(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-08-05
(45)【発行日】2025-08-14
(54)【発明の名称】菌株、その使用方法、菌株を含む食品または飲料、および菌株を選抜する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20250806BHJP
A23L 33/135 20160101ALI20250806BHJP
C12Q 1/02 20060101ALN20250806BHJP
C12Q 1/04 20060101ALN20250806BHJP
【FI】
C12N1/20 A
A23L33/135
C12Q1/02
C12Q1/04
(21)【出願番号】P 2021140313
(22)【出願日】2021-08-30
【審査請求日】2024-03-22
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03490
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03491
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03492
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03493
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03494
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】須志田 浩稔
(72)【発明者】
【氏名】木元 広実
【審査官】手島 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-236344(JP,A)
【文献】特開2013-236604(JP,A)
【文献】Systematic and Applied Microbiology,2016年,Vol. 39,p. 562-570
【文献】Journal of Dairy Research,2009年,Vol. 76,p. 418-425
【文献】Aquaculture,2020年08月28日,Vol. 531,735878,p. 1-10
【文献】Milk Science,2012年,Vol. 61, No. 3,p. 217-228
【文献】International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology,2020年,Vol. 70,p. 2782,2815,2816,2827
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
A23L
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Latilactobacillus sakei A60株(寄託番号:NITE P-03490)、もしくは4-44株(寄託番号:NITE P-03494)、Lactiplantibacillus paraplantarum D02株(寄託番号:NITE P-03491)、またはLatilactobacillus curvatus 4-36株(寄託番号:NITE P-03492)、もしくは4-43(寄託番号:NITE P-03493)である菌株。
【請求項2】
3℃以上40℃以下の温度において抗菌活性およびムチン付着性を有する、請求項1に記載の菌株。
【請求項3】
3℃以上30℃以下の温度において抗菌活性を有する、請求項1
または2に記載の菌株。
【請求項4】
3℃以上、10℃以下の温度において抗菌活性を有する、請求項1
~3のいずれか1項に記載の菌株。
【請求項5】
耐塩性を有する、請求項1~
4のいずれか1項に記載の菌株。
【請求項6】
胆汁耐酸性を有する、請求項1~
5のいずれか1項に記載の菌株。
【請求項7】
低pH耐性を有する、請求項1~
6のいずれか1項に記載の菌株。
【請求項8】
食品に由来する、請求項1~
7のいずれか1項に記載の菌株。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項に記載の菌株のプロバイオティクス用途への使用方法。
【請求項10】
請求項1~8のいずれか1項に記載の菌株を含む食品または飲料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は菌株、その使用方法、菌株を含む食品または飲料、および菌株を選抜する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳酸菌はヨーグルトなどの乳製品または漬物などの製造において重要な役割を果たしているが、バクテリオシン(抗菌性を示すペプチド)などを産生する乳酸菌については、食品保存のためのバイオオプリザベーションにも活用されている。さらに、乳酸菌は、近年では代表的なプロバイオティクス(適量摂取で宿主に有益な働きをもたらす生きた微生物)としても知られている。プロバイオティクスによる整腸作用は、プロバイオティクスから産生される抗菌物質により腸内の病原菌の増殖を抑制することがそのメカニズムの一つである。抗菌作用を有する乳酸菌株については数多くの報告があり、例えば特許文献1には抗菌物質を産生する乳酸菌株が開示されている。
【0003】
また、消化管への付着性も乳酸菌がプロバイオティクスとして利用する上で重要な性質とされ、プロバイオティクス選抜の際の指標の一つとなっている。例えば、消化管粘膜に付着することにより乳酸菌の消化管への定着力が向上する。また、ピロリ菌やサルモネラ菌の感染は大きな問題であるが、消化管上皮細胞へのこれら病原菌の付着が、消化管付着性をもつ乳酸菌との競合により阻害される可能性がある。これまでに乳酸菌の消化管ムチン(粘性糖タンパク質)への付着性についても多くの報告があり、例えば特許文献2にはムチンへの付着性をもつ乳酸菌が開示されている。
