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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-09-09
(45)【発行日】2025-09-18
(54)【発明の名称】接合構造、および接合構造の施工方法
(51)【国際特許分類】
   E04B 1/58 20060101AFI20250910BHJP
   E04B 1/24 20060101ALI20250910BHJP
【FI】
E04B1/58 506F
E04B1/24 Q
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021051772
(22)【出願日】2021-03-25
(65)【公開番号】P2022149559
(43)【公開日】2022-10-07
【審査請求日】2023-11-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】後藤 天志郎
(72)【発明者】
【氏名】北岡 聡
(72)【発明者】
【氏名】中安 誠明
【審査官】山口 敦司
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-039930(JP,A)
【文献】特開2017-155471(JP,A)
【文献】特開2020-133217(JP,A)
【文献】特公昭49-044490(JP,B1)
【文献】特開2000-204650(JP,A)
【文献】実公昭43-031961(JP,Y1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04B 1/58
E04B 1/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1対のフランジとウェブとの間がそれぞれ溶接された組立H形鋼の材軸方向端部を被接合部材に接合する接合構造であって、
前記ウェブは、前記被接合部材に高力ボルト摩擦接合され、
前記組立H形鋼の材軸方向端部において、前記1対のフランジの少なくともいずれかと前記ウェブとの間に不溶着部が存在し、
前記1対のフランジは前記被接合部材に接合されず、
前記材軸方向における前記不溶着部を含む溶接無効区間の長さdは、前記高力ボルト摩擦接合における前記ウェブと前記被接合部材との重なり長さw との間でd≦w の関係を満たし、
前記重なり長さw は、前記高力ボルト摩擦接合におけるボルト縁端距離e、ボルト呼び径Dおよびボルト列数nを用いてw =2e+2.5D×(n-1)で算出される接合構造。
【請求項2】
前記溶接無効区間の長さdは、前記材軸方向における前記不溶着部の長さd’に等しい、請求項1に記載の接合構造。
【請求項3】
前記溶接無効区間の長さdは、前記材軸方向における前記不溶着部の長さd’および前記ウェブの板厚twを用いてd=d’+1.4twで算出される、請求項1に記載の接合構造。
【請求項4】
1対のフランジとウェブとの間がそれぞれ溶接された組立H形鋼の材軸方向端部を被接合部材に接合する接合構造であって、
前記ウェブは、前記被接合部材に高力ボルト摩擦接合され、
前記組立H形鋼の材軸方向端部において、前記1対のフランジの少なくともいずれかと前記ウェブとの間に不溶着部が存在し、
前記1対のフランジは前記被接合部材に接合されず、
前記材軸方向における前記不溶着部を含む溶接無効区間の長さdは、前記組立H形鋼の材軸方向端部から前記高力ボルト摩擦接合のボルト列までの距離wとの間でd≦wの関係を満たし、
前記溶接無効区間の長さdは、前記材軸方向における前記不溶着部の長さd’および前記ウェブの板厚twを用いてd=d’+1.4twで算出される接合構造。
【請求項5】
1対のフランジとウェブとの間がそれぞれ溶接された組立H形鋼の材軸方向端部を被接合部材に接合する接合構造であって、
前記ウェブは、前記被接合部材に高力ボルト摩擦接合され、
