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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
【公報種別】再公表特許(A1)
(11)【国際公開番号】WO/0
(43)【国際公開日】2018年4月5日
【発行日】2019年8月22日
(54)【発明の名称】ダウン症モデルラット及びその作製法
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20190726BHJP
   C12N 15/11 20060101ALN20190726BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALN20190726BHJP
   C12N 5/18 20060101ALN20190726BHJP
【FI】
   A01K67/027ZNA
   C12N15/11 Z
   C12N5/0735
   C12N5/18
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
【全頁数】28
【出願番号】特願2018-542860(P2018-542860)
(21)【国際出願番号】PCT/0/0
(22)【国際出願日】2017年9月28日
(31)【優先権主張番号】特願2016-190422(P2016-190422)
(32)【優先日】2016年9月28日
(33)【優先権主張国】JP
(81)【指定国】 AP(BW,GH,GM,KE,LR,LS,MW,MZ,NA,RW,SD,SL,ST,SZ,TZ,UG,ZM,ZW),EA(AM,AZ,BY,KG,KZ,RU,TJ,TM),EP(AL,AT,BE,BG,CH,CY,CZ,DE,DK,EE,ES,FI,FR,GB,GR,HR,HU,IE,IS,IT,LT,LU,LV,MC,MK,MT,NL,NO,PL,PT,RO,RS,SE,SI,SK,SM,TR),OA(BF,BJ,CF,CG,CI,CM,GA,GN,GQ,GW,KM,ML,MR,NE,SN,TD,TG),AE,AG,AL,AM,AO,AT,AU,AZ,BA,BB,BG,BH,BN,BR,BW,BY,BZ,CA,CH,CL,CN,CO,CR,CU,CZ,DE,DJ,DK,DM,DO,DZ,EC,EE,EG,ES,FI,GB,GD,GE,GH,GM,GT,HN,HR,HU,ID,IL,IN,IR,IS,JO,JP,KE,KG,KH,KN,KP,KR,KW,KZ,LA,LC,LK,LR,LS,LU,LY,MA,MD,ME,MG,MK,MN,MW,MX,MY,MZ,NA,NG,NI,NO,NZ,OM,PA,PE,PG,PH,PL,PT,QA,RO,RS,RU,RW,SA,SC,SD,SE,SG,SK,SL,SM,ST,SV,SY,TH,TJ,TM,TN,TR,TT
(71)【出願人】
【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
(71)【出願人】
【識別番号】516291907
【氏名又は名称】株式会社Trans Chromosomics
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】香月 康宏
(72)【発明者】
【氏名】押村 光雄
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AA91X
4B065AA91Y
4B065AA93Y
4B065AB01
4B065AB05
4B065AC20
4B065BA08
4B065CA60
(57)【要約】
この出願は、ヒト21番染色体もしくはその断片上の少なくとも1つの遺伝子と相同なラット遺伝子がトリソミーである、かつ、子孫伝達可能であることを特徴とするダウン症モデルラット、或いは、ヒト21番染色体もしくはその断片、又はヒト21番染色体もしくはその断片と相同なラット遺伝子が存在する外因性ラット染色体もしくはその断片、を含み、前記ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片上の少なくとも1つの遺伝子と、当該遺伝子と相同な内因性ラット遺伝子とが加わりトリソミーである、かつ、子孫伝達可能であることを特徴とするダウン症モデルラット、並びに、上記ダウン症モデルラットの作製方法を提供する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト21番染色体もしくはその断片上の少なくとも1つの遺伝子と相同なラット遺伝子がトリソミーである、かつ、子孫伝達可能であることを特徴とするダウン症モデルラット。
【請求項2】
ヒト21番染色体もしくはその断片、又はヒト21番染色体もしくはその断片と相同なラット遺伝子が存在する外因性ラット染色体もしくはその断片、を含み、前記ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片上の少なくとも1つの遺伝子と、当該遺伝子と相同な内因性ラット遺伝子とが加わりトリソミーである、かつ、子孫伝達可能であることを特徴とするダウン症モデルラット。
【請求項3】
前記ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片が、子孫ラットの組織内で80〜90%以上の保持率で保持されている、請求項2に記載のダウン症モデルラット。
【請求項4】
正常ラットと比較して、不安様行動又は記憶障害を含む行動異常を有する、請求項1、2又は3に記載のダウン症モデルラット。
【請求項5】
前記ヒト21番染色体の断片又は外因性ラット染色体の断片が、セントロメア領域を含み、かつ10〜34Mbのサイズを有する、請求項2〜4のいずれか1項に記載のダウン症モデルラット。
【請求項6】
前記ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片が、蛍光タンパク質をコードするDNAを含む、請求項2〜5のいずれか1項に記載のダウン症モデルラット。
【請求項7】
請求項2〜6のいずれか1項に記載の子孫伝達可能なダウン症モデルラットの作製方法であって、ヒト21番染色体もしくはその断片を含む、又はヒト21番染色体もしくはその断片と相同なラット遺伝子が存在する外因性ラット染色体もしくはその断片を含む、ミクロセルと雄系統のラットES細胞とを微小核細胞融合法により融合し、それによりヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片を含み、前記ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片上の少なくとも1つの遺伝子と、当該遺伝子と相同な内因性ラット遺伝子とが加わりトリソミーであるES細胞を作製する工程、前記ES細胞をラット胚盤胞期胚又は8細胞期胚に導入し、得られた胚をラット仮親の子宮に移植してキメララットを作製する工程、得られた雄キメララットから得た円形精子細胞をラットの卵子に卵子内円形精子注入法(ROSI)により顕微受精し、或いは卵子内延長精子細胞注入法(ELSI)により上記雄キメララットの延長精子細胞とラットの卵子を顕微受精し、或いは卵細胞質内精子注入法(ICSI)により上記雄キメララットの精子とラットの卵子を顕微受精し、子孫ラットを作製する工程、並びに、前記子孫ラットからヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片を保持する子孫伝達可能なラットを選別する工程を含む方法。
【請求項8】
前記ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片が、蛍光タンパク質をコードするDNAを含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記ヒト21番染色体の断片又は外因性ラット染色体の断片が、セントロメア領域を含み、かつ10〜34Mbのサイズを有する、請求項7又は8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダウン症の症状をもつ新規モデルラット及びその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダウン症(「ダウン症候群」とも称する。)は、ヒト発生過程における21番染色体トリソミーを原因とする先天性疾患であり、精神遅滞、心奇形、早発性アルツハイマー病、小児白血病、免疫系異常などの障害性の表現型をもたらすことが知られている。さらにダウン症は染色体異常であるため治療法がないし、またダウン症の各種の障害が起こる機序についてもほとんど分かっていない。さらにまた、ダウン症患者の表現型に関して、どのような遺伝子(群)がダウン症候群に見られる症状に対応しているのか、すなわち表現型と遺伝子型の相関関係についても明らかになっていない。
【0003】
