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特表2023-525859アルツハイマー病を判定するためのタンパク質マーカー
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-06-19
(54)【発明の名称】アルツハイマー病を判定するためのタンパク質マーカー
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20230612BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20230612BHJP
   C07K 16/18 20060101ALI20230612BHJP
【FI】
G01N33/68
C12Q1/06
C07K16/18
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022569217
(86)(22)【出願日】2021-05-12
(85)【翻訳文提出日】2023-01-16
(86)【国際出願番号】 CN2021093274
(87)【国際公開番号】W WO2021228125
(87)【国際公開日】2021-11-18
(31)【優先権主張番号】63/024,940
(32)【優先日】2020-05-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】598082547
【氏名又は名称】ザ・ホンコン・ユニバーシティー・オブ・サイエンス・アンド・テクノロジー
【氏名又は名称原語表記】The Hong Kong University of Science & Technology
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】イップ、ナンシー ユク-ユイ
(72)【発明者】
【氏名】フー、キット ユイ
(72)【発明者】
【氏名】チアン、ユアンピン
(72)【発明者】
【氏名】チョウ、シアオプー
(72)【発明者】
【氏名】イップ、ファニー チョイ-ファン
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4H045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA25
2G045CA26
2G045DA36
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ03
4B063QQ79
4B063QS33
4B063QS36
4B063QX02
4H045AA10
4H045AA11
4H045AA30
4H045CA40
4H045DA75
(57)【要約】
本発明は、人の血液試料(例えば、血漿試料、血清試料、又は全血試料)中に存在する、アルツハイマー病(AD)と関連するタンパク質マーカー、ADのための診断方法及び治療方法、並びにADを診断するためのキットを提供する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)対象の血漿又は血清又は全血における、表1~4から選択されるいずれか1つのタンパク質のレベルを、ADに罹患していない又はADについての増加したリスクを有さない平均的な健康な対象の前記血漿又は血清又は全血において見られる同じタンパク質の標準対照レベルと比較すること;
(2)前記対象の血漿若しくは血清若しくは全血における(表1、表2、表3若しくは表4において正のβ値を有する)前記タンパク質のレベルの前記標準対照レベルからの増加を検出すること、又は前記対象の血漿若しくは血清若しくは全血における(表1、表2、表3若しくは表4において負のβ値を有する)前記タンパク質のレベルの前記標準対照レベルからの減少を検出すること;及び
(3)前記対象はADについて増加したリスクを有すると判定すること、
を含む、対象におけるアルツハイマー病(AD)のリスクを判定する方法。
【請求項2】
前記タンパク質が表1から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記タンパク質が表3から選択される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記タンパク質が表4から選択される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
ステップ(1)の前に、前記血漿又は血清又は全血における前記タンパク質のレベルを測定することをさらに含む、請求項1~請求項4のうちいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記測定ステップの前に、前記対象から血漿又は血清又は全血の試料を得ることをさらに含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
(i)第1の対象の血漿若しくは血清若しくは全血における、表1~4から選択されるいずれか1つのタンパク質のレベルを、第2の対象の血漿若しくは血清若しくは全血における同じタンパク質のレベルと比較すること;
(ii)前記第2の対象の血漿又は血清又は全血における前記タンパク質のレベルが、前記第1の対象の血漿若しくは血清若しくは全血における(表1、表2、表3若しくは表4において正のβ値を有する)前記タンパク質のレベルよりも高いことを検出すること、又は前記第2の対象の血漿若しくは血清若しくは全血における前記タンパク質のレベルが、前記第1の対象の血漿若しくは血清若しくは全血における(表1、表2、表3若しくは表4において負のβ値を有する)前記タンパク質のレベルよりも低いこと、を検出すること;及び
(iii)前記第2の対象が前記第1の対象よりも高いADのリスクを有すると判定すること、
を含む、2つの対象におけるアルツハイマー病(AD)のリスクを判定する方法。
【請求項8】
前記タンパク質が表1から選択される、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記タンパク質が表3から選択される、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記タンパク質が表4から選択される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
ステップ(i)の前に、前記血漿又は血清又は全血における前記タンパク質のレベルを測定することをさらに含む、請求項7~請求項10のうちいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記測定ステップの前に、前記対象から血漿又は血清又は全血の試料を得ることをさらに含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
対象の血漿又は血清又は全血中における表2から独立に選択される任意の5、10、15又は20種類のタンパク質の各々のレベルを測定することができる試薬を含む、対象におけるアルツハイマー病(AD)のリスクを判定するためのキット。
【請求項14】
前記タンパク質が表1から選択される、請求項13に記載のキット。
【請求項15】
前記タンパク質が表3から選択される、請求項14に記載のキット。
【請求項16】
前記タンパク質が表4から選択される、請求項15に記載のキット。
【請求項17】
前記対象の血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42、アミロイドβタンパク質40、及びニューロフィラメント軽鎖ポリペプチド(NfL)の各々のレベルを測定することができる試薬をさらに含む、請求項13に記載のキット。
【請求項18】
ADに罹患していない又はADについての増加したリスクを有さない平均的な健康な対象の血漿、血清、又は全血中に見出される同じタンパク質のレベルを反映する、前記タンパク質の各々についての標準対照をさらに含む、請求項13に記載のキット。
【請求項19】
固体基板と、及び対象の血漿又は血清又は全血における表2から独立して選択される任意の5、10、15、又は20種類のタンパク質の各々のレベルを決定できる試薬を含み、ここで各試薬は前記基板上のアドレス可能な位置に固定化されている、対象におけるアルツハイマー病(AD)のリスクを判定するための検出チップ。
【請求項20】
前記タンパク質が表1から選択される、請求項19に記載のチップ。
【請求項21】
前記タンパク質が表3から選択される、請求項20に記載のチップ。
【請求項22】
前記タンパク質が表4から選択される、請求項21に記載のチップ。
【請求項23】

(1)数式:
【数1】

に値のセットを入力することによって予測スコアを計算すること;及び
(2)0~0.25±0.05のスコアを有する対象をADについて低いリスクを有すると判定し、0.25±0.05超~0.80±0.01のスコアを有する対象をADについて中等度のリスクを有すると判定し、0.80±0.01超~1のスコアを有する対象をADについて高いリスクを有すると判定すること、
を含み、
前記値のセットは、血漿又は血清又は全血における表3に記載された12種類のタンパク質の各々のレベルを含み、前記タンパク質の加重係数(β)及び切片(ε)は、表5~8に与えられている、
対象におけるアルツハイマー病(AD)のリスクを判定する方法。
【請求項24】
前記値のセットは、血漿又は血清又は全血における表3中の12種類のタンパク質の各々のレベルからなり、対応する加重係数(β)及び切片(ε)は表5に与えられ、
0~0.25のスコアを有する対象はADについて低いリスクを有し、0.25超~0.79のスコアを有する対象はADについて中等度のリスクをし、0.79超~1のスコアを有する対象はADについて高いリスクを有する、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
前記値のセットは、血漿又は血清又は全血における表4中の19種類のタンパク質の各々のレベルからなり、対応する加重係数(β)及び切片(ε)は表6に与えられ、
0~0.21のスコアを有する対象はADについて低いリスクを有し、0.21超~0.8のスコアを有する対象はADについて中等度のリスクを有し、0.8超~1のスコアを有する対象はADについて高いリスクを有する、請求項23に記載の方法。
【請求項26】
前記値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルとの比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、及び血漿又は血清又は全血における表3に記載された12種類のタンパク質の各々のレベル、からなり、対応する加重係数(β)及び切片(ε)は表7に記載されており、0~0.20のスコアを有する対象はADについて低いリスクを有し、0.20超~0.80のスコアを有する対象はADについて中等度のリスクを有し、0.80超~1のスコアを有する対象はADについて高いリスクを有する、請求項23に記載の方法。
