが0.06~30nmの範囲の超微粒低Co超硬合金部品の靱性を高めることができるとされている。
ただし、CFPは、Co平均厚み(nm)であって、
CFP=0.58*A/(100-A)*R
から算出した値であり、A:Co(重量%),2R:WC平均粒径(nm)である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2016-20541号公報
【文献】特開2017-88999号公報
【文献】特開2017-148895号公報
【文献】特開2017-179433号公報
【文献】特開平7-305136号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記特許文献1~5で提案されている従来のWC基超硬工具によれば、WC-WC粒子相互の接触点数、WCの粒度、WC接着度あるいは製造条件等をコントロールすることによって、WC基超硬工具の切削性能、工具特性の向上が図られている。
しかしながら、前記従来の工具では、鋼、合金鋼、ステンレス鋼等の連続切削加工、特に、連続旋削加工のような高負荷下での連続切削加工において用いた場合には、基体の耐塑性変形性が十分ではないため、工具変形等の発生を十分に抑制することができず、工具寿命に達してしまうという問題を有するものであった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者らは、鋼、合金鋼、ステンレス鋼等の連続旋削加工のような高負荷下での連続切削加工において、すぐれた耐塑性変形性を発揮するWC基超硬工具を開発すべく、WC基超硬合金の結合相の形態に着目し、鋭意研究を進めたところ、次のような知見を得た。
【0011】
すなわち、前記特許文献1~4に示されるWC基超硬工具においては、主として、WC粒子に着目した改善がなされ、また、前記特許文献5に示されるWC基超硬工具においては、主として、CFPに着目した改善がなされていたが、本発明者らは、従来の技術とは視点を変えて、結合相の形態に着目して研究を重ねたところ、WC基超硬合金の結合相粒子(主体は、Co粒子である)について、焼結条件を調整することによって、適度な大きさの結合相粒子を所定数有する場合、すなわち、WC基超硬合金において、500倍の視野の走査型電子顕微鏡(SEM)観察を行い、得られた走査型電子顕微鏡(SEM)像を画像解析により算出される結合相の累積10%粒子面積のときの結合相粒子一つが占める面積をA10(μm)とし、また、累積90%粒子面積のときの結合相粒子一つが占める面積をA90(μm)とした際に、A10が0.15μm以上、0.30μm以下であり、かつ、A90/A10が15.0以上、50.0以下を満たす場合には、耐塑性変形性が向上するため、かかるWC基超硬合金基体を用いたWC基超硬工具を鋼、合金鋼、ステンレス鋼等の連続切削加工、特に、ステンレス鋼等の連続旋削加工に供した際には、工具の長寿命化が図られることを見出したものである。
【0012】
さらに、本発明者らは、前記WC基超硬合金基体を用いたWC基超硬工具について、さらなるすぐれた耐塑性変形性の維持、向上を図るために鋭意検討を重ねたところ、WC結晶粒同士の結晶粒界において格子位置を共有する粒界、すなわち、WCの対応粒界において、結晶配列の乱れが一般粒界(ランダム粒界)に比較して最も少なく、原子の結合が最も強固なΣ2対応粒界の、全WC/WC粒界長における比率(以下、「Σ2対応粒界比率」ともいう。)を高めることにより、前記鋼、合金鋼、ステンレス鋼等の連続旋削加工のような高負荷下での連続切削加工においても、よりすぐれた耐塑性変形性を発揮することができ、さらなる工具の長寿命化が達成されることを見出したものである。
【0013】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)WC基超硬合金を基体とするWC基超硬合金製切削工具において、
前記WC基超硬合金の成分組成は、結合相形成成分としてのCoを6.0~14.0質量%とCrを0.1~1.4質量%含有し、残部はWC及び不可避不純物からなり、
前記WC基超硬合金基体の断面について結合相の粒度分布を解析し、累積10%粒子面積のときの結合相粒子一つが占める面積をA10(μm)とし、また、累積90%粒子面積のときの結合相粒子一つが占める面積をA90(μm)としたとき、A10が0.15μm以上、0.30μm以下であり、かつ、A90/A10が15.0以上、50.0以下であることを特徴とするWC基超硬合金製切削工具。
