(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-08-19
(45)【発行日】2025-08-27
(54)【発明の名称】不妊性チョウ目昆虫の生産方法及びチョウ目昆虫の不妊化組成物
(51)【国際特許分類】
C12N 15/113 20100101AFI20250820BHJP
A01K 67/34 20250101ALI20250820BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20250820BHJP
C07K 14/435 20060101ALI20250820BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20250820BHJP
【FI】
C12N15/113 Z
A01K67/34
C12N15/12 ZNA
C07K14/435
C12N15/63 Z
(21)【出願番号】P 2022162235
(22)【出願日】2022-10-07
【審査請求日】2024-12-11
(31)【優先権主張番号】P 2021177358
(32)【優先日】2021-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中尾 肇
【審査官】牧野 晃久
(56)【参考文献】
【文献】須貝悦治,放射線によるカイコの雄性不妊に及ぼす温度の影響,日本応用動物昆虫学会誌,1965年,Vol. 9, No. 4,pp. 266-270
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/113
A01K 67/60
C12N 15/12
C07K 14/435
C12N 15/63
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
nanosO遺伝子及びnanosP遺伝子の発現を抑制する工程を含む不妊性チョウ目昆虫の生産方法
であって、
前記nanosO遺伝子が以下の(a)又は(b)に示すアミノ酸配列からなるnanosOタンパク質をコードする塩基配列からなり、前記nanosP遺伝子が以下の(c)又は(d)に示すアミノ酸配列からなるnanosPタンパク質をコードする塩基配列からなる、前記生産方法;
(a)配列番号1で示すアミノ酸配列、
又は
(b)配列番号1で示すアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列、
(c)配列番号3で示すアミノ酸配列、
(d)配列番号3で示すアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列。
【請求項2】
前記遺伝子の発現抑制が遺伝子ノックダウン法を用いる、請求項1に記載の生産方法。
【請求項3】
前記遺伝子ノックダウン法がRNAi法又はアンチセンスオリゴヌクレオチド法である、請求項2に記載の生産方法。
【請求項4】
前記nanosO遺伝子が配列番号2で示す塩基配列からなる、請求項
1に記載の生産方法。
【請求項5】
前記nanosP遺伝子が配列番号4で示す塩基配列からなる、請求項
1又は4に記載の生産方法。
【請求項6】
nanosO遺伝子及びnanosP遺伝子の発現が抑制された不妊性チョウ目昆虫
であって、
前記nanosO遺伝子が以下の(a)又は(b)に示すアミノ酸配列からなるnanosOタンパク質をコードする塩基配列からなり、前記nanosP遺伝子が以下の(c)又は(d)に示すアミノ酸配列からなるnanosPタンパク質をコードする塩基配列からなる、前記不妊性チョウ目昆虫;
(a)配列番号1で示すアミノ酸配列、
又は
(b)配列番号1で示すアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列、
(c)配列番号3で示すアミノ酸配列、
(d)配列番号3で示すアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列。
【請求項7】
前記発現抑制が各遺伝子の遺伝子ノックダウン法による、請求項
6に記載の不妊性チョウ目昆虫。
【請求項8】
前記遺伝子ノックダウン法がRNAi法又はアンチセンスオリゴヌクレオチド法である、請求項
7に記載の不妊性チョウ目昆虫。
【請求項9】
nanosO遺伝子及びnanosP遺伝子の発現を抑制する遺伝子発現抑制剤を有効成分とするチョウ目昆虫の不妊化組成物
であって、
前記nanosO遺伝子が以下の(a)又は(b)に示すアミノ酸配列からなるnanosOタンパク質をコードする塩基配列からなり、前記nanosP遺伝子が以下の(c)又は(d)に示すアミノ酸配列からなるnanosPタンパク質をコードする塩基配列からなる、前記不妊性組成物;
(a)配列番号1で示すアミノ酸配列、
又は
(b)配列番号1で示すアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列、
(c)配列番号3で示すアミノ酸配列、
(d)配列番号3で示すアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列。
【請求項10】
前記遺伝子発現抑制剤が前記各遺伝子の転写産物を標的とする転写産物抑制剤である、請求項
9に記載の不妊化組成物。
【請求項11】
前記転写産物抑制剤がRNAi剤又はアンチセンスオリゴヌクレオチドである、請求項
10に記載の不妊化組成物。
【請求項12】
前記RNAi剤が前記各遺伝子に対するshRNAをコードする核酸を作動可能な状態で包含する発現ベクターである、請求項
11に記載の不妊化組成物。
【請求項13】
前記遺伝子発現抑制剤が前記各遺伝子の翻訳産物を標的とする翻訳産物抑制剤である、請求項
9に記載の不妊化組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不妊性チョウ目昆虫の生産方法及びその方法に用いるチョウ目昆虫の不妊化組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子組換え技術に代表される遺伝子改変技術は、遺伝子やタンパク質の機能解析、及びタンパク質等の物質生産系において不可欠な技術である。従来、遺伝子組換え技術で使用する宿主生物には、主として大腸菌や酵母が利用されてきた。しかし、これらの生物はタンパク質等の大量生産を目的とした物質生産系としては好適とは言い難かった。
【0003】
そこで、近年ではタンパク質の大量生産系宿主としてカイコ(Bombyx mori)が注目されている。カイコは、絹を生産するために古くから産業上利用されてきた昆虫であり、前蛹期に繭を作るため短期間で絹糸を大量に生産することができる。これは、カイコの絹糸腺におけるタンパク質生産能力の高さに基づく。この生産能力を利用して遺伝子組換えカイコ(トランスジェニックカイコ)を作出し、絹糸以外の有用タンパク質を大量生産する技術が注目されている。
【0004】
一方、遺伝子組換え技術を用いた物質生産系では、遺伝子組換え生物の野外流出による遺伝子環境汚染の問題を伴う。カイコは飛翔能力を完全喪失しているためカルタヘナ法に基づく第一種使用、すなわち環境中への拡散を防止せずに行う使用が承認されている。しかし、飛翔能力を有し、外部から侵入し得る近縁種のクワコ(Bombyx mandarina)の雄とカイコの雌は交雑する可能性を排除できない。そのため、有用系統の維持や遺伝子組換え体の環境中への拡散を防止する上でも次世代が得られないカイコの不妊化技術の開発は産業上重要である。
【0005】
昆虫を不妊化する方法は、従来、主に不妊虫放飼法(SIT:Sterile Insect Technique)における不妊虫の作製のため開発され、また実施されてきた。不妊化方法には、例えば、放射線照射方法が知られている。
【0006】
放射線照射方法は、対象昆虫の生殖細胞にX線やγ線等の放射線を照射することで、精子不活化、産卵喪失、産卵数減少、及び交尾不能等を誘導し、対象昆虫を不妊化する方法である(非特許文献1、2)。しかし、この方法は照射施設を必要とする安全性等への懸念に加え、放射線照射が虫体の活力低下をもたらす懸念等の問題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】農林水産ジャーナル(1980)、3巻2号、p.32-34
【文献】化学と生物(1993)、vol.31、No.2、p.137-139
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、チョウ目昆虫を簡便、かつ安定的に、また効率的に不妊化でき、また生殖系列細胞にのみ異常をもたらす新たな不妊化方法を開発し、それを用いた不妊性チョウ目昆虫の生産方法、及びその方法を実施可能な不妊化組成物を開発し、提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題の解決を目的として鋭意研究を行った結果、チョウ目昆虫に存在する4つのnanos遺伝子(nanosM遺伝子、nanosN遺伝子、nanosO遺伝子、及びnanosP遺伝子)のうち、胚発生期にnanosO遺伝子及びnanosP遺伝子を二重抑制した場合に成虫卵巣内の成熟卵数の減少又は卵消滅、並びに精巣矮小化等の生殖細胞系列形成不全に起因すると思われる顕著な異常が現れ、不妊になった。しかし、生殖系列細胞以外は正常であることも明らかになった。この現象を応用することでチョウ目昆虫を遺伝学的に不妊化することが可能となる。本発明は、当該知見に基づくもので以下を提供する。
【0010】
(1)nanosO遺伝子及びnanosP遺伝子の発現を抑制する工程を含む不妊性チョウ目昆虫の生産方法。
(2)前記遺伝子の発現抑制が遺伝子ノックダウン法を用いる、(1)に記載の生産方法。
(3)前記遺伝子ノックダウン法がRNAi法又はアンチセンスオリゴヌクレオチド法である、(2)に記載の生産方法。
(4)前記nanosO遺伝子が以下の(a)~(c)に示すアミノ酸配列からなるnanosOタンパク質をコードする塩基配列からなる、(1)~(3)のいずれかに記載の生産方法。 (a)配列番号1で示すアミノ酸配列、
