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特許7667747アルギン酸塩を使用した対象の処置のための組合せ及び方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-15
(45)【発行日】2025-04-23
(54)【発明の名称】アルギン酸塩を使用した対象の処置のための組合せ及び方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/20 20060101AFI20250416BHJP
   A61P 19/04 20060101ALI20250416BHJP
   A61K 31/734 20060101ALI20250416BHJP
   A61K 47/20 20060101ALI20250416BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20250416BHJP
   A61L 27/52 20060101ALI20250416BHJP
【FI】
A61L27/20
A61P19/04
A61K31/734
A61K47/20
A61K9/08
A61L27/52
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021571198
(86)(22)【出願日】2021-01-13
(86)【国際出願番号】 JP2021000754
(87)【国際公開番号】W WO2021145325
(87)【国際公開日】2021-07-22
【審査請求日】2023-11-15
(31)【優先権主張番号】P 2020003614
(32)【優先日】2020-01-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度 国立研究開発法人科学技術振興機構、産学共同実用化開発事業「(J13-13)硬化性ゲルを用いた関節軟骨損傷の治療」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000181147
【氏名又は名称】持田製薬株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼井 伴和
(72)【発明者】
【氏名】水野 均
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 彬
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 俊弥
(72)【発明者】
【氏名】阪上 真一
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 倫政
(72)【発明者】
【氏名】小野寺 智洋
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 浩司
【審査官】星 浩臣
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/163603(WO,A1)
【文献】特許第4740369(JP,B2)
【文献】特表2017-537130(JP,A)
【文献】特開2011-246714(JP,A)
【文献】特表2013-514152(JP,A)
【文献】国際公開第2018/084306(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L
A61K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルギン酸1価金属塩を含有する第1材組成物と、アルギン酸1価金属塩を架橋する作用を有する架橋剤を含有する第2材組成物とを含み、前記第1材組成物を、流動性がある状態で対象に施与し、前記第2材組成物を、前記対象に施与した該第1材組成物に接触させてその少なくとも一部分をゲル化させるようにして用いるための、該組成物の組合せ物であって、前記第1材組成物が、更に着色成分として0.0005質量%~0.05質量%の青色1号(ブリリアントブルーFCF)を含有することにより、前記対象に施与した該第1材組成物の表面のゲル膜の形成状態を評価することができるようにしたこと、及び前記第1材組成物が、保存時に、溶液状態であることを特徴とする、該組合せ物。
【請求項2】
前記ゲル膜の形成状態の評価が、前記対象に施与した該第1材組成物のうちの流動性がある状態の組成物の流出の有無の評価である、請求項1記載の組合せ物。
【請求項3】
前記ゲル膜の形成状態の評価が、(1)前記対象に施与した該第1材組成物のゲル膜表面の洗浄後、及び/又は、(2)前記対象に施与した該第1材組成物のゲル膜表面への加圧後に行われる、請求項1又は2記載の組合せ物。
【請求項4】
前記ゲル膜表面への加圧が、該ゲル膜表面に器具を接触させることにより行われる、請求項3記載の組合せ物。
【請求項5】
前記対象は、骨組織、軟骨組織、骨軟骨組織、椎間板組織、半月板組織、靭帯からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1~4のいずれか1項に記載の組合せ物。
【請求項6】
前記第1材組成物の、分光色差計(光源:D65/2、測定モード:透過測定)での測定によるL*a*b*表色系における色彩値が、L*=40~80、a*=-40~0、b*=-60~-20である、請求項1~のいずれか1項に記載の組合せ物。
【請求項7】
前記第1材組成物の、設定温度5℃の冷蔵庫で1か月間保存後と保存前とを比べたときの、分光色差計(光源:D65/2、測定モード:透過測定)での測定によるL*a*b*表色系における色差ΔE値が35以下である、請求項1~のいずれか1項に記載の組合せ物。
【請求項8】
前記第1材組成物が、2℃~8℃の条件下で保存可能である、請求項1~のいずれか1項に記載の組合せ物。
【請求項9】
前記第1材組成物が、更に他の1価金属塩を含有する、請求項1~のいずれか1項に記載の組合せ物。
【請求項10】
前記第1材組成物が、塩化ナトリウムを含有し、2℃~8℃の条件下で保存可能な組成物である、請求項1~のいずれか1項に記載の組合せ物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟骨再生等に有用な、アルギン酸1価金属塩を使用した対象の処置技術に関する。
【背景技術】
【0002】
膝などの関節軟骨には血管や神経のネットワークが存在しないため、自己修復能がほとんどなく、そのため、軟骨欠損が放置されると、関節痛や関節機能の喪失がもたらされ、しばしば変形性関節症へと発展することがある。また、加齢や関節の酷使によって関節軟骨の表面の磨耗が始まった変形性関節症の初期段階から、病状が進行した結果として、広範な領域での軟骨欠損に至ることもある。
【0003】
軟骨損傷に対する治療法としては、自家骨軟骨柱移植術(mosaicplasty)、ピックで穿孔する方法(microfracture法)、ドリリング(drilling)、バーで軟骨下骨を削る方法(abrasion法)、損傷軟骨切除(debridement)などの外科的処置が知られている。これらのうち、microfracture法、drilling、abrasion法は、骨髄刺激法(Marrow stimulation technique)と呼ばれ、骨髄から出血を促し、骨髄由来の軟骨前駆細胞を誘導し、軟骨への分化を期待するものである。しかしながら、骨髄刺激法では、本来の硝子軟骨とは力学的特性の異なる線維軟骨が形成されてしまうという問題があった。
【0004】
一方、アルギン酸1価金属塩を溶解して流動性がある状態にした材を軟骨組織の欠損部に施与し、固定のため架橋剤を添加してゲル化して、所定期間留置することにより、硝子軟骨の形成が促され、軟骨再生用組成物等として有用であることが知られている(特許文献1)。また、椎間板組織については、椎間板髄核摘出(切除)術後の空洞にアルギン酸1価金属塩を髄核補填材として充填することで、椎間板髄核の再生が促されることが示されている(特許文献2)。更に、止血作用を有する成分と人体に適用可能な色素を含有する局所止血用組成物が開示され、止血作用を有する成分として、トロンビン、アルギン酸ナトリウム、血管収縮剤が挙げられ、色素の一つに青色1号が挙げられている。しかし、アルギン酸ナトリウムを実際に用いた具体例は開示されていない(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4740369号公報
【文献】特許第6487110号公報
【文献】特開2002-104996号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、アルギン酸1価金属塩の使用の際、所望する箇所に施与されたかどうかや、架橋剤によるゲル化が十分かどうか、一旦ゲル化した部分に破損が生じていないかどうかなど、確認することが難しいという側面があることを認識した。すなわち、例えば関節鏡下における施術などではことさらに、使用者としては、固定の不確実さのため、アルギン酸1価金属塩を含む材やそのゲル化のための材を過剰量に用いたり、それらの施与後には生理食塩水等を十分量用いて洗浄したりすることなどして対処しなければならなかった。しかしながらそのように適用される材は、目的の箇所以外の周辺にはできるだけ拡がらないようにすることが望まれる。また、洗浄作業の省力化も望まれる。
