(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-10-07
(45)【発行日】2025-10-16
(54)【発明の名称】鋼板およびその製造方法、並びに、部品
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20251008BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20251008BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20251008BHJP
【FI】
C22C38/00 301U
C22C38/00 301T
C22C38/60
C21D9/46 F
C22C38/00 301Z
C21D9/46 J
(21)【出願番号】P 2025535335
(86)(22)【出願日】2025-04-22
(86)【国際出願番号】 JP2025015600
【審査請求日】2025-06-17
(31)【優先権主張番号】P 2024069143
(32)【優先日】2024-04-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】石川 恭平
(72)【発明者】
【氏名】横山 卓史
【審査官】太田 一平
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-057472(JP,A)
【文献】国際公開第2019/009410(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/209275(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/070608(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/153037(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.160~0.190%、
Si:0.50~2.00%、
Mn:2.4~3.5%、
Al:0.001~0.100%、
B :0.0001~0.0050%、
Nb:0.035~0.100%、
Mo:0.050~0.500%、
P :0.015%以下、
S :0.0030%以下、
N :0.0200%以下、
O :0.0030%以下、
Ti:0~0.050%、
Cr:0~1.000%、
W:0~0.500%、
Co:0~0.500%、
V :0~0.100%、
Ta:0~0.100%、
Sn:0~0.050%、
Sb:0~0.050%、
As:0~0.050%、
Ni:0~1.000%、
Cu:0~1.000%、
Ca:0~0.050%、
Zr:0~0.050%、
Mg:0~0.050%、
REM:0~0.100%、及び、
残部:Feおよび不純物、
であり、
板厚方向に沿って、表面から板厚の1/4の位置を1/4深さ位置としたとき、前記1/4深さ位置のミクロ組織が、面積率で、
マルテンサイト:80%以上、
フェライト、ベイナイト、パーライトの合計:0~15%、
残留オーステナイト:0~10%、
を含み、
前記マルテンサイトにおいて、結晶方位角度差が50°以上の粒界の平均間隔が2μm以下の領域を微細マルテンサイトとしたとき、前記マルテンサイト中の前記微細マルテンサイトの面積率が7%以上であり、
引張強さが1470MPa以上である、
鋼板。
【請求項2】
前記表面から30μmまでの範囲を表層部としたとき、前記表層部の、ミクロ組織が、面積率で、
フェライト、パーライト、ベイナイトの合計:60%以上、
マルテンサイト、残留オーステナイトの合計:0~40%、
を含み、
VDA曲げ角が75°以上である、
請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.001~0.050%、
Cr:0.001~1.00%、
W:0.001~0.500%、
Co:0.010~0.500%、
V:0.001~0.100%、
Ta:0.001~0.100%、
Sn:0.001~0.050%、
Sb:0.001~0.050%、
As:0.001~0.050%、
Ni:0.010~1.000%、
Cu:0.001~1.000%、
Ca:0.001~0.050%、
Zr:0.001~0.050%、
Mg:0.0001~0.050%、および、
REM:0.001~0.100%
のうち、1種または2種以上を含有する、
請求項1または2に記載の鋼板。
【請求項4】
前記表面に溶融亜鉛めっき層を有する、
請求項1または2に記載の鋼板。
【請求項5】
前記表面に溶融亜鉛めっき層を有する、
請求項3に記載の鋼板。
【請求項6】
前記溶融亜鉛めっき層が、合金化溶融亜鉛めっき層である、
請求項4に記載の鋼板。
【請求項7】
前記溶融亜鉛めっき層が、合金化溶融亜鉛めっき層である、
請求項5に記載の鋼板。
【請求項8】
請求項1に記載の鋼板の製造方法であって、
請求項1に記載の前記化学組成を有するスラブを、1180℃以上の加熱温度に加熱する加熱工程と、
前記加熱工程後の前記スラブを、熱間圧延して熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱延鋼板を、800℃以上から50℃/s以上の平均冷却速度で400℃以下の巻取温度まで冷却し、前記巻取温度で巻き取る、巻取工程と、
前記巻取工程後の前記熱延鋼板を、板厚減少率が5~50%となる条件で冷間圧延して冷延鋼板とする、冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板を、焼鈍する焼鈍工程と、
を含み、
前記熱間圧延工程は、前記スラブを前記熱延鋼板とする粗圧延と、前記粗圧延後の前記熱延鋼板をさらに複数パスの圧下によって熱間圧延する仕上げ圧延とを含み、
前記仕上げ圧延では、最終3パスの開始前の前記熱延鋼板の表面温度を900℃以下とし、かつ、前記最終3パスでの圧下率を、いずれも30%以上とし、
前記焼鈍工程では、
前記焼鈍として、前記冷延鋼板を、400℃~最高加熱温度の平均昇温速度が5℃/s以上となるように800℃以上840℃未満の前記最高加熱温度に加熱し、前記最高加熱温度で30~90秒の保持を行い、前記保持後、10~50℃/sの平均冷却速度で、300℃以下まで冷却を行う、
鋼板の製造方法。
【請求項9】
前記焼鈍工程において、前記焼鈍を、露点が-15~10℃の雰囲気の中で行い、前記保持と前記冷却との間において、750~650℃の温度域の平均冷却速度が1~5℃/sとなるように徐冷する、
請求項8に記載の鋼板の製造方法。
【請求項10】
請求項1または2に記載の鋼板を含む、
部品。
【請求項11】
前記鋼板が、表面に溶融亜鉛めっき層を有する、
請求項10に記載の部品。
【請求項12】
前記溶融亜鉛めっき層が、合金化溶融亜鉛めっき層である、
請求項11に記載の部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板およびその製造方法、並びに、部品に関する
本願は、2024年04月22日に、日本に出願された特願2024-069143号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
産業技術分野が高度に分業化した今日、各技術分野において用いられる材料には、特殊かつ高度な性能が要求されている。特に、自動車用鋼板に関しては、地球環境への配慮から、車体を軽量化して燃費を向上させるために、薄肉高成形性高張力鋼板の需要が著しく高まっている。また、自動車部材のうち、衝突部材については、衝突時のエネルギー吸収の観点から、高強度であることが要求され、好ましくは、高強度かつ曲げ性に優れることが要求される。