(b)配列番号1で示すアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は
(c)配列番号1で示すアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列
(5)前記nanosO遺伝子が配列番号2で示す塩基配列からなる、(4)に記載の生産方法。
(6)前記nanosP遺伝子が以下の(d)~(f)に示すアミノ酸配列からなるnanosPタンパク質をコードする塩基配列からなる、(1)~(5)のいずれかに記載の生産方法。 (d)配列番号3で示すアミノ酸配列、
(e)配列番号3で示すアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は
(f)配列番号3で示すアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列
(7)前記nanosP遺伝子が配列番号4で示す塩基配列からなる、(6)に記載の生産方法。
(8)nanosO遺伝子及びnanosP遺伝子の発現が抑制された不妊性チョウ目昆虫。
(9)前記発現抑制が各遺伝子の遺伝子ノックダウン法による、(8)に記載の不妊性チョウ目昆虫。
(10)前記遺伝子ノックダウン法がRNAi法又はアンチセンスオリゴヌクレオチド法である、(9)に記載の不妊性チョウ目昆虫。
(11)nanosO遺伝子及びnanosP遺伝子の発現を抑制する遺伝子発現抑制剤を有効成分とするチョウ目昆虫の不妊化組成物。
(12)前記遺伝子発現抑制剤が前記各遺伝子の転写産物を標的とする転写産物抑制剤である、(11)に記載の不妊化組成物。
(13)前記転写産物抑制剤がRNAi剤又はアンチセンスオリゴヌクレオチドである、(12)に記載の不妊化組成物。
(14)前記RNAi剤が前記各遺伝子に対するshRNAをコードする核酸を作動可能な状態で包含する発現ベクターである、(13)に記載の不妊化組成物。
(15)前記遺伝子発現抑制剤が前記各遺伝子の翻訳産物を標的とする翻訳産物抑制剤である、(11)に記載の不妊化組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明の不妊性チョウ目昆虫の生産方法によれば、生殖系列細胞にのみに異常を有する不妊性チョウ目昆虫を簡便、かつ安定的に、また効率的に生産することができる。
【0012】
また、本発明のチョウ目昆虫の不妊化組成物によれば、所望する任意のチョウ目昆虫を容易、かつ安定的に、また効率的に不妊化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】nanosO-RNAi処理したカイコ雌個体の卵巣内における成熟卵数とその成熟卵数の個体数を示す図である。
【
図2】nanosP-RNAi処理したカイコ雌個体の卵巣内における成熟卵数とその成熟卵数の個体数を示す図である。
【
図3】nanosM/O-RNAi処理したカイコ雌個体の卵巣内における成熟卵数とその成熟卵数の個体数を示す図である。
【
図4】nanosN/O-RNAi処理したカイコ雌個体の卵巣内における成熟卵数とその成熟卵数の個体数を示す図である。
【
図5】nanosO/P-RNAi処理したカイコ雌個体の卵巣内における成熟卵数とその成熟卵数の個体数を示す図である。
【
図6】各nanos-RNAi処理した雄より摘出した精巣の形態を示す図である。Aは野生型雄成虫の精巣、BはnanosO-RNAi処理した雄成虫の精巣、そしてCはnanosO/P-RNAi処理した雄成虫の精巣を示す。Cの図中、矢頭は矮小化した精巣を、また矢印は透明化した部分を示す。
【
図7】nanosM-RNAi処理したカイコ雌個体の卵巣内における成熟卵数とその成熟卵数の個体数を示す図である。
【
図8】nanosN-RNAi処理したカイコ雌個体の卵巣内における成熟卵数とその成熟卵数の個体数を示す図である。
【
図9】nanosM/P-RNAi処理したカイコ雌個体の卵巣内における成熟卵数とその成熟卵数の個体数を示す図である。
【
図10】nanosN/P-RNAi処理したカイコ雌個体の卵巣内における成熟卵数とその成熟卵数の個体数を示す図である。
【
図11】nanossM/N/O-RNAi処理したカイコ雌個体の卵巣内における成熟卵数とその成熟卵数の個体数を示す図である。
【
図12】nanosM/N/P-RNAi処理したカイコ雌個体の卵巣内における成熟卵数とその成熟卵数の個体数を示す図である。
【
図13】nanosM/N/O/P-RNAi処理したカイコ雌個体の卵巣内における成熟卵数とその成熟卵数の個体数を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.不妊性チョウ目昆虫生産方法
1-1.概要
本発明の第1の態様は、不妊性チョウ目昆虫の生産方法である。本発明の生産方法は、対象チョウ目昆虫における2種のnanos遺伝子の発現を抑制する工程を含み、それらの遺伝子の機能を断絶することで、その昆虫の生殖系列細胞の異常を誘導し、不妊性のチョウ目昆虫を生産することを特徴とする。
【0015】
1-2.用語の定義
本明細書で頻用する用語の定義について以下で説明をする。
「チョウ目昆虫」とは、分類学上のチョウ目(Lepidoptera)に属する昆虫であって、チョウ又はガをいう。チョウには、タテハチョウ科(Nymphalidae)、アゲハチョウ科(Papilionidae)、シロチョウ科(Pieridae)、シジミチョウ科(Lycaenidae)、及びセセリチョウ科(Hesperiidae)に属する昆虫が含まれる。ガには、ヤママユガ科(Saturniidae)、カイコガ科(Bombycidae)、イボタガ科(Brahmaeidae)、オビガ科(Eupterotidae)、カレハガ科(Lasiocampidae)、ミノガ科(Psychidae)、シャクガ(Geometridae)、ヒトリガ科(Archtiidae)、ヤガ科(Noctuidae)、メイガ科(Pyralidae)、スズメガ科(Sphingidae)等に属する昆虫が含まれる。例えば、ガであれば、Bombyx属、Samia属、Antheraea属、Saturnia属、Attacus属、Rhodinia属に属する種、具体的には、カイコ、クワコ(Bombyx mandarina)、シンジュサン(Samia cynthia;エリサンSamia cynthia ricini及びシンジュサンとエリサンの交配種を含む)、ヤママユガ(Antheraea yamamai)、サクサン(Antheraea pernyi)、ヒメヤママユ(Saturnia japonica)、オオミズアオ(Actias gnoma)等が挙げられるが、本発明のチョウ目昆虫は、これらに限定はされない。好ましくはカイコである。
【0016】
本明細書において「対象チョウ目昆虫」とは、本発明の不妊性チョウ目昆虫の生産方法を適用するチョウ目昆虫、又は本発明のチョウ目昆虫の不妊化組成物の投与対象となるチョウ目昆虫をいう。
【0017】
本明細書において「不妊」とは、妊性の喪失又は著しい低下により、次世代個体を形成する繁殖能力が喪失又は減退していることをいう。本明細書の不妊は、限定はしないが、主として生殖系列細胞の異常により生じ得る。
【0018】
本明細書において「不妊化」とは、正常状態の個体を不妊状態に変化させることをいう。
【0019】
本明細書において「不妊性」とは、不妊状態であること、又は不妊の特徴を有することをいう。
【0020】
本明細書において「生殖系列細胞」とは、生殖に直接関与する卵若しくは卵子及び精子と将来卵と精子となる細胞をいう。具体的には、卵(卵子)及び精子、卵原細胞、卵母細胞、精原細胞、精母細胞、精細胞、及び将来前記細胞に分化する始原生殖細胞(Primordial Germ Cell: PGC)を含む。
【0021】
本明細書において「生殖系列細胞(の)異常」とは、生殖系列細胞の消失等の形成不全、並びに形態及び性状の異常を言う。
【0022】
本明細書において「遺伝子の発現を抑制する」又は「遺伝子発現の抑制」とは、遺伝子ノックダウンともいい、その遺伝子がコードするタンパク質の発現、及び機能を抑制することをいう。具体的には、標的遺伝子の発現において、転写段階、転写後、翻訳段階、又は翻訳後の標的遺伝子の転写産物(mRNA)又は翻訳産物(タンパク質)の機能を抑制することが挙げられる。遺伝子ノックダウンは、標的遺伝子の破壊し、その遺伝子がコードするタンパク質の機能を完全喪失させる遺伝子ノックアウトとは区別される。
【0023】
本明細書で「発現ベクター」とは、タンパク質又は機能性核酸をコードする核酸分子を作動可能な状態で含み、その核酸分子の発現を制御できるベクターをいう。例えば、プラスミド等が挙げられる。また、本明細書で「作動可能な状態」とは、発現ベクター内で目的の核酸分子をプロモーターの制御下に配置することをいう。これにより、プロモーターの活性により目的の核酸分子の発現が開始される状態となる。
【0024】
本明細書で「核酸分子」とは、タンパク質をコードする遺伝子、又は機能性核酸をコードするポリヌクレオチド若しくはオリゴヌクレオチドをいう。限定はしないが、核酸分子は、原則としてDNA及び/又はRNAの天然核酸で構成される。ただし、人工核酸を含んでいてもよい。
【0025】
本明細書において「機能性核酸」とは、生体内又は細胞内において、特定の生物学的機能、例えば、酵素機能、触媒機能又は生物学的阻害若しくは亢進機能(例えば、転写、翻訳の阻害又は亢進)を有する核酸分子をいう。具体的には、例えば、RNAi剤、核酸アプタマー(DNAアプタマー、又はRNAアプタマー等)、アンチセンスオリゴヌクレオチド、核酸酵素等が挙げられる。
【0026】
本明細書において「遺伝子改変」とは、宿主生物が有する天然の遺伝情報を人為的に改変することをいう。ここでいう遺伝情報の改変とは、遺伝情報の付加、欠失、置換等が挙げられる。遺伝情報の人為的改変には、遺伝子組換え、及びゲノム編集が含まれる。
【0027】
「遺伝子組換え」とは、プラスミド等のベクターやトランスポゾンを用いて、宿主生物が保有しない外来遺伝情報をゲノム内等に追加する方法、又は宿主生物の保有する遺伝情報を改変、若しくは破壊する方法が挙げられる。
【0028】
