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特許7683144光合成植物栽培方法、及び光合成植物栽培装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-19
(45)【発行日】2025-05-27
(54)【発明の名称】光合成植物栽培方法、及び光合成植物栽培装置
(51)【国際特許分類】
   A01G 7/00 20060101AFI20250520BHJP
【FI】
A01G7/00 601C
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2024094162
(22)【出願日】2024-06-11
【審査請求日】2024-07-12
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】521534356
【氏名又は名称】Agri Blue株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】240000327
【弁護士】
【氏名又は名称】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】梶山 博司
(72)【発明者】
【氏名】梶山 美也
(72)【発明者】
【氏名】梶山 凛
【審査官】竹中 靖典
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/031559(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
栽培対象の光合成植物の光合成のための相対的に強い光である主光の照射と、
光強度が、前記光合成植物の光補償点よりも小さく、相対的に弱い光であり、前記光強度が周期的に変動する追加シグナル光の照射と、を同時に行い、
前記追加シグナル光の波形が、
1周期の時間よりも短いピーク時間を有し、各周期における光強度の変化が共通となるよう形成されて、前記光合成植物に、前記主光からのフィルタリングと検波、及び、日照覚知を起こさせる波形であり、
前記追加シグナル光により、短日植物である前記光合成植物に対しては開花抑制を行い、長日植物である前記光合成植物に対しては開花促進を行って、前記光合成植物の生育を調整する植物栽培方法。
【請求項2】
前記追加シグナル光の照射の時間帯が、光合成のための前記主光の光強度が光補償点より小さい時間帯を含む、請求項1に記載の植物栽培方法。
【請求項3】
前記追加シグナル光の波長帯が350nmから750nmである、請求項1又は2に記載の植物栽培方法。
【請求項4】
栽培対象の光合成植物の光合成のための相対的に強い光である主光が照射される光合成植物栽培装置であって、
前記主光と同時に、相対的に弱い光である追加シグナル光の照射を行う追加光光源と、
前記追加光光源を駆動制御することが可能な照射光制御部と、を備え、
前記追加シグナル光の光強度が、前記光合成植物の光補償点よりも小さく、周期的に変動する光強度であり、
前記追加シグナル光の波形が、
1周期の時間よりも短いピーク時間を有し、各周期における光強度の変化が共通となるよう形成されて、前記光合成植物に、前記主光からのフィルタリングと検波、及び、日照覚知を起こさせる波形であり、
前記追加シグナル光により、短日植物である前記光合成植物に対しては開花抑制を行い、長日植物である前記光合成植物に対しては開花促進を行って、前記光合成植物の生育を調整する光合成植物栽培装置。
【請求項5】
前記主光を照射する主光光源を備えた、請求項4に記載の光合成植物栽培装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、光合成植物の開花時期を調整可能な植物栽培法、及び光合成植物栽培装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、菊(キク)や紫蘇(シソ)などの光合成植物(短日植物)は、日照時間が一定の長さから短くなると、開花や結実を始める。また、大根、ほうれん草、小麦などの光合成植物(長日植物)は、日照時間が一定の時間より長くなると、開花や結実を始める。このため、短日植物や長日植物に、花芽が形成される前から人工の光を照射して、開花時期や結実時期を遅くしたり、早めたりする栽培方法が行われている。これらを、電照、或いは、長日処理などという。
【0003】
長日処理を行うことにより、植物(光合成植物)を需要期に合わせて収穫することができる。従来の長日処理は、光補償点以上の明るさの光を、白熱電球やLED電球を使って照射している。これにより、日照時間を一定の長さより長くしている。しかしながら、白熱電球やLED電球を使って、毎日一定の時間照射すると、電力コストや、寿命を過ぎた電球の交換費用がかさむことが問題になる。このため、低消費電力で長寿命の長日処理方法や長日処理装置が要望されている。特許文献1(段落0012など)には、LED電球を用いた長日処理技術が開示されている。また、特許文献2(段落0009など)には、特定の波長の光を用いて短日植物の開花調節を行うことが開示されている。さらに、特許文献3(段落0186など)には、特定の光合成生物の生育を抑制する効果がある点が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2011-212011号公報
【文献】特開平8-228599号公報
【文献】国際公開第2023/105939号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1(請求項1など)には、赤色光と遠赤色光とを、所定の時間間隔で同時に短日植物に照射して短日植物の花芽形成を抑制する方法が開示されている。しかし、特許文献1には、光強度を周期的に変動させる点については開示されていない。また、特許文献2には、追加シグナル光の照射により遺伝子に働きかけるような生育調整方法は開示されていない。さらに、特許文献3に開示されているのは、複数段階の生育において、生育加速の後に生育減速を組み合わせるといった点に留まる(段落0193など)。
【0006】
本発明は、光合成植物の生育を効果的に調整することが可能な光合成植物栽培方法、及び光合成植物栽培装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る光合成植物栽培方法は、
栽培対象の光合成植物の光合成のための相対的に強い光である主光の照射と、
光強度が、前記光合成植物の光補償点よりも小さく、相対的に弱い光であり、前記光強度が周期的に変動する追加シグナル光の照射と、を同時に行い、
