(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-01-08
(45)【発行日】2025-01-17
(54)【発明の名称】金属皮膜の成膜装置、およびその成膜方法
(51)【国際特許分類】
C25D 17/00 20060101AFI20250109BHJP
C25D 21/12 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
C25D17/00 H
C25D21/12 Z
(21)【出願番号】P 2021203072
(22)【出願日】2021-12-15
【審査請求日】2024-03-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】黒田 圭児
(72)【発明者】
【氏名】近藤 春樹
(72)【発明者】
【氏名】岡本 和昭
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 功二
(72)【発明者】
【氏名】柳本 博
(72)【発明者】
【氏名】森 連太郎
【審査官】相田 元
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-076127(JP,A)
【文献】特開2019-099873(JP,A)
【文献】特開2019-157154(JP,A)
【文献】特開2018-154854(JP,A)
【文献】特開2000-192298(JP,A)
【文献】特開2018-145513(JP,A)
【文献】特開2021-006656(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 9/00- 9/12
C25D 13/00-21/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽極と、
前記陽極と基材との間に配置された固体電解質膜と、
前記基材を陰極として前記陽極と前記基材との間に電圧を印加する電源部と、
前記陽極と金属イオンを含む電解液とを収容し、前記基材の側に開口した開口部を前記固体電解質膜で覆った収容体と、
前記固体電解質膜を前記基材に接触させた状態で前記陽極と前記基材との間に電圧を印加し、前記固体電解質膜の内部に含有された前記金属イオンを還元することで、前記金属イオンに由来した金属皮膜を前記基材の表面に成膜する金属皮膜の成膜装置であって、
前記収容体に収容される前記電解液の温度が所定の温度になるように、前記電解液を加熱する加熱装置と、
前記収容体に収容された前記電解液を大気と入替える気液入替え装置と、をさらに備え、
前記収容体には、前記開口部の周縁部に沿って、前記固体電解質膜が取付けられた位置に、前記収容体から前記固体電解質膜へ向かう熱を断熱する断熱空間が形成されている、ことを特徴とする金属皮膜の成膜装置。
【請求項2】
前記断熱空間は、前記開口部を形成する前記収容体の端面に設けられた溝部の内部空間であり、前記固体電解質膜は、前記収容体の端面に取付けられ、前記断熱空間を封止している、ことを特徴とする請求項1に記載の金属皮膜の成膜装置。
【請求項3】
前記断熱空間は、大気圧よりも低い圧力に減圧されている、ことを特徴とする請求項2に記載の金属皮膜の成膜装置。
【請求項4】
前記成膜装置は、
前記基材が前記固体電解質膜に対向するように、前記収容体の下方において前記基材を保持する基台と、
前記固体電解質膜と前記基材が接離自在となるように、前記収容体及び前記基台の少なくともいずれか一方を昇降させる昇降装置と、
前記昇降装置及び前記気液入替え装置の動作を制御する制御装置と、を備え、
前記制御装置は、前記気液入替え装置の動作を制御することにより前記収容体の内部を前記電解液から前記大気に入替え、その後、前記昇降装置の動作を制御することにより前記固体電解質膜を前記基材から離間させる、ことを特徴とする請求項1から3までのいずれか一項に記載の金属皮膜の成膜装置。
【請求項5】
金属イオンを含む電解液と接触した固体電解質膜を基材に接触させた状態で、陽極と、陰極となる前記基材との間に電圧を印加し、前記固体電解質膜の内部に含有された前記金属イオンを還元することで、前記金属イオンに由来した金属皮膜を前記基材の表面に成膜する成膜方法であって、
収容体に形成された開口部を覆った前記固体電解質膜を、前記基材に接触させる工程と、
前記固体電解質膜を前記基材に接触させた状態、かつ、所定の温度に加熱された前記電解液を前記収容体に収容した状態で、前記陽極と前記基材との間に電圧を印加し、前記金属皮膜を成膜する工程と、
前記金属皮膜の成膜後、前記収容体に収容された前記電解液を大気と入替える工程と、を含み、
前記収容体として、前記開口部の周縁部に沿って、前記固体電解質膜が取付けられた位置に、前記収容体から前記固体電解質膜へ向かう熱を断熱する断熱空間が形成された収容体を用いる、ことを特徴とする金属皮膜の成膜方法。
【請求項6】
前記断熱空間は、前記開口部を形成する前記収容体の端面に設けられた溝部の内部空間であり、前記固体電解質膜は、前記収容体の端面に取付けられ、前記断熱空間を封止している、ことを特徴とする請求項5に記載の金属皮膜の成膜方法。
【請求項7】
前記断熱空間は、大気圧よりも低い圧力に減圧されている、ことを特徴とする請求項6に記載の金属皮膜の成膜方法。
【請求項8】
前記基材に接触させる工程において、前記基材が前記固体電解質膜に対向するように、前記収容体の下方に前記基材を配置し、
前記電解液を大気と入替える工程において、前記基材が前記固体電解質膜に接触した状態で、前記電解液を大気と入替え、
前記電解液を大気に入替えた後、前記固体電解質膜を前記基材の表面から離間させる、ことを特徴とする請求項5から7までのいずれか一項に記載の金属皮膜の成膜方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の表面に金属皮膜を成膜する成膜装置、およびその成膜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、基材の表面に金属を析出させて金属皮膜を成膜することが行われている(例えば、特許文献1)。特許文献1には、陽極と、陽極と陰極となる基材との間に配置される固体電解質膜(以下、電解質膜ともいう)と、陽極と基材との間に電圧を印加する電源部と、陽極と電解質膜との間に、金属イオンを含む電解液を収容する収容体と、を備える金属皮膜の成膜装置が記載されている。