「ゲノム編集」とは、DNA切断酵素による二本鎖切断(double strand break:DSB)に伴うDNA修復機構等を利用して、ゲノム上の任意の位置で外来遺伝子の挿入(ノックイン)や標的遺伝子の破壊(ノックアウト)を行う遺伝子ターゲティング技術である。
【0029】
1-3.方法
本発明の不妊性チョウ目昆虫の生産方法は、必須の工程として遺伝子発現抑制工程を含む。以下この工程を具体的に説明する。
【0030】
1-3-1.遺伝子発現抑制工程
「遺伝子発現抑制工程」は、対象チョウ目昆虫におけるnanosO遺伝子及びnanosP遺伝子(本明細書では、これらの遺伝子をまとめて、しばしば「nanosO/P遺伝子」と表記する)の遺伝子発現を抑制する工程である。チョウ目昆虫ではnanosOタンパク質及びnanosPタンパク質(本明細書では、これらのタンパク質をまとめて、しばしば「nanosO/Pタンパク質」と表記する)の2種を胚発生段階において機能断絶することで生殖系列細胞の形成が阻害され、雌雄ともに不妊となることが本発明者らの研究結果から明らかになった。本工程では、その現象を利用して、対象チョウ目昆虫におけるnanosO/P遺伝子の発現を抑制し、その昆虫を不妊化させる。
【0031】
「nanos遺伝子」(又はnos遺伝子)とは、nanosタンパク質をコードする遺伝子である。「nanosタンパク質」は、ジンクフィンガーモチーフを有する進化的に保存されたタンパク質である。ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)を用いた研究からnanosタンパク質は始原生殖細胞(PGC)の生存・増殖等に機能すると考えられている(Keuckelaere E.D. et al., 2018, Cell Mol Life Sci., 75:1929-1946)。チョウ目昆虫では他の昆虫と異なり、4種のnanosパラログ(nanosM、nanosN、nanosO、及びnanosP)遺伝子が存在する(Nakao H., et al., 2008, Evolution & Development, 10(5): 548-554;Carter J-M, et al.,2015, PLoS ONE, 10: e0144471)。カイコでも同様に4種のパラログ遺伝子(それぞれBm-nosM、Bm-nosN、Bm-nosO、及びBm-nosP)が同定されており、組織発現の結果からBm-nosOタンパク質は始原生殖細胞の形成に重要なことが示唆されている。ゲノム編集技術を用いたBm-nosO遺伝子ノックアウトカイコの表現型から、卵形成異常の他、稀に成熟卵数の減少が認められ、Bm-nosOタンパク質は卵(生殖細胞)形成過程に関与していることが示唆された(Nakao H. and Takasu Y., 2019, Developmental Biology, 445:209-36)。一方、チョウ目昆虫における他のnanosパラログの具体的機能については未知である。
【0032】
本明細書で発現抑制の対象となるnanosO/P遺伝子は、不妊化を目的とする対象チョウ目昆虫のnanosO/P遺伝子であれば、特に限定はしない。それぞれの種のnanosO遺伝子オルソログ及びnanosP遺伝子オルソログが対象となり得る。それらの塩基配列は、それぞれのnanosタンパク質をコードする塩基配列であればよい。
【0033】
例えば、nanosO遺伝子の場合、対象チョウ目昆虫がカイコであれば、配列番号1で示すアミノ酸配列からなる野生型Bm-nosOタンパク質をコードする野生型Bm-nosO遺伝子、あるいは配列番号1で示すアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は配列番号1で示すアミノ酸配列に対して90%以上、好ましくは95%以上、96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなる変異型Bm-nosOタンパク質をコードする変異型Bm-nosO遺伝子が挙げられる。前記野生型Bm-nosO遺伝子の具体的な例として配列番号2で示す塩基配列からなるBm-nosO遺伝子が挙げられる。なお、本明細書において「複数個」とは、例えば、2~20個、2~15個、2~10個、2~7個、2~5個、2~4個又は2~3個をいう。また「(アミノ酸の)置換」とは、天然のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸間において、電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質の類似する保存的アミノ酸群内での置換をいう。例えば、低極性側鎖を有する無電荷極性アミノ酸群(Gly, Asn, Gln, Ser, Thr, Cys, Tyr)、分枝鎖アミノ酸群(Leu, Val, Ile)、中性アミノ酸群(Gly, Ile, Val, Leu, Ala, Met, Pro)、親水性側鎖を有する中性アミノ酸群(Asn, Gln, Thr, Ser, Tyr,Cys)、酸性アミノ酸群(Asp, Glu)、塩基性アミノ酸群(Arg, Lys, His)、芳香族アミノ酸群(Phe, Tyr, Trp)内での置換が挙げられる。これらの群内でのアミノ酸置換であれば、ポリペプチドの性質に変化を生じにくいことが知られているため好ましい。さらに「アミノ酸同一性」とは、二つのアミノ酸配列を整列(アラインメント)し、必要に応じていずれか又は両方のアミノ酸配列にギャップを導入して、両者のアミノ酸一致度が最も高くなるようにしたときの、一方のアミノ酸配列の全アミノ酸残基数に対する他方のアミノ酸配列における同一アミノ酸残基の割合(%)をいう。
【0034】
また、nanosP遺伝子の場合、対象チョウ目昆虫がカイコであれば、配列番号3で示すアミノ酸配列からなる野生型Bm-nosPタンパク質をコードする野生型Bm-nosP遺伝子、あるいは配列番号3で示すアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は配列番号3で示すアミノ酸配列に対して90%以上、好ましくは95%以上、96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなる変異型Bm-nosPタンパク質をコードする変異型Bm-nosP遺伝子が挙げられる。前記野生型Bm-nosP遺伝子の具体的な例として配列番号4で示す塩基配列からなるBm-nosP遺伝子が挙げられる。
【0035】
本工程では、不妊化を目的とする対象チョウ目昆虫において、前記2種のnanos遺伝子の発現を抑制するための操作を行う。以下、遺伝子発現抑制方法について、具体的に説明をする。
【0036】
A.遺伝子発現抑制方法
本明細書において「遺伝子発現抑制方法」は、標的遺伝子の発現を特異的に抑制する方法をいう。チョウ目昆虫における特定の遺伝子の発現を抑制する方法は、当該分野で公知の方法を用いればよく、特に限定はしない。例えば、2種の標的タンパク質であるnanosO/Pタンパク質の機能をそれぞれ特異的に抑制する低分子化合物を対象チョウ目昆虫に投与する方法や遺伝子ノックダウン法が挙げられる。技術的に確立され、簡便かつ高い効果が期待できる遺伝子ノックダウン法は特に好ましい。
【0037】
「遺伝子ノックダウン法」は、細胞内における標的遺伝子産物を(ポリ)ヌクレオチド又は(ポリ)ペプチドを介して枯渇させる方法である。標的遺伝子の転写後翻訳前における遺伝子産物、すなわちmRNA等の遺伝子転写産物を標的とする場合と、翻訳後の翻訳産物、すなわちタンパク質を標的とする場合がある。遺伝子ノックダウン法の具体的な例として、(1)RNAi法、(2)アンチセンスオリゴヌクレオチド法、(3)核酸酵素法、及び(4)アプタマー法等が挙げられる。以下、各方法について説明をする。
【0038】
(1)RNAi法
「RNAi法(RNA干渉法)」とは、宿主にRNAi剤を投与し、RNAi剤が有するRNA干渉(RNA interference:RNAi)を利用して標的遺伝子の発現を転写後翻訳前又は転写レベルで抑制する方法である。RNA干渉とは、標的とする遺伝子転写産物の分解等を介してその遺伝子の発現を抑制する配列特異的な遺伝子サイレンシングである。本明細書では、nanosO/P遺伝子のそれぞれの転写産物に対して特異的な遺伝子サイレンシングを誘導するRNAi剤を用いて行われる。本明細書におけるRNAi剤は、チョウ目昆虫のnanosO遺伝子又はnanosP遺伝子の発現を転写後翻訳前に抑制する機構を想定している。
【0039】
「RNAi剤(RNA干渉剤)」とは、生体内においてRNA干渉(RNA interference:RNAi)を誘導し、標的とする遺伝子の転写産物の分解等を介してその遺伝子の発現を抑制(サイレンシング)する物質をいう。例えば、人工的に合成されるdsRNA、siRNA、又はshRNAや内因性のmiRNA(micro RNA)(pri-miRNA、及びpre-miRNAを含む)が挙げられる。RNA干渉については、例えば、Bass B.L., 2000, Cell, 101, 235-238;Sharp P.A., 2001, Genes Dev., 15 ,485-490;Zamore P.D., 2002, Science, 296, 1265-1269;Dernburg ,A.F. & Karpen, G.H., 2002, Cell, 111,159-162に詳述されている。本発明では標的遺伝子であるnanosO遺伝子及びnanosP遺伝子に対して、任意な設計が可能なdsRNA若しくはsiRNA、又はshRNAを主たるRNAi剤とする。ただし、nanosO遺伝子又はnanosP遺伝子を標的とするmiRNAが存在する場合、それを利用することもできる。以下、各RNA剤について詳細に説明をする。
【0040】
(i)dsRNA
(構成)
「dsRNA」(double-stranded RNA:二重鎖RNA)は、標的遺伝子のセンス鎖塩基配列から選択される所望のRNAセンス鎖配列を含む50~1000塩基からなる二本鎖RNAであって、RNAi剤として昆虫類への有効性が示されている。投与されたdsRNAは最終的に細胞内で後述するsiRNAへと加工され、RNA干渉を引き起こす。dsRNAは、標的遺伝子の塩基配列に基づいて公知の方法により設計すればよい。
