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特表2023-534468三価クロム電解液から機能または装飾クロム層を電着する方法
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  • 特表-三価クロム電解液から機能または装飾クロム層を電着する方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2023-08-09
(54)【発明の名称】三価クロム電解液から機能または装飾クロム層を電着する方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 3/06 20060101AFI20230802BHJP
   C25D 5/18 20060101ALI20230802BHJP
   C25D 5/26 20060101ALI20230802BHJP
   C25D 5/40 20060101ALI20230802BHJP
【FI】
C25D3/06
C25D5/18
C25D5/26 D
C25D5/40
【審査請求】未請求
【予備審査請求】有
(21)【出願番号】P 2023502795
(86)(22)【出願日】2021-07-15
(85)【翻訳文提出日】2023-03-13
(86)【国際出願番号】 EP2021069841
(87)【国際公開番号】W WO2022013387
(87)【国際公開日】2022-01-20
(31)【優先権主張番号】20185961.8
(32)【優先日】2020-07-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】505008419
【氏名又は名称】タタ、スティール、ネダーランド、テクノロジー、ベスローテン、フェンノートシャップ
【氏名又は名称原語表記】TATA STEEL NEDERLAND TECHNOLOGY BV
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100172557
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 啓靖
(72)【発明者】
【氏名】ジャック、フーベルト、オルガ、ジョセフ、ウィジェンベルク
(72)【発明者】
【氏名】ガネーサン、パラニスワミー
【テーマコード(参考)】
4K023
4K024
【Fターム(参考)】
4K023AA01
4K023AA11
4K023BA03
4K023BA06
4K023CB03
4K023DA02
4K023DA06
4K023DA07
4K023DA08
4K024AA02
4K024AB01
4K024AB02
4K024BA02
4K024BA03
4K024BB09
4K024CA02
4K024CA03
4K024CA04
4K024CA07
4K024CB05
4K024DA09
4K024GA02
(57)【要約】
本発明は、ハロゲン化物イオンフリーかつホウ酸フリーの電解質水溶液から電着プロセスで金属基材に機能または装飾クロム層を電着する方法、および該方法によって得られる被覆製品に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハロゲン化物イオンフリーかつホウ酸フリーの電解質水溶液からバッチまたは連続電着プロセスで金属基材に機能または装飾クロム層を電着する方法であって、
前記電解質水溶液が、
i)水溶性クロム(III)塩によって形成される三価クロム化合物、ここで、前記電解質水溶液は50mM~1000mMのCr3+イオンを含有する;
ii)総量25~2800mMの硫酸ナトリウムまたは硫酸カリウム;
iii)
【数1】
のモル比が1:1~4.0:1である錯化剤としてのギ酸塩;
iv)場合により、pHを所望の値に調整するための硫酸または水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウム;
v)場合により、前記金属基材からの水素ガス気泡の放出を促進するための界面活性剤
を含み、
前記電解質水溶液のpHが、25℃で測定して1.50~3.00であり、
電着中の前記電解質水溶液の温度が、30~60℃であり、
前記金属基材が、陰極として機能し、
1つまたは複数の陽極が、Cr3+イオンのCr6+イオンへの酸化を低減または排除するための、i)酸化イリジウムの触媒コーティングまたはii)酸化イリジウムおよび酸化タンタルを含む混合金属酸化物の触媒コーティングを備え、
前記電着が、パルス電着によって行われ、ここで、前記パルス電着は、選択された電流密度かつ選択されたパルス幅で行われる2回以上の電流パルスを含み、各電流パルスの後には、電流密度が0に設定されるインターパルス期間が続く、方法。