【0003】
この成膜装置では、電解質膜を基材に接触させた状態で、電源部を用いて、陽極と基材との間に電圧が印加される。これにより、電解質膜に含有された金属イオンは、電解質膜に接触した基材の表面に移動し、この基材の表面で還元される。この結果、基材の表面に金属が析出され、金属皮膜が成膜される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記成膜装置では、成膜速度を高めるため、加熱された電解液で金属皮膜を成膜することがある。この場合、加熱された電解液は、収容体に収容されるため、電解液の熱は、収容体と電解質膜に伝達し、収容体と電解質膜は加熱される。
【0006】
金属皮膜の成膜が終了した後、収容体の電解液を大気に入替えることがある。しかしながら、この際、電解質膜に付着した電解液が、電解質膜の熱により、収容体内の大気等に蒸発する。特に、収容体に蓄熱された熱は、電解質膜に伝達され続けるため、電解液の蒸発が継続して助長され、電解質膜が乾燥状態になる。このような乾燥に起因して、電解質膜の内部や表面にめっき成分(例えば硫酸銅など)が析出することがある。めっき成分が電解質膜に析出した状態で、電源部を用いて陽極と基材との間に電圧が印加されると、成膜した金属皮膜にピットやピンホールが生じることがある。
【0007】
本発明は、このような点に鑑みてなされたものであり、その目的は、電解質膜に付着した電解液の蒸発を抑制することにより、成膜品質の向上を図る金属皮膜の成膜装置、およびその成膜方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を鑑みて、本発明に係る金属皮膜の成膜装置は、陽極と、前記陽極と基材との間に配置された固体電解質膜と、前記基材を陰極として前記陽極と前記基材との間に電圧を印加する電源部と、前記陽極と金属イオンを含む電解液とを収容し、前記基材の側に開口した開口部を前記固体電解質膜で覆った収容体と、前記固体電解質膜を前記基材に接触させた状態で前記陽極と前記基材との間に電圧を印加し、前記固体電解質膜の内部に含有された前記金属イオンを還元することで、前記金属イオンに由来した金属皮膜を前記基材の表面に成膜する金属皮膜の成膜装置であって、前記収容体に収容される前記電解液の温度が所定の温度になるように、前記電解液を加熱する加熱装置と、前記収容体に収容された前記電解液を大気と入替える気液入替え装置と、をさらに備え、前記収容体には、前記開口部の周縁部に沿って、前記固体電解質膜が取付けられた位置に、前記収容体から前記固体電解質膜へ向かう熱を断熱する断熱空間が形成されている、ことを特徴とする。
【0009】
本発明に係る成膜装置では、加熱装置により所定の温度に加熱された電解液が収容体に収容されるので、電解液の熱は、電解質膜及び収容体に伝達し、これらが加熱される。たとえば、成膜終了後などには、当該成膜装置では、気液入替え装置によって、収容体に収容された電解液は大気と入替えられる。収容体の電解液を大気と入替えた際、電解液から伝達された熱が収容体に蓄熱されていたとしても、上記断熱空間により、収容体から電解質膜へ向かう熱を断熱することができるので、電解質膜は収容体からの熱で加熱され難い。特に、電解液の熱は収容空間の壁面全体に伝達されるが、断熱空間が開口部の周縁部に沿って形成されているため、たとえば周縁部の一部から局所的に電解質膜に熱が伝達されることを抑制することができる。このため、周縁部に接触した電解質膜を、均一に断熱することができる。よって、電解質膜に付着した電解液の大気等への蒸発が抑制され、電解質膜の乾燥が生じにくくなる。このため、電解質膜の内部や表面での金属成分の析出が抑制される。したがって、成膜した金属皮膜にピットやピンホールが生じることを回避し、成膜品質を向上させることができる。
【0010】
好ましい態様としては、前記断熱空間は、前記開口部を形成する前記収容体の端面に設けられた溝部の内部空間であり、前記固体電解質膜は、前記収容体の端面に取付けられ、前記断熱空間を封止している。
【0011】
この態様によれば、電解質膜は、収容体の端面に取付けられ、断熱空間を封止している。このため、収容体に対し、電解質膜を安定して取付けることができる。このように、収容体への電解質膜の取付けの安定性を向上させるとともに、収容体から電解質膜への断熱性を向上させることができる。
【0012】
好ましい態様としては、前記断熱空間は、大気圧よりも低い圧力に減圧されている。減圧された空間は、減圧されていないものに比べて、断熱性が高い空間であるので、当該断熱空間により、収容体から電解質膜への熱の伝達を、より一層抑えることができる。
【0013】
好ましい態様としては、前記成膜装置は、前記基材が前記固体電解質膜に対向するように、前記収容体の下方において前記基材を保持する基台と、前記固体電解質膜と前記基材が接離自在となるように、前記収容体及び前記基台の少なくともいずれか一方を昇降させる昇降装置と、前記昇降装置及び前記気液入替え装置の動作を制御する制御装置と、を備え、前記制御装置は、前記気液入替え装置の動作を制御することにより前記収容体の内部を前記電解液から前記大気に入替え、その後、前記昇降装置の動作を制御することにより前記固体電解質膜を前記基材から離間させる。
【0014】
この態様によれば、収容体の内部の電解液が大気に入替えられた後、電解質膜が基材から離間する。このため、収容体が基台に対し離間した場合には、電解液の重量による電解質膜の変形は生じ難い。このため、電解質膜の変形を回避するとともに、収容体の内部に大気が導入された際の電解質膜の乾燥を回避することができる。よって、より均質な成膜を実現することができるので、成膜品質をさらに向上させることができる。
【0015】
