(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-09-09
(45)【発行日】2025-09-18
(54)【発明の名称】管腔内留置用医療デバイスのコーティング材
(51)【国際特許分類】
C09D 169/00 20060101AFI20250910BHJP
C08G 64/02 20060101ALI20250910BHJP
C09D 7/63 20180101ALI20250910BHJP
A61L 29/08 20060101ALI20250910BHJP
A61L 31/10 20060101ALI20250910BHJP
A61M 29/00 20060101ALI20250910BHJP
A61F 2/82 20130101ALI20250910BHJP
A61M 25/10 20130101ALI20250910BHJP
【FI】
C09D169/00
C08G64/02
C09D7/63
A61L29/08 100
A61L31/10
A61M29/00
A61F2/82
A61M25/10
(21)【出願番号】P 2022001250
(22)【出願日】2022-01-06
【審査請求日】2024-11-19
(73)【特許権者】
【識別番号】504143441
【氏名又は名称】国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】網代 広治
(72)【発明者】
【氏名】チャタセ ナリンティップ
(72)【発明者】
【氏名】吉田 裕安材
(72)【発明者】
【氏名】リー ヤエ タン
(72)【発明者】
【氏名】大浦 真歩
(72)【発明者】
【氏名】南都 伸介
【審査官】橋本 栄和
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2019/0134202(US,A1)
【文献】特開2020-196823(JP,A)
【文献】特表2008-510593(JP,A)
【文献】特開2013-198743(JP,A)
【文献】特表2019-534078(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 169/00
C08G 64/02
C09D 7/63
A61L 29/08
A61L 31/06
A61M 29/00
A61F 2/82
A61M 25/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミド基を有する薬物と、前記アミド基との間に相互作用が働く芳香族基を有するポリトリメチレンカーボネート誘導体とを含む、管腔内留置用医療デバイスのコーティング材。
【請求項2】
請求項1に記載のコーティング材において、
前記芳香族基を有するポリトリメチレンカーボネート誘導体が、下記式(1)
【化1】
で表される繰り返し単位を含む、管腔内留置用医療デバイスのコーティング材。
【請求項3】
アミド基を有する薬物と、前記アミド基との間に相互作用が働くウレア基を有するポリトリメチレンカーボネート誘導体とを含む、管腔内留置用医療デバイスのコーティング材。
【請求項4】
請求項3に記載のコーティング材において、
前記ウレア基を有するポリトリメチレンカーボネート誘導体が、下記式(2)
【化2】
で表される繰り返し単位を含む、管腔内留置用医療デバイスのコーティング材。
【請求項5】
請求項1に記載のコーティング材において、
前記芳香族基にウレア基が導入されている、コーティング
材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内の管腔に生じた狭窄部又は閉塞部に留置されるステントやバルーンカテーテル等の管腔内留置用医療デバイスの表面に薬物を担持させるために使用されるコーティング材に関する。
【背景技術】
【0002】
心筋梗塞、狭心症、脳卒中、抹消血管疾患等の動脈硬化性疾患に対する治療法の一つに、経皮的血管形成術(以下「PTA」という。)がある。PTAでは、血管の病変部である狭窄部や閉塞部にステントやバルーンカテーテルを留置して該狭窄部又は該閉塞部を外科的に拡開させ、血流を回復させる。
【0003】
PTAが行われた血管部位では、ステントやバルーンカテーテルが留置されたことで血管の内皮細胞の剥離や内弾性板の損傷が生じ、その結果、血管内膜に単球が接着し浸潤する炎症反応や血管内膜の増殖が起きて再狭窄が生じる場合がある。再狭窄が生じると再びPTAを行う必要があることから、再狭窄を防止するために、ステントやバルーンカテーテルの表面に、炎症反応、血管内膜の増殖等を抑える薬物を担持させた医療デバイスの開発が進められている。
【0004】
再狭窄は、血管内にステント等が留置されてからある程度の時間が経過してから生じるため、血管内に医療デバイスを留置した後、その表面から徐々に薬物が放出されるように薬物を担持させる必要がある。そこで、薬物を含有する高分子材料でステントやバルーンカテーテルの表面をコーティングすることで、薬物を徐放させるようにした医療デバイスが開発されている(特許文献1~3)。
【0005】