【請求項27】
前記値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルの間の比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、及び血漿又は血清又は全血における表4に記載された19種類のタンパク質の各々のレベル、からなり、対応する加重係数(β)及び切片(ε)は表8に記載されており、0~0.30のスコアを有する前記対象はADについて低いリスクを有し、0.30超~0.80のスコアを有する前記対象はADについて中等度のリスクを有し、0.80超~1のスコアを有する前記対象はADについて高いリスクを有する、請求項23に記載の方法。
【請求項28】
ステップ(1)の前に、血漿又は血清又は全血における前記タンパク質のレベルを測定することをさらに含む、請求項23~請求項27のうちいずれか1項に記載の方法。
【請求項29】
前記測定ステップの前に、前記対象から血漿又は血清又は全血の試料を得ることをさらに含む、請求項28に記載の方法。
【請求項30】
(i)値のセットを式
【数2】
に入力することによって、2つの対象の各々について予測スコアを計算すること、及び
(ii)より高いスコアを有する対象を、他方の対象よりもADについて高いリスクを有すると判定すること
を含み、
前記値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルとの比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、血漿又は血清又は全血における表2に記載されるタンパク質のうちの少なくとも1つのレベルを含み、対応する加重係数(β)は表1、表2、表3、表4及び表9に与えられている、
2つの対象の間でアルツハイマー病(AD)のリスクを判定する方法。
【請求項31】
前記値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルとの比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、血漿又は血清又は全血における表2に記載されるタンパク質の任意の組み合わせのレベルを含み、対応する加重係数(β)は表1、表2、表3、表4及び表9に与えられている、請求項30に記載の方法。
【請求項32】
前記値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルとの比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、血漿又は血清又は全血における表1、表3又は表4に記載されるタンパク質のうちの少なくとも1つのレベルを含み、対応する加重係数(β)は表1、表3、表4及び表9に与えられている、請求項30に記載の方法。
【請求項33】
前記値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルとの比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、血漿又は血清又は全血における表1、表3又は表4から独立して選択される少なくとも5つのタンパク質のレベルを含み、対応する加重係数(β)は表1、表3、表4及び表9に与えられている、請求項30に記載の方法。
【請求項34】
前記値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルとの比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、血漿又は血清又は全血における表1、表3又は表4から独立して選択される少なくとも10個のタンパク質のレベルを含み、対応する加重係数(β)は表1、表3、表4及び表9に与えられている、請求項30に記載の方法。
【請求項35】
ステップ(i)の前に、血漿又は血清又は全血における前記タンパク質の各々のレベルを測定することをさらに含む、請求項30~請求項34のうちいずれか1項に記載の方法。
【請求項36】
前記測定ステップの前に、前記対象から血漿又は血清又は全血の試料を得ることをさらに含む、請求項35に記載の方法。
【請求項37】
対象におけるアルツハイマー病(AD)を治療するための治療剤の有効性を判定する方法であって、
(1)前記対象への前記治療剤の投与前及び投与後における前記対象の血漿、血清又は全血における表1~4から選択されるいずれか1つのタンパク質のレベルを比較すること;
(2)前記治療剤の投与後における前記対象の血漿若しくは血清若しくは全血における(表1、表2、表3若しくは表4において正のβ値を有する)前記タンパク質のレベルの減少又は前記対象の血漿若しくは血清若しくは全血における(表1、表2、表3若しくは表4において負のβ値を有する)前記タンパク質のレベルの増加を検出すること;及び
(3)前記治療剤がADを治療するために有効であると判定すること、
を含む、前記方法。
【請求項38】
前記タンパク質が表1から選択される、請求項37に記載の方法。
【請求項39】
前記タンパク質が表3から選択される、請求項37に記載の方法。
【請求項40】
前記タンパク質が表4から選択される、請求項37に記載の方法。
【請求項41】
ステップ(1)の前に、投与前及び投与後における血漿又は血清又は全血における前記タンパク質のレベルを測定することをさらに含む、請求項37~請求項40のうちいずれか1項に記載の方法。
【請求項42】
前記測定ステップの前に、投与前及び投与後における前記対象から血漿又は血清又は全血の試料を得ることをさらに含む、請求項41に記載の方法。
【請求項43】
前記対象が中国人の子孫である、請求項1~請求項12及び請求項23~請求項42のうちいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
本出願は、2020年5月14日に出願された米国仮特許出願第63/024,940号からの優先権を主張し、該仮出願の内容は、すべての目的のために、参照によりその全体が本開示に取り込まれる。
【背景技術】
【0002】
神経変性疾患及び神経炎症性障害などの脳疾患は、人口のうち大きなサブセットが罹患している破壊的な病態である。その多くは不治であり、高度に衰弱性であり、しばしば、経時的に脳構造及び能機能の進行性の悪化を生じる。また、高齢者はこれらの病態を生じるリスクが高いため、世界的な人口の高齢化の進展のために疾患の有病率も急速に増加している。現在、多くの神経変性疾患及び神経炎症性障害は、これらの疾患の病態生理についての理解が限られているために、診断が困難である。一方、現在の治療法は有効ではなく、市場での要求に応えられていない;この要求は、人口の高齢化により年々顕著に増加している要求である。例えば、アルツハイマー病(AD)は、学習及び記憶が徐々に、しかし進行性で低下することを特徴とするが、高齢者の死亡の主要な原因となっている。ADの有病率の増加は、よりよい診断法の必要性及び要求を押し上げている。国際アルツハイマー病協会(Alzheimer’s Disease International)によると、この疾患は現在全世界で4680万人が罹患しているが、今後30年間で症例数は3倍になると予測されている。高齢者人口が最も早く増加している国のひとつが中国である。人口予測によると、2030年までに4人に1人が60歳超えとなり、このことにより、非常に大きな割合がAD発症のリスクを有することになる。実際、中国のAD症例数は1990年から2010年にかけて370万から920万へと倍増し、2050年にはこの国は2250の症例数を有すると予測されている。香港の人口も高齢化が急速に進んでいる。2025年には65歳以上の高齢者が人口の24%を占め、2050年には39.3%を占めると推定されている。ADの患者数は、2039年までに332,688人に増加すると予測されており、ADの増加により、より優れた診断法の必要性と需要が高まっている。国際アルツハイマー病協会によると、この病気は現在世界で4,680万人が罹患しているが、今後30年間で患者数は3倍になると予測されている。高齢者人口が最も早く増加する国のひとつが中国である。人口予測によると、2030年には4人に1人が60歳以上となり、その膨大な割合がAD発症のリスクにさらされることになる。実際、中国のAD患者数は1990年から2010年にかけて370万人から920万人に倍増し、2050年には2250万人に達すると予測されている。また、香港では高齢化が急速に進んでいる。2025年までに65歳以上の高齢者が人口の24%を占め、2050年までには人口の39.3%を占めると推定されている。AD症例数は、2039年までに332,688へと増加すると予測されている。
【0003】
さらに心配であるのは、ADの有病率の増加にもかかわらず、多くの人々が正しいADの診断を受けられないことである。アルツハイマー病国際協会の「世界アルツハイマー病報告書2015」(World Alzheimer’ Report 2015)によると、高所得国では、プライマリーケアにおいて認知症の症例のうち20~50%が報告されるに過ぎない。残りは診断されないか、間違って診断されたままである。この「治療ギャップ」は、低・中所得国においてはよりいっそう顕著である。正式な診断がなされないと、患者は自身が必要とする治療及びケアを受けることがなく、患者あるいは介護者は重要な支援プログラムについて適格とされない。早期診断と早期介入が、治療ギャップを縮める2つの重要な手段である。したがって、疾患リスクを迅速かつ正確に判定できる早期診断ツールは、様々なレベルで大きな治療的価値を持つ。ADは、記憶喪失又は認知機能低下の実際の症状が実際に現れるはるか前から脳に影響を及ぼすことが研究により確認されている。しかし、現在に至るまで、早期発見のための診断ツールはない;主観的な臨床評価を伴う、現在利用可能な方法を用いてADと診断された時には、しばしば病理症状は既に進行した状態にある。そのため、ADの治療及び長期管理を向上させる目的で、ADを早期診断するための、又は患者におけるAD発症リスクの上昇を後日検出するための新規かつ有効な方法の開発が急務となっている。本発明は、アルツハイマー病(AD)を発症する個体のリスクを判定するための、血漿若しくは血清若しくは全血タンパク質マーカー又はそれらの組み合わせの使用に関する新規な方法及びキットを開示することにより、このニーズ及び他の関連するニーズに対処するものである。
【発明の概要】
【0004】