本願では、金属皮膜を好適に成膜することができる成膜方法をさらに開示する。本発明に係る金属皮膜の成膜方法は、金属イオンを含む電解液と接触した固体電解質膜を基材に接触させた状態で、陽極と、陰極となる前記基材との間に電圧を印加し、前記固体電解質膜の内部に含有された前記金属イオンを還元することで、前記金属イオンに由来した金属皮膜を前記基材の表面に成膜する成膜方法であって、収容体に形成された開口部を覆った前記固体電解質膜を、前記基材に接触させる工程と、前記固体電解質膜を前記基材に接触させた状態、かつ、所定の温度に加熱された前記電解液を前記収容体に収容した状態で、前記陽極と前記基材との間に電圧を印加し、前記金属皮膜を成膜する工程と、前記金属皮膜の成膜後、前記収容体に収容された前記電解液を大気と入替える工程と、を含み、前記収容体として、前記開口部の周縁部に沿って、前記固体電解質膜が取付けられた位置に、前記収容体から前記固体電解質膜へ向かう熱を断熱する断熱空間が形成された収容体を用いる、ことを特徴とする。
【0016】
本発明に係る成膜方法では、金属皮膜の成膜前から、所定の温度に加熱された電解液が収容体に収容されるので、電解液の熱は、電解質膜及び収容体に伝達し、これらは加熱される。金属皮膜の成膜後には、収容体に収容された電解液が大気に入替えられる。電解液と大気の入替え後、さらに、収容体に電解液を供給し、上述した一連の工程により複数の金属皮膜を成膜する場合であっても、収容体に大気が導入された状態において収容体から電解質膜へ向かう熱を、上記断熱空間により断熱することができる。このため、電解質膜は収容体からの熱で加熱され難い。特に、上述した一連の工程を繰り返す中で、電解液の熱は収容空間の壁面全体に蓄熱されるが、断熱空間が開口部の周縁部に沿って形成されているため、たとえば周縁部の一部から局所的に電解質膜に熱が伝達されることを抑制することができる。このため、周縁部に接触した電解質膜を、均一に断熱することができる。よって、電解質膜に付着した電解液の大気等への蒸発が抑制され、電解質膜の乾燥が生じにくくなる。このため、電解質膜の内部や表面での金属成分の析出が抑制される。したがって、成膜した金属皮膜にピットやピンホールが生じることを回避し、成膜品質を向上させることができる。
【0017】
好ましい態様としては、前記断熱空間は、前記開口部を形成する前記収容体の端面に設けられた溝部の内部空間であり、前記固体電解質膜は、前記収容体の端面に取付けられ、前記断熱空間を封止している。
【0018】
この態様によれば、電解質膜は、収容体の端面に取付けられ、断熱空間を封止している。このため、収容体に対し、電解質膜を安定して取付けることができる。このように、収容体への電解質膜の取付けの安定性を向上させるとともに、収容体から電解質膜への断熱性を向上させることができる。
【0019】
好ましい態様としては、前記断熱空間は、大気圧よりも低い圧力に減圧されている。減圧された空間は、減圧されていないものに比べて、断熱性が高い空間であるので、当該断熱空間により、収容体から電解質膜への熱の伝達を、より一層抑えることができる。
【0020】
好ましい態様としては、前記基材に接触させる工程において、前記基材が前記固体電解質膜に対向するように、前記収容体の下方に前記基材を配置し、前記電解液を大気と入替える工程において、前記基材が前記固体電解質膜に接触した状態で、前記電解液を大気と入替え、前記電解液を大気に入替えた後、前記固体電解質膜を前記基材の表面から離間させる。
【0021】
この態様によれば、収容体の内部の電解液が大気に入替えられた後、電解質膜が基材から離間する。このため、収容体が基台に対し離間した場合には、電解液の重量による固体電解質膜の変形は生じ難い。このため、電解質膜の変形を回避するとともに、収容体の内部に大気が導入された際の電解質膜の乾燥を回避することができる。よって、より均質な成膜を実現することができるので、成膜品質をさらに向上させることができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、固体電解質膜に付着した電解液の蒸発を抑制することにより、成膜品質を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の実施形態に係る金属皮膜の成膜装置の模式的断面図である。
【
図2】
図1の成膜装置において、電解液が注入された状態を示すものである。
【
図3】
図1の成膜装置において、基台の側から見た収容体を示す図である。
【
図4】
図1の成膜装置による成膜方法を説明するフローチャートである。
【
図5】本発明の実施形態に係る成膜装置の変形例1を示す模式的断面図である。
【
図6】本発明の実施形態に係る成膜装置の変形例2を示す模式的断面図である。
【
図7】本発明の実施形態に係る成膜装置の変形例3を示す模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を用いて、本発明の実施形態に係る金属皮膜の成膜装置について説明する。
【0025】
図1は、本発明の実施形態に係る金属皮膜の成膜装置1Aの模式的断面図である。
図2は、
図1の成膜装置1Aにおいて、電解液Lが注入された状態を示すものである。
図3は、
図1の成膜装置1Aにおいて、基台20の側から見た収容体15を示す図である。
【0026】
図1から
図3に示すように、成膜装置1Aは、陽極11と、陽極11と基材Bとの間に配置された固体電解質膜(以下、電解質膜ともいう)13と、基材Bを陰極として陽極11と基材Bとの間に電圧を印加する電源部14と、を備える。成膜装置1Aは、収容体15をさらに備える。収容体15は、陽極11と金属イオンを含む電解液Lとを収容し、収容体15の開口部15hは、固体電解質膜13で覆われている。
【0027】
図2に示すように、成膜装置1Aは、電解質膜13を基材Bに接触させた状態で陽極11と基材Bとの間に電圧を印加し、電解質膜13の内部に含有された金属イオンを還元することで、金属イオンに由来した金属皮膜Fを基材Bの表面B1に成膜する装置である。なお、本実施形態では、説明の便宜上、陽極11の下方に電解質膜13を配置し、さらにその下方に基材Bを配置することを前提として、成膜装置1Aの構成部材の位置関係を特定する。しかしながら、基材Bの表面B1に金属皮膜Fを成膜することができるのであれば、この位置関係に限定されるものではなく、たとえば、