このような情況において、ダウン症の発症機序の解明、症状軽減のための治療法の開発などのために、ダウン症モデルマウスが作製されてきた。例えば、Ts1Cjeマウス及びTs65Dnマウスは染色体再構成したマウス16番染色体を有するモデルマウスである(非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3)。Ts65Dnマウスは、雄マウスの精巣に照射後、それらのマウスを交配し、染色体再構成のあるトリソミーマウスを選抜することによって作製された。また、それらとは別に、ヒト21番染色体を含むダウン症モデルマウスが作製され、それらがダウン症に見られる行動異常や心臓異常を示すことが記載されている(非特許文献4、非特許文献5)。このマウスは、ヒト21番染色体を導入したマウス胚性幹(ES)細胞をマウス8細胞期胚や胚盤胞期胚に注入したのち、子宮に移植し、生まれたキメラマウス、それらの後代のなかから選抜された。
【0004】
しかし、ラットについては、洗練された認知機能テストを行うことができることからマウスに代わるモデル動物として好ましいことが分かっているが、ラットモデルの作製が非常に難しいことから、ダウン症モデルラットはこれまで作製されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】M.T.Davisson et al.,“Segmental trisomy of murine chromosome 16:a new model system for studying Down syndrome,”in Molecular Genetics of Chromosome 21 and Down Syndrome,D.Patterson and C.J.Epstein,Eds.,pp.263−280,Wiley−Liss,NY,USA,1990
【非特許文献2】L.E.Olson et al.,Developmental Dynamics 2004;230(3):581−589
【非特許文献3】G.N.Vacano et al.,“The use of mouse models for understanding the biology of Down Syndrome and aging,”in Current Gerontology and Geriatrics Research,Volume 2012,Article ID 717315,Hindawi Publishing Corporation
【非特許文献4】T.Shinohara et al.,Human Molecular Genetics 2001;10(11):1163−1175
【非特許文献5】A.O’Doherty et al.,Science 2005;309:2033−2037
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、ダウン症モデルラット及びその作製法を提供することである。
【0007】
前述したとおり、モデルマウスと異なりダウン症モデルラットの作製は非常に難しいことが知られている。その理由として、子孫伝達可能なラットES細胞を得ることができなかったことが挙げられる。また、たとえ、上記の非特許文献5と同様に、ラットES細胞にヒト21番染色体を導入し、初期胚に注入し、子宮に移植したとしても、子孫伝達可能なダウン症モデルラットを作製することは難しい。さらにまた、非特許文献4に記載される方法で作製されたダウン症モデルマウスでは、ヒトで見られるような症状と必ずしも対応しなかった。もしそのようなモデルラットが作製できれば、マウスと比べて洗練された認知機能などの高次脳機能テストを行うことができる可能性が高いため、行動異常等の表現型の異常を検索し、その原因遺伝子を同定することなどが可能になるため、ダウン症の原因解明や治療剤開発などの面で有用性が高いと考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、今回、鋭意研究の結果、ラットES細胞(雄系統)の作製、微小核細胞融合(MMCT)法、卵子内円形精子注入(ROSI)法などを組み合わせる手法を駆使することによって、子孫伝達可能なダウン症モデルラットの作製に初めて成功し、それによって本発明を完成させた。
【0009】
したがって、本発明は、以下の特徴を包含する。
(1)ヒト21番染色体もしくはその断片上の少なくとも1つの遺伝子と相同なラット遺伝子がトリソミーである、かつ、子孫伝達可能であることを特徴とするダウン症モデルラット。
(2)ヒト21番染色体もしくはその断片、又はヒト21番染色体もしくはその断片と相同なラット遺伝子が存在する外因性ラット染色体もしくはその断片、を含み、当該ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片上の少なくとも1つの遺伝子と、当該遺伝子と相同な内因性ラット遺伝子とが加わりトリソミーである、かつ、子孫伝達可能であることを特徴とするダウン症モデルラット。
(3)上記ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片が、子孫ラットの組織内で80〜90%以上の保持率で保持されている、上記(2)に記載のダウン症モデルラット。
(4)正常ラットと比較して、不安様行動又は記憶障害を含む行動異常を有する、上記(2)又は(3)に記載のダウン症モデルラット。
(5)上記ヒト21番染色体の断片又は外因性ラット染色体の断片が、セントロメア領域を含み、かつ10〜34Mbのサイズを有する、上記(2)〜(4)のいずれかに記載のダウン症モデルラット。
(6)上記ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片が、蛍光タンパク質をコードするDNAを含む、上記(2)〜(5)のいずれかに記載のダウン症モデルラット。
(7)上記(2)〜(6)のいずれかに記載の子孫伝達可能なダウン症モデルラットの作製方法であって、ヒト21番染色体もしくはその断片を含む、又はヒト21番染色体もしくはその断片と相同なラット遺伝子が存在する外因性ラット染色体もしくはその断片を含む、ミクロセルと雄系統のラットES細胞とを微小核細胞融合法により融合し、それによりヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片を含み、上記ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片上の少なくとも1つの遺伝子と、当該遺伝子と相同な内因性ラット遺伝子とが加わりトリソミーであるES細胞を作製する工程、上記ES細胞をラット胚盤胞期胚又は8細胞期胚に導入し、得られた胚をラット仮親の子宮に移植してキメララットを作製する工程、得られた雄キメララットから得た円形精子細胞をラットの卵子に卵子内円形精子注入法(ROSI)により顕微受精し、或いは卵子内延長精子細胞注入法(ELSI)により上記雄キメララットの延長精子細胞とラットの卵子を顕微受精し、或いは卵細胞質内精子注入法(ICSI)により上記雄キメララットの精子とラットの卵子を顕微受精し、子孫ラットを作製する工程、並びに、上記子孫ラットからヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片を保持する子孫伝達可能なラットを選別する工程を含む方法。
(8)上記ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片が、蛍光タンパク質をコードするDNAを含む、上記(7)に記載の方法。
(9)上記ヒト21番染色体の断片又は外因性ラット染色体の断片が、セントロメア領域を含み、かつ10〜34Mbのサイズを有する、上記(7)又は(8)に記載の方法。
【0010】
本発明により、子孫伝達可能なダウン症モデルラットが提供される。当該ラットは、それに導入されたヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片は極めて安定に保持されるため、ダウン症モデル動物として有用であり、ダウン症に対する医薬品開発、治療法開発、発症機序の解明などのために有用である。
【0011】
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2016−190422号の開示内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1aは、実施例1の手順の模式図を示す。図1bは、組換え前のhChr.21−loxPアレルの部分構造、EGFP導入ベクター(I−EGFP−I−loxP−3’HPRT)、及び、当該ベクターによりCre−loxP組換えが行われた改変ヒト21番染色体(hChr.21−loxP−EGFP)のアレルの部分構造を示す。図中、CHOはチャイニーズハムスター卵巣細胞を表し、hChr.21はヒト21番染色体を表し、EGFPは蛍光タンパク質をコードするDNAを表し、HPRTもしくはhprtはヒポキサンチンホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子を表し、Hygはハイグロマイシン耐性遺伝子を表し、及びTKはチミジンキナーゼ遺伝子を表す。
図2】ヒトCot−1 DNAをプローブとしたときのラットES(hChr.21−loxP−EGFP)クローンのmono−color FISH解析結果を示す。矢印は、hChr.21−loxP−EGFPの存在を示す。
図3】ラットES(hChr.21−loxP−EGFP)から作製したキメララットの作製結果のまとめを示す。表中、GTは、ジャームライン・トランスミッション(生殖細胞系列伝達)が生じた雄個体の数を示す。
図4】ラットES(hChr.21−loxP−EGFP)から作製したキメララット雄個体の一部(40%以上キメラ)における、ES細胞の毛色寄与率、全身でのGFP陽性有無、精細管GFP陽性有無を示す。精細管GFP陽性がわずかに1個体(#1753−2)得られたことが分かる。
