(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-01
(45)【発行日】2025-05-13
(54)【発明の名称】核小体移行性キャリアペプチドフラグメントおよびその利用
(51)【国際特許分類】
C07K 7/08 20060101AFI20250502BHJP
C12N 15/87 20060101ALI20250502BHJP
C07K 19/00 20060101ALI20250502BHJP
【FI】
C07K7/08
C12N15/87 Z ZNA
C07K19/00
(21)【出願番号】P 2021123580
(22)【出願日】2021-07-28
【審査請求日】2024-06-05
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度~令和4年度、国立研究開発法人科学技術振興機構戦略的創造事業[細胞外微粒子](課題名:シグナルペプチド:細胞外微粒子機能の新規マーカー)の委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000003034
【氏名又は名称】東亞合成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【氏名又は名称】安部 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100136423
【氏名又は名称】大井 道子
(72)【発明者】
【氏名】ベイリー小林 菜穂子
(72)【発明者】
【氏名】吉田 徹彦
【審査官】中村 勇介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/013700(WO,A1)
【文献】特表2019-533638(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真核細胞の外部から少なくとも該細胞の細胞質内に目的とする外来物質をインビトロにおいて導入する方法であって、
(1)以下のアミノ酸配列:
KKRTLRKKKRKKR(配列番号1);
KKRTLRKRRRKKR(配列番号2);
KKRTLRKRKRKKR(配列番号3);
KKRTLRKKRRKKR(配列番号4);
のいずれかから成るキャリアペプチドフラグメントと、
前記キャリアペプチドフラグメントのN末端側及び/又はC末端側に結合した前記外来物質と、
を有する外来物質導入用構築物を用意する工程と、
(2)前記外来物質導入用構築物を、目的とする真核細胞を含む試料中に供給する工程と、
(3)前記外来物質導入用構築物が供給された前記試料をインキュベートして、該試料中の真核細胞内に前記構築物を導入する工程と、
を包含する方法。
【請求項2】
前記外来物質は、ポリペプチド、核酸、色素および薬剤から成る群から選択されるいずれかの有機化合物である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記外来物質は、前記キャリアペプチドフラグメントのC末端側に結合しており、
前記キャリアペプチドフラグメントのN末端側にあるリジンのα-アミノ基はアセチル化されている、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記外来物質導入用構築物を導入する対象の真核細胞がヒトまたはヒト以外の哺乳動物の細胞である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
真核細胞の外部から少なくとも該細胞の細胞質内に目的とする外来物質を導入するために作製された外来物質導入用構築物であって、
以下のアミノ酸配列:
KKRTLRKKKRKKR(配列番号1);
KKRTLRKRRRKKR(配列番号2);
KKRTLRKRKRKKR(配列番号3);
KKRTLRKKRRKKR(配列番号4);
のいずれかから成るキャリアペプチドフラグメントと、
前記キャリアペプチドフラグメントのN末端側及び/又はC末端側に結合した前記目的の外来物質と、
を有する外来物質導入用構築物。
【請求項6】
前記外来物質は、ポリペプチド、核酸、色素および薬剤から成る群から選択されるいずれかの有機化合物である、請求項5に記載の構築物。
【請求項7】
前記外来物質は、前記キャリアペプチドフラグメントのC末端側に結合しており、
前記キャリアペプチドフラグメントのN末端側にあるリジンのα-アミノ基はアセチル化されている、請求項5または6に記載の構築物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真核細胞の外部から該細胞の細胞質内(さらには核小体内)に外来物質を導入(移送)する方法と、該方法に用いられるキャリアペプチドフラグメントを備えた外来物質導入用構築物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、ヒトやそれ以外の哺乳動物等の細胞(真核細胞)内にポリペプチド等の外来物質、とりわけ生理活性物質を導入し、当該細胞(さらには該細胞から成る組織や器官)の形質を転換させる或いは当該細胞の機能を改善・向上させることが行われている。この技術の一例では、細胞膜透過性ペプチド(cell penetrating peptide:CPP)が利用されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、非特許文献1および非特許文献2に記載されているLIMキナーゼ2の核小体局在シグナル(Nucleolar localization signal:以下「NoLS」という。)として知られる配列番号5に記載のアミノ酸配列(キャリアペプチドフラグメント)と、目的とする外来物質とを含む外来物質導入用構築物が開示されている。該構築物は、細胞膜透過性を有するキャリアペプチドフラグメントを備えるため、外来物質を真核細胞の外部から該細胞の細胞質内に導入することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY)、281巻35号、2006年、pp.25223-25230
【文献】プロテイン・アンド・ペプチド・レターズ(Protein & Peptide Letters)、17巻12号、2010年、pp.1480-1488