【請求項2】
前記電解質水溶液が、
i)水溶性クロム(III)塩によって形成される三価クロム化合物、ここで、前記電解質水溶液は50mM~1000mMのCr3+イオンを含有する;
ii)総量25~2800mMの硫酸ナトリウムまたは硫酸カリウム;
iii)
【数2】
のモル比が1:1~4.0:1である錯化剤としてのギ酸塩;
iv)場合により、pHを所望の値に調整するための硫酸または水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウム;
v)場合により、前記金属基材からの水素ガス気泡の放出を促進するための界面活性剤;
vi)残部である不可避的不純物
からなる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
pHが2.00以上の値、好ましくは2.00~2.75の値に調整される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記パルス幅が少なくとも0.1秒であり、前記インターパルス期間が少なくとも0.1秒である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
i)前記バッチ電着プロセスにおいて、前記パルス幅が0.5~2.5秒であり、前記インターパルス期間が0.5~5秒である、またはii)前記連続電着プロセスにおいて、前記パルス幅が0.5~2.5秒であり、前記インターパルス期間が0.5~5秒である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記連続電着プロセスにおいて、前記パルス幅が0.5~2秒であり、前記インターパルス期間が0.5~2秒である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記水溶性クロム(III)塩が塩基性硫酸クロム(III)である、かつ/あるいは、前記錯化剤がギ酸ナトリウムである、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
堆積するクロムの量が少なくとも1g/mである、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
電着中の前記電解質水溶液の温度が少なくとも35℃であり、好ましくは電着中の前記電解質水溶液の温度が35℃~50℃である、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記連続電着プロセスにおける電着ラインのラインスピードが、少なくとも50m/min、好ましくは少なくとも100m/minである、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
錯化剤/Crのモル比が2.0:1である、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記金属基材が、非合金もしくは低合金鋼ストリップもしくはシート、好ましくはニッケル被覆鋼ストリップもしくはシートまたは銅被覆鋼ストリップもしくはシートである、請求項1~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
20°の角度で測定された場合に少なくとも800の光沢値を有する機能または装飾クロム層を備える金属基材を製造するための、請求項1~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
75~1000nmの厚さを有し、好ましくは、20°の角度で測定された場合に少なくとも800の光沢値を有する機能クロム層を備える、光起電力用途における使用のための金属基材を製造するための、請求項1~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
請求項14に記載の被覆された金属基材の、光起電力用途、たとえば、太陽電池における使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三価クロム電解液から機能または装飾クロム層を金属基材に電着する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
六価クロムの電着は、優れた耐摩耗性および耐食性を備える装飾的で耐久性のある被覆を形成させるために、長年にわたって使用されてきた。しかし、六価クロム浴は、浴の毒性、環境および作業者の健康への影響から、ますます厳しい審査を受けるようになってきている。
【0003】