図5】キメラ個体番号#1753−2、#1753−3における精巣の明視野およびGFP蛍光写真を示す。#1753−2精細管の一部でGFP陽性(矢印で表示した。)であることがわかる。
図6】ヒトCot−1 DNAをプローブとしたときのTC(hChr.21−loxP−EGFP)ラットの血液培養細胞のmono−color FISH解析結果(核型解析結果)を示す。図中、hChr.21はヒト21番染色体を表す。
図7】TC(21HAC2)マウスとTC(hChr.21−loxP−EGFP)ラットの末梢血におけるFCM解析によるGFP陽性率(%)の測定結果を示す。
図8】TC(hChr.21−loxP−EGFP)ラット各組織における明視野およびGFP蛍光視野を示す。蛍光視野の各パネルにおいて、白く光っている部分がGFP陽性である。数字は露光時間を示す。
図9】TC(hChr.21−loxP−EGFP)ラットの末梢血、骨髄、脾臓における各血液細胞系譜におけるFACS解析によるGFP陽性率(%)の測定結果を示す。
図10】ヒトCot−1 DNAをプローブとしたときのFISH解析によるTC(hChr.21−loxP−EGFP)ラット各組織におけるヒト21番染色体(hChr.21)保持率(%)の測定結果を示す。
図11】TC(hChr.21−loxP−EGFP)ラット各組織におけるヒト21番染色体上の遺伝子について、RT−PCR法による遺伝子発現解析の結果を示す。
図12】明暗往来試験(A;総運動量(回数)、B;移所回数、C;明箱滞在時間(秒)、D;移所潜時間(秒))の結果を示す。図中、Controlは正常ラット対照を表し、またDSはダウン症モデルラットを表す。また、*、**、***はそれぞれP<0.05、P<0.01、P<0.001を示す。
図13】オープンフィールド試験(中心滞在時間(秒)と総移動距離(メートル)の比率)の結果を示す。図中、Controlは正常ラット対照を表し、またDSはダウン症モデルラットを表す。
図14】高架式十字迷路試験(A;総移動距離(メートル)、B;オープンアーム進入回数、C;オープンアーム滞在時間(秒))の結果を示す。図中、Controlは正常ラット対照を表し、またDSはダウン症モデルラットを表す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明をさらに具体的に説明する。
1.ダウン症モデルラットの作製
本発明のダウン症モデルラットは、ラットES細胞(雄系統)の作製、微小核細胞融合(MMCT)、卵子内円形精子注入(ROSI)もしくは卵細胞質内精子注入(ICSI)もしくは卵子内延長精子細胞注入(ELSI)、並びに選別を組み合わせた方法によって作製することができる。
【0014】
具体的には、本発明の子孫伝達可能なダウン症モデルラットは、次のようにして作製できる。その方法は、ヒト21番染色体もしくはその断片を含む、又はヒト21番染色体もしくはその断片と相同なラット遺伝子が存在する外因性ラット染色体もしくはその断片を含む、ミクロセルと雄系統のラットES細胞とを微小核細胞融合法により融合し、それによりヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片を含み、上記ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片上の少なくとも1つの遺伝子と、当該遺伝子と相同な内因性ラット遺伝子とが加わりトリソミーであるES細胞を作製する工程、上記ES細胞をラット胚盤胞期胚又は8細胞期胚に導入し、得られた胚をラット仮親の子宮に移植してキメララットを作製する工程、得られた雄キメララットから得た円形精子細胞をラットの卵子に卵子内円形精子注入(ROSI)法により顕微受精し、或いは卵子内延長精子細胞注入(ELSI)法により上記雄キメララットの延長精子細胞とラットの卵子を顕微受精し、或いは卵細胞質内精子注入(ICSI)法により上記雄キメララットの精子とラットの卵子を顕微受精し、子孫ラットを作製する工程、並びに、前記子孫ラットからヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片を保持する子孫伝達可能なラットを選別する工程を含む。
【0015】
本発明の一実施形態により、上記の方法において上記ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片は、当該染色体を選別するための選択マーカー遺伝子、例えば蛍光タンパク質をコードするDNA(「蛍光遺伝子」という)を含むことができる。
【0016】
或いは、本発明のダウン症モデルラットは、ヒト21番染色体もしくはその断片上の少なくとも1つの遺伝子と相同なラット遺伝子がトリソミーである、かつ、子孫伝達可能であることを特徴とするダウン症モデルラットであってもよい。
【0017】
本明細書中の「ヒト21番染色体もしくはその断片」という用語は、特に断らない限り、実質的に完全なヒト21番染色体、完全なヒト21番染色体の、セントロメアを含む約10Mb〜約34Mbサイズの染色体断片、或いは、当該実質的に完全なヒト21番染色体又はその染色体断片の塩基配列中に外来遺伝子もしくは外来DNAを含むその改変体、又は当該実質的に完全なヒト21番染色体、当該染色体断片、もしくは当該改変体においてそのヒトセントロメアがマウスセントロメア(例えばマウス11番若しくは16番染色体のセントロメア)に置換された改変体、のいずれかを示す意味で使用される。
【0018】
ここで、「実質的に完全なヒト21番染色体」とは、好ましくは無傷の(すなわち、完全な)ヒト21番染色体を指すが、染色体導入操作の過程で、又は、モデルラットの細胞核内で偶発的に起こりうるマイナーな(すなわち、ダウン症の表現型に影響を与えない程度の)塩基配列上の変更を含んでもよいヒト21番染色体を意味する。
【0019】
ここで、「完全なヒト21番染色体の、セントロメアを含む約10Mb〜約34Mbサイズの染色体断片」について、当該染色体断片は、染色体としての機能を保持するための領域とダウン症の表現型に影響する長腕領域とを含むことが好ましい。「染色体としての機能を保持するための領域」には、セントロメア領域の他に、テロメア領域、全てのもしくは一部の長腕領域などが含まれる。また、「ダウン症の表現型に影響する長腕領域」は、そのような表現型が多様であるためその領域を完全に特定することは難しいが、少なくとも現時点で推定されている領域、例えば、精神遅滞などに関連すると推定されるq22.1、q22.2などの領域が含まれる。上記染色体断片は、完全ヒト21番染色体の、セントロメアを含む約10Mb〜約34Mb、好ましくは約20Mb〜約34Mb、より好ましくは約30Mb〜約34Mbサイズの染色体断片である。完全ヒト21番染色体のゲノム解読(M. Hattori et al.,Nature 2000;405:311−319)がされており、約34Mbのなかに少なくとも225個の遺伝子が存在していることが分かっている。
【0020】
ここで、「実質的に完全なヒト21番染色体又はその染色体断片の塩基配列中に外来遺伝子もしくは外来DNAを含むその改変体」について、当該外来遺伝子もしくは外来DNAは、上記のとおり、好ましくは上記染色体又はその染色体断片を含む細胞を選別するための選択マーカー遺伝子、例えば蛍光タンパク質をコードするDNA(「蛍光遺伝子」)である。
【0021】
本明細書中で使用される「ヒト21番染色体もしくはその断片と相同なラット遺伝子が存在する外因性ラット染色体もしくはその断片」とは、ヒト21番染色体もしくはその断片上の遺伝子と相同なラット遺伝子を含む外因的に細胞核内に導入されたラット染色体もしくはその断片、より好ましくはダウン症候補領域(Down Syndrome Critical Region(DSCR))上の遺伝子と相同なラット遺伝子を含む外因的に細胞核内に導入されたラット染色体もしくはその断片をいう。このラット染色体もしくはその断片は、上記のヒト21番染色体もしくはその断片と同様に、特に断らない限り、実質的に完全なラット染色体、完全なラット染色体の、セントロメアを含む少なくとも約10Mbの染色体断片、或いは、当該実質的に完全なラット染色体又はその染色体断片の塩基配列中に外来遺伝子もしくは外来DNAを含むその改変体、又は当該実質的に完全なラット染色体、当該染色体断片、もしくは当該改変体においてそのラットセントロメアがマウスセントロメア(例えばマウス11番もしくは16番染色体のセントロメア)に置換された改変体、のいずれかを示す意味で使用される。
【0022】
本発明に関する、ヒト21番染色体もしくはその断片上の少なくとも1つの遺伝子と相同なラット遺伝子がトリソミーである、かつ、子孫伝達可能であることを特徴とするダウン症モデルラットには、上で説明した、ヒト21番染色体もしくはその断片又はヒト21番染色体もしくはその断片と相同なラット遺伝子が存在する外因性ラット染色体もしくはその断片を含むダウン症モデルラットの他に、上記の少なくとも1つ、好ましくは複数のラット遺伝子が二重に内因性ラット染色体上に含まれることで遺伝子的にトリソミーとなるようなダウン症モデルラットも包含される。染色体での遺伝子の二重化(duplication)技術は、例えばL.E.Olson et al.,Science 2004,306:687−690に記載される技術を含む。
【0023】
