(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-10-07
(45)【発行日】2025-10-16
(54)【発明の名称】鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20251008BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20251008BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20251008BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/60
C22C38/00 301Z
C22C38/00 301T
C21D9/46 G
C21D9/46 J
(21)【出願番号】P 2025534737
(86)(22)【出願日】2025-01-10
(86)【国際出願番号】 JP2025000601
【審査請求日】2025-06-13
(31)【優先権主張番号】P 2024006631
(32)【優先日】2024-01-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】弘中 諭
(72)【発明者】
【氏名】中野 克哉
(72)【発明者】
【氏名】永野 真衣
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/230079(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/121417(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/107042(WO,A1)
【文献】特開2017-088944(JP,A)
【文献】国際公開第2016/178430(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/099251(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.030~0.100%、
Mn:1.00~2.80%、
Si:0.005~1.500%、
Al:1.000%以下、
P :0.100%以下、
S :0.0200%以下、
N :0.0150%以下、
O :0.0100%以下、
Cr:0~1.00%、
Mo:0~0.80%、
B :0~0.0100%、
Ti:0~0.200%、
Nb:0~0.200%、
V :0~0.500%、
Ni:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
W :0~1.00%、
Ta:0~0.10%、
Co:0~3.00%、
Sn:0~1.00%、
Sb:0~0.200%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.0100%、
REM:0~0.0100%、
Bi:0~0.0500%、
As:0~0.10%、並びに
残部:Fe及び不純物からなる化学組成を有し、
面積%で、
フェライト:75~95%、及び
マルテンサイト:5~25%、を含み、かつ、
フェライト及びマルテンサイトの合計が90%以上であり、
マルテンサイトの平均粒子間隔が2.5μm以下であり、
圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差が1.5%以下であり、
EBSD測定において、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aと、フェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bと、の比A/Bが0.60以上である金属組織を有することを特徴とする、鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Cr:0.001~1.00%、
Mo:0.001~0.80%、
B :0.0001~0.0100%、
Ti:0.001~0.200%、
Nb:0.001~0.200%、
V :0.001~0.500%、
Ni:0.001~1.00%、
Cu:0.001~1.00%、
W :0.001~1.00%、
Ta:0.001~0.10%、
Co:0.001~3.00%、
Sn:0.001~1.00%、
Sb:0.001~0.200%、
Ca:0.0001~0.0100%、
Mg:0.0001~0.0100%、
Zr:0.0001~0.0100%、
REM:0.0001~0.0100%、
Bi:0.0001~0.0500%、及び
As:0.001~0.10%
のうち少なくとも1種を含むことを特徴とする、請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記フェライトの平均結晶粒径が3.0~25.0μmであり、前記マルテンサイトの平均結晶粒径が1.0~5.0μmであり、前記マルテンサイトの平均アスペクト比が2.5以上であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の鋼板。
【請求項4】
請求項1
又は2に記載の鋼板を含む外板部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板に関し、より詳しくは、例えば自動車の外板部材等が主たる用途の外観性に優れた鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車からの炭酸ガスの排出量を抑えるために、高強度鋼板を使用して、安全性を確保しながら自動車車体を軽量化する試みが進められている。このような自動車用鋼板の高強度化は、自動車骨格部品で顕著に進んでいるが、ドアやフードなどの外板部材では引張強さで300MPa以下の強度クラスの鋼板が主に使用されており、高強度化が進んでいない。このような外板部材には、高い成形性や外観性が求められる。一般に、鋼板の強度を高めると、成形性や成形後の外観性は低下する。したがって、高強度鋼板において、強度と成形性及び外観性、とりわけ成形後の外観性とを両立させることは困難である。従来、これらの課題を解決するために、いくつかの手段が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、質量%で、C:0.02~0.3%、Si:0.1~2.0%、Mn:1.0%未満、Cr:1.0超~3.0%、P:0.02%以下、S:0.02%以下、Al:0.014%以下、N:0.001~0.008%を含有し、且つ、2.5≦1.5Mn%+Cr%、4.1-2.3Mn%-1.2Cr%≦Si%を満足し、残部Feおよび不可避不純物からなることを特徴とする溶融亜鉛めっき用鋼板が記載されている。また、特許文献1では、Mn、Cr、Siの添加量を最適化することによって、引張強度が390MPa以上の溶融亜鉛めっき用鋼板の加工性と、自動車用外板として使用可能な加工後の外観を両立できることが教示されている。さらに、特許文献1では、主相であるフェライトの面積率を70%以上とし、マルテンサイトを含む硬質第2相の面積率を30%以下とすることで、強度、降伏強度、降伏比、強度-延性バランスの全てを良好な範囲とすることが可能になると教示されている。
【0004】
特許文献2では、mass%で、C:0.0005~0.01%、Si:0.2%以下、Mn:0.1~1.5%、P:0.03%以下、S:0.005~0.03%、Ti:0.02~0.1%、Al:0.01~0.05%、N:0.005%以下、Sb:0.03%以下、Cu:0.005%超0.03%以下であり、かつ、Ti*=(Ti%)-3.4×(N%)-1.5×(S%)-4×(C%)で示されるTi*を0<Ti*<0.02を満たす範囲で、さらに、(Sb%)≧(Cu%)/5を満たす範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、鋼板両面において、各表面から10μmまでの板厚表層部における大きさ20nm未満の析出物に含まれるTi元素の含有量(mass%)が、鋼板中の全Ti含有量(mass%)の9%以下であることを特徴とする冷延鋼板が記載されている。また、特許文献2では、鋼板両面の各表面から10μmまでの板厚表層部における大きさ20nm未満の析出物に含まれるTi元素の含有量(mass%)を鋼板中の全Ti含有量(mass%)の9%以下とすることで、このような微細なTi系析出物に起因する外観ムラの発生を回避し、表面性状に優れた冷延鋼板が得られること、さらには当該冷延鋼板が自動車の外板を中心に優れた成形後表面品質を必要とする部品に対して好適に使用できることが教示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2009-249737号公報
【文献】国際公開第2011/142473号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
例えば、特許文献1に記載されるような軟質なフェライトと硬質なマルテンサイトを含む金属組織を有する複合組織鋼の場合には、プレス成形などの加工時に軟質なフェライト及びその周辺が優先的に変形する不均一変形が起こりやすい。このため、このような軟質組織と硬質組織から構成される複合組織鋼を利用した場合には、成形後の鋼板表面に微小な凹凸が生じることで、ゴーストラインと呼ばれる外観不良が発生することがある。これに関連して、例えば、特許文献1では、主に化学組成の観点から成形性と成形後の外観性を向上させることについて検討されているものの、金属組織を適切なものとする観点からは必ずしも十分な検討はなされていない。したがって、従来技術の鋼板では、成形性及び成形後の外観性の向上に関して依然として改善の余地があった。
【0007】
そこで、本発明は、新規な構成により、強度と成形性及び成形後の外観性とを両立することができる鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するために、鋼板の金属組織に着目して検討を行った。その結果、本発明者らは、金属組織において所定の割合で含まれるマルテンサイトを金属組織中のミクロな領域とマクロな領域の両方において均一に分散させることで、このような硬質組織に基づいて所望の高強度化を達成するとともに、プレス成形等によってひずみが付与された場合においても、鋼板表面における微小な凹凸の生成が顕著に抑制されることを見出し、さらには金属組織中の軟質組織であるフェライトのEBSD測定によるKAM値が所定の要件を満足するよう制御することで、成形性を顕著に改善することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
上記目的を達成し得た本発明は下記のとおりである。
(1)質量%で、
C :0.030~0.100%、
Mn:1.00~2.80%、
Si:0.005~1.500%、
Al:1.000%以下、
P :0.100%以下、
S :0.0200%以下、
N :0.0150%以下、
O :0.0100%以下、
Cr:0~1.00%、
Mo:0~0.80%、
B :0~0.0100%、
Ti:0~0.200%、
Nb:0~0.200%、
V :0~0.500%、
Ni:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
W :0~1.00%、
Ta:0~0.10%、
Co:0~3.00%、
Sn:0~1.00%、
Sb:0~0.200%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.0100%、
REM:0~0.0100%、
Bi:0~0.0500%、
As:0~0.10%、並びに
残部:Fe及び不純物からなる化学組成を有し、
面積%で、
フェライト:75~95%、及び
マルテンサイト:5~25%、を含み、かつ、
フェライト及びマルテンサイトの合計が90%以上であり、
マルテンサイトの平均粒子間隔が2.5μm以下であり、
圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差が1.5%以下であり、
EBSD測定において、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aと、フェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bと、の比A/Bが0.60以上である金属組織を有することを特徴とする、鋼板。
(2)前記化学組成が、質量%で、
Cr:0.001~1.00%、
Mo:0.001~0.80%、
B :0.0001~0.0100%、
Ti:0.001~0.200%、
Nb:0.001~0.200%、
V :0.001~0.500%、
Ni:0.001~1.00%、
Cu:0.001~1.00%、
W :0.001~1.00%、
Ta:0.001~0.10%、
Co:0.001~3.00%、
Sn:0.001~1.00%、
Sb:0.001~0.200%、
Ca:0.0001~0.0100%、
Mg:0.0001~0.0100%、
Zr:0.0001~0.0100%、
REM:0.0001~0.0100%、
Bi:0.0001~0.0500%、及び