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、近年では、医療などの観点から、上述したNoLSをはじめとする細胞膜透過性ペプチドへの関心が高まっており、より効率よく外来物質を目的とする細胞に導入する技術の開発が望まれている。また、近年では、がんや種々の疾患(例えば、筋萎縮性側索硬化症(ALS)等)と核小体の異常との関連が報告されており、核小体への関心がますます高まっている。そのため、新たな核小体マーカーの開発や核小体へ外来物質を移送する手段の開発が望まれている。
【0007】
そこで本発明は、かかる要望に対応すべく創出されたものであり、真核細胞の外部から少なくとも該細胞の細胞質内(さらには核小体内)に目的とする外来物質を効率よく導入し得る方法を提供することを目的とする。また、本発明は、目的とする外来物質を効率よく真核細胞の外部から該細胞の内部に導入させ得る、キャリアペプチドフラグメントと外来物質とを有する構築物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上述した特許文献1に開示されているLIMキナーゼ2のNoLSの細胞膜透過性を向上させるため、配列番号5に示すNoLSのアミノ酸配列に様々なアミノ酸残基の置換を試みた。その結果、配列番号5に示すNoLSのアミノ酸配列のN末端側から数えて8番目のアスパラギン残基および9番目のアスパラギン酸残基をそれぞれ塩基性アミノ酸残基(アルギニン残基またはリジン残基)に置換した変異体において、細胞膜透過性が向上し、さらには核小体移行性(局在性)が向上することが見出された。驚くべきことに、これらの置換は、いわゆる同類置換(例えば塩基性アミノ酸残基が別の塩基性アミノ酸残基に置換した配列)ではなく、ペプチドの電荷が変化する置換であった。即ち、ここに開示される構築物は本発明者の多大な試行錯誤によって創出され、完成するに至った。
【0009】
ここで開示される方法は、真核細胞(特に細胞壁を有しないヒトやそれ以外の哺乳動物に代表される種々の動物細胞)の外部(即ち細胞膜の外側)から少なくとも該細胞の細胞質内(さらには核小体内)に目的とする外来物質を導入する(移送する)方法である。即ち、ここで開示される外来物質導入方法は、
(1)以下のアミノ酸配列:
KKRTLRKKKRKKR(配列番号1);
KKRTLRKRRRKKR(配列番号2);
KKRTLRKRKRKKR(配列番号3);
KKRTLRKKRRKKR(配列番号4);
から成るキャリアペプチドフラグメントと、上記キャリアペプチドフラグメントのN末端側及び/又はC末端側に結合した上記目的の外来物質と、を有する外来物質導入用構築物を用意する工程と、
(2)上記外来物質導入用構築物を、目的とする真核細胞を含む試料中に供給する工程と、
(3)上記外来物質導入用構築物が供給された上記試料をインキュベートして、該試料中の真核細胞内に上記構築物を導入する工程と、を包含する。
ここで、「外来物質」とは、上記キャリアペプチドフラグメントのN末端側またはC末端側に直接的または適当なリンカーを介して間接的に結合可能な無機化合物および有機化合物であって、真核細胞内に導入可能な分子サイズ及び化学的性質を有するものをいう。
【0010】
上記構成の外来物質導入方法によると、目的とする外来物質(典型的にはポリペプチド、核酸、色素、薬剤等の有機化合物)を上記キャリアペプチドフラグメントのN末端側及び/又はC末端側に直接的または適当なリンカーを介して間接的に結合させて構築した外来物質導入用構築物を、対象とする真核細胞を含む試料(例えば、該細胞を含む培養物)中に供給する(即ち生存する真核細胞に添加する)ことによって、当該目的の外来物質を真核細胞の外部(細胞膜の外側)から細胞膜を通過させて細胞質内(さらには核膜を通過させて核小体内)に高効率に導入し得る。
【0011】
ここで開示される外来物質導入方法の好ましい一態様では、上記外来物質は、ポリペプチド、核酸、色素および薬剤から成る群から選択されるいずれかの有機化合物であることを特徴とする。この種の有機化合物を含むように作製された構築物は、効率よく目的の少なくとも細胞質内に導入される。
ここで、「ポリペプチド」とは、複数のアミノ酸がペプチド結合により結合した構造を有するポリマーをいう。ポリペプチドは、ペプチド結合の数(即ち、アミノ酸残基数)によって限定されない。即ち、ポリペプチドは、アミノ酸残基数が10以上300未満程度の一般にペプチドと呼ばれるものと、一般にタンパク質(典型的には300以上のアミノ酸残基から成る高分子化合物)と呼ばれるものとを包含する。当該分野においては、ポリペプチドとタンパク質とは厳密に区分されていない。本明細書においては、複数のアミノ酸残基から成るポリマー(オリゴマーを包含する。)を、ポリペプチドと総称する。
また、「核酸」とは、ヌクレオチドの重合体をいい、DNAおよびRNAを包含する。「核酸」は、塩基数によって限定されない。
【0012】
また、ここで開示される外来物質導入方法の好ましい他の一態様では、上記外来物質は、上記キャリアペプチドフラグメントのC末端側に結合しており、上記キャリアペプチドフラグメントのN末端側にあるリジンのα-アミノ基はアセチル化されている。このような構成であれば、構築物の細胞内での安定性が高まり、外来物質がより安定的に細胞質内および核小体内で保持され得る。
【0013】
また、ここで開示される外来物質導入方法の他の好ましい一態様では、上記外来物質導入用構築物を導入する対象の真核細胞がヒトまたはヒト以外の哺乳動物の細胞である。
ここに開示される方法によれば、外来物質をヒトまたはヒト以外の哺乳動物の細胞の細胞質内、さらには核小体内に高効率に導入し得る。
【0014】
また、上記目的を実現するべく、本開示により、真核細胞(特に細胞壁を有しないヒトやそれ以外の哺乳動物に代表される種々の動物細胞)の外部(即ち細胞膜の外側)から少なくとも該細胞の細胞質内(さらに核小体内)に目的とする外来物質を導入する(移送する)ために人為的に作製された外来物導入用構築物が提供される。
即ち、ここで開示される外来物質導入用構築物は、以下のアミノ酸配列:
KKRTLRKKKRKKR(配列番号1);
KKRTLRKRRRKKR(配列番号2);
KKRTLRKRKRKKR(配列番号3);
KKRTLRKKRRKKR(配列番号4);
から成るキャリアペプチドフラグメントと、該キャリアペプチドフラグメントのN末端側及び/又はC末端側に結合した上記目的の外来物質と、を有する。