本発明は、アルツハイマー病(AD)に関連する新規血漿タンパク質マーカーの発見に関する。したがって、本発明は、ADの診断に有用な方法及び組成物、並びにADを治療するための薬剤の治療有効性を表すのに有用な方法及び組成物を提供する。そのため、第1の態様において、本発明は、対象が後にADを発症するリスクを判定(assess)する方法を提供する。該方法は、以下のステップ:(1)対象の血漿又は血清又は全血における、表1~4から選択されるいずれか1つのタンパク質のレベル又は濃度を、ADに罹患していない又はADについての増加したリスクを有さない平均的な健康な対象のそれぞれ(respectively)血漿又は血清又は全血において見られる同じタンパク質の標準対照レベルと比較すること;(2)前記対象の血漿若しくは血清若しくは全血における(表1、表2、表3又は表4において正のβ値を有する)前記タンパク質のレベルが前記標準対照レベルより高いこと、又は前記対象の血漿若しくは血清若しくは全血における(表1、表2、表3又は表4において負のβ値を有する)前記タンパク質のレベルが前記標準対照レベルより低いことを検出すること;及び(3)前記対象はADについて増加したリスクを有すると判定すること、を含む。表2に記載された429種類のタンパク質のいずれもがこの方法での使用に適しているが、いくつかの場合には、タンパク質は表1に記載された74種類のタンパク質から、又は表4に記載された19種類のタンパク質から、又は表3に記載された12種類のタンパク質から選択される。いくつかの実施形態では、前記方法は、ステップ(1)の前に、前記血漿又は血清又は全血における前記タンパク質のレベルを測定するステップも含む。いくつかの実施形態では、測定ステップの前に、前記対象から血漿又は血清又は全血の試料を取得するステップが行われる。いくつかの実施形態では、ステップ(3)において前記対象がADについての増加したリスクを有すると判定された場合には、前記対象に対してはそれから、本開示に記載されるように、増加したフォローアップモニタリング(例えば、同様の年齢及び医学的バックグラウンドを有する無リスク者又は低リスク者に対して医療従事者が指定(prescribe)するルーチンのモニタリングと比較して増加した頻度でのモニタリング検査)又は治療が提供される。
【0005】
第2の態様において、本発明は、2つの対象の間でアルツハイマー病(AD)のリスクを判定(assess)する方法を提供する。該方法は、以下のステップを含む:(i)第1の対象の血漿若しくは血清若しくは全血における、表1~4から選択されるいずれか1つのタンパク質のレベルを、第2の対象のそれぞれ(respectively)血漿若しくは血清若しくは全血における同じタンパク質のレベルと比較すること;(ii)前記第2の対象の血漿又は血清又は全血における前記タンパク質のレベルが、前記第1の対象のそれぞれ(respectively)血漿若しくは血清若しくは全血における(表1、表2、表3若しくは表4において正のβ値を有する)前記タンパク質のレベルよりも高いこと、又は前記第2の対象の血漿若しくは血清若しくは全血における前記タンパク質のレベルが、前記第1の対象のそれぞれ(respectively)血漿若しくは血清若しくは全血における(表1、表2、表3若しくは表4において負のβ値を有する)前記タンパク質のレベルよりも低いことを検出すること;及び(iii)前記第2の対象が、後にADを発症することについて、前記第1の対象よりも高いリスクを有すると判定すること。表2に記載された429種類のタンパク質のいずれもがこの方法での使用に適しているが、いくつかの実施形態では、前記タンパク質は、表1に記載の74種類のタンパク質から、又は表4に記載の19種類のタンパク質から、又は表3に記載の12種類のタンパク質から選択される。いくつかの実施形態において、前記方法は、前記血漿又は血清又は全血における前記タンパク質のレベルを測定するステップをさらに含む。いくつかの実施形態では、測定ステップの前に、前記対象から血漿又は血清又は全血の試料を得るステップが行われる。いくつかの実施形態では、ステップ(iii)において対象がADについてより高いリスクを有すると判定された場合には、前記対象に対してはそれから、本開示に記載されるように、増加したフォローアップモニタリング(例えば、同様の年齢及び医学的バックグラウンドを有する無リスク者又は低リスク者に対して医療従事者が指定(prescribe)するルーチンのモニタリングと比較して増加した頻度でのモニタリング検査)又は治療が提供され、一方、ADについてより低いリスクを有するとみなされる他方の対象は、同様の年齢及び医学的バックグラウンドを有する無リスク者又は低リスク者に対して医療従事者が指定(prescribe)するルーチンのモニタリングを受ける。
【0006】
第3の態様において、本発明は、対象におけるアルツハイマー病(AD)のリスクを判定(assess)するための、又はADについての治療レジメンの治療有効性を判定(assess)するための、キットを提供する。該キットは、前記対象の血漿又は血清又は全血における表2に記載される429種類のタンパク質から独立して選択される任意の5、10、15、又は20種類のタンパク質の各々のレベル又は濃度を測定(determine)することができる少なくとも1つの試薬を含む。いくつかの実施形態では、前記タンパク質(複数)は、表1に記載の74種類のタンパク質、又は表4に記載の19種類のタンパク質、又は表3に記載の12種類のタンパク質から独立に選択される。いくつかの実施形態では、前記キットはさらに、前記対象の血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42、アミロイドβタンパク質40、及びニューロフィラメント軽鎖ポリペプチド(NfL)の各々のレベル又は濃度を測定(determine)することができる試薬を含んでもよい。いくつかの実施形態では、前記キットは、ADに罹患していない又はADについての増加したリスクを有さない平均的な健康な対象の血漿又は血清又は全血中に見出される同じタンパク質のレベル/濃度を反映する、前記タンパク質(複数)の各々についての標準対照をさらに含んでもよい。
【0007】
第4の態様では、本発明は、対象におけるADリスクを判定(assess)するため、又はADについての治療レジメンの治療有効性を判定(assess)するための検出チップを提供する。前記チップは、固体基板、及び対象の血漿又は血清又は全血における表2に記載される429種類のタンパク質から独立して選択される任意の5、10、15、又は20種類のタンパク質の各々のレベルを決定できる試薬を含み、ここで各試薬は前記基板上のアドレス可能な位置に固定化されている。いくつかの実施形態では、前記タンパク質(複数)は、表1に記載の74種類のタンパク質、又は表4に記載の19種類のタンパク質、又は表3に記載の12種類のタンパク質から独立に選択される。
【0008】
第5の態様では、本発明は、対象におけるアルツハイマー病(AD)のリスクを判定(assess)する方法を提供する。該方法は、以下のステップを含む。(1)数式:
【数1】

に値のセットを入力することによって予測スコアを計算すること;及び(2)0~0.25±0.05のスコアを有する対象をADについて低いリスクを有すると判定し、0.25±0.05超~0.80±0.01のスコアを有する対象をADについて中等度のリスクを有すると判定し、0.80±0.01超~1のスコアを有する対象をADについて高いリスクを有すると判定すること。この方法では、前記値のセットは、血漿又は血清又は全血における表3に記載された12種類のタンパク質各々のレベルを含み、それらタンパク質の加重係数(β)及び切片(ε)は、表5~8に与えられている。
【0009】
いくつかの実施形態では、前記値のセットは、血漿又は血清又は全血における表3中の12種類のタンパク質の各々のレベルからなり、対応する加重係数(β)及び切片(ε)は表5に与えられ、0~0.25のスコアを有する対象はADについて低いリスクを有し、0.25超~0.79のスコアを有する対象はADについて中等度のリスクを有し、0.79超~1のスコアを有する対象はADについて高いリスクを有する。
【0010】
いくつかの実施形態では、前記値のセットは、血漿又は血清又は全血における表4に記載された19種類のタンパク質の各々のレベルからなり、対応する加重係数(β)及び切片(ε)は表6に与えられ、0~0.21のスコアを有する対象はADについて低いリスクを有し、0.21超~0.8のスコアを有する対象はADについて中等度のリスクを有し、0.8超~1のスコアを有する対象はADについて高いリスクを有する。
【0011】
いくつかの実施形態では、前記値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルとの比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、及び血漿又は血清又は全血における表3に記載された12種類のタンパク質の各々のレベル、からなり、対応する加重係数(β)及び切片(ε)は表7に記載されており、0~0.20のスコアを有する対象はADについて低いリスクを有し、0.20超~0.80のスコアを有する対象はADについて中等度のリスクを有し、0.80超~1のスコアを有する対象はADについて高いリスクを有する。
【0012】
いくつかの実施形態では、前記値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルとの比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、及び血漿又は血清又は全血における表4に記載された19種類のタンパク質の各々のレベル、からなり、対応する加重係数(β)及び切片(ε)は表8に記載されており、0~0.30のスコアを有する対象はADについて低いリスクを有し、0.30超~0.80のスコアを有する対象はADについて中等度のリスクを有し、0.80超~1のスコアを有する対象はADについて高いリスクを有する。
【0013】
いくつかの実施形態では、前記方法は、ステップ(1)の前に、血漿又は血清又は全血における前記タンパク質のレベルを測定するステップをさらに含む。いくつかの実施形態では、前記方法は、前記測定ステップの前に、前記対象から血漿又は血清又は全血の試料を得る別のステップをさらに含む。いくつかの実施形態では、ステップ(2)において前記対象がADについて高いリスクを有すると判定された場合には、前記対象に対してはそれから、本開示に記載されるように、増加したフォローアップモニタリング(例えば、同様の年齢及び医学的バックグラウンドを有する無リスク者又は低リスク者に対して医療従事者が指定(prescribe)するルーチンのモニタリングに比べ増加した頻度でのモニタリング検査)及び治療が与えられる。ステップ(2)において、前記対象がADについて中等度のリスクを有すると判定された場合には、前記対象に対してはそれから、本開示に記載のように、増加したフォローアップモニタリング(例えば、年齢及び医学的バックグラウンドが類似する無リスク者又は低リスク者に対して医療従事者が指定(prescribe)するルーチンのモニタリングと比較して増加した頻度でのモニタリング検査)が与えられる。前記対象がADについて低いリスクを有すると判定された場合には、前記対象に対してはそれから、ADについての無リスク者又は低リスク者に対して医師が一般的に指定(prescribe)するルーチンのモニタリングが与えられる。