(2)前記WC基超硬合金は、TaC、NbC、TiC及びZrCのうちから選ばれる少なくとも1種以上を合計量で4.0質量%以下にて、さらに含有することを特徴とする(1)に記載のWC基超硬合金製切削工具。
(3)前記WC基超硬合金におけるWCの平均粒径は、0.2μm以上、4.0μm以下であり、WCのΣ2対応粒界の、全WC/WC粒界に占める存在比率(Σ2対応粒界比率)が、15%以上であることを特徴とする(1)または(2)に記載されたWC基超硬合金製切削工具。
(4) (1)~(3)のいずれか一つに記載のWC基超硬合金製切削工具の少なくとも切れ刃には、硬質被覆層が形成されていることを特徴とする表面被覆WC基超硬合金製切削工具。」
を特徴とするものである。
なお、前記(1)~(4)におけるCr、TaC、NbC、TiC、ZrCの含有量は、WC基超硬合金の断面について測定したCr量、Ta量、Nb量、Ti量、Zr量を、いずれも炭化物換算した数値である。
また、本明細書中において、数値範囲を示す際に、「~」を用いる場合は、その数値の下限および上限を含むことを意味する。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るWC基超硬工具および表面被覆WC基超硬合金製切削工具は、その基体を構成するWC基超硬合金の成分であるCo、Cr、あるいはさらに、TaC、NbC、TiC、ZrCが特定の組成範囲を有し、また、結合相の粒度分布を解析し、累積10%粒子面積のときの結合相粒子一つが占める面積をA10(μm)とし、累積90%粒子面積のときの結合相粒子一つが占める面積をA90(μm)としたとき、A10が0.15μm以上、0.30μm以下であり、かつ、A90/A10が15.0以上、50.0以下を満たすことにより、耐塑性変形性が向上し、長期の切削寿命を有するという顕著な効果を奏するものである。
また、さらに、前記WC基超硬合金におけるWCの平均粒径を0.2μm以上、4.0μm以下とし、WCのΣ2対応粒界の、全WC/WC粒界に占める存在比率(Σ2対応粒界比率)を15%以上、さらには、25%以上に高めることにより、耐塑性変形性がさらに向上する。
したがって、本発明のWC基超硬工具および表面被覆WC基超硬工具は、鋼、合金鋼、ステンレス鋼等の連続切削加工、特に、連続旋削加工において、耐塑性変形性にすぐれ、また、加えて、Σ2対応粒界比率を高めた際には、チッピングの抑制効果も合わせ有するため、工具の長寿命化が図られる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0016】
1.WC基超硬合金
Co:
Coは、WC基超硬合金の主たる結合相形成成分として含有させるが、Co含有量が6.0質量%未満では、鋼、合金鋼、ステンレス鋼等の高能率加工において、十分な靱性を保持することはできず、一方、Co含有量が14.0質量%を超えると急激に軟化し、切削工具として必要とされる所望の硬さが得られず、変形および摩耗進行が顕著となることから、WC基超硬合金中のCo含有量を6.0~14.0質量%と定めた。
結合相中には、硬質相の成分であるWやC、その他の不可避不純物が含まれてもよい。
また、結合相には、Cr、Ta、Nb、TiおよびZrの少なくとも一種を含んでいてもよいが、これらの元素は、結合相中に存在するときは、結合相中に固溶した状態であると推定される。
なお、Coの質量%は、超硬合金の任意の表面または断面を鏡面加工し、その加工面を蛍光X線回折測定することにより求めることができる。
【0017】
Cr
Crは、主たる結合相を形成するCo中にCrとして固溶し、硬質相を形成するWC相の成長を抑制して、WC相の粒径を微細化させ、WC基超硬合金を微粒・均粒組織とし、靱性を高める効果を有する。しかし、この作用は、Cr含有量が、0.1質量%未満では不充分であり、一方、その含有量がCoの含有量に対し10%を超えると、CrとWの複合炭化物を析出し、靱性が低下し、また、欠損発生の起点となる。
本発明においてはCo含有量上限が14.0質量%であるため、Crの上限は
Co含有量上限の10%である1.4質量%とした。
