(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-11-14
(45)【発行日】2024-11-22
(54)【発明の名称】遺伝子組換えクローンカイコの作製方法
(51)【国際特許分類】
A01K 67/033 20060101AFI20241115BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20241115BHJP
C12N 15/89 20060101ALI20241115BHJP
【FI】
A01K67/033 501
C12N5/10
C12N15/89 Z
(21)【出願番号】P 2020180183
(22)【出願日】2020-10-28
【審査請求日】2023-02-22
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】米村 真之
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 哲也
(72)【発明者】
【氏名】内野 恵郎
(72)【発明者】
【氏名】瀬筒 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】田村 俊樹
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-085958(JP,A)
【文献】特開2015-015927(JP,A)
【文献】特開2007-259775(JP,A)
【文献】特開2003-088274(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101638667(CN,A)
【文献】Valeriya Zabelina et al.,Standardization of products of biotechnological sericulture by parthenocloning and cryobanking of transgenic clonal silkworms,J Biotechnol Biomater,2018年,Vol. 8,p. 24
【文献】持田 裕司 他,遺伝子組換えカイコの生殖質の凍結保存,蚕糸・昆虫バイオテック,2014年,83(2),pp.163-170
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
A01K 67/033
C12N 1/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝子組換え非休眠性クローンカイコの作製方法であって、
非休眠性カイコ系統の雌個体と休眠性単為発生カイコ系統の雄個体を交配させる交配工程、
前記交配工程後の雌個体に産卵させる採卵工程、
前記採卵工程で得られる受精卵に目的の核酸を導入する核酸導入工程、
前記核酸導入工程後の受精卵より得られる雌個体から未受精卵を採取する未受精卵採取工程、
前記未受精卵採取工程で得られた未受精卵に単為発生誘導処理を行う単為発生誘導工程、及び
前記単為発生誘導工程後に発生した個体から遺伝子組換え体を遺伝子組換え非休眠性クローンカイコとして選抜する選抜工程
を含む前記作製方法。
【請求項2】
前記単為発生誘導処理が未受精卵を45℃~50℃に15分間~20分間曝露する高温処理である、請求項1に記載の作製方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の遺伝子組換え非休眠性クローンカイコの作製方法で得られる遺伝子組換え非休眠性クローンカイコ。
【請求項4】
遺伝子組換え非休眠性クローンカイコの保存方法であって、
請求項3に記載の遺伝子組換え非休眠性クローンカイコの雌個体から卵巣を摘出する卵巣摘出工程、及び
前記卵巣摘出工程後、得られた卵巣を-80℃以下で凍結する凍結工程
を含む前記保存方法。
【請求項5】
前記遺伝子組換え非休眠性クローンカイコの雌個体が3~5齢のいずれか一以上の幼虫である、請求項4に記載の保存方法。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の遺伝子組換え非休眠性クローンカイコの保存方法により得られる遺伝子組換え非休眠性クローンカイコの凍結卵巣。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子組換えクローンカイコの作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物の遺伝子組換え技術は、遺伝子の機能解析や有用タンパク質を生産する上で不可欠である。従来、遺伝子組換えに用いる宿主生物には、主として大腸菌や酵母が利用されてきた。これらの宿主は、培養が容易で、短期間で大量増殖できるという利点を有しており、医療用検査薬、化粧品、動物薬、及び医薬品の原料となる有用タンパク質の生産に宿主として用いられてきた。カイコにおいても近年、遺伝子操作技術が確立され、タンパク質の大量生産系に適した宿主生物として、脚光を浴びている。
【0003】
カイコ(Bombyx mori)は、絹を生産するために古くから産業上利用されてきた昆虫で、繭を作るために絹糸を短期間に大量に生産することができる。これは、カイコの絹糸腺におけるタンパク質生産能力の高さによるものである。現在では、遺伝子操作技術によってカイコの、この能力を絹糸以外の有用タンパク質の大量生産に利用することが可能となっている。
【0004】
カイコをタンパク質の大量生産系宿主とする場合、外来遺伝子を導入した形質転換体、すなわち遺伝子組換えカイコ(トランスジェニックカイコ)の作出技術が不可欠となる。一般に遺伝子組換えカイコの作出には、トランスポゾンを利用して卵に所望の遺伝子を注射するマイクロインジェクション法が採用されている(非特許文献1)。カイコの卵は、産下後2時間以内に受精をし、その後、シンシチウムと呼ばれる細胞膜を持たない裸の核が短時間に分裂を繰り返しながら卵の表面へと移動する状態になる。したがって、この期間内、具体的には産下後2~8時間、好ましくは3~6時間の卵に目的の遺伝子の両端にトランスポゾンの逆位末端反復配列を有するプラスミドとトランスポゾンを動かす機能のあるトランスポゼースを作る機能のあるプラスミド又はメッセンジャーRNAを注射することで、トランスポゾンの逆位末端反復配列により導入したい目的の遺伝子を核に取り込ませ、ゲノム中に挿入することができる(非特許文献2)。