【0007】
本発明の目的は、上記のような課題に鑑み、アルギン酸1価金属塩を含有する流動性がある状態の材を対象に施与する際、その確実な固定を実現することにある。
また本発明の別の目的は、着色成分とアルギン酸1価金属塩を含有し、約2~8℃の低温で、一定期間(例えば1か月間等)の保存によっても着色成分の析出が生じない、すなわち、安定に保存可能な組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
【0009】
[0] アルギン酸1価金属塩を含有する第1剤(材)組成物と、アルギン酸1価金属塩を架橋する作用を有する架橋剤を含有する第2剤(材)組成物とを含み、前記第1剤(材)組成物を、流動性がある状態で対象に施与し、前記第2剤(材)組成物を、前記対象に施与した該第1剤(材)組成物に接触させてその少なくとも一部分をゲル化させるようにして用いる、該組成物の組合せであって、前記第1剤(材)組成物が、更に着色成分を含有することにより、前記対象に施与した該第1剤(材)組成物の表面のゲル膜の形成状態を評価することができるようにしたことを特徴とする、該組合せ。
[1] アルギン酸1価金属塩を含有する第1剤(材)組成物と、アルギン酸1価金属塩を架橋する作用を有する架橋剤を含有する第2剤(材)組成物とを含み、前記第1剤(材)組成物を、流動性がある状態で対象に施与し、前記第2剤(材)組成物を、前記対象に施与した該第1剤(材)組成物に接触させてその少なくとも一部分をゲル化させるようにして用いるための、該組成物の組合せ物であって、前記第1剤(材)組成物が、更に着色成分を含有することにより、前記対象に施与した該第1剤(材)組成物の表面のゲル膜の形成状態を評価することができるようにしたことを特徴とする、該組合せ物。
[2] 前記ゲル膜の形成状態の評価が、前記対象に施与した該第1剤(材)組成物のうちの流動性がある状態の組成物の流出の有無の評価である、上記[1]に記載の組合せ物。
[3] 前記ゲル膜の形成状態の評価が、(1)前記対象に施与した該第1剤(材)組成物のゲル膜表面の洗浄後、及び/又は、(2)前記対象に施与した該第1剤(材)組成物のゲル膜表面への加圧後に行われる、上記[1]又は[2]に記載の組合せ物。
[4] 前記ゲル膜表面への加圧が、該ゲル膜表面に器具を接触させることにより行われる、上記[3]に記載の組合せ物。
[5] 前記対象は、骨組織、軟骨組織、骨軟骨組織、椎間板組織、半月板組織、靭帯からなる群から選択される少なくとも1種である、上記[1]~[4]のいずれか1項に記載の組合せ物。
[6] 前記第1材組成物が、前記着色成分として生体に施与可能な青色~緑色の色素を含有する、上記[1]~[5]のいずれか1項に記載の組合せ物。
[7] 前記第1材組成物の、分光色差計(光源:D65/2、測定モード:透過測定)での測定によるL*a*b*表色系における色彩値が、L*=40~80、a*=-40~0、b*=-60~-20である、上記[1]~[6]のいずれか1項に記載の組合せ物。
[8] 前記着色成分が、設定温度5℃の冷蔵庫で1か月間の保存後に析出が生じない濃度で含有されている、上記[1]~[7]のいずれか1項に記載の組合せ物。
[9] 前記第1材組成物の、設定温度5℃の冷蔵庫で1か月間保存後と保存前とを比べたときの、分光色差計(光源:D65/2、測定モード:透過測定)での測定によるL*a*b*表色系における色差ΔE値が35以下である、上記[1]~[8]のいずれか1項に記載の組合せ物。
[10] 前記第1材組成物が、2℃~8℃の条件下で保存可能である、上記[1]~[9]のいずれか1項に記載の組合せ物。
[11] 前記第1材組成物が、更に他の1価金属塩を含有する、上記[1]~[10]のいずれか1項に記載の組合せ物。
[12] 前記第1材組成物が、保存時に、溶液状態又は乾燥状態である、上記[1]~[11]のいずれか1項に記載の組合せ物。
[13] 前記第1材組成物が、アルギン酸1価金属塩、生体に施与可能な青色~緑色の色素、及び、塩化ナトリウムを含有し、2℃~8℃の条件下で保存可能な組成物であって、該組成物は保存時に溶液状態又は乾燥状態である、上記[1]~[12]のいずれか1項に記載の組合せ物。
[14] 前記着色成分は、0.0005質量%~0.05質量%の青色1号(ブリリアントブルーFCF)である、上記[1]~[13]のいずれか1項に記載の組合せ物。
[15] 前記着色成分は、該成分の媒体環境に応じた色調変化をもたらすものである、上記[1]~[13]のいずれか1項に記載の組合せ物。
[16] 前記媒体環境はpH環境である、上記[15]に記載の組合せ物。
[17] 前記第1材組成物はpH6以上pH8以下のゾル又は液体であり、前記第2材組成物はpH4以上pH6未満、又はpH8超pH12以下の液体である、上記[15]又は[16]に記載の組合せ物。
[18] 前記着色成分は、pH感受性色素、又は溶解遅延用素材で被覆されたpH感受性色素である、上記[15]~[17]のいずれか1項に記載の組合せ物。
【0010】
本発明では、以下の対象の処置方法を提供し、例えば、下記の構成を採用してもよい。
[2-1] アルギン酸1価金属塩及び着色成分を含有する第1剤(材)組成物を、流動性がある状態で対象に施与する工程と、アルギン酸1価金属塩を架橋する作用を有する架橋剤を含有する第2剤(材)組成物を、前記対象に施与した該第1剤(材)組成物に接触させてその少なくとも一部分をゲル化させる工程と、前記対象に施与した該第1剤(材)組成物の表面のゲル膜の形成状態を評価する工程とを含む、該対象の処置方法。
[2-2] 前記ゲル膜の形成状態の評価が、前記対象に施与した該第1剤(材)組成物のうちの流動性がある状態の組成物の流出の有無の評価である、上記[2-1]に記載の方法。
[2-3] 前記ゲル膜の形成状態の評価が、(1)前記対象に施与した該第1剤(材)組成物のゲル膜表面の洗浄後、及び/又は、(2)前記対象に施与した該第1剤(材)組成物のゲル膜表面への加圧後に行われる、上記[2-1]又は[2-2]に記載の方法。
[2-4] 前記ゲル膜表面への加圧が、該ゲル膜表面に器具を接触させることにより行われる、上記[2-3]に記載の方法。
[2-5] 前記対象は、骨組織、軟骨組織、骨軟骨組織、椎間板組織、半月板組織、靭帯からなる群から選択される少なくとも1種である、上記[2-1]~[2-4]のいずれか1項に記載の方法。
[2-6] 前記第1材組成物が、前記着色成分として生体に施与可能な青色~緑色の色素を含有する、上記[2-1]~[2-5]のいずれか1項に記載の方法。
[2-7] 前記第1材組成物の、分光色差計(光源:D65/2、測定モード:透過測定)での測定によるL*a*b*表色系における色彩値が、L*=40~80、a*=-40~0、b*=-60~-20である、上記[2-1]~[2-6]のいずれか1項に記載の方法。
[2-8] 前記着色成分が、設定温度5℃の冷蔵庫で1か月間の保存後に析出が生じない濃度で含有されている、上記[2-1]~[2-7]のいずれか1項に記載の方法。
[2-9] 前記第1材組成物の、設定温度5℃の冷蔵庫で1か月間保存後と保存前とを比べたときの、分光色差計(光源:D65/2、測定モード:透過測定)での測定によるL*a*b*表色系における色差ΔE値が35以下である、上記[2-1]~[2-8]のいずれか1項に記載の方法。
[2-10] 前記第1材組成物が、2℃~8℃の条件下で保存可能である、上記[2-1]~[2-9]のいずれか1項に記載の方法。
[2-11] 前記第1材組成物が、更に他の1価金属塩を含有する、上記[2-1]~[2-10]のいずれか1項に記載の方法。
[2-12] 前記第1材組成物が、保存時に、溶液状態又は乾燥状態である、上記[2-1]~[2-11]のいずれか1項に記載の方法。
[2-13] 前記第1材組成物が、アルギン酸1価金属塩、生体に施与可能な青色~緑色の色素、及び、塩化ナトリウムを含有し、2℃~8℃の条件下で保存可能な組成物であって、該組成物は保存時に溶液状態又は乾燥状態である、上記[2-1]~[2-12]のいずれか1項に記載の方法。
[2-14] 前記着色成分は、0.0005質量%~0.05質量%の青色1号(ブリリアントブルーFCF)である、上記[2-1]~[2-13]のいずれか1項に記載の方法。
【0011】
本発明では、以下の対象の処置に用いるためのアルギン酸1価金属塩を提供し、例えば、下記の構成を採用してもよい。
[3-1] アルギン酸1価金属塩及び着色成分を含有する第1剤(材)組成物を、流動性がある状態で対象に施与する工程と、アルギン酸1価金属塩を架橋する作用を有する架橋剤を含有する第2剤(材)組成物を、前記対象に施与した該第1剤(材)組成物に接触させてその少なくとも一部分をゲル化させる工程と、前記対象に施与した該第1剤(材)組成物の表面のゲル膜の形成状態を評価する工程とを含む、該対象の処置に用いるための該第1剤(材)及び第2剤(材)組成物の組合せ。