かかる構築物は、細胞膜透過性の高いキャリアペプチドフラグメントを有するため、外来物質を真核細胞の細胞質内(さらには核小体内)へ効率よく導入される。
【0015】
ここで開示される外来物質導入用構築物の好ましい一態様は、上述のとおり、上記外来物質はポリペプチド、核酸、色素および薬剤から成る群から選択されるいずれかの有機化合物である。
また、好ましくは、上記外来物質は、上記キャリアペプチドフラグメントのC末端側に結合しており、上記キャリアペプチドフラグメントのN末端側にあるリジンのα-アミノ基はアセチル化されている。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】HeLa細胞の培養液に対し、一実施形態に係る外来物質導入用構築物を添加した試験(例1~4)、配列番号5に示すアミノ酸配列から成るペプチドを備える構築物を添加した試験(例5)およびFAMを添加した試験(例6)において、培養後の細胞をフローサイトメータにより解析することで得られたMFIの値の相対値(例6を1.0とする)を示すグラフである。
【
図2A】配列番号1に示すアミノ酸配列から成るキャリアペプチドフラグメントを有する構築物の細胞内の局在を示す共焦点レーザー顕微鏡による観察画像である。
【
図2B】配列番号2に示すアミノ酸配列から成るキャリアペプチドフラグメントを有する構築物の細胞内の局在を示す共焦点レーザー顕微鏡による観察画像である。
【
図2C】配列番号3に示すアミノ酸配列から成るキャリアペプチドフラグメントを有する構築物の細胞内の局在を示す共焦点レーザー顕微鏡による観察画像である。
【
図2D】配列番号4に示すアミノ酸配列から成るキャリアペプチドフラグメントを有する構築物の細胞内の局在を示す共焦点レーザー顕微鏡による観察画像である。
【
図2E】配列番号5に示すアミノ酸配列から成るキャリアペプチドフラグメントを有する構築物の細胞内の局在を示す共焦点レーザー顕微鏡による観察画像である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、ここで開示される技術の好適な実施形態を説明する。本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって、実施に必要な事柄(例えばペプチドの化学合成法、細胞培養技法、ペプチドや核酸を成分として含む組成物の調製に関するような一般的事項等)は、細胞工学、生理学、医学、薬学、有機化学、生化学、遺伝子工学、タンパク質工学、分子生物学、遺伝学等の分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。
また、ここで開示される技術は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。なお、以下の説明では、場合によってアミノ酸をIUPAC-IUBガイドラインで示されたアミノ酸に関する命名法に準拠した1文字表記(ただし配列表では3文字表記)で表す。なお、本明細書において「アミノ酸残基」とは、特に言及する場合を除いて、ペプチド鎖のN末端アミノ酸及びC末端アミノ酸を包含する用語である。
【0018】
また、本明細書において、「合成ペプチド」とは、そのペプチド鎖がそれのみ独立して自然界に安定的に存在するものではなく、人為的な化学合成あるいは生合成(即ち遺伝子工学に基づく生産)によって製造され、所定の組成物中で安定して存在し得るペプチド断片をいう。ここで「ペプチド」とは、複数のペプチド結合を有するアミノ酸ポリマーを指す用語であり、アミノ酸残基の数によって限定されない。
なお、本明細書中に記載されるアミノ酸配列は、常に左側がN末端側であり右側がC末端側を表す。
【0019】
ここで開示される外来物質導入用構築物は、キャリアペプチドフラグメントと、該キャリアペプチドフラグメントのN末端側及び/又はC末端側に結合した外来物質とを有している。
ここで開示されるキャリアペプチドフラグメントは、以下のアミノ酸配列:
KKRTLRKKKRKKR(配列番号1);
KKRTLRKRRRKKR(配列番号2);
KKRTLRKRKRKKR(配列番号3);
KKRTLRKKRRKKR(配列番号4);
のいずれかにより規定(把握)される配列であって、真核細胞の細胞膜透過性、さらには核小体移行性を発揮させるアミノ酸配列である。
【0020】
配列番号1~4に示すアミノ酸配列は、配列番号5に示すLIMキナーゼ2のNoLSとして知られるアミノ酸配列のN末端側から8番目と9番目のアミノ酸を塩基性アミノ酸に変異させた変異体である。LIMキナーゼ2は、ヒト内皮細胞に存在する細胞内情報伝達に関与するプロテインキナーゼの一種であり、その491番目から503番目までのアミノ酸配列が核小体局在シグナル(NoLS)として機能することが知られている(非特許文献1および2参照)。
【0021】
配列番号1に示すアミノ酸配列は、LIMキナーゼ2のNoLSの8番目のアスパラギン残基および9番目のアスパラギン酸残基をリジン残基に置換した配列である。
配列番号2に示すアミノ酸配列は、LIMキナーゼ2のNoLSの8番目のアスパラギン残基および9番目のアスパラギン酸残基をアルギニン残基に置換した配列である。
配列番号3に示すアミノ酸配列は、LIMキナーゼ2のNoLSの8番目のアスパラギン残基をアルギニン残基に置換し、9番目のアスパラギン酸残基をリジン残基に置換した配列である。
配列番号4に示すアミノ酸配列は、LIMキナーゼ2のNoLSの8番目のアスパラギン残基をリジン残基に置換し、9番目のアスパラギン酸残基をアルギニン残基に置換した配列である。
【0022】
ここで開示されるキャリアペプチドフラグメントは、典型的には、配列番号1~4に示すアミノ酸配列のいずれかと同一のアミノ酸配列であるが、細胞膜透過性および核小体移行性を損なわない限りは、これらのアミノ酸配列の改変配列を包含する。ここで、「改変配列」とは、1個または数個(典型的には2個又は3個)のアミノ酸残基が置換、欠失及び/又は付加(挿入)されて形成されたアミノ酸配列(改変アミノ酸配列)である。そのような軽微な改変配列は、ここで開示される情報に基づいて当業者にとって容易に利用され得るため、ここで開示される技術的思想としての「キャリアペプチドフラグメント」に包含される。