【0005】
しかしながら、上記方法で得られる遺伝子組換えカイコでは、導入した目的の遺伝子が同じであってもそれぞれの形質転換体によってゲノム組成が異なっている。これはカイコの系統は交配によって遺伝的に不均一な集団として維持されていること、並びにトランスポゾンによる目的の遺伝子の挿入がゲノム上のランダムな位置で起こるためである。
【0006】
また、カイコは一般に卵の状態で保存されるが、保存期間は最長で一年である。そのため系統を維持するには毎年飼育を行い、交配をさせ次世代の卵を得る必要がある。長期間にわたって交配を繰り返した場合、同一系統内でも遺伝的安定性を確保することが難しくなる。したがって、従来の技術では、目的の遺伝子の発現量や質が形質転換体の系統ごと、又は個体ごとに異なり、その結果、生産されるタンパク質の品質や生産量が安定しないという問題を生じている。これは高い品質が求められる医薬品の原材料を遺伝子組換えカイコによる大量生産システムで製造する際に特に大きな問題となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Tamura T. et al., 2000, Nature Biotechnology, 18, 81-84
【文献】田村俊樹(2007)遺伝子組換えカイコの作出法の開発と利用(シリーズ21世紀の農学:動物・微生物の遺伝子工学研究、日本農学会編)pp57-76.養賢堂.東京.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記課題の解決策としてカイコをクローン化する方法がある。クローンとは、個体間で完全同一のゲノム組成を有し、また遺伝的に均質な個体群である。遺伝子組換えカイコをクローン化することができれば、全てのクローン個体は原則として同質で同量のタンパク質を生産することができる。したがって、タンパク質を安定した品質と生産量で大量生産することが可能となる。
【0009】
カイコには単為発生という現象があり、クローンカイコはこの現象を利用することで作製できる。カイコの単為発生は、雌蛾から摘出した未受精卵を高温で処理する胚発生誘導法によって達成される。この未受精卵から孵化した個体は、全て親と同じ遺伝子組成を有するクローンとなる。
【0010】
また、一般に、カイコの卵は液体窒素等による凍結保存が困難であるが、卵巣であれば凍結保存技術が確立している(Mochida Y., et al., 2007, J Insect Biotech Sericol 76, 97-100;Kusuda J., et al., 1985, J Insect Physiol, 31(12): 963-967)。クローンカイコは未受精卵から個体を発生させることが可能なため、クローンカイコから採取された卵巣を凍結保存することでクローン系統の長期保存ができる。保存状態からの解除は、凍結卵巣を融解した後にカイコに移植して、そのカイコを成虫まで飼育し、移植卵巣の未受精卵に高温処理による胚発生誘導を行えばよい。したがって、遺伝子組換えカイコのクローン系統を作製すれば、上記問題点を全て解決することができる。
【0011】
しかし、この解決策にも大きな問題がある。まず、通常の系統では単為発生の頻度が低い。また、既存の確立された単為発生するカイコ系統は卵の状態で越冬のため休眠に入る1化性系統であり、休眠卵のみを産下する。遺伝子組換えカイコはマイクロインジェクションにより卵に外来遺伝子を導入することによって作出するが、その際に使用する卵は非休眠卵であることが望ましい。そのため、遺伝子組換えクローンカイコを得るには既存の単為発生系統の卵巣移植により作製された非休眠卵を用いるか、非休眠卵を産下する単為発生系統を使用する必要があった。
【0012】
上記問題を解決するために、本発明者らは、単為発生系統の卵巣を雄カイコに移植して非休眠卵を作出する方法を開発した(Zabelina V. et al., 2015, J. Insect Physiol., 81 28-35)。カイコの休眠卵は、雌親体内で合成された休眠ホルモンが発育中の卵巣に作用することで発生するが、雄は休眠ホルモンを発現しないため、移植された卵巣の卵は休眠ホルモンの影響を受けずに全て非休眠卵となる。しかし、この方法では遺伝子導入後の非休眠卵の孵化率が非常に低く、そのため遺伝子組換えクローンカイコの作出効率が著しく低いという問題があった。
【0013】
本発明者らは、引き続き研究を行い、非休眠卵を産下する単為発生カイコ系統を作製し、その系統を用いて遺伝子組換えカイコの作出する新たな方法を開発した(Zabelina V. et al., 2018, J. Biotechnol. Biomaterials, 8:24)。この方法では、
図1のAのように、まず、単為発生が可能で休眠卵を産下する休眠性単為発生系統カイコと、単為発生率は低いが非休眠卵を産下する非休眠性系統カイコとを交配し、F1系統を作出する。続いて、得られたF1個体の雌、又は該F1個体の同系交配(sib mating)によりF2個体の雌を得る。このF1又はF2の雌個体群中には一定の割合で非休眠卵を産下する単為発生系統(非休眠性単為発生系統)が存在し得る。そこで、F1又はF2の雌個体から未受精卵を採取し、単為発生処理を繰り返して、非休眠性で、かつ単為発生能の高い系統を選抜する。続いて、得られた非休眠性単為発生系統の未受精卵に対して単為発生処理を行い、発生を始めた卵に遺伝子組換え操作を行う。その後、遺伝子組換え体を選抜することで、目的とする遺伝子組換えクローンカイコを作出することができる。ところが、この方法は、交配や選抜育成等のように、非常に複雑で手間のかかる工程数が多く、作製までに多大な労力と時間を要するという問題があった。また、未受精卵に遺伝子導入操作を行うことで孵化率が低減し、目的の遺伝子組換えクローンカイコの作製効率が低くなるという問題も包含していた。それ故に、実用化に耐え得る方法とは言い難かった。