特許文献1に記載されている医療デバイスは、ステントと高分子材料の両方に対して親和性の高いプライマーで表面を処理した後、薬物を含む高分子材料でステントの表面をコーティングしたものである。プライマーでステントの表面を処理することによりステント表面からコーティング材が剥離することが防止される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の医療デバイスでは、高分子材料と薬物を溶解混合したコーティング材を使用しているため、高分子材料が溶解すると直ちに薬物がステントから溶出してしまう。例えばコーティング材における薬物の含有量に対する高分子材料の含有量の割合を大きくすることで薬物の放出時間を遅らせることができるが、ステント表面を被覆できるコーティング材の量は限られており、再狭窄を防止するに十分な量の薬物をステント表面に担持させることが難しいという問題があった。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、ステントやバルーンカテーテル等の管腔内留置用医療デバイスが留置された血管部位における再狭窄を防止するために該管腔内留置用医療デバイスの表面に担持された薬物の放出時期を安定的に遅らせることができる技術の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係る管腔内留置用医療デバイスのコーティング材の第1態様は、
アミド基を有する薬物と、前記アミド基との間に相互作用が働く芳香族基を有するポリトリメチレンカーボネート誘導体とを含むものである。
【0010】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る管腔内留置用医療デバイスのコーティング材の第2態様は、
アミド基を有する薬物と、前記アミド基との間に相互作用が働くウレア基を有するポリトリメチレンカーボネート誘導体とを含むものである。
【0011】
本発明において、アミド基を有する薬物として、免疫抑制作用、抗増殖作用を有するシロリムス、抗血小板薬であるシロスタゾール、有糸分裂阻害剤であるパクリタキセルが挙げられる。ただし、これら以外のアミド基を有する薬物であって再狭窄を防止する作用を有する薬物であれば、本発明に係るコーティング材に含めることができる。また、アミド基と芳香族基との間に働く相互作用、アミド基とウレア基との間に働く相互作用とは、π-πスタッキングや水素結合による相互作用のような分子間力による相互作用をいう。
【0012】
本発明に係る管腔内留置用医療デバイスのコーティング材は、さらに、前記薬物及び前記ポリトリメチレンカーボネート誘導体が溶解可能な有機溶媒を含むものとすることができる。このような有機溶媒としては、ヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)、ジクロロメタン(DCM)、アセトン、エタノール、1-ブタノール、エチルアセテート、ジエチルエーテル、テトラヒドロフランのいずれか一つ、あるいは複数を混合した混合溶媒を用いることができる。
【0013】
本発明に係る管腔内留置用医療デバイスのコーティング材で管腔内留置用医療デバイスの表面をコーティングする方法としては、ステントやバルーンカテーテル等の管腔内留置用医療デバイスの表面にコーティング材を塗布した後、乾燥させる方法、或いは、コーティング材に管腔内留置用医療デバイスを浸漬し、そこから該医療デバイスを引き揚げた後、乾燥させる方法が挙げられる。
【0014】
この場合、医療デバイスとポリトリメチレンカーボネート誘導体との親和性を高めるための前処理を、予め医療デバイスに施しておくとよい。
【0015】
本発明の第1態様の管腔内留置用医療デバイスのコーティング材に含まれる、前記芳香族基を有するポリトリメチレンカーボネート誘導体は、下記式(1)
【化1】
で表される繰り返し単位を含むものとすることができる。
【0016】
また、本発明の第2態様の管腔内留置用医療デバイスのコーティング材に含まれる、 ウレア基を有するポリトリメチレンカーボネート誘導体は、下記式(2)
【化2】
で表される繰り返し単位を含むものとすることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の管腔内留置用医療デバイスのコーティング材によれば、ステントやバルーンカテーテル等の管腔内留置用医療デバイスが留置された血管部位における再狭窄を防止するために該管腔内留置用医療デバイスの表面に担持された薬物の放出時期を安定的に遅らせることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】2-メチル-2-(((4-ビニルベンジル)メトキシ)メチル)1,3-プロパンジオール及び、5-メチル-5-(((4-ビニルベンジル)メトキシ)メチル)-1,3-ジオキサノン(TMCM-VB)の合成反応を示す模式図。
【
図4】実施例2で用いた3種類のポリマー((a) PTMC, (b) PTMCM-VB, (c) PTMCM-SU)の繰り返し単位の化学構造式。
【
図5】ステンレス基板をコーティング材で被覆する工程を示す模式図。
【
図6】薬物放出プロトコル(1)で得られたPBSサンプルの吸光度スペクトル。
【
図7】薬物放出プロトコル(1)で得られたPBSサンプルの、波長277nmの吸光度の時間的変化を示す図。
【
図8】薬物放出プロトコル(2)で得られたPBSサンプルの吸光度スペクトル。
【