本明細書における改変配列の典型例としては、例えば、1個、2個または3個のアミノ酸残基が保守的に置換したいわゆる同類置換(conservative amino acid replacement)によって生じた配列や、所定のアミノ酸配列について1個、2個または3個のアミノ酸残基が付加(挿入)した若しくは欠失した配列等が挙げられる。同類置換の典型例としては、例えば、塩基性アミノ酸残基が別の塩基性アミノ酸残基に置換した配列(例えばリジン残基とアルギニン残基との相互置換)や、疎水性アミノ酸残基が別の疎水性アミノ酸残基に置換した配列(例えばロイシン残基、イソロイシン残基、およびバリン残基の相互置換)等が挙げられる。
【0023】
配列番号1~4に示すアミノ酸配列はいずれも13アミノ酸残基中11アミノ酸残基が塩基性アミノ酸(アルギニン、リジン)で構成されている。従来、細胞膜透過性を有するペプチドとして、例えば、配列番号6に示されるアルギニン残基のみから構成されるオクタアルギニン(以下、「R8」ともいう)が知られているが、本発明者の検討により、R8の細胞毒性は比較的高いことが確かめられている。一方、配列番号1~4に示すアミノ酸配列のいずれかからなるキャリアペプチドフラグメントにおいては、本発明者の検討により、当該キャリアペプチドフラグメントの濃度が100μMであっても細胞毒性がほとんどなく、R8よりも細胞毒性が格段に低いことが確認されている。即ち、ここで開示されるキャリアペプチドフラグメントは、高い細胞膜透過性および核小体移行性を有するとともに、顕著に細胞毒性が低い性質を有している。メカニズムの詳細は明らかではないが、ここで開示されるキャリアペプチドフラグメントにおいては、塩基性アミノ酸以外に、中性アミノ酸であるスレオニン(トレオニン)残基およびロイシン残基をそれぞれ4番目、5番目に有することが細胞毒性の低減に寄与していると推定される。
【0024】
外来物質導入用構築物はキャリアフラグメントのN末端側及び/又はC末端側に、所望する外来物質を直接的または適当なリンカーを介して間接的に結合(連結)することによって、設計・構築され得る。
リンカーは、特に限定されるものではないが、ペプチド性リンカーであってもよく、非ペプチド性リンカーであってもよい。特に限定されるものではないが、ペプチド性リンカーを構成するアミノ酸配列は立体障害を生じさせず、かつ、柔軟なアミノ酸配列であることが好ましい。ペプチド性リンカーは、例えば、グリシン、アラニン、およびセリン等から選択されるアミノ酸残基を1種または2種以上含む、10個以下(より好ましくは1個以上5個以下、例えば1個、2個、3個、4個、または5個のアミノ酸残基)のアミノ酸残基からなるリンカーであり得る。また、かかるリンカーとして、βアラニンを用いてもよい。非ペプチド性リンカーとしては、特に限定されるものではないが、例えばアルキルリンカー、PEG(ポリエチレングリコール)リンカー、アミノヘキサノイルスペーサ等を用いてもよい。
【0025】
ここで開示される外来物質導入用構築物に含まれる外来物質は、典型的にはポリペプチド、核酸、色素、薬剤等の有機化合物である。外来物質がポリペプチドである場合には、該ポリペプチドを構成するアミノ酸配列と、キャリアペプチドフラグメントを構成するアミノ酸配列とを含むようにペプチド鎖を設計し、該ペプチド鎖を生合成あるいは化学合成することによって、目的の外来物質導入用構築物を作製することができる。また、種々のDNA又はRNAのような核酸、色素(例えばFAMやFITC等の種々の蛍光色素化合物)、あるいは薬剤(例えば5-フルオロウラシル(5FU)等の核酸系抗腫瘍剤を含む抗腫瘍剤やアジドチミジン(AZT)等の抗ウイルス剤等)として機能する有機化合物を従来公知の種々の科学的手法により、上述したキャリアペプチドフラグメントのN末端側及び/又はC末端側に直接的もしくは間接的に結合させて外来物質導入用構築物を構築することができる。
特に限定するものではないが、外来物質が有する機能は、例えば、幹細胞の分化誘導の促進(幹細胞分化誘導活性)、腫瘍細胞の増殖抑制(抗腫瘍活性)、ウイルス感染細胞の増殖抑制(抗ウイルス活性)、核小体におけるタンパク質及び核酸の制御等であり得る。
【0026】
外来物質導入用構築物において、キャリアペプチドフラグメントと結合する外来物質の数は特に限定されない。即ち、1のキャリアペプチドフラグメントに対して1又はそれ以上の外来物質を結合させてもよい。特に限定するものではないが、例えば、1のキャリアペプチドフラグメントのN末端側にポリペプチド、核酸、薬剤等を結合させ、C末端側に色素を結合させてもよい。キャリアペプチドフラグメントに色素を結合させることにより、外来物質導入用構築物の真核細胞への導入効率および細胞内における局在を評価することが容易となるため好ましい。
【0027】
ここで開示される外来物質導入用構築物は、核小体への移行性が高いため、例えば色素を有する外来物質導入用構築物は、核小体マーカーとして利用することができる。かかる構築物は、真核細胞の培養液に添加されることで細胞内に導入され、さらには核小体へ高効率に移行することができる。従来技術の一例として、核小体の位置を解析する方法として、細胞膜透過処理(例えば、TritonX-100等の界面活性剤による処理)をした後に核小体染色液を添加する方法が広く知られているが、ここに開示される構築物は、細胞膜透過処理をしなくとも、培養細胞に構築物を添加し、インキュベートするという簡易的な方法で核小体のマーカーとして利用することができる。
【0028】
なお、外来物質がポリペプチドの場合、採用するポリペプチド(アミノ酸配列)は、特に限定されない。例えばアミノ酸残基数が100~1000程度のポリペプチド若しくはタンパク質のような、比較的アミノ酸残基数が多いものも外来物質として採用し得る。
典型的には、外来物質導入用構築物として作製する合成ペプチドを構成する総アミノ酸残基数は、数個乃至数十個(例えば10個)以上であって、1000以下が適当であり、好ましくは600以下であり、さらに好ましくは500以下であり、特に300以下(例えば10~300)が好適である。このような長さのポリペプチドは合成(生合成、化学合成)が容易であり、使用しやすい。
【0029】
外来物質としては、種々の細胞や組織(器官)の発生、分化、増殖、がん化、ホメオスタシス(恒常性)、代謝の調節、等の機能にかかわるポリペプチドの成熟型あるいは前駆体(プロ型、プレプロ型を包含する。)が好ましい。また、機能が従来知られていないポリペプチドを細胞内に導入して当該ポリペプチドの細胞内(生体組織内)における機能の解明のために、ここに開示される外来物質導入方法を実施することもできる。
