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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-03-11
(45)【発行日】2025-03-19
(54)【発明の名称】受信機及び受信方法
(51)【国際特許分類】
   H04B 7/08 20060101AFI20250312BHJP
【FI】
H04B7/08 450
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023522063
(86)(22)【出願日】2021-05-19
(86)【国際出願番号】 JP2021018901
(87)【国際公開番号】W WO2022244125
(87)【国際公開日】2022-11-24
【審査請求日】2023-09-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福本 浩之
(72)【発明者】
【氏名】藤野 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】椿 俊光
(72)【発明者】
【氏名】大岩 美春
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 勇弥
(72)【発明者】
【氏名】中野 真理菜
【審査官】竹内 亨
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第07362799(US,B1)
【文献】特開2012-169928(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0394742(US,A1)
【文献】米国特許第09118361(US,B2)
【文献】特開平02-141134(JP,A)
【文献】特開平10-051268(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04B 7/02-7/12
H04L 1/02-1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の方向から到来した信号を受信する複数の受波器と、
前記複数の受波器の少なくとも一部に接続され、接続された受波器で受信された信号の到達時刻を検出する複数の検出部と、
検出された複数の信号の到達時刻、または、到来方向に基づいて、前記複数の受波器間の到達時刻のずれを調整する複数の調整部と、
各受波器で受信された信号の到達時刻と、基準時刻とのずれを算出するオフセット値算出部と、
を備え、
前記複数の調整部は、前記オフセット値算出部で算出されたずれを少なくするように、前記複数の受波器それぞれで受信された各信号を調整し、
前記信号には、既知信号が付加されており、
前記複数の検出部は、前記複数の受波器の一部に接続され、前記複数の受波器の一部で受信された前記信号に付加された前記既知信号と前記信号の一部の受信信号との相互相関、又は、繰り返し受信された受信信号の自己相関に基づくピーク検出により前記信号の到達時刻を検出し、
前記複数の検出部が接続された受波器で受信された信号の到達時刻に基づいて、各受波器で受信された信号の到達時刻を推定する到達時刻推定部、
をさらに備え、
前記オフセット値算出部は、前記到達時刻推定部で推定された各受波器で受信された信号の到達時刻と、基準時刻とのずれを算出する受信機。
【請求項2】
調整後の信号を入力信号としてフィルタ処理を行う複数のFIR(Finite Impulse Response)フィルタと、
前記複数のFIRフィルタの出力結果を合成する合成部と、
をさらに備える、
請求項1に記載の受信機。
【請求項3】
前記オフセット値算出部は、前記複数の検出部で検出された到達時刻に基づいて得られる時刻、又は、事前に設定された時刻を前記基準時刻に設定する、
請求項1に記載の受信機。
【請求項4】
前記複数の調整部は、前記オフセット値算出部で算出されたずれを元に、前記信号の先頭にゼロをパディングすることで各信号の先頭位置を揃える、
請求項1から3のいずれか一項に記載の受信機。
【請求項5】
所定の方向から到来した信号を受信する複数の受波器の少なくとも一部で受信された信号の到達時刻を検出し、
検出された複数の信号の到達時刻、または、到来方向に基づいて、前記複数の受波器間の到達時刻のずれを調整し、
各受波器で受信された信号の到達時刻と、基準時刻とのずれを算出し、
算出したずれを少なくするように、前記複数の受波器それぞれで受信された各信号を調整し、
前記信号には、既知信号が付加されており、
