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  • 特許-魚肉だし及びその調製方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-02-10
(45)【発行日】2025-02-19
(54)【発明の名称】魚肉だし及びその調製方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 17/20 20160101AFI20250212BHJP
   A23L 5/00 20160101ALI20250212BHJP
   A23L 23/00 20160101ALI20250212BHJP
   A23L 27/10 20160101ALI20250212BHJP
【FI】
A23L17/20
A23L5/00 J
A23L23/00
A23L27/10 B
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2024541270
(86)(22)【出願日】2024-03-04
(86)【国際出願番号】 JP2024008122
【審査請求日】2024-07-09
(31)【優先権主張番号】P 2023050206
(32)【優先日】2023-03-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】523353993
【氏名又は名称】株式会社ヒカリッチフードサイエンス
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 夕佳
(72)【発明者】
【氏名】大西 康夫
【審査官】千葉 直紀
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/159885(WO,A1)
【文献】特開平06-062792(JP,A)
【文献】特開平07-023702(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 17/20
A23L 5/00
A23L 23/00
A23L 27/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚肉からだしを調製する方法であって、
(1)魚肉(加熱及び乾燥処理された魚肉を除く)を酵素濃度1.0質量%以下の酵素水溶液で、10~50℃にて酵素処理する工程、
(2)前記工程(1)の酵素処理後の魚肉を加熱及び/又は乾燥処理する工程、及び、
(3)前記工程(2)の加熱及び/又は乾燥処理後の魚肉からだしを抽出する工程
を含み、
前記工程(1)の酵素が、ペプチダーゼである、方法。
【請求項2】
魚肉が、ダツ目、ニシン目、ボラ目、キンメダイ目、マトウダイ目、カサゴ目、スズキ目、カレイ目、及びフグ目に属する種から選択される魚の肉である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(3)の抽出が、水性媒体中で行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
請求項1~の何れか一項に記載の方法で調製された魚肉だし。
【請求項5】
請求項に記載の魚肉だしを含むラーメン用スープ。
【請求項6】
だし抽出用の魚肉処理品を製造する方法であって、
(1)魚肉(加熱及び乾燥処理された魚肉を除く)を酵素濃度1.0質量%以下の酵素水溶液で、10~50℃にて酵素処理する工程、及び、
(2)前記工程(1)の酵素処理後の魚肉を加熱及び/又は乾燥処理する工程
を含み、
前記工程(1)の酵素が、ペプチダーゼである、方法。
【請求項7】
請求項に記載の方法で製造される、だし抽出用の魚肉処理品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚肉からだしを調製する方法及び斯かる方法で調製された魚肉だし、並びに斯かる魚肉だしを含むラーメン用スープに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、魚肉から調製されるだしは、うま味成分を含んでおり、種々の料理において重要な役割を果たしている。特にトビウオ(九州や日本海側ではアゴの別名で呼ばれる)の未成魚から調製されるだしは、うま味成分が豊富で重用されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】久木野睦子、「焼きあごのだし汁に関する研究 - だし成分からみただし汁の調製方法 -」、日本家政学会誌、(1988)、Vol.39、No.8、pp.823~828