例えば、外来物質の導入する対象となる真核細胞がヒトその他哺乳動物の幹細胞である場合、当該幹細胞の分化誘導に関与する種々の生理活性を有するポリペプチドの成熟型またはその前駆体の利用が好ましい。なお、「幹細胞」は、体性幹細胞、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞(Induced pluripotent stem cells:以下iPS細胞という。)を包含する。また、外来物質の導入する対象となる真核細胞ががん細胞(腫瘍細胞)である場合、当該がん細胞(腫瘍細胞)のアポトーシス誘導に関与する種々のポリペプチドの利用が好ましい。あるいは、この場合においては、がん細胞(腫瘍細胞)が免疫監視機構の機能を抑制することを阻害し得るポリペプチドの利用が好ましい。さらに、導入の対象となる真核細胞が細菌感染細胞やウイルス感染細胞である場合、当該感染細胞のアポトーシス誘導に関与する種々のポリペプチドや、当該感染細胞において細菌もしくはウイルスが増殖することを抑制し得るポリペプチドや、当該感染細胞から細菌もしくはウイルスの感染が拡大することを抑制し得るポリペプチドの利用が好ましい。
なお、キャリアペプチドフラグメントと同様、外来物質としてのポリペプチドは、その機能を保持する限りにおいて、1個または数個のアミノ酸残基が置換、欠失及び/又は付加(挿入)されて形成される改変アミノ酸配列を含んでいてもよい。
【0030】
キャリアペプチドフラグメントのC末端側に外来物質が結合している外来物質導入用構築物では、キャリアペプチドフラグメントのN末端側のアミノ酸残基のα-アミノ基はアセチル化されていることが好ましい。具体的には、配列番号1~4に示すアミノ酸配列のN末端側のアミノ酸残基はリジンであるため、かかるリジンのα-アミノ基がアセチル化されていることが好ましい。詳細なメカニズムは不明だが、真核細胞中のタンパク質の多くはN末端側のアミノ酸のα-アミノ基がアセチル化修飾されるため、このような構成であれば、構築物の細胞内での安定性が高まり、外来物質がより安定的に細胞質内および核小体内で保持され得る。
【0031】
外来物質導入用構築物は、C末端側のアミノ酸残基がアミド化されていることが好ましい。アミノ酸残基(典型的にはペプチド鎖のC末端アミノ酸残基)のカルボキシル基をアミド化すると、かかる構築物の細胞質内および核小体内における構造安定性(例えばプロテアーゼ耐性)が向上し得る。また、カルボキシル基がアミド化されることで、構築物の親水性が向上するため、かかる構築物の水系溶媒への溶解性を向上させることができる。水系溶媒としては、例えば、水、種々の緩衝液、生理食塩水(例えばPBS)、細胞培養液等が挙げられる。
例えば、配列番号1~4に示すアミノ酸配列のいずれかから成るキャリアペプチドフラグメントのN末端側に外来物質が結合している場合、キャリアペプチドフラグメントのC末端側のアルギニンのカルボキシル基をアミド化することが好ましい。また、例えば外来物質がポリペプチドであり、かかるポリペプチドがキャリアペプチドフラグメントのC末端側に結合している場合は、当該ポリペプチドのC末端アミノ酸残基のカルボキシル基をアミド化することが好ましい。
【0032】
外来物質導入用構築物のうちペプチド鎖(外来物質として構成されるポリペプチド、キャリアペプチドフラグメントおよびペプチド性リンカーを包含する)の比較的短いものは、一般的な化学合成法に準じて容易に製造することができる。例えば、従来公知の固相合成法又は液相合成法のいずれを採用してもよい。アミノ基の保護基としてBoc(t-butyloxycarbonyl)或いはFmoc(9-fluorenylmethoxycarbonyl)を適用した固相合成法が好適である。即ち、市販のペプチド合成機を用いた固相合成法により、所望するアミノ酸配列、修飾(N末端アセチル化、C末端アミド化等)部分を有する上記ペプチド鎖を合成することができる。なお、上記方法でペプチド鎖の一部のみを合成してもよく、例えば、キャリアペプチドフラグメントのみ、または、キャリアペプチドフラグメントとペプチド性リンカー部分とを含むペプチド鎖を合成し得る。
【0033】
或いは、遺伝子工学的手法に基づいてペプチド部分を生合成により作製してもよい。即ち、所望するアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列(ATG開始コドンを含む。)のポリヌクレオチド(典型的にはDNA)を合成する。そして、合成したポリヌクレオチド(DNA)と該アミノ酸配列を宿主細胞内で発現させるための種々の調節エレメント(プロモーター、リボゾーム結合部位、ターミネーター、エンハンサー、発現レベルを制御する種々のシスエレメントを包含する。)とから成る発現用遺伝子構築物を有する組換えベクターを、宿主細胞に応じて構築する。
一般的な技法によって、この組換えベクターを所定の宿主細胞(例えばイースト、昆虫細胞、植物細胞)に導入し、所定の条件で当該宿主細胞又は該細胞を含む組織や個体を培養する。このことにより、目的とするペプチドを細胞内で生産させることができる。そして、宿主細胞(分泌された場合は培地中)からペプチド部分を単離し、必要に応じてリフォールディング、精製等を行うことによって、目的のペプチド部分を得ることができる。
なお、組換えベクターの構築方法及び構築した組換えベクターの宿主細胞への導入方法等は、当該分野で従来から行われている方法をそのまま採用すればよく、かかる方法自体は特にここで開示される技術を特徴付けるものではないため、詳細な説明は省略する。
【0034】
例えば、宿主細胞内で効率よく大量に生産させるために融合タンパク質発現システムを利用することができる。すなわち、目的のポリペプチドのアミノ酸配列をコードする遺伝子(DNA)を化学合成し、該合成遺伝子を適当な融合タンパク質発現用ベクター(例えばノバジェン社から提供されているpETシリーズおよびアマシャムバイオサイエンス社から提供されているpGEXシリーズのようなGST(Glutathione S-transferase)融合タンパク質発現用ベクター)の好適なサイトに導入する。そして該ベクターにより宿主細胞(典型的には大腸菌)を形質転換する。得られた形質転換体を培養して目的の融合タンパク質を調製する。次いで、該タンパク質を抽出及び精製する。次いで、得られた精製融合タンパク質を所定の酵素(プロテアーゼ)で切断し、遊離した目的のペプチド断片(即
ち設計した人工ポリペプチド)をアフィニティクロマトグラフィー等の方法によって回収する。このような従来公知の融合タンパク質発現システム(例えばアマシャムバイオサイエンス社により提供されるGST/Hisシステムを利用し得る。)を用いることによって、目的の外来物質導入用構築物(人工ポリペプチド)を製造することができる。