特に近年では、鋼板として、1470MPa以上の引張強さを有する高強度鋼板が求められている。
【0003】
自動車の車体の組立、及び部品の取付けなどの工程では、主として抵抗スポット溶接が使われている。抵抗スポット溶接とは、重ね合わせた母材を、先端を適正に整形した電極の先端で挟み、比較的小さい部分に電流及び加圧力を集中して局部的に加熱して行う抵抗溶接である。
鋼板の引張強さを高めようとした場合、通常、C含有量が高められる。一方、C含有量が高くなると、CTSなどで評価されるスポット溶接部の強度が低下する。スポット溶接部の強度が低下すると、鋼板を圧壊部品(フロントサイドフレームなどの衝突時に大変形することでエネルギーを吸収することが求められる部品)に適用した場合、スポット溶接部から破断が生じやすくなる。すなわち、鋼板の強度を高めても、低強度の鋼板と同等の圧壊強度しか得られず、高強度鋼板を適用するメリットが小さくなる。
【0004】
例えば、特許文献1では、表面から板厚の1/4の位置における組織が、体積率で、80.0%以上の焼戻しマルテンサイト、2.5%超、10.0%未満の残留オーステナイト、合計で0%以上、15.0%以下のフェライトおよびベイナイト、0%以上、3.0%以下のマルテンサイト、および残部組織を含み、前記組織において、ランダム比強度Iqの最大が4.0以下であり、前記ランダム比強度Iqが最大となる結晶方位から10°以内の方位を有する領域Rqの平均径が10.0μm以下であり、前記領域Rqの面密度が1000個/mm2以上であり、引張強度が1310MPa以上、均一伸びが5.0%以上、TS×λが35000MPa・%以上である、高強度鋼板で課題となる成形性に優れ、かつ十分な曲げ性及び耐水素脆化特性を有する高強度鋼板およびその製造方法、が開示されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1では、圧壊部品に適用した場合のスポット溶接部から破断の抑制については考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の通り、従来、高強度を有し、かつスポット溶接を行った際にスポット溶接部の継手強度が高い鋼板については提案されていなかった。
そのため、本発明は、高強度を有し、かつスポット溶接を行った際にスポット溶接部の継手強度が高い鋼板及びその製造方法を提供することを課題とする。好ましくは、本発明は、高強度及び高曲げ性を有し、かつスポット溶接を行った際にスポット溶接部の継手強度が高い鋼板及びその製造方法、並びに、この鋼板を含む部品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、強度の向上と同時にスポット溶接部の強度を向上させる方法について検討を行った。また、さらに曲げ性を向上させる方法について、検討を行った。その結果、以下の知見を得た。
(A)高強度を得るためには、化学組成及び1/4深さ位置のミクロ組織を制御することが有効である。
(B)スポット溶接部の強度を高めるためには、C含有量を0.190%以下に抑えつつ、かつ微細なマルテンサイトを活用することが有効である。
(C)微細なマルテンサイトを得るためには、製造過程において、低温の圧延によってオーステナイト中に転位などの格子欠陥を導入し、このような格子欠陥(粒界、転位)を焼鈍工程での、マルテンサイト変態に活用することが有効である。
(D)表面から一定の範囲に脱炭層を設けることで、曲げ性が向上する。
【0009】
本発明は、上記の知見に鑑みてなされた。本発明の要旨は以下の通りである。
[1]本発明の一態様に係る鋼板は、化学組成が、質量%で、C :0.160~0.190%、Si:0.50~2.00%、Mn:2.4~3.5%、Al:0.001~0.100%、B :0.0001~0.0050%、Nb:0.035~0.100%、Mo:0.050~0.500%、P :0.015%以下、S :0.0030%以下、N :0.0200%以下、O :0.0030%以下、Ti:0~0.050%、Cr:0~1.000%、W:0~0.500%、Co:0~0.500%、V :0~0.100%、Ta:0~0.100%、Sn:0~0.050%、Sb:0~0.050%、As:0~0.050%、Ni:0~1.000%、Cu:0~1.000%、Ca:0~0.050%、Zr:0~0.050%、Mg:0~0.050%、REM:0~0.100%、及び、残部:Feおよび不純物、であり、板厚方向に沿って、表面から板厚の1/4の位置を1/4深さ位置としたとき、前記1/4深さ位置のミクロ組織が、面積率で、マルテンサイト:80%以上、フェライト、ベイナイト、パーライトの合計:0~15%、残留オーステナイト:0~10%、を含み、前記マルテンサイトにおいて、結晶方位角度差が50°以上の粒界の平均間隔が2μm以下の領域を微細マルテンサイトとしたとき、前記マルテンサイト中の前記微細マルテンサイトの面積率が7%以上であり、引張強さが1470MPa以上である、鋼板。
[2][1]に記載の鋼板は、前記表面から30μmまでの範囲を表層部としたとき、前記表層部の、ミクロ組織が、面積率で、フェライト、パーライト、ベイナイトの合計:60%以上、マルテンサイト、残留オーステナイトの合計:0~40%、を含み、VDA曲げ角が75°以上であってもよい。
[3][1]または[2]に記載の鋼板は、前記化学組成が、質量%で、Ti:0.001~0.050%、Cr:0.001~1.00%、W:0.001~0.500%、Co:0.010~0.500%、V:0.001~0.100%、Ta:0.001~0.100%、Sn:0.001~0.050%、Sb:0.001~0.050%、As:0.001~0.050%、Ni:0.010~1.000%、Cu:0.001~1.000%、Ca:0.001~0.050%、Zr:0.001~0.050%、Mg:0.0001~0.050%、および、REM:0.001~0.100%のうち、1種または2種以上を含有してもよい。
[4][1]または[2]に記載の鋼板は、前記表面に溶融亜鉛めっき層を有してもよい。
[5][3]に記載の鋼板は、前記表面に溶融亜鉛めっき層を有してもよい。
[6][4]に記載の鋼板は、前記溶融亜鉛めっき層が、合金化溶融亜鉛めっき層であってもよい。
[7][5]に記載の鋼板は、前記溶融亜鉛めっき層が、合金化溶融亜鉛めっき層であってもよい。
[8]本発明の別の態様に係る鋼板の製造方法は、[1]に記載の鋼板の製造方法であって、[1]に記載の前記化学組成を有するスラブを、1180℃以上の加熱温度に加熱する加熱工程と、前記加熱工程後の前記スラブを、熱間圧延して熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、前記熱延鋼板を、800℃以上から50℃/s以上の平均冷却速度で400℃以下の巻取温度まで冷却し、前記巻取温度で巻き取る、巻取工程と、前記巻取工程後の前記熱延鋼板を、板厚減少率が5~50%となる条件で冷間圧延して冷延鋼板とする、冷間圧延工程と、前記冷延鋼板を、焼鈍する焼鈍工程と、を含み、前記熱間圧延工程は、前記スラブを前記熱延鋼板とする粗圧延と、前記粗圧延後の前記熱延鋼板をさらに複数パスの圧下によって熱間圧延する仕上げ圧延とを含み、前記仕上げ圧延では、最終3パスの開始前の前記熱延鋼板の表面温度を900℃以下とし、かつ、前記最終3パスでの圧下率を、いずれも30%以上とし、前記焼鈍工程では、前記焼鈍として、前記冷延鋼板を、400℃~最高加熱温度の平均昇温速度が5℃/s以上となるように800℃以上840℃未満の前記最高加熱温度に加熱し、前記最高加熱温度で30~90秒の保持を行い、前記保持後、10~50℃/sの平均冷却速度で、300℃以下まで冷却を行う。