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、一般に未成魚は漁獲量が少なく高価であり、調製されるだしも割高になってしまうという課題があった。一方、成魚は未成魚に比べてうま味成分に乏しく、だしを調製してもその風味が劣るという課題があった。
【0005】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたもので、うま味に優れた魚肉だしを効率的に調製する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は鋭意検討の結果、魚肉を酵素で処理してからだしを抽出することにより、うま味に優れた魚肉だしを効率的に調製することが可能となるのを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
即ち、本発明の趣旨は、例えば以下に関する。
[項1]魚肉からだしを調製する方法であって、
(1)魚肉を酵素で処理し、
(2)酵素処理後の魚肉からだしを抽出する
ことを含む方法。
[項2]魚肉が、ダツ目、ニシン目、ボラ目、キンメダイ目、マトウダイ目、カサゴ目、スズキ目、カレイ目、及びフグ目に属する種から選択される魚の肉である、項1に記載の方法。
[項3]前記工程(1)の酵素が、ペプチダーゼ及びデアミナーゼから選択される1種又は2種以上である、項1又は項2に記載の方法。
[項4]前記工程(2)の抽出処理が、水性媒体中で行われる、項1~項3の何れか一項に記載の方法。
[項5]前記工程(1)の酵素処理の後、前記工程(2)の抽出処理の前に、酵素処理後の魚肉を加熱する工程、及び/又は、魚肉を乾燥させる工程をさらに含む、項1~項4の何れか一項に記載の方法。
[項6]項1~5の何れか一項に記載の方法で調製された魚肉だし。
[項7]項6に記載の魚肉だしを含むラーメン用スープ。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、うま味に優れた魚肉だしを効率的に調製することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、実施例1及び比較例1の焼きあごだし試料の遊離アミノ酸組成の分析結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を具体的な実施の形態に即して詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施の形態に束縛されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、任意の形態で実施することが可能である。
【0011】
本発明の一側面は、魚肉からだしを調製する方法に関する。斯かる方法は、
(1)魚肉を酵素で処理する工程、及び
(2)酵素処理後の魚肉からだしを抽出する工程
を含むことを特徴とする。
【0012】
魚肉の由来となる魚の種類は、制限されるものではなく、硬骨魚類でも軟骨魚類でもよいが、硬骨魚類であることが好ましい。例としては、これらに限定されるものではないが、真骨類に属する種から選択される1種又は2種以上の魚であることが好ましく、棘鰭上目又はニシン上目に属する種から選択される1種又は2種以上の魚であることが好ましく、ダツ目、ニシン目、ボラ目、キンメダイ目、マトウダイ目、カサゴ目、スズキ目、カレイ目、及びフグ目に属する種から選択される1種又は2種以上の魚であることが好ましい。ダツ目に属する種としては、トビウオ、ダツ、サンマ等が挙げられる。ニシン目に属する種としては、マイワシ、ウルメイワシ、カタクチイワシ等が挙げられる。ボラ目に属する種としては、ボラ等が挙げられる。キンメダイ目に属する種としては、キンメダイ等が挙げられる。マトウダイ目に属する種としては、マトウダイ等が挙げられる。カサゴ目に属する種としては、カサゴ、メバル、コチ、カジカ等が挙げられる。スズキ目に属する種としては、スズキ、アジ、タイ、サバ、カツオ、マグロ等が挙げられる。カレイ目に属する種としては、カレイ、ヒラメ等が挙げられる。フグ目に属する種としては、フグ、カワハギ等が挙げられる。中でも、魚としてはダツ目に属する種が好ましく、トビウオが特に好ましい。