前記複数の受波器の一部に接続される複数の検出部が接続された受波器で受信された前記信号に付加された前記既知信号と前記信号の一部の受信信号との相互相関、又は、繰り返し受信された受信信号の自己相関に基づくピーク検出により前記信号の到達時刻を検出し、
検出した前記信号の到達時刻に基づいて、各受波器で受信された信号の到達時刻を推定し、
推定した各受波器で受信された信号の到達時刻と、基準時刻とのずれを算出する、
受信方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、受信機及び受信方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から知られている通り、水中は電波の吸収減衰が極めて大きい。そのため、陸上と同じように電波を使った無線通信は困難である。そこで、水中における無線通信には、吸収減衰の比較的小さい1MHz以下の音波が利用される。水中通信の受信機の形態として、複数の受波器をアレー状に配置し、各受波器で受信した受信信号にFIR(Finite Impulse Response)フィルタ処理を行い、各受波器で受信した信号を合成することで受信SNR(Signal-to-Noise Ratio)を改善する方法(例えば、非特許文献1参照)や、長い遅延波を抑圧したりする方法(例えば、非特許文献2参照)がある。
【0003】
図10は、従来の受信機100の構成を示す図である。図10に示すように、受信機100は、複数の受波器110-1~110-nと、複数のFIRフィルタ120-1~120-nと、合成部130とを備える。なお、nは2以上の整数である。受波器110-1~110-nは、外部から到来した音波を受信する。受波器110-1~110-nは、受信した音波を電気信号に変換してFIRフィルタ120-1~120-nに出力する。FIRフィルタ120-1~120-nは、受波器110-1~110-nによって受信された音波の電気信号に対してFIRフィルタ処理を行う。合成部130は、FIRフィルタ処理後の電気信号を合成する。これにより、SNRの改善や不要波を除去することができる。
【0004】
水中における音の伝搬速度は約1,500m/sであり、電波の伝搬速度に比べて約20万倍遅い。したがって、図10に示す構成において受波器110-1~110-n間の経路差によって生じる到達時刻差は、電波で生じる到達時刻差に比べて20万倍大きい。図11は、一つの到来方向から到達する音波と各受波器110-1~110-nで観測されるインパルス応答の関係を示す図である。図11に示す通り、正面から音波が到来しない限り、受波器110-1~110-n間で経路差が生じる。
【0005】
信号のシンボルレートをFsとし、受波器110-1と受波器110-2との間の経路差をΔx、伝搬速度をcとすると、受波器110-2の受信信号は受波器110-1の受信信号に対して、FsΔx/cシンボル遅れる。例えば、シンボルレートFsを100kHzとして経路差Δxを0.1mとした場合、電波では3.3×10-5シンボル(すなわち1シンボル未満)の遅れに対して、水中音響では6.7シンボル遅れる。このように、電波ではシンボルレートがGHzオーダー以下の場合、受波器(アンテナ)間の遅延は1シンボル未満に収まる。従って、方向分離などの信号処理は移相器のみで実現できる。それに対して、水中音響通信では、シンボルレートが数10kHzのオーダーで1シンボル以上の遅れが生じる。従って、シンボルレートで信号処理を適用する際は、遅延時間差の考慮が必要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Robert S. H. Istepanian and Milica Stojanovic, “Underwater Acoustic Digital Signal Processing and Communication Systems,” Springer Science + Business Media, LLC.
【文献】福本 浩之、藤野 洋輔、中野 真理菜、椿 俊光、坂元 一光、“海中音響通信高速化のための時空間等化に関する検討”、信学技報、vol. 119, no. 296, RCS2019-233, pp. 169-174, 2019年11月.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の通り、複数の受波器を持つ構成で、ある方向から到来した音波を合成しようとすると、受波器間の遅延時間を考慮する必要があるため、図11のようにFIRフィルタのタップ長を受波器間の到達時刻差より大きく設定し、FIRフィルタの演算処理で遅延差を吸収する必要がある。受波器間の遅延時間の差を考慮に入れると、FIRフィルタのタップ数が大規模になり、演算量が大きくなってしまうという問題があった。
