(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-09-08
(45)【発行日】2025-09-17
(54)【発明の名称】2型糖尿病・大腸がんを検査する方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/68 20180101AFI20250909BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20250909BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20250909BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20250909BHJP
C12Q 1/6869 20180101ALN20250909BHJP
【FI】
C12Q1/68 ZNA
A61K45/00
A61P3/10
A61P35/00
C12Q1/6869
(21)【出願番号】P 2023545119
(86)(22)【出願日】2022-06-30
(86)【国際出願番号】 JP2022026235
(87)【国際公開番号】W WO2023032452
(87)【国際公開日】2023-03-09
【審査請求日】2023-11-13
(31)【優先権主張番号】P 2021140666
(32)【優先日】2021-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「免疫アレルギー疾患実用化研究事業」「免疫オミクス情報の横断的統合による関節リウマチのゲノム個別化医療の実現」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡田 随象
(72)【発明者】
【氏名】曽根原 究人
(72)【発明者】
【氏名】坂上 沙央里
【審査官】中島 芳人
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/190586(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/026685(WO,A1)
【文献】特表2019-500053(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110791562(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第106434872(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第106148537(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第103555724(CN,A)
【文献】特表2014-530619(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105624271(CN,A)
【文献】国際公開第2011/040525(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-3/00
C12N15/00-15/90
A61K31/7088、45/00
A61P 3/10、35/00
G01N33/15、33/50、33/53
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
Japio-GPG/FX
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2型糖尿病及び大腸がん、あるいは大腸がんである対象疾患を検査する方法であって、
(1)被検体から採取された体液におけるmiR-1908-5pを検出する工程、且つ
(2a)前記工程(1)で検出されたmiR-1908-5pの量又は濃度がカットオフ値以下である場合に、前記被検体が前記対象疾患に将来罹患するリスクが高い或いは現在罹患していると判定する工程、及び/又は
(2b)前記工程(1)で検出されたmiR-1908-5pの量又は濃度がカットオフ値以上である場合に、前記被検体が前記対象疾患に将来罹患するリスクが低い或いは現在罹患していないと判定する工程、
を含む、検査方法。
【請求項2】
2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患を検査する方法であって、
(1)被検体から採取された体液におけるmiR-1908-5pを検出する工程、且つ
(2a)前記工程(1)で検出されたmiR-1908-5pの量又は濃度がカットオフ値以下である場合に、前記被検体が前記対象疾患に将来罹患するリスクが高いと判定する工程、及び/又は
(2b)前記工程(1)で検出されたmiR-1908-5pの量又は濃度がカットオフ値以上である場合に、前記被検体が前記対象疾患に将来罹患するリスクが低いと判定する工程、
を含み、
前記被検体が日本人である、
検査方法。
【請求項3】
前記体液が全血、血漿、及び血清からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の検査方法。
【請求項4】
前記被検体がヒトである、請求項1に記載の検査方法。
【請求項5】
miR-1908-5pの検出剤を含む、請求項1~4のいずれかに記載の検査方法に用いるための、2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患の検査薬。
【請求項6】
被検物質で処理された動物から採取された体液におけるmiR-1908-5pの量又は濃度が、被検物質で処理されていない動物から採取された体液におけるmiR-1908-5pの量又は濃度よりも高い場合に、前記被検物質を2型糖尿病及び大腸がん、あるいは大腸がんの予防又は治療剤の有効成分又はその候補物質として選択する工程を含む、
2型糖尿病及び大腸がん、あるいは大腸がんの予防又は治療剤の有効成分のスクリーニング方法。
【請求項7】