図9】薬物放出プロトコル(2)で得られたPBSサンプルの、波長277nmの吸光度の時間的変化を示す図。
【
図10】薬物放出プロトコル(3)で得られたPBSサンプルの吸光度スペクトル。
【
図11】薬物放出プロトコル(3)で得られたPBSサンプルの、波長277nmの吸光度の時間的変化を示す図。
【
図12】3種類のポリマーのポリマー/薬物溶液でコーティングしたコーティング基板の薬物(シロリムス)の放出特性を示す図。
【
図13】薬物放出プロトコル(4)で得られたPBSサンプルの吸光度スペクトル。
【
図14】薬物放出プロトコル(4)で得られたPBSサンプルの、波長258nmの吸光度の時間的変化を示す図。
【
図15】薬物放出プロトコル(5)で得られたPBSサンプルの吸光度スペクトル。
【
図16】薬物放出プロトコル(5)で得られたPBSサンプルの、波長258nmの吸光度の時間的変化を示す図。
【
図17】シロスタゾールとポリマーの混合液のFT-IRスペクトル。
【
図18】シロスタゾールとポリマーの混合液の
1H NMRスペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係る管腔内留置用医療デバイスのコーティング材は、アミド基を有する薬物と、前記アミド基との間に相互作用が働く芳香族基を有するポリトリメチレンカーボネート誘導体とを含むこと、或いは、アミド基を有する薬物と、前記アミド基との間に相互作用が働くウレア基を有するポリトリメチレンカーボネート誘導体とを含むことを特徴とするものである。
【0020】
ポリトリメチレンカーボネートは、生体適合性に優れた生分解性ポリマーとして知られており、本発明に係るコーティング材は、このようなポリトリメチレンカーボネートに、薬物が有するアミド基との間で相互作用が働く置換基である芳香族基又はウレア基を導入したポリトリメチレンカーボネート誘導体を含む。したがって、本発明のコーティング材で管腔内留置用医療デバイスを被覆することにより、薬物を担持させることができる。
【0021】
また、本発明のコーティング材で被覆された管腔内留置用医療デバイスを管腔内に留置すると、留置後の時間の経過とともに、コーティング材に含まれるポリトリメチレンカーボネート誘導体が徐々に溶解する。本発明では、薬物の少なくとも一部はポリトリメチレンカーボネート誘導体が有する芳香族基又はウレア基との間の相互作用によってこれらの置換基に結合しているため、高分子材料の中に薬物を含有させただけの従来のコーティング材に比べて、薬物の放出時期を遅らせたり、放出速度を低く抑えたりすることができる。
【0022】
さらに、コーティング材に含める薬物の量に応じて、或いは薬物の放出時期、放出速度に合わせて、ポリトリメチレンカーボネート誘導体が有する芳香族基又はウレア基の数や薬物とポリトリメチレンカーボネートとの混合比を調整することにより、薬物放出制御が可能なコーティング材とすることができる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例を挙げて本発明について具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0024】
[実施例1]
以下、順を追って、芳香族基及びウレア基が導入されたポリトリメチレンカーボネート誘導体の製造方法を説明する。
【0025】
(1) 2-メチル-2-(((4-ビニルベンジル)メトキシ)メチル)1,3-プロパンジオールの合成
85mLの無水ジメチルスルホキシド(DMSO)に、25.6g(0.21mol)のトリメチロールエタンが溶解された溶液と、水酸化カリウム(KOH)のペレット11.9g(0.21mol)を、窒素雰囲気下で反応フラスコに加えた。反応フラスコ内の混合物を0℃に保ち、そこに、4-ビニルベンジルクロリド15mL(0.11mol)を滴下して加えた。その後、前記混合物を、氷浴下で5Mの塩酸(HCl)を用いてクエンチし、酢酸エチルと飽和食塩水で抽出した。有機相を残し、硫酸マグネシウム(MgSO4)上で乾燥させ、真空中で蒸発させた。粗生成物を、酢酸エチル/ヘキサン(5:1)系のカラムクロマトグラフィーで精製し、製品画分を乾燥させて、白色の固体状の生成物を得た。収量は14.66g(58%)であった。また、生成物の構造を1H-NMRで分析したところ、以下の結果が得られた。
【0026】
1H NMR (400Hz, CDCl3):δ 7.40 (d, J = 8.4 Hz 2H, -C6H4-), 7.27 (d, J = 8.4 Hz 2H, -C6H4-), 6.71 (dd, J = 18 Hz , H, -CH=CH2), 5.75 (d, J = 16.8 Hz H, -CH=CH2), 5.24 (d, J = 11.2 Hz, H, -CH=CH2), 4.50 (s, 2H, -OCH2C6H4-), 3.72 (dd, J = 10.8 Hz, 2H, CH2OH), 3.60 (dd, J = 10.8 Hz, 2H, CH2OH), 3.46 (s, 2H, -CH2O-), 2.33 (brs, 2H,-OH), 0.82 (s, 3H, -CH3). IR: v (cm-1) 3356, 3283 (-OH); 1624 (C=C); 1105 (C-O). ESI MS: 259 [M+Na]+.