【0013】
魚肉の由来となる魚の成長段階は、制限されるものではなく、未成魚でも成魚でもよいが、成魚の肉であることが好ましい。一般に未成魚は漁獲量が少なく高価であり、調製されるだしも割高になってしまうという課題があった。一方、成魚は未成魚に比べてうま味成分に乏しく、だしを調製してもその風味が劣るという課題があった。本発明では、魚肉を酵素で処理してからだしを抽出することにより、成魚を原料とした場合でも、うま味に優れただしを安価且つ効率的に調製することが可能となる。なお、本発明において「成魚」と「未成魚」との区別については、例えば「魚類学」(矢部衛他編、恒星社厚生閣発行、2017年)の第15章「仔魚、稚魚」の記載、特に第180~181頁の記載等を参照することができる。即ち、本文献に記載のように、「魚肉」の対象となる魚の成長段階は、漁網に掛かる程度の大きさになり、漁獲対象とされる段階以降であるところ、斯かる「魚肉」の対象となる魚のうち、生殖能力を備える前の段階の魚が「未成魚」、生殖能力を備えた後の段階の魚が「成魚」と定義される。
【0014】
魚を個体のまま工程(1)の酵素処理に供してもよいが、前処理を加えてから酵素処理に供してもよい。前処理としては、洗浄処理、切削処理等が挙げられる。洗浄処理は、魚の汚れや不可食部を洗い落とすための工程であり、制限されるものではないが、通常は淡水や塩水等の水性媒体に魚を浸漬し、あるいは水性媒体を魚に噴霧することにより実施すればよい。切削処理は、魚の汚れや不可食部を除去するとともに、魚肉の処理及び/又は摂食を容易にするための工程であり、制限されるものではないが、通常は刃物等の切削工具を用いて魚を切削することにより実施すればよい。特に、工程(1)において酵素を魚肉に浸透させ、酵素処理を効率的に行う観点からは、洗浄処理及び/又は切削処理によって魚の鱗や表皮の少なくとも一部を除去し、魚の結合組織を露出させてから、工程(1)の酵素処理に供することが好ましい。
【0015】
本発明において酵素の種類は特に制限されないが、加水分解酵素であることが好ましい。加水分解酵素とは、酵素命名法のEC3群に属する、加水分解反応を触媒する酵素を意味する。加水分解酵素を使用する場合、その種類は特に制限されないが、本発明ではペプチダーゼ及びデアミナーゼから選択される1種又は2種以上の酵素を用いることが好ましい。
【0016】
本発明においてペプチダーゼ(これを一般には広義のプロテアーゼという場合がある。)とは、タンパク質やポリペプチドのペプチド鎖のペプチド結合を切断する活性を有する、酵素命名法のEC3.4群に属する酵素を意味する。ペプチダーゼとしては、エンドペプチダーゼとエキソペプチダーゼとが挙げられるが、本発明では何れであってもよい。また、ペプチダーゼの至適pHによって、それぞれ酸性、中性、アルカリ性という接頭語を付けて分類することがあるが(例えば「酸性エキソペプチダーゼ」、「中性アミノペプチダーゼ」、「アルカリ性エンドペプチダーゼ」等)、本発明では何れであってもよい。
【0017】
本発明においてエキソペプチダーゼとは、ペプチド鎖から末端アミノ酸を切り離す活性を有するペプチダーゼであり、ペプチド鎖のN末端からアミノ酸を切断するアミノペプチダーゼと、ペプチド鎖のC末端側から1残基ずつ切断するカルボキシペプチダーゼとに大別されるが、本発明では何れであってもよい。アミノペプチダーゼの例としては、酵素命名法のEC3.4.11に属するアミノペプチダーゼや、EC3.4.14に属するジペプチジル-ペプチダーゼ(ジペプチジルアミノペプチダーゼ)、トリペプチジル-ペプチダーゼ(トリペプチジルアミノペプチダーゼ)等が挙げられるが、本発明では何れであってもよい。カルボキシペプチダーゼの例としては、酵素命名法のEC3.4.15に属するペプチジル-ジペプチダーゼ(ジペプチジルカルボキシペプチダーゼ)、EC3.4.16に属するセリン型カルボキシペプチダーゼ、EC3.4.17に属する金属カルボキシペプチダーゼ、EC3.4.18に属するシステイン型カルボキシペプチダーゼ等が挙げられるが、本発明では何れであってもよい。
【0018】