或いは、無細胞タンパク質合成システム用の鋳型DNA(即ち、外来物質導入用構築物のペプチド部分のアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列を含む合成遺伝子断片)を構築し、ペプチド部分の合成に必要な種々の化合物(ATP、RNAポリメラーゼ、アミノ酸類等)を使用し、いわゆる無細胞タンパク質合成システムを採用して目的のポリペプチドをインビトロ合成することができる。無細胞タンパク質合成システムについては、例えばShimizuらの論文(Shimizu et al., Nature Biotechnology, 19, 751-755(2001))、Madinらの論文(Madin et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97(2), 559-564(2000))が参考になる。これら論文に記載された技術に基づいて、本願出願時点において既に多くの企業がポリペプチドの受託生産を行っており、また、無細胞タンパク質合成用キット(例えば、日本の(株)セルフリーサイエンスから入手可能)が市販されている。
【0035】
外来物質導入用構築物のペプチド部分をコードするヌクレオチド配列及び/又は該配列と相補的なヌクレオチド配列を含む一本鎖又は二本鎖のポリヌクレオチドは、従来公知の方法によって容易に製造(合成)することができる。即ち、設計したアミノ酸配列を構成する各アミノ酸残基に対応するコドンを選択することによって、かかるアミノ酸配列に対応するヌクレオチド配列が容易に決定され、提供される。そして、ひとたびヌクレオチド配列が決定されれば、DNA合成機等を利用して、所望するヌクレオチド配列に対応するポリヌクレオチド(一本鎖)を容易に得ることができる。さらに得られた一本鎖DNAを鋳型として用い、種々の酵素的合成手段(典型的にはPCR)を採用して目的の二本鎖DNAを得ることができる。また、ポリヌクレオチドは、DNAの形態であってもよく、RNA(mRNA等)の形態であってもよい。DNAは、二本鎖又は一本鎖で提供され得る。一本鎖で提供される場合は、コード鎖(センス鎖)であってもよく、それと相補的な配列の非コード鎖(アンチセンス鎖)であってもよい。
こうして得られるポリヌクレオチドは、上述のように、種々の宿主細胞中で又は無細胞タンパク質合成システムにて、ペプチド生産のための組換え遺伝子(発現カセット)を構築するための材料として使用することができる。
【0036】
外来物質導入用構築物は、外来物質の機能に基づく用途の組成物の有効成分として好適に使用し得る。なお、外来物質導入用構築物は、外来物質の機能を失わない限りにおいて塩の形態であってもよい。例えば、常法に従って通常使用されている無機酸または有機酸を付加反応させることにより得られ得る酸付加塩を使用することができる。従って、本明細書および特許請求の範囲に記載の「外来物質導入用構築物」は、かかる塩形態のものを包含する。
【0037】
外来物質導入用構築物は、有効成分としての外来物質導入用構築物のほか、使用形態に応じて医薬(薬学)上許容され得る種々の担体を含み得る組成物として提供され得る。
上記担体としては、例えば、希釈剤、賦形剤等としてペプチド医薬において一般的に使用される担体が好ましい。かかる担体としては、外来物質導入用構築物の用途や形態に応じて適宜異なり得るが、典型的には、水、生理学的緩衝液、種々の有機溶媒が挙げられる。また、かかる担体は、適当な濃度のアルコール(エタノール等)水溶液、グリセロール、オリーブ油のような不乾性油であり得、或いはリポソームであってもよい。また、医薬用組成物に含有させ得る副次的成分としては、種々の充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、表面活性剤、色素、香料等が挙げられる。
【0038】
組成物の形態は、特に限定されない。例えば、典型的な形態として、液剤、懸濁剤、乳剤、エアロゾル、泡沫剤、顆粒剤、粉末剤、錠剤、カプセル、軟膏が挙げられる。また、注射等に用いるため、使用直前に生理食塩水または適当な緩衝液(例えばPBS)等に溶解して薬液を調製するための凍結乾燥物、造粒物とすることもできる。
外来物質導入用構築物(主成分)および種々の担体(副成分)を材料にして種々の形態の薬剤(組成物)を調製するプロセス自体は従来公知の方法に準じればよく、かかる製剤方法自体は本発明を特徴付けるものでもないため詳細な説明は省略する。処方に関する詳細な情報源として、例えばComprehensive Medicinal Chemistry, Corwin Hansch監修,Pergamon Press刊(1990)が挙げられる。
【0039】
ここで開示される外来物質導入用構築物(組成物)を用いて、生体内(インビボ)、または、生体外(インビトロ)において外来物質導入用構築物を導入する方法が提供される。当該方法では、以下の(1)~(3)の工程:
(1)配列番号1~4に示されるアミノ酸配列のいずれかから成るキャリアペプチドフラグメントと、該キャリアペプチドフラグメントのN末端側及び/又はC末端側に結合した目的とする外来物質と、を有する外来物質導入用構築物を用意する工程と、
(2)外来物質導入用構築物を、目的とする真核細胞を含む試料中に供給する工程と、
(3)外来物質導入用構築物が供給された試料をインキュベートして、該試料中の真核細胞内にかかる構築物を導入する工程と、を包含する。
【0040】
上記「真核細胞」は、インビボにおいては、例えば種々の組織、臓器、器官、血液、およびリンパ液等を包含する。上記「真核細胞」は、インビトロにおいては、例えば生体から摘出された種々の細胞塊、組織、臓器、器官、血液、およびリンパ液ならびに、セルライン等を包含する。
【0041】
上述したここで開示される構築物を含む組成物は、インビボにおいて、その形態および目的に応じた方法や用量で使用することができる。例えば、液剤として、静脈内、筋肉内、皮下、皮内若しくは腹腔内への注射によって患者(即ち生体)の患部(例えば悪性腫瘍組織、ウイルス感染組織、炎症組織等)に所望する量だけ投与することができる。あるいは、錠剤等の固体形態のものや軟膏等のゲル状若しくは水性ジェリー状のものを、直接所定の組織(即ち、例えば腫瘍細胞、ウイルス感染細胞、炎症細胞等を含む組織や器官等の患部)に投与することができる。あるいは、錠剤等の固体形態のものは経口投与することができる。経口投与の場合は、消化管内での消化酵素分解を抑止すべくカプセル化や保護(コーティング)材の適用が好ましい。