以下において当該方法をさらに具体的に説明する。
(1)ラットES細胞(雄系統)の作製
ラットのES細胞は、マウスES細胞の場合と同様に(M.J.Evans and M.H.Kaufman,Nature 1981;292(5819):154−156)、ラット胚盤胞期胚又は8細胞期胚の内部細胞塊から樹立される、多分化能と自己複製能をもつ細胞株である。例えば、卵透明帯を溶解したラット胚盤胞を、白血病抑制因子(LIF)を含有する培地を用いてマウス胚性線維芽細胞(MEF)フィーダー上で培養し、7〜10日後に胚盤胞から形成されるアウトグロウス(outgrowth)を分散し、これをMEFフィーダー上に移して培養し、約7日後、ES細胞が出現する。ラットES細胞の作製については、例えばK.Kawaharada et al.,World J Stem Cells 2015;7(7):1054−1063に記載されている。
【0024】
ES細胞には雌系統と雄系統があるが、本発明では雄系統のラットES細胞、より好ましくは雑種のラットから作製した雄系統のラットES細胞、を使用することがよく、そのようなES細胞とROSI法及び蛍光選別法とを用いることによって子孫伝達可能なモデルラットを得ることができる。雄系統のES細胞は、作製されたES細胞株についてXY核型をXY染色体プローブ(例えばChromosome Science Labo Inc.などから入手可能)を用いて分析することによって選別することができる。本明細書における「雄系統のES細胞」又は「ES細胞(雄系統)」とは、XY核型を有するES細胞をいう。
【0025】
上記の非特許文献4及び5では、ダウン症モデルマウスを作製するときに雌系統のES細胞を使用しているが、雄系統のES細胞を使用した場合、子孫伝達可能なマウスの樹立に失敗している(非特許文献5)。この点からみても、本発明のダウン症モデルラットの作製のために、種々の試行錯誤が繰り返されたことが分かる。すなわち、実際、そのようなモデルラットが樹立されていなかったからである。
【0026】
ES細胞と類似した幹細胞として人工多能性幹(iPS)細胞が知られている(K.Takahashi and S.Yamanaka,Cell 2006;126(4):663−676;K.Takahashi et al.,Cell 2007;131(5):861−872)。ラットiPS細胞もまた同様の手法で作製されている(W.Li et al.,Cell Stem Cell 2009;4:16−19;S.Hamanaka et al.,PLoS One 2011;6:e22008)。すなわち、W.Liら(上記)によると、WB−F344ラット肝内皮細胞をレトロウイルスを介してOct4、Sox2及びKlf4によって形質導入したのち、LIFを含有する慣用のマウスES細胞用培地中、MEFフィーダー細胞上で培養することによってラットiPS細胞が作製される。したがって、本発明では、ES細胞の代替としてラットiPS細胞を使用することも可能である。
【0027】
(2)微小核細胞融合(MMCT)
微小核細胞融合法は、ミクロセル仲介染色体移入(Microcell−Mediated Chromosome Transfer;MMCT)とも称される。
【0028】
ミクロセルは、細胞(供与細胞)を微小核化して得られた微小核化細胞を脱核することによって作製され、少量の細胞質と1個又は少数の染色体を含む微小核を含有する細胞である。このミクロセルは、受容細胞と融合させることによって単一の染色体又は染色体断片のようなメガベースサイズの核酸を該細胞へ導入することを可能にする。このような融合法は、一般に、ミクロセル融合法又は微小核細胞融合法と呼ばれている(例えば特開2011−177145号公報)。
【0029】
ミクロセルを誘導可能にする供与細胞は、動物細胞、好ましくは哺乳動物細胞であり、細胞の種類については、ミクロセルを誘導することができるならば制限はない。動物細胞は、例えば初代細胞、株化細胞、継代細胞、培養細胞、体細胞、幹細胞などのいずれの形態の細胞も包含する。また、動物細胞は、例えば昆虫細胞などの無脊椎動物由来細胞、ヒト細胞、げっ歯類細胞などの哺乳動物由来細胞、鳥類由来細胞、両生類由来細胞、爬虫類由来細胞、魚類由来細胞などの脊椎動物由来細胞、好ましくはげっ歯類細胞(CHO細胞、マウスA9細胞、等)を含む。
【0030】
ミクロセルと受容細胞が融合したミクロセルハイブリッドクローンを選抜するために、ヒト21番染色体の改変体(例えば、ヒト21番染色体の例えばセントロメア領域などの領域に選択マーカー遺伝子(例えば蛍光遺伝子)を挿入するためのloxP配列を有する。)を保有する供与細胞に予めさらに、選択マーカー遺伝子(例えば蛍光遺伝子)とloxP配列をもつベクター、並びに、Cre発現ベクターを共導入することができる。このCre−loxP法によってヒト21番染色体に選択マーカー遺伝子(例えば蛍光遺伝子)が挿入される。また、選択マーカー遺伝子(例えば蛍光遺伝子)を有するヒト21番染色体は、選択特性(例えば蛍光特性)を利用してジャームライントランスミッションが起こったか否かを確認するために有用である。ここで蛍光遺伝子は、蛍光タンパク質をコードするDNAであり、蛍光タンパク質の例は、GFP、EGFP、YFP、EYFP、Venus、CFP、ECFP、Keima、DsRedなどであるが、これらに限定されない。蛍光タンパク質のアミノ酸配列及び蛍光タンパク質をコードするDNAの塩基配列は、GenBank等のジーンバンクや、既知の文献から入手可能である。例えばEGFPのアミノ酸配列及び塩基配列は、GenBank登録番号LC008492に記載されている(S.Nakade et al.,Nat Commun 5,5560(2014))。また、GFP、YFPの配列は、例えばWO2012/063897A1に記載されている。外因性ラット染色体の場合にも、ヒト21番染色体の場合と実質的に同様の操作を実施することができる。
【0031】
微小核細胞融合法は、上記のとおり、例えば単一もしくは少数の染色体又はその断片などの1Mb以上の巨大核酸を供与細胞から受容細胞へ移入可能にする技術である。この方法は、供与細胞を微小核化する第1工程、微小核化細胞を脱核する第2工程、ミクロセルを単離する第3工程、ミクロセルと受容細胞を融合する第4工程、及び、生存するミクロセルハイブリッドクローンを選択する第5工程を包含する。
【0032】
供与細胞の微小核化は、動物細胞を、コルセミドなどの微小核細胞誘導剤を含有する培地中で長時間培養することによって行うことができる。ここで微小核細胞誘導剤は、染色体の脱凝縮と核膜の再形成を誘起する能力をもつ。微小核細胞誘導剤の濃度は、微小核化が起こるならば制限されないが、例えばコルセミドの場合、受容細胞約5×10個あたり約0.01μg/ml〜約1μg/ml、好ましくは0.05〜0.5μg/mlである。微小核化によって、供与細胞から、少量の細胞質と1個又は少数の染色体を含む微小核を含有する細胞、すなわちミクロセルが形成される。培養は、供与細胞の培養条件を使用するものとし、培地として一般に動物細胞用培地が使用される。動物細胞用培地には、例えばイーグル培地(MEM)、イーグル最小必須培地(EMEM)、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)、ハムF12培地などが含まれる。培地には、牛胎仔血清(FBS)、代替血清(Stem Sure(R) Serum Replacement、等)などを添加してもよい。温度は、室温〜約37℃であり、また培養時間は、約40〜80時間が適当である。
【0033】
微小核化細胞の脱核は、サイトカラシンBを用いて行う。微小核化した細胞を含む培養液を遠心管に入れ、サイトカラシンBを約10μg/mlの濃度で添加し、34℃で約11,900×gで遠心分離を行う。沈降したミクロセルを無血清培地に懸濁して回収する。ミクロセルの精製は、限外ろ過によって行うことができる。孔径8μm、5μm及び3μmの3種類のメンブレンを用意し、順番にろ過する。
【0034】
ミクロセルと受容細胞との融合は、完全にコンフルエントになる前で培養を終了した受容細胞に精製ミクロセルを重層して培養する。ミクロセル融合細胞は、薬剤耐性株を選択するなどの手法で行うことができる。
【0035】
当該融合は、ポリエチレングリコール(PEG)法、マウス白血病ウイルス(MLV)法、レトロ法など(T.Suzuki et al.,PLOS ONE,DOI:10.1371/journal.pone.0157187(2016))の方法、MV法(M.Katoh et al.,BMC Biotechnology 2010,10:37)などを用いて行うことができる。レトロ法は、同種指向性(ecotropic)もしくは両指向性(amphotropic)MLV由来のR−peptide−deleted Env(EnvΔR)を使用してミクロセルと受容細胞の融合を行う方法であり、最もげっ歯類細胞で効率のよい方法である。また、MV法は、はしかウイルス・フソゲン(measles virus fusogen)であるヘマグルチニンタンパク質(MV−H)とヒュージョンタンパク質(MV−F)を用いてミクロセル融合を促進する方法であり、予めMV−HプラスミドとMV−Fプラスミドによって形質転換された供与細胞から作製されたミクロセルは、細胞膜表面に発現されたフソゲンの存在のために受容細胞との細胞−細胞融合が起こりやすくなる。
【0036】