前記追加シグナル光の波形が、
1周期の時間よりも短いピーク時間を有し、各周期における光強度の変化が共通となるよう形成されて、前記光合成植物に、前記主光からのフィルタリングと検波、及び、日照覚知を起こさせる波形であり、
前記追加シグナル光により、短日植物である前記光合成植物に対しては開花抑制を行い、長日植物である前記光合成植物に対しては開花促進を行って、前記光合成植物の生育を調整する。
本発明に係る光合成植物栽培装置は、
栽培対象の光合成植物の光合成のための相対的に強い光である主光が照射される光合成植物栽培装置であって、
前記主光と同時に、相対的に弱い光である追加シグナル光の照射を行う追加光光源と、
前記追加光光源を駆動制御することが可能な照射光制御部と、を備え、
前記追加シグナル光の光強度が、前記光合成植物の光補償点よりも小さく、周期的に変動する光強度であり、
前記追加シグナル光の波形が、
1周期の時間よりも短いピーク時間を有し、各周期における光強度の変化が共通となるよう形成されて、前記光合成植物に、前記主光からのフィルタリングと検波、及び、日照覚知を起こさせる波形であり、
前記追加シグナル光により、短日植物である前記光合成植物に対しては開花抑制を行い、長日植物である前記光合成植物に対しては開花促進を行って、前記光合成植物の生育を調整する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、光合成植物の生育を効果的に調整することが可能な光合成植物栽培方法、及び光合成植物栽培装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】光―光合成曲線の一例を示すグラフである。
図2】追加シグナル光の照射プロファイルを示す説明図である。
図3】追加シグナル光の時間スペクトルを示す説明図である。
図4】追加シグナル光の時間スペクトルに係る一例を示す説明図である。
図5】人間と植物における生存危機対応プロトコルを示す説明図である。
図6】追加シグナル光の照射による植物の日照覚知のメカニズムを示す説明図である。
図7】植物栽培装置の概略構成図である。
図8】(a)は実施例1に係るコントロールの写真画像を示す説明図、(b)は同じく実施例1に係る試験区の写真画像を示す説明図である。
図9】(a)は実施例2に係るコントロールの写真画像を示す説明図、(b)は同じく実施例2に係る試験区の写真画像を示す説明図である。
図10】(a)は実施例3に係る追加シグナル光の波形を示す説明図、(b)は同じく実施例3に係る他の追加シグナル光の波形を示す説明図である。
図11】(a)は実施例4に係るコントロールの写真画像を示す説明図、(b)は同じく実施例4に係る試験区の写真画像を示す説明図である。
図12】実施例4に係る栽培の様子を示す説明図である。
図13】光の波長帯と開花調整との関係を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態について、詳細に説明する。
【0011】
<光合成植物栽培方法>
<<本実施形態における光合成植物栽培方法の概要>>
前述の特許文献3にも開示されているように、光合成植物(以下では「植物」と称する)は、光合成によって生命維持と成長に必要な糖質を自己生産している。光合成では、原料である水(H20)と二酸化炭素(CO2)から糖質であるグルコース(C6H12O6)が生産される。生産のための反応が進行するには、光エネルギーが不可欠である。光エネルギーは、光アンテナとよばれる色素集合組織により吸収される。
【0012】
本実施形態は、太陽光(自然光)やLEDなどの人工光により植物が生育されている環境で、光強度が周期的に変化する光を追加して照射する植物栽培方法を提供する。追加する光が植物のDNAの生存能力を刺激することで、光合成を間接的に促進させることができる。追加する光は、以下では「追加光」ともいう。追加光については後述する。
【0013】
<<主光による植物の成長>>
植物は、光合成と呼吸を同時に行っている。光合成は、二酸化炭素を吸収して酸素を放出する。呼吸は、酸素を吸収して二酸化炭素を放出する。光合成における二酸化炭素吸収速度(単位:μmolCO2 m-2s-1)は光強度に依存しているが(図1参照)、呼吸における二酸化炭素吸収量は光強度には依存しない。
【0014】
光合成における二酸化炭素吸収速度(μmolCO2 m-2s-1)と、呼吸における二酸化炭素放出速度(μmolCO2 m-2s-1)の差が、光合成速度(μmolCO2 m-2s-1)である。光合成速度がゼロになるPPFD(光合成有効量子束密度、後述する)が光補償点(図1)である。光補償点の値は植物の種類によって異なる。
【0015】
光合成における光強度は、単位面積当たり、1秒あたりに、葉面に照射される光の個数で定義する。これを、光合成有効量子束密度(Photosynthesis Photon Flux Density、以後、PPFDと略す)と呼ぶ。
【0016】
水と二酸化炭素が十分に供給されている場合には、グルコース生産量は、PPFDに比例して一定の飽和値まで増加する。グルコース生産量が飽和するときの光強度を光合成飽和光強度と定義する。植物の生育を促進するためには、光合成飽和光強度程度の光が必要である。図1における「光飽和点」が光合成飽和光強度に該当する。
【0017】
照射する光が光合成飽和強度以下になると、光の不足分を補うためにLEDの光などの人工光を照射することがある。このように光不足を補うことを「補光」と呼ぶ。補光は、光合成を直接的に増加させる方法である。光合成を直接的に増加させる人工光を「補光」と称することも可能である。
【0018】
本実施形態では、太陽光(自然光)や、人工的な補光を、光合成のための「主光」と称する。この主光は、光合成を直接的に起こしたり、増大させたりするための光である。主光は、太陽光やLED等から発せられる光で、光合成を主に担う光である。
【0019】
<<追加光による成長促進>>
本実施形態では、主光とは異なる補助的な光を人工的に作成し、植物に照射する。この補助的な光を「追加光」とする。この追加光の照射は、詳細は後述するが、所定の時期や期間に行われる。追加光は、光合成を間接的に促進させるための光である。
【0020】
例えば、本実施形態の植物栽培方法は、太陽光や人工光を光合成のための主光(メイン光)として照射する過程で、播種から収穫までの任意の栽培期間に、追加光を照射する。追加光は、光強度が周期的に変動する光(追加シグナル光)のみ、又は、追加シグナル光と光強度が緩やかに変化する光(追加緩和光)との組み合わせである。
【0021】