そのため、健康および安全上の理由から、クロム被覆はCr(III)電解液から適用される必要がある。装飾クロム被覆を適用するための、多くの市販のCr(III)電解液が市場で入手可能である。典型的な用途は、自動車部品(内装および外装)、衛生および配管器具、家具、ならびに手工具である。
【0004】
軟鋼基材上の光起電力デバイスの製造など、特定の用途では、拡散バリア層を適用する必要がある。このようなバリア層は、鉄または他の有害な元素が、鋼基材から、最高600℃の温度で堆積される太陽電池に拡散するのを防止する。バリア層の組み合わせの1つは、ニッケルめっき鋼基材上のクロム層である。「有害な」元素という用語は、太陽電池の効率に悪影響を及ぼす元素を意味する。
【0005】
機能クロム層と装飾クロム層との区別は、一般に以下のように考えられている。
【0006】
【表1】
【0007】
装飾クロム被覆は、通常、二重ニッケル下地被覆の上に適用される。ニッケル層は、耐食性および基材表面の平滑化をもたらす。その原理は、2層のニッケル層(1層目は半光沢で柱状構造(13~30μm)、2層目は光沢で層状構造(5~20μm))を適用することにより、光沢ニッケルが半光沢ニッケルに対して陰極防食をもたらすため、非常に優れた耐食性が得られるというものである。光沢ニッケルは陽極として機能し、犠牲的に半光沢ニッケルを保護する。その結果、腐食は基材を貫通するのではなく、横方向に広がる。装飾クロム被覆は、多数の微細なクラックおよび微細な孔を有する。これらの微細欠陥はクロム表面に均一に広がるため、腐食は局所的ではなく、したがってゆっくりと進行する。
【0008】
残念ながら、機能または装飾クロム被覆を堆積させるために一般的に使用されている市販のCr(III)電解液には、以下のような欠点がある。
i)複雑な電解液の化学的性質(多くの成分)、中でも制御、維持、補給が困難である緩衝剤。
ii)Cr(III)電解液は通常、緩衝剤としてホウ酸を含有する。ホウ酸は毒性があり危険な可能性があるため、電解液中における存在を避けることが望ましい。
iii)クロリド系電解液:陽極での塩素発生リスク、陽極でのCr(VI)形成を抑制するために脱分極剤(この目的のために臭化物がよく使われる)が必要、中程度のクロム堆積速度(0.2μm min-1)。
iv)硫酸系電解液:遅いクロム堆積速度(0.05μm min-1)。
v)市販の三価クロム浴は、多くの場合、熱処理後にクラックのある被覆を生じる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、三価クロム化合物を含む電解質溶液から装飾または機能クロム層を金属基材に電着することである。
【0010】
また、本発明の目的は、光起電力用途における使用のために、三価クロム化合物および最小限の他の化合物を含む電解質溶液から装飾または機能クロム層を金属基材に電着することである。
【0011】
また、本発明の目的は、REACHに準拠した、装飾または機能クロム層を金属基材に電着する方法を提供することである。
【0012】
また、本発明の目的は、公知の方法よりも高い堆積速度を有する、装飾または機能クロム層を金属基材に電着する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的のうちの1つまたは複数は、ハロゲン化物イオンフリーかつホウ酸フリーの電解質水溶液からバッチまたは連続電着プロセスで金属基材に機能または装飾クロム層を電着する方法であって、
前記電解質水溶液が、
i)水溶性クロム(III)塩によって形成される三価クロム化合物、ここで、前記電解質水溶液は50mM~1000mMのCr3+イオンを含有する;
ii)総量25~2800mMの硫酸ナトリウムまたは硫酸カリウム;
iii)
【数1】
のモル比が1:1~4.0:1.0(または4:1)である錯化剤としてのギ酸塩;
iv)場合により、pHを所望の値に調整するための硫酸または水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウム;
v)場合により、前記金属基材からの水素ガス気泡の放出を促進するための界面活性剤
を含み、
前記電解質水溶液のpHが、25℃で測定して1.50~3.00であり、
電着中の前記電解質水溶液の温度が、30~60℃であり、
前記金属基材が、陰極として機能し、
1つまたは複数の陽極が、Cr3+イオンのCr6+イオンへの酸化を低減または排除するための、i)酸化イリジウムの触媒コーティングまたはii)酸化イリジウムおよび酸化タンタルを含む混合金属酸化物の触媒コーティングを備え、