【0041】
(導入方法)
遺伝子発現抑制効果を得るためのdsRNAの導入方法は、in vitroで調製したdsRNAを宿主に投与すればよい。投与方法は、マイクロインジェクション等による注入投与、dsRNA溶液への浸漬等、当該分野で公知の方法を使用することができるが、宿主がチョウ目昆虫である本発明では、注入投与が好適である。導入に用いるdsRNA溶液の濃度は、導入後の虫体(例えば卵)内に一定濃度以上が存在するようにすればよい。より具体的には、限定はしないが、通常は、数μg/μL~数十μg/μLの濃度の溶液を、例えば、2nL~40nL、5nL~30nL、8nL~25nL、又は10nL~20nLの量で注入すればよい。
【0042】
マイクロインジェクションは、産卵後、核が細胞膜に取り込まれる表割前の産卵後2~8時間の卵に行うのが効果的である。または、卵にインジェクションした場合と同様の効果を得るため、産卵前の雌の成熟卵にdsRNAを導入した後、授精させ、産卵させる方法も考えられる。なお、dsRNAの導入時に、標識遺伝子を選抜マーカーとして同時導入してもよい。これによって、dsRNAが導入された個体の選抜が容易になる。
【0043】
(選抜)
dsRNAの導入後、必要に応じて導入個体の選抜を行うことができる。選抜方法は限定しない。例えば、dsRNA導入個体の一部を採取し、RT-PCR等により標的遺伝子の発現量の対照個体に対する減少を確認する方法が挙げられる。または、前述のようにdsRNAのインジェクション時に同時に標識遺伝子を選抜マーカーとして同時導入した場合、標識遺伝子の活性に基づいて導入個体を選抜することができる。
【0044】
本明細書において「標識遺伝子」とは、標識タンパク質をコードする遺伝子である。標識タンパク質は、その活性に基づいて標識遺伝子の発現の有無を判別することのできるポリペプチドをいう。「活性に基づいて」とは「活性の検出結果に基づいて」という意味である。活性の検出は、標識タンパク質の活性そのものを直接的に検出してもよいし、標識タンパク質の活性によって生成される色素のような代謝物を介して間接的に検出してもよい。検出は、化学的検出(酵素反応的検出を含む)、物理的検出(行動分析的検出を含む)、又は検出者の感覚的検出(視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚による検出を含む)のいずれであってもよい。
【0045】
標識タンパク質の種類は、当該分野で公知の方法によってその活性を検出可能な限り、特に限定はしない。好ましくは検出に際して宿主であるチョウ目昆虫に対する侵襲性が低い標識タンパク質である。例えば、蛍光タンパク質、色素合成タンパク質、発光タンパク質、外部分泌タンパク質、外部形態を制御するタンパク質等が挙げられる。蛍光タンパク質、色素合成タンパク質、発光タンパク質、及び外部分泌タンパク質は、特定の条件下で視覚的に検出可能であり、チョウ目昆虫に対する侵襲性が低く、判別及び選抜が容易なことから特に好適である。
【0046】
前記蛍光タンパク質は、特定波長の励起光をチョウ目昆虫に照射したときに特定波長の蛍光を発するタンパク質をいう。天然型及び非天然型のいずれであってもよい。また、励起波長、蛍光波長も特に限定はしない。具体的には、例えば、CFP、AmCyan、RFP、DsRed(DsRed monomer、DsRed2のような派生物を含む)、YFP、GFP(EGFP、EYFP等の派生物を含む)等が挙げられる。
【0047】
前記色素合成タンパク質は、色素の生合成に関与するタンパク質であり、通常は酵素である。ここでいう「色素」とは、形質転換体に色素を付与することができる低分子化合物又はペプチドで、その種類は問わない。好ましくは個体の外部色彩として表れる色素である。例えば、メラニン系色素(ドーパミンメラニンを含む)、オモクローム系色素、又はプテリジン系色素が挙げられる。
【0048】
前記発光タンパク質は、励起光を必要とすることなく発光することのできる基質タンパク質又は基質の発光を触媒する酵素をいう。例えば、イクオリン、酵素としてのルシフェラーゼが挙げられる。
【0049】
(継代)
dsRNAによる標的遺伝子の抑制効果は、原則として1世代のみである。
【0050】
(ii)siRNA
(構成)
「siRNA」(短分子干渉RNA:small interference RNA)は、標的遺伝子のセンス鎖の一部に相当する塩基配列で構成されるRNAセンス鎖(パッセンジャー鎖)、及びそのアンチセンス鎖であるRNAアンチセンス鎖(ガイド鎖)からなる小分子二本鎖RNAである。siRNAは、被験体の細胞(真核細胞)へ導入することによってRNA干渉を誘導することができる(Fire A. et al.,1998,Nature,391, 806-811)。
【0051】
siRNAは、標的遺伝子の塩基配列に基づいて公知の方法により設計すればよい。例えば、Ui-Teiらの方法(Nucleic Acids Res., 2004, 32:936-948)、Reynoldsらの方法(Nat. Biotechnol., 2004, 22:326-330)、Amarzguiouiらの方法(Biochem. Biophys. Res. Commun.,2004, 316: 1050-1058)に基づいて、設計することができる。
【0052】
siRNA設計の具体例を挙げると、nanosO遺伝子を標的遺伝子とする場合、例えば配列番号2に示す塩基配列からRNAiセンス鎖(パッセンジャー鎖)の塩基配列として、15塩基以上35塩基以下、好ましくは15塩基以上30塩基以下、又は18塩基以上25塩基以下の連続した塩基配列を選択領域として選択する。このとき選択する領域の塩基配列は、標的とする標的遺伝子の塩基配列と完全に一致させるように留意する。それ故、選択領域内には標的遺伝子の既知の変異箇所(例えば、SNPを含む)を包含しないように設計することが好ましい。RNAiアンチセンス鎖(ガイド鎖)の塩基配列は、選択した前記RNAiセンス鎖の塩基配列に相補的な塩基配列とすればよい。なお、siRNAの調製に際しては、センス鎖及びアンチセンス鎖共に選択領域内のT(チミン)塩基をU(ウラシル)塩基に変換しておく。
【0053】
前記RNAiセンス鎖の選択領域は、標的遺伝子に特異的な配列であれば特に限定はしない。好ましくは開始コドンから少なくとも50塩基、より好ましくは70塩基~100塩基よりも下流の領域である。さらに、RNAiセンス鎖の候補領域内においてAA(アデニン‐アデニン)を5’側に有する塩基配列領域を選択することが好ましい。選択した領域内のGC(グアニン‐シトシン)含有量は、好ましくは20~80%、より好ましくは30~70%又は40~60%である。siRNAの設計は、ウェブサイト上でも多数公開されており、標的遺伝子の塩基配列を入力すれば、有効かつ適切なsiRNAをウェブ上で設計することができる。代表的なsiRNA設計ウェブサイトとしてsiDirect(http://sidirect2.rnai.jp/)、及びsiDESIGN Center(https://horizondiscovery.com/en/ordering-and-calculation-tools/sidesign-center)等が挙げられる。
【0054】
siRNAの一方の末端又は両末端には、標的遺伝子の塩基配列又はそれに相補的な塩基配列とは関連しない一以上のDNA、RNA、及び/又は核酸類似体からなる塩基配列が存在していてもよい。このようなsiRNAの末端に存在する塩基数は、特に限定はしないが、1~20個の範囲内であることが好ましい。具体的には、例えば、それぞれの塩基鎖の3’末端側にTT(チミン‐チミン)又はUU(ウラシル‐ウラシル)等を付加する場合が挙げられる(Tuschl T et al., 1999, Genes Dev, 13(24):3191-7)。
【0055】
(導入方法)
siRNAの導入方法は、前記dsRNAの導入方法に準ずるため、ここでの説明は省略する。
【0056】
(選抜)
siRNAの導入後、必要に応じて導入個体の選抜を行うことができる。選抜方法は、前記dsRNAの選抜方法に準ずるため、ここでの説明は省略する。
【0057】
(継代)
siRNAによる標的遺伝子の抑制効果は、dsRNAと同様に原則として1世代のみである。
【0058】
(iii)shRNA
(構成)
「shRNA」(short hairpin RNA)とは、前記siRNAを構成する2本のRNA鎖(RNAiセンス鎖とRNAiアンチセンス鎖)が適当な塩基配列からなるスペーサ配列で連結された一本鎖RNAをいう。つまり、shRNAは、一分子内でRNAiセンス鎖としてのRNAiセンス領域とRNAiアンチセンス鎖としてのRNAiアンチセンス領域を含み、それらの領域が互いに塩基対合してステム構造を形成し、さらにスペーサ配列がループ構造をとることによって、分子全体としてヘアピン型のステム-ループ構造を有するように構成されている。
【0059】
shRNAが細胞内に導入されると、ループ構造部分が切断されて二本鎖RNA分子、すなわちsiRNAが生成される。生じたsiRNAは、前項で述べたsiRNAと同様のRNA干渉機構によって標的遺伝子の発現を抑制することができる。
【0060】
shRNAの設計は、例えば、前記siRNAにおけるセンス領域の3’末端と前記アンチセンス鎖の5’末端とをスペーサ配列で連結する。スペーサ配列は、通常3~24塩基、好ましくは、4~15塩基あればよい。スペーサ配列については、siRNAが塩基対合することができる配列であれば、特に制限はない。
【0061】
shRNAは、それをコードするDNAを発現ベクターのプロモーター制御下に作動可能なように挿入することもできる。このようなshRNA発現ベクターは標的生物内、又は標的細胞内に導入することで、プロモーターの活性によりshRNAを発現する。発現後は宿主細胞内でのセルフフォールディング(自己折り畳み)やDicer等の活性を介してsiRNAにプロセシングされ、その効果を発揮することができる。さらに、このshRNA発現ベクターを用いて、shRNAをコードするDNAを後述するトランスポゾン法やゲノム編集法によってチョウ目昆虫のゲノム中に挿入(ノックイン)することも可能である。