本発明においてエンドペプチダーゼとは、ペプチド鎖内のペプチド結合を切断してペプチド鎖を分断する活性を有するペプチダーゼである。エンドペプチダーゼの例としては、酵素命名法のEC3.4.21に属するセリンエンドペプチダーゼ(セリンプロテアーゼ)、EC3.4.22に属するシステインエンドペプチダーゼ(システインプロテアーゼ)、EC3.4.23に属するアスパラギン酸エンドペプチダーゼ(アスパラギン酸プロテアーゼ)、EC3.4.24に属する金属エンドペプチダーゼ(金属プロテアーゼ)、EC3.4.25に属するスレオニンエンドペプチダーゼ(スレオニンプロテアーゼ)等が挙げられるが、本発明では何れであってもよい。
【0019】
本発明では、ペプチダーゼとして、エンドペプチダーゼを用いてもよく、エキソペプチダーゼを用いてもよく、エンドペプチダーゼとエキソペプチダーゼとを併用してもよい。但し、遊離アミノ酸量を増加させる観点からは、少なくともエキソペプチダーゼを用いることが好ましい。
【0020】
エキソペプチダーゼ及び/又はエンドペプチダーゼ活性を有する市販の酵素の具体例としては、プロテアックス、ブロメラインF、ペプチダーゼR、サモアーゼPC10F、ニューラーゼF3G、パパインW-40、パンクレアチンF、プロチンSD-AY10、プロチンSD-NY10、プロテアーゼA「アマノ」SD、プロテアーゼM「アマノ」SD、及びプロテアーゼP「アマノ」3SD(以上、天野エンザイム(株)社製)、アクセラザイムNP50.000、ブリューワーズクラレックス、フロマーゼ、ベイクザイムB500、ベイクザイムPPU95.000、マキシプロAFP、マキシプロBAP、マキシプロCPP、マキシプロFPC、マキシプロNPU、マキシプロPSP、及びマキシレン(以上、DSM(株)社製)、オリエンターゼ10NL、オリエンターゼ22BF、オリエンターゼ90N、オリエンターゼAY、オリエンターゼOP、テトラーゼS(A飼料)、及びヌクレイシン(以上、エイチビィアイ(株)DSM(株)社製)、デナチームAP、デナチームCPOPEPRICH、デナチームPMCSOFTER、デナプシン2P、ビオプラーゼSP-20FG、ビオプラーゼXL-416F、及び食品用精製パパイン(以上、ナガセケムテックス(株)社製)、アルカラーゼ2.4LFG、ニュートラーゼ0.8L、ニュートラーゼ1.5MG、フレーバーザイム1000L、フレーバーザイム500MG、及びプロタメックス(以上、ノボザイムズジャパン(株)社製)、アロアーゼAP-10、アロアーゼNP-10、アロアーゼXA-10、パンチダーゼMP、パンチダーゼNP-2、パンチダーゼP、及びプロテアーゼYP-SS(以上、ヤクルト薬品工業(株)社製)、ADMIL(合同酒精(株)社製)、コクラーゼ・P顆粒及び精製パパイン(以上、三菱ケミカルフーズ(株)社製)、スミチームAP、スミチームFP、スミチームLP、スミチームLPL、及びスミチームMP(以上、新日本化学工業(株)社製)、名糖レンネット及び名糖レンネットスーパー(以上、名糖産業(株)社製)、並びにマグナックスMT103(洛東化成工業(株)社製)等が挙げられるが、本発明では何れであってもよい。
【0021】
本発明においてデアミナーゼとは、アミノ基を脱離させる活性を有する酵素である。デアミナーゼの例としては、酵素命名法のEC3.5.4.6に属するアデニル酸デアミナーゼ(AMPデアミナーゼ)等が挙げられるが、本発明では何れであってもよい。デアミナーゼ活性を有する市販の酵素の具体例としては、デアミザイムG、デアミザイム50000G(以上、天野エンザイム株式会社)等が挙げられるが、本発明では何れであってもよい。
【0022】
本発明において酵素の由来は特に制限されず、微生物、植物、及び動物の何れに由来する酵素でもよく、合成の酵素でもよい。また、本発明において酵素は1種を単独で使用してもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。2種以上の酵素を組み合わせる場合は、これらの酵素の処理は同時に行ってもよく、別々に行ってもよい。
【0023】