被検物質で処理された動物から採取された体液におけるmiR-1908-5pの量又は濃度が、被検物質で処理されていない動物から採取された体液におけるmiR-1908-5pの量又は濃度よりも低い場合に、前記被検物質を2型糖尿病及び大腸がん、あるいは大腸がんの誘発性又は増悪性があると判定する工程を含む、
2型糖尿病及び大腸がん、あるいは大腸がんの誘発性又は増悪性の評価方法。
【請求項8】
被検物質で処理された日本人から採取された体液におけるmiR-1908-5pの量又は濃度が、被検物質で処理されていない日本人から採取された体液におけるmiR-1908-5pの量又は濃度よりも高い場合に、前記被検物質を2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患の予防剤の有効成分又はその候補物質として選択する工程を含む、
2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患の予防剤の有効成分のスクリーニング方法。
【請求項9】
被検物質で処理された日本人から採取された体液におけるmiR-1908-5pの量又は濃度が、被検物質で処理されていない日本人から採取された体液におけるmiR-1908-5pの量又は濃度よりも低い場合に、前記被検物質を2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患の誘発性があると判定する工程を含む、
2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患の誘発性の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2型糖尿病・大腸がんを検査する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
日本人の生活習慣等の変化に伴って、2型糖尿病は近年増加している疾患の1つである。また、同じく生活習慣との関りがある疾患として大腸がんが挙げられるが、これもまた、近年増加している。いずれも、発症前から発症リスクを評価する、或いはより早期に診断することができれば、生活習慣の改善等の予防措置が可能である。
【0003】
マイクロRNAは21~25塩基からなる一本鎖非翻訳RNAであり、広範な遺伝子発現の転写後調節に関与することが知られている。マイクロRNAはがん、免疫疾患、感染症、循環器疾患、精神疾患といった多彩な疾患の病態への関与が報告されており、創薬標的として注目を集めている。例えば、発がん遺伝子に抑制的に働くマイクロRNAに関する発明が報告されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、2型糖尿病及び大腸がんの新規バイオマーカー及びその利用方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は鋭意研究を進めた結果、遺伝的にmiR-1908-5pの発現量の多いことが2型糖尿病及び大腸がんの発症に抑制的に寄与することを見出した。本発明者は、この知見に基づいてさらに研究を進めた結果、本発明を完成させた。即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
【0007】
項1. 2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患を検査する方法であって、
(1)被検体から採取された体液におけるmiR-1908-5pを検出する工程、
を含む、検査方法。
【0008】
項2. (2a)前記工程(1)で検出されたmiR-1908-5pの量又は濃度がカットオフ値以下である場合に、前記被検体が前記対象疾患に将来罹患するリスクが高い或いは現在罹患していると判定する工程、及び/又は
(2b)前記工程(1)で検出されたmiR-1908-5pの量又は濃度がカットオフ値以上である場合に、前記被検体が前記対象疾患に将来罹患するリスクが低い或いは現在罹患していないと判定する工程、
を含む、項1に記載の方法。
【0009】
項3. 前記体液が全血、血漿、及び血清からなる群より選択される少なくとも1種である、項1又は2に記載の検査方法。
【0010】
項4. 前記被検体がヒトである、項1~3のいずれかに記載の検査方法。
【0011】
項5. miR-1908-5pの検出剤を含む、2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患の検査薬。
【0012】
項6. miR-1908-5pの亢進剤を含む、2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患の予防又は治療剤。
【0013】
項7. 被検物質で処理された動物から採取された体液におけるmiR-1908-5pの量又は濃度を指標とする、2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患の予防又は治療剤の有効成分のスクリーニング方法。
【0014】
項8. 被検物質で処理された動物から採取された体液におけるmiR-1908-5pの量又は濃度を指標とする、2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患の誘発性又は増悪性の評価方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、2型糖尿病及び大腸がんの新規バイオマーカー及びその利用方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0017】
1.対象疾患の検査方法
本発明は、その一態様において、2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患を検査する方法であって、(1)被検体から採取された体液におけるmiR-1908-5pを検出する工程、を含む、検査方法(本明細書において、「本発明の検査方法」と示すこともある。)に関する。以下、これについて説明する。