【0014】
第6の態様では、本発明は、2つの対象におけるアルツハイマー病(AD)についての相対リスクを判定する方法を提供する。該方法は、以下のステップを含む。(i)値のセットを式
【数2】

に入力することによって、2つの対象の各々について予測スコアを計算すること;及び(ii)より高いスコアを有する対象を、ADについて他方の対象よりも高いリスクを有すると判定すること。この方法で使用される値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルとの比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、血漿又は血清又は全血における表2に記載されるタンパク質のうちの少なくとも1つのレベルを含み、対応する加重係数(β)は表1、表2、表3、表4及び表9に与えられている。
【0015】
いくつかの実施形態では、前記値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルとの比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、血漿又は血清又は全血における表2に記載されるタンパク質の任意の組み合わせのレベルを含み、対応する加重係数(β)は表1、表2、表3、表4及び表9に与えられている。
【0016】
いくつかの実施形態では、前記値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルとの比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、血漿又は血清又は全血における表1、表3又は表4に記載されるタンパク質のうちの少なくとも1つのレベルを含み、対応する加重係数(β)は表1、表3、表4及び表9に与えられている。
【0017】
いくつかの実施形態では、前記値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルとの比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、血漿又は血清又は全血における表1、表3又は表4から独立して選択される少なくとも5つのタンパク質のレベルを含み、対応する加重係数(β)は表1、表3、表4及び表9に与えられている。
【0018】
いくつかの実施形態では、前記値のセットは、血漿又は血清又は全血におけるアミロイドβタンパク質42レベルとアミロイドβタンパク質40レベルとの比、血漿又は血清又は全血におけるNfLのレベル、血漿又は血清又は全血における表1、表3又は表4から独立して選択される少なくとも10個のタンパク質のレベルを含み、対応する加重係数(β)は表1、表3、表4及び表9に与えられている。
【0019】
いくつかの実施形態では、前記方法は、ステップ(i)の前に、血漿又は血清又は全血における前記タンパク質の各々のレベルを測定するステップをさらに含む。いくつかの実施形態では、前記方法は、さらに、前記測定ステップの前に、前記対象から血漿又は血清又は全血の試料を得るステップを含む。いくつかの実施形態では、ステップ(ii)において対象がADについてより高いリスクを有すると判定された場合には、前記対象にはそれから、本開示に記載のように、増加したフォローアップモニタリング(例えば、同様の年齢及び医学的バックグラウンドを有する無リスク者又は低リスク者に対して医療従事者が指定(prescribe)するルーチンのモニタリングと比較して増加した頻度でのモニタリング検査)又は治療を与えられ、一方、ADについてより低いリスクを有するとみなされる他方の対象は、ADについての無リスク者又は低リスク者に対して医療従事者が指定(prescribe)するルーチンのモニタリングを受ける。
【0020】
第7の態様では、本発明は、ADと診断された対象におけるアルツハイマー病(AD)を治療するための治療剤の有効性を判定(assess)する方法を提供する。該方法は、以下のステップを含む。(1)前記治療剤の投与前における前記対象の血漿又は血清又は全血における表1~4から選択されるいずれか1つのタンパク質のレベルと、前記治療剤の投与後における前記対象の血漿又は血清又は全血における前記タンパク質のレベルとを比較すること;(2)前記治療剤の投与後における前記対象の血漿若しくは血清若しくは全血における(表1、表2、表3若しくは表4において正のβ値を有する)前記タンパク質のレベルの減少又は前記対象の血漿若しくは血清若しくは全血における(表1、表2、表3若しくは表4において負のβ値を有する)前記タンパク質のレベルの増加を検出すること;及び(3)前記治療剤がADを治療するために有効であると判定すること。いくつかの実施形態では、前記タンパク質は、表1から選択される。いくつかの実施形態では、前記タンパク質は、表3から選択される。いくつかの実施形態では、前記タンパク質は、表4から選択される。いくつかの実施形態では、前記方法は、ステップ(1)の前に、投与前及び投与後における血漿又は血清又は全血における前記タンパク質のレベルを測定するステップをさらに含む。いくつかの実施形態では、前記方法は、前記測定ステップの前に、投与前及び投与後における前記対象から血漿又は血清又は全血の試料を得ることも含んでよい。
【0021】
いくつかの実施形態において、ステップ(3)において前記治療剤がADを治療するために有効であると見なされた場合、前記対象は、前記治療剤の投与による自らの治療を継続し;ステップ(3)において前記治療剤がADを治療するために有効ではないと見なされた場合、前記対象は、前記治療剤の投与による治療を中断し、そして前記対象は、異なる治療剤の投与によるAD治療を開始することになる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】12種類の血漿タンパク質を利用したモデルに基づくADリスクの予測。 (a)香港中国人ADコホートにおける12種類のタンパク質(表3に記載)の血漿レベルに基づくAD予測モデルの受信者動作特性(ROC)曲線。(b)表現型によって層別化したAD予測スコアの分布(NC及び香港中国人ADコホートのAD患者について、それぞれn=71及び101)。予測されるADリスクステージは、AD予測スコアの分布により定義される(低:0~0.25;中:0.25~0.79;高:0.79~1.0)。
【0023】
図2】19種類の血漿タンパク質を利用したモデルに基づくADリスクの予測。 (a)香港中国人ADコホートにおける19種類のタンパク質(表4に記載)の血漿レベルに基づくAD予測モデルの受信者動作特性(ROC)曲線。(b)表現型によって層別化したAD予測スコアの分布(NC及び香港中国人ADコホートのAD患者について、それぞれn=71及び101)。予測されるADリスクステージは、AD予測スコアの分布により定義される(低:0~0.21;中:0.21~0.8;高:0.8~1.0)。
【0024】
図3】血漿Aβ42/40比、血漿NfL、及び12種類の血漿タンパク質を利用したモデルに基づくADリスクの予測。 (a)香港中国人ADコホートにおける血漿Aβ42/40比、血漿NfLレベル、及び12種類のタンパク質(表3に記載)の血漿レベルに基づくAD予測モデルの受信者動作特性(ROC)曲線。(b)表現型によって層別化したAD予測スコアの分布(NC及び香港中国人ADコホートのAD患者について、それぞれn=71及び101)。予測されるADリスクステージは、AD予測スコアの分布によって定義される(低:0~0.2;中:0.2~0.8;高:0.8~1.0)。
【0025】
図4】血漿Aβ42/40比、血漿NfL、及び19種類の血漿タンパク質を利用したモデルに基づくADリスクの予測。 (a)香港中国人ADコホートにおける血漿Aβ42/40比、血漿NfLレベル、及び19種類のタンパク質(表4に記載)の血漿レベルに基づくAD予測モデルの受信者動作特性(ROC)曲線。(b)表現型によって層別化したAD予測スコアの分布(NC及び香港中国人ADコホートのAD患者について、それぞれn=71および101)。予測されるADリスクステージは、AD予測スコアの分布によって定義される(低:0~0.3;中:0.3~0.8;高:0.8~1.0)。
【発明を実施するための形態】
【0026】
定義
「ポリペプチド」、「ペプチド」、及び「タンパク質」は、アミノ酸残基のポリマーを指すために本開示において互換的に使用される。3つの用語はすべて、天然のアミノ酸ポリマー及び非天然アミノ酸ポリマーに加え、1つ又は複数のアミノ酸残基が対応する天然アミノ酸の人工の化学的ミメティックとなっているアミノ酸ポリマーにも適用される、同様に。本開示で使用される場合、これらの用語は、全長タンパク質を含め、アミノ酸残基が共有結合であるペプチド結合によって連結されている任意の長さのアミノ酸鎖を包含する。
【0027】
本開示において、「生物学的試料」又は「試料」という用語は、生検試料及び剖検試料などの組織の切片、組織学的目的のために採取された凍結切片、又はそのような試料のうち任意のものの加工された形態を含む。生物学的試料には、血液及び血液画分又は血液製品(例えば、全血、血液の無細胞分画(血清、血漿)、及び血液細胞)、喀痰又は唾液、リンパ及び舌組織、培養細胞、例えば、初代培養、外植片(explants)、及び形質転換細胞、便、尿、胃生検組織、等々が含まれる。生物学的試料は、典型的には、真核生物から得られ、哺乳類であってもよく、霊長類であってもよく、ヒト対象であってもよい。
【0028】
「免疫グロブリン」又は「抗体」(本開示では互換的に使用)という用語は、2本の重鎖と2本の軽鎖とからなる基本的な4ポリペプチド鎖構造を有する抗原結合タンパク質を指し、前記鎖は、例えば鎖間ジスルフィド結合によって安定化されており、抗原に特異的に結合する能力を有している。重鎖及び軽鎖はどちらもドメインに折り畳まれている。
【0029】
また、「抗体」という用語は、免疫学的親和性アッセイに使用できる、抗体の抗原結合フラグメント及びエピトープ結合フラグメント、例えばFabフラグメント、も指す。よく特徴解析された抗体フラグメントが多数存在する。したがって、例えば、ペプシンは、ヒンジ領域のジスルフィド結合のC末端側で抗体を消化してF(ab)’を生成するが、F(ab)’は、それ自体はジスルフィド結合によってV-C1に結合した軽鎖であるFabの二量体である。F(ab)’は、ヒンジ領域のジスルフィド結合を切断するように温和な条件下で還元することができ、これにより(Fab’)ダイマーはFab’モノマーに変換される。Fab’単量体は、本質的にヒンジ領域の一部を有するFabである(他の抗体フラグメントのより詳細な説明については、例えば、Fundamental Immunology, Paul, ed., Raven Press, N.Y. (1993)を参照のこと)。様々な抗体フラグメントが、完全(intact)抗体の消化との関連で定義されるが、当業者は、化学的に又は組換えDNA方法論を利用してde novoでフラグメントを合成することができることを理解するであろう。したがって、抗体という用語は、全体抗体(whole antibody)に対する改変によって作製されたか、又は組換えDNA方法論を利用して合成された抗体フラグメントも含む。