したがって、WC基超硬合金中のCr含有量は、0.1~1.4質量%と定めた。
【0018】
TaC、NbC、TiC、ZrC:
本発明のWC基超硬合金は、その成分として、さらに、TaC、NbC、TiC及びZrCのうちから選ばれる少なくとも1種以上を合計量で4.0質量%以下にて含有することができる。
Ta、Nb、Ti、Zrはいずれも、主たる結合相を形成するCo中に固溶して硬さを高める効果を有するが、それらを炭化物換算した合計含有量が4.0質量%を超えると、炭化物析出により靱性を低下させ、欠損発生の起点となる。
したがって、WC基超硬合金中の成分としてTaC、NbC、TiC及びZrCのうちから選ばれる少なくとも1種以上を含有させる場合には、その合計含有量は、4.0質量%以下とすることが望ましい。
なお、前記したCr、TaC、NbC、TiC、ZrCの含有量は、WC基超硬合金についてEPMAによって測定したCr量、Ta量、Nb量、Ti量、Zr量をいずれも炭化物換算した数値である。
【0019】
WC:
WCは、WC基超硬合金の主たる硬質相形成成分として含有される。硬質相には、製造過程で不可避的に混入する不可避不純物が含まれていてもよい。
【0020】
(1)平均粒径:
WCの平均粒径は、0.2μm未満では、切削加工中に硬質相同士の滑りが生じやすく、耐塑性変形性や耐欠損性が十分ではなくなり、一方、平均粒径が4.0μmを超えると、十分な耐摩耗性が得られなくなるため、0.2μm以上、4.0μm以下の範囲より選択するのが好ましい。
WCの平均粒径は、超硬合金の任意の表面または断面を鏡面加工し、その加工面を後方散乱電子回折(EBSD)で観察し、画像解析によって、少なくとも300個の各硬質相の面積を求め、その面積に等しい円の直径を算出して平均したものである。
なお、鏡面加工には、例えば、集束イオンビーム装置(FIB装置)、クロスセクションポリッシャー装置(CP装置)等を用いる。
【0021】
(2)Σ2対応粒界比率:
本発明者らは、超硬合金にすぐれた耐塑性変形性を付与するために鋭意検討を重ねたところ、WC結晶粒同士の結晶粒界において格子位置を共有する粒界、すなわち、WCの対応粒界において、結晶配列の乱れが一般粒界(ランダム粒界)に比較して最も少なく、原子の結合が最も強固なΣ2対応粒界長の、全WC/WC粒界長における比率、すなわち、Σ2対応粒界比率を高めることにより、用途に応じすぐれた耐摩耗性、耐塑性変形性を有することを知見した。
Σ2対応粒界比率は、15%未満では、粒界強度の高いWC/WC粒界の割合が不十分となり、耐欠損性を満足しないため、15%以上と規定した。さらには、25%以上であることが好ましい。
Σ2対応粒界比率の測定は、例えば、SEM-EBSD法を用いて測定することができる。すなわち、SEMにて、1視野24μm×72μmの視野にてピクセルサイズを0.1μm×0.1μmとし、かつWC数が1000個以上となるように複数視野観察し、EBSDにて解析される、隣り合うWCの(0001)面が[0001]方向、または、[1-210]方向を軸として90°回転した方位関係を持つ粒界をΣ2対応粒界と定義し、全WC/WC粒界長に占めるΣ2対応粒界長の比率を算出することにより求めることができる。
ただし、Brandonの条件式より、Σ2対応粒界は、前記90°の方位関係から両方向に10.6°以内の角度の範囲を含むものと定義されるので、隣り合うWCの(0001)面が[0001]方向、または、[1-210]方向を軸にして79.4°以上、100.6°以下の方位関係をもつものをΣ2対応粒界と定義した。
【0022】
不可避不純物:
前記のように、硬質相、結合相には製造過程で不可避的に混入する不純物を含んでいてもよく、その量は超硬合金全体に対して0.3質量%以下が好ましい。
【0023】
結合相の粒度分布:
本発明は、WC基超硬合金において、結合相粒子が粗細混粒状に分布していることにより、粗大結合相以外の領域においては、WC/WCの接着度が大いに高まるため、耐塑性変形性に優れた組織を得るものである。
具体的には、WC基超硬合金における結合相の粒度分布を解析し、累積10%粒子面積のときの結合相粒子一つが占める面積をA10、累積90%粒子面積のときの結合相粒子一つが占める面積をA90とした際、A10が0.15μm以上、0.30μm以下であり、かつ、A90/A10が15.0以上、50.0以下を満たすことにより、WCのスケルトン構造が強固に構築され、耐塑性変形性が向上するという効果を得た。