【0004】
しかし、これまでの報告の多くは、抗菌性および消化管付着性のどちらかの機能を有する乳酸菌の選抜が主であった。このため、プロバイオティクスとして用いる場合に効果を得るためには複数の菌株を混合して使用することが必要となる場合があった。複数の乳酸菌を混合して使用する場合、それぞれの菌株の増殖の速さ、および代謝産物などの影響により、どちらか一方の菌株の増殖が阻害される場合があり、混合培養の条件検討が必要になる。このような条件下、混合培養の労力を軽減し、効率よく乳酸菌を利用するため、2つの機能を兼ね備えた乳酸菌株が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2005-192553号公報
【文献】国際公開2008/001676号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の一態様は、抗菌作用および消化管付着性の両方を有する菌株を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る菌株は、3℃以上40℃以下の温度において抗菌活性およびムチン付着性を有する、Latilactobacillus sakei、Lactiplantibacillus paraplantarum、およびLatilactobacillus curvatusのいずれかの種に属する菌株である。
【0008】
また、上記課題を解決するために、本発明の一態様に係る菌株の選抜方法は、食品に由来する菌株から、抗菌活性、ムチン付着性、耐塩性、消化管ストレス耐性を有する、Latilactobacillus sakei、Lactiplantibacillus paraplantarum、およびLatilactobacillus curvatusのいずれかの種に属する菌株を選抜する方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、抗菌作用および消化管への付着性の両方を有する菌株を実現することをできる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は30℃培養で食塩濃度が選抜乳酸菌のムチン付着性への影響を示す図である。
【
図2】
図2は選抜乳酸菌の37℃培養でのムチン付着性を測定した結果を示す図である。
【
図3】
図3は選抜乳酸菌の25℃培養でのムチン付着性を測定した結果を示す図である。
【
図4】
図4は選抜乳酸菌の5℃培養でのムチン付着性を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔菌株〕
以下、本発明の一実施形態について、詳細に説明する。本実施形態に係る菌株は、抗菌活性およびムチン付着性を有する菌株である。また、本実施形態に係る菌株は、Latilactobacillus sakei(以下、L. sakei)、Lactiplantibacillus paraplantarum(以下、L. paraplantarum)、およびLatilactobacillus curvatus(以下、L. curvatus)のいずれかの種に属する菌株である。
【0012】
本発明者は鋭意研究の結果、L. sakei、L. paraplantarum、およびL. curvatusのいずれかの種に属する菌株の中に、抗菌活性およびムチン付着性を有する菌株が存在することを発見した。これらの菌種は、プロバイオティクスとしての利用例が少ない菌種であった。
【0013】
これまで、プロバイオティクスの多くは、Lactobacillus gasseriなどのヒトの腸管由来の乳酸菌、または、プロバイオティクスを含む食品として主流であるヨーグルトおよびチーズなどの製造に用いられるたね菌(スターター)を対象に、研究開発が進められてきた。このため、ヒトの腸管から分離されることが稀であり、かつ、乳の発酵性が弱く乳製品のスターターへの利用性が乏しいL. sakeiなどの菌株は、プロバイオティクスとして評価が進んでいなかった。さらに、L. sakeiなどの菌種の主な分離源は、発酵ソーセージおよび漬物などであるが、これらの食品はスターターを使わず自然発生的な発酵で作られることが多く、これらの食品に係るスターターの菌株の開発は遅れていた。このため、L. sakeiなどの本実施形態に係る菌種は、プロバイオティクスとしての利用可能性についての知見は乏しかった。
【0014】
例えば、特表2007-502858には、抗菌活性およびムチンへの付着性を保有する乳酸菌種が示されているが、L. sakei、L. paraplantarum、およびL. curvatusはいずれも一切開示されていない。
【0015】
また、Martin et al.(2009) J Dairy Res.76:418-425においては、L. paraplantarum CRB7株の抗菌スペクトルが調べられているが、Bacillus属などに対する抗菌活性は調べられていない。さらに、CRB7株は動物由来の乳酸菌であり、至適温度37℃の培養温度のみで抗菌活性およびムチン付着性が調べられている。このため、培養温度が異なる場合においても抗菌活性を有するかは不明であり、乳酸菌が利用される際の条件または環境(漬物や発酵肉製品などの製造および保存;低温環境、塩濃度が高い環境など)を想定したこれらの機能性が最適化される培養条件の検討もなされていない。このため、CRB7株は食品製造分野で抗菌活性を発揮し、かつ、動物の体内でプロバイオティクスとして用いるには課題のある菌株であった。
【0016】