前記組立H形鋼の材軸方向端部において、前記1対のフランジの少なくともいずれかと前記ウェブとの間に不溶着部が存在し、
前記1対のフランジは前記被接合部材に接合されず、
前記材軸方向における前記不溶着部を含む溶接無効区間の長さdは、前記高力ボルト摩擦接合における前記ウェブと前記被接合部材との重なり長さw との間でd≦w の関係を満たし、
前記溶接無効区間の長さdは、前記材軸方向における前記不溶着部の長さd’および前記ウェブの板厚twを用いてd=d’+1.4twで算出される接合構造。
【請求項6】
1対のフランジとウェブとの間をそれぞれ溶接して組立H形鋼を製造する工程と、
前記組立H形鋼の材軸方向端部で前記ウェブを被接合部材に高力ボルト摩擦接合する工程と
を含む接合構造の施工方法であって、
前記組立H形鋼を製造する工程では、前記組立H形鋼の材軸方向端部において、前記1対のフランジの少なくともいずれかと前記ウェブとの間に不溶着部が残され、
前記1対のフランジは前記被接合部材に接合されず、
前記材軸方向における前記不溶着部を含む溶接無効区間の長さdは、前記高力ボルト摩擦接合における前記ウェブと前記被接合部材との重なり長さw との間でd≦w の関係を満たし、
前記重なり長さw は、前記高力ボルト摩擦接合におけるボルト縁端距離e、ボルト呼び径Dおよびボルト列数nを用いてw =2e+2.5D×(n-1)で算出される、接合構造の施工方法。
【請求項7】
1対のフランジとウェブとの間をそれぞれ溶接して組立H形鋼を製造する工程と、
前記組立H形鋼の材軸方向端部で前記ウェブを被接合部材に高力ボルト摩擦接合する工程と
を含む接合構造の施工方法であって、
前記組立H形鋼を製造する工程では、前記組立H形鋼の材軸方向端部において、前記1対のフランジの少なくともいずれかと前記ウェブとの間に不溶着部が残され、
前記1対のフランジは前記被接合部材に接合されず、
前記材軸方向における前記不溶着部を含む溶接無効区間の長さdは、前記組立H形鋼の材軸方向端部から前記高力ボルト摩擦接合のボルト列までの距離w との間でd≦w の関係を満たし、
前記溶接無効区間の長さdは、前記材軸方向における前記不溶着部の長さd’および前記ウェブの板厚twを用いてd=d’+1.4twで算出される、接合構造の施工方法。
【請求項8】
1対のフランジとウェブとの間をそれぞれ溶接して組立H形鋼を製造する工程と、
前記組立H形鋼の材軸方向端部で前記ウェブを被接合部材に高力ボルト摩擦接合する工程と
を含む接合構造の施工方法であって、
前記組立H形鋼を製造する工程では、前記組立H形鋼の材軸方向端部において、前記1対のフランジの少なくともいずれかと前記ウェブとの間に不溶着部が残され、
前記1対のフランジは前記被接合部材に接合されず、
前記材軸方向における前記不溶着部を含む溶接無効区間の長さdは、前記高力ボルト摩擦接合における前記ウェブと前記被接合部材との重なり長さw との間でd≦w の関係を満たし、
前記溶接無効区間の長さdは、前記材軸方向における前記不溶着部の長さd’および前記ウェブの板厚twを用いてd=d’+1.4twで算出される、接合構造の施工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接合構造、および接合構造の施工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば特許文献1および特許文献2に記載された例のように、H形鋼の小梁を大梁に接合する、またはH形鋼の梁を柱に接合する接合構造が一般的である。このような接合構造では、被接合部材である大梁や柱に取り付けられたガセットプレートに、H形鋼のウェブがボルト接合される。H形鋼のフランジを被接合部材側に接合しなければ、接合部は曲げモーメントを伝達しないピン接合部の挙動を示す。特許文献1および特許文献2には、大梁および小梁の上にコンクリート床スラブを形成する段階までは接合部をピン接合部として挙動させ、その後にガセットプレートとウェブとの間に配置される補強プレートや隅肉溶接部によって曲げモーメントの伝達を可能にする技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2020-020228号公報