[9][8]に記載の鋼板の製造方法は、前記焼鈍工程において、前記焼鈍を、露点が-15~10℃の雰囲気の中で行い、前記保持と前記冷却との間において、750~650℃の温度域の平均冷却速度が1~5℃/sとなるように徐冷してもよい。
[10]本発明の別の態様に係る部品は、[1]~[3]のいずれかに記載の鋼板を含む。
[11][10]に記載の部品は、前記鋼板が、表面に溶融亜鉛めっき層を有していてもよい。
[12][11]に記載の部品は、前記溶融亜鉛めっき層が、合金化溶融亜鉛めっき層であってもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の上記態様によれば、高強度を有し、かつスポット溶接を行った際にスポット溶接部の継手強度が高い鋼板及びその製造方法、並びにこの鋼板を含む部品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】マルテンサイトの粒界の平均間隔の測定方法を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一実施形態に係る鋼板(本実施形態に係る鋼板)および部品、並びにこれらの製造方法について説明する。
本実施形態において、板厚方向に沿って、表面から板厚の1/4の位置を1/4深さ位置とし、前記表面から30μmまでの範囲を表層部として説明する。
ここで、鋼板は、表面にめっき層を有してもよいが、1/4深さ位置、表層部の基準となる表面は、鋼板が、めっき層を有している場合(母材鋼板とめっき層とを有するめっき鋼板である場合)には、めっき層を除く母材鋼板の表面である。
【0013】
<鋼板>
本実施形態に係る鋼板は、所定の化学組成を有し、1/4深さ位置のミクロ組織が、面積率で、マルテンサイト:80%以上、フェライト、ベイナイト、パーライトの合計:0~15%、残留オーステナイト:0~10%を含有し、マルテンサイトにおいて、結晶方位角度差が50°以上の粒界の平均間隔が2μm以下の領域(微細マルテンサイト)の、マルテンサイトに占める面積率(マルテンサイト中の微細マルテンサイトの面積率)が7%以上であり、引張強さが1470MPa以上である。
また、本実施形態に係る鋼板は、好ましくは、表層部の、ミクロ組織が、面積率で、フェライト、パーライト、ベイナイトの合計:60%以上、マルテンサイト、残留オーステナイトの合計:0~40%、を含み、VDA曲げ角が75°以上である。
以下、それぞれについて説明する。
【0014】
[化学組成]
本実施形態に係る鋼板の化学組成について説明する。化学組成における各元素の含有量を示す「%」とは、断りがない限り、すべて質量%を意味する。
【0015】
(C:0.160~0.190%)
Cは、鋼板の高強度化のために必須の元素である。C含有量が0.160%未満では十分な引張強さを得ることができない。そのため、C含有量を0.160%以上とする。C含有量は、好ましくは0.165%以上である。
一方、C含有量が0.190%を超えると溶接性が低下する。そのため、C含有量は0.190%以下とする。溶接性の劣化を抑制する観点から、C含有量は好ましくは0.180%以下である。
【0016】
(Si:0.50~2.00%)
Siは固溶強化元素であり、鋼板の高強度化に有効な元素である。上記効果を得るため、Si含有量を0.50%以上とする。Si含有量は好ましくは0.60%以上であり、より好ましくは0.70%以上である。
一方、Siを過度に含有させると鋼板の脆化を招いて製造性や加工性が低下する場合がある。そのため、Si含有量を2.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは1.80%以下または1.50%以下であり、より好ましくは1.20%以下である。
【0017】
(Mn:2.4~3.5%)
Mnは、鋼の焼入性を向上させる作用を有し、マルテンサイト主体のミクロ組織を得るのに有効な元素である。Mn含有量が2.4%未満では上記の効果を十分に得ることが困難となる。したがって、Mn含有量は2.4%以上とする。Mn含有量は、好ましくは2.6%以上である。
一方、Mn含有量が3.5%超では、溶接部の耐水素脆化特性が劣化し、水素脆化起因で溶接部強度が低下する。したがって、Mn含有量は3.5%以下とする。Mn含有量は、好ましくは3.3%以下である。
【0018】
(Al:0.001~0.100%)
Alは、鋼の脱酸作用を有する元素である。上記効果を得るため、Al含有量を0.001%以上とする。Al含有量は、好ましくは0.005%以上である。
一方、Alを過剰に含有させても効果が飽和してコスト上昇を招くばかりか、鋼の変態温度が上昇して、熱間圧延時の負荷が増大するとともに、熱延鋼板の平坦度が大きく損なわれ、後工程の冷間圧延の実施が難しくなる。そのため、Al含有量は0.100%以下とする。Al含有量は、好ましくは0.090%以下である。
【0019】
(B :0.0001~0.0050%)
Bは、オーステナイトからの冷却過程においてフェライト及びパーライトの生成を抑え、マルテンサイト等の低温変態組織の生成を促す元素である。また、Bは、鋼板の高強度化に有益な元素である。上記効果を得るためには、B含有量を0.0001%以上とする。
一方、B含有量が0.0050%を超える場合、鋼中にプレス成形時のボイドの発生起点となる粗大なB酸化物やホウ化物が生成し、鋼板の加工性が劣化する場合がある。このため、B含有量は0.0050%以下とする。B含有量は好ましくは0.0045%以下である。
【0020】
(Nb:0.035~0.100%)
Nbは、再結晶の抑制に有効な元素である。本実施形態に係る鋼板では、圧延中および焼鈍工程の再結晶を抑制することで逆変態前の組織の転位密度を上昇させることができる。これにより、γ(オーステナイト)変態後にも格子欠陥を存在させることが可能になる。上記効果を得るため、Nb含有量を0.035%以上とする。
一方、Nb含有量が0.100%を超えると、プレス成形時のボイドの発生起点となる粗大なNb炭化物が多数析出し、鋼板の加工性が劣化する場合がある。このため、Nb含有量は0.100%以下とする。Nb含有量は好ましくは0.080%以下である。
【0021】
(Mo:0.050~0.500%)
Moは、鋼板の高強度化に有効であるとともに、再結晶や粒成長を抑制する元素である。上記効果を得る場合、Mo含有量は0.050%以上とする。Mo含有量は、好ましくは0.070%以上であり、より好ましくは0.100%以上である。
一方、Mo含有量が0.500%を超えると、コストが上昇するとともに粗大なMo炭化物が形成されて鋼板の冷間加工性が低下する場合がある。このため、含有させる場合、Mo含有量は0.500%以下とする。Mo含有量は、好ましくは0.400%以下または0.300%以下である。
【0022】
(P :0.015%以下)
Pは、粒界に偏析して鋼を脆化させるとともに曲げ性を劣化させる元素である。このため、P含有量は少ないほど好ましく0%でもよいが、Pの除去時間、コストも考慮してP含有量は0.015%以下とする。P含有量は、好ましくは0.013%以下であり、より好ましくは0.010%以下である。
【0023】
(S :0.0030%以下)
Sは、硫化物系介在物を形成して曲げ性を劣化させる元素である。このため、S含有量は少ないほど好ましく0%でもよいが、Sの除去時間、コストも考慮してS含有量は0.0030%以下とする。S含有量は、好ましくは0.0010%以下である。
【0024】
(N :0.0200%以下)
