(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-21
(45)【発行日】2025-04-30
(54)【発明の名称】新規菌株及び該菌株を含む植物生育促進剤
(51)【国際特許分類】
A01G 7/00 20060101AFI20250422BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20250422BHJP
A01N 63/30 20200101ALI20250422BHJP
A01H 6/02 20180101ALI20250422BHJP
C12N 15/11 20060101ALN20250422BHJP
【FI】
A01G7/00 605Z
C12N1/20 E
A01N63/30
A01H6/02
C12N1/20 A
C12N15/11 Z ZNA
(21)【出願番号】P 2020125907
(22)【出願日】2020-07-23
【審査請求日】2023-07-18
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03213
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】392019857
【氏名又は名称】株式会社アクトリー
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【氏名又は名称】庄司 隆
(72)【発明者】
【氏名】村田 善則
(72)【発明者】
【氏名】藤田 泰成
(72)【発明者】
【氏名】水越 裕治
【審査官】藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2002/0142917(US,A1)
【文献】特表2016-519572(JP,A)
【文献】国際公開第2019/084059(WO,A2)
【文献】PLoS ONE,2011年,Vol.6, Issue 6, e20396,pp.1-22, 表S3
【文献】J. Crop Prot.,2015年,Vol.4, No.1,pp.43-57
【文献】Journal of Applied Microbiology,2006年,Vol.100,pp.938-945
【文献】Archives of Agronomy and Soil Science,2019年,Vol.65, Issue 14,pp.1955-1968
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
A01N 63/00
A01G 7/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Pantoea agglomerans J1(受託番号:NITE P-03213)を、
栽培土壌に添加し、
直接噴霧し、
または、懸濁させた液剤にして浸漬させる、
いずれかによって、
キヌアを栽培する方法。
【請求項2】
Pantoea agglomerans J1(受託番号:NITE P-03213)を、
栽培土壌に添加し、
直接噴霧し、
または、懸濁させた液剤にして浸漬させる、
いずれかによって、
Pantoea agglomerans J1(受託番号:NITE P-03213)をキヌア体内に存在させる、
キヌアを栽培する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規菌株及び該菌株を含む植物生育促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
キヌア(Chenopodium quinoa)は、ヒユ科アカザ亜科アカザ属に属するアンデス発祥の異質倍数性植物である。
キヌアの種子は、タンパク質、必須アミノ酸およびミネラルを豊富に含み、米の代替的な存在になりうるとして期待されている(非特許文献1、非特許文献2)。
さらに、キヌアの耐塩性、耐寒性といった優れた環境ストレス耐性は、劣悪環境下での栽培が期待でき(非特許文献3)、国際連合食糧農業機関(FAO)は世界の食料危機の重要な解決手段になり得ると評価した(非特許文献4)。アンデスの重要な食糧であったキヌアは、今や世界へと広がり、研究および商業用栽培が行われている。さらに、キヌアのゲノムが解読された(非特許文献5)。
【0003】
食料危機に対応するためには、キヌアの生育を促進させ、収量を増加させることが必要である。植物の生育を促進させるものとして化学肥料がある。化学肥料は有益な土壌細菌を減らしてしまい、植物の生育に悪影響を与える可能性や人体の健康に悪影響を及ぼす可能性がある。そのため、微生物を利用した植物生育促進剤が開発されている。
微生物を利用した植物生育促進剤として、植物生育促進作用を有する、イカの塩辛から分離されたラクトバチルス属菌株が報告されている(特許文献1)。
しかし、キヌアに対して生育促進作用を有する菌株は報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Vega-Galvez A, Miranda M, Vergara J, Uribe E,Puente L, Martinez EA(2010) Nutrition facts and functional potentialof quinoa (Chenopodium quinoawilld.), an ancient Andean grain: a review.Journal of the Science of Food andAgriculture 90: 2541-2547
【文献】Mota C, Santos M, Mauro R, Samman N, Matos AS,Torres D, CastanheiraI (2016) Protein content and amino acids profile ofpseudocereals. FoodChemistry 193:55-61
【文献】Hinojosa L, Gonzalez JA, Barrios-Masias FH, Fuentes F, Murphy KM (2018)Quinoa Abiotic Stress Responses:A Review. Plants 7(4)
【文献】Food and Agriculture Organization of theUnited Nations (2013) Stateof the Art Report on Quinoa Around the World in2013.