【課題を解決するための手段】
【0014】
そこで、本発明者らは、非休眠卵を産下する単為発生カイコ系統をより簡便な方法で作出すると共に、遺伝子導入後の孵化率を向上させる技術開発に取り組んだ。その結果、
図1のBのようにF1の受精卵に対して遺伝子を導入し、孵化後のF1雌個体から未受精卵を採取して単為発生を誘導させ、発生したクローン個体から遺伝子組換え体を選抜するという、これまでにない新規遺伝子組換えクローンカイコの作製方法に成功した。この作製方法によれば、上記従来法と比較して遺伝子導入操作後の卵の孵化率が高く、また工程数が1世代以上短くなるため短期間で目的の遺伝子組換えクローンカイコを作製することが可能となる。本発明は、当該開発結果に基づくもので、以下を提供する。
【0015】
(1)遺伝子組換えクローンカイコの作製方法であって、2系統のカイコを交配させる交配工程、前記交配工程後の雌個体に産卵させる採卵工程、前記採卵工程で得られる受精卵に目的の核酸を導入する核酸導入工程、前記核酸導入工程後の受精卵より得られる雌個体の未受精卵に単為発生誘導処理を行う単為発生誘導工程、及び前記単為発生誘導工程後に発生した個体から遺伝子組換え体を遺伝子組換えクローンカイコとして選抜する選抜工程を含む前記作製方法。
(2)前記交配工程において前記2系統のカイコのいずれか又は両方が非休眠卵を産下するカイコである、(1)に記載の作製方法。
(3)前記非休眠卵を産下するカイコが非休眠産下処理をした卵より発生したカイコの雌個体である、(2)に記載の作製方法。
(4)前記非休眠産下処理が低温暗催青処理である、(3)に記載の作製方法。
(5)前記単為発生誘導処理が未受精卵を45℃~50℃に15分間~20分間曝露する高温処理である、(1)~(4)のいずれかに記載の作製方法。
(6)(1)~(5)のいずれかの遺伝子組換えクローンカイコの作製方法により得られる遺伝子組換えクローンカイコ。
(7)遺伝子組換えクローンカイコの保存方法であって、(6)に記載の遺伝子組換えクローンカイコの雌個体から卵巣を摘出する卵巣摘出工程、及び前記卵巣摘出工程後、得られた卵巣を-80℃以下で凍結する凍結工程を含む前記保存方法。
(8)前記遺伝子組換えクローンカイコの雌個体が3~5齢のいずれか一以上の幼虫である、(7)に記載の保存方法。
(9)(7)又は(8)の遺伝子組換えクローンカイコの保存方法により得られる遺伝子組換えクローンカイコの凍結卵巣。
【発明の効果】
【0016】
本発明の遺伝子組換えクローンカイコの作製方法によれば、少ない工程数で、簡易、かつ効率的に遺伝子組換えクローンカイコを作製することができる。
本発明の遺伝子組換えクローンカイコの保存方法によれば、遺伝子組換えクローンカイコ系統の安定的な維持と増殖が可能となり、またその管理も容易になる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】休眠性単為発生系統カイコと非休眠性系統カイコを親カイコに用いた場合の遺伝子組換えクローンカイコ作製方法の概念図である。Aは従来法を、Bは本発明の作製方法を示す。
【
図2】本図において交配工程(S201)~選抜工程(S206)は、本発明の遺伝子組換えクローンカイコ作製方法のフロー図である。また、交配工程(S201)~凍結工程(S208)は、本発明の遺伝子組換えクローンカイコ保存方法のフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
1.遺伝子組換えクローンカイコ作製方法
1-1.概要
本発明の第1の態様は、遺伝子組換えクローンカイコの作製方法である。本発明では2系統のカイコを交配して得られるF1の受精卵に目的の核酸を導入し、成長したF1雌成虫個体から採取した未受精卵に単為発生誘導処理を行い、発生したクローンカイコから形質転換体を得る。この方法によれば、従来法のように卵巣移植やF2を経ることなく、少ない工程で短期間に効率的に遺伝子組換えクローンカイコを作製することが可能となる。また、受精卵を用いるため、遺伝子導入操作が容易になり、孵化率を向上することができる。
【0019】
1-2.用語の定義
本明細書で頻用する以下の用語について定義する。
「遺伝子組換え」とは、宿主生物が有する天然の遺伝情報を人為的に改変することをいう。ここでいう遺伝情報の改変とは、遺伝情報の付加、欠失、置換等が挙げられる。遺伝情報の人為的改変は、既存の遺伝子組換え技術によって達成し得る。例えば、プラスミド等のベクターやトランスポゾンを用いて、宿主生物が保有しない遺伝情報を追加する方法、若しくは宿主生物の保有する遺伝情報を破壊する方法、又はゲノム編集により宿主生物のゲノム情報を改変する方法等が挙げられる。
【0020】
「遺伝子組換えカイコ」とは、前記遺伝子組換え技術を用いて作製したカイコの遺伝子組換え体、又はその後代をいう。本明細書の遺伝子組換えカイコは、限定はしないがマイクロインジェクション法により外来DNAをカイコ卵に導入して得られる遺伝子組換え体をいう。
【0021】
「クローンカイコ」とは、同一のゲノム組成を有し、遺伝子組成が同じである個体群を構成するカイコ個体をいう。一般に、後述する単為発生系統カイコから得られる未受精卵に対して単為発生誘導処理を行って得られるカイコ個体群はクローンカイコである。
【0022】
本明細書において「遺伝子組換えクローンカイコ」とは、遺伝子組換え体のクローンカイコをいう。遺伝子組換えクローンカイコでは、導入された外来DNAに関してもクローン個体群に属する個体間で同一である。したがって、遺伝子組換えクローンカイコの各個体で生産される外来DNAがコードするタンパク質の品質や発現量は原則として同一である。
【0023】
本明細書において「系統」とは、同一種内において共通する特定の遺伝形質を有する個体集団で、「株(strain)」とほぼ同じ概念である。特定の遺伝子に変異を有する変異体群や、形態又は性質が共通する品種も、本明細書では系統に包含される。本明細書で対象となる生物種は、原則としてカイコである。したがって、特に断りのない限り、本明細書における系統は「カイコ系統」であり、そのような系統に属するカイコ個体を「系統カイコ」という。例えば、後述する休眠性系統は、カイコの休眠性系統、すなわち、休眠性カイコ系統であり、この休眠性カイコ系統に属するカイコは「休眠性系統カイコ」となる。