As:0.001~0.10%
のうち少なくとも1種を含むことを特徴とする、上記(1)に記載の鋼板。
(3)前記フェライトの平均結晶粒径が3.0~25.0μmであり、前記マルテンサイトの平均結晶粒径が1.0~5.0μmであり、前記マルテンサイトの平均アスペクト比が2.5以上であることを特徴とする、上記(1)又は(2)に記載の鋼板。
(4)上記(1)~(3)のいずれか1項に記載の鋼板を含む外板部材。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、強度と成形性及び成形後の外観性とを両立することができる鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】鋼板における「圧延方向及び板厚方向に垂直な方向」を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<鋼板>
本発明の実施形態に係る鋼板は、質量%で、
C :0.030~0.100%、
Mn:1.00~2.80%、
Si:0.005~1.500%、
Al:1.000%以下、
P :0.100%以下、
S :0.0200%以下、
N :0.0150%以下、
O :0.0100%以下、
Cr:0~1.00%、
Mo:0~0.80%、
B :0~0.0100%、
Ti:0~0.200%、
Nb:0~0.200%、
V :0~0.500%、
Ni:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
W :0~1.00%、
Ta:0~0.10%、
Co:0~3.00%、
Sn:0~1.00%、
Sb:0~0.200%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.0100%、
REM:0~0.0100%、
Bi:0~0.0500%、
As:0~0.10%、並びに
残部:Fe及び不純物からなる化学組成を有し、
面積%で、
フェライト:75~95%、及び
マルテンサイト:5~25%、を含み、かつ、
フェライト及びマルテンサイトの合計が90%以上であり、
マルテンサイトの平均粒子間隔が2.5μm以下であり、
圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差が1.5%以下であり、
EBSD測定において、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aと、フェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bと、の比A/Bが0.60以上である金属組織を有することを特徴としている。
【0013】
近年、自動車の外板部材(ルーフ、フード、フェンダー、ドア等)についても軽量化のニーズが高まっており、それゆえ骨格部材の場合と同様に、外板部材においても高強度化の要求がある。一方で、外板部材においては、プレス成形等の際に生じる面ひずみと呼ばれる面欠陥を回避する観点から、降伏強度が比較的低い複合組織鋼(DP鋼)が用いられる場合が多い。しかしながら、フェライトからなる軟質組織とマルテンサイトからなる硬質組織が混在するDP鋼の場合、プレス成形などの加工時に軟質組織及びその周辺が優先的に変形する不均一変形が起こりやすく、成形後の鋼板表面に微小な凹凸が生じることで、ゴーストラインと呼ばれる外観不良が発生することがある。より詳しく説明すると、プレス成形などの加工時には、フェライトからなる軟質組織は変形量が大きく凹む一方で、マルテンサイトからなる硬質組織は変形量が小さい。それゆえ硬質組織は軟質組織と比較して凹まず、凸となるように盛り上がる。その結果、特に鋼板の幅方向において変形量のばらつきが発生してゴーストラインが鋼板の圧延方向に沿ってバンド状(縞状)に生じる。一方で、鋼板の高強度化に伴い、鋼板の焼入れ性を改善するためにMn等の元素が比較的多く添加される場合がある。Mnは鋼板中で筋状に偏析しやすい元素であり、より詳しくは鋳造時に中心偏析やミクロ偏析といったMn濃化領域が形成され、熱間圧延や冷間圧延によって当該濃化領域が圧延方向に延ばされることでMnは筋状に偏析する。このため、このようなMnの偏析に起因して、鋼板中に焼入れ性が高い領域と低い領域が存在することとなる。その結果として、焼入れ後の鋼板の金属組織において縞状の硬質組織が比較的多く生成する。この場合には、ゴーストラインの発生が特に顕著となる。これに対し、仮に鋼板中のMn偏析を十分に抑制することができれば、このような縞状の硬質組織の生成を低減して当該硬質組織を金属組織中により均一に分散させることが可能となる。この場合には、プレス成形等によってひずみが付与された場合においても、鋼板表面における微小な凹凸の生成を十分に低減することができ、ゴーストラインの発生を抑制することが可能になると考えられる。しかしながら、高強度化の要求に伴い、特に鋼板中のMn添加量が多くなる場合には、実際のところ、Mn偏析を確実かつ十分に抑制することは非常に困難である。加えて、このような高強度化に伴い、成形性自体も低下することから、強度と成形性及び成形後の外観性とを両立することは一般に非常に困難である。
【0014】
そこで、まず、本発明者らは、鋼板の化学組成を適正化するとともに、金属組織中の軟質組織であるフェライトと硬質組織であるマルテンサイトの割合を適正化することにより一定の成形性を確保しかつ所望の高強度化を実現する一方で、さらに成形後の外観性を改善する手段について検討を行った。具体的には、本発明者らは、金属組織中の硬質組織であるマルテンサイトの分布状態に着目し、より詳しくはマルテンサイトの分布をMn偏析の低減とは異なる別の観点から制御することについて検討を行った。その結果として、鋼板の製造方法について後で詳しく説明されるように、本発明者らは、最終焼鈍前の鋼板中の金属組織をベイナイト及び/又はマルテンサイトを主体とする組織によって構成し、次いでこのような金属組織を有する鋼板を所定の条件下で最終焼鈍することにより、最終的に得られる金属組織中でマルテンサイトをミクロな領域とマクロな領域の両方において均一に分散させることができることを見出した。そして、プレス成形等によってひずみが付与された場合においても、鋼板表面における微小な凹凸の生成を十分に低減することができ、ゴーストラインの発生を抑制することに成功した。より具体的には、本発明者らは、ベイナイト及び/又はマルテンサイトからなる金属組織を有する鋼板を所定の条件下で最終焼鈍することにより、ミクロな領域ではマルテンサイトの平均粒子間隔を2.5μm以下に制御することができ、マクロな領域では圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差を1.5%以下に制御することができることを見出した。マルテンサイトの平均粒子間隔を2.5μm以下に制御することでミクロな領域において硬質組織を密にかつ均一に分散させることができる。圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差を1.5%以下に制御することで、マクロな領域における硬質組織のばらつきを顕著に低減することができる。これら両方の要件を満足することで、硬質組織であるマルテンサイトが鋼板全体において微細かつ均一に分散した金属組織を形成することができる。その結果として、本発明の実施形態に係る鋼板によれば、プレス成形等の成形時においても鋼板の変形量をとりわけ幅方向においてより均一にすることができ、ゴーストライン等の外観不良が顕著に抑制された優れた成形後外観を達成することが可能となる。例えば、ミクロな領域でのマルテンサイトの均一性が確保されていても、マクロな領域でのマルテンサイトの均一性が確保されていなければ、マルテンサイトが鋼板全体において微細かつ均一に分散した金属組織を形成することはできない。同様に、マクロな領域でのマルテンサイトの均一性が確保されていても、ミクロな領域でのマルテンサイトの均一性が確保されていなければ、局所的にはマルテンサイトが不均一に存在し得ることになるため、マルテンサイトが鋼板全体において微細かつ均一に分散した金属組織を形成することはできない。したがって、本発明の実施形態に係る鋼板において、ゴーストライン等の外観不良が顕著に抑制された優れた成形後外観を達成するためには、マルテンサイトの平均粒子間隔を2.5μm以下に制御することと、圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差を1.5%以下に制御することの両方の要件を満足することが必要となる。
【0015】
ここで、本明細書において「圧延方向及び板厚方向に垂直な方向」とは、
図1に示すとおり「圧延方向」と「板厚方向」のそれぞれに垂直な方向すなわち「鋼板の幅方向」を意味する。
【0016】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、最終的に得られる鋼板の金属組織においてマルテンサイトを鋼板全体で微細かつ均一に分散させるためには、最終焼鈍における加熱時に多数のオーステナイト核生成サイトを分散させ形成しておくことが極めて重要であると考えられる。これに関連して、マルテンサイト組織は、旧オーステナイト粒の中にさらにパケット、ブロック、ラス等の下部組織を有しており、それゆえフェライト等の組織と比較して内部に多くの様々な界面を有している組織である。ベイナイトもマルテンサイトの場合と同様に内部に多くの様々な界面を有している組織である。したがって、最終焼鈍前の鋼板における金属組織をベイナイト及び/又はマルテンサイトによって構成することで、このような金属組織を最終焼鈍において加熱していく段階でこれらの界面上にオーステナイトの核生成サイトとなり得る炭化物を非常に多く分散して生成させることが可能となる。したがって、界面上に多くの炭化物を生成した後、さらに温度をフェライトとオーステナイトの2相域まで加熱することで、鋼板全体にオーステナイトを微細かつ均一に生成させることが可能になると考えられる。最後に、このような金属組織を有する鋼板を急冷することで、これらのオーステナイトからマルテンサイトが生成するため、最終的に得られる金属組織において、マルテンサイトの平均粒子間隔が2.5μm以下に制御されるとともに、圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差が1.5%以下に制御される。すなわちマルテンサイトがミクロな領域とマクロな領域の両方において均一に分散した金属組織を得ることができるものと考えられる。このような熱処理を施すことでMn偏析の影響を打ち消すほどにマルテンサイトを鋼板全体にわたって微細かつ均一に分散させることが可能になると考えられる。従来、Mn偏析自体を低減するという観点から硬質組織の分布制御を検討するのが一般的と考えられることから、Mn偏析の有無や程度に必ずしも依存することなく、最終的に得られる金属組織中でマルテンサイトをミクロな領域とマクロな領域の両方において均一に分散させることができるという事実は極めて意外であり、また驚くべきことである。
【0017】
次に、本発明者らは、強度と成形性の両立を図るべく、金属組織中の軟質組織であるフェライトに着目してさらに検討を行った。その結果、本発明者らは、EBSD(電子後方散乱回折)測定において、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aとフェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bとの比A/Bが0.60以上となるように制御することで、高強度であるにもかかわらず、鋼板の伸びを改善することができ、それゆえ強度と成形性のバランスを顕著に改善することができることを見出した。
【0018】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、KAM値が上記の要件を満足するよう制御することで、フェライト中の転位密度を低減することができ、それによって、マルテンサイトの存在に起因して高強度を維持しつつ、鋼板の伸びを顕著に改善することができ、その結果として強度と成形性のバランスを顕著に改善することが可能になるものと考えられる。より詳しく説明すると、KAM(Kernel Average Misorientation)値は、ひずみが蓄積されるほど値が大きくなる傾向があり、それゆえ結晶粒内のひずみ分布を評価するのに有効な指標であることが一般に知られている。したがって、KAM値が高くなるほど、転位密度が高くなる傾向にあると認められる。転位密度が高くなると、強度の向上には有効であるものの、一般に伸び等の成形性は低下してしまう。このため、成形性を改善する観点からは、転位密度を低減することが一般に好ましい。これに関連して、鋼板中に含まれるフェライトについて言うと、より低いKAM値の比率が高くなるほど、ひずみの蓄積がより小さく、それゆえ転位密度が低くなると考えられ、同様により高いKAM値の比率が低くなるほど、ひずみの蓄積がより小さく、それゆえ転位密度が低くなると考えられる。そこで、本発明者らは、フェライト中の転位密度を低減することで鋼板の成形性を改善すべく、EBSD測定において算出されるフェライトのKAM値及びそれらの適切な制御について検討した。その結果、本発明者らは、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aをより高くし(転位密度が低くなる方向)、一方でフェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bをより低くして(同様に転位密度が低くなる方向)、結果的に比A/Bの値がより大きくなるように制御すること、より具体的には比A/Bが0.60以上になるように制御することで、鋼板の伸びを顕著に改善することができることを見出した。