【文献】Yasui Y, Hirakawa H,Oikawa T, et al. Draft genome sequence of an inbred line of Chenopodium quinoa,an allotetraploid crop with great environmental adaptability and outstandingnutritional properties. DNA Res. 2016;23(6):535‐546.doi:10.1093/dnares/dsw037
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、植物生育促進作用を有する菌株及び該菌株を有する植物生育促進剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、キヌアから分離されたパントエア属菌株が植物生育促進効果を有することを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
1.以下の性質を有するPantoea agglomerans菌株。
(1)グラム陰性
(2)形状は桿形
(3)グルコースを炭素源とする
(4)桿菌
(5)好気性
(6)配列番号1に記載の16SrRNAの配列を有する
(7)Trypticase soy培地で生育可能
(8)26~35℃で生育可能
2.受託番号NITE P-03213を有する菌株。
3.植物生育促進作用を有する前項1又は2に記載の菌株。
4.前記植物はキヌアである、前項2又は3に記載の菌株。
5.前項1~4のいずれか1以上の菌株を含む植物生育促進剤。
6.前項1~4のいずれか1以上の菌株が接種された植物。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、植物生育促進作用を有する菌株及び該菌株を有する植物生育促進剤を提供することができた。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】菌株の系統解析結果。1000回反復のブートストラップ値を各枝に示す。バーはサイト当たり0.002置換があることを示す。
【
図2】コントロール植物と菌株接種植物の生重量および乾燥重量の測定結果(N=40)。
【
図3】コントロール植物と菌株接種植物の代表的な結果。40植物体を用いて試験を行った。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(本発明)
本発明は、植物生育促進作用を有する菌株及び該菌株を有する植物生育促進剤に関する。
【0012】
(菌株)
本発明の菌株は、植物生育促進作用を有し、以下の特徴を有する。
(1)グラム陰性
(2)形状は桿形
(3)グルコースを炭素源とする
(4)桿菌
(5)好気性
(6)配列番号1に記載の16SrRNAの配列を有する
(7)Trypticase soy培地で生育可能
(8)26~35℃で生育可能
具体的には、Pantoea agglomerans(パントエア・アグロメランス)に属する微生物が挙げられる。
本発明の菌株は、野生由来の菌株、自体公知の突然変異を導入した菌株及び遺伝子組み換え菌株も含む。
【0013】
Pantoea agglomeransに属する微生物の遺伝子組み換え菌は、配列番号1に記載の16SrRNAの配列に対し80%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上の同一性を有する16SrRNAを有する。
【0014】
本発明の菌株は、以下の実施例にて「Panotea agglomerans J1」と示される菌(独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)において令和2年4月28日に、受託番号NITE P-03213として寄託されたもの)を含む。
【0015】
本発明の菌株は、後述する実施例の結果から明らかなように、該菌株を植物に接種させた場合は、接種しない場合と比較して、植物の重量(特に、植物の茎および葉の生育(生重量及び乾燥重量))を約1.1倍、1.2倍、1.3倍又は1.3倍以上増加させる効果を有する。
【0016】
(植物生育促進剤)
本発明の植物生育促進剤は、本発明の植物生育促進作用を有する菌株を含有する。
本発明の菌株としては、死菌体でもよいが、優れた植物生育促進作用を発揮するために生菌が好ましく用いられる。
【0017】
植物生育促進剤の形態は、特に限定されず、通常の微生物剤がとりうる形態、例えば菌懸濁液、液剤、粒剤、粉剤、水和剤、パック剤、顆粒水和剤、マイクロカプセル剤、乳剤などが挙げられ、任意の剤型に調製でき、目的に応じて使用することが可能である。
例えば、本発明の菌株を水等に懸濁して菌懸濁液または液剤として提供することができる。また、本発明の菌株を製剤学的に許容される担体に吸着させて、水和剤、粉剤または粒剤として提供することができる。その場合、担体としては、ホワイトカーボン、珪藻土、クレー、タルク、パーライト、もみ殻、骨粉などを用いることができる。
加えて、製剤学的に許容される添加物として、界面活性剤、分散剤、補助剤などを用いることができる。