好適には、供与細胞に予め外来核酸として例えばヒト染色体を導入しておく。この場合、該ヒト染色体はミクロセルに移動し、ミクロセル融合によって受容細胞内に導入される。その結果、該受容細胞はヒト染色体によって形質転換される。
【0037】
一般に、ミクロセル融合は、1Mb以上のサイズの核酸、特にメガベースサイズの特定の染色体又は染色体断片を細胞から別の細胞に移入(又は、導入)するために好ましく使用できる。本発明では、上記のとおり、染色体断片は、ヒト21番染色体の断片又は、それと相同な(1つ又は複数の)遺伝子が存在する外因性ラット染色体の断片であり、セントロメア領域を含む約10Mb〜約34Mbのサイズを有することが好ましい。
【0038】
(3)卵子内円形精子注入(ROSI)法などの顕微授精法
ラットES細胞を胚盤胞期胚に導入し、仮親の子宮に移植してキメララットを作製し、キメララットから交配により子孫を得たところ、蛍光遺伝子発現陽性ラット、すなわち子孫伝達ラットが得られなかった。このため、ROSI法による子孫伝達の可能性を検討したところ、非常に低い確率で目的の子孫伝達可能なヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片を安定に保持するラットを得ることができた。
【0039】
ROSI(Round Spermatid Injection)法は、上記キメララット(雄)の精巣から取り出した精細管を切り刻み懸濁液を作製した中から円形精子細胞をピペット内に吸引し、ピペット内で核と細胞質をバラバラにしたのち、これをラット卵子に注入し顕微授精する方法である(C.Tsurumaki et al.,J.Mamm.Ova Res.2009;26:86−93(Jp))。或いは、円形精子細胞は、ラットから射精によって得ることも可能である。さらに、受精した卵子を仮親の子宮に移植し、キメララットを出産させたのち、ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片を保持する雌ラット(もしくは雄ラット)を用いて純系又は雑種、好ましくは雑種の雄ラット(もしくは雌ラット)と交配し、ラットの各種組織内で約80〜90%以上の細胞核でヒト染色体が保持された核型安定なトリソミーラットを得ることができる。
【0040】
ROSI法に代えて、公知の卵細胞質内精子注入法(Intracytoplasmic Sperm Injection;ICSI)によってラットの卵子と上記キメララットの精子を顕微授精することも可能である。或いは、公知の卵子内延長精子細胞注入法(Elongated Spermatid Injection;ELSI)により上記キメララットの延長精子細胞とラットの卵子を顕微受精することも可能である。
【0041】
(4)選別
上記(3)で交配によって作製されたラットの中から子孫伝達可能なダウン症モデルラットを選別する方法は、蛍光遺伝子発現の陽性率を血液細胞や、末梢血、骨髄又は脾臓でFCM測定すること、尻尾DNA等を用いてPCRやCGHアレイや次世代シークエンサー等を用いて網羅的な解析を行い、ヒト21番染色体もしくはその断片の保持領域を解析すること、各種組織(例えば、脳、胸腺、心臓、肺、肝臓、脾臓、腎臓、小腸、精巣など)をFISH(Fluorescence In Situ Hybridization)法により解析し、ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片の保持又は保持率を測定すること、明暗試験、オープンフィールド試験、高架式十字迷路試験などにより行動異常、認知機能異常などを測定すること、MRI、CTなどにより脳や心臓の異常を測定すること、ヒト21番染色体もしくはその断片上の遺伝子発現をRT−PCR法、マイクロアレイ法、次世代シークエンス法により確認することなどを含む。FISH法では、蛍光標識した特異的オリゴヌクレオチドプローブを用いてヒト21番染色体もしくはその断片上の遺伝子とハイブリダイゼーションさせ蛍光顕微鏡を用いて当該染色体を検出する。このような手法によって、選抜されたラットは、ダウン症の表現型をもつ、ヒト21番染色体もしくはその断片を安定的に有し、子孫伝達可能であることを特徴とするダウン症モデルラットであると判定することができる。
【0042】
本明細書の「子孫伝達可能」であるとは、上記定義のヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片がジャームライントランスミッションにより後代(子孫)に安定的に伝達されることをいう。
【0043】
(5)具体的な作製手順
具体的な作製手順は、例えば次のようなステップを含むことができる。
(ステップ1)
CHO細胞等のげっ歯類細胞中において、セントロメア領域にloxPを保持する上記定義のヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片上にEGFP遺伝子をCre−loxPシステムを用いて導入し、ヒト21番染色体領域もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片が保持されているかをPCR法およびFISH法で確認する。
(ステップ2)
上記改変ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片を微小核細胞融合法にてラットES細胞(雄系統)に導入し、ヒト21番染色体もしくはその断片の領域又は外因性ラット染色体もしくはその断片の領域が保持されているかをPCR法およびFISH法で確認する。
(ステップ3)
上記ラットES細胞を胚盤胞期胚に注入し、仮親の子宮に移植することによってキメララットを作製する。
(ステップ4)
上記キメララット雄からの円形精子細胞、精子又は延長精子細胞とラット雌からの卵子を用いて、卵子内円形精子細胞注入法、卵細胞質内精子注入法又は卵子内延長精子細胞注入法により顕微授精を行って子孫伝達ラットを作製し、尻尾のDNA及び細胞を用いて、ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片が保持されているかをPCR法およびFISH法で確認する。
(ステップ5)
交配によりトリソミーラットを繁殖させる。
(ステップ6)
FCM解析により、血液細胞でのGFP陽性率を測定する。
(ステップ7)
血液細胞系譜特異的な各種抗体を用いたフローサイトメトリー(FCM)解析により、血液細胞系譜での蛍光遺伝子発現陽性率を測定する。
(ステップ8)
各組織を採取し、FISH解析によりヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片の保持率を測定する。
(ステップ9)
各組織におけるヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片上の遺伝子発現をRT−PCR法により確認する。
(ステップ10)
各種行動解析、脳や心臓の異常解析等により、正常ラットとの比較を行う。
【0044】
2.ダウン症モデルラットの特徴
本発明のダウン症モデルラットの特徴は、以下のとおりである。
【0045】
一般にダウン症モデルマウスと対比すると、電気生理学的実験や脳幹の核など特定の場所に薬剤等の物質を注入する場合、ラットの脳の大きさが適当であること、マウスでは自発活動量が高いため認知機能等のテストの結果が判然としないことが多いのに対し、ラットの方が、自発活動量が低く、知能がより高いため高次脳機能障害に関する洗練された認知機能テストを行うことができることなど、ラットを用いることの利点が知られている。
【0046】
本発明のダウン症モデルラットは、従来作製されたことがなく、その理由については上述したとおり作製が非常に困難であったことが挙げられるが、今回作製されたラットは、外因的に導入されたヒト21番染色体もしくはその断片又はラット染色体もしくはその断片(好ましくは1つ)を核内に安定に保持すること、または導入されたヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片上の少なくとも1つの、好ましくは複数の、遺伝子と相同な内因性ラット遺伝子とが加わりトリソミーであること、ダウン症表現型を有すること、子孫伝達可能であること、などの特徴を有する。ここで、「相同」とは、成熟遺伝子の塩基配列について約70%以上の配列同一性を有するか、或いは生物学的機能が実質的に同等であることを指す。配列同一性は、ヒト遺伝子の成熟配列とラット遺伝子の成熟配列を最も高い一致率となるように整列し比較したときの、ギャップを含む総塩基数に対する一致した塩基数のパーセンテージ(%)をいう。また、上記トリソミーについて、ラットの11番、20番染色体上にヒト21番染色体遺伝子と相同な領域が存在することが知られているため、内因性ラット遺伝子(2コピー)と外因性ヒト遺伝子(1コピー)もしくは外因性ラット遺伝子(1コピー)とで遺伝子的にトリソミーとなる。例えばこのような遺伝子相同領域を含むヒト21番染色体断片を含むモデルラットは、遺伝子的にトリソミーとなる。
【0047】
それぞれの特徴について、さらに説明する。
【0048】
(1)ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片を細胞核内に安定に保持する