本実施形態に係る菌株は、3℃以上40℃以下の幅広い温度において、抗菌活性を示すため、培養温度が限定されない。さらに、後述する通り、本実施形態に係る菌株は、Bacillus属などに対する抗菌活性を有するため、食品製造および保存の際の有用微生物として、かつ、対象の腸内で効果を発揮するプロバイオティクスとして好適に用いることができる。なお、本明細書において「対象」とは、特に限定がなければ、菌株またはその抽出物を投与された対象、または摂取した対象を指す。
【0017】
本実施形態において、「抗菌活性」とは、食中毒を引き起こす有害な菌(以下、「食中毒菌」と称する)、食品変敗菌、および/または病原菌に対する増殖阻害作用を指す。このため、菌株が抗菌活性を有することで、対象の腸内環境の改善および食品変敗、食中毒の防止が可能となる。
【0018】
食中毒菌および/または食品変敗菌は、特に限定されないが、例えば、Bacillus coagulans、Bacillus subtilis、Bacillus circulans、Listeria monocytogenesis、およびStapylococcus aureusなどが挙げられる。
【0019】
病原菌は特に限定されないが、例えば、サルモネラ属菌、および日和見感染に関係する腸球菌などがあげられる。
【0020】
抗菌活性は従来公知の方法に従って評価してもよい。例えば、菌株の培養液を2倍ごと段階希釈に供し、食中毒菌の培養において阻止円が形成される最大の希釈濃度2nを求めて、上清1mLあたりの抗菌活性値を(n+1)*100/mLと定義して評価してもよい。この場合、抗菌活性値は、少なくとも一種の食中毒菌に対して、100以上であることが好ましく、600以上であることがより好ましく、1200以上であることがさらに好ましい。菌株の抗菌活性値が当該範囲内であることで、菌株を食品の製造時に用いた場合に抗菌活性を発揮して、食中毒または食品の変敗を予防する効果が期待できる。また、対象が菌株を経口摂取した場合、腸内において抗菌活性を発揮して、病原菌の生育を阻害するため整腸作用を奏することが期待できる。
【0021】
本実施形態に係る菌株は、3℃以上40℃以下の幅広い温度において、ムチン付着性を有する。これにより、本実施形態に係る菌株が対象に摂取された後の様々な段階において、そのムチン付着性を発揮できる。具体的には、30℃以下の温度において、本実施形態に係る菌株がムチン付着性を有することで、食品製造の場で培養した菌株が、対象に経口摂取された直後から対象の消化管内でムチン付着性を示すことが期待できる。さらに、37℃以上の温度においてムチン付着性を有することで、対象の腸管内で増殖した菌株が腸管に付着することが可能となる。
【0022】
本実施形態において、「ムチン付着性」とは、菌株のムチンに対して付着する性質を示す。菌株がムチン付着性を有することで、当該菌株の消化管への定着および病原菌の定着の阻害が期待できる。ムチン付着性は従来公知の方法に従って評価してもよい。
【0023】
例えば、ムチン付着性は、ムチンに付着した菌株を任意の染色液によって染色して、定量評価することができる。例えばクリスタルバイオレット溶液によってブタ胃ムチンに付着した菌株を染色して、波長595nmにおける吸光度で定量してもよい。任意の陽性対照株と比較して、同等またはそれ以上のムチン付着性を有していることが認められれば、ムチン付着性を有していると判断できる。菌株が当該範囲内にあることで、対象が菌株を経口摂取した際においても、菌株が消化管に定着することが期待できる。
【0024】
ここで、本実施形態において、「同等」とは、本実施形態の菌株の機能に係る任意の値が、任意の基準値と比較した場合に、有意な差がないことを指す。本実施形態の菌株および陽性対照株の任意の機能に係る値を、統計的に検定して有意差がないと判断できる場合に、「同等である」と評価してもよい。例えば、t検定を用いて有意差の有無を判断する場合、p≧0.05であれば有意差がなく「同等である」と判断できる。
【0025】
抗菌活性およびムチン付着性を有する菌株は、単一の菌株を用いた場合であっても、プロバイオティクス用途に用いた際に、食中毒の発生防止作用、食品変敗防止作用ならびに対象の腸内での抗菌活性および競合による腸内病原菌の増殖の抑制による整腸作用を発揮することができる。
また、混合培養を行う場合においても、本実施形態の抗菌活性およびムチン付着性を有する菌株を用いることで、混合培養の際に追加して用いる菌株の数を減らすことができるため、条件検討が容易になる。
【0026】
〔様々な培養条件に対する菌株の耐性〕
従来、有効なプロバイオティクスとして分離源が動物由来のラクトバチルス属の乳酸菌やビフィズス菌が広く使われている。これらの細菌は、概して培養条件が厳しいため、通常は一律の培養条件(培養温度37℃および乳酸菌培養用のMRS培地の使用など)において培養して用いられている。一方で、プロバイオティクスを経口摂取する際には、ヨーグルトなどの乳製品のほか、漬物または発酵肉製品のような発酵食品も利用される。これらの製造条件において、製造温度が常温または低温の場合、および/または、食塩濃度が高い場合がある。このため、とりわけ発酵食品に菌株を利用する場合においては、製造時の条件に近い培養条件が菌株の機能性に与える影響を調べ、機能性を検討してから実施する必要がある。すなわち、前述の抗菌活性およびムチン付着性の2つの機能性を有しており、さらに、幅広い生育温度域および高い耐塩性を有する乳酸菌が特に好ましい。
【0027】
(生育温度領域)
本発明の一実施形態において、菌株は3℃以上30℃以下の温度で培養した場合であっても抗菌活性を示す菌株であってもよい。本発明者は一般的な培養温度の37℃よりも低い温度であっても、本実施形態の菌株は生育し、さらに抗菌活性を示すことを見出した。幅広い生育温度領域を有しており、かつ抗菌活性およびムチン付着性の2つの機能性を有している菌株は、食品製造および/または保存の段階で、抗菌活性の発揮によって食中毒または食品変敗を予防することができ、加えて、経口摂取によって生体内でムチンへの付着性および抗菌活性を発揮して整腸作用を発揮することができる。
