(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-02-24
(54)【発明の名称】690MPaグレードの極厚鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220216BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20220216BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20220216BHJP
C21C 5/30 20060101ALI20220216BHJP
C21C 7/00 20060101ALI20220216BHJP
C21C 7/10 20060101ALI20220216BHJP
【FI】
C22C38/00 302A
C22C38/58
C21D8/02 D
C21C5/30 Z
C21C7/00 E
C21C7/10 A
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021538959
(86)(22)【出願日】2019-12-04
(85)【翻訳文提出日】2021-07-27
(86)【国際出願番号】 CN2019122904
(87)【国際公開番号】W WO2020143367
(87)【国際公開日】2020-07-16
(31)【優先権主張番号】201910013990.5
(32)【優先日】2019-01-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】519226115
【氏名又は名称】南京鋼鉄股▲ふん▼有限公司
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100148633
【氏名又は名称】桜田 圭
(74)【代理人】
【識別番号】100147924
【氏名又は名称】美恵 英樹
(72)【発明者】
【氏名】孫 超
(72)【発明者】
【氏名】李 東暉
(72)【発明者】
【氏名】尹 雨群
(72)【発明者】
【氏名】趙 柏杰
【テーマコード(参考)】
4K013
4K032
4K070
【Fターム(参考)】
4K013CD01
4K013CE01
4K013EA18
4K013EA20
4K013EA28
4K032AA04
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4K032CC04
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4K032CF02
4K032CF03
4K070AB03
4K070AB05
4K070AB06
4K070EA01
(57)【要約】
本発明は、690MPaグレードの極厚鋼板およびその製造方法を開示している。化学組成の質量百分率は、C:0.04~0.08%、Mn:5.2~6.0%、Si:0.1~0.4%、Mo:0.1~0.5%、Ni:0.2~0.6%、Cr:0.2~0.6%、Ti:0.01~0.05%、S:≦0.005%、P:≦0.010%、残部Feおよび不純物を含む。この鋼板はマンガンを主な合金元素として使用し、極厚鋼板の製造時にニッケルなどの高価な元素の添加を減らすことで、合金コストを削減している。特定の製造プロセスを使用することによって、製造された極厚鋼板に高強度、高塑性、高靭性の優れたコアの機械的特性、および抗層状引き裂き性能を備えさせ、海洋工学などの過酷な使用環境での高性能極厚鋼板に対する需要に対応することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成の質量百分率はC:0.04~0.08%、Mn:5.2~6.0%、Si:0.1~0.4%、Mo:0.1~0.5%、Ni:0.2~0.6%、Cr:0.2~0.6%、Ti:0.01~0.05%、S:≦0.005%、P:≦0.010%、残部Feおよび不純物を含む、
ことを特徴とする690MPaグレードの極厚鋼板。
【請求項2】
前記鋼板の厚さが80~150mmである、
ことを特徴とする請求項1に記載の690MPaグレードの極厚鋼板。
【請求項3】