【文献】特開2019-190137号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記のような接合構造において用いられるH形鋼には、圧延加工によって一体成形される圧延H形鋼のほか、フランジおよびウェブを構成する鋼板を互いに溶接した組立H形鋼がある。組立H形鋼においてフランジとウェブとの間は例えばサブマージアーク溶接によって隅肉溶接されるが、そのまま溶接した場合にはH形鋼の材軸方向端部から10mm~20mmの範囲は不溶着部になる。そこで、フランジとウェブとを溶接する際には、H形鋼の材軸方向端部にエンドタブと呼ばれる、フランジおよびウェブの溶接部と同じ断面を有する部材を取り付け、エンドタブまで溶接部を延長することによって、エンドタブの範囲に不溶着部を収めることが行われている。このようにすれば、溶接後にエンドタブを切り落とすことによって材軸方向端部に不溶着部がない組立H形鋼を製造することができる。しかしながら、この場合、エンドタブの取り付けや溶接後の切断、および切断後の端部補修溶接などの工程が必要になるため、元々工程の多い組立H形鋼の製造工程がさらに煩雑になる。
【0005】
そこで、本発明は、製造工程が簡略化された組立H形鋼を有効に利用することが可能な接合構造、および接合構造の施工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
[1]1対のフランジとウェブとの間がそれぞれ溶接された組立H形鋼の材軸方向端部を被接合部材に接合する接合構造であって、上記ウェブは、上記被接合部材に高力ボルト摩擦接合され、上記組立H形鋼の材軸方向端部において、上記1対のフランジの少なくともいずれかと上記ウェブとの間に不溶着部が存在する接合構造。
[2]上記材軸方向における上記不溶着部を含む溶接無効区間の長さdは、上記組立H形鋼の材軸方向端部から上記高力ボルト摩擦接合のボルト列までの距離wとの間でd≦wの関係を満たす、[1]に記載の接合構造。
[3]上記材軸方向における上記不溶着部を含む溶接無効区間の長さdは、上記高力ボルト摩擦接合における上記ウェブと上記被接合部材との重なり長さwとの間でd≦wの関係を満たす、[1]に記載の接合構造。
[4]上記重なり長さwは、上記高力ボルト摩擦接合におけるボルト縁端距離e、ボルト呼び径Dおよびボルト列数nを用いてw=2e+2.5D×(n-1)で算出される、[3]に記載の接合構造。
[5]上記溶接無効区間の長さdは、上記材軸方向における上記不溶着部の長さd’に等しい、[2]から[4]のいずれか1項に記載の接合構造。
[6]上記溶接無効区間の長さdは、上記材軸方向における上記不溶着部の長さd’および上記ウェブの板厚twを用いてd=d’+1.4twで算出される、[2]から[4]のいずれか1項に記載の接合構造。
[7]1対のフランジとウェブとの間がそれぞれ溶接された組立H形鋼であって、材軸方向端部において上記1対のフランジの少なくともいずれかと上記ウェブとの間に不溶着部が形成され、上記ウェブには、被接合部材とのボルト接合のためのボルト孔列が形成され、上記材軸方向における上記不溶着部を含む溶接無効区間の長さdは、上記材軸方向端部から上記ボルト孔列までの距離wとの間でd≦wの関係を満たす、組立H形鋼。
[8]1対のフランジとウェブとの間をそれぞれ溶接して組立H形鋼を製造する工程と、上記組立H形鋼の材軸方向端部で上記ウェブを被接合部材に高力ボルト摩擦接合する工程とを含む接合構造の施工方法であって、上記組立H形鋼を製造する工程では、上記組立H形鋼の材軸方向端部において、上記1対のフランジの少なくともいずれかと上記ウェブとの間に不溶着部が残される、接合構造の施工方法。
【発明の効果】
【0007】