図1の成膜装置1Aの上下が反転していてもよい。
【0028】
基材Bは、陰極(すなわち導電性を有した表面)として機能するものであればよい。基材Bは、銅、銀、金、ニッケル、アルミニウム、鉄等の金属材料からなってもよく、樹脂、セラミックス等の表面に、銅などの金属層が被覆されてもよい。成膜装置1Aは、基材Bが電解質膜13に対向するように、収容体15の下方において基材Bを保持する基台20をさらに備える。基材Bは、電源部14の負極に電気的に接続される。
【0029】
陽極11は、基材Bの成膜領域に応じた形状となっている。基材Bの成膜領域とは、陽極11と対向する基材Bの表面B1の部分を意味する。陽極11は、金属皮膜Fと同じ金属からなる。陽極11は、非多孔質(たとえば無孔質)でもよいし、多孔質でもよい。また、陽極11は、ブロック状または平板状であってもよいし、金属製のボール状であってもよい。陽極11の材料としては、例えば、銅、ニッケル、金、または、銀などを挙げることができる。陽極11は、電解液Lに対して可溶性を有してもよい。つまり、電源部14を用いて電圧を印加することにより陽極11が溶解してもよい。しかし、金属イオンを含む電解液Lのみで成膜するのであれば、陽極11は溶解しなくてもよい。陽極11は、電源部14の正極に電気的に接続される。
【0030】
電解液Lは、成膜すべき金属皮膜Fの金属をイオンの状態で含有している液であり、その金属としては、銅、ニッケル、金、または、銀などを挙げることができる。電解液Lは、これらの金属を、硝酸、リン酸、コハク酸、硫酸、またはピロリン酸などの酸で溶解(イオン化)した水溶液である。たとえば金属が銅の場合には、電解液Lとしては、硫酸銅、ピロリン酸銅などを含む水溶液を挙げることができる。
【0031】
電解質膜13は、電解液Lに接触させることにより、金属イオンを内部に含浸(含有)することが可能となる膜であり、可撓性を有する膜である。電解質膜13は、電源部14により電圧を印加したときに基材Bにおいて金属イオンが還元され、金属イオン由来の金属が析出することができるのであれば、特に限定されるものではない。電解質膜13の材質としては、たとえばデュポン社製のナフィオン(登録商標)などのフッ素系樹脂、炭化水素系樹脂、ポリアミック酸樹脂、旭硝子社製のセレミオン(CMV、CMD、CMFシリーズ)などのイオン交換機能を有した樹脂を挙げることができる。
図1、
図2に示すように、電解質膜13は、収容体15に取付けられた状態で、基材Bの成膜領域と対向する膜中央部13aと、膜中央部13aの外側に位置する膜外側部13bとを含む。
【0032】
図1及び
図3に示すように、収容体15は、基台20の側に開口部15hが形成された筐体である。収容体15は、筐体の底部に相当する中央壁部15eと、中央壁部15eの周縁から基台20の側に延在した側壁部15fとを有する。中央壁部15eと側壁部15fとにより囲われた空間が、陽極11及び電解液Lを収容する収容空間15dとなっている。陽極11は、中央壁部15eに取付けられており、中央壁部15eには、後述する直動アクチュエータ70のロッド72の先端が固着されている。側壁部15fの端面15gは、基材Bの側に開口した開口部15hを形成する枠状の端面であり、電解質膜13に対向した収容体15の端面である。陽極11と電解質膜13とは、互いに離間して収容体15に取付けられ、これらの間の収容空間15dに電解液Lが充填される。このように、収容体15は、収容空間15dに収容された電解液Lが、陽極11および電解質膜13に直接接触する構造となっている。収容体15は、電解液Lに対して不溶性の材料からなる。
【0033】
図3に示すように、収容体15において、開口部15hの周縁には周縁部15aが形成されている。なお、周縁部15aは、側壁部15fの内側における開口部15hの側の一部、及び、端面15gにおける開口部15hの側の一部、を含む部分である。側壁部15fの端面15gには、開口部15hの周縁部15aに沿って、溝部40が形成されている。溝部40は、開口部15hを周回するように形成されている。溝部40は、連続的に形成されてもよいし(
図3)、断続的に形成されてもよい。溝部40は、端面15gから、電解質膜13とは反対方向に凹んで形成されている。具体的には、溝部40は、電解質膜13と対向する底壁面44と、底壁面44から電解質膜13の側へ伸びる一対の側壁面46とを含む。溝部40の内部空間48は、底壁面44及び一対の側壁面46によって形成される。溝部40は、電解質膜13の側、即ち底壁面44と対向する側において溝開口部42を有する。溝部40は、収容体15の端面15gに、例えば機械加工することにより、成形することができるものであり、本実施形態では、溝部40は、機械的な剛性のある収容体15に形成されたものである。このため、たとえば、収容体15が基台20に当接した際に、溝部40は変形しない。
【0034】
電解質膜13は、膜外側部13bにおいて、端面15gに取付けられ、溝部40の内部空間48を封止している。つまり、電解質膜13は、収容体15の開口部15hを膜中央部13aで覆うとともに、溝部40の溝開口部42を膜外側部13bで覆っている。溝部40の内部空間48は、収容体15から電解質膜13へ向かう熱を断熱する断熱空間であり、電解質膜13が、溝部40の溝開口部42を覆うことから、この断熱空間は、電解質膜13が取付けられた位置(具体的には、端面15gの位置)に形成される。なお、
図1及び
図2には、矩形の断面を有する溝部40が示されている。しかし、溝部40の断面形状は矩形に限定されるものではなく、たとえば溝部40は、一対の側壁面46が底壁面44から電解質膜13へ向かって互いに離間するように形成されてもよいし、互いに接近するように形成されてもよい。このように、溝部40によって内部空間48が形成されるため、この内部空間48により、収容体15から電解質膜13へ向かう熱が断熱される。また、収容体15の端面15gに、電解質膜13を安定して取付けることができる。
【0035】
好ましくは、内部空間48は、大気圧よりも低い圧力に減圧されている。この減圧された内部空間48により、収容体15から電解質膜13への熱の伝達を、より一層抑えることができる。