前記鋼板の微細構造がマルテンサイトおよびオーステナイトを有し、その中に、オーステナイトの体積分率が4~10%である、
ことを特徴とする請求項1に記載の690MPaグレードの極厚鋼板。
【請求項4】
前記オーステナイトが薄膜の形態であり、オーステナイトがマルテンサイトスラット間に分布している、
ことを特徴とする請求項3に記載の690MPaグレードの極厚鋼板。
【請求項5】
前記鋼板のコアの機械的特性は、降伏強度が690MPa以上、引張強度が770MPa以上、破壊後の伸びは14%以上、-60℃でのV型試験片のシャルピー振り子衝撃試験で吸収されるエネルギーは80J以上である、
ことを特徴とする請求項1に記載の690MPaグレードの極厚鋼板。
【請求項6】
前記鋼板の板厚方向の延びによる断面収縮率は50%以上である、
ことを特徴とする請求項1に記載の690MPaグレードの極厚鋼板。
【請求項7】
下記ステップを含むことを特徴とする請求項1~6のいずれか1項に記載の690MPaグレードの極厚鋼板の調製方法であって、
(1)鉄水脱硫処理後、転炉製錬を行い、鋼水の中のS、P含有量をS≦0.005%、P≦0.010%に還元し、
(2)LF精錬によってC、Mn、Si、Mo、Ni、Ti元素に必要な質量分率の合金化を完了した後、RH処理を行い、真空度≦4mbar、加工時間≧20minにし、
(3)鋳造によってスラブを取得し、スラブの厚さと鋼板の厚さの比は4以上となり、
(4)スラブの温度を1060~1140℃まで加熱し、
(5)加熱されたスラブを圧延し、圧延開始温度≦1020℃、圧延終了温度≧930℃、通過変形量≧10%にし、
(6)圧延後の鋼板に対して即時に水冷を行い、冷却後の鋼板表面の赤に戻る温度が≦360℃で、平均冷却速度が1~5℃/sとなり、
(7)焼入れ熱処理を行い、鋼板を780~830℃までに再加熱し、均熱時間が5~15minで、鋼板表面の赤に戻る温度が≦110℃までに水冷し、平均冷却速度が2~8℃/sとなり、
(8)焼戻し熱処理を行い、焼入れ後の鋼板を610~640℃までに加熱し、均熱時間が40~70minで、焼戻し後の鋼板が室温までに空冷される、
調製方法。
【請求項8】
前記ステップ(3)の中のスラブが連続鋳造スラブまたは型鋳造後の鍛造スラブを採用する、
ことを特徴とする請求項6に記載の調製方法。
【請求項9】
スラブの厚さが320mm以下の場合、連続鋳造スラブを採用し、スラブの厚さが320mmを超えた場合、型鋳造後の鍛造スラブを採用する、
ことを特徴とする請求項7に記載の調製方法。
【請求項10】
前記ステップ(4)において、スラブの均熱時間が40~90minとなっている、
ことを特徴とする請求項6に記載の調製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、極厚鋼板およびその製造方法に関し、特に690MPaグレードの極厚鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
国家海洋開発戦略の実施および石油ガス資源の採掘が徐々に陸地から深海および極地方向に展開することによって、海洋プラットフォームの性能および構造の安全性に対する要件がより高くなってきている。海洋プラットフォームの製造に必要な鋼材は、高強度かつ高靭性に向かって発展しており、降伏強度690MPaグレードの高強度・高靭性海洋プラットフォームのための厚板の需要量が大きくなってきている。従来の海洋工学のための690MPaグレードの極厚鋼板のコアの機械的特性は改善が難しい。鋼板の全体的な性能を均一に向上させるためには、通常、Ni、Mo、Cr、Cuなどの多数の元素が添加され、これらの元素の総量は4%以上もあるので、合金コストが高い。また、製造方法には、多数の焼き入れなどの工程が必要となり、製造困難が大きい。近年、海洋工学建設の改善を満たすために、高強度グレードの極厚鋼板の開発が広く懸念されている。
【0003】
特許番号201510125485.1である中国発明特許は、低温衝撃靭性に優れた低降伏比、高靭性、高強度の極厚鋼板およびその製造方法を開示しているが、その低降伏比、高靭性、高強度の極厚鋼板の化学組成にNiが3.6~5.5%含有されているので、コストが高い。
【0004】