【0012】
本発明では、以下の生体適用組成物を提供し、例えば、下記の構成を採用してもよい。
[4-1] アルギン酸1価金属塩を含有し、流動性がある状態で対象に施与されるための生体適用組成物であって、着色成分として、生体に施与可能な青色~緑色の色素を含有することを特徴とする、該生体適用組成物。
[4-2] 前記対象は、骨組織、軟骨組織、骨軟骨組織、椎間板組織、半月板組織、靭帯からなる群から選択される少なくとも1種である、[4-1]に記載の生体適用組成物。
[4-3] 前記生体適用組成物の、分光色差計(光源:D65/2、測定モード:透過測定)での測定によるL*a*b*表色系における色彩値が、L*=40~80、a*=-40~0、b*=-60~-20である、上記[4-1]又は[4-2]に記載の生体適用組成物。
[4-4] 前記着色成分が、設定温度5℃の冷蔵庫で1か月間の保存後に析出が生じない濃度で含有されている、上記[4-1]~[4-3]のいずれか1項に記載の生体適用組成物。
[4-5] 前記生体適用組成物の、設定温度5℃の冷蔵庫で1か月間保存後と保存前の組成物とを比べたときの、分光色差計(光源:D65/2、測定モード:透過測定)での測定によるL*a*b*表色系における色差ΔE値が35以下である、上記[4-1]~[4-4]のいずれか1項に記載の生体適用組成物。
[4-6] 前記生体適用組成物が、2℃~8℃の条件下で保存可能である、[4-1]~[4-5]のいずれか1項に記載の生体適用組成物。
[4-7] 前記アルギン酸1価金属塩は、GPC-MALS法により測定された重量平均分子量(絶対分子量)が1万~100万である、上記[4-1]~[4-6]のいずれか1項に記載の生体適用組成物。
[4-8] 前記アルギン酸1価金属塩が、低エンドトキシンアルギン酸1価金属塩である、上記[4-1]~[4-7]のいずれか1項に記載の生体適用組成物。
[4-9] 前記生体適用組成物が、更に他の1価金属塩を含有する、[4-1]~[4-8]のいずれか1項に記載の生体適用組成物。
[4-10] 前記生体適用組成物が、保存時に、溶液状態又は乾燥状態である、[4-1]~[4-9]のいずれか1項に記載の生体適用組成物。
[4-11] 前記生体適用組成物が、アルギン酸1価金属塩、生体に施与可能な青色~緑色の色素、及び、塩化ナトリウムを含有し、2℃~8℃の条件下で保存可能な組成物であって、該組成物は保存時に溶液状態又は乾燥状態である、[4-1]~[4-10]のいずれか1項に記載の生体適用組成物。
[4-12] 前記生体適用組成物は、対象に施与したときに少なくとも一部分がゲル化するようにして用いるための組成物である、[4-1]~[4-11]のいずれか1項に記載の生体適用組成物。
[4-13] 前記着色成分は、0.0005質量%~0.05質量%の青色1号(ブリリアントブルーFCF)である、上記[4-1]~[4-12]のいずれか1項に記載の生体適用組成物。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、アルギン酸1価金属塩を溶解して流動性がある状態にした材を対象に施与する際、着色成分を含有することにより、その後にアルギン酸1価金属塩を架橋する作用を有する架橋剤でゲル化して固定するための処理が十分かどうか、簡便に確認することができる。これにより、その確実な固定を実現することができる。
また、視認性を与える着色成分として国等の規制により生体への使用が許可されている色素、すなわち生体へ施与可能な色素を用いることにより、ヒト等に対して安全に使用することができる。
更に、約2℃~8℃の低温条件下で一定期間安定に保存可能な、着色成分及びアルギン酸1価金属塩を含有する組成物が提供されるため、安全性も高く、使い勝手がよい。
本発明の組合せ物、処置方法、及び、生体適用組成物は、上記のうちいずれか一つ以上の効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の一実施形態を表わす概略説明図であり、アルギン酸1価金属塩を含有する第1剤(材)組成物と、アルギン酸1価金属塩を架橋する作用を有する架橋剤を含有する第2剤(材)組成物とを、対象に施与する操作を説明する概略説明図である。
図2】試験例2において、アルギン酸ナトリウム溶液(2w/w%)に生体へ施与可能な色素である青色1号(ブリリアントブルーFCF)を所定濃度で添加して、着色し、5℃に設定した冷蔵庫で保存したときの色調と外観の経時変化を調べた結果を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、アルギン酸1価金属塩の利用に関する。具体的には、例えば、アルギン酸1価金属塩を軟骨の損傷部もしくは欠損部に施与することで、その部位における軟骨組織の再生が促されることが報告されている(特許第4740369号公報)。また、例えば、アルギン酸1価金属塩を椎間板髄核摘出(切除)術後の空洞に髄核補填材として施与することで、椎間板髄核の再生が促され、椎間板組織全体の変性も抑制されることが報告されている(特許第6487110号公報)。これらのように、アルギン酸1価金属塩は、損傷もしくは欠損した組織を再生・修復したり、保護したりする用途に有用である。本発明の組合せ物、方法又は生体適用組成物は、例えば、骨組織、軟骨組織、骨軟骨組織、椎間板組織、半月板組織、靭帯などの損傷部や欠損部に好ましく用いられる。本明細書において「損傷」とは、「欠損」「断裂」「病変」等も含む。なお、生物の範囲はヒトに限定されるものではない。ヒト以外の生物、例えば、イヌ、ネコ、ブタ、ウサギ、ヒツジ、ウマ、ウシ、サル、トリ、マウス、ラット、モルモット、ハムスターなども挙げられる。
【0016】
本発明においては、アルギン酸1価金属塩の利用のため、第1剤(材)として、アルギン酸1価金属塩を含有する組成物を用いる。また、第2剤(材)として、アルギン酸1価金属塩を架橋する作用を有する架橋剤を含有する組成物を用いる。そして、上記第1剤(材)組成物を、流動性がある状態で対象に施与し、上記第2剤(材)組成物を対象に施与した該第1剤(材)組成物に接触させてその少なくとも一部分をゲル化させる。これにより、対象に施与した上記第1剤(材)組成物を固定し、適用した位置からズレたり、漏出したりするのを防ぐことができる。
【0017】
本発明においては、上記構成に加えて、上記第1材組成物が、更に着色成分を含有する。そして、その着色成分を指標にして観察することにより、対象に施与した上記第1材組成物の表面のゲル膜の形成状態を評価することができるようにしている。ここで「ゲル膜」とは、架橋剤を含有する第2材組成物を、第1材組成物に接触させて、第1材組成物の表面に形成されたゲルである。「評価することができる」とは、上記第1材組成物の表面のゲル膜の形成状態を目視により確認できることを包含する意味であり、更に、直接の目視による場合だけでなく、顕微鏡や内視鏡(特に関節適用の場合は関節鏡)を介した確認をすることができることを包含する意味である。
【0018】
上記ゲル膜の形成状態の評価は、対象に施与した上記第1材組成物のうちの流動性がある状態の組成物が流出してくるかどうかを、上記第1材組成物に含有された着色成分を指標にして、観察することにより行うことができる。例えば、限定されないいくつかの典型的な態様においては、生理食塩水等によってゲル膜表面を洗浄した後に、対象に施与した上記第1材組成物のうちの流動性がある状態の組成物が流出してくるかどうかを観察することにより評価を行うことができる。あるいは、例えば、上記ゲル膜表面に、ゾンデ(消息子)、鉗子、鑷子、シリンジ等の注入器の先端部等の器具を接触させることにより加圧した後に、対象に施与した上記第1材組成物のうちの流動性がある状態の組成物が流出してくるかどうかを観察してもよい。
【0019】
本発明に用いられる着色成分としては、骨組織、軟骨組織、骨軟骨組織、椎間板組織、半月板組織、靭帯などへ第1材組成物を施与したときに、ゲル膜の形成状態を評価しやすいものであることが好ましい。例えば、中間色系(例えば緑色)、寒色系(例えば青色)等の色調を呈する色素であれば、施術等において、視野に周辺組織、血液(赤・黄色系統の色調)、軟骨(白色系統の色調)、影(黒色系統の色調)などが含まれる環境下においても、それらからより判別しやすくなるので好ましい。このような色素としては、例えば、緑色3号(ファストグリーンFCF)、銅クロロフィル、銅クロロフィルナトリウム、スルホブロモフタレインナトリウム、インドシアニングリーン、フルオロレインナトリウム、メチレンブルー、青色1号(ブリリアントブルーFCF)、青色2号(インジゴカルミン)、トルイジンブルー、ピオクタニンブルー、リン酸マンガンアンモニウムなどが挙げられる。
また、いくつかの態様では、本発明に用いる着色成分は、国等の規制により生体への使用が許可されている色素、すなわち生体に施与可能な色素が好ましく、これについては後述する。
また、別の態様では、本発明に用いる着色成分は、本明細書の記載に準じて第1材組成物又は生体適用組成物を調製したときに、約2~8℃の低温条件下で、一定期間安定に保存可能な着色成分であることが好ましい。