【0028】
さらに本発明者らは、本実施形態に係る菌株の生育の至適条件が30℃付近の温度であり、抗菌活性の至適温度が25℃付近の温度であり、菌株の生育と抗菌活性との至適温度が異なることを見出した。このため、菌株に由来する抗菌物質を抽出して用いる場合には、抗菌物質の抽出効率を向上するために、本実施形態の菌株を20℃以上30℃以下の温度で培養してもよい。
【0029】
また、本実施形態の菌株の生育至適温度および抗菌活性産生至適温度が異なることが明らかとなったことで、効率的な発酵または微生物汚染の防止などの製造過程の要求に応じて行う条件検討を、温度条件によって行うことが可能となった。
本発明の一実施形態において、菌株は3℃以上、10℃以下の温度で培養した場合であっても抗菌活性を示す菌株であってもよい。当該温度においても抗菌活性を示す乳酸菌株は、冷蔵保存する際にも抗菌活性を発揮するため、食品の冷蔵保存時においても食中毒菌または食品変敗菌の増殖を抑えるという効果が得られる。
【0030】
本発明の一実施形態において、菌株は30℃以上、40℃以下の温度で培養した場合において抗菌活性およびムチンへの付着性を有していてもよい。当該温度において抗菌活性およびムチン付着性を有する菌株は、腸内での抗菌物質産生および競合による病原菌の腸上皮への付着阻害によって、病原菌の増殖抑制を期待できる。
【0031】
(菌株の耐塩性)
本発明の一実施形態において、菌株は耐塩性を有する菌株であってもよい。本実施形態において、「耐塩性」とは、食塩を含む培地においても生育できる特性のことを指す。食塩を含む培地とは、食塩を含んでいればその濃度は特に限定されないが、例えば、3%(w/v)以上の食塩を含んでいる培地であってもよい。
【0032】
菌株の耐塩性は、菌株の生育に影響を与えない培地の食塩濃度によって評価してもよい。例えば、菌株は、3%(w/v)以上の食塩濃度に対して耐性を有していてもよく、6%(w/v)以上の食塩濃度に対して耐性を有していることが好ましい。ここで、耐性を「有する」とは、生育が可能であることを指す。耐塩性を有する菌株は、塩分の高い食品などにも好適に使用できる。特に、食塩濃度が6%(w/v)の環境下で菌株が生育する性質は、発酵ソーセージなどの発酵食品のスターターに必須な性質である。
【0033】
さらに、本実施形態の菌株は、高い食塩濃度の培地で培養しても、ムチン付着性を損なわないことが好ましい。本発明者らは、一部の菌株においては塩濃度の高い培地において培養した場合により高いムチン付着性を有することがあることを見出した。このような菌株は特に好ましく発酵食品のスターターとして用いることができる。
【0034】
耐塩性を有する菌株は、塩分の高い食品に含ませて用いることができる。塩分の高い食品とは、例えば、ソーセージ、漬物などの発酵食品、および味噌、魚醤などである。
【0035】
〔菌株の消化管ストレス耐性〕
【0036】
本発明の一実施形態において、菌株は消化管ストレス耐性を有していてもよい。消化管ストレス耐性とは、消化管から分泌される消化液に対して耐性を有するという特徴を指す。特に胃酸および胆汁酸に対して耐性を有していることが好ましい。
【0037】
本発明の一実施形態において、菌株は低pH耐性を有してもよい。本実施形態において、低pH溶液とは、胃酸を模した溶液であり、典型的にはpH1~3の溶液を指す。また、本実施形態において低pH耐性とは、低pH溶液に曝した場合においても菌株が死滅せずに生存する菌株の特性を指す。例えば、pH2.5の低pH溶液にて、37℃で1.5時間保温した後に菌株を寒天上に1~2日間培養した場合に、生菌数が7.0(Log cfu/mL)以上であることが好ましいが、菌株が死滅しない範囲であれば生菌数が7.0(Log cfu/mL)以下であってもよい。また、通常の条件で培養した菌株の生菌数と比較した場合に、低pH溶液に曝露した条件で培養した菌株の生菌数の減少は少ないことが好ましいが、その減少の範囲は特に限定されない。低pH耐性を有する菌株は、経口摂取した場合においても、胃で生存できるため、生きたまま腸に到達することが期待できる。
【0038】
さらに、低pH耐性を向上する目的で、ミルクなどの保護剤の使用および腸易溶性のカプセル化などを行ってもよい。これらを行うことで、より高い低pH耐性が望まれる場合においても、菌株を用いることができる。
【0039】
本発明の一実施形態において、菌株は胆汁耐酸性を有してもよい。ここで、本実施形態において、胆汁耐酸性とは、胆汁に対する耐性のことを指し、その評価方法は特に限定されない。例えば、胆汁酸を含まない培養液(胆汁酸無添加サンプル)および0.3%胆汁酸を含む培養液(胆汁酸添加サンプル)でそれぞれ培養した場合の菌株の生育に基づき、下記式の胆汁耐酸性(%)として評価してもよい。なお、下記式OD620とは、波長620nmにおける光学密度(OD)で菌数を評価した値である。
【0040】
胆汁酸耐性(%)=OD620(胆汁酸添加サンプル)/OD620(胆汁酸無添加サンプル)×100
【0041】
本実施形態の菌株の胆汁耐酸性は、広く流通しているプロバイオティクスと比較して同等またはそれ以上の値であることが好ましい。
【0042】
低pH耐性および胆汁耐酸性を有する菌株、すなわち消化管ストレス耐性を有する菌株は、対象が経口摂取した場合であっても腸管まで生菌で到達し、腸内で生存できるため、腸内においても菌株の機能を発揮することが期待できる。さらに、本実施形態の菌株はムチン付着性を有しているため、生菌が腸内に定着できる。このため、本実施形態に係る菌株は、整腸作用を好適に得ることができる。
【0043】
(菌株の由来)
本発明の一実施形態において、食品に由来する菌株であってもよい。食品に由来する菌株は、食経験があるため、安全性が高い。
【0044】
菌株は、例えば、ヨーグルト、漬物、味噌、および魚醤などに由来する菌株であってもよい。
【0045】