追加緩和光は、特許文献3にも開示されているように、正弦波状の波形を有しており、基本周期は1ms以上である。追加シグナル光の周期を8μs<T<200μsとした場合、追加緩和光の基本周期は、追加シグナル光の周期Tの125~2倍以上である。追加緩和光については、追加シグナル光と比べて、強度の傾斜に係る変化率(光強度変化率)が小さい波形を示す光である、とも説明できる。また、追加緩和光については、一周期の波形を用いて追加シグナル光と比較した場合に、追加シグナル光に比べて、全体として光強度変化率が緩やかな光である、とも説明できる。追加緩和光は、相対的に急激に強度変化する追加シグナル光の副作用(強い光刺激で植物の生育が抑えられることなど)の影響を緩和するための光である。したがって、追加緩和光の時間変化は、追加シグナル光の光強度の時間変化よりも緩やかでなければならない。
【0022】
このように、追加シグナル光に追加緩和光を組み合わせて得られた追加光を植物に照射することにより、追加シグナル光を単独で照射した場合に比べて、より一層、植物が感じる光ストレスを緩和できる。すなわち、本実施形態の追加光は、追加シグナル光と追加緩和光とを組み合わせて、追加光による光ストレスの軽減効果を、可及的に向上させることが可能な光である。
【0023】
本実施形態では、追加シグナル光のみによる植物の生育調整が可能である。発明者等は、追加シグナル光の照射により、植物に、日中でない状況で日中と感じさせ、遺伝子発現を促すことが可能であるという知見を新たに得た。本実施形態では、このような発明者等による新規な知見を活用し、植物の分類(短日植物、長日植物、中性植物の分類)に応じた生育調整を可能としている。追加シグナル光(以下では「遺伝子発現光」ともいう)の照射は、例えば、主光の照射中に停止しなければならないというものではないが、光合成のための主光の光強度が光補償点より小さい時間帯を少なくとも一部に含むように行うことが好ましい。追加シグナル光の波長帯は、好ましくは、350nmから750nmである。
【0024】
以下、先ずは、光強度(PPFD)が周期的に変化する追加光が、光合成を促進させるメカニズムについて説明する。追加光が、光合成を促進させるメカニズムは、前述の特許文献3でも説明されている。
【0025】
植物には光の積算機能があることが知られていて、植物は太陽光の強度や照射時間を日々積算している。主光におけるPPFDの低下(PPFD低下)が積算機能により検知されると、植物の葉緑体にあるDNAは、光アンテナ内の葉緑素を増産させる指令を出す。これにより、光吸収量が増加して、光合成が促進される。
【0026】
本実施形態では、植物に潜在的に備わっている光の強度変化率を検出する微分機能を活用する。植物の微分機能をもっとも効率的に刺激できるのが、一定の時間間隔で点灯と消灯を繰り返すパルス光(シグナル光)である。このパルス光(シグナル光)を、以下では「追加シグナル光」と称する。追加シグナル光は、追加光に含まれる光である。本実施形態では、この追加シグナル光を単独で、又は、追加緩和光とともに、植物に照射する。
【0027】
追加シグナル光は、主光と比較して、光合成を起こすには不十分である。このため、植物は、一時的に光合成の飢餓状態であると認識する。DNAが光合成飢餓状態を検知すると、光合成に必要な光をもっと吸収させるために、DNAが葉緑素を増産する指令を出す。さらに追加シグナル光により、DNAは二酸化炭素の吸収量が増えるように、外気の出入り口である気孔の開閉制御指令を出す。この結果、追加パルス光照射によって、光合成に必要な光エネルギーと二酸化炭素の吸収量が増加する。すなわち、本実施形態における追加シグナル光は、DNAに葉緑素増産指令と気孔開閉指令を出させるためのトリガー信号として機能する。このような考え方における追加シグナル光の効果を、追加シグナル光のDNAトリガー効果と定義する。
【0028】
DNAトリガー効果は、時間あたりのトリガー回数には比例して増加するが、トリガー信号の強さには依存しない。トリガー信号の時間間隔が短くなりすぎると、DNAトリガー効果は減少する。また、追加シグナル光を含む追加光による光合成促進効果は、主光のPPFDがどのような値であっても得られる。
【0029】
以上は、特許文献3でも説明されているメカニズムであるが、発明者等は、その後も鋭意研究を重ねた結果、短日植物の開花抑制に有効であることを見出した。図2に示すように、植物は、追加シグナル光が当たると、日照を検知(昼間と感じる)する。このような働きは、植物が光に関する微分回路の機能を備えることで実現される。その結果、暗期の長さが短縮され、太陽光と追加シグナル光を合わせた、実効的な日長時間(実行日長時間)が増加する。そして、短日植物については開花と花芽形成を抑制でき、長日植物については開花と花芽形成を促進できる。
【0030】
図2においては、日没が近付き、主光(ここでは太陽光)が弱まった段階(例えば、日没の2~3時間前となる16時以降など)から、日の出までの所定の期間までの夕方に、追加シグナル光の照射が行われている。また、花芽形成を抑制する場合、栄養分が花芽形成に多く消費されるのを防止でき、個々の葉の生育を促進することや、茎を生育して葉の枚数を増やすことなどが可能となる。より具体的には、開花抑制により、栽培期間については、収穫出来る期間が延長される。また、収穫タイミングについては、収穫期間を秋頃の涼しい時期にまで延長することで、開花抑制の対象とする植物の品質が向上する。さらに、収穫に関して、収穫期間が延びることにより、収量の増加が見込めるようになる。
【0031】
図3は、追加シグナル光に係る基本的な波形を示している。図3の例において、追加シグナル光は、周期的な山形(「のこぎり形」などともいう)の波形を示している。追加シグナル光における1周期(ΔT)の波形は、光強度が増加する期間(ΔTa)の波形と、光強度が減少する期間(ΔTb)の波形とを有している。光強度が増加する期間(ΔTa)と、光強度が減少する期間(ΔTb)の合計が1周期(ΔT)である。なお、図3において、縦軸の光強度に係る単位は任意単位(A.U.)であり、横軸の時間に係る単位はμsである。
【0032】
図4は、実際の追加シグナル光の時間スペクトルの一例を示している。図3と同様に、グラフの横軸は時間(μs)、縦軸は光強度(A.U.)である。図4の例では、波形の立ち上がりが発生してから、次の立ち上がりが発生するまでの期間が1周期(ΔT1~ΔTn、nは1以上の整数)である。ここでは、ΔT1=ΔT2=ΔT3=・・・=ΔTn-1=ΔTn=ΔTとする。追加シグナル光は、各周期(ΔT)において、光強度が0(ゼロ)になることがなく、デューティーが100%となるように出力制御されている。