【0062】
(導入方法)
shRNAの基本的な導入方法は、前記dsRNAの導入方法に準ずる。それ故、dsRNAと共通する導入方法についての説明は省略し、ここではshRNAの特徴的な導入方法についてのみ説明する。
【0063】
前述のようにshRNAは、shRNA発現ベクターとしてDNAの状態で導入し、宿主細胞内でshRNAを発現させることも可能である。この場合、shRNA発現ベクターの導入方法はdsRNA導入方法に準じて良い。雌の成熟卵を介して、産下卵に導入する場合、shRNA発現ベクターを蛹の腹腔内に注入して成熟卵へ移行させる、又はshRNA発現ベクターをチョウ目昆虫のゲノム中に挿入(ノックイン)しておくことも可能である。ただし、shRNA発現ベクターの導入にあたっては、shRNAが卵成熟過程より前の発生段階における生殖系列細胞に発現しないように発生時期特異的プロモーターを選択する等の注意をしなければならない。これは、早期生殖系列細胞でshRNAが発現すると卵自体が形成されない可能性があるからである。
【0064】
shRNA発現ベクターをチョウ目昆虫のゲノム中に導入する方法は、トランスポゾン法又はゲノム編集法が挙げられる。
【0065】
「トランスポゾン法」は、トランスポゾンの逆位末端反復配列(Inverted terminal repeat sequence)(Handler AM. et al., 1998, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 95:7520-5)及びトランスポゾン転移酵素の活性を利用して、ゲノム中に外来遺伝子を挿入させる方法である。チョウ目昆虫で使用し得るトランスポゾンには、piggyBac、mariner、minos等が知られており、いずれも使用することができる(Shimizu,K. et al., 2000, Insect Mol. Biol., 9, 277-281;Wang W. et al.,2000, Insect Mol Biol 9(2):145-55)。
【0066】
外因性遺伝子の宿主ゲノムへの導入方法は、2つのトランスポゾン逆位末端反復配列とその間に配置された外因性遺伝子を含む発現ベクターを用いて、当該分野で公知の方法によって行えばよい。例えば、導入する宿主がカイコであれば、Tamuraらの方法を利用することができる(Tamura T. et al., 2000, Nature Biotechnology, 18, 81-84)。簡単に説明すると、外因性遺伝子を含む発現ベクターと共にトランスポゾン転移酵素の遺伝子を含むヘルパーベクターをカイコの初期胚にインジェクションすればよい。ヘルパーベクターとしては、例えば、pHA3PIGが挙げられる。ヘルパーベクターが生産するトランスポゾン転移酵素の活性により、トランスポゾン逆位末端反復配列を介した相同組換えによって、外因性遺伝子をカイコゲノム内に挿入することができる。
【0067】
「ゲノム編集法」は、前述のゲノム編集技術を用いた方法である。ゲノム編集方法には、例えば、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)法、TALEN法、及びCRISPR/Cas9法が知られるが、本明細書ではいずれの方法を用いてもよい。これらの方法を用いた遺伝子ターゲッティング技術は、いずれも当該分野で公知の技術であり、本明細書で使用するゲノム編集方法も標的遺伝子を効率的にノックアウトするためのキットやサポートツールが各ライフサイエンスメーカーから市販されており、それらを利用することもできる。カイコにおけるゲノム編集法を利用した外来遺伝子挿入法については、TAL-PITCH法として、TALENによる切断面のマイクロホモロジーを利用したノックイン技術について論文化されており、その方法を利用しても良い(Nakade, S. et al., 2014, Nature Communications, 5:5560)。
【0068】
(選抜)
shRNA導入個体の選抜もsiRNAの選抜方法に準じて行えばよい。shRNA発現ベクターを導入する場合、ベクターに標識遺伝子を挿入しておくことで、その標識遺伝子の活性に基づいて導入個体を選抜することができる。
【0069】
(継代)
shRNAによる標的遺伝子の抑制効果は、siRNAと同様、原則として1世代のみである。ただしshRNAが宿主であるチョウ目昆虫のゲノム中に挿入された場合、その系統を継代しても、後代でSHRNAの発現を誘導することにより標的遺伝子を抑制することができる。
【0070】
なお、本明細書において「後代」とは、遺伝子改変された第1世代の子孫個体であって、本発明のshRNAや後述するasRNA、リボザイム、若しくはRNAアプタマーをコードするDNAをゲノム中に保持している個体をいう。後代は、このshRNAを保持する限り、その世代数を問わない。
【0071】
(2)アンチセンスオリゴヌクレオチド法
「アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)法」とは、宿主にアンチセンスオリゴヌクレオチドを投与して、アンチセンスオリゴヌクレオチドの活性により標的遺伝子の発現を転写後翻訳前に抑制する方法である。本明細書におけるアンチセンスオリゴヌクレオチドは、チョウ目昆虫のnanosO遺伝子又はnanosP遺伝子の発現を転写後翻訳前に抑制する。
【0072】
(構造)
「アンチセンスオリゴヌクレオチド(AntiSense Oligonucleotide:本明細書ではしばしば「ASO」と表記する)」とは、標的遺伝子の転写産物であるmRNAの塩基配列の全部又は一部に対して相補的な塩基配列で構成され、標的mRNAにハイブリダイズしてその翻訳を抑制する一本鎖核酸分子である。
【0073】
ASOには、DNA型とRNA型が知られている。DNA型は、標的遺伝子の転写産物であるmRNA等のRNA分子にハイブリダイズして、ヘテロ二本鎖構造を形成した後、細胞内のRNase H活性により標的RNA分子を切断、分解することで標的遺伝子の発現を抑制するヌクレアーゼ介在型遺伝子抑制方法である。一方、RNA型は、標的遺伝子の転写産物であるmRNA等のRNA分子にハイブリダイズして二本鎖RNAを構成した後、プロセスを経て、最終的にsiRNA等と同様のRNAiによる遺伝子の発現抑制効果を奏し得る。限定はしないが、通常は細胞内の安定性や合成の容易性等からDNA型ASOが多用される。
【0074】
DNA型ASOは、主として天然型DNAで構成されるが、一部に天然型RNAの他、LNA/BNA(Locked Nucleic Acid/Bridged Nucleic Acid)やPMO(Phosphorodiamidate Morpholino Oligomers)等の核酸類似体、及び/又は2'-OMe-RNA、2'-F-RNA、2'-MOE-RNA及びホスホロチオエート等の修飾核酸も含み得る。また、核酸類似体や修飾核酸等からなるウィング領域を5'末端及び3'末端に有するRNA分解型ASOであるギャップマーや核酸類似体や修飾核酸等で構成されるスプライシング制御型ASOであるミックスマー等の特殊な構造を有するASOも包含する。
【0075】
さらに、DNA型ASO法を応用したヘテロ二本鎖核酸(HDO)法を用いることもできる。「ヘテロ二本鎖核酸(HeteroDuplex Oligonucleotide:本明細書ではしばしば「HDO」と表記する)とは、ASO機能を有する主鎖(DNA鎖)と主鎖に相補的な塩基配列を有するcRNA(complementally RNA)鎖で構成される二本鎖核酸である。cRNA鎖も核酸類似体や修飾核酸等を含み得るが、HDOの少なくとも中央部の全部又は一部は、DNA-RNAで構成されるヘテロ核酸のため細胞内のRNase Hにより相補鎖であるcRNA鎖が切断、分解され、単独となった主鎖がASOとして機能し得る。
【0076】
RNA型ASOは、標的遺伝子の転写産物であるmRNA等の一部にハイブリダイズ可能なアンチセンス鎖と同様の塩基配列からなり、原則として天然型RNAで構成される。それ故に本明細書では、DNA型ASOと区別するため、しばしば「アンチセンスRNA(asRNA: antisense RNA)と表記する。
【0077】
asRNAは、それをコードするDNAを発現ベクターのプロモーター制御下に作動可能なように挿入することもできる。このような「アンチセンスRNA発現ベクター(asRNA発現ベクター)」は、前述のshRNA発現ベクターと同様に、標的生物内、又は標的細胞内に導入することで、プロモーターの活性によりasRNAを発現する。発現後は宿主細胞内で標的遺伝子の転写産物にハイブリダイズする等して、その効果を発揮する。さらに、shRNA発現ベクターと同様にasRNAをコードするDNAを後述するトランスポゾン法やゲノム編集法によってチョウ目昆虫のゲノム中にノックインすることも可能である。
【0078】
ASOの塩基配列設計の具体例として、DNA型又はRNA型を問わず、例えばnanosO遺伝子を標的遺伝子とする場合であれば、例えば配列番号2に示すmRNA鎖の塩基配列から10塩基以上30塩基以下、好ましくは12塩基以上25塩基以下、又は13塩基以上20塩基以下の連続した塩基配列を選択領域として、それに相補的な塩基配列を選択すればよい。この際、例えば、開始コドンを包含する領域、又はmRNA鎖の予想される2次構造において一本鎖構造を構成し得る領域を標的領域として選択することができる。
【0079】
(導入方法)
ASOの導入方法は前記siRNAの導入方法に準ずる。それ故、ここでの詳細な説明は省略する。また、前述のようにasRNAは、shRNA発現ベクターと同様にasRNA発現ベクターとしてDNAの状態で導入し、宿主細胞内でasRNAを発現させることも可能である。asRNA発現ベクターの導入方法もshRNA発現ベクター導入方法に準じて良い。
【0080】
(選抜)
ASO導入個体の選抜もsiRNAの選抜方法に準じて行えばよい。asRNA発現ベクターを導入する場合は、shRNA発現ベクターと同様にベクターに標識遺伝子を挿入しておくことで、その標識遺伝子の活性に基づいて導入個体を選抜することができる。
【0081】
(継代)