【0008】
さらに、FIRフィルタをRLS(Recursive Least Square)法やLMS(Least mean square)法などの適応アルゴリズムで制御しようとする場合、フィルタの総タップ数が収束速度を決めるために、タップ数が増えるほど収束速度が低下し、補償性能の低下を引き起こす。しかしながら、収束速度の改善、演算量の削減を目的として、FIRフィルタの長さを受波器間の到達時刻差より短くすると、合成できない到来方向が生じてしまうため、合成できない到来方向からの音波のBER(Bit Error Rate)特性が悪くなってしまうという問題もあった。
【0009】
上記事情に鑑み、本発明は、FIRフィルタのタップ数を抑制しつつ、受波器で受信された信号を合成することができる技術の提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様は、所定の方向から到来した信号を受信する複数の受波器と、前記複数の受波器の少なくとも一部に接続され、接続された受波器で受信された信号の到達時刻を検出する複数の検出部と、検出された複数の信号の到達時刻、または、到来方向に基づいて、前記複数の受波器間の到達時刻のずれを調整する複数の調整部とを備える受信機である。
【0011】
本発明の一態様は、所定の方向から到来した信号を受信し、受信された少なくとも一部の信号の到達時刻を検出し、検出された複数の信号の到達時刻、または、到来方向に基づいて、前記複数の受波器間の到達時刻のずれを調整する、受信方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、FIRフィルタのタップ数を抑制しつつ、受波器で受信された信号を合成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の概要を説明するための図である。
図2】第1の実施形態における受信機の構成を示す図である。
図3】第1の実施形態における受波器で受信されるデータフレームの一例を示す図である。
図4】第1の実施形態における受信機の処理の流れを示すフローチャートである。
図5】シミュレーション時の送波器と、受波器の配置を示す図である。
図6】第1の実施形態におけるシミュレーション結果を示す図である。
図7】第1の実施形態の変形例における受信機の構成を示す図である。
図8】第2の実施形態における基準時刻とのずれの算出方法の概要を説明するための図である。
図9】第2の実施形態における受信機の構成を示す図である。
図10】従来の受信機の構成を示す図である。
図11】一つの到来方向から到達する音波と各受波器110-1~110-nで観測されるインパルス応答の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態を、図面を参照しながら説明する。
(概要)
図1は、本発明の概要を説明するための図である。本発明では、FIRフィルタの前段で、所定の方向から到来する信号に基づいて受波器11-1~11-n間の到達時刻のずれを事前に推定し、推定結果に基づき受信信号のずれを調整する。このようなタイミング調整を行うことにより、FIRフィルタの直前で経路差によって生じた到達時刻のずれを補償する。これによって、受波器11-1~11-n間の到達時刻差を見かけ上無くすことができ、FIRフィルタのタップ長が受波器11-1~11-n間の到達時刻差より短い場合であっても、あらゆる到来方向の音波を合成することが可能になる。
以下、上記の効果を得るための構成について説明する。
【0015】
(第1の実施形態)
図2は、第1の実施形態における受信機10の構成を示す図である。受信機10は、水中音響通信に利用される受信機である。受信機10は、複数の受波器11-1~11-nと、複数の検出部12-1~12-nと、オフセット値算出部13と、複数のタイミング調整部14-1~14-nと、複数のFIRフィルタ15-1~15-nと、合成部16とを備える。
【0016】
受波器11-1~11-nは、外部から到来した音波を受信する。例えば、受波器11-1~11-nは、経路差が生じる方向から到来した音波を受信する。経路差が生じる方向とは、例えば受波器11-1~11-nの正面方向以外の方向である。受波器11-1~11-nは、受信した音波を電気信号に変換して受信信号として検出部12-1~12-nに出力する。
【0017】
検出部12-1~12-nは、受波器11-1~11-nから出力された受信信号を検出する。