【0033】
図5は、追加シグナル光の照射による植物の反応を、高地トレーニングによる人間の反応と対比した考察の内容を示している。先ず、人間(Human)が、高山トレーニング(High-altitude training)を行うと、血中酸素の欠乏(Blood oxygen starvation)が生じる。このような状況において、人体は、ヘモグロビン(hemoglobin)の働きにより血中酸素濃度を増加させ、心肺機能を向上させる。
【0034】
植物(Plant)の場合、追加シグナル光のような極めて弱い光の照射(EDL irradiation)を行うと、光合成の欠乏(Photosynthesis starvation)が生じる。このような状況において、植物は、クロロフィル(chlorophyll)の働きにより光収穫効率を増加させ、光合成割合を増加させる。ここで、「EDL」は、「Extremely Dark Light」の略である。
【0035】
このような、植物の生存危機対応を短日植物に適用した場合には、図5の右端に示すように、開花を抑制できることとなる。つまり、追加シグナル光による微弱な光合成が継続すると、光合成の飢餓状態が起き、植物は、例えば、昼間よりも暗い環境であっても昼間と感じる。そして、植物において、日照の実効時間が増加し、短日植物の開花が抑制される。追加シグナル光は微弱な光合成を行わせる極めて弱い光であるから、本実施形態の植物栽培方法や、後述する植物栽培装置10によれば、少ない消費電力で植物の生育調整を行うことが可能である。
【0036】
特許文献3(段落0186~0195)に開示された生育の減速(生育減速)は、収穫が近づいた時期(生育の終盤)に、生育の促進を優先する序盤よりも照射光の波長を長くし、糖質の二次代謝促進を優先するものである。換言すれば、特許文献3(段落0186~0195)に記載されているのは、生育加速や、糖質の維持(及び)代謝物質への転換を行う点である。これに対し、本実施形態の追加シグナル光照射は、開花調整を目的とし、日没付近から日の出の間の任意の時間帯に行われる。これは、植物には、一定周期の追加シグナル光を照射されると、明期と覚知する機能があることを発明者等が発見し、当該機能を利用したものである。このような植物の知覚機能により、実効的な日長時間が長くなる。その結果、短日植物では開花抑制が可能となり、長日植物では開花促進が可能となる。
【0037】
このような日照覚知のメカニズム(日照覚知メカニズム)については、以下のような工程が時系列に行われるものであるということが可能である。まず、強い光(主光)に埋もれた状態で微弱な振動光(追加シグナル光)が照射される。続いて、植物において、参照波の周波数を変えながら、信号処理が行われる。さらに、植物が、振動光(追加シグナル光)のみを検出し、検出した信号を微分演算する。この結果、日照覚知が行われる。また、このような日照覚知メカニズムは、例えば、図6に示すように、植物が、信号処理の技術分野におけるロックインアンプの機能に類似した機能を有するものであると推測することができる。信号処理の技術分野において、ロックインアンプは、雑音に埋もれた微少な繰り返し信号(交流)の検出を行う。
【0038】
図6の上段は、植物による日照覚知メカニズムを、左から順に示している。図6における下段の枠内は、ロックインアンプの機能を、左から順に示している。ここでは、図6の左上段に示すように、相対的に強い光(ここでは主光)と、微弱な振動光(追加シグナル光、一定周期の光)とが、植物に同時に照射された場合を考える。さらに、植物に、ロックインアンプにおける参照波が入力されたのと同様の働きが生じるものと考える。
【0039】
図6の下段に示すように、ロックインアンプ回路では、入力信号(f(t)=Asin(ωt))と、参照信号(sin(ωt))とが掛け合わされ(乗算され)、三角関数の掛け算の公式(Asin(ωt)xsin(ω0t)=(A/2){cos(ω-ω0)-cos(ω+ω0)t})より、(A/2){cos(ω-ω)-cos(ω+ω)t}の信号が生成される。この信号は、角周波数の条件がω=ωのとき、(A/2){cos(0)-cos(2ω)t}となる。そして、ローパスフィルタ(LPF)により(2ω)の成分が除去され、参照信号に同期した信号のみが検出される。検出される信号(検出信号)は、f(t)=(A/2)sin(ωt)となる。
【0040】
図6における上段の左側に示すように、強い光(主光)と弱い光(追加シグナル光)とが照射された植物においては、右隣に示すように、上記のロックインアンプによる検波機能(ロックイン検波の機能)により弱い信号(追加シグナル光)の信号のみが検出される。さらに、右隣に示すように微分演算機能が発揮され、一定の強度の光に変換される。そして、図の下段右側に、上から下に示すように、得られた信号に基づく日照覚知が行われ、植物における実効的な日照時間が長くなる。この結果、短日植物では開花抑制が可能となり、長日植物では開花促進が可能となる。
【0041】
発明者等の知見では、周期性がないランダムパルス光を追加シグナル光(図4)の代わりに照射した場合には、ロックアンプ検波の機能がみられず、生育促進効果はみられなかった。ここでいうランダムパルス光は、例えば、図4においてT1≠ΔT2≠ΔT3≠・・・≠ΔTn-1≠ΔTnとなるような波形のパルス光である。植物は、原理的にランダムパルス光を検知できず、光合成飢餓状態と感じることができなかったと推定される。つまり、植物は、強い光に埋もれている一定周期の弱い光を検知できると推定される。このような機能は、例えば、「追加シグナル光に係るカクテルパーティ効果」などと称することができる。
【0042】
なお、植物における参照波については、発明者等は、植物自身がロックインアンプの参照波に相当する信号を発出していると推定している。つまり、植物が、ロックインアンプ機能を持っていると考えられる。言い換えると、植物には、参照波を発生させる機能(器官)と、ロックインアンプで検出された一定周期の信号を遺伝子に伝える経路があるということになる。ロックイン検波をしている場所について、発明者等は、光合成色素、色素、及び、光受容タンパク質のどれかであると考えている。今後は、これらの仮説を証明する実験が必要である。
【0043】
<植物栽培装置10>
図7は、本実施形態の植物栽培装置10に係る概略構成を示している。植物栽培装置10は、特許文献3に開示された植物栽培装置と同様に、水耕又は土耕用の栽培床12と、栽培床12に向けて光を照射する光照射部14と、光照射部14を点灯駆動する照射光制御部16とを備えている。植物栽培装置10は、栽培床12を覆って栽培室を形成する保護部材18を有している。保護部材18を省略することも可能である。