Nは、鋼板中で粗大な窒化物を形成し、鋼板の曲げ性や穴広げ性を劣化させる元素である。N含有量が0.0200%超では、上記の劣化が著しくなるので、N含有量を0.0200%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0060%以下または0.0050%以下である。
一方、N含有量は0%でもよいが、N含有量を0.0001%未満とする場合、製造コストが大幅に増加する。そのため、N含有量を0.0001%以上としてもよく、0.0005%以上としてもよい。
【0025】
(O :0.0030%以下)
Oは、鋼中に粗大な酸化物を形成して曲げ性や穴広げ性を劣化させる元素である。O含有量が0.0030%超では、上記特性の劣化が顕著となる。このためO含有量を0.0030%以下とする。O含有量は、好ましくは0.0020%以下である。
O含有量は少ない方が好ましく、0%でもよいが、O含有量を0.0001%未満とすることは、過度のコスト高を招き経済的に好ましくない。このためO含有量を0.0001%以上としてもよい。O含有量を0.0010%以上としてもよい。
【0026】
本実施形態に係る鋼板は、上記の元素を含有し、残部がFe及び不純物であってもよい。
一方、本実施形態に係る鋼板は、さらに、以下に示すTi、Cr、W、Co、V、Ta、Sn、Sb、As、Ni、Cu、Ca、Zr、MgおよびREMのうち、1種または2種以上の元素(任意元素)を含有してもよい。任意元素は含有しなくてもよいので、下限は0%である。
【0027】
(Ti:0~0.050%)
Tiは、炭化物の形態制御に有効な元素である。したがって、Tiを含有させてもよい。上記効果を得る場合、Ti含有量は0.001%以上であることが好ましい。
一方、Ti含有量が0.050%を超えると、粗大なTi酸化物又はTi炭窒化物が鋼中に存在して鋼板の加工性が低下する場合がある。このため、含有させる場合、Ti含有量は0.050%以下とする。Ti含有量は好ましくは0.045%以下である。
【0028】
(Cr:0~1.000%)
Crは、焼入れ性を高めて鋼板の高強度化に寄与する元素である。したがって、Crを含有させてもよい。上記効果を得る場合、Cr含有量は0.001%以上であることが好ましい。
一方、Cr含有量が1.000%を超えると、Crが鋼板の中心部に偏析して粗大なCr炭化物が形成され、冷間成形性が低下する場合がある。このため、含有させる場合、Cr含有量は1.000%以下とする。Cr含有量は好ましくは0.800%以下または0.600%以下である。
【0029】
(W:0~0.500%)
Wは炭化物形成元素であり、鋼板の高強度化に有効な元素である。したがって、Wを含有させてもよい。上記の効果を得る場合、W含有量は0.001%以上であることが好ましい。W含有量は、0.005%以上であることがより好ましく、0.010%以上であることがさらに好ましい。
一方、W含有量が多すぎると、効果が飽和するだけでなく、コストが上昇する。このため、含有させる場合、W含有量を0.500%以下とする。W含有量は、0.400%以下であることが好ましく、0.300%以下であることがより好ましい。
【0030】
(Co:0~0.500%)
Coは、鋼板の高強度化に有効な元素である。したがって、Coを含有させてもよい。上記効果を得る場合、Co含有量が0.010%以上であることが好ましく、0.050%以上であることがより好ましい。
一方、Co含有量が多すぎると、鋼板の延性が低下して、穴広げ性および曲げ性が低下するおそれがある。このため、含有させる場合、Co含有量は0.500%以下とする。Co含有量は、0.400%以下または0.300%以下であることが好ましい。
【0031】
(V :0~0.100%)
Vは、炭化物の形態制御に有効な元素であり、鋼板の靭性の向上にも効果的な元素である。したがって、Vを含有させてもよい。上記効果を得る場合、V含有量は0.001%以上であることが好ましい。
一方、V含有量が0.100%を超えると、微細なV炭化物が多数析出し、鋼板の強度が上昇するものの延性が顕著に劣化し、加工性が低下する場合がある。このため、含有させる場合、V含有量は0.100%以下とする。V含有量は、0.080%以下であることが好ましい。
【0032】
(Ta:0~0.100%)
Taは、炭化物の形態制御と鋼板の強度の向上に有効な元素である。したがって、Taを含有させてもよい。上記効果を得る場合、Ta含有量は0.001%以上であることが好ましい。
一方、Ta含有量が多すぎると、微細なTa炭化物が多数析出し、鋼板の延性、鋼板の穴広げ性、曲げ性を低下させるおそれがある。このため、含有させる場合、Ta含有量は0.100%以下とする。Ta含有量は、0.020%以下であることが好ましく、0.011%以下であることがより好ましい。
【0033】
(Sn:0~0.050%)
Snは、鋼板の原料としてスクラップを用いた場合に、鋼板に含有され得る元素である。また、Snは、フェライトの脆化による鋼板の穴広げ性および曲げ性の低下を引き起こす虞がある元素である。このため、Sn含有量は少ないほど好ましい。Sn含有量は、0.050%以下とし、0.040%以下であることが好ましい。Sn含有量は0%であってもよいが、Sn含有量を0.001%未満へ低減することは、精錬コストの過度な増加を招くので、Sn含有量を0.001%以上としてもよい。
【0034】
(Sb:0~0.050%)
Sbは、Snと同様に、鋼板の原料としてスクラップを用いた場合に鋼板に含有され得る元素である。Sbは、粒界に強く偏析し、粒界の脆化、延性の低下、さらには穴広げ性および曲げ性の低下を招くおそれがある元素である。このため、Sb含有量は少ないほど好ましい。Sb含有量は、0.050%以下とし、0.040%以下であることが好ましい。Sb含有量は0%であってもよいが、Sb含有量を0.001%未満へ低減することは、精錬コストの過度な増加を招くので、Sb含有量を0.001%以上としてもよい。
【0035】
(As:0~0.050%)
Asは、Sn、Sbと同様に、鋼板の原料としてスクラップを用いた場合に鋼板に含有され得る元素である。Asは、粒界に強く偏析し、穴広げ性および曲げ性の低下を招くおそれがある元素である。このため、As含有量は少ないほど好ましい。As含有量は、0.050%以下とし、0.040%以下であることが好ましい。As含有量は、より好ましくは0.020%以下である。As含有量は0%であってもよいが、As含有量を0.001%未満へ低減することは、精錬コストの過度な増加を招くので、As含有量を0.001%以上としてもよい。
【0036】
(Ni:0~1.000%)
Niは、鋼板の強度の向上に有効な元素である。したがって、Niを含有させてもよい。上記効果を得る場合、Ni含有量は0.001%以上であることが好ましく、0.010%以上であることがより好ましい。
一方、Ni含有量が多すぎると、鋼板の延性が低下して、穴広げ性および曲げ性が低下するおそれがある。このため、含有させる場合、Ni含有量は1.000%以下とする。Ni含有量は、0.600%以下であることが好ましく、0.300%以下であることがより好ましい。
【0037】
(Cu:0~1.000%)
Cuは、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。したがって、Cuを含有させてもよい。上記効果を得る場合、Cu含有量が0.001%以上であることが好ましい。
一方、Cu含有量が多すぎると、赤熱脆性が生じ、熱間圧延での生産性が低下するおそれがある。また、粗大な介在物の形成による穴広げ性および曲げ性が低下するおそれもある。このため、含有させる場合、Cu含有量は1.000%以下とする。Cu含有量は、0.700%以下または0.600%以下であることが好ましく、0.300%以下であることがより好ましい。
【0038】
(Ca:0~0.050%)