【0020】
本発明の限定されないいくつかの態様においては、上記着色成分は、媒体環境に応じた色調変化をもたらすものであってもよい。これによれば、対象に施与した上記第1材組成物が流出してくる場合には、その着色成分は媒体環境の変化に曝されることになり、それにともなって色調も変化するので、流出しているかどうかをより確実に把握し易くなる。また、上記ゲル膜の形成は、架橋剤を含有する第2材組成物が、対象に施与した第1材組成物の表面付近を拡散するにつれ、第1材組成物との接触により起こる。よって、着色成分が色調変化を起こす状況を把握することにより、その色調変化は対象に施与した上記第1材組成物の表面付近のゲル化の状況を反映しており、ひいてはこれにより、ゲル膜の形成状態が更に把握し易くなる。
【0021】
上記したような態様に使用するための、媒体環境に応じた色調変化をもたらす着色成分としては、pH環境に応じた色調変化をもたらすpH感受性色素が好ましい。一般に、pH感受性色素には酸性側に変色域を有する色素と、塩基性側に変色域を有する色素があるので、所望に応じて、適宜に適切な変色域を有する色素を用いることができる。表1,2には、代表的なpH感受性色素を示す。
【0022】
【表1】
【0023】
【表2】
【0024】
例えば、限定されないいくつかの典型的な態様においては、第2材組成物のpHがpH4以上pH6未満の場合は、第1材組成物のpHをpH6以上pH8以下としたうえメチルレッド等のジアゾ系色素を用いることにより、上記したようなゲル膜の視認化の効果を奏し得る。また、ブロモクレゾールグリーン等のサルトン系の色素を用いてもよい。上記第2材組成物のpHがpH8超pH12以下の場合は、上記第1材組成物のpHをpH6以上pH8以下としたうえフェノールフタレイン等のラクトン系色素を用いることにより、上記したようなゲル膜の視認化の効果を奏し得る。また、アントシアニジン等のアントシアニン系の色素を用いてもよい。
【0025】
着色成分の含有量としては、必要に応じて適宜に適切な含有量を設定することができるが、典型的に例示するとすれば、第1材組成物全体の0.0005w/v%~1.0w/v%であることが好ましく、より好ましくは0.001w/v%~1.0w/v%であり、更に好ましくは0.01w/v%~1.0w/v%である。また、別の態様では、着色成分の含有量は、第1材組成物全体の0.0005w/w%~1.0w/w%であってよく、好ましくは、0.0005w/w%~0.1w/w%である。なお、本明細書において、「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。
【0026】
上記pH感受性色素は、溶解遅延用素材で被覆してもよい。これによれば、一定時間経過後にその素材が溶解するまで、着色成分による色調変化が起こらないので、上記第1材組成物に上記第2材組成物が接触してから、一定の時間が経過したことに関する情報を、あわせて可視化することができる。そのような態様に使用し得る溶解遅延用素材でとしては、CMEC(カルボキシメチルエチルセルロース)、メタクリル酸コポリマーS、メタクリル酸コポリマーL、又はこれらを適切な比率で混合することによって溶解するpH域をpH8~12の範囲内で適切に調節したものなどが挙げられる。また、色素を被覆する方法としては、溶解遅延用素材を用いてマイクロカプセル化する方法、溶解遅延用素材と練合した後に粉砕や押出し造粒によって顆粒化する方法、スプレードライ法による微粒子を形成する方法等、このような周知の方法で調製することができる。
【0027】
図1には、本発明の一実施形態として、上記2剤(材)を軟骨欠損部に適用する場合を例として、その操作を更に詳細に説明する。
【0028】
まず、アルギン酸1価金属塩を含有する第1剤(材)組成物1を、流動性があるゾル又は液体の状態の組成物に調製して、図示しないシリンジ等の注入器で軟骨欠損部2に充填する(図1a)。軟骨欠損部2には、例えば、骨髄から出血を促し、骨髄由来の軟骨前駆細胞を誘導し、軟骨への分化を期待する骨髄刺激法(Marrow stimulation technique)の施術がなされてもよい。骨髄刺激法では、具体的には、ピック、パワードリル等を用いて、直径1.5mm程度で軟骨下骨に達する1又は複数個の穴が形成されてもよい。また、軟骨損傷部に骨髄由来の軟骨前駆細胞が残存している場合には、同様に直径1.5mm程度であって、軟骨下骨まで達しない1又は複数個の穴を形成してもよい。
【0029】
次に、アルギン酸1価金属塩を架橋する作用を有する架橋剤を含有する第2剤(材)組成物3をシリンジ等の注入器から、軟骨欠損部2に充填した第1剤(材)組成物1の表面に滴下する(図1b)。第2剤(材)組成物3に含まれる架橋剤が、第2剤(材)組成物3の拡散とともに、第1剤(材)組成物1の表面付近全体に拡散し(図1中、「1a」の符号で指し示す部分)、アルギン酸1価金属塩に対する架橋作用が発揮されて、それにより軟骨欠損部2の開口部に蓋がされるように軟骨欠損部2に充填した第1剤(材)組成物1の表面にゲル膜が形成する(図1c)。このようにして、軟骨欠損部2への充填の際には流動性がある状態であった第1剤(材)組成物1が、軟骨欠損部2に固定され、その適用位置がズレたり、軟骨欠損部2から漏出したりすることが防がれる。なお、第1剤(材)組成物1の表面付近以外の内部(図1中、「1b」の符号で指し示す部分)については、必ずしもゲル化していなくてもよい。むしろゲル化していないほうが、組織の基となる前駆細胞の移動や組織化に有利に働く場合がある。
【0030】
本発明において、アルギン酸1価金属塩を含有する上記第1材組成物を対象に施与したり、その後、アルギン酸1価金属塩を架橋する作用を有する架橋剤を含有する上記第2材組成物を作用させたりする方式としては、特に制限はないが、例えば生体に対する典型的な術式としては、患部を切開により直視下においてする施術などが挙げられる。また、経皮的術式(約5mmの切開)でもよい。あるいは、より侵襲性の低い術式の選択としては、顕微鏡下(約3~4cmの切開)もしくは内視鏡(特に関節適用の場合は関節鏡)下(約1~2cmの切開)に施術してもよい。本発明によれば、上記第1材組成物の適用時の視認性が向上しているので、顕微鏡下や内視鏡(特に関節適用の場合は関節鏡)下での施術のように、視野が限られる術式を採用した場合に特にメリットが大きい。例えば、関節鏡視下の狭い関節空間において、第1材組成物1を軟骨欠損部2に周辺組織と同じ高さになるまで注入する際、組成物が透明だと適切に充填できているかが分からず施術が難しい。組成物を着色することにより、充填の様子が見えるため適切に充填できる。
【0031】
本発明の限定されないいくつかの態様においては、上記第1材組成物の上記第2材組成物に対する作用性を、予めインビトロ試験により評価しておくこともできる。すなわち、実際の使用時と同様の使用比率を用いて、例えば、直径6mmの試験管に上記第1材組成物500μLを入れ、及び、所定の使用比率に架橋剤を調製した上記第2材組成物をその上から充填して1時間静置後に、試験管内の組成物の表面部分がゲル化している一方、試験管内の組成物の容量の少なくとも5割はゲル化しておらず、ゲル化していない部分は、試験管内の組成物の容量の少なくとも5割が21Gの注射針をつけたシリンジで吸引できることなどで、予め評価されてもよい。
【0032】
以下、本発明を更に詳細に説明する。
【0033】
1.アルギン酸1価金属塩
アルギン酸は、生分解性の高分子多糖類であって、D‐マンヌロン酸(M)とL‐グルロン酸(G)という2種類のウロン酸が直鎖状に重合したポリマーである。より具体的には、D‐マンヌロン酸のホモポリマー画分(MM画分)、L‐グルロン酸のホモポリマー画分(GG画分)、及びD‐マンヌロン酸とL‐グルロン酸がランダムに配列した画分(MG画分)が任意に結合したブロック共重合体である。アルギン酸のD‐マンヌロン酸とL‐グルロン酸の構成比(M/G比)は、主に海藻等の由来となる生物の種類によって異なり、また、その生物の生育場所や季節による影響を受け、M/G比が約0.4の高G型からM/G比が約5の高M型まで高範囲にわたる。
【0034】
アルギン酸は天然由来のものでもよく、合成物であってもよいが、例えば、褐藻類等に由来する天然由来のものを用いてもよい。アルギン酸を含有する褐藻類は世界中の沿岸域に繁茂しているが、実際上、原料として使用できる褐藻類は限られており、南米のレッソニア、北米のマクロシスティス、欧州のラミナリアやアスコフィラム、豪のダービリアなどが代表的なものである。例えば、レッソニア(Lessonia)属、マクロシスティス(Macrocystis)属、ラミナリア(Laminaria)属(コンブ属)、アスコフィラム(Ascophyllum)属、ダービリア(Durvillea)属、アラメ(Eisenia)属、カジメ(Ecklonia)属などが挙げられる。
【0035】