【0027】
上記の
1H-NMRの分析結果から、
図1に示す反応により、2-メチル-2-(((4-ビニルベンジル)メトキシ)メチル)1,3-プロパンジオール(以下「ジオール-スチレン」という)が得られていることが確認された。
【0028】
(2) 5-メチル-5-(((4-ビニルベンジル)メトキシ)メチル)-1,3-ジオキサノン(TMCM-VB)の合成
窒素雰囲気下、58mLの無水テトラヒドロフラン(THF)に、ジオール-スチレン(13.8g, 0.058mol)の溶液を導入し、クロロホルム酸エチル(16.6mL, 0.17mol)を加えた。次に、混合物を0℃に保ち、そこに、トリメチルアミン(24mL, 0.17mol)を滴下して加えた。そして、混合物を4時間撹拌した後、1Mの塩酸(HCl)でクエンチし、ジクロロメタン(DCM)と水で抽出した。その後、有機相をMgSO4で乾燥させ、真空で蒸発させた。粗生成物をヘキサン/イソプロパノールで再結晶し、10.02g(0.04mol)の白色結晶の生成物を得た。収率は66%であった。この生成物の構造を1H-NMRで分析したところ、以下の結果が得られた。
【0029】
1H NMR NMR (400Hz, CDCl3):δ 7.40 (d, J = 8 Hz, 2H, -C6H4-), 7.25 (d, J = 6.8 Hz, 2H, -C6H4-), 6.72 (dd, J = 17.6 Hz, H, -CH=CH2), 5.76 (d, J = 17.2 Hz, H, -CH=CH2), 5.28 (d, J = 11.6 Hz, H, -CH=CH2), 4.50 (s, 2H, -OCH2C6H4-), 4.36 (d, J = 10.8 Hz, 2H, CH2OC=O), 4.08 (d, J = 10.8 Hz, 2H, CH2OC=O), 3.40 (s, 2H, -CH2O-), 1.10 (s, 3H, -CH3). IR: v (cm-1) 1744 (C=O); 1624 (C=C); 1100 (C-O). ESI MS: 263 [M+H].
【0030】
上記の
1H-NMRの分析結果から、
図1に示す反応により、5-メチル-5-(((4-ビニルベンジル)メトキシ)メチル)-1,3-ジオキサノン(TMCM-VB)が得られていることが確認された。
【0031】
(3) PTMCM-VB(TMCM-VBのポリマー)の合成
N
2雰囲気下、TMCM-VB(1.0g, 3.81mmol)をモレキュラーシーブ4A(MS4A)を含む無水DCM溶液に溶解し、6時間撹拌した。その後、溶液を別のフラスコに移して室温下に一晩おき、真空で蒸発させて溶媒を除去した。重合は、2,2-ジメチル-1-プロパノールとジアザビシクロウンデセン(DBU)を開始剤および触媒として使用して行った。具体的には、乾燥したモノマー(TMCM-VB)を濃度2Mの無水DCM(1.91mlL)に溶解し、そこに、ジアザビシクロウンデセン(DBU)(56.9μl、0.381mmol)と1Mの2,2-ジメチル-1-プロパノール(38.1μl、0.0381mmol)を加えて、24時間室温下に置いた。その後、少量のDCMを溶解させることにより重合を停止した。重合反応物を大量の冷メタノールに加えて沈殿させた後、デカンテーションと遠心分離でポリマーを回収して、室温下で真空乾燥した。収率は88%であった。
図2にPTMCM-VBの重合反応の模式図を示す。
【0032】
(4) ポストモディファイドポリマー(PTMCM-SU)の合成
0.8g(3mmol)のPTMCM-VB(高分子鎖1本につき約25個のビニル芳香族単位を含むポリマー)を31mLのDMFに溶解して均一な溶液にした。この溶液に、チオール尿素(SU)(3.67g, 31mmol)および光開始剤である2,2-ジメトキシ-2-フェニルアセトフェノン(DMPA)(0.16g, 0.62mmol)を加え、この混合物に紫外線(365nm)を照射しつつ、室温下で撹拌した。そして、NMRを使って所定の時間間隔で反応をモニターした。反応開始から4時間後、紫外線の照射をやめ、混合物を真空で蒸発させて溶媒を除去した。得られた化合物をヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)/H