エンドタブを用いずに製造することによって製造工程を簡略化する一方で材軸方向端部に不溶着部が存在する組立H形鋼であっても、例えば不溶着部の長さが所定の条件を満たす場合にはピン接合部の挙動に実質的な影響が生じない。従って、上記の構成によれば、製造工程が簡略化された組立H形鋼を有効に利用することができる。また、端部を溶接しないことから、端部における溶接後の熱収縮による断面形状の変化を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の一実施形態に係る接合構造の例を示す図である。
図2】本発明の一実施形態に係る接合構造の別の例を示す図である。
図3】解析モデルを示す図である。
図4】解析で算出された各ケースについて、不溶着部の長さと最大耐力の低下割合との関係を示すグラフである。
図5】せん断力によって接合部の最大耐力が決まる場合の変形状態の例を示す図である。
図6】曲げモーメントによって接合部の最大耐力が決まる場合の変形状態の例を示す図である。
図7A】最大荷重時における接合部の相当塑性ひずみを示すコンター図である。
図7B】最大荷重時における接合部の相当塑性ひずみを示すコンター図である。
図7C】最大荷重時における接合部の相当塑性ひずみを示すコンター図である。
図7D】最大荷重時における接合部の相当塑性ひずみを示すコンター図である。
図8】解析で算出された各ケースについて、不溶着部の長さと接合部が負担する最大曲げモーメントの低下割合との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0010】
図1は、本発明の一実施形態に係る接合構造の例を示す図である。図示された接合構造の例では、組立H形鋼である小梁1の材軸方向端部が、大梁2にガセットプレート31を介して接合される。小梁1は、上フランジ11、下フランジ12およびウェブ13を含み、上フランジ11とウェブ13との間、および下フランジ12とウェブ13との間はそれぞれ隅肉溶接部14,15によって溶接される。ガセットプレート31は、大梁2の上フランジ21、下フランジ22およびウェブ23にそれぞれ溶接される。小梁1のウェブ13は、大梁2とともに被接合部材を構成するガセットプレート31に、ボルト32を用いて高力ボルト摩擦接合される。これによって、小梁1と大梁2との間にはピン接合部が形成される。
【0011】
本実施形態において、組立H形鋼である小梁1の材軸方向端部では、上フランジ11とウェブ13との間、および下フランジ12とウェブ13との間に不溶着部が存在する。不溶着部は、隅肉溶接部14,15が形成されない部分である。このような不溶着部は、組立H形鋼のフランジとウェブとの間を例えばサブマージアーク溶接によって隅肉溶接するときに、溶接区間の端部では溶接部が形成されないことによって発生する。設計上は、溶接区間の端部で外観上は溶接部が形成されていても溶接の品質が不完全な場合がある等の理由により、不溶着部を含む溶接無効区間が設定される。溶接無効区間ではフランジとウェブとの間で応力が伝達されるとはみなされない。図1では、上フランジ11とウェブ13との間に長さd’の不溶着部と、長さdの溶接無効区間とが図示されている。図示された例では溶接無効区間が不溶着部よりも長い(d>d’)が、後述するように溶接無効区間と不溶着部とが同じ長さ(d=d’)とみなしうる場合もある。
【0012】
既に述べたように、組立H形鋼の材軸方向端部にフランジとウェブとの間の不溶着部を残さないためには、組立H形鋼の製造時に材軸方向端部に取り付けたエンドタブまで溶接部を延長し、溶接後にエンドタブを切り落とせばよい。逆に言えば、エンドタブを用いずにフランジとウェブとの間を溶接した場合、組立H形鋼の材軸方向端部には不溶着部が残される。本実施形態における小梁1は、エンドタブを用いずに製造することによって製造工程を簡略化する一方で、材軸方向端部に不溶着部が存在する組立H形鋼である。このような組立H形鋼であっても、以下で説明するように、例えば不溶着部の長さd’が所定の条件を満たす場合にはピン接合部の挙動に実質的な影響が生じず、問題なく組立H形鋼を小梁1として用いることができる。