Caは、微量で硫化物の形態の制御に有効な元素である。したがって、Caを含有させてもよい。上記効果を得る場合、Ca含有量は0.001%以上であることが好ましい。
一方、Ca含有量が多すぎると、粗大なCa酸化物が生成される場合がある。このCa酸化物は、冷間成形時に割れ発生の起点となるので、Ca含有量が多すぎると、穴広げ性および曲げ性が劣化するおそれがある。このため、含有させる場合、Ca含有量は、0.050%以下とする。Ca含有量は、0.030%以下であることが好ましい。
【0039】
(Zr:0~0.050%)
Zrは、微量で硫化物の形態の制御に有効な元素である。したがって、Zrを含有させてもよい。上記効果を得る場合、Zr含有量は0.001%以上であることが好ましい。
一方、Zr含有量が多すぎると、粗大なZr酸化物が生成され、穴広げ性および曲げ性が低下するおそれがある。このため、含有させる場合、Zr含有量は、0.050%以下とする。Zr含有量は、0.040%以下であることが好ましい。
【0040】
(Mg:0~0.050%)
Mgは、硫化物や酸化物の形態を制御し、鋼板の曲げ性の向上に寄与する元素である。したがって、Mgを含有させてもよい。上記効果を得る場合、Mg含有量は0.0001%以上であることが好ましい。
一方、Mg含有量が多すぎると、粗大な介在物の形成によって、穴広げ性および曲げ性が低下するおそれがある。このため、含有させる場合、Mg含有量は、0.050%以下とする。Mg含有量は、0.040%以下であることが好ましい。
【0041】
(REM:0~0.100%)
REMは、含有量が微量であっても、硫化物の形態制御に有効に作用する元素である。したがって、REMを鋼中に含有させてもよい。上記効果を得る場合、REM含有量は0.001%以上であることが好ましい。
一方、REM含有量が多すぎると、粗大なREM酸化物が生成され、加工性や耐破断特性、穴広げ性、曲げ性が低下するおそれがある。このため、含有させる場合、REM含有量は、0.100%以下とし、0.060%以下であることが好ましい。
ここで、REMとは、RareEarthMetal(希土類元素)であり、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。「REM含有量」とは、これら希土類元素の合計含有量である。
【0042】
(残部:Feおよび不純物)
上述の通り、本実施形態に係る鋼板の化学組成は、C、Si、Mn、Al、B、Nb、Mo、P、S、N、Oを含み、残部がFe及び不純物であってもよいし、C、Si、Mn、Al、B、Nb、Mo、P、S、N、Oを含み、任意元素の1種以上を含み、残部がFe及び不純物であってもよい。
ここで、不純物は、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する元素であって、本実施形態に係る鋼板の特性を阻害しない範囲で、存在が許容される元素である。また当該鋼板に対して意図的に添加した成分でないものを意味する元素も含む。
【0043】
本実施形態に係る鋼板の化学組成は、一般的な方法によって測定すればよい。
例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。ただし、ICP-AESでの測定が難しい元素についてはその他の方法で測定すればよい。例えば、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて測定すればよい。測定用の試料は1/4深さ位置付近から採取する。
スラブの化学組成が明らかな場合、スラブの化学組成を本実施形態に係る鋼板の化学組成としてもよい。
【0044】
[1/4深さ位置のミクロ組織]
次に、本実施形態に係る鋼板の1/4深さ位置のミクロ組織(金属組織)について説明する。本実施形態に係る鋼板のミクロ組織の説明において、組織分率は面積率で表す。従って、特に断りがなければ「%」は「面積%」を表す。
【0045】
(マルテンサイト:80%以上)
マルテンサイトは、硬質な組織であるので、引張強さの向上に寄与する。1470MPa以上の引張強さを得るため、マルテンサイトの面積率は、80%以上とする。マルテンサイトの面積率は、好ましくは85%以上であり、より好ましくは、90%以上である。マルテンサイトの面積率は100%であってもよい。本実施形態において「マルテンサイト」とは、フレッシュマルテンサイトおよび焼戻しマルテンサイトを指す。フレッシュマルテンサイトとは鉄炭化物を含まないマルテンサイトである。また、「焼戻しマルテンサイト」とは鉄炭化物を含むマルテンサイトである。
【0046】
(フェライト、ベイナイト、パーライトの合計:0~15%)
フェライトは、二相域焼鈍、もしくは焼鈍工程の保持後の緩冷却で生成する軟質な相である。フェライトは、マルテンサイトのような硬質相と混在する場合には鋼板の延性を向上させるが、所定の高強度を達成するためには、フェライトの面積率を制限する必要がある。
また、一般的にベイナイトは焼鈍温度での保持後の冷却過程で、400~550℃に一定時間保持することで生成する相である。ベイナイトは、マルテンサイトに対して軟質であるので延性を向上させる効果があるが、所定の高強度を達成するためには、上記のフェライト同様にその面積率を制限する必要がある。
パーライトは、組織内にセメンタイトを有する組織であり強度の向上に寄与する鋼中のC(炭素)を消費する。そのため、パーライトの面積率が過剰であると、鋼板の強度が低下する。
したがって、フェライト、ベイナイト、パーライトの面積率の合計を15%以下とする。これらの組織(相)は含まれなくてもよいので、面積率の下限は0%である。
【0047】
(残留オーステナイト:0~10%)
残留オーステナイトは、加工誘起変態(TRIP:Transformation Induced Plasticity)によって伸びの向上に寄与する組織である。そのため、含有させてもよい。本実施形態に係る鋼板では、優れた伸びを得る場合、残留オーステナイトの面積率を5%以上とすることが好ましい。
一方、残留オーステナイトの面積率が過剰になると、残留オーステナイトの粒径が大きくなる。このような粒径の大きな残留オーステナイトは、変形後に粗大かつ硬質なマルテンサイトとなる。この場合、割れの起点が発生しやすくなり、曲げ性等が劣化する。そのため、残留オーステナイトの面積率は10%以下とする。残留オーステナイトの面積率は、好ましくは5%以下である。
【0048】
各組織の同定とその面積率の算定は、所定の観察領域について、最初に残留オーステナイトとすべき領域を確定し、その後、同じ観察領域について、フェライト、ベイナイト、マルテンサイト、またはパーライトの同定を行うことで行う。サンプルは幅方向エッジから100mmまでの範囲を避けて採取することが望ましいが、元の素材が小さくそれが困難な場合は、素材の中央から採取する。
具体的には、残留オーステナイトの面積率は、以下の方法で測定する。すなわち、観察面を鏡面に仕上げた後、コロイダルシリカ研磨または電解研磨により観察面を仕上げ、走査型電子顕微鏡に付属のEBSDにより、鋼板の1/4深さ位置を中心とする板厚方向に沿った100μm、圧延方向に沿った100μmである100μm×100μmの正方形領域において、板厚方向と圧延方向のそれぞれについて0.1μmの間隔(格子状配置)で回折電子を測定し、得られる擬菊池パターンを解析することで、結晶方位や結晶系を同定する。入射電子の加速電圧は15kVとする。試料作製条件などは日本材料学会標準「電子後方散乱回折(EBSD)法による材料評価のための結晶方位差測定標準」で推奨されている条件の範囲とする。測定データからFCC相として検出される測定点を残留オーステナイトとし、全測定点数に対するFCC相として検出された測定点数の割合を残留オーステナイトの面積率とする。