【0018】
1-1.工程(1)
検査対象である対象疾患(2型糖尿病、大腸がん)の種類は、特に制限されない。対象疾患の各種分類基準における全てのクラス、グレード、ステージの対象疾患が検査対象となる。
【0019】
被検体は、本発明の検査方法の対象生物であり、その生物種は特に制限されない。被検体の生物種としては、例えばヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギなどの種々の哺乳類動物が挙げられ、好ましくはヒトが挙げられる。本発明の検査方法は、日本人に対して特に好適に適用することができる。
【0020】
被検体の状態は、特に制限されない。被検体としては、例えば対象疾患に罹患しているかどうか不明な検体、対象疾患に罹患していると既に別の方法により判定されている検体、対象疾患に罹患していないと既に別の方法により判定されている検体、対象疾患の治療中の検体等が挙げられる。
【0021】
体液は、特に制限されない。体液としては、例えば全血、血清、血漿、髄液、唾液、関節液、尿、組織液(気管支肺胞洗浄液を含む)、汗、涙、喀痰、鼻汁などが挙げられ、好ましくは全血、血清、血漿、髄液が挙げられ、より好ましくは全血、血清、血漿が挙げられる。体液は、好ましくは末梢血単核球を含む体液である。体液は、1種単独で採用してもよいし、2種以上を組み合わせて採用してもよい。
【0022】
体液は、当業者に公知の方法で被検体から採取することができる。例えば、全血は、注射器などを用いた採血によって採取することができる。血清は、全血から血球及び特定の血液凝固因子を除去した部分であり、例えば、全血を凝固させた後の上澄みとして得ることができる。血漿は、全血から血球を除去した部分であり、例えば、全血を凝固させない条件下で遠心分離に供した際の上澄みとして得ることができる。
【0023】
工程(1)の検出対象はmiR-1908-5p(本明細書において、「対象バイオマーカー」と示すこともある。)である。
【0024】
対象バイオマーカーは、その低発現量が対象疾患の高発症リスク又は罹患状態と関連しているバイオマーカーである。特に、対象バイオマーカーは、その低発現量が対象疾患の高発症リスクと関連している。
【0025】
対象バイオマーカーは、公知のデータベース(例えば、miRBase:http://www.mirbase.org/)でその塩基配列等を特定することができる。例えば、ヒトの場合、その塩基配列は以下の通りである。
> hsa-miR-1908-5p MIMAT0007881
cggcggggacggcgauugguc(配列番号1)。
【0026】
対象バイオマーカーは、成熟miRNAであることが望ましいが、前駆体(例えばpri-miRNA、pre-miRNA等)であってもよい。
【0027】
検出は、通常は、対象バイオマーカーの量又は濃度を測定することによって行われる。「濃度」とは、絶対濃度に限らず、相対濃度や、単位体積辺りの重量や、絶対濃度を知るために測定した生データなどでもよい。
【0028】
対象バイオマーカーを検出する方法としては、対象バイオマーカーの一部又は全部を特異的に検出できる方法であれば特に制限されない。検出方法としては、具体的には、例えば、RNA-seq解析法、RT-PCR法、核酸チップ解析法、ノーザンブロット法等を挙げることができる。
【0029】
RNA-seq解析法を利用する場合は、具体的には、被検体由来のRNAから常法に従ってcDNAを調製して、次世代シークエンサー等を用いてシークエンス解析を行い、得られたデータに基づいてマッピング、遺伝子発現解析、発現量解析等を行い、発現量情報を得る方法が挙げられる。
【0030】
RT-PCR法を利用する場合は、具体的には、被検体由来のRNAから常法に従ってcDNAを調製して、これを鋳型として標的領域が増幅できるように、一対のプライマー(上記cDNA(-鎖)に結合する正鎖、+鎖に結合する逆鎖)をこれとハイブリダイズさせて、常法に従ってPCR法を行い、得られた増幅二本鎖DNAを検出する方法を例示することができる。なお、増幅された二本鎖DNAの検出は、上記PCRを予めRIや蛍光物質で標識しておいたプライマーを用いて行うことによって産生される標識二本鎖DNAを検出する方法、産生された二本鎖DNAを常法に従ってナイロンメンブレン等にトランスファーさせて、標識プローブを使用してこれとハイブリダイズさせて検出する方法などを用いることができる。
【0031】
核酸チップ解析を利用する場合は、核酸プローブ(1本鎖又は2本鎖)を貼り付けた核酸チップを用意し、これに被検体由来のRNAまたは該RNAから常法によって調製された核酸とハイブリダイズさせて、形成された二本鎖を検出する方法を挙げることができる。
【0032】
ノーザンブロット法を利用する場合は、具体的には、プローブを放射性同位元素(32P、33Pなど:RI)や蛍光物質などで標識し、それを、常法に従ってナイロンメンブレン等にトランスファーした上記発現系由来のmRNAとハイブリダイズさせた後、形成された診断薬と被検者の試料由来のmRNAとの二重鎖を、プローブの標識物(RI若しくは蛍光物質などの標識物質)に由来するシグナルを放射線検出器又は蛍光検出器などで検出、測定する方法を例示することができる。
【0033】
工程(1)を含む本発明の検査方法によれば、対象疾患の検出指標である対象バイオマーカーの量及び/又は濃度を提供することができ、これにより対象疾患の発症リスク評価、対象疾患の診断などを補助することができる。
【0034】
工程(1)を含む本発明の検査方法による検査結果は、治療効果判定、対象疾患の病態解明、対象疾患の予後予測、患者層別化、治療方法の選択(個別化医療、治療反応性)等に利用し得る。
【0035】
1-2.工程(2)
本発明の検査方法は、一態様として、
(2x)前記工程(1)で検出されたmiR-1908-5pの量又は濃度をカットオフ値と比較する工程
を含むことが好ましい。
【0036】
本発明の検査方法は、一態様として、
(2a)前記工程(1)で検出されたmiR-1908-5pの量又は濃度がカットオフ値以下である場合に、前記被検体が前記対象疾患に将来罹患するリスクが高い或いは現在罹患していると判定する工程、及び/又は