【0013】
本実施形態において不溶着部がピン接合部の挙動に実質的な影響を与えないための条件は、例えば小梁1の材軸方向における不溶着部を含む溶接無効区間の長さdと、高力ボルト摩擦接合のボルト列までの距離wとの関係によって表される。ここで、距離wは、小梁1の材軸方向端部から、最も遠いボルト列に含まれるボルト32の中心までの距離として定義される。具体的には、溶接無効区間の長さdと距離wとの間でd≦wの関係が満たされればよい。ピン接合部の原理として、小梁1におけるボルト32よりも材軸方向端部側の領域は、応力伝達には実質的に寄与しない。従って、この領域で上フランジ11とウェブ13との間、および下フランジ12とウェブ13との間で応力が伝達されなくても、ピン接合部の挙動には実質的な影響は生じない。
【0014】
ここで、溶接無効区間の長さdは、例えば不溶着部の長さd’に等しいものとして計算されてもよい(d=d’)。あるいは、溶接無効区間の長さdは、不溶着部の長さd’に加えて、隅肉溶接部14,15の有効溶接長を考慮して算出されてもよい。隅肉溶接の有効溶接長は、全溶接長から溶接サイズの2倍の長さを差し引いたものである。つまり、不溶着部ではない隅肉溶接部14,15の両端部には、それぞれ溶接サイズに等しい長さだけ有効溶接長には含まれない区間が存在すると考えられる。ここで、溶接サイズは一般的にウェブ板厚の約1.4倍になる。従って、不溶着部の長さd’およびウェブ13の板厚twを用いて、溶接無効区間の長さdをd=d’+1.4twとして算出してもよい。例えばウェブ13の板厚twが不溶着部の長さd’やボルト列までの距離wに対して大きい場合には、上記のように有効溶接長を考慮することが望ましい。
【0015】
なお、上記のボルト列までの距離wは、小梁1が接合構造に組み込まれていない状態、つまりボルト32が締結される前であっても、ボルト32を用いたボルト接合のために形成されたボルト孔列までの距離、より具体的には小梁1の材軸方向端部から、最も遠いボルト孔列に含まれるボルト孔の中心までの距離として特定することができる。
【0016】
一方、別の条件として、図2に示されるように、小梁1の材軸方向における不溶着部を含む溶接無効区間の長さdと、高力ボルト摩擦接合におけるウェブ13とガセットプレート31との重なり長さwとの関係に着目してもよい。ここで、重なり長さwは、小梁1の材軸方向端部から、ガセットプレート31の大梁2のウェブ23とは反対側の端部までの長さとして定義される。不溶着部でもフランジとウェブとの間にはある程度の拘束効果が働き、また小梁1の端部ではガセットプレート31の拘束によって耐力が上昇することを考慮した場合、溶接無効区間の長さdがd≦wの関係を満たせば、ピン接合部の挙動には実質的な影響は生じない。
【0017】
ここで、小梁1とガセットプレート31との重なり長さwは、図2に示されているようなボルト32を用いた高力ボルト摩擦接合におけるボルト縁端距離eおよびボルト間隔pを用いてw=2e+p×(n-1)で算出されてもよい。ボルト縁端距離eは、使用するボルトや板厚等に応じて設計時に決定され、一般的には40mm≦e≦150mmの範囲である。なお、縁端距離eが大きくなると、縁端部分で隙間が生じる可能性があるため、前記の範囲で縁端距離eを小さくすることが望ましい。nはボルト列数であり、図示された例ではn=2なのでw=2e+pになる。さらに、ボルト間隔pはボルト32のボルト呼び径Dの約2.5倍以上になるため、w=2e+2.5D×(n-1)と表すことができる。
【0018】
(解析結果)