特許番号201610026446.0である中国発明特許は、海洋工学用の高強度鋼板およびその製造方法を開示しているが、NbとVマイクロマイヤ化方法を使用しているにもかかわらず、Mnなどの焼入れ性は高くなり含有量が高くないので、鋼板の最大厚さは100mmを超えることができない。
【0005】
材料開発の現状から見れば、高性能の海洋工学用極厚鋼板の性能がまだ改善される必要がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
発明の目的:従来技術の欠点を克服するために、本発明は、海洋工学などの過酷な使用環境での高性能極厚鋼板の需要に対応できる、優れたコアの機械的特性を有する690MPaグレードの極厚鋼板を提供する。
本発明の他の目的は、上記の690MPaグレードの極厚鋼板を製造するための方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
技術的解決策:本発明の690MPaグレードの極厚鋼板において、化学組成の質量百分率は、C:0.04~0.08%、Mn:5.2~6.0%、Si:0.1~0.4%、Mo:0.1~0.5%、Ni:0.2~0.6%、Cr:0.2~0.6%、Ti:0.01~0.05%、S:≦0.005%、P:≦0.010%、残部Feおよび不純物を含む。
【0008】
さらに、前記鋼板の厚さが80~150mmとなっている。
【0009】
さらに、前記鋼板の微細構造は、マルテンサイトとオーステナイトを有し、その中に、オーステナイトの体積分率は4~10%である。
【0010】
さらに、前記鋼板のコアの機械的特性は、降伏強度が690MPa以上、引張強度が770MPa以上、破壊後の伸びは14%以上、-60℃でのV型試験片のシャルピー振り子衝撃試験で吸収されるエネルギーは80J以上である。
【0011】
さらに、前記鋼板の板厚方向の延びによる断面収縮率は50%以上である。
【0012】
本発明に記載の690MPaグレードの極厚鋼板の製造方法は、以下のステップを含む技術的解決策を採用している。
(1)鉄水脱硫処理後、転炉製錬を行い、鋼水の中のS、P含有量をS≦0.005%、P≦0.010%に還元する。
(2)LF精錬によってC、Mn、Si、Mo、Ni、Ti元素に必要な質量分率の合金化を完了した後、RH処理を行い、真空度≦4mbar、加工時間≧20minにする。
(3)鋳造によってスラブを取得し、スラブの厚さと鋼板の厚さの比は4以上となっている。
(4)スラブの温度を1060~1140℃まで加熱し、均熱時間が40~90minとなっている。
(5)加熱されたスラブを圧延し、圧延開始温度≦1020℃、圧延終了温度≧930℃、通過変形量≧10%にする。
(6)圧延後の鋼板に対して即時に水冷を行い、冷却後の鋼板表面の赤に戻る温度が≦360℃で、平均冷却速度が1~5℃/sとなっている。
(7)焼入れ熱処理を行い、鋼板を780~830℃までに再加熱し、均熱時間が5~15minで、鋼板表面の赤に戻る温度が≦110℃までに水冷し、平均冷却速度が2~8℃/sとなっている。
(8)焼戻し熱処理を行い、焼入れ後の鋼板を610~640℃までに加熱し、均熱時間が40~70minで、焼戻し後の鋼板が室温までに空冷される。
【発明の効果】
【0013】
有益な効果:本発明の鋼板は、マンガンを主な合金元素として使用し、極厚鋼板の製造時にニッケルなどの高価な元素の添加量を減らすことで、合金コストが削減している。特定の製造プロセスを使用することによって、製造された極厚鋼板に高強度、高塑性、高靭性の優れたコアの機械的特性、および抗層状引き裂き性能を備えさせ、海洋工学などの過酷な使用環境での高性能極厚鋼板に対する需要に対応することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、実施例1の中の鋼板のコア組成の透過型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下では、実施例に合わせて本発明の化学組成、製造工程、構成および性能を説明する。
【0016】