【0044】
光照射部14は、主光の照射を行う主光光源20と、追加光の照射を行う追加光光源22とを有する。主光光源20と追加光光源22は、照射光制御部16の制御(ここでは電流制御)により個々に駆動制御される。図7では、主光光源20と追加光光源22とが、左右に並んで示されているが、主光光源20の光と追加光光源22の光は、図示を省略する拡散板(拡散レンズであってもよい)を介し、同様の経路で栽培床12に向けて照射される。追加光光源22の光は、図示を省略する光ファイバーを介し、栽培床12に向けて照射してもよい。光ファイバーは、端面発光または側面発光のものを適宜用いることができる。
【0045】
主光光源20は、所定の時間内で連続点灯し、主光(「連続照射光」ともいう)を連続して出射する。主光光源20には、例えば、LED、蛍光灯、プラズマランプ、水銀灯、白熱電球、メタルハライドランプ、ナトリウムランプ、又は、無電極ランプ、パルス発振レーザ等の人工光源が用いられる。
【0046】
他の主光として、太陽光を使用することも可能である。太陽光を使用する場合、主光光源20を使用しないことや、主光光源20を省略することが可能である。太陽光と主光光源20の光とを併用することも可能である。この場合、太陽光と主光光源20の光を、時間帯等の条件に応じて使い分けてもよい。さらに、太陽光と主光光源20の光を、同時に出射する場合があってもよい。
【0047】
追加光光源22は、追加シグナル光光源24と追加緩和光光源26とを有する。追加シグナル光光源24は追加シグナル光を照射し、追加緩和光光源26は追加緩和光を照射することが可能である。追加シグナル光のみ、又は、追加シグナル光と追加緩和光との組み合わせは追加光を構成する。本実施形態では、追加シグナル光光源24の照射のみによる開花調整が行われる。しかし、図7の例のように追加緩和光光源26を付加し、追加緩和光の照射を可能としてもよい。このため、以下では、追加シグナル光光源24に係る構成のみでなく、追加緩和光光源26に係る構成についても説明する。なお、発明者等の実験では、追加シグナル光の照射のみで生育調整に関し良好な生育が見られなかった植物に、その後追加緩和光を照射することで、植物の生育状況が改善した。
【0048】
図7では、追加シグナル光光源24と追加緩和光光源26とが、左右に並んで示されているが、追加シグナル光と追加緩和光は、図示を省略する拡散板(拡散レンズであってもよい)を介し、同様の経路で栽培床12に向けて照射される。追加光光源22は、追加シグナル光光源24と追加緩和光光源26とを集積し、一体化したものであってもよい。
【0049】
追加光光源22は、追加シグナル光光源24により、220nm~2000nmの波長の範囲内の光を発することができる。追加シグナル光光源24には、栽培対象とする植物の生育に適した波長の光を出射できれば、例えば、LED、EL(エレクトロルミネセンス)、レーザ、紫外光、赤外光などの各種の光源を採用できる。また、追加シグナル光光源24には、パルス点灯制御が容易な光源を用いることが望ましい。追加緩和光光源26としては、例えば、電灯線(50Hzまたは60Hz)で駆動する冷陰極蛍光灯、LED単色灯、LED蛍光灯などの各種の光源を採用できる。
【0050】
図示は省略するが、追加光光源22は、連続発光する光源と、光路途中に配置されたシャッタを備えたものであってもよい。この場合、シャッタにより光路を断続的に遮って、シグナル光を形成する。また、白色光光源に波長制限フィルタを取り付けて、必要な波長の光を形成することも可能である。シャッタやフィルタは、追加シグナル光光源24と追加緩和光光源26の各々に設けてもよい。
【0051】
光照射部14は、保護部材18の天井面や側壁の上方、又は栽培床12に設置された柱の上方等に設置される。光照射部14は、照射光制御部16からの指令に応じて、栽培床12を照明する。
【0052】
光照射部14は、主光光源20、及び、追加光光源22を、それぞれ複数を備えたものとすることが可能である。この場合、複数の主光光源20、及び、複数の追加光光源22を、異なる位置で、かつ、照射角度を異ならせて配置することが可能である。例えば、複数の主光光源20、及び、複数の追加光光源22を、交互に配置するといったことも可能である。また、複数の主光光源20と単数の追加光光源22(又は単数の主光光源20と複数の追加光光源22)を備えるといったことも可能である。栽培床12に複数の方向から光が照射されるように、追加光光源22を設置することも可能である。このようにすると、より安定した生育調整効果が得られる。
【0053】
このように、複数の主光光源20、及び/又は、複数の追加光光源22を備えることにより、より緻密な光照射を行うことが可能となる。そして、複数の光源の配置や照射角度を異ならせることにより、栽培床12の植物に均一に光照射でき、場所による成長ムラを抑制できる。
【0054】
照射光制御部16は、本実施形態の植物栽培方法に基づいて、光照射部14を点灯駆動する。照射光制御部16は、主光光源20のみを点灯駆動することや、追加光光源22のみを点灯駆動すること、及び、主光光源20と追加光光源22の両方を同時に点灯駆動することが可能である。
【0055】
光照射部14が複数の主光光源20、及び/又は、複数の追加光光源22を備える場合には、照射光制御部16は、同種の光源を同期させて点灯させることが可能である。また、栽培床12を複数のブロック(試験区)に分ける場合には、照射光制御部16は、それぞれのブロックで、主光光源20及び追加光光源22を個別に制御することが可能である。
【0056】
照射光制御部16は、ブロック単位で、主光光源20及び追加光光源22を同期させてもよく、複数ブロック又は全ブロックの主光光源20及び追加光光源22を同期させてもよい。追加光光源22における追加シグナル光を同期させることで、植物に照射する追加シグナル光のデューティー比(デューティー)を正確に維持できる。
【0057】
このような植物栽培装置10は、一般家庭で手軽に家屋内にて栽培するための小型栽培キット、農業用ハウス、建造された栽培室を有する植物工場等の大型のもの等に広く適用することが可能である。
【0058】
ここで、農業用ハウスとは、透光性を有するフィルムがハウス全面に展張された農業用ビニールハウスのほか、ガラス窓の内側の全面にフィルムが伸ばし拡げられた農業用ガラスハウスとすることもできる。農業用ガラスハウスにおいては、ハウス内の栽培空間における水分を含んだ空気が、フィルムを透過して、ガラス窓とガラス窓の骨組み部分との隙間を通じてハウス外に出る。そのため、農業用ガラスハウスにおいても、ハウス内が高温多湿になることを抑制できる。なお、上記した「透光性」とは、昼間に植物を育てるのに必要な光を通す性質を意味する。