【0019】
本発明の実施形態に係る鋼板によれば、軟質組織であるフェライトの面積率を75~95%に制御することで一定の成形性を確保するとともに、硬質組織であるマルテンサイトの面積率を5~25%に制御し、さらに鋼板の化学組成を所定の範囲内に制御することで高強度、例えば引張強さが540MPa以上の高強度を確保することができる。加えて、上記のとおり、金属組織中でマルテンサイトをミクロな領域とマクロな領域の両方において均一に分散させることで、ゴーストライン等の外観不良が顕著に抑制された優れた成形後外観を達成することができ、さらにはフェライトのKAM値が所定の要件を満足するよう制御することで、成形性を顕著に改善することができる。その結果として、本発明の実施形態に係る鋼板によれば、強度と成形性及び成形後の外観性との両立を高いレベルで実現することが可能となる。
【0020】
以下、本発明の実施形態に係る鋼板についてより詳しく説明する。以下の説明において、各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味するものである。また、本明細書において、数値範囲を示す「~」とは、特に断りがない場合、その前後に記載される数値を下限値および上限値として含む意味で使用される。
【0021】
[C:0.030~0.100%]
Cは、所定量のマルテンサイトを確保し、鋼板の強度を向上させる元素である。また、Cは、オーステナイト安定化元素でもあり、Ac3点を低下させるのに有効である。これらの効果を十分に得るために、C含有量は0.030%以上とする。C含有量は0.040%以上又は0.050%以上であってもよい。一方、Cを過度に含有すると、マルテンサイトの平均粒子間隔を所望の範囲内に制御できない場合があるか、並びに/又は圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差を所望の範囲内に制御できない場合がある。このため、C含有量は0.100%以下とする。C含有量は0.090%以下、0.080%以下、0.070%以下又は0.060%以下であってもよい。
【0022】
[Mn:1.00~2.80%]
Mnは、焼入れ性を高め、鋼板強度の向上に寄与する元素である。また、Mnは、オーステナイト安定化元素でもあり、Ac3点を低下させるのに有効である。これらの効果を十分に得るために、Mn含有量は1.00%以上とする。Mn含有量は1.10%以上、1.20%以上、1.30%以上又は1.50%以上であってもよい。後で説明する鋼板の好ましい製造方法では、最終的に得られる金属組織中でマルテンサイトをミクロな領域とマクロな領域の両方において均一に分散させるために、最終焼鈍前の鋼板中の金属組織をベイナイト及び/又はマルテンサイトを主体とする組織によって構成する必要がある。このため、Mn添加による焼入れ性の向上は成形後の外観性を改善する上でも重要といえる。一方、Mnを過度に含有すると、Mn偏析による影響を十分に打ち消すことができず、マルテンサイトの平均粒子間隔を所望の範囲内に制御できなくなる場合があるか、並びに/又は圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差を所望の範囲内に制御できなくなる場合がある。そのため、Mn含有量は2.80%以下とする。Mn含有量は2.60%以下、2.50%未満、2.49%以下、2.48%以下、2.47%以下、2.46%以下、2.45%以下、2.44%以下、2.42%以下、2.40%以下、2.20%以下又は2.00%以下であってもよい。
【0023】
[Si:0.005~1.500%]
Siは、固溶強化により鋼板の強度を向上させる元素である。このような効果を十分に得るために、Si含有量は0.005%以上とする。Si含有量は0.010%以上、0.050%以上、0.100%以上、0.200%以上、0.300%以上又は0.400%以上であってもよい。一方、Siを過度に含有すると、熱間圧延で生成したスケールの除去が困難となり、外観性の劣化を招く場合がある。したがって、Si含有量は1.500%以下とする。また、Siはフェライト安定化元素であるため、Si含有量を低減することでAc3点を低下させることができる。このため、Si含有量は1.200%以下、1.000%以下、0.800%以下、0.700%以下又は0.600%以下であってもよい。
【0024】
[Al:1.000%以下]
Alは、脱酸剤として機能する元素であり、鋼の強度を高めるのに有効な元素である。Al含有量は0%であってもよいが、これらの効果を十分に得るためには、Al含有量は0.001%以上であることが好ましい。Al含有量は0.005%以上、0.010%以上、0.025%以上、0.050%以上又は0.080%以上であってもよい。一方、Alを過度に含有すると、粗大な酸化物が形成し、靭性を低下させる場合がある。したがって、Al含有量は1.000%以下とする。また、Alはフェライト安定化元素であるため、Al含有量を低減することでAc3点を低下させることができる。このため、Al含有量は0.800%以下、0.700%以下、0.600%以下又は0.300%以下であってもよい。
【0025】
[P:0.100%以下]
Pは、不純物元素であり、溶接部の脆化やめっき性を劣化させる元素である。このため、P含有量は0.100%以下とする。P含有量は0.060%以下、0.040%以下、0.020%以下又は0.010%以下であってもよい。P含有量は少ないほど好ましく、下限は特に限定されず0%であってもよい。一方、実用鋼板でP含有量を0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇し、経済的に不利になる。そのため、P含有量は0.0001%以上、0.0002%以上、0.0005%以上又は0.001%以上であってもよい。
【0026】
[S:0.0200%以下]
Sは、不純物元素であり、溶接性を阻害し、また、鋳造時と熱延時の製造性を阻害する元素である。このため、S含有量は0.0200%以下とする。S含有量は0.0150%以下、0.0120%以下、0.0100%以下、0.0060%以下又は0.0030%以下であってもよい。S含有量は少ないほど好ましく、下限は特に限定されず0%であってもよい。一方、実用鋼板でS含有量を0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇し、経済的に不利になる。そのため、S含有量は0.0001%以上、0.0002%以上又は0.0005%以上であってもよい。
【0027】
[N:0.0150%以下]
Nは、溶接時のブローホールの発生原因となる元素である。このため、N含有量は0.0150%以下とする。N含有量は0.0120%以下、0.0100%以下、0.0080%以下又は0.0060%以下であってもよい。N含有量は少ないほど好ましく、下限は特に限定されず0%であってもよい。一方、実用鋼板でNを0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇し、経済的に不利になる。そのため、N含有量は0.0001%以上、0.0002%以上又は0.0005%以上であってもよい。
【0028】
[O:0.0100%以下]
Oは、溶接時のブローホールの発生原因となる元素である。このため、O含有量は0.0100%以下とする。O含有量は0.0080%以下、0.0050%以下、0.0030%以下又は0.0020%以下であってもよい。O含有量は少ないほど好ましく、下限は特に限定されず0%であってもよい。一方、実用鋼板でOを0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇し、経済的に不利になる。そのため、O含有量は0.0001%以上、0.0002%以上又は0.0005%以上であってもよい。
【0029】
本発明の実施形態に係る鋼板の基本化学組成は上記のとおりである。さらに、当該鋼板は、必要に応じて特性向上を目的として、残部のFeの一部に代えて以下の任意選択元素のうち少なくとも1種を含有してもよい。例えば、鋼板は、Cr:0~1.00%、Mo:0~0.80%、B:0~0.0100%、Ti:0~0.200%、Nb:0~0.200%、V:0~0.500%、Ni:0~1.00%、Cu:0~1.00%、W:0~1.00%、Ta:0~0.10%、Co:0~3.00%、Sn:0~1.00%、Sb:0~0.200%、Ca:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Zr:0~0.0100%、REM:0~0.0100%、Bi:0~0.0500%及びAs:0~0.10%のうち少なくとも1種を含んでもよい。以下、これらの任意選択元素について詳しく説明する。
【0030】
[Cr:0~1.00%]
Crは、Mnと同様に焼入れ性を高め、鋼板強度の向上に寄与する元素である。Cr含有量は0%でもよいが、上記効果を得るためには、Cr含有量は0.001%以上であることが好ましい。Cr含有量は0.01%以上、0.10%以上又は0.20%以上であってもよい。一方、Crを過度に含有しても効果が飽和し、製造コストの上昇を招く虞がある。したがって、Cr含有量は1.00%以下であることが好ましく、0.80%以下、0.60%以下又は0.40%以下であってもよい。
【0031】
[Mo:0~0.80%]
Moは、Crと同様に鋼板の高強度化に寄与する元素である。この効果は微量であっても得ることができる。Mo含有量は0%でもよいが、上記効果を得るためには、Mo含有量は0.001%以上であることが好ましい。Mo含有量は0.01%以上、0.02%以上、0.05%以上又は0.10%以上であってもよい。一方、Moを過度に含有すると、熱間加工性が低下して生産性が低下する場合がある。このため、Mo含有量は0.8
0%以下であることが好ましい。Mo含有量は0.60%以下、0.50%以下又は0.40%以下又は0.20%以下であってもよい。
【0032】
[B:0~0.0100%]
Bは、オーステナイトからの冷却過程においてフェライト及びパーライトの生成を抑え、マルテンサイトの生成を促す元素である。また、Bは、鋼の高強度化に有益な元素である。これらの効果は微量であっても得ることができる。B含有量は0%でもよいが、上記効果を得るためには、B含有量は0.0001%以上であることが好ましい。B含有量は0.0005%以上又は0.0010%以上であってもよい。一方、Bを過度に含有すると、靭性及び/又は溶接性が低下する場合がある。このため、B含有量は0.0100%以下であることが好ましい。B含有量は0.0080%以下、0.0050%以下、0.0030%以下又は0.0020%以下であってもよい。
【0033】
[Ti:0~0.200%]
Tiは、炭化物の形態制御に有効な元素である。Tiによってフェライトの強度増加が促され得る。Ti含有量は0%でもよいが、これらの効果を得るためには、Ti含有量は0.001%以上であることが好ましい。Ti含有量は0.002%以上、0.010%以上、0.020%以上又は0.040%以上であってもよい。一方、Tiを過度に含有しても効果が飽和し、製造コストの上昇を招く虞がある。このため、Ti含有量は0.200%以下であることが好ましい。Ti含有量は0.150%以下、0.100%以下、0.080%以下又は0.050%以下であってもよい。
【0034】
[Nb:0~0.200%]
Nbは、Tiと同様に炭化物の形態制御に有効な元素であり、組織を微細化して鋼板の靭性の向上にも効果的な元素である。これらの効果は微量であっても得ることができる。Nb含有量は0%でもよいが、上記効果を得るためには、Nb含有量は0.001%以上であることが好ましい。Nb含有量は0.005%以上、0.010%以上、0.015%以上、0.020%以上又は0.040%以上であってもよい。一方、Nbを過度に含有すると、鋼中に粗大な炭化物等が生成して鋼板の靭性を低下させる場合がある。このため、Nb含有量は0.200%以下であることが好ましい。Nb含有量は0.150%以下、0.100%以下、0.080%以下又は0.050%以下であってもよい。
【0035】
[V:0~0.500%]
Vは、Tiと同様に炭化物の形態制御に有効な元素であり、組織を微細化して鋼板の靭性の向上にも効果的な元素である。V含有量は0%でもよいが、上記効果を得るためには、V含有量は0.001%以上であることが好ましい。V含有量は0.005%以上、0.010%以上又は0.050%以上であってもよい。一方、Vを過度に含有すると、多量の析出物が生成して靭性を低下させる場合がある。このため、V含有量は0.500%以下であることが好ましい。V含有量は0.400%以下、0.200%以下又は0.100%以下であってもよい。
【0036】
[Ni:0~1.00%]