前記電着が、パルス電着によって行われ、ここで、前記パルス電着は、選択された電流密度かつ選択されたパルス幅で行われる2回以上の電流パルスを含み、各電流パルス(「オンタイム」)の後には、電流密度が0に設定されるインターパルス期間(「オフタイム」)が続く、方法によって達成される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、電流密度の関数としての、パルス幅1秒のシングルパルス電着プロセスを示す図である。
図2図2は、電流密度26A/dm、パルス幅1秒、インターパルス期間10秒の場合のパルス回数と堆積したクロム付着量との関係を示す図である。
図3図3は、増加するインターパルス期間に伴うプロセス効率の低下を示す図である。
図4図4は、シングルパルスプロセス対マルチパルスプロセスで得られたクロム表面のSEM画像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
実用的な最小のオフタイムは0.1秒である。これより短い時間では、電流がオフとなる期間に、陰極近傍の拡散境界層のpHを含む必要な濃度勾配の緩和、およびCr(III)錯体の新しい化学平衡の確立が得られない。
【0016】
三価クロム化合物の使用は、電解液中の六価クロムの使用が避けられるため、本方法をREACHに準拠させる。電解液にハロゲン化物イオンが含まれないため、陽極での塩素や臭素などの有毒ガス形成を防止することができる。また、電着中の陽極での六価クロム形成を防止するため、よく使用されるホウ酸(HBO)などの緩衝剤が電解液中に存在しない。ホウ酸がなくても、本発明による方法の条件下において、クロム金属は堆積する。電解液は、臭化カリウムなどの脱分極剤を含有しない。この化合物がないため、陽極での臭素形成の危険性を防止することができる。
【0017】
電着プロセスは、バッチ電着プロセスであってもよく、連続電着プロセスであってもよい。
【0018】
好ましい金属基材は、非合金または低合金鋼基材である。鋼基材はさまざまな厚さのものであってもよく、好ましくは25μm~3mmである。薄い厚さはフレキシブルな太陽電池モジュールを形成し、0.3mmを超える厚さでは、強固な形状をとることができ、あるいは建築要素に直接組み込まれることができ、その場合、電気絶縁層が適用される。非合金または低合金鋼は、非合金または低合金鋼軟鋼を含み、低炭素(LC)、極低炭素(ELC)または超低炭素(ULC)が使用されてもよく、たとえば表2中の、EN 10130:2006で定義される鋼DC01~DC07などが使用されてもよい。好ましくは、鋼の表面状態は、表面粗さにより起こり得る悪影響を最小限にするために、光沢(Ra≦0.4μm、EN 10130:2006)または鏡面(Ra≦0.10μm、より好ましくはRa≦0.08μm)である。非合金または低合金鋼は、冷間圧延形鋼も含み、または低合金高張力(HSLA)鋼も選択されてもよい。これらの鋼は、鋼基材のより高い張力が必要とされる場合に使用されてもよい。誤解を避けるために:上記で言及した非合金または低合金鋼基材の鋼の種類は、ステンレス鋼を明確に除外する。ステンレス鋼は最小で10.5wt.%のCrを含む合金鋼である。クロムは高価である。本発明による方法は、ステンレス鋼よりも安価な鋼基材を使用し、なおかつ、鋼の上に設けられた光起電力デバイスに必要な腐食特性および被毒に対する保護を与えることを可能にする。また、本発明による機能または装飾クロム層が備えられた金属基材は、クロム層の機能的および/または装飾的な特性が必要とされる他の用途にも使用されてもよい。
【0019】
本発明の文脈におけるパルス電着は、選択された電流密度かつ選択されたパルス幅の、複数の電流パルス(すなわち、2回以上)を含むかまたはそれらからなり、各電流パルスの後に、電流密度が0に設定されるインターパルス期間が続く。インターパルス期間の電流密度0は、インターパルス期間の電着に重要な影響を与えず、正確に0である電流密度と同じ技術効果を有する、陰極または陽極の非常に低い電流密度を包含するという点に留意すべきである。これは、断続的な電着プロセス(interrupted electrodeposition process)が、電流がオフとなる期間に、陰極近傍の拡散境界層のpHを含む濃度勾配の緩和、およびCr(III)錯体の新しい化学平衡の確立を生じさせるためであり、これは電流密度0でも起こるが、同じ効果がインターパルス期間の非常に低い電流密度でも起こる。しかし、このような非常に低い電流密度を意図的に選択することには技術的な利点がないと思われ、したがって好ましい実施形態は、インターパルス期間において電流密度0を選択することである。
【0020】