【0030】
特定の分子とタンパク質又はペプチドとの結合関係を説明する文脈で使用される場合、「特異的に結合する」という表現は、タンパク質群及び他の生物産物(biologics)の多種から構成される(heterogenous)集団における前記タンパク質の存在を決定づける結合反応を意味する。したがって、指定された結合アッセイ条件下では、特定された結合剤(例えば、抗体)は特定のタンパク質にバックグラウンドの少なくとも2倍結合し、試料中に存在する他のタンパク質には有意な量では実質的に結合しない。このような条件下での抗体の特異的結合には、ある特定のタンパク質又はあるタンパク質に対しては特異性を有するが、その類似の「姉妹」タンパク質に対する特異性は有さないことから選択された抗体が必要とされうる。特定のタンパク質又は特定の形態に対して特異的に免疫反応性である抗体を選択するために、様々な免疫測定方式が使用され得る。例えば、固相ELISA免疫測定は、あるタンパク質と特異的に免疫反応性の抗体を選択するために日常的に用いられている(例えば、特異的免疫反応性を決定するために用いることができる免疫測定方式及び条件の説明については、Harlow & Lane, Antibodies, A Laboratory Manual (1988)を参照のこと)。典型的には、特異的又は選択的な結合反応は、バックグラウンドシグナル又はノイズの少なくとも2倍、より典型的にはバックグラウンドの10倍超~100倍となる。一方、ポリヌクレオチド配列が別のポリヌクレオチド配列と二本鎖複合体を形成することを指す文脈で用いられる場合の用語「特異的に結合」は、用語「ポリヌクレオチドハイブリダイゼーション方法」の定義において規定されるように、ワトソン-クリック塩基対形成に基づく「ポリヌクレオチドハイブリダイゼーション」を表すものである。
【0031】
本出願で使用される場合、「増加」又は「減少」は、比較対照、例えば、確立された標準対照(ADと診断されておらず、ADについての増加したリスクを有さない健康な対象からのサンプルに見られる特定のタンパク質の平均レベル/量など)からの検出可能な正又は負の量変化を意味する。増加とは、典型的には10%以上、又は20%以上、若しくは50%以上、若しくは100%以上である正の変化であり、増加は、対照値の2倍以上、又は5倍以上、又は10倍さえにも高いものであってもよい。同様に、減少とは、典型的には対照値の10%以上、又は20%以上、30%以上、若しくは50%以上、あるいは80%以上又は90%以上さえにも高い負の変化である。「より大きい(more)」、「より小さい(less)」、「より高い(higher)」、「より低い(lower)」など、比較基準からの量的変化又は差異を示す他の用語は、本願では上述と同じ様式で使用される。これに対し、「実質的に同じ」又は「実質的に変化が無い」という用語は、標準対照からの量の変化がほとんど無い~全く無いことを示し、典型的には標準対照の±10%以内、又は標準対照からの変動が±5%以内、±2%以内、又はさらに小さいことを示す。
【0032】
「標識」、「検出可能な標識」、又は「検出可能な部分」は、分光学的、光化学的、生化学的、免疫化学的、化学的、又は他の物理的手段によって検出可能な組成物である。例えば、有用な標識としては、32P、蛍光色素、電子密度の高い試薬、酵素(例えば、ELISAで一般的に使用される酵素)、ビオチン、ジゴキシゲニン、又はハプテン、並びに検出可能にすることができる若しくはタンパク質と特異的に反応する抗体を検出するために使用することができるタンパク質が挙げられ、検出可能にすることができるタンパク質は、例えば、タンパク質に放射成分を組み込むことによって検出可能とすることができる。典型的には、検出可能なラベルは、プローブ(したがってその結合標的)の存在を容易に検出することが可能とするために、プローブ又は規定の結合特性を有する分子(例えば、ポリペプチド抗原に対する既知の結合特異性を有する抗体)に取り付けられる。
【0033】
本願で使用される場合、「量」という用語は、試料中に存在する着目する物質、例えば着目するポリペプチド、の量を指す。そのような量は、絶対的な用語、すなわち、試料中における当該物質の総量で表されてもよいし、相対的な用語、すなわち、試料中における当該物質の濃度で表されてもよい。
【0034】
本開示で使用される場合、「対象」又は「治療を必要とする対象」という用語は、ADのリスクのために(例えば、家族歴があるために)又はADと診断されたことがあるために医療(medical attention)を求める個体を包含する。対象には、治療レジメンの調整(manipulation)を求める、現在治療を受けている個体も包含される。治療を必要とする対象又は個体には、ADの症状を示す者、AD又はその症状に罹患するリスクがある者が包含される。例えば、治療を必要とする対象には、ADの遺伝的素因又は家族歴を有する個体、過去に関連する症状を患ったことのある個体、引き金となる物質又は事象にさらされたことのある個体、並びに当該病態の慢性又は急性の症状を患っている個体が包含される。「治療を必要とする対象」は、一生の間のどの年齢でもよい。
【0035】
標的タンパク質の「阻害剤」、「活性化剤」、及び「調節剤」は、タンパク質結合又はシグナル伝達についてのインビトロ及びインビボアッセイを用いて同定された、それぞれ(respectively)、阻害分子、活性化分子、又は調節分子を指すために使用され、例えば、リガンド、アゴニスト、アンタゴニスト、並びにそれらのホモログ及びミメティックがある。用語「調節剤」は、阻害剤及び活性化剤を含む。阻害剤は、例えば、標的タンパク質の活性を部分的又は全体的に阻害、減少、防止、活性化遅延、不活性化、脱感作(desensitize)、又は下方制御する剤である。いくつかの場合には、阻害剤は、中和抗体などの前記タンパク質に直接または間接的に結合する。本開示で使用される場合には、阻害剤は、不活性化剤及びアンタゴニストと同義である。活性化剤は、例えば、標的タンパク質の活性を刺激、増加、促進、活性化増強、感作(sensitize)、又は上方制御する剤である。調節剤は標的タンパク質のリガンド又は結合パートナーを包含し、天然のリガンドの改変体及び合成的に設計されたリガンド、抗体及び抗体フラグメント、アンタゴニスト、アゴニスト、炭水化物含有分子等の小分子、siRNA、RNAアプタマー、等々が挙げられる。
【0036】
本出願で使用される場合、「治療する」又は「治療」という用語は、所定の医学的病態のいずれかの症状の除去、減少、緩和、反転、予防及び/又は発症若しくは再発の遅延につながる行為を説明するものである。言い換えれば、ある病態を「治療する」とは、その病態に対する治療的介入と予防的介入の両方を包含する。
【0037】
本開示で使用される場合、「有効量」という用語は、物質が投与される目的となっている治療効果を生み出す量を指す。この効果には、疾患/病態及び関連する合併症の症状が何らか検出可能な程度まで進行することの予防、修正、又は阻害が包含される。正確な量は、治療の目的に依存するものであり、公知の技術を用いて当業者により確認することができるものである(例えば、Lieberman, Pharmaceutical Dosage Forms (vols.1-3, 1992);Lloyd, The Art, Science and Technology of Pharmaceutical Compounding (1999);及びPickar, Dosage Calculations (1999))を参照)。
【0038】
本開示で使用される場合、「標準対照」という用語は、所定の疾患又は病態(例えば、アルツハイマー病)に罹患していない又は発症のリスクのない平均的な健康な対象から採取したこの種の試料中に存在するこの分析物(例えば、所定のDNA/mRNA又はタンパク質)の量又は濃度を示すための、所定の量の分析物を含む試料を意味する。値を記述する文脈で使用する場合、この用語は、「標準対照」試料に存在するこの分析物の量又は濃度を単に指す場合にも使用されることがある。
【0039】
関連する疾患又は障害(例えば、AD)に罹患しておらず、発症のリスクもない健康な対象を説明する文脈で用いられる「平均」という用語は、前記疾患又は障害に罹患しておらず、前記疾患又は障害を発症するのリスクもないランダムに選択された健康なヒト集団を代表する特定の特性を意味し、前記特性は例えば、その人のサンプル(例えば、血清又は血漿又は全血)中の関連するタンパク質のレベルである。この選択されたグループは、これらの個体間での着目する分析物の平均量又は平均濃度が、健康な人の一般集団における対応するプロファイルを合理的な精度で反映するように、十分な数のヒト対象を含むべきである。任意に(optionally)、前記選択された対象のグループは、関連する疾患若しくは障害を示すこと又は前記疾患若しくは障害についてのリスクについて検査される人のバックグラウンドと同様のバックグラウンドを有するように選択することができ、そのようなバックグラウンドは、例えば、一致する又は相応する(comparable)年齢、性別(gender)、民族(ethnicity)、病歴(medical history)である。
【0040】
本開示で使用される場合、「阻害する」又は「阻害」という用語は、対象とする生物学的プロセスに対する、又はバイオマーカー(例えば、タンパク質)のレベルに対する、何らかの検出可能な負の効果を指す。典型的には、阻害は、そのような阻害が存在しない対照と比較した場合の、前記生物学的プロセス又はその下流効果を示す1つ又は複数のパラメータの、又は前記バイオマーカーのレベルの、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、又は50%以上の減少に反映される。用語「増強する」又は「増強」は、正の効果を示すこと、すなわち、正の変化が対照と比較して少なくとも10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、80%以上、100%以上、200%以上、300%以上、又はそれより大きいことを除いて、同様のやり方で定義される。「阻害剤」及び「増強剤」という用語は、それぞれ(respectively)、上記のような阻害効果又は増強効果を示す剤を表すために使用される。用語「増加」、「減少」、「より大きい」、及び「より小さい」も本開示において同様の様式で使用され、これらは、1つ又は複数の所定パラメータにおける10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、80%以上、100%以上、200%以上、300%以上、又はそれより大きい正の変化、又は1つ又は複数の所定パラメータにおける10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、80%以上、又はそれより大きい負の変化を表すことが意図されている。