【0042】
あるいは、生体外(インビトロ)において培養している真核細胞に対し、ここで開示される組成物の適当量(即ち、外来物質導入用構築物の適当量)を、少なくとも1回、目的とする真核細胞の培養液に供給するとよい。1回当たりの供給量および供給回数は、培養する真核細胞の種類、細胞密度(培養開始時の細胞密度)、継代数、培養条件、培地の種類等の条件によって異なり得るため特に限定されない。例えば、培養液中のキャリアペプチドフラグメント濃度が概ね0.05μM以上100μM以下の範囲内、例えば0.5μM以上50μM以下の範囲内、また例えば1μM以上20μM以下、また例えば1μM以上10μM以下の範囲内となるように1回、2回またはそれ以上の複数回添加することが好ましい。また、構築物添加後のインキュベート時間についても、真核細胞の種類及び各種条件により異なり得るため特に限定されない。例えば、0.5時間以上、1時間以上、4時間以上、8時間以上、20時間以上であり得る。なお、インキュベートの条件についても、真核細胞の種類により異なり得るため、特に限定されるものではないが、例えば、5%CO2雰囲気下、37℃下でインキュベートすることができる。
なお、インビトロにおける導入方法について、一例を下記実施例において示している。
【0043】
外来物質導入用構築物の導入効率を評価する方法は、特に限定されない。例えば、該構築物に色素(典型的には蛍光色素化合物)が結合している場合には、顕微鏡観察(例えば共焦点レーザー顕微鏡観察)やフローサイトメトリー等により、真核細胞への導入効率を評価することができる。また、上記構築物のペプチド部分を特異的に認識する抗体を用いた免疫化学的手法(例えばウエスタンブロットや免疫細胞染色等)によっても上記構築物の導入効率を評価し得る。
【0044】
以下、ここで開示される技術に関するいくつかの実施例を説明するが、ここで開示される技術をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0045】
<外来物質導入用構築物の作製>
表1に示す5種の合成ペプチド(ペプチド1~5)を用意した。ペプチド1~5はそれぞれ配列番号1~5に示すアミノ酸配列からなるペプチドである。配列番号1~4に示すアミノ酸配列は、いずれも配列番号5に示すLIMキナーゼ2のNoLSとして知られるアミノ酸配列のうち、N末端側から8番目と9番目のアミノ酸残基を塩基性アミノ酸(アルギニンまたはリジン)に置換している。
ペプチド1~5は、いずれも市販のペプチド合成機を用いてマニュアルどおりに固相合成法(Fmoc法)を実施することによって合成した。また、ペプチド1~5のN末端側のリジンのα-アミノ基はいずれもアセチル化されたものを合成した。
なお、ペプチド合成機の使用態様自体はここで開示される技術を特徴付けるものではないため、詳細な説明は省略する。
【0046】
【0047】
次に、ペプチド1~5のC末端側のアミノ酸に、外来物質として蛍光色素であるFAM(C21H12O7:5(6)-carboxyfluorescein、分子量376.3、励起波長495nm、蛍光波長520nm)を常法に基づいて直接結合させた。これにより、ペプチド1を備える外来物質導入用構築物(「サンプル1」ともいう)、ペプチド2を備える外来物質導入用構築物(「サンプル2」ともいう)、ペプチド3を備える外来物質導入用構築物(「サンプル3」ともいう)、ペプチド4を備える外来物質導入用構築物(「サンプル4」ともいう)、ペプチド5を備える外来物質導入用構築物(「サンプル5」ともいう)を得た。サンプル1~5をそれぞれDMSOで希釈し、サンプル濃度が2mMのサンプル溶液1~5をそれぞれ調製した。
【0048】
<試験1>
<フローサイトメトリーによる細胞膜透過性評価>
真核細胞としてHeLa細胞(ヒト子宮頸がん細胞由来の樹立細胞株)を使用し、ペプチド1~5の細胞膜透過性を解析した。この試験では、表2に示すように、例1~5では、上記調製したサンプル1~5をそれぞれ用い、例6として、FAM溶液を用いた。
【0049】
【0050】
(例1)
HeLa細胞を一般的な培養培地である10%FBS(fetal bovine serum)含有DMEM(Dulbecco’s modified Eagle’s medium(富士フィルム和光純薬株式会社製、Cat No.043-30085))で培養した。
培養プレートに接着したHeLa細胞をPBSで洗浄後、0.25%トリプシン/EDTA溶液を添加し、37℃中で3分間インキュベートを行った。該インキュベート後、10%FBS含有DMEMを加え、トリプシンを不活性化させた後、150×gで5分間の遠心分離を行い細胞を沈殿させた。遠心分離によって生じた上清を取り除いた後、沈殿(細胞ペレット)に10%FBS含有DMEMを加え、約1×105cells/mLの細胞懸濁液を調製した。該細胞懸濁液を市販の6穴(ウェル)プレート(AGCテクノグラス株式会社製)のウェルに2mL加え、細胞を播種した(約2×105cells/ウェル)。そして、5%CO2条件下において37℃で2時間培養することによって、細胞をウェルの底面に接着させた。
【0051】
次に、上記2mMサンプル溶液1を上記10%FBS含有DMEMで希釈し、サンプル1の濃度が20μMのサンプル溶液1を準備した。上記2時間培養後のウェルから培養上清を1mL取り除いた後、該ウェルに上記20μMサンプル溶液1を1mL添加した(即ち、ウェル中の培養液のサンプル1の濃度が10μM、DMSO濃度が0.5%となるようにした)。そして、細胞を5%CO2条件下で、37℃で20時間インキュベートを行った。かかる20時間のインキュベート後、ウェルから培養上清を取り除き、1mLのPBSでウェル中の細胞を2回洗浄した。次に、ウェルに200μLの0.25%トリプシン/EDTA溶液を添加し、37℃中で3分間インキュベートを行った。該インキュベート後、ウェルに400μLの10%FBS含有DMEMを添加することでトリプシンを不活性化した後、ウェル中の細胞懸濁液をチューブに移し、細胞を回収した。その後、さらにウェルに600μLのPBSを添加し、ウェルを洗浄した。そして、ウェル中のPBSを上記チューブへと移すことにより、ウェル中に残った細胞を上記チューブへと回収した。このチューブを4℃、210×gの条件で5分間遠心分離を行った。遠心分離後、上清を取り除き、沈殿(細胞ペレット)を1mLのPBSで懸濁(洗浄)した後、上記と同じ条件で遠心分離を行った。この操作を2回繰り返した後、上清を取り除き、サンプル1含有培地で培養した細胞(細胞ペレット)を得た。