これに対し、A10が0.15μm未満では、微細な結合相が多量に存在し、粗粒の結合相が不足するため、耐塑性変形性が十分ではなく、他方、A10が0.30μmを超えるとWCの凝集構造が十分ではないため、耐塑性変形性が悪化する。
また、A90/A10が15.0未満では、粗大なCo粒が足りず結合相の粒度分布が狭く、均質な組織となるため耐欠損性は向上するものの、WCのスケルトン構造が分断され、十分な耐塑性変形性を発揮することが難しく、また、A90/A10が50.0を超える場合は、巣が生じやすくなるため、耐塑性変形性が悪化する。
SEM像からの結合相の抽出は、例えば、画像解析ソフトImageJを用いることができ、抽出した結合相各粒子の面積を、面積の小さい粒子から累積していき、累積10%粒子面積のときの結合相粒子一つが占める面積をA10、累積90%粒子面積のときの結合相粒子一つが占める面積をA90として求めることができる。
なお、本発明ではWC基超硬合金の断面画像においてWCにより分断された各結合相領域を結合相粒子と称する。
【0024】
2.切削工具
本発明に係るWC基超硬工具および表面被覆WC基超硬工具は、例えば、以下の工程によって作製することができる。
まず、所定の平均粒径の粗粒WC粉末、微粒WC粉末、粗粒Co粉末、微粒Co粉末、および、Cr粉末からなる原料粉末、さらに、必要に応じて、TaC粉末、NbC粉末、TiC粉末、ZrC粉末のうちの1種以上の粉末を含有する原料粉末を、本発明の超硬合金にて規定する組成となるように配合・混合した混合粉末を作製する。
特に、WC粉末は、他の原料粉末との混合前にプレス成形-熱処理-解砕処理を複数回実施し、WC粉末におけるΣ2対応粒界比率を高めた上で、他の原料粉末と混合することができるため、耐塑性変形性にすぐれた切削工具を得ることができる。
前処理されたWC粉末と、他の原料粉末との前記混合には、例えば、超音波ホモジナイザー、サイクロンミキサーなどのメディアレス混合を用いることにより、大きな破砕力を加えることなく配合・混合することができるため、炭化時および前処理時に形成されたWCのΣ2対応粒界の消失を回避することができる。
次いで、前記混合粉末を成形して圧粉成形体を作製し、前記圧粉成形体の焼結工程においては、固相焼結が進むとその後の液相焼結時にΣ2対応粒界が形成されにくくなるため、固相焼結が進む温度領域(1000℃~1350℃)では、昇温速度を40℃/分以上に早め、固相焼結を抑制した上で、1350℃~1450℃にて、真空雰囲気下、10~80分の時間にて本焼結を行うことにより、微粒WCに形成されるΣ2対応粒界が溶解・再析出により焼失することを回避し、Σ2対応粒界比率が15%以上、さらには、25%以上に維持されたWC焼結体を得ることができる。
【0025】
本発明のWC基超硬工具および表面被覆WC基超硬工具について、実施例により具体的に説明する。
【実施例
【0026】
≪本発明WC基超硬工具≫
(a)原料粉末
まず、焼結用の粉末として、体積基準にて平均粒径(d50)10.0~15.0μmの粗粒WC粉末、平均粒径(d50)0.5~1.0μmの微粒WC粉末、平均粒径(d50)3.0~4.0μmの粗粒Co粉末、平均粒径(d50)0.5~1.5μmの微粒Co粉末、平均粒径(d50)1.0~3.0μmのCr粉末、および、必要に応じ、それぞれ、平均粒径(d50)1.0~3.0μmである、TaC粉末、NbC粉末、TiC粉末、および、ZrC粉末を用意した。(表2を参照。)
特に、本発明工具基体製造用の粗粒WC粉末、および、微粒WC粉末については、表1のWC原料粉末種別のA~Dを用い、他の炭化物粉末との混合前の事前の準備工程として、下記手順により、前記粗粒WC粉末および微粒WC粉末のそれぞれについて、プレス成形-熱処理-解砕処理を複数回実施することにより、結晶性に優れ、Σ2対応粒界比率を高めた粗粒WC原料粉末および微粒WC原料粉末を得て、これらを組み合わせ、原料として用いた。
1)前記素原料WC粉末を粒径1mm以上、3mm以下の球状にプレス成形し、1300℃以上、1400℃以下、アルゴン雰囲気10Pa以上、100Pa以下にて30分間以上、90分間以内の熱処理を施す。
2)前記熱処理により得られた粉末を乳鉢にて3分以上、10分以下の解砕処理を施す。