【0059】
追加光の光源(ここでは追加光光源22)を、農業用ハウス内に設置した場合、追加光の一部は、ガラス板、樹脂板、樹脂製フィルムなどにより反射及び拡散(反射拡散)がされるので、追加光の照射効率があがるという利点がある。小型栽培キットや植物工場などでも、同様の照射効率向上の効果は得られる。
【0060】
また、追加光(追加シグナル光、及び/又は、追加緩和光)の有効な照射方向についても考えることができる。追加光を、主光と同じ方向から照射した場合も、主光と異なる方向から照射した場合も、いずれも生育促進効果は得られる。さらに、主光が十分に届いていない場所(例えば、日陰に位置する葉の表裏の葉面や、日の当たる場所にある葉の裏面など)に追加光を照射すれば、より大きな生育促進効果が得られる。
【0061】
具体的には、例えば葡萄のように、枝が水平方向に伸びている植物に対して、地面から上方向(斜め上方向を含む)に追加光を照射する。この場合、日陰にある葉の裏面(地面の側の面)に当たる光が増加する。そして、追加光を照射しない場合に比べて、盛んに光合成が行われ、葡萄の甘みが増す。このように、追加光の照射方向を、植物の栽培が行われている環境や、植物の特性等に応じ設定することで、植物の成長をより一層効果的に促進できる。例えば、トマト栽培において、繁みの中に側面発光の光ファイバーを設置して追加光を照射することも有効である。
【0062】
<本実施形態の用途>
なお、本実施形態は、本発明を実施するにあたっての具体化の一例を示したものに過ぎず、これによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明はその要旨、又はその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【0063】
本実施形態による植物栽培方法は、多種類の植物の生育調整に有効である。したがって、葉菜類、根菜類、花き、果樹、海草、藻類、及び、微細藻類の生育促進に応用できる。さらに、圃場、ハウス、植物工場、スマートセル(スマートセルインダストリー、生物による物質生産)、陸上養殖、海面、海中、水面、水中、及び、中山間地での植物栽培に効果がある。
【0064】
また、本実施形態による植物栽培方法は、短日植物の開花抑制、長日植物の開花促進のいずれにも適用が可能である。さらに、本実施形態は、中性植物の生育促進にも適用が可能である。短日植物としては、代表的には、ミツバ、クレソン、ミョウガ、ミズナ、キク(菊)、アサガオ、オナモミ、シソ(紫蘇)などがある。長日植物としては、代表的には、アヤメ、ダイコン、ホウレンソウ、イネ、小麦、トウモロコシ、大豆、トマト、スイカ、カボチャ、サツマイモ、キャベツ、ハクサイなどがある。中性植物としては、代表的には、イチゴ、ホウレンソウ、レタス、サトイモ、トマト、キューリ、エンドウ、レタスなどがある。
【0065】
<植物の用途別効果>
追加光には、光合成を促進させる効果、光合成による産物(光合成産物)の一次代謝経路(一次代謝回路、一次代謝のための経路)と二次代謝経路(二次代謝回路、一次代謝のための経路)への移動を促進する効果がある。
【0066】
植物は、食料、薬、香気成分等として利用される場合が多い。これまでに説明した各種の光合成生物製造方法によれば、太陽光などの主光に加えて、追加光を照射することで、食料、特定の薬効成分、香り成分等を増産することができる。
【0067】
例えば、一般にレタス等の野菜の味には、子供が苦手とするえぐみがある。発明者等の実験では、500nm~600nm以上の波長の追加シグナル光を照射した場合に、レタスのえぐみを、感じない程度に抑制できた。これは、野菜に含まれる窒素成分がアミノ酸やグルタミン酸等に変わったためであると考えられる。このことから、野菜嫌いな消費者を減らすことができ、野菜の消費量を拡大できる。
【0068】
このようなことは、パクチーについても同様であった。日本国産のパクチーは、タイ国産のものなどと比べて、味覚上の刺激が強いと評価されることがある。しかし、追加光の照射により、刺激を抑制でき、消費者や消費量を拡大できる。前述のように、追加光の照射は葡萄の甘みを増大させる。発明者等の実験では、葡萄の甘みについても同様に、500nm~600nm以上の波長の追加シグナル光の照射によって、より顕著に増大させることができている。
【0069】
これらの知見に基づいて、追加光の照射により、例えば、緑茶の香りや甘みを増大させることも可能であると考えられる。
【0070】
育苗期の少なくとも一部の時期に追加光が照射された苗(育苗期に追加光環境で生育された苗)は、その後に、追加光が照射されなかった苗に比べて、生育と代謝産物生産の促進効果は持続する。このことは、追加光照射の後に、太陽光や白色LED光などの主光だけで栽培が行われた場合であっても、主光と追加光の照射が行われた場合であっても、同様である。例えば、収穫期の数日前に追加光を照射し、照射を完了するのみで、後日に、えぐみの少ない野菜や、甘みの強い果物等を収穫することができる。
【0071】
また、追加光には、種子の発芽率や良品率を高める効果もある。発芽から育苗までの間に、植物を追加光環境で生育すると、その後に、追加光が照射されなかった場合に比べて、生育と代謝産物生産の促進効果は持続する。このことは、追加光照射の後に、主光だけで栽培が行われた場合であっても、主光と追加光の照射が行われた場合であっても、同様である。
【0072】
追加シグナル光は、米、小麦、大麦の種子の重量やグルタミン酸などの旨味成分、β―グルカンなどの薬効成分、ハーブやパクチーなどの香草の辛味成分や香気成分の生産をコントロールできる。
【0073】
したがって、これまでに説明した各種の光合成生物製造方法によれば、成長速度が従来に比べて早いレタスやトマトや稲などの苗、糖度が高い葡萄や桃などの果実、薬効成分が多い薬草、辛みを抑えた香草、香気成分が多い香草、色素成分を多く含むタデ藍や赤紫蘇などを、1年生草本(1年生植物)として栽培できる。例えば、紫蘇類(赤紫蘇等)の場合、アントシアニン、ロスマリン酸等の特異代謝成分が増える。
【0074】
植物に含まれるアスコルビン酸(ビタミンC),β―カロテン(ビタミンAの前駆体)、ポリフェノール、s―アリルシステインなどの二次代謝成分を選択的に増産するには、光受容タンパク質であるフィトクロムの選択励起を行うとよい。
【0075】
フィトクロムにはタンパク質の集合形態によって、Pr型とPfr型の2種類がある。Pr型は、光励起によりPfr型に移行する。逆に、Pfr型は、光励起によりPr型に移行する。