【0024】
異なる遺伝形質に着目した場合、一個体は複数の系統に属し得る。例えば、休眠性単為発生系統は、休眠性と単為発生の2つの遺伝形質を有するため、休眠性に着目した場合は休眠系統に属し、単為発生に着目した場合は単為発生系統に属することとなる。
【0025】
本明細書において「休眠(状態)」とは、生物が生活環の中で特定の時期に発生や成長、又は活動を一時的に停止して休止状態となることをいう。
【0026】
本明細書において「休眠性(カイコ)系統」とは、卵休眠性という特定の遺伝形質に関して、休眠卵を産卵する個体集団をいう(本明細書においては「産卵」をしばしば「産下」とも称する)。カイコには1化性系統、2化性系統、多化性系統が存在する。このうち1化性系統の多くが休眠卵を産下する休眠性カイコ系統となる。「1化性系統」とは、自然条件下で飼育したときに年に1回成虫が発生する系統であり、「2化性系統」とは、年に2回成虫が発生する系統であり、そして「多化性系統」とは、年に複数回成虫が発生する系統である。一般に冬季が存在する温帯域に祖先系統を持つ派生系統の多くは、1化性系統となる。ただし、休眠性カイコ系統であっても後述する非休眠産下処理によって非休眠卵を産下するようになる場合がある。休眠性カイコ系統の具体例としては、限定はしないが、例えば、大造、日137号、支146号、日603号、日604号、中604号、中605号、中514号、中515号、中9.0号、日9.0号、春嶺、鍾月、ひたち、にしき、日502号、支146号、支122号、特支2号、欧7号、特欧4号、及び角支那等が挙げられる。
【0027】
「休眠卵」とは、休眠性カイコ系統を通常の飼育条件下で産卵することで得られる卵で、原則として卵期に休眠状態に入る。休眠卵は、通常、胚発生が胚子期で停止し、低温耐性状態となる。これはカイコが越年のために獲得した環境応答に基づく生活環制御現象の一つといわれている。自然界において休眠卵の休眠は、5℃での積算温度が一定値に達することで解除される。
【0028】
本明細書において「非休眠性(カイコ)系統」とは、卵期に休眠状態に入らない非休眠卵を産卵する個体集団をいう。一般に冬季が存在しない亜熱帯又は熱帯域に祖先系統を持つ派生系統の多くは1年に複数世代を繰り返す多化性カイコ系統であり、これらは非休眠卵を産下する非休眠性カイコ系統となる。非休眠性カイコ系統の具体例としては、限定はしないが、マイソール、ニスタリ、ピュアマイソール、アンナン、輪月が挙げられる。
【0029】
本明細書において「非休眠卵」とは、休眠状態に入らないカイコ卵をいう。非休眠卵の具体的な例として、2化性系統又は多化性カイコ系統から得られる非休眠卵、非休眠産下処理した休眠性カイコ系統の雌個体から得られる非休眠卵等が挙げられる。
【0030】
本明細書において「非休眠産下処理」とは、本来休眠卵を産下する休眠性カイコ系統の雌個体に特定の処理を施すことによって非休眠卵を産下するようにすることをいう。前記特定の処理の具体例として、特開2017-085958に記載の低温暗催青処理が挙げられる。
【0031】
本明細書において「催青」とは、カイコの発育を揃えるためにカイコ卵を適当な温度、湿度、及び光の条件で処理することによって複数のカイコ卵の孵化を均一化することをいう。
【0032】
本明細書において「低温暗催青処理」とは、低温暗条件で催青を行うことをいう。休眠性カイコ系統の卵に対して低温暗催青処理を行うことで、その卵から孵化した雌個体の産下する卵の一部は非休眠卵となる。
【0033】
本明細書において「単為発生(カイコ)系統」とは、単為発生が高効率で誘導される系統をいう。一般に単為発生が可能な性質を有するカイコ系統の多くは休眠性カイコ系統である。したがって、本明細書において単為発生カイコ系統は、特段の断りの無い限り単為発生カイコ系統であると共に休眠性カイコ系統である「休眠性単為発生(カイコ)系統」と同義とする。単為発生カイコ系統は、いずれも未受精卵に物理的又は化学的刺激を付与することで単為発生が誘導される。単為発生カイコ系統の限定はしないが、例えば、PK1系統、P14系統及びカンボージュ×日105の交雑種が挙げられる。
【0034】
1-3.作製方法
本発明の遺伝子組換えクローンカイコの作製方法のフローを
図2に示す。この図で示すように本発明の作製方法は、交配工程(S201)、採卵工程(S202)、核酸導入工程(S203)、未受精卵採取工程(S204)、単為発生誘導工程(S205)、及び選抜工程(S206)を必須の工程として含む。以下、各工程について説明をする。
【0035】
(1)交配工程
「交配工程」(S201)は、2系統のカイコを交配させる工程である。交配に用いる系統は雌が非休眠卵を産下し、次世代のF1雌が単為発生する未受精卵を作ることができればよい。好ましい組合せは、一方が日本種系統又は欧州種系統のカイコであり、他方が2化性の中国種系統のカイコである。具体的には、日9.0号系統カイコと中9.0号系統カイコの組み合わせが挙げられるが、これに限定はしない。F1雌が非休眠卵を産下する系統として、多化性系統のような本来的に非休眠性カイコ系統の他、低温暗催青処理や休眠ホルモン抗体の注射のように非休眠産下処理を行った休眠性カイコ系統が挙げられる。非休眠産下処理を行った卵から発生する雌個体も非休眠卵を産下し得るため、休眠性カイコ系統であっても、前記処理済みの卵から発生した雌親を非休眠性系統カイコとして使用することができる。雌個体が非休眠性系統カイコの場合、他方の雄個体は、休眠性系統又は非休眠性系統を問わず、あらゆる系統を使用することができる。
【0036】
前記非休眠産下処理は、例えば低温暗催青処理が挙げられる。低温暗催青処理は、常法に従って行えばよい。例えば、卵を15℃の低温暗下で約1ヶ月間保持し、ゆっくりと発生を進める方法が挙げられる。この処理を休眠性カイコ系統の受精卵に対して行うことで、その受精卵由来の雌カイコが産下する卵の一部は非休眠卵となる。より具体的な低温暗催青法については、小瀬川英一ら(2000, 日蚕雑, 69(6): 369-375)、又は清水勇(1991, 応動昆, 35: 81-91)を参照すればよい。低温暗催青法は、卵に物理的ダメージを付与することなく非休眠卵を得ることができる点で優れている。低温暗催青処理に好適な休眠性カイコ系統として、例えば、支146号、中510号等が挙げられる。