3)1)と2)の工程を2回以上、10回以下にて繰り返すことにより、Σ2対応粒界比率を高めたWC粉末を得た。
すなわち、まず、1)工程では、別々の個体であった粗粒WC粒子同士および微粒WC粒子同士のそれぞれについて、プレス成形により接触させた状態にて熱処理を行うことにより、粗粒WC粒子同士および微粒WC粒子同士を接合させ、その界面に対応粒界およびランダム粒界を形成させる。次いで、2)工程では、解砕処理により、粒界強度の低いランダム粒界やΣ値の高い粒界が優先して破壊され、粒界強度の高いΣ2対応粒界が残存する。そして、3)工程として、1)工程と2)工程とを複数回、繰り返すことにより、Σ2対応粒界比率の高い粗粒WC粉末および微粒WC粉末を作製することができる。
【0027】
(b)混合工程(メディアレス混合工程)
次に、(a)にて、Σ2対応粒界比率を高めた平均粒径(d50)10.0~15.0μmの粗粒WC粉末および平均粒径(d50)0.5~1.0μmの微粒WC粉末と、事前に準備した、平均粒径(d50)3.0~4.0μmの粗粒Co粉末および平均粒径(d50)0.5~1.5μmの微粒Co粉末、平均粒径(d50)1.0~3.0μmのCr粉末とを所定の配合組成となるように混合し、または、必要に応じ、さらに、それぞれ、平均粒径(d50)1.0~3.0μmの範囲にある、TaC粉末、NbC粉末、TiC粉末、および、ZrC粉末とを所定の配合組成となるように混合し焼結用粉末とし、特に、WC粉末について前処理により形成されたΣ2対応粒界が破壊されるのを防ぐために、メディアレスのアトライター混合により、回転数50rpm、8時間湿式混合し、乾燥後、100MPaの圧力でプレス成形し、圧粉成形体を作製した。(表2参照)
【0028】
(c)焼結工程
1)昇温工程;(表4「本発明工程」を参照)
次いで、固相焼結となる1000℃から焼結温度である1350℃までの昇温工程においては、昇温速度を40℃/分以上に早めることにより、固相焼結を抑制した。
すなわち、液相温度領域における昇温後の液相焼結時には、また、新たなΣ2対応粒界が形成されるものの、液相が出現する前の温度域においては、WC同士が固相拡散により結合しネッキングが強固に形成されると本来液相焼結時に形成されるΣ2対応粒界が減少してしまうことから、固相拡散が進む1000℃~1350℃の温度域において、昇温速度を速めたものである。
2)焼結工程;(表4「本発明工程」を参照)
次いで、焼結工程では、1350℃以上への昇温後、1350℃~1450℃にて、10~80分、真空0.1Pa以下とすることにより、粗粒WCおよび微粒WCに形成されるΣ2対応粒界の溶解、再析出による消失を防ぎ、WC基超硬合金焼結体を得た。
【0029】
次に、WC基超硬合金焼結体を機械加工、研削加工し、CNMG432MMの形状に整え、表5に示す超硬合金基体1~10(以下、本発明工具基体1~10という)を作製した。
【0030】
≪比較例WC基超硬工具≫
比較のために、比較例の超硬合金基体1~8(以下、比較例工具基体1~8という)を作製した。
まず、原料粉末としては、前記した表1のWC原料粉末種別のA~Dを用いる他、E~Hに示されるWC原料粉末種別の原料粉末を用いた。
その製造工程は、まず、表3に示す配合割合にて、平均粒径(d50)10.0~18.0μmの粗粒WC粉末または平均粒径(d50)0.5~1.5μmの微粒WC粉末と、平均粒径(d50)3.0~4.0μmの粗粒Co粉末または平均粒径(d50)0.5~1.5μmの微粒Co粉末と、平均粒径(d50)1.0~3.0μmのCr粉末とを所定の配合組成となるように混合し、または、必要に応じ、さらに、それぞれ、平均粒径(d50)1.0~3.0μmの範囲である、TaC粉末、NbC粉末、TiC粉末、および、ZrC粉末からなる一種以上を所定の配合組成となるように混合し、焼結用粉末とし、メディアレスのアトライター混合により、回転数50rpm、8時間湿式混合し、乾燥後、100MPaの圧力にてプレス成形し、圧粉成形体を作製した。
次いで、本発明工具基体1~10の製造条件を外れた、表4に示す比較工程1’~8’の固相焼結条件、および、液相焼結条件にて、焼結工程を行い、WC基超硬合金焼結体を得た後、前記WC基超硬合金焼結体を機械加工、研削加工し、CNMG432MMの形状に整えることにより、表6に示す比較例工具基体1~8として作製した。