ASOによる標的遺伝子の抑制効果は、siRNAと同様、原則として1世代のみである。ただし、asRNAをコードするDNAが宿主であるチョウ目昆虫のゲノム中に挿入された場合、その系統を継代しても、後代でasRNAの発現を誘導することにより標的遺伝子を抑制することができる。
【0082】
(3)核酸酵素法
「核酸酵素法」とは、宿主に核酸酵素を投与して、核酸酵素の活性により標的遺伝子の発現を転写後翻訳前に抑制する方法である。本明細書における核酸酵素は、チョウ目昆虫のnanosO遺伝子又はnanosP遺伝子の発現を転写後翻訳前に抑制する。
【0083】
(構成)
「核酸酵素」とは、触媒活性を有する核酸分子で、標的mRNAを基質として特異的に結合し、標的mRNAにおける特定の部位を切断し、標的遺伝子の発現を転写後翻訳前に抑制することができる。本明細書における核酸酵素は、チョウ目昆虫のnanosO遺伝子又はnanosP遺伝子の発現を転写後翻訳前に抑制する。
【0084】
核酸酵素には、DNAで構成されるデオキシリボザイム、及びリボ酵素とも呼ばれRNAで構成されるリボザイムが知られているが、本明細書における核酸酵素は、いずれであってもよい。デオキシリボザイム及びリボザイムは、いずれも構成塩基に化学修飾核酸、人工核酸及び/又は核酸類似体を一部に含むことができる。
【0085】
RNAで構成されるリボザイムは、それをコードするDNAを発現ベクターのプロモーター制御下に作動可能なように挿入することもできる。このような「リボザイム発現ベクター」は、前述のshRNA発現ベクターと同様に、標的生物内、又は標的細胞内に導入することで、プロモーターの活性によりリボザイムを発現する。
【0086】
(導入方法)
核酸酵素の導入方法は前記dsRNAの導入方法に準ずる。それ故、ここでの詳細な説明は省略する。また、前述のようにリボザイムは、shRNA発現ベクターと同様にリボザイム発現ベクターとしてDNAの状態で導入し、宿主細胞内でリボザイムを発現させることも可能である。リボザイム発現ベクターの導入方法もshRNA発現ベクター導入方法に準じて良い。
【0087】
(選抜)
核酸酵素導入個体の選抜もsiRNAの選抜方法に準じて行えばよい。リボザイム発現ベクターを導入する場合は、shRNA発現ベクターと同様にベクターに標識遺伝子を挿入しておくことで、その標識遺伝子の活性に基づいて導入個体を選抜することができる。
【0088】
(継代)
核酸酵素による標的遺伝子の抑制効果は、siRNAと同様、原則として1世代のみである。ただし、リボザイムをコードするDNAが宿主であるチョウ目昆虫のゲノム中に挿入された場合、その系統を継代しても、後代でリボザイムの発現を誘導することにより標的遺伝子を抑制することができる。
【0089】
(4)アプタマー法
「アプタマー法」とは、宿主にアプタマーを投与して、その標的結合活性によって標的タンパク質を機能抑制することで、標的遺伝子の発現を翻訳後に抑制する方法である。本明細書におけるアプタマーは、nanosOタンパク質又はnanosPタンパク質に結合して、チョウ目昆虫のnanosO遺伝子又はnanosP遺伝子の発現を翻訳後に抑制する。
【0090】
(構造)
「アプタマー」とは、その分子の立体構造によって標的物質と強固、かつ特異的に結合し、標的物質の機能を抑制するリガンド分子である。アプタマーは、抗体と同様の作用効果を有するが、一般に標的物質に対する特異性及び親和性が抗体よりも高く、また、結合に必要な標的のアミノ酸残基数が抗体のそれと比較して少なくてもよいことから、近縁の分子どうしを識別できる点で抗体よりも優れる。さらに、免疫原性や毒性が抗体よりも低い上に、3~4週間程度の短期間で作製できる他、化学合成により大量に製造することもできるという利点をもつ。
【0091】
アプタマーは、構成分子の種類により、核酸アプタマーとペプチドアプタマーに大別することができる。本明細書におけるアプタマーはいずれのアプタマーであってもよいが、好ましくは核酸アプタマーである。
【0092】
本明細書において「核酸アプタマー」とは、核酸で構成されるアプタマーであって、水素結合等を介した一本鎖核酸分子の二次構造、さらに三次構造に基づいて形成される立体構造によって標的物質と強固、かつ特異的に結合する。
【0093】
核酸アプタマーは、一般に、RNAで構成されるRNAアプタマーとDNAで構成されるDNAアプタマーが知られているが、本明細書における核酸アプタマーを構成する核酸は、特に限定はしない。例えば、DNAアプタマー、RNAアプタマー、DNAとRNAの組み合わせで構成されるアプタマー等を含む。通常は天然型核酸(DNA、又はRNA)でのみ構成されるが、非天然型の人工核酸や修飾核酸を一部に含んでいてもよい。本発明のアプタマーの塩基長は、限定はしないが、10~100塩基の範囲内であることが好ましい。より好ましくは15~80塩基の範囲内である。アプタマーは公知の技術であり、詳細に関しては、例えば、Janasena, Clin. Chem. 45:1628-1650(1999)を参照すればよい。
【0094】
RNAアプタマーは、例えば、SELEX(systematic evolution of ligands by exponential enrichment)法を用いて試験管内選別により作製することができる。SELEX法とは、ランダム配列領域とその両末端にプライマー結合領域を有するRNA分子で構成されるRNAプールから標的分子(本発明では、nanosOタンパク質又はnanosPタンパク質)に結合したRNA分子を選択し、回収後にRT-PCR反応によって増幅した後、得られたcDNA分子を鋳型として転写を行い、次のラウンドのRNAプールにするという一連のサイクルを数~数十ラウンド繰り返して、標的分子に対してより結合力の強いRNAを選択する方法である。ランダム配列領域とプライマー結合領域の塩基配列長は特に限定はしない。通常、ランダム配列領域は20~80塩基、プライマー結合領域は、それぞれ15~40塩基の範囲である。標的分子への特異性を高めるためには、標的分子に類似する分子とRNAプールとを混合し、その分子と結合しなかったRNA分子からなるプールを用いればよい。このような方法によって最終的に得られたRNA分子をRNAアプタマーとして利用する。SELEX法は、公知の方法であり、具体的な方法は、例えば、Panら(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., (1995) 92: 11509-11513)に準じて行えばよい。
【0095】
核酸アプタマーが天然型RNAで構成される場合、それをコードするDNAを発現ベクターのプロモーター制御下に作動可能なように挿入することもできる。このような「RNAアプタマー発現ベクター」は、前述のshRNA発現ベクターと同様に、標的生物内、又は標的細胞内に導入することで、プロモーターの活性によりRNAアプタマーを発現する。発現後は宿主細胞内で標的タンパク質と結合して、その機能を抑制する。さらに、shRNA発現ベクターと同様にRNAアプタマーをコードするDNAを後述するトランスポゾン法やゲノム編集法によってチョウ目昆虫のゲノム中に挿入(ノックイン)することも可能である。
【0096】
(導入方法)
アプタマーの導入方法は前記siRNAの導入方法に準ずる。それ故、ここでの詳細な説明は省略する。また、前述のようにリボザイムは、shRNA発現ベクターと同様にRNAアプタマー発現ベクターとしてDNAの状態で導入し、宿主細胞内でRNAアプタマーを発現させることも可能である。RNAアプタマー発現ベクターの導入方法もshRNA発現ベクター導入方法に準じて良い。
【0097】
(選抜)
アプタマー導入個体の選抜もsiRNAの選抜方法に準じて行えばよい。RNAアプタマー発現ベクターを導入する場合は、shRNA発現ベクターと同様にベクターに標識遺伝子を挿入しておくことで、その標識遺伝子の活性に基づいて導入個体を選抜することができる。
【0098】
(継代)
アプタマーによる標的遺伝子の抑制効果は、siRNAと同様、原則として1世代のみである。ただし、RNAアプタマーをコードするDNAが宿主であるチョウ目昆虫のゲノム中に挿入された場合、その系統を継代しても、後代でそのRNAアプタマーの発現を誘導することにより標的遺伝子を抑制することができる。
【0099】
2.不妊性チョウ目昆虫
2-1.概要
本発明の第2の態様は、不妊性チョウ目昆虫である。本発明の不妊性チョウ目昆虫は、nanosO/P遺伝子の発現が抑制されていることを特徴とする。その結果、雌雄共に妊性が減退又は喪失している。本発明の不妊性チョウ目昆虫は、第1態様に記載の不妊性チョウ目昆虫の生産方法によって作出することができる。
【0100】
2-2.構成
不妊性チョウ目昆虫は、胚発生初期の生殖系列細胞においてnanosO/P遺伝子の発現が抑制されていることを特徴とする。nanosO/P遺伝子の両方の発現が抑制(ダブルノックダウン)されていればよい。
【0101】
前記遺伝子発現が抑制された不妊性チョウ目昆虫は、限定はしないが、第1態様に記載の不妊性チョウ目昆虫の生産方法における遺伝子ノックダウン法を経て得られた個体、又は遺伝子発現抑制剤をゲノム中に含む後代において遺伝子発現抑制を誘導した個体である。
【0102】
不妊性チョウ目昆虫の種類は限定しないが、好ましくは産業上有用な昆虫、例えば、絹糸の採糸を目的とする種類、例えば、カイコ、クワコ、シンジュサン(エリサン)、ヤママユガ、サクサン、ヒメヤママユ、等が挙げられる。好ましくはカイコである。
【0103】
不妊性チョウ目昆虫の発生段階については、限定しない。卵、幼虫、蛹、及び成虫のいずれであってもよい。ただし、不妊性という目的から、好ましくは本来生殖能力を有する成虫である。
【0104】
本発明の不妊性チョウ目昆虫は、分子遺伝学的手法、及び/又は形質的特徴に基づいて妊性チョウ目昆虫と区別することができる。
【0105】
分子遺伝学的手法に基づく区別は、例えば、nanosO/P遺伝子の発現が正常な妊性を有する同種チョウ目昆虫を対照としてnanosO/P遺伝子の発現量について測定又は検出すればよい。遺伝子の発現量を測定又は検出する方法として、RT-PCR法やノザンハイブリダイゼーション法等の当該分野で公知の方法が利用できる。本発明の不妊性チョウ目昆虫であれば、nanosO/P遺伝子の発現量が対照個体のそれと比較して有意に(例えば、p<0.05, p<0.01, p<0.001)低減している。