【0036】
なお、端面15gには、必要に応じて、周縁部15aに沿ってシール材がさらに設けられていてもよい。シール材は、たとえば、収容体15が基台20に当接した際に、変形するようなゴムまたは樹脂などの弾性材料からなる封止材である。シール材は、たとえば、端面15gのうち、開口部15hに隣接する側に設けられてもよい。
【0037】
収容体15の側壁部15fには、電解液Lを収容空間15dに供給する供給流路15bと、電解液Lを収容空間15dから排出する排出流路15cが形成されている。供給流路15bと排出流路15cとは、いずれも収容空間15dに連通しており、これらは、収容空間15dを挟んで形成されている。供給流路15bおよび排出流路15cは、側壁部15fの外面から、収容空間15dを形成する内壁面に進むに従って、電解質膜13に近づくように、側壁部15fが延在する方向(即ち側壁部15fの厚み方向)に対して、傾斜している。供給流路15b及び排出流路15cはそれぞれ、後述する液供給管50及び液排出管52に流体的に接続されている。
【0038】
図1及び
図2に示すように、成膜装置1Aは、電解質膜13と基材Bが接離自在となるように、収容体15及び基台20の少なくともいずれか一方を昇降させる直動アクチュエータ70(昇降装置)を備える。本実施形態では、基台20が固定されており、収容体15が直動アクチュエータ70により昇降する。直動アクチュエータ70は、電動式のアクチェータであり、たとえば、モータ(図示せず)が取付けられたガイド71と、このガイド71に対して直動するロッド72と、を含む。ロッド72は、たとえばボールねじ等(図示せず)によって、モータの回転運動が直動運動に変換されるものである。この直動アクチュエータ70により、基台20に対して収容体15を昇降させて、電解質膜13を基材Bに接離させることが可能になる。なお、直動アクチュエータ70は基台20の下部に設けられてもよい。この場合、基台20を昇降させて、電解質膜13に基材Bを接離させることが可能になる。
【0039】
次いで、成膜装置1Aに電解液Lを循環させるための機構について説明する。
図1に示すように、成膜装置1Aは、収容体15に接続され、収容体15へ供給される電解液Lを貯蔵する液タンクTを備える。液タンクTの電解液Lは、後述するポンプPにより吸引され、液供給管50を介して収容体15に供給される。また、成膜時に使用された電解液Lは、液排出管52を介して収容体15から液タンクTに排出される。また、液タンクTの内面には、液面センサ92が取付けられている。液面センサ92は、液タンクTの内部の電解液Lの高さを連続値(たとえば0%~100%)で計測し、この計測値を後述する制御装置90へ送信する。液面センサ92としては、たとえば、超音波式、圧力式などが挙げられるが、液タンクTの電解液Lの高さを計測することができれば、これらに限定されるものではない。
【0040】
また、成膜装置1Aは、収容体15に収容される電解液Lの温度が所定の温度になるように、電解液Lを加熱する加熱装置30を備える。加熱装置30は、電解液Lを30℃~90℃程度に加熱する。加熱装置30は、たとえば抵抗加熱による発熱部を有するものであってよい。加熱装置30は、たとえば発熱部が電解液Lに浸漬され、電解液Lを直接加熱するものであってもよいし、発熱部が液タンクTの外側に取付けられ、液タンクTを介して電解液Lを加熱するものでもよい。また、加熱装置30は、液供給管50に取付けられてもよいし、収容体15に内蔵されてもよい。たとえば、加熱装置30は、収容体15の側壁部15fに内蔵されてもよい。
【0041】
液供給管50には、液タンクTから収容体15へ電解液Lを供給するポンプPが設けられている。本実施形態では、ポンプPは、正回転及び逆回転可能に構成されたものである。ポンプPが正回転することにより、液タンクTから液供給管50内に電解液Lが吸引され、その電解液Lが、収容体15の収容空間15dに圧送される。他方、ポンプPが逆回転するとき、液供給管50を通じて収容体15から液タンクTに電解液Lが戻される。ポンプPを用いた、収容体15における電解液Lと大気との入替えについては後述する。
【0042】
液排出管52には、電解液Lの流れ方向を切換える三方弁60が設けられている。具体的には、三方弁60は、液排出管52を通って収容体15から液タンクTへ向かう電解液Lの流れ方向D1と、大気導入管62及び液排出管52を通って、外部から収容体15へ向かう大気の流れ方向D2と、を切換える(
図1参照)。また、液排出管52には、上記流れ方向D1において、三方弁60の下流側に、圧力調整弁58が介在されており、これにより、収容空間15dに収容された電解液Lの圧力(液圧)が所定の圧力を超えることが防止される。ポンプPを連続して正回転することにより、液タンクTの電解液Lは、収容体15の収容空間15dに連続して供給され、収容空間15dの電解液Lは、圧力調整弁58により、一定の圧力に保持される。
【0043】
次いで、収容体15に収容された電解液Lを大気と入替えるための機構について説明する。成膜装置1Aは、収容体15に収容された電解液Lを大気と入替える気液入替え装置80を備える。気液入替え装置80は、収容体15の収容空間15dを電解液Lから大気に入替えることにより、収容体15に収容された電解液Lを液タンクTに戻す。気液入替え装置80は、ポンプP及び三方弁60を含んでよい。本実施形態では、ポンプPが気液入替え装置80の構成要素である場合を説明する。ポンプPを逆回転させることにより、収容体15から液供給管50に電解液Lが吸引され、その電解液Lが液タンクTに圧送される。このとき、外部から収容体15へ向かう大気の流れ方向D2を形成するように三方弁60が切換えられるので、ポンプPが逆回転を続けると、大気導入管62、液排出管52、排出流路15cを通じて、収容体15の収容空間15dに大気が導入される。このように、気液入替え装置80は、ポンプPの逆回転、及び三方弁60の切換えにより、収容空間15dに収容された電解液Lを大気に入替える。
【0044】
図1、