Niは、鋼板の強度の向上に有効な元素である。Niの含有量は0%でもよいが、上記効果を得るためには、Ni含有量は0.001%以上であることが好ましい。Ni含有量は0.01%以上又は0.05%以上であってもよい。一方、Niを過度に含有すると、鋼板の溶接性が低下する場合がある。このため、Ni含有量は1.00%以下であることが好ましい。Ni含有量は0.80%以下、0.40%以下又は0.20%以下であってもよい。
【0037】
[Cu:0~1.00%]
Cuは、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。この効果は微量であっても得ることができる。Cu含有量は0%でもよいが、上記効果を得るためには、Cu含有量は0.001%以上であることが好ましい。Cu含有量は0.01%以上又は0.05%以上であってもよい。一方、Cuを過度に含有すると、赤熱脆性を招いて熱間圧延での生産性を低下させる虞がある。このため、Cu含有量は1.00%以下であることが好ましい。Cu含有量は0.80%以下、0.60%以下、0.30%以下又は0.20%以下であってもよい。
【0038】
[W:0~1.00%]
Wは、炭化物の形態制御と鋼板の強度向上に有効な元素である。W含有量は0%でもよいが、これらの効果を得るためには、W含有量は0.001%以上であることが好ましい。W含有量は0.01%以上又は0.05%以上であってもよい。一方、Wを過度に含有すると、溶接性が低下する場合がある。このため、W含有量は1.00%以下であることが好ましい。W含有量は0.80%以下、0.40%以下、0.20%以下又は0.10%以下であってもよい。
【0039】
[Ta:0~0.10%]
Taは、Wと同様に炭化物の形態制御と鋼板強度の向上に有効な元素である。Ta含有量は0%でもよいが、これらの効果を得るためには、Ta含有量は0.001%以上であることが好ましい。Ta含有量は0.01%以上又は0.03%以上であってもよい。一方、Taを過度に含有しても効果が飽和し、必要以上に鋼板中に含有させることは製造コストの上昇を招く。このため、Ta含有量は0.10%以下であることが好ましい。Ta含有量は0.08%以下、0.06%以下又は0.04%以下であってもよい。
【0040】
[Co:0~3.00%]
Coは、Niと同様に鋼板の強度の向上に有効な元素である。Co含有量は0%でもよいが、上記効果を得るためには、Co含有量は0.001%以上であることが好ましい。Co含有量は0.01%以上、0.05%以上又は0.10%以上であってもよい。一方、Coを過度に含有すると、熱間加工性が低下する場合があり、原料コストの増加にも繋がる。このため、Co含有量は3.00%以下であることが好ましい。Co含有量は2.00%以下、1.00%以下、0.50%以下又は0.20%以下であってもよい。
【0041】
[Sn:0~1.00%]
Snは、鋼板の原料としてスクラップを用いた場合に、鋼板に含有され得る元素である。また、Snはフェライトの脆化を引き起こす虞がある。このため、Sn含有量は少ないほど好ましく、1.00%以下であることが好ましい。Sn含有量は0.10%以下、0.04%以下又は0.02%以下であってもよい。Sn含有量は0%であってもよいが、Sn含有量を0.001%未満に低減することは精錬コストの過度な増加を招く。このため、Sn含有量は0.001%以上、0.005%以上又は0.01%以上であってもよい。
【0042】
[Sb:0~0.200%]
Sbは、Snと同様に、鋼板の原料としてスクラップを用いた場合に鋼板に含有され得る元素である。また、Sbは粒界に強く偏析して粒界の脆化を招く虞がある。このため、Sb含有量は少ないほど好ましく、0.200%以下であることが好ましい。Sb含有量は0.100%以下、0.040%以下又は0.020%以下であってもよい。Sb含有量は0%であってもよいが、Sb含有量を0.001%未満に低減することは精錬コストの過度な増加を招く。このため、Sb含有量は0.001%以上、0.005%以上又は0.010%以上であってもよい。
【0043】
[Ca:0~0.0100%]
[Mg:0~0.0100%]
[Zr:0~0.0100%]
[REM:0~0.0100%]
Ca、Mg、Zr及びREMは、鋼板の成形性の向上に寄与する元素である。Ca、Mg、Zr及びREM含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Ca、Mg、Zr及びREM含有量はそれぞれ0.0001%以上であることが好ましく、0.0005%以上、0.0010%以上又は0.0015%以上であってもよい。一方で、これらの元素を過度に含有すると、鋼板の延性が低下する場合がある。したがって、Ca、Mg、Zr及びREM含有量はそれぞれ0.0100%以下であることが好ましく、0.0080%以下、0.0060%以下、0.0040%以下又は0.0020%以下であってもよい。本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)及びランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)の17元素の総称であり、REM含有量はこれら元素の合計含有量である。
【0044】
[Bi:0~0.0500%]
Biは、凝固組織を微細化することにより成形性を高める作用を有する元素である。Bi含有量は0%でもよいが、このような効果を得るためには、Bi含有量は0.0001%以上であることが好ましく、0.0005%以上、0.0010%以上又は0.0030%以上であってもよい。一方、Biを過度に含有しても効果が飽和し、必要以上に鋼板中に含有させることは製造コストの上昇を招く。したがって、Bi含有量は0.0500%以下であることが好ましく、0.0400%以下、0.0200%以下、0.0100%以下又は0.0050%以下であってもよい。
【0045】
[As:0~0.10%]
Asは、Sn及びSbと同様に、鋼板の原料としてスクラップを用いた場合に鋼板に含有され得る元素である。また、Asは、粒界に強く偏析する元素であり、As含有量は少ないほど好ましい。As含有量は0.10%以下であることが好ましく、0.05%以下、0.04%以下又は0.02%以下であってもよい。As含有量は0%であってもよいが、As含有量を0.001%未満に低減することは精錬コストの過度な増加を招く。このため、As含有量は0.001%以上、0.005%以上又は0.01%以上であってもよい。
【0046】
本発明の実施形態に係る鋼板において、上記元素を除く残部は、Fe及び不純物からなる。不純物は、鋼原料から及び/又は製鋼過程で混入し、本発明の実施形態に係る鋼板の特性を阻害しない範囲で存在が許容される元素である。
【0047】
本発明の実施形態に係る鋼板の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、当該鋼板の化学組成は、JIS G 1201:2014に準じて切粉に対するICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。具体的には、例えば、鋼板の板厚1/4位置付近から35mm角の試験片を取得し、島津製作所製ICPS-8100等(測定装置)により、予め作成した検量線に基づいた条件で測定することにより特定することができる。ICP-AESで測定できないC及びSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて測定すればよい。鋼板の表面にめっき層を備える場合は、機械研削等によりめっき層を除去してから化学組成の分析を行えばよい。
【0048】
[フェライト:75~95%]
フェライトは、軟質な組織であるので変形し易く、伸びの向上に寄与する。フェライトの面積率を75%以上とすることで、一定の成形性を確保することができる。成形性向上の観点からは、フェライトの面積率は高いほど好ましく、例えば78%以上、80%以上、82%以上又は85%以上であってもよい。一方で、フェライトを過度に含むと、鋼板において所望の強度を達成することができない場合がある。したがって、フェライトの面積率は95%以下とする。フェライトの面積率は93%以下、90%以下又は87%以下であってもよい。
【0049】
[マルテンサイト:5~25%]
マルテンサイトは、転位密度が高く硬質な組織であるので、引張強さの向上に寄与する組織である。マルテンサイトの面積率が過度に低いと、所望の強度を達成することができないか、及び/又はプレス成形の際に伸びが不均一に発生してストレッチャー・ストレインと呼ばれる筋状の模様が発生する場合がある。マルテンサイトの面積率を5%以上とすることで、このような不具合なく、例えば540MPa以上の引張強さを確保することができる。強度向上の観点からは、マルテンサイトの面積率は高いほど好ましく、例えば7%以上、8%以上、10%以上又は13%以上であってもよい。一方で、マルテンサイトの面積率が25%以下であると、成形性と外観性を確保することができる。マルテンサイトの面積率は22%以下、20%以下、18%以下又は15%以下であってもよい。本発明において、「マルテンサイト」とは、焼入れままマルテンサイト(いわゆるフレッシュマルテンサイト)だけでなく、焼戻しマルテンサイトをも包含するものである。
【0050】
[フェライト及びマルテンサイトの合計:90%以上]
フェライト及びマルテンサイトの合計の面積率が低いと、他の残部組織の面積率が比較的高くなり、プレス成形の際に伸びが不均一に発生してストレッチャー・ストレインと呼ばれる筋状の模様が発生する場合がある。したがって、フェライト及びマルテンサイトの合計の面積率は90%以上である。これにより、ストレッチャー・ストレイン等の外観不良の発生を確実に抑制するとともに、上述のフェライト及びマルテンサイトに基づく効果を確保することができる。フェライト及びマルテンサイトの合計の面積率は、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上であってもよく、100%であってもよい。
【0051】
[残部組織:合計で0~10%]
フェライト及びマルテンサイト以外の残部組織は、面積率で0%であってもよい。残部組織が存在する場合には、当該残部組織はベイナイト、パーライト、残留オーステナイト、又はそれら2つ以上の組み合わせであってよい。なお、本実施形態において、残部組織は、化学組成及び後述する製造方法から、ベイナイト、パーライト、残留オーステナイト、又はそれら2つ以上の組み合わせであることが推測されるが、それらを同定したり区別したりする必要はない。フェライト及びマルテンサイトに基づく上記の効果を確保する観点から、残部組織の面積率は、合計で10%以下であることが好ましく、例えば8%以下、7%以下、6%以下、5%以下、4%以下、3%以下、2%以下又は1%以下であってもよい。一方で、残部組織の面積率を0%とするには、鋼板の製造過程において高度な制御を要するため、歩留まりの低下を招く場合がある。したがって、残部組織の面積率は0.5%以上又は1%以上であってもよい。
【0052】
[金属組織の同定及び面積率の算出]
金属組織の同定及び面積率の算出は、ナイタール試薬を用いた腐食後のFE-SEM(電界放射型走査型電子顕微鏡、例えばJEOL社製 JSM-7200F、加速電圧15kVにて測定)及び光学顕微鏡並びにX線回折法により行われる。FE-SEM及び光学顕微鏡による組織観察は、板面に垂直な方向の鋼板断面における100μm×100μmの領域に対して500~50000倍の倍率で行われる。いずれの金属組織についても測定箇所を3か所とし、それらの測定値の平均値を算出することによって面積率を決定する。例えば、測定対象の鋼板の板厚が薄いために、板厚方向に100μmの測定領域を確保できない場合には、板厚方向の長さを減少させつつ、測定領域10000μm2を確保することとする。例えば、板厚方向に20μm、板厚方向と垂直な方向に500μmの測定領域を観察対象としてもよい。ただし、板厚方向に含まれる結晶粒の数が少なくなりすぎると測定精度が低下する場合があるため、板厚方向の測定長さは10μm以上、好ましくは50μm以上とする。以下の説明中の「100μm×100μmの領域」についても同様である。
【0053】
本明細書において、「板厚x/y位置(ここで、x及びyは、x<yを満たす自然数とする。)」とは、鋼板の板厚方向における表面(板面)から、板厚方向に、板厚tのx/yの距離(深さ)だけ鋼板の中心部に向かって移動した位置を意味する。たとえば、鋼板の板厚tが2mmであった場合に「板厚1/8位置」とは、鋼板の表面から板厚方向に0.25mmの深さとなる位置を意味する。なお、鋼板が表面にめっき層等の被膜を有する場合、「鋼板の表面」は、鋼板と当該被膜との界面を意味し、「板厚t」は、当該被膜を除いた鋼板(母材)の板厚を意味するものとする。
【0054】
フェライトの面積率及びマルテンサイトの面積率は以下の手順で求める。まず、試料の観察面をナイタール試薬(3%硝酸エタノール溶液)でエッチングし、次いで板厚1/4位置を中心とする板厚1/8位置~3/8位置の範囲内で100μm×100μmの領域をFE-SEM(電界放射型走査型電子顕微鏡)で観察する。ナイタール腐食では、マルテンサイト及び残留オーステナイトは腐食されないため、腐食されていない領域の面積率は、マルテンサイト及び残留オーステナイトの合計面積率に対応する。具体的には、画像解析ソフトウェアImage J(Ver.1.54f)を用いて、金属組織を輝度の違いにより二値化し、画像データの黒色部分がフェライトであり、腐食されていない白色部分がマルテンサイトと残留オーステナイトの合計組織である。したがって、黒色部分の領域の面積率からフェライトの面積率を算出し、一方で、この腐食されていない領域の面積率から、後で説明するX線回折法により測定した残留オーステナイトの面積率を引算することでマルテンサイトの面積率を算出する。この方法で求めたマルテンサイト面積率には、焼戻しマルテンサイト面積率も含まれる。