(2b)前記工程(1)で検出されたmiR-1908-5pの量又は濃度がカットオフ値以上である場合に、前記被検体が前記対象疾患に将来罹患するリスクが低い或いは現在罹患していないと判定する工程、
を含むことが好ましい。
【0037】
これらの工程のいずれか(まとめて「工程(2)」とする。)を含む本発明の検査方法によれば、対象疾患の発症リスク評価、対象疾患の罹患の有無を判定することが可能となる。
【0038】
カットオフ値は、発現量と発症オッズ比との関係、感度、特異度、陽性的中率、陰性的中率などの観点から当業者が適宜設定することができ、例えば、対象疾患に罹患していない被検体から採取された体液における対象バイオマーカーの量及び/又は濃度に基づいて、その都度定められた値、或いは予め定められた値とすることができる。カットオフ値は、例えば、対象疾患に罹患していない被検体から採取された体液における対象バイオマーカーの量及び/又は濃度(被検体が複数の場合は、平均値、中央値など)の、例えば0.5~1.5倍の値とすることができる。
【0039】
工程(2)の好ましい一態様においては、被検体が対象疾患の予防又は治療中の検体である場合、カットオフ値を、例えば同一検体についての過去の試料における対象バイオマーカーの量及び/又は濃度に基づいた値とすることにより、予防又は治療効果を判定することができる。
【0040】
2.対象疾患のより高い精度での診断
工程(2)を含む本発明の検査方法により、被検体が対象疾患に将来罹患するリスクが高い或いは現在罹患していると判定された場合、本発明の検査方法に、さらに対象疾患の医師による診断を適用する工程を組み合わせることによって、より高い精度で対象疾患に将来罹患するリスク或いは現在罹患しているか否かを診断することができる。
【0041】
3.対象疾患の予防・治療
工程(2)を含む本発明の検査方法により被検体が対象疾患に将来罹患するリスクが高い或いは現在罹患していると判定された場合は本発明の検査方法に対してさらに、或いは上記「2.対象疾患のより高い精度での診断」に記載の様に対象疾患に将来罹患するリスクが高い或いは現在罹患していると診断された場合は本発明の検査方法と医師による診断を適用する工程との組合せに対してさらに、(3)対象疾患に将来罹患するリスクが高い或いは現在罹患していると判定又は診断された被検体に対して、該疾患の予防又は治療を行う工程を行うことによって、被検体の該疾患を予防又は治療することが可能となる。
【0042】
2型糖尿病の治療方法は、特に制限されないが、代表的には薬物療法、食事療法、運動療法等が挙げられる。薬物療法に用いる医薬としては、特に制限されないが、例えばインスリン、ビグアナイド薬、チアゾリジン薬、DPP4阻害薬、スルホニル尿素薬、インスリン分泌促進薬、αグルコシダーゼ阻害薬、SGLT2阻害薬等が挙げられる。医薬は、1種、2種、又は3種以上を組み合わせて用いることができる。
【0043】
2型糖尿病の予防方法は、特に制限されないが、代表的には食事療法、運動療法等が挙げられる。
【0044】
大腸がんの治療方法は、特に制限されないが、代表的には薬物療法、外科的治療、放射線治療等が挙げられる。薬物療法に用いる医薬としては、特に制限されないが、例えばフルオロウラシル、レボホリナート、オキサリプラチン、イリノテカン等が挙げられる。また、これら以外にもベバシズマブ、ラムシルマブ、アフリベルセプト、セツキシマブ、パニツムマブ、レゴラフェニブ等の分子標的薬も挙げられる。医薬は、1種、2種、又は3種以上を組み合わせて用いることができる。
【0045】
大腸がんの予防方法は、特に制限されないが、代表的には食事療法、運動療法等が挙げられる。
【0046】
4.対象疾患の検査薬
本発明は、その一態様において、miR-1908-5pの検出剤(本明細書において、「本発明の検出剤」と示すこともある。)を含む、2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患の検査薬(本明細書において、「本発明の検査薬」と示すこともある。)に関する。以下、これについて説明する。
【0047】
miR-1908-5p、対象疾患等については、上記「1.対象疾患の検査方法」における定義と同様である。
【0048】
本発明の検出剤は、対象バイオマーカーを特異的に検出できるものである限り特に制限されない。該検出剤としては、例えば対象バイオマーカーに対するプライマー、プローブ等が挙げられる。
【0049】
本発明の検出剤は、その機能が著しく損なわれない限りにおいて、修飾が施されていてもよい。修飾としては、例えば、標識物、例えば蛍光色素、酵素、タンパク質、放射性同位体、化学発光物質、ビオチン等の付加が挙げられる。
【0050】
本発明において用いられる蛍光色素としては、一般にヌクレオチドを標識して、核酸の検出や定量に用いられるものが好適に使用でき、例えば、HEX(4,7,2’,4’,5’,7’-hexachloro-6-carboxylfluorescein、緑色蛍光色素)、フルオレセイン(fluorescein)、NED(商品名、アプライドバイオシステムズ社製、黄色蛍光色素)、あるいは、6-FAM(商品名、アプライドバイオシステムズ社製、黄緑色蛍光色素)、ローダミン(rhodamin)またはその誘導体〔例えば、テトラメチルローダミン(TMR)〕を挙げることができるが、これらに限定されない。蛍光色素でヌクレオチドを標識する方法は、公知の標識法のうち適当なものを使用することができる〔Nature Biotechnology, 14, 303-308 (1996)参照〕。また、市販の蛍光標識キットを使用することもできる(例えば、アマシャム・ファルマシア社製、オリゴヌクレオチドECL 3’-オリゴラベリングシステム等)。
【0051】
本発明の検出剤は、任意の固相に固定化して用いることもできる。このため本発明の検査薬は、検出剤を固定化した基板(例えばプローブを固定化したマイクロアレイチップ等。)の形態として提供することができる。
【0052】