図2に示すように、成膜装置1Aは、直動アクチュエータ70及び気液入替え装置80の動作を制御する制御装置90を備える。制御装置90は、成膜装置1Aの動作を総合的に制御するものであり、有線又は無線により、成膜装置1Aの各構成要素との間で情報の送受信を実施することができる。たとえば、制御装置90は、液面センサ92から送信された電解液Lの高さに関する信号、ガイド71に対するロッド72のストローク量に関する信号、ポンプPの回転数や回転方向に関する情報などを送受信してもよい。制御装置90は、その一機能として、気液入替え装置80の動作を制御する機能を有する。制御装置90は、気液入替え装置80の動作を制御することにより収容体15の内部を電解液Lから大気に入替える。具体的には、制御装置90は、ポンプPを逆回転させるようにその回転方向を制御するとともに、収容空間15dに大気を導入するように三方弁60の切換えを制御する。
【0045】
また、制御装置90は、その一機能として、直動アクチュエータ70の動作を制御する機能を有する。制御装置90は、収容体15の内部を電解液Lから大気に入替えた後、直動アクチュエータ70の動作を制御することにより電解質膜13を基材Bから離間させる。具体的には、制御装置90は、収容体15を基台20から離間させるように、直動アクチュエータ70のロッド72の移動方向を制御する。このように、制御装置90は、収容体15の内部の電解液Lが大気に入替えられた後、電解質膜13が基材Bから離間させる。このため、収容体15が基台20に対し離間した場合には、電解液Lの重量による電解質膜13の変形は生じ難い。このため、電解質膜13の変形を回避するとともに、収容体15の内部に大気が導入された際の電解質膜13の乾燥を回避することができる。よって、より均質な成膜を実現することができるので、成膜品質をさらに向上させることができる。ここでは、制御装置90の一機能を説明したが、制御装置90を用いた成膜装置1A全体の動作制御については、後述する。後述する成膜方法に含まれる各工程(S100~S180)は、制御装置90が、成膜装置1Aの各構成要素の動作を制御することにより、実現される。
【0046】
本実施形態に係る成膜装置1Aでは、加熱装置30により所定の温度に加熱された電解液Lが収容体15に収容されるので、電解液Lの熱は、電解質膜13及び収容体15に伝達し、これらが加熱される。たとえば、成膜終了後などには、当該成膜装置1Aでは、気液入替え装置80によって、収容体15に収容された電解液Lは大気と入替えられる。収容体15の電解液Lを大気と入替えた際、電解液Lから伝達された熱が収容体15に蓄熱されていたとしても、溝部40の内部空間48により、収容体15から電解質膜13へ向かう熱を断熱することができるので、電解質膜13は収容体15からの熱で加熱され難い。よって、電解質膜13に付着した電解液Lの大気等への蒸発が抑制され、電解質膜13の乾燥が生じにくくなる。このため、電解質膜13の内部や表面での金属成分の析出が抑制される。したがって、成膜した金属皮膜Fにピットやピンホールが生じることを回避し、成膜品質を向上させることができる。
【0047】
特に、電解液Lの熱は収容空間15dの壁面全体に伝達されるが、開口部15hの周縁部15aに沿って溝部40が連続的に形成されている場合、たとえば周縁部15aの一部から局所的に電解質膜13に熱が伝達されることを抑制することができる。このため、周縁部15aに接触した電解質膜13を、均一に断熱することができる。
【0048】
次いで、本実施形態に係る成膜装置1Aを用いた成膜方法を説明する。
図4は、
図1の成膜装置1Aによる成膜方法を説明するフローチャートである。本実施形態に係る成膜方法は、金属イオンを含む電解液Lと接触した電解質膜13を基材Bに接触させた状態で、陽極11と、陰極となる基材Bとの間に電圧を印加し、電解質膜13の内部に含有された金属イオンを還元することで、金属イオンに由来した金属皮膜Fを基材Bの表面B1に成膜するものである。
【0049】
本実施形態に係る成膜方法では、まず、成膜前の前提として、上述した収容体15を用いる。収容体15には、開口部15hの周縁部15aに沿って、電解質膜13が取付けられた位置に、溝部40が形成されている。溝部40の内部空間48は、開口部15hを形成する収容体15の端面15gに設けられる。この端面15gには、電解質膜13が取付けられ、内部空間48を封止している。当該内部空間48は、収容体15から電解質膜13へ向かう熱を断熱する断熱空間である。この内部空間48により、収容体15から電解質膜13へ向かう熱が断熱される。また、収容体15の端面15gに、電解質膜13を安定して取付けることができる。好ましくは、内部空間48は、大気圧よりも低い圧力に減圧されている。この減圧された内部空間48により、収容体15から電解質膜13への熱の伝達を、より一層抑えることができる。
【0050】
本成膜方法では、電解質膜13を基材Bに接触させる工程(S100、S110)を実施する。S100では、制御装置90は、図示しない搬送装置等を制御し、基材Bが電解質膜13に対向するように、収容体15の下方に配置された基台20に基材Bを保持する。
【0051】
S110では、制御装置90は、直動アクチュエータ70に対しロッド72を伸長させる信号を送信し、ガイド71に対しロッド72を下方へ移動させる。これにより、収容体15が下降し、電解質膜13を基材Bの表面B1に接触させる。
【0052】
次いで、本成膜方法では、金属皮膜を成膜する工程(S120~S140)を実施する。この工程では、電解質膜13を基材Bに接触させた状態、かつ、所定の温度に加熱された電解液Lを収容体15に収容した状態で、陽極11と基材Bとの間に電圧を印加する。後述するように、本実施形態では、S110の工程を実施した後、S130の工程において電解液Lを収容体15に収容する場合を説明する。この場合、電解液Lの重量による電解質膜13の変形を回避できるので好ましい。しかし、電解質膜13の変形が抑制されるのであれば、たとえばS120及びS130の工程を実施し、その後、S110の工程を実施してもよい。
【0053】
S120では、制御装置90は、三方弁60に対し所定の弁切換信号を送信し、電解液Lの流れ方向D1を形成するように、三方弁60の切換えを実施する。この結果、液タンクTから収容体15へ電解液Lを流すことができる。