用語「含む(comprises)」およびその変形は、これらの用語が本明細書および特許請求の範囲に現れる場合、限定する意味を有しない。この用語が組成物に使用される場合、用語「含む」は、少なくとも記載された通りの成分が記載された通りの量または範囲内で存在することを意味する。用語「からなる(consists of)」およびその変形は、これらの用語が本明細書および特許請求の範囲に現れる場合、限定する意味を有する。この用語が組成物に使用される場合、用語「からなる」は、記載された通りの成分が記載された通りの量または範囲内で存在し、任意要素(この場合、所定の量で存在してもよく、全く存在しなくてもよく、少なくとも、発明の作用に実質的に影響を与える量では存在しなくてもよい)として示されない限り、他の成分が全く存在しなくてもよいことを意味する。これは、不可避的不純物または効果のない成分の添加は、発明の作用に実質的に影響を与えないと見なされるということも意味する。これは、実質的に不活性な成分を添加することで、特許請求の範囲を容易に回避する目的のみで添加され得る、発明の作用に実質的に影響しない成分の添加を防止するためである。用語「のみからなる(consisting only of)」およびその変形は、これらの用語が本明細書および特許請求の範囲に現れる場合、限定する意味を有し、記載された通りの成分のみが記載された通りの量または範囲内で存在し、不可避的不純物を除いて他の成分が存在しないことを意味する。
【0021】
「ハロゲン化物イオンフリーかつホウ酸フリー」の電解液という用語は、電解質水溶液が、本発明の作用に実質的に影響を与える量のハロゲン化物イオンおよびホウ酸を含有しないことを意味する。先行技術の電解液で特許請求されたホウ酸の緩衝作用は、本発明による電解液および方法においては必要ではなく、望まれさえしない。
【0022】
本発明の実施形態において、電解質水溶液は、以下のものからなり、好ましくは以下のもののみからなる。
i)水溶性クロム(III)塩によって形成される三価クロム化合物、ここで、前記電解質水溶液が50mM~1000mMのCr3+イオンを含有する;
ii)総量25~2800mMの硫酸ナトリウムまたは硫酸カリウム;
iii)
【数2】
のモル比が1:1~4.0:1である錯化剤としてのギ酸塩;
iv)場合により、pHを所望の値に調整するための硫酸または水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウム;
v)場合により、前記金属基材からの水素ガス気泡の放出を促進するための界面活性剤;
vi)残部である不可避的不純物。
【0023】
一実施形態では、バッチ電着プロセスおいて、パルス幅は、0.1~2.5秒、好ましくは0.5~2.5秒であり、インターパルス期間は、0.1~5秒、好ましくは0.5~5秒である。
【0024】
一実施形態では、連続電着プロセスにおいて、パルス幅は、0.1~2.5秒、好ましくは0.5~2.5秒であり、インターパルス期間は、0.1~5秒、好ましくは0.5~5秒である。
【0025】
好ましい実施形態では、連続電着プロセスにおいて、パルス幅は、0.1~2秒、好ましくは0.5~2秒であり、インターパルス期間は、0.1~2秒、好ましくは0.5~2秒である。
【0026】
好ましい実施形態において、電解質水溶液(本明細書では「電解液」とも称される)は、本明細書で上に述べられた通りの範囲の化合物からなり、より好ましくは、本明細書で上に述べられた通りの範囲の化合物のみからなる。
【0027】
好ましくは、電着中の電解液の温度は、最高で55℃であり、より好ましくは最高で50℃である。電着中の電解液の好適な最低温度は、35℃である。
【0028】
好ましくは、電解液のpHは、2.00~3.00である。pHへのすべての言及は、25℃で測定されたpH値に関する。より好ましくは、pHは2.25~2.75である。
【0029】
任意選択の硫酸または水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムは、pHが所望の値に調整される必要がある場合にのみ添加される必要があることに留意されたい。pHがすでに所望の値である場合、そのような添加は必要ではない。
【0030】
錯化剤はギ酸塩であり、好ましくはギ酸ナトリウムまたはギ酸カリウムである。
【0031】
好ましくは、錯化剤とCr3+とのモル比は2.0:1である。
【0032】
任意選択の界面活性剤は、必要に応じて添加されてもよく、電着中に形成された水素ガス気泡の基材からの放出を促進するために添加される。非限定的な例によって、本発明者らは、供給元により提供された技術データシートの推奨に従って、2~4mL/LのTriChrome Regulator LRを使用した。他の界面活性剤も使用可能であり、当業者であれば、関連する技術データシートに従って好適な界面活性剤、および添加される量を選択することに問題はないであろう。本発明者らは、特に基材がストリップであり、連続プロセスがストリップ電着ラインで行われる場合、電解液と基材との固有の相対運動がすでに基材から任意の気泡を除去している連続プロセスでは、界面活性剤は一般に必要ないことを指摘した。