【0041】
本開示で使用される場合、「中国人」という用語は、自身及び先祖が中国本土及び香港を含め中国の歴史的領土に一定期間、例えば、直近3世代以上、4世代以上、5世代以上、6世代以上、7世代以上、若しくは8世代以上にわたり、又は直近100年間、150年間、200年間、250年間、若しくは300年間にわたり、居住している民族上の中国人を指す。
(発明の詳細な説明)
【0042】
I.導入
アルツハイマー病(AD)は、世界における認知症の最も一般的な形態の一つであり、認知症症例全体の60~70%を占める。アルツハイマー病は、不可逆的な変性脳疾患であり、高齢者における一つの主要な死亡原因である。この病気の顕著な特徴は、細胞外のβアミロイド(Aβ)プラークの沈着及び細胞内の神経原線維のもつれであり、その結果、記憶能力、推論能力、判断能力、運動能力が低下し、症状は経時的に悪化する。
【0043】
現在、全世界で推定3,500万人がADに罹患していると推定されている。この数字は、平均余命がより長いことにより、2050年までに1億人にまで大幅に増加すると予想されている。ADには治癒法がなく、この疾患の病態生理は未だ比較的不明である。米国食品医薬品局(FDA)により承認されたADを治療するための薬は5つしかないが、これらは疾患の病理を変えるのではなく、症状を緩和するだけである。なぜなら、これらは病態を戻す又はさらなる悪化を防止することはできず、重篤な病態の場合には有効でないからである。したがって、ADの管理には、早期診断と早期治療介入が重要である。ADは、記憶喪失又は認知機能低下の実際の症状が実際に現れるはるか前に脳に影響を及ぼすことが研究により確認されている。しかし、現在に至るまで、ADの早期発見のための有効かつ信頼性の高い診断ツールは存在せず、主観的な臨床評価を伴う現在使用されている標準的な方法を用いて患者がADと診断されるときには、病理症状は既に進行した段階になっている。本開示は、早期診断を支援するためにADリスクを判定するための1つ又は複数のタンパク質マーカーを利用する高性能診断方法を提供する。
【0044】
II.マーカータンパク質の定量
A.<試料の入手>
本発明を実施する最初のステップは、AD発症リスクの判定、又はADの重篤度若しくは進行のモニタリングのために検査される対象から血液試料を得ることである。対照群(ADに罹患しておらず、ADについての増加したリスクを有さない正常な個体)と試験群(例えば、ADの可能性又はADのリスクの増加について試験される対象)の両方から、同じ種類の試料を採取するべきである。この目的のために、典型的には、病院又は診療所で日常的に用いられている標準的な手順に従う。
【0045】
マーカータンパク質の存在/量を検出するため、又は試験対象におけるAD発症リスクを判定するために、個々の患者の血液サンプルを採取し、血清/血漿又は全血における関係するマーカータンパク質(例えば、アミロイドβタンパク質40、アミロイドβタンパク質42、NfL、又は表1~4に記載される1つ又は複数のタンパク質)のレベルを測定し、そして標準対照と比較してよい。対照レベルと比較した場合の、これらのマーカータンパク質のうちの1つ又は複数のレベルの増加又は減少(表1~4に与えられるタンパク質のβ値による)が観察される場合、前記試験対象は、ADを有するか又は当該病態を後に発症する上昇したリスクを有すると見なされる。AD患者における疾患の進行をモニタリングする又は治療有効性を判定するために、個々のマーカータンパク質のレベルを測定することにより疾患の状態を示す情報を提供することができるように、個々の患者の血液サンプルを異なる時点で採取してよい。例えば、ある患者のマーカータンパク質レベルが経時的に増加または減少する一般的な傾向を示す場合、その患者はADの重篤度において改善しているとみなされるか、またはその患者が受けてきた治療が有効であるとみなされる(表に示される、タンパク質マーカーの特定のβ値による)。患者のマーカータンパク質レベルに実質的な変化がないことは、ADの病態に変化がなく、患者に施された治療が効果的でないことを示す。
【0046】
さらに、本発明者らは、複数のマーカータンパク質レベル(例えば、アミロイドβタンパク質40、アミロイドβタンパク質42、NfL、又は表1~4に記載される1つ又は複数のタンパク質)に基づいて複合リスクスコアを作成し、個体のADリスクを判定する、又は2者以上の個体間の相対ADリスクを判定する新規計算方法を考案した。
【0047】
B.<タンパク質検出のための試料の準備>
対象からの血液試料は、本発明に適したものであり、周知の方法によって、また、標準的な医学文献に記載されているやり方で得ることができる。本発明のある特定の適用では、血清又は血漿又は全血が、好ましい試料タイプであってよい。他の場合には、全血試料を使用してよい。
【0048】
血液試料は、本発明の方法を用いてADについて検査される又はモニタリングされる対象者から得られる。個体からの血液試料の採取は、病院又は診療所が一般に従う標準的なプロトコルに従って行われる。適切な量の血液が採取されるが、さらなる調製の前に、標準的な手順に従って保存されてもよい。
【0049】
本発明による患者の試料中に見出されるマーカータンパク質の分析は、例えば、血清又は血漿又は全血を用いて行ってもよい。タンパク質抽出/定量的検出のための患者試料の調製方法は、当業者の間で周知である。
【0050】
C.<マーカータンパク質のレベルの決定>
アミロイドβタンパク質40、アミロイドβタンパク質42、NfL、又は表1~4に記載される中の任意のものなどの、任意の具体的実体のタンパク質を、様々な免疫学的アッセイを用いて検出することができる。いくつかの実施形態では、当該タンパク質に対する特異的な結合親和性を有する抗体を用いて試験サンプルから前記タンパク質を捕捉することによってサンドイッチアッセイを行うことができる。次いで、前記タンパク質を、前記タンパク質に対する特異的結合親和性を有する標識抗体を用いて検出することができる。そのような免疫学的アッセイは、マイクロアレイタンパク質チップのようなマイクロ流体デバイスを用いて行うことができる。着目するタンパク質(例えば、アミロイドβタンパク質40、アミロイドβタンパク質42、NfL、又は表1~4に記載される1つ又は複数のタンパク質)は、ゲル電気泳動(例えば、2次元ゲル電気泳動)及び特異的抗体を用いたウェスタンブロット分析でも検出することができる。あるいは、適切な抗体を用いて所与のタンパク質(例えば、アミロイドβタンパク質40、アミロイドβタンパク質42、NfL、又は表1~4に記載される1つ又は複数のタンパク質)を検出するために、標準的な免疫組織化学的技法を用いることができる。モノクローナル抗体及び(所望の結合特異性を有する抗体フラグメントを含め)ポリクローナル抗体のどちらも、ポリペプチドの特異的検出に使用することができる。特定のタンパク質(例えば、アミロイドβタンパク質40、アミロイドβタンパク質42、NfL、又は表1~4に記載される1つ又は複数のタンパク質)に対する特異的結合親和性を有するそのような抗体及びその結合フラグメントは、公知の技術によって作製することができる。
【0051】
また、本発明を実施するにあたり、マーカータンパク質のレベルを測定するために、他の方法を採用してもよい。例えば、多数の試料中であっても標的タンパク質を迅速かつ正確に定量するための、質量分析技術に基づく様々な方法が開発されてきた。これらの方法は、多重反応モニタリング(MRM)技術を用いたトリプル四重極(トリプルQ)型装置、マトリックス支援レーザー脱離/イオン化飛行時間型タンデム質量分析計(MALDI TOF/TOF)、選択的イオン検出(SIM)モードを用いたイオントラップ装置、エレクトロスプレーイオン化(ESI)ベースのQTOP質量分析装置などの非常に高度な機器を伴う。例えば、Pan et al., J Proteome Res. 2009 February; 8(2):787-797を参照のこと。
【0052】
III.標準対照の確立
本発明の方法を実施するための標準対照を確立するために、まず、従来からの定義による、ADを有さない、又はADを発症する増加したリスクを有さない、健康な人のグループを選択する。これらの個体は、該当する場合、本発明の方法を用いてADをスクリーニング及び/又はモニタリングする目的のための適切なパラメータ範囲内にある。任意に(optionally)、これらの個体は、前記試験対象と同じ性別(gender)、同じ年齢、または同じ民族的バックグラウンドを有する。
【0053】
選択された個体の健康状態は、それら個体の一般的な診察及びそれら個体の病歴の一般的なレビューを含むがこれらに限定されない、十分に確立された日常的に使用される方法によって確認される。
【0054】
さらに、健康な個体からなる選択されたグループは、そのグループから得られた血清又は血漿又は全血の試料中のマーカータンパク質(複数可)の平均量/平均濃度が、ADを有さない又はADについての増加したリスクを有さない健康な人々の一般集団における正常又は平均レベルを代表すると合理的にみなすことが可能であるように、適度なサイズでなければならない。好ましくは、選択されたグループは、10人以上、20人以上、30人以上、又は50人のヒト対象を含む。
【0055】
選択された健康な対照群のうちの各対象における個々の値に基づいてマーカータンパク質の平均値が確立されると、この平均又はメジアン又は代表的な値又はプロファイルが標準対照とみなされる。標準偏差もまた、同じプロセスの中で決求められる。いくつかの場合には、年齢、性別(gender)、民族的バックグラウンドなどの異なる特性を有する別々に定義されたグループについて、別々の標準対照を確立してもよい。
【0056】
IV.モニタリング及び治療
関連する態様において、本発明は、患者においてADを検出した際又は患者において後にADを発症する高まったリスクを検出した際における、AD患者のための治療方法も提供する。いくつかの実施形態では、該方法は、対象がADについての増加したリスクを有すると判定したら、前記対象に治療を与えることを含み、前記治療としては、例えば、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンなど)、メマンチン、グルタミン酸受容体遮断薬、シタロプラム、フルオキセチン、パロキセチン(paroxeine)、セルトラリン、トラゾドン、ロラゼパム、オキサゼパム、アリピプラゾール、クロザピン、ハロペリドール、オランザピン、クエチアピン、リスペリドン、ジプラシドン、ノルトリプチリン、三環系抗うつ薬、ベンゾジアゼピン類、テマゼパム、ゾルピデム、ザレプロン、抱水クロラール、コエンザイムQ10、ユビキノン、サンゴカルシウム、イチョウ(Ginkgo biloba)、フペルジンA、オメガ-3脂肪酸、ホスファチジルセリン、又はそれらの任意の組み合わせがある。