【0018】
受信信号の検出方法は、例えば送信側の装置が、図3に示すようにデータフレームに既知信号を付加して伝送し、検出部12-1~12-nにおいて既知信号と受信信号の相互相関からピーク検出することで受信信号を検出してもよい。送信側の装置が、繰り返しの既知信号をデータフレームに含ませて送信し、検出部12-1~12-nにおいて受信信号の自己相関からピーク検出することで受信信号を検出してもよい。検出部12-1~12-nで検出した受信信号が所望の到来方向からの信号である。
【0019】
検出部12-1~12-nは、受信信号に含まれる既知信号を検出することで音波が受波器11-1~11-nに到達した時刻を検出する。検出部12-1~12-nは、検出した時刻情報を、オフセット値算出部13に出力する。
【0020】
オフセット値算出部13は、基準時刻と、検出部12-1~12-nそれぞれで検出した受信信号の到達時刻との差に基づいて基準時刻からのずれを、検出部12-1~12-nで検出された受信信号毎に算出する。
【0021】
基準時刻は、例えば、受波器11-1~11-nのいずれかに音波が到達した時刻であってもよく、受信機10の使用者が事前に設定した時刻でもよく、受波器11-1~11-nに音波が到達した時刻の平均時刻、中央値、最も遅い時刻、最も早い時刻のいずれかであってもよい。
【0022】
タイミング調整部14-1~14-nは、オフセット値算出部13によって算出された受信信号毎の基準時刻からのずれに基づいて、受信信号の基準時刻からのずれ(例えば、進み又は遅れ)を調整する。ここで、受信信号の基準時刻からのずれ(例えば、進み又は遅れ)を調整するとは、ずれが少なくなるように調整することを意味する。例えば、受信信号の基準時刻からのずれ(例えば、進み又は遅れ)を調整するとは、ずれが0となるように調整することである。タイミング調整部14は、調整部の一態様である。
【0023】
FIRフィルタ15-1~15-nは、タイミング調整部14-1~14-nにより調整された受信信号を入力してFIRフィルタ処理を行う。FIRフィルタ15-1~15-nは、RLS法、LMS法などの適応アルゴリズムで該フィルタ係数が適応制御される構成であってもよく、あるいはパイロット信号を用いたチャネル推定結果に基づき該フィルタ係数が設定されるものであってもよい。FIRフィルタ15-1~15-nは、FIRフィルタ15-1~15-nの出力の加算結果をシンボル判定した系列を入力とする、判定帰還形のフィードバックフィルタを構成し、フィードバックフィルタの出力結果をさらにFIRフィルタ15-1~15-nの出力の加算結果から加減算してもよい。適応アルゴリズムは、FIRフィルタ15-1~15-nのフィルタ係数とフィードバックフィルタのフィルタ係数を同時に制御してもよい。
【0024】
合成部16は、FIRフィルタ15-1~15-nの出力を加算する。合成部16による加算結果に基づいてシンボル判定を含む復調処理が行われる。
【0025】
図4は、第1の実施形態における受信機10の処理の流れを示すフローチャートである。なお、図4では、図3に示すデータフレームが受信機10で受信されることを前提に、N個の受波器11のうち、最も遅いデータフレームの到達時刻を基準時刻として、受波器11-1~11-nで受信した受信信号のタイミングを補正する方法について説明する。
【0026】
受波器11-1~11-nは、外部から到来したデータフレーム(音波)を受信する(ステップS101)。受波器11-1~11-nは、受信したデータフレーム(音波)を電気信号に変換して受信信号として検出部12-1~12-nに出力する。検出部12-1~12-nは、受波器11-1~11-nから出力された受信信号の先頭に付加されている既知信号を検出することでデータフレームが受波器11-1~11-nに到達した時刻を検出する(ステップS102)。検出部12-1~12-nは、検出した時刻情報をオフセット値算出部13に出力する。
【0027】
オフセット値算出部13は、検出部12-1~12-nから出力された時刻情報を用いて、データフレームの到達時刻を受波器11-1~11-n間で比較する。オフセット値算出部13は、最も遅い到達時刻を基準時刻に設定する(ステップS103)。オフセット値算出部13は、設定した基準時刻と、受波器11-1~11-nにおける到達時刻とに基づいて、以下の式(1)用いて受波器11-i(iは1,…,n)毎の受信信号における基準時刻からのずれを算出する(ステップS104)。
【0028】
基準時刻からのずれ=(基準時刻)-(受波器11-iの到達時刻)・・・式(1)
【0029】