本発明の690MPaグレードの極厚鋼板の化学組成設計において、Cは、格子間固溶体強化により構造強度を大幅に高めることができ、重要な強化元素であり、重要なオーステナイト安定化元素でもあるが、低温衝撃靭性と溶接性を確保するために、その添加量を低レベルに制御する必要がある。Mnは、置換と固溶体強化によって構造の強度を高めると同時に、オーステナイトの安定性を大幅に向上させることができる。CとMnを適切に添加すると、焼入れ性が大幅に向上し、過冷却オーステナイトの相転移温度を下げ、高強度のマルテンサイト構造を取得することができる。一方、マルテンサイト焼戻しプロセスでは、CとMnの添加によって、一定量の逆変換オーステナイトを形成するのに必要な温度を下げた。CおよびMnは、逆変換オーステナイトに富んでいるため、低温でも安定した構造を維持することができ、本発明の可塑性および靭性を改善するための重要な構造となっている。本発明の焼戻し温度が600℃より低い場合、特に550℃の温度付近で焼戻しをする場合、Mn、Pなどの元素の粒界偏析を引き起こしやすく、靭性を減らすことがあるので、ご留意ください。発明者は、本発明におけるCおよびMn元素の作用機序を十分に検討し、Cが0.04~0.08%、Mnが5.2~6.0%と言う「低炭素中マンガン」組成設計を決定した。
【0017】
Siは製鋼工程の脱酸素元素であり、適量のSiはMnとPの偏析を抑制し、靭性を向上させることができる。Siは固溶体強化も可能であるが、含有量が0.3%を超えると靭性が大幅に低下することがある。本発明では、Siを0.1~0.4%に制御されている。
【0018】
Moは焼戻し後のマルテンサイトの強度を高めることができ、特定の含有量範囲内で、Mnの粒界偏析を弱めて靭性を向上させることもできる。本発明において、Moの含有量を0.1~0.5%に制御されているため、Moの役割を果たしながら、コストを大幅に増加させることはない。
【0019】
Niはオーステナイト相の安定化、焼入れ性の向上、延性-脆性転移温度の低下が可能で、低温靭性の向上に有効な元素であると同時に、溶接性の向上にも役立つ。但し、Niは高価であり、本発明は、Ni含有量を0.2~0.6%に制御し、コストを大幅に増加させることなく、Ni元素の有益な効果を十分に発揮している。
【0020】
Crは明らかな固溶体強化効果を生み出すことができ、強度の向上に有益で、耐食性の改善をすることができる。しかし、本発明において多数のMn元素を添加する場合では、Cr含有量が高すぎると、焼戻し時に粒界でCrおよびMnの炭化物が形成されやすくなり、亀裂成長に対する粒界の障壁を減らし、塑性および靭性を低下させることがある。本発明において、Crの含有量範囲は0.2~0.6%の適切な範囲内に制御されている。
【0021】
本発明では、少量のTiが添加されているため、微細で分散した第2相析出形態を介した高温での粒界移動を妨げることができ、それにより結晶粒を微細化し、機械的特性を改善している。添加量は0.01~0.05%の範囲内に制御されている。
【0022】
PおよびSの含有量を厳密に制御する必要があり、本発明において、中程度含有量のMn元素を添加した場合、Sは、MnとMnSを形成しやすく、可塑性を低下させることがある。Pは粒界に偏析する傾向があり、粒界の亀裂成長抵抗を低下させ、靭性が低下させる。本発明は、S≦0.005%およびP≦0.010%が必要となる。
【0023】
本発明の残りの部分はFeであるが、通常の製造工程では原材料または周囲の環境から不純物が混入することは避けらない。これらの不純物は当業者には明らかであるため、それらの名前および内容は、本明細書では具体的に記載されていない。
【0024】
本発明の製造方法において、鉄水脱硫処理後、転炉製錬を行うことによって、S、P含有量をS≦0.005%、P≦0.010%に還元し、十分高い真空度(真空度≦4mbar)、十分長い真空時間(処理時時間≧20min)のRH処理によってガス不純物元素の含有量を減らしているが、C、Mn、Si、Mo、Ni、Tiおよびその他の合金の添加はLF精錬によって完了するため、高純度の製錬効果が得られる。
【0025】
スラブ鋳造は、連続鋳造または型鋳造+鍛造で、さまざまなサイズのスラブを得ることができる。スラブの厚さ≦320mmの場合は連続鋳造によって得られるため、生産効率が高い。それより厚いスラブ(>320mm)は、型鋳造+鍛造によって得られる。本発明で要求されるコアの機械的特性を達成するために、必要な条件として十分な圧延総変形量が必要となっている。本発明では、鋼板の厚さに対するスラブの厚さの比は4以上である必要があるので、圧延総変形量が75%以上であることを保証することができる。鋼板の厚さが80mmの場合、必要なスラブの厚さは320mm以上、鋼板の厚さが150mmの場合、必要なスラブの厚さは600mm以上である。得られたスラブは、圧延および熱処理プロセスを通じて必要な構造と特性を取得する。