カイコの交配は、常法に従って行えばよい。一般に、雌は羽化後、直ちに交尾が可能となる。交尾時間は、2~3時間でよい。また、交尾回数は、通常は一度で十分である。
【0037】
(2)採卵工程
「採卵工程」(S202)は、交配工程後の雌個体に産卵させる工程である。前記交配工程において交尾後の雌カイコを使用するため、本工程(S202)で採取される卵は、原則として受精卵である。採卵方法は、限定はしない。当該分野では、通常、交尾後の雌カイコに産卵台紙を与え、その台紙上で産下させて採卵する方法が採用される。交尾済みの雌カイコに産卵台紙を与えた場合、付与後数時間で産卵が開始されることが多い。次述の核酸導入工程(S203)で受精卵に導入した目的の核酸を核内に効率的に取り込ませるには、産下後2~8時間、好ましくは3~6時間の期間内に核酸導入を開始することが望ましいことから、本工程では、前記核酸導入時期に合わせて雌個体に産下させることが好ましい。これは、交尾中の雌雄カイコ又は交尾後の雌カイコを0~10℃、好ましくは5℃の低温下に置き、その温度下で1~2日間、最大で1~7日間保存した後、雌カイコを低温下から室温(23~28℃)に移し、そこで産卵台紙を与えて、暗条件下で産卵を開始させることによって達成できる。カイコの胚発生は産下直後から始まるため、この方法であれば、本工程で胚発生期が核酸導入に適した時期の受精卵を安定して入手することができる。
【0038】
(3)核酸導入工程
「核酸導入工程」(S203)は、前記採卵工程(S202)で得られた受精卵に目的の核酸を導入する工程である。核酸導入する受精卵の一部は非休眠卵であり、本工程では、採卵工程(S202)で得られた複数個の受精卵に核酸導入することが望ましい。
【0039】
本工程において「目的の核酸」とは、目的とする遺伝子組換えカイコを作出するためにカイコに導入すべき核酸である。導入する核酸は、通常はDNAであり、好ましくは目的の遺伝子、それを含む発現ベクター及びヘルパープラスミドのようなゲノムへの取り込みを促す核酸である。遺伝子を導入する場合、遺伝子の種類は問わない。例えば、タンパク質や機能性核酸(RNAi分子等)をコードする遺伝子でよい。目的の形質を付与し得る所望の遺伝子を導入することができる。遺伝子の由来生物種も問わない。宿主であるカイコ由来であってもよいし、他種生物、例えばヒト由来の遺伝子であってもよい。一例として、遺伝子組換えカイコを用いて抗体を生産する場合には、当該外来DNAは、IgG抗体の遺伝子とプロモーターやターミネーター等の遺伝子発現調節領域を含む発現単位とすることができる。
【0040】
本工程は、外来遺伝子をカイコに導入する当該分野で公知の方法によって行うことができる。例えば、発現ベクターが目的のDNAの両端にトランスポゾンの逆位末端反復配列(Handler AM. et al., 1998, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 95:7520-5)を有するプラスミドの場合であれば、Tamuraらの方法(Tamura T. et al., 2000, Nature Biotechnology, 18, 81-84)、Zhouらの方法(Zhou W. et al., 2012, Insect Science, 19: 172-182)を利用することができる。具体的には、発現ベクターが適当な濃度となるように水やバッファー等の溶媒によって溶解又は希釈して注射液を調製する。この時、注射液にはトランスポゾン転移酵素をコードするDNAを有するヘルパープラスミドを加えておく。前記ヘルパープラスミドとしては、例えば、pHA3PIGが挙げられる。
【0041】
核酸の導入は、前述のように、前記採卵工程(S202)で得た産下後3~6時間の受精卵に対してマイクロインジェクションによって行う。インジェクションは、限定はしないが、一般には空気圧を利用した特殊な注射装置を用いて行う。例えば、特許1654050号、又はTamuraらの方法(Tamura T, et al., 2007, J Insect Biotechnol Sericol, 76: 155-159)を利用すればよい。導入する核酸の量は、特に限定しない。核酸の種類、性質、目的に応じて適宜定めればよい。通常は1nL~5nLである。核酸導入後のカイコ卵は、孵化するまで適当な条件下、例えば、25℃でインキュベートすればよい。
【0042】
(4)未受精卵採取工程
「未受精卵採取工程」(S204)は、雌個体から未受精卵を採取する工程である。前述のように、雌個体は、未受精卵が体内で単為発生可能な状態にまで発生した個体を使用する。好ましくは成虫であり、より好ましくは羽化直後又は羽化後2日以内に0~10℃、好ましくは5℃の低温下で冷蔵し、冷蔵期間が10日以内の成虫である。
【0043】
未受精卵の採取方法は限定しない。例えば、解剖により採取する方法や自然産卵により採取する方法が挙げられる。
【0044】
解剖により採取する方法は、具体的には、例えば、雌成虫の腹部又は尾部をメス又は解剖用ハサミで切開した後、指で腹部に圧をかけて切開部から卵巣を押し出すように摘出すればよい。摘出した卵巣を水に浸漬することで凝集した卵管を解きほぐすことができる。続いて、目の細かいステンレスのメッシュやガーゼ上に卵巣を配置し、指等で擦ることによって卵管組織と未受精卵を分離する。最後に、水をメッシュにかけ流すことによって水に浮く卵管組織を除去し、底部に残った未受精卵を回収する。この操作を数回繰り返すことで、未受精卵のみを回収することができる。
【0045】
自然採卵により採取する方法は、羽化後、未交尾の雌カイコに未受精卵を産卵させることで達成し得る。未交尾の雌カイコに未受精卵を産卵させる具体的な方法は、前記採卵工程に記載の方法に準じればよい。
【0046】
(5)単為発生誘導工程