任意により洗浄処理や切削処理等の前処理を施した魚肉に対して、前記の酵素を作用させることにより、工程(1)の酵素処理を実施することができる。酵素の使用量は制限されるものではなく、酵素の種類等に応じて適宜選択すればよい。例としては、制限されるものではないが、魚を浸漬する酵素水溶液として、例えば濃度0.0001質量%以上、又は0.0005質量%以上、又は0.001質量%以上、また、例えば1.0質量%以下、又は0.5質量%以下、又は0.2質量%以下、又は0.1質量%以下の範囲の酵素水溶液を調製して用いることができる。また、一般的な方法で測定した酵素活性(ペプチダーゼ力等、単位u)が、魚を浸漬する酵素水溶液100g当たり、例えば0.05u/100g以上、又は0.1u/100g以上、又は0.5u/100g以上、また、例えば2,000u/100g以下、又は1,000u/100g以下、又は500u/100g以下の範囲となるように調整することができる。
【0024】
酵素処理の効率の観点からは、制限されるものではないが、酵素を溶媒に溶解させた酵素溶液に魚肉を浸漬することにより、魚肉に酵素を作用させることが好ましい。溶媒の種類は特に制限されず、酵素の種類等に応じて適切な溶媒を使用すればよいが、通常は水、生理食塩水、緩衝液等の水性溶媒を用いることができる。溶液の酵素濃度も特に制限されないが、魚肉を浸漬した場合に魚肉に対して前記の好ましい濃度範囲の酵素が作用するように、濃度を適宜調整することが好ましい。
【0025】
或いは、酵素を含む生物材料から直接調製した抽出液を、酵素処理の酵素溶液として用いることも可能である。具体的には、酵素を含む生物材料をそのまま、或いは粉砕等の前処理を加えてから、水等の水性媒体に浸漬し、酵素を生物材料から水性媒体に溶出させて抽出することにより、酵素溶液を作製することができる。酵素を含む生物材料としては、特に制限されず、ペプチダーゼ又はデアミナーゼ活性を有することが知られている任意の生物材料(例えば微生物材料や植物材料等)を用いることが出来る。例としては、細菌や真菌の菌体(例えばニホンコウジカビ(Aspergillus oryzae)等の麹菌の菌体)、種子植物の果実(例えばパパイヤ、パイナップル、キウイ等)、紅藻類(例えばアマノリ等)などが挙げられる。酵素抽出液の酵素濃度又は酵素活性も特に制限されないが、前述の酵素水溶液の酵素濃度又は酵素活性と同程度になるように調整することが好ましい。
【0026】
酵素処理時のpHは、酵素が作用できる範囲のpHであれば特に制限されないが、酵素を安定的かつ効率的に作用させる観点からは、使用する酵素の至適pH±1.5の範囲が好ましく、中でも至適pH±1.0の範囲、特に至適pH±0.5の範囲がより好ましい。酵素溶液に魚肉を浸漬させる場合には、使用する酵素の至適pHに応じて、酵素溶液のpHを調製すればよい。例えば、一般的な中性ペプチダーゼ又は中性デアミナーゼを用いる場合、その至適pHは概ね6.0~8.0程度であるところ、酵素処理時のpHは、限定されるものではないが、例えば5.0~9.0、中でも5.5~8.5、更には6.0~8.0の範囲であることが好ましい。
【0027】
酵素処理時の温度は、酵素が作用できる範囲であれば特に制限されないが、酵素を安定的かつ効率的に作用させる観点からは、使用する酵素の至適温度±15℃の範囲が好ましく、中でも至適温度±10℃の範囲、特に至適温度±5℃の範囲がより好ましい。但し一般的には、制限されるものではないが、室温からやや高めの温度、例えば10℃以上、又は15℃以上、又は20℃以上、また、例えば80℃以下、又は70℃以下、又は60℃以下、又は55℃以下、又は50℃以下の範囲とすることができる。
【0028】
酵素処理の時間は、特に制限されるものではなく、酵素が魚肉に充分作用する限りにおいて適宜選択することが可能である。但し一般的には、制限されるものではないが、例えば1分間以上、又は5分間以上、又は10分間以上、また、例えば60分間以内、又は40分間以内、又は30分間以内の範囲とすることができる。
【0029】
工程(1)の酵素処理後の魚肉を、そのまま工程(2)の抽出処理に供してもよいが、各種の中間処理を施してもよい。工程(1)の酵素処理と工程(2)の抽出処理との間に実施してもよい中間処理としては、加熱処理、乾燥処理等が挙げられる。
【0030】
加熱処理は、工程(1)の酵素処理後の魚肉を加熱する処理である。斯かる加熱処理を施して魚肉を熱変性させることで、魚肉の分解や腐敗を防止して保存性を高めたり、魚肉の芳香や風味を向上させたりすることができる場合がある。加熱手段は特に制限されないが、例としては水中加熱(煮沸等)、油中加熱(油揚等)、焼成(炒め、グリル等)、熱風加熱等の手段が挙げられる。加熱温度は特に制限されず、加熱手段等の条件を考慮して選択すればよいが、例えば60℃以上、又は80℃以上、又は100℃以上、また、例えば300℃以下、又は250℃以下、又は200℃以下とすることができる。加熱時間も特に制限されないが、例えば1分間以上、又は5分間以上、又は10分間以上、また、例えば3時間以内、又は2時間以内、又は1時間以内とすることができる。