以下では、上記のような本発明の実施形態の効果を検証するためのFEM解析の結果について説明する。図3は、解析モデルを示す図である。図示されているのは、スパンLの小梁1の材軸方向について対称なモデルであり、材軸方向端部からL/4の位置に鉛直荷重Pが載荷される。小梁1の端部はガセットプレート31にボルト32を用いて高力ボルト摩擦接合され、ガセットプレート31の大梁に接合されている節点の変位は固定されている。解析の条件は以下の表1に示す通りである。梁せいH、幅Bおよびフランジ板厚tfが異なる2種類のH形鋼について、材軸方向端部に不溶着部、すなわちウェブとフランジとの間で応力が伝達されない部分を0~120mmの長さで設定した。なお、この例では、溶接無効区間の長さdが不溶着部の長さd’に等しいものとして計算する。それぞれの例において高力ボルト摩擦接合のボルト列数は1であり、H形鋼の梁せい方向にN=5本のボルトが配列される。表1のボルトピッチqは、H形鋼の梁せい方向に配列されたボルトの間隔を示す。
【0019】
【表1】
【0020】
図4は、解析で算出された各ケースについて、不溶着部の長さと最大耐力の低下割合との関係を示すグラフである。グラフの縦軸Pmax/P0maxは、不溶着部長さd’が0の場合(Case1-1,2-1,3-1,4-1,5-1)の最大荷重P0maxに対する、各ケースの最大荷重Pmaxの比である。グラフの横軸は、小梁とガセットプレートとの重なり長さWに対する不溶着部長さd’の比である。d’/Wが0.5の場合、不溶着部長さd’は、小梁の材軸方向端部からボルト列までの距離(図1に示した長さw)に等しい。また、d’/Wが1の場合、不溶着部長さd’は小梁とガセットプレートとの重なり長さW(図1に示した長さw)に等しい。d’/Wが1.5の場合、不溶着部長さd’は小梁とガセットプレートとの重なり長さWを超えている。
【0021】
上記の図4のグラフに示されるように、d’/Wが0.5のケース(Case1-2,2-2,3-2,4-2,5-2)では、Pmax/P0maxは0.98以上である。d’/Wが1のケース(Case1-3,2-3,3-3,4-3,5-3)では、Case5-3でPmax/P0maxが0.95を下回るが、他のケースではPmax/P0maxが0.97以上である。また、d’/Wが1.5のケース(Case1-4,2-4,3-4,4-4,5-4)でも、Case5-4ではPmax/P0maxが0.9に近くなり、Case4-4でもPmax/P0maxが0.95を下回る一方で、他のケースではPmax/P0maxが依然として0.95以上である。
【0022】
図5は、せん断力によって接合部の最大耐力が決まる場合の変形状態の例を示す図である。図5には、Case2-3(d’/Wが1のケース)における載荷時の相当塑性ひずみが示されている。相当塑性ひずみの分布から、最大荷重は小梁ウェブのせん断座屈によって決定されていることがわかる。小梁の梁せいHに対してスパンLが短い場合、このように小梁ウェブのせん断座屈によって最大荷重が決定される。この場合、ウェブにひずみが集中することから接合部における不溶着部の存在が最大荷重に与える影響は小さい。この傾向は、例えば上記のCase1~Case3において顕著である。これらのケースでは、d’/W=1.5であっても最大荷重の低下が5%以下にとどまっている。
【0023】
図6は、曲げモーメントによって接合部の最大耐力が決まる場合の変形状態の例を示す図である。図6には、Case5-3(d’/Wが1のケース)における載荷時のひずみが示されている。ひずみの分布から、最大荷重は等曲げ区間(荷重Pの載荷点よりも小梁の座軸方向中央側の区間)の曲げ応力によって決定されていることがわかる。小梁の梁せいHに対してスパンLが長い場合、このように等曲げ区間の曲げ応力によって最大荷重が決定される。この場合、小梁の材軸方向端部の接合部における負担モーメントが小さくなると中央の等曲げ区間でのモーメント負担率が上昇し、結果として最大荷重が小さくなる。従って、この場合、接合部における不溶着部の存在が最大荷重に与える影響は大きい。上記の通り、d’/W=0.5までは不溶着部が応力伝達には実質的に寄与しない区間に含まれるため影響は小さいが、d’/W>0.5になると影響が徐々に拡大する。この傾向は、例えば上記のCase4およびCase5において顕著である。Case4ではd’/W=1.5の場合に最大荷重が大きく低下している。また、Case5ではd’/W=1.0の時点で最大荷重の低下が顕著であり、d’/W=1.5では最大荷重がさらに大きく低下する。