「単為発生誘導工程」(S205)は、未受精卵採取工程(S204)で得た未受精卵に単為発生誘導処理を行う工程である。単為発生誘導処理は、当該分野で公知の方法に従って行えばよく、特に限定はしない。例えば、須貝ら(須貝悦治 他, 1983, 日本蚕糸学雑誌, 第52号第1号: 51-56)、廣川(廣川昌彦, 1990, 福島蚕試研法, 24: 1-6)、及び小瀬川(Kosegawa E., et al. 2012, J Insect Biotechnol Sericology, 81: 37-44)に開示の誘導方法を参照することができる。一般には、未受精卵に対して物理的又は化学的な刺激を付与することで、単為発生が誘導される。具体的には、例えば、高温処理が挙げられる。高温処理の具体例として、前記工程で採取した未受精卵を温湯処理により45℃~50℃で15分間~20分間曝露すればよい。その後、12℃~18℃に2日間~4日間保持することが好ましい。
【0047】
(6)選抜工程
「選抜工程」(S206)は、単為発生誘導工程後に孵化したカイコから遺伝子組換え体を遺伝子組換えクローンカイコとして選抜する工程である。
本工程も当該分野で公知の方法によって行えばよい。例えば、核酸導入に用いた発現ベクターが標識遺伝子を含む場合には、その標識遺伝子の発現に基づいて目的の遺伝子組換えカイコを容易に選抜することができる。この場合、標識遺伝子の発現等に基づいて選抜されたカイコが遺伝子組換えクローンカイコとなる。
【0048】
「標識遺伝子」とは、選抜マーカーとも呼ばれる標識タンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドである。
【0049】
「標識タンパク質」とは、標識遺伝子の発現により宿主カイコにない新たな形質を付与し得るタンパク質で、酵素、蛍光タンパク質、色素合成タンパク質又は発光タンパク質等が含まれる。標識タンパク質の活性に基づいて、導入した核酸を保有している形質転換体を容易に判別することが可能となる。ここで「活性に基づいて」とは、活性の検出結果に基づいて、という意味である。活性の検出は、標識タンパク質の活性そのものを直接的に検出するものであってもよいし、タンパク質の活性によって発生する代謝物を介して間接的に検出するものであってもよい。検出は、化学的検出(酵素反応的検出を含む)、物理的検出(行動分析的検出を含む)、又は検出者の感覚的検出(視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚による検出を含む)のいずれであってもよい。
【0050】
標識タンパク質の種類は、当該分野で公知の方法によってその活性を検出可能な限り、特に限定はしない。好ましくは検出に際して形質転換体判別マーカーを保有する宿主、すなわち形質転換体に対する侵襲性の低い標識タンパク質である。例えば、蛍光タンパク質、色素合成タンパク質、発光タンパク質、外部分泌タンパク質、外部形態を制御するタンパク質等が挙げられる。蛍光タンパク質、色素合成タンパク質は、形質転換体の外部形態を変化させることなく特定の条件下で視覚的に検出可能なことから、形質転換体に対する侵襲性が非常に低く、また形質転換体の判別及び選抜が容易なことから特に好適である。
【0051】
本明細書において「蛍光タンパク質」は、特定波長の励起光を照射したときに特定波長の蛍光を発するタンパク質をいう。天然型及び非天然型のいずれであってもよい。また、励起波長、蛍光波長も特に限定はしない。具体的には、例えば、CFP、RFP、DsRed(DsRed-monomerのような派生物を含む)、YFP、PE、PerCP、APC、GFP(EGF等の派生物を含む)等が挙げられる。
【0052】
本明細書において「色素合成タンパク質」は、色素の生合成に関与するタンパク質であり、通常は酵素である。ここでいう「色素」とは、形質転換体に色素を付与することができる低分子化合物又はペプチドで、その種類は問わない。好ましくは個体の外部色彩として表れる色素である。例えば、メラニン系色素(ドーパミンメラニンを含む)、オモクローム系色素、又はプテリジン系色素が挙げられる。
【0053】
1-4.遺伝子組換えクローンカイコ
本発明の作製方法によって、目的の遺伝子を含む同一のゲノム組成を有する遺伝的に均質な遺伝子組換えクローンカイコを得ることができる。
【0054】
本発明の遺伝子組換えクローンカイコは、外因性の遺伝子をゲノム内に有する単為発生系統カイコである。この遺伝子組換えクローンカイコは、本発明の作製方法で作出することができ、またその未受精卵よりクローンとして継代することが可能ではある。しかし、単為発生を生じさせる遺伝学的要因については明らかではない。
【0055】
本発明の遺伝子組換えクローンカイコは、前述の通り単為発生カイコ系統である。したがって、得られた遺伝子組換えクローンの雌個体から未受精卵を採取し、それに単為発生誘導処理を行うことで、遺伝的に均質な遺伝子組換えカイコのクローンを複数個体得ることができる。さらに、単為発生誘導処理によって新たに得られた遺伝子組換えクローンカイコの雌個体から未受精卵を採取し、同様の単為発生誘導処理を行うことで、その遺伝子組換えカイコの系統維持やクローンカイコの大量増殖も可能となる。
【0056】
1-5.効果
本発明の遺伝子組換えクローンカイコの作製方法によれば、従来法よりも少ない工程で、高い孵化率により短期間で効率的に遺伝子組換えカイコ系統のクローンを作製することができる。それによって、遺伝子組換えカイコクローンの作製コストを削減でき、またクローンの大量増殖により、タンパク質大量生産系として品質の安定したタンパク質を大量に、かつ安価に生産することが可能となる
【0057】
2.遺伝子組換えクローンカイコの保存方法
2-1.概要
本発明の第2の態様は、遺伝子組換えクローンカイコの保存方法である。本発明の方法によれば、第1態様で得られた遺伝子組換えクローンカイコの雌個体から摘出した卵巣を超低温下で保存することによって、遺伝子組換えクローンカイコ系統を交配により継代維持させることなく、クローンとして長期保存することが可能になる。
【0058】
2-2.方法
本発明の保存方法のフローを
図2に示す。