【0106】
形質的特徴に基づく区別は、生殖器官又は生殖細胞における形態的異常を観察し、確認すればよい。本発明の不妊性チョウ目昆虫であれば、雌成虫の場合、対照個体と比較して産卵数が有意に減少するか、又は産卵しない。また雄成虫の場合、精巣の矮小化と透明化、受精能の減少が生じる。
【0107】
3.チョウ目昆虫の不妊化組成物
3-1.概要
本発明の第3の態様は、チョウ目昆虫の不妊化組成物である。本発明の不妊化組成物は、nanosO遺伝子及びnanosP遺伝子のそれぞれの遺伝子発現を、特異的に抑制する遺伝子発現抑制剤を有効成分として含む。本発明の不妊化組成物を用いることで、任意の種類のチョウ目昆虫を容易、かつ効率的に不妊化させることができる。
【0108】
3-2.構成
本発明のチョウ目昆虫の不妊化組成物の構成成分について説明をする。
【0109】
3-2-1.有効成分
本発明のチョウ目昆虫の不妊化組成物は、有効成分としてnanosO/P遺伝子のそれぞれの遺伝子発現を抑制する、少なくとも2種の遺伝子発現抑制剤を含む。
「遺伝子発現抑制剤」は、標的遺伝子であるnanosO遺伝子又はnanosP遺伝子の発現のそれぞれの発現を特異的に抑制する剤である。
遺伝子発現抑制剤は、遺伝子発現の抑制作用に基づいて転写産物抑制剤と翻訳産物抑制剤とに分けられる。
【0110】
(1)転写産物抑制剤
本明細書で「転写産物抑制剤」とは、標的遺伝子であるnanosO遺伝子又はnanosP遺伝子の転写産物であるmRNAを標的として、それを分解又は不活化することで、その遺伝子の発現を抑制する作用を有する剤である。転写産物抑制剤の具体例として、RNAi剤、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)、及び核酸酵素が挙げられる。これらの剤の具体的な構成については、前記第1態様の(1)RNAi法、(2)アンチセンスオリゴヌクレオチド法、及び(3)核酸酵素法のそれぞれで詳述したRNAi剤、ASO、及び核酸酵素の構成に準ずるため、ここでの簡単な説明に留める。
【0111】
転写産物抑制剤がRNAi剤であれば、nanosO遺伝子に対するnanosO-dsRNA、nanosO-siRNA又はnanosO-shRNAや、nanosP遺伝子に対するnanosP-dsRNA、nanosP-siRNA又はnanosP-shRNAが例として挙げられる。転写産物抑制剤がshRNAの場合、それをコードする核酸を作動可能な状態で包含する発現ベクターとしての状態であってもよい。転写産物抑制剤としてのRNAi剤の効果は、原則として1世代限りであるが、nanosO-shRNAやnanosP-shRNAをコードする発現ベクターであれば宿主であるチョウ目昆虫のゲノム中に挿入することにより、その系統を継代しても、その発現ベクターを有する後代において、nanosO-shRNA又はnanosP-shRNAの発現を誘導することでRNAi剤の効果を得ることができる。
【0112】
転写産物抑制剤がASOであれば、nanosO遺伝子に対するnanosO-ASOや、nanosP遺伝子に対するnanosP-ASOが例として挙げられる。またASOがRNA型の場合、それをコードする核酸を作動可能な状態で包含するnanosO-asRNA発現ベクターやnanosP-asRNA発現ベクターとしての状態であってもよい。転写産物抑制剤としてのASOの効果は、原則として1世代限りであるが、前記as発現ベクターであれば宿主であるチョウ目昆虫のゲノム中に挿入することにより、その系統を継代しても、その発現ベクターを有する後代において、nanosO-ASO又はnanosP-ASOの発現を誘導することでASOの効果を得ることができる。
【0113】
転写産物抑制剤が核酸酵素であれば、nanosO遺伝子に対するnanosO-(デオキシ)リボザイムや、nanosP遺伝子に対するnanosP-(デオキシ)リボザイムが例として挙げられる。また核酸酵素がリボザイムの場合、それをコードする核酸を作動可能な状態で包含するnanosO-リボザイム発現ベクター又はnanosP-リボザイム発現ベクターとしての状態であってもよい。
【0114】
(2)翻訳産物抑制剤
本明細書で「翻訳産物抑制剤」とは、標的遺伝子であるnanosO遺伝子又はnanosP遺伝子の翻訳産物であるタンパク質を標的として、それを分解又は不活化することで、その遺伝子の発現を抑制する作用を有する剤である。翻訳産物抑制剤の具体例として、nanosOタンパク質に対する抗nanosOアプタマー又はnanosPタンパク質に対する抗nanosPアプタマーが挙げられる。アプタマーの具体的な構成については、前記第1態様の「(4)アプタマー」で詳述したアプタマーの構成に準ずるため、ここでは簡単な説明に留める。
【0115】
転写産物抑制剤がRNAアプタマーの場合、それをコードする核酸を作動可能な状態で包含する発現ベクターとしての状態であってもよい。転写産物抑制剤としてのアプタマーの効果は、原則として1世代限りであるが、nanosO-RNAアプタマーやnanosP-RNAアプタマーをコードする発現ベクターであれば宿主であるチョウ目昆虫のゲノム中に挿入することにより、その系統を継代しても、その発現ベクターを有する後代において、nanosO-RNAアプタマーやnanosP-RNAアプタマーの発現を誘導することでRNAアプタマーの効果を得ることができる。
【0116】
本発明の不妊化組成物は、少なくともnanosO遺伝子に対する遺伝子発現抑制剤とnanosP遺伝子に対する遺伝子発現抑制剤を2つ1組で使用する。
【0117】
前記理由以外にも、本発明の不妊化組成物は、nanosO遺伝子又はnanosP遺伝子のいずれか一方に対して2種以上の遺伝子発現抑制剤を含むこともできる。例えば、本発明の不妊化組成物はnanosO遺伝子に対する遺伝子発現抑制剤として、siRNA及びshRNAの2種、及びnanosP遺伝子に対する遺伝子発現抑制剤として、siRNAの1種からなる計3種の有効成分を含んでいてもよい。
【0118】
3-2-2.その他の成分
本発明のチョウ目昆虫の不妊化組成物は、前記有効成分の他にも必要に応じて昆虫学分野において許容可能な溶媒や担体を含んでいてもよい。「昆虫学分野において許容可能」とは、昆虫学分野において通常使用され、投与対象のチョウ目昆虫に対して無害であるか、又はほとんど影響を及ぼさないことをいう。
【0119】
溶媒には、例えば、水若しくは水溶液、又はチョウ目昆虫に対して許容可能な有機溶剤が挙げられる。水溶液としては、例えば、バッファー(リン酸塩緩衝液や酢酸ナトリウム緩衝液等)、生理食塩水や等張液が挙げられる。
【0120】
担体には、ブドウ糖、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム、その他にも低濃度の非イオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等が挙げられる。
【0121】
3-3.投与方法
本発明の不妊化組成物のチョウ目昆虫への投与方法は、前記第1態様の遺伝子発現抑制方法に記載した各遺伝子発現抑制剤の導入方法に準じて行えばよい。
【実施例】
【0122】
<実施例1>
(目的)
本発明の不妊性チョウ目昆虫の生産方法により得られる不妊性チョウ目昆虫の不妊性及び不妊化効率について検証する。
【0123】
(方法)
(1)材料
宿主のチョウ目昆虫として国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(NARO, Japan)で継代飼育しているカイコ(pnd系統)を使用した。
【0124】
(2)遺伝子発現抑制剤の調製
本実施例では、遺伝子発現抑制工程で使用する遺伝子発現抑制剤として、標的遺伝子のnanosO遺伝子及びnanosP遺伝子のそれぞれに対するRNAi剤を調製した。
【0125】
まず、配列番号2で示す塩基配列からなるカイコnanosO遺伝子を鋳型として、配列番号6及び7で示すプライマーペア(それぞれO-Fw、O-Rv)を用いて配列番号5で示す塩基配列を増幅した。PCRの反応条件は、(98℃, 10s;55℃, 15s;68℃, 60s)×15の後、(98℃, 10s;68℃, 60s)×25の2段階で、GXLポリメラーゼ(タカラバイオ社)を用いて行った。
【0126】
同様に配列番号4で示す塩基配列からなるカイコnanosP遺伝子を鋳型として、配列番号9及び10で示すプライマーペア(それぞれP-Fw、P-Rv)を用いて配列番号8で示す塩基配列を増幅した。各Fwプライマーの5'末端にはT7 promotor配列を含んでいる。PCRの反応条件は、前記条件に準じた。
【0127】
さらに、nanosパラログ遺伝子であるnanosM遺伝子及びnanosN遺伝子についても同様にdsRNAを調製した。なおnanosM遺伝子は、配列番号11で示す塩基配列からなるカイコnanosM遺伝子を鋳型として、配列番号13及び14で示すプライマーペア(それぞれM-Fw、M-Rv)を用いて配列番号12で示す塩基配列を、またnanosN遺伝子は、配列番号15で示す塩基配列からなるカイコnanosN遺伝子を鋳型として、配列番号17及び18で示すプライマーペア(それぞれN-Fw、N-Rv)を用いて配列番号16で示す塩基配列を、それぞれ増幅した。PCRの反応条件は、前記条件に準じた。
【0128】
次に、得られたそれぞれのPCR増幅産物を用いて、Megascript RNAi kit(Ambion社)によりそれぞれのnanos遺伝子に由来する二本鎖RNA(dsRNA)を調製した。具体的な調製方法についてはキットに添付のプロトコルに従った。
【0129】
インジェクション用に各nanos遺伝子のdsRNAの濃度をそれぞれ3μg/μLとなるように蒸留水で調製した。標的となる2種の遺伝子の発現を同時抑制する場合には、混合溶液における2種のnanos遺伝子のdsRNAを等比で、それぞれの濃度が3μg/μLとなるように調製した。ここでは、(1)nanosO-dsRNA単独、(2)nanosP-dsRNA単独、(3)nanosM-dsRNAとnanosO-dsRNAの混合(nanosM/O-dsRNA)、(4)nanosN-dsRNAとnanosO-dsRNAの混合(nanosN/O-dsRNA)、及び(5)nanosO-dsRNAとnanosP-dsRNAの混合(nanosO/P-dsRNA)の5種をnanos-RNAi剤として調製した。