【0033】
光起電力用途に使用する場合、クロム被覆の厚さは10~1000nmであるべきである。クロム被覆に欠陥がない場合、クロム被覆自体がバリア層として機能し得る。しかし、多くの場合、基材とクロム層との間のニッケル層が好ましくは使用され、クロムおよびニッケル層が一緒になってバリア層を形成する。ニッケル層は鋼基材を平滑にし、細心の注意にも関わらずクロム層が何らかの欠陥やピンホールを含有する場合に、ある程度の保険をもたらす。下地層は、鋼基材とその上のクロム層との間に平滑で欠陥のない層を形成できる限り、特に制限されない。50~300nmの銅層も下地層として有用かつ有効であることが示されている。好ましくは、Cu層は50~150nm(たとえば、約100nm)であり、それに続くCr層は450~550nm(たとえば、約500nm)である。
【0034】
本発明によるバリア層において、ニッケル層の厚さは0.25~5.5μmであり、クロム層の厚さは0.01μm(10nm)~1.0μm(1000nm)である。誘電体層の存在下では、誘電体層がない場合よりもNi層およびCr層は薄くてもよい。好適な最小のクロム層の厚さは15nmである。好適な最大のクロム層の厚さは、最大で800nm、好ましくは最大で700nmである。好適な最小のニッケル層の厚さは0.4μmである。好適な最大のニッケル層の厚さは、最大で3.5μm、好ましくは最大で2.5μmである。
【0035】
好ましい実施形態において、ニッケル層の厚さは1.75~2.5μmである、かつ/あるいは、クロム層の厚さは0.450~0.550μmである。これらの層厚は、(たとえば、CIGS太陽電池技術における)高いプロセス温度を必要とするPV-モジュールの製造に特に好適である。モノリシックモジュール(monolithical module)製造法では、誘電体層が必要であるため、ニッケル層およびクロム層は薄くてもよく、誘電体層は、被覆の性質に応じて、鉄およびマンガンなどの有害な元素のCIGS層への移動を防止することもできる。
【0036】
クロム被覆は、鋼基材がPV用途の機能に干渉するのを防止するため、欠陥がなく、クラックがない必要がある。市販の三価クロム浴では、厚さに応じて、アニーリング以前または後のいずれにおいてもクラックのある被覆が得られた。
【0037】
冷間圧延鋼基材が再結晶アニールまたは回復アニールされる必要がある場合、アニールは、任意選択のニッケル層または任意選択の銅層およびクロム層を適用する前に行われなければならないが、これは、そうしないと、再結晶アニールまたは回復アニール中に有害な成分がニッケル層、銅層またはクロム層に拡散し、CIGS吸収層の成長中にモリブデンのバックコンタクト層(molybdenum back contact layer)を通って拡散し、最終的にCIGS吸収層に至る可能性があるためである。本発明者らは、CIGS吸収層中の鉄含有量をできるだけ少なく、好ましくは20ppm未満、より好ましくは7ppm未満に保つことが重要であることを見出した。
【0038】
元素(Fe、Mnなど)がPV-用途の効率に悪影響を及ぼすため、ニッケル層、銅層およびクロム層に欠陥がない場合、基材からの、これらの有害な元素の拡散を(理想的には)10ppm未満に低減するべきである。
【0039】
本発明に従って堆積したクロム被覆は、最高温度650℃まで、鋼基材からの元素の拡散に対して良好な保護を提供する。
【0040】
本発明による方法は、バッチ式プロセス、たとえば、ラック電着(rack electrodeposition)またはピースワイズ電着(piecewise electrodeposition)のためのバッチ式プロセスにおける使用、および連続プロセス、たとえば、ストリップ材料電着のための連続プロセスにおける使用に好適である。
【0041】
本発明の実施形態において、連続電着プロセスにおける電着ラインのラインスピードは、少なくとも50m/min、好ましくは少なくとも100m/minである。
【実施例
【0042】
HILAN(登録商標)ニッケルめっき鋼コイルの2種のバリエーションが基材として使用された:高い表面粗さおよびくすんだ表面外観(Ra最小0.6、最大2.5μm)を備えるバリエーションと、低い表面粗さおよび光沢がある外観(Ra0.2μm以下)を備える光沢仕上げバリエーションである。Tata Steel社製のHILAN(登録商標)は、光沢ニッケルで電気めっきされた冷間圧延鋼ストリップ製品である。光沢ニッケルは、超硬質の超光沢表面を作り出し、鍛造および深絞り加工に好適である。光沢ニッケルは、冷間圧延鋼ストリップに0.5~3.0μmの光沢ニッケル層を電着することにより作製され、低接触抵抗および高耐食性をもたらす。