【0054】
S130では、制御装置90は、ポンプPに対し所定の駆動信号を送信し、電解液Lを貯蔵する液タンクTから収容体15の収容空間15dに所定の温度に加熱された電解液Lを収容するように、ポンプPを正回転させる。この結果、電解液Lが、液供給管50を通じて収容体15に収容される。この際、ポンプPを連続して正回転することで、電解液Lが収容体15に連続して供給され、収容体15の内部の電解液Lは、圧力調整弁58により一定の圧力に保持される。
【0055】
S140では、制御装置90は、電解質膜13を基材Bの表面B1に接触させた状態で、電源部14を制御することにより陽極11と基材Bとの間に電圧を一定時間印加し、金属皮膜Fを成膜する。これにより、固体電解質膜13に含有された金属イオンは、基材Bに移動して、その表面B1で還元される。この結果、基材Bの表面B1に金属が析出し、基材Bの表面B1に一定の膜厚の金属皮膜Fが成膜される。
【0056】
次いで、本成膜方法では、金属皮膜Fの成膜後、収容体15に収容された電解液Lを大気と入替える工程(S150、S160)を実施する。S150では、基材Bが電解質膜13に接触した状態で、電解液Lを大気と入替える。制御装置90は、ポンプPが逆回転するように、ポンプPに対し所定の駆動信号を送信するとともに、液面センサ92から、液タンクT内における電解液Lの高さに関する信号を受信する。制御装置90は、電解液Lが全て液タンクTに回収されるまで(液タンクT内の電解液Lの高さが所定の高さになったと判断されるまで)、ポンプPの逆回転を続ける。次いで、S160では、制御装置90は、三方弁60に対し所定の弁切換信号を一定時間送信し、大気の流れ方向D2を形成するように、三方弁60の切換えを実施する。制御装置90は、導入される大気の量(単位時間当たりの吸気量×時間)が、収容体15の収容空間15dの容量となるまで、三方弁60の切換えを継続する。
【0057】
本成膜方法では、電解液Lを大気に入替えた後(S150、S160)、電解質膜13を基材Bの表面B1から離間させる(S170)。制御装置90は、直動アクチュエータ70に対しロッド72を戻すための信号を送信する。この結果、ガイド71に対しロッド72が上方へ移動し、収容体15が上昇する。このように、収容体15の内部の電解液Lが大気に入替えられた後、電解質膜13が基材Bから離間するため、収容体15が基台20に対し離間した場合には、電解液Lの重量による電解質膜13の変形は生じ難い。このため、電解質膜13の変形を回避するとともに、収容体15の内部に大気が導入された際の電解質膜13の乾燥を回避することができる。よって、より均質な成膜を実現することができるので、成膜品質をさらに向上させることができる。
【0058】
最後に、本成膜方法では、基台20から基材Bを取外す工程(S180)を実施する。制御装置90は、図示しない搬送装置等を制御し、基台20から基材Bを取外す。以上のようにして、本成膜方法は終了し、制御装置90を用いた成膜装置1Aの一連の制御は、スタートに戻る。なお、上記成膜方法は、全工程を制御装置90により実施されるものでなくてもよく、少なくとも一部の工程を手動により実施してもよい。
【0059】
本実施形態に係る成膜方法では、金属皮膜Fの成膜前から、所定の温度に加熱された電解液Lが収容体15に収容されるので、電解液Lの熱は、電解質膜13及び収容体15に伝達し、これらは加熱される。金属皮膜Fの成膜後には、収容体15に収容された電解液Lが大気に入替えられる。電解液Lと大気の入替え後、さらに、収容体15に電解液Lを供給し、上述した一連の工程により複数の金属皮膜Fを成膜する場合であっても、収容体15に大気が導入された状態において収容体15から電解質膜13へ向かう熱を、溝部40の内部空間48により断熱することができる。このため、電解質膜13は収容体15からの熱で加熱され難い。
【0060】
特に、上述した一連の工程を繰り返す中で、電解液Lの熱は収容空間15dの壁面全体に蓄熱されやすいが、溝部40の内部空間48が開口部15hの周縁部15aに沿って形成されているため、たとえば周縁部15aの一部から局所的に電解質膜13に熱が伝達されることを抑制することができる。このため、周縁部15aに接触した電解質膜13を、均一に断熱することができる。よって、電解質膜13に付着した電解液Lの大気等への蒸発が抑制され、電解質膜13の乾燥が生じにくくなる。このため、電解質膜13の内部や表面での金属成分の析出が抑制される。したがって、成膜した金属皮膜Fにピットやピンホールが生じることを回避し、成膜品質を向上させることができる。
【0061】
<変形例1>
図5は、本発明の実施形態に係る成膜装置1Aの変形例1を示す模式的断面図である。変形例1に係る成膜装置1Bは、上記実施形態に係る成膜装置1Aに対して、溝部40の数、即ち内部空間48の数が異なる。以下、上記実施形態に係る成膜装置1Aと同じ又は類似する機能を有する構成については、当該実施形態に係る成膜装置1Aと同一の符号を付してその説明を省略し、異なる部分について説明する。なお、成膜装置1Bは、成膜装置1Aと同様に、電解液Lを循環させる機構(液タンクT、ポンプPなど)、収容体15を昇降させる機構(直動アクチュエータ70)、制御装置90など他の構成要素を備えるものである。
【0062】
図5に示すように、収容体15の端面15gには複数の溝部40が形成されている。溝部40の各々により、側壁部15fの端面15gには、複数の内部空間48が形成される。溝部40はそれぞれ、開口部15hを包囲するように互いに間隔を空けて延在する。このため、1つの溝部40が形成されている場合よりも、電解質膜13は、端面15gに、より多くの部分で取付けられる。このように、複数の溝部40が開口部15hを包囲するように互いに間隔を空けて形成されているため、収容体15における電解質膜13の取付け位置を増やすことができる。よって、収容体15に電解質膜13を安定して取付けることができる。
【0063】
<変形例2>