【0076】
Pr型フィトクロムには、二次代謝産物の中で、特にアスコルビン酸の生成を促進する効果がある。一方、Pfr型フィトクロムには、アスコルビン酸以外の二次代謝産物であるポリフェノールやβ―カロテン、ニンニクの薬効成分であるs-アリルシステインなどの生成を促進する効果がある。これらの性質を利用すると、生育を促進しながら、二次代謝産物の生成を制御することが可能になる。
【0077】
植物等の光合成生物に含まれる光受容タンパク質には、フィトクロムの他に、光葉緑素の移動、光屈性、気孔開閉に関与するフォトトロピン、開花時期や光避陰反応に関与するクリプトクロムがある。追加シグナル光により、これらの光受容タンパク質を選択的に励起することで、生育速度と二次代謝産物生産のさらなる精密制御が可能である。
【0078】
さらに、開花調整に関しては、追加シグナル光の波長が可視域(380nm~750nm)なら、開花調整の機能(開花調整機能)は得られる。これは、追加シグナル光が植物に照射されると、すでに説明したメカニズムにより日照覚知がおきて植物にとっての実効的な日照時間が長くなるからである。
【0079】
植物内では、クリプトクロム、フィトクロム、フォトトロピンという光受容タンパク質が分布している。クリプトクロムとフィトクロムは花芽形成に関与している。
図13に示すように、クリプトクロムは、波長が400nmから500nmの光を吸収することで、花芽形成を促進することが知られている。フィトクロムは、前述のようにPr型とPfr型の2種類があり、主として、波長が600nmから700nmの光と800nmまでの光を吸収すると、Pr型とPfr型の間で組織変化をする。Pr型フィトクロムは花芽形成を促進し、Pfr型フィトクロムは花芽形成を抑制する。フォトトロピンは波長が400nmから500nmの光を吸収することで、光屈折、気孔開閉や葉緑体移動に関与している。
【0080】
すでに説明したように、本実施形態は、追加シグナル光の照射によって、実効的な日照時間を延長して、短日植物の花芽形成抑制、長日植物の花芽形成促進を行う。本実施形態によれば、追加シグナル光の波長がクリプトクロムやフィトクロムの吸収波長帯と重なっていても、短日植物の開花抑制効果は得られている。
【0081】
以上のことは、追加シグナル光による花芽形成抑制作用が、光受容タンパク質の花芽形成促進作用を上回っていることを示している。すなわち、花芽形成では、日照時間が光受容タンパク質の生理学的な反応よりも重要であると言える。
【0082】
このように、追加シグナル光は、日没直後から照射することでも、暗期の途中に一定の時間だけ連続または間欠的に照射することでも、花芽形成の抑制、あるいは、促進の効果が得られる。
【0083】
<植物栽培方法に係る各種の実施例>
以下、実施例によって本発明の実施形態を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の記載によって限定されるものではない。
【0084】
<実施例1>
図8(a)、(b)は、開花抑制効果に係る実施例(実施例1)を示している。図8(a)、(b)には、タデ藍に係る同時期の栽培状況を撮影した写真画像が示されている。図8(a)は、太陽光のみを照射したコントロールの写真画像である。図8(b)は、追加シグナル光の照射を行った試験区の写真画像である。
【0085】
図8(a)に示すように、コントロールにおいては、多くの花芽が、細かな白い部分(淡色の部分)として現れている。これに対し、図8(b)の試験区では、追加シグナル光(遺伝子発現光)の照射により、主光が照射されていなくても昼間と感じる期間が生じ、花芽が殆ど現れていない。このように、追加シグナル光の照射により成長が抑制され、その結果として、開花(及び生育)が抑制されている。
【0086】
<実施例2>
図9(a)、(b)は、開花抑制効果に係る実施例(実施例2)を示している。図9(a)、(b)は、実施例1に係る図8(a)、(b)と同様に、タデ藍に係る同時期の栽培状況を撮影した写真画像が示されている。図9(a)は、太陽光のみを照射したコントロールの写真画像である。図9(b)は、追加シグナル光の照射を行った試験区の写真画像である。
【0087】
実施例2においても実施例1と同様に、図9(a)のコントロールにおいては、多くの花芽が、細かな白い部分として現れている。これに対し、図9(b)の試験区では、追加シグナル光(遺伝子発現光)の照射により、主光が照射されていなくても昼間と感じる期間が生じ、花芽が殆ど現れていない。このように、追加シグナル光の照射により成長が抑制され、その結果として、開花(及び生育)が抑制されている。
【0088】
<実施例3>
図10(a)、(b)は、実施例3に係る2種類の追加シグナル光の波形を示している。実施例3では、異なる波形の追加シグナル光を照射した場合における、植物(短日植物及び長日植物)の生育状態の観察が行われた。実施例3では、ピーク部分の幅(ピーク保持時間ΔTp)が1μsである追加シグナル光(図10(a))と、ピーク保持時間ΔTpが5μsである追加シグナル光(図10(b))が用いられた。図10(a)、(b)の横軸は時間を示しており、縦軸は光強度を示している。
【0089】
図10(a)、(b)の波形において、互いの周期は同じであるが、ピーク保持時間ΔTpが互いに異なっている。また、図10(a)、(b)のいずれの波形も、デューティーは100%である。
【0090】
実施例3では、いずれの波形の追加シグナル光についても、短日植物では開花抑制(及び代謝成分増)がみられ、長日植物では生育促進がみられた。このように、追加シグナル光は、短日植物の開花抑制と、長日植物の光合成を両立させる。
【0091】
<実施例4>
図11(a)、(b)は、防カビ効果に係る実施例(実施例4)を示している。図11(a)、(b)は、タデ藍に係る同時期の栽培状況を撮影した写真画像が示されている。図11(a)は、太陽光のみを照射したコントロールの写真画像である。図11(b)は、追加シグナル光の照射を行った試験区の写真画像である。
【0092】
図11(a)に示すように、コントロールにおいては、一部の茎(楕円Aで囲った部分)に白カビ(淡色の部分)が現れている。これに対し、図11(b)の試験区では、追加シグナル光(遺伝子発現光)の照射により、白カビが現れていない。
【0093】
図12は、実施例4に係る実験環境を模式的に示している。図12に示すように、パルス光源から一部のタデ藍について、追加シグナル光が照射され、それ以外のタデ藍には、追加シグナル光の照射は行われていない。追加シグナル光が照射されていないタデ藍(図11(a)に対応)には白カビが発生し、追加シグナル光が照射されたタデ藍(図11(b)に対応)には白カビが発生していない。