固定化に使用される固相は、ポリヌクレオチド等を固定化できるものであれば特に制限されることなく、例えばガラス板、ナイロンメンブレン、マイクロビーズ、シリコンチップ、キャピラリーまたはその他の基板等を挙げることができる。固相への検出剤の固定は、特に制限されない。固定方法は、例えばマイクロアレイであれば、市販のスポッター(Amersham社製など)を利用するなど、固定化プローブの種類に応じて当該技術分野で周知である〔例えば、photolithographic技術(Affymetrix社)、インクジェット技術(Rosetta Inpharmatics社)によるオリゴヌクレオチドのin situ合成等〕。
【0053】
プライマーやプローブ等は、対象バイオマーカーやそれに由来する核酸等を選択的に(特異的に)認識するものであれば、特に限定されない。ここで、「選択的に(特異的に)認識する」とは、例えばノーザンブロット法においては、対象バイオマーカーが特異的に検出できること、またRT-PCR法においては対象バイオマーカー若しくはそれに由来する核酸(cDNA等)が特異的に増幅されることを意味するが、それに限定されることなく、当業者が上記検出物または増幅物が対象バイオマーカーに由来するものであると判断できるものであればよい。
【0054】
プライマーやプローブの具体例としては、下記(a)に記載するポリヌクレオチド並びに下記(b)に記載するポリヌクレオチド:
(a)対象バイオマーカーの塩基配列において連続する少なくとも15塩基を有するポリヌクレオチド及び/若しくは当該ポリヌクレオチドに相補的なポリヌクレオチド、並びに (b)対象バイオマーカーの塩基配列若しくはそれに相補的な塩基配列にストリンジェントな条件下でハイブリダイズする、少なくとも15塩基を有するポリヌクレオチド
からなる群より選択される少なくとも1種が挙げられる。
【0055】
相補的なポリヌクレオチド又は相補的な塩基配列(相補鎖、逆鎖)とは、対象バイオマーカーの塩基配列からなるポリヌクレオチドの全長配列、または該塩基配列において少なくとも連続した15塩基長の塩基配列を有するその部分配列(ここでは便宜上、これらを「正鎖」ともいう)に対して、A:TおよびG:Cといった塩基対関係に基づいて、塩基的に相補的な関係にあるポリヌクレオチド又は塩基配列を意味するものである。ただし、かかる相補鎖は、対象とする正鎖の塩基配列と完全に相補配列を形成する場合に限らず、対象とする正鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の相補関係を有するものであってもよい。なお、ここでストリンジェントな条件は、Berger and Kimmel (1987, Guide to Molecular Cloning Techniques Methods in Enzymology, Vol. 152, Academic Press, San Diego CA) に教示されるように、複合体或いはプローブを結合する核酸の融解温度(Tm)に基づいて決定することができる。例えばハイブリダイズ後の洗浄条件として、通常「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度の条件を挙げることができる。相補鎖はかかる条件で洗浄しても対象とする正鎖とハイブリダイズ状態を維持するものであることが好ましい。特に制限されないが、より厳しいハイブリダイズ条件として「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度、さらに厳しいハイブリダイズ条件として「0.1×SSC、0.1%SDS、65℃」程度の洗浄条件を挙げることができる。具体的には、このような相補鎖として、対象の正鎖の塩基配列と完全に相補的な関係にある塩基配列からなる鎖、並びに該鎖と少なくとも90%、好ましくは95%、より好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列からなる鎖を例示することができる。
【0056】
プライマーやプローブ等は、例えば対象バイオマーカーの塩基配列をもとに、例えば各種設計プログラムを利用して設計することができる。具体的には前記対象バイオマーカーの塩基配列を設計プログラムにかけて得られる、プライマーまたはプローブの候補配列、若しくは少なくとも該配列を一部に含む配列を、プライマーまたはプローブとして使用することができる。
【0057】
プライマーやプローブ等の塩基長は、上述のように連続する少なくとも15塩基の長さを有するものであれば特に制限されず、用途に応じて適宜設定することができる。塩基長としては、例えばプライマーとして用いる場合であれば、例えば15塩基~35塩基が例示でき、例えばプローブとして用いる場合であれば、例えば15塩基~35塩基が例示できる。
【0058】
本発明の検査薬には、本発明の検出剤以外の、他の検出剤(例えば、他のmiRNA等の核酸を検出するためのプローブや、抗体等)が含まれていてもよい。この場合の本発明の検査薬は、対象疾患の他に、他の疾患や状態も検査することができる検査薬であってもよい。この場合、本発明の検出剤は、対象疾患検査用の検出剤として含まれている。この観点から、本発明の検査薬は、その一態様において、本発明の検出剤からなる対象疾患検査用検出剤を含む、対象疾患の検査薬である。
【0059】
本発明の検査薬は、組成物の形態であってもよい。該組成物には、必要に応じて他の成分が含まれていてもよい。他の成分としては、例えば基剤、担体、溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、増粘剤、保湿剤、着色料、香料、キレート剤等が挙げられる。
【0060】
本発明の検査薬は、キットの形態であってもよい。該キットには、上記検出剤或いはこれを含む上記組成物のほかに、被検体の体液における対象バイオマーカーの検出に使用し得るものを含んでいてもよい。このようなものの具体例としては、各種試薬(例えば緩衝液等)、器具(例えば体液の精製、分離用器具)等が挙げられる。
【0061】
5.対象疾患の予防又は治療剤