【0026】
本発明の組成範囲内では、鋼のAc3温度が770℃以下である。スラブを1060~1140℃に加熱すると、高温のオーステナイト構造が形成されると同時に、C、Mnなどの合金元素が拡散により均質化される。スラブのコアの温度が表面温度に近く、保温が続く均熱中に、オーステナイトはスラブ全体で均質化され、40~90minの均熱時間は元素の均一な拡散を保証することができる。1140°C以下の温度では、Tiの第2相粒子が結晶粒の成長を妨げる役割を果たすことができる。ただし、温度が1060℃未満の場合、元素の拡散が遅くなり、オーステナイトの均質化効率が低くなることがある。
【0027】
本発明において、加熱されたスラブは、結晶粒を微細化するために、930℃以上で再結晶化され、圧延される。圧延開始温度≦1020℃の場合は、再結晶後の結晶粒成長速度が速すぎるのを防ぐことができる。通過変形量が10%以上の場合は、再結晶の微細化効果を保証するために、オーステナイトを変形後に十分な歪みエネルギーの累積を持たせることができる。
【0028】
鋼板を圧延した後、圧延変形後に微細化された再結晶粒の過度の成長を避けるために、圧延後の鋼板を直ちに水冷する必要がある。水冷中にマルテンサイトの変換が発生することもある。本発明において十分な量のMn元素を添加することにより、マルテンサイト変換の臨界冷却速度は1℃/s未満であるが、冷却速度が低い場合でもマルテンサイト構造を得ることができる。鋼板の厚さが厚い場合、コアの冷却は通常、表面の冷却よりも大幅に遅くなるが、本発明の組成設計は、厚さ80~150mmの鋼板のコアにおいてもマルテンサイト変換が発生することを保証することができる。但し、冷却速度が速すぎると、鋼板の熱応力が高すぎになりやすく、鋼板にひび割れが生じることさえあり得るので、本発明は、平均冷却速度が5℃/sを超えないように制御されている。圧延後に冷却された鋼板の表面が赤に戻る温度は360℃以下に選択されているため、冷却中の明らかな元素偏析を防ぎ、粗大な炭化物の析出を抑えることができると同時に、この温度はまた、本発明の組成におけるマルテンサイト変換開始温度よりも低い。本発明で選択された圧延後の冷却プロセスは、その後の熱処理プロセスに適した前駆体構造を提供することができる。
【0029】
本発明は、鋼板に対して焼入れ+焼戻し熱処理を行う。780~830℃の焼入れ温度はAc3より高く、オーステナイト構造は均熱により得られる。鋼板は圧延後に水冷を行い、冷却中の元素の偏析や粗大な炭化物の生成が回避されたため、オーステナイト内の元素の均質化時間が大幅に短縮されている。本発明が選択された焼入れ加熱の均熱時間は5~15minで、オーステナイトの均質化を確保しながら、結晶粒径を効果的に微細化することもでき、鋼板の機械的特性の改善に有益である。焼入れ冷却速度の選択は、圧延後の冷却速度の選択と同じ理由で、2~8℃/sに制御されている。しかし、焼入れされた鋼板の表面が赤に戻る温度は110℃以下である必要があり、この温度は本発明の組成の下でのマルテンサイト変換終了温度よりも低く、鋼板全体が高強度の焼入れマルテンサイト構造を得ることが保証できる。
【0030】
焼入れ後の鋼板に対して焼戻し熱処理を行う。焼戻し温度が610~640℃、均熱時間が40~70minの焼戻し工程では、マルテンサイトの強度・靭性整合性の向上に加え、体積分率が4~10%の逆変換オーステナイトも得られ、これは主にフィルムの形をしており、マルテンサイトのスラットの間に分布されている。焼戻し中に、CやMnなどのオーステナイト安定化元素がオーステナイト内に富み、オーステナイトの安定性が向上させているだけでなく、焼戻し後室温までに空冷中、およびそれよりも温度が低い場合でも、オーステナイト依然として結晶構造の安定性を維持でき、マルテンサイト変換が起こらない。焼戻し後の鋼板への空冷が、極厚鋼板の熱応力を低減し、鋼板の品質を向上させることもできる。
【0031】