さらに、菌株は植物系食品に由来することが好ましい。一般に動物由来の菌株は、37℃付近が生育の至適温度であることが多い。菌株が植物系食品に由来することにより、至適温度がより低温の菌株を選抜できる可能性が高まる。
【0046】
(菌株の具体例)
本実施形態に係る菌株は、Latilactobacillus sakei A60株(寄託番号:NITE P-03490)、もしくは4-44株(寄託番号:NITE P-03494)、Lactiplantibacillus paraplantarum D02株(寄託番号:NITE P-03491)、またはLatilactobacillus curvatus 4-36株(寄託番号:NITE P-03492)、もしくは4-43(寄託番号:NITE P-03493)であってもよく、または、これらに基づくプラスミドフリー株もしくは変異体であってもよい。これらの菌株はすべて、抗菌活性およびムチン付着性を有していることに基づいて、本発明者らによって選抜された菌株である。さらに、これらの菌株は、低温高温耐性、耐塩性、低pH耐性、および胆汁酸耐性を有している。以下、選抜された5つの菌株を選抜菌株と称する。
【0047】
選抜菌株は全て食品から分離されたものであり、食経験があるため、食品産業分野で利用され得る。選抜株は5℃から40℃で培養可能で、一部の菌株は、培養温度が5℃でも抗菌活性を示すことから、食品を低温で保存する条件での利用性が高い。また、選抜菌株が耐塩性、とりわけ食塩濃度6%の環境下で十分な生育を示すことは、発酵ソーセージなどの発酵食品のスターターに必須な性質である。一部の選抜菌株では、食塩を含む培地で培養した場合にムチン付着性が高まることから、特にこの分野での利用が期待される。本実施形態の菌株は、消化管ストレス耐性を有しているため、腸管まで生菌のまま到達できることが期待できる。これにより、腸内への定着が期待できる。さらに消化管ストレス耐性を向上するために、ミルクなどの保護剤の使用および腸易溶性のカプセル化などを行ってもよい。
【0048】
本実施形態の菌株は、37℃でも抗菌活性とムチンへの付着性が認められるため、腸内で抗菌物質産生および病原菌の腸管上皮への付着阻害による抗菌作用が期待できる。
【0049】
上述の通り、本実施形態の菌株は、食品に由来し、耐塩性、および消化管ストレス耐性を有している。このため、幅広い用途に用いることが可能な菌株である。さらに、菌株は多機能であるため、混合培養を行う場合にも好ましく使用できる。
【0050】
選抜菌株に基づく新たな菌株を作製してもよい。例えば、選抜菌株のプラスミドに抗生物質耐性遺伝子がコードされている場合において、任意の方法によって選抜菌株のプラスミドフリー株を作製して利用してもよい。
【0051】
また、選抜菌株に基づく変異体を作製してもよい。変異体は、選抜菌株のいずれかに基づいて作製されたものであってもよい。変異体の作製方法は特に限定されず、従来公知の方法に基づいて作製すればよい。例えば育種、ゲノム編集などによって、変異体を作製してもよい。
【0052】
なお、本実施形態の選抜菌株は、それぞれ特徴が異なる。それぞれの異なる特徴に基づいて、利用方法を検討してもよい。
【0053】
〔菌株の使用方法〕
(プロバイオティクス用途への使用方法)
本発明の一実施形態において、上述のいずれかの実施形態の菌株のプロバイオティクス用途への使用方法であってもよい。プロバイオティクス用途への使用方法とは、特に限定されないが、典型的にはプロバイオティクスとして菌株を摂取して、腸内に定着させて効果を得ることを目的とする使用方法である。
【0054】
例えば、菌株を20℃以上30℃以下で培養して、プロバイオティクス用途に使用してもよい。当該培養温度であれば、菌株が抗菌物質を特に産生するため、とりわけ抗菌作用が必要な場合に、好ましく使用できる。
【0055】
(食品または飲料)
本発明の一実施形態において、上述のいずれかの実施形態の菌株を含む食品または飲料であってもよい。食品または飲料は特に限定されないが、例えば、発酵食品、乳製品、漬物などであってもよい。
【0056】
〔菌株の選抜方法〕
本発明の一実施形態において、菌株を選抜する方法であって、食品に由来する菌株から、抗菌活性、ムチン付着性、耐塩性、および消化管ストレス耐性を有する、Latilactobacillus sakei、Lactiplantibacillus paraplantarum、およびLatilactobacillus curvatusのいずれかの種に属する菌株を選抜する方法であってもよい。選抜の過程における条件および試験などは適宜に変更して選抜を行ってもよい。
【0057】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0058】
(まとめ)
本発明を以下のように表現することもできる。
【0059】
本態様1に係る菌株は、3℃以上40℃以下の温度において抗菌活性およびムチン付着性を有する、Latilactobacillus sakei、Lactiplantibacillus paraplantarum、およびLatilactobacillus curvatusのいずれかの種に属する菌株である。このような菌株は、摂取した際に腸管に定着し、かつ、食品の製造から腸内への定着までの任意の段階において、食中毒菌、食品変敗菌、または病原菌の生育を阻害することができる。
【0060】
本態様2に係る菌株は、態様1において、3℃以上30℃以下の温度において抗菌活性を示す菌株である。このような菌株は、低温または常温での食品の製造において食中毒菌、および食品変敗菌の増殖を抑えることができる。
【0061】
本態様3に係る菌株は、態様1または2において、3℃以上、10℃以下の温度において抗菌活性を示す菌株である。このような菌株は、低温での保存においても食中毒菌、および食品変敗菌の増殖を抑えることができる。
【0062】
本態様4に係る菌株は、態様1~3のいずれかにおいて、耐塩性を有する菌株である。このような菌株は、食塩を含む食品に菌株を適用する場合において、好適に用いることができる。