本発明は、その一態様において、miR-1908-5pの亢進剤を含む、2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患の予防又は治療剤(本明細書において、「本発明の薬剤」と示すこともある。)に関する。以下、これについて説明する。
【0062】
亢進剤としては、例えばmiR-1908-5pそのもの、miR-1908-5pの発現亢進剤等が挙げられる。
【0063】
miR-1908-5pの発現亢進剤としては、miR-1908-5pの発現量を亢進し得るものである限り特に制限されず、例えばmiR-1908-5pの発現ベクターなどが挙げられる。
【0064】
なお、亢進とは、miR-1908-5pの発現量を、例えば1.1、1.2、1.3、2、3、5、10、20、30、50、100、200、300、500、1000、10000倍以上に亢進させることを意味する。
【0065】
本発明の薬剤の適用対象は特に限定されず、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、シカなどの種々の哺乳類動物などが挙げられる。
【0066】
本発明の薬剤の形態は、特に限定されず、本発明の薬剤の用途に応じて、各用途において通常使用される形態をとることができる。
【0067】
形態としては、用途が医薬、健康増進剤、栄養補助剤(サプリメントなど)などである場合は、例えば錠剤(口腔内側崩壊錠、咀嚼可能錠、発泡錠、トローチ剤、ゼリー状ドロップ剤などを含む)、丸剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、ドライシロップ剤、液剤(ドリンク剤、懸濁剤、シロップ剤を含む)、ゼリー剤などの経口摂取に適した製剤形態(経口製剤形態)、点鼻剤、吸入剤、肛門坐剤、挿入剤、浣腸剤、ゼリー剤、注射剤、貼付剤、ローション剤、クリーム剤などの非経口摂取に適した製剤形態(非経口製剤形態)が挙げられる。
【0068】
形態としては、用途が食品組成物の場合は、液状、ゲル状あるいは固形状の食品、例えばジュース、清涼飲料、茶、スープ、豆乳、サラダ油、ドレッシング、ヨーグルト、ゼリー、プリン、ふりかけ、育児用粉乳、ケーキミックス、粉末状または液状の乳製品、パン、クッキーなどが挙げられる。
【0069】
形態としては、用途が口腔用組成物である場合は、例えば液体(溶液、乳液、懸濁液など)、半固体(ゲル、クリーム、ペーストなど)、固体(錠剤、粒子状剤、カプセル剤、フィルム剤、混練物、溶融固体、ロウ状固体、弾性固体など)などの任意の形態、より具体的には、歯磨剤(練歯磨、液体歯磨、液状歯磨、粉歯磨など)、洗口剤、塗布剤、貼付剤、口中清涼剤、食品(例えば、チューインガム、錠菓、キャンディ、グミ、フィルム、トローチなど)などが挙げられる。
【0070】
本発明の薬剤は、必要に応じてさらに他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、例えば医薬、食品組成物、口腔用組成物、健康増進剤、栄養補助剤(サプリメントなど)などに配合され得る成分である限り特に限定されるものではないが、例えば基剤、担体、溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、増粘剤、保湿剤、着色料、香料、キレート剤などが挙げられる。
【0071】
本発明の薬剤の対象タンパク質の抑制剤及び亢進剤の合計含有量は、抑制剤及び亢進剤の種類、用途、使用態様、適用対象、適用対象の状態などに左右されるものであり、限定はされないが、例えば0.0001~100重量%、好ましくは0.001~50重量%とすることができる。
【0072】
本発明の薬剤の適用(例えば、投与、摂取、接種など)量は、薬効を発現する有効量であれば特に限定されず、通常は、有効成分の重量として、一般に一日あたり0.1~1000 mg/kg体重である。上記投与量は1日1回又は2~3回に分けて投与するのが好ましく、年齢、病態、症状により適宜増減することもできる。
【0073】
6.対象疾患の予防又は治療剤の有効成分のスクリーニング方法
本発明は、その一態様において、被検物質で処理された動物から採取された体液におけるmiR-1908-5pの量又は濃度を指標とする、2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患の予防又は治療剤の有効成分のスクリーニング方法(本明細書において、「本発明の有効成分スクリーニング方法」と示すこともある。)に関する。以下、これについて説明する。
【0074】
体液、miR-1908-5p、対象疾患、対象バイオマーカーの量又は濃度の測定等については、上記「1.対象疾患の検査方法」における定義と同様である。
【0075】
動物の生物種は特に制限されない。動物の生物種としては、例えばヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギなどの種々の哺乳類動物が挙げられる。
【0076】
被検物質としては、天然に存在する化合物又は人工に作られた化合物を問わず広く使用することができる。また、精製された化合物に限らず、多種の化合物を混合した組成物や、動植物の抽出液も使用することができる。化合物には、低分子化合物に限らず、タンパク質、核酸、多糖類等の高分子化合物も包含される。
【0077】
本発明の有効成分スクリーニング方法は、より具体的には、上記指標の値が、被検物質で処理されていない動物から採取された体液における対応バイオマーカーの量又は濃度(対照値)よりも高い場合に、前記被検物質を対象疾患の予防又は治療剤の有効成分(或いは、対象疾患の予防又は治療剤の有効成分の候補物質)として選択する工程を含む。
【0078】
対応バイオマーカーとは、指標としている対象バイオマーカーと同じmiRNAを意味する。
【0079】
「高い」とは、例えば指標の値が、対照値の1.1倍、1.2倍、1.5倍、2倍、5倍、10倍、20倍、50倍、又は100倍以上であることを意味する。
【0080】
7.対象疾患の誘発性又は増悪性の評価方法