オフセット値算出部13は、算出した基準時刻からのずれの情報を、受波器11-iに対応するタイミング調整部14-iに出力する。例えば、オフセット値算出部13は、受波器11-1へのデータフレームの到達時刻と、基準時刻とのずれの情報をタイミング調整部14-1に出力する。例えば、オフセット値算出部13は、受波器11-nへのデータフレームの到達時刻と、基準時刻とのずれの情報をタイミング調整部14-nに出力する。
【0030】
タイミング調整部14-iは、オフセット値算出部13から出力されたずれの情報に基づいて、データフレームの先頭にゼロをパディングする(ステップS105)。具体的には、タイミング調整部14-iは、オフセット値算出部13から出力されたずれの情報で示されるずれが0となるようにデータフレームの先頭にゼロをパディングする。これにより、全ての受波器11-iで受信したデータフレームの先頭位置が基準時刻に揃う。タイミング調整部14-iは、調整後のデータフレームを、FIRフィルタ15-iに出力する。
【0031】
FIRフィルタ15-iは、タイミング調整部14-iからの出力を入力信号としてフィルタ処理を実行する(ステップS106)。FIRフィルタ15-iによりフィルタ処理が施された信号は合成部16により合成される(ステップS107)。
【0032】
(シミュレーション評価)
次に、第1の実施形態のように受波器11間の到達時刻に基づく補正を行った場合と、行わない場合とのFIRフィルタのタップ数に対するBER特性を比較する。シミュレーションは、以下の条件で行った。
・変調方式:QPSK(Quadrature Phase Shift Keying)
・帯域幅:200kHz
・中心周波数:300kHz
・送信アンテナ:2本
・受信アンテナ:2本
・Eb/No(Electric Bit to Noise):13dB
・伝送方式:シングルキャリア
【0033】
図5は、シミュレーション時の送波器21-1~21-2と、受波器11-1~11-2の配置を示す図である。図5に示すように、本シミュレーションでは、2x2のMIMO(Multiple Input Multiple Output)を想定したシミュレーションとし、送波器21-1のBER特性を比較した。FIRフィルタ15は既知信号とフィルタ出力の誤差をコストとしてRLS法で学習させる。
【0034】
図6は、第1の実施形態におけるシミュレーション結果を示す図である。図6において横軸はFIRフィルタのタップ数を表し、縦軸はBERを表す。図6に示すように、第1の実施形態のように受波器11間の到達時刻に基づく補正を行った場合は、FIRフィルタのタップ数によらずBERが一定となっている。一方で、従来方法ではFIRフィルタのタップ数が85未満のときにBER特性が劣化している。このように、本発明の適用によってFIRフィルタ15のタップ長を短く設定しても、受信機端のBER特性が低下しないことがわかる。
【0035】
以上のように構成された受信機10によれば、所定の方向から到来したデータフレームを受信する複数の受波器11-1~11-nと、複数の受波器11-1~11-nに接続され、接続された受波器11-1~11-nで受信されたデータフレームの到達時刻を検出する複数の検出部12-1~12-nと、検出された複数のデータフレームの到達時刻に基づいて、複数の受波器11-1~11-n間の到達時刻のずれを調整する複数のタイミング調整部14-1~14-nと、調整後のデータフレームを入力信号としてフィルタ処理を行う複数のFIRフィルタ15-1~15-nと、複数のFIRフィルタ15-1~15-nの出力結果を合成する合成部16と、を備える。このように到達時刻のずれが調整されることにより、複数の受波器11-1~11-nそれぞれで受信されたデータフレームの先頭位置が基準時刻に揃う。そのため、FIRフィルタのタップ長が受波器11-1~11-n間の到達時刻差より短い場合であっても、あらゆる到来方向の音波を合成することが可能になる。このような構成により、FIRフィルタのタップ長を短く設定しても、受信機端のBER特性が低下しない。結果的にFIRフィルタの所要タップ長が短くなり、演算量を削減できる。適応アルゴリズムでFIRフィルタを制御する場合は、適応アルゴリズムの収束速度が向上する。
【0036】
受信機10は、各受波器11-iで受信されたデータフレームの到達時刻と、基準時刻とのずれを算出するオフセット値算出部13をさらに備える。複数のタイミング調整部14-iは、オフセット値算出部13で算出されたずれを少なくするように、各受波器11-iそれぞれで受信された各データフレームを調整する。これにより、経路差によって生じる到達時刻のずれ(例えば、遅延)を少なくすることができる。そのため、FIRフィルタのタップ長が受波器11-1~11-n間の到達時刻差より短い場合であっても、あらゆる到来方向の音波を合成することが可能になる。