【0057】
いくつかの場合には、上記及び本開示に記載の診断方法ステップが完了し、任意に(optionally)さらなる確認的情報を提供するために追加の診断検査が行われ(例えば、CTスキャン若しくはその他のイメージング技術を介した脳イメージングによって脳容積の過剰な喪失を示す、あるいは認知能力のテストによって加速度的な低下が示される)、そして患者が既にADを有しているか、あるいは後にADを発症する有意に増加したリスクを有すると判断されたならば、患者を治療する、進行中の症状を管理/緩和する、又は将来の疾患発症の遅延のために医師又は他の医療従事者により適切な治療又は予防のレジメンが指示されてもよい。米国食品医薬品局(FDA)は、ドネペジル(アリセプト(商標)、中等度から重度までを含め全てのステージのADを治療するのに承認された唯一のコリンエステラーゼ阻害剤)、リバスチグミン(イクセロン(商標)、軽度から中等度までのADを治療するのに承認されている)、ガランタミン(ラザダイン(商標)、軽度から中等度の患者)及びメマンティン(ナメンダ(商標))などの多数のコリンエステラーゼ阻害剤の承認を与えている。ドネペジルは、中等度から重度までを含め全てのステージのADを治療するのに承認されている唯一のコリンエステラーゼ阻害剤である。これらの薬剤のうちの1つ又は複数を、本発明の方法に従ってADと診断された患者を治療するために処方することができる。別の治療の選択肢は、現在、抗うつ薬としての使用が承認されており、AD症状を改善するのに有効な薬剤として報告されているトラゾドンの投与である。
【0058】
将来の時点でADを発症することについて高い又は増加したリスクを有すると見なされるが、まだ何ら臨床症状を示していない患者に対しては、継続的なモニタリング、特に増加した頻度での継続的なモニタリング、も適切である。例えば、前記患者は、認知能力の加速的な変化を検出するために、より頻繁にスケジューリングされた定期検査(例えば、6ヶ月に1回、1年に1回、または2年に1回)を受けるようにしてもよい。このような定期モニタリングに適した方法としては、一般医向けの認知機能評価(General Practitioner Assessment of Cognition)(GPCOG)、Mini-Cog、老化と認知症を区別するための8項目の情報提供者インタビュー(Eight-item Informant Interview to Differentiate Aging and Dementia)(AD8)、高齢者における認知機能低下に関する短い情報提供者質問票(Short Informant Questionnaire on Cognitive Decline in the Elderly)(IQCODE)などがある。さらに、トラゾドンによる予防的治療も推奨しうる。
【0059】
V.キット及びデバイス
本発明は、対象の血清/血漿又は全血中の適切なマーカータンパク質レベルを判定するために本開示に記載の方法を実施するための組成物及びキットを提供する。前記組成物及びキットは、ADの存在の検出又は診断、当該病態の発症リスクの判定、及び患者における当該病態の進行のモニタリングなどの様々な目的に使用することができる。これには、当該疾患との診断を受けて治療を受けた患者(複数形)の間における、当該病態に対して行われた療法の治療有効性を判定することも含まれる。
【0060】
マーカータンパク質レベルを測定するためのアッセイを行うためのキットは、典型的には、マーカータンパク質アミノ酸配列への特異的結合に有用な少なくとも1つの抗体を含む。任意に(optionally)、この抗体は検出可能な部分(moiety)によって標識されている。この抗体は、モノクローナル抗体であっても、ポリクローナル抗体であってもよい。いくつかの場合には、キットは少なくとも2種類の異なる抗体を含んでよく、一方はマーカータンパク質に特異的に結合するための抗体(すなわち、一次抗体)で、他方は一次抗体の検出用(すなわち、二次抗体)であって、これはしばしば検出可能な部分(moiety)に結合(attach)している。
【0061】
典型的には、前記キットは、適切な標準対照も含む。標準対照は、ADに罹患していない、又はADを発症する増加したリスクを有さない、健康な対象の血清又は血漿又は全血中のマーカータンパク質の平均値を示すものである。いくつかの場合には、このような標準対照は、設定値の形で提供されてもよい。さらに、本発明のキットは、被験物質を分析し、またADの存在若しくはリスク又は試験対象における疾患の状態/進行の判定を行う上でユーザーを導くための取扱説明を提供してもよい。
【0062】
さらなる態様において、本発明は、本開示に記載される方法ステップのうちの全て又は一部を実施することができる、装置又は1つ若しくは複数の当該装置を含むシステムに具現化することも可能である。例えば、いくつかの場合には、前記装置又はシステムは、ADを検出する、ADを発症するリスクを判定する、又は疾患状態/進行を判定することについて検査を受ける対象から採取された血清又は血漿又は全血の試料を受け取ると、以下のステップを実行する。(a)前記試料中のマーカータンパク質の量又は濃度を決定すること、(b)該量/濃度を標準対照と比較すること、及び(c)前記対象にADが存在するかどうか、前記対象がADを発症する増加したリスクを有するかどうか、又は当該患者が検査対象の別の患者と比較して、後にADを発症するより高いリスクを有するかどうか、を示す出力を与えること。ある他の場合には、本発明の装置又はシステムは、ステップ(a)が実行され、(a)からの量又は濃度が装置に入力された後に、ステップ(b)及び(c)のタスクを実行する。好ましくは、前記装置又はシステムは、部分的又は完全に自動化されている。
【実施例
【0063】
以下の例は、例示として与えられるのみであり、限定として与えられるものではない。当業者であれば、本質的に同じ又は類似の結果を生み出すように変更又は修正することが可能な様々な非決定的(non-critical)パラメータを容易に認識するであろう。
【0064】
導入
アルツハイマー病(AD)は、65歳超の個人が主に罹患する最も一般的な神経変性疾患である。アルツハイマー病は、脳内における、アミロイドβ(Aβ)プラーク及びタウタンパク質の神経原線維変化の蓄積、並びにシナプス機能障害及び神経細胞の喪失を特徴とする。疾患の症状としては、記憶の喪失、推論・判断力の低下、運動能力の低下が挙げられる。全世界で推定4700万人がこの疾患を患っており、この数字は2050年までには1億3200万人へと上昇すると予想されている。しかし、この疾患に対する不完全な理解及び診断の遅れのために、これまで治癒法は存在しておらず、ADは世界における公衆の健康に対する最大の脅威の一つとなっている。
【0065】
現在、ADの診断は、そのほとんどが病歴の確認(reviewing)、標準化された記憶検査、医師の専門知識に限られており、主観的と言えるものである。脳内における構造変化及びAD関連バイオマーカーであるAβ及びタウの存在を検出する磁気共鳴イメージング(MRI)及び陽電子放出トモグラフィー(PET)などのイメージング技術、並びにAβ、タウ、ニューロフィラメント軽鎖ポリペプチド(NfL)の脳脊髄液(CSF)レベルを測定するプロテオミック技術の採用は、より正確な診断及び疾患分類を可能としている。しかし、MRI及びPETの高いコスト、及び脳脊髄液採取のための腰椎穿刺の侵襲性は、日常臨床検査におけるそれらの使用を排除し、ADの早期診断のためのそれらの使用を妨げている。世界中におけるAD症例数が増加していることに伴って、集団規模での効率的なADスクリーニング及び患者分類を容易化するための、より低侵襲で費用対効果の高い診断技術を開発することが重要である。
【0066】
このような状況下では、ADのための血液に基づいた検査が理想的な解決策になろう。近年の研究により、AD患者の血液中のAD関連バイオマーカーレベル(Aβ42/40比、タウ、NfL)の変化は病態を示すものであり、診断目的に活用しうることが示された。しかし、これらのバイオマーカーはいずれも十分な診断精度を有さず、このことは臨床的使用についてのそれらバイオマーカーの可能性を制限している。その本質的な理由の一つは、末梢血液系は構成がより複雑であり、脳による影響を受けるだけでなく末梢系、免疫系、循環器系、代謝系など他の身体システムの影響を受けるからである。そのため、既存のAD関連バイオマーカーは、血液中における疾患関連表現型変化を十分に捉えることができない。実際、ADではサイトカイン及び血管新生タンパク質も変化した血漿中レベルを有することが研究により示されており、それらのうちのいくつかはADの病態に対するそれらの寄与について実験的に確認(validate)されている。したがって、ADのための正確で感度の高い血液ベースの診断検査を開発するには、ADの血漿シグネチャーを完全に捉えるために、より包括的なプロテオミクス研究が必要である。
【0067】
本研究では、本発明者らは、AD関連バイオマーカー(Aβ及びNfL)の血漿レベルを測定するのに加えて、さらに、香港中国人ADコホートからの180人の高齢者から採取したサンプル中の429種類の血漿タンパク質のレベルを測定した。これらのAD関連タンパク質の血漿レベルを統合することにより、本発明者らは、AD患者を正常対照者(NC)から大部分において区別するAD予測モデルを開発した。これらの知見は、まとまることで、ADリスクを判定するための高性能な血液ベース戦略を提供するものである。
【0068】
材料及び方法
<香港中国人ADコホートの対象募集>:ザ チャイニーズ ユニバーシティ オブ ホンコンのプリンス オブ ウェールズ病院専門外来部門を受診した香港中国人参加者のコホートを募集した(AD及び正常対照者[NC]は、それぞれ、n=106及びn=74)。すべての参加者は60歳以上であった。ADの臨床診断は、American Psychiatric AssociationのDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition (DSM-5)に基づいて確立した。すべての参加者に病歴評価(medical history assessment)、認知機能評価のためのモントリオール認知機能評価(Montreal Cognitive Assessment)(MoCA)、MRIによる神経画像評価を行った10。年齢、性別、学歴、病歴、心血管疾患歴、脳領域体積、白血球数を含む各個体のデータを記録した。顕著な神経疾患又は精神疾患を有する者は除外した。この研究は、ザ チャイニーズ ユニバーシティ オブ ホンコンのプリンス オブ ウェールズ病院およびホンコン ユニバーシティ オブ サイエンス アンド テクノロジーの承認を得たものである。すべての参加者は、研究への参加と試料採取の両方について、書面でのインフォームド・コンセントを提供した。