【0055】
残留オーステナイトの面積率はX線回折法により算出される。まず、試料の板面から板厚方向に深さ1/4位置までを機械研磨及び化学研磨により除去する。より具体的には機械研磨で観察位置近傍まで薄くした後、化学研磨(フッ酸)で目標位置まで薄くする。次いで、例えば、リガク社製X線回折装置(RINT1500、X線出力40kV-200mA)により、板厚1/4位置において、MoKα線を用いて得られたbcc相の(200)及び(211)並びにfcc相の(200)、(220)及び(311)の回折ピークの積分強度比から、残留オーステナイトの組織分率を算出する。この算出方法として一般的な5ピーク法が利用される。算出された残留オーステナイトの組織分率を残留オーステナイトの面積率として決定する。
【0056】
[マルテンサイトの平均粒子間隔:2.5μm以下]
本発明の実施形態においては、硬質組織であるマルテンサイトの平均粒子間隔は2.5μm以下に制御される。マルテンサイトの平均粒子間隔は、ミクロ領域における硬質組織分布の均一性を表す指標である。マルテンサイトの平均粒子間隔が小さいほど、硬質組織が密にかつ均一に分散していることを意味し、よって均一性が高いといえる。プレス成形後の鋼板の外観性は、プレス成形時の鋼板の変形量がとりわけ鋼板の幅方向において均一であるほど良好なものとなる。鋼板の変形量は、硬質組織の分布状態の影響を強く受けるため、鋼板の変形量を鋼板の幅方向で均一にするためには、金属組織中の硬質組織の分布を均一にする必要がある。後で説明するマルテンサイトの面積率における標準偏差の制御に加えて、マルテンサイトの平均粒子間隔を2.5μm以下に制御することで、プレス成形等の成形時においても鋼板の変形量を幅方向においてより均一にすることができ、結果として良好な成形後外観を達成することができる。マルテンサイトの平均粒子間隔は、好ましくは2.4μm以下、より好ましくは2.2μm以下、最も好ましくは2.0μm以下又は1.8μm以下である。下限は特に限定されないが、例えば、マルテンサイトの平均粒子間隔は0.5μm以上、0.8μm以上又は1.0μm以上であってもよい。
【0057】
[マルテンサイトの平均粒子間隔の測定]
マルテンサイトの平均粒子間隔は、以下のようにして決定される。まず、板面に垂直な方向の鋼板断面を有する試料を採取し、当該断面を観察面とする。この観察面のうち板厚1/4位置を中心とする板厚1/8位置~3/8位置の範囲内で100μm×100μmの領域を観察領域とし、FE-SEM(例えばJEOL社製 JSM-7200F、加速電圧15kVにて測定)を用いてマルテンサイトを同定する。具体的には、画像解析ソフトウェアImage J(Ver.1.54f)を用いて、金属組織を輝度の違いにより二値化し、マルテンサイトを同定する。具体的には、ナイタール液を用いた場合は、画像データの黒色部分がフェライトであり、腐食されていない白色部分がマルテンサイトと残留オーステナイトの合計組織である。しかしながら、本発明の実施形態に係る鋼板では、残留オーステナイトの面積率はマルテンサイトの面積率と比較して十分に低いため、白色組織をマルテンサイトとみなすことができる。次に、同定されたマルテンサイトのうち、全ての隣り合うマルテンサイト粒の中心(重心)間の距離を粒子間隔として画像解析に基づいて算出し、算出された粒子間隔の平均値を求める。この操作を他の2つの観察領域にて行い、得られた3つの値の平均値をマルテンサイト(厳密にはマルテンサイト及び/又は残留オーステナイトを含む粒子)の平均粒子間隔として決定する。
【0058】
[圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差が1.5%以下]
本発明の実施形態においては、圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差は1.5%以下に制御される。当該標準偏差は、マクロ領域における硬質組織の均一性を表す指標である。プレス成形時に課題となる外観性は、鋼板の幅方向における変形量の差に起因した鋼板表面の微小な凹凸に依存している。このため、圧延方向及び板厚方向に垂直な方向の板厚内に含まれる硬質組織の面積率におけるばらつきが大きいと、鋼板の幅方向における変形量に差が生じ、その結果として鋼板表面に微小な凹凸が生成することとなる。したがって、圧延方向及び板厚方向に垂直な方向すなわち鋼板の幅方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差を低減することが有効である。より具体的には、先に述べたマルテンサイトの平均粒子間隔の制御に加えて、当該標準偏差を1.5%以下に制御することで、プレス成形等の成形時においても鋼板の幅方向における変形量のばらつきをより小さくすることができ、結果として良好な成形後外観を達成することができる。圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差は、好ましくは1.4%以下、より好ましくは1.2%以下、最も好ましくは1.0%以下である。下限は特に限定されないが、例えば、当該標準偏差は0.1%以上、0.3%以上又は0.5%以上であってもよい。
【0059】
[圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差の測定]
圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差は、以下のようにして決定される。まず、圧延方向及び板厚方向に対して垂直な方向に50mmの領域の鋼板断面における金属組織画像を取得する。10mm又はそれよりも小さい画像の場合、複数枚の画像を取得し、それらをつなぎ合わせて50mmとしてもよい。次に、取得した画像を圧延方向及び板厚方向に対して垂直な方向に100μm(0.1mm)毎に分割して、分割した各範囲で板厚3/8位置~5/8位置の範囲におけるマルテンサイトの面積率を算出する。合計500個の各分割画像から算出したマルテンサイト面積率に基づいて、マルテンサイトの面積率における標準偏差を算出する。各分割領域におけるマルテンサイトの面積率は、[金属組織の同定及び面積率の算出]の項で説明した手順に従って算出される。なお、残留オーステナイトの面積率については、便宜的に、各分割領域における測定結果の代わりに、上述の圧延方向及び板厚方向に対して垂直な方向に50mmの領域の鋼板断面における測定結果を流用してもよい。
【0060】
鋼板の圧延方向が明らかでない場合には、鋼板の圧延方向を特定する方法として、例えば以下の方法を採用することができる。鋼板の板厚断面を鏡面研磨で仕上げた後、電子プローブマイクロアナライザ(EPMA、Electron Probe Micro Analyzer、例えばJEOL社製 JXA-8230、加速電圧15kV、測定ピッチ1μmにて測定)にてS濃度を測定する。測定条件は加速電圧を15kVとし、測定ピッチを1μmとして板厚中心部における100μm(板厚方向)×500μm(板厚方向に垂直な方向)の範囲の分布像を測定する。このとき、S濃度が高い延伸した領域をMnS等の介在物と判定する。観察の際は複数の視野で観察してもよい。次に、上記方法により初めに観察した板厚断面を基準として、板厚方向を軸に0°~180°の範囲において5°刻みで回転させた面と平行となる面を上記の方法で断面観察する。得られた各断面における複数の介在物の長軸の長さの平均値を各断面ごとに算出し、介在物の長軸の長さの平均値が最大となる断面を特定する。その断面における介在物の長軸方向と平行な方向を圧延方向と判別する。
【0061】
[フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aとフェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bとの比A/B:0.60以上]
本発明の実施形態では、EBSD(電子後方散乱回折)測定において、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aとフェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bとの比A/Bは0.60以上に制御される。先に述べたとおり、KAM(Kernel Average Misorientation)値は、ひずみが蓄積されるほど値が大きくなる傾向があり、それゆえKAM値が高くなるほど、転位密度が高くなる傾向にあると認められる。このため、EBSD測定において、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aをより高くし(転位密度が低くなる方向)、一方でフェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bをより低くして(同様に転位密度が低くなる方向)、結果的に比A/Bの値がより大きくなるように制御すること、より具体的には比A/Bが0.60以上になるように制御することで、フェライト中の転位密度を十分に低減し、それによって鋼板の伸びを顕著に改善することが可能となる。その結果、本発明の実施形態に係る鋼板によれば、硬質組織であるマルテンサイトの面積率を5~25%に制御し、さらに鋼板の化学組成を所定の範囲内に制御することで高強度、例えば引張強さが540MPa以上の高強度を確保するとともに、軟質組織であるフェライトの面積率を75~95%に制御することで一定の成形性を確保し、さらにフェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aとフェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bとの比A/Bを0.60以上に制御することで、強度と成形性のバランスを顕著に改善することが可能となる。
【0062】
鋼板の伸びをさらに改善して強度と成形性のバランスをより改善する観点からは、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aとフェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bとの比A/Bは高いほど好ましく、例えば0.62以上、0.64以上、0.66以上、0.68以上又は0.70以上であってもよい。上限は特に限定されないが、例えば、上記比A/Bは0.85以下、0.80以下又は0.75以下であってもよい。
【0063】
[比A/Bの測定]
フェライトのKAM値は、SEMを用いた結晶解析手法であるEBSD測定におけるKAM解析及びGAIQ解析により算出される。SEM観察装置として、電界放射型走査型電子顕微鏡(例えば、JEOL社製「JSM-7001F」)を使用し、例えば、TSL社製「OIM Analysis 7」を用いてEBSD解析を行うことができる。EBSD解析において、鋼板の表面から板厚1/4位置を中心とする板厚1/8位置~板厚3/8位置における50μm×50μmの範囲を、0.05μmの間隔(ピッチ)で解析する。KAM解析は、測定点である「ある1つのピクセル」に対して、隣接する全てのピクセルとの方位差(°)の平均値を、当該「ある1つのピクセル」のKAM値とする解析であり、局所的な結晶方位差にもとづいたKAMマップを作成することができる。このようなKAM解析により、フェライト中のKAM値を解析した。EBSD測定結果におけるフェライトが存在する領域の判定は、下記GAIQ解析により行う。
【0064】
KAM値と同じ測定条件によって得られたEBSD測定結果についてGAIQ(Grain Average Image Quality)解析して得られたGAIQ値に基づき、相対的にGAIQ値が高い領域と、低い領域と、に二分した場合に、相対的にGAIQ値が高い領域をフェライトが存在する領域に相当すると判定する。また、相対的にGAIQ値が低い領域は、フェライト以外の硬質相が存在する領域に相当すると判定することができる。このとき、GAIQ解析は、測定点である「ある1つのピクセル」の菊池パターンの鮮明さを表すIQ値についての、1つの結晶粒内における平均値を、当該結晶粒のGAIQ値とする解析である。ここで、結晶粒は、結晶方位が15°以上異なる領域の境界である結晶粒界(Grain boundary)によって囲われた領域とする。
【0065】
GAIQ解析により判定されたフェライトに対応する領域において、KAM値が0.5°未満である領域の比率Aと、KAM値が1.0°以上である領域の比率Bからそれらの比A/Bを決定し、1視野における比A/Bを算出することができる。同様のEBSD測定、KAM解析、及びGAIQ解析を5つの異なる視野にて行い、その平均値をフェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aと、フェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bと、の比A/Bとして決定する。
【0066】
[フェライトの平均結晶粒径:3.0~25.0μm]