【0037】
受信機10は、複数の検出部12-iで検出された到達時刻に基づいて得られる時刻を基準時刻に設定する。ここで、到達時刻に基づいて得られる時刻は、音波が到達した時刻、受信機10の使用者が事前に設定した時刻、受波器11-1~11-nに音波が到達した時刻の平均時刻、中央値、最も遅い時刻、最も早い時刻のいずれかである。これにより、経路差によって生じる到達時刻のずれを調整するための基準時刻を設定することができる。その結果、経路差によって生じる到達時刻のずれを調整することができる。そのため、FIRフィルタのタップ長が受波器11-1~11-n間の到達時刻差より短い場合であっても、あらゆる到来方向の音波を合成することが可能になる。
【0038】
(第1の実施形態における変形例)
図2に示す受信機10において、オフセット値算出部13及びタイミング調整部14-1~14-nに代えて、図7に示す先頭カウンタ値設定部17-1~17-nを備えるように構成されてもよい。このように構成されることで、受信信号を時間軸で補正することなく受波器11-1~11-n間の到達時刻の差を補償することが可能になる。
【0039】
図7は、第1の実施形態の変形例における受信機10aの構成を示す図である。受信機10aは、複数の受波器11-1~11-nと、複数の検出部12-1~12-nと、複数の先頭カウンタ値設定部17-1~17-nと、複数のFIRフィルタ15-1~15-nと、合成部16とを備える。受信機10aは、オフセット値算出部13及びタイミング調整部14-1~14-nに代えて先頭カウンタ値設定部17-1~17-nを備える点で受信機10と構成が異なる。受信機10aのその他の構成については受信機10と同様である。そのため、相違点についてのみ説明する。
【0040】
先頭カウンタ値設定部17-iは、検出部12-iが検出したデータフレームの先頭位置の受信信号のサンプル番号を保持する。例えば、受波器11-iの受信信号系列をr(m)(mは時刻のインデックス)として、m=Mがデータフレームの先頭位置とする。先頭カウンタ値設定部17-iはMを保持する。先頭カウンタ値設定部17-iは時刻kの出力を計算する場合、保持するパラメータMを用いて、FIRフィルタ15-iへの入力信号を以下の式(2)に基づいて設定する。先頭カウンタ値設定部17-iは、調整部の一態様である。
【0041】
Ri(k)=(r(M+k),…,r(M+k-N))・・・式(2)
【0042】
式(2)において、NはFIRフィルタ15-iのタップ数を表す。このような構成とすることで、時間軸で受波器11-i間の補正を行う第1の実施形態と同様の処理を実現することができる。
【0043】
(第2の実施形態)
第1の実施形態では、全ての受波器11-iで受信されたデータフレームを検出する構成を示した。第2の実施形態では、受波器11-iの一部のデータフレームを検出し、検出したデータフレームの到達時刻に基づいて全ての受波器11-iの到達時刻を推定する点で第1の実施形態と異なる。
【0044】
まず、第2の実施形態における基準時刻とのずれの算出方法について説明する。図8は、第2の実施形態における基準時刻とのずれの算出方法の概要を説明するための図である。図8では、受波器11-1~11-4が等間隔に一列に配置された線形アレーを示している。図8に示すように、4素子の線形アレーにある到来方向から音波が到来したとする。この場合、受波器11-1に対する受波器11-2から受波器11-4の到達時刻差は線形に変化する。
【0045】
したがって、受波器11-1で受信したデータフレームの到達時刻を基準とし、受波器11-2~11-4の1つ以上のデータフレームの到達時刻と受波器11-iの位置関係がわかれば、到達タイミングの勾配(図8ではTと定義したパラメータ)を推定することができる。このような構成により、全ての受波器11-iで受信されたデータフレームを検出しなくても全ての受波器11-iにデータフレームが到達する時刻を推定することができる。その結果、基準時刻とのずれを全ての受波器11-iで受信されたデータフレームを検出しなくても算出することができる。
【0046】
図9は、第2の実施形態における受信機10bの構成を示す図である。受信機10bは、水中音響通信に利用される受信機である。受信機10bは、複数の受波器11-1~11-4と、複数の検出部12-1~12-2と、オフセット値算出部13と、複数のタイミング調整部14-1~14-4と、複数のFIRフィルタ15-1~15-4と、合成部16と、到達時刻推定部18とを備える。
【0047】