上記定義のヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片上の遺伝子類(例えば非特許文献4及び5に記載される遺伝子類)の存在をPCR解析によって確認できる。また、ラットの血液細胞及び各種の組織においてヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片の存在や保持率をFISH解析、又はフローサイトメトリー解析によって確認できる。
【0049】
末梢血、骨髄、脾臓のいずれにおいてもCD61/CD45RA(NK細胞様)、CD3/CD4(CD4T細胞)、CD3/CD8(CD8T細胞)、CD45R(B細胞様)細胞などの免疫細胞内のヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体の保持率が90%以上、好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上である。
【0050】
さらにまた、各組織(例えば脳、胸腺、心臓、肺、肝臓、脾臓、腎臓、小腸、精巣、骨髄など)におけるヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片の保持率が80〜90%以上、好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上である。
【0051】
上記の通り、ダウン症モデルラットは、完全なもしくは実質的に完全なヒト21番染色体又は外因性ラット染色体、或いはヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片上の少なくとも1つの遺伝子と相同な内因性ラット遺伝子、がトリソミーを形成するように、ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片を細胞核内に安定に保持している。
【0052】
(2)ダウン症表現型を有する
ダウン症ラットモデルには、行動解析により不安様行動、記憶障害などの表現型が認められる。
【0053】
(3)子孫伝達可能である
ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片が後代(子孫)にジャームライントランスミッションにより子孫伝達される。ダウン症モデルラットではヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片が極めて安定に保持されている。
【実施例】
【0054】
本発明を以下の実施例を参照しながらさらに具体的に説明するが、本発明の技術的範囲は、それらの実施例によって制限されないものとする。以下の実施例では、ヒト21番染色体もしくはその断片を含むダウン症モデルラットについて具体的に説明するが、上記の外因性ラット染色体もしくはその断片を含むダウン症モデルラットも同様の手法によって作製可能である。
【0055】
[実施例1]EGFP搭載ヒト21番染色体hChr.21−loxP−EGFPの作製[A]hChr.21−loxPのCHO細胞への移入
[A.1]微小核細胞融合と薬剤耐性クローンの単離
レシピエント細胞にはヒト21番染色体の長腕セントロメア近傍にloxP配列の導入された改変ヒト21番染色体を保持するKazukiら(Gene Therapy, 18:384−393,2011)に記載のDT40(hChr.21−loxP)を用いた。DT40(hChr.21−loxP)を細胞培養皿で培養し、コンフルエントになった時点で20%FBS、1%ニワトリ血清、10−4M 2−メルカプトエタノール、0.05μg/mlコルセミドを添加したRPMI1640培地に交換し、さらに12時間培養してミクロセルを形成させた。培養液を24mlの無血清DMEM培地に置換し、予め100μ/mlのポリL−リジンでコートした遠心用25cmフラスコ12本(コーニング)に2mlずつ分注し、37℃で30分培養し、細胞をフラスコの底に付着させた。上清を除去し、予め37℃で保温したサイトカラシンB(10μg/ml,シグマ)溶液を遠心用フラスコに満たし、34℃、8000rpm、1時間の遠心を行った。ミクロセルを無血清DMEM培地に懸濁し、8μm、5μm及び3μmフィルターにて精製した。精製後、1700rpmで10分間遠心し、無血清DMEM培地5mlに懸濁した。
【0056】
ドナー細胞にはCHO hprt欠損細胞(ヒューマンサイエンス研究資源バンク(大阪、日本国)より入手、登録番号JCRB0218)であるCHO(HPRT)を用いた。精製した微小核細胞をPHA−P(SIGMA)を含む無血清培養液2mlに再度懸濁し、培養上清液[10%FBS添加F12培地(Invitrogen)]を除去したCHO細胞上に静かに播種した。プレートを37℃、15分間インキュベートした。上清を除去し、PEG1000(Wako)溶液[5gのPEG1000を無血清DMEM培地に完全に溶解し、ジメチルスルホキシド(DMSO)を1ml添加して濾過滅菌する]を1mlで正確に1分間融合した。無血清培養液(DMEM)を4mlで4回洗浄し、通常のCHO細胞の培養液5ml加えてオーバーナイトでインキュベートした。PBS(−)で細胞表面を2回洗浄後にトリプシン処理により細胞を分散させ、直径10cm細胞培養皿5枚に播種し、G418を800μg/mlになるように加え、1〜2週間選択培養した。2回の微小核細胞融合で得た合計6個の耐性コロニーを単離し増殖させ、以降の解析を行った(クローン名:CHO(HPRT;hChr.21−loxP))。
【0057】
[A.2]薬剤耐性クローンの選別
[A.2.1]PCR解析
G418耐性株のゲノムDNAを抽出して鋳型として組換え体を選別するため、以下のプライマーを用いてPCRを行い、hChr.21−loxPがCHO細胞に導入できているかを確認した。そのプライマー配列を以下に示す。
#21CEN<1>2L:5'-aaatgcatcaccattctcccagttaccc -3'( 配列番号1)
PGKr1:5'-ggagatgaggaagaggagaaca-3'( 配列番号2)
D21S265-L: 5'-gggtaagaaggtgcttaatgctc-3'(配列番号3)
D21S265-R: 5'-tgaatatgggttctggatgtagtg-3'(配列番号4)
D21S261-L: 5'-gagggggactgggacaagccctttgctggaagaga-3'(配列番号5)
D21S261-R: 5'-acattaggaaaaatcaaaaggtccaattattaagg-3'(配列番号6)
D21S268-L: 5'-caacagagtgagacaggctc-3'(配列番号7)
D21S268-R: 5'-ttccaggaaccactacactg-3'(配列番号8)
D21S266-L: 5'-ggcttggggacattgagtcatcacaatgtagatgt-3'(配列番号9)
D21S266-R: 5'-gaagaaaggcaaatgaagacctgaacatgtaagtt-3'(配列番号10)
D21S1259-L: 5'-gggactgtaataaatattctgttgg-3'(配列番号11)
D21S1259-R: 5'-cactggctctcctgacc-3'(配列番号12)
CBR-L:5'-gatcctcctgaatgcctg-3'(配列番号13)
CBR-R:5'-gtaaatgccctttggacc-3'(配列番号14)
【0058】
PCRは、サーマルサイクラーとしてPerkin−Elmer社製のGeneAmp9600を、TaqポリメラーゼはEX Taq(タカラバイオ、京都、日本国)を用い、バッファーやdNTP(dATP,dCTP,dGTP,dTTP)は添付のものを推奨条件に従って用いた。温度、サイクル条件は、93℃5分の熱変性後、93℃1分、56℃1分、72℃1分を1サイクルとして35サイクルで行った。PCRの結果、6クローンのうち、6クローンが全てのプライマーのセットで陽性であり、この6クローンで以降の解析を行った。
【0059】
[A.2.2]mono−color FISH解析
上記で得られたCHO(HPRT;hChr.21−loxP))のうち6クローンについて松原ら(FISH実験プロトコール、秀潤社(東京、日本国)、1994)に記された方法でhuman cotI DNAをプローブにしたFISH解析を行ったところ6クローン中、3クローンで80%以上の割合でCHO(HPRT;hChr.21−loxP)がCHO細胞に導入されていることを確認した。
【0060】
上記の結果から、hChr.21−loxPがCHO細胞に導入できたと結論付けた。
【0061】
[B]hChr.21−loxP含有CHO細胞におけるEGFP遺伝子のCre/loxPシステムによるhChr.21−loxPへの挿入
[B.1]トランスフェクション及びHAT耐性クローンの単離
上記で得られたCHO(HPRT;hChr.21−loxP)−3にリポフェクション法を用いて遺伝子導入を行い、90%コンフルエント状態になった6ウエル(well)の細胞に対して、Cre1μgとKazukiら(Gene Therapy,18:384−393,2011)に記載のEGFP挿入ベクター(I−EGFP−I−loxP−3’HPRT)2μgを市販(インビトロジェン)のプロトコールに従い導入した。HAT選択培養下で2週間培養すると、耐性コロニーが出現し、1回の導入で得た合計6個のコロニーを単離し増殖させ、以後の解析を行った(クローン名:CHO(hChr.21−loxP−EGFP))。
【0062】
[B.2]薬剤耐性クローンの選別
[B.2.1]蛍光顕微鏡観察によるGFP挿入体の確認