【0043】
この材料は、50g/Lの硫酸溶液に室温で10秒間浸漬することで活性化された。活性化後、30℃の電解液中で、ニッケル陽極を用いて10A/dmの陰極電流密度でWoodsニッケルストライク層を適用した。電解質水溶液は、240g/Lの塩化ニッケル(II)六水和物と、125mL/Lの塩酸37%とを含む。
【0044】
クロム被覆の電着のための電解質水溶液は、以下のように調製される。
【0045】
【表2】
【0046】
電解液は、EP3428321-A1に開示されているように、亜硫酸塩を除去するために処理され、電解液温度は43℃であった。
【0047】
クロム付着量は、誘導結合プラズマ-質量分析(ICP-MS)、ベンチトップ分光器(SPECTRO XEPOS)またはBykハンドヘルドXRF-分光器(4443型)を用いて測定された。本発明者らは、ICP-MSで得られた値が総電着時間に正比例し、電流効率が以前の実験からの電流効率および文献に報告されている電流効率に対応することを観察した。XRF-分光器で測定した場合、クロム付着量は過小評価される傾向があるが、簡単な校正により、ベンチトップ値およびハンドヘルド値とICP-MSで測定された値とを比較することができる。
【0048】
本発明者らは、この溶液中でニッケルめっき基材が1秒間の電着時間でめっきされると、クロム層は低電流密度では光沢がある外観を有するが、高電流密度または長い電着時間ではかなり急速にくすんだ外観に移行することを見出した。これは、この方法で電着すると、光沢がある層の厚さが限定されることを意味する(図1参照)。この光沢からくすんだ外観への変化は、肉眼で容易に確認され得、光沢測定によって確認される。得られた光沢がある外観を有する最も多いクロム付着量は、約150mg/mであった。
【0049】
本発明者らは、電流を中断すると、より長い合計電着時間でも光沢がある被覆が得られることも見出した。中断の間、電着中にも発生する水素が表面に気泡を形成し、これらの気泡は、たとえば、撹拌、振盪作用または機械的作用によって、めっきされている金属基材から離れるように刺激されている。そして、次の電着プロセスは、毎回、水素気泡のない表面で行われ得る。本発明者らは、この水素気泡の除去が、光沢クロムめっき表面の製造において非常に重要であると考えている。断続的な水素の除去、および断続的な電着により、非常に光沢がある表面、また、はるかに厚いクロム層が得られる(図2)。この方法で適用される場合、クロム層の厚さに制限はないと思われ、最大で2μmの層を適用することができた。
【0050】
装飾クロム電着では、色は最も重要な被覆特性の1つである。Cr(III)電解液およびCr(VI)電解液からめっきされた異なる部品を、色の違いを認識することなく組み合わせることができるため、Cr(III)電解液からの色はCr(VI)電解液からの色に近いことが望まれる。
【0051】
表2には、印象を得るための、いくつかの色および光沢測定の結果が示されている。これらの測定値の一部は、図1にプロットされている(*で示される)。平滑表面の光沢の客観的評価は、BYK-Gardner GmbH製のByk micro-TRI-glossなどの、ISO 2813:2014に従って動作する反射率計により得ることができ、反射率のレベルに応じて測定角度(20、60または85°)が選択されてもよい。光沢は、表面の光学的特性として定義され、光を鏡面反射する能力によって特徴づけられる(ISO4618:2014)。ISO 2813は、3つの測定角度を定義しており、高光沢の試料には20°、中光沢の試料には60°の角度を使用するように規定している。反射率計は、表2に示される通りのグロスユニット値を得る。
【0052】
【表3】
【0053】
この表には、電流密度(i)およびパルス時間(t)、インターパルス期間(toff)、パルス回数(#)が示されている。堆積したCrの量、ならびにパラメータL、aおよびbはCIELAB色空間のパラメータである。グロスユニット(GU)は反射率計の結果、角度は測定に使用された角度である。「光沢がある」の縦列は、堆積した層に対する人間の解釈であり、「光沢がある」または「くすんでいる」のいずれかである。最後の縦列は、図1にどの測定値が提示されているかを示している。
【0054】
これらの結果は、本発明による三価クロム電解液を使用した断続的な電着プロセス(interrupted electrodeposition process)によって、より厚く光沢があるクロム層が堆積し得ること、および4000mg/mを超える層が容易に得られることを示す。好ましい「オンタイム」は、0.1~2秒である。
【0055】