2O(1:10)の溶媒に再溶解した後、透析バッグ(カットオフ値(Mn) 2kDa)に入れ、水に対して1日間透析して残留するチオール尿素を除去した。その後、透析バッグ内の混合物を50℃で一晩真空乾燥し、ポストモディファイドポリマー(PTMCM-SU)を得た。収率は22%であった。
図3にPTMCM-SUの合成反応の模式図を示す。
【0033】
[実施例2]
次に、
図4に示す3種類の繰り返し単位からなるポリマー((a)はPTMC, (b)はPTMCM-VB, (c)はPTMCM-SUの繰り返し単位をそれぞれ示している)を用いて、薬物の放出実験を行った。薬物として、免疫抑制作用、抗増殖作用を有するシロリムス、抗血小板薬であるシロスタゾール、有糸分裂阻害剤であるパクリタキセルを用いた。シロリムス、シロスタゾール、パクリタキセルはいずれもアミド基を有すること、水難溶性であること、という共通の特徴を有する。また、ポリマーと薬物を含む溶液のコーティング対象として、タテ、ヨコのサイズが5mm×5mmのステンレス鋼の基板(以下、ステンレス基板という)を用いた。
図5は、コーティングされたステンレス基板から放出される薬物の量を測定する工程の説明図である。
【0034】
(1) 薬物放出プロトコル
PTMC(20mg, 0.196mmol)とシロリムス(20mg, 0.022mmol)をHFIP/DCM(5ml:5ml)に加え、超音波で処理して均一に溶解させてポリマー/薬物溶液を得た。また、前記ステンレス基板をDCMで洗浄することで前処理し、N2で乾燥して不純物を除去した。
次に、ステンレス基板をポリマー/薬物溶液に数秒間浸漬した後、該溶液から取り出し、余分な溶液をN2でパージして乾燥させた。
続いて、ポリマー/薬物溶液でコーティングされたステンレス基板をリン酸緩衝食塩水(PBS)に浸し、パラフィンで密封した。その後、所定の時間間隔でPBSサンプルを所定量ずつ採取し、該PBSサンプルを共溶媒であるメタノールと1:1の割合で混合した混合液について、紫外可視分光光度計(UV-Vis分光光度計)を使って吸光度を測定し、波長277nmの吸光度からPBSサンプル中に放出された薬物の量を求めた。測定は3回ずつ行い、平均値を求めた。
【0035】
図6は、ポリマー/薬物溶液でコーティングされたステンレス基板(コーティング基板)をPBSに浸漬してから所定時間が経過した時点におけるPBSサンプルの吸光度スペクトルを、
図7は、波長277nmの吸光度の時間的変化を示す図である。
図6より、PBSの吸光度スペクトルには波長277nmのピークがみられること、波長277nmのピーク強度が時間の経過とともに増加することが分かった。また、
図7より、プロトコル(1)では、コーティング基板をPBSに浸漬した後、比較的すぐに薬物が溶出し始め
たことが分かった。
【0036】
(2) 薬物放出プロトコル
PTMCM-VB(20mg, 0.076mmol)とシロリムス(20mg, 0.022mmol)をHFIP/DCM(5ml:5ml)に加え、超音波で処理して均一に溶解させてポリマー/薬物溶液を得た。それ以外は、上記のプロトコル(1)と同じようにして、PBSサンプルと共溶媒であるメタノールの混合液についてUV-Vis分光光度計を使って吸光度を測定し、波長277nmの吸光度からPBSサンプル中に放出された薬物の量を求めた。測定は3回ずつ行い、平均値を求めた。
【0037】
図8は、ポリマー/薬物溶液でコーティングされたコーティング基板をPBSに浸漬してから所定時間が経過した時点におけるPBSサンプルの吸光度スペクトルを、
図9は、波長277nmの吸光度の時間的変化を示す図である。
図8より、PBSの吸光度スペクトルには波長277nmのピークがみられること、波長277nmのピーク強度が時間の経過とともに増加することが分かった。また、
図9より、プロトコル(1)では、コーティング基板をPBSに浸漬した後、比較的すぐに薬物が溶出し始め