【0018】
本発明の植物生育促進剤に含まれる本発明の菌株の濃度は、特に限定されず、液剤の場合、例えば、1.0x 103~1012cells/mL、1.0 x 105~109 cells/mLであってもよい。当該菌は培養液そのものであってもよい。
固形製剤の場合、例えば、1.0x 103~1012cells/g、1.0 x 105~109 cells/gであってもよい。
例えば、種子、植物体や土壌に処理する際に希釈して使用する製剤の場合、希釈前の製剤における本発明の菌株の濃度は、1.0 x 108~1010 cells/gであってもよい。
また、菌株の分散液(例えば、上記製剤を希釈して得られた分散液)の場合、種子、植物体や土壌に処理する際の菌の濃度は1.0 x 105~109 cells/mLであってもよい。
【0019】
本発明の菌株又は本発明の植物生育促進剤の使用方法は、本発明の菌株を種子、植物体及び土壌からなる群から選択される少なくとも1つに処理するものである。ここで、植物体とは、どの段階でも良いが、好ましくは、発芽後が好ましい。さらに好ましくは、茎、葉及び根を有する生育中の植物体であり、より好ましくは幼植物体である。
例えば、発芽1~7日後のキヌア幼植物体を、バーミキュライトを含む土壌に移して、本発明の菌株を接種する。
【0020】
本発明の菌株の植物への接種方法としては、特に限定されない。例えば、植物の根部を本発明の植物生育促進剤(例えば、菌株の培養液、菌懸濁液、菌株粉末)に浸漬させる、本発明の植物生育促進剤を植物(特に、葉や茎等)に噴霧処理すること、植物を生育するための土壌に本発明の植物生育促進剤を噴霧すること等、が含まれる。
【0021】
本発明の植物生育促進剤の適用対象となる植物としては、様々な穀物又は疑似穀物、例えば、小麦、オート麦、トウモロコシ、ライ麦、大麦、スペルト小麦、キビ、ソルガム、カムート、ライ小麦、ソバ、キヌア(Chenopodium quinoa)、及び/又はヒユ科植物が挙げられるが、好ましくはヒユ科植物であり、より好ましくはキヌアである。
【実施例】
【0022】
以下に具体例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されない。
【実施例1】
【0023】
(菌株単離及び系統解析)
日本で30年以上試験用に栽培されているキヌアKd株の種子より7種類のPantoea agglomerans菌を単離した。
米国 NationalCenter for Biotechnology Information (NCBI) より取得した既報のPantoea agglomerans菌株(NRあるいはKXより名称記載)並びに本実施例で単離したPanotea agglomerans菌株(M8より名称記載)の16SrRNA 遺伝子の塩基配列をもとに、ClustalW ソフトウェアにより配列のアラインメント(多重整列)を行い、MEGA7 ソフトウェアにより近隣結合(Neighbor-Joining)法を用いて分子系統樹を作成した(
図1)。本分子系統樹は、本実施例で単離した7種のPanotea agglomerans J1-J7菌株(J菌株)が既報のPantoeaagglomerans菌株とは異なる分岐群(Clade)を形成していること及び新規の菌株であることを確認した。
【実施例2】
【0024】
(Pantoea agglomeransJ1 菌株による植物生育促進効果)
上記実施例1で新規菌株であることが確認された7種のPanotea agglomerans菌株の内、Pantoea agglomerans J1 菌株の植物生育促進効果を確認した。
4 日間GM 寒天培地で栽培したキヌア(Chenopodium quinoa, accession: Kd)の子葉をバーミキュライト及びプロフェッショナル(ダイオ化成株式会社製、プロフェッショナル用培土 さし木・さし芽用培土No.2)の量比9:1の混合物に移し、その後、Pantoea agglomerans J1 菌株(1.0 x 107~108 cells/mL)を接種し、バーミキュライト:プロフェッショナル(9:1)の入ったトレーで栽培した。栽培4週間後に、コントロール植物(菌懸濁液の代わりにMilliQ水1.0 mLを供与)と並べて接種植物の写真撮影を行い、コントロール植物と菌株接種植物の生重量および乾燥重量の測定を行った。
【0025】
(植物生育促進効果の確認)
ポット移植4 週間後のPanotea agglomerans J1 菌接種植物は、コントロール植物に比べて有意に生重量や乾燥重量が増加していたことを確認した(
図2)。
接種濃度1.0 x10
8 cells/mL のPanotea agglomerans J1 菌接種植物は、コントロール植物に比べて、生重量及び乾燥重量がそれぞれ平均して1.3倍増加し、植物生育促進(特に、茎および葉)を確認した(
図3)。
以上により、Panotea agglomerans J1 菌は、植物生育促進効果を有することを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明は、新規な植物生育促進効果を有するPantoea agglomerans菌を提供することができる。
【配列表】