本発明においては、アルギン酸1価金属塩を用いる。これによれば、アルギン酸1価金属塩は、溶解性や溶解安定性が良好であり、水等の溶媒に溶解させて流動性がある状態で生体組織等の対象に施与することに適した形態である。アルギン酸1価金属塩は、上記した褐藻類を用いて、酸法、カルシウム法等の公知の方法又はそれに準じる方法により調製することができる。具体的には、例えば、褐藻類から炭酸ナトリウム水溶液などのアルカリ水溶液を用いて抽出し、酸(例えば、塩酸、硫酸など)で中和した後、イオン交換処理することなどにより得ることができる。アルギン酸1価金属塩としては、具体的には、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウムなどを挙げることができるが、特には、市販品により入手可能なアルギン酸ナトリウムが好ましい。
【0036】
本発明に用いるアルギン酸1価金属塩のような高分子多糖類は、通常、その分子量を正確に定めることは困難であるが、分子量が低すぎると水等に溶解したときの見掛け粘度が低くなり、適用した生体組織等の対象への密着性が弱くなる虞があり、また、分子量が高すぎるものは調製が困難であるとともに、溶解性が低下する、水等に溶解したときに見掛け粘度が高すぎて取扱いが悪くなる、長期間の保存で物性を維持しにくい等の問題を生じるため、一般的に重量平均分子量で1万~1000万、好ましくは2万~800万、より好ましくは5万~500万の範囲である。
【0037】
本発明に用いるアルギン酸1価金属塩の分子量は、常法に従い測定することができる。一例として、例えば、分子量測定にゲル浸透クロマトグラフィーを用いる場合の代表的な条件においては、カラムとして、例えば、GMPW‐XL×2+G2500PW‐XL(7.8mm I.D.×300mm)を用いることができ、溶離液として、例えば、200mM硝酸ナトリウム水溶液を用いることができ、分子量標準として、例えば、プルランを用いることができる。また、他の一例として、分子量測定にGPC‐MALSを用いる場合の代表的な条件においては、検出器として、例えば、RI検出器と光散乱検出器(MALS)を用いることができる。
【0038】
一般に、天然物由来の高分子物質の分子量測定では、測定方法により値に違いが生じうることが知られている。よって、本発明に用いるアルギン酸1価金属塩の分子量について、例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)又はゲルろ過クロマトグラフィー(これらを合わせてサイズ排除クロマトグラフィーともいう)により測定した重量平均分子量は、好ましくは10万以上、より好ましくは50万以上であり、また好ましくは、500万以下、より好ましくは300万以下である。その好ましい範囲は、10万~500万であり、より好ましくは50万~350万である。
【0039】
また、例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)と多角度光散乱検出器(Multi Angle Light Scattering:MALS)とを組み合わせたGPC‐MALS法によれば、絶対重量平均分子量を測定することができる。本発明に用いるアルギン酸1価金属塩の分子量について、このようなGPC‐MALS法により測定した重量平均分子量(絶対分子量)は、好ましくは1万以上、より好ましくは8万以上、更に好ましくは9万以上であり、また好ましくは、100万以下、より好ましくは80万以下、更に好ましくは70万以下、とりわけ好ましくは50万以下である。その好ましい範囲は、1万~100万であり、より好ましくは8万~80万であり、より更に好ましくは9万~70万、とりわけ好ましくは9万~50万である。
【0040】
なお、通常、高分子多糖類の分子量を上記のような手法で算出する場合、10~20%以上の測定誤差を生じうる。例えば、40万であれば32~48万、50万であれば40~60万、100万であれば80~120万程度の範囲で値の変動が生じうる。
【0041】
アルギン酸1価金属塩は、褐藻類から抽出された当初は、分子量が大きく、見掛け粘度が高い傾向にあり、熱による乾燥、精製などの過程を経ることで、分子量が小さくなり、見掛け粘度が低くなる。製造工程の温度等の条件管理、原料とする褐藻類の選択、製造工程における分子量の分画などの手法により分子量の異なるアルギン酸1価金属塩を製造することができる。更に、異なる分子量あるいは粘度を持つ別ロットのアルギン酸1価金属塩と混合することにより、目的とする分子量を有するアルギン酸1価金属塩とすることも可能である。
【0042】
よって、本発明に用いるアルギン酸1価金属塩の品質は、上記した分子量とともに、粘度の特性によっても検定することができる。この点、例えば、ミリQ水に溶解して1w/w%濃度の溶液とし、コーンプレート型粘度計を用いて20℃の条件で粘度測定を行ったときの粘度が、40mPa・s~800mPa・sであることが好ましく、50mPa・s~600mPa・sであることがより好ましい。
【0043】
本発明に用いるアルギン酸1価金属塩は、低エンドトキシン処理されていることが好ましい。これによれば、発熱等を惹起することなく、生体組織等の対象に適用する場合により安全に施与することができる。エンドトキシンレベルは、公知の方法で確認することができ、例えば、リムルス試薬(LAL)による方法、エントスペシー(登録商標)ES‐24Sセット(生化学工業株式会社)を用いる方法などによって測定することができる。
【0044】
低エンドトキシン処理は、天然物由来高分子素材について知られた公知の方法又はそれに準じる方法によって行うことができる。例えば、ヒアルロン酸ナトリウムを精製する菅らの方法(例えば、特開平9‐324001号公報など参照)、β-1,3‐グルカンを精製する吉田らの方法(例えば、特開平8‐269102号公報など参照)、アルギネート、ゲランガム等の高分子塩を精製するウィリアムらの方法(例えば、特表2002‐530440号公報など参照)、ポリサッカライドを精製するジェームスらの方法(例えば、国際公開第93/13136号パンフレットなど参照)又はルイスらの方法(例えば、米国特許第5589591号明細書など参照)、アルギネートを精製するハーマンフランクらの方法(例えば、Appl Microbiol Biotechnol (1994)40:638‐643など参照)等又はこれらに準じる方法によって実施することができる。本発明の低エンドトキシン処理は、それらに限らず、洗浄、フィルター(エンドトキシン除去フィルターや帯電したフィルターなど)によるろ過、限外ろ過、カラム(エンドトキシン吸着アフィニティーカラム、ゲルろ過カラム、イオン交換樹脂によるカラムなど)を用いた精製、疎水性物質、樹脂又は活性炭などへの吸着、有機溶媒処理(有機溶媒による抽出、有機溶剤添加による析出・沈降など)、界面活性剤処理(例えば、特開2005‐036036号公報など参照)など公知の方法によって、あるいはこれらを適宜組合せて実施することができる。これらの処理の工程に、遠心分離など公知の方法を適宜組み合わせてもよい。アルギン酸1価金属塩の種類などに合わせて適宜選択するのが望ましい。
【0045】
低エンドトキシン処理の方法は、特に限定されないが、その結果としてエンドトキシン含有量が、リムルス試薬(LAL)によるエンドトキシン測定を行った場合に、500エンドトキシン単位(EU)/g以下であることが好ましく、100EU/g以下であることがより好ましく、50EU/g以下であることが更により好ましく、30EU/g以下であることが特に好ましい。低エンドトキシン処理されたアルギン酸ナトリウムは、例えば、Sea Matrix(登録商標)(持田製薬株式会社)、PRONOVATMUP LVG(FMC BioPolymer)など市販品により入手可能である。
【0046】
2.架橋剤
本発明においては、アルギン酸1価金属塩を架橋する作用を有する架橋剤を用いる。具体的には、例えば、Ca2+、Mg2+、Ba2+、Sr2+などの2価以上の金属イオン化合物などが挙げられる。より具体的には、2価以上の金属イオン化合物として、CaCl2、MgCl2、CaSO4、BaCl2等を挙げることができるが、入手しやすいこと、ゲルの強度等の理由から、特に、CaCl2溶液が好ましい。
【0047】
3.第1剤(材)組成物
本発明における第1剤(材)組成物は、上記したアルギン酸1価金属塩及び本明細書に記載の着色成分を含有するものであればよく、特にその製剤的形態に制限はない。例えば、一旦溶液として調製したものを凍結乾燥等して乾燥状態で提供してもよい。ただし、生体組織等の対象への施与の際には一定の流動性と粘度の特性を備えている必要がある。よって、適用時にはゾル又は液体の状態(本明細書ではこれらを併せて「溶液状態」という)であるのが好ましい。そのための溶媒は特に制限されないが、例えば、精製水、蒸留水、イオン交換水、ミリQ水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。これらは、滅菌されていることが好ましく、低エンドトキシン処理されたものが好ましい。例えば、ミリQ水をろ過滅菌して用いることができる。すなわち、第1材組成物は、その保存時(又は提供時)に、溶液状態又は乾燥状態であることが好ましい。
【0048】