【0063】
本態様5に係る菌株は、態様1~4のいずれかにおいて、胆汁耐酸性を有する菌株である。このような菌株は、消化管ストレス耐性が高まる。
【0064】
本態様6に係る菌株は、態様1~5のいずれかにおいて、低pH耐性を有する菌株である。このような菌株は、経口摂取した場合においても、腸内に生菌のまま到達できる。
【0065】
本態様7に係る菌株は、態様1~6のいずれかにおいて、食品に由来する菌株である。このような菌株は、食経験があるため、安全性が高い。
【0066】
本態様8に係る菌株は、態様1~7のいずれかにおいて、前記菌株がLatilactobacillus sakei A60株(寄託番号:NITE P-03490)、もしくは4-44株(寄託番号:NITE P-03494)、Lactiplantibacillus paraplantarum D02株(寄託番号:NITE P-03491)、またはLatilactobacillus curvatus 4-36株(寄託番号:NITE P-03492)、もしくは4-43(寄託番号:NITE P-03493)である、または、これらに基づくプラスミドフリー株もしくは変異体である。このような菌株は、抗菌活性、ムチン付着性、耐塩性、および消化管ストレス耐性を有しており、食品に由来する新規の菌株である。
【0067】
本態様9に係る菌株は、態様1~8のいずれかの菌株のプロバイオティクス用途への使用方法である。この構成により、菌株によって対象の腸内環境を改善する効果を得ることができる。
【0068】
本態様10に係る菌株は、態様1~8のいずれかの菌株を含む食品または飲料である。この構成により、対象が菌株を好適に摂取することができる。
【0069】
本態様11に係る方法は、菌株を選抜する方法であって、食品に由来する菌株から、抗菌活性、ムチン付着性、耐塩性、および消化管ストレス耐性を有する、Latilactobacillus sakei、Lactiplantibacillus paraplantarum、およびLatilactobacillus curvatusのいずれかの種に属する菌株を選抜する方法である。
【0070】
〔実施例〕
<実施例1:菌株の選抜>
農研機構が保有する乳酸菌ライブラリー中の22株を実施例2において詳述する抗菌活性試験に供し、優れた抗菌活性を示す乳酸菌を16株選抜した。ここで、優れた抗菌活性は、菌株の抗菌活性スペクトルの広さ、および菌株の抗菌活性により阻害される菌種などに基づいて評価した。
【0071】
得られた16株の菌株の内、食品由来の菌株をさらに選抜したところ、Latilactobacillus sakei、Lactiplantibacillus paraplantarum、およびLatilactobacillus curvatusのいずれかの種に属する5株の菌株、A60、D02、4-36、4-43および4-44が選抜された。選抜された乳酸菌の種、菌株名、および分離源を下記表1に示す。なお、以下選抜された5株の菌株を「選抜乳酸菌株」と称する。
【表1】
【0072】
後述する実施例3の耐塩性試験の結果より、A60、D02、および4-44は標準株とは異なる新たな菌株であることが明らかであった。さらに、L. curvatusをMRS液体培地に1%(v/v)で接種し、40℃で24時間培養した結果より、4-36および4-43はどちらも標準株とは異なる新たな菌株であることが明らかであった。L. curvatusを40℃で培養した結果、得られた培養液の濁度として測定した波長620nmにおける光学密度(OD
620)を以下の表2に示す。培養液の濁度は後述する実施例2と同様の条件で測定した。なお、表中、JCM 1096
Tは、L. curvatusの標準株である。
【表2】
【0073】
<実施例2:抗菌活性試験>
抗菌活性試験において、選抜乳酸菌の検定菌に対する抗菌活性を試験した。
【0074】
(供試菌株)
選抜乳酸菌株はMRS液体培地において、30℃で一晩培養した。その後、新たなMRS液体培地に1%(v/v)で接種し、表2に示す各培養温度条件で試験前の培養を行った。試験前の培養の培養温度条件が25℃、30℃または37℃であった場合は24時間培養し、5℃であった場合は2週間培養した。培養を終えた選抜乳酸菌株の培養液を供試菌株液の原液として、抗菌活性値の測定に供した。なお、供試菌株液の原液の濁度はSpectronic 20 spectrophotometer (Bausch & Lomb, Rochester, NY, USA)を用いて測定された波長620nmにおける光学密度(OD620)によって評価された。
【0075】
抗菌活性試験のための検定菌株として、Pediococcus pentosaceus JCM 5885(理化学研究所より入手、以下「JCM 5885」とも称する)、Leuconostoc mesenteroides subsp. mesenteroides JCM 6124T(理化学研究所より入手、以下「JCM 6124T」とも称する)、Lactobacillus dextrinicus JCM 5887T(理化学研究所より入手、以下「JCM 5887T」とも称する)、Latilactobacillus sakei subsp sakei JCM 1157T(理化学研究所より入手、以下「JCM 1157T」とも称する)、Bacillus coagulans JCM 2257T(理化学研究所より入手、以下「JCM 2257T」とも称する)、Bacillus subtilis JCM 1465T(理化学研究所より入手、以下「JCM 1465T」とも称する)、Bacillus circulans JCM 2504T(理化学研究所より入手、以下「JCM 2504T」とも称する)、Listeria innocua JCM 32814T(理化学研究所より入手、以下「JCM 32814T」とも称する)を用いた。各検定菌はそれぞれ、表2に示す液体培地条件および培養温度で一晩培養し、新たな同じ種類の液体培地に1%(v/v)で接種後、表2に示す培養温度で20時間培養して、抗菌活性試験用プレートに用いた。ここで、各検定菌の培養温度は、各検定菌の培養における至適温度であった。