本発明は熱処理後に、鋼板の厚さ方向全体、特に鋼板のコア部分にマルテンサイト+オーステナイト構造が得られた。引張変形中に、マルテンサイトマトリックスは690MPa以上の降伏強度を提供し、焼き戻し後のマルテンサイトの塑性も改善されている。オーステナイトは、変形の初期段階と中期段階で局所的な応力集中を緩和するための軟質相として機能するが、変形の後期段階でマルテンサイトが発生し、強化の役割を果たすことができる。したがって、オーステナイトの存在は、亀裂の発生と伝播を遅らせ、引張強度と破壊後の伸び率を改善する重要な役割を果たしている。衝撃変形中に、オーステナイトの存在は亀裂伝播を妨げ、亀裂伝播抵抗を向上させることによって、衝撃靭性が改善された。本発明におけるオーステナイトは十分な安定性を有するので、-60℃の場合でも衝撃靭性に有益な効果を発揮することができる。本発明におけるオーステナイト構造の有益な効果は、その体積分率および元素濃縮度と密接に関連されており、製造方法のプロセスパラメータ、特に焼戻し熱処理のプロセスパラメータの選択は、最も直接的にオーステナイト構造の性質を決定されている。
【0032】
具体的には、本発明の鋼板のコアの機械的特性は、降伏強度が690MPa以上、引張強度が770MPa以上、破壊後の伸び率が14%以上、および、-60℃でのV型試験片のシャルピー振り子衝撃試験で吸収されるエネルギーは80J以上である。
【0033】
本発明における機械的特性の定義は、規格GB/T228.1、GB/T229およびGB/T5313に従っているが、これらの技術的指標の定義は当業者には明らかであるため、この明細書では詳しく説明をしない。
【0034】
特に、本発明は優れた鋼板のコアの機械的特性を達成すると同時に、鋼板の厚さの他の位置の機械的特性もコアの機械的特性に達している。本発明は、極厚鋼板の各位置の構成および性能を効果的に制御されているため、鋼板は、高い厚さ方向の断面収縮率を有し、板厚方向の延びによる断面収縮率は50%以上で、その抗層状引き裂き性能は非常に優れている。
【0035】
以下は、具体的に実施例によって、上記鋼板およびその製造方法の詳細について説明する。
【0036】
実施例1:80mmの厚さ、および0.06%のC、5.7%のMn、0.22%のSi、0.35%のMo、0.2%のNi、0.31%のCr、0.02%のTi、S≦0.005%、P≦0.010%、残りのFeおよびその他の回避できない不純物元素を含む化学組成(含有量は質量百分率で表す)を備えたコアの機械的特性が優れている690MPaグレードの極厚鋼板。
【0037】
上記鋼板の製造方法は以下のとおりとなっている。
鉄水脱硫処理後、転炉製錬を行い、鋼水の中のS、P含有量をS≦0.005%、P≦0.010%に還元する。LF精錬によってC、Mn、Si、Mo、Ni、Tiなどの元素に必要な質量分率の合金化を完了した後、RH処理を行い、真空度が3mbar、処理時間が23minにして、鋼水中のガス不純物元素の含有量を減らす。連続鋳造によってスラブを取得し、厚さ320mmのスラブを取得する。スラブの温度を1140℃まで加熱し、均熱時間が60minである。加熱されたスラブを圧延し、圧延開始温度が1005℃で、圧延終了温度が952℃であり、圧延機の押下規程は320mm-280mm -240mm-200mm-165mm-135mm-110mm-90mm-80mmとなっている。圧延後の鋼板に対して即時に水冷を行い、冷却後の鋼板表面の赤に戻る温度が350℃で、平均冷却速度が3.1℃/sとなっている。鋼板に対して焼入れし+焼き戻しの熱処理を行う。焼入れ温度は810℃、均熱時間は10minで、鋼板の表面が赤に戻る温度77℃までに水冷し、平均冷却速度は2.9℃/s、焼戻し温度は626℃、均熱時間は55minで、焼き戻し後の鋼板を室温までに空冷する。
【0038】
得られた鋼板構造はマルテンサイトとオーステナイトを含み、オーステナイトの体積分率は6.5%となっている。
図1に鋼板のコア構造の透過型電子顕微鏡写真を示し、マルテンサイトとオーステナイトが間隔を置いて分布していることが写真で観察でき、その中で、明るいコントラストのスラット状構造はマルテンサイトで、暗いコントラストのフィルム状構造はオーステナイトである。鋼板のコアの降伏強度は758MPa、引張強度は842MPa、破壊後の伸び率は16%、-60℃でのV型試験片のシャルピー振り子衝撃試験で吸収されるエネルギーは135Jである。鋼板の厚さ方向の断面収縮率は63%である。