【0069】
<血液サンプルからのDNAおよび血漿の抽出>:K3EDTAチューブ(VACUETTE)を用いて、参加者から全血(3mL)を採取した。血液サンプルを2000×gで15分間遠心分離することで、細胞ペレットと血漿とを分離した。血漿を採取してアリコートし、使用時まで-80℃で保存した。細胞ペレットを、QIAsymphony SPプラットフォーム(QIAGEN)でのQIAsymphony DSP DNA Midi Kit(QIAGEN)を使用したゲノムDNA抽出のために、Centre for PanorOmic Science(Genomics and Bioinformatics Cores、香港大学、香港、中国)に送った。ゲノムDNAは水又はElution Buffer ATE(QIAGEN)で溶出し、4℃で保存した。DNA濃度はBioDrop μLITE+(BioDrop)で測定した。
【0070】
<血漿タンパク質の検出>:Cardiometabolic、Cardiovascular II、Cardiovascular III、Cell regulation、Development、Immune response、Inflammation、Metabolism、Neuro exploratory、Neurology、Oncology II、Oncology III、及びOrgan damageを含むOlinkバイオマーカーパネルにより、429種類のタンパク質の血漿レベルを測定した。「ATN」バイオマーカー(すなわち、Aβ40/42、タウ、及びニューロフィラメント軽鎖ポリペプチド[NfL])の血漿レベルは、Quanterix NF-light Simoa Assay Advantage Kit及びNeurology 3-Plex A Kitによって測定した。
【0071】
<全ゲノム配列決定、バリアントコーリング(variant calling)、及び主成分分析>:参加者のDNAサンプルを、ライブラリー構築と全ゲノム配列決定(WGS)のためにNovogeneに提出した。サンプルはIllumina Hiseq X(平均深度:5×)で配列決定した。候補バリアントの上下流500キロベースをカバーするゲノム領域を、GotCloudパイプライン11を使用して分析した。VCFファイルに保存された遺伝子型結果を、主成分分析に使用した。PLINKソフトウェアにより、以下のパラメータで上位5つの主成分を生成した:-pca header tabs、--maf 0.05、--hwe 0.00001、及び--not-chr x y。
【0072】
<血漿タンパク質とADの関連性の分析>:GenABELパッケージのR rntransform関数を用いて、血漿タンパク質レベルをランクに基づき正規化した。ADにおける血漿タンパク質の変化は、正規化されたタンパク質レベルとAD表現型との関連に基づいて、以下の線形モデル(βiは対応する因子の加重係数;εは線形式の切片):
正規化タンパク質レベル≒βAD+β年齢+β性別+β疾患+β主成分(PC)+ε
を用いて、年齢、性別、疾患歴、及び集団構造(すなわち、上位5つの主成分)に関して調整を行って決定した。
【0073】
<AD予測スコアの生成>:各予測モデルについて、候補タンパク質の血漿レベルと発見コホート中の参加者のAD表現型情報を以下の式
【数3】

を用いてロジスティック回帰モデルにフィッティングし、対応する候補タンパク質の加重係数(βi)及び切片(ε)を生成した。
個別のAD予測スコアは、候補タンパク質の血漿レベルと、対応する加重係数(βi)及び切片(ε)に基づいて、以下の線形モデル:
【数4】

を用いて計算した。
予測ADリスクステージはAD予測スコアの分布によって定義し、低リスク群、中リスク群、高リスク群へと分けた。
【0074】
<予測精度の評価>:Rのplot.roc関数及びauc関数を用いて、ADリスク予測のための予測モデルの受信者動作特性(ROC)曲線及び対応する曲線下面積(AUC)を作成した。モデルの予測精度はAUCの値で示された。
【0075】
<統計分析及びデータの可視化>:タンパク質の検出を行った研究者は、ヒト参加者の表現型について盲検化されていた。ヒト参加者における候補因子における関連性の有意性は、年齢、性別、疾患歴、及び集団構造(すなわち、全ゲノム配列データを用いた主成分分析から得られた上位5つの主成分)についての調整を行う線形回帰分析によって評価された。有意水準はP<0.05とした。その他の全ての統計プロットは、GraphPad Prism version 8.0を使用して作成した。
【0076】
<実施例I.ADリスクを判定する上で個々の血漿タンパク質を用いたモデル>
前記の香港中国人ADコホート(n=180)から収集した試料における429種類の血漿タンパク質のレベル(表2)を測定した。これらの429種類の血漿タンパク質はすべて、ADにおいてNCと比較しての有意な変化を示した(p<0.05;表2)。特に、74種類の新規血漿タンパク質が、ADにおいて強い変化を示した(表1)。AD患者における74種類又は429種類の血漿タンパク質の変化した血漿レベルに基づき、血漿タンパク質からの情報を用いて個体間のADリスクを比較するための判定ツールが開発された。個体が、ADの血液中で上昇する(β>0)タンパク質についてより高い血漿レベルを有するか、ADの血液中で低下する(β<0;表1、表2)タンパク質についてより低い血漿レベルを有する場合、その個体はより高いADリスクを有するということになる。
【0077】
<実施例II:ADリスクを予測する上で12種類又は19種類の血漿タンパク質を統合することによるモデル>
12種類のタンパク質(すなわち、CD164、CETN2、GAMT、GSAP、hK14、LGMN、NELL1、PRDX1、PRKCQ、TMSB10、VAMP5及びVPS37A;表3)の血漿レベルを統合することによって、本発明者らは、ADリスクを正確に予測する混合予測モデルを開発した(AUC=0.8916;図1A)。AD予測スコアを個体に付与することで、ADリスクスコアリングシステムを構築した。得られたスコアはNCとAD患者を区別した(表5および図1b)。予測スコアに基づき、疾患リスクを予測するために3つのADリスクステージがさらに提案された。AD予測スコアが0.25より低い個体は、ADについて低いリスクを有するということになる。これに対し、前記スコアが0.25~0.79の範囲にある個体又は前記スコアが0.79より大きい個体は、それぞれ(respectively)ADについて中等度のリスクを有するということになる、または高いリスクを有するということになる。
【0078】
本発明者らは、7つの血漿タンパク質(すなわち、AOC3、CASP-3、CD8A、KLK4、LIF-R、LYN、及びNFKBIE)の血漿レベルを前記12種類タンパク質モデルにさらに統合することによって(表4)、ADリスクについての予測をさらに改善した混合予測モデルを開発した(AUC=0.9661;図2a)。このAD予測スコアは、NCとAD患者をよりよく区別した(表6及び図2b)。AD予測スコアが0.21より低い個体は、低いADリスクを有するということになる。これに対し、前記スコアが0.21~0.8の範囲にある個体又は0.8より大きい個体は、それぞれ(respectively)ADについて中等度のリスクを有するということになる、または高いリスクを有するということになる。
【0079】
<実施例III:ADリスクの予測における、血漿のANバイオマーカーと12種類又は19種類の血漿タンパク質との複合モデル>
それから、血漿Aβ42/40比と血漿NfLレベル(AN)を前記12種類タンパク質モデル又は前記19種類タンパク質モデルに統合して、複合予測モデルを開発した。どちらの統合モデルもAD予測を改善した(AN+12種類タンパク質及びAN+19種類タンパク質についてそれぞれ(respectively)AUC=0.9456及び0.9855;図3a、図4a)。さらに、これら2つの複合モデルは、NCとAD患者を明確に分離するAD予測スコアを生成した(表7~8及び図3b、4b)。AN及び12種類のタンパク質を利用したモデルについては、AD予測スコアが0.2未満、0.2~0.8の範囲、0.8超の個体はそれぞれ(respectively)低いADリスク、中等度のADリスク、及び高いADリスクを有するということになる。AN及び19種類のタンパク質を用いたモデルについては、AD予測スコアが0.3未満、0.3~0.8の範囲、0.8超の個体は、それぞれ(respectively)低いADリスク、中等度のADリスク、及び高いADリスクを有するということになる。まとめると、これらの結果は、我々が開発したADリスク予測モデルは、病態における各候補血漿タンパク質の影響を最大限に利用し、ADリスクの予測のための高性能な戦略として機能することを示した。
【0080】
GenBank Accession番号及び等価物を含め、本願中で引用されている全ての特許、特許出願、及びその他の出版物は、全ての目的のためにその全体が参照により取り込まれる。
【0081】
表1.アルツハイマー病表現型に関連する74種類の血漿タンパク質のリスト
β:効果量
【表1-1】
【0082】
【表1-2】
【0083】
表2.アルツハイマー病表現型に関連する429種類の血漿タンパク質のリスト
β:効果量
【表2-1】
【0084】
【表2-2】
【0085】

【表2-3】
【0086】

【表2-4】
【0087】
【表2-5】
【0088】
【表2-6】
【0089】
【表2-7】
【0090】
【表2-8】
【0091】
【表2-9】
【0092】
【表2-10】
【0093】
【表2-11】
【0094】
表3.アルツハイマー病リスクの予想及び評価に用いられる12種類の血漿タンパク質のリスト
β:効果量
【表3】
【0095】
表4.アルツハイマー病のリスクの予想及び評価に用いられる19種類の血漿タンパク質のリスト
β:効果量
【表4】
【0096】
表5.12種類の血漿タンパク質を用いたモデルのための加重係数(βi)及び切片(ε)
【表5】
【0097】
表6.19種類の血漿タンパク質を用いたモデルのための加重係数(βi)及び切片(ε)
【表6】
【0098】
表7.血漿Aβ42/40比、血漿NfL、及び12種類の血漿タンパク質を用いたモデルのための加重係数(β)及び切片(ε)
【表7】
【0099】
表8.血漿Aβ42/40比、血漿NfL、及び19種類の血漿タンパク質を用いたモデルのための加重係数(β)及び切片(ε)
【表8】
【0100】
表9.血漿におけるAβ42/40比及びNfLレベルについての加重係数(β
【表9】
【0101】
参考資料
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図1
図2
図3
図4
【国際調査報告】