【0031】
本発明工具基体1~10および比較例工具基体1~8の超硬合金の断面について、電子マイクロアナライザ(EPMA)により、その成分であるCr、Ti、Ta、Nb、Zrの各元素につき、その含有量を10点測定し、その平均値を各成分の含有量とした。
なお、ここで、Cr、Ti、Ta、Nb、Zrの各元素はそれぞれ炭化物に換算して含有量を算出した。表5、表6に、それぞれの平均含有量を示す。
【0032】
つぎに、本発明工具1~10及び比較例工具1~8のWC基超硬合金の断面について、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、倍率200~500倍でWC基超硬合金の断面を観察して、画像サイズ120×96mm、pixel数1280×1024pixelでSEM像を取得し、これを画像解析ソフトImageJにて画像処理し、一つの観察視野内の個々の結合相の面積を測定し、結合相各粒子の面積を、面積の小さい粒子から累積していき、累積面積が結合相全面積の10%を超えたところでの結合相粒子一つが占める面積をA10、累積面積が結合相全面積の90%を超えたところでの結合相粒子一つが占める面積をA90として求める。
つぎに、得られたA90をA10で除することにより、A90/A10を得る。
なお、結合相の個数は、WC粒子により分断された個々の結合相を各々一つの結合相として計測する。
また、十分な数の結合相を画像内に含めるため、倍率200~500倍での観察を行い、画像処理後に計測される結合相の個数が5000~15000個の範囲に入るように観察倍率を選定した。
【0033】
【表1】
【0034】
【表2】
【0035】
【表3】
【0036】
【表4】
【0037】
【表5】
【0038】
【表6】

【0039】
上記本発明工具1~10、比較例工具1~8について、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、以下の湿式連続旋削加工試験を行った。
被削材:JIS・SUS304(HB170)の丸棒、
切削速度:120m/min、
切り込み:1.8mm、
送り:0.6mm/rev、
切削時間:5分、
湿式水溶性切削油使用。
上記湿式連続切削加工試験後の、切れ刃の逃げ面塑性変形量を測定するとともに、切れ刃の損耗状態を観察した。なお、切れ刃の逃げ面塑性変形量は、工具の主切れ刃側逃げ面について、切れ刃から十分離れた位置で主切れ刃側逃げ面とすくい面が交差する稜線上に線分を引き、同線分を切れ刃部方向に延伸し、延伸した線分と切れ刃部稜線間の距離(延伸した線分の垂直方向)が最も離れている部分を測定し、切れ刃の逃げ面塑性変形量とした。また、逃げ面塑性変形量が0.04mm以上であった時、損耗状態を刃先変形とした。
表7に、この試験結果を示す。
【0040】
【表7】
【0041】
また、前記本発明工具1~4、比較例工具1~4の切刃表面に、表8に示す平均層厚の硬質被覆層をPVD法あるいはCVD法で被覆形成し、本発明表面被覆WC基超硬合金製切削工具(以下、「本発明被覆工具」という)1~4、比較例表面被覆WC基超硬合金製切削工具(以下、「比較例被覆工具」という)1~4を作製した。
上記の各被覆工具について、以下に示す、湿式連続切削加工試験を実施し、切れ刃の逃げ面塑性変形量を測定するとともに、切れ刃の損耗状態を観察した。
切削条件:
被削材:JIS・SUS304(HB170)の丸棒、
切削速度:180m/min、
切り込み:2.1mm、
送り:0.5mm/rev、
切削時間:4分、
湿式水溶性切削油使用。
表9に切削試験の結果を示す。
【0042】
【表8】

【0043】
【表9】

【0044】
表7及び表9に示される試験結果によれば、本発明工具および本発明被覆工具は、欠損を発生することなく、すぐれた耐塑性変形性を発揮するのに対して、比較例工具および比較例被覆工具は、欠損の発生もしくは塑性変形により工具寿命が短命であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
以上のとおり、本発明工具および本発明被覆工具は、合金鋼やステンレス鋼等の連続旋削加工等の負荷の高い連続切削加工において、長期の使用に亘ってすぐれた効果を発揮するものであり、工具の長寿命化に大いに貢献するものである。