図2では、第1態様の遺伝子組換えクローンカイコの作製方法フローにおいて、派生フローとして選抜工程後に得られた遺伝子組換えクローンカイコ系統を維持するために当該クローンカイコの保存方法が適用される。したがって、本態様の保存方法は、
図2のフローにおける前工程を包含するが、交配工程(S201)~選抜工程(S206)は、第1態様の遺伝子組換えクローンカイコの作製方法に準ずるため、クローンカイコの卵巣摘出工程(S207)、凍結工程(S208)が本態様の特徴的な工程となる。したがって、以下では、これら2つの工程について説明をする。
【0059】
(1)クローン卵巣摘出工程
「クローン卵巣摘出工程」(S207)は、第1態様の遺伝子組換えクローンカイコの作製方法によって得られた遺伝子組換えクローンカイコの雌個体から卵巣を摘出する工程である。本工程で卵巣摘出の対象となる雌個体は、遺伝子組換えクローンカイコとして最初に作出された第1世代(G1:Generation 1)であってもよいし、そのクローンカイコの未受精卵から発生した第2世代(G2)以降であってもよい。卵巣を摘出する雌個体の成長段階は、幼虫期、蛹期、又は成虫期であればよい。好ましくは幼虫期、より好ましくは3齢又は4齢幼虫期である。
【0060】
本工程における基本操作は、当該分野で公知の方法に準ずればよく、特に限定はしない。例えばZabelina et al.,2015(前述)又は竹村洋子及び持田裕司(蚕糸・昆虫バイオテック, 2008, 77(1):9-16)等の文献に記載の方法を参考にすればよい。原則として本工程で採取される卵巣は、いずれも外来の目的の核酸を含む遺伝子組換え体に由来するものである。
【0061】
(2)凍結工程
「凍結工程」(S208)は、前記クローン卵巣摘出工程(S207)で得られた卵巣を超低温下で凍結する工程である。卵巣の凍結方法は、当該分野で公知の方法に準ずればよい。例えば、遺伝子組換えクローンカイコの雌幼虫から摘出した卵巣を1.5M DMSOを含む昆虫細胞用培地(例えば、Grace's Insect Medium: Lonza等)の入ったプラスチックチューブに入れて凍結した後、遺伝子組換えクローンカイコ系統の卵巣として、液体窒素中で保存すればよい。凍結方法及び凍結温度は超低温、例えば、-80℃以下、好ましくは-89℃以下で凍結できればよく、特に限定はしない。また凍結方法としては、例えば、クローンカイコの卵巣を液体窒素の蒸気で凍結する方法が挙げられる。
【0062】
2-3.凍結卵巣
前述の遺伝子組換えクローンカイコの保存方法により得られる凍結卵巣は、長期間にわたる超低温保存が可能である。
【0063】
凍結卵巣からクローンカイコを回収する方法は、当該分野で公知の方法に準ずればよい。例えば、凍結卵巣を、好ましくは凍結容器ごと、温水に浸漬して解凍し、その後、宿主となる別のカイコ幼虫に移植する。移植したカイコを成虫まで飼育した後に移植した卵巣から未受精卵を摘出する。摘出した未受精卵に対して高温で処理する等の単為発生誘導処理を行うことによって凍結保存していた遺伝子組換えクローンカイコを覚醒させ、再び発生させることができる。単為発生誘導処理は、第1態様に記載の単為発生誘導工程(S205)に記載の方法に準ずればよい。卵から孵化した個体を飼育すれば、目的の遺伝子組換えクローンカイコを回収することができる。
【0064】
2-4.効果
本発明の遺伝子組換えクローンカイコの保存方法、及びそれによって得られる凍結卵巣によれば、作製した遺伝子組換えカイコの系統をクローンで長期間にわたって維持することが可能となる。交配による継代が不要となるため、維持管理が容易になる上に遺伝的変異も生じない。
【実施例】
【0065】
本発明をより明確にするため、以下に実施例を挙げ手具体的に説明する。ただし、以下の実施例は、本発明の一実施形態を例示するものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0066】
<実施例1:遺伝子組換えクローンカイコの作製>
(目的)
本発明の遺伝子組換えクローンカイコの作製方法により遺伝子組換えクローンカイコを作製し、F1における非休眠性卵の出現率、遺伝子導入後の卵の孵化率、及び形質転換体取得率について検証した。
【0067】
(方法)
(1)F1受精卵への遺伝子導入
非休眠性単為発生系統の卵を得るために2系統のカイコの交配を行った。親カイコの系統として、雄カイコには休眠性単為発生カイコ系統(日9.0)を、また雌カイコには休眠性カイコ系統(中9.0)を用いた。なお、ここで用いた雌カイコは、自身の卵期に低温暗催青法で処理されており、休眠性カイコ系統でありながら非休眠卵を産下する。低温暗催青処理は、受精卵を15℃の低温下で発生させることにより実行した。休眠性のカイコ系統の一部は従来法の低温暗催青法で処理することにより得られた卵が非休眠性となることが、本発明者らによる特開2017-085958で立証されている。
【0068】
続いて、羽化した雌カイコを交配用の前記雄カイコと3時間交尾させた後、雌雄親が交尾した状態のまま直ちに冷蔵庫(4℃)に一晩保存し、その間、目的の核酸を導入するための準備を行った。
【0069】
マイクロインジェクション用の遺伝子組換え溶液は、HiSpeed Plasmid Midi Kit (Qiagen)によって調製した。マイクロインジェクションの準備ができた段階で、交尾済みの雌親カイコを冷蔵庫から取り出し、糊付き産卵台紙に産卵させてF1受精卵を回収した。
【0070】
産卵後0~2時間のF1受精卵を接着剤でスライドグラス上に固着させた後、目的の遺伝子としてpBac3xP3DsRed(160ng/μl)をトランスポゾン転移酵素mRNA(80ng/μl)及び同酵素Helper DNA(160ng/μl)と混合して、マイクロインジェクションにより導入した。マイクロインジェクション後の卵は、スライドグラスごと加湿状態で、25℃にて孵化するまでインキュベートした。その後、孵化したF1幼虫の数をカウントし、マイクロインジェクションした卵数(導入卵数)に対する孵化数から孵化率を算出した。
結果を表1に示す。
【0071】
【0072】