また、後述するように、本発明における第1材組成物には、上記したアルギン酸1価金属塩以外の成分が含有されていてもよく、その混合操作等、上記第1材組成物を得るための操作は、エンドトキシンレベル及び細菌レベルの低い環境下で行うことが望ましい。例えば、操作はクリーンベンチで、滅菌器具を使用して行うことが好ましく、使用する器具を市販のエンドトキシン除去剤で処理してもよい。
【0049】
本発明における第1材組成物は、生体組織等の対象に施与する際の性状として、例えば、組成物を20℃で1時間静置した後に21Gの注射針で注入できる流動性を有することが望ましい。このとき粘度が低すぎると適用した部位の周辺組織への密着性が弱くなる虞があるため、見掛け粘度は、特に限定されないが、好ましくは10mPa・s以上、より好ましくは100mPa・s以上、更に好ましくは200mPa・s以上、とりわけ好ましくは500mPa・s以上である。見掛け粘度が高すぎると取扱性が悪くなる虞があるため、好ましくは50000mPa・s以下、より好ましくは20000mPa・s以下、更に好ましくは10000mPa・s以下である。見掛け粘度が20000mPa・s以下のときシリンジ等での適用がより容易に行える。しかし、見掛け粘度が20000mPa・s以上であっても加圧型や電動型の充填器具やその他の手段を用いて適用可能である。本発明の組成物の好ましい範囲は、10mPa・s~50000mPa・s、より好ましくは、100mPa・s~30000mPa・s、更に好ましくは200mPa・s~20000mPa・s、更により好ましくは500mPa・s~20000mPa・s、とりわけ好ましくは700mPa・s~20000mPa・sである。別の好ましい態様では、500mPa・s~10000mPa・s、あるいは2000mPa・s~10000mPa・sであってもよい。本発明の限定されないいくつかの態様の組成物は、シリンジ等で対象に適用することもできる粘度である。
【0050】
上記第1材組成物の見掛け粘度の測定は、常法に従い測定することができる。例えば、回転粘度計法による、共軸二重円筒形回転粘度計、単一円筒形回転粘度計(ブルックフィールド型粘度計)、円すい‐平板形回転粘度計(コーンプレート型粘度計)等を用いて測定することができる。好ましくは、日本薬局方(第16版)の粘度測定法に従うことが望ましい。粘度測定は20℃の条件で行うことが望ましい。なお、後述のように本発明における第1材組成物が細胞など溶媒に溶解しないものを含有する場合には、粘度測定を正確に行うため、細胞などを含有しない状態の見掛け粘度とすることが好ましい。
【0051】
上記第1材組成物の見掛け粘度の測定は、特に、コーンプレート型粘度計、センサー35/1(コーンの径35mm、1°)を用いて測定することがより好ましい。例えば、以下のような測定条件で測定することが望ましい。試料溶液の調製は、ミリQ水を用いて行う。測定温度は20℃とする。コーンプレート型粘度計の回転数は、アルギン酸1価金属塩の1%溶液測定時は1rpm、2%溶液測定時は0.5rpmとし、これを目安にして決定する。読み取り時間は、アルギン酸1価金属塩の1%溶液測定の場合は2分間測定し、開始1分から2分までの平均値とする。2%溶液測定の場合は2.5分間測定し、開始0.5分から2.5分までの平均値とする。試験値は3回の測定の平均値とする。
【0052】
上記第1材組成物の見掛け粘度の調整は、例えば、組成物中のアルギン酸1価金属塩の濃度、用いるアルギン酸1価金属塩の分子量又はM/G比等により行うことができる。あるいは、異なる分子量あるいは粘度の性状を有する別ロットのアルギン酸1価金属塩の2種以上を併用することによっても調整することができる。
【0053】
上記第1材組成物の見掛け粘度の調整においては、組成物中のアルギン酸1価金属塩の濃度が高い場合に見掛け粘度が高くなる傾向があり、濃度が低い場合に見掛け粘度が低くなる傾向がある。また、アルギン酸1価金属塩の分子量が大きい場合に見掛け粘度が高くなる傾向があり、分子量が小さい場合に見掛け粘度が低くなる傾向がある。また、用いるアルギン酸1価金属塩のM/G比によって、見掛け粘度が影響を受ける。この点、本発明に用いるアルギン酸1価金属塩のM/G比としては、0.1~5.0であることが好ましく、0.1~4.0であることがより好ましく、0.2~3.5であることが更により好ましい。
【0054】
一般に、M/G比が主に海藻の種類によって決まることなどから、原料として用いられる褐藻類の種類が、得られるアルギン酸1価金属塩の粘度の特性に影響を及ぼす。この点、本発明に用いるアルギン酸1価金属塩の由来としては、好ましくは、レッソニア属、マクロシスティス属、ラミナリア属、アスコフィラム属、ダービリア属等に属する褐藻類由来であることが好ましく、レッソニア属に属する褐藻類由来であることがより好ましく、レッソニア・ニグレッセンズ(Lessonia nigrescens)由来であることが特に好ましい。
【0055】
アルギン酸1価金属塩の含有量としては、一定の粘度の性状を備えるためには、分子量の影響を受けるので、一概にはいえないが、本発明における第1材組成物全体の0.1w/v%以上であることが好ましく、より好ましくは0.5w/v%以上、更に好ましくは1w/v%以上である。更に具体的に、アルギン酸1価金属塩の濃度は、好ましくは0.5w/v%~5w/v%、より好ましくは1w/v%~5w/v%、更に好ましくは1w/v%~3w/v%、とりわけ好ましくは1.5w/v%~2.5w/v%である。また、別の態様では、アルギン酸1価金属塩の濃度は、好ましくは0.5w/w%~5w/w%、より好ましくは1w/w%~5w/w%、更に好ましくは1w/w%~3w/w%、とりわけ好ましくは1.5w/w%~2.5w/w%であってもよい。
【0056】
本発明における第1材組成物は、発熱等を惹起することなく、生体組織等の対象に適用する場合により安全に施与する観点から、上記したような低エンドトキシン処理を施したアルギン酸1価金属塩を用いて、組成物のエンドトキシン含有量が、リムルス試薬(LAL)によるエンドトキシン測定を行った場合に、500エンドトキシン単位(EU)/g以下であることが好ましく、300EU/g以下であることがより好ましく、150EU/g以下であることが更により好ましく、100EU/g以下であることが特に好ましい。
【0057】
本発明において、上記第1材組成物は、組織再生等の目的で細胞を含有せしめることは、必ずしも必要ではない。ただし、そのような細胞の使用をまったく排除するものではない。すなわち、本発明の限定されないいくつかの態様においては、上記第1材組成物に細胞を含有せしめてもよい。細胞としては、例えば、髄核細胞、幹細胞、間質細胞、間葉系幹細胞、骨髄間質細胞などが挙げられ、由来は特に限定されないが、椎間板髄核、骨髄、脂肪組織、臍帯血などを挙げることができる。また、細胞として、ES細胞及びiPS細胞を挙げることもできる。
【0058】
具体的には、用いる細胞は、必要に応じて、椎間板髄核、骨髄、脂肪組織、臍帯血などから回収し、目的とする細胞を濃縮する処理や培養して細胞数を増やす処理を行い、調製した細胞を用いることができる。そして、細胞の種類によっても異なるが、上記第1材組成物中に、典型的に、例えば、1×104個/ml以上、もしくは1×105個/ml以上、好ましくは1×104個/ml~1×107個/mlの細胞を含有せしめることができる。細胞は市販品を入手して用いてもよい。
【0059】
本発明の限定されないいくつかの態様では、上記第1材組成物には、細胞の成長を促進する因子を含有せしめてもよい。そのような因子としては、例えば、BMP(Bone morphogenetic protein)、FGF(Fibroblast growth factor)、VEGF(Vascular endothelial growth factor)、HGF(Hepatocyte growth factor)、TGF‐β(Transforming growth factor-β)、IGF‐1(Insulin-like growth factor-1)、PDGF(Platelet-derived growth factor)、CDMP(Cartilage-derived-morphogenetic protein)、CSF(Colony stimulating factor)、EPO(Erythropoietin)、IL(Interleukin)、PRP(Platelet rich plasma)、SOX(転写因子)、IF(Interferon)などが挙げられる。これらの因子は、組み換え法により製造してもよく、あるいは蛋白組成物から精製してもよい。なお、本発明の限定されない別の態様においては、上記第1材組成物は、これらの因子を含まない。成長因子を含まない場合でも、アルギン酸1価金属塩による軟骨組織の再生等の作用効果は十分に良好であるし、積極的に細胞死を抑制する場合と比較してより安全性も高い。
【0060】
本発明の限定されないいくつかの態様では、上記第1材組成物には、細胞死を抑制する因子を含有せしめてもよい。細胞死を引き起こす因子としては、例えば、Caspase、TNFα等が挙げられ、これらを抑制する因子としては、抗体やsiRNA等が挙げられる。これらの細胞死を抑制する因子は、組み換え法により製造してもよく、あるいは蛋白組成物から精製してもよい。なお、本発明の限定されない別の態様においては、上記第1材組成物は、これらの因子を含まない。細胞死を抑制する因子を含まない場合でも、アルギン酸1価金属塩による軟骨組織の再生等の作用効果は十分に良好であるし、積極的に細胞死を抑制する場合と比較してより安全性も高い。