【0039】
実施例2:80mmの厚さ、および0.04%のC、5.2%のMn、0.4%のSi、0.1%のMo、0.6%のNi、0.6%のCr、0.01%のTi、S≦0.005%、P≦0.010%、残りのFeおよびその他の回避できない不純物元素を含む化学組成(含有量は質量百分率で表す)を備えたコアの機械的特性が優れている690MPaグレードの極厚鋼板。
【0040】
上記鋼板の製造方法は以下のとおりとなっている。
鉄水脱硫処理後、転炉製錬を行い、鋼水の中のS、P含有量をS≦0.005%、P≦0.010%に還元する。LF精錬によってC、Mn、Si、Mo、Ni、Tiなどの元素に必要な質量分率の合金化を完了した後、RH処理を行い、真空度が3mbar、処理時間が20minにして、鋼水中のガス不純物元素の含有量を減らす。連続鋳造によってスラブを取得し、厚さ320mmのスラブを取得する。スラブの温度を1105℃まで加熱し、均熱時間が40minである。加熱されたスラブを圧延し、圧延開始温度が1001℃で、圧延終了温度が930℃であり、圧延機の押下規程は320mm-280mm-240mm-200mm-165mm-135mm-110mm-90mm-80mmとなっている。圧延後の鋼板に対して即時に水冷を行い、冷却後の鋼板表面の赤に戻る温度が271℃で、平均冷却速度が4.7℃/sとなっている。鋼板に対して焼入れし+焼き戻しの熱処理を行う。焼入れ温度は830℃、均熱時間は5minで、鋼板の表面が赤に戻る温度51℃までに水冷し、平均冷却速度は4.2℃/s、焼戻し温度は640℃、均熱時間は40minで、焼き戻し後の鋼板を室温までに空冷する。
【0041】
得られた鋼板構造はマルテンサイトとオーステナイトを含み、オーステナイトの体積分率は10%となっている。鋼板のコアの降伏強度は741MPa、引張強度は821MPa、破壊後の伸び率は17.5%、-60℃でのV型試験片のシャルピー振り子衝撃試験で吸収されるエネルギーは165Jである。 鋼板の厚さ方向の断面収縮率は71%である。
【0042】
実施例3:150mmの厚さ、および0.08%のC、6.0%のMn、0.1%のSi、0.5%のMo、0.5%のNi、0.2%のCr、0.05%のTi、S≦0.005%、P≦0.010%、残りのFeおよびその他の回避できない不純物元素を含む化学組成(含有量は質量百分率で表す)を備えたコアの機械的特性が優れている690MPaグレードの極厚鋼板。
【0043】
上記鋼板の製造方法は以下のとおりとなっている。
鉄水脱硫処理後、転炉製錬を行い、鋼水の中のS、P含有量をS≦0.005%、P≦0.010%に還元する。LF精錬によってC、Mn、Si、Mo、Ni、Tiなどの元素に必要な質量分率の合金化を完了した後、RH処理を行い、真空度が3mbar、処理時間が26minにして、鋼水中のガス不純物元素の含有量を減らす。型鋳造後の鍛造によってスラブを取得し、厚さ610mmのスラブを取得する。スラブの温度を1060℃まで加熱し、均熱時間が90minである。加熱されたスラブを圧延し、圧延開始温度が1015℃で、圧延終了温度が942℃であり、圧延機の押下規程は610mm-540mm-470mm-400mm-340mm-290mm-245mm-215mm-190mm-170mm-150mmとなっている。圧延後の鋼板に対して即時に水冷を行い、冷却後の鋼板表面の赤に戻る温度が327℃で、平均冷却速度が1.5℃/sとなっている。鋼板に対して焼入れし+焼き戻しの熱処理を行う。焼入れ温度は780℃、均熱時間は15minで、鋼板の表面が赤に戻る温度102℃までに水冷し、平均冷却速度は1.2℃/s、焼戻し温度は610℃、均熱時間は70minで、焼き戻し後の鋼板を室温までに空冷する。
【0044】
得られた鋼板構造はマルテンサイトとオーステナイトを含み、オーステナイトの体積分率は4%となっている。鋼板のコアの降伏強度は745MPa、引張強度は819MPa、破壊後の伸び率は15%、-60℃でのV型試験片のシャルピー振り子衝撃試験で吸収されるエネルギーは106Jである。鋼板の厚さ方向の断面収縮率は57%である。
【0045】
実施例4:4組の平行実験を設計し、詳細は以下の表1に示すように、構成要素の含有量および調製方法は、圧延開始温度を除いて、基本的に実施例1のものと同じであった。