【0076】
抗菌活性試験用プレートの作製では、滅菌溶解後55℃で保温した7mLのLactobacilli Agar AOAC(LAA)培地、またはTSB-YE寒天培地(1.5%(w/v)寒天)に対して、各検定菌の培養液を1%(v/v)で接種し、10mLのMRS寒天(1.5%(w/v)寒天)プレート上に重層後、40℃で45分乾固した。
【0077】
各選抜乳酸菌株および検定菌株の培養条件、および各検定菌に用いた試験用培地を下記表3に示す。
【0078】
【0079】
(抗菌活性試験)
選抜乳酸菌の培養液(試験液の原液)は0.25μmのフィルターを用いて滅菌後、0.1%(v/v)のTween-20水溶液を用いて2倍ごとの段階希釈に供し、20(原液)から211倍希釈までの希釈液を調製した。試験液を抗菌活性試験用プレートに10μLずつ滴下した後、各検定菌の至適培養温度で一晩培養を行い、検定菌の生育阻害の有無を観察した。表3に示す通り、表2に示す選抜乳酸菌株および検定菌株のすべての組み合わせに対して試験を行った。阻止円が形成している場合は生育阻害が起きており、阻止円が形成していない場合は生育阻害が起きていないと評価した。抗菌活性値は上清1mLあたりの抗菌活性値として(n+1)*100/mLと定義し、各検定菌株に対する各選抜乳酸菌株の抗菌活性値を求めた。ここで、nは検定菌の生育阻害が観察された最大の希釈倍率を2nと表した時のnの値である。
【0080】
抗菌活性試験における抗菌スペクトルを表4および5に示す。表4中、「培養温度」は供試菌株の準備において、MRS液体培地に1%(v/v)で接種した後に選抜乳酸菌株を培養した際の培養温度条件であり、OD
620は試験液の原液の濁度を表す。
【表4】
【表5】
【0081】
(抗菌活性試験の結果)
表4に示す通り、いずれの選抜乳酸菌株も少なくとも一種の検定菌に対して抗菌活性を有していることがわかった。なお、抗菌活性値は600以上であれば優れていると判断でき、1200以上であれば特に優れていると判断できる。
【0082】
さらに、試験前の培養において、25℃、30℃、37℃を培養温度としたところ、30℃におけるOD620の値が概して高く、選抜乳酸菌株の生育の至適条件であった。一方で、選抜乳酸菌株の抗菌活性値は25℃で高い傾向があった。
【0083】
表5に示す通り、試験前の培養において、5℃での培養条件においてもA60株、4-36株、4-43株は複数の検定菌株に対する抗菌作用を示した。
【0084】
<実施例3:耐塩性試験>
(供試菌株)
選抜乳酸菌株および各選抜乳酸菌株の標準株を耐塩性試験の供試菌株として用いた。Latilactobacillus sakeiの標準株としてJCM 1157T、Lactiplantibacillus paraplantarumの標準株としてJCM 12533T、Latilactobacillus curvatusの標準株として、JCM 1096Tを用いた。当該標準株はすべて理化学研究所より入手した。
【0085】
(耐塩性試験)
塩化ナトリウムを3、6、9、12%(w/v)になるように添加したMRS液体培地に、選抜乳酸菌および各標準株を一晩培養したMRS培養液を1%(v/v)でそれぞれ接種し、30℃で24時間培養した。培養終了後、目視にて菌体の生育を判定した。判定結果を表6に示す。表6中、+は菌体が生育している状態、±は菌体がわずかに生育している状態、-は菌体が全く生育していない状態をそれぞれ示す。
【表6】
【0086】
(耐塩性試験の結果)
JCM 1157Tは、培地中の食塩濃度が6%の場合に生育できなかったが、A60菌株および4-44菌株は培地中の食塩濃度が6%の場合であっても生育し、特に4-44菌株は食塩濃度が9%であっても生育した。JCM 12533Tは、培地中の食塩濃度が9%の場合に生育できなかったが、D02菌株は培地中の食塩濃度が9%であっても生育できた。4-36菌株および4-43菌株は、どちらもJCM 1096Tと同程度の耐塩性を有しており、培地中の食塩濃度が9%であっても生育できた。これらの結果より明らかな通り、選抜乳酸菌株は食塩濃度6%以上である培地中であっても生育することができた。
【0087】
<実施例4:ムチン付着性試験>
(測定用ウェルの調製)
ブタ胃ムチン(partially purified type III porcin stomach,Sigma-Aldorich)を0.5~1mg/mL濃度で50mMのcarbonate/bicarbonateバッファー(pH 9.6)にけん濁し、96ウェルのイムノマイクロプレート(Maxisorp Nunc, Roskilde, Denmark)に100μL/wellで分注し、4℃で一昼夜放置してムチンをウェルに固定した。ウェルをPBSで3回洗浄し、1%Tween-20を含むPBSにて37℃で1時間、ブロッキングを行った。
【0088】
(測定用サンプルの調製)
選抜乳酸菌株として、実施例1および2と同様の菌株を用い、Lacticaseibacillus rhamnosus GG株(以下「GG株」と称する)をブタ胃ムチンへの付着性を有する陽性対照株として用いた。GG株はAmerican Type Culture Collection (ATCC) (ATCC 53103, Manassas, VA)より購入した。MRS液体培地で30℃で一晩培養した選抜乳酸菌株および37℃で一晩培養したGG株の菌体を0.85%塩化ナトリウム溶液で2回洗浄し、同液で波長620nmにおける光学密度を1.0に調製し、供試菌株液とした。供試菌株液100μLをウェルに添加し37℃で2時間保温してムチンに付着させた。0.05%Tween-20を含むPBS200μLにてプレートを3回洗浄し、ムチンに付着していない菌体を取り除いた。その後プレートを55℃で乾燥させた。1%クリスタルバイオレット溶液(33%酢酸)20μLをウェルに添加し、室温で45分間放置した。PBSで2回洗浄後、50mMクエン酸(pH4.0)100μLをウェルに添加し、室温で45分間放置して、測定用サンプルを得た。