図9では、一例として、受波器11、タイミング調整部14及びFIRフィルタ15が4台、検出部12が2台備えられている構成を示しているが、受波器11、タイミング調整部14及びFIRフィルタ15は3台(n=3台)以上であって、同数備えられれば良い。さらに、検出部12は、少なくとも2台(n-1台)であって、受波器11、タイミング調整部14及びFIRフィルタ15より少ない台数であればよい。
【0048】
図9において、検出部12-1は受波器11-3に接続され、検出部12-2は受波器11-4に接続されている。このように、検出部12は、N(図9では、4)個の受波器11のうち一部の受波器11に備えられる。検出部12-1及び12-2は、接続されている受波器11(例えば、受波器11-3及び11-4)から出力された受信信号を検出する。さらに検出部12-1及び12-2は、データフレームの到達時刻を検出する。
【0049】
到達時刻推定部18は、検出部12-1及び12-2で得られた到達時刻に基づいて、全ての受波器11-iの到達時刻を推定する。到達時刻の推定には任意のアルゴリズムが用いられてもよい。例えば、線形独立性より、線形に配置したアレーであれば2つ以上の受波器11-i間のデータフレームの到達時刻差の情報に基づいて理論上全ての受波器11-iの到達時刻を推定することができる。あるいは、平面的に配置したアレーであれば、3つ以上の受波器11-i間のデータフレームの到達時刻差の情報(例えば、受波器11-1を基準とした受波器11-2の到達時刻差及び受波器11-3の到達時刻差)に基づいて理論上全ての受波器11-iの到達時刻を推定することができる。
【0050】
オフセット値算出部13は、基準時刻と、到達時刻推定部18により得られた全ての受波器11-iの到達時刻との差に基づいて基準時刻からのずれを、受波器11-i毎に算出する。
【0051】
以上のように構成された受信機10bによれば、全ての受波器11-iで受信されたデータフレームを検出する必要性がなくなり、膨大な受波器11-iを使用する際にフレーム検出にかかる演算量を大幅に削減することが可能になる。
【0052】
タイミング調整部14は、検出された複数の信号の到来方向に基づいて、前記複数の受波器11間の到達時刻のずれを調整してもよい。
【0053】
上述した実施形態における受信機10、10a、10bの一部の機能部をコンピュータで実現するようにしてもよい。その場合、この機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することによって実現してもよい。なお、ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。
【0054】
また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD-ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。さらに「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、インターネット等のネットワークや電話回線等の通信回線を介してプログラムを送信する場合の通信線のように、短時間の間、動的にプログラムを保持するもの、その場合のサーバやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリのように、一定時間プログラムを保持しているものも含んでもよい。また上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであってもよく、さらに前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるものであってもよく、FPGA等のプログラマブルロジックデバイスを用いて実現されるものであってもよい。
【0055】
以上、この発明の実施形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の設計等も含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、水中音響通信の技術に適用できる。
【符号の説明】
【0057】
10、10a、10b…受信機, 11-1~11-n…受波器, 12-1~12-n…検出部, 13…オフセット値算出部, 14-1~14-n…タイミング調整部, 15-1~15-n…FIRフィルタ, 16…合成部, 17-1~17-n…先頭カウンタ値設定部, 18…到達時刻推定部
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