図6は、本発明の実施形態に係る成膜装置1Aの変形例2を示す模式的断面図である。変形例2に係る成膜装置1Cは、上記実施形態に係る成膜装置1Aに対して、溝部40に断熱材100が収容されている点で異なる。以下、上記実施形態に係る成膜装置1Aと同じ又は類似する機能を有する構成については、当該実施形態に係る成膜装置1Aと同一の符号を付してその説明を省略し、異なる部分について説明する。なお、成膜装置1Cは、成膜装置1Aと同様に、電解液Lを循環させる機構(液タンクT、ポンプPなど)、収容体15を昇降させる機構(直動アクチュエータ70)、制御装置90など他の構成要素を備えるものである。
【0064】
図6に示すように、変形例2に係る成膜装置1Cは、溝部40の内部空間48に収容された断熱材100を含む。断熱材100としては、たとえば、発泡系断熱材、繊維系断熱材、エアロゲルなどを挙げることができる。断熱材100は、溝部40に対応する形状を有し、内部空間48を全て充填するように収容されてもよい。なお、断熱材100は、溝部40とは異なる形状を有し、溝部40との間に隙間を持って収容されてもよい。断熱材100は、溝部40の内部で圧縮するものでもよいし、圧縮しない(即ち非圧縮)のものでもよい。また、
図6では示されていないが、電解質膜13の膜外側部13bと収容体15の端面15gとの間には、シール部材が配置されてもよい。断熱材100は、当該シール部材よりも高い断熱性を有する。具体的には、断熱材100は、シール部材よりも、収容体15から電解質膜13へ向かう熱に対し、高い断熱性を有する。
【0065】
上述したように、本変形例2に係る成膜装置1Cによれば、溝部40の内部空間48に収容された断熱材100を含むため、収容体15から電解質膜13への熱の伝達を、より一層抑えることができる。
【0066】
<変形例3>
図7は、本発明の変形例3に係る金属皮膜の成膜装置1Dの模式的断面図である。変形例3に係る成膜装置1Dは、実施形態に係る成膜装置1Aに対して、気液入替え装置80aの構成が異なる。以下、実施形態に係る成膜装置1Aと同じ又は類似する機能を有する構成については、この成膜装置1Aと同一の符号を付してその説明を省略し、異なる部分について説明する。
【0067】
変形例3に係る成膜装置1Dにおいて、気液入替え装置80aは、三方弁60、及び圧縮機110を含む。三方弁60は、液供給管50において、ポンプPと収容体15の供給流路15bとの間に配置されている。三方弁60は、液供給管50を通って液タンクTから収容体15へ向かう電解液Lの流れ方向D3と、圧縮空気導入管64及び液供給管50を通って、圧縮機110から収容体15へ向かう圧縮空気の流れ方向D4と、を切換える(
図7参照)。三方弁60が、上記流れ方向D3を形成するように切換えられているとき、ポンプPを正回転させることにより、液タンクTの電解液Lは、液供給管50を通って収容体15へ供給される。他方、三方弁60が、上記流れ方向D4を形成するように切換えられているとき、圧縮機110から圧送された圧縮空気が、圧縮空気導入管64及び液供給管50を介して、収容体15へ供給される。この圧縮空気により、収容空間15dに収容された電解液Lが押し出され、電解液Lは液排出管52を通じて液タンクTに回収される。このとき、圧縮空気が収容空間15dに残ることにより、電解液Lと大気の入替えが完了する。このように、気液入替え装置80aは、三方弁60の切換え、及び圧縮機110による圧縮空気の圧送により、収容空間15dに収容された電解液Lを大気に入替える。
【実施例】
【0068】
本発明を以下の実施例により説明する。
【0069】
熱回路網法を用いて、電解質膜13の膜外側部13bに対応する部分(以下、A部ともいう)の温度、膜中央部13aに対応する部分(以下、B部ともいう)の温度を算出した。計算条件は、収容体15の中央壁部15e及び側壁部15fに対応する部分を70℃に設定し、収容体15の収容空間15d及び収容体15の外部に対応する部分における空気の温度を40℃に設定した。この状態を60秒保持した場合の、A部の温度、B部の温度を算出した。
【0070】
実施例では、側壁部15fの端面15gに対応する部分と膜外側部13bに対応する部分との間に、溝部40の内部空間48に対応する断熱空間をモデル化した。これに対し、比較例では、側壁部15fに対応する部分と膜外側部13bに対応する部分とを直接接触する状態をモデル化した。
【0071】
【0072】
(結果および考察)
上記表1に示すように、実施例では、B部の温度は、収容空間及び収容体外部の空気の温度(40℃)と略同等であり、B部は、その周辺の空気の温度と平衡状態にあることが理解される。また、A部の温度は、収容体の側壁部の温度(70℃)よりも大幅に低い。このため、収容体の側壁部からA部へ向かう熱の伝達が、断熱空間により抑制されていることが理解される。
【0073】
比較例では、B部の温度は、収容空間及び収容体外部の空気の温度(40℃)と略同等であり、この点は、実施例と同様の結果が得られた。しかしながら、A部の温度は、収容体の側壁部の温度(70℃)と同等であり、収容体の側壁部からA部へ向かう熱は、断熱されず、A部へ伝達されたことが理解される。
【0074】
以上、本発明の好適な実施の形態について説明したが、本発明は上記の実施の形態に係る成膜装置1A、1B、1C、1Dに限定されるものではなく、本発明の概念及び特許請求の範囲に含まれるあらゆる態様を含む。また、上述した課題及び効果を奏するように、各構成を適宜選択的に組み合わせても良い。例えば、上記実施の形態における各構成要素の形状、材料、配置、サイズ等は、本発明の具体的態様によって適宜変更され得る。
【0075】
例えば上記実施形態では、断熱空間が溝部40である場合、即ち電解質膜13の側において開口している場合について説明した。しかし、断熱空間は、側壁部15fにおける中空の空間(開口部を有さない空間)であってもよい。
【符号の説明】
【0076】
1A、1B、1C、1D:成膜装置、11:陽極、13:固体電解質膜、14:電源部、15:収容体、15a:周縁部、15f:側壁部、15g:端面、15h:開口部、40:溝部、48:内部空間(断熱空間)、20:基台、30:加熱装置、70:直動アクチュエータ(昇降装置)、80、80a:気液入替え装置、90:制御装置、B:基材、B1:表面、F:金属皮膜、L:電解液