【0061】
本発明の限定されないいくつかの態様では、上記第1材組成物には、必要に応じて、更に、他の医薬活性成分や、安定化剤、乳化剤、浸透圧調整剤、緩衝剤、等張化剤、保存剤、無痛化剤等の慣用成分など、通常医薬に用いられる成分を含有せしめてもよい。具体的には、例えば、第1材組成物は、塩化ナトリウムや塩化カリウムなどの1価金属塩、あるいは、塩化アンモニウム等のアンモニウム塩などを含有してもよく、好ましくは1価金属塩であり、より好ましくは塩化ナトリウムである。
【0062】
本発明において、上記第1材組成物には、基本的には、組成物をゲル化させる架橋剤を、必ずしも必要としていない。ただし、本発明の限定されないいくつかの態様では、上記第1材組成物には、一定時間経過後に初めて組成物がゲル化される程度の量の架橋剤が含まれていてもよい。ここでの一定時間とは、特に限定されないが、好ましくは30分~12時間程度である。組成物をゲル化させる量の架橋剤を含有しないことは、例えば、組成物を20℃で1時間静置した後に、21Gの注射針をつけたシリンジで注入できることで示されてもよい。一方、本発明の限定されない別のいくつかの態様では、上記第1材組成物には、架橋剤が含まれていない。
【0063】
4.第2剤(材)組成物
本発明における第2剤(材)組成物は、上記した架橋剤を含有するものであればよく、特にその製剤的形態に制限はない。例えば、一旦溶液として調製したものを凍結乾燥等して乾燥状態で提供してもよい。ただし、使用時にはシリンジ等の注入器を用いることが、操作性がよく、便利である。よって、適用時には液体の状態にして用いることが好ましい。そのための溶媒は特に制限されないが、例えば、精製水、蒸留水、イオン交換水、ミリQ水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。これらは、滅菌されていることが好ましく、低エンドトキシン処理されたものが好ましい。例えば、ミリQ水をろ過滅菌して用いることができる。
【0064】
また、本発明における第2材組成物には、上記した架橋剤以外の成分が含有されていてもよく、その混合操作等、上記第2材組成物を得るための操作は、上記した第1材組成物と同様に、エンドトキシンレベル及び細菌レベルの低い環境下で行うことが望ましい。例えば、操作はクリーンベンチで、滅菌器具を使用して行うことが好ましく、使用する器具を市販のエンドトキシン除去剤で処理してもよい。
【0065】
上記第2材組成物中の架橋剤の濃度等は、用いる架橋剤の種類等に応じて適宜設定すればよい。本発明の限定されないいくつかの態様において、例えば、架橋剤としてCaCl2を用いる場合、その濃度は、適用する上記第1材組成物のアルギン酸1価金属塩の濃度や分子量等によっても異なり、一概にはいえないが、好ましくは10mM~1000mM、より好ましくは25mM~200mM、とりわけ好ましくは50mM~150mMであってもよい。
【0066】
5.生体適用組成物
本発明の別の観点においては、本発明は、更に、生体適用組成物を提供する。本明細書において「生体適用組成物」とは、上記に説明した組成物の組合せ物又は処置方法における第1材組成物のうち着色成分として、国等の規制により生体への使用が許可されている色素、すなわち生体に施与可能な色素を用いるものをいう。したがって「生体適用組成物」は「第1材組成物」の一形態であって、「第1材組成物」の語は「生体適用組成物」を含む意味で用いられ、特に断らない限り、「第1材組成物」は「生体適用組成物」に読み替えて用いることができる。すなわち、この生体適用組成物は、着色成分及びアルギン酸1価金属塩を含有し、流動性がある状態で対象に施与され、好ましくは、対象に施与したときに少なくとも一部分がゲル化するようにして用いられるものである。そして、着色成分を含有することにより、対象に施与したときのゲル化の様子を確実に視認することができるようにしており、更に、着色成分として国等の規制により生体への使用が許可されている色素、すなわち、生体へ施与可能な色素を用いることにより、ヒト等に対して安全に使用することができるようにしている。国等の規制により生体への施与が可能な色素としては、例えば、日本において、厚生労働省により、医薬品、医薬部外品、化粧品への使用が認められている色素、また、米国においてFDAにより、医薬品、医療機器、化粧品などへの使用が認められている色素等が挙げられる。また、着色成分は、生体適用組成物を、骨組織、軟骨組織、骨軟骨組織、椎間板組織、半月板組織、靭帯などに施与したときにゲル膜の形成状態を評価しやすいものであることが好ましく、識別性の観点から、青色~緑色の色素が好ましい。このような着色成分としては、例えば、緑色3号(ファストグリーンFCF)、青色1号(ブリリアントブルーFCF)、青色2号(インジゴカルミン)、緑色201号(アリザシンシアニングリーンF)、緑色202号(キニザリングリーンSS)、青色201号(インジゴ)、青色202号(パテントブルーNA)、青色203号(パテントブルーCA)などが挙げられ、より好ましくは、緑色3号(ファストグリーンFCF)、青色1号(ブリリアントブルーFCF)である。
【0067】
本発明により提供される第1材組成物又は生体適用組成物においては、上記色素が、その色素による視認性を与える濃度であって、且つ、冷蔵保存時に析出が生じない濃度で含有されていることが好ましい。これによれば、視認性を与える着色成分として組成物中に含有されている色素が、対象に施与する前に冷蔵保存するような場合でも、その分散性もしくは均一性が安定に保たれて、対象に施与したときのゲル化の様子をより確実に視認することができる。
【0068】
上記組成物中の色素の濃度が視認性を与える濃度であるかどうかについては、視認により確認してもよいが、色の測定により評価してもよい。例えば、物体の色を表すのに使用されているL*a*b*色空間は、1976年に国際照明委員会(CIE)で規格化され、日本でも日本工業規格(JIS Z 8781-4)において採用されている表色系である。L*は、色の明度を表し、L*=0は黒、L*=100は白の拡散色であり、0~100の数値で表される。色度(色相と彩度)は、a*、b*の数値で表される。a*、b*は、色の方向を示し、a*は赤方向、-a*は緑方向、b*は黄方向、-b*は青方向を示し、数値が大きくなるに従って色あざやかになり、数値が小さくなるに従ってくすんだ色になる。
【0069】
本明細書の試験例1において、青色1号を濃度0.001~0.01w/w%で含む2w/w%アルギン酸ナトリウム溶液のL*a*b*表色系の範囲は、光源をD65/2、測定モードを透過測定とした分光色差計(SE-6000)(日本電色工業株式会社製)を用いて常温(15~25℃)環境下で測定したとき、L*(明度)は40~80、a*は-40~-5(緑方向)、b*は-60~-20(青方向)であった。この範囲の色であれば、軟骨や周辺組織との識別もしやすく、ゲル膜の形成状態の評価が容易である。特に、L*(明度)の数値が低すぎると(0に近くなると)組成物の黒色傾向が強くなり、施与時の影により識別しにくい。また、L*が高すぎると(100に近くなると)組成物の白色傾向が強くなり、白色の軟骨等と識別しにくくなる。実際に、青色1号を濃度0.1w/w%で含む2w/w%アルギン酸ナトリウム溶液は黒色傾向が強く、本発明への使用に適さないことが確認された。従って、本発明の第1材組成物又は生体適用組成物の好ましいL*a*b*表色系における色彩値の範囲は、L*(明度)は40~80、a*は-40~0、b*は-60~-20である。
【0070】
このようなL*a*b*色空間において、下記式(1)で表される色差ΔEの値などを指標にすることで、より客観的に評価することができる。ここで、人間が明確に別の色名のイメージを持つ色差は、下記式(1)で表される色差ΔEの値として13~25程度であると言われている。軟骨組織、椎間板組織、それらの周辺組織等のほとんどの部分は、白色、赤色(a*はプラスの数値)~黄色(b*はプラスの数値)の色調であり、a*、b*値は、それぞれプラスの値であることが多い。本発明の第1材組成物又は生体適用組成物のa*は-40~0、b*は-60~-20であり、十分な色調の差が得られることが分かる。
【0071】
【数1】
(式(1)中、L1*、a1*、b1*は、比較対照のL*a*b*色空間の各値であり、L2*、a2*、b2*は、対象サンプルを測定したときのL*a*b*色空間の各値である。)
【0072】
L*、a*、b*値は、例えば、分光色差計(「SE-6000」、日本電色工業株式会社製)等を用いて測定することができる。なお、分光色差計は、分光色彩計などとも呼ばれる場合がある。
【0073】