フェライト、ベイナイト、マルテンサイト、パーライトの面積率は、以下の方法で測定することができる。すなわち、上記で残留オーステナイトの観察を実施したのと同じ正方形領域をナイタール液でエッチングし、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)で撮影(倍率:5000倍)し、得られた二次電子像の組織写真から、1μmの間隔(格子状配置)でのポイントカウンティング法によって得られる各組織の全測定点数に対する比率を面積率とする。観察場所によるばらつきを小さくするため観察面積は1200μm2以上とすることが望ましい。1視野の面積では不足する場合は1200μm2以上となるように複数の視野を測定すればよい。観察面積の上限を設ける必要はないが、観察面積は例えば2500μm2以下としてもよい。
【0049】
ここで、本実施形態において、圧延方向は以下の方法により判別する。
板のZ面(板の長手方向及び幅方向のいずれに対しても平行な面)を1/4深さ位置まで研磨し、鏡面研磨で仕上げたのち、EPMAにて500μm×500μmの領域のMn濃度マップを取得する。Mnの凝固偏析が筋状に測定される場合、筋模様の長手方向を圧延方向と判別する。
鋼板の圧延方向が予め判明している場合には、上記の判別方法によらず、鋼板の圧延方向を決定してもよい。また、鋼板が部品に加工された場合であっても、部品の弱加工部(例えば、比較的加工を受けていない平坦部)について上記方法を用いて圧延方向を判別することができる。
【0050】
各組織は以下のように判定する。フェライトは粒状または針状の形態をしており、内部に鉄系炭化物を含まない。ベイナイトは、ラス状の形態(ラス組織)であり、ラス組織内部に長径が20nm以上の鉄系炭化物が存在し、その炭化物が同一方向に伸張した領域である。フレッシュマルテンサイトは、ラス状の形態(ラス組織)であり、そのラス組織の内部に長径が20nm以上の鉄系炭化物を含まない領域である。焼戻しマルテンサイトは、ラス状の形態(ラス組織)であり、ラス組織の内部に長径が20nm以上の鉄系炭化物が存在し、その炭化物が複数の異なる方向に伸長した領域である。また、フェライトとセメンタイトがラメラ状である領域をパーライトとする。
フェライト、ベイナイト、マルテンサイト、パーライトの同定においては、それに先立つ残留オーステナイトの同定において残留オーステナイトと判断された領域については上記の目視での同定は行わない。ただし、面積率は残留オーステナイト領域を含めた観察範囲の全測定点数に対する比率として算定する。
【0051】
上記の評価方法で得られた各組織の合計の面積率が100%と異なった場合、各組織の面積率に100/(各組織の合計の面積率)を乗じて得られる値を各組織の面積率とする。
【0052】
(マルテンサイトにおいて、結晶方位角度差が50°以上の粒界の平均間隔が2μm以下の領域の面積率が7%以上)
本実施形態に係る鋼板では、ミクロ組織において各組織の面積率を上記の範囲としたうえで、マルテンサイトを微細にする。マルテンサイトを微細にすることで、鋼の靱性が向上する。この場合、スポット溶接部においても、破断が抑制され、継手強度が上昇する。
具体的には、マルテンサイトにおいて、結晶方位角度差が50°以上の境界を粒界とした場合に、この粒界の平均間隔が2μm以下の領域を微細マルテンサイトと定義し、マルテンサイト中の(マルテンサイトに占める)微細マルテンサイトの面積率を7%以上とする。結晶方位角度差が50°以上の粒界の平均間隔が2μm超のマルテンサイトでは、引張強さの向上効果が小さかったり、引張強さが1470MPa以上の場合には靱性低下に起因した継手強度の低下の原因となる場合がある。そのため、結晶方位角度差が50°以上の粒界の平均間隔が2μm以下の領域(微細マルテンサイト)の面積率を規定する。この微細マルテンサイトの面積率が7%未満では、引張強さや継手強度の向上の効果が十分に得られない。マルテンサイト中の微細マルテンサイトが占める面積率は100%であってもよく、50%以下、または30%以下であってもよい。
本実施形態に係る鋼板では、このような微細なマルテンサイトは、後述するような条件での製造条件を適用したオースフォームに起因した格子欠陥によって形成される。
【0053】
マルテンサイトの粒界の平均間隔は、上記のEBSD法で得られた測定データに対して、上記ポイントカウンティング法においてマルテンサイトと判定された領域をTSL OIM Analysis7にて解析することで得る。
まず、以下の方法にてマルテンサイトの領域を定義する。ポイントカウンティング法にてマルテンサイトと判別された測定点群に対し、マルテンサイトと判別された点を頂点とする板厚方向と板厚方向に垂直方向からなる5μm×5μmの正方形のメッシュに分割する。正方形の4つの頂点すべてがマルテンサイトと判別された測定点のみメッシュとして採用し、例えば他の相との境界領域にて、4点すべてがマルテンサイトと判別された状態の正方形が描けない場合、メッシュを構成する測定点として採用しない。
図1を例に説明すると、マルテンサイト(M)に対し、一点鎖線で表されるように、5μm間隔のメッシュ(5)に分割し、このメッシュ(5)が存在する領域に対し、TSL OIM Analysis7にて結晶方位角度差50°以上の粒界(50)(マルテンサイト(M)中に設けられた太い実線で示される線)を表示させる。メッシュ(5)の内部に板厚方向、および板厚方向に垂直な方向に各4本ずつ1μmの等間隔で測定線(1)(破線)を引き、メッシュ内部の測定線(1)と結晶方位角度差50°以上の粒界(50)との交点(片矢印で示した点)の数を数える。メッシュ内部の測定線(1)の長さの総和である40μmをメッシュ内部の粒界との交点数で除した値を、そのメッシュ内部の「マルテンサイトの粒界の平均間隔」と定義する。
この測定を観察領域内のマルテンサイト領域内のすべてのメッシュを対象として実施し、平均間隔が2μm以下のメッシュを微細マルテンサイト粒とし、全マルテンサイトのメッシュ数に対する微細マルテンサイトと判別されたメッシュ数の割合を微細マルテンサイト粒の面積率とする。
【0054】
[表層部のミクロ組織]
表層部のミクロ組織は、特に曲げ性への影響が大きい。そのため、曲げ性を向上させる場合には、表層部のミクロ組織が以下の面積率で各組織を含むことが好ましい。
【0055】
(フェライト、ベイナイト、パーライトの合計:60%以上)
フェライト、ベイナイト、パーライトは、鋼板の曲げ性の向上に寄与する。そのため、これらの面積率の合計を60%以上とすることが好ましい。フェライト、ベイナイト、パーライトの面積率の合計は、より好ましくは80%以上である。これらの面積率の上限は限定されず100%でもよい。
【0056】
(マルテンサイト、残留オーステナイトの合計:0~40%)
マルテンサイト、残留オーステナイトの合計面積率が40%超であると曲げ性が劣化する。そのため、これらの合計面積率を40%以下とすることが好ましい。
【0057】
表層部の各組織(相)の同定と面積率の算出は、測定位置以外は、1/4深さ位置における各組織の面積率の算出方法と同じ方法を用いることができる。表層部の場合、測定位置は、鋼板の表面から深さ30μmまでの正方形領域(表面を一辺とする板厚方向30μm×圧延方向30μmの正方形の領域)とする。
【0058】
[引張強さ]
本実施形態に係る鋼板では、自動車の車体軽量化、耐衝撃性に寄与する強度として、引張強さ(TS)は1470MPa以上とする。
引張強さの上限は限定されないが、溶接性を担保する点で、1600MPa以下であってもよい。
【0059】
[VDA曲げ角]
本実施形態に係る鋼板では、衝突時の破断抑制のために、VDA曲げ角は75°以上とする。VDA曲げ角は、VDA(ドイツ自動車工業会規格)238-100に準拠した曲げ試験により求めることができる。VDA曲げ角は、試験の性質上、180°以下となる。