本発明の好ましい実施形態によれば、金属組織中のフェライトの平均結晶粒径は3.0~25.0μmである。フェライトの平均結晶粒径をこのような微細な範囲内に制御することで、鋼板の外観、特には成形後の外観をさらに向上させることが可能となる。フェライトの平均結晶粒径は、5.0μm以上、7.0μm以上、8.0μm以上、9.0μm以上又は10.0μm以上であってもよい。同様に、フェライトの平均結晶粒径は、22.0μm以下、20.0μm以下、16.0μm以下、14.0μm以下又は12.0μm以下であってもよい。
【0067】
鋼板におけるフェライトの平均結晶粒径は、以下のようにして決定される。まず、上記EBSD測定結果において、GAIQ解析により判定されたフェライトに対応する領域に位置する結晶粒(フェライト粒)の全てについて、円相当直径を算出する。ここで、結晶粒は、結晶方位が15°以上異なる領域の境界である結晶粒界(Grain boundary)によって囲われた領域とする。次いで、それらを算術平均することによって得られた値をフェライトの平均結晶粒径として決定する。
【0068】
[マルテンサイトの平均結晶粒径:1.0~5.0μm]
本発明の好ましい実施形態によれば、金属組織中のマルテンサイトの平均結晶粒径は1.0~5.0μmである。マルテンサイトの平均結晶粒径をこのような微細な範囲内に制御することで、鋼板の外観、特には成形後の外観をさらに向上させることが可能となる。マルテンサイトの平均結晶粒径は、1.2μm以上、1.5μm以上、1.7μm以上又は2.0μm以上であってもよい。同様に、マルテンサイトの平均結晶粒径は、4.7μm以下、4.5μm以下、4.2μm以下、4.0μm以下、3.8μm以下、3.6μm以下又は3.4μm以下であってもよい。
【0069】
マルテンサイトの平均結晶粒径は、以下のようにして決定される。まず、板面に垂直な方向の鋼板断面を有する試料を採取し、当該断面を観察面とする。この観察面のうち板厚1/4位置を中心とする板厚1/8位置~3/8位置の範囲内で100μm×100μmの領域を観察領域とし、FE-SEM(例えばJEOL社製 JSM-7200F、加速電圧15kVにて測定)を用いてマルテンサイトを同定する。具体的には、画像解析ソフトウェアImage J(Ver.1.54f)を用いて、金属組織を輝度の違いにより二値化し、マルテンサイトを同定する。具体的には、ナイタール液を用いた場合は、画像データの黒色部分がフェライトであり、腐食されていない白色部分がマルテンサイトと残留オーステナイトの合計組織である。しかしながら、本発明の実施形態に係る鋼板では、残留オーステナイトの面積率はマルテンサイトの面積率と比較して十分に低いため、白色組織をマルテンサイトとみなすことができる。次に、同定された全てのマルテンサイトの円相当直径を算出する。この操作を他の2つの観察領域にて行い、3つの観察領域で得られた全てのマルテンサイトの円相当直径を算術平均し、得られた値をマルテンサイト(厳密にはマルテンサイト及び/又は残留オーステナイトを含む粒子)の平均結晶粒径として決定する。
【0070】
[マルテンサイトの平均アスペクト比:2.5以上]
本発明の好ましい実施形態によれば、金属組織中のマルテンサイトの平均アスペクト比は2.5以上である。マルテンサイトの平均アスペクト比を2.5以上に制御することで、より大きなひずみが付与された状態とすることができ、鋼板の強度を向上させることが可能となる。マルテンサイトの平均アスペクト比は、2.6以上、2.8以上又は3.0以上であってもよい。上限は特に限定されないが、例えば、マルテンサイトの平均アスペクト比は、4.0以下、3.8以下又は3.6以下であってもよい。
【0071】
マルテンサイトの平均アスペクト比は、以下のようにして決定される。まず、マルテンサイトの平均結晶粒径を測定する際に得られた1つの観察領域の画像データにおいて、画像解析ソフトウェアImage J(Ver.1.54f)を用いて、全てのマルテンサイト粒のアスペクト比を算出する。画像上の粒子(結晶粒)のアスペクト比は、画像解析ソフトウェアImage J(Ver.1.54f)に搭載の機能により測定することができる。次いで、この操作を他の2つの観察領域にて行い、3つの観察領域で得られた全てのマルテンサイト粒のアスペクト比を算術平均し、得られた値をマルテンサイト(厳密にはマルテンサイト及び/又は残留オーステナイトを含む粒子)の平均アスペクト比として決定する。
【0072】
[板厚]
本発明の実施形態に係る鋼板は、特に限定されないが、例えば0.2~2.0mmの板厚を有する。このような板厚を有する鋼板は、ドアやフード等の外板部材のための素材として用いる場合に好適である。板厚は0.3mm以上、0.4mm以上又は0.6mm以上であってもよい。同様に、板厚は1.8mm以下、1.5mm以下、1.2mm以下又は1.0mm以下であってもよい。例えば、板厚を0.2mm以上とすることで、成形品形状を平坦に維持することが容易になり、寸法精度及び形状精度が向上するという追加の効果を得ることができる。一方、板厚を1.0mm以下とすることで部材の軽量化効果が顕著となる。鋼板の板厚はマイクロメータによって測定される。
【0073】
[めっき]
本発明の実施形態に係る鋼板は、冷延鋼板であるが、耐食性の向上等を目的として、表面にめっき層をさらに含んでもよい。めっき層は、溶融めっき層及び電気めっき層のいずれでもよい。つまり、本発明の実施形態に係る鋼板は、その表面に溶融めっき層又は電気めっき層を有する冷延鋼板であってもよい。溶融めっき層は、例えば、溶融亜鉛めっき層(GI)、合金化溶融亜鉛めっき層(GA)、溶融アルミニウムめっき層、溶融Zn-Al合金めっき層、溶融Zn-Al-Mg合金めっき層、溶融Zn-Al-Mg-Si合金めっき層等を含む。電気めっき層は、例えば、電気亜鉛めっき層(EG)、電気Zn-Ni合金めっき層等を含む。好ましくは、めっき層は、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、又は電気亜鉛めっき層である。めっき層の付着量は、特に制限されず一般的な付着量でよい。
【0074】
[機械特性]
[引張強さ(TS)及び全伸び(El)]
本発明の実施形態に係る鋼板によれば、高い引張強さ(TS)、具体的には540MPa以上の引張強さを達成することができる。引張強さは、好ましくは570MPa以上、より好ましくは600MPa以上である。上限は特に限定されないが、例えば、引張強さは980MPa以下、900MPa以下、850MPa以下、830MPa以下、810MPa以下又は800MPa以下であってもよい。引張強さを850MPa以下とすることで、鋼板をプレス加工する際の成形性を確保しやすいという利点がある。同様に、本発明の実施形態に係る鋼板によれば、優れた伸びを達成することができ、より具体的には20.0%以上の全伸び(El)を達成することができる。全伸びは、好ましくは22.0%以上、より好ましくは25.0%以上である。上限は特に限定されないが、例えば、全伸びは40.0%以下、35.0%以下又は30.0%以下であってもよい。引張強さ及び全伸びは、圧延方向及び板厚方向に直交する方向を長手方向とするJIS Z2241:2022の5号引張試験片を鋼板から採取し、JIS Z2241:2022に準拠して引張試験を行うことで測定される。
【0075】
[引張強さと全伸びの積(TS×El)]
また、本発明の実施形態に係る鋼板によれば、高強度であるにもかかわらず、優れた成形性を達成することができ、すなわち強度と成形性の優れたバランスを高いレベルで達成することができる。より具体的には、本発明の実施形態に係る鋼板によれば、14000MPa・%以上の引張強さと全伸びの積(TS×El)を達成することができる。TS×Elは、好ましくは15000MPa・%以上、より好ましくは16000MPa・%以上である。上限は特に限定されないが、例えば、TS×Elは20000MPa・%以下、19000MPa・%以下又は18500MPa・%以下であってもよい。
【0076】
本発明の実施形態に係る鋼板は、上記のとおり、高強度であるにもかかわらず、優れた成形性及び成形後の外観性を達成することが可能であり、それゆえ高強度、例えば540MPa以上の引張強さと、プレス加工等における優れた成形性及び成形後の外観性とを高いレベルで確実に両立させることができる。したがって、本発明の実施形態に係る鋼板は、これらの特性の両立が求められる技術分野の部品などにおいて使用するのに特に有用である。好ましい実施形態においては、本発明の実施形態に係る鋼板を含む外板部材、特には自動車の外板部材が提供される。自動車の外板部材の一例としては、高い意匠性が求められるルーフ、フード、フェンダー及びドア等が挙げられる。これらの外板部材、特には自動車の外板部材は、これらの外板部材の少なくとも一部において本発明の実施形態に係る鋼板を含んでいればよく、それゆえこれらの外板部材の少なくとも一部において先に述べた化学組成及び金属組織の特徴を満たすものである。プレス成形等の成形において金型と直接接触せず、加工の程度も比較的低い鋼板の部位では、金属組織の特徴は成形前後において特に変化しない。
【0077】
<鋼板の製造方法>
次に、本発明の実施形態に係る鋼板の好ましい製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係る鋼板を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該鋼板を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0078】
本発明の実施形態に係る鋼板の製造方法は、
鋼板に関連して上で説明した化学組成を有するスラブを1100~1300℃の温度に加熱して仕上げ圧延し、次いで500~670℃の温度で巻き取ることを含む熱間圧延工程であって、前記仕上げ圧延の終了温度が800~1250℃である熱間圧延工程、
得られた熱延鋼板を酸洗する酸洗工程、
酸洗された熱延鋼板を20~90%の圧下率で冷間圧延する冷間圧延工程、
得られた冷延鋼板をAc3+10℃以上の温度に加熱し、次いで350℃以下の冷却停止温度まで30~200℃/秒の平均冷却速度CRで冷却して600℃以下の温度T1で保持することを含み、CR、T1、及び下記式1又は2で表される指数Xが下記式3を満たす1次焼鈍工程、並びに
前記冷延鋼板を平均加熱速度HR℃/秒でAc1~(Ac3-10)℃の最高加熱温度T2まで加熱し、次いで前記最高加熱温度T2で10~500秒間保持することを含み、HR、T2、及び下記式1又は2で表される指数Xが下記式4を満たす2次焼鈍工程
を含むことを特徴としている。
[B]≧0.0005%のとき、
指数X=0.23+0.5[Mo]+[Ti]+5[Nb]・・・式1
[B]<0.0005%のとき、
指数X=0.2+0.3[Mo]+[Ti]+3[Nb] ・・・式2
(5CR+T1)/指数X≧1400 ・・・式3
(1000/HR+T2)/指数X≧3200 ・・・式4
ここで、[B]、[Mo]、[Ti]及び[Nb]は、各元素の含有量[質量%]であり元素を含有しない場合は0%である。
【0079】
[熱間圧延工程]
[スラブの加熱]
まず、鋼板に関連して上で説明した化学組成を有するスラブが加熱される。使用するスラブは、生産性の観点から連続鋳造法において鋳造することが好ましいが、造塊法又は薄スラブ鋳造法によって製造してもよい。使用されるスラブは、高強度鋼板を得るために合金元素を比較的多く含有している。このため、スラブを熱間圧延に供する前に加熱して合金元素をスラブ中に固溶させる必要がある。加熱温度が1100℃未満であると、合金元素がスラブ中に十分に固溶せずに粗大な合金炭化物が残り、熱間圧延中に脆化割れを生じる場合がある。このため、加熱温度は1100℃以上であることが好ましい。加熱温度の上限は、特に限定されないが、加熱設備の能力や生産性の観点から1300℃以下であることが好ましい。
【0080】
[粗圧延]
本方法では、例えば、加熱されたスラブに対し、板厚調整等のために、仕上げ圧延の前に粗圧延を施してもよい。粗圧延は、所望のシートバー寸法が確保できればよく、その条件は特に限定されない。
【0081】
[仕上げ圧延]
加熱されたスラブ又はそれに加えて必要に応じて粗圧延されたスラブは、次に仕上げ圧延を施される。上記のように使用されるスラブは合金元素を比較的多く含有しているため、熱間圧延の際に圧延荷重を大きくする必要がある。このため、熱間圧延は高温で行われることが好ましい。特に仕上げ圧延の終了温度は、鋼板の金属組織の制御の点で重要である。仕上げ圧延の終了温度が低いと、金属組織が不均一となり、成形性が低下する場合がある。このため、仕上げ圧延の終了温度は800℃以上とする。一方で、オーステナイトの粗大化を抑制するため、仕上げ圧延の終了温度は1250℃以下とする。
【0082】
[巻き取り]