一方、上記組成物中の色素の濃度が冷蔵保存時に析出が生じない濃度であるかどうかについては、例えば、上記組成物を一定期間(例えば、1日間、1週間、2週間、3週間、1ヵ月間、2ヶ月間、3ヵ月間、4ヵ月間、5ヵ月間、6ヵ月間、1年間、2年間、3年間など)、冷蔵庫(例えば、設定温度:2℃、3℃、4℃、5℃、6℃、7℃、又は8℃など)に保存したうえ、目視により析出の有無を観察したり、あるいはフィルター(0.45μm孔)等による濾過後に、その濾過前後の色差を測定したりして、判断することができる。本発明において、特に断りのない限り、組成物を設定温度5℃の冷蔵庫に1か月間保存し評価を行う。この場合、色調が視認し得なくなる状態を上記式(1)で表される色差の値の低下として検出し得る。すなわち、色素の析出が生じると、溶解している色素量が減少し、ひいては、色調の度合いが低下するからである。あるいは、a*値、b*値など特定の色度の値に着目して評価してもよい。よって、上記組成物中の着色成分の濃度としては、例えば、着色成分が青色であれば、b*値に着目し、5℃に設定された冷蔵庫で1か月保存後のb*値と保存前のb*値との差異が25以下の範囲に保たれるような濃度が好ましい。
【0074】
また、本発明の第1材組成物又は生体適用組成物は、前述のような一定期間の保存によっても色が安定していることが好ましい。本発明のいくつかの態様では、設定温度5℃の冷蔵庫に1か月間保存した後の組成物と、保存前の組成物との色差ΔEの値は35以下であることが好ましく、より好ましくは30以下である。
【0075】
また、本発明の第1材組成物又は生体適用組成物は、例えば、約2℃~8℃の低温条件下で(例えば、5℃に設定された冷蔵庫で)、前述のような一定期間(例えば1か月間)の保存によっても着色成分の析出が生じない、すなわち、安定に保存可能な組成物であることが好ましい。
【0076】
本発明に用いる生体に施与可能な色素としては、典型的に、例えば、青色1号(ブリリアントブルーFCF)、青色2号(インジゴカルミン)、緑色3号(ファストグリーンFCF)などが挙げられる。特に、青色1号(ブリリアントブルーFCF)を用いることが好ましく、その濃度範囲としては、0.0005質量%以上0.05質量%以下であってよく、0.001質量%以上0.01質量%以下であってよい。
【0077】
6.組合せ物
本明細書において「組合せ物」とは、対象に施与するときに、前記の第1剤(材)組成物及び第2剤(材)組成物が本発明に用いられるために存在していればよく、第1剤(材)組成物と第2剤(材)組成物の提供方法は特に限定されない。例えば、第1材組成物と第2材組成物はキットとして提供されてもいいし、あるいは、第1材組成物のみ提供され、第2材組成物は別途市販品から調製して用いられてもよい。
【0078】
第1材組成物は、保存時(又は提供時)には、溶液状態又は乾燥状態であってよく、乾燥状態の場合には、アルギン酸1価金属塩の凍結乾燥体を含むことが好ましい。第1材組成物は、バイアル、あるいは、プレフィルドシリンジに封入されてもよい。
【0079】
第1材組成物と第2材組成物とをキットとする場合、例えば、(1)第1材組成物としてアルギン酸ナトリウム、青色1号などの生体に施与可能な青色~緑色の色素、及び、塩化ナトリウムなどの1価金属塩を含む溶液を封入したプレフィルドシリンジ、(2)第2材組成物として塩化カルシウム溶液など2価以上の金属イオン化合物の溶液を封入したアンプル、(3)シリンジ、(4)注射針等を一つのパッケージに入れたキットとすることができる。また例えば、2種の溶液を別々に封入可能なダブルシリンジに(1)第1材組成物の溶液と(2)第2材組成物の溶液をそれぞれ封入して提供されてもよい。
【0080】
7.組合せ物の使用方法
本発明の組合せ物は、第1剤(材)組成物を、流動性がある状態で対象に施与し、第2剤(材)組成物を、前記対象に施与した第1剤(材)組成物に接触させてその少なくとも一部分をゲル化させるようにして用いられる。第1材組成物の対象への施与、第1材組成物のゲル化、ゲル膜の形成状態の評価などの詳細は、前記発明を実施するための形態等に記載のとおりである。
【0081】
8.対象の処置方法
本発明において、アルギン酸1価金属塩及び着色成分を含有する第1剤(材)組成物を、流動性がある状態で対象に施与する工程と、アルギン酸1価金属塩を架橋する作用を有する架橋剤を含有する第2剤(材)組成物を、前記対象に施与した第1剤(材)組成物に接触させてその少なくとも一部分をゲル化させる工程と、前記対象に施与した該第1剤(材)組成物の表面のゲル膜の形成状態を評価する工程とを含む、該対象の処置方法が提供される。第1材組成物、その対象への施与、第2材組成物、第1材組成物のゲル化、ゲル膜の形成状態の評価等の詳細は、前記に記載のとおりである。
【0082】
(実施例1)
関節鏡視下、着色したアルギン酸ナトリウム溶液(2w/w%)を関節軟骨欠損部に充填した。充填したアルギン酸ナトリウム溶液の液面を含む周辺に100mM塩化カルシウム水溶液を接触させて、その表面をゲル化させた(ゲル膜の形成)。約5分後に、ゲル膜表面を含む軟骨欠損部周辺を生理食塩水で洗浄した。洗浄後、ゲル膜の形成が不十分なときは、ゾル状の着色したアルギン酸塩の流出が観察される。
【0083】
(実施例2)
関節鏡視下、着色したアルギン酸ナトリウム溶液(2w/w%)を関節軟骨欠損部に充填した。充填したアルギン酸ナトリウム溶液の液面を含む周辺に100mM塩化カルシウム水溶液を接触させて、その表面をゲル化させた(ゲル膜の形成)。約4分後に、注射器の先端でゲル膜表面に触れて、ゲル膜の形成を確認した。ゾンデ(消息子)でゲル膜表面に触れてもよい。ゲル膜の形成が不十分なときは、ゾル状の着色したアルギン酸塩の流出が観察される。
【0084】
(実施例3)
関節鏡視下、pH感受性色素アントシアニンで着色し、pH6.5、紫色のアルギン酸ナトリウム溶液(2w/w%)を関節軟骨欠損部に充填した。充填したアルギン酸ナトリウム溶液の液面を含む周辺に、pH9.0に調整した100mM塩化カルシウム水溶液を接触させて、その表面をゲル化させた(ゲル膜の形成)。塩化カルシウム水溶液が接触したゲル膜表面は、紫色から青色に変化し、ゲル膜の形成状態を評価することができる。
【0085】
(実施例4)
下記表に示す処方に基づいて、第1材組成物(生体適用組成物)を調製し得る。表中の数値は質量%を意味する。調製方法は試験例1に準じて行うことができる。また、一般的に医薬品や医療機器で用いられる方法で調製し得る。第2材組成物は、0.1mol/L塩化カルシウム溶液であり得る。
【0086】
【表3】
【0087】
【表4】
【0088】
【表5】
【0089】
[試験例1]
アルギン酸ナトリウム溶液(2w/w%)に、生体に施与可能な色素である青色1号(ブリリアントブルーFCF)を濃度0.001w/w%、0.004w/w%、0.007w/w%、又は0.01w/w%となるように添加して、着色し、ガラスバイアル3本に5gずつ分注した。これを5℃に設定した冷蔵庫で保存して、1週間、2週間、及び1ヵ月間経過後にサンプリングし、その試料を観察して色素析出の有無を確認した。また、分光色差計(「SE-6000」、日本電色工業株式会社製)を用いて各試料のL*、a*、b*値を測定した。測定は常温(15~25℃)の室内で行った。光源はD65/2とし、測定モードは透過測定とした。分光色差計は、サンプル測定前に、標品としての標準白色板(型番SE-38724,日本電色株式会社製)の測定値を、L*=100、a*=0,b*=0に調整した。
【0090】
その結果、図2に示されるように、青色1号(ブリリアントブルーFCF)は濃度0.001w/w%~0.01w/w%の範囲で鮮やかな青色を呈し、調製時から冷蔵保存1ヶ月後までにわたり色素の析出が認められずに、安定してその色調を維持していた。また、青色1号を含むアルギン酸ナトリウム溶液の表色系における色彩値の範囲は、L*(明度)は約40~80、a*は約-40~-5(緑方向)、b*は約-60~-20(青方向)であることが分かった。
【0091】
[試験例2]
アルギン酸ナトリウム溶液(2w/w%)に、生体に施与可能な色素である青色2号(インジゴカルミン)を濃度0.004w/w%となるように添加して、着色し、シリンジに2gずつ分注した。この充填済みシリンジをネスト(シリンジ固定用グリッド付き容器)に入れ固定して、そのネストごと5℃に設定した冷蔵庫に保存し、一晩及び19日後経過後に、シリンジ内の試料を観察して色素析出の有無を確認した。
【0092】
その結果、青色2号(インジゴカルミン)は濃度0.004w/w%で鮮やかな青色を呈し、一晩の冷蔵保存後に色素の析出は認められなかった。ただし、19日経過後の観察では色素の析出がみられ、その析出は室温に放置すると解消した。
【0093】
試験例1及び試験例2の結果から、生体に施与可能な色素である青色1号(ブリリアントブルーFCF)及び青色2号(インジゴカルミン)は、アルギン酸ナトリウム溶液に対していずれも鮮やかな青色の色調を付与することができることが明らかとなった。また、青色1号(ブリリアントブルーFCF)のほうが、青色2号(インジゴカルミン)に比べて、より安定に青色の色調を付与できることが明らかとなった。
【符号の説明】
【0094】
1 第1剤(材)組成物
1a 第1剤(材)組成物の表面付近
1b 第1剤(材)組成物の表面付近以外の内部
2 軟骨欠損部
3 第2剤(材)組成物
図1
図2