【0060】
[板厚]
本実施形態に係る鋼板の板厚は限定されないが、厚いと車体軽量化効果が得にくくなるので、1.6mm以下であることが好ましい。より好ましくは、1.2mm以下である。一方、板厚が薄いと、溶接部強度が低下するため、板厚は、1.0mm以上としてもよい。
【0061】
[めっき層]
本実施形態に係る鋼板では、表面に亜鉛めっき層を備えてもよい。表面にめっき層を備えることで、耐食性が向上する。自動車用鋼板は、腐食による穴あきの懸念があると、高強度化してもある一定板厚以下に薄手化できない場合がある。鋼板の高強度化の目的の一つは、薄手化による軽量化であることから、鋼板を開発しても、耐食性が低いと適用部位が限られる。これら課題を解決する手法として、耐食性の高い溶融亜鉛めっき等のめっきを鋼板に施すことが考えられる。本実施形態に係る鋼板は、鋼板成分を上述のように制御しているので、溶融亜鉛めっきが可能である。溶融亜鉛めっき層は、合金化溶融亜鉛めっき層であってもよい。
【0062】
<部品>
本実施形態に係る部品は、本実施形態に係る鋼板を、必要に応じて所定のサイズに切断し、必要に応じてプレス等によって所定の形状に加工し、必要に応じて溶接等によって他の部材と接合されることで得られる。
そのため、本実施形態に係る部品は、少なくとも一部に、上述した特徴を有する本実施形態に係る鋼板を含む。
本実施形態に係る部品は、例えば圧壊部品である。
【0063】
本実施形態に係る部品を構成する鋼材からサンプルを採取し、本実施形態に係る鋼板の場合と同様の要領で測定した結果、化学組成、1/4深さ位置のミクロ組織、マルテンサイト中の微細マルテンサイトの面積率、引張強さが、本実施形態に係る鋼板と同等であれば、本実施形態に係る部品は、本実施形態に係る鋼板を含むと言える。
【0064】
<製造方法>
本実施形態に係る鋼板は、製造方法によらず、上記の特徴を有していれば、その効果が得られるが、以下の工程を含む製造方法によれば、安定して製造できるので好ましい。
(I)所定の化学組成を有するスラブを、1180℃以上の加熱温度に加熱する加熱工程、
(II)前記加熱工程後の前記スラブを、熱間圧延して熱延鋼板を得る熱間圧延工程、
(III)前記熱延鋼板を、冷却し、400℃以下の巻取温度で巻き取る、巻取工程、
(IV)前記巻取工程後の前記熱延鋼板を、板厚減少率が5~50%となる条件で冷間圧延して冷延鋼板とする、冷間圧延工程、
(V)前記冷延鋼板を、焼鈍する焼鈍工程。
また、本実施形態に係る部品は、上記で得られる本実施形態に係る鋼板を、さらに以下の工程に供することで製造できる。
(VI)必要に応じて、本実施形態に係る鋼板を所定のサイズおよび/または形状とする、加工工程、
(VII)必要に応じて、本実施形態に係る鋼板と、別の鋼材とを溶接によって接合する溶接工程。
以下、それぞれについて説明する。
説明しない条件、工程については公知の条件を適用できる。
【0065】
[加熱工程]
加熱工程では、鋳造工程を経て得られた、所定の化学組成を有するスラブを、1180℃以上の加熱温度に加熱する。
加熱温度が1180℃未満では、鋳造工程で形成されたNbCを溶体化することができず、続く熱間圧延工程において、Nbによる再結晶の抑制効果を得ることができない。
加熱温度は、好ましくは1220℃以上である。
加熱温度の上限は限定されないが、燃料コストの点で加熱温度は1350℃以下であってもよい。
【0066】
加熱工程に供するスラブについて、脱炭層となる表面から一定の範囲以外、例えば1/4深さ位置の化学組成は、製造工程において実質的に変化しない。そのため、スラブの化学組成は、目標とする鋼板の1/4深さ位置の化学組成と同等とすればよい。
【0067】
[熱間圧延工程]
熱間圧延工程では、加熱工程後のスラブを、熱間圧延して熱延鋼板を得る。熱間圧延工程は、スラブを熱延鋼板とする粗圧延と、粗圧延後の熱延鋼板をさらに複数パスの圧下によって熱間圧延する仕上げ圧延とを含む。また、熱間圧延工程において、仕上げ圧延では、最終3パスの開始前の熱延鋼板の表面温度を900℃以下とし、かつ、最終3パス(nパスの圧延であれば、第n-2パス、第n-1パス、第nパスの3パス)のそれぞれの圧下率を、いずれも30%以上とする。圧延開始温度の下限は限定しないが、表層の軟質相の生成を抑制するために820℃以上が好ましい。仕上げ圧延は、複数のスタンドを有する圧延機で連続圧延を行うことが好ましい。
上記の圧延によって、オーステナイト中に転位を導入する。本実施形態に係る鋼板では、Nbによって再結晶が抑制されるので、導入された転位は、後の工程まで引き継がれる。
仕上げ圧延の最終3パスの開始前(例えば7パス行う場合であれば、5パス目の開始前)の鋼板の表面温度が900℃超である、または、最終3パスの圧下率のいずれかが30%未満であると、十分な転位を導入することができない。
好ましくは、最終3パスの開始前の熱延鋼板の表面温度は、860℃以下である。また、好ましくは、最終3パスでの圧下率は、それぞれ35%以上である。最終3パスの圧下率の上限は限定されないが、設備負荷の点で、最終3パスの圧下率をそれぞれ50%以下としてもよい。
【0068】
[巻取工程]
巻取工程では、熱間圧延工程後の熱延鋼板を、冷却し、400℃以下の巻取温度で巻き取る。
低温で巻き取ることで、オーステナイト(γ)中に導入された転位を変態後にも残すことができる。巻取温度が400℃超では、十分な転位が残らない。また、軟質な組織を生成させないために、圧延終了後には水冷を実施する。具体的には、800℃以上で冷却を開始し、冷却開始~巻取温度(冷却停止温度)までの平均冷却速度を50℃/s以上となるように冷却する。冷却開始温度は、850℃以下であってもよい。また、設備能力の点で、冷却開始~巻取温度(冷却停止温度)までの平均冷却速度を200℃/s以下としてもよい。
上記の冷却を行い、低温で巻き取ることで、逆変態後のγに大量の格子欠陥を導入することができる。平均冷却速度が遅い、または巻取温度が400℃超では、十分な格子欠陥(転位や結晶粒界)が残らない。
格子欠陥の点では、巻取温度が低い方が好ましいが、巻取温度が250℃未満であると、過度に硬質化し、冷間圧延において鋼板が破断するおそれがあるので、巻取温度は250℃以上であることが好ましい。
【0069】
[冷間圧延工程]
冷間圧延工程では、巻取工程後の熱延鋼板を、板厚減少率(圧下率)が5~50%となる条件で冷間圧延して冷延鋼板とする。
板厚減少率が50%超では、焼鈍工程で再結晶による転位密度の減少が促進される。この場合、所定の脱炭層を得ることができない。そのため、板厚減少率は50%以下とする。
一方、板厚減少率が低すぎると、熱間圧延での板厚ばらつきが問題となるため、板厚減少率は5%以上とする。冷間圧延時の破断抑制の観点で、冷間圧延前に200℃以下に再加熱してもよい。200℃超への再加熱では、転位密度が減少し、所定の微細マルテンサイト組織を得ることができない。
【0070】
[焼鈍工程]
焼鈍工程では、冷延鋼板を、400℃~最高加熱温度(焼鈍温度)まで5℃/s以上の平均昇温速度で加熱し、最高加熱温度を800℃以上840℃未満とし、最高加熱温度で30~90秒保持する。
400℃~最高加熱温度(800℃以上840℃未満)の平均昇温速度が小さいと、拡散変態や再結晶粒の粗大化によってα(フェライト)からγ(オーステナイト)に逆変態後のγの格子欠陥の量が大きく低下し、その後の変態によって得られるマルテンサイトが、微細にならない。そのため、この温度域の平均昇温速度を5℃/s以上とする。平均昇温速度は、50℃/s以下であってもよい。
また、焼鈍温度が800℃未満、または保持時間が30秒未満では、αからγの逆変態が不十分となり、その後の冷却で生成するマルテンサイト量が不十分となる場合がある。