この著しい改善について本発明者らが提供する説明は、電流がオフとなる期間に、断続的な電着プロセスが、陰極近傍の拡散境界層のpHを含む濃度勾配の緩和、およびCr(III)錯体の新しい化学平衡の確立を生じさせるというものである。また、中断により、電着中に発生した水素を放散させる、陰極表面から遠ざける、あるいは陰極表面から能動的に除去することができる。この結果、電着中の酸化クロム形成を防止することができる。証拠は、2つの試料で行われたXPSの結果により示される(図4に対応するSEM画像が示されている)。明らかに、くすんだ試料は大量の酸化クロムを含有し、光沢がある試料は含有しない。表3における両実施例の電解液組成、温度、pH、電流密度は同一である。
【0056】
【表4】
【0057】
公知の電着装飾クロム層用三価クロム電解液は、緩衝剤としてホウ酸を含有する。これにより、拡散境界層のpHが設定値に維持されることが確実になる。該先行技術は、これらの緩衝剤がないと主に酸化クロムが、または酸化クロムのみが堆積すると明言しているため、この公知技術において、ホウ酸の含有は金属クロムを堆積させるための前提条件である。
【0058】
本発明によるプロセスは、このホウ酸緩衝剤を用いずに装飾クロム層を堆積させることが可能であり、それによって電解液を簡素化することを示す。
【0059】
本発明者らはまた、電解液に界面活性剤を添加することにより、断続的な電着プロセスの総プロセス時間が限定され得ることを見出した。この界面活性剤は、電着中に発生した水素の除去を促進する。ほとんどの場合、インターパルス期間は2秒未満に短縮されてもよい。インターパルス期間が短くなりすぎると、水素が十分に効果的に除去されることができず、電流密度が0の期間におけるCr(III)錯体の新しい化学平衡の確立が得られない。これは、クロム層のくすんだ表面をもたらす。好ましいインターパルス期間(「オフタイム」)は、0.1~2秒である。
【0060】
パルス間の期間が長くなりすぎると、再び完全な平衡に到達する。陰極付近の拡散境界層のpHは、電解液の平均値まで低下する。これは、次のパルスでは、電着が始まる前に、まず陰極のpHを上げる(より低いpH値を得る)必要があることを意味する。この結果、プロセスの効率が低下するが、これは図3に示されている。この図は、8回および20回の、26A/dm、1秒の電流パルスによるクロム付着量を示す。明らかに、オフタイムが2秒から5秒に延長されるとクロム付着量は大きく減少している。オフタイムが10秒にさらに延長されると、その程度は小さくなるが、同じ現象が起こっている。
【0061】
図2には、電流密度26A/dm、「オンタイム」1秒、オフタイム10秒の場合のパルス回数と堆積したクロム量との間の関係が示されている。クロム付着量は電流パルス回数に正比例している。異なる電流密度の値、およびオンタイムとオフタイムとの組み合わせでも、類似した比例関係が見出された。
【0062】
本発明による電解液と市販の電解液の堆積速度の比較は、本発明の方法で得られる堆積速度がはるかに速いことを示す。本発明者らは、最大で0.40μm/minの堆積速度を得た。市販のMacDermid Enthone社製の硫酸系Trylite(登録商標)Flash SFを用いた実験は、最適な条件(堆積温度60℃、陰極電流密度10A/dm、陽極電流密度3A/dm、pH3.7)において0.05μm/minの堆積速度が得られることを示す。この電解液は、ホウ酸およびTrylite特定化合物を含有する。
【0063】
本発明は、以下の非限定的な図によって、さらに説明される。
【0064】
図1:電流密度の関数としての、パルス幅1秒のシングルパルス電着プロセス。左側:クロム付着量(mg/m)、右側:GU(グロスユニット)で表した光沢。
図2:電流密度26A/dm、パルス幅1秒、インターパルス期間10秒の場合のパルス回数と堆積したクロム付着量との関係。1番上の線はICP-MS測定を示し、中間の線はベンチトップXRF測定を示し、下の線はハンドヘルド測定を示す。
図3:増加するインターパルス期間に伴うプロセス効率の低下。SはHilanの下地ニッケル層に光沢(shiny)があったことを意味し(表3参照)、Dは下地ニッケル層がくすんで(dull)いたことを意味する。8および20は、クロム層を堆積させるのに使用された26A/dm、1秒のパルスの回数を意味する。
図4:シングルパルスプロセス対マルチパルスプロセスで得られたクロム表面のSEM画像。いずれの画像も同じ倍率で作成されている。測定バーは1μmを表している。Zeiss社製の装置は、EHT5.00 kV、Signal A=SE2、倍率11430倍、観察試験体のサイズ10.00×7.500μmで操作された。Iプローブは150pA、WDは4.6mmであった。ピクセルサイズ9766nm。
図1
図2
図3
図4
【国際調査報告】