【0046】
【0047】
表1から分かるように、グループ1~2は本発明の範囲内の圧延開始温度であるが、グループ3~4は本発明の範囲外の圧延開始温度であり、それによって調製された鋼板の破断後の伸び、低温衝撃エネルギーおよび板厚方向の断面収縮率などの性能が低下している。
【0048】
実施例5:3組の平行実験を設計し、詳細は以下の表2に示すように、構成要素の含有量および調製方法は、焼入れ後の冷却速度を除いて、基本的に実施例2のものと同じであった。
【0049】
【0050】
表2から分かるように、グループ1は本発明の範囲内の焼入れ後の水冷の平均冷却速度であるが、グループ2~3は本発明の範囲外の平均冷却速度であり、グループ2の鋼板の降伏強度と低温衝撃エネルギーの性能が低下している。グループ3の鋼板の低温衝撃エネルギーの性能が低下し、熱応力による亀裂が鋼板に現れている。
【0051】
(付記)
(付記1)
化学組成の質量百分率はC:0.04~0.08%、Mn:5.2~6.0%、Si:0.1~0.4%、Mo:0.1~0.5%、Ni:0.2~0.6%、Cr:0.2~0.6%、Ti:0.01~0.05%、S:≦0.005%、P:≦0.010%、残部Feおよび不純物を含む、
ことを特徴とする690MPaグレードの極厚鋼板。
【0052】
(付記2)
前記鋼板の厚さが80~150mmである、
ことを特徴とする付記1に記載の690MPaグレードの極厚鋼板。
【0053】
(付記3)
前記鋼板の微細構造がマルテンサイトおよびオーステナイトを有し、その中に、オーステナイトの体積分率が4~10%である、
ことを特徴とする付記1に記載の690MPaグレードの極厚鋼板。
【0054】
(付記4)
前記オーステナイトが薄膜の形態であり、オーステナイトがマルテンサイトスラット間に分布している、
ことを特徴とする付記3に記載の690MPaグレードの極厚鋼板。
【0055】
(付記5)
前記鋼板のコアの機械的特性は、降伏強度が690MPa以上、引張強度が770MPa以上、破壊後の伸びは14%以上、-60℃でのV型試験片のシャルピー振り子衝撃試験で吸収されるエネルギーは80J以上である、
ことを特徴とする付記1に記載の690MPaグレードの極厚鋼板。
【0056】
(付記6)
前記鋼板の板厚方向の延びによる断面収縮率は50%以上である、
ことを特徴とする付記1に記載の690MPaグレードの極厚鋼板。
【0057】
(付記7)
下記ステップを含むことを特徴とする付記1~6のいずれか1つに記載の690MPaグレードの極厚鋼板の調製方法であって、
(1)鉄水脱硫処理後、転炉製錬を行い、鋼水の中のS、P含有量をS≦0.005%、P≦0.010%に還元し、
(2)LF精錬によってC、Mn、Si、Mo、Ni、Ti元素に必要な質量分率の合金化を完了した後、RH処理を行い、真空度≦4mbar、加工時間≧20minにし、
(3)鋳造によってスラブを取得し、スラブの厚さと鋼板の厚さの比は4以上となり、
(4)スラブの温度を1060~1140℃まで加熱し、
(5)加熱されたスラブを圧延し、圧延開始温度≦1020℃、圧延終了温度≧930℃、通過変形量≧10%にし、
(6)圧延後の鋼板に対して即時に水冷を行い、冷却後の鋼板表面の赤に戻る温度が≦360℃で、平均冷却速度が1~5℃/sとなり、
(7)焼入れ熱処理を行い、鋼板を780~830℃までに再加熱し、均熱時間が5~15minで、鋼板表面の赤に戻る温度が≦110℃までに水冷し、平均冷却速度が2~8℃/sとなり、
(8)焼戻し熱処理を行い、焼入れ後の鋼板を610~640℃までに加熱し、均熱時間が40~70minで、焼戻し後の鋼板が室温までに空冷される、
調製方法。
【0058】
(付記8)
前記ステップ(3)の中のスラブが連続鋳造スラブまたは型鋳造後の鍛造スラブを採用する、
ことを特徴とする付記6に記載の調製方法。
【0059】
(付記9)
スラブの厚さが320mm以下の場合、連続鋳造スラブを採用し、スラブの厚さが320mmを超えた場合、型鋳造後の鍛造スラブを採用する、
ことを特徴とする付記7に記載の調製方法。
【0060】
(付記10)
前記ステップ(4)において、スラブの均熱時間が40~90minとなっている、
ことを特徴とする付記6に記載の調製方法。
【国際調査報告】