一方、焼鈍温度が840℃以上または保持時間が90秒超となると、回復や粒成長によりマルテンサイト微細化に必要な格子欠陥の量が低下し、微細マルテンサイトが得られない。
保持後、マルテンサイトを得るための焼入れを実施する。焼入れのための平均冷却速度は10~50℃/sとし、冷却停止温度は300℃以下とする。平均冷却速度が10℃/s未満、または冷却停止温度が300℃超では十分な焼きが入らず所望のマルテンサイト分率が得られないことがある。一方、平均冷却速度が50℃/sを超えると板内の温度偏差がつきやすく、均質な材質が得られないことがある。冷却停止温度を室温未満とするには、特別の装置が必要なので、冷却停止温度は室温以上とすればよい。
以上の焼入れのための冷却の開始温度は、最高加熱温度の直後でもよく、後述するベイナイトを得るための等温保持後の温度や、表層軟質層を得るための徐冷の終了温度としてもよい。
一部ベイナイト組織を得るために焼入れ前または後に550~400℃の温度域で100秒以下の保持を付与してもよい。
前工程までの制御によって格子欠陥を一定以上含んだ鋼板に上記の条件で焼鈍を行うことで微細マルテンサイトを主体とした金属組織を得ることができる。
【0071】
曲げ性の向上のため、表層部の組織を制御する場合、焼鈍を、露点が-15~10℃の雰囲気の中で行うことが好ましい。また、表層の軟質組織を得るために最高加熱温度到達以降の焼き入れの前に、750~650℃の温度域の平均冷却速度が1~5℃/sとなる徐冷を行うことが好ましい。焼鈍時の露点制御と750~650℃の温度域の冷却速度の制御を行うことで、表層部が適度に脱炭し、表層部の金属組織をフェライト、ベイナイト、パーライトの合計の面積率を60%以上とすることができる。
【0072】
マルテンサイトを焼戻しマルテンサイトとする場合、めっき工程の前または後で、150~300℃の焼戻しを行ってもよい。
【0073】
[めっき工程]
鋼板の表面にめっき層を形成する場合、さらにめっき工程を行ってもよい。めっき工程は、焼鈍工程の上記保持後の冷却の途中で行ってもよく、一旦室温まで冷却した後に、行ってもよい。
表面にめっき層として溶融亜鉛めっき層を形成し、溶融亜鉛めっき層を備える冷延鋼板(溶融亜鉛めっき鋼板)を製造する場合には、鋼板温度が425℃超、600℃未満の状態で、同等の温度のめっき浴に浸漬して溶融亜鉛めっきを施せばよい。
【0074】
[合金化工程]
表面に合金化溶融亜鉛めっき層を備える冷延鋼板(合金化溶融亜鉛めっき鋼板)を製造する場合には、上記のめっき工程で鋼板の表面に溶融亜鉛めっき層を形成した後、例えば、450℃超、600℃未満に加熱する合金化熱処理を施して、溶融亜鉛めっき層を合金化溶融亜鉛めっき層としてもよい。
めっき工程、合金化工程に伴う熱履歴は、焼鈍工程の冷却の途中で行う場合は、焼鈍工程で制御すべき熱履歴に算入し、焼鈍工程で一旦室温まで冷却した後に行う場合は、焼鈍工程で制御すべき熱履歴には算入しないものとする。
【0075】
[加工工程]
加工を行う場合、加工工程では、本実施形態に係る鋼板を所定のサイズおよび/または形状とする。
加工の方法は公知の方法でよく、例えば、せん断、打ち抜き、穴あけ、曲げ、プレス、張り出し加工等によって所定のサイズおよび/または形状に加工すればよい。
【0076】
[溶接工程]
溶接工程を行う場合、溶接工程では、本実施形態に係る鋼板(加工工程を経たものを含む)と、別の鋼材とをスポット溶接などの溶接によって接合する。
溶接条件については限定されず、公知の条件を適用すればよい。
【実施例】
【0077】
連続鋳造によって、表1-1、表1-2に記載の化学組成を有するスラブを得た。このスラブを、1250℃まで加熱した後、粗圧延と仕上げ圧延と含む熱間圧延に供した。仕上げ圧延では、複数のスタンドを有する圧延機で最終3パスの開始前の熱延鋼板の表面温度、最終3パスでのそれぞれの圧下率を表2-1、表2-2の通りとした。
熱間圧延終了後の熱延鋼板は、800℃以上の温度から水冷を開始し、冷却開始~巻取温度までの平均冷却速度を50℃/s以上とし、表2-1、表2-2の巻取温度で巻き取った。
巻取工程後の熱延鋼板を、表2-1、表2-2の板厚減少率で冷間圧延を行って、板厚が0.8~1.6mmの冷延鋼板を得た。
冷間圧延後の冷延鋼板を、表2-1、表2-2の条件で焼鈍した。
一部の例については、焼鈍工程の最高加熱温度到達以降のタイミングで溶融亜鉛めっきを行い、表面に溶融亜鉛めっき層を形成した。さらにその一部の例については、合金化を行い、溶融亜鉛めっき層を合金化溶融亜鉛めっき層とした。
【0078】
得られた鋼板について、1/4深さ位置、表層部のミクロ組織観察を、上述の要領で行った。
結果を表3-1、表3-2に示す。
【0079】
得られた鋼板について、引張強さ、曲げ性、スポット溶接部の強度を以下の方法で評価した。
【0080】
[引張強さ]
引張強さ(TS)は、鋼板から圧延方向に対し垂直方向にJIS5号引張試験片を採取し、この試験片に対し、JIS Z 2241:2022に沿って引張試験を行うことにより求めた。結果を表4-1、表4-2に示す。
【0081】
[曲げ性]
VDA(ドイツ自動車工業会規格)238-100に準拠した曲げ試験を行い、VDA曲げ角度を評価した。その際、圧延方向に沿った方向に平行な方向を曲げ稜線とした場合の限界曲げ角度を評価した。VDA曲げ角が75°以上であれば、優れた曲げ性を有すると判断した。結果を表4-1、表4-2に示す。
【0082】
[スポット溶接部の強度]
スポット溶接部の強度を、継手強度で評価した。
具体的には、スポット溶接により十字引張試験片を作製した。
十字引張試験片の形状はJIS Z3138:1989に準拠し、試験片の長手方向(150mm)が圧延方向と直角になるように採取した。
スポット溶接は、ナゲット径が5mmとなる電流値、通電時間で実施した。
作製した試験片に対し、JIS Z3137:1989に準拠し、CTS(十字引張強さ)を測定した。
CTSが6kN以上であれば、スポット溶接部の強度に優れる(表中継手強度の欄OK)と判断した。一方、CTSが6kN未満であれば、スポット溶接部の強度に劣る(表中継手強度の欄NG)と判断した。結果を表4-1、表4-2に示す。
【0083】
【0084】
【0085】
【0086】
【0087】
【0088】
【0089】
【0090】
【0091】
表1-1~表4-2からわかるように、本発明例はいずれも、引張強さが1470MPa以上であり、かつスポット溶接を行った際にスポット溶接部の強度(継手強度)が高かった。
これに対し、比較例では、引張強さが低いか、スポット溶接部の強度が低かった。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明によれば、高強度を有し、かつスポット溶接を行った際にスポット溶接部の継手強度が高い鋼板及びその製造方法、並びにこの鋼板を含む部品を提供することができる。そのため、産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0093】
M マルテンサイト
1 1μm間隔の測定線
5 5μm間隔のメッシュ
50 結晶方位角度差が50°以上の粒界
【要約】
この鋼板は、所定の化学組成を有し、板厚方向に沿って、表面から板厚の1/4の位置を1/4深さ位置としたとき、前記1/4深さ位置のミクロ組織が、面積率で、マルテンサイト:80%以上、フェライト、ベイナイト、パーライトの合計:0~15%、残留オーステナイト:0~10%、を含み、前記マルテンサイトにおいて、結晶方位角度差が50°以上の粒界の平均間隔が2μm以下の領域を微細マルテンサイトとしたとき、前記マルテンサイト中の前記微細マルテンサイトの面積率が7%以上であり、引張強さが1470MPa以上である。