次に、仕上げ圧延された熱延鋼板は、500~670℃の巻取温度で巻き取られる。巻取温度をこのような温度域に適切に制御することで、スケールの成長を抑制するとともに金属組織を微細かつ均一にすることができ、最終的に得られる金属組織においてマルテンサイトの所望の分散状態を得るのに重要である。巻取温度が670℃を超えると、金属組織中のセメンタイトに合金元素が濃化してしまい、その後の1次焼鈍工程における加熱時に未溶解炭化物が残存してしまうこととなる。その結果、1次焼鈍工程において金属組織をベイナイト及び/又はマルテンサイトを主体とする組織によって構成することができず、その後の2次焼鈍工程によってもマルテンサイトの所望の分散状態を得ることができなくなる。より具体的には、その後の2次焼鈍工程によっても、マルテンサイトの平均粒子間隔を2.5μm以下に制御することができないか、並びに/又は圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差を1.5%以下に制御することができなくなり、すなわちマルテンサイトがミクロな領域とマクロな領域の両方において均一に分散した金属組織を得ることができなくなる。この場合には、ゴーストライン等の発生を十分に抑制することができなくなり、成形後の外観性が低下する。
【0083】
[酸洗工程]
次に、得られた熱延鋼板は、当該熱延鋼板の表面に形成された酸化スケールを除去するために酸洗される。酸洗は、酸化スケールを除去するのに適切な条件下で実施すればよく、一回でもよいし、あるいは酸化スケールを確実に取り除くために複数回に分けて実施してもよい。
【0084】
[冷間圧延工程]
酸洗された熱延鋼板は、冷間圧延工程において20~90%の圧下率で冷延圧延される。冷間圧延の圧下率を20%以上とすることで冷延鋼板の形状を平坦に保ち、最終製品における延性の低下を抑制することができる。一方で、冷間圧延の圧下率を90%以下とすることにより、圧延荷重が過大になって圧延が困難となることを防ぐことができる。圧延パスの回数及びパス毎の圧下率は、特に限定されず、冷間圧延全体の圧下率が上記範囲となるように適宜設定すればよい。
【0085】
[1次焼鈍工程]
得られた冷延鋼板は、次の1次焼鈍工程において1次焼鈍され、具体的には、当該1次焼鈍工程は、冷延鋼板をAc3+10℃以上の温度に加熱し、次いで350℃以下の冷却停止温度まで30~200℃/秒の平均冷却速度CRで冷却して600℃以下の温度T1で保持することを含み、CR、T1、及び下記式1又は2で表される指数Xが下記式3を満たす。
[B]≧0.0005%のとき、
指数X=0.23+0.5[Mo]+[Ti]+5[Nb]・・・式1
[B]<0.0005%のとき、
指数X=0.2+0.3[Mo]+[Ti]+3[Nb] ・・・式2
(5CR+T1)/指数X≧1400 ・・・式3
ここで、[B]、[Mo]、[Ti]及び[Nb]は、各元素の含有量[質量%]であり元素を含有しない場合は0%である。
【0086】
Ac3点(℃)は、冷延鋼板から小片を切り出し、当該小片における室温から10℃/秒で1000℃への加熱中の熱膨張から求められる。冷延鋼板をAc3+10℃以上の温度に加熱することで、オーステナイト化を促進しその後適切に冷却すること、すなわち350℃以下の冷却停止温度まで30~200℃/秒の平均冷却速度CRで冷却することで、冷却後の鋼板中の金属組織を確実にベイナイト及び/又はマルテンサイトを主体とする組織、例えばフルベイナイト又はフルマルテンサイトによって構成することが可能となる。ここで、ベイナイト及び/又はマルテンサイトを主体とする組織とは、ベイナイト及びマルテンサイトの少なくとも1種を合計の面積率で90%以上含む組織をいうものであり、フルベイナイトとは、面積率で100%のベイナイトからなる組織をいうものであり、フルマルテンサイトとは、面積率で100%のマルテンサイトからなる組織をいうものである。ベイナイト及び/又はマルテンサイト組織は、フェライト等の組織と比較して内部に多くの様々な界面を有している組織である。このため、2次焼鈍工程すなわち最終焼鈍工程前の鋼板における金属組織をベイナイト及び/又はマルテンサイトを主体とする組織によって構成することで、このような金属組織を2次焼鈍において加熱していく段階でこれらの界面上にオーステナイトの核生成サイトとなり得る炭化物を非常に多く分散して生成させることが可能となる。その結果として、このように多く分散された核生成サイトから鋼板全体にオーステナイトを微細かつ均一に生成させ、次いでこれらのオーステナイトからマルテンサイトを生成させることで、2次焼鈍後に得られる金属組織において、マルテンサイトの平均粒子間隔が2.5μm以下に制御されるとともに、圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差が1.5%以下に制御される。すなわちマルテンサイトがミクロな領域とマクロな領域の両方において均一に分散した金属組織を達成することが可能となる。
【0087】
1次焼鈍工程における加熱温度がAc3+10℃未満であると、オーステナイト化が不十分となり、その後の冷却によっても鋼板中の金属組織をベイナイト及び/又はマルテンサイトを主体とする組織によって構成することができなくなり、すなわちベイナイト及びマルテンサイトの面積率の合計を90%以上にすることができなくなる。その結果として、最終的に得られる金属組織において、マルテンサイトの平均粒子間隔を2.5μm以下に制御することができないか、並びに/又は圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差を1.5%以下に制御することができなくなる。この場合には、ゴーストライン等の発生を十分に抑制することができなくなり、成形後の外観性が低下する。一方で、より高温での加熱は生産性を低下させることから、1次焼鈍工程における加熱温度は1050℃以下とすることが好ましい。上記加熱温度での保持時間は10~500秒であることが好ましい。
【0088】
1次焼鈍工程では、冷延鋼板の上記加熱に加えて、その後の冷却及び保持も重要であり、すなわち冷延鋼板を350℃以下の冷却停止温度まで30~200℃/秒の平均冷却速度CRで冷却し、必要に応じて再加熱した後、600℃以下の温度T1で保持するとともに、CR、T1、及び上記式1又は2で表される指数Xが上記式3を満たすように制御することも重要である。前段の冷却により、鋼板中の金属組織を確実にベイナイト及び/又はマルテンサイトを主体とする組織に変態させるとともに、後段の保持によりこれらの組織を少なくとも部分的に焼き戻すことで組織中の転位密度を低減することが可能となる。その結果として、最終的に得られる金属組織において、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aとフェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bとの比A/Bを0.60以上に制御してフェライト中の転位密度を十分に低減することができ、強度と成形性のバランスを顕著に改善することが可能となる。
【0089】
より詳しく説明すると、Mo、Ti及びNbは転位の回復を抑制したり、再結晶を抑制したりする作用を有し、Bとの組み合わせによりそれらの作用が強化される。したがって、最終組織におけるフェライト中の転位密度を低減するためには、Mo、Ti、Nb及びBの影響を考慮しつつ、1次焼鈍工程における加熱後の平均冷却速度CR及び保持温度T1を適切に決定する必要がある。そこで、本発明者らは、これらの元素と、平均冷却速度CRと、保持温度T1とが最終組織におけるフェライト中の転位密度に与える影響について検討した。その結果、本発明者らは、B含有量に応じて下記式1又は2により求められる指数Xを用い、下記式3の左辺により求められる数値が1400以上となるように1次焼鈍工程の平均冷却速度CR及び保持温度T1を選択することで、当該1次焼鈍工程後の金属組織中の転位密度を十分に低減することができることを見出した。これに関連して、本発明者らは、KAM値の上記比A/Bが0.60以上となるレベルまで最終組織におけるフェライト中の転位密度を低減することができることを見出した。
[B]≧0.0005%のとき、
指数X=0.23+0.5[Mo]+[Ti]+5[Nb]・・・式1
[B]<0.0005%のとき、
指数X=0.2+0.3[Mo]+[Ti]+3[Nb] ・・・式2
(5CR+T1)/指数X≧1400 ・・・式3
ここで、[B]、[Mo]、[Ti]及び[Nb]は、各元素の含有量[質量%]であり元素を含有しない場合は0%である。
【0090】
上記式1~3から、転位の回復を抑制する作用はNbが最も強く、次にTiが強く、Moが最も弱いことがわかる。いずれにしても、上記式1~3から、Mo、Ti及びNbの含有量が高くなると、指数Bの値が大きくなり、転位の回復が遅れることになる。この場合、転位密度を低減するためにはCR及びT1を高くする必要が生じることがわかる。これに関連して、例えば、式3の左辺すなわち(5CR+T1)/指数Xの値が1400未満であると、1次焼鈍工程後における金属組織中の転位密度を十分に低減することができず、その結果として、最終的に得られる金属組織において、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aとフェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bとの比A/Bを0.60以上に制御することができなくなる。強度と成形性のバランスをさらに改善する観点からは、(5CR+T1)/指数Xの値は高いほど好ましく、例えば1500以上であることが好ましい。上限は特に限定されないが、例えば、(5CR+T1)/指数Xの値は3000以下又は2800以下であってもよい。また、平均冷却速度CRは、冷却後の鋼板中の金属組織を確実にベイナイト及び/又はマルテンサイトを主体とする組織によって構成するために30℃/秒以上とする。このような観点に加えて、(5CR+T1)/指数Xの値を高める観点からも平均冷却速度CRは高いほど好ましい。しかしながら、CRが高くなりすぎると、鋼板形状が劣化する場合がある。したがって、CRは200℃/秒以下とする。同様に、(5CR+T1)/指数Xの値を高める観点からは、保持温度T1は高いほど好ましい。しかしながら、T1が高くなりすぎると、2次焼鈍後にマルテンサイトがミクロな領域とマクロな領域の両方において均一に分散した金属組織を達成することができない場合がある。したがって、T1は600℃以下とする。T1での保持時間は特に限定されないが、例えば50~600秒であることが好ましい。
【0091】
[2次焼鈍工程(最終焼鈍工程)]
1次焼鈍後の冷延鋼板は、次の2次焼鈍工程において再び加熱され、具体的には、当該2次焼鈍工程は、冷延鋼板を平均加熱速度HR℃/秒でAc1~(Ac3-10)℃の最高加熱温度T2まで加熱し、次いで前記最高加熱温度T2で10~500秒間保持することを含み、HR、T2、及び下記式1又は2で表される指数Xが下記式4を満たす。
[B]≧0.0005%のとき、
指数X=0.23+0.5[Mo]+[Ti]+5[Nb]・・・式1
[B]<0.0005%のとき、
指数X=0.2+0.3[Mo]+[Ti]+3[Nb] ・・・式2
(1000/HR+T2)/指数X≧3200 ・・・式4
ここで、[B]、[Mo]、[Ti]及び[Nb]は、各元素の含有量[質量%]であり元素を含有しない場合は0%である。
【0092】
Ac1点(℃)は、Ac3点の場合と同様に、冷延鋼板から小片を切り出し、当該小片における室温から10℃/秒で1000℃への加熱中の熱膨張から求められる。まず、1次冷却後の鋼板をAc1~(Ac3-10)℃の最高加熱温度T2まで加熱していく段階で、金属組織中のベイナイト及び/又はマルテンサイトの内部に含まれる多くの界面上に炭化物を分散して生成させることができる。次に、フェライトとオーステナイトの2相域に対応するAc1~(Ac3-10)℃の最高加熱温度T2にて10~500秒間保持することで、界面上に炭化物が分散された状態を維持しつつ、当該炭化物からオーステナイトを鋼板全体に微細かつ均一に生成させることができる。最後に、鋼板を適切に冷却すること、例えば500℃までの温度域を平均冷却速度10℃/秒以上で冷却することで、微細分散されたオーステナイトからマルテンサイトを適切に生成させることができ、その結果としてマルテンサイトの平均粒子間隔が2.5μm以下に制御されるとともに、圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差が1.5%以下に制御される。すなわちマルテンサイトがミクロな領域とマクロな領域の両方において均一に分散した金属組織を達成することが可能となる。
【0093】
2次焼鈍工程における加熱温度がAc1℃未満であるか又は保持時間が10秒未満であると、上記のような所望の金属組織を得ることができない。一方で、加熱温度が(Ac3-10)℃超の場合には、オーステナイト粒が粗大化してしまい、さらには高温に起因して界面上に炭化物が分散された状態を維持することができなくなり、最終的に得られる金属組織において、マルテンサイトの平均アスペクト比が小さくなるか、及び/又はミクロな領域とマクロな領域の両方でのマルテンサイトの均一分散を達成することができなくなる。また、保持時間が500秒超である場合も、オーステナイト粒が粗大化してしまい、その後の冷却によって得られるマルテンサイト粒も比較的粗大なものとなる。このような場合には、同様に、マルテンサイトの平均アスペクト比が小さくなるか、及び/又はミクロな領域とマクロな領域の両方でのマルテンサイトの均一分散を達成することができなくなる。
【0094】