クローニングした6個のコロニーを蛍光顕微鏡下にて観察したところ、全てのクローンにてGFP陽性細胞が観察され、その陽性率はほぼ100%であった。
【0063】
[B.2.2]PCR解析
HAT耐性株のゲノムDNAを鋳型として組換え体を選別するため以下のプライマーを用いてPCRを行い、部位特異的にGFP遺伝子の挿入が起こっているかを確認した。そのプライマー配列を以下に示す。
TRANS L1:5'-tggaggccataaacaagaagac-3'(配列番号15)
TRANS R1:5'-ccccttgacccagaaattccA-3'(配列番号16)
【0064】
PCRは、サーマルサイクラーとしてPerkin−Elmer社製のGeneAmp9600を、TaqポリメラーゼはLA Taq(タカラバイオ)を用い、2xGCIバッファー、dNTPs(dATP,dCTP,dGTP,dTTP)は添付のものを推奨される条件に従って用いた。温度、サイクル条件は98℃1分の熱変性後、94℃10秒、60℃30秒、72℃3分を30サイクル行った。PCRの結果、6クローン全てが陽性であり、この6クローンで以降の解析を行った。
【0065】
[B.2.3]mono−color FISH解析
上記で得られたCHO(hChr.21−loxP−EGFP))のうち6クローンについて松原ら(FISH実験プロトコール、秀潤社、1994)に記載された方法でhuman cotI DNAをプローブにしたFISH解析を行ったところ、6クローン中、6クローンで80%以上の割合でhChr.21−loxP−EGFPが1コピーCHO細胞に導入されていることを確認した。
【0066】
以上の結果から、hChr.21−loxP−EGFPがCHO細胞に導入できたと結論付けた。
【0067】
[実施例2]hChr.21−loxP−EGFP導入ラットES細胞の作製
hChr.21−loxP−EGFPを保持するキメララットを作製するために、実施例1で得られたhChr.21−loxP−EGFPを保持するCHO細胞からラットES細胞へ微小核細胞融合法により導入した。
【0068】
Tomizukaら(Nature Genet.16:133−143,1997)の方法に従い、約10個のhChr.21−loxP−EGFPを保持するCHO細胞(CHO(hChr.21−loxP−EGFP)1)からミクロセルを精製し、DMEM5mlに懸濁した。約10個のラットES細胞をトリプシン処理により剥がし、DMEMで3回洗浄後DMEM 5mlに懸濁し、遠心したミクロセルに加え、1250rpmで10分間遠心し、上清を完全に取り除いた。沈殿をタッピングにより十分ほぐし、1:1.4のPEG溶液[5gPEG1000(和光純薬(大阪、日本国))、1mlDMSO(シグマ)をDMEM6mlに溶解]0.5mlを加え、約1分30秒間、十分攪拌した。その後、DMEM10mlをゆっくり加え、1250rpmで10分間遠心し、30mlのES培地に懸濁し、予めフィーダー細胞を播いた直径100mmシャーレ(コーニング)3枚に分注し、培養した。24時間後、200μg/mlのG418を含む培地に交換し、約1週間選択培養した。その結果、合計2個のコロニーを単離し増殖させ、以後の解析を行った。
【0069】
2クローンともにhChr.21−loxP−EGFP領域を検出する前出のプライマーを用いたPCRで陽性であった。さらに、上記の2クローンについて、ヒトCot−1 DNAを用いてFISH解析(Tomizukaら,Nature Genet.16:133−143,1997)を行った結果、上記プローブにより特異的に検出され、かつラットの核型が正常なクローンは1クローンであった(図2)。以上のことから、hChr.21−loxP−EGFP保持ラットES細胞が1クローン得られたと結論付けた。
【0070】
以上の結果から、ヒト21番染色体が導入されたラットES細胞が構築できたと結論付けた。
【0071】
[実施例3]hChr.21−loxP−EGFP導入ラットの作製
[A]hChr.21−loxP−EGFPを保持するキメララットの作製
上記実施例2で得られたhChr.21−loxP−EGFP保持ラットES細胞クローンを用いてHirabayashiらの方法(Mol Reprod Dev.2010 Feb;77(2):94.doi:10.1002/mrd.21123.)でキメララットを作製した。宿主としてはCrlj:WIラット(白色、日本チャールスリバー社(横浜、神奈川、日本国)より購入)の雌雄交配により得られる胚盤胞期胚を用いた。注入胚を仮親に移植した結果生まれる仔ラットは毛色によりキメラであるかどうかを判定できる。hChr.21−loxP−EGFP保持ESクローン(例えばRat ES(hChr.21−loxP−EGFP)2、上記実施例2で取得したもの)を注入した125個の胚を仮親に移植した結果、65匹のキメララット(毛色に濃茶色の部分の認められる)が誕生した。そのうち53匹は毛色が有色と観察できるキメラ個体であった(図3)。すなわち、hChr.21−loxP−EGFPを保持するラットES細胞株はキメラ形成能を保持している、すなわちラット個体の正常組織に分化する能力を保持していることが示された。
【0072】
[B]hChr.21−loxP−EGFPを保持する子孫伝達ラットの作製
上記キメララットから交配により繁殖させようと試みたが、GFP陽性個体得られなかった。次に上記原因はトリソミー個体の雄の不妊が考えられたことから、精細管におけるGFP陽性率を観察した結果、18匹中1匹で陽性個体が観察された(図4図5)。上記GFP陽性キメラマウス雄(キメラ個体番号#1753−2)(図5上図)のGFP陽性の精細管から円形精子細胞を取り出し、FACSにてGFP陽性画分をソーティングしてから以下の実験に用いた。
【0073】
Hirabayashi(Exp Anim.2008 Jul;57(4):401−405)らの方法に従い、円形精子細胞卵子内注入法を用いて卵子にGFP陽性の円形精子細胞を注入し、40個の胚を仮親に移植し、13匹のラットを作製した。そのうち、GFP陽性個体は5匹であった。さらに、5匹中4匹において、hChr.21−loxP−EGFP領域を検出する前出のプライマーを用いたPCRで陽性であった。さらに、上記個体の血液を採血し、培養後の染色体標本を用いて、ヒトCot−1 DNAを用いてFISH解析(Tomizukaら,Nature Genet.16:133−143,1997)を行った結果、上記プローブにより特異的に1本独立に検出され、かつラットの核型が正常であった(図6)。上記個体の末梢血の血液細胞でFCM解析を行った結果、98.8%のGFP陽性率であった。一方、以下の文献(Kazuki et al.,Gene Therapy,18:384−393,2011)に記載されたEGFPが搭載された21番染色体由来のHACベクター(21HAC2)を保持するマウスでは、24.4%のGFP陽性率であった(図7)。すなわち、マウスの末梢血の血液細胞ではヒト染色体(断片)は不安定であるが、ラットではヒト染色体(断片)は安定であることが示された。さらに、上記個体のうち雌個体3匹を用いて、交配によりhChr.21−loxP−EGFP保持ラットを繁殖させることに成功した。一方、雄個体は精子数が極めて少なく、全て不妊であった。以上のことから、子孫伝達可能なhChr.21−loxP−EGFP保持ラット系統が樹立できたと結論付けた。hChr.21−loxP−EGFPが子孫伝達されたラット系統をTC(hChr.21−loxP−EGFP)と呼ぶ。
【0074】
[実施例4]TC(hChr.21−loxP−EGFP)ラットの遺伝子解析
[A]実体蛍光顕微鏡観察
上記で得られたTC(hChr.21−loxP−EGFP)ラットについて脳、胸腺、心臓、肺、肝臓、腎臓、脾臓、小腸、骨格筋及び精巣を実体蛍光顕微鏡観察下にて観察したところ、全ての組織にてGFP陽性が観察され、その陽性率は100%であった。その代表的な結果を図8に示す。
【0075】
[B]血液系細胞のFACS解析
末梢血でのGFP陽性率が90%以上であった個体について、血液細胞系譜特異的な各種抗体(バイオレジェンド、ebioscience)を用いたFCM解析により、血液細胞系譜でのGFP陽性率を検討したところ、末梢血、骨髄及び脾臓のいずれにおいてもCD61/CD45RA(NK細胞様)、CD3/CD4(CD4T細胞)、CD3/CD8(CD8T細胞)、CD45R(B細胞様)におけるGFP陽性率は90%以上であった。その代表的な結果を図9に示す。
【0076】
[C]蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)解析
上記と同様の個体の組織において、Shinoharaらの報告(Human Molecular Genetics,10:1163−1175,2001)に記された方法でHuman CotI DNA(R)(Thermo Fisher Scientific)をプローブにしたFISH解析を行ったところ、視覚的にhChr.21−loxP−EGFPの存在を確認し、84〜100%の細胞でhChr.21−loxP−EGFPが存在していることが確かめられた。その代表的な結果を図10に示す。
【0077】
[D]TC(hChr.21−loxP−EGFP)ラット系統の伝達率