【0024】
図7Aから図7Dは、最大荷重時における接合部の相当塑性ひずみを示すコンター図である。これらの図には、上記のCase2において、不溶着部がない場合(Case2-1;図7A)、d’/W=0.5の場合(Case2-2;図7B)、d’/W=1.0の場合(Case2-3;図7C)、およびd’/W=1.5の場合(Case2-4;図7D)が示されている。溶着部の長さによって応力のかかる場所はわずかに変化するが、ガセットプレートに対してフランジ側ではなくウェブ側における応力が支配的であるという傾向は変わらない。この結果は、Case2のように小梁ウェブのせん断座屈によって最大荷重が決定される場合には、接合部における不溶着部の存在が最大荷重に与える影響は小さいことを裏付けるものといえる。
【0025】
図8は、解析で算出された各ケースについて、不溶着部の長さと接合部が負担する最大曲げモーメントの低下割合との関係を示すグラフである。グラフの縦軸Mmax/M0maxは、不溶着部長さd’が0の場合の小梁の最大端部モーメント(接合部が破壊されるモーメント)M0maxに対する、各ケースの最大端部モーメントMmaxの比である。グラフの横軸は、上記で説明した図4のグラフと同様に、小梁とガセットプレートとの重なり長さWに対する不溶着部長さd’の比である。図8のグラフでは、Case4およびCase5でd’/Wが0.5を超えると最大端部モーメントが低下する様子が、図4のグラフよりも顕著に現れている。この結果は、Case4やCase5のように等曲げ区間の曲げ応力によって最大荷重が決定される場合には、不溶着部によって接合部の負担モーメントが小さくなるために不溶着部の存在が最大荷重に与える影響が大きいことを裏付けるものといえる。
【0026】
以上のような解析の結果から、小梁を構成する組立H形鋼のフランジとウェブとの間の不溶着部の長さd’が、小梁の材軸方向端部からボルト列までの距離以下である場合(d’/W≦0.5)、小梁の梁せいHおよびスパンLにかかわらず、不溶着部の存在が最大荷重に与える影響は小さい。従って、不溶着部の長さd’が上記の範囲にある組立H形鋼は、ピン接合部である限り基本的に適用可能である。また、不溶着部の長さd’が、小梁とガセットプレートとの重なり長さ以下である場合(d’/W≦1)も、小梁の梁せいHに対してスパンLが短い場合であれば、不溶着部の存在が最大荷重に与える影響は十分に小さい。従って、不溶着部の長さd’が上記の範囲にある組立H形鋼も、小梁の梁せいHおよびスパンLを考慮した応力の計算を行った上でピン接合部に適用可能である。
【0027】
なお、上記で説明した実施形態では組立H形鋼の小梁が大梁およびガセットプレートによって構成される被接合部材に接合されたが、本発明はこの例には限定されず、他の実施形態では例えば組立H形鋼の梁が柱に取り付けられたガセットプレートに接合されてもよい。この場合、柱とガセットプレートとが被接合部材を構成する。被接合部材は、組立H形鋼のウェブを高力ボルト摩擦接合することが可能な部材であれば特に限定されず、必ずしもガセットプレートを含まなくてもよい。
【0028】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、請求の範囲に記載された技術的思想の範囲内において、各種の変形例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0029】
1…小梁、2…大梁、11…上フランジ、12…下フランジ、13…ウェブ、14…隅肉溶接部、15…隅肉溶接部、23…ウェブ、31…ガセットプレート、32…ボルト。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図7C
図7D
図8