【0031】
乾燥処理は、工程(1)の酵素処理後の魚肉(又は任意により加熱処理を加えた魚肉)を乾燥する処理である。斯かる乾燥処理を施して魚肉の水分を蒸発させることで、魚肉の分解や腐敗を防止して保存性を高めたり、魚肉の芳香や風味を向上させたりすることができる場合がある。乾燥手段は特に制限されないが、例としては加熱乾燥、減圧乾燥、通風乾燥等の手段が挙げられる。乾燥時の温度は特に制限されず、乾燥手段等の条件を考慮して選択すればよいが、一般的には例えば10℃以上、又は20℃以上、又は30℃以上、また、また、例えば200℃以下、又は150℃以下、又は120℃以下とすることができる。乾燥時間も特に制限されないが、例えば1分間以上、又は5分間以上、又は10分間以上、また、例えば3ヶ月以内、又は1ヶ月以内、又は1週間以内とすることができる。なお、加熱処理と同時に乾燥処理を実施することも可能である。
【0032】
工程(1)の酵素処理後の魚肉(又は任意により加熱処理や乾燥処理等の中間処理を加えた魚肉)を、工程(2)の抽出処理に供する。抽出処理は、制限されるものではないが、通常は魚肉を適切な抽出溶媒に接触させ、魚肉の成分を溶媒中に抽出することにより行う。魚肉を溶媒と接触させる手段は特に制限されないが、例えば魚肉を溶媒に浸漬させる手法や、魚肉に溶媒を噴霧する手法が挙げられる。中でも魚肉を溶媒に浸漬させる手法が好ましい。抽出溶媒の種類は特に制限されず、魚肉の種類等の条件に応じて適切な溶媒を使用すればよいが、通常は水、生理食塩水、緩衝液等の水性溶媒;エタノール等の有機溶媒;食用オイル等の油性溶媒;等を用いることができる。
【0033】
抽出処理時の温度は特に制限されず、抽出手段等の条件を考慮して選択すればよいが、例えば60℃以上、又は80℃以上、又は100℃以上、また、例えば300℃以下、又は250℃以下、又は200℃以下とすることができる。抽出処理の時間も特に制限されないが、例えば1分間以上、又は5分間以上、又は10分間以上、また、例えば10時間以内、又は5時間以内、又は1時間以内とすることができる。
【0034】
工程(2)の抽出処理により得られた抽出物を、そのまま魚肉のだしとして使用してもよいが、任意により各種の後処理を加えてもよい。後処理の例としては、ろ過、滅菌等が挙げられる。また、乾燥、加熱、真空乾燥等の手法によって、抽出液の液量を低減して濃縮したり、液体成分を揮発させて粉末等の固体状にすることも可能である。これらの後処理はいずれも公知であり、その手法や条件は任意に選択することができる。なお、濃縮だしや粉末化しただしは、喫食時には任意の媒体によって再構成すればよい。
【0035】
以上説明した本発明の方法により得られる魚肉だしは、うま味に関する各種の特性、例えばうま味の厚み(だしを口に含んだ際に感じるうま味の強さ)やうま味の余韻(だしを飲み込んだ後に残るうま味の伸び)等に優れている。特に前述のように、成魚は未成魚に比べてうま味成分に乏しく、だしを調製してもその風味が劣るという課題があるところ、本発明の方法を用いて魚肉を酵素処理してからだしを抽出することにより、成魚を原料とした場合でも、うま味に優れただしを安価且つ効率的に調製することが可能となる。
【0036】
本発明の一側面は、以上説明した本発明の方法により得られる魚肉だし(適宜「本発明のだし」という。)に関する。斯かる本発明の魚肉だしは、酵素処理を行わずに抽出した従来の魚肉だしと比較して、うま味に関する各種の特性に優れている。斯かる本発明の魚肉だしは、任意の方法で喫食することが可能である。一例として、本発明の魚肉だしを、適宜その他の食材、調味料、添加剤、媒体等と混合することにより、ラーメン、うどん、そば等のスープを調製することが可能である。
【実施例
【0037】
以下、本発明を実施例に則して更に詳細に説明するが、これらの実施例はあくまでも説明のために便宜的に示す例に過ぎず、本発明は如何なる意味でもこれらの実施例に限定されるものではない。
【0038】
・実施例1:ペプチダーゼ処理焼きあごだし試料の調製