TC(hChr.21−loxP−EGFP)雌ラットとCrlj:WIラット(白色、日本チャールスリバー社(横浜、神奈川、日本国)より購入)雄を交配することで伝達率を検討した。F2世代からF6世代までで309匹の仔ラットが得られ、181匹がGFP陰性、128匹がGFP陽性個体であった(伝達率は41.4%)。すなわち、伝達率はメンデル遺伝の法則(理論値50%)よりも少し低下しているものの、hChr.21−loxP−EGFP形質が41.4%の頻度で出現したことが確かめられ、卵子におけるhChr.21−loxP−EGFPの保持率が80%以上であることが示された。
【0078】
[E]TC(hChr.21−loxP−EGFP)ラット系統におけるヒト21番染色体上の遺伝子発現
TC(hChr.21−loxP−EGFP)ラットの脳、胸腺、心臓、肺、肝臓、腎臓、脾臓、小腸、骨格筋及び精巣において、トータルRNAを市販のプロトコール(QIAGEN)に従い抽出後、市販のプロトコール(Invitrogen)に従い、cDNA合成を行い、それを鋳型としてPCRを行い、ヒト21番染色体上の遺伝子発現を検出した。そのプライマー配列を以下に示す。
ヒト21番染色体上の遺伝子発現検出用プライマー:
APP-L:5'-gccccgtaaaagtgttaca-3'(配列番号17)
APP-R:5'-acgtttgtttcttcgtgcct-3'(配列番号18)
SOD1-1L:5'-attctgtgatctcactctcagg-3'(配列番号19)
SOD1-1R:5'-tcgcgactaacaatcaaagt-3'(配列番号20)
IFNAR2-1L:5'-cgaagtttcagtcggtgag-3'(配列番号21)
IFNAR2-1R:5'-ggcattcaggttttatccc-3'(配列番号22)
TTC3-1L:5'-tggacaaatataaggcatgttca-3'(配列番号23)
TTC3-1R:5'-gtcaccttcctctgcctttg-3'(配列番号24)
ETS2-1L:5'-taccatgccaatggtttataagg-3'(配列番号25)
ETS2-1R:5'-atgtgactgggaacatcttgc-3'(配列番号26)
PCP4-1L:5'-gaattcactcatcgtaacttcattt-3'(配列番号27)
PCP4-1R:5'-ccttgtaggaaggtatagacaatgg-3'(配列番号28)
MX1-1L:5'-tggactgacgacttgagtgc-3'(配列番号29)
MX1-1R:5'-ctcatgtgcatctgagggtg-3'(配列番号30)
TFF3-1L:5'-ggctgtgattgctgccag-3'(配列番号31)
TFF3-1R:5'-gtggagcatgggacctttat-3'(配列番号32)
TFF1-1L:5'-cagggatctgcctgcatc-3'(配列番号33)
TFF1-1R:5'-atcgatctcttttaatttttaggcc-3'(配列番号34)
コントロール遺伝子発現検出用プライマー:
GAPDH-F: 5’-ccatcttccaggagcgaga-3’(配列番号35)
GAPDH-R: 5’-tgtcataccaggaaatgagc-3’(配列番号36)
【0079】
PCRは、サーマルサイクラーとしてPerkin−Elmer社製のGeneAmp9600を、TaqポリメラーゼはEX Taq(タカラバイオ(京都、日本国))を用い、バッファーやdNTP(dATP,dCTP,dGTP,dTTP)は添付のものを推奨条件に従って用いた。温度、サイクル条件は、93℃5分の熱変性後、93℃1分、56℃1分、72℃1分を1サイクルとして35サイクルで行った。
【0080】
その結果TC(hChr.21−loxP−EGFP)ラットにおいて、PCP4は脳でのみ、TFF1は小腸でのみ、そのほかのプライマーセットでは調べた全ての組織で発現を検出できた。また、コントロールのGAPDHは全ての組織で検出された。その代表的な結果を図11に示す。Shinohara et al.(HMG,10:1163−1175,2001)の報告の通りにヒト21番上の遺伝子はヒトと同様に組織特異的に発現していた。このようにヒトでみられるような組織特異的発現が認められた。
【0081】
[実施例5]TC(hChr.21−loxP−EGFP)ラットの行動解析
[A]明暗往来試験
TC(hChr.21−loxP−EGFP)ラット系統を用い、GFP陽性の個体をダウン症モデルラット(以下、「DS」と称する。)、GFP陰性の個体をコントロール(以下、「Control」と称する。)として使用した。10週齢の雄を各グループ7匹ずつ準備した。実験者に触られることによるストレスを減らすため、9週齢の時点でヒトへの馴化(ハンドリング5分)を行った。これらの動物を使用して、RIKENのウェブページ(http://ja.brc.riken.jp/lab/bpmp/SOPs/index_mc.html)に記された方法を参考にして明暗往来試験を実施した。
【0082】
小動物行動解析装置SCANET(MV−40,メルクエスト社)にラット用明暗ケージ(LDK−R,メルクエスト社)をセットし、小動物行動解析システム用ソフトウェア(SCL−40,メルクエスト社)により明暗ケージ内の動物の行動データを取得した。SCANETの不感帯設定は10とした。昼光色の電球を用い、明箱の中心の光量を200〜213ルクスに設定した。
【0083】
行動解析部屋に動物を慣れさせるため、飼育部屋から行動解析部屋に動物を移動してから1時間以上経過して実験を開始した。明箱、暗箱間に仕切り板がある状態で暗箱に動物を入れて蓋を閉め、直後に仕切り板を外してから測定を開始した。5分間の移動距離に比例したカウント数(総運動量=6mm間隔で設置された赤外線センサーを通過した回数を示す)、明箱と暗箱の往来回数(移所回数)、明箱滞在時間、明箱に入るまでの時間(移所潜時間)を解析した所、移所回数、明箱滞在時間がDSで有意に小さく、移所潜時間がDSで有意に大きかった(図12、Welch’s t−test、*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001)。以上の結果から、DSで不安様行動の増加が強く示された。
【0084】
[B]オープンフィールド試験
10週齢のTC(hChr.21−loxP−EGFP)ラットの雄をDS,controlグループそれぞれで7匹ずつ準備した。9週齢の時点でヒトへの馴化(ハンドリング5分)を行い、明暗往来試験終了後1日以上空けてオープンフィールド試験を行った。Kaloudaらの報告(Pharmacology,Biochemistry and Behavior,138:111−116,2015)に記された方法を参考にして、以下のようにオープンフィールド試験を実施した。行動解析部屋に動物を慣れさせるため、飼育部屋から行動解析部屋に動物を移動してから1時間以上経過して実験を開始した。昼光色の電球により装置中央の光量を30ルクスに設定されたラット用角型オープンフィールド(70cm×70cm、室町機械株式会社(東京、日本国))の角から壁に沿って動物を入れ、10分間の動物の行動データをビデオトラッキングソフトウェア(ANY−maze、Stoelting社)により取得した。総移動距離に対する中心滞在時間(中心エリア:30cm×30cm)を解析したところ、DSでその割合が低い傾向にあった(図13)。以上の結果から、DSで不安様行動増加が示された。
【0085】
[C]高架式十字迷路試験
10週齢のTC(hChr.21−loxP−EGFP)ラットの雄をDS,controlグループそれぞれで6匹ずつ準備した。9週齢の時点でヒトへの馴化(ハンドリング5分)を行い、明暗往来試験、オープンフィールド試験に使用した動物を高架式十字迷路試験にも使用した。
【0086】
GlombikらやAydinらの報告(Molecular Neurobiology,DOI 10.1007/s 12035−016−9807−4,2016、Molecular Neurobiology,DOI 10.1007/s12035−016−9693−9,2016)に記された方法を参考にして、以下のように高架式十字迷路試験を実施した。行動解析部屋に動物を慣れさせるため、飼育部屋から行動解析部屋に動物を移動してから1時間以上経過して実験を開始した。昼光色の電球により装置中央の光量を39〜42ルクスに設定されたラット用高架式十字迷路(アームの幅10cm、アームの長さ50cm、アームの高さ40cm、ニュートラルゾーン10cm x 10cm、室町機械株式会社)を用意した。動物の頭をクローズドアームに向けてニュートラルゾーンに置き、5分間の動物の行動データをビデオトラッキングソフトウェア(ANY−maze、Stoelting社)により取得した。総移動距離(m)、オープンアーム進入回数、オープンアーム滞在時間(s)を解析したところ、オープンアーム滞在時間がDSで低い傾向にあった(図14)。以上の結果から、DSで不安様行動増加が示された。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明のダウン症モデルラットは、ヒト21番染色体もしくはその断片又は外因性ラット染色体もしくはその断片を安定して子孫伝達可能であるうえに、ダウン症の症状(行動異常など)を有するため洗練された認知機能テストを行うことができるため、治療薬開発や発症機序解明のためのモデル動物として産業上有用である。
【0088】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]
【国際調査報告】