本発明は、その一態様において、被検物質で処理された動物から採取された体液におけるmiR-1908-5pの量又は濃度を指標とする、2型糖尿病及び大腸がんからなる群より選択される少なくとも1種の対象疾患の誘発性又は増悪性の評価方法(本明細書において、「本発明の毒性評価方法」と示すこともある。)に関する。以下、これについて説明する。
【0081】
体液、miR-1908-5p、対象疾患、対象バイオマーカーの量又は濃度の測定、動物の生物種、被検物質等については、上記「1.対象疾患の検査方法」及び「6.対象疾患の予防又は治療剤の有効成分のスクリーニング方法」における定義と同様である。
【0082】
本発明の毒性評価方法は、より具体的には、上記指標の値が、被検物質で処理されていない動物から採取された体液における対応バイオマーカーの量又は濃度(対照値)よりも低い場合に、前記被検物質を対象疾患の誘発性又は増悪性があると判定する工程を含む。
【0083】
対応バイオマーカーとは、指標としている対象バイオマーカーと同じmiRNAを意味する。
【0084】
「低い」とは、例えば指標の値が、対照値の9/10、8/10、7/10、1/2、1/5、1/10、1/20、1/50、1/100以下であることを意味する。
【実施例】
【0085】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0086】
試験例1.大腸がんおよび2型糖尿病のバイオマーカーの探索・同定
SNPと各miRNA発現量との関連を調べ、得られた情報を、SNPと疾患発症リスクとの関連性についての公知情報と統合することにより、miRNAと疾患発症リスクとの関連性を調べた。概要は、次のとおりである。末梢血単核細胞から抽出したRNA成分を小分子RNAシークエンシングにより定量した。検定対象となる141名分のマイクロRNA定量データに対して、サンプル間での総リード量の差や年齢、性別、罹患情報を考慮した正規化処理を施した。各マイクロRNAについて、得られた正規化済み発現量を目的変数、該当マイクロRNAをコードするゲノム領域の周辺(前後1Mb)の遺伝的多型を説明変数としたエラスティック・ネット回帰分析を行うことで、遺伝的多型情報に基づき、マイクロRNA発現量の遺伝的な個人差を予測する機械学習モデルを構築した。この機械学習モデルを、日本人の大腸がんゲノムワイド関連解析結果(患者数7,062名、健常者数195,745名)及び日本人の2型糖尿病ゲノムワイド関連解析結果(患者数40,250名、健常者数170,615名)に適用して、大腸がんおよび2型糖尿病のバイオマーカーを同定した。
【0087】
より具体的な方法を以下に示す。
【0088】
<1-1.研究対象サンプル>
141名の日本人を対象に研究を実施した。参加者全員において、大阪大学の倫理委員会で承認された、書面によるインフォームド・コンセントの署名が得られた。
【0089】
<1-2.全ゲノムシーケンス解析>
全血から抽出したゲノムDNAをマクロジェン・ジャパンにてシーケンシングした。DNA量はPicogreenを用いて定量し、ゲル電気泳動によりDNA分解の評価を行った。TruSeq DNA PCR-Free Library Preparation Kitを用いたライブラリ調製を実施し、HiSeqX (Illumina)によりpaired-end 2×150 bpのリード長でシーケンシングした。シーケンシングで得られたリードをBWA-MEM (version 0.7.13)を用いて、デコイ配列を伴うリファレンスヒトゲノム配列(GRCh37, human_g1k_v37_decoy)にマップした。重複リードはPicard MarkDuplicates (version 2.10.10)を用いて除去した。GATK (version 3.8-0)によるBase quality score recalibrationを適用した。HaplotypeCallerとGenotypeGVCFsを用い、複数サンプルのジェノタイプのjoint-callingを行った。以下のいずれかの基準に抵触するジェノタイプを欠損扱いとした:(1) DP < 5, (2) GQ < 20, or (3) DP > 60 and GQ < 95。その上で、call rateが0.9未満のバリアントを除去した。Variant Quality Score Recalibrationを一塩基多型(SNV)と挿入または欠失(indel)に対して適用した。さらに、low complexity regionsに位置するバリアント、ExcessHet > 60のバリアント、Hardy-Weinberg検定におけるP < 1.0×10-10を示すバリアントを除外した。外部の日本人集団アレル頻度情報(1000人ゲノムプロジェクト + 日本人1,037名の全ゲノムシーケンスデータを合わせたリファレンスパネルにおける日本人集団、東北メディカルメガバンクのアレル頻度パネル)とアレル頻度の比較を実施し、カイ二乗検定においてP > 1.0×10-10のバリアントのみを解析に利用するバリアントとした。得られたジェノタイプデータに対し、Beagle (version 5.1)によるgenotype refinementを実施した。
【0090】
<1-3.総RNAの抽出と小分子RNAシーケンシング(sRNA-seq)>
白血球濃縮液からFicoll-Paque density gradient centrifugationにより末梢血単核球(PBMC)を単離した。miRNeasy Micro Kit (Qiagen)を用いてPBMCから総RNAを抽出し、SMARTer smRNA-Seq Kit (Takara)によるライブラリ調製を実施した。HiSeq 2500 (Illumina, 100 bpリード長, single-end) によりライブラリをシーケンシングした。
【0091】
<1-4.MiRNA発現の定量>