【0130】
(3)dsRNAのカイコ卵へのインジェクション
続いて、産卵台紙に交尾済み雌蛾を配置し、1時間産卵させた。産卵後2~4時間の間にガラス製のマイクロピペッターを用いて、調製した各nanos-RNAi剤を10nL~20nLの量で各卵にマイクロインジェクションした。インジェクション後は、注入孔を瞬間接着剤(ツリロン瞬間接着剤 多用途・速硬タイプ:アルファ商事)で塞いだ。陰性対照には、インジェクションを行わない同時期産卵の卵を用いた。その後、産卵台紙を速やかにシャーレに移して蓋をした。続いて、加湿状態にするため、タイトボックス内部に水で湿らせたキッチンタオルを敷き、その上に前記シャーレを配置して、タイトボックスに蓋をした。タイトボックスを25~28℃で卵が孵化するまで10日程度インキュベートした。
【0131】
(4)カイコの飼育と成虫生殖巣の表現型の確認
孵化後の幼虫は、28℃の飼育室にて、全齢を人工飼料(シルクメイト原種1-3齢S、日本農産工業)で飼育した。人工飼料は適宜交換した。
【0132】
羽化後、未交尾の雌成虫から卵巣を摘出し、卵巣内の成熟卵数をカウントした。なお、カイコでは、通常、雌の羽化時には卵巣内の卵のほとんどが成熟している。
【0133】
また、羽化後の未交尾雄成虫から精巣を摘出し、精巣の形態を観察した。さらにインジェクション後に得られた雄成虫を野生型の雌成虫と交尾させ、正常交配率を算出した。正常交配率は、総交配数に対する正常交配数より算出した。交尾後の雌個体が産卵した受精卵数が100個以上の場合は正常交配とした。受精卵は、催青卵(産卵数日後の卵発生に伴う着色卵)をカウントした。
【0134】
さらに、nanos-RNAiインジェクション後の各個体について、生殖系列細胞以外の表現型(行動、成長、及び形態等)についても検証した。
【0135】
(結果)
図1~5にインジェクション後の雌個体数とその卵巣内の成熟卵数の結果を、また
図6に摘出した精巣の形態を、それぞれ示した。
図1はnanosO-dsRNAを単独で投与したnanosO-RNAiの結果であり、
図2はnanosP-dsRNAを単独で投与したnanosO-RNAiの結果であり、
図3はnanosM/O-dsRNAを投与したnanosM/O-RNAiの結果であり、
図4はnanosN/O-dsRNAを投与したnanosN/O-RNAiの結果であり、そして
図5はnanosO/P-dsRNAを投与したnanosO/P-RNAiの結果である。また
図6において、Aは野生型雄成虫の精巣、BはnanosO-RNAi処理した雄成虫の精巣、そしてCはnanosO/P-RNAi処理した雄成虫の精巣である。
【0136】
(卵形成)
図1~5の結果から、nanosO-RNAi、nanosP-RNAi、nanosM/O-RNAi、及びnanosN/O-RNAiで処理した個体では、成熟卵数が150個以下の個体は0であった。これらの結果は、nanosO遺伝子は、単独、又は他のnanosパラログであるnanosM遺伝子又はnanosN遺伝子との二重抑制では卵形成に影響しないことを示唆している。Nakao H.及びTakasu Y.(2019、前述)は、Bm-nosO遺伝子ノックアウトカイコで稀に成熟卵数の減少がみられることを開示している。本実施例でも、nanosO-RNAiでnanosO遺伝子の発現を抑制した場合には、成熟卵数の異常は確認できず、nanosO遺伝子を破壊したNakao H.及びTakasu Y.(2019)の結果と、ほぼ矛盾しない。つまり、nanosO遺伝子の発現のみの抑制又は阻害では、チョウ目昆虫の安定的な不妊化誘導には不十分であることを示唆している。さらに、
図2からnanosO遺伝子と同様の結果がnanosP遺伝子発現の単独抑制においても確認された。つまり、nanosP遺伝子も単独で発現抑制をしても、チョウ目昆虫の安定的な不妊化誘導には不十分であることが示された。
【0137】
これに対して、
図5の結果からnanosO遺伝子とnanosP遺伝子との二重抑制を行った場合には、成熟卵数が著しく減少し、明確な卵形成異常を生じることが明らかとなった。成熟卵数が150個以下の雌個体が、インジェクションした個体の約70%に達していた。これらの結果から、nanosO/P遺伝子の発現を二重で抑制した場合にのみ、成熟卵の形成が阻害されることが立証された。
【0138】
(精巣形態)
図6のA及びBより野生型雄の精巣及びnanosO-RNAi処理雄の精巣では形態的な差異は認められなかった。しかし、Cに示すnanosO/P-RNAi処理雄の精巣では矢印で示すような部分的に透明化した精巣が観察された他、矢頭で示すような顕著に矮小化した複数の精巣が認められた。
【0139】
(交配率)
結果を表1に示す。
【0140】
【0141】
正常交配率は、nanosO/Pの発現をRNAiで二重抑制したときにのみ顕著に少なくなった。一方、nanosO又はnanosPの発現のみをRNAiで抑制したとき、nanosM/O、又はnanosN/Oの発現をRNAiで二重抑制したときの正常交配率は同程度であった。この結果は、nanosO/Pの発現をRNAiで二重抑制した雄個体では正常機能を有する精子形成が阻害され、授精能が減退又は喪失していることを示唆している。
【0142】
これらの結果から、nanosO/P遺伝子の発現を二重で抑制した場合のみ、雄個体も精巣形態に異常を生じるだけでなく、精子の授精能も喪失することが明らかとなった。
【0143】
(その他の表現型)
飼育過程を通じて生殖系列細胞以外の表現型(行動、成長、及び形態等)について観察したところ、不妊であること以外に特記すべき表現型の違いは見出されなかった。すなわち、通常通り、成長、脱皮・変態し、正常に繭をつくり、成虫となり、交尾行動にも変わるところはなかった。また、幼虫、成虫の大きさについても野生型との違いは認められなかった。
【0144】
(結論)
以上より、nanosO遺伝子とnanosP遺伝子は、始原生殖細胞等の生殖系列細胞形成に関してリダンダントに機能すること、他のnanosパラログ等ではその機能を補完できないこと、及び初期胚発生過程におけるnanosO/P遺伝子の二重抑制により生殖系列細胞形成に安定した異常を生じ、不妊となることが示された。つまり、チョウ目昆虫の安定的な不妊化誘導には初期胚発生過程におけるnanosO/P遺伝子の発現を抑制又は阻害することが必要であることを示唆している。
【0145】
<比較例1>
(目的)
実施例1で検証していないnanos遺伝子の単独、及び組み合わせにおける発現抑制剤を調製し、本発明のチョウ目昆虫における妊性抑制効果はnanosO/P遺伝子の発現を二重に抑制又は阻害したときにのみ得られることを確認する。
【0146】
(方法)
基本操作は、実施例1に準ずるため、ここでは実施例1と異なる点についてのみ説明をする。
【0147】
(1)遺伝子発現抑制剤の調製
本比較例では、実施例1で用いたnanosパラログ遺伝子のnanosM遺伝子及びnanosN遺伝子、及び本発明の標的遺伝子であるnanosO遺伝子及びnanosP遺伝子のそれぞれに対するRNAi剤を調製した。具体的な調製方法については、実施例1に記載の方法に従った。
【0148】
インジェクション用に各nanos遺伝子のdsRNAの濃度をそれぞれ3μg/μLとなるように蒸留水で調製した。2種~4種のRNAi剤の調製は各nanos遺伝子のdsRNAを等比で、それぞれの濃度が3μg/μLとなるように調製した。
【0149】
本比較例では、実施例1で未検証であった対照区である(1)nanosM-dsRNA単独(nanosM-dsRNA)、(2)nanosN-dsRNA単独(nanosN-dsRNA)、(3)nanosM-dsRNAとnanosP-dsRNAの混合(nanosM/P-dsRNA)、及び(4)nanosN-dsRNAとnanosP-dsRNAの混合(nanosN/P-dsRNA)に加え、(5)nanosM-dsRNA、nanosN-dsRNA及びnanosO-dsRNAの3種混合(nanosM/N/O-dsRNA)、(6)nanosM-dsRNA、nanosN-dsRNA及びnanosP-dsRNAの3種混合(nanosM/N/P-dsRNA)及び(7)nanosM-dsRNA、nanosN-dsRNA、nanosO-dsRNA及びnanosP-dsRNAの4種混合(nanosM/N/O/P-dsRNA)の7種をnanos-RNAi剤として調製した。dsRNAのカイコ卵へのインジェクション、及びカイコの飼育と成虫生殖巣の表現型の確認は、実施例1に記載の方法に従った。
【0150】
(結果)
図7~13にインジェクション後の雌個体数とその卵巣内の成熟卵数の結果を示した。
図7はnanosM-dsRNA、
図8はnanosN-dsRNA、
図9はnanosM/P-dsRNA、
図10はnanosN/P-dsRNA、
図11はnanosM/N/O-dsRNA、
図12はnanosM/N/P-dsRNA、及び
図13はnanosM/N/O/P-dsRNAを示す。
【0151】
図7~13の結果から、nanosO遺伝子及びnanosP遺伝子の二重抑制を含む
図13のnanos遺伝子の四重抑制(nanosM/N/O/P-dsRNA)以外は、いずれのRNAiで処理した個体でも成熟卵数が150個以下の個体は0であった。これらの結果は、nanosM遺伝子及びnanosN遺伝子を単独抑制、又は他のnanos遺伝子と二重抑制若しくは三重抑制をしても、nanosO遺伝子及びnanosP遺伝子の二重抑制を含まない限り、チョウ目昆虫の卵形成には影響しないことを示唆している。
【0152】
実施例1及び本比較例の結果を総合して、チョウ目昆虫の安定的な不妊化効果は、nanosO遺伝子及びnanosP遺伝子の二重抑制の場合にのみ誘導され、それ以外の各nanos遺伝子の二重抑制や、nanosO遺伝子及びnanosP遺伝子を含まない多重抑制では、不十分であることが立証された。
【配列表】