【0089】
(ムチン付着性の測定)
吸光度計(iMark, Bio Rad, CA, USA)を用いて、測定用サンプルの波長595nmでの吸光度を測定した。ブランクは、ムチンを固定していないウェルを用いて行った。複数の菌体を用いて行い、吸光度の平均を吸光度として評価した。
【0090】
(ムチン付着性試験の結果)
選抜乳酸菌株はブタ胃ムチンへの付着性の陽性対照株であるGG株と同等またはそれ以上のムチン付着性を有していた。GG株はプロバイオティクス用途に用いることができる乳酸菌として一般的なものであるため、GG株と同等以上のムチン付着性を示すことは選抜乳酸菌株がプロバイオティクス用途への応用の可能性が高い乳酸菌株であることを示す。
【0091】
<実施例5:培養条件によるムチン付着性への影響>
(供試菌株)
選抜乳酸菌株を培養条件がムチン付着性に及ぼす影響を評価する試験に供した。
【0092】
(食塩濃度によるムチン付着性への影響の評価)
実施例3と同様にして、食塩濃度が0%および6%であるMRS液体培地に選抜乳酸菌を接種し、30℃で培養した菌株を、ムチン付着性試験に用いた。ムチン付着性試験は実施例4と同様にして行った。各菌株の各食塩濃度で培養した菌体での、波長595nmにおける吸光度を
図1に示す。
【0093】
(結果)
図1に示す通り、食塩濃度が6%の培地で培養した場合であっても、全ての選抜乳酸菌株においてムチン付着性が認められた。特に、A60菌株、4-36菌株においては、食塩濃度が0%の場合よりもムチン付着性が有意に(P<0.001)高くなった。D02菌株については、ムチン付着性が高くなる傾向(P<0.1)が見られた。
【0094】
(培養温度のムチン付着性への影響の評価)
供試菌株の試験前に5℃、25℃、および37℃で培養した以外は、実施例5と同様にしてムチン付着性試験を行った。
【0095】
(結果)
図2に示す通り、選抜乳酸菌株は37℃の培養条件でもムチンへの付着性を示し、その付着力はGG株と同等か、GG株よりも有意に(P<0.05)高かった。
【0096】
図3に示す通り、選抜乳酸菌株は25℃の培養条件でもムチンへの付着性を示し、その付着力はGG株と同等か、GG株よりも有意に(P<0.05)高かった。
【0097】
図4に示す通り、D02菌株、4-36菌株、4-43菌株、および4-44菌株は5℃の培養条件でもムチンへの付着性を示し、その付着力はGG株よりも有意に(P<0.05)高かった。
【0098】
<実施例6:消化管ストレス耐性試験>
(供試菌株)
選抜乳酸菌株およびGG株を低pH耐性試験および胆汁酸耐性試験に供した。
【0099】
(低pH耐性の測定)
選抜乳酸菌株およびGG株は一晩培養したMRS培養液を0.5%(v/v)で新たなMRS液体培地に接種し、一晩培養を行った。選抜乳酸菌株は30℃で培養し、GG株は37℃で培養した。
【0100】
供試菌株の菌体をそれぞれ13000g、10分間の条件で遠心分離を行って集菌し、0.85%塩化ナトリウム溶液で2回洗浄した。供試菌体を、1N塩酸溶液でpH2.5に調整して低pH溶液として作製した0.85%塩化ナトリウム溶液に懸濁し、37℃で1.5時間保温した。低pH溶液に菌体を曝露する前後に、菌体懸濁液を一部採取し、0.85%塩化ナトリウム溶液で適宜希釈したものをMRS寒天培地(1.6%寒天)に塗抹し、各供試菌株の至適培養温度で1~2日間培養し、寒天上に生育したコロニー数を生菌数として計測した。計測した生菌数を対数変換した値を表7に示す。
【表7】
【0101】
(結果)
低pH溶液への曝露後においても、選抜乳酸菌の生育は認められたため、プロバイオティクス用途に用いるためには十分と判断できた。
【0102】
(胆汁酸耐性の測定)
胆汁酸添加サンプルを、脱水胆汁(Oxgall、BD)を0.3%(w/v)になるように添加したMRS液体培地に、各選抜乳酸菌およびGG株を一晩培養したMRS培養液を1%(v/v)で接種し、37℃で24時間培養して調製した。胆汁酸無添加サンプルを、脱水胆汁を加えない以外は胆汁酸添加サンプルと同様にして調製した。
【0103】
培養終了後、胆汁酸添加サンプルおよび胆汁酸無添加サンプルを用いて波長620nmにおける光学密度(OD620)を測定し、胆汁酸耐性を下記式によって求めた。
【0104】
胆汁酸耐性(%)=OD620(胆汁酸添加サンプル)/OD620(胆汁酸無添加サンプル)×100
【0105】
各胆汁酸サンプルのOD
620の値および胆汁酸耐性(%)を表8に示す。
【表8】
【0106】
(結果)
表8に示す通り、各選抜乳酸菌株は0.3%含有胆汁酸の条件で培養した場合であっても菌株は生存し、0.3%胆汁酸に対する耐性があることは明らかであった。このため、各選抜乳酸菌株は腸内で生存できることが期待できる。特に、A60および4-43はGG株よりも優れた胆汁酸耐性を有していたことから、プロバイオティクスとして特に好ましいことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明は、食品産業分野に利用することができる。
【受託番号】
【0108】
Latilactobacillus sakei A60株(寄託番号:NITE P-03490)、Lactiplantibacillus paraplantarum D02株(寄託番号:NITE P-03491)、Latilactobacillus curvatus 4-36株(寄託番号:NITE P-03492)、4-43(寄託番号:NITE P-03493)、4-44株(寄託番号:NITE P-03494)。