あご(トビウオ)成魚(尾叉長170~250mm)の頭、骨、及び内臓を除去し、切り身を調製した。この切り身を、ペプチダーゼ(プロテアックス(登録商標)、天野エンザイム社製、Aspergillus oryzae由来、ペプチダーゼ力1,400u/g、至適pH8、安定pH5.0~9.0)の酵素水溶液(酵素1gを精製水99gに溶解して1%濃度の水溶液を調製した後、その1%濃度水溶液10gを精製水190gと混合して調製した水溶液、最終酵素濃度0.05%)に浸漬し、常温で30分間インキュベートした。切り身をペプチダーゼ溶液から取り出し、オーブンに入れて280℃で13分間焼成した後、乾燥機に移して50℃で17時間乾燥させることにより、乾燥焼きあご試料を調製した。得られた乾燥焼きあご試料の水分値を乾燥減量試験法により測定したところ、12%であった。この乾燥焼きあご試料9質量部を、95℃の熱湯100質量部に対して投入し、30分間加熱して抽出を行った。得られた抽出液をろ過することにより、ペプチダーゼ処理焼きあごだし試料を調製した(実施例1のあごだし試料)。得られたあごだし試料は真空包装して冷凍保存し、官能評価直前に解凍して使用した。
【0039】
・比較例1:未処理焼きあごだし試料の調製
切り身のペプチダーゼ処理を行わなかった他は実施例1と同様の手順により、未酵素処理焼きあごだし試料を調製した(比較例1のあごだし試料)。得られたあごだし試料は真空包装して冷凍保存し、官能評価直前に解凍して使用した。
【0040】
・官能評価
ラーメン店の経営実績を有し、だしの風味の識別に熟練した7名を評価者として、以下の手順で官能試験を実施した。前記調製した実施例1及び比較例1の各あごだし試料を60℃に加熱し、各評価者に供して喫食させた上で、(ア)うま味の厚み、(イ)うま味の余韻、及び(ウ)総合評価の3項目について、以下の基準で評価を行った。
【0041】
(ア)うま味の厚み
試料を口に含んだ際に感じるだしのうま味の強さを、以下の-3~+3の評点で相対的に評価した。
+3:比較例1よりも顕著に強い。
+2:比較例1よりも強い。
+1:比較例1よりも僅かに強い。
0:比較例1と同等。
-1:比較例1よりも僅かに弱い。
-2:比較例1よりも弱い。
-3:比較例1よりも顕著に弱い。
【0042】
(イ)うま味の余韻
試料を飲み込んだ後に残るだしのうま味の伸びを、比較例1の各あごだし試料を0とし、実施例1のあごだし試料を以下の-3~+3の評点で相対的に評価した。
+3:比較例1よりも顕著に強い。
+2:比較例1よりも強い。
+1:比較例1よりも僅かに強い。
0:比較例1と同等。
-1:比較例1よりも僅かに弱い。
-2:比較例1よりも弱い。
-3:比較例1よりも顕著に弱い。
【0043】
(ウ)総合評価
試料を喫食して感じた全体的な味及び香りの好ましさを、比較例1の各あごだし試料を0とし、実施例1のあごだし試料を以下の-3~+3の評点で相対的に評価した。
+3:比較例1よりも顕著に優れる。
+2:比較例1よりも優れる。
+1:比較例1よりも僅かに優れる。
0:比較例1と同等。
-1:比較例1よりも僅かに劣る。
-2:比較例1よりも劣る。
-3:比較例1よりも顕著に劣る。
【0044】
各評価項目について得られた7人の評価者の評点の平均を以下に示す。なお、各評価項目について二元配置の分散分析を行い、有意水準5%にて検定を行ったところ、何れの評価項目についても、実施例1の試料は比較例1の試料に対して有意に優れた評価となった。
【0045】
【表1】
【0046】
・アミノ酸組成分析
前記調製した実施例1及び比較例1の各あごだし試料について、遊離アミノ酸含有率の分析を一般財団法人日本食品分析センターに委託した。分析結果を図1のグラフに示す。図1のグラフの結果から明らかなように、実施例1のあごだし試料は、比較例1のあごだし試料と比較して、種々の遊離アミノ酸量が顕著に増加していた。もちろんあごだしのうま味の厚みや余韻に影響を与える因子は遊離アミノ酸量の他にも種々存在するが、実施例1のあごだし試料が前記官能評価において優れた結果を示した一因は、斯かる遊離アミノ酸量の増加にあるものと推測される。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、魚肉だしが使用される各種食品分野に広く適用でき、その利用価値は極めて大きい。
【要約】
うま味に優れた魚肉だしを効率的に調製する方法を提供する。斯かる方法は、(1)魚肉を酵素で処理し、(2)酵素処理後の魚肉からだしを抽出することを含む。
図1