【0052】
上記得られた細胞(細胞ペレット)について、フローサイトメータを用いてサンプル1の細胞透過性の解析を行った。フローサイトメータとして、On-Chip Flowcytometer(株式会社オンチップ・バイオテクノロジーズ(On-Chip Biotechnologies Co.,Ltd.)製)を使用した。
かかる解析のために、上記得られた細胞ペレットを50μLのPBSで懸濁した。この懸濁液に、さらに50μLの上記フローサイトメータ用の2×sample bufferを加え、解析用の細胞懸濁液を用意した。
【0053】
上記のフローサイトメータを用いて前方散乱(forward scatter:FSC)および側方散乱(side scatter:SSC)に基づくゲーティングを行い、解析対象とする細胞集団についてのゲートを設定し、かかるゲート内の細胞集団について、蛍光強度を測定した。なお、該細胞集団は少なくとも10000個以上となるように解析を行った。蛍光強度の測定には、FAMの蛍光波長を検出可能な上記フローサイトメータの蛍光検出器FL2(最適検出波長543nm付近)を使用した。かかる測定結果について、市販の解析ソフト「FlowJo(登録商標)」(TreeStar社製)を用いて解析を行い、測定対象細胞集団の平均蛍光強度(mean fluorescent intensity:MFI)を得た。
【0054】
(例2)
サンプル溶液1を上記調製したサンプル溶液2とした以外は例1と同様に実施した。
(例3)
サンプル溶液1を上記調製したサンプル溶液3とした以外は例1と同様に実施した。
(例4)
サンプル溶液1を上記調製したサンプル溶液4とした以外は例1と同様に実施した。
(例5)
サンプル溶液1を上記調製したサンプル溶液5とした以外は例1と同様に実施した。
(例6)
サンプル溶液1をDMSOで希釈したFAM溶液とした以外は例1と同様に実施した。なお、かかるFAM溶液の濃度はサンプル1溶液の濃度(即ち、ウェル中の培養液のFAM濃度が10μM、DMSO濃度が0.5%)と同じとなるように用いた。
【0055】
例1~6について得られた結果を
図1に示す。
図1は、例6のMFIの値を1としたときの各例のMFIの相対値を示す。
【0056】
図1に示すように、例1~5はいずれも例6よりもMFIの値が高かった。これにより、ペプチド1~5はいずれも細胞膜透過性を有していることがわかる。また、例1~4はいずれもMFIの値が例5のMFIの値より2倍以上高く、このなかでも、例1のMFIの値は例5のMFIの値より3倍以上高かった。したがって、ペプチド1~4はペプチド5(LIMキナーゼ2のNoLS)よりも優れた細胞膜透過性を有していることがわかる。
また、本発明者らの検討によって、外来物質が蛍光色素のみならず、ポリペプチド、核
酸、および薬剤のいずれであっても、かかる外来物質は、効率よく細胞の外部から細胞質内に導入され、さらには核小体内に導入されることが確認された。
【0057】
<試験2>
この試験では、サンプル1~5のHeLa細胞内の局在について解析した。HeLa細胞をコラーゲンコートした8ウェルスライドに約2×104cells/ウェルとなるように播種し、37℃、5%CO2存在下で一晩培養した。細胞培養液は10%FBS含有DMEMを使用した。一晩培養後、ウェル中の培養液のサンプル濃度が5μM、DMSO濃度が0.5%となるように、サンプル溶液1~5をそれぞれ別のウェルに添加し、さらに20時間培養した。
【0058】
その後、上清(培養液)を除き、氷冷したPBSを加えて氷上で3回洗浄した。次いで、氷冷したメタノールを添加して-20℃で10分間静置して細胞を固定した。その後、メタノールを除去した後、氷冷PBSにて3回洗浄した。次いで、DAPI含有封入液(ThemoFisher Scientific社製)とカバーガラスを用いて封入を行い、共焦点レーザー顕微鏡による蛍光観察を行った。、
図2Aにサンプル1を添加した例の蛍光観察画像、
図2Bにサンプル2を添加した例の蛍光観察画像、
図2Cにサンプル3を添加した例の蛍光観察画像、
図2Dにサンプル4を添加した例の蛍光観察画像、
図2Eにサンプル5を添加した例の蛍光観察画像を示す。なお、
図2A~2Eは、いずれもDAPIおよびFAMの蛍光画像をマージした画像を示す。
【0059】
図2A~2Dから明らかにように、サンプル1~4のFAMの蛍光は、細胞質に加え、細胞の核の中に存在している核小体で観察された。特に、核小体におけるFAMの蛍光強度は細胞質よりも顕著に強く、核小体の輪郭部分も明瞭に観察された。一方、
図2Eに示すように、サンプル5のFAMの蛍光は核小体でわずかに観察されるものの、その蛍光強度は
図2A~2Dよりも弱く、核小体の輪郭部分も不鮮明なものであった。これらの結果から、ペプチド1~4は、ペプチド5(LIMキナーゼ2のNoLS)よりも顕著に優れた核小体移行性を有しており、目的とする外来物質(ここではFAM)を核小体に導入できることがわかる。
【0060】
以上、ここに開示される技術の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
ここで開示される技術によると、真核細胞(特に細胞壁を有しないヒトやそれ以外の哺乳動物に代表される種々の動物細胞)の外部から少なくとも細胞質内、さらには核小体内に目的とする外来物質を導入するために人為的に作製された構築物が提供される。かかる構築物を利用することにより、目的の細胞に目的の外来物質を効果的に導入させ、該外来物質が導入された細胞並びに該外来物質を含む細胞を含む器官等の生体組織を得ることができる。また、かかる構築物を利用することにより、疾患に対する治療薬を提供することができる。また、ここで開示される構築物は核小体移行性が高いため、例えば、色素を備える構築物は、核小体マーカーとして利用することができる。また、ここで開示される構築物は、細胞毒性が顕著に低く、さらに核小体へ目的の外来物質を導入できるため、核小体をターゲットとしたがんや種々の疾患の治療薬として利用することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0062】
配列番号1~6 合成ペプチド
【配列表】