たことが分かった。
【0038】
(3) 薬物放出プロトコル
PTMCM-SU(20mg, 0.052mmol)とシロリムス(20mg, 0.022mmol)をHFIP/DCM(5ml:5ml)に加え、超音波で処理して均一に溶解させてポリマー/薬物溶液を得た。それ以外は、上記のプロトコル(1)と同じようにして、PBSサンプルと共溶媒であるメタノールの混合液について、UV-Vis分光光度計を使って吸光度を測定し、波長277nmの吸光度からPBSサンプル中に放出された薬物の量を求めた。測定は3回ずつ行い、平均値を求めた。
図10に、ポリマー/薬物溶液でコーティングされたコーティング基板をPBSに浸漬してから所定時間が経過した時点におけるPBSサンプルの吸光度スペクトルを、
図11に、波長277nmの吸光度の時間的変化を示す。
【0039】
図12は、3種類のポリマー(PTMC、PTMCM-VB、PTMCM-SU)それぞれのポリマー/薬物溶液でコーティングしたコーティング基板の薬物(シロリムス)の放出特性を示している。
図12の横軸は時間、縦軸は、放出率(%)を示している。放出率は、最後の測定時における薬物の放出量を100として求めた。この
図12からわかるように、3種類のポリマーのうち、PTMCM-SUのポリマー/薬物溶液のコーティング材を用いたときに、最も薬物の放出時間を遅らせることができ、その次に放出時間を遅らせることができたポリマーはPTMCM-VBであった。
【0040】
(4) 薬物放出プロトコル
PTMC(20mg, 0.196mmol)とシロスタゾール(20mg, 0.054mmol)を10mlのDCMに加え、超音波で処理して均一に溶解させてポリマー/薬物溶液を得た。それ以外、及びUV-Vis分光光度計の測定波長を258nmにした以外は、上記のプロトコル(1)と同じようにして、PBSサンプルと共溶媒であるメタノールの混合液について、UV-Vis分光光度計を使って吸光度を測定し、波長258nmの吸光度からPBSサンプル中に放出された薬物の量を求めた。測定は3回ずつ行い、平均値を求めた。
図13に、ポリマー/薬物溶液でコーティングされたコーティング基板をPBSに浸漬してから所定時間が経過した時点におけるPBSサンプルの吸光度スペクトルを、
図14に、波長258nmの吸光度の時間的変化を示す。
【0041】
(5) 薬物放出プロトコル
PTMCM-SU(20mg, 0.052mmol)とシロスタゾール(20mg, 0.054mmol)を10mlのDCMに加え、超音波で処理して均一に溶解させてポリマー/薬物溶液を得た。それ以外は、上記薬物放出プロトコル(4)と同じようにして、PBSサンプルと共溶媒であるメタノールの混合液について、UV-Vis分光光度計を使って吸光度を測定し、波長258nmの吸光度からPBSサンプル中に放出された薬物の量を求めた。測定は3回ずつ行い、平均値を求めた。
図15に、ポリマー/薬物溶液でコーティングされたコーティング基板をPBSに浸漬してから所定時間が経過した時点におけるPBSサンプルの吸光度スペクトルを、
図16に、波長258nmの吸光度の時間的変化を示す。
【0042】
(6) シロスタゾールとポリマーとの相互作用
シロスタゾールとポリマーとの相互作用を確認するため、フーリエ変換型赤外分光(FT-IR)、1H-NMRを使ってシロスタゾールとポリマーの混合液を分析した。分析結果を
図17、
図18に示す。
なお、シロスタゾールとポリマーの混合液のFT-IRの結果から分かりにくかったため(図)17(a))、PTMCM-SUの一部である低分子化合物SHとシロスタゾールの混合液についてFT-IRを用いて分析したところ(
図17(b))、1666
cm
-1
から1662cm
-1への変化が確認され、相互作用が示唆された。
【0043】
また、シロスタゾールとポリマーの混合液の1H NMRについてピークトップの数値を比較したところ、最大で0.03ppmのシフトが確認された。このことから、シロスタゾールとポリマーとの間に相互作用が働いていることが示唆された。