sRNA-seqデータのクオリティ・コントロールとして、Cutadapt v1.8によるアダプター除去を実施した上で、fastpを用いてクオリティの低いリード(20%以上の塩基においてPhred quality score < 20)を除去した。Mature miRNAと考えられない、アダプター除去後のリード長が29 bpより長いまたは15 bp未満のリードを除去した。bowtie (version 1.2.3)を用い、1塩基までのミスマッチを許容、単一のユニークなマッピングが得られた場合のみ有効なアラインメントとした設定で、リードをリファレンスヒトゲノム配列にマッピングした。miRBase v22のアノテーションに基づき、マッピングされたmiRNAリードを定量した。定量にはfeatureCountsを用い、90%以上の重複をもって対応するmiRNAリードとした。半分以上の検体において1リード以上のカウントが得られたmiRNAを、以後の解析の対象とした。DESeq2を用いてsize factorを算出し、miRNAカウントを正規化した。正規化したリードカウントに1を足してlog2変換した値をmiRNA発現値とした。
【0092】
<1-5.miRNA発現量的形質遺伝子座(eQTL)マッピング解析>
得られたmiRNA発現値行列に対して、PEERを適用し、ライブラリ調製バッチ、疾病状態、性別、年齢、全マッピングリード数、採血管の種類、5つの遺伝子型に基づく主成分などの既知の交絡因子に加えて、15の観察されていない交絡因子を考慮して正規化した。得られた各miRNA発現値の残差を、順位に基づいて標準正規分布に変換した。各miRNAの前後1 Mbpにおいてマイナーアレル頻度 ≧ 0.01のバリアント(SNVおよびindel)と、正規化された発現値との関連を、MatrixEQTLを用いることで相加効果モデルによる線形回帰の枠組みで検定した。多重検定効果を補正するためにpermutation testを適用した。検定統計量としては、miRNAごとの最小P値を用いた。バリアントのジェノタイプデータにおけるサンプルIDを保持したまま、発現データのサンプルIDをランダム化した。5,000回の並べ替えを行い、最小P値の帰無分布を求め、それに基づき、観測した最小P値の経験的なP値を求めた。すべてのmiRNAについて経験的なP値を導き出し、Storeyのq-value法を用いてq値を計算し、q値の閾値として< 0.2を適用した。
【0093】
<1-6.ゲノムワイド関連解析(GWAS)の要約統計量>
日本人集団における疾患およびBMI、身長の公開データベース上のGWAS要約統計量をダウンロードして用いた。疾患については、ケース数とコントロール数の調和平均が5,000を超える形質のみをtranscriptome-wide association studyに用いた。
【0094】
<1-7.MiRNA transcriptome-wide association study (TWAS) > S-PrediXcanを用い、miRNAのTWASを実施した。解析対象とした全miRNAに対し、miRNA発現値と対応するmiRNAのゲノム上の位置の前後1 Mbに位置するバリアントのジェノタイプ情報を用い、miRNA発現値の予測モデルを訓練した。入れ子構造の交差検証を用い、エラスティック・ネット回帰による予測モデルを訓練した。S-PrediXcanの枠組みで、rho_avg > 0.1かつzscore_pval < 0.05の予測モデルを利用可能なものとした。前述の日本人集団における疾患およびBMI、身長のGWAS要約統計量を用い、遺伝的に予測されるmiRNA発現値と各形質との関連を評価した。検定対象のmiRNA数と形質数に基づいてBonferroni補正を行い、P = 9.1×10-5(= 0.05/(22×25))をTWAS全体における有意水準に設定した。
【0095】
<1-8.miRNAのeQTLとGWASの関連座位とのcolocalization解析> COLOCを用いたcolocalization解析を行った。COLOCのapproximate Bayes factor testでは、2つの表現型の関連シグナルが、ゲノム上の共通の原因バリアントに起因するかどうかを推定し、以下の5つの仮説の事後確率を算出する。H0、どちらの形質も遺伝的関連を示さない、H1/H2、一方の形質のみが遺伝的関連を示す、H3、両方の形質が関連しているが、それぞれ独立した原因バリアントを持つ、H4、両方の形質が単一の原因バリアントを共有する。COLOCをデフォルトのパラメータで実行し、H4の事後確率に基づいてシグナルのcolocalizationを評価した。疾患に影響する遺伝的多型と、miRNA発現量に影響する遺伝的多型が同一であるかの評価によるフィルタリング(COLOC PP4 > 0.5)を行い、同一の多型による関連を抽出した。
【0096】
<1-9.結果>
miR-1908-5pの低発現量が大腸がん及び2型糖尿病の高発症リスクと関連していることが明らかとなった。miR-1908-5pは大腸がんの発症について予防的に関与することが判明した(1SD分の発現上昇により、0.86倍の発症オッズ比低下)。また、miR-1908-5pは2型糖尿病の発症についても予防的に関与することが判明した(1SD分の発現上昇により、0.92倍の発症オッズ比低下)。
【0097】
以上より、miR-1908-5pは、大腸がん及び2型糖尿病発症の(発症前の時点から有用な)バイオマーカー(早期バイオマーカー)となることが分かった。
【0098】
疾患発症者/健常対照群から採取したサンプル中のmiRNA発現を比較する場合、同定した変動miRNAは疾患を発症したことによって生じた差を見ているのか、疾患発症以前から存在していた差を見ているのか分からない。本試験例の解析では、遺伝子多型情報を活用することで、一般集団におけるmiR-1908-5pの発現変化と疾患発症リスクを紐付けることに成功しているため、疾患発症による変動miRNAを検出しているわけではない。したがって、miR-1908-5pは疾患発症以前からもバイオマーカーとして活用できる。
【0099】
また、本解析結果によって、遺伝的にmiR-1908-5pの発現量の多いことが大腸がん及び2型糖尿病の発症に抑制的に寄与することが示唆されるので、miR-1908-5p量を増加させることによってこれらの疾患の発症の予防が期待でき、同様に治療効果も期待できる。
【配列表】