表中、実験区のY179とY180は、同一の方法で独立に実験を行った区である。休眠卵数と非休眠卵数のカッコ内の%は、導入卵数に対する比率を示す。また、孵化卵数のカッコ内の%は孵化率を示す。採卵蛾数は、孵化した個体を飼育した後、後述する(3)で採卵を行った雌成虫個体数を示す。TG卵含有蛾数は、採卵を行った雌成虫のうち遺伝子導入により形質転換した卵(TG卵:Transgenic卵)を包含する蛾数を示す。
【0073】
休眠性カイコ系統の雄個体と非休眠卵を産下する休眠性の雌個体を交配させて得られるF1卵では、約50%が非休眠卵となることが示された。また、受精卵の場合、遺伝子導入したF1卵の約40%という高い孵化率も確認された。この孵化率は、
図1Aに示す従来の方法における孵化率(14~18%)(Zabelina V. et al., 2018, J. Biotechnol. Biomaterials, 8:24;Zabelina V. et al., 2019, The 25th International Congress on Sericulture and Silk Industry(Proceeding), 2019, p93)と比較して、2~3倍高いことが明らかとなった。
【0074】
(2)F1個体の成育
各実験区で孵化したF1幼虫を、羽箒を用いて蚕座である容器内に移した。1~3齢の稚蚕幼虫時の飼育には、プラスチック製弁当箱(DX-HS8:222×143×35 mm;又はDX-HS20:256×189×35 mm;いずれも中央化学)を用いた。餌は、シルクメイト原種1~3齡S(日本農産工業)を防乾紙上に並べて与えた。餌の交換は、原則として1~2齢では各1回、3齢では1~3回行ったが、餌が不足した場合や乾燥した場合等は、適宜交換を行った。古い餌は食べ残しが多い場合には取り除いたが、僅かな場合にはそのままにして、新しい人工飼料を追加した。
【0075】
4~5齢の壮蚕幼虫時の飼育には、育苗箱園芸用2型(型番201206;三甲株式会社)内に蚕座紙(クラフト用紙)、防乾紙(パラフィン紙)又はその両方を重ねて敷いた容器を用いた。湿度や容器内の状態により、防乾紙、アクリル、又はメッシュのフタをした。4齢2日目以降に各容器内の頭数を調査し、容器の大きさに合わせて一容器あたり約80頭以下とした。餌は、稚カイコ幼虫期と同様、シルクメイト原種1~3齡M(日本農産工業)を短冊状に切るか切削して与えた。餌の交換は、食べ残しの量や餌の乾燥状態によって異なるが、原則として1日に1回行った。食べ残しが僅かな場合には、古い餌を取り除かずにそのまま新しい人工飼料を切削で追加した。飼育温度は、1~4齡は28℃、5齢は25℃とした。熟蚕となった5齢のカイコを上蔟(じょうぞく:幼虫を蔟[まぶし]に移すこと)して25℃下で、繭を作らせた後、繭を切開して蛹を取り出し、蛾箱(蛹や蛾を入れるボール紙製の箱)に入れて、羽化まで保護した。
【0076】
(3)F1雌個体からの未受精卵採取と単為発生誘導
羽化したF1雌個体から、自然産卵及び解剖によって未受精卵を採取した。
表1の実験区Y179より得られた形質転換卵含有雌成虫については、交尾をさせずに冷蔵庫(4℃)で1-7日間保存後、室温(25℃)に移して産卵台紙を付与し、未受精卵を産卵させた。
【0077】
一方、表1の実験区Y180より得られた形質転換卵含有雌成虫については、羽化後に尾部を切除して、未受精卵を含む卵巣の摘出を行った。摘出した卵巣を水に浸漬し、卵巣内に収納されていた卵管をほどいた。次に、得られた卵巣を目開きが0.5mm以下のメッシュのステンレスメッシュ上に配置し、水切りをした。ステンレスメッシュ上の卵巣を指で擦り、卵管組織と未受精卵を分離した。続いて、ステンレスメッシュに水をかけ流した。水に浮く卵管組織を除去し、容器底部に沈んだ未受精卵を回収した。この操作を数回繰り返すことで未受精卵のみを調製した。
【0078】
続いて、それぞれの実験区から得られた未受精卵を46℃の温湯に浸漬しながら18分間高温処理し、15℃の冷水で30分間冷却した後、風乾し、15℃で3日間保存をした。その後、未受精卵を比重1.11の塩酸に1時間浸漬して即時浸酸による人工孵化処理を行い25℃で催青した。
【0079】
(4)形質転換体(遺伝子組換え体)の選抜
F1未受精卵から単為発生したクローン第1世代(G1)より遺伝子導入によって形質転換したクローン(TGクローン:Transgenic clone)を選抜した。孵化した幼虫の飼育は、前記「(2)F1個体の成育」に準じた。遺伝子組換え体は、導入した3xP3DsRedの発現により、卵及び幼虫の単眼が赤色蛍光を呈する表現型を示す。結果を表2に示す。
【0080】
【0081】
表中の実験区Y179-1及びY180-2は、それぞれ表1に記載の実験区Y179及びY180より得られたTG卵含有単為発生第1世代(G1)である。TGクローン蛾数のカッコ内の%は調査蛾数におけるTGクローン蛾数の出現比率を示す。自然産卵及び解剖によるいずれの未受精卵採取方法でもTGクローンの出現比率は約3%であった。
以上の操作により、目的の遺伝子組換えクローンカイコを得た。
【0082】
(5)遺伝子組換えクローンカイコの系統化
(4)でそれぞれの実験区から得られた遺伝子組換えクローンカイコ第1世代(G1)の幼虫期において、遺伝子組換え体(TG幼虫)をスクリーニングした。結果を表3に示す。
【0083】
【0084】
TG採取蛾数は、TGクローン幼虫を成虫まで飼育した後、G2作製用の未受精卵を採取した雌蛾数を示す。
【0085】
それぞれの蛾区から採取したG1のTGクローン幼虫を成虫まで飼育し、雌個体から前記と同様の方法で未受精卵を採取して単為発生させることによって第2世代(G2)を得た。得られたG2の単為発生率と孵化率を表4に示す。
【0086】
【0087】
孵化したG2幼虫の一部を飼育し、導入遺伝子の発現を調べた結果、全ての個体で導入遺伝子の発現(赤色蛍光発現)が確認された。表5にその結果を示す。
【0088】
【0089】
表5で示すように単為発生個体では、導入遺伝子は安定して維持されることが示された。
続いて、上記と同様の方法でG2雌個体から未受精卵を採取し、発生した次の世代(G3)のカイコの単為発生率と孵化率を調べた。結果を表6に示す。
【0090】
【0091】
G3においてもG2とほとんど同じ単為発生率及び孵化率を示すことが示された。