【0094】
タデ藍の葉には、トリプタンスリン、6-メトキシケンペロール、ケンペロール、および3,5,4’-トリヒドロキシ-6,7-メチレンジオキシフラボンなどの特異代謝成分が含まれているが、いずれにも高い抗菌活性が認められている。
この実施例4より、追加シグナル光を照射することによって、これらの特異代謝成分が多く生産されて、防カビ効果が顕著になることが分かる。
【0095】
<光合成植物の生育調整に係る他の形態>
追加シグナル光を照射すると、前述したメカニズムにより日照覚知が起きて、開花調整が行われる。これに加え、同様な追加シグナル光の照射により、特異代謝物質生産を制御することも可能である。
【0096】
短日植物と長日植物にかかわらず、植物に含まれている特異代謝成分の濃度や総重量は、追加シグナル光の強度(PPFD)を変えることで制御できる。特異代謝成分の濃度と総重量は、それぞれ、植物の単位重量あたりの特異代謝成分の重量と植物全体での重量と定義する。
気温や光などの生育環境が通常の値から大きくずれると、植物内で活性酸素が増加する。これは、植物の光ストレス反応と呼ばれている。植物は、光ストレスを検知すると、光合成で得られたグルコースを特異代謝経路に優先的に流すことで、その植物に特有の抗酸化物質を増産している。抗酸化物質は数ある特異代謝物質群の一部(一種)である。
【0097】
抗酸化物質の生産の原料は、光合成で得られたグルコースである。植物が光ストレス状態にある期間内では、抗酸化物質の生産量が増えた分だけ、植物の成長に使われるグルコースは減少する。
追加シグナル光の特徴の1つは、その光強度が光補償点の値よりも小さいことである。しかしながら、その光強度が、時間的には、比較的急峻に変化しているので、植物にとっては光ストレス要因の1つである。追加シグナル光に前述したような追加緩和光を加えることは、光ストレスに係る緩和策の1つである。
【0098】
追加シグナル光の強度(PPFD値)によって、日照覚知と抗酸化物質生産の促進具合は異なる。主として日照覚知を促進する光(日照覚知を目的とした光)を、弱光条件の追加シグナル光と定義し、さらに、日照覚知と光ストレスの双方を起こす光(日照覚知と光ストレスの双方を目的とした光)を、強光条件の追加シグナル光と定義する。光ストレスの程度は、追加シグナル光の波長と照射時間、気温、湿度などにも依存するので、弱光条件と強光条件の追加シグナル光のPPFD値には、明確な境界は存在しない。
光ストレスを緩和する作用がある追加緩和光は、照射してもよいし、照射しなくてもよい。
【0099】
強光条件の追加シグナル光を植物に照射すると、日照覚知による開花調整に加えて、光ストレスを緩和するために抗酸化物質の生産が盛んになる。抗酸化物質の生産の原料は、合成で得られたグルコースである。植物が光ストレス状態にある期間内では、葉、茎、根、実の生成量が減少する。
【0100】
植物からできるだけ多量の抗酸化物質を抽出するためには、残留している糖質を効率よく抗酸化物質に転換する必要がある。このため、収穫までは、弱光条件の追加シグナル光を照射して、収穫直前に強光条件の追加シグナル光に切り替えることで、糖質の特異代謝経路への流入を促進して、特異代謝物質の収量を最大にすることが可能である。このように、追加シグナル光の強度を、開花調整の工程の後に高めることで、開花調整の工程と、特異代謝物質(ここでは抗酸化物質)の増産工程とを時系列に連続させた栽培が可能となる。なお、開花調整の工程と、特異代謝物質の増産工程とを時系列に行うことに限らず、例えば、特異代謝物質の増産工程のみを行うことも可能である。
【0101】
<実施形態及び実施例から抽出可能な発明>
(1)栽培対象の光合成植物の光合成のための主光の照射と、
光強度が、前記光合成植物の光補償点よりも小さく、周期的に変動し、日中でない状況で前記光合成植物に日中と感じさせることが可能な追加シグナル光の照射と、を行って前記光合成植物の生育を調整する光合成植物栽培方法。
(2)前記追加シグナル光の照射の時間帯が、光合成のための前記主光の光強度が光補償点より小さい時間帯を含む、上記(1)に記載の光合成植物栽培方法。
(3)前記追加シグナル光の波長帯が350nmから750nmである、上記(1)又は(2)に記載の光合成植物栽培方法。
(4)栽培対象の光合成植物の光合成のための主光が照射される光合成植物栽培装置(植物栽培装置10など)であって、
前記主光に追加して追加シグナル光の照射を行う追加光光源(追加光光源22など)と、
前記追加光光源を駆動制御することが可能な照射光制御部(照射光制御部16など)と、を備え、
前記追加シグナル光の光強度が、前記光合成植物の光補償点よりも小さく、周期的に変動することにより、日中でない状況で前記光合成植物に日中と感じさせることが可能な光強度であり、
前記追加シグナル光の照射を行って前記光合成植物の生育を調整する植物栽培装置。
(5)前記主光を照射する主光光源(主光光源20など)を備えた、上記(4)に記載の植物栽培装置。
(6)栽培対象の光合成植物の光合成のための主光の照射と、
光強度が、前記光合成植物の光補償点よりも小さく、周期的に変動し、日中でない状況で前記光合成植物に日中と感じさせることが可能な追加シグナル光の照射と、を行って前記光合成植物の生育を調整する工程と、
前記追加シグナル光の強度を高めて特異代謝物質(抗酸化物質など)を増産する工程と、を行う、光合成植物栽培方法。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本願発明の植物栽培方法及び植物栽培装置は、露地栽培、ハウス栽培、植物工場栽培に有効である。
【符号の説明】
【0103】
10 :植物栽培装置
12 :栽培床
14 :光照射部
16 :照射光制御部
18 :保護部材
20 :主光光源
22 :追加光光源
24 :追加シグナル光光源
26 :追加緩和光光源
【要約】
【課題】植物の生育を効果的に調整することが可能な植物栽培方法を提供する。
【解決手段】栽培対象の植物の光合成のための主光の照射と、光強度が、前記植物の光補償点よりも小さく、周期的に変動し、日中でない状況で前記植物に日中と感じさせることが可能な追加シグナル光の照射と、を行って前記植物の生育を調整する。追加シグナル光の照射の時間帯が、光合成のための主光の光強度が光補償点より小さい時間帯を含む。追加シグナル光の波長帯が350nmから750nmである。
【選択図】図2
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13