2次焼鈍工程では、上記の制御に加えて、平均加熱速度HR、最高加熱温度T2、及び上記式1又は2で表される指数Xが上記式4を満たすように制御することも重要である。このような制御を行うことで金属組織の再結晶を促進させることができ、それによって当該金属組織中の転位密度を低減することが可能となる。その結果として、最終的に得られる金属組織において、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aとフェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bとの比A/Bを0.60以上に制御して、金属組織中の転位密度、とりわけフェライト中の転位密度を十分に低減することができ、強度と成形性のバランスを顕著に改善することが可能となる。
【0095】
より詳しく説明すると、上記のとおり、Mo、Ti及びNbは転位の回復を抑制したり、再結晶を抑制したりする作用を有し、Bとの組み合わせによりそれらの作用が強化される。したがって、最終組織におけるフェライト中の転位密度を低減するためには、Mo、Ti、Nb及びBの影響を考慮しつつ、2次焼鈍工程における加熱時の平均加熱速度HR及び最高加熱温度T2を適切に決定する必要がある。そこで、本発明者らは、これらの元素と、平均加熱速度HRと、最高加熱温度T2とが最終組織におけるフェライト中の転位密度に与える影響について検討した。その結果、本発明者らは、B含有量に応じて下記式1又は2により求められる指数Xを用い、下記式4の左辺により求められる数値が3200以上となるように2次焼鈍工程の平均加熱速度HR及び最高加熱温度T2を選択することで、金属組織の再結晶を促進させることができることを見出した。これに関連して、本発明者らは、KAM値の上記比A/Bが0.60以上となるレベルまで最終組織におけるフェライト中の転位密度を低減することができることを見出した。
[B]≧0.0005%のとき、
指数X=0.23+0.5[Mo]+[Ti]+5[Nb]・・・式1
[B]<0.0005%のとき、
指数X=0.2+0.3[Mo]+[Ti]+3[Nb] ・・・式2
(1000/HR+T2)/指数X≧3200 ・・・式4
ここで、[B]、[Mo]、[Ti]及び[Nb]は、各元素の含有量[質量%]であり元素を含有しない場合は0%である。
【0096】
上記式1、2及び4から、再結晶を抑制する作用はNbが最も強く、次にTiが強く、Moが最も弱いことがわかる。いずれにしても、上記式1、2及び4から、Mo、Ti及びNbの含有量が高くなると、指数Bの値が大きくなり、再結晶が抑制されることになる。この場合、再結晶を促進して転位密度を低減するためにはHRを遅くするか及び/又はT2を高くする必要が生じることがわかる。これに関連して、例えば、式4の左辺すなわち(1000/HR+T2)/指数Xの値が3200未満であると、最終的に得られる金属組織において、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aとフェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bとの比A/Bを0.60以上に制御することができなくなる。本製造方法においては、1次焼鈍工程と2次焼鈍工程の両方で金属組織中の転位密度を適切に低減することが重要である。例えば、1次焼鈍工程における転位密度の低減が十分でないと、2次焼鈍工程において再結晶を促進させても、最終組織においてフェライト中の転位密度を所望のレベルまで低減することができない場合がある。このような場合には、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aとフェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bとの比A/Bを0.60以上に制御することができず、その結果として強度と成形性のバランスを十分に改善することができなくなる。強度と成形性のバランスをさらに改善する観点からは、(1000/HR+T2)/指数Xの値は高いほど好ましく、例えば3300以上であることが好ましい。上限は特に限定されないが、例えば、(1000/HR+T2)/指数Xの値は6000以下又は5500以下であってもよい。また、(1000/HR+T2)/指数Xの値を高めるためには、平均加熱速度HRは遅いほど好ましい。しかしながら、HRが遅くなりすぎると、生産性が低下することから、HRは、例えば1.0~30.0℃/秒の範囲内から適切に選択することが好ましい。
【0097】
[めっき工程]
耐食性の向上等を目的として、必要に応じて、得られた冷延鋼板の表面にめっき処理を施してもよい。めっき処理は、溶融めっき、合金化溶融めっき、電気めっき等の処理であってよい。例えば、めっき処理として鋼板に溶融亜鉛めっき処理を行ってもよく、溶融亜鉛めっき処理後に合金化処理を行ってもよい。めっき処理及び合金化処理の具体的な条件は特に限定されず、当業者に公知の任意の適切な条件であってよい。例えば、合金化温度は450~600℃であってもよい。
【0098】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0099】
まず、連続鋳造法により表1に示す化学組成を有しかつ厚さが200~300mmのスラブを鋳造した。表1に示す成分以外の残部はFe及び不純物である。次に、得られたスラブを1230℃に加熱し、次いで熱間圧延を行った。熱間圧延は、粗圧延と仕上げ圧延を行うことにより実施し、仕上げ圧延の終了温度は910℃、巻取温度は550℃とした。次に、得られた熱延鋼板を酸洗し、次いで圧下率84%にて冷間圧延を施して0.4mmの板厚を有する冷延鋼板を得た。
【0100】
次に、得られた冷延鋼板に対し、1次焼鈍を施し、具体的には冷延鋼板を(Ac3+10)℃の温度に加熱して100秒間保持し、次いで250℃の冷却停止温度まで表2に示す平均冷却速度CRで冷却し、必要に応じて再加熱した後、表2に示す温度T1で200秒間保持した。1次焼鈍された冷延鋼板に対し、2次焼鈍を施し、具体的には冷延鋼板を表2に示す平均加熱速度HRで同様に表2に示す最高加熱温度T2まで加熱し、次いで当該加熱温度で100秒間保持し、さらに500℃まで平均冷却速度10℃で冷却した。最後に、得られた冷延鋼板の表面に必要に応じてめっき処理を施し、適宜溶融亜鉛めっき層(GI)、合金化溶融亜鉛めっき層(GA)又は電気亜鉛めっき層(EG)を形成した。
【0101】
【0102】
【0103】
【0104】
得られた鋼板の特性は以下の方法によって測定及び評価した。
【0105】
[引張強さ(TS)、全伸び(El)及び引張強さと全伸びの積(TS×El)]
引張強さ(TS)及び全伸び(El)は、圧延方向及び板厚方向に直交する方向を長手方向とするJIS Z2241:2022の5号引張試験片を鋼板から採取し、JIS Z2241:2022に準拠して引張試験を行うことで測定した。得られたTSとElに基づいてTS×Elを算出した。
【0106】
[成形後外観]
成形後外観は、600mm角にブランキングした鋼板を中央部の曲率半径Rが1200mmとなるようプレス成形したプレス部材を用いて、当該プレス部材の表面に発生するゴーストラインの程度を評価した。当該プレス成形では、プレス部材に2.5%のひずみが付与された。プレス部材の中央部の表面を鋼板の圧延方向に直交する方向に砥石掛けし、表面を観察した。表面に生じた圧延方向にほぼ平行に延びる直線状の筋模様を、ゴーストラインと判断し、筋模様の発生程度によって1~5で評点付けした。プレス部材の中央部における100mm×100mmの任意の領域を目視で確認し、筋模様が全く確認されなかった場合を「1」、筋模様の最大長さが20mm以下の場合を「2」、筋模様の最大長さが20mm超、50mm以下の場合を「3」、筋模様の最大長さが50mm超、70mm以下の場合を「4」、筋模様の最大長さが70mmを超える場合を「5」として、評価値を付与した。評価値が「3」以下であった場合、成形後外観に優れるとして合格と判定した。一方、評価値が「4」以上であった場合、成形後外観に劣るとして不合格と判定した。今回の試験では、ドアアウタを模擬したプレス部材にて成形後外観を評価したが、プレス成形により2.5%のひずみが付与されたものと推定可能な成形部材を評価対象としてもよく、鋼板から採取した試験片に対して同様に2.5%の予ひずみを付与したものを評価対象としてもよく、それらのような試験方法によっても同等の評価を行うことができる。鋼板から採取した試験片の場合、圧延方向及び板厚方向に直交する方向を長手方向とするJIS5号試験片に対し、2.5%の予ひずみを与えたものについて評価することができる。
【0107】
TSが540MPa以上、TS×Elが14000MPa・%以上、及び成形後外観の評価が3以下の場合を、強度と成形性及び成形後の外観性とを両立することができる鋼板として評価した。その結果を表2に示す。表2において「KAM値 比A/B」とは、「EBSD測定におけるフェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aとフェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bとの比A/B」を意味するものである。
【0108】
表1及び2を参照すると、比較例4では、1次焼鈍工程において式3を満たさなかったために、金属組織中の転位密度を十分に低減することができなかったと考えられる。その結果として、最終組織においてフェライトのKAM値に関する比A/Bが0.60未満となり、TS×Elが低下した。比較例5、15、36及び37では、2次焼鈍工程において式4を満たさなかったために、金属組織中の転位密度を十分に低減することができなかったと考えられる。その結果として、同様に最終組織においてフェライトのKAM値に関する比A/Bが0.60未満となり、TS×Elが低下した。比較例16及び22では、1次焼鈍工程及び2次焼鈍工程において式3及び4を満たさなかったために、金属組織中の転位密度を十分に低減することができなかったと考えられる。その結果として、同様に最終組織においてフェライトのKAM値に関する比A/Bが0.60未満となり、TS×Elが低下した。比較例6、17及び23では、2次焼鈍工程における最高加熱温度T2が(Ac3-10)℃よりも高かったために、オーステナイト粒が粗大化してしまい、さらには高温に起因して界面上に炭化物が分散された状態を維持することができなくなったものと考えられる。その結果として、最終組織においてミクロな領域とマクロな領域の両方でマルテンサイトの均一分散を達成することができず、成形後外観が低下した。
【0109】
比較例30及び31では、C又はMn含有量が高かったために、圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差が1.5%超となってしまい、成形後外観が低下した。比較例32では、Si含有量が高かったために、熱間圧延で生成したスケールを適切に除去することができなかった。その結果、成形前の外観が良好でなかったため、成形後外観の評価は行わなかった。比較例33及び34では、C又はMn含有量が低かったために、十分な強度が得られなかった。とりわけ、比較例34では、マルテンサイトの面積率が0%であったため、プレス成形の際に伸びが不均一に発生してストレッチャー・ストレイン(SS)と呼ばれる筋状の模様が発生してしまい、よって成形後外観も低下した。比較例35では、フェライト及びマルテンサイトの合計の面積率が低かったために、残部組織が比較的多く生成した。その結果として、同様にプレス成形の際に伸びが不均一に発生してストレッチャー・ストレイン(SS)が発生してしまい、よって成形後外観が低下した。
【0110】
これとは対照的に、全ての発明例に係る鋼板において、所定の化学組成を有し、さらに金属組織中のフェライト及びマルテンサイトの割合を適切に制御することで540MPa以上のTSを達成するとともに、ミクロな領域ではマルテンサイトの平均粒子間隔を2.5μm以下に制御し、一方でマクロな領域では圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差を1.5%以下に制御することで、プレス成形によってひずみが付与された場合においても、鋼板表面における微小な凹凸の生成を抑制してゴーストラインの発生を顕著に抑制することができた。加えて、全ての発明例に係る鋼板において、EBSD測定において、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aと、フェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bとの比A/Bが0.60以上となるように制御することで、TSが540MPa以上の高強度であるにもかかわらず、鋼板の伸びを改善することができ、それゆえ強度と成形性のバランスを顕著に改善することができた。全ての発明例に係る2次焼鈍前の冷間圧延鋼板における金属組織を断面観察したところ、いずれも面積率で90%以上のマルテンサイトによって構成されていた。
【要約】
所定の化学組成を有し、面積%で、フェライト:75~95%、及びマルテンサイト:5~25%を含み、かつフェライト及びマルテンサイトの合計が90%以上であり、マルテンサイトの平均粒子間隔が2.5μm以下であり、圧延方向及び板厚方向に垂直な方向のマルテンサイトの面積率における標準偏差が1.5%以下であり、EBSD測定において、フェライト中でKAM値が0.5°未満である領域の比率Aと、フェライト中でKAM値が1.0°以上である領域の比率Bとの比A/Bが0.60以上である金属組